弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件抗告を棄却する。
     抗告費用は抗告人の負担とする。
         理    由
 人身保護法により救済を請求することができるのは、法律上正当な手続によらな
いで身体の自由を拘束されている者で、(人身保護法二条)その拘束又は拘束に関
する裁判若しくは処分が権限なしにされ又は法令の定める方式若しくは手続に著し
く違反していることが顕著である場合に限りこれをすることができるのである。(
人身保護規則四条本文)このように請求の理由を、権限、方式、手続の違反が、著
しく、且つ顕著である場合に限定したのは、人身保護法が、基本的人権を保障する
憲法の精神に従い、国民をして現に不当に奪はれている人身の自由を、迅速、且つ
容易に回復せしめることを目的として制定された特別な救済方法であるからである。
(人身保護法一条、同規則四条但書参照)
 そこで本件請求の当否を按ずるに、原決定の認定するところによれば、抗告人が
釈放を求めている被拘束者等は、いずれも連合国が戦争犯罪人として極東国際軍事
裁判所並びに日本国内及び国外の連合国戦争犯罪法廷において為した裁判により刑
の言渡を受けた者につき、拘束者は昭和二七年条約五号日本国との平和条約一一条
並びに同年法律一〇三号五条以下の規定に基き連合国最高司令官又は関係国から残
刑の執行のため引渡された者につき、その執行のために拘束しているものである。
 よつて拘束者は右条約並びに法律の定めるところに従い右法律六条に規定する刑
の執行を為すべき巣鴨刑務所長として、その職権により拘束しているのであるから、
拘束者の本件拘束を目して人身保護規則四条の拘束が権限なしにされ又は法令の定
める方式若しくは手続に著しく違反していることが顕著であるとはいえない。抗告
人は本件請求の理由として、平和条約一一条並びに法律一〇三号が憲法に違反する
となし、その前提に立つて本件拘束の不当を主張し、これに対する原審の判断が違
法であるとして本件抗告の申立をしているのであるが、抗告人の主張が人身保護法
並びに同規則の定める救済請求の理由に該当しないことは、以上説示するところに
より明らかであるから、原審は抗告人の右違憲の主張に対して判断を与えるまでも
なく、抗告人の請求は理由なきものとしてこれを排斥すべきである。しかしながら、
人身保護法一一条一項により抗告人の請求を棄却した原決定は結局において相当で
あるから、抗告人の本件抗告はその理由がないことに帰する。よつて抗告費用は抗
告人に負担せしめることとし裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。
 この決定は裁判官真野毅、同藤田八郎の少数意見を除く外裁判官全員一致の意見
である。
 裁判官真野毅の意見は左のとおりである。
 わたくしは、多数意見の結論には賛成であるが、その理由中において抗告人の違
憲の主張に対して何等の判断を与えることなく、ただ漫然と本件抗告を棄却した点
において、その法律判断に大きな誤りが存するものと考える。
 原審の認定によれば、本件拘束者は、昭和二七年条約五号日本国との平和条約一
一条及び同年法律一〇三号五条以下の規定に基き、連合国最高司令官又は関係国か
ら戦争犯罪人としての残刑の執行のため引渡された者をその執行のために拘束して
いるわけである。
 本件抗告の理由は多数意見も認めるごとく、前記平和条約一一条及び法律一〇三
号が憲法に違反するとなし、その前提に立つて本件拘束の不当を主張するのである。
 すなわち、本件拘束者は、本件被拘束者の人身を拘束する法律上の権限がない旨
を主張しているのである。
 それ故、本件人身保護請求を排斥するためには、前記違憲の主張は理由なく、本
件拘束者は、本件被拘束者の人身を拘束する適憲な法律上の権限があることを判断
しなければならぬわけである。
 それだのに、多数意見は、「拘束者は、右条約並びに法律の定めるところに従い、
右法律六条に規定する刑の執行を為すべき巣鴨刑務所長として、その職権により拘
束しているのであるから、拘束者の本件拘束を目して、人身保護規則四条の拘束が
権限なしにされ……ていることが顕著であるとはいえない」とし、「右違憲の主張
に対して判断を与えるまでもなく、抗告人の請求は理由なきものとしてこれを排斥
すべきである」と判断している。
 これは、甚だしく物の本末を倒さまに見た理論構成ではあるまいか。一国の法制
は言うまでもなく憲法が基本であつて、拘束者が適憲な法令によつて被拘束者の人
身を拘束する法律上の権限を有しない場合には、常に人身保護の請求は認めらるべ
きものである。
 されば、本件においては多数意見のごとく前記違憲の主張について判断を与えず、
前記条約及び法律一〇三号により拘束していることを認めるだけでは、本件拘束が
果して適憲かつ適法な権限に基いてなされているかどうかを知ることができない。
従つて、人身保護の請求を認むべきかどうか、また本件抗告の理由があるかどうか
を知ることができないはずのものである。
 次に、多数意見は、人身保護規則四条にいわゆる「拘束……がその権限なしにさ
れ……ていることが顕著である場合」に該当しないから、本件人身保護の請求は理
由なきものとして排斥すべきであるとしている。しかし、本件で拘束の権限が有る
か無いかは、一に前記違憲主張の憲法解釈如何のみに係つている。そして、最高裁
判所は適憲・違憲の決定をする終審裁判所である(憲法八一条)。それ故、憲法解
