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主文
1債権者らの申立てをいずれも却下する。
2申立費用は,債権者らの負担とする。
理由
第1申立ての趣旨5
債務者は,平成30年10月1日以降,愛媛県西宇和郡伊方町九町コチワキ
3番耕地40番地3において伊方発電所3号機の原子炉を運転してはならな
い。
第2事案の概要
1本件は,債権者らが,債務者が設置,運転している発電用原子炉施設である10
伊方発電所(以下「本件発電所」という。)3号炉(以下「本件原子炉」とい
う。)及びその附属施設(本件原子炉と併せて以下「本件原子炉施設」という。)
は,火山の噴火に対する安全性が十分でないために,これに起因する過酷事故
(設計上想定していない事態が起こり,安全設計の評価上想定された手段では
適切な炉心の冷却又は反応度の制御ができない状態になり,炉心溶融又は原子15
炉容器破損に至る事象)が起こる可能性が高く,そのような事故が起これば外
部に大量の放射性物質が放出されて債権者らの生命,身体,精神及び生活の平
穏等に重大かつ深刻な被害が発生するおそれがあるとして,人格権に基づく妨
害予防請求権に基づき,債務者に対して平成30年10月1日以降,本件原子
炉の運転差止めを命ずる仮処分命令を求める事案である。20
債権者らは,本件仮処分命令申立てに先立ち,平成28年に火山の噴火のほ
か,地震,津波等に起因する本件原子炉での過酷事故による被害のおそれを主
張して,人格権に基づく妨害予防請求権に基づき,債務者に対して本件原子炉
の運転差止めを命ずる仮処分命令を求めたが,広島地方裁判所は,平成29年
3月30日,被保全権利が認められないとして,仮処分命令申立てを却下する25
決定をした。同裁判所は,同決定において,火山事象の影響による危険性の評
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価につき,破局的噴火はその発生の可能性が相応の根拠をもって示されない限
り,安全性に欠けるとはいえないところ,阿蘇において過去の最大規模の噴火
である阿蘇4噴火のような噴火が本件原子炉の運用期間中に発生する可能性が
相応の根拠をもって示されたとはいえないなどとして,債権者らの生命,身体
に対する具体的危険性が認められないと判断した(平成28年第38号,第5
109号,甲H1の2,以下「先行事件地裁決定」といい,後記抗告審,保全
異議審を含めたこの事件を「先行事件」という。)。
債権者らがこの却下決定に対して即時抗告をしたところ,広島高等裁判所は,
平成29年12月13日,先行事件地裁決定のように破局的噴火はその発生の
可能性が相応の根拠をもって示されない限り,安全性に欠けるとはいえないと10
解釈することは許されないとした上で,阿蘇カルデラの過去最大の噴火である
阿蘇4噴火の噴火規模を想定すれば,本件原子炉の立地は不適であるなどとし
て,本件原子炉が新規制基準(後記2の前提事実〔以下「前提事実」とい
う。〕オ)に適合するとした原子力規制委員会の判断は不合理であり,債権
者らの生命身体に対する具体的危険の存在が事実上推定されるとして被保全権15
利の疎明がされたと認めた。その上で同裁判所は,本件原子炉が稼働中である
から,運転差止めの必要性(保全の必要性)も認められるとしたが,火山事象
の影響による危険性の評価について,係属中の本案訴訟(広島地方裁判所平成
28年第289号,第902号,以下「本案訴訟」という。)において,証
拠調べの結果,本案裁判所が異なる判断をする可能性もあること等の事情を考20
慮して,期間を平成30年9月30日までに限定して運転差止めを命じ,同年
10月1日以降の運転差止めを求める仮処分命令申立てを却下する旨の決定を
した(平成29年第63号,甲H2の2,以下「先行事件抗告審決定」とい
う。)。
債務者は,先行事件抗告審決定が平成30年9月30日まで運転差止めを命25
じた部分を不服として広島高等裁判所に対して保全異議を申し立てたが(平成
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29年第62号),債権者らは,先行事件抗告審決定が平成30年10月1
日以降の運転差止めを求める申立てを却下した部分につき,上訴をせず,同年
5月18日,同却下部分について火山事象の影響による危険性に理由を限定し
て新たに二次的な仮処分命令を求めて本件申立てをした。
広島高等裁判所は,保全異議につき,同年9月25日に破局的噴火によって生5
ずるリスクは,その発生の可能性が相応の根拠をもって示されない限り,原子
力発電所の安全確保の上で自然災害として想定しなくても安全性に欠けるとこ
ろはないとするのが,少なくとも現時点における我が国の社会通念であるとし,
阿蘇カルデラにおいて破局的噴火が本件原子炉の運用期間中に発生する可能性
が相応の根拠をもって示されているとは認められないなどとして,債権者らの10
生命,身体に対する具体的危険性が認められず,被保全権利の疎明を欠くから,
債権者らの申立てを却下した先行事件地裁決定が相当であると判断し,同年9
月30日まで運転差止めを命じた先行事件抗告審決定を取り消した(甲H37
の2,以下「先行事件異議審決定」という。)。
本案訴訟は,平成28年6月13日の第1回口頭弁論期日(甲H3の1)以15
降,現在も審理が続いている。
2前提事実(争いのない事実又は疎明資料等により容易に認定できる事実〔特
に認定根拠を掲記しないものは,争いがないか,審尋の全趣旨により容易に認
定できる事実である。〕)
本件が二次的仮処分であることから,先行事件抗告審決定の前提事実中,当20
事者が修正すべき旨の意見を述べた部分以外は,基本的には先行事件抗告審決
定の前提事実のとおりとした(進行協議期日調書参照)。なお,疎明資料の引用
も本件で欠番とされた疎明資料の記載部分も含めて先行事件抗告審決定の記載
のとおりとしているが(本件で欠番とされた疎明資料については,初出時にそ
の旨付記した。),その部分は審尋の全趣旨により認定した。当事者が上記意見25
を述べた部分については,当裁判所が本件の判断上,修正が相当と判断した部
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分のみを修正した。
⑴当事者
ア債権者らは,広島市西区,広島市安佐南区,広島市中区又は松山市に居
住する者である。債権者らのうち松山市に居住する者の肩書住所地と本件
原子炉施設の距離は約60㎞,その余の債権者らの肩書住所地と本件原子5
炉施設との距離は約100㎞である。
イ債務者は,一部地域を除く四国4県へ電力供給を行う一般電気事業者で
あるとともに,愛媛県西宇和郡伊方町九町コチワキ3番耕地40番地3所
在の本件発電所において,核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関
する法律(以下「原子炉等規制法」という。)2条5項所定の発電用原子10
炉を3機(1号炉ないし3号炉)設置している発電用原子炉設置者(同法
43条の3の8第1項)である。
⑵本件発電所の概要等
ア本件発電所は,佐田岬半島の瀬戸内海側に位置している。
イ本件発電所1号炉は,債務者において昭和47年11月29日に内閣総15
理大臣から原子炉設置許可処分を受けた上,昭和52年9月30日に営業
運転を開始した発電用原子炉であり,同2号炉は,債務者において同年3
月30日に内閣総理大臣から原子炉設置変更(増設)許可処分を受けた上,
昭和57年3月19日に営業運転を開始した発電用原子炉である。もっと
も,同1号炉は,平成23年9月4日に定期検査に入ったまま,平成2820
年5月10日付けで廃止され,同2号炉は,平成24年1月13日に定期
検査に入ったまま,平成30年5月23日付けで廃止された。
本件発電所3号炉(本件原子炉)は,債務者において昭和59年5月2
4日,通商産業大臣(当時)に対し,原子炉設置変更(増設)許可申請を
行い,昭和61年5月26日,同許可処分を受けた上,同年11月1日に25
建設工事を開始し,平成6年12月15日に営業運転を開始した発電用原
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子炉である。本件原子炉の定格電気出力は,89万キロワットである。
その後,本件原子炉は,平成23年4月29日に定期検査に入った(そ
の後の経過については後記⑺のとおり。)。
⑶原子力発電所の仕組み
ア核分裂の仕組み5
全ての物質は元素(原子)からなっており,原子の中心には原子核(陽
子と中性子の集合体)がある。
1個の原子核が複数の原子核に分裂する現象を核分裂という。ウラン2
35の原子核は,核分裂の際に,大きなエネルギーとともに,核分裂生成
物(放射性物質であるヨウ素131,キセノン133等)及び2個又は310
個の中性子を発生させる。ウラン235は,核分裂性核種の一つとされ,
中性子を吸収すると2個(まれに3個)に核分裂しやすい性質を有し,そ
の核分裂によって発生した中性子の一部が別のウラン235の原子核に吸
収されて次の核分裂を起こす(核分裂が次々と繰り返されることを核分裂
連鎖反応という。)。15
もっとも,ウラン235の原子核は,速度の遅い中性子(いわゆる熱中
性子)に対する場合に核分裂しやすいところ,ウラン235の原子核の核
分裂の際に生じる中性子は速度が速いため(いわゆる高速中性子),効率
的にウラン235の核分裂を起こすには,核分裂によって生じた中性子の
速度を熱中性子のそれにまで減速させる必要がある。また,核分裂を安定20
的に持続させていくためには,核分裂を起こす中性子の数を調整すること
も必要である。このため,原子炉では,前者の目的を達するために減速材
を,後者の目的を達するために制御材を,それぞれ用いている。
イ原子力発電の仕組み
原子力発電は,核分裂連鎖反応によって持続的に生じるエネルギーを熱25
エネルギーとして取り出し,この熱エネルギーによって発生させた蒸気で
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タービンを回転させて行う発電である。
ウ原子炉の種類
減速材を用いる原子炉のうち,減速材として軽水を用い,かつ,減速材
を冷却材(炉心を冷却するとともに,原子炉で発生したエネルギーを取り
出すための媒介となるもの)と兼用するものを軽水炉という。また,軽水5
炉のうち,冷却材を原子炉内で沸騰させ,その蒸気をタービンに直接送っ
て発電するタイプのものを沸騰水型原子炉といい,一次冷却系と二次冷却
系を有し,原子炉で発生させた高温高圧の一次冷却材の持つ熱エネルギー
を蒸気発生器を介して二次冷却系に伝達し,二次冷却系で発生した蒸気を
タービンに送って発電するタイプのものを加圧水型原子炉という。10
本件原子炉は,加圧水型原子炉である。
⑷本件原子炉施設の基本構成
ア本件原子炉
原子炉容器
原子炉容器は,燃料集合体等を収納する,胴部の厚さが約20㎝の容15
器であり,内部は一次冷却材である軽水で満たされている。原子炉容器
の材料は低合金鋼(鉄にマンガン,モリブデン,ニッケル等の合金元素
を加えた金属材料)であるが,内面の一次冷却材と接触する部分には,
腐食を防ぐためにステンレス鋼(鉄にクロム等を含有させた金属材料)
を内張りしている。20
燃料集合体
燃料集合体は,原子力発電の燃料を成型し,焼き固めたペレットを燃
料被覆管の中に詰めた燃料棒を束ねたものである。
本件原子炉の燃料集合体は,二酸化ウラン又はウラン・プルトニウム
混合酸化物を用いた燃料(いわゆるMOX燃料)からなる直径及び高さ25
とも約10㎜円柱状のペレットを,長さ約3.9mのジルコニウム基合
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金製の管(燃料被覆管)に入れて密封溶接して燃料棒とし,これを17
行17列の正方格子状に束ねた燃料集合体を157体装荷している。
制御材
aホウ素
ホウ素は,中性子を吸収しやすい性質を利用し,一次冷却材に添加5
して一次冷却材中のホウ素濃度を調整することによって,原子炉内の
中性子の数を調整する目的で用いられる。一次冷却材中のホウ素濃度
の調整は,平常運転時においては,体積制御タンク,充てんポンプ,
ホウ酸タンク,ホウ酸ポンプ等の設備から構成される化学体積制御設
備において濃度を調整したホウ酸水を一次冷却設備に注入するなどし10
て行われる。
ホウ素を用いた制御は,主に,燃料集合体の取替えやその後の核分
裂の進行に伴い原子炉中のウラン235の濃度が変化することによる
比較的ゆっくりした反応度の変化に対する制御に用いられる。
b制御棒15
制御棒は,本件原子炉においては,燃料集合体の上部から挿入でき
るよう組み込まれており,制御棒の先端(下端)は,常に燃料集合体
の中に入った状態となっている。また,1つの燃料集合体に挿入され
る制御棒の全ては上部で束ねられており,これを制御棒クラスタと呼
ぶ。この制御棒クラスタを制御棒クラスタ駆動装置によって保持する20
とともに,原子炉内で上下に駆動させることで,原子炉内の中性子の
数を調整し,核分裂の連鎖を安定した状態に制御する。通常運転時に
は,ほぼ全ての制御棒が引き抜かれた状態で原子炉内の核分裂反応は
安定しているが,タービン出力が変化するなど急な原子炉出力調整の
必要が生じた際には自動で上下駆動し原子炉出力を安定的に制御する。25
また,緊急時には,原子炉トリップ遮断器(制御棒クラスタ駆動装
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置と電源を接続又は切断するための設備)が開放されて制御棒クラス
タ駆動装置への電源が遮断され,制御棒クラスタを保持する力がなく
なることにより,制御棒クラスタが自重で落下する仕組みとなってい
る(この仕組みを用いて緊急に制御棒を炉心に挿入し核反応を停止さ
せることを,原子炉トリップという。)。5
イ一次冷却設備
一次冷却設備は,原子炉内で核分裂によって生じた熱エネルギーによっ
て高温となった一次冷却材を蒸気発生器に送り,蒸気発生器内において一
次冷却材と二次冷却材との間で熱交換を行い,その結果低温になった一次
冷却材を,再び原子炉に戻し循環させる設備である。10
一次冷却設備は,主に加圧器,蒸気発生器及び一次冷却材ポンプから構
成されており,原子炉及びこれらの設備は,一次冷却材管によって接続さ
れ循環回路を形成している。本件原子炉はこの回路を3組有している(た
だし,加圧器は3組で一つ設置)。このような一次冷却設備による循環回
路は,放射性物質を閉じ込めるために全体として一つの障壁を形成してお15
り,この障壁となる範囲のことを原子炉冷却材圧力バウンダリと呼称して
いる。
ウ二次冷却設備
二次冷却設備は,蒸気発生器内で熱交換を行って一次冷却材を除熱する
とともに蒸気となった二次冷却材をタービンに送り,発電した後の蒸気を20
水に変えた後で,再び蒸気発生器に戻すための設備であり,主蒸気逃がし
弁,タービン,復水器,主給水ポンプ,補助給水設備等から構成されてい
る。なお,二次冷却材は,放射性物質を含む一次冷却材とは隔離されてい
るため,放射性物質を含んでいない。
エ電気設備25
発電機
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発電機は,二次冷却設備のタービンに同軸で直結され,タービンが回
転するエネルギーをもとに電気を発生させる設備である。発生した電気
は,需要家への供給だけでなく,本件発電所内の機器に供給されること
になっている。
外部電源5
外部電源は,本件発電所とは別の発電所で発電した電気を本件発電所
に供給するための設備であり,発電機の停止中に本件発電所内の機器を
運転するのに必要な電気の供給源として位置づけられている。本件原子
炉においては,外部電源として,川内変電所からの1ルート2回線,大
洲変電所からの2ルート4回線の送電線及び亀浦変電所からの配電線が10
用意されている。
非常用ディーゼル発電機
非常用ディーゼル発電機は,発電機が停止しかつ外部電源が喪失した
場合に,発電所の安全を確保するために必要な設備を起動するための設
備である。非常用ディーゼル発電機は,本件原子炉においては,1台で15
必要な容量を有するものを2台,各々建屋内の別の部屋に備え,それぞ
れ7日間にわたって必要な電力を供給することができるだけの燃料を備
蓄している。また,本件発電所においては,各原子炉をケーブルで接続
して相互に電力を融通できるようにしており,例えば,本件原子炉の非
常用ディーゼル発電機が2台とも使えない場合に他の原子炉の非常用デ20
ィーゼル発電機を本件原子炉の電源として使用することができる。
直流電源設備
直流電源設備は,2組のそれぞれ独立した蓄電池,充電器,直流コン
トロールセンタ等で構成され,発電機が停止し,かつ,外部電源及び非
常用ディーゼル発電機からの交流電源を全て喪失した場合であっても,25
原子炉の温度,圧力等を監視・制御するために必要な機器に電気を供給
−10−
することを目的としている。
オ工学的安全施設
原子炉格納容器等
放射性物質を閉じ込める施設として,原子炉格納容器及びコンクリー
ト遮へい壁を設けている。5
原子炉格納容器は,原子炉及び一次冷却設備等を囲っている気密性の
極めて高い密封容器で,炭素鋼を材料としている。その内容量は,約6
万7400㎥であり,胴部の厚さは約4.5㎝である。原子炉格納容器
は,原子炉冷却材圧力バウンダリを構成する配管の破損により一次冷却
材喪失事故(LossofCoolantAccident。以下「LOCA」という。)等が10
発生した場合に圧力障壁となり,放射性物質の放出に対する障壁となる。
また,コンクリート遮へい壁は,原子炉格納容器のさらに外側をコン
クリートで囲んでおり,胴部の厚さは最大で約140㎝である。
原子炉格納容器とコンクリート遮へい壁の間には密閉された円環状空
間であるアニュラス部を設け,二重格納の機能を持たせている。15
非常用炉心冷却設備
非常用炉心冷却設備は,仮にLOCA等が発生して一次冷却材が減少
し原子炉を冷却する機能が低下した場合であっても,原子炉にホウ酸水
を注入することで,燃料の重大な損傷を防止するための設備である。非
常用炉心冷却設備には,蓄圧注入系,高圧注入系及び低圧注入系があり,20
それぞれ複数の系統を設けている。
蓄圧注入系は,LOCA等が発生し,一次冷却系の圧力が低下すると,
自動的に,ホウ酸水を原子炉容器内に注入する。ホウ酸水は蓄圧タンク
内に封入した窒素ガスの圧力によって注入されるため,外部電源等の駆
動源は必要としない。25
高圧注入系及び低圧注入系は,電動ポンプにより,ホウ酸水を原子炉
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容器内に注入する。高圧注入系で用いるポンプは高圧注入ポンプ,低圧
注入系で用いるポンプは余熱除去ポンプ(低圧注入系は,通常の原子炉
停止時において原子炉の崩壊熱等を除去し一次冷却材の温度を下げる機
能も有しており,余熱除去系の役割の一部を担う。)であり,系統ごと
に1台ずつ設置されている。5
原子炉格納容器スプレイ設備
原子炉格納容器スプレイ設備は,格納容器スプレイポンプ,スプレイ
リング等で構成されている。LOCA等が発生した場合に,核分裂によ
り生成された放射性ヨウ素を吸収しやすくなる薬剤を添加しながら原子
炉格納容器内にホウ酸水を噴霧することで,原子炉格納容器内の水蒸気10
を凝固させて圧力上昇を抑えるとともに,原子炉格納容器内に浮遊する
放射性ヨウ素等を除去する機能を持つ。
アニュラス空気再循環設備
アニュラス空気再循環設備は,アニュラス排気ファン,アニュラス排
気フィルタユニット等で構成されている。LOCA等が発生した場合に,15
アニュラス部を負圧に保つ一方,原子炉格納容器からアニュラス部に漏
えいした空気を浄化しながら再循環させ,もって,上記漏えいに係る空
気に含まれる放射性物質が外部へ放出されることを抑制するための設備
である。本件原子炉においては,アニュラス排気フィルタユニットは,
ヨウ素除去効率95%以上,粒子除去効率99%以上の性能を有する。20
カ使用済燃料ピット
使用済燃料ピットは,原子炉から取り出された使用済燃料を貯蔵する設
備である。本件原子炉においては燃料取扱棟内に設置されており,壁面及
び底部を鉄筋コンクリート造とし,その内面にステンレス鋼板を内張りし
た構造物である。25
使用済燃料ピットは,通常,水位12mのホウ酸水で満たされており,
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使用済燃料から発生する崩壊熱を除去するために冷却設備により継続的に
冷却され,水温約40℃以下に保たれている。使用済燃料ピット内では,
長さ約4mの使用済燃料を燃料ラックに垂直に立てた状態で収納し,使用
済燃料からの放射線を遮へいするべく,使用済燃料の上端から水面までの
水位は約8m確保されている。そして,使用済燃料ピットの水位等は常時5
監視されており,蒸発等によって失われる使用済燃料ピット水を補給する
ための設備を備えている。また,使用済燃料ピットは,外部からの注水を
想定し,その水面の高さを構内道路面と同レベルとし,かつ,構内道路に
近接した場所に配置されている。
キ各設備による安全設計10
加圧水型原子炉である本件原子炉では,燃料をペレットに焼き固めるこ
とで,核分裂反応によって生じた核分裂生成物(放射性物質が含まれる。)
の大部分をペレット内に留めるとともに,燃料被覆管内にペレットを密封
する(前記ア)。
核分裂反応に伴い中性子が発生するところ,一次冷却材にわずかに混じ15
った不純物等が中性子に照射されて放射化生成物(放射性物質)が生じる
が,仮にこれが燃料被覆管の破損により漏出したとしても,これを原子炉
冷却材圧力バウンダリ(前記イ)の内部に閉じ込めることによって,その
外部への漏出を防いでいる。
仮に,原子炉冷却材圧力バウンダリの外部に放射性物質が漏出すること20
があっても環境に大量に放出されることがないよう,原子炉冷却材圧力バ
ウンダリを原子炉格納容器で覆い,さらにコンクリート遮へい壁で覆うこ
とで,放射性物質を閉じ込め,放射性物質の漏出を防止している(前記オ
)。(乙11−8−1−10∼11)
⑸2011年東北地方太平洋沖地震及び東京電力福島第一原発における事故25
平成23年3月11日,2011年東北地方太平洋沖地震(以下「東北地
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方太平洋沖地震」という。)が発生した。同地震は,三陸沖の太平洋海底を
震源とする海溝型のプレート間地震(モーメントマグニチュード〔以下「M
w」と表記する。〕9.0)であった。
その当時,東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)福島第一原子
力発電所(以下「福島第一原発」といい,同第二原子力発電所を「福島第二5
原発」という。)には,いずれも沸騰水型軽水炉である発電用原子炉1号機
ないし6号機が設置されていた。当時運転中であった福島第一原発1∼3号
機は,原子炉が正常に自動停止したが,地震による送電鉄塔の倒壊などによ
り外部電源喪失状態となった。そして,福島第一原発1∼5号機においては,
非常用ディーゼル発電機,配電盤,蓄電池等の電気設備の多くが,海に近い10
タービン建屋等の1階及び地下階に設置されていたため,地震随伴事象とし
て発生した津波という共通要因により,建屋の浸水とほとんど同時に機能を
喪失した。これにより,全交流動力電源喪失(SBO,StationBlackoutの略)
となり,交流電源を駆動電源として作動するポンプ等の注水・冷却設備が使
用できない状態となった。直流電源が残った3号機においても,最終的には15
バッテリーが枯渇したため,非常用ディーゼル発電機が水没を免れ,かつ,
接続先の非常用電源盤も健全であった6号機から電力の融通が出来た5号機
を除く,1∼4号機において完全電源喪失の状態となった。また,海側に設
置されていた冷却用のポンプ類も津波により全て機能喪失したために,原子
炉内の残留熱や機器の使用により発生する熱を海水へ逃がす,最終ヒートシ20
ンク(UHS,UltimateHeatSinkの略。発電用原子炉施設において発生した
熱を最終的に除去するために必要な熱の逃がし場)への熱の移送手段が喪失
した。
その結果,運転中であった1∼3号機においては,冷却機能を失った原子
炉の水位が低下し,炉心の露出から最終的には炉心溶融に至った。その過程25
で,燃料被覆管のジルコニウムと水が反応することなどにより大量の水素が
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発生し,格納容器を経て原子炉建屋に漏えいし,1・3号機の原子炉建屋で
水素爆発が発生した。また,3号機で発生した水素が4号機の原子炉建屋に
流入し,4号機の原子炉建屋においても水素爆発が発生した。また,2号機
においては,ブローアウトパネル(原子炉建屋内の圧力が急上昇した場合に
開放し,圧力を下げるためのパネル)が偶然開いたことから水素爆発には至5
らなかったものの,放射性物質が放出され,周辺の汚染を引き起こした。
(福島第一原発において上記のとおり生じた一連の事象をまとめて以下「福
島第一原発事故」という。甲C10〔欠番〕,乙250)
国際原子力機関(以下「IAEA」という。)は,「福島第一原子力発電所
事故事務局長報告書」(平成27年8月,乙321〔欠番〕)において,事10
故の原因等につき,「2011年3月11日の地震は,発電所の構造物,系
統及び機器を揺り動かす地盤の振動を生じた。地震後に一連の津波が発生し,
その一波によってサイトが浸水した。記録された地盤の振動と津波の高さは,
いずれも発電所が当初設計された時になされたハザードの仮定を大幅に上回
った。」「(しかし)発電所の主要な安全施設が2011年3月11日の地震15
によって引き起こされた地盤振動の影響を受けたことを示す兆候はない。こ
れは,日本における原子力発電所の耐震設計と建設に対する保守的なアプロ
ーチにより,発電所が十分な安全裕度を備えていたためであった。しかし,
当初の設計上の考慮は,津波のような極端な外部洪水事象に対しては同等の
安全裕度を設けていなかった。」と地震が事故の原因となったことを否定し20
た上で,事故の経緯につき,安全を確保するために重要な3つの基本安全機
能は,①核燃料の反応度の制御,②炉心と使用済燃料プールからの熱の除去,
③放射性物質の閉じ込めであるところ,①は,「(地震の後)福島第一原子力
発電所の6基全てで達成された」が,②は,「交流及び直流の電源系統のほ
とんどを喪失した結果,運転員が1,2及び3号機の原子炉と使用済燃料プ25
ールに対するほとんど全ての制御手段を奪われたため,維持することができ
−15−
なかった。第2の基本安全機能の喪失は,ひとつには原子炉圧力容器の減圧
の遅れのために代替注水が実施できなかったことが原因であった。冷却の喪
失が原子炉内の燃料の過熱と溶融につながった」ものであり,③についても,
「交流及び直流電源の喪失により,冷却系が使用できなくなり,運転員が格
納容器ベント系を使用することが困難となった結果として失われた。格納容5
器のベントは,圧力を緩和し格納容器の破損を防ぐために必要であった。運
転員は,1号機と3号機のベントを行って原子炉格納容器の圧力を下げるこ
とができた。しかしこれは,環境への放射性物質の放出をもたらした。1号
機と3号機の格納容器ベントは開いたが,1号機と3号機の原子炉格納容器
は結局は破損した。2号機の格納容器のベントは成功せず,格納容器が破損10
し,放射性物質の放出をもたらした。」とまとめ,これを前提に,対策とし
て,②につき,「設計基準状態及び設計基準を超える状態の双方で機能でき
る,頑強で信頼できる冷却系を残留熱の除去のために設ける必要」を,③に
つき,「環境への放射性物質の大規模放出を防ぐため,設計基準を超える事
故に対する信頼できる閉じ込め機能を確保する必要」を提言し,後記新規制15
基準については,「地震及び津波等の外部事象の影響の再評価を含め,共通
原因による全ての安全機能の同時喪失を防止するための対策を強化した。炉
心損傷,格納容器損傷及び放射性物質の拡散に対する新たなシビアアクシデ
ント対策も導入された。」と評価した上で,今後のさらなる課題として,「発
電所が該当する設計基準を超える事故に耐える能力を確認し,発電所の設計20
の頑強性に高度の信頼を与えるため,包括的な確率論的及び決定論的安全解
析が実施される必要がある。」「アクシデントマネジメント規定は,包括的で
十分に計画され,最新のものである必要がある。同規定は,起因事象と発電
所の状態の包括的な組合せを基に導かれる必要があり,複数ユニットの発電
所では複数のユニットに影響する事故にも備える必要がある。」「訓練,演習25
及び実地訓練は,運転員が可能な限り十分な備えができるよう,想定される
