弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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平成14年7月11日宣告
平成13年(わ)第544号,同第667号 詐欺,殺人被告事件
判       決
主       文
被告人を懲役11年に処する。
未決勾留日数中330日をその刑に算入する。
理       由
(罪となるべき事実)
第1 被告人は,A,B及びCと共謀の上,被告人が自動車事故に遭ったこ
とを奇貨として,D保険株式会社から保険金名下に金員の交付を受けよ
うと企て,真実は,事故当時,被告人は無職であって休業損害を被った
事実がないのに,Cが経営するE工業有限会社の従業員として継続的に
稼働して給料の支払を受けており,前記事故により,平成12年10月
27日から同年11月25日まで欠勤し続け,欠勤期間中の給与は全額
支給していない旨の内容虚偽の休業損害証明書等を作成した上,同年1
1月28日ころ,福岡市a区bc丁目d番e号のD保険株式会社F支店
において,同支店福岡サービスセンター課専門副長Gに対し,同休業損
害証明書等を提出するなどして自動車損害賠償責任保険契約に基づく休
業損害補償金の支払方を請求し,同人らをしてその旨誤信させ,よっ
て,同人らをして,同年12月4日,福岡市f区gh丁目i番j号株式
会社H銀行I支店の被告人名義の普通預金口座に21万円を,同月14
日,同口座に14万円を,それぞれ休業損害補償金名下に振込入金さ
せ,もって人を欺いて財物を交付させた。
第2 被告人は,被告人が運転手や使い走りをするなどして仕えていたAか
らAが借金をしていたJ(当時57歳)を殺害するよう依頼されたこと
から,Jを殺害することを決意し,平成12年12月4日午前0時34
分ころ,福岡市k区lm丁目n番o号付近路上において,Jに対し,殺
意をもって,その背部及び胸部等を所携の包丁様のもので多数回突き刺
すなどし,よって,そのころ,同所において,Jを左右肺刺創に伴う失
血により死亡させて殺害した。
(証拠の標目)<略>
(事実認定の補足説明)
第1 争点
判示第2の殺人について,被告人は,公判において,当初は公訴事実
を認めていたものの,その後,Kとの共犯で実行したものである旨供述
を変え,さらには,被告人らがJを刺した後に,LがJを刺した可能性
がある旨供述するに至っているが,当裁判所は,判示第2の殺人は被告
人が単独で実行したものと認定したので,補足して説明する。
第2 証拠上認められる動かし難い事実
関係各証拠によれば,以下の各事実が認められ,これらの事実につい
ては,その証拠の性質等からして動かし難いものとみられ,また,当事
者間に概ね争いがない。
1 平成12年12月3日午後9時ころ,Mは,Nとともに,J方を訪
れ,酒を飲みながらJと雑談しているうちに,懐具合の話になり,J
は「今日の12時ころに金を持ってくるやつがいる。それが入った
ら,貸してやる。」などと述べた。Jの携帯電話には,Mと雑談して
いる間にも,何回か電話が入っており,また,Jからも電話をしてい
たが,同月4日午前0時過ぎころ,Jは,どこかに電話した後,「O
に行こう。12時半ころ,香椎のOで人と会う。」などと述べて,
M,Nとともに,O香椎店へ赴いた。
2 同日午前0時18分ころ,Jらは,同店に入店したが,Jは,同日
午前0時23分ころ,Lに架電した後,Mに対し,「Lが5万円持っ
てくるから,5万円やっとく。」などと述べた。そして,その後,J
は,どこからか架かってきた電話を受け,話をした後,「Oが分から
んと言いよる。そこのPで待ち合わせした。何でも好きなものを注文
しとって。」などと述べて,同店を出ていった。
3 同日午前0時30分ころ,同店前を自動車を運転して通り掛かった
Qは,同店前の歩道上で,白っぽい服を着た男が黒っぽい服を着た男
を追い掛けていくのを目撃し,車両の速度を落としたところ,さら
に,黒っぽい服を着た男が倒れては起き上がって逃げ,白っぽい服を
着た男がこれを追い掛けては組み付き,黒っぽい服を着た男は少し先
の路地に逃げ込み,白っぽい服を着た男がこれを追っていくのを目撃
した。Qは,先に進み,いったん路地を通り越したが,車両をバック
させ,路地が見える位置まで戻って見ると,黒っぽい服を着た男が手
前に足を向けて路上に倒れており,そのそばに白っぽい服を着た男が
立っており,その手には細長い刃物が握られていた。
4 同日午前1時ころ,Lが,同店でJの帰りを待つMらのところにや
