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平成17年(わ)第2140号強盗殺人,窃盗,詐欺,詐欺未遂,窃盗未遂被告事件
主文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中740日をその刑に算入する。
理由
(犯罪事実)
第1(平成17年9月27日付け起訴状記載の公訴事実)
被告人は,A1(以下「A1」という)及びA2(以下「A2」という)。。
らとともに,平成15年11月21日午後6時ころから,名古屋市A’区B’
C’丁目D’番E’号所在のB1店2階で行われた交通指導員の忘年会(以下
「本件忘年会」という)に参加したものであるが,。
1同日午後6時ころから同日午後8時20分ころまでの間に,前記B1店2階
において,テーブル下の棚の上に置いてあったA1のかばん内から,同人所有
又は管理に係る現金約7000円及びクレジットカード3枚ほか5点在中の財
布1個(時価7000円相当)を抜き取り窃取し,
2同日午後8時10分ころから同日午後8時20分ころまでの間に,前記B1
店2階において,テーブル下の棚の上に置いてあったA2のかばん内から,同
人所有又は管理に係る現金約3万円及び商品券約5枚ほか15点在中の財布1
個(時価合計約1万4000円相当)を抜き取り窃取した。
第2(平成17年7月27日付け起訴状記載の公訴事実第1)
,(「」。)被告人は不正に入手したB2株式会社発行のA3以下A3という
名義のクレジットカードを使用して,購入名下に商品を詐取しようと企て,
1平成17年2月2日午後3時25分ころ,名古屋市F’区G’H’丁目I’
’,,番J号所在のB3地下2階生鮮食料品売場において同売場店員A4に対し
前記クレジットカードの正当な使用権限も同クレジットカードシステム所定の
方法により代金を支払う意思もないのに,これがあるかのように装い,A3に
なりすまして,同クレジットカードを提示し,果物2点ほか5点の購入を申し
込み,上記A4をして,同クレジットカードシステム所定の方法により確実に
その代金の支払を受けられるものと誤信させ,よって,即時同所において,同
人から果物2点ほか5点(販売価格合計3528円)の交付を受け,もって人
を欺いて財物を交付させ,
2同日午後4時から同日午後4時2分ころまでの間,名古屋市F’区G’H’
丁目K’番L’号株式会社B4店地下1階所在の株式会社B5店において,同
店店員A5に対し,前記クレジットカードの正当な使用権限も同クレジットカ
ードシステム所定の方法により代金を支払う意思もないのに,これがあるかの
ように装い,A3になりすまして,同クレジットカードを提示し,精肉2点の
購入を申し込み,上記A5をして,同クレジットカードシステム所定の方法に
より確実にその代金の支払を受けられるものと誤信させ,よって,即時同所に
おいて,同人から精肉2点(販売価格合計3万1476円)の交付を受け,も
って人を欺いて財物を交付させ,
3同日午後6時17分ころ,名古屋市M’区N’町O’丁目P’番地所在のB
6株式会社B7店1階食料品売場において,同売場店員A6に対し,前記クレ
ジットカードの正当な使用権限も同クレジットカードシステム所定の方法によ
り代金を支払う意思もないのに,これがあるかのように装い,A3になりすま
して,同クレジットカードを提示し,ビール1ケースほか20点の購入を申し
込み,上記A6をして,同クレジットカードシステム所定の方法により確実に
その代金の支払を受けられるものと誤信させ,よって,即時同所において,同
人からビール1ケースほか20点(販売価格合計1万1872円)の交付を受
け,もって人を欺いて財物を交付させ,
4同日午後6時37分ころから同日午後6時41分ころまでの間,前記B6株
式会社B7店3階所在の「B8店」において,同店店員A7に対し,前記クレ
ジットカードの正当な使用権限も同クレジットカードシステム所定の方法によ
り代金を支払う意思もないのに,これがあるかのように装い,A3になりすま
して同クレジットカードを2回にわたり提示しジャンパー1着ほか8点販,,(
売価格合計5万3655円)の購入を申し込んだが,前記B2株式会社に被告
,。人には正当な使用権限がないことを看破されたためその目的を遂げなかった
第3(平成17年10月17日付け起訴状記載の公訴事実)
被告人は,不正に入手したA8(以下「A8」という)名義の郵便貯金総。
合通帳1通を使用して,現金自動預払機から金員を引き出して窃取しようと企
て,平成17年2月18日午前11時7分ころ,名古屋市M’区Q’R’丁目
S’番地所在のB9郵便局において,同所に設置された現金自動預払機に,上
記通帳1通を挿入して同機を作動させ,上記B9郵便局局長A9管理に係る現
金を引き出して窃取しようとしたが,暗証番号を誤って入力したため,その目
的を遂げなかった。
第4(平成17年8月30日付け起訴状記載の公訴事実)
被告人は,民生委員として名古屋市M’区T’U’丁目V’番地市営B10
荘B11棟B12号に単身居住するA10(以下「A10」という)に援助。
を行うこと等の職務に従事していたものであるが,同人に睡眠薬を摂取させて
昏睡させ,その金品を盗取しようと企て,平成17年3月22日午後,同人宅
において,睡眠薬であるトリアゾラム剤を同人(当時83歳)に摂取させて昏
,,,睡させた上同日午後9時前後の一定の幅のある時間帯の間に同所において
同人所有又は管理に係る株式会社B13銀行のA10名義のキャッシュカード
1枚ほか3点を盗取したが,その際,罪跡を隠滅するためにA10の殺害を決
意し,索状物を用いて同人の首を絞め,よって,そのころ,同所において,同
人を頸部圧迫による窒息により死亡するに至らしめた。
第5(平成17年7月27日付け起訴状記載の公訴事実第2)
被告人は,判示第4の盗取に係るA10名義の株式会社B13銀行及び株式
会社B14銀行のキャッシュカード各1枚を使用して現金自動預払機から金員
を窃取しようと企て,
1平成17年3月23日午後4時6分ころ,名古屋市A’区W’X’丁目Y’
番Z’号所在の株式会社B15銀行本店営業部B16出張所において,同所に
設置された現金自動預払機に前記B13銀行のキャッシュカードを挿入して同
機を作動させ,同機から上記B15銀行本店営業部長A11管理に係る現金5
万3000円を引き出して窃取し,
2同日午後4時7分ころから同日午後4時9分ころまでの間,2回にわたり,
前記B16出張所において,同所に設置された前記現金自動預払機に前記B1
4銀行のキャッシュカードを挿入して同機を作動させ,前記A11管理に係る
現金を引き出して窃取しようとしたが,暗証番号を誤って入力したため,その
目的を遂げなかった。
(証拠)
(以下,括弧内の甲乙の番号は証拠等関係カード記載の検察官請求証拠の番号を示
し,職の番号は証拠等関係カード記載の職権採用証拠の番号を示す)。
(証拠の標目は省略)
(事実認定の補足説明)
(,。以下括弧内の弁の番号は証拠等関係カード記載の弁護人請求証拠の番号を示す
なお,証拠を引用する場合,特に断らなくてもそのうち証拠とならない部分は除く
趣旨である。また,同証拠が謄本又は抄本である旨の表示は省略し,公判調書中の
被告人及び証人の供述部分も「公判供述」という)。
第1弁護人の主張
弁護人は,①判示第1の事実について,被告人は犯人ではない,②判示第3
の事実について,被告人はA8名義の口座から金員を引き出そうとしたが,そ
れは当該口座を管理していたA10に頼まれたからである,③判示第4の事実
について,被告人は犯人ではない,④判示第5の事実について,被告人はA1
0名義の口座から金員を引き出すなどしたが,それはA10に頼まれるなどし
たからであるので,いずれも被告人は無罪であると主張し,被告人もこれに沿
う供述をする。
また,弁護人は,⑤判示全部の事実について,これらの公訴の提起は,検察
官が訴追裁量権を逸脱し,公訴権を濫用したものであるから,各公訴はいずれ
も棄却されるべきであると主張する。
以下,上記③及び④,②,①並びに⑤の順に検討する。
第2判示第4の事実(A10に対する強盗殺人事件)及び第5の事実(A10名
義の口座に対する窃盗,窃盗未遂事件)について
1前提となる事実
関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
()被告人は,平成16年8月から民生委員をしており,その担当する高齢者1
の1人がA10であった。
()A10は,判示第4記載の住居地に1人で暮らしており,足が不自由で,2
心臓が悪く,介助なしに1人で外出することは困難であり,毎週月曜日と木
曜日にデイサービスを利用し,火曜日と金曜日に訪問介護を受けていた。
()A10は,平成17年2月13日から同年3月4日まで,慢性心不全急性3
憎悪によりB17病院に入院した(以下,特に断らない限り月日は平成17
年のものである。この間,A10に対する介護サービスはいったん中止。)
され,被告人は,毎日のようにA10を見舞うなどしていた。
()A10は,3月22日午後1時ころから同日午後3時前ころまで,自宅で4
介護サービスを受けた。