−16−
シビアアクシデント状態を含める必要がある。これらの訓練は,シビアアク
シデントマネジメントにおいて配備されるであろう実際の設備の模擬使用を
含む必要がある。」と提言した。
福島第一原発事故の結果,避難区域指定は福島県内の12市町村に及び,
避難した人数は,平成23年8月29日の時点において,警戒区域(福島第5
一原発から半径20㎞圏)で約7万8000人,計画的避難区域(20㎞以
遠で年間積算線量20m㏜〔実効線量[放射線の人体に与える影響の度合い
を定量的に定義したもの]の単位〕に達するおそれがある地域)で約1万1
0人,緊急時避難準備区域(半径20∼30㎞圏で計画的避難区域及び屋内
避難指示が解除された地域を除く地域)で約5万8510人,合計約14万10
6520人に達した(甲C10・331頁)。また,東京電力福島原子力発電所
事故調査委員会法に基づいて設置された東京電力福島原子力発電所事故調査
委員会(以下「国会事故調査会」という。)の調査によれば,福島第一原発
を中心とする半径20㎞圏内にある7つの病院には,事故当時,合計約85
0人の患者が入院しており,うち約400人が人工透析や痰の吸引を定期的15
に必要とするなどの重篤な症状を持つ,又はいわゆる寝たきりの状態にある
患者であったところ,事故によって避難指示が発令された際,これらの病院
の入院患者は近隣の住民や自治体から取り残され,それぞれの病院が独力で
避難手段や受け入れ先の確保を行わなくてはならなかった。その結果,同年
3月末までに死亡した者は,これらの病院及び介護老人保健施設の合計で少20
なくとも60人に上った(甲C10・357∼358頁)。
⑹福島第一原発事故を受けた規制の強化
ア原子力安全委員会及び原子力安全・保安院は,福島第一原発事故の発生
を受け,以下のとおり,安全規制についての検討を行った(乙125〔欠
番〕,250)。25
事故防止対策
−17−
a原子力安全委員会における検討
原子力安全委員会においては,「原子力安全基準・指針専門部会」
の下に設置された「安全設計審査指針等検討小委員会」において,安
全規制に関する検討が行われた。
当該小委員会は,平成23年7月15日から平成24年3月15日5
にかけて計13回にわたり開催され,その中で,福島第一原発が東北
地方太平洋沖地震とその後の津波により全交流動力電源を喪失したこ
とで,上述のような深刻な事態が生じたことから,福島第一原発事故
から得られた教訓のうち,安全設計審査指針及び関連指針類に反映さ
せるべき事項として,全交流動力電源喪失対策及び最終的な熱の逃が10
し場である最終ヒートシンク喪失(LUHS,LossofUltimateHeat
Sinkの略。)対策を中心に検討が行われた。検討に当たっては,深層
防護の考え方を安全確保の基本と位置づけ,IAEAやアメリカの規
制動向及び諸外国における事例が参照された。
上記深層防護とは,一般に,安全に対する脅威から人を守ることを15
目的として,ある目標を持った幾つかの障壁(防護レベル)を用意し
て,各々の障壁が独立して有効に機能することを求めるものである。
IAEAの安全基準の一つである「原子力発電所の安全:設計」
(SSR−2/1(Rev.1),甲E11〔欠番〕)では,深層防護
の考え方を原子力発電所の設計に適用し,5つの異なる防護レベルに20
より構築している。
第1の防護レベルは,通常運転状態からの逸脱と安全上重要な機器
等の故障を防止することを目的として,品質管理及び適切で実証され
た工学的手法に従って,発電所が健全でかつ保守的に立地,設計,建
設,保守及び運転されることを要求するものである。25
第2の防護レベルは,発電所で運転期間中に予期される事象(設計
−18−
上考慮することが適切な,原子炉施設の運転寿命までの間に,少なく
とも一度は発生することが予想される,通常の運転状態から逸脱した
操作手順が発生する事象で,安全上重要な機器に重大な損傷を引き起
こしたり,事故に至ったりするおそれがないもの。設置許可基準規則
では「運転時の異常な過渡変化」と定義している。)が事故状態に拡5
大することを防止するために,通常運転状態からの逸脱を検知し,管
理することを目的として,設計で特定の系統と仕組みを備えること,
それらの有効性を安全解析により確認すること,さらに運転期間中に
予期される事象を発生させる起因事象を防止するか,さもなければそ
の影響を最小に留め,発電所を安全な状態に戻す運転手順の確立を要10
求するものである。
第3の防護レベルは,運転期間中に予期される事象又は想定起因事
象が拡大して前段のレベルで制御できず,また,設計基準事故に進展
した場合において,固有の安全性及び工学的な安全の仕組み又はその
一方並びに手順により,事故を超える状態に拡大することを防止する15
とともに発電所を安全な状態に戻すことができることを要求するもの
である。
第4の防護レベルは,第3の防護レベルでの対策が失敗した場合を
想定し,事故の拡大を防止し,重大事故の影響を緩和することを要求
するものである。重大事故等に対する安全上の目的は,時間的にも適20
用範囲においても限られた防護措置のみで対処可能とするとともに,
敷地外の汚染を回避又は最小化することである。また,早期の放射性
物質の放出又は大量の放射性物質の放出を引き起こす事故シーケンス
の発生の可能性を十分に低くすることによって実質的に排除できるこ
とを要求するものである。25
第5の防護レベルは,重大事故に起因して発生しうる放射性物質の
−19−
放出による影響を緩和することを目的として,十分な装備を備えた緊
急時対応施設の整備と,所内と所外の緊急事態の対応に関する緊急時
計画と緊急時手順の整備が必要であるというものである。
b原子力安全・保安院における検討
原子力安全・保安院は,事故の発生及び事故の進展について,当時5
までに判明している事実関係を基に,工学的な観点から,出来る限り
深く整理・分析することにより,技術的知見を体系的に抽出し,主に
設備・手順に係る必要な対策の方向性について検討することとした。
そして,原子力安全・保安院は,福島第一原発事故の技術的知見に関
する意見聴取会を設置し,平成23年10月24日から平成24年210
月8日まで計8回にわたり開催され,原子力安全・保安院の分析や考
え方に対する専門家の意見を聴きながら,検討を進めた。
その結果,「東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の技術的
知見について(平成24年3月原子力安全・保安院)」として,事故
の発生及び進展に関し,当時分かる範囲の事実関係を基に,今後の規15
制に反映すべきと考えられる事項として,30項目が取りまとめられ
た。
重大事故等対策
a原子力安全委員会等における検討
重大事故等対策については,平成4年5月に原子力安全委員会にお20
いて決定した「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント
(設計基準事象を大幅に超える事象であって,安全設計の評価上想定
された手段では適切な炉心の冷却又は反応度の制御ができない状態で
あり,その結果,炉心の重大な損傷に至る事象)対策としてのアクシ
デントマネージメントについて」では,原子炉設置者が効果的なアク25
シデントマネージメント(AM)の自主的整備と万一の場合にこれを
−20−
的確に実施できるようにすることが強く奨励されていた(深層防護の
第4の防護レベル)。
しかしながら,東北地方太平洋沖地震及びそれに伴って発生した津
波により,福島第一原発で炉心損傷,原子炉格納容器の破損等に至っ
たことを受け,政府の作成した平成23年6月の「原子力安全に関す5
るIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書」では,AM対策を
原子炉設置者による自主的な取組とすることを改め,これを法規制上
の要求にするとともに,設計要求事項の見直しを行うことなど,シビ
アアクシデント対策に関する教訓が取りまとめられた。
原子力安全委員会では,同年10月に「発電用軽水型原子炉施設に10
おけるシビアアクシデント対策について」を決定し,上記の平成4年
5月の原子力安全委員会決定を廃止するとともに,シビアアクシデン
トの発生防止,影響緩和に対して,規制上の要求や確認対象の範囲を
拡大することを含めて安全確保策を強化すべきとした。同決定では,
シビアアクシデント対策の具体的な方策及び施策について,原子力安15
全・保安院において検討するよう求めた。
b原子力安全・保安院における検討
原子力安全・保安院では,平成24年3月の報告書「東京電力株式
会社福島第一原子力発電所事故の技術的知見について」において,シ
ビアアクシデント対策については,福島第一原発事故で発生しなかっ20
た事象も広く包含する体系的な検討を整理する必要があることを指摘
したほか,今後の規制に反映すべき視点として,深層防護の考え方の
徹底,シビアアクシデント対策の多様性・柔軟性・操作性,内的事象
・外的事象を広く包含したシビアアクシデント対策の必要性,安全規
制の国際的整合性の向上と安全性の継続的改善の重要性が掲げられた。25
また,原子力安全・保安院では,平成24年2月から8月にかけて,
−21−
シビアアクシデント対策規制の基本的考え方に関する整理を行った。
その過程において,「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシ
デント対策規制の基本的考え方に係る意見聴取会」を7回開催し,専
門家や原子炉設置者からの意見を聴取した。また,基本的考え方に関
する整理に当たっては,まず,原子力安全・保安院及び関係機関がこ5
れまでに検討していたシビアアクシデントに関する知見,海外の規制
情報,福島第一原発事故の技術的知見などを踏まえて,技術面でのシ
ビアアクシデント対策の基本的考え方を検討・整理し,「発電用軽水
型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策規制の基本的考え方に
ついて(現時点での検討状況)」を報告書として取りまとめた。10
もっとも,上記報告書は検討過程としての側面を有しており,用語
や概念の厳密な整理にはまだ完全ではない点が残っていたため,シビ
アアクシデント対策規制については,今後,新たに設置される原子力
規制委員会において検討が進められることとなった。その際,上記報
告書が原子力規制委員会での検討に当たって参考にされることが期待15
された。
地震及び津波
a原子力安全委員会における検討
福島第一原発事故以前においては,原子力安全委員会は,平成18
年に耐震指針を改訂しており,同改訂耐震指針は,当時の地質学,地20
形学,地震学,地盤工学,建築工学及び機械工学等の専門家らにより
検討されたものであった。
その後,平成23年3月に東北地方太平洋沖地震が発生し,福島第
一原発においては,地震とその後の津波を原因とした事故が発生した。
そこで,原子力安全委員会は,改訂耐震指針策定後に蓄積された知25
見,平成23年3月11日以降に発生した地震及び津波に係る知見並
−22−
びに上述した福島第一原発事故の教訓を踏まえ,地震及び津波に対す
る発電用原子炉施設の安全確保策について検討することとした。そし
て,専門的な審議を行うため,原子力安全基準・指針専門部会に地震
・津波関連指針等検討小委員会が設置された。同小委員会は,改訂耐
震指針の検討時よりも津波に関する専門家を増員し,平成23年7月5
12日から平成24年2月29日までの間,計14回の会合が開催さ
れた。
同小委員会において,改訂耐震指針及び関連指針類を対象とした検
討が行われた。
具体的には,同小委員会は,東北地方太平洋沖地震及びこれに伴う10
津波の分析に加えて,東北電力株式会社女川原子力発電所(以下「女
川原発」という。),福島第一原発,福島第二原発及び日本原子力発電
株式会社東海第二発電所(以下「東海第二発電所」という。)で観測
された地震や津波の観測記録等の分析を行うとともに,東北地方太平
洋沖地震及びこれに伴う津波に係る知見並びに福島第一原発事故の教15
訓を整理したほか,改訂耐震指針の策定後に実施された耐震バックチ
ェックによって得られた経験及び知見を整理した。さらに,同小委員
会は,地震調査研究推進本部(文部科学省),中央防災会議(内閣府),
国土交通省等の他機関における東北地方太平洋沖地震及びこれに伴う
津波についての検討結果に加えて,土木学会における検討状況,世界20
の津波の事例及びIAEAやアメリカの原子力規制委員会等の規制状
況,福島第一原発事故に関連した調査報告書も踏まえて検討を行った。
以上の検討を踏まえ,同小委員会は,平成24年3月14日付「発
電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針及び関連の指針類に反映さ
せるべき事項について(とりまとめ)」を取りまとめ,福島第一原発25
事故においては,津波による海水ポンプ,非常用電源設備等の機能喪
−23−
失を防止するため,ドライサイトコンセプト(津波からの防護として,
敷地高さの設定や津波に対する防御施設の設置等により,まず防護対
象施設が設置される敷地に津波を到達・流入させないことを基本とす
るという考え方。漏水対策等と相まって,より一層信頼性の高い津波
対策となる。)を基本とする津波防護設計の基本的な考え方や津波対5
策を検討する基礎となる基準津波の策定を義務付けるべき旨を取りま
とめた。
b原子力安全・保安院における検討
原子力安全委員会は,平成23年4月,東北地方太平洋沖地震等の
知見を反映して,原子力安全・保安院に対し,耐震安全性に影響を与10
える地震に関して評価を行うよう意見を述べた。
原子力安全・保安院は,平成23年9月,事業者より報告された東
北地方太平洋沖地震及びこれに伴う津波による原子力発電所への影響
などの評価結果について,学識経験者の意見を踏まえた検討を行うこ
となどにより,地震・津波による原子力発電所への影響に関して的確15
な評価を行うため,「地震・津波の解析結果の評価に関する意見聴取
会」(第2回より「地震・津波に関する意見聴取会」と改称)及び
「建築物・構造に関する意見聴取会」を設置し,審議を行った。
地震・津波の解析結果の評価に関する意見聴取会においては,東北
地方太平洋沖地震及びこれに伴う津波について,福島第一原発,福島20
第二原発,女川原発及び東海第二発電所における地震動及び津波の解
析・評価を行い,これに基づく同地震に関する新たな科学的・技術的
知見について,耐震安全性評価に対する反映方針が検討された。
建築物・構造に関する意見聴取会においては,上記の各原子力発電
所における建物・構築物,機器・配管系の地震応答解析の評価,津波25
による原子力施設の被害状況を踏まえた影響評価を行い,これに基づ
−24−
く東北地方太平洋沖地震に関する新たな科学的・技術的知見について,
耐震安全性評価に対する反映方針が検討された。
これらの意見聴取会において,それぞれ報告書が取りまとめられ,
平成24年2月,原子力安全委員会に報告された。
イ平成24年6月27日,原子力規制委員会設置法(平成24年法律第45
7号。以下「設置法」という。)が新たに施行された。
設置法附則に基づき,原子力基本法及び原子炉等規制法がそれぞれ次
のとおり改正された(以下「本件改正」という。)。
a原子力基本法
同法の基本方針として,原子力利用は「安全の確保を旨として」行10
われることがもともと規定されていたところ(同法2条1項),その
安全確保については,「確立された国際的な基準を踏まえ,国民の生
命,健康及び財産の保護,環境の保全並びに我が国の安全保障に資す
ることを目的として,行うものとする」との規定が追加された(同条
2項)。15
b原子炉等規制法
同法の目的として,「原子炉の設置及び運転等」に関し,「大規模な
自然災害及びテロリズムその他の犯罪行為の発生も想定した必要な規
制」を行うこと,「もって国民の生命,健康及び財産の保護,環境の
保全並びに我が国の安全保障に資することを目的とする」ことが追加20
され(同法1条),原子力規制委員会が設置許可基準に係る規則を定
めること(同法43条の3の6第1項4号),保安措置に重大事故対
策を含めること(同法43条の3の22第1項等),発電用原子炉の
設置者は,発電用原子炉施設を原子力規制委員会規則で定める技術上
の基準に適合するよう維持しなければならず(同法43条の3の125
4),原子力規制委員会は,発電用原子炉施設が当該基準に適合して
−25−
いないと認めるときは,発電用原子炉の設置者に対して,使用停止等
の処分を行うことができること(同法43条の3の23第1項)(い
わゆるバックフィット),発電用原子炉40年の運転期間の制限の原
則を設けること(同法43条の3の32)などが新たに定められた。
設置法は,福島第一原発事故を契機に明らかとなった原子力の研究,5
開発及び利用(以下「原子力利用」という。)に関する政策に係る縦割
り行政の弊害を除去し,並びに一の行政組織が原子力利用の推進及び規
制の両方の機能を担うことにより生ずる問題を解消するため,原子力利
用における事故の発生を常に想定し,その防止に最善かつ最大の努力を
しなければならないという認識に立って,確立された国際的な基準を踏10
まえて原子力利用における安全の確保を図るため必要な施策を策定し,
又は実施する事務を一元的につかさどるとともに,その委員長及び委員
が専門的知見に基づき中立公正な立場で独立して職権を行使する原子力
規制委員会を設置し,もって国民の生命,健康及び財産の保護,環境の
保全並びに我が国の安全保障に資することを目的とするものである(同15
法1条)。
原子力規制委員会は,設置法に基づいて設置された機関であって,国
家行政組織法3条2項の規定に基づく環境省の外局として位置づけられ
る(設置法2条)。そして,原子力規制委員会は,国民の生命,健康及
び財産の保護,環境の保全並びに我が国の安全保障に資するため,原子20
力利用における安全の確保を図ることを任務とし(同法3条),同任務
を達成するために原子力利用における安全の確保に関することなどの事
務をつかさどる(同法4条)。その組織は,委員長及び委員4人からな
り(同法6条1項),独立してその職権を行うこととされているところ
(同法5条),委員長及び委員は,人格が高潔であって,原子力利用に25
おける安全の確保に関して専門的知識及び経験並びに高い識見を有する
−26−
者のうちから,両議院の同意を得て,内閣総理大臣が任命するが,原子
力事業者等及びその団体の役員・従業者等である者は委員長又は委員と
なることができないものとされている(同法7条1項,7項3号4号)。
また,原子力規制委員会は,その所掌事務について,法律若しくは政令
を実施するため,又は法律若しくは政令の特別の委任に基づいて,原子5
力規制委員会規則を制定することができるものとされている(同法26
条)。
原子力規制委員会には,その事務を処理させるため,事務局として原
子力規制庁が置かれ,原子力規制庁長官は,原子力規制委員会委員長の
命を受けて庁務を掌理する(同法27条)。なお,原子力規制庁の職員10
は,幹部職員のみならず,それ以外の職員についても,原子力利用の推
進に係る事務を所掌する行政組織への配置転換を認めないこととされる
(いわゆる「ノーリターンルール」。同法附則6条2項)。
ウ原子力規制委員会の発足(平成24年9月)に伴い,原子力安全委員会
は廃止された。15
このため,原子力安全委員会が策定した原子炉設置変更許可における基
準等を原子力規制委員会規則等として定めることが必要となった(原子炉
等規制法43条の3の6第1項4号参照)ことから,平成24年6月27
日法律第47号により改正された原子炉等規制法は,原則として,公布の
日から起算して3月を超えない範囲内において政令で定める日から施行す20
るとされ(同法附則1条本文),政令により同年9月19日から施行され
ることになったものの,原子炉等規制法43条の3の6第1項4号等につ
いては,同法施行日から起算して10月を超えない範囲内において政令で
定める日から施行するものとされた(同法附則1条ただし書)。
そして,原子力規制委員会は,同委員会の下に「発電用軽水型原子炉の25
新安全基準に関する検討チーム」(その後,「発電用軽水型原子炉の新規制
−27−
基準に関する検討チーム」と改称。以下「原子炉施設等基準検討チーム」
という。),「発電用軽水型原子炉施設の地震・津波に関わる新安全設計基
準に関する検討チーム」(以下「地震等基準検討チーム」という。)等を置
き,検討を行った。その経緯は,以下のとおりである(乙124∼127
〔いずれも欠番〕,250)。5
原子炉施設等基準検討チーム
原子炉施設等基準検討チームにおいては,平成24年10月25日か
ら平成25年6月3日までの間,原子炉施設の新規制基準(地震及び津
波対策を除く。)策定のため,学識経験者らの参加の下,計23回の会
合が開催された。10
同会合では,福島第一原発事故から得られた地震の随伴事象として生
じた津波という共通要因によって複数の安全機能が同時に喪失した等の
教訓による設計基準を超える事象への対応に加え,設計基準事象に対応
するための対策の強化を図る視点で,新規制基準のうち事故防止対策に
係る規制については,原子力安全委員会が策定した安全設計審査指針等15
の内容を基に,見直した上で規則化等を検討することとされ,検討に当
たっては,IAEA安全基準や欧米の規制状況等の海外の知見も勘案さ
れた。
また,上記改正後の原子炉等規制法が重大事故等対策を新たに規制対
象としたことから,原子炉施設等基準検討チームにおいては,新たに規20
制の対象になった重大事故等対策について重点的な検討を行うこととし,
福島第一原発事故の教訓及び海外における規制等を勘案し,仮に,上記
の事故防止対策を講じたにもかかわらず複数の安全機能の喪失などの事
象が万一発生したとしても,炉心損傷に至らないための対策として,重
大事故の発生防止対策,さらに重大事故が発生した場合の拡大防止対策25
−28−
など,重大事故等対策に関する設備に係る要求事項及び重大事故等対策
の有効性評価の考え方等について検討された。
地震等基準検討チーム
地震等基準検討チームにおいては,平成24年11月19日から平成
25年6月6日までの間,発電用軽水型原子炉施設の地震・津波に関わ5
る新規制基準策定のため,学識経験者らの参加の下,計13回の会合が
開催された。
同会合では,原子力安全委員会の下で地震等検討小委員会が取りまと
めた耐震指針等の改訂案のうち,地震及び津波に関わる安全設計方針と
して求められている各要件については,新たに策定する基準においても10
重要な構成要素となるものと評価するとともに,基準の骨子案を策定す
るにあたっては,上記改訂案の安全設計方針の各要件について改めて分
類・整理し,必要な見直しを行った上で基準の骨子案の構成要素とする
方針を示した。
そして,地震等基準検討チームは,この検討方針に基づき,地震及び15
津波について,IAEA安全基準,アメリカ,フランス及びドイツの各
規制内容のほか,福島第一原発事故を踏まえた国会及び政府等の事故調
査委員会の主な指摘事項のうち耐震関係基準の内容に関するものを整理
し,これらと改訂耐震指針とを比較した上で,国や地域等の特性に配慮
しつつ,我が国の規制として適切な内容を検討した。また,地震等基準20
検討チームは,発電用原子炉施設における安全対策への取組の実態を確
認するため,電気事業者に対するヒアリングを実施するとともに,東北
地方太平洋沖地震及びこれに伴う津波を受けた女川原発の現地調査を実
施し,これらの結果も踏まえ,安全審査の高度化を図るべき事項につい
ての検討を進めた。25
エ原子力規制委員会は,上記検討に先立ち,平成24年10月,電気事業
−29−
者等に対する原子力安全規制等に関する決定を行うに当たり,その参考と
して,外部有識者から意見を聴く場合において検討会等の中立性を適切に
確保することを目的として,利益相反に関連する可能性のある情報として,
外部有識者の電気事業者等との関係に関する情報の公開を行うための運用
等を定め,上記各検討チームを構成する外部有識者についても,上記運用5
に従って電気事業者等との関係について自己申告させるとともに,その申
告内容を同委員会のウェブサイト上で公開した。また,原子力規制委員会
は,上記各検討チームが開いた会合については,当該会合に供された資料
及び議事録も同様の方法により公開した(乙75,124∼126,13
1,132〔いずれも欠番〕)。10
オ原子力規制委員会は,上記検討の過程で,平成25年4月から同年5月
にかけ,原子力規制委員会規則等に加え,同委員会における審査基準に関
する内規等について,意見公募手続(この種の手続を以下「パブリックコ
メント」ということがある。)に付した。地震等基準検討チームは同年6
月6日に開いた第13回会合において地震に関する審査基準を定めた内規15
について,原子炉施設等基準検討チームは同月3日に開いた第23回会合
において地震を除く各種審査基準を定めた内規や原子力規制委員会規則等
について,それぞれ同手続で募った意見を踏まえて各々その検討を遂げた。
その結果,そのころ,後記カの一連の規制基準をめぐる法令が整備され
るとともに(以下「新規制基準」という。),それを受けた内規である同20
の各審査基準の策定に至った。その趣旨は,原子力規制委員会の「実用発
電用原子炉に係る新規制基準の考え方について」(乙250,以下「新規
制基準考え方」という。)のとおりである。
以上の経緯を経て,原子炉等規制法のうち同法43条の3の6第1項4
号等及び設置許可基準規則等は,同年7月8日に施行された。25
カ発電用原子炉を設置しようとする者は,政令で定めるところにより,
−30−
原子力規制委員会の許可(原子炉設置許可)を受けなければならず(原
子炉等規制法43条の3の5第1項),原子力規制委員会は,上記許可
の申請があった場合においては,その申請が同法43条の3の6第1項
各号所定の基準に適合していると認めるときでなければ,上記許可をし
てはならない(同法43条の3の6第1項)。そして,原子炉設置許可5
を受けた者が,使用の目的,発電用原子炉の型式,熱出力及び基数,発
電用原子炉及びその附属施設の位置,構造及び設備等の事項(同法43
条の3の5第2項2ないし5号又は8ないし10号に掲げる事項)を変
更しようとするときは,政令で定めるところにより,原子力規制委員会
の許可(原子炉設置変更許可)を受けなければならないが(同法43条10
の3の8第1項),この場合にも同法43条の3の6第1項が準用され
る(同法43条の3の8第2項)。
ところで,原子炉等規制法43条の3の6第1項4号は,上記原子炉
設置許可又は原子炉設置変更許可(以下「原子炉設置(変更)許可」と
いう。)の基準の一つとして,「発電用原子炉施設の位置,構造及び設備15
が核燃料物質若しくは核燃料物質によって汚染された物又は発電用原子
炉による災害の防止上支障がないものとして原子力規制委員会規則で定
める基準に適合するものであること」(以下「4号要件」という。)と規
定しているが,同号にいう原子力規制委員会規則が「実用発電用原子炉
及びその附属施設の位置,構造及び設備の基準に関する規則(平成2520
年6月28日原子力規制委員会規則第5号。以下「設置許可基準規則」
という。)である。
そして,設置許可基準規則の解釈を示したものが「実用発電用原子炉
及びその附属施設の位置,構造及び設備の基準に関する規則の解釈」
(原規技発第1306193号(平成25年6月19日原子力規制委員25
会決定)。以下「設置許可基準規則解釈」という。乙68)であり,さ
−31−
らに,4号要件の適合性の審査に活用するため,「基準地震動及び耐震
設計方針に係る審査ガイド」(以下「地震ガイド」という。乙39〔欠
番〕),「基準津波及び耐津波設計方針に係る審査ガイド」(以下「津波ガ
イド」という。乙156〔欠番〕)及び「原子力発電所の火山影響評価
ガイド」(以下「火山ガイド」という。乙147)等の内規が策定され5
た。
また,原子炉等規制法43条の3の6第1項は,4号要件以外の原子
炉設置(変更)許可基準として,「発電用原子炉が平和の目的以外に利
用されるおそれがないこと」(以下「1号要件」という。),「その者に発
電用原子炉を設置するために必要な技術的能力及び経理的基礎があるこ10
と」(以下「2号要件」という。),「その者に重大事故(括弧内省略)の
発生及び拡大の防止に必要な措置を実施するために必要な技術的能力そ
の他の発電用原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技術的能力がある
こと」(以下「3号要件」という。)を規定している。
そして,2号要件の適合性の判断のために「原子力事業者の技術的能15
力に関する審査指針」が,3号要件の適合性の判断のために「実用発電
用原子炉に係る発電用原子炉設置者の重大事故の発生及び拡大の防止に