ってきて,「Jさんと一緒ですか。」などと尋ねた。Lは,Jが一人
で出ていったことを聞くと,「それは,まずかろ。」などと言って,
店の外に出て,同店の駐車場などを探したが,Jを見つけることはで
きなかったので,店の外に出てきていたMに対し,1万円札5枚を渡
し,Jに渡してくれるよう頼んだ。
5 同日午前7時15分ころ,出勤途中の会社員により,同店東側数十
メートルの袋小路の路上でJの死体が発見された。
6 同日午後1時ころから,Jの死体を解剖した結果,Jの死因は左右
肺刺創に伴う失血と認められた。死因に係る左右肺刺創は,①前胸部
右側から入り,創洞が後ろやや右微か上に向かい,胸壁を貫通して右
肺上葉を貫通後,右壁側胸膜後面に血腫を形成して終わる,創口から
の深さが約14センチメートルのものと,②左側胸部から入り,創洞
が右やや上に向かい,胸壁を貫通し,左肺下葉内に血腫を形成して終
わる,創口からの深さが約16~17センチメートルのものであった
が,これらは鋭利な刃器によるものと認められた。そのほかにも,J
には,頭部の1か所,頸部の2か所,背部の3か所に,さらに,左右
上肢及び左大腿前面の数か所にそれぞれ創傷が存し,これらの創傷は
いずれも上記の刃器による刺創,刺切創又は切創と考えて矛盾のない
ものであった。
第3 被告人の供述の変遷
本件殺人被告事件についての手続経過及び被告人の供述内容は以下の
とおりである。
1 平成13年5月9日,被告人は,本件殺人を被疑事実として通常逮
捕されたが,その際の弁解録取において,被告人は,「Jさんはよく
知っていますが,死んだことも知りませんでした。勿論私が殺したな
んてことはありません。」と述べた。
2 同月12日,被告人は,本件殺人を被疑事実として勾留されたが,
同月18日に,検察官が「まだ否認しているのか。」と尋ねたのに対
し,「黙秘します。」「私は,殺していません。」と答えるなど,否
認を続けた。
3 同月20日,前記勾留の期間は同月31日まで延長されたが,被告
人は,同月21日付けの警察官調書において,本件殺人を認めるに至
り,その後,警察官調書及び検察官調書において,要旨以下のとおり
述べた。
平成12年10月初めころ,被告人は,福岡に戻ったが,A以外に
頼るところがなかったことから,Aの運転手やAの妻R及び同女が経
営するスナックのホステスの送り迎えなどをしていた。Aは,Jに対
し,バクチの負けで200万から300万の借金があるようで,Jか
ら取立てを受けていたが,同年11月中旬過ぎになると,取立てが厳
しくなったのか,「Jの奴は殺らないかん。」と露骨に口にするよう
になった。同年12月1日夕方頃,Aから呼び出されて同人方へ行く
と,Aは,「トミお前が殺れ。殺るとはお前しかおらん。だいたいな
ら俺が殺るとばってんが,俺は,明日からZ組の当番たいのー。」な
どと言って,被告人にJを殺すよう命じてきた。被告人は,冗談じゃ
ないと思ったが,Aの態度や被告人の立場上,これを拒むことができ
ず,仕方なく「自分が殺ります。」と答えた。被告人は,その後,前
記スナックのホステスらを誘って近所の飲食店に行った際,Aの命令
であるため従わざるを得ないJ殺害に対する緊張感や恐怖感と,この
ようなことを自分に命じたAに対する不満から,我慢できずに,ホス
テスらに対し,ついAの悪口を言い,愚痴をこぼした。すると,この
ことをホステスから聞いたRが,同月2日,前記スナックにおいて,
被告人に対し,「あんたも,Aの名前語って生きとろうが。うちんと
がこんこと知ったら,あんた,殺されるばい。あんたは,やる,やる
言うけど,口ばっかりやろ。」「あごばかりたたかんで,自分でして
ごらん。」などと怒鳴り散らした。被告人は,同月3日午前2時こ
ろ,Rを自宅まで送る自動車の中で,Rから,再び「あんた,昨日,
うちんとにJば殺るって言いよったばってん,本当に殺りきるとね。
どうせ口ばっかしやろ。あんたJ殺らんやったら,逆にAから殺られ
るばい。覚悟しとかんね。」などと言われ,Jを殺さなければ自分が
殺されてしまうし,たとえ逃げ出してもAはどこまでも追って来るだ
ろうと考え,Jを殺すことを決意した。そして,Rを自宅に送り届
け,Rとともに自宅内へ入ると,奥の畳の部屋の机の上に,Aが護身
用として置いていたネクタイケース入りの柳刃包丁を手に取り,「こ
れで殺ります。」とRに言い,自動車の運転席シートの下に隠した。
同日午前10時過ぎころ,Aから「トミ,今日Jに金ば持って行くっ
て電話しとけ。後は,全てお前に任せとくけん。」などと電話で言わ
