弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     当審における未決勾留日数中三七〇日を第一審判決の懲役刑に算入する。
         理    由
 弁護人向井惣太郎の上告趣意は、違憲をいう点を含め、実質は単なる法令違反、
事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
 所論にかんがみ、本件において関税法一〇九条一項の禁制品輸入罪(以下「禁制
品輸入罪」という。)が既遂に達したか否かについて、職権により判断する。原判
決の認定によれば、被告人は、フィリピン人と共謀の上、輸入禁制品の大麻を輸入
しようと企て、フィリピン共和国マニラ市内から本件大麻を隠匿した航空貨物を被
告人が共同経営する東京都内の居酒屋あてに発送し、平成七年七月二一日、右貨物
が新東京国際空港に到着した後、情を知らない通関業者が輸入申告をし、同月二四
日税関検査が行われたが、その結果、大麻の隠匿が判明したことから、成田税関支
署、千葉県警察本部生活安全部保安課及び新東京空港警察署の協議により、国際的
な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及
び向精神薬取締法等の特例等に関する法律四条等に基づいていわゆるコントロール
ド・デリバリーが実施されることになり、同月二七日午前に税関長の輸入許可がさ
れ、その後、捜査当局の監視の下、配送業者が、捜査当局と打合せの上、右貨物を
受け取って前記居酒屋に配達し、同日午後に被告人がこれを受け取ったというので
ある。
 関税法上の輸入とは、外国から本邦に到着した貨物を本邦に(本件のように保税
地域を経由するものについては、保税地域を経て本邦に)引き取ることをいうとこ
ろ(同法二条一項一号)、その引取りは、申告、検査、関税の賦課徴収及び輸入許
可という一連の行為を経て行われることが予定されたものである。そして、本件に
おいては、情を知らない通関業者が輸入申告をし、申告に係る貨物についての税関
長の輸入許可を経た後、配送業者が、捜査当局等から右貨物に大麻が隠匿されてい
ることを知らされ、コントロールド・デリバリーによる捜査への協力要請を受けて
これを承諾し、捜査当局の監視下において右貨物を保税地域から本邦に引き取った
上、捜査当局との間で配達の日時を打ち合わせ、被告人が貨物を受領すれば捜査当
局において直ちに大麻所持の現行犯人として逮捕する態勢が整った後、右貨物を被
告人に配達したことが明らかである。
 右事実関係によれば、被告人らは、通関業者や配送業者が通常の業務の遂行とし
て右貨物の輸入申告をし、保税地域から引き取って配達するであろうことを予期し、
運送契約上の義務を履行する配送業者らを自己の犯罪実現のための道具として利用
しようとしたものであり、他方、通関業者による申告はもとより、配送業者による
引取り及び配達も、被告人らの依頼の趣旨に沿うものであって、配送業者が、捜査
機関から事情を知らされ、捜査協力を要請されてその監視の下に置かれたからとい
って、それが被告人らからの依頼に基づく運送契約上の義務の履行としての性格を
失うものということはできず、被告人らは、その意図したとおり、第三者の行為を
自己の犯罪実現のための道具として利用したというに妨げないものと解される。そ
うすると、本件禁制品輸入罪は既遂に達したものと認めるのが相当であり、これと
同趣旨の原判断は、正当である。
 よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、刑法二一条により、主文のとおり
決定する。
 この決定は、裁判官遠藤光男の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるも
のである。
 裁判官遠藤光男の意見は、次のとおりである。
 私は、本件上告を棄却すべきものとする多数意見の結論には同調するが、その理
由を異にし、本件禁制品輸入罪は未遂にとどまるものと解するので、この点につい
ての私の考えを述べておくこととする。
 一 輸入禁制品を輸入しようとする者が、自ら当該貨物を引き取ることなく、情
を知らない配送業者をしてこれを引き取らせた場合、委託者が禁制品輸入罪につき
刑事責任を負うのは、右業者が委託者の道具としてその行為を行うからにほかなら
ない。したがって、禁制品輸入罪が既遂に達するためには、引取りの時点において、
右業者が委託者の道具として当該行為を行ったことを要するものというべきである。
 二 原判決が認定したところによると、税関検査の結果、本件貨物中に大麻が隠
匿されていることが明らかとなったことから、税関及び捜査当局の協議により、コ
ントロールド・デリバリーが実施されることになり、右貨物につき税関長の輸入許
可がされた後、捜査当局の監視の下、配送業者が捜査当局と打合せの上、右貨物を
受け取ってこれを被告人方に配送したというのであるから、右事実関係の下におい
ては、配送業者は、既に委託者である被告人の道具としての地位を喪失したとみる
のが相当である。けだし、配送業者の引取り行為は、委託者のため行われたもので
はなく、専ら捜査手続に協力することを目的として行われたものにすぎないからで
ある。
 三 本件の場合、配送業者が運送契約の履行という外形を保ちながら、本件貨物
を引き取り、かつ、これを配送していることは、多数意見の述べるとおりである。
しかしながら、配送業者としては、本件貨物中に大麻が隠匿されていることを告知
された以上、捜査当局からの要請がない限り、いかに契約上の履行義務が残置して
いたとはいえ、これに応じてその引取り及び配送行為に及ぶことはあり得なかった
はずである。けだし、右業者としては、その時点において、「情を知らない第三者」
としての法的地位を失うことになるばかりでなく、あえてこれを強行したとすれば、
業者自体の犯罪責任が問われることになるからである。なお、その反公序性からみ
ても、配送業者が契約上の義務履行を適法に拒絶し得ることはいうまでもない。
 そうであるとするならば、配送業者による引取り行為は、契約上の義務履行とし
てなされたとみるべきではなく、専ら捜査手続に協力するために行われたとみるの
が相当であるから、右行為の外形に依拠して、右業者の道具性を認定することは困
難であると考える。
 四 被告人は、情を知らない通関業者を介して本件貨物につき輸入申請をしたも
のの、これを引き取るには至らなかったのであるから、本件禁制品輸入罪は未遂に
とどまるものというほかない。したがって、同罪の既遂を認めた原判決には判決に
影響を及ぼす法令違反がある。しかし、同罪が既遂に達しなかったのは、たまたま
税関検査段階において大麻隠匿が発見されたことによるものであり、その罪質は、
既遂罪の場合に比して決定的に異なるものと評価することができないことに加え、
被告人は、本件禁制品輸入未遂罪と観念的競合関係にある営利目的による大麻輸入
罪につき有罪の認定を受けているため、一罪として重い大麻取締法違反罪の刑によ
り処断されるべき関係にあること、その他本件各犯行の罪質、態様、動機等の諸般
の事情に照らせば、被告人に対する量刑は相当であるから、原判決を破棄しなけれ
ば著しく正義に反するとは認められず、結局、本件上告は棄却すべきものである。
  平成九年一〇月三〇日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    藤   井   正   雄
            裁判官    小   野   幹   雄
            裁判官    遠   藤   光   男
            裁判官    井   嶋   一   友

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