必要な措置を実施するために必要な技術的能力に係る審査基準」(以下
「技術的能力基準」という。)がそれぞれ用いられている。
設置許可基準規則は,深層防護の考え方を踏まえ,設計基準対象施設20
(第2章)と重大事故等対処施設(第3章)を区別し,第2章に「設計
基準対象施設」として第1から第3の防護レベルに相当する事項を,第
3章に「重大事故等対処施設」として主に第4の防護レベルに相当する
事項をそれぞれ規定している。
加えて,3号要件の審査基準である技術的能力基準も,原子力事業者25
に対し,第4の防護レベルに相当する事項として,重大事故等対策にお
−32−
ける要求事項(2.1)に加え,大規模な自然災害又は故意による大型
航空機の衝突その他のテロリズムによる発電用原子炉施設の大規模な損
壊への対応(手順書の整備,当該手順に従って活動を行うための体制及
び資機材の整備)を要求している(2.1)。
もっとも,重大事故等対処施設のうちの特定重大事故等対処施設(設5
置許可基準規則42条)及び所内常設直流電源設備(同57条2項)
(以下「特定重大事故等対処施設等」という。)については,発電用原
子炉施設について本体施設等(特定重大事故等対処施設等以外の施設及
び設備)によって重大事故等対策に必要な機能を満たした上で,その信
頼性向上のためのバックアップ対策として位置づけられているとして,10
新規制基準施行当時現に設置されている発電所用原子炉施設については,
経過措置により,設置許可基準規則施行日(平成25年7月8日)以後
最初に行われる工事計画認可の日から起算して5年を経過するまでの間,
同42条は適用されないものとして,その設置を猶予している(同42
条,附則2項)(甲E29・119,137頁,甲E43,44〔いず15
れも欠番〕)。
以上に対し,設置許可基準規則では,所内及び所外の緊急事態への対
応に関する緊急時計画等の整備(深層防護の第5の防護レベル)等は原
子力事業者に対する要求事項とされておらず,避難計画に関する事項は,
原子炉の設置(変更)許可に際して設置許可基準規則等における事業者20
規制の内容に含まれていない。
⑺本件原子炉の運転再開
ア債務者は,平成25年7月8日,原子力規制委員会に対し,本件原子炉
に係る原子炉設置変更許可を申請するとともに(以下「本件申請」とい
う。),工事計画認可及び保安規定変更認可の各申請をした。25
本件申請については,平成27年5月21日から同年6月19日までの
−33−
間,原子力規制委員会が作成した本件原子炉施設の変更をめぐる審査書案
に対する科学的・技術的意見の公募手続(パブリックコメント)が実施さ
れた上,同年7月15日に開催された平成27年度第19回原子力規制委
員会において,「四国電力株式会社伊方発電所の発電用原子炉設置変更許
可申請書(3号原子炉施設の変更)に関する審査書」の案が了承され,同5
申請に対する原子力規制委員会の許可処分がなされた(乙13,77)。
また,工事計画認可申請については平成28年3月23日に,保安規定変
更認可申請については同年4月19日に,それぞれ原子力規制委員会の認
可処分がされた(乙78,79)。
許可処分の内容は,以下のとおりである(乙138)。10
①1号要件
本件申請については,
・発電用原子炉の使用の目的(商業発電用)を変更するものではない
こと
・使用済燃料については,法に基づく指定を受けた国内再処理事業者15
において再処理を行うことを原則とすることとし,再処理されるまで
の間,適切に貯蔵・管理するという方針であること
・海外において再処理を行う場合は,我が国が原子力の平和利用に関
する協力のための協定を締結している国の再処理事業者に委託する,
これによって得られるプルトニウムは国内に持ち帰る,再処理によっ20
て得られるプルトニウムを海外に移転しようとするときは,政府の承
認を受けるという方針に変更はないこと
から,発電用原子炉が平和の目的以外に利用されるおそれがないものと
認められる。
②2号要件25
(経理的基礎に係る部分)
−34−
申請者は,本件申請に係る重大事故等対処設備他設置工事に要する資
金については,自己資金,社債及び借入金により調達する計画としてい
る。
申請者における総工事資金の調達実績,その調達に係る自己資金及び
外部資金の状況,調達計画等から,工事に要する資金の調達は可能と判5
断した。このことから,申請者には本件申請に係る発電用原子炉施設を
設置変更するために必要な経理的基礎があると認められる。
(技術的能力に係る部分)
申請者には,本件申請に係る発電用原子炉施設を設置変更するために
必要な技術的能力があると認められる。10
③3号要件
申請者には,重大事故の発生及び拡大の防止に必要な措置を実施する
ために必要な技術的能力その他の発電用原子炉の運転を適確に遂行する
に足りる技術的能力があると認められる。
④4号要件15
本件申請に係る発電用原子炉施設の位置,構造及び設備が核燃料物質
若しくは核燃料物質によって汚染された物又は発電用原子炉による災害
の防止上支障がないものとして原子力規制委員会規則で定める基準に適
合するものであると認められる。
イその後,本件原子炉については,同年9月7日,安全対策工事の内容が20
認可を受けた工事計画どおりであることなどを確認する検査(使用前検査)
が終了し,その頃,通常運転を再開した。
ただし,特定重大事故等対処施設等は,前提事実カのとおり設置が
猶予されているため,平成29年9月時点で未だ設置されていなかった
(完成予定は平成32年度)(甲E72〔欠番〕)。25
本件原子炉施設の耐震設計等(東北地方太平洋沖地震後−火山現象)
−35−
ア新規制基準等の内容
設置許可基準規則によれば,安全施設は,想定される自然現象(地震
及び津波を除く。)が発生した場合においても安全機能を損なわないも
のでなければならないとされ(同6条1項),「想定される自然現象」と
は,敷地の自然環境を基に,洪水,風(台風),竜巻,凍結,降水,積5
雪,落雷,地滑り,火山の影響,生物学的事象又は森林火災等から適用
されるものをいうものとされている(同解釈6条1項)。
また,重要安全施設は,当該重要安全施設に大きな影響を及ぼすおそ
れがあると想定される自然現象により当該重要安全施設に作用する衝撃
及び設計基準事故時に生ずる応力を適切に考慮したものでなければなら10
ないとされ(設置許可基準規則6条2項),「大きな影響を及ぼすおそれ
があると想定される自然現象」とは,対象となる自然現象に対応して,
最新の科学的技術的知見を踏まえて適切に予想されるものをいい,過去
の記録,現地調査の結果及び最新知見等を参考にして,必要のある場合
には,異種の自然現象を重畳させるものとされている(同解釈6条215
項)。
火山ガイド(乙147)は,新規制基準を受け,上記各自然現象のう
ち「火山の影響」について,原子力発電所への火山影響を適切に評価す
るため,原子力発電所に影響を及ぼし得る火山の抽出,抽出された火山
の火山活動に関する個別評価,原子力発電所に影響を及ぼし得る火山事20
象の抽出及びその影響評価のための方法と確認事項をとりまとめたもの
であり,新規制基準が求める火山の影響により原子炉施設の安全性を損
なうことのない設計であることの評価方法の一例であって,火山影響評
価の妥当性を審査官が判断する際に参考とするものと位置付けられてい
る。火山ガイドは,火山の影響の評価を立地評価と影響評価の2段階で25
行うこととしている。
−36−
立地評価とは,評価対象場所周辺の火山事象の影響を考慮して原子力
発電所を建設するサイト(敷地)としての適性を評価することを言い,
主として,火山活動の将来の活動可能性を検討しながら,設計対応不可
能,つまり,施設や設備で対応が不可能な火山事象(火砕物密度流,溶
岩流,岩屑なだれ,地滑り及び斜面崩壊,新しい火道の開通並びに地殻5
変動)の当該サイトへの到達の可能性を評価するものである。
影響評価とは,立地評価の結果,立地が不適とされないサイトにおい
て,運用期間中に生じうる火山事象に対し,その影響を評価することを
言い,具体的には,設計対応可能,つまり,施設や設備で対応が可能な
火山事象(降下火砕物,火山性土石流・火山泥流及び洪水,火山から発10
生する飛来物(噴石),火山ガス,津波及び静振,大気現象,火山性地
震とこれに関連する事象並びに熱水系及び地下水の異常)の影響を評価
し,これに対する事業者の設計方針について評価を行うものである。
このように,①設計対応不可能な火山事象が原子力発電所の運用期間
中に到達する可能性を評価することで,原子力発電所の立地として不適15
切なものを排除し(立地評価),その上で,②設計対応可能な火山事象
に対する施設や設備の安全機能の確保を評価している(影響評価)。
イ立地評価に関する火山ガイドの定め
地理的領域内の火山の抽出
火山影響評価が実施される原子力発電所周辺の領域(原子力発電所か20
ら半径160㎞の範囲の領域。以下「地理的領域」という。)に対して,
文献調査等で第四紀(地質時代の1つで,約258万年前以降現在まで
の期間)に活動した火山(以下「第四紀火山」という。)を抽出する。
160㎞の範囲を地理的領域とするのは,国内の最大規模の噴火であ
る阿蘇4噴火(約9万年前)において火砕物密度流が到達した距離が125
60㎞であると考えられているからである。
−37−
また,第四紀火山を対象とするのは,第四紀より前に火山活動があっ
た火山で第四紀の活動が認められない火山は既にその活動を停止してい
るとみなせるという考え方に基づく。
地理的領域内に第四紀火山がない場合には,立地不適にはならない。
完新世の活動の有無5
地理的領域内に第四紀火山がある場合には,完新世(第四紀の区分の
うちで最も新しいものであり,1万1700年前から現在までの期間)
に当該火山の活動があったか否かを評価する(気象庁が概ね1万年以内
に噴火した火山及び現在活発な噴気活動のある火山を活火山としている
ことに対応)。10
完新世に活動があった火山は,将来の活動可能性があることを示すも
のとして広く受け入れられていることから,完新世に活動していること
が認められれば直ちにこれを将来の活動可能性のある火山とする。
完新世に活動していない火山については,文献調査並びに地形・地質
調査及び火山学的調査の調査結果を基に,当該火山の第四紀の噴火時期,15
噴火規模,活動の休止期間を示す階段ダイヤグラム(縦軸に噴出量を設
定し,横軸に噴出年代を設定し,それを分析することで,将来の火山活
動の規模や時期について評価するもの)を作成し,活動を評価する。階
段ダイヤグラムにおいて,火山活動が終息する傾向が顕著であり,最後
の活動終了から現在までの期間が過去の最大休止期間より長い等,将来20
の活動可能性が無いと判断できる場合は,当該火山の火山活動に関する
個別評価を行う必要は無い。
完新世に活動があった場合や,完新世に活動がなかったものの,将来
の活動可能性が否定できない場合には,原子力発電所に影響を及ぼし得
る火山として,火山活動に関する個別評価を行う。25
火山活動に関する個別評価
−38−
a運用期間中の火山の活動可能性の評価
火山活動に関する個別評価を行うのは,原子力発電所に影響を及ぼ
し得る火山として抽出された火山である。
①将来の活動可能性を評価する際に用いた調査結果と必要に応じて
実施する②地球物理学的及び③地球化学的調査の結果を基に,原子力5
発電所の運用期間中における検討対象火山の活動可能性を総合的に評
価する。
①将来の活動可能性を評価する際に用いた階段ダイヤグラムや地質
調査等は,対象とする火山の過去から現在までの火山活動に焦点を当
てた調査方法であるが,②地球物理的及び③地球化学的調査は,対象10
とする火山の現在の火山活動に焦点を当てた調査方法である。②地球
物理学的調査とは,例えば,現在,地下にマグマ溜まりがあるのか,
火山性地震は発生しているのか等を調査する方法である。③地球化学
的調査とは,火山ガスの観測,地下水に含まれるマグマ起源のガス分
析等である。これらの②地球物理学的調査や③地球化学的評価によっ15
て,現在の火山の状態を分析し,現在の活動状況を確認して評価を行
う。
b設計対応不可能な火山事象の到達可能性の評価
検討対象火山の活動の可能性が十分小さいと判断できない場合は,
火山活動の規模と設計対応不可能な火山事象の到達可能性を評価する。20
検討対象火山の調査結果から原子力発電所運転期間中に発生する噴
火規模を推定する。
調査結果から原子力発電所運用期間中に発生する噴火の規模を推定
できない場合は,検討対象火山の過去最大の噴火規模とする。
次に設定した噴火規模における設計対応不可能な火山事象が原子力25
発電所に到達する可能性が十分小さいかどうかを評価する。評価では,
−39−
①検討対象火山の調査から噴火規模を設定した場合には,その噴火規
模での影響範囲を推定する。推定する際には,類似の火山における設
計対応不可能な火山事象の影響範囲を参考とすることができる。②過
去最大の噴火規模から設定した場合には,検討対象火山での設計対応
不可能な火山事象の痕跡等から影響範囲を判断する。③いずれの方法5
によっても影響範囲を判断できない場合には,設計対応不可能な火山
事象の国内既往最大到達距離を影響範囲とする。
なお,火山噴火の規模を表す一つの指標として,火山爆発指数(V
EI,VolcanicExplosivityIndexの略)があり,噴出した火砕物(火山
灰,火砕流等)の量で評価される(VEI4は0.1㎦以上1㎦未満,10
VEI5は1㎦以上10㎦未満,VEI6は10㎦以上100㎦未満,
VEI7は100㎦以上1000㎦未満)。
これらの評価の結果,設計対応不可能な火山事象が原子力発電所に
到達する可能性が十分小さいと評価できる場合には,立地は不適とは
ならない(ただし,後記のモニタリングを行う。)。15
これに対し,設計対応不可能な火山事象が原子力発電所運用期間中
に影響を及ぼす可能性が十分小さいと評価されない火山がある場合は,
原子力発電所の立地は不適となり,この場合,当該敷地に原子力発電
所を立地することは認められない。
火山活動のモニタリング20
a目的
事業者は,立地評価において,当該原子力発電所の運用期間中,検
討対象火山の将来の活動可能性が十分小さいと評価できる場合及び設
計対応不可能な火山事象が影響を及ぼす可能性が十分小さいと評価で
きる場合であっても,噴火可能性が十分小さいことを継続的に確認す25
ることを目的として,検討対象火山の状態の変化を検知するためのモ
−40−
ニタリングを行う。
b方法及びその結果の評価方法
監視対象火山は,過去の最大規模の噴火により設計対応不可能な火
山事象が原子力発電所に到達したと考えられる火山である。
火山活動の監視項目としては一般的に,地震活動の観測(火山性地5
震の観測),地殻変動の観測(GPS等を利用し地殻変動を観測),火
山ガスの観測(放出される二酸化硫黄や二酸化炭素量などの観測)な
どが考えられる。事業者は,適切な方法により監視するが,公的機関
が火山活動を監視している場合においては,そのモニタリング結果を
活用してもよい。10
そして,事業者は,モニタリング結果を定期的に評価し,当該火山
の活動状況を把握し,状況に変化がないことを確認する必要がある。
その際,上記評価は,第三者(火山専門家等)の助言を得る方針とす
る。
c火山活動の兆候を把握した場合の対処15
事業者は,火山活動の兆候を把握した場合の対処方針等を定める必
要がある。具体的には,①対処を講じるために把握すべき火山活動の
兆候と,その兆候を把握した場合に対処を講じるための判断条件,②
火山活動のモニタリングにより把握された兆候に基づき,火山活動の
監視を実施する公的機関の火山の活動情報を参考にして対処を実施す20
る方針,③火山活動の兆候を把握した場合の対処として,原子炉の停
止,適切な核燃料の搬出等が実施される方針を定める。
ウ影響評価をめぐる火山ガイドの定め
影響評価では,設計対応が可能な火山事象による影響を評価する。設
計対応可能な火山事象は降下火砕物などが該当し,構造物や設備等によ25
り,原子力発電所に影響を及ぼす各火山事象に対してその影響を十分に
−41−
小さくする必要がある。
影響評価のうち降下火砕物についての火山ガイドの定め
a降下火砕物の影響
直接的影響
降下火砕物は,最も広範囲に及ぶ火山事象で,ごくわずかな火山灰5
の堆積でも,原子力発電所の通常運転を妨げる可能性がある。降下
火砕物により,原子力発電所の構造物への静的負荷,粒子の衝突,水循
環系の閉塞及びその内部における磨耗,換気系,電気系及び計装制御
系に対する機械的及び化学的影響,並びに原子力発電所周辺の大気
汚染等の影響が挙げられる。10
降雨・降雪などの自然現象は,火山灰等堆積物の静的負荷を著し
く増大させる可能性がある。火山灰粒子には,化学的腐食や給水の
汚染を引き起こす成分(塩素イオン,フッ素イオン,硫化物イオン等)
が含まれている。
間接的影響15
降下火砕物は広範囲に及ぶことから,原子力発電所周辺の社会イ
ンフラに影響を及ぼす。この中には,広範囲な送電網の損傷による
長期の外部電源喪失や原子力発電所へのアクセス制限事象が発生し
うることも考慮する必要がある。
b降下火砕物による原子力発電所への影響評価20
降下火砕物の影響評価では,降下火砕物の堆積物量,堆積速度,堆積期
間及び火山灰等の特性などの設定,並びに降雨等の同時期に想定され
る気象条件が火山灰等特性に及ぼす影響を考慮し,それらの原子炉施
設又はその付属設備への影響を評価し,必要な場合には対策がとられ,
求められている安全機能が担保されることを評価する。25
c確認事項
−42−
直接的影響の確認事項
①降下火砕物堆積荷重に対して,安全機能を有する構築物,系統及
び機器の健全性が維持されること。
②降下火砕物により,取水設備,原子炉補機冷却海水系統,格納容器
ベント設備等の安全上重要な設備が閉塞等によりその機能を喪失5
しないこと。
③外気取入口からの火山灰の侵入により,換気空調系統のフィル
タの目詰まり,非常用ディーゼル発電機の損傷等による系統・機
器の機能喪失がなく,加えて中央制御室における居住環境を維持
すること。10
④必要に応じて,原子力発電所内の構築物,系統及び機器における
降下火砕物の除去等の対応が取れること。
間接的影響の確認事項
原子力発電所外での影響(長期間の外部電源の喪失及び交通の途
絶)を考慮し,燃料油等の備蓄又は外部からの支援等により,原子炉15
及び使用済燃料プールの安全性を損なわないように対応が取れるこ
と。
エ本件発電所の立地評価
債務者は,次のとおり,本件発電所の立地評価をした。
本件発電所に影響を及ぼし得る火山の抽出20
本件発電所は,四国北西部に細長く延びる佐田岬半島の付け根付近の
瀬戸内海側に位置する。山口県の内陸部から大分県の国東半島,別府湾
沿岸へと火山フロント(帯状の火山分布の海溝〔陸のプレートに海のプ
レートが沈み込む部分〕側の境界を結ぶ線)が連なるが,本件発電所敷
地は,火山フロントから南東に大きく離れており,本件発電所敷地を中25
心とする半径50㎞内に第四紀火山や第四紀火山岩類は分布しない。本
−43−
件発電所敷地の地理的領域内には42の第四紀火山が分布し,これらの
うち完新世に活動を行った火山は,本件発電所敷地との距離が近いもの
から順に,a鶴見岳(本件発電所敷地との距離85㎞),b由布岳(同
89㎞),c九重山(同108㎞),d阿蘇(阿蘇カルデラ,阿蘇山,根
子岳及び先阿蘇,同130㎞),e阿武火山群(同130㎞)である。5
これらの5火山は本件発電所に影響を及ぼし得る火山であることから,
本件発電所の運用期間中の活動可能性を考慮することとした。
また,完新世に活動を行っていない火山については,文献調査結果を
基に,当該火山の第四紀の噴火時期,噴火規模及び活動の休止期間を示
す階段ダイヤグラムを作成し,将来の活動可能性の有無を評価した。完10
新世に活動を行っていない火山のうち,f姫島(本件発電所敷地との距
離65㎞),g高平火山群(同89㎞)は活火山ではないものの,火山
活動が終息する傾向が明確ではなく,将来の火山活動の可能性が否定で
きないため,本件発電所に影響を及ぼし得る火山として抽出した。残り
の35火山は,いずれも活動年代が古く,最新活動からの経過期間が過15
去の最大休止期間より長いことなどから,将来の活動可能性はないもの
と評価し,個別評価の対象外とした。
(乙11−6−8−4∼11)
抽出された火山の火山活動に関する個別評価
a鶴見岳20
鶴見岳は大分県の別府湾西岸に位置する標高1375mの成層火山
(同一の火口から噴火を繰り返すことにより,火口の周囲に溶岩と火
山破屑物とが交互に積み重なり,それが層をなして火山体を形成する
火山)であり,約9万年前以前から活動を開始し,現在も噴気活動が
認められる。南北5㎞にわたり連なる溶岩ドーム(噴火によって溶岩25
が火口から地表に出て固まり,丘状に盛り上がったもの。)の最南端
−44−
に位置する鶴見岳は厚い溶岩流の累積からなり,北端の伽藍岳には強
い噴気活動がある。完新世で最大規模の噴火は1万0600∼730
0年前の鶴見岳山頂溶岩噴火(溶岩主体の噴火と推定される。)で噴
出量は0.15㎦とされている。鶴見岳を起源とする大規模火砕流は
知られておらず,本件発電所に影響を及ぼす可能性はない。5
(乙11−6−8−4∼5)
b由布岳
由布岳は大分県の鶴見岳西方に位置する標高1583mの成層火山
であり,約9万年前より古い時代から活動を開始し,最新噴火は20
00∼1900年前とされている。由布岳は数個の溶岩ドーム及び山10
頂溶岩(山頂部の火口から地表に流れ出た溶岩が冷えて固まったも
の。)からなり,約2000年前に規模の大きな噴火活動(以下「2
ka噴火」という。)が発生したが,その後有史から現在に至るまで
噴火活動は起きていない。完新世以前の噴火規模についての報告はな
く,完新世で最大規模の噴火は2ka噴火で噴出量は0.207㎦と15
されている。由布岳の山麓には2ka噴火に伴う火砕流堆積物が分布
するが,由布岳を起源とする大規模火砕流は知られておらず,本件発
電所に影響を及ぼす可能性はない。また,2ka噴火に伴う火山灰
(以下「由布岳1火山灰」という。)は,厚さ数㎝で別府湾に降下・
堆積しており,その体積は0.05㎦とされている。20
(乙11−6−8−5∼6)
c九重山
九重山は由布岳と阿蘇山の間の大分県西部に東西15㎞にわたって
分布する20以上の火山の集合であり,最高峰は中岳(標高1791
m)である。約20万年前以降に活動し,最新噴火は1996年であ25
る。火山の多くは急峻な溶岩ドームで山体の周囲を主に火砕流から成
−45−
る緩傾斜の裾野が取り巻く。九重山を起源とする最大規模の火砕流は,
約8∼7万年前に噴出したと推定される飯田火砕流であり,その堆積
物は,大分県から熊本県にかけての地域に分布し,最大層厚約200
m,推定分布面積約150㎢,推定体積は約5㎦と見積もられている。
これらの火砕流堆積物の分布は九州内陸部に限られ,本件発電所に影5
響を及ぼす可能性はない。また,九重山は,完新世にも頻繁にマグマ
を噴出しており,マグマを出した最後の活動として約1700年前に
溶岩ドームが形成されているが,本件発電所敷地から遠く離れており,
本件発電所に影響を及ぼす可能性はない。
(乙11−6−8−6∼7)10
d阿蘇
阿蘇カルデラは熊本県東部で東西約17㎞,南北約25㎞のカルデ
ラである。阿蘇カルデラ周辺の火山としては,カルデラの中央部に阿
蘇山が,東側に根子岳が位置し,縁辺部に先阿蘇(カルデラの形成が
始まる以前〔約30万年前〕に現在の外輪山などを形成した火山群)15
の火山岩類が分布する。阿蘇山は,高岳(標高1592m),中岳
(標高1506m)等の東西方向に連なる成層火山からなる火山群で
あり,根子岳(標高1433m)は,開析(侵食作用によって地表が
削られる現象)の進んだ成層火山である。
阿蘇カルデラでは,①約27万∼約25万年前,②約14万年前,20
③約12万年前,④約9万年前∼約8.5万年前(噴出体積600㎦)
にそれぞれ火砕流及び降下火砕物を噴出した噴火が認められる(古い
ものから順に,以下「阿蘇1噴火」「阿蘇2噴火」「阿蘇3噴火」「阿
蘇4噴火」という。)。現在の阿蘇カルデラは,阿蘇1噴火から阿蘇4
噴火までの4回の大噴火によって形成されたものとされている。阿蘇25
1ないし4噴火のうちでは,阿蘇4噴火の噴火規模が突出して大きい。
−46−
阿蘇1噴火及び阿蘇2噴火による火砕流堆積物は,大分県西部並び
に熊本県北部及び中部の広い範囲に,阿蘇3噴火による火砕流堆積物
は,大分県西部及び中部並びに熊本県北部及び中部の広い範囲に,阿
蘇4噴火による火砕流堆積物は,九州北部及び中部並びに山口県南部
の広い範囲に分布する。5
ところで,日本第四紀学会編「日本第四紀地図」(1987)及び町田洋
・新井房夫「新編火山灰アトラス〔日本列島とその周辺〕」(以下「町
田・新井(2011)」という。)は,阿蘇4噴火による火砕流堆積物の到達
範囲を推定し,本件発電所敷地の位置する佐田岬半島まで到達した可
能性を示唆しているが,その分布(実際に堆積物が確認される範囲)10
は方向によって偏りがあり,佐田岬半島において阿蘇4噴火による火
砕流堆積物を確認したとの知見はない。
佐田岬半島では,段丘面(海岸や湖岸あるいは川岸に沿って平坦面
と急崖が階段状あるいは台地状を成す地形を段丘といい,平坦面を段
丘面,急崖を段丘崖という。)の発達が全般的に悪いものの,狭小な15
海成段丘(過去の海岸部の平野が相対的に隆起して形成された段丘地
形)が沿岸部に点在しているところ,地表踏査結果によると,佐田岬
半島に点在するM面(中位段丘面,約13∼6万年前に海や川の作用
によって形成された段丘面)の段丘堆積物を覆う風成層(風の作用に
よって,岩石の細片,砂,粘土,火山灰などが陸上に堆積してできた20
地層)は,阿蘇4噴火によるテフラ(火山灰,軽石,スコリア〔塊状
で多孔質のもののうち暗色のもの〕,火砕流堆積物,火砕サージ堆積
物等の総称)が混在するものの,阿蘇4噴火による火砕流堆積物は確
認されず,中位段丘に阿蘇4噴火による火砕流堆積物が保存されてい
る山口県とは状況を異にする。また,佐田岬半島西端部の阿弥陀池,25
佐田岬半島中央部の伊方町高茂,佐田岬半島付け根部の八幡浜市川之
−47−
石港は,堆積条件のよい低地あるいは盆地であって,阿蘇4噴火によ
る火砕流堆積物が保存されやすいと考えられるのに,上記各地でのボ
ーリング調査によっても,阿蘇4噴火による火砕流堆積物は確認され
ない。
本件発電所と阿蘇カルデラの距離(約130㎞),その間の地形的5
障害(佐賀関半島,佐田岬半島)により,阿蘇4噴火による火砕流は
本件発電所敷地まで到達していないものと考えられる。また,各種文
献による現在のマグマ溜まりや噴火活動の状況は巨大噴火直前の状態
ではないことなどから,阿蘇において本件発電所の運用期間中に阿蘇
4噴火のような巨大噴火が発生することはないと考えられる。したが10
って,阿蘇の巨大噴火が本件発電所の運用期間中に本件発電所に影響
を及ぼすことはない。
巨大噴火の最短の活動間隔(阿蘇2噴火と阿蘇3噴火の間の約2万
年)は,最新の巨大噴火である阿蘇4噴火からの経過時間(約9万年
前∼約8.5万年前)よりも短い。15
阿蘇カルデラにおける現在の噴火活動は,阿蘇4噴火以降,阿蘇山
において草千里ヶ浜軽石等の多様な噴火様式の小規模噴火を繰り返し
ていることから,後カルデラ火山噴火ステージと判断される。
また,複数の文献によると,阿蘇カルデラの地下構造については,
地下6㎞に小規模なマグマ溜まりは認められるものの,大規模なマグ20
マ溜まりは認められない,阿蘇カルデラの地下10㎞以浅にマグマと
予想される低比抵抗域は認められない,阿蘇4噴火以降の火山岩の分
布とそれらの組成から,大規模な流紋岩質∼デイサイト質マグマ溜ま
りは想定されないとされている。
また,国土地理院による電子基準点の解析結果によると,マグマ溜25
まりの顕著な増大を示唆する基線変化は認められない。
−48−
以上のことから,現在のマグマ溜まりは,巨大噴火直前の状態では
なく,今後も現在の噴火ステージが継続するものと判断され,本件発
電所運用期間中の噴火規模としては,後カルデラ火山噴火ステージで
ある阿蘇山での既往最大噴火規模を考慮するが,阿蘇山での既往最大
噴火は阿蘇草千里ヶ浜噴火(約3.1万年前)であり,その噴出物量5
は約2.39㎦であって,阿蘇山起源の火砕流堆積物の分布は阿蘇カ
ルデラ内に限られ,本件発電所に影響を及ぼす可能性はない。
なお,先阿蘇は約80万年前∼約40万年前の間に,根子岳は約1
4万∼約12万年前の間に活動が認められるが,活動年代が古いこと
等から,いずれの火山も本件発電所に影響を及ぼすことはない。10
(甲G80の2,乙11−6−8−7∼10)
e阿武火山群
阿武火山群は山口県の日本海側に位置する約40の小火山体から構
成される火山群である。約80万年前∼約1万年前まで活動し,最新
噴火は8800年前であり,190万年前∼150万年前には先阿武15
火山活動があったとされる。
阿武火山群における約80万年前以降の火山活動の噴出量は約2.