れ,実際に金などないのに,このように言うのは今日中に殺せという
ことだと理解し,午後3時ころ,Jに,「今日,親父から残りの金全
部を持って行くように言われています。今は,遠方にいますので後で
持って行きます。」などと架電した。その後,Jと電話をやりとりし
て,O香椎店で会う約束となった。同所付近に着くと,ケースに入れ
たままの柳刃包丁をズボンの後ろ側の腰のところに差して隠し,自動
車から降りて,Jに対して,「今,近くまで金を持って来ています。
Pのところにいます。Oがよく分かりません。」などと架電した。す
ると,Jが店外に一人で出てきたので,「ちょっとこっちに。」など
とOから離れる方向へ歩いていきながら,柳刃包丁を取り出し,右手
に持って,Jの上半身を刺そうとしたところ,Jが走って逃げようと
したので,無我夢中で,その背中に向けて何度か突き刺し,小さな路
地に逃げ込んだJの下腹付近を力一杯刺した。Jも,持っていた小さ
なバッグで殴り掛かってくるなど,必死で抵抗するので,必死で包丁
を振り回し続け,Jの上半身に向かって,何度か包丁で刺した。被告
人とJはともに倒れ込んだことがあったが,このときもJはまた立ち
上がったので,今度は両手でJの胸を力一杯刺した。すると,Jはそ
の場に倒れながら「A,貴様。」などと声を出していた。とにかく無
我夢中で,自分が殺らなければ逆にJから殺られてしまうという心境
だった。Jが死んだことまでは確認せず,とにかく直ぐ停めていた自
動車に乗り込むと,急いで現場から逃げた。犯行に使用した包丁は,
ネクタイケースに入れたまま,コンビニのビニール袋に入れてその口
を結び,福岡市f区g付近の橋の上から那珂川の中へ投げ捨ててい
る。
4 平成13年5月31日,被告人は,判示第2の事実と同旨の本件殺
人の公訴事実で起訴され,その後,同年7月30日に開かれた第1回
公判期日における罪状認否において,被告人は,「公訴事実のとおり
刺したことは間違いありませんが,私がやらなければ自分の方がやら
れるという気持ちで刺しました」旨述べた。
5 同年9月27日,第2回公判期日が開かれ,被告人は,被告人質問
において,「AやRからJを殺すようやかましくいわれて,Jを殺さ
なければ自分が殺されると思った。一応話しに行くつもりだった。フ
ァミリーレストランの場所が分からないから,近くのPまで来てくれ
んですかという感じでJを呼び出して,話しながら歩いて行く途中で
Jにバッグでポコンと叩かれたので,かーっとなって刺した。そし
て,包丁を見せたらまたバッグで仕掛かってくるので,逃げるときに
刺した。前にJがピストルを持っているのを見たことがあったので,
殺されるんじゃないかと無我夢中で刺した。何回刺したかは覚えてい
ない。包丁は警察官を案内したgの川で捨てたことに間違いない。J
の死体の傷については,警察で聞いたが,こんなに刺したかなと自分
では思う。ただ,順番は分からないにしても,全部自分が傷つけたも
のであることは間違いない。」旨述べた。
そして,同期日において,論告,弁論,結審予定の期日として,第
3回公判期日が同年11月1日午前11時に指定された。
6 ところが,被告人は,同年11月1日の第3回公判期日に先立っ
て,弁第10号証の「前回の裁判の時,検事さんが違う事をゆうの
で」で始まる書面を作成し,第3回公判期日において,同書面の取調
べとともに,被告人質問がなされ,被告人は従前の供述を一部翻す旨
述べたが,同書面及び同期日における被告人質問の内容は,概ね以下
のとおりである。
Aらに言われてJを一人で殺したと言っていたが撤回する。平成1
2年12月3日午後12時ころ,gに行って,K某にちょっともめる
かもしれないから一緒に来てくれるよう言って,Kを乗せて,Oまで
行き,Kを先に自動車から降ろし,Jが出てきてから,自分は自動車
から降りた。Jから「頼まれた金は。」と聞かれて,「5万しかな
い。」と答えると,Jが怒ってバッグで殴ってきたので,Kに持たせ
ていた包丁を取り,バッグを落としたとき,背中と腹を刺した。背中
を1回と腹を2回ぐらい刺しただけである。抵抗されて包丁を落とし
たとき,自分の手が切れたため,路地の奥の方に逃げた。洋服で血を
拭くなどしながら,後ろを振り向くと,KがJを刺していたので,そ
れを止めさせ,Kを先に自動車に乗せて,あとから自動車に乗った。
PにJを呼んだと言っているが,近くや周りにはPは全くない。包丁
は,Kをgで降ろしたときに橋の上から処分するように指示した。K
やSをかばってやっても,自分のことしか考えてなく,毎日独房で悲
