弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
     前項の部分につき、被上告人らの控訴を棄却する。
     第一項の部分に関する控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。
         理    由
 上告代理人福井富男、同神崎直樹の上告理由について
 論旨は、本件ストライキによる休業が上告会社の責に帰すべき事由によるもので
あるとした原審の判断は、労働基準法二六条の解釈適用を誤つたものであり、右違
法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。以下、判
断する。
 一 労働基準法二六条が「使用者の責に帰すべき事由」による休業の場合に使用
者が平均賃金の六割以上の手当を労働者に支払うべき旨を規定し、その履行を強制
する手段として附加金や罰金の制度が設けられている(同法一一四条、一二〇条一
号参照)のは、右のような事由による休業の場合に、使用者の負担において労働者
の生活を右の限度で保障しようとする趣旨によるものであつて、同条項が民法五三
六条二項の適用を排除するものではなく、当該休業の原因が民法五三六条二項の「
債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」に該当し、労働者が使用者に対する賃金請求権を失わ
ない場合には、休業手当請求権と賃金請求権とは競合しうるものである(最高裁昭
和三六年(オ)第一九〇号同三七年七月二〇日第二小法廷判決・民集一六巻八号一
六五六頁、同昭和三六年(オ)第五二二号同三七年七月二〇日第二小法廷判決・民
集一六巻八号一六八四頁参照)。
 そこで、労働基準法二六条の「使用者の責に帰すべき事由」と民法五三六条二項
の「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」との異同、広狭が問題となる。休業手当の制度は、
右のとおり労働者の生活保障という観点から設けられたものではあるが、賃金の全
額においてその保障をするものではなく、しかも、その支払義務の有無を使用者の
帰責事由の存否にかからしめていることからみて、労働契約の一方当事者たる使用
者の立場をも考慮すべきものとしていることは明らかである。そうすると、労働基
準法二六条の「使用者の責に帰すべき事由」の解釈適用に当たつては、いかなる事
由による休業の場合に労働者の生活保障のために使用者に前記の限度での負担を要
求するのが社会的に正当とされるかという考量を必要とするといわなければならな
い。このようにみると、右の「使用者の責に帰すべき事由」とは、取引における一
般原則たる過失責任主義とは異なる観点をも踏まえた概念というべきであつて、民
法五三六条二項の「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」よりも広く、使用者側に起因する
経営、管理上の障害を含むものと解するのが相当である。
 二 原審が適法に確定した事実関係は、おおむね次のとおりである。
 1 上告会社は、民間定期航空運輸事業を営むアメリカ法人で、東京のほか大阪
及び沖縄に各営業所を有している。被上告人らは、上告会社の従業員で、D労働組
合(以下「本件組合」という。)に所属し、本件ストライキ当時原判決控訴人目録
1ないし10記載の被上告人らは沖縄営業所に、同目録11ないし17記載の被上
告人らは大阪営業所にそれぞれ勤務していた。
 2 上告会社は、羽田地区においてグラウンドホステス業務及び搭載業務に訴外
G株式会社(以下「G」という。)の労働者を従事させ、右労働者と自己の従業員
とを混用していたが、本件組合は、かねてから右労務形態は労働者供給事業の禁止
について規定した職業安定法四四条に違反するものであると非難しており、昭和四
九年九月ころからはG派遣のグラウンドホステスの正社員化と搭載課業務下請導入
中止を要求するようになつた。
 3 これに対し、上告会社は、グラウンドホステスの正社員採用については試験
を経たうえで行う方針である旨回答したが、本件組合はあくまでも無試験全員採用
を要求して、同年一〇月一六日から一八日までの間第一次ストライキを行つた(こ
の件については、のちに上告会社が譲歩し、右グラウンドホステスは同年一二月三
一日をもつて全員正社員として採用されることとなつた。)。
 4 更に上告会社は、同年一〇月二二日、社内文書によつて「一一月一日より全
搭載課員は一つのグループに統合する。」との改善案を発表し、右案の趣旨は、従
来貨物課及び搭載課に配置されていたG派遣の搭載要員をそれぞれの課から除外し、
それらの者は上告会社がGに売却する機材を使用して特定の便の搭載業務を請け負
い、貨物課及び搭載課に配属されていた上告会社の従業員たる搭載係員を一つのグ
ループに統合することを意味し、これによつて職業安定法違反はなくなると説明し
た。
 5 しかし、本件組合は、右改善案によつても職業安定法違反の状態は除去され
ないとして、搭載係員の統合撤回と機材売却中止を要求したが、上告会社は同年一
一月一日から右案を実施すると主張した。そこで、本件組合は、これを阻止するた
め、東京地区の組合員をもつて、右一一月一日から第二次ストライキ(本件ストラ
イキ)を決行し、同組合員らは、羽田空港内の上告会社の業務用機材約七〇台をハ
ンガー(格納家屋)に持ち去つて、これらを占拠した。本件ストライキは同年一二
月一五日まで続いた。
 6 上告会社においては、その当時の飛行便の運航予定は、旅客便については、
西回り(アメリカから東京を経由して韓国・東南アジアへ向う便)及び東回り(右
の逆)が毎日各四便で、そのうち大阪を経由するのは一日各一便、沖縄を経由する
のは一週各三便であり、貨物便については、月曜日から土曜日までの間西回り及び
東回りが毎日各一便で、そのうち大阪を経由するのは右の間各四便であつたが、組
合員らによる前記機材占拠の結果羽田空港における地上作業が困難となつたため、
予定便数の変更と路線変更のやむなきに至り、貨物便については同年一一月一日か
ら全面的に運航を中止し、旅客便については同月中旬から主要路線の一日四便に減