9㎦,噴火規模(溶岩の体積)は0.001∼0.75㎦とされてい
るところ,阿武火山群は小規模な溶岩噴出を主体とし,阿武火山群を
起源とする大規模火砕流や広域火山灰は知られていないし,本件発電20
所敷地から遠く離れていることもあって,本件発電所に影響を及ぼす
可能性はない。
(乙11−6−8−10∼11)
f姫島
姫島は,大分県北東部国東半島の北方約4㎞沖の周防灘に位置する25
東西約7㎞,南北約3㎞の細長い島であり,標高267mの矢筈岳を
−49−
最高峰とする火山群である。姫島を起源とする大規模火砕流は知られ
ておらず,本件原子炉施設に影響を及ぼすことはない。
また,姫島の活動時期は約30万年前∼10万年前とされている。
全活動期間の約20万年間に7回以上の活動があり,平均活動間隔は
数万年程度であるのに対して,最新活動から約10万年が経過してい5
ることなどを踏まえれば,本件発電所の運用期間中に噴火する可能性
はない。
(乙11−6−8−11∼12)
g高平火山群
高平火山群は鶴見岳と同じ位置にある古い火山群であり,新しい鶴10
見岳によって覆われている。少なくとも約9万年前以降は鶴見岳が活
動している。したがって,その活動は鶴見岳に包含されているものと
評価する。
(乙11−6−8−5)
立地評価15
火砕物密度流については,個々の火山における過去の火砕流堆積物の
分布が九州又は山口県の内陸部に限定されていることから,本件発電所
に影響を及ぼす可能性はない。溶岩流,岩屑なだれ,地滑り及び斜面崩
壊については,いずれの火山も本件発電所敷地から50㎞以遠に位置す
ること,新しい火口の開口及び地殻変動については,本件発電所敷地は20
山口県から別府湾に至る火山フロントから十分な離隔があることから,
いずれも問題となるものではない(乙11−6−8−12)。
したがって,本件原子炉施設に影響を及ぼし得る火山による設計対応
不可能な火山事象は,本件発電所敷地への到達はないから,その立地に
問題はない。25
オ本件発電所の影響評価
−50−
債務者は,鶴見岳,由布岳,九重山,阿蘇及び阿武火山群の5つの火山
について,これらの火山が噴火した場合,原子力発電所に影響を与える可
能性のある火山事象ごとに影響評価をした。なお,降下火砕物については,
地理的領域外の火山も含めてその影響を検討した。
そして,①降下火砕物,②火山性土石流,火山泥流及び洪水,③火山か5
ら発生する飛来物(噴石),④火山ガス,⑤津波及び静振,⑥大気現象,
⑦火山性地震とこれに関連する事象,⑧熱水系及び地下水の異常につき,
文献調査,地質調査等の結果から,いずれも原子力発電所への影響はないと
評価した(乙11−6−8−13∼19)。
このうち,債務者がした降下火砕物の影響評価の内容は,概ね次のとお10
りである。
降下火砕物の最大層厚
本件発電所敷地付近では,地理的領域内にある阿蘇カルデラを起源と
する降下火砕物のほか,地理的領域外にある南九州のカルデラ火山(加
久藤カルデラ,姶良カルデラ,阿多カルデラ及び鬼界カルデラ)を各起15
源とする降下火砕物も降下したとされている。もっとも,本件発電所敷
地南東にある宇和盆地中心部におけるボーリング調査の結果,厚さ5㎝
を超える降下火山灰は,いずれも九州のカルデラ火山(阿蘇,加久藤,
姶良,阿多,鬼界)を起源とする広域火山灰である。すなわち,約73
00万年前の鬼界アカホヤ(K−Ah)火山灰が20∼30㎝,3∼2.20
8万年前の姶良(AT)火山灰が20∼50㎝,約9∼8.5万年前の
阿蘇4火山灰が15㎝以上とされている(町田・新井(2011))。地下構
造に関する文献調査によると,現在の九州のカルデラ火山のマグマ溜ま
りは巨大噴火直前の状態にはないため,発電所運用期間中に同規模の噴
火の可能性は十分低く,これらを起源とする降下火砕物が本件発電所敷25
地に影響を及ぼす可能性は十分に小さい。
−51−
一方,地理的領域内にある火山による降下火山灰の等層厚線図として
は,九重山を給源とする九重第一軽石(約5万年前)と阿蘇山を給源と
する草千里ヶ浜軽石(約3.1万年前)が示されているところ,前者に
ついては,東南東方向に広い分布を示し,火山灰の堆積物が四国南西端
の高知県宿毛市で確認されているのに対し,後者については,阿蘇山を5
中心とする同心円状の分布を示し,四国における堆積の報告は見られな
い。
そして,①九重第一軽石の四国における堆積をめぐる文献調査による
と,宿毛市における地質調査の結果,厚さ20㎝の九重第一軽石を確認
できるが,水流による再堆積層と判断でき,九重第一軽石そのものの層10
厚は10㎝であり,その噴出量は2.03㎦と見積もられることが示さ
れていること,②上記ボーリング調査の結果,宇和盆地中心部には,K
kt火山灰(約33万年前の加久藤カルデラの噴火による火山灰)以降
の主要な広域火山灰(阿蘇1ないし4,姶良,阿多等)が全て含まれて
いるのに,九重第一軽石と対応する火山灰層が認められないこと,③九15
重第一軽石の分布の長軸は四国南西端方向であることなどから,本件発
電所敷地における九重第一軽石の火山灰の降下厚さはほぼ0㎝と評価さ
れる。
また,九重第一軽石と同等の噴火(噴出量を上記のとおり2.03㎦
とする。)が起こったときに,現在の気象条件を考慮して本件発電所敷20
地にどのような降灰が想定されるかを降下火山灰シミュレーションにお
いても検討したところ,偏西風がほぼ真西で安定する季節は本件発電所
敷地における降下厚さはほぼ0㎝と評価され,風向きによっては本件発
電所敷地において降下火山灰が想定されるものの,その厚さは数㎝にと
どまる。25
もっとも,債務者は,審査の過程において,原子力規制委員会から,
−52−
シミュレーションによる降下火砕物の厚さと既往文献による火山灰等層
厚線図との整合性を検討して評価することを求められたことから,噴出
量の想定を6.2㎦に変更して改めてシミュレーションを行った。その
結果,偏西風がほぼ真西で安定する季節に降下厚さは0㎝∼数㎝と評価
されるものの,風向きによっては降下厚さが最大14㎝となった。5
以上のことから,債務者は,影響評価の前提となる降下火砕物の層厚
を15㎝と想定することとした。
債務者は,火山ガイドを踏まえた評価とは別に,平成20年頃より四
国北西部における降下火山灰の厚さに関する研究を独自に進めており,
その一環である降下火山灰厚さの確率論的評価に係る研究結果(乙1410
9)を踏まえても,本件原子炉施設で想定する降下火砕物の厚さは妥当
であることを確認した。すなわち,債務者は,平成20年に本件発電所
敷地から南東方向約15㎞に位置する愛媛県宇和盆地において実施した
ボーリング調査により,長さ120mのコアを取得して,過去約70∼
80万年間に堆積した地層中に,九州地方の火山を起源とする主要な広15
域火山灰を含む60枚以上の火山灰層を確認した。また,このボーリン
グコアには,四国西部に降下したとされるKkt火山灰(約33万年前)
以降の主要な広域火山灰層12枚が全て含まれており,Kkt火山灰以
降に40枚の火山灰層が含まれることから,独自の研究によって把握し
たこれまで知られていない多数の火山灰層を含めても四国北西部への火20
山灰の降下頻度が1.2枚/万年と低頻度であることを確認した上で,
VEI6クラスやVEI7クラスの噴火による降下火山灰を含めた解析
を行い,ある層厚以上の火山灰が今後1年間に降下する確率(年超過確
率)を算出した結果,宇和盆地において,年超過確率10−4
に相当す
る火山灰層厚は2㎝以上であり,本件発電所において考慮する降下火砕25
物の厚さ15㎝の年超過確率は10−4
∼10−5
であるが,これは,原
−53−
子力規制委員会によって設計基準事故の定義が10−3
/年∼10−4
/
年程度の発生頻度の状態との考えが示されていること(乙150)を踏
まえれば,設計上考慮すべき火山事象として妥当な水準であることを確
認した。
(乙11−6−8−13∼17,乙13−65∼66)5
降下火砕物の大気中濃度
債務者は,アイスランド共和国南部のエイヤヒャトラ氷河で平成22
年4月に発生した火山噴火地点から約40㎞離れたヘイマランド地区に
おける大気中の降下火砕物濃度(24時間観測ピーク値)の観測値(以
下「ヘイマランド観測値」という。)3241㎍/㎥を大気中濃度とし10
て想定した。
なお,後記キのとおり,気中降下火砕物濃度に関する規制は改正され
ており,債務者は,現在では上記ヘイマランド観測値による想定を維持
していないため,後記の点も含め,ヘイマランド観測値による想定の
当否は本件の争点とはならない。15
降下火砕物に対する安全性の確保
債務者は,降下火砕物の特徴等を踏まえ,降下火砕物による直接的影
響と間接的影響を考慮し,本件原子炉施設の安全性を損なわない設計と
している(乙11−8−1−344∼358,乙13−67∼68)。
このうち,直接的影響については,次のとおりである。20
a降下火砕物の荷重に対しては,降下堆積物が堆積し難い設計又は施
設の許容荷重が降下火砕物による荷重に対して安全裕度を有すること
により,構造健全性を失わず安全機能を損なわない設計としているこ
と
b降下火砕物による化学的影響(腐食),水循環系の閉塞,内部にお25
ける摩耗等により安全機能を損なわない設計としていること
−54−
c外気取入口からの降下火砕物の侵入による機械的影響(閉塞)を考
慮して,非常用ディーゼル発電機及び換気空調設備の外気取入口につ
いては,開口部を下向きの構造にするとともに,フィルタを設置して
降下火砕物が内部に侵入しにくい設計とすること
d降下火砕物を含む空気の流路となる配管や弁については形状等によ5
り降下火砕物が流路に侵入しにくい設計とし,また,侵入した場合で
も閉塞しにくい設計としていること
一方,間接的影響については,降下火砕物が送電設備の絶縁低下を生
じさせることによる広範囲にわたる送電網の損傷による外部電源喪失及
び発電所外での交通の途絶によるアクセス制限に対し,原子炉の停止並10
びに停止後の原子炉及び使用済燃料ピットの冷却に係る機能を担うため
に必要となる電源の供給が非常用ディーゼル発電機により継続できる設
計とすることにより,安全機能を損なわない設計としている。
非常用ディーゼル発電機への影響
a非常用ディーゼル発電機の外気取入口(吸気消音器)には吸気フィ15
ルタ(粒径120㎛以上において約90%捕獲)を設置し,下方向か
ら吸気する構造であることから,降下火砕物により容易に吸気フィル
タが閉塞するとは考えられないが,万が一,閉塞した場合には,フィ
ルタ交換・清掃を行う必要がある。
この吸気フィルタの閉塞までに要する時間を,ヘイマランド観測値20
3241㎍(=3.241㎎=0.003241g)/㎥を用いて試
算した結果,約19.8時間となった。
①フィルター容量(g/㎡)1,000
②フィルター表面積(㎡)3.27
③フィルター捕集量(①×②,g)3,270
④降下火砕物大気中濃度(g/㎥)0.003241
⑤ディーゼル吸気量(㎥/h)51,000
⑥フィルター閉塞時間(③÷(④×⑤),h)19.78329129
−55−
この吸気フィルタの交換は複雑な作業は必要でないことから,債務
者は,要員3∼5名で約1時間程度の作業を見込んでいる上,非常用
ディーゼル発電機は2系統設置しているから,必要に応じて片方の系
統を停止してフィルタ交換を行うことが可能である。
bまた,吸気フィルタに捕集されなかった粒径の小さな降下火砕物が5
非常用ディーゼル発電機の機関内に侵入する可能性があるが,吸気フ
ィルタを通過した降下火砕物は,過給機(内燃機関に圧縮空気を送り,
より多くの酸素を取り込むことでより高い燃焼エネルギーを得るため
の補助装置),空気冷却器(過給機の圧縮により温度が上がった空気
を冷却する熱交換器)に侵入するものの,機器の間隙は非常用ディー10
ゼル発電機の機関内に侵入する降下火砕物の粒度(十数㎛程度)に比
べて十分大きい(過給機の狭隘部は0.37㎜=370㎛,空気冷却
器の狭隘部は2.36㎜=2360㎛)ことから,これらの機器が閉
塞する可能性はない。そして,吸入された降下火砕物は,空気ととも
にシリンダ内へ送られ,大半は排気ガスとともに外気に排出される。15
シリンダライナとピストンリングとの間隙(数㎛∼十数㎛)は非常に
狭いため,ここに降下火砕物が入り込むことはほとんどなく,仮にこ
の間隙に入り込んでもピストンリングとシリンダライナとの接触によ
り破砕され,ピストンリングとシリンダライナとの間に流れている潤
滑油(運転中の抵抗を低減するために,常にピストンリングとシリン20
ダライナの間隙に注入している。)ととともにクランクケース(クラ
ンクシャフト〔ピストンの往復運動を回転力に変えるための軸〕が納
められる箱状の部品)内へ降下する。
降下火砕物は,破砕しやすく硬度が小さい(モース硬度〔鉱物の硬
さを表す尺度の一つで,予め設定した基準鉱物と当該物質を引きかき25
合わせ,傷がつく方を柔らかく,硬度が小であるとするもの〕で5程
−56−
度)のに対し,シリンダライナ及びピストンリングは,ブリネル硬さ
〔超硬合金球を圧子として当該物質に押し付け,生じた窪みの表面積
で荷重を割った量で当該物質の硬さを求めるもの〕230程度の耐摩
耗性を有する鋳鉄材であることなどから,降下火砕物により摩耗が生
じる可能性は小さく,容易に運転へ影響を及ぼすことはない。5
カ原子力規制委員会による審査結果
本件発電所の立地評価
原子力規制委員会は,債務者が実施した本件発電所に影響を及ぼし得
る火山の抽出は,階段ダイヤグラムの作成等により過去の火山活動履歴
を評価して行われていることから,火山ガイドを踏まえていること,債10
務者が実施した本件発電所の運用期間における火山活動に関する個別評
価は,活動履歴の把握,地球物理学的手法によるマグマ溜まりの存在や
規模等に関する知見に基づいており,火山ガイドを踏まえていることを
確認するとともに,債務者が本件発電所の運用期間に設計対応不可能な
火山事象が本発電所に影響を及ぼす可能性は十分に小さいと評価してい15
ることは妥当であると判断した。
本件発電所の影響評価
原子力規制委員会は,審査の過程において,九重山を対象とした降下
火山灰シミュレーションによる降下火砕物の厚さと既往文献による火山
灰等層厚線図との整合性を検討して評価するよう求め,これに応じた債20
務者から,噴出量を6.2㎦とするケースで行った降下火山灰シミュレ
ーションに基づく影響評価を受けた。その結果,原子力規制委員会は,
債務者が実施した設計対応不可能な火山事象以外の火山事象の影響評価
につき,文献調査,地質調査等により,本件発電所への影響を評価する
とともに,数値シミュレーションによる降下火砕物の検討も行っており,25
火山ガイドを踏まえているとした。
−57−
(乙13−63∼71)
キ気中降下火砕物濃度に関する規制の改正
原子力規制委員会は,平成29年11月29日に実用発電用原子炉の
設置,運転等に関する規則(昭和53年通商産業省令第77号。以下
「実用炉規則」という。)等を一部改正し(平成29年12月14日原5
子力規制委員会規則第16号),同規則は,同年12月14日に公布,
施行された。ただし,経過措置が設けられ,債務者のように施行日前に
既に新規制基準適合性に係る保安規定の変更の認可を受けている者は,
平成30年12月31日までは,なお,従前の例によるとされた。この
改正により,発電用原子炉設置者は,①火山現象による影響が発生し,10
又は発生するおそれがある場合において,原子炉の停止等の操作を行え
るよう,㋐非常用交流動力電源設備の機能を維持するための対策(実用
炉規則84条の2第5号イ),㋑代替電源設備その他の炉心を冷却する
ために必要な設備の機能を維持するための対策(同号ロ),㋒交流動力
電源喪失時に炉心の著しい損傷を防止するための対策(同号ハ)に係る15
体制を設備し(同条),②これらにつき保安規定に記載することとされ
(同規則92条1項21号の2),また,③上記対策の評価に関し,外
気取入口から侵入する火山灰の想定に当たっては,同時に改正された火
山ガイドの添付1「気中降下火砕物濃度の推定手法について」(以下
「降下火砕物濃度推定手法ガイド」という。)を参照して推定した気中20
降下火砕物濃度を用いることとされた。(乙552ないし554)
降下火砕物濃度推定手法ガイドが定める気中降下火砕物濃度の推定手
法の1つが降灰継続時間を仮定して降灰量から気中降下火砕物濃度を推
定する手法である。降下火砕物濃度推定手法ガイドは,この推定手法に
つき,降下火砕物の粒径の大小にかかわらず同時に降灰が起こると仮定25
していること,粒子の凝集を考慮しないこと等からその推定値は実際の
−58−
降灰現象と比較して保守的な値となっており,原子力発電所敷地での降
灰継続時間を合理的に説明できない場合は降灰継続時間を24時間とす
るとしている。(乙554)
債務者が設定した本件発電所敷地における降下火砕物の設計層厚15
㎝を前提として,前記推定手法により降灰継続時間を24時間と仮定し5
た場合の気中降下火砕物濃度は,約3.1g/㎥である。(乙344)
債務者は,上記気中降下火砕物濃度に対しても非常用ディーゼル発電
機の機能維持ができるように平成29年12月に非常用ディーゼル発電
機の吸気消音器に着脱可能な火山灰フィルタ(カートリッジ式フィルタ)
を設置し,平成30年7月までにさらに高性能なフィルタを備えた改良10
型カートリッジ式フィルタを設置した旨主張しており(後記争点2につ
いての〔債務者の主張〕),本件ではその主張事実が認められるか及
びそれが認められる場合には新設備の性能を踏まえた降下火砕物による
リスクの程度が争点となる。
⑼本件原子炉の再稼働予定等15
債務者は,平成29年12月13日の先行事件抗告審決定を受け,本件原
子炉の運転を停止していたが,平成30年9月25日の先行事件異議審決定
の後,同年10月27日から本件原子炉を再稼働させる予定である。
3争点
⑴司法審査の在り方(争点1)20
⑵火山事象の影響による危険性(争点2)
⑶保全の必要性(争点3)
⑷担保金の額(争点4)
第3争点に関する当事者の主張
1争点1(司法審査の在り方)について25
〔債権者らの主張〕
−59−
⑴本件のように人格権(生命,身体,財産及び生活の平穏等)に基づく妨害
予防請求として発電用原子炉の運転等の差止めを求める仮処分においては,
債権者らにおいて,「当該発電用原子炉施設が客観的に見てその安全性に欠
けるところがあり,その運転等によって放射性物質が周辺環境に放出され,
これによる放射線被ばくによりその生命,身体等に直接的かつ重大な被害を5
受ける具体的危険が存在すること」(=「具体的危険の存在」)について主張
疎明責任を負うところ,福島第一原発事故によって判明した事故被害の特異
性(取り返しのつかない甚大な被害を,極めて広範囲に,長期間にわたって
与え続けること)や同事故を受けて改正された原子炉等規制法の仕組み(当
該原子炉施設の位置,構造及び設備が災害の防止上支障がないものとして原10
子力規制委員会規則で定める基準に適合するものであることについて,事業
者が適合審査を受けることとされていること)に照らして,事業者は,その
安全性について十分な知見を有していることなども併せて考えると,当該発
電用原子炉施設の設置運転の主体である債務者の側において,「当該発電用
原子炉施設の設置運転によって放射性物質が周辺環境に放出され,その放射15
線被ばくにより,債権者らがその生命,身体等に被害を受ける具体的危険が
存在しないこと」(=具体的危険の不存在)について,相当の根拠資料に基
づいて主張疎明する必要があり,債務者がこれを尽くさない場合には,「具
体的危険の存在」が事実上推定されると解すべきである。最高裁平成4年1
0月29日判決・民集46巻7号1174頁に基づき,立証(疎明)責任を20
事実上転換させて上記のように解するのが相当である。
⑵ア次に,債務者が主張疎明すべき具体的危険の不存在について,どの程度
の疎明がされればこれが尽くされたとみるべきか,原子力発電所に求めら
れる安全性との関係で問題となる。
イ原子力発電所に求められる安全性は,原子力発電所のリスクを社会が受25
容できるか否かという観点で判断されるべきであるが,この社会による受
−60−
容性判断に当たっては,法律の規定や趣旨を踏まえつつ,原発事故被害の
特殊性,原子力発電所の公益性の有無及び程度,世論調査等の結果,具体
的な規制体制の変化の有無及び程度など諸般の事情を考慮して決すべきで
ある。「深刻な災害が万が一にも起こらないようにする」という原子炉等
規制法の趣旨,福島第一原発事故を経て,同様な深刻な災害は二度と起こ5
さないという確固たる決意を立法事実として改正された平成24年原子力
関連法改正などの趣旨等からすれば,原子力発電所に求められる安全性は,
極めて高い安全性というべきであり,これを満たしていない以上,原子力
発電所のリスクを社会は受容できないというべきである。換言すれば,福
島第一原発事故後は,原子力発電所には,従前の「社会通念」という用語10
で表現された緩やかな安全性ではなく,極めて高度な安全性が要求される
というべきである。
福島第一原発事故の発生,これを受けた法改正及び福島第一原発事故後
の社会通念の変化に鑑みると,原子炉等規制法1条の「大規模な自然災害」
及び4号要件の「災害の防止上支障がない」とは,「どのような異常事態15
が生じても,発電用原子炉施設内の放射性物質が外部の環境に放出される
ことは絶対ない」という絶対的安全性までは要しないとしても,社会科学
的見地から,「福島第一原発事故のような深刻な事故が2度と起こらない」
と通常人が考える程度の安全性を備えていることを要すると解すべきであ
る。20
この「万が一にも起こらない」「2度と起こらない」という文言は,論
理的,科学的意味での絶対性,すなわち確率論として100%発生しない
ということを意味するものではなく,飽くまでも社会科学的意味合いとし
ての「万が一」性であり,社会科学的見地を踏まえた通常人をして,「こ
こまで対策をしていれば万が一にも災害は起こらないだろう」と思わしめ25
る程度の安全性を求めるものである。これは,ドイツの原発訴訟において
−61−
福島第一原発事故以前から採用されていた「残余リスク」の考え方と類似
したものといえる。「残余リスク」とは,人間の認識能力の限界からして,
それ以上は排除することができないような危険性をいい,残余リスクを認
めるということは,この程度のリスクであれば社会として受容せざるを得
ないという考え方である。5
以上を深層防護の観点からみれば,東北地方太平洋沖地震に伴う福島
第一原発事故の反省を踏まえて「大規模な自然災害」の発生も想定した
必要な規制を義務付ける原子炉等規制法の趣旨は,「合理的に予測され
る範囲を超える大規模な自然災害」についても深層防護の第3層までで
想定し,これへの対処を可能な限り確実なものとして,「合理的に予測10
される範囲を超える大規模な自然災害」による原発事故のリスクを可及
的に回避することを要求するものというべきである。
ウまた,具体的危険の存否の判断に当たり,最新の知見としてどのような
知見を考慮すべきかという点について,あらゆる知見を取り入れるべきと
いうことはできないとしても,自然科学の分野において,将来の自然現象15
の発生について,正確に予測を行うことは非常に困難で(科学の不確実
性),予測に関する知見も幅を持ったものでしかあり得ない以上,科学的
に確立され,専門家の中で統一した見解となっていなければならないこと
まで要求されるものではなく,見解の一致を見ない知見であっても,それ
が相応の合理性を有していれば,これを考慮しないか,あるいは過小に評20
価した場合には,「具体的危険の不存在」の疎明が尽くされていないとみ
るべきである。
⑶裁判所は,科学的な専門的知見を有していないのであるから,科学的にど
の知見が妥当であるか,債権者らの主張する知見と債務者の主張する知見の
いずれが妥当であるかといった科学的妥当性を判断すべきではない。様々な25
究明・獲得途上の知見が専門家間に存在することを前提として,それらを踏
−62−
まえ,社会として,どの知見までを考慮しなければならないという線を引く
か,自然現象でいえば,どのような自然現象による,どの程度低頻度の災害
によるリスクまで考慮するかを司法の立場で積極的に判断すべきである。そ
れが不確実性の大きい科学分野において,その不確実性を適切に踏まえると
いうことであり,そのような判断方法によって,はじめて適切な安全性判断5
が可能になる。
⑷債務者は,債権者らが人格権侵害の具体的な機序及び蓋然性を主張疎明し
なければならない旨主張するが,福島第一原発事故以前の裁判例にすら反す
る独自の主張にすぎない。
〔債務者の主張〕10
⑴債権者らは,人格権に基づく妨害予防請求権を根拠として本件原子炉の運
転差止めを求めている。しかしながら,人格権は直接これを定めた明文の規
定はなく,その要件や効果が自明のものではない。仮に極めて広範囲の人格
的利益を全て人格権の内容とした場合には,その概念内容は抽象的で権利の
外延が不明確なものとなり,その効果も不明瞭とならざるを得ない。したが15
って,人格権に基づく差止請求を検討する場合には,その法的解釈は厳格に
されなければならない。
人格権に基づく差止請求は,相手方が本来行使できる権利や自由を直接制
約しようとするものであるから,これが認められるためには,一般に
①人格権侵害による被害の危険が切迫しており,20
②その侵害により回復し難い重大な損害の生ずることが明らかであって,
③その損害が相手方(侵害者)の被る不利益よりもはるかに大きな場合で,
④他に代替手段がなく,差止めが唯一最終の手段であること
を要する。
これらのうち,①の要件は,本件のように将来発生するか否かが不確実な25
侵害の予測に基づいて債務者が本来行使できる権利や自由を直接制約しよう
−63−
とするものであるから,これが認められるためには,人格権が侵害される論
理的ないし抽象的,潜在的な危険が存在するというだけでは足りず,具体的
な危険が切迫していることが必要となる。すなわち,債権者らにおいて,①