しい思いをしているのに連絡も面会もないし,思いやりもないので本
当のことを言うことにした。まさかJが死ぬなんて思ってもいなかっ
た。Jを二人で刺し殺したことは間違いない。Kがこの事件にかかわ
っていることはAには話していない。捜査段階で,自分がJを殺さな
ければ自分が組長から殺されるんだと話したのは,警察のいうとおり
にした。
7 そこで,補充捜査のため,第4回公判期日は一旦追って指定とされ
た後,平成14年1月21日に開かれ,被告人の主張するK某がKで
あることが明らかになった。そして,同期日において,捜査段階にお
いて被告人を取り調べたTの証人尋問が行われた後に,被告人質問が
行われ,その中で,被告人は,さらに供述を変遷させたが,その新た
な供述内容は概ね以下のとおりである。
KがJを刺した場面は見ていない。KがJを刺したと言ったのは,
刺したんじゃないかと思ったからである。Kが帰るときにネクタイケ
ースを持っていたので,包丁が入っていると思って,Kに処分してお
くように言った。包丁が入っているか入っていないか知らないが,路
地に忘れてきたんじゃないかと思った。警察の取調べでは,Aがこげ
ん言いよるぞなどといろいろ言うので,勝手にしろと思って,警察が
こうやろうああやろうというままに認めた。警察がPやろうと言うか
ら,ああそうですよと言ったが,自分はPは知らない。二人で刺した
ということはAに言っている。Kと刺したと言ったが,Aには「嘘言
うな。」と言われた。Kが刺していないのであれば,Jを第三者が刺
したことになる。Lが1週間前に拳銃を持って,Jを殺すと言って探
していたらしく,Lが刺した可能性がある。
第4 検討
 1 そこで,検討するに,前記第3の3に要約した被告人の検察官調書及
び警察官調書は,その内容自体具体的かつ迫真的である上,被告人にし
か知り得ない突然AからJの殺害を命じられた被告人の心理的葛藤がよ
く録取されており,前記第2記載のJの言動,Qによる目撃状況やJの
死体の受傷状況などの客観的事実ともよく符合している。また,前記の
とおり,被告人は,当初否認していたものであるが,自白に転じた経緯
については,被告人自ら第2回公判において,周りに迷惑がかかるから
当初否認していたものの,「やっぱり自分がやったんやから,Jさんに
成仏してもらわな,Jさんが浮かばれんということで,本当のことを言
う気になりました。」(第2回公判調書中の被告人供述調書156項)
と述べているほか,証人Tの公判供述によれば,「平成13年5月18
日の午後6時過ぎに被告人を留置場から出すと,ちょっと顔つきが変わ
っていて,被告人が,ちょっと前かがみみたいになって,涙ながらに,
すみません,実は自分やったんだと言った。否認から自白に転じた理由
を尋ねると,Jの冥福を祈るということと,AのためにしたのにAは弁
護士もつけてくれないし,差入れもしてくれないということを言った。
ただ,被告人が自分もやくざの飯も食うてきとる男だし,二勾留の5月
21日から調書にして下さいという強い希望があったので,調書作成は
その希望に従った。」ということであり,自白に転じた経緯についても
合理的なものであると認められる。さらに,第2回公判における被告人
質問において供述するところも概ね同旨である上,U及びVが,被告
人,A,SとともにAA屋という食堂に行った際に,被告人からJの首
を切ったとか胸を刺したと聞いたと一致して供述し,Vが,さらに,胸
は2,3回刺した,十数回は身体を刺したりしてますよと被告人から聞
いた旨供述していることともよく符合している。そうすると,これらの
検察官調書及び警察官調書は,十分信用することができると認められ
る。
   これに対して,被告人は,これらの調書は,取調べにあたった警察官
から厳しく取り調べられるなどしたことから,その誘導にあわせたもの
であり,その一例としてPがその付近にあることなど知らなかったと主
張するが,証人Tの公判供述からはそのような状況は全く窺われないの
みならず,そもそも被告人がそのような主張を始めたのは第3回公判以
降であり,第2回公判における被告人質問においては,何らそのような
主張をしていなかったばかりか,検察官や警察官に対してはJの供養の
ためにも本当のことを正直に話した旨供述し(同420ないし422
項),また,Pに呼び出したことを自ら供述している(同120項,2
64項)のであるから,これらの検察官調書及び警察官調書が誘導によ
り作成されたもので信用性がないということはできない。
 2 他方,被告人が,第3回公判以降主張するに至ったKとの共犯で敢行