らし、その代わりに同年一二月一一日まで許可を得て、大阪・台北間の臨時便を追
加運航することとした。
 7 右運航スケジユール変更の結果、沖縄を経由するのは週一便のみとなつたが、
その便も、運航時刻の関係及び沖縄の乗客の利用状況の点から、沖縄を経由しない
こととなり、同年一一月一二日以降は沖縄を経由する便は全くなくなつた。そこで、
上告会社は、管理職でない原判決控訴人目録1ないし10記載の被上告人らに対し、
その就労を必要としなくなつたとして同月一四日から同年一二月一五日までの間休
業を命じた。また、東京・大阪経由の旅客便は原則として大阪寄港をとり止めるこ
ととなり、前記大阪・台北間の臨時便も許可の期限を経過した同年一二月一二日以
降は運航が許されなくなつた。そこで、上告会社は、管理職でない原判決控訴人目
録11ないし17記載の被上告人らに対し、その就労を必要としなくなつたとして
右同日から同月一五日までの間休業を命じた。
 三 原審は、ストライキの発生について使用者の責に帰すべき事由があると認め
られ、かつ、ストライキの結果休業のやむなきに至るおそれのあることが予測され
るときは、当該休業自体について使用者の責に帰すべき事由があるといわざるをえ
ず、そして、帰責事由が使用者側と労働者側に併存している場合にも、使用者側の
事由が無視しえない程度のものであれば、当該事由は使用者の責に帰すべき事由と
いうを妨げないとしたうえで、右事実関係においては、本件ストライキはもともと
上告会社がGから労働者の供給を受け、これを自己の従業員と混用していたという
職業安定法四四条違反に端を発したのであるところ、上告会社としては、このよう
にストライキの発生を招いた点において過失があるばかりでなく、更に、本件休業
の直前Gとの間で少なくとも形式的には職業安定法に抵触しない内容の業務遂行契
約を締結しており、これを組合側に説明して、ストライキの早期解決を図るべきで
あつたのに、これを怠つた点においても過失があるというべきであり、結局これら
の過失が本件休業という結果を招いたのであるから、右休業は上告会社の責に帰す
べき事由によるものといわざるをえない旨判断した。これは、実質において、本件
ストライキは、その経緯に照らし、一面において上告会社側に起因する事象ともい
えるので、本件ストライキの結果上告会社が被上告人らに命じた休業は、上告会社
の責に帰すべき事由によるものであるとするのと同旨であると解される。
 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。すなわち、上告会社が
従前グラウンドホステス業務及び搭載業務にGの労働者を従事させ、自己の従業員
と混用していたことが職業安定法四四条に違反する疑いがあり、このことが本件ス
トライキの発生を招いたことは否定できないものの、上告会社は、G派遣のグラウ
ンドホステスの正社員化と搭載課業務下請導入中止という本件組合の要求の趣旨を
一部受け入れて、G派遣のグラウンドホステスの正社員採用の方針を回答し、更に
Gの労働者を上告会社の従業員と分離し、これらの労働者には上告会社がGに売却
する機材を使用して特定の便の搭載業務を請け負わせることとする改善案を発表し、
これによつて職業安定法違反はなくなると説明していたのであり、右説明自体は、
一つの見解としてそれなりに首肯しえないものではない。これに対し、本件組合は、
上告会社とは異なつた見解に立ち、右改善案によつても職業安定法違反の状態は除
去されないとして、あくまでも搭載係員の統合撤回及び機材売却中止という要求の
貫徹を目指して本件ストライキを決行し、上告会社の業務用機材を占拠して飛行便
の運行スケジユールの大幅な変更を余儀なくさせたというのであるから、本件スト
ライキは、もつぱら被上告人らの所属する本件組合が自らの主体的判断とその責任
に基づいて行つたものとみるべきであつて、上告会社側に起因する事象ということ
はできない。このことは、上告会社が本件休業の直前Gとの間で締結した業務遂行
契約の内容を組合側に説明しなかつたとしても、そのことによつて左右されるもの
ではない。そして、前記休業を命じた期間中飛行便がほとんど大阪及び沖縄を経由
しなくなつたため、上告会社は管理職でない被上告人らの就労を必要としなくなつ
たというのであるから、その間被上告人らが労働をすることは社会観念上無価値と
なつたといわなければならない。そうすると、本件ストライキの結果上告会社が被
上告人らに命じた休業は、上告会社側に起因する経営、管理上の障害によるものと
いうことはできないから、上告会社の責に帰すべき事由によるものということはで
きず、被上告人らは右休業につき上告会社に対し休業手当を請求することはできな
い。
 四 以上によれば、原審が、本件ストライキによる休業が上告会社の責に帰すべ
き事由によるものであつて、上告会社は右休業につき休業手当を支払うべきである
としたのは、労働基準法二六条の解釈適用を誤つた違法があるものといわなければ
ならず、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理
由があり、原判決は破棄を免れない。そして、原審の適法に確定した事実関係及び
右に説示したところによれば、被上告人らの予備的請求は理由がなく、これを棄却
すべきことが明らかであるから、これと同旨の第一審判決は正当であり、したがつ
て、右の部分についての被上告人らの控訴は、これを棄却すべきである。
 よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条、九三条に従い、
裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    島   谷   六   郎
            裁判官    牧       圭   次
            裁判官    藤   島       昭
            裁判官    香   川   保   一
            裁判官    林       藤 之 輔

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