具体的な起因事象の内容(火山の噴火等の自然現象等)並びに起因事象が発
生することの切迫性及び蓋然性,②その起因事象により本件原子炉の重要な5
機能が喪失することとなる具体的な機序及び蓋然性,③その機能喪失に対し
て講じている各種安全対策が奏功しないこととなる具体的な機序及び蓋然性,
④これによって本件原子炉から放射性物質が環境中に大量に放出され,債権
者らの居住地に到達し,債権者らの人格権が侵害されることとなる具体的な
機序及び蓋然性について,主張疎明しなければならない。10
⑵仮に債務者において安全性に欠ける点のないことについて主張立証(疎明)
する必要があるとしても,発電用原子炉の設置及び運転等については,福島
第一原発事故を踏まえて規制が強化されるとともに,段階的な規制の各段階
において,専門性,独立性を有する原子力規制委員会による安全審査が行わ
れるものとされており,さらに,既に許認可等を受けている場合であっても,15
設置許可基準に適合していない場合には原子炉の使用停止等の処分をするこ
とができることなど,段階的かつ網羅的な体系により厳格な規制が行われて
いる。原子力規制委員会による厳格な規制によって,当該発電用原子炉の安
全性に欠けるところがないことが担保されていることを踏まえると,原子炉
設置者は,原子力規制委員会から所要の許認可を受けるなどして現在の安全20
規制の下でその設置及び運転等がされていることを主張立証(疎明)すれば
足りるというべきである。
⑶「現時点における我が国の社会が容認する原子炉施設の安全性の水準」は,
科学技術の利用における発電用原子炉施設について,最新の科学的,専門技
術的知見を踏まえ,社会が容認できる程度に,深刻な災害が発生する可能性25
を極めて低くするように管理されていると認められる水準であり,こうした
−64−
安全性の考え方と「新規制基準考え方」に示される「相対的安全性」の考え
方は,同趣旨のものであると考えられる。これを自然災害についていえば,
福島第一原発事故を踏まえて改正された原子炉等規制法の目的及び趣旨から
すれば,原子炉等規制法は,「最新の科学的,専門技術的知見を踏まえて合
理的に予測される規模の自然災害」を想定した安全性の確保を求めるものと5
解される。この「合理的に予測される」とは,原子力発電所の自然的立地条
件に照らして科学的,技術的見地から十分に保守的な想定がなされ,これを
超えるような事象は合理的には考え難いレベルのものであり,これを具体的
に想定したものが基準地震動や基準津波である。一方,科学的,技術的見地
からは発生する可能性が極めて小さいような自然災害や自然的立地条件の異10
なる地点で発生した自然災害は,合理的に予測し得る自然災害とはいえない。
⑷本件は,仮の地位を定める仮処分であり,保全の必要性として「債権者に
生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるため」であることが求められる
(民事保全法23条2項)。そして,本来,仮の地位を定める仮処分は,債務
者に与える影響が大きいことから,その保全の必要性は高度のものが要求さ15
れ,債権者は,本案判決による救済を待っていたのでは債権者の権利が実質
的に満足されなくなるような事情を具体的に示さなければならない。また,
債務者に与える影響が大きく,その保全の必要性では債権者の損害や危険と
いう債権者側の事情が考慮されることから,保全の必要性は抽象的なもので
足りるわけではなく,具体的に疎明されなければならない。保全の必要性に20
ついての主張,疎明の責任は,当然ながら債権者らにある。
そもそも,民事保全は,本案訴訟による確定判決が得られるまでの時間の
経過により,権利の実現が不能又は困難になる危険から権利者を保護するた
めに裁判所が暫定的な措置を講ずる制度である。特に仮の地位を定める仮処
分の目的については,債権者に生ずる現在の危険や不安を除去するために本25
案判決の確定に至るまでの間暫定的な法律状態を形成し,これを維持するこ
−65−
とにあるなどと説明される。そうであれば,仮処分命令を発するためには,
保全の必要性として,本案訴訟の確定判決が得られるまでの間において,本
件発電所に影響を及ぼし得る火山において本件原子炉で放射性物質を大量に
放出するような事故を引き起こす巨大噴火が発生することが疎明されていな
ければならない。なお,地震や津波のように有史以来,我が国において多数5
の経験がある自然現象と異なり,火山事象は発生件数自体が少なく,特に破
局的被害をもたらす巨大噴火については,我が国では有史以来,経験がない
極めて稀な事象であることから,地震や津波と同列にいつ発生してもおかし
くないものとして,本案訴訟の確定判決が得られるまでの間における発生可
能性を検討せず,噴火する前提を置くのは不適切である。10
2争点2(火山事象の影響による危険性)について
〔債権者らの主張〕
⑴立地評価に関する火山ガイドの合理性について
現在の科学的技術的知見をもってしても原子力発電所の運用期間中に検討
対象火山が噴火する可能性やその時期及び規模を的確に予測することは困難15
であるにもかかわらず,立地評価に関する火山ガイドの定めは,噴火の時期
及び規模が相当前の時点で的確に予測できることを前提としている点におい
て,その内容が不合理である。したがって,火山ガイドを前提とする本件原
子炉の立地評価も不合理というべきである。
⑵立地評価について20
ア立地不適であること
町田・新井(2011)によれば,設計対応不可能な火山事象である約9万年
前に阿蘇カルデラで発生した阿蘇4噴火による火砕物密度流が豊後水道を
越え,佐田岬半島の根本付近まで到達したと考えられるから,本件原子炉
は立地不適というべきである。25
イ町田・新井(2011)は信頼できること等
−66−
そもそも大規模な火砕流は,ジェットコースターのように斜面を乗り越
えながら流動する厚さ数百m,温度600℃以上,時速100㎞にもなる
高温・高速の粉体流であるところ,大規模カルデラ噴火の場合,火砕流は
噴出口から概ね同心円状に広がることが知られており,ある程度の地形を
乗り越えて斜面なども覆い尽くしたとされる。現在確認できる分布範囲が5
平坦地又は谷間にあるのは,尾根や斜面部分は風化・浸食等によって削ら
れてしまい,平坦地又は谷間部分だけが浸食されずに残ったためである。
また,火砕流にとっては,海域・水域は障害とならないから,火砕流のう
ち,密度が大きい部分には沈む部分もあるが,比較的密度が小さい部分は
海面を滑るように走ったと考えられている。さらに,一般に,温暖な地域10
ほど火山ガラスや斑晶鉱物は粘土化,風化しやすく,本件発電所敷地周辺
については,佐田岬半島が急斜面からなる山地の連続であり,海水や風雨
で浸食されやすいことなどからすれば,本件発電所敷地に火砕流が到来し
たが,風化・浸食によって火砕流堆積物が残存していないという可能性も
多分に存在する。このような可能性を考慮していない点は,本件原子炉が15
災害の防止上支障がないといえるか否かにとって看過し難い過誤・欠落と
いえる。
ウ債務者のシミュレーションは過小評価があること
債務者の想定の極めて重大な問題点の一つは,余りにも的外れなシミュ
レーション結果を信頼しているという点である。債務者は,阿蘇カルデラ20
から本件発電所敷地方向への火砕流シミュレーション評価を実施し,保守
的な火砕流シミュレーションの結果でも敷地まで火砕流が到達しないとし
ている。しかし,債務者が解析に用いたTITAN2Dという解析ソフト
は,阿蘇4噴火のようなカルデラ噴火による大規模火砕流に用いることを
全く想定しておらず,これを阿蘇4噴火による火砕流の解析に用いるのは25
あまりにも不適切であるから,そのシミュレーション結果は全く信用する
−67−
に足りない。
エ債務者の立地評価が不合理であること
破局的噴火の活動間隔の無視
債務者は,阿蘇の火山活動に関する個別評価において,破局的噴火の
活動間隔と最新の破局的噴火からの経過時間との比較により,破局的噴5
火のマグマ溜まりを形成するのに必要な時間が経過しているかを検討す
るという手法を採用している。そして,「破局的噴火の最短の活動間隔
(約2万年)は,最新の破局的噴火からの経過時間(約9万年)に比べ
て短いため,破局的噴火のマグマ溜まりを形成している可能性,破局的
噴火を発生させる供給系ではなくなっている可能性等が考えられる」と10
評価していた。
債務者は,南九州のカルデラのうち,姶良,阿多及び鬼界についての
個別評価においても同様の手法により検討しているが,これらのカルデ
ラについては「破局的噴火の(最短の)活動間隔は,最新の破局的噴火
からの経過時間に比べて(十分)長いこと」をもって,「破局的噴火ま15
でには,十分な時間的余裕があると考えられる」という評価の根拠とし
ていた。これが,阿蘇のように破局的噴火の最短の活動間隔が最新の破
局的噴火からの経過時間に比べて短くなった途端に,「破局的噴火まで
に十分な時間的余裕があるとは考え難い」とはせず,「破局的噴火を発
生させる供給系ではなくなっている可能性」を挙げるのは,誠にご都合20
主義的な解釈である。九州のカルデラ火山の破局的噴火の噴火履歴では,
阿蘇1噴火と阿蘇2噴火との間は約11万年,加久藤・小林カルデラの
破局的噴火の活動間隔は約20万年,阿多カルデラの破局的噴火の活動
間隔は約14万年及び11万年であり,阿蘇の最新の破局的噴火からの
経過時間が約9万年であることをもって,阿蘇が破局的噴火を発生させ25
る供給系ではなくなっている可能性の積極的根拠とすることは困難であ
−68−
る。
他方で,債務者は上記のとおり,阿蘇において破局的噴火のマグマ溜
まりを形成している可能性を明示的に認めているが,債務者は最終的に
阿蘇の破局的噴火の可能性を「総合的に評価」する段階で,自ら主要な
方法として挙げた方法に基づく評価結果をどのように扱ったのか,まっ5
たく主張疎明がなされていない。
Nagaoka(1988)(甲G85)の噴火ステージの誤用
債務者は,設置変更許可申請書において「Nagaoka(1988)を参考にす
ると,現在の阿蘇山の活動は,多様な噴火様式の小規模噴火を繰り返し
ていることから,後カルデラ火山噴火ステージと判断される」,「今後も,10
現在の噴火ステージが継続するものと判断され(る)」とし,「運用期間
中の噴火規模については,後カルデラ火山噴火ステージである阿蘇山で
の既往最大噴火規模を考慮する」と記載している。
このNagaoka(1988)は,鹿児島地溝のカルデラ(姶良カルデラ,阿多
カルデラ及び鬼界カルデラ)から噴出した南九州のテフラと噴出史を検15
討した論文であり,これによると,第四紀後期の噴火サイクルは,プ
リニー式噴火サイクル(単一のプリニー式噴火フェーズ,又はプリニー
式噴火フェーズに続く中規模火砕流噴火フェーズから成る),⒝大規模
火砕流噴火サイクル(プリニー式,マグマ水蒸気,中規模火砕流,及び
大規模火砕流フェーズから成る),⒞中規模火砕流サイクル(単一中規20
模火砕流フェーズから成る),⒟小規模サイクル(ブルガノ式,ストロ
ンボリ式,及び溶岩流フェーズから成る)という4つのタイプに分類さ
れる。そして,鹿児島地溝のカルデラは,ただ1つの大規模火砕流サイ
クルで生成されたのではなく,複数のサイクル及びマルチサイクルによ
り形成されたとされている。元来,Nagaoka(1988)の噴火サイクルない25
しステージは,テフラ層序などの地質調査結果にみられる定性的傾向を
−69−
整理するための作業仮説的概念であって,普遍的法則について述べたも
のではない。他の学者らの知見によっても,Nagaoka(1988)の噴火サイ
クルないしステージが,将来の噴火規模の予測のために使える概念では
なく,破局的噴火までの時間的猶予を予測できる理論的根拠にはならな
いなどとされている。5
この噴火ステージの考え方を用いて破局的噴火の可能性を検討した債
務者の評価が不合理であることは明白である。
地下構造(マグマ溜まりの状況)について
債務者の適合性審査資料には,「破局的噴火を発生させる珪長質マグ
マは,苦鉄質マグマに比べて密度が小さく,地殻の密度と釣り合う深さ10
は約10㎞以浅であると考えられていること等から,約10㎞以浅のマ
グマ溜まりの有無等を検討する。」との記載がある。
だが,珪長質の大規模なマグマ溜まりがなければ巨大噴火が起きない
というわけではない。阿蘇2火砕流及び阿蘇3火砕流は安山岩質である。
阿蘇4噴火時には,珪長質マグマを上層に,苦鉄質マグマを下層にもつ15
二層のマグマ溜まりが形成され,苦鉄質マグマの火砕流噴火も発生した
とされているから,巨大噴火の発生に寄与する大規模なマグマ溜まりが
あったとしても,その全体が珪長質というわけではない。また,複数の
マグマ溜まりから同時期に噴出し1つの破局的噴火を構成するというこ
とも考えられる。さらに,マグマ溜まりが10㎞より深い場合には破局20
的噴火は起こらないという知見は確立しておらず,地下10㎞より深い
場所のマグマ溜まりが巨大噴火の発生に寄与することを指摘する学者も
いる。
しかるに,債務者は,地下10㎞より浅い部分しか検討していない知
見等を用いて,破局的噴火を発生させるマグマ溜まりはないと評価し,25
阿蘇カルデラ地下における大規模な低速度領域が「マグマ溜まりである
−70−
としても,その分布深度は非常に深く,近い将来の破局的噴火を示唆す
るものではない」としている。また,阿蘇カルデラ直下の深さ15∼2
1㎞に1800㎦もの低速度領域が見い出され,100∼300k㎥の
溶解したマグマを含みうるとする知見もあるのに,深さが深すぎるとし
て評価を誤っている。5
さらに,阿蘇の後カルデラ期に噴出したマグマの深度についても,珪
長質端成分マグマが地下16∼24㎞,苦鉄質成分マグマが地下12∼
36㎞と,浮力中立点よりも深いところに存在したと見積もられている
報告書もあるし,マグマ溜まりの深さを浮力中立と結び付けて理解する
のは1つの考え方ではあるが,実際の地下構造は複雑であるため,マグ10
マ溜まりの深さは浮力中立よりも深い場合が十分あり得る。
大倉敬宏教授の報告書について
債務者は,大倉敬宏教授の平成29年度原子力規制庁請負調査報告書
「測地学的手法による火山活動の観測について」(乙438)を根拠と
して,阿蘇カルデラ地下約6㎞付近にマグマ溜まりがあるが,近年規15
模が縮小傾向にあると主張し,したがって現在の阿蘇には巨大噴火を
起こすようなマグマ溜まりが存在しないとする。
しかし,現在の地球物理学的調査では,原子力発電所の運用期間中に
おける検討対象火山の噴火時期や規模の予測を精度良く行うことはでき
ない。また,なぜ草千里直下のマグマ溜まりが膨張することが大規模カ20
ルデラ噴火の必要条件になるのかということが示されていない。さらに,
マグマ蓄積の際にマグマ溜まりが上下に膨らむ保証はなく,ほとんど地
殻変動を伴わずに蓄積が完了する場合もあり得る。このように地球物理
学的調査の結果等を基にしても,原子力発電所の運用期間中における検
討対象火山の活動の可能性が十分小さいと判断できない。25
オ阿蘇4火砕流が本件発電所敷地に到達していた可能性について
−71−
阿蘇4火砕流は噴出口から同心円状に広がったとみられており,大野山
地や佐賀関半島は地形的障害にならないこと,火砕流堆積物が平坦地又は
谷間に分布するのは,堆積物がたまりやすく,その後も侵食され難かった
にすぎないこと,火砕流と降下火山灰の識別は困難であること,債務者の
行ったボーリング調査は,阿蘇4噴火よりも新しい堆積層しか残されてい5
なかったようだが,それは佐田岬半島においては風化浸食作用が相当強く
働くため,現存することがほとんどあり得ないことを示しているだけで,
阿蘇4火砕流が到達していないとの根拠にならないこと,阿蘇4噴火クラ
スの大規模火砕流にとって豊後水道は障害にならないことなどから,阿蘇
4火砕流が本件発電所敷地に到達していた可能性は十分にあり,仮に現代10
において阿蘇で阿蘇4噴火級の噴火が起きた場合にも,その火砕物密度流
が本件発電所に到達する可能性は十分にある。
⑶降下火砕物の最大層厚について
アVEI7及びVEI6クラスについて
債務者は,阿蘇カルデラにおける「後カルデラ噴火ステージ」最大の噴15
火である草千里ヶ浜軽石(噴出物量2.39㎞³),九重山における九重第
一軽石(噴出物量5㎞³)といった過去の噴火を検討し,本件発電所敷地
における降下火砕物の最大層厚を15㎝と想定している。しかし,姶良カ
ルデラや鬼界カルデラにおけるVEI7クラスの破局的噴火の活動可能性
はもとより,阿蘇カルデラ,加久藤・小林カルデラ,阿多カルデラがVE20
I7クラスの噴火をする可能性も否定できない。債務者がこれらの火山の
VEI7クラスの噴火の可能性について検討した経過は,九州電力株式会
社が川内原子力発電所について行ったものとほとんど同じであり,その評
価が不合理であることは明白である。債務者は,九州の5つのカルデラに
おけるVEI7クラス又は阿蘇山におけるVEI6クラスの噴火の可能性25
がないこと,又はこれらが起きるとしても降下火砕物の想定が15㎝で足
−72−
りることについて主張,疎明を尽くしていない。
また,姶良カルデラは,VEI7クラスの噴火では債務者の想定をはる
かに超える約50㎝の降下火砕物が宇和盆地に到達していることが確認さ
れており(前提事実オ),VEI6クラスの噴火で15㎝を超える降
下火砕物が本件発電所敷地に到達しないのか,十分保守的な検討がされな5
ければならないはずである。
イVEI5クラスについて
債務者は,VEI5クラスの噴火についても,噴出量5㎞3
の九重山の
約5万年前の噴火を検討したとする。しかし,VEI5クラスにも噴出量
1㎞3
から10㎞3
までの幅があり,噴出量が5㎞3
でとどまるという保証10
はない。確かに,九重山は5㎞3
程度の噴出量であったが,阿蘇山におい
てはVEI7の噴火が起こっているのであり,VEI5クラスの中でも最
大級である噴出量約10㎞3
の噴火が起こる可能性は十分に存在する。九
重山と本件原子炉の距離は約110㎞,阿蘇山と本件原子炉の距離は約1
30㎞で,阿蘇山で九重山の噴火の倍の規模の噴火が起これば,本件発電15
所敷地に15㎝を上回る火山灰が降下する可能性が存在するというべきで
ある。
⑷降下火砕物の大気中濃度について
以下の主張は,先行事件の債権者らの主張を一応残したものであるが,前
提事実キ記載の債務者が主張する新設備より前の設備に対する主張にすぎ20
ず,また,債権者らがこの問題に関して先行事件で提出していた書証につい
ても本件では提出されていないものも多いようである。債務者が主張する新
設備に対して債権者らから具体的な問題点の指摘はない。
ア気中降下火砕物濃度3g/㎥に対応可能な設備でないこと
前提事実キで推定される気中降下火砕物濃度約3.1g/㎥に対して,25
平成29年6月22日(原子力規制委員会における降下火砕物の影響評
−73−
価に関する検討チーム第3回会合が開催された日)当時の本件原子炉の
設備において対応可能な限界濃度は0.7g/m3
という数値が示されて
いる(乙344・2頁)。この設備では気中降下火砕物濃度3.1g/
㎥の降下火砕物には対応できない。
イ非常用ディーゼル発電機への影響について5
降下火砕物によるフィルタ閉塞について
a国立研究開発法人産業技術総合研究所の地質調査総合センター研究
報告によると,70㎎/㎥では178分,700㎎/㎥では26.3
分,7000㎎/㎥ではわずか3.5分でフィルタが機能喪失したと
いうのであり,実際の吸気設備,設置状況等の違いがあるとはいえ,10
このような計算結果が得られた以上,これらの結果を踏まえてもなお
原子力発電所が安全であることの確証がない限り,本件原子炉を稼働
させるべきではない。
b債務者は,火山灰の降下に伴う作業の困難性を全く考慮に入れずに
フィルタ交換に要する時間を1時間と見積もっている。15
しかし,気象庁も,降雨時にはわずか5㎜の降灰で,降雨がなくて
も5㎝の降灰で,道路は通行不能となると想定しているし,6㎜の降
灰によって自動車のエンジンが故障した例も報告されている。したが
って,そもそもフィルタ交換のために現場にたどり着ける保証すらな
い。また,防塵マスクを装着しての作業は,視界部分に火山灰が付着20
し,これを除去するために何度も作業中断を余儀なくされる可能性が
あるし,非常用ディーゼル発電機のフィルタ交換を行う必要が生じる
のは外部電源が喪失した場合であるから,夜間ともなれば暗中での作
業を強いられる可能性もある。債務者はこのような現実のリスクを考
慮していない。25
降下火砕物による閉塞・摩耗について
−74−
a相当量の火山灰の侵入が想定されること
火山灰は風や吸気による流れなどの影響を受けて容易に舞い上がっ
たり,吸い寄せられたりする性質を持っている。特に,粒径の小さい
浮遊性粒子については,たとえ吸気口が下向き構造になっていたとし
ても,相当量が吸い込まれて非常用ディーゼル発電機の機関内に侵入5
する可能性が十分にある。本件原子炉には,VEI7クラス以上の超
巨大噴火により,債務者が想定する厚さ15㎝をはるかに上回る降下
火砕物が到来する危険がある。
なお,債務者は「粒径120㎛以上において約90%捕獲」として
いるが,これは,裏返せば,120㎛以上の降下火砕物の約10%は10
吸気フィルタに捕獲されないということであるし,粒径120㎛より
小さい降下火砕物についてはそれ以上に侵入するという意味である。
b間隙への侵入可能性について
債務者は,シリンダライナとピストンリングとの間隙(数㎛∼十数
㎛)は非常に狭いため,ここに降下火砕物が入り込むことはほとんど15
ない旨主張する。しかし,侵入を想定すべき間隙として,上記間隙の
ほか,ピストンに掘ってあるピストンリングのはまるべきピストンリ
ング溝と,そこにはめられているピストンリングそのものとの間の間
隙(サイドクリヤランス)も存在する。サイドクリヤランスは,新品
時においても,100ないし数十㎛以上の間隙となっているところ,20
この間隙に降下火砕物が侵入する可能性は十分に存在し,その場合に
は摩耗や焼付きなど,非常用ディーゼル発電機の故障(機能喪失)の
原因となる。
c降下火砕物の硬度について
債務者は,仮に間隙に降下火砕物が入り込む場合であっても,降下25
火砕物は破砕し易いため,ピストンリングとシリンダライナとの接触
−75−
により破砕されると主張する。しかし,この点について,債務者は,
「降下火砕物は破砕し易く,硬度が小さい(モース硬度で5程度)の
に対し,シリンダライナ及びピストンリングはブリネル硬さ230程
度の耐摩耗性を有する鋳鉄材である」とするところ,モース硬度5を
ブリネル硬さに換算すれば370程度であり,シリンダライナ及びピ5
ストンリングのブリネル硬さ230よりも硬いことからすれば,破砕
し易いとはいえない。
また,債務者は,黄砂と降下火砕物とを比較して前者の方が硬度が
大きいにもかかわらず,実際上黄砂によりディーゼル発電機が故障す
ることはないとも主張するが,両者は科学的に見れば大気中濃度が余10
りにも異なり,到底比較できない。債務者は,大気中濃度が数十∼数
百㎎/m3
となるような場合でも固着が起こらないという実験も実証
もしておらず,降下火砕物による摩耗・固着からの安全性を確認でき
ていない。
d焼付きの可能性について15
債務者は,シリンダは常時冷却されていることに加え,膨張行程は
0.075秒にすぎないことなどから,シリンダ内の温度上昇は極め
て短時間かつ燃料噴射部近傍の局所的な現象にすぎず,焼付きは生じ
ないと主張する。しかし,ディーゼル発電機のシリンダ内は,膨張行
程において瞬間最高温度2000℃にも達するのであり,仮にそれが20
債務者の主張するように一瞬のことであったとしても,それが連続し
て起こるうちに降下火砕物の融点である1000℃を上回り,降下火
砕物が溶融することが十分に起こり得る。また,大気中火山灰濃度が
債務者の想定よりもはるかに濃いことから,債務者が想定するよりも
はるかに多量の降下火砕物がシリンダ内に侵入する結果,降下火砕物25
の間隙への侵入,溶融の量も極めて多量となり,多量に溶融した降下
−76−
火砕物が固化すれば,容易に破砕されないものとなり得るのであり,
焼付きの危険性がある。
⑸破局的噴火による人格権侵害の具体的危険性
阿蘇で阿蘇4噴火と同規模の噴火が起こることを想定した場合,本件発電
所敷地に火砕物密度流が到達することはあっても,債権者らの住所地である5
広島市及び松山市に火砕物密度流が到達することはまずない。そうすると,
阿蘇4噴火と同規模の噴火自体が債権者らに直接被害を及ぼす火山事象は,
降下火砕物が中心となる。広島市や松山市に居住する債権者らは,適切な回
避行動をとれば,降下火砕物が直ちに生命,身体に重大な被害を及ぼすこと
はない。一方,阿蘇の火砕物密度流が本件発電所敷地に到達する場合,原子10
炉や使用済核燃料プールは根こそぎ破壊され,現場作業員も全員死亡し,冷
却も遮蔽もできない大量の核燃料が数年にわたり放置されると想定される。
火山灰には大量の放射性物質が付着して日本各地に降り注ぎ,松山市や広島
市は極めて高濃度の放射能汚染にさらされることになる。なお,本件発電所
敷地に火砕物密度流を到達させない九州の破局的噴火の場合でも,15cmを15
大幅に上回る降下火砕物によって本件原子炉は重大事故を起こすおそれがあ
り,債権者らが放射性物質が付着した灰を被る可能性がある。
したがって,阿蘇の破局的噴火に起因した火砕物密度流が本件発電所敷地
に到達した場合や,そうでなくとも九州で破局的噴火等が起きて本件発電所
敷地に大量の降下火砕物が降下した場合には,本件原子炉で重大事故が起こ20
って債権者らの生命,身体に直接的かつ重大な被害を与える具体的危険性は
大きい。
〔債務者の主張〕
⑴立地評価について
ア火山ガイドの,将来の活動可能性が否定できない火山に対して行う設計25
対応不可能な火山事象が原子力発電所の運用期間中に影響を及ぼす可能性
−77−
が十分小さいかどうかの評価は,あくまで当該原子力発電所の運用期間中
に限定し,設計対応不可能な火山事象の到達可能性,及び原子力発電所の