()同日午後9時20分から3分10秒間,A10宅の固定電話から,被告人5
の交際相手であるA12(以下「A12」という)の寮の部屋の固定電話。
に,電話がかけられている。
,,()被告人は翌23日午後4時6分ころから同日午後4時9分ころまでの間6
判示第5の1,2記載のとおり,A10名義のキャッシュカード2枚を用い
て,現金自動預払機を使用し,A10名義の1つの口座から現金5万300
0円を引き出し,更にもう1つの口座の残高照会をしようとしたが,暗証番
号を誤って入力したため残高を知ることができなかった。
()A10は,同日午後6時6分ころ,窓からA10宅に入った消防士によっ7
て,ベッドの上で死亡している状態で発見された。その後の鑑定等の結果,
A10の死因が索状物を用いた頸部圧迫による窒息死であること,その血液
には,睡眠剤等として使われるトリアゾラムが血液1グラム当たり約2.1
ナノグラムの濃度で含まれていたことが判明し,A10は,死亡当時睡眠中
であったと推測された。
()上記消防士らがA10宅に入る直前,同室の玄関や出入り可能な窓はいず8
れも施錠されており,B10荘の玄関のかぎは,その管理者から入居者に3
本交付されるところ,A10宅の玄関のかぎ3本は,いずれも同室内にあっ
た。また,玄関のかぎ穴には,これに適合するかぎによる解錠操作によって
できる傷以外に傷は認められなかった。
()被告人夫婦の3月23日前後ころの債務残高は,消費者金融業者及びクレ9
ジット会社合計12社に対し合計336万円余り,銀行に対し326万円余
り,B18に対し138万円余り,生命保険会社に対し42万円余りの合計
843万円余りであり,3月における被告人夫婦の債務返済額は合計31万
円余りであった。他方,同月における,被告人の夫であるA13(以下「A
13」という)の手取り収入は合計45万1568円,被告人の手取り収。
入は勤務先からの収入6万0700円と民生委員等としての半年分の報酬2
万7144円であり,被告人は,このころ毎月数万円を消費者金融業者等か
ら借り入れていた。
2A10の死因及び死亡推定時刻
前記1(),()の事実によれば,A10は,3月22日午後3時前ころから47
翌23日午後6時6分ころまでの間に,トリアゾラムを摂取した状態で睡眠中
に,索状物で首を絞められて殺害されたと明らかに認められるところ,A10
の死亡推定時刻等について,A14(以下「A14」といい,A14の公判供
述及び鑑定書(甲24)を総称して「A14鑑定」という)が死体を解剖し。
て鑑定を行い,A15(以下「A15」という)が検視を行っているので,。
以下検討する。
()A14鑑定1
アA14鑑定の要旨
(ア)一般に,それほど時間の経っていない死体について死後経過時間を
推定する際には,死後硬直,角膜の混濁,死斑,腐敗,体温の降下によ
り判断するところ,私は,3月24日午後3時26分から,A10の死
体の解剖検査を行ってこれらを観察した(ただし,体温の降下について
は,警察の霊安室で冷蔵庫に死体が入っていた場合などには計る意味が
ないので,本件ではこれを測定しておらず,鑑定書を作成する際にも考
慮していない。。)
(イ)死後硬直は,あごから始まり,上から下に徐々に発現し,全身に強
く発現するのは24時間程度で,目安としては,16時間ないし24時
間くらいで最強になる。その後,硬直のおよそ2倍くらいの時間をかけ
て,上から順に硬直が解けていく。A10の死後硬直は,足の指だけに
弱く残っていて,その他の諸関節は既に緩解,消失していたので,死後
約40時間前後あるいはそれ以上経っていると考えられる。
,,(ウ)角膜は開眼しているか閉眼しているかにより進み具合は異なるが
徐々に混濁していく。A10の死体の角膜の混濁は,中等度であり,死
後半日から1日半,目を閉じていた場合には死後1日ないし2日経過し
ていると考えられる。
(エ)死斑は,死後非圧迫部に生じる暗赤色の斑で,発現初期は指圧によ
って容易に消退するが,徐々に消退しにくくなり,死後十数時間ないし
20時間以上経つと,指圧しても消退しにくくなり,1日ないし1日半
を過ぎれば,強い指圧でもほぼ消退しなくなる。A10の死斑の状況か
らは,死後1日ないし2日程度と推測され,同死斑は,通常の指圧では
消退せず,ピンセットの柄の部分を持って強く押したところ,辛うじて
消退したので,少なくとも死後24時間から30時間は経っていると考
えられる。また,3月23日午後6時30分ころから同日午後9時ころ
までの間に撮影された写真撮影報告書(甲6)の写真番号28,29,
32に写っているA10の死体を見ると,その死斑がはっきりと出てい
るから,この時点で,大体死後1日前後であると考えられる。
(オ)腐敗は,冬場であれば,腐敗色が発現するには,2日ないし3日か
かる。A10の死体には腐敗色は見られなかったので,死後2日ないし
3日は経過していないだろうといえる。
(カ)以上を総合すると,解剖開始時(3月24日午後3時26分)まで
の死後経過時間は20時間ないし40時間程度であると推定される。
(キ)なお,3月23日午後8時30分の直腸温と翌24日午後零時40
分ころの直腸温を比較すると,1時間当たりの直腸温の降下率は0.4
64度であり,死亡後3月23日午後7時30分までA10がずっと布
団に入っていたと考えれば,その時点までの直腸温の降下率はそれより
も低いと考えられること,一般的に布団の中の人の直腸温の降下率は,
A10の体格を前提にすると0.4度くらいと考えられ,A10はそれ
に加えて布団の中で厚着していたことからすれば,その時点までの直腸
温の降下率は0.4度よりは低かったであろうと考えられ,0.3度で
あったとしても矛盾はない。
(ク)また,A10の胃の中には,粘液以外に特に食物であろうものがな
かった。消化の速度は,食べる物や量によって異なり,場合によっては
もっと早く胃が空になることもあるが,胃の中に何もないときは,一般
に食後五,六時間以上は経過していると判断しており,A10について
も同じように判断した。
イA14鑑定の信用性
A14は,その公判供述によれば,昭和59年にB19大学を卒業し,
その後同大学の法医学教室に勤務している医師であり,A10の死体を解
剖した平成17年3月当時までに約350体,公判供述時までに約500
体の死体を解剖した経験を有していたのであるから,死体を解剖し,その
死後経過時間を鑑定するのに必要な学識,経験を十分に有していると認め
られる。
そして,その供述内容であるA10の死体の所見は,解剖時の写真(甲
20)等に合致するものであり,特段疑問を差し挟む事情は認められず,
それに基づく判断も適切なものであると認められ,A14鑑定は信用でき
る。
()A15の公判供述2
アA15の公判供述の要旨
(ア)私は,検視等のためA10宅に臨場し,3月23日午後7時半ころ
からA10の死体の状況を観察し始めた。まず最初に顔がうっ血してい
ることに気付き,そのころ布団をめくったところ,布団の中はまだ暖か
みがあり,尿のにおいを感じた。A10の下着には失禁の跡があり,ま
だ湿っていた。
(イ)次に,同日午後7時40分ころまでの間に,死体の硬直状態を見た
ところ,肩,肘,手首(以上を総称してここでは「上肢」という,。)
,,,(「」。),腰大腿部下腿部ひざ以上を総称してここでは下肢という
あご,首の硬直具合は中程度のものだったが,腕の硬直は本当に弱く,
あご,首は中程度でも弱い方だった。指の硬直は中程度でも硬く,足首
はそれよりも硬い強度の硬直に近い状態だった。下肢の硬直具合は上肢
と同じく中程度だったが,上肢よりやや硬いように感じられた。
,,,,,,私は死後硬直は死後約二三時間で始まりあごから上肢下肢
という順に広がり,約12時間で全身が硬直し始め,その後,硬直が増
強されていき,個人差や室温にもよるが,24時間くらいで緩解し始め
ると認識している。A10は硬直の緩解が始まりかけている状態だと判
断したので,死後24時間を過ぎた死体現象だと思った。
(ウ)A10は目を閉じており,同日午後7時30分ころ,A10の角膜
の状態を確認したところ,微混濁であった。私は,角膜の混濁は,まぶ
たが開いている方が早いが,死後三,四時間くらいで混濁が始まり,1
0時間くらいで角膜が白く濁り始め,徐々に瞳孔が見えなくなり,2日
くらいで全混濁すると認識しており,瞳孔を容易に確認できる状態を微
混濁,懐中電灯を当ててわずかに見える状態を中程度と表現している。
中程度とは,死後24時間くらい経ったころの状態である。A10は瞳
孔が容易に測定できたことから,微混濁では後半であるが,死後24時
間を経過しない状態だと判断した。
(エ)同日午後7時50分ころ,A10の死斑を確認したところ,非圧迫
部に暗紫赤色の死斑が顕著に表れており,背中,腰,尻の3か所を親指
で押したが,死斑は退色しなかった。私は,死斑とは,外的条件による
が,一般に死後二,三時間で現れ,四,五時間経つと指で押せば退色す
るが,その後徐々に退色しなくなり,24時間を過ぎるとほとんど退色
しないと認識しており,A10は死後24時間を過ぎた死体現象である
と判断した。
(オ)同日午後8時30分ころ,A10の直腸温を計ったところ,29.