釈の判断がいかに難事であつても、当該事件の適用に必要である限り、憲法上の職
責としてその判断を示すことを要し、これを拒否することはできない。常に適憲か
違憲かを判断すべきものであつて、違憲が顕著でないことを理由として、違憲の主
張に判断を与えないわけにはいかない。これが憲法の要請するところである。わた
くしは、拘束の法律上の権限の有無が、条約法令等の適憲・違憲に係つている場合
に、多数意見のように、人身保護規則四条を盾として違憲の主張に判断を与えない
態度をとることには、到底賛同することを得ない。なぜならば、それは著しく本末
を転倒した議論であるのみならず、人身保護の請求を違憲の場合にも制限する極め
て不当な結果を生ずるに至るからである。
 最後に、わたくしは所論の条約及び法律の規定は適憲であり、従つて本件におい
て拘束者は拘束について適憲な法律上の権限を有するものと考えるから、本件抗告
はその理由により棄却されるを相当とする。(ただ適憲についての詳細は、本件に
おいては述べないこととする)。
 裁判官藤田八郎の少数意見は次のとおりである。
 多数説は、「抗告人は本件請求の理由として、平和条約一一条並びに昭和二七年
法律一〇三号が憲法に違反するとなし、その前提に立つて本件拘束の不当を主張」
するものであることをみとめながら「抗告人の右違憲の主張に対して判断を与える
までもなく、抗告人の請求は理由なきものとしてこれを排斥すべきである」として
いるのは、畢竟、右違憲の主張は、人身保護規則四条の「人身保護請求の要件」に
合致しない、即ち右の主張は同規則四条にいわゆる「拘束に関する処分が、その権
限なしになされていることが顕著である場合」に該当しない、換言すれば、平和条
約並びに前示法律の違憲なることが顕著といえないという趣旨に出たものと解する
の外はない。自分は、条約又は法律が違憲であることが裁判所に顕著でないという
事由では人身保護の請求を拒否することはできないものと解する。ある条約または
法律が違憲であるかどうかについては、少くとも最高裁判所において、それが顕著
でないという理由で裁判を拒否することは許されないと思うからである。殊に本件
のごとき刑事裁判上の手続によつて、拘束されているものでなく、その拘束に対し
て他に救済の方法のない案件において、多数説のごとく、たゞ条約又は法律が違憲
なること、裁判所に顕著でないという理由で、人身保護の請求を排斥することをみ
とめるならば、かかる案件については、たとえ、それが違憲の処分でなされている
場合でも(そのことが顕著といえないかぎり)ついに人身の保護を受けろ道はなく、
人身保護法制定の目的は没却せられることとなるであろう。
 本件被拘束者等は、いずれも、連合国が戦争犯罪人として、極東国際軍事裁判所
並びに日本国内及び国外の戦争犯罪法廷における裁判により刑の言渡を受けた者で
あつて、拘束者は昭和二七年条約五号日本国との平和条約一一条並びに「同条によ
る刑の執行及び赦免に関する法律」(同年法律一〇三号)五条以下の規定に基き、
右刑の執行のために被拘束者等を、拘束しているものであることは、多数説説示の
とおりである。そもそも平和条約一一条は、わが国が敗戦の結果、一切の戦争犯罪
人に対する厳重な処罰条項を含むポツダム宣言を受諾し、その誠実な履行を約した
ことに基き、連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、かつ、これらの法廷がわが国民
に課した刑を平和克復后、わが国において執行することを約したものであつて、畢
意、ポツダム宣言の誠実な義務履行の一端に外ならないものである。しかして、日
本国憲法は、ポツダム宣言受諾の後に制定せられたものであつて、右憲法の条項の
中には、独乙国ワイマール憲法第一七八条(ベルサイユ講和条約の規定は同憲法に
より効力を妨げられることがない旨)のごとき規定は存在しないけれども、ポツダ
ム宣言受諾の効果は、日本国憲法により、その効力を妨げられるべきものでないこ
とは日本国憲法制定の由来等からして当然の理と解すべきであるから、前記のごと
く直接ポツダム宣言に基拠し、その義務履行の一端としてなされた平和条約一一条
のごときは、日本国憲法によりその効力を妨げられることのないもの―換言すれば
日本国憲法の効力の外にあるもの―と解すべきである。従つて、同条約一一条の条
項(ひいてはこれに基く、前示法律一〇三号の規定)が国際正義に合致するや否や
の論はさておき日本国憲法に違反する旨の抗告人の主張は見当違いの論であつて抗
告人の論旨はこの意味において、すべて排斥を免れないものである。(尚、本件被
拘束者D外三名に対する原決定の判示は正当である)
  昭和二九年四月二六日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    田   中   耕 太 郎
            裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    井   上       登
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    谷   村   唯 一 郎
            裁判官    小   林   俊   三
            裁判官    本   村   善 太 郎
            裁判官    入   江   俊   郎

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