運用期間中の活動可能性を通じて,検討対象火山の原子力発電所に対する
影響を評価するものであって,噴火の発生時期及び規模を的確に予測しよ
うとするものではない。したがって,設計対応不可能な火山事象が原子力5
発電所の運用期間中に原子力発電所に到達する可能性の大小をもって立地
の適不適の判断基準とするものであるという点において火山ガイドが不合
理であるとはいえない。
イ火砕流到達の可能性がないこと
債権者らは,本件発電所についても,火山ガイドの定めに沿った立地評10
価がなされているとして,当該評価が不合理だと主張する。しかし,そも
そも,本件発電所の立地評価では,阿蘇4噴火の際にも当該噴火による火
砕物密度流は本件発電所敷地に到達していないことを詳細な調査によって
確認している。すなわち,①債務者は,本件発電所敷地に阿蘇4火砕流が
到達した可能性を確認するため,佐田岬半島の中で,堆積物が保存されや15
すい,すなわち風化・浸食の影響を受けにくいと考えられる地点を選定し
た上で,地表踏査又はボーリング調査を行い,阿蘇4火砕流堆積物がない
ことを確認している。債務者は,このような地表踏査,ボーリング調査に
加えて,本件発電所敷地と阿蘇カルデラの間には,約130㎞の距離があ
ること,佐賀関半島,佐田岬半島等の地形的な障害があること及びこの地20
形的な障害に関する火砕流シミュレーションによる検証を踏まえ,本件発
電所敷地に阿蘇4火砕流が到達していないと判断したものである。また,
②債務者は,各種文献による現在のマグマ溜まりや噴火活動の状況から,
本件発電所の運用期間中に,少なくとも阿蘇4噴火のような巨大噴火が発
生して本件発電所に影響を及ぼすことはない(本件発電所の運用期間中の25
活動可能性はない)と判断した。
−78−
ウ阿蘇4噴火のような破局的噴火の可能性がないこと
そもそも阿蘇4噴火のような甚大な被害をもたらす超巨大噴火は,日本
列島の火山においては数万年から十数万年に1回程度の極めて低い頻度の
火山事象であるところ,阿蘇カルデラの地下のマグマ溜まりの状況からも,
阿蘇カルデラにおいて阿蘇4噴火と同規模の噴火が本件発電所の運用期間5
中に生じる可能性は十分に小さいと考えられる。すなわち,阿蘇カルデラ
の地下には,深さ数㎞(約6km)の浅部にマグマ溜まりがあるものの,当
該マグマ溜まりは小規模であって,阿蘇4噴火と同規模の噴火を起こすよ
うな状況ではないと考えられる。したがって,本件発電所敷地に火砕流が
到達して本件原子炉に影響を及ぼすことはないとした債務者の判断は合理10
的である。
この点についての債務者の主張の詳細は,争点2についての当裁判所の
判断の部分に記載する。
⑵降下火砕物の最大層厚について
ア債務者は,本件発電所において考慮すべき降下火砕物の厚さを評価する15
にあたり,本件発電所の地理的領域内にある火山のうち,九重山の約5万
年前の噴火による火山灰の堆積物が四国南西端の高知県宿毛市で確認され
ていることから,同噴火による本件発電所敷地への降灰の有無について地
質調査による検討を行った。その結果から,本件発電所敷地付近への火山
灰の降下厚さがほぼ0㎝であることを確認した上で,現在の気象条件を考20
慮して本件発電所敷地にどのような降灰が想定されるかを降下火山灰シミ
ュレーションにおいても検討し,偏西風がほぼ真西で安定する季節は本件
発電所敷地における降下厚さはほぼ0㎝と評価されるものの,風向きによ
っては本件発電所敷地において厚さ数㎝の降下火山灰が想定されることを
踏まえ,原子力安全に対する信頼向上の観点から十分に保守的に評価し125
5㎝としたものである。この評価が適切なものであることについては原子
−79−
力規制委員会の審査で確認されており,同評価が過小評価であるという指
摘は当たらない。
イ阿蘇カルデラで本件原子炉の運用期間中に巨大噴火が起きる可能性が
十分小さいことは,立地評価において主張するとおりである。
阿多カルデラ,加久藤・小林カルデラ,姶良カルデラ及び鬼界カルデ5
ラについても,本件原子炉の運用期間中に巨大噴火が発生するという
科学的に合理性のある具体的な根拠があるとはいえない。これは,各
カルデラにつき専門家のそのような評価があるし,各カルデラ火山に
巨大噴火が具体的にいつ頃発生するという指摘が何らされていないこ
とからも明らかである。したがって,これらのカルデラ火山において,10
本件原子炉の運用期間中に巨大噴火が起きる可能性は十分に小さい。
南九州のカルデラについては,債権者ら指摘の姶良カルデラにおける
既往最大の噴火(約9万年前に起きた福山降下軽石を噴出した噴火。
噴出量は40㎦以上。VEI6)を踏まえても,①本件発電所の南東
方向約15㎞に位置する宇和盆地において福山降下軽石の堆積層が確15
認できないこと(乙290−90∼92),②降下火砕物の堆積分布は,偏
西風の影響を大きく受ける(乙378・8頁)ところ,本件発電所敷
地は,南九州のカルデラ火山からみて北北東の方角に位置しており,
偏西風の風下から大きく外れること,③福山降下軽石堆積物の分布に
ついての長岡ほか(2001)(「10万∼3万年前の姶良カルデラ火山の20
テフラ層序と噴火史」)の知見(先行事件抗告審における相手方の即時
抗告理由書(火山)に対する答弁書〔乙566・20頁〕,先行事件抗
告審における相手方の裁判所の釈明事項に対する釈明書〔乙567・
25頁〕)等に照らすと,姶良カルデラにおけるVEI6クラスの噴火
による降下火砕物の層厚が,債務者が九重山の噴火で想定した降下火25
−80−
砕物の層厚(15㎝)を超えることは考え難く,後者の方が本件発電
所に及ぼす影響は大きい。
降下火砕物の大気中濃度について
ア債務者は,前提事実キの気中降下火砕物約3.1g/㎥の想定にも対
応できるように以下のような対策をしている。5
イ非常用交流動力電源設備の機能を維持するための対策
債務者は,数g/㎥オーダーの降下火砕物の濃度に対しても非常用デ
ィーゼル発電機2系統を同時に機能維持できるよう,非常用ディーゼル
発電機の吸気消音器に着脱可能な火山灰フィルタを設置することとし,
平成29年12月に設置工事を完了した。これにより,①カートリッジ10
式フィルタの採用による交換作業の容易化(フィルタ交換時間の短縮),
②運転継続中のカートリッジ式フィルタの順次取換え,③フィルタ表面
積の拡大(閉塞に対する時間的余裕)の3つの要素が相まって,気中降
下火砕物濃度が数g/㎥の濃度で降下火砕物を全量吸い込んでフィルタ
に捕集されると仮定したとしても,非常用ディーゼル発動機の機能を十15
分維持できるよう基本設計を行った。
火山灰フィルタのうち,交換するフィルタ部分であるカートリッジ式
フィルタは,14枚に分割する構造としている。そうすることで非常用
ディーゼル発電機の運転継続中にカートリッジ式フィルタを順次交換す
ることができ,個々のカートリッジ式フィルタが閉塞するまでには時間20
差が生まれるので,仮に一部のカートリッジ式フィルタが閉塞したとし
ても,非常用ディーゼル発電機の機能が喪失するわけではない。設計に
あたり,カートリッジ式フィルタ14枚すべての交換,清掃に要する時
間は,フィルタ交換に3名,フィルタ清掃に3名の1班による作業で保
守的に1時間と見積もっているところ,気中降下火砕物濃度3.1g/25
㎥に対してカートリッジ式フィルタを全く交換しない場合でも1時間以
−81−
上は閉塞しない必要表面積は5.9㎡以上であることから,これを上回
る約6.1㎡の表面積を確保している。(乙556,557,559)
その後,カートリッジ式フィルタはさらに高性能なフィルタが開発さ
れたことから,債務者は改良型カートリッジ式フィルタを採用し,平成
30年7月までに設置を完了した。改良型カートリッジ式フィルタは,5
フィルタの形状をひだ形状(プリーツ形状)に変更してフィルタの有効
面積を増大させるとともに,フィルタの網目の大きさ(目合い)を小さ
くして捕集能力を向上させている。改良型カートリッジ式フィルタにつ
いて,本件原子炉で設定した層厚15cmの降下火砕物が降灰開始後2
4時間で堆積した状態に対応する大気中濃度3.1g/㎥,粒径分布に10
調整した火山灰を,本件原子炉の非常用ディーゼル発電機の吸気流量で
直接改良型カートリッジ式フィルタに吹き付けて性能を把握する試験を
行った結果,フィルタが閉塞するまでの時間は3時間以上に向上し(従
前のカートリッジ式フィルタでは,1時間以上),捕集率は設定した堆
積厚さ15㎝に対応する粒径分布(粒径120μm以下を含む。)の火15
山灰に対して99.9%に向上している(従前のカートリッジ式フィル
タでは,粒径120μm以上の降下火砕物に対して90%)。一方,カ
ートリッジ式フィルタの交換,清掃作業の内容は基本的に変わらないの
で,これに要する時間は従前と変わりはなく,より余裕を持って対応す
ることが可能となっている。(乙557,559)20
前記の火山灰フィルタを用いた対策は,気中降下火砕物濃度3.1g
/㎥に対して十分に余裕をもって対応できるので,実用炉規則が求める
前提事実キ㋐の非常用交流動力電源設備の機能を維持するための対策
に適合する。
ウ代替電源設備その他の炉心を冷却するために必要な設備の機能を維持す25
るための対策
−82−
債務者は,代替電源設備その他の炉心を冷却するために必要な設備の
機能を維持するための対策に関し,外部電源及び前記イの対策を講じた
非常用ディーゼル発動機が機能喪失し,後記エのタービン動補助給水ポ
ンプが機能喪失した場合でも炉心を冷却するために,あらかじめ降灰開
始前に建屋内に配置したポンプ車による蒸気発生器への注水による炉心5
冷却手段を確保している(乙560)。
この対策については,噴火後,本件発電所敷地で降灰が開始するまで
には十分に時間があるので,降灰開始前までにポンプ車等の必要な可搬
型設備の建屋内への搬入,ホース等の接続を終えることができる。降灰
中は建屋内での運転,作業のみとなるので,降下火砕物の大気中濃度の10
影響をほとんど受けずに炉心の冷却が可能な対策である。
したがって,この対策は,前提事実キ㋑の代替電源設備その他の炉
心を冷却するために必要な設備の機能を維持するための対策に適合する。
エ交流動力電源が喪失した場合における炉心の著しい損傷を防止するため
の対策15
債務者は,降下火砕物の影響により全交流電源を喪失した場合であっ
ても,長期間にわたって原子炉の冷却を継続し,本件原子炉の安全を確
保することができることを確認している。具体的には,本件原子炉には
電力供給を必要としない原子炉の冷却手段として,蒸気発生器で発生す
る蒸気で稼働するタービン動補助給水ポンプを用いた冷却方法があり,20
これは原子炉建屋内に設置しているため降下火砕物の影響を受けない。
タービン動補助給水ポンプを稼働させるためには水源からタービン動補
助給水ポンプに給水を行う必要があるが,本件原子炉においては,動力
源がなくともタービン動補助給水ポンプに給水が可能な水源(電動ある
いは内燃機関等の動力の介在を必要とせず,高低差を利用した水流によ25
って給水が可能な水源)によって約17.1日間にわたり原子炉の冷却
−83−
が可能であり,安全を確保することができる。しかも,これらの水源の
うち本件原子炉の補助給水タンク及び2次系純水タンクは,恒設のライ
ンでタービン動補助給水ポンプと接続されているためホース接続等の作
業は不要であり,この2つのタンクに限っても約6.5日間にわたって
冷却が可能である。(乙343〔18頁〕)。5
したがって,この対策は,前提事実キ㋒の交流動力電源が喪失した
場合における炉心の著しい損傷を防止するための対策に適合する。
オ保安規定への記載
債務者は,実用炉規則等の改正を踏まえて前記イないしエの対策に係る
体制の整備を反映するための保安規定の変更認可申請を行っている(乙510
60)。
3争点3(保全の必要性)について
〔債権者らの主張〕
本件原子炉施設において過酷事故が起こった場合,大気中に放出された大量
の放射性物質は風向き次第で債権者らの現住所地(広島市,松山市)を汚染す15
ることとなり,瀬戸内海に放出された放射性物質は閉鎖性海域の特性により拡
散することなく滞留することになるという事態に至るおそれがある。そのよう
な事態が生ずると,債権者らは,放射線被曝による健康被害のおそれやそれへ
の不安にさいなまれ続け,現住所地からの避難を強いられることによる肉体的,
精神的負担を余儀なくされるとともに,それまで築いてきた地域コミュニティ20
を丸ごと失うことになる。このように,ひとたび原発事故が発生すれば,債権
者らの生命,身体,精神及び生活の平穏に重大かつ深刻な被害が発生し,その
人格権が侵害されること,さらに,そのような人格権の侵害が不可逆的かつ長
期間継続することは,福島第一原発事故やチェルノブイリ原発事故による被害
の実態に照らして明らかである。したがって,本件における保全の必要性は高25
いというべきである。
−84−
〔債務者の主張〕
争う。債権者らは,いずれも本件発電所から少なくとも約60㎞以上離れた
場所に居住しているのであるから,仮に放射性物質が環境へ放出される事態が
生じても,直ちにその人格権が侵害されることになるとは考え難い。そもそも,
この点に関する債権者らの主張は,債権者ら各人に個別に生ずるおそれのある5
人格権侵害の具体的な内容には触れないまま,過酷事故が生じた場合に想定さ
れる一般的な被害を指摘する内容に終始しており,当を得ない。
債権者らは,本案訴訟の確定判決が得られるまでの間において巨大噴火が発
生することを疎明しなければならないところ,これを全く疎明していない。九
州地方で巨大噴火が発生すれば,火山周辺の住民の生命,身体に直接的な損害10
が発生することはもとより,日本全域に深刻な影響が生ずることになるのであ
るから,巨大噴火が短期間のうちに発生する状況にあるというのであれば,全
国の活火山の観測,監視等を行っている気象庁から噴火警報が発表されるなど
して,報道等でも大きく取り上げられていてしかるべきであるし,国家レベル
での対策が講じられ,地元住民らが具体的に移住や避難を開始する事態に至っ15
ていなければならないが,事実として,そのような事態に至っていないことに
照らしても,短期間のうちに阿蘇において破局的被害をもたらす巨大噴火が起
こる危険が存在しないことは明白である。
その他,前記1の〔債務者の主張〕に記載のとおりである。
4争点4(担保金の額)について20
〔債権者らの主張〕
被保全権利や保全の必要性の疎明の程度,予想される債務者の被害,正義・
公平の観点からすれば,債権者らに担保を供させる必要はない。
〔債務者の主張〕
争う。25
第4当裁判所の判断
−85−
1司法審査の在り方(争点1)について
債権者らは,本件原子炉で過酷事故が発生する可能性が高く,これによっ
て,大量の放射性物質が外部に放出され,大気,土壌,海などが汚染され,
債権者らの生命,身体,精神及び生活の平穏,あるいは生活そのものに重大
かつ深刻な被害が生ずるおそれがあるとして,人格権(生命,身体,財産及5
び生活の平穏等)に基づく妨害予防請求権に基づき,本件原子炉の運転の差
止めを命ずる仮処分命令を求めている。債権者らは,本件申立てにおいては,
過酷事故の原因を火山事象(主として巨大噴火〔当裁判所の判断で用いる巨
大噴火の定義については,後記2ア参照〕)に限定している。
債権者らも巨大噴火が低頻度な事象であって,本件原子炉の運用期間中に10
巨大噴火が発生するという科学的に合理性のある具体的な根拠を示すことは
不可能であることを前提としている。そのため,債権者らの主張によっても,
本件原子炉の運用期間中に巨大噴火による過酷事故が現実に発生して債権者
らの生命,身体,財産及び生活の平穏等が害される蓋然性があるということ
はできない。15
もっとも,債権者らは,設計対応不可能な火山事象(火砕流)を広域的な
地域にもたらすため他の外部事象よりも影響が深刻な巨大噴火の可能性につ
いては,低頻度であっても考慮すべきものであるとし,火山についての長期
予測の手法が確立しておらず,とりわけ巨大噴火についての予測はほとんど
知見がないために阿蘇で巨大噴火により原発事故が起こるリスクが否定でき20
ない状況下で本件原子炉を運転することが債権者らの人格権を侵害する旨主
張しているところ,巨大噴火による過酷事故が起きた場合には極めて甚大な
被害が発生するおそれがあることからすれば,そのリスクの程度によっては,
リスクの下で原子力発電所を運転することが人格権を侵害するものとして,
運転の差止請求の根拠となる場合があり得るというべきである。25
ただし,本件は,本案判決が確定するまでの間の暫定的な救済として仮
−86−
処分命令を求めるものであり,債権者らに生ずる著しい損害又は急迫の危
険を避けるため仮処分命令を必要とすると認められることを要する(民事
保全法23条2項)。そのため,問題となるのは,本件原子炉の運用期間中
に巨大噴火による過酷事故が起こるリスクではなく,より短期間の本案判
決が確定するまでの間の上記リスクであり,しかもその程度が著しい損害5
又は急迫の危険と評価されるものであることを要する。
疎明責任
債権者らは,本案判決が確定するまでの間の巨大噴火による過酷事故の
リスクが,そのリスクの下で本件原子炉を運転することが著しい損害又は
急迫の危険と評価される程度の人格権侵害をもたらすものであることを疎10
明する責任がある。
もっとも,火山事象のリスクは,本件原子炉の設置変更許可処分におい
て審査された事項であり,債務者は,火山事象に対する本件原子炉の安全
性について調査した上,原子力規制委員会に対して,本件原子炉が同委員
会が定めた火山に係る安全性の基準に適合することを示して本件原子炉の15
設置変更許可処分を受けたのであるから,火山事象に対する本件原子炉の
安全性に関する科学的,技術的知見を有し,関係資料を保有しているとい
うべきである。したがって,前記疎明責任が債権者らにあるとしても,債
務者側においても火山事象に対する本件原子炉の安全性について積極的に
疎明する必要があるというべきである。20
当裁判所は,火山事象に対する本件原子炉の安全性についての当事者双
方の主張疎明を総合的に判断して,巨大噴火による過酷事故のリスクが著
しい損害又は急迫の危険と評価される程度の人格権侵害をもたらすものと
いえるかどうかを判断することとする。
⑶審査基準(火山ガイド)との関係25
ア審査基準は,原子力規制委員会が原子炉の設置(変更)許可処分を行
−87−
う際の基準となるものであり,審査基準に不合理な点があり,あるいは
原子炉施設が審査基準に適合するとした原子力規制委員会の調査審議及
び判断の過程に看過し難い過誤,欠落があり,原子力規制委員会の判断
が不合理である場合には,同処分は違法となるものと解される。同処分
の取消訴訟等の行政訴訟においては,原子力規制委員会の上記裁量的判5
断が不合理か否かが,原子力規制委員会(国)を当事者として直截的に
争われることになる。
他方,人格権に基づく原子力発電所の運転差止めの民事訴訟は,人格
権侵害による差止請求権の成否が問題であって行政訴訟とは審理の対象
が異なるのであり,原子力規制委員会の裁量的判断が違法であったとし10
ても当然に人格権侵害のおそれがあると認められるわけではない(例え
ば,手続的瑕疵によって判断が違法となる場合)。また,民事訴訟で審査
基準の合理性が問題になったとしても,その審査基準を策定した原子力
規制委員会(国)が当事者として訴訟に関与するわけではなく,行政訴
訟に比べて合理性判断のための資料が揃いにくいといえる。そうであっ15
ても,原子力規制委員会の裁量的判断の適否又は原子炉が審査基準で定
められた安全性の基準を充足するか否かは,人格権侵害のおそれの有無
と密接に関連することは否定できないから,人格権侵害のおそれの有無
を判断するに当たり,これらの点を審理し,その判断結果を人格権侵害
のおそれの有無の判断において重視するとの判断手法も合理性を有する20
1つの手法ということができる。
イしかしながら,当裁判所は,本件においてはこの手法によらず,前記
の方法で判断するのが相当であると考える。その理由は,以下のとお
りである。
a本件で問題となる火山ガイドの解釈については,原子力規制委員25
会(国)を当事者としない仮処分命令申立事件の裁判例において,
−88−
判断が分かれている。
b裁判例には,火山ガイドの立地評価に関する定めが地球物理学的
及び地球化学的調査等によって検討対象火山の噴火の時期及び規模
が相当前の時点で的確に予測できることを前提としている点におい
て,その内容が不合理である旨指摘しつつ,その影響が著しく重大5
かつ深刻なものではあるが極めて低頻度で少なくとも歴史時代に経
験したことがないような規模及び態様の自然災害の危険性(リスク)
については,その発生の可能性が相応の根拠をもって示されない限
り無視し得るものとして容認するというのが社会通念であるとして,
少なくともVEI7以上の規模のいわゆる破局的噴火ついては,そ10
の発生の可能性が相応の根拠をもって示されない限り,これを想定
しなくても,原子炉施設が客観的に見て安全性に欠けるところがあ
るということはできないとしたもの(平成28年4月6日付けの福岡
高裁宮崎支部決定及び同決定に依拠した平成29年3月30日付け
先行事件地裁決定〔甲H1の1・334頁〕。平成30年9月25日15
付け先行事件異議審決定〔甲H37の2・9,20頁〕もほぼ同旨)
がある。
cまた,VEI7以上の規模の破局的噴火の扱いにつき,福岡高裁
宮崎支部決定と同旨の判断をしながら,同決定とは異なり火山ガイ
ドの内容が不合理であるとは説示しない裁判例(佐賀地裁平成3020
年3月20日決定〔乙454・135頁〕)や社会通念に基づきVE
I6以上の巨大噴火については,原子力発電所の運用期間中にそれ
が生じることが差し迫ったものとはいえないということが事業者に
よって相当の根拠,資料をもって示されれば,立地不適とせずとも
原子力発電所の有する危険性が社会通念上無視し得る程度にまで管25
理され,客観的に見て安全性にかけるところがないと評価すること
−89−
ができると解した上でこのような考え方は後記火山ガイド考え方に
沿うものであるとし,火山ガイドの内容が不合理であるとは説示し
ない裁判例(大分地裁平成30年9月28日決定〔乙576・28
3頁〕)もある。
d他方,裁判例には,発生頻度が著しく小さくしかも破局的被害を5
もたらす噴火によって生じるリスクは無視し得るものとして容認す
るというのが我が国の社会通念ではないかとの疑いがないではなく
(先行事件地裁決定が引用する福岡高裁宮崎支部決定も同旨であると
する。),このような観点からすると,火山ガイドが立地評価にいう
設定対応不可能な火山事象に,何らの限定を付すことなく破局的噴10
火(VEI7以上)による火砕流を含めていると解することには,少
なからぬ疑問がないではないとしつつ,原子力規制委員会が策定し
た火山ガイドに破局的噴火を除外する文言が存在しないことから,
原子力規制委員会が専門技術的裁量を行使して破局的噴火も含めた
全ての噴火に一律に適用するという趣旨で火山ガイドを策定したも15
のと解した上で,裁判所の考える社会通念に関する評価と最新の科
学的,技術的知見に基づき社会がどの程度の危険までを容認するか
などの事情を見定めて原子力規制委員会が専門的技術的裁量により
策定した火山ガイドの立地評価の方法・考え方の一部の間に乖離が
あることをもって,先行事件地裁決定(及び先行事件地裁決定の引用20
する福岡高裁宮崎支部決定)のように火山ガイドが考慮すべきと定め
た自然災害について先行事件地裁決定が判示するような限定解釈を
して判断基準の枠組みを変更することは,原子炉等規制法及びその
委任を受けて制定された設置許可基準規則6条1項の趣旨に反し,
許されないとしたもの(平成29年12月13日付けの先行事件抗告25
審決定〔甲H2の2・363頁〕)もある。これに対して,先行事件
−90−
異議審決定は,後記火山ガイド考え方が作成されたことも踏まえ,
原子力規制委員会が技術的裁量に基づき破局的噴火を考慮すること
としているとまではいえないとして,先行事件抗告審決定の前記判
断を否定した(甲H37の2・22頁)。
原子力規制庁は,原子力規制委員会委員長からの指示に基づき,平5
成30年3月7日付けの「原子力発電所の火山影響評価ガイドにおけ
る「設計対応不可能な火山事象を伴う火山活動の評価」に関する基本
的な考え方について」と題する文書(以下「火山ガイド考え方」とい
う。)をもって火山ガイドにおける考え方を整理した。そこでは,過去
に巨大噴火(地下のマグマが一気に地上に噴出し,大量の火砕流によっ10
て広域的な地域に重大かつ深刻な災害を引き起こすような噴火であり,
噴火規模としては,数十㎦を超えるような噴火を指す。)が発生した火
山については,「巨大噴火の可能性評価」を行った上で,「巨大噴火
以外の火山活動の評価」を行う。巨大噴火の可能性の評価については,
現在の火山学の知見に照らした火山学的調査を十分に行った上で,火15
山の現在の活動状況は巨大噴火が差し迫った状態ではないことが確認
でき,かつ,運用期間中に巨大噴火が発生するという科学的に合理性
のある具体的な根拠があるとはいえない場合は,少なくとも運用期間
中は「巨大噴火の可能性が十分に小さい」と判断できるという考え方
が示されている。(乙453)20
国は,福岡地方裁判所に係属中の川内原子力発電所設置変更許可取
消請求事件において,火山ガイド考え方は,巨大噴火に係る社会通念
を踏まえた相対的安全性の考え方に基づき,原子力規制委員会に委ね
られた専門技術的裁量を合理的に行使したものであるとし,①前記福
岡高裁宮崎支部決定が火山ガイドが不合理である旨判示した部分は,25
火山ガイドを正解しないものであると批判し,②先行事件抗告審決定
−91−
は,火山ガイドにおける巨大噴火の可能性評価について,火山ガイド
の字句のみをあまりに表層的に理解し,巨大噴火の可能性の評価に当
たり当然に考慮すべき社会通念を殊更無視した結果,巨大噴火とそれ
以外の火山活動の評価方法について区別して考えるという原子力規制