。,,7度であった私は生きている状態の直腸温を37度で計算するので
それと7.3度くらいの差があると思った。ふだんは,室内で死亡した
死体は1時間当たり0.5度直腸温が下がると計算しているところ,当
時の外気温は15.3度であったが,A10が死んでいた南側の六畳間
は,A10の死体が発見されるまではカーテンが閉められ,密閉状態で
電気こたつが付いていたこと,A10が冬布団の中に入り,かつ厚着を
していたことから,かなり保温状態が良かったと判断し,今回は1時間
当たり0.3度くらいではないかと計算し,硬直状態や死斑の状態と照
らし合わせて矛盾はないと判断した。なお,私は,直腸温は死後5時間
,,から10時間くらいの降下率が高くその後低くなると認識しているが
一律に同じ数値で計算した。
(カ)以上を総合して,検視に立ち会った医師などとも相談した上,A1
0は死後24時間くらい経っているであろうと判断し,3月23日の段
階で,死亡推定時刻は3月22日午後9時ころと判断した。
(キ)なお,私は,A10の顔がうっ血していたことや頸部に表皮剥奪が
あったこと,まぶたの裏側に溢血点があったことから,犯罪死ではない
かと思ったが,3月23日の段階では,結局犯罪死という結論にならな
かった。
イA15の公判供述の信用性
A15は,その公判供述によれば,警察官であり,医師免許を持ってお
らず,大学で法医学を専攻したこともないが,昭和59年3月に刑事課鑑
識係に配属されて以来,同係での勤務を続け,警察で受ける教養や本での
学習のほかに,先輩のやり方を見たり,解剖に立ち会った際,解剖医から
話を聞いたりそのやり方を見たりして,死後経過時間を推定するための知
識を身につけてきたこと,A10の死体を検視した平成17年3月当時ま
でに約100体の死体を検視した経験を有しており,そのたびに死後経過
時間を推定してきたことが認められる。これらからすれば,A15は,死
体の死後経過時間を推定するのに必要な知識,経験を相当程度有している
ものと認められる。
そしてその供述内容であるA10の死体の所見は写真撮影報告書甲,,(
6)等で裏付けられており,特段疑問を差し挟む事情は認められないこと
から,その供述は信用できる。
また,A15が算出した死亡推定時刻の正確性については,その前提と
なる知識がA14の公判供述と概ね一致すること,死体は経時的変化がよ
り顕著に現れる早期に検視するほど死後経過時間を正確に推定できるこ
と,関係証拠によれば,A15が検視をした当時,A10はほぼ死体発見
時の状態のまま保存されていたと認められること,A15が検視をした当
時のA10の死斑の写真を見て,A14はA10が死後1日前後であると
考えられると述べていることからすれば,A15の算出した死亡推定時刻
は合理性があり,さらに,これがその後の捜査結果の影響のない3月23
日時点の推定であることも併せ考慮すれば,一定程度信用できるものと認
められる。
()検討3
ア以上のとおり,A10の死亡推定時刻に関するA14鑑定及びA15の
公判供述は,それぞれ信用性が認められるが,その正確性については,死
体は早期に検視するほど死後経過時間を正確に推定できること,A15が
検視をした当時,A10はほぼ死体発見時の状態のまま保存されていたの
に対し,関係証拠によれば,A14が解剖したのは,A10の死体が2人
の警察官による検視を経たり,ビニール袋に入れられて霊安所に運ばれた
りして動かされた後であると認められることから,A15の供述の方がよ
り正確というべきである。
そうすると,A10の死亡時刻は,厳密に特定することはできないもの
,。の3月22日午後9時前後の一定の幅のある時間帯であると認められる
イこれに対し,弁護人は,A10の胃の状態から,A10は食後5時間な
いし6時間以上経過した時点で殺害されたと考えられること,A10宅の
台所にはA10が夕食を取った形跡が残されていたこと,A10担当のケ
アマネージャーであるA16(以下「A16」という)が作成した週間。
サービス計画表によれば,A10は毎日午後6時ころに夕食を取る習慣が
あることから,A10が死亡したのは3月22日午後11時以降であると
主張する。
しかし,A14の公判供述によれば,消化の速度は,食べる物や量によ
って異なり,食後五,六時間を経なくても胃が空になりうることが認めら
れる。そして,何時に食事を取るかというのはその日の都合によって変わ
りうることであり,信用できるA17(以下「A17」という)の尋問。
調書によれば,A10担当のヘルパーであったA17が訪問介護に訪れた
際,A10が午後3時までに夕食の準備を終えていたことがあったこと,
3月22日も午後2時前ころには夕食に食べたと思われるカボチャを炊き
上げていたことが認められることから,A10が同日午後6時より前に食
事をした可能性も十分認められる。
したがって,A10が,いつ,何をどれくらい食べたのか分からない以
上,A10の胃の状態という一事をもって,A10が死亡したのは午後1
1時以降であると断定することはできない。
よって,弁護人の上記主張は理由がない。
3前記1,2の事実を前提に,以下4ないし7で,被告人が判示第4及び第5
の各犯行を行ったことを推認させる間接事実について検討する。
4A10の死亡推定時刻にA10宅からA12の寮にかけられた前記1()の5
電話は,被告人がかけたものと認められること
()A10宅からA12の寮の部屋に電話がかけられた事実1
前記1()のとおり,3月22日午後9時20分から3分10秒間,A15
0宅の固定電話からA12の寮の部屋の固定電話に電話がかけられている。
()A12の公判供述2
アA12の公判供述の要旨
3月当時,私と被告人は十数年来のいわゆる不倫関係にあり,ほとんど
毎日電話をしていた。
私の寮の部屋には固定電話があるが,その電話番号は一般には公開して
いなかった。
私は,被告人から頼まれて,A10の娘であるA18(以下「A18」
という)のところへ被告人を車で送っていったことはあるが,A18と。
話したことはないし,A10とは面識がない。
3月22日午後9時20分,A10宅から私の部屋の固定電話へ電話が
かかっているが,A10から電話を受けた記憶はない。そもそも電話がか
,,かってきた記憶もないし誰からかかってきた電話かという記憶もないが
A10宅から私に電話する人物は他に思い浮かばないので,ひょっとした
ら被告人かもしれない。
翌23日,私は被告人からA10が亡くなったことを聞いた。その後,
同月26日までに,A10が実は殺害されていたということも報道や被告
人から聞いて知った。
イA12の公判供述の信用性
A12には,あえて被告人に不利な虚偽の供述をする動機はなく,実際
にA12は,被告人に有利不利を問わず覚えていることと覚えていないこ
とを区別して率直に述べており,真摯な供述態度が認められる上,その供
述に何ら不自然な点は認められない。
よって,上記供述は信用できる。
()検討3
アA12の上記固定電話の電話番号は一般に公開されていないことから,
これを知っているのは,A12の関係者のみであると認められるところ,
A10宅に出入りする可能性のある人物で,A12の関係者は被告人のみ
であると認められる。
イこれに対し,弁護人は,上記()の電話は,A12が被告人をA18の1
ところへ車で送っていったお礼に,A10が直接A12へかけたものであ
り,A12には午後8時前には布団に入る習慣があるから,上記電話当時
もA12は完全には覚せいしていない状態にあり,かつ,用件もA12の
関心のある事柄ではなかったため,記憶に残らなかったものであると主張
し,被告人も,A10に聞かれてA12の上記固定電話の電話番号を教え
たと供述する。
しかし,A12に一切面識のないA10が,いきなり直接A12に電話
をかけることはそもそも考えにくいし,仮に電話をかけたのがA10であ
ったのであれば,翌日A12はA10が亡くなったことを被告人から聞か
,,されその数日後にはA10が殺害されていたことを知ったのであるから
上記()の電話は特にA12の記憶に残ったはずである。また,A12の1
上記習慣を前提にしても,上記()の電話は3分10秒間続いており,そ1
の間A12がずっと覚せいしていない状態であったとは考え難い。他方,
被告人からの電話であれば,A12が覚せいして電話していても,日常と
変わらない出来事であるから,特に記憶に残らなくても不思議ではない。
よって,弁護人の上記主張は理由がない。
()小括4
,,。以上のとおり上記()の電話をかけたのは被告人であると認められる1
そして,前記2のとおり,A10の死亡推定時刻は3月22日午後9時前
後の一定の幅のある時間帯であり,かつ,A10は死亡する前,トリアゾラ
ムを摂取した状態で睡眠中であったのであるから,被告人は,A10が死亡
しているか,薬により睡眠中,又はそれに極めて接着した時にA10宅にい
たことになり,この事実は,被告人がA10を殺害したことを強く推認させ
る。
5被告人がA10の死亡後の3月23日に行った前記1()の預金の引き出し6
等は,A10の意思に基づかないものと認められること
()関係証拠によれば,以下の事実が認められる。1
アA10は,2月28日午後3時12分ころ,B17病院内に設置されて
いる現金自動預払機で,株式会社B13銀行のA10名義の口座から16