したものであるとの供述は,深夜,事前に何の相談もなく,突然,Kの
自宅を訪れ,自動販売機での買物から戻ってきた同人に詳しい説明もす
ることなく,同人をO香椎店まで同行した上,Jとは何の接点もないK
が包丁を持ってJと揉めていたというものであり,Kには本件以前に粗
暴犯の前科前歴はない上,同人は平成10年8月27日以降,糖尿病に
より稼働不可と判断されて生活保護を受給し,現に本件当時もW病院で
糖尿病と不眠症で治療を続行していたことをも併せ考えると,その内容
自体不自然・不合理なものといわざるを得ない。また,被告人は,第3
回公判に至って,供述を変遷させた理由として,Kをかばっているの
に,同人から面会や差入れなどが全くないからかばうのをやめたという
のであるが,被告人の理由とする事情は第2回公判においても既に存在
していたものであり,それからわずか1か月余り後の第3回公判におい
て,第2回公判までは全く主張していなかった新たな供述を始めるに至
ったことを十分に説明できているとは到底言えず,供述の変遷に合理的
理由があるとも認められない(なお,Kは,被告人がKとの共犯により
実行したものとの供述を始めるのに先立つ平成13年8月2日,Xによ
り殺害されているところ,同人は同月23日付けで起訴されていること
が認められ,起訴後相当期間内に福岡拘置所に移監されるのが通例であ
ることからすると,同年7月5日に福岡拘置所に移監されている被告人
が,XによるK殺害の話を聞き及んでいた可能性も否定できない。)。
加えて,被告人は,第3回公判においては,Kと犯行を実行したことは
Aには話していない旨供述していたのに,第4回公判においては,Aに
は話していた旨供述を変えているが,J殺害を命じたAに対して共犯者
の存在を告げたかどうかというのは重要な点であるのに,それについて
の供述が理由もなく変わっていることが指摘され,この点も甚だ不自然
である。更に,関係各証拠によれば,被告人は第2の犯行後すぐに,A
の手配により,Uらの助力を得て唐津に逃走し,同人らの関係者方に匿
われたり,唐津にやってきたAと会食したり,同人から現金や着替えを
渡されるなどの面倒をみてもらい,その後東京に逃げてのちもAと連絡
をとったり,同人から送金を受けるなどしたことが認められるところ,
本件証拠上,被告人以外にAからJ殺害の実行犯として遇された人物の
存在は全く窺われないところである。
これに対して,弁護人は,目撃者であるYがKの姿を目撃している旨
指摘するが,Yが目撃したのは年齢30代の男であり,当時56歳であ
ったKの年齢とは全く符合しない上,取調中の被告人を見せられたもの
であるとはいえ,Yは目撃した男は被告人である旨供述しているのであ
るから,Yが目撃したのは被告人であると認めることができるし,被告
人の第3回公判以降の供述内容どおりであるとすれば,目撃者であるQ
はKをも目撃するはずであるのに,Qは前記第2の3記載のとおり,O
香椎店前の歩道上から路地までの間,攻撃していた人物として1人しか
目撃していない。
そうすると,Kとの共犯で実行した旨の被告人の供述は到底信用しが
たいというべきであり,採用できない。
3 さらに,LがJを刺した可能性があるとの被告人の供述は,その供述
に至る経緯が不自然・不合理であることは,Kとの共犯で実行した旨の
被告人の供述の際に述べたところと同様であり,また,その供述自体根
拠が薄弱である上,前記第2の4記載のLの行動に照らし,到底信用で
きない。
4 以上の次第であって,被告人の検察官調書及び警察官調書等関係各証
拠によれば,判示第2のとおりの事実を認めるに十分であり,この認定
に合理的疑いを差し挟む余地はないものと判断した。
(累犯前科)
1 事実
平成6年7月26日福岡地方裁判所宣告
恐喝未遂罪により懲役2年
平成8年7月25日刑の執行終了
2 証拠
前科調書(乙23)
(法令の適用)
罰条
 第1の行為         刑法60条,246条1項
 第2の行為         刑法199条
刑種の選択
 第2の罪          有期懲役刑を選択
累犯加重           刑法56条1項,57条(第1及び第2の
各罪の刑に再犯の加重,ただし第2の罪の
刑については刑法14条の制限に従う。)
併合罪の処理         刑法45条前段,47条本文,10条(重
い第2の罪の刑に刑法14条の制限内で法
定の加重)
未決勾留日数の算入      刑法21条