委員会の考え方を正解することなく,火山ガイドが立地評価にいう設5
計対応不可能な火山事象に何らの限定を付すことなく破局的噴火(VE
I7)による火砕流を含めているなどと独自の解釈を示したものである
と批判している(乙551〔10,35,37頁〕)。
低頻度の巨大噴火の問題につき,火山事象に係る審査基準を充足し
ないことをもって,直ちに人格権侵害であるといえるかは問題であり10
(前記のとおり,巨大噴火に係る火山ガイドの解釈については判断が
分かれているところ,仮に火山ガイドが社会通念からは乖離するもの
の,より高度の安全性を確保するという観点から,巨大噴火について
もそれより小規模な火山活動と区別することなく一律の評価方法を定
めたものと解する立場では,巨大噴火につき,火山ガイドの要件を充15
足しなかったからといって,直ちに人格権侵害であるとはいえないと
いう見解もあり得る。),少なくとも,前記のとおり本件仮処分命令
申立事件で問題となる,本案判決が確定するまでの間に巨大噴火が発
生することによる過酷事故のリスクが著しい損害又は急迫の危険と評
価される程度の人格権侵害をもたらすものであることを基礎づける事20
情を直ちに推認させるものではない。そうすると,巨大噴火に係る火
山ガイドの解釈は,行政訴訟とは異なり,本件仮処分命令申立事件の
帰趨に直結する問題とはいえないから,必ずしもこれを判断する必要
はない。
また,前記ないしのとおり,火山ガイドについては,その一部25
が不合理であるかやそれが巨大噴火の可能性評価についてそれ以外の
−92−
火山活動の評価方法と区別して考えるものであるかにつき,火山ガイ
ドを策定した原子力規制委員会自身が現在示している見解と上記一部
の裁判例の解釈が異なっており,裁判例相互の解釈も異なっている状
況にある。しかも,川内原子力発電所につき,この火山ガイドの解釈
が争点となっている行政訴訟が国を当事者として係属中である。この5
ような状況の下において,国を当事者とする行政訴訟と比較してこの
点についての判断資料が揃いにくい本件仮処分申立事件(国が当事者
でないことに加え,保全事件の手続的制約もある。)において,火山ガ
イドの解釈を示すのが相当かどうかという問題もある。
当裁判所は,以上の事情等を考慮し,本件では,火山ガイドの趣旨10
を確定した上でこれを充足するか否かを判断し,その判断結果を著し
い損害又は急迫の危険と評価される程度の人格権侵害の有無の判断に
おいて重視するという判断手法ではなく,前記の判断手法によるの
が相当であると判断した。
2火山事象の影響による危険性(争点2)について15
巨大噴火による過酷事故のリスクが著しい損害又は急迫の危険と評価され
る程度の人格権侵害をもたらすものといえるかどうかにつき,①阿蘇で巨大
噴火が発生し,火砕物密度流が本件発電所敷地に到達して過酷事故が起こる
リスク,②阿蘇を含む火山の噴火による降下火砕物(火山灰)により過酷事
故が起こるリスクの順に検討する。20
阿蘇で巨大噴火が発生し,火砕物密度流が本件発電所敷地に到達して過酷
事故が起こるリスクについて
債権者らは,阿蘇(阿蘇カルデラ,阿蘇山)が破局的噴火をした場合,本
件発電所敷地に阿蘇からの設計対応不可能な火山事象である火砕物密度流が
到達する可能性があると主張している。25
ア基本的な事実等
−93−
後掲の疎明資料及び審尋の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
債務者が阿蘇に関して行った個別評価は,前提事実エdのとおり
である。
阿蘇における過去最大の噴火である阿蘇4噴火による火砕流堆積物が
九州北部及び中部並びに山口県南部の広い範囲に分布することは,債務5
者も認めている。
巨大噴火の発生率
我が国において,数十㎦以上の噴出物を放出するような超巨大噴火が
6000年から1万年に1度程度の頻度で発生してきた(甲G19〔2
20頁・藤井敏嗣)〕)。10
過去60万年に九州でVEI7及びVEI6の巨大噴火は19回発生
しており,頻度は約3万年に1回である(甲G132〔町田洋の陳述書
⑵〕。
カルデラを作る巨大噴火は,日本全体で1万年に1回程度の割合で起
こってきた(乙458〔707頁・井村隆介〕)。15
火山噴火の噴火規模が大きくなるに従って発生頻度は相関的に小さく
なる(乙464〔102頁・下司信夫〕,乙465〔中田節也〕)。
マグマの種類と性質等
火山噴火の源となるマグマは,地下の岩石が溶けてできたもので,最
も多く含まれる化学成分は二酸化ケイ素(Si0₂)であり,この含有量は20
マグマの粘性と深い関係がある。二酸化ケイ素の重量当たりの成分量が
概ね70%以上の火山岩を流紋岩質,63∼70%をデイサイト質,5
2∼63%を安山岩質(57%以下のものは玄武岩質安山岩と呼ばれる
こともある。),52%以下を玄武岩質という。そして,デイサイト質以
上の二酸化ケイ素含有量を持つマグマは珪長質マグマ,逆に二酸化ケイ25
素含有量の少ないマグマは苦鉄質マグマと呼ばれ,珪長質マグマの粘性
−94−
は高く,爆発的な噴火を起こす性質を持つのに対し,苦鉄質マグマの粘
性は低く,穏やかな噴火を起こす性質を持つ。(乙340,乙456
〔128頁・吉田武義ほか〕)
火道内でマグマが急速に発泡しながら爆発的に放出されると,多孔質
の噴出物である軽石やスコリアが生ずる。デイサイト∼流紋岩マグマで5
は淡色の軽石が,玄武岩∼安山岩マグマでは濃色でコークス状のスコリ
アができる。一般にはデイサイト∼流紋岩マグマの方が玄武岩∼安山岩
マグマよりも激しい爆発を起こすから,軽石はスコリアよりもよく発泡
していて密度が小さい。(乙457〔96頁・安藤雅孝ほか〕)
大規模噴火によるカルデラの形成10
VEI7あるいはそれを超える規模の火砕噴火では,ほぼ例外なくマ
グマ溜まりの天井の崩壊による陥没カルデラが形成される,VEI5以
下の噴火では陥没カルデラが形成されないことが多い,VEI6クラス
の噴火では陥没カルデラが形成される場合とされない場合があるとの知
見がある(乙456〔136頁・吉田武義ほか〕,464〔109頁・15
下司信夫〕,467〔下司信夫〕)。噴出量規模が10㎦では直径が数㎞
のカルデラが生じ,十和田カルデラ,摩周カルデラ,洞爺カルデラなど
がその例である,噴出マグマの量が100㎦では直径が20∼30㎞の
カルデラが生じ,屈斜路,阿蘇,姶良カルデラがその例であるとされて
いる(乙466〔荒牧重雄〕)。以下では,大規模火砕流を生じ,陥没カ20
ルデラを形成する大規模な噴火を「巨大噴火」という。
阿蘇は,約27万年前に阿蘇1噴火,約14万年前に阿蘇2噴火,約
12万年前に阿蘇3噴火,約9万年前に阿蘇4噴火と4回の巨大噴火を
起こした。阿蘇1噴火から阿蘇3噴火(噴出した火砕物の体積は,阿蘇
1噴火及び阿蘇2噴火は50㎦とも100㎦級ともいわれ,阿蘇3噴火25
が150k㎥超〔VEI7〕)で噴出した火砕流は中部九州一円に広が
−95−
っている。阿蘇4噴火は,第四紀(約258万年前から現在)における
日本最大の噴火で,噴出した火砕物の体積は600k㎥(VEI7)に
及び,大火砕流が発生し,九州北半分を広く覆ったほか,一部は山口県
南部に達したことが分かっている。火山ガイドが地理的領域を原子力発
電所から半径160㎞の範囲の領域と定めたのも阿蘇4噴火の火砕物密5
度流が到達したと考えられている距離によっている。(前提事実イ,
乙11−6−8−8,乙437,471,510)
阿蘇1噴火から阿蘇3噴火までの火砕物密度流が九州以外の地域に到
達したことを認めるに足りる疎明資料はない。
そうすると,阿蘇で巨大噴火が発生し,火砕物密度流が本件発電所敷10
地に到達して過酷事故が起こるリスク(立地評価)を検討する場合に問
題となるのは,VEI7の中でも阿蘇4噴火に匹敵するレベルの巨大噴
火が発生する可能性ということになる。前記のとおり,火山噴火の噴
火規模が大きくなるに従って発生頻度は相関的に小さくなるから,第四
紀の約258万年間における日本最大の噴火である阿蘇4噴火に匹敵す15
るレベルの噴火が再び阿蘇で起こる可能性は非常に低いということにな
る。
イ債務者の主張疎明について
巨大噴火は,膨大な珪長質マグマの蓄積を必要とし,そのマグマ溜ま
りは地下浅部に貫入すると考えられるとの債務者の主張について20
a債務者は,巨大噴火は,膨大な珪長質マグマの蓄積を必要とし,そ
のマグマ溜まりは地下浅部に貫入すると考えられる旨主張する。
b前記主張に沿う知見として,以下のものがある。
カルデラを形成する大規模火砕噴火の特徴は,地下数㎞にあるマ
グマ溜まりに存在していた大量の珪長質のマグマが発泡し,急激な25
体積の膨張にともなってマグマの一部が地表に噴出するというメカ
−96−
ニズムにある。大型カルデラの生成機構から,多くのマグマ溜まり
は,その天井が極めて浅いところにあり,扁平な形状を示すといえ
る。(乙466〔荒牧重雄〕)
⒝陥没カルデラを形成するような大規模火砕噴火は,デイサイト∼
流紋岩といった珪長質マグマがごく短時間に噴出する(乙4675
〔下司信夫〕)。大規模噴火を発生させるためには,地殻内部に多量
のマグマを溶融状態で貯留する巨大なマグマ溜まりを形成する必要
がある。珪長質マグマの移動・集積に要するタイムスケジュールを
考えると,数10∼100㎦の珪長質マグマを噴火期間中に生成・
集積させながら噴出させることは不可能であるためである。そして,10
大規模なマグマ溜まりを地殻内に安定して存在させるためには,密
度中立深度にマグマが貫入する必要があり,大規模噴火の多くは流
紋岩組成のマグマ(珪長質マグマ)が噴出していることから,その
マグマ溜まりは深さ数㎞程度の浅所に貫入しているものと考えられ
る。カルデラの陥没量とカルデラ形成噴火の噴出量がほぼ一致する15
ことは,マグマ溜まりからマグマが噴出して生じた空間に陥没ブロ
ックが沈降したことを示唆する。カルデラブロックが単一の巨大ブ
ロックであるか,あるいはある程度ばらばらに破断しカオスティッ
クに崩壊するかにかかわらず,カルデラブロックが沈降し得る体積
と空間的な広がりがマグマ溜まり内に必要である。すなわち,空間20
的に一まとまりのマグマ溜まりの存在が陥没カルデラの形成から示
唆される。(乙464〔104,105頁・下司信夫〕)
⒞浮力の中立点(乙468〔78頁〕)からすると密度の小さい珪
長質マグマは,一般的には地下数㎞程度にあることが導かれる(乙
338〔284頁・東宮昭彦〕)。25
⒟他にも乙437(金子克哉),455(三浦大助ほか)がある。
−97−
活動履歴に基づく検討1(9万年前以降の火山噴出物に基づく検討)
について
a債務者は,9万年前以降の火山噴出物に基づく検討の結果,①カル
デラ中央部において玄武岩質マグマが活動し,その周辺で珪長質マグ
マが活動しているという傾向があるが,これはカルデラ直下に大規模5
な珪長質マグマが存在する場合の分布とは異なること,②最近1万年
前以降は噴火頻度の高い時期を含めて玄武岩質の噴火が卓越している
ことから,近年の阿蘇カルデラの地下では大規模な珪長質マグマの蓄
積がないと考えられること,③噴出物に含まれる微量元素であるスト
ロンチウムの同位体比や含有率の特徴,傾向から,阿蘇4噴火による10
カルデラ形成を境に火山直下のマグマ供給系に大きな変化があったこ
とが推察されること,④9万年前以降は阿蘇山全体としては多様な岩
質の噴出物を噴出していることや前記③の点から阿蘇4噴火前の大規
模マグマ溜まりが阿蘇4噴火による陥没カルデラの形成に伴う天井の
崩壊によって分割され,新たに複数の独立した小規模マグマ溜まりが15
形成されたと考えられることを根拠として,現在,阿蘇カルデラには
巨大噴火において想定されるような大規模な珪長質マグマ溜まりは存
在しないと考えられる旨主張する。
b前記主張に沿う知見として,以下のものがある。
もしカルデラ直下に大規模な珪長質マグマ溜まりが存在すると考20
えた場合,深部から供給される玄武岩マグマのうち,珪長質マグマ
溜まりでトラップされたものは珪長質マグマとの混合により玄武岩
組成では噴出できないが,珪長質マグマ溜まりにトラップされず,
その周囲を通過して地表に達したものは玄武岩組成のまま噴出する
ことが予想され,噴出物は,給源火口の中央部でより珪長質,その25
周囲で苦鉄質になると考えられる(乙468〔141頁・平朝彦ほ
−98−
か〕,492〔34頁・小屋口剛博〕)。阿蘇4噴火より後の阿蘇の
噴出物を採取して分析した結果,カルデラ中心部で玄武岩質マグマ
の活動が活発であり,その周囲でより珪長質なマグマが活動してい
るという傾向がある。このことから,阿蘇4噴火より後(後カルデ
ラ期)は,カルデラ形成期のような単一の大規模マグマ溜まりは存5
在しなかったと考えられ,小規模な複数のマグマ溜まりが存在した
という小野晃司らの研究結果と調和的である。(全体につき,乙
341〔282頁・三好雅也ほか〕)。
⒝1万年前以降,玄武岩質の噴火が卓越して活動するようになった
ことや玄武岩質の火山活動がカルデラの中央部に限られていること10
から,最近の1万年間において,阿蘇カルデラ下部の大規模な珪長
質マグマシステムが消滅していることが示唆される(乙476〔三
好雅也ほか〕)。
⒞阿蘇4噴火後の火山噴出物からは,阿蘇4噴火後さまざまな化学
組成のマグマが活動したが,最近1万年間はほとんど玄武岩マグマ15
のみが活動したことが読み取れる。最近1万年間は珪長質マグマの
噴出は起こっておらず,上部地殻内から現在活動中の中岳へとマグ
マを供給しているマグマ溜まりに蓄積されているのは玄武岩マグマ
と考えられるため,少なくとも現在のカルデラ直下の地殻浅部には,
カルデラ形成噴火時のような大規模珪長質マグマは蓄積されていな20
いと考えられる。(乙477〔6−5,14頁・三好雅也〕)
⒟現在,阿蘇で活動している中岳は,玄武岩∼安山岩質の成層火山
であり,有史以降の活動は玄武岩質安山岩の火山砕屑物を噴出して
いる(乙474〔気象庁地震火山部火山課〕)。
中岳のマグマの性質は,玄武岩質安山岩である。最近の噴出物の25
本質物質であるスコリアの全岩化学組成は殆ど一定しており,Si0₂
−99−
が54%程度である(乙521〔12頁・熊本大学渡辺一徳〕
⒡前記a③の主張に沿う知見として,乙477(6−14頁・三好
雅也〕のほか,乙470(98頁・三好雅也ほか),乙478(三
好雅也ほか)がある。
⒢前記aの主張全般に沿う知見として,乙470〔99頁・三好雅5
也ほか〕,479〔三好雅也〕がある。
活動履歴に基づく検討2(噴火の態様の変化)について
a債務者は,宇和盆地におけるボーリングコアの阿蘇起源の火山灰の
堆積層を分析した研究等によれば,①阿蘇4噴火以前においては,㋐
巨大噴火の数万年程度前に類似の化学組成のマグマが相当程度大規模10
(阿蘇と宇和盆地の位置関係を考慮すると,宇和盆地に堆積物として
残る層厚の火山灰を噴出した噴火は,相当程度大規模な噴火であった
ことが推定される。)に噴出したこと,㋑阿蘇2噴火の少し前から阿
蘇4噴火の間の約5万年間に宇和盆地に阿蘇起源の火山灰が12回降
灰していることから,相当程度大規模な噴火が繰り返されたことが推15
定されること,㋒阿蘇3噴火及び阿蘇4噴火前には前駆的な珪長質マ
グマの噴火が繰り返され,より珪長質な噴火に移行する傾向が認めら
れる一方,②阿蘇4噴火以後においては,㋐宇和盆地に阿蘇起源の降
灰は確認されておらず,相当程度大規模な噴火が少なくなったと考え
られること,㋑最近9万年間では2500年に1回の頻度で珪長質な20
噴火による典型的な噴出物である軽石を噴出する噴火を繰り返し,そ
のうちVEI4以上の噴火は1万年に1回程度の頻度で発生していた
が,次第に軽石の噴出が減少する傾向になり,約3万年前以降はVE
I4以上の珪長質マグマの噴火は認められず,最近1万年前以降は爆
発的な噴火を起こしにくい玄武岩質の噴火が卓越して活動しているこ25
とが認められるとし,阿蘇4噴火の前後でこのような大きな差が生じ
−100−
ていることは,統計的なばらつきというよりも阿蘇の活動性に相当な
変化があったと解釈するのが相当である旨主張する。
b前記主張に沿う知見として,以下のものがある。
宇和盆地におけるボーリングコアによれば,阿蘇1噴火から阿蘇
4噴火までの約20万年間に単純に平均すると約1万年に1回程度5
の頻度で宇和盆地まで火山灰を降下させるような規模の噴火活動が
あったものと考えられるが,阿蘇4噴火後の最近9万年間において
宇和盆地に阿蘇起源の降灰が認められないことは,それまでの降灰
間隔である約1万年に1回から大きく外れるものである。この地学
的解釈において,このような大きなばらつきに比される事象が出現10
したと考えるよりも,むしろ,阿蘇4噴火以前と以降で噴火活動の
特性に相当な変化があったと解釈する方が妥当である(乙485
〔岡山大学大学院自然科学研究科の隈元崇准教授の意見書〕,また,
阿蘇4噴火前後の降灰状況の変化につき,乙481〔Tomohiro
Tsujiほか〕)。15
⒝星住らの研究等に基づくと,阿蘇3噴火と阿蘇4噴火の間には阿
蘇3噴火直後の苦鉄質マグマの活動期間があり,その後に前駆的な
珪長質マグマの小規模な噴火が繰り返し起きていた。また,阿蘇3
噴火前にも阿蘇4噴火前と同様に珪長質マグマが噴出している。阿
蘇4噴火後の9万年前以降については,特に草千里ヶ浜降下軽石が20
噴出した3万年前以降のマグマ噴出量は,苦鉄質マグマと比較して
珪長質マグマの噴出量が著しく乏しい。最近1万年間の噴火活動は,
苦鉄質マグマの活動で特徴づけられる。阿蘇4噴火後の噴火活動の
傾向は,阿蘇4噴火を含む破局噴火前に前駆的な珪長質マグマの噴
出が繰り返し起こっていた時期の状況とは明らかに異なっている。25
(乙482〔2∼8,14頁・愛媛大学社会共創学部の榊原正幸教
−101−
授の意見書〕,また,乙483〔星住英夫〕,484〔星住英夫ほ
か〕)
⒞宇和盆地におけるボーリングコアの分析結果によれば,阿蘇1な
いし4噴火といったカルデラ形成噴火由来のテフラに対して,複数
の組成的に類似したテフラが先行して噴出しており,大規模噴火5
(火山爆発指数=7)と組成が類似したマグマが,大規模噴火に先
立ち長期間同じ火山から噴出する可能性を示唆する(乙481
〔TomohiroTsujiほか〕)。
⒟前記②㋑の主張に沿う知見として,乙444(209∼213頁
・宮縁育夫ほか),最近1万年前以降に玄武岩質の噴火が卓越して10
いるという知見として,前記b⒝,⒞がある。
活動履歴に基づく検討3(前兆現象)について
a債務者は,カルデラ噴火の前兆現象として数百年前にカルデラ噴火
と組成の類似する珪長質マグマの流出的噴火が発生すると推定される
が(珪長質マグマの流出的噴火に加えて急激な地盤の上昇等も伴う。),15
現在の阿蘇においてそのような前兆現象は認められず,巨大噴火の発
生が示唆されるような状況にはない旨主張する。
b前記主張に沿う知見として,以下のものがある。
カルデラ噴火の前提として,数十万年から数万年という長い年月
をかけて巨大な珪長質マグマのマグマ溜まりが形成される必要があ20
り,その際には広域的な地盤の上昇を伴う。その後,カルデラ噴火
の前兆的な噴火として,溶岩が流出する形式の噴火が起こる。これ
により,マグマ溜まりの減圧でマグマの発泡が加速し,地盤の上昇
が急激に加速するようになり,この状態が100年∼数百年続き,
カルデラ噴火へと発展すると考えられる。なお,前兆的現象として25
は,噴火だけでなく,地震に伴う地すべり,斜面崩壊がある。この
−102−
ようにカルデラ噴火を引き起こす要因には,数十万年から数万年と
いう長期にわたるマグマプロセスとともに最終的には100年単位
の短期的なマグマの急速な移動・蓄積のプロセスが続くものと考え
られる。阿蘇において,過去数百年以内に珪長質マグマの流出的噴
火が観測されていないから,今後数百年以内にカルデラ噴火が発生5
することはないであろう。(乙463〔33∼35頁・鹿児島大学
の小林哲夫名誉教授の報告書〕,518〔18∼21頁・小林哲夫
の日本火山学会の一般公開イベントにおける一般向け説明〕)
⒝前記b⒞の知見もこれに整合的である。
以上によれば,阿蘇の活動履歴(火山噴出物,活動態様の変化,前兆10
現象)の検討に基づく債務者の主張は,これに沿う知見を踏まえたも
のであり,相応の合理性を有するものということができる。
地球物理学的調査に基づく検討1(地震波等を用いたマグマ溜まりの
探査等)について
a債務者は,巨大噴火を発生させるマグマ溜まりは,珪長質かつ巨大15
で地下浅部に達している可能性が高いと考えられるところ,阿蘇の地
下浅部には地下6㎞のマグマ溜まりが確認されているものの,これは
中岳の活動に関連すると考えられており,ここに蓄積されているマグ
マは玄武岩質であると考えられる。さらに,地下約6㎞のマグマ溜ま
りは規模の点でも広がりが制限されており,かつ縮小傾向にあること20
から,巨大噴火を起こすとは考え難い。なお,地下約15㎞にシル
(岩盤や地層に水平方向に貫入したマグマ)状のマグマ溜まりがある
が,これは地下約6㎞のマグマ溜まりとの関連が指摘されており,こ
れも玄武岩質であると考えられ,また,地下15∼25㎞にある地震
波低速度領域(債務者準備書面71頁の図15でLBと表示されて25
いる領域)は熱源と対応しないので,そこで新たな溶融マグマは生成
−103−
されてはおらず,いずれも巨大噴火を起こす原因とはならない旨主張
する。
b前記主張に沿う知見として,以下のものが存在する。
巨大噴火を発生させるマグマ溜まりは,珪長質かつ巨大で地下浅
部に達している可能性が高いという点については,前記bの知見5
がある。
⒝地震波は,地下の物体を通って地表まで届くところ,その速度は,
地震波が通る岩盤や岩石の剛性率(物体に横から力が加わったとき
〔ずれ〕による,物体の変形のしにくさ)や密度により変化し,温
度が比較的低い岩盤等を通るときは地震波の速度が速く,岩盤が一10
部融解するなどして温度が比較的高い岩盤や,熱水やマグマ等の液
体が多く含まれている岩盤等を通るときは地震波の速度が遅くなる。
これを利用し,複数の地震による地震波到達時間を解析することで,
地下のどのあたりに地震波が低速度となる速度異常領域があるのか
を推定することができる。(乙486〔4頁・京都大学の井口正人15
教授〕)
⒞阿蘇において行われた水準測量と3次元地震波速度構造を合わせ
て検討すると,現在活動中の中岳火口直下には地震波低速度領域が
なく,約3∼4㎞西の草千里直下の深さ約6㎞地点で地震波低速度
領域が発見されており,これは直径3∼4㎞程度のマグマ溜まりで20
あると推定される。このマグマ溜まりは,中岳火口の火山活動の供
給源となっていると考えられる。水準測量結果により求められた,
草千里付近の沈降をもたらした減圧力源は,マグマ溜まりの収縮を
意味すると考えられる。(甲G2〔296,300∼304頁・須
藤靖明ほか〕。このマグマ溜まり又はこれと中岳の関係に関するも25
のとして,乙488〔AdrianoNobileほか〕,489〔MakiHataほ
−104−
か〕)。
⒟前記b⒞ないしの知見もある。
地下6㎞付近のマグマ溜まりは全体として縮小傾向にあり,長期
間の水準測量データを踏まえると,現在の阿蘇は1937年と比較
して草千里側が10㎝以上低いことから,1930年代と比べてマ5
グマ総量が約10百万㎥少なくなっている。その縮小の理由は継続
的な火山ガスの放出によることなどから,今後の阿蘇の火山活動は
大規模なカルデラ噴火が起こるような状態ではないと推定される
(乙438〔25∼28頁・京都大学の大倉敬宏教授の報告書〕)。
⒡地下約15㎞のシル状のマグマ溜まりと地下約6㎞のマグマ溜ま10
りの関連性についての知見として,乙490(松島喜雄ほか),4
91(K.Unglertほか・なお,乙482〔10頁〕)がある。
⒢地下15∼25㎞にある地震波低速度領域は,熱源が存在しない
ので,そこで新たな溶融マグマは生成されていないと考えられる
(乙506〔YukiAbeほか〕)。15
地球物理学的調査に基づく検討2(地殻変動)について
a債務者は,巨大噴火では火山活動に伴う地殻の変動として,巨大な
マグマ溜まりの形成に伴い,地表に大きな変形がある,広域的な地盤
上昇を伴うとされているところ,阿蘇では継続的かつ広域的な地盤の
隆起は認められず,逆に阿蘇カルデラ全体の地盤が継続的に火山性と20
考えられる沈降を示しているから,現在の阿蘇は,巨大噴火に向けた
マグマ溜まりの拡大が認められるような状態ではないと考えられる旨
主張する。
b前記主張に沿う知見として,以下のものがある。
マグマ溜まりの形成によって壁岩が加熱されると脆性破壊強度よ25
りも塑性変形強度が小さくなりうるため,開口割れ目を形成する前
−105−
に母岩が流動変形して応力集中を解消する。その場合,母岩は延性
変形により大きな変形をこうむるため,マグマ溜まりの拡大にした
がって地表に大きな変形をもたらすと期待される。(乙464〔下
司信夫・106頁)
⒝マグマ溜まりの形成に伴う広域的な地盤の上昇について,前記5
bの知見がある。
⒞GPSによる日本列島の上下変動観測の分析によれば,九州の中
央部の沈降域が見られる。この領域では,阿蘇カルデラ内の3つの
観測点全てと九重山近傍にある観測点が沈降している。特に阿蘇山
周辺の沈降はカルデラ内に限られることから,別府島原地溝帯全体10
が沈降しているのではなく,阿蘇山カルデラ及び九重山に関連する
火山性の沈降である可能性が高い。(乙495〔229,221頁
・村上亮ほか〕)
⒟1893年,1941年,1964年,1988年,2003年
に行われた水準測量のデータから100余年の上下変動について検15
討した結果,20世紀の傾向としてはカルデラ域はその周辺に対し
て沈降傾向にあったといえる。1941年以降の傾向としては。新
たなマグマの供給はなく,極めて活動度は低い状態にあるといえる
(乙496〔森済〕)。
阿蘇の沈降とマグマ溜まりの収縮については,前記b⒞,の20
知見がある。
以上によれば,阿蘇カルデラの地球物理学的調査(地震波等を用いた
マグマ溜まりの探査,地殻変動等)の検討に基づく債務者の主張は,