万円を引き出した。この際,被告人は,A10の後ろに付き添っていた。
被告人は,同日午後3時23分ころから同日午後3時25分ころまでの
間,上記現金自動預払機の前に立っていたが,その間,同機で入出金する
などの操作をすることはなかった。
イ前記1()を詳細に見ると,以下のとおりである。6
被告人は,3月23日午後4時3分ころ,判示第5記載の現金自動預払
機で,キャッシュカードを用いて上記アと同じ口座の残高照会を行い,残
高が5万3111円であることを確認し,継続して5万円を引き出そうと
したが,暗証番号を誤って入力したため出金できず,同日午後4時6分,
判示第5の1記載のとおり,再び上記キャッシュカードを用いて上記口座
から5万3000円を引き出し,これには手数料が105円かかったこと
から,結果として,同口座の残高は6円になった。
さらに,被告人は,判示第5の2記載のとおり,同日午後4時7分から
同日午後4時9分にかけて,キャッシュカードを用いて株式会社B14銀
行のA10名義の口座の残高照会を2度行おうとしたが,暗証番号を誤っ
て入力したため,残高を知ることはできなかった。
ウ2月28日及び3月23日当時上記B13銀行の口座の暗証番号は○,「
○○○であり3月23日当時上記B14銀行の口座の暗証番号は×」,,「
×××」であった。
エ3月25日,被告人の捨てたごみ袋の中から「A10○○○○○,
○○△?「嫁□□□□」及び上記B17病院の現金自動預払機の暗」,
証番号入力画面の数字の入力キーと同じ配列の数字が裏面に書かれたB1
7病院の診察申込書が,破られた状態で発見された。
オA10の上記B13銀行の口座の出入金履歴(甲162,163)によ
れば,同口座には,毎偶数月の15日ころに合計約22万円の厚生年金が
振り込まれ,同口座に入金される金員は利息を除けば過去5年以上この厚
生年金だけである。また,同出入金履歴によれば,同口座からは,毎月月
末に保険料や住宅使用料,介護サービス使用料が引き落とされており,3
月も同様に引き落とされる予定だったと推認されるが,A10は,過去1
0年間,残高がマイナスにならないよう同口座を管理していた。
()検討2
,,ア上記()アの被告人の行動同エの診察申込書の裏面の記載からすれば1
被告人は,A10がB17病院内の現金自動預払機で上記B13銀行の口
座から現金を引き出す際に暗証番号を入力する場面を見た後,1人で同現
金自動預払機のところへ戻り,暗証番号入力画面を表示させ,同口座の暗
証番号を推察したと考えるのが自然である。
イそして,上記()オの出入金履歴に照らすと,保険料等の支払を控えた1
時期に口座のほぼ全額を引き出すという3月23日の5万3000円の引
き出しは,過去の引き出しと比べて異質な引き出しであると認められる。
しかし,関係証拠によれば,A10にそのような現金が必要だった事情
は何らうかがわれない。
ウさらに,上記()イ,ウのとおり,上記B13銀行の口座と暗証番号の1
異なる上記B14銀行の口座の残高照会は,2度にわたって暗証番号を誤
って入力したため失敗に終わっている。
エ以上からすれば,被告人は,2月28日に上記B13銀行の口座の暗証
番号を推察した上,3月23日にA10の意思に基づかずに同口座から現
金を引き出し,また,上記B14銀行の口座からも現金を引き出そうとし
て,その準備行為として残高照会を行おうとしたものと推認される。
()被告人の公判供述3
これに対し,被告人は,①上記()エの診察申込書の裏面の記載は,2月1
28日に2度目にB17病院の現金自動預払機に行った際に被告人がメモし
たものだが,これは,A10が,同アの引き出しの際,暗証番号を声に出し
ながら,後ろから見えるような状態で入力しており,不用心と思ったので,
いつか注意してあげようと考え,その手段としてしたものである,②上記B
13銀行の口座から現金を引き出したのは,3月22日にA10から頼まれ
,,,たためであり上記B14銀行の口座の残高照会をしようとしたのは同日
A10から同口座の通帳記入を頼まれており,せめて残高だけでも教えてあ
げようと思ったためである,③引き出した現金と使用した上記2枚のキャッ
シュカードは,茶封筒に入れてA10宅の玄関の引き戸に付いている郵便受
けに入れて返した,④預金の引き出しと通帳記入を頼まれた際に預かった上
記2口座の通帳2冊は,A10宅の簡易トイレの上の衣服の間に返したと供
述する。
ア上記①について
被告人は,そもそもA10は声に出しながら暗証番号を入力していたの
で,その時点でA10の上記B13銀行の口座の暗証番号は分かっていた
旨供述するが,上記診察申込書の裏面に「○○○○○○○△?」と同,
口座の暗証番号を推測するような記載がされていること,現金自動預払機
の暗証番号入力画面の数字の入力キーと同じ配列の数字が記載されている
ことと整合しない。また,A10に注意するのであれば,その場で口頭で
注意すれば足り,暗証番号らしき数字やその入力キーの配列までメモする
必要は全くない。さらに,被告人は,その場で声を出してA10に対し注
意したと供述したり,上記メモの作成後はA10に対し注意することはな
かったとも供述している。
これらからすれば,上記①の供述は不自然,不合理であり,信用できな
い。
イ上記②について
被告人は,3月22日にA10から預金の引き出し及び通帳記入を頼ま
れた理由に関し,その際,被告人が,A10にA18からはがきが来たか
と尋ねたところ,A10は「ええ,ええ,ええ,ええ,来ることになり,
ましてね」と答えたと供述する。。
しかし,実際には,A18がA10の下へ来る予定がなかったことは証
拠上明らかである。また,確かに,被告人が作成したA10の訪問活動記
録のうち,4月27日に被告人宅から押収されたもの(甲193)の3月
22日の欄には「娘が来るお金がいるのでおろしてほしいと通帳と印,
かんをわたされる」との記載があるが,関係証拠によれば,同月29日に
被告人の捨てたごみ袋の中から発見された別のA10の訪問活動記録2通
(甲190)には上記記載はなく,そのうち1通は,被告人宅から押収さ
,,れた訪問活動記録よりも先に作成されたものと認められること被告人は
当公判廷では,印鑑は預かっていないと供述し,何を渡されたかという重
要な点で齟齬があることに照らすと,上記記載は信用できない。
そうすると,被告人の上記②の供述は信用できない。
ウ上記③について
被告人は,上記()イのとおり預金を引き出すなどし,3月23日午後1
4時45分ころ,始発のバス停からバスに乗り,午後5時5分ころ,A1
0宅の最寄りのバス停でバスを降り,歩いて2分ほどかけてまっすぐA1
0宅へ向かい,A10宅で何度か玄関の引き戸をノックして,3分ほどA
10が出てくるのを待ったが,出てこなかったので,A10の口座から引
き出した現金5万3000円,上記キャッシュカード2枚及び預金引き出
しの明細票が入った茶封筒を,A10宅の郵便受けに入っていた2つの新
聞の間に入れたと供述する。
被告人の上記供述の信用性を検討する前提として,ちょうど同じころ,
A10宅を訪れた旨供述するA16の公判供述を検討する。
(ア)A16の公判供述の要旨
私は,A10のケアマネージャーであり,3月23日にA10に会お
うとA10宅へ向かい,途中でA10宅へ2回電話をかけたが,いずれ
もA10は電話に出なかった。私は,A10が外出するといえば,デイ
サービスへ行くか,ヘルパーと病院等へ行くかくらいしか把握しておら
ず,同日はいずれの予定もなかったので,不審に思った。そこで,同日
午後4時42分にデイケアセンターへ電話をかけたが,A10は来てい
ないということだった。私は,A10の安否を確認するため,A10宅
へ行き,玄関の引き戸をノックしたが,応答がなく,同引き戸にはかぎ
が掛かっていた。そこで,同日午後4時49分にもう1度デイケアセン
ターへ電話をかけたが,やはりA10は来ていないということだった。
そこで,同日午後4時52分に民生委員である被告人に電話をかけ,A
10がいないことを伝えたところ,被告人からは,A10が娘のところ
に行くようなことを前日に言っていた旨聞いた。その後,A10宅の電
話機の受話器が外れているのかもしれないと思い,A10宅の前でA1
0宅へ電話をかけたところ,部屋の中で電話の呼出し音が鳴るのが聞こ
えたので,A10の安否について,より不安になった。次に,郵便受け
からA10宅の中をのぞこうとしたが,郵便受けには新聞が2部入って
おり,中をのぞくことができなかった。そこで,新聞を抜こうとしたと
ころ,逆にA10宅の中へ2部とも落ちてしまった。郵便受けから中を
のぞいたところ,スリッパが南側の和室の前にあるのが見えたので,A
10は部屋の中にいることがうかがわれた。私は,心配になり,合いか
ぎがないか尋ねようとして管理事務所に行こうとしたが,間違ってコミ
ュニティセンターに行き,その後管理事務所に行くことができた。着い
た時間は,管理事務所は午後5時までという意識があり,ぎりぎりだっ
たという記憶があるので,午後5時ころだったと思う。管理事務所に行
った後,午後5時12分にA18の住所などを知っている,A10が以
前住んでいたB20区役所の職員のA19(以下「A19」という)。
に電話をし,A10がA18のところへ行くようなことがあり得るか,