訴訟費用の不負担       刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
1 本件は,判示のとおりの詐欺(第1)及び殺人(第2)の事案である。
2 まず,殺人についてみると,被告人は,世話になっていた暴力団組長A
から同人に対して債務の返済を求めてきていたJを殺害するように執拗に
命じられたことから,包丁様のものを携行してJと面会したところ,Jか
らバッグで叩かれて激昂したことも手伝って,前記包丁様のものを使用し
てJを殺害したものであるが,その殺意の形成過程はあまりにも短絡的
で,至高の法益である人命を尊重しなければならないという配慮を欠いた
ものというほかなく,その動機に酌量の余地はない。また,犯行態様は,
殺傷能力の高い包丁様のものを用いて,無防備なJの背後からその背部を
突き刺すなどして,身体の枢要部を執拗に刺突したもので,極めて凶暴か
つ卑劣なものである。そして,何よりも被告人のこのような行為によりJ
のかけがえのない生命が奪われており,結果はあまりにも重大である。J
に被告人から殺されなければならないような落ち度はなく,死を迎えるま
での肉体的苦痛,精神的苦痛や,突然にして最期を迎えることを余儀なく
された無念さは察するに余りあり,遺族らが厳罰を求めるのも無理からぬ
ところである。加えて,被告人は,遺族に対して仏壇代として10万円を
支払い,また,Jを刺したこと自体は認め,Jの冥福を祈る旨述べるなど
反省の情を示してはいるものの,他方で,前示のように不自然・不合理に
供述を変遷させており,自己の犯行を直視し,真摯な反省に基づいてその
犯行の全容を明らかにしているとは到底認め難い。
3 次に,詐欺についてみると,被告人らは,被告人が自動車事故に遭った
ことを奇貨として,就業の実態がないのに休業損害金名下に保険金を騙取
しようと企て,犯行に及んだものであり,その動機に酌むべき点はなく,
保険金制度を悪用し,35万円もの金員を騙取したというその結果も軽視
することはできない。
4 以上に照らせば,被告人の刑事責任は相当に重いというべきである。
5 他方,いずれの犯行についても,被告人が発案したものではなく,Aが
自らにおいて利益を受けることを企図し,そのAに命じられて被告人が敢
行したものであり,その意味で被告人の犯行はAに追随したものであると
いえること,被告人は,詐欺の事実を認めているほか,前記のとおり,殺
人のJの遺族に対して10万円を支払うなど,被告人なりの反省の情を示
していること,詐欺の被害については共犯者の出捐により被害弁償がなさ
れていること,情状証人として被告人の兄が出廷し,社会復帰後の被告人
の更生につき協力する意向を表明していることなど,被告人のために酌む
ことのできる事情も認められる。
6 しかしながら,これら被告人のために有利に酌むべき事情を十分合わせ
考慮しても,被告人の犯行とりわけ殺人の結果があまりにも重大であるこ
となどに照らせば,主文の量刑はやむを得ないものと判断した。
7 よって,主文のとおり判決する。
(検察官長田守弘,私選弁護人大神朋子各出席)
(求刑-懲役13年)
平成14年7月11日
福岡地方裁判所第1刑事部
裁判長裁判官 谷       敏   行
裁判官  武   田 瑞 佳
裁判官古   庄       研

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◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
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応募方法
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残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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71期修習生 72期修習生 求人
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ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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応募方法
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