これに沿う知見を踏まえたものであり,相応の合理性を有するものと
いうことができる。25
また,債務者の阿蘇カルデラの活動履歴の検討及び地球物理学的調査
−106−
の検討を踏まえた前記主張については,以下のとおり,複数の専門家
がこれを支持する意見を述べている。
aNRC(米国原子力規制委員会)の元上級顧問であり,火山ハザー
ド評価に関する最初の国際的に合意された標準である2012年のI
AEA立地安全性ガイドライン第21号「原子力施設の立地評価にお5
ける火山ハザード」と2016年のIAEA技術文書‐1795「原
子力施設の火山ハザード評価:立地評価の手法と事例」の主著者であ
るBrittainE.Hill博士(乙526)は,次のような意見を述べてい
る(乙527)。
阿蘇火山は,阿蘇4噴火のような大規模噴火が再び発生する確率を10
有意に算定できない複雑なマグマシステムを有しており,数値的な発
生可能性を明らかにすることは困難である。しかし,入手可能な最善
の科学的知見を用いることによって本件原子炉の健全性や安全性評価
のために阿蘇4噴火のような噴火が起こることを考慮すべきかどうか
を判断することは可能である。多くの入手可能な技術的な知見が近い15
将来すなわち,本件原子炉の運転期間である40年間において,阿蘇
4タイプの噴火が発生するとの合理的な解釈を支持しているのであれ
ば,「考慮すべき」ということになるし,反対にこれらが前記期間に
前記のよう噴火が発生しないとの合理的な解釈を支持している場合に
は,「考慮すべきではない」と解釈することになる。20
過去約1万年間において,阿蘇火山の噴火は中岳付近において発生
してきたが,これらの噴火は主として玄武岩質であり,安山岩及びデ
イサイトの量は比較的少ないという研究等から阿蘇火山のマグマシス
テムの現在の状態は阿蘇4噴火時と比較すると,より少量のより深部
の玄武岩質なマグマが独立した挙動を示す小規模で分離したマグマ溜25
まりを形成しており,阿蘇4噴火のような一様の挙動を示す大きな単
−107−
一のマグマ溜まりを形成していない。その結果として,将来的に阿蘇
4タイプの噴火が発生するためには,大量の進化したマグマを生産し,
単一の大規模なマグマ溜まりを形成するように,現在(すなわち,1
万年前以降)のマグマシステムに重大な変化が起こる必要があるが,
数年から数十年間の期間に阿蘇火山においてそのような大きな変化が5
起こることは不可能である。
現在,阿蘇の地下に大規模な(例えば,200㎦を超えるような)
マグマ溜まりが存在していれば,現在の地球物理学的手法(地震波ト
モグラフィなど)を用いれば,小規模なものより容易に検出すること
ができるが,地震波の伝播に関する研究でははるかに小規模のマグマ10
溜まりしか確認されていない。さらに,もし現在,阿蘇火山の地下に
阿蘇4タイプの大規模なマグマ溜まりが存在しているとすれば,その
マグマは必然的にマグマの周囲や上にある岩盤よりも低密度であるか
ら,大量の低密度の物質が高密度の岩盤をすり抜けて上昇しようとす
ることに伴って発生する応力のため,地表面は上方へ変形する明確な15
兆候を示すであろうが,詳細な地表での調査や衛星による測定による
と,阿蘇火山においてわずかな沈降が示されるのみであり,それは中
岳におけるマグマプロセスと関連している。これらの詳細な地殻変動
の調査によると,阿蘇火山の地下に阿蘇4タイプの大規模なマグマ溜
まりが存在するという証拠は何もない。20
阿蘇火山のマグマシステムの現状を踏まえると,入手可能な技術的
知見は,阿蘇4タイプの噴火は,本件原子炉の安全性評価上考慮すべ
き事象ではないことを示していると考える。
b愛媛大学社会共創学部の榊原正幸教授は,多くの科学者によって公
表された科学的データを広く検討し,阿蘇火山の過去の破局噴火の噴25
火履歴に基づく検討として前記b⒝の意見のほか,地球物理学的デ
−108−
ータから推定されている現在のマグマ溜まりが小規模かつ苦鉄質マグ
マであること及び地殻変動データから1930年以降でマグマ溜まり
が収縮している傾向にあること等から,現在の阿蘇火山の状態は破局
噴火を起こすような珪長質で大規模なマグマ溜まりが存在している可
能性は非常に低く,本件原子炉の運用期間中において,破局噴火が起5
こる可能性は極めて低く,阿蘇4噴火のような過去最大規模の破局噴
火となれば,その可能性はさらに低いものであると評価される旨の意
見を述べている(乙482)。
ウ債権者らの主張疎明について
債権者らは,現在の火山学の水準では噴火がいつ,どのような規模で10
起こるのか予測することはできないから,本件原子炉は立地不適であ
る旨主張する。
a「原子力施設における火山活動のモニタリングに関する検討チーム」
の提言とりまとめ(甲G18,以下「モニタリング提言とりまとめ」
という。)15
原子力規制委員会は,原子力施設設置者が火山活動のモニタリン
グを実施し,噴火可能性につながるモニタリング結果が観測された
場合に原子炉の停止等の対処が実施される方針の策定を求め,ま
た,原子力規制委員会としても,原子力設置者が行うモニタリング
によって巨大噴火につながる可能性のある観測データの変化が確認20
された場合には,運転停止命令を含む対応の要否について判断する
ことが必要となることも考えられるとして,こうした対応に資する
火山学上の知見や考え方を整理するため,国内の行政機関・研究機
関に属する火山地質学分野,火山物理学分野及び地球化学分野の専
門家によって構成される「原子力施設における火山活動のモニタリ25
ングに関する検討チーム」を設置し,同検討チームは,平成26年
−109−
8月から平成27年7月まで7回の会合を行い,同月31日に提言
をとりまとめた。
⒝同検討チームにおいて,基本的考え方として合意された内容は以
下のとおりである。
国内の通常の火山活動については,気象庁が防災の観点から115
0の活火山について「噴火警報・予報」を発表することになってい
るが,噴火がいつ・どのような規模で起きるかといった的確な予測
は困難な状況にある。また,未知の巨大噴火に対応した監視・観測
体制は設けられていない。
VEI6以上の巨大噴火に関しては発生が低頻度であり,モニタ10
リング観測例がほとんど無く,中・長期的な噴火予測の手法は確立
していない。しかし,巨大噴火には何らかの短期的前駆現象が発生
することが予想され,モニタリングによって異常現象として捉えら
れる可能性は高い。ただし,モニタリングで異常が認められたとし
ても,いつ・どの程度の規模の噴火にいたるのか或いは定常状態か15
らの「ゆらぎ」の範囲なのか識別できないおそれがある。
このような状況を受け,また原子力施設における対応には期間を
要するものもあることも踏まえれば,原子力規制委員会の対応とし
ては,予測の困難性や前駆現象を広めにとらえる必要性があること
から,何らかの異常が検知された場合には,モニタリングによる検20
知の限界も考慮して,“空振りも覚悟のうえ”で巨大噴火に発展す
る可能性を考慮した処置を講ずることも必要である。また,その判
断は,原子力規制委員会・原子力規制庁が責任を持って行うべきで
ある。
⒞また,同検討チームにおいて,原子力規制委員会をはじめ国全体25
として検討すべき今後の検討事項として合意された内容は以下のと
−110−
おりである。
モニタリング方法の具体化等として,地殻変動,地震活動以外の
手法,観測地点の拡充,火山活動やマグマ溜まりを調査するために
最新の探査方法,解析手法の適用,巨大噴火に発展する可能性を考
慮した処置を講ずる判断の目安及びその設定・改定の考え方等を検5
討していくべきである。
火山学上の知見の整理として,国内外の過去の巨大噴火事例に関
する地球科学的研究,巨大噴火における前駆現象に関する地球科学
的研究,火山監視に適用可能な最新の地球科学的観測研究に関する
知見の収集・整理等を行うべきである。10
bモニタリング提言とりまとめによれば,巨大噴火については,中・
長期的な観測手法は確立しておらず,巨大噴火の時期,規模を的確に
予測することは困難であり,これを改善するためには,今後,原子力
規制委員会や国において,モニタリング方法の具体化や火山学上の知
見の収集・整理等を進めていく必要があると認められる。実際に平成15
30年3月時点で原子力規制委員会が策定する原子炉の停止等に係る
判断の目安について原子炉火山部会において検討中である(乙45
3)。
しかしながら,モニタリング提言とりまとめにおいても,巨大噴火
には何らかの短期的前駆現象が発生することが予想され,モニタリン20
グによって異常現象として捉えられる可能性は高いとされている。巨
大噴火の前兆現象については,前記イb(前兆現象),b(地
殻変動)の知見のほかにも,通常とは異なる前兆的な噴火現象,地殻
変動,強い火山性地震を指摘する知見(甲G93〔180頁・巽好
幸〕)やカルデラ火山である箱根山(乙502)において,4万年前25
に発生した大規模噴火を起こす可能性の有無について,こうした噴火
−111−
には前兆として大きい地震や地殻変動を伴うはずであり,こうした前
兆が観測されていないこと,地殻変動や地震波解析から得られる地下
深部の構造からは,箱根の地下に巨大なマグマ溜まりが存在するよう
には見えないことから,大規模な噴火を起こす可能性は少ないという
知見がある(乙503〔特定非営利活動法人日本火山学会〕)。5
c現在,阿蘇カルデラにおいて,巨大噴火の前兆現象として想定しな
ければならない兆候が生じていることを認めるに足りる疎明資料はな
い。なお,気象庁の噴火警報・予報によれば,平成30年6月28日
現在,阿蘇山に噴火警報は発表されておらず,噴火警戒レベルは1
(活火山であることに留意)で,火山活動の状況は,「火山活動は静10
穏。火山活動の状態によって,火口内で火山灰の噴出等がみられる
(この範囲に入った場合には生命に危険が及ぶ)。」というものである。
(乙450ないし452)
また,現在の科学では,巨大噴火の予測が困難であることを指摘し,
原子力発電所の安全性の程度としては,阿蘇でVEI7の巨大噴火が15
起こることを想定すべきであるとの意見を述べる専門家も,それが数
年後なのか,数万年後なのかわからないという意見であり(甲G13
〔須藤靖明〕),巨大噴火が近い将来に生ずる危険性を根拠をもって説
明するものではない。
d以上によれば,巨大噴火については,中・長期的な観測手法は確立20
しておらず,巨大噴火の発生時期,規模を的確に予測することが困難
であることを踏まえても,本案判決が確定するまでの間に巨大噴火が
発生する可能性は低いというべきである。債権者らは,巨大噴火の前
に地殻変動が観測されないなど前兆がない場合があり得る旨主張する
が,モニタリング提言とりまとめや前記bの知見によれば,何らの前25
兆現象もないままに巨大噴火が生ずる可能性というのは抽象的なもの
−112−
にとどまるというべきであり,前記判断を左右しない。
債権者らは,現在の地球物理学的調査では,地下のマグマ溜まりの体
積を噴火予測に役立てられるような精度で推定することはできない旨
主張し,これに沿う知見も存在する(甲G13〔須藤靖明〕,139
〔三ケ田均〕等)。そのため,地球物理学的調査に基づくマグマ溜まり5
の推定に関する債務者の主張に沿う知見には,科学的に不確実な要素
があることは否定できない。ただし,債権者らの主張に沿う知見も近
い将来に巨大噴火を引き起こすようなマグマ溜まりは,あるとも,な
いとも確定的な判断はできないというものであり(甲G13),巨大噴
火が近い将来に起こすようなマグマ溜まりが存在するというものでは10
ない。
債権者らは,債務者が地下約6㎞のマグマ溜まりが玄武岩質であると
主張している点について,一般に地下構造は複雑であるため,噴出物
から地下のマグマ溜まりの性質が珪長質か,安山岩質か,玄武岩質か
的確に判断することはできない旨主張し,これに沿う知見も存在する15
(甲G13〔須藤靖明〕)。そのため,債務者の前記主張に沿う知見に
は科学的に不確実な要素があることは否定できない。
その他にも,債権者らが,債務者の主張に沿う知見につき,それと異
なる可能性が否定できない旨を主張する点があるが,債務者の前記主
張に沿う知見には科学的に不確実な要素があるとしても,各種の知見20
を総合的に判断した債務者の前記主張が相応の合理性を有することは
否定できない。
エ以上で検討したところによれば,もともと巨大噴火は極めて低頻度な
事象であるから,本件原子炉の運用期間と比較しても相当短期間である本
案判決が確定するまでの間に,巨大噴火が阿蘇で発生する可能性は,一般25
的に非常に低い(しかも,立地評価の場面で問題となるのは,過去約25
−113−
8万年間における日本で最大規模の噴火である阿蘇4クラスの噴火が発生
する可能性であり,巨大噴火一般よりも更に可能性が低い。)と考えられ
るところ,阿蘇に関する各種調査結果を踏まえてその可能性が低いとする
債務者の主張も相応の合理性を有するものである。また,阿蘇において,
巨大噴火の前兆現象として想定しなければならない兆候が生じているとは5
認められないことに照らしても,その可能性は非常に低いというべきであ
る。そうすると,巨大噴火による過酷事故のリスクが債権者らに著しい損
害又は急迫の危険と評価される程度の人格権侵害をもたらすものとはいえ
ない。巨大噴火については,中・長期的な観測手法は確立しておらず,巨
大噴火の時期,規模を的確に予測することが困難であることをもって,巨10
大噴火による過酷事故のリスクが債権者らに重大な損害又は急迫の危険を
もたらすものであると評価することはできない。したがって,仮に阿蘇で
阿蘇4噴火に匹敵する巨大噴火が生じた場合に火砕流が本件発電所敷地に
到達する蓋然性の有無を論ずるまでもない。
阿蘇を含む火山の噴火による降下火砕物(火山灰)により過酷事故が起こ15
るリスクについて
ア降下火砕物の最大層厚について
債務者は,九重山第一軽石を検討対象とし,その噴出量を6.2㎦と
して,降下火砕物の最大層厚を15㎝と想定しているところ(前提事実
オ),債権者らは,阿蘇カルデラにおけるVEI7,VEI6又は20
VEI5中最大級である約10㎦の噴火,姶良カルデラにおけるVEI
7又はVEI6の噴火,鬼界カルデラ,加久藤・小林カルデラ,阿多カ
ルデラにおけるVEI7クラスの噴火が発生する可能性が否定できず,
これらが発生すれば,本件発電所敷地に15㎝を上回る降下火砕物が降
下する可能性が存在する旨主張する。そこで,本案判決が確定するまで25
の間にそのような事態により本件原子炉で過酷事故が起こるリスクが債
−114−
権者らに著しい損害又は急迫の危険と評価される程度の人格権侵害をも
たらすものといえるかどうかを検討する。なお,債権者らは,これらの
噴火の可能性がないこと,又はこれらが起きるとしても降下火砕物の想
定が15㎝で足りることについて債務者が疎明すべきである旨主張する
が,前記1のとおり,当裁判所は,債務者にそのような疎明責任があり,5
その疎明がない限り,債権者らに著しい損害又は急迫の危険と評価され
る人格権侵害があると推認するというような判断手法は採用しない。
前提事実オのとおり,本件発電所敷地付近では,約7300万年
前の鬼界アカホヤ(K-Ah)火山灰が20∼30㎝,約3∼2.8万
年前の姶良(AT)火山灰が20㎝∼50㎝,約9∼8.5万年前の阿10
蘇4火山灰が15㎝以上であったとされている。これらの噴火は,その
噴出量がそれぞれ170㎦超,450㎦超,600㎦超とされており
(乙462,いずれもVEI7),これらのカルデラで再びこのような
噴火が起きた場合には本件発電所敷地に15㎝を超える降下火砕物が降
下するおそれがあるということはいえる。15
阿蘇カルデラ
前記⑵で説示したところによれば,本案判決が確定するまでの間に阿
蘇カルデラで巨大噴火が生ずる可能性は低いというべきである。
VEI5クラスの中で最大級(噴出量が10㎦に近いもの)の噴火の
おそれについても,VEI6クラスに接するレベルの噴火であり,VE20
I6クラスと殊更区別してその可能性が高いということはできない。
姶良カルデラ
京都大学の井口正人教授は,過去の研究によると,姶良カルデラ噴
火のようにカルデラを形成するVEI7クラスの噴火は,地下数キロ
の比較的浅所に蓄積したマグマが噴出すると考えられているが,地震25
波トモグラフィーによる3次元地震波速度構造の調査結果等から,現
−115−
在,姶良カルデラ下では地下数㎞に大規模なマグマ溜まりが蓄積して
いる状態ではなく,VEI7以上の破局的噴火が発生する可能性は低
いと考えられるとしている(乙486)。
姶良カルデラにおいては,約9万年前に福山降下軽石を噴出した噴
火(噴出量40㎦以上。VEI6)が起きているが,本件発電所敷地5
の南東約15㎞に位置する宇和盆地のボーリング調査では,約33万
年前のKkt火山灰以降の主要な広域火山灰が全て含まれているのに,
福山降下軽石の堆積層が確認できない(前提事実オ,乙290,
審尋の全趣旨,なお,乙481参照)。
鬼界カルデラ10
産業技術総合研究所の斎藤元治主任研究員は,マグマ中で揮発性成
分が飽和し,気泡が形成されると,マグマ溜まりからマグマが上昇す
る駆動力となるが,鬼界カルデラは,7300年前の鬼界アカホヤ噴
火マグマに比べ,揮発性成分の濃度が低下していること,同噴火から
の時間間隔も短く,マグマ蓄積の時間も少ないこと,深部からの大量15
のマグマ上昇やマグマ溜まりの膨張を示唆する地震や地殻変動も現在
起きていないことを考え合わせると,鬼界アカホヤ噴火のような破局
的噴火がすぐに起きる状況にはないと推論できるとしている(乙51
2)。
阿多カルデラ及び加久藤・小林カルデラ20
京都大学の大倉敬宏教授は,測地学的手法による火山活動の観測によ
る知見として,①阿多カルデラは,基線長に変化がなく,火山活動に伴
う地殻変動は観測されておらず,マグマの消費量も乏しい火山であり,
マグマ溜まりへの供給量もほぼない,②加久藤・小林カルデラは,新燃
岳の活動に伴う基線長の変化は観測されているが,その変動源はカルデ25
ラの下に存在するものではなく,カルデラにおける火山活動に伴う地殻
−116−
変動は観測されていないことから,これらのカルデラは,大規模な火山
活動が近い将来発生するような状況にはないと推察できるとしている
(乙438)。
南九州のカルデラから見て本件発電所敷地は北北東の方角に位置して
おり,降下火砕物の堆積分布に影響を及ぼす偏西風(乙378)の風下5
から外れている。
降下火砕物の層厚についての確率論的評価
aIAEAが2012年に刊行した火山の安全ガイド(原子力施設の
立地評価における火山災害について)の策定に関与した東京大学地震
研究所火山噴火予知研究センターの中田節也教授は,火山事象の不確10
実性を考慮すると,降灰について保存状態の良いデータ群に基づく確
率的評価はIAEAの上記安全ガイドの考え方に照らしても順当であ
ると考えられる,宇和盆地で掘削したボーリングデータには約33万
年前に噴出した加久藤火山灰(Kkt)以降,同所に降下したと想定
される広域火山灰が全て地層として残されており,過去の噴火履歴に15
ついて高精度のデータであるといえるから,降灰ハザードの確率的評
価を実施することが可能であるとしている(乙514)。
b岡山大学大学院自然科学研究科の隈元崇准教授は,宇和盆地のボー
リングデータを用いて本件発電所敷地周辺における降下火砕物の層厚
に関する確率論的評価を行い,15㎝を超える降灰は35万年評価で20
年超過確率1.7∼2.5×10−5
と求められ,本件発電所敷地に厚
い降灰をもたらすような巨大噴火の発生に関する確率論的評価として
は,客観的にも相応に低確率として認識される値であるとしている
(乙485)。
cなお,債権者らは,宇和盆地のボーリングデータの正確性に疑問を25
呈し,過小評価の疑いがあると主張するが,本件発電所敷地周辺にお
−117−
いて15㎝を超える降下火砕物が降下する確率が極めて低いとの知見
が相応の合理性を有することを否定するほどの立証はない。
以上で検討したところによれば,債権者らが本件発電所敷地において
15㎝を超える降下火砕物が降下する可能性が存在することの根拠とし
て主張する火山の噴火(前記)については,もともとVEI7及びV5
EI6の噴火が極めて低頻度であることに加え,個々のカルデラについ
ても近い将来にこうした噴火が起きる可能性は低いという知見が存在し,
確率論的評価によっても本件発電所敷地において15㎝を超える降下火
砕物が降下する噴火は極めて低頻度であるという知見が存在する。そう
すると,前記⑵ウで説示したように巨大噴火の中・長期的な観測手法は10
確立しておらず,巨大噴火の発生時期や規模を的確に予測することが困
難であることや地球物理学的調査に基づくマグマ溜まりの推定に関する
知見等には科学的に不確実な要素があることは否定できないことを考慮
したとしても,本案判決が確定するまでの間に火山の噴火によって本件
発電所敷地に15㎝を超える降下火砕物が降下する事態が起こる可能性15
は非常に低いというべきである。
さらに,債務者は,本件原子炉の原子炉建屋及び原子炉補助建屋につ
き,15㎝の降下火砕物堆積荷重に対して余裕を持たせた許容荷重を設
定しており(乙515),実際に降下火砕物が降下する事態となった場
合には除灰を実施して建屋や屋外の設備等に長期間降下火砕物の荷重を20
かけ続けないようにする運用手順を定めている(乙516)から,本件
発電所敷地に15㎝を超える降下火砕物が降下するような噴火が起きた
からといって直ちに本件原子炉から放射能が外部に放出される事故が起
こるおそれあるとはいえない。
以上によれば,降下火砕物の最大層厚の問題につき,そのリスクが債25
権者らに著しい損害又は急迫の危険と評価される程度の人格権侵害をも
−118−
たらすものとはいえない。
イ降下火砕物の大気中濃度の想定及び吸気フィルタの閉塞
現時点における争点は,気中降下火砕物濃度約3.1g/㎥を前提と
した場合に本件原子炉の非常用ディーゼル発電機が機能しなくなるリス
クが債権者らに重大な損害又は急迫の危険と評価される程度の人格権侵5
害をもたらすものといえるか否かである。
証拠(争点2についての〔債務者の主張〕⑶イ,,ウ,エの
各事実の部分に記載のもの)及び審尋の全趣旨によれば,前記〔債務者
の主張〕⑶イ,,ウ,エの各事実が認められる。債権者らは,
債務者が現在講じている前記認定の新設備等による対策について具体的10
な問題点を指摘していない。争点2についての〔債権者らの主張〕⑷イ
の主張は,債務者の従来の対策に対する問題点の指摘にすぎず,債務者
の現在の新設備による対策,すなわち,分割されたカートリッジ式フィ
ルタの採用により非常用ディーゼル発電機の運転継続中にカートリッジ
式フィルタを順次交換できるようにし,火山灰の捕集率が向上した高性15
能のフィルタを装着したこと等を踏まえると,前提を欠くものが多い。
また,乙196(非常用ディーゼル発電機を製造した三菱重工業株式会
社の意見書)によれば,降下火砕物がフィルタに捕集されず,非常用デ
ィーゼル発電機の機関内に侵入した場合であっても,これにより機関が
摩耗したり,焼付きを起こして非常用ディーゼル発電機が機能を喪失す20
るおそれがあるとは認められない。また,債務者は,前記〔債務者の主
張〕⑶ウ,エの各認定事実のとおり,非常用ディーゼル発電機が機
能喪失した場合の対策も講じている。
以上によれば,降下火砕物の大気中濃度の想定及び吸気フィルタの閉
塞の問題につき,そのリスクが債権者らに著しい損害又は急迫の危険と25
評価される程度の人格権侵害をもたらすものとはいえない。
−119−
以上によれば,本件原子炉の運用期間に比べて相当短期間の本案判決が確
定するまでの間に,過去約258万年間における日本で最大規模の噴火であ
る阿蘇4クラスの巨大噴火が再び阿蘇で起き,その火砕物密度流によって,
本件原子炉で過酷事故が起こるリスク,または,阿蘇を含む火山の噴火によ
る降下火砕物によって本件原子炉で過酷事故が起こるリスクは,いずれも低5
いというべきであり,債権者らに著しい損害又は急迫の危険と評価される程
度の人格権侵害をもたらすものとはいえない。すなわち,そのリスクは,本
案判決の確定を待たずに仮処分命令をもって直ちに暫定的に除去しなければ
ならないほどの重大な損害又は急迫の危険には当たらないから,本件原子炉
の運転が債権者らの人格権を侵害するものとして,その差止めが認められる10
か否かは,現在係属中の本案訴訟によって決着されるべき問題である。
なお,本件のような仮処分命令申立事件において,特段の事情がないのに
本案訴訟とは別に仮処分命令申立てが繰り返されることは一般的には相当で
はないと解される。本件仮処分命令の申立ては,先行事件抗告審決定が本件
原子炉の運転差止めの期限を平成30年9月30日までに限定したためにさ15
れたものであるが,債権者らは,この期間限定に理由がないと考えていたの
であるから,先行事件抗告審決定のこの判断部分につき上訴して争うことも
可能であったともいえる。もっとも,本件仮処分命令申立ての時点では,被
保全権利を否定する判断が確定していたわけではなく,先行事件抗告審決定
により被保全権利が認められていた状況にあったこと等からすれば,債権者20
らが上訴によらず,前記期間満了後の本件原子炉の運転差止めを求めて二次
的な仮処分を申し立てたことが許されないとまではいえない。そのことは,
本件仮処分命令申立事件の実質的な審理が終了した後で先行事件異議審決定
により,債権者らの被保全権利を否定する判断が確定したこと(なお,債権
者らは,先行事件異議審決定につき,上訴していない。)によって,左右さ25
れるものではない。
−120−
よって,本件仮処分命令申立ては,いずれも理由がないから,これらを却
下することとし,主文のとおり決定する。
平成30年10月26日
広島地方裁判所民事第4部
裁判長裁判官藤澤孝彦
裁判官伊藤昌代
裁判官内村諭史10
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