A18方に行ったほうがいいかなどと相談した。管理事務所では,以前
同様のケースがあったときに,レスキューの人が開けてくれたというこ
とを聞き,私は消防署へ向かった。消防署で事情を説明したところ,出
動してもらえることになり,先にA10宅の玄関前に戻って消防士が到
着するのを待った。
そして,ベランダの窓を割ってA10宅へ入った消防士に玄関のかぎ
を開けてもらい,中に入ったところ,私が落とした新聞が2部あったの
でそれを拾ったが,他に特に落ちているものは見当たらなかった。新聞
は,3月23日の朝刊と夕刊だった。
(イ)A16の公判供述の信用性
aA16は,その公判供述によれば,被告人と3月23日まで面識が
なく,A10の面倒を見ていた被告人に感謝していて,捜査機関に被
告人に不利と思われる事実を話すことをためらったこともあったと述
べるくらいであるから,あえて被告人に不利な虚偽の供述をする動機
はない。A16は,3月23日はA10の安否が分からないことで動
転していたと述べ,実際にA16の記憶には,一部あいまいな部分が
認められるが,覚えていることを覚えている限りで供述しようという
真摯な姿勢が認められ,また,その供述は携帯電話の発信履歴(甲3
54)に裏付けられており,その供述の大枠については信用できると
認められる。
b弁護人は,A16の公判供述は,A10宅に着く前にデイケアセン
ターへ電話をかけた場所や,A10宅の新聞を落とした時期が被告人
に電話をかける前なのか後なのか,新聞を抜こうと思ったら落ちたの
か,最初から落とそうとしたのかなどの点について供述が変遷してい
ること,A19は,その公判供述において,同日午後5時12分の電
話でA16と交わした会話について,A10の家にいるが,新聞受け
に新聞がたまり,かぎは閉まり,中から応答がないので,どうするべ
きかという相談がA16からあり,消防に連絡するように指示した旨
述べており,その内容がA16の公判供述と食い違っていることなど
から,同人の公判供述はおよそ信用性がないと主張する。
cしかし,まず,A10宅に電話をしてもつながらず,不安になって
デイケアセンターや被告人に電話をし,A10宅の前でA10宅に電
話をしたり,新聞をA10宅の中へ落として郵便受けから中をのぞい
た結果,A10が部屋の中にいるという疑いを深め,管理事務所に向
かったという流れについては変遷しておらず,また,行動の説明とし
て合理的であるので,この点については信用できる。弁護人が主張す
るように,管理事務所へ行った後で郵便受けの新聞を中へ落とした可
能性は認められない。
次に,A19の公判供述との食い違いについて検討する。A16及
びA19の各公判供述によれば,A16もA19も断片的な記憶しか
残っていないと認められる上,A16がA19に連絡を取ったのは消
防署へ行く前であるから,A19がA16に消防署へ行くよう指示し
たとしても何ら不思議ではない。また,A16が経過説明のために,
A19が述べるようにかぎや新聞のことを伝えたり,あるいは経過を
伝えられたA19が誤って記憶したことは十分あり得ることである。
これらの事情を併せ考慮すると,弁護人の指摘するA19の公判供述
部分は,A16の上記供述の信用性に疑いを差し挟ませるものではな
い。
(ウ)検討
a上記のとおり供述の大枠について信用できるA16の公判供述によ
れば,A16がA10宅の郵便受けの新聞を落としたのは,管理事務
所に向かう前であり,その時刻は,A16が管理事務所に着く前に誤
ってコミュニティセンターに行ったことも併せ考えれば,A19に電
話をした午後5時12分よりも相当前であったと認められる。
,,,,b一方被告人の供述によれば被告人は同日午後5時10分ころ
A10宅の郵便受けの新聞の間に上記茶封筒を入れたことになるが,
上記のとおり,そのころには,既にA16によって新聞がA10宅の
中へ落とされていたと認められる上,仮に落とされていなかったとし
ても,A16がA10宅の前でA10宅に電話をするなどしていた時
間があること,被告人もA10宅の前でA10が出てくるのをしばら
く待っていた時間があることを考慮すれば,A16と被告人がA10
宅の前で全く接触しなかったというのは考えにくいが,そのような事
実は認められない。
弁護人は,夕刊の新聞配達員は,A10宅の郵便受けに,4つ折り
になって入っていた朝刊のような物の上に縦に重なるように3月23
日の夕刊を8つ折りにして入れたとその警察官調書において述べ,一
方A16は,その公判供述において,A10宅の郵便受けには8つ折
りの新聞が2つ横に並んで入っていたと述べているが,これは,被告
人が上記茶封筒をA10宅の郵便受けの新聞の間に入れた際に,新聞
の並び方が変わったためである可能性があると指摘するが,茶封筒を
入れることで並び方が変わることがあっても,郵便受けに入っていた
新聞が4つ折りから8つ折りに変わることは考えにくく,この可能性
は認められない。
,,。したがって被告人の供述は信用できるA16の供述と矛盾する
cまた,関係証拠によれば,A10宅の郵便受けは,入れられたもの
がそのまま玄関のたたきに落ちる構造になっていること,たたきの色
は濃い緑色であること,3月23日の朝刊と広告チラシ及び同日の夕
刊は領置されていることが認められる。したがって,新聞がたたきに
落ちた時に,被告人が入れたという茶封筒が新聞から離れて落ちたの
であれば通常は目につくと考えられ,仮に新聞の間に挟まったままで
あったのであれば領置後に発見されると考えられるが,新聞を拾った
A16は上記茶封筒を見ておらず,その他上記茶封筒の存在をうかが
わせる資料は認められない。
dよって,被告人の上記③の供述は信用できない。
エ上記④について
(ア)被告人は,預金の引き出しと通帳記入を頼まれた際に上記キャッシ
ュカードとともに預かった上記通帳2冊は,3月23日に死亡している
A10が発見されてA10宅に行った際,簡易トイレの上の衣服の間に
返したと供述し,A18の公判供述によれば,同日から翌24日にかけ
て同人が部屋を片付けていた際,上記通帳2冊が,実際に簡易トイレの
上の衣服の間から,郵便局のキャッシュカードや印鑑などと共に発見さ
れたことが認められる。
(イ)しかしながら,被告人は,その公判供述によれば,捜査当初,上記
通帳は現金と上記キャッシュカードとともに郵便受けに入れたと供述し
ながら,その後,上記すべてを簡易トイレの上の衣服の上に置いた旨供
述を変遷させ,さらに,当公判廷では,現金と上記キャッシュカードは
郵便受けの中に,上記通帳は簡易トイレの上に置いたとその供述を変遷
させている。
上記キャッシュカード等を返した場所を郵便受けから簡易トイレの上
へと変遷させたことについては,取調べから逃れたかったという被告人
の述べる動機が一応の理由になるとしても,上記通帳について,捜査当
初事実に反する供述をした理由についての説明はない。
したがって,被告人は,預かった上記通帳をどこに返したのかという
重要な点について,理由なく供述を変遷させている。
(ウ)また,被告人は,上記通帳を返した当時の状況について,A10の
葬儀代などの工面のためか,A18をはじめその場にいた全員が貴重品
を探していたことを認識していたと供述しながら,誰にも言わず簡易ト
イレの上に隠すように貴重品である通帳を返したと供述しており,この
行動は明らかに不自然,不合理である。被告人は,その理由について,
金のことばかり気にするA18に腹を立てていたので通帳を持っている
ことを告げる気をなくしたなどと供述するが,とても合理的な説明では
ない。
(エ)よって,被告人の上記④の供述は信用できない。
オ被告人の上記①ないし④の供述の信用性
以上のとおり,被告人の供述は他の証拠から認められる事実と矛盾する
点を含み,重要な点で変遷しているほか,不自然,不合理な点が多々存在
することから,到底信用することができない。
()小括4
以上のとおり,被告人は,A10の意思に基づかずに前記1()の預金の6
引き出し等を行ったと認められる。
この事実は,前記4のとおり,被告人がA10の死亡推定時刻にA10宅
にいた事実と併せ考えると,被告人がA10から上記2口座のキャッシュカ
ードを盗取するとともに,その機会にA10を殺害したことを強く推認させ
る。
()違法収集証拠との主張について5
アなお,弁護人は,上記B17病院の診察申込書等が入ったごみ袋をはじ
めとする被告人宅から捨てられたごみ袋を,警察官が,数日,数回にわた
り領置したことは違法であり,したがって当該ごみ袋から収集した証拠や
それより派生した証拠はすべて違法収集証拠であり,証拠能力が認められ
ないと主張する。
イしかし,不要物として公道上のごみ集積所に排出されたごみは,その占
有が放棄されたものであって,通常,そのまま収集されて他人にその内容
が見られることはないという期待があるとしても,捜査の必要がある場合
には,刑事訴訟法221条により,これを遺留物として領置することがで
きるというべきである。また,市区町村がその処理のためにこれを収集す
ることが予定されているからといっても,それは廃棄物の適正な処理のた
めのものであるから,これを遺留物として領置することが妨げられるもの
ではない(最高裁平成20年4月15日第二小法廷決定・刑集62巻5号
1398頁。)
ウ関係証拠によれば,本件では,警察官が,被告人及びA13が市からご
みを捨てる場所として指定された公道上に不要物として捨てたごみ袋を領
置したが,その当時,捜査機関は,A10の死亡推定時刻以降に,被告人
が,A10の口座から現金を引き出したことを把握していたことが認めら
れ,捜査機関において,被告人が犯人であるとの疑いを持つ合理的な理由
,,。が存在し捜査の必要があったのであるからこの領置手続は適法である
したがって,弁護人の上記主張は理由がなく,上記ごみ袋から収集した
証拠やそれより派生した証拠は違法収集証拠ではない。
6A10が死亡時に摂取していたトリアゾラムは,被告人が用意したものと考
えて矛盾はないこと
()関係証拠によれば,以下の事実が認められる。1
アトリアゾラムの使用には医師の処方を要するところ,A10は,トリア
ゾラムを含む薬を病院から処方されておらず,特に他の入手先も見当たら
ない上,現にA10宅からはトリアゾラムを含む薬は発見されなかった。
イ被告人の父親は,3月22日当時,トリアゾラム製剤であるハルシオン
0.25ミリグラム錠を継続的に処方されており,被告人は,逮捕時(7
月6日,同錠剤1錠を所持していた。)
ウ被告人宅から7月18日に発見されたすりこ木(以下「本件すりこ木」
という)及びすり鉢各1個を鑑定したところ,本件すりこ木にはトリア。
ゾラムの付着が認められたが,上記すり鉢からはトリアゾラムは検出され
なかった。
エ被告人宅には,平成16年末ころ以降,被告人及びA13のみが住んで
いたところ,両名は,ハルシオンを処方されておらず,他の睡眠薬も使用
。,,。していなかったまたA13は本件すりこ木の所在すら知らなかった
オハルシオンには安息香酸ナトリウムが含まれるところ,A10の体内か
らも安息香酸ナトリウムが検出されており,A10が摂取したトリアゾラ
ム剤がハルシオンであっても矛盾しない。
()A20(以下「A20」という)の公判供述2。
アA20の公判供述の要旨
私は,3月25日に被告人宅から捨てられ,その後回収したごみを同日
中に精査した。ごみ袋を回収したのは私ではないが,ごみ袋が捨てられた
状況を撮影した写真で,手元にあるごみ袋が被告人が捨てたものと同じで
あること,ごみ袋の封が開いていないことを確認した上で,中身を精査し
。,,たごみ袋の中には刻まれた緑色の郵便局の古いキャッシュカード入れ
数字が羅列して書かれているメモ紙等のほか,A13の名前が書かれてい
る薬袋があり,その中には3種類くらいの空の薬の容器が8片くらい入っ
ていた。そして,その1つがハルシオン0.25と書かれている銀色の容
器だった。ハルシオンは,睡眠導入剤で犯罪にも使われるので,従前から
知っており,今もごみ袋の中に入っていたという記憶があるが,それ以外
の空の容器は,知らない薬のものだったので,今は薬の名称は覚えていな
い。ハルシオンの空の容器は,半分破れた状態で,切断されてはいなかっ
た。
ハルシオンの空の容器は,その後,その日のうちに捨ててしまった。な
ぜなら,その当時はまだトライエージという薬物検査でもA10の死体か
ら薬物は検出されていなかったので,A10が睡眠薬を飲まされて殺害さ
れたとは考えておらず,また,A13の名前が書かれた薬袋に,他の種類
の薬とともに入っていたことから,A13が服用したものだろうと考えた
からである。
イA20の公判供述の信用性
(ア)A20は,ハルシオンの空の容器がA13の名前が書かれた薬袋の
中に入っていたことや容器は半分破れていたが切断されていなかったこ
と等発見された状況を具体的に述べるもので,同日回収したごみ袋の中
にA13の名前が書かれた薬袋とその中に8片の薬の空袋が入っていた
ことは写真撮影報告書(甲124,捜査報告書(甲198)によって)
裏付けられている。また,そのままハルシオンの空の容器を捨ててしま
った理由についても,上記薬袋等が同写真撮影報告書において近接撮影
されておらず,そのころには捜査機関において特段注目されていなかっ
,,たとうかがわれることにも照らすとそれなりに納得できるものであり
特に疑いを差し挟ませるような事情はなく,A20の上記供述は信用で
きる。
(イ)これに対し,弁護人は,ハルシオンの空の容器が発見されたという
報告書が作られたのが6月23日と発見から約2か月経っていること
や,同報告書に「0.25」の文字が記載されていないことから,ハル
シオンの空の容器を見たというA20の供述は信用できないと主張す
る。
しかし,A20は,その公判供述において,A10の殺害に薬物が使
用されたのではないかと疑うきっかけとなる出来事があってから,捜査
を進めるうちにその疑いが濃厚になって報告書を作成した旨述べてお
り,その作成経緯は何ら不自然ではなく,鑑定嘱託書(甲23)によれ
ば,実際にA10の血液にトリアゾラムが含まれているかどうかの鑑定
嘱託がなされたのは6月30日であることからも,その捜査の経緯は裏
付けられている。上記報告書に「0.25」という文字はなくとも,ハ
ルシオンという文字が青色系の文字で書かれていたことが記載されてお
り,詳細にその様子が報告されているといえるから,特に疑いを抱かせ
る事情とはいえない。また,関係証拠によれば,上記報告書は本件すり
こ木やA10の血液からトリアゾラムが検出されるよりも前に作成され
たものであると認められるから,わざわざ警察が検出されるかも分から
ない成分のために,証拠を偽造したとも考えられない。
よって,弁護人の上記主張は理由がない。
ウ以上によれば,3月25日に被告人が捨てたごみ袋の中には,ハルシオ
ン0.25ミリグラム錠の空の容器が存在したことが認められる。
()検討3
A10は,前記2のとおり,トリアゾラムを摂取した状態で睡眠中に殺害
されたものであるところ,上記()アのとおり,A10にトリアゾラムの入1
手先が見当たらないことからすると,A10がこれを自ら摂取したものとは
考えにくい。
他方,被告人は,上記()イのとおり,ハルシオンを処方されていた父親1
からこれを入手することが可能であったばかりか,更に同ウ,エ,上記()2
ウの事実を総合すれば,3月25日に近い時期に,何らかの事情で,被告人
以外の者に摂取させるために,被告人宅の本件すりこ木でハルシオンをつぶ
したものと推認される。
そして,上記()オのとおり,A10が摂取したトリアゾラム剤がハルシ1
オンであっても矛盾しない。
()被告人の公判供述4
,,(「」。)アこれに対し被告人は本件すりこ木はA21以下A21という
からもらったものである可能性が高く,同人は睡眠薬をつぶすなどして服
用していた,被告人は2本のすりこ木を持っており,ふだんは本件すりこ
木ではない別のすりこ木(以下「別のすりこ木」という)を使用してい。
,,た逮捕時に持っていたハルシオンは7月3日に父親からもらったもので
それ以外にハルシオンを手に入れたことはない,A10から引き取って被
告人が自宅で捨てたごみの中に薬の銀紙らしきものがあったと供述する。
イしかし,A21から本件すりこ木をもらった事実や同人が睡眠薬を服用
していた事実は全く裏付けがなく,A10からごみを引き取った事実,そ
の引き取ったごみの中に薬の銀紙らしきものがあった事実は裏付けがある
とはいえない。仮に,被告人が7月3日以前にハルシオンを手に入れてい
ないとすれば,3月25日に被告人が捨てたごみ袋の中に含まれていたハ
ルシオンの空の容器はA13が捨てたことになるが,同人にはハルシオン
の入手先が見当たらないので,そのような仮定は考え難い。また,写真撮
影報告書(弁156)によれば,本件すりこ木と同様にA21からもらっ
たというガラス鉢等は被告人の供述どおり被告人宅の裏庭にある木製棚の
中から発見されているにもかかわらず,裏庭に干していた可能性があると
いう別のすりこ木の存在をうかがわせる資料は認められない。
ウよって,被告人の上記供述は信用できない。
()小括5
以上によれば,被告人は,A10が死亡時に摂取していたトリアゾラムを
用意したと考えて矛盾はないものと認められる。
この事実は,被告人がA10を殺害したことを強く推認させる前記4,5
の事実と相まって,被告人がA10にトリアゾラム剤を摂取させて昏睡させ
たことを強く推認させる。
7被告人は,A10宅の合いかぎを所持していたこと
()A10宅の合いかぎを作成し所持していた事実1
関係証拠によれば,被告人は,2月16日,A10宅の合いかぎを作り,
3月22日当時,これを所持していたことが認められる。
()検討2
前記1(),()のとおり,A10の死体発見直前,A10宅の玄関や出入78
り可能な窓はいずれも施錠されていて,入居時に交付された玄関のかぎ3本
はいずれも室内にあり,玄関のかぎ穴にも適合するかぎによる解錠操作によ
ってできる傷以外の傷はなかったのであるから,A10を殺害した犯人は,
殺害後,合いかぎを使って玄関を施錠したか,特殊な技能により玄関又は窓
を外側から施錠したものと認めるほかない。
よって,犯人は,A10宅の合いかぎを持つ者か,上記のような特殊な技
能を持つ者に限定される。
そして,被告人は,上記()のとおり,3月22日当時A10宅の合いか1
ぎを持っていたので,犯行を行うことが可能であったと認められる。
8弁護人及び被告人のその他の主張
()第三者によりA10が殺害された可能性について1
弁護人は,①3月22日午後7時20分ころ,A22(以下「A22」と
いう)がA10宅から髪を下ろした女性が出てきたところを目撃している。
が,被告人は3月23日に美容師のA23(以下「A23」という)によ。
って髪が結い上げられた状態にあったことが確認でき,3月22日に被告人
が髪を下ろしたとは考えられないから,目撃された上記女性は被告人ではな
いこと,②捜査線上に現れていないA10と親しい人物がいたことをうかが
わせる事実があることから,A10を殺害した犯人は,上記①,②のような
第三者である可能性があると指摘する。
ア上記①について
(ア)A22の公判供述の要旨
私は,3月22日午後7時20分ころ,B10荘B11棟B12号か
ら女性(以下「不審女性」という)が出てくるのを,同棟北側の駐車。
場に止めた車の中から,携帯電話で電話をしている時に目撃した。不審
女性は,黒っぽい格好で,肩のあたりまで髪があり,B12号室の玄関
から出て扉を閉め,扉に向かって中腰になっていたので,かぎを閉めて
いたのではないかと思う。私は,A10の身内かなと思い,特に不審女
性を注視しておらず,電話を終えて車を降りた時には特に不審女性の方
は見ていなかった。
その後,私は自宅に向かうためB10荘B11棟西側の階段を上って
いたところ,上から降りてきた女性とすれ違った。私は「今晩は」,。
と挨拶したが,返事はなかった。その女性は,服装が同じであったこと
や,車からB10荘を見た時に他の人物は見当たらなかったことなどか
ら,不審女性と同一人物だと思った。不審女性は,身長150から15
1センチメートルくらいで中肉中背,年齢50歳くらい,髪は肩までの
長さで白髪交じりで少しカールがかっていた。不審女性は下を向いてお
り,鼻から下しか見ていない。
3月24日,警察官が不審人物を見ていないかと聞き込みにまわって
いることを聞き,翌25日,不審女性を見たことを警察官に話したとこ
ろ,警察官から,何人かの人物の写真を何度か見せられたが,不審女性
。,がその中に含まれているかどうかは分からなかったその写真の中には
いつも被告人が含まれていた。4月16日,警察官から容疑者を見てほ
しいという連絡を受け,警察署で被告人が歩いているところを見たが,
被告人が不審女性であるかどうかは分からなかった。顔を除けば,年齢
と背格好が似ていたので,約50パーセントの確率で不審女性だと思っ
。,,た7月13日マジックミラー越しに髪の毛を下ろした被告人を見て
背格好は不審女性と似ていたが,髪の長さが記憶より5センチメートル
くらい長かったことや白髪の具合が違ったので,不審女性であるとは判
断できなかったが,70ないし80パーセントくらいの確率で不審女性
であると思った。この時,私は,警察が逮捕したんだから,被告人が犯
人に間違いないと思っていた。
(イ)A22の公判供述の信用性
A22の公判供述によれば,同人は,少なくとも3月22日まで被告
人と面識がないこと,視力は裸眼で1.5であること,不審女性を目撃
した当時,B12号室玄関付近は電灯が付いていたことが認められ,こ
れらによれば,A22があえて被告人に不利な虚偽供述をする動機はな
いし,同日の視認状況にも問題がないと認められる。
もっとも,A22は,その当時意識して不審女性を観察したのではな
いことから,その観察の正確性にはおのずから限界があり,そもそも人
を一番特徴づける顔を見たわけではなく,その他不審女性に特異な特徴
を述べるわけでもない。
さらに,A22は,警察官から複数写真を見せられた際には不審女性
と同一人物がいるかどうか判断できなかったのに,時が経ち,何度も捜
査機関から被告人を見せられるうちに,被告人と不審女性が同一である
,,確率が増す方向で供述が変遷していることからA22の不審女性像は
何度も被告人を見せられるうちに暗示を受け,徐々に被告人に近づいて
いった可能性がある。
したがって,特に70ないし80パーセントくらいの確率で被告人が
不審女性であるとの供述は採用することができない。
(ウ)A23の公判供述の要旨
私は,美容師であり,約20年間にわたり被告人の髪を整えてきた。
被告人は,1週間から10日に1度くらいの割合で私の美容室に来てお
,。り私以外の美容師に髪を整えてもらっているということはないと思う
被告人の髪は生まれつき強い癖がかかっており,短く切ると,髪の毛が
いろんな方向に癖を持ってちりちりになってしまうと思う。
私は,被告人の髪を整えるときは,ローションやヘルメット状のドラ
イヤーで癖を伸ばし,2つに分けて後ろで少し高めに結い上げていた。
自分でするのは難しい作業なので,被告人が自分で髪を結った場合と,
私が髪を結った場合とは区別できる。私が結い上げた髪かどうかは,前
髪と後ろの結い上げた髪の高さで判別できる。3月23日の防犯カメラ
に写っている被告人の姿(甲404)を見ると,私が結い上げた髪では
ないかと思う。3月22日は美容室は休業日であり,翌23日は午前9
時10分過ぎくらいから営業を始めているので,同日午前8時から仕事
をしている被告人は,3月22日から翌23日午後までの間に私の美容
室に来た可能性はない。
私は,平成16年から平成17年ころ,1か月から1か月半に1度く
らいの頻度で被告人の髪を黒く染めており,被告人の髪の根元の方に白
髪が出てくることはあっても,髪の毛全体が白髪交じりになるというこ
とはなかった。
被告人の髪は,いつも,まっすぐ伸ばした状態で肩から15ないし2
0センチメートルの長さになるようにそろえていた。
被告人の当時の髪の長さや白髪の具合,髪の毛の癖からすると,A2
2の「私が見たイメージ画像(甲397)のような髪型に被告人の髪」
型がなるとは考えられない。
(エ)A23の公判供述の信用性
A23にとって,被告人は,約20年来の美容室の常連客であるが,
これが直ちに被告人に有利な虚偽供述をする動機であるとはいえない。
そして,A23は,1週間から10日に1度くらいの頻度で被告人の髪
に触れていたから,その髪の特徴についての供述は基本的には信用でき
る。
したがって,被告人の髪の長さや白髪の具合についての供述は信用す
ることができる。
もっとも,上記防犯カメラの映像(甲404)を見て,被告人の髪は
自分が結い上げたものであると思うと供述する点については,その映像
自体が小さく,鮮明なものではないこと,A23は,その公判供述によ
れば,被告人が美容室に来る前に一時的に結い上げた状態以外には,被
告人が自分で結った髪を見たことがないと認められることから,この点
については信用性が低い。
(オ)検討
A22及びA23の各公判供述によれば,不審女性と被告人は,髪の
長さや白髪の具合が異なっている。そうすると,不審女性は被告人でな
い可能性がある。
イ上記②について
A10は,牛乳・卵アレルギーであるとその診療録(弁36)に書かれ
,(),,ているのに報告書弁30によれば日常的に卵を購入しているほか
マヨネーズを購入していることが認められるから,第三者がA10宅に出
入りしていた可能性はある。
ウ検討
以上によれば,確かに,介護関係者や被告人以外の第三者がA10宅に
出入りしていた可能性は残る。
しかし,仮にこのような第三者が存在し,かつ,3月22日午後7時2
0分ころまでA10宅にいたとしても,前記4のとおり,それより後の同
日午後9時20分ころ,被告人はA10宅にいたと認められるのであるか
ら,この事実は,被告人がA10を殺害した犯人であると認定することに
合理的な疑いを生じさせるものではない。
()被告人のアリバイについて2
弁護人は,被告人にはA10の死亡推定時刻当時アリバイがあり,犯行は
不可能であると主張する。そこで以下検討する。
ア関係証拠,A24の警察官調書(甲289)及びダイヤル通話料金明細
内訳書(弁53)によれば,3月22日の出来事として,以下の事実が認
められる。
(ア)午後2時30分ないし午後2時45分ころ,被告人は仕事を終えて
退社した。
(イ)午後5時43分,A12から被告人の携帯電話に電話があり,約3
0秒間通話をした。
(ウ)午後6時37分,A13の友人が被告人宅に電話をしたが,応答が
なく,留守番電話に切り替わった。
(エ)午後8時9分,被告人が自宅から上記友人に折り返し電話をし,約
1分15秒間通話した。
(オ)午後8時26分,被告人が自宅からA13の実家に電話をし,約4
7秒間通話した。
(カ)午後8時40分ないし午後8時45分ころ,A13が帰宅した。
(キ)午後9時12分,被告人の知人が被告人宅に電話をしたところ,A
13が出て「被告人はまだ家に帰っていない」と言った。。
(ク)午後9時48分,被告人が自宅から上記知人に折り返し電話をし,
約9分27秒間通話をした。
イ被告人の公判供述の要旨
私は,3月22日午後4時前ころ,勤務先から帰宅し,午後5時ころ,
民生委員として担当していたB10荘B11棟に住むA25(以下「A2
5」という)を訪ねたが,部屋から出てこなかった。その足で同じ棟の。
A10宅へ行って同人に会い,預金の引き出しと通帳記入を頼まれ,通帳
とカードを預かるなどした。自宅に帰るためB10荘B11棟の西階段を
出ようとした時に,A12から携帯電話に電話がかかってきた。午後6時
少し前には帰宅し,自治会関係の書類を作成するなどしていた。その後,
A26宅を訪問して同人に書類を作成してもらい,帰宅し,再びA25と
A10に会うためB10荘B11棟へ行ったが,A25もA10も出てこ
ず,会うことができなかった。自宅に帰った後,午後8時9分ころから自
宅の電話からA13の友人に電話をかけ,更にその後A13の実家に電話
をかけた。その後は夕食の準備等をし,午後8時45分ころ帰宅したA1
3に食事を出して,知人に依頼されていた粗大ごみを捨てるため外出し,
午後9時14分から午後9時27分の間には帰宅した。その後,ずっと自
宅にいた。
ウ検討
被告人の3月22日の行動について,時刻も含めて裏付けられているの
は上記アの事実だけである。
関係証拠によれば,被告人がA25を訪ねた事実はA25に関する訪問
活動記録に一応記載されているが,上記記載のある訪問活動記録には,被
告人宅から押収された1つづりの他の訪問活動記録と連続する汚れが認め
られないほか,A10に関する同一期間の異なる内容の訪問活動記録が複
数存在すること,別の高齢者に関する訪問活動記録は燃やされていたこと
が認められるから,特に3月22日前後に関する訪問活動記録の記載は信
用することができない。また,被告人が上記A26に書類の作成を依頼し
た事実は認められるが,これが3月22日であったとまでは認めることが
できない。知人の粗大ごみを捨てるのを被告人が手伝った事実があったと
しても,上記の時間帯とは限らない。
さらに,仮にこれらの事実があったとしても,関係証拠によれば,被告
人宅からA10宅へは歩けば往復10分くらい,自転車を使えば往復五,
,,六分で行くことのできる距離であること被告人と同居していたA13は
被告人が夜に1時間くらい外出しても何も不思議に思わず,記憶にも残ら
ないと述べていることが認められる。これらからすれば,3月22日,被
告人に犯行の機会はあったと認められる。
したがって,被告人にはアリバイがあるとの主張は理由がない。
9小括
以上のとおり,弁護人がるる主張する点を考慮しても,前記4ないし7のと
おり認定できる各間接事実を総合すると,被告人はA10を殺害した犯人であ
り,かつ,盗取したキャッシュカードを用いてA10の意思に基づかずに預金
の引き出し等をしたと優に認められる。
そして,被告人は,前記1()のとおり,A10殺害後,同人の口座から現6
,,金を引き出すなどしていること前記1()のとおり当時金員に窮していた上9
,,,他に殺害の動機が見当たらず前記26のとおりトリアゾラム剤を摂取させ
昏睡させて殺害するという犯行態様からして衝動的な犯行とも認められないこ
とからすれば,少なくとも被告人は,金品を盗取する目的でトリアゾラム剤を
A10に摂取させて昏睡させた上,キャッシュカード等を盗取し,その罪跡を
隠滅するために同人を殺害したと認められる。
なお,前記2のA10の死亡推定時刻からすれば,被告人がA10を殺害し
たのはそのころである3月22日午後9時前後の一定の幅のある時間帯である
と認められるが,被告人がA10にトリアゾラム剤を摂取させた時刻は,A1
0の血液に含まれていたトリアゾラムの濃度等の関係証拠を総合しても,上記
時間帯の一定程度前であるとしか認定することができない。
被害品について10
()検察官は,判示第4の被害品として,被告人が3月23日に使用した判示1
第5の1,2記載のA10名義の①B13銀行のキャッシュカード1枚,②
B14銀行のキャッシュカード1枚のほか,A10の死後部屋を片付けた際
にA10宅から発見されなかった③A10名義の貯金通帳1通,④上記①な
いし③の口座共通の届出印1個,⑤A27名義の貯金口座の届出印1個,⑥
A8,A28名義の貯金口座共通の届出印1個を主張する。
確かに,関係証拠によれば,A10宅からは他の多数の印鑑や通帳,キャ
ッシュカード等が見つかったにもかかわらず,上記①ないし⑥については見
つからなかったことが認められる。
()そこで検討すると,上記①,②については,前記1()のとおり,3月226
3日に被告人が使用していることが明らかであるから,本件被害品であると
認められる。
上記③のA10名義の貯金通帳は,関係証拠によれば,少なくとも平成1
5年末ころからA10が日常的に継続して使用していた口座の通帳で,3月
4日にもA10に依頼されたA17が入金手続を行った際に用いられ,その
後A10に返却されていることが認められ,一人暮らしで1人で外出するこ
とがままならないA10がこれを紛失したとは考えにくいことから,被害当
時A10宅にあったと推認される。また,上記⑥の印鑑は,関係証拠によれ
ば,3月22日にA17が使用してA10に返却していることが認められる
から,被害当時A10宅にあったと推認される。にもかかわらず,これらは
A10の死亡後発見されていないことからすれば,上記①,②と同一機会に
盗まれたものと推認できる。
()しかし,上記④,⑤の印鑑については,関係証拠及び写真撮影報告書(甲3
359,363)によれば,判示第4の犯行直前まで入出金のある口座の届
出印であることが認められるものの,届出印による金員の入出金はうかがえ
ないし,形状からしても紛失しやすいものであるから,3月22日にA10
宅にあったとまでは認めることができない。
よって,これらを被害品として認めることはできない。
結論11
以上の次第で,被告人は,判示第4の強盗殺人,同第5の1の窃盗,同第5
の2の窃盗未遂の各犯行を行ったものと認められる。
第3判示第3の事実(A10の孫名義の口座に対する窃盗未遂事件)について
1前提となる事実
関係証拠及び「照会に対する回答」と題する書面(弁103)によれば,前
記第2の1()(被告人とA10との関係,同1()(A10の入院状況等,13))
同7()(被告人によるA10宅の合いかぎの作成・所持)の事実のほか,以1
下の事実が認められる。
()被告人は,2月14日午前10時ころ,入院したA10の下着などを準備1
するため,A10宅へ入った。
()被告人は,判示第3記載のとおり,2月18日にA8名義の通帳を使用し2
て現金自動預払機から現金を引き出そうとしたが,引き出すことができなか
ったところ,その態様は,現金1000円を2度にわたり引き出そうとした
ものであるが,いずれも暗証番号を誤って入力したというものであった。
また,上記口座は,A8の祖母であるA10が管理していたもので,同日
の残高が1293円であり,平成12年9月18日に1万円が引き出された
後は使用されていなかった。そして,上記通帳には,同日の取引の後,利子
以外に入出金はないことや平成15年4月1日時点での残高が1292円で
あることが記帳されていた。
()被告人は,2月20日から翌21日までの間に,A10宅へ入り,同日,3
A10が入院するまでの間に処方されていた薬の内容が分かる書類をB17
病院に持ってきた。
()被告人夫婦には,2月18日ころ,消費者金融業者合計8社に対し2694
,,,万円余りクレジット会社に対し52万円余り銀行に対し333万円余り
B18に対し138万円余り,生命保険会社に対し42万円余りなどの債務
があり,他方,同月における,A13の手取り収入は36万7486円,被
告人の手取り収入は4万8300円であり,被告人は,このころ毎月数万円
を消費者金融業者等から借り入れていた。
2被告人の自白
,(。「」被告人はその検察官調書乙102ないし104以下本件自白調書Ⅰ
という)において,A10やA8に無断で前記1()の口座から現金を引き。2
出そうとしたことを認める供述をしているので,以下検討する。
()本件自白調書Ⅰの要旨1
私は,2月18日,A10やA8に無断でA8名義の通帳を使用して上記
口座から現金を引き出そうとした。この通帳は,確か同月16日に,A10
から薬の処方箋を持ってきてほしいと頼まれてA10宅に入り,これを探し
ていた際に見つけて持ち出した。使用した通帳は,その後A10宅へ返して
おいた。
()本件自白調書Ⅰの任意性2
弁護人は,本件自白調書Ⅰは,①逮捕前の任意取調べの違法状態が解消さ
れないままに得られたものである,②取調官による強制,拷問などにより得
られたものであるなどと主張し,任意性がない又は違法収集証拠であると主
張する。
ア上記①について
(ア)前提となる事実
関係証拠,捜査報告書(甲302,捜査関係事項照会に対する回答)
書(甲303「弁護士法第23条の2による照会に対する回答」と),
題する書面(弁79,A29及び被告人の公判供述並びに一件記録内)
の身柄記録及び弁護人選任届によれば,被告人が逮捕される前の任意取
調べについて,以下の事実が認められる。
a被告人は,3月27日,自ら警察署に出頭し,A10が殺害された
件について取調べを受けた。
b被告人は,4月13日から5月27日までの間に合計34日間,休
憩時間等を含めると合計275時間以上警察本部の取調室等で取調べ
を受けた。この取調べのうち5回は午後10時を過ぎても行われ,う
ち1回は翌日午前零時25分ころまで行われた。
c上記bの取調べの際は,警察官が,被告人宅から警察本部等までの
往復とも被告人を捜査用車両で送迎した上,休憩時間を含め,被告人
に常に付き添っていた。
d被告人は,4月30日,音信不通により勤務先を解雇された。
e被告人は,4月24日の午後の取調べにおいて,判示第2の事実に
ついては認めたが,上記bの取調べの全体を通じて,判示第4のA1
0が殺害された件については無関係であり,判示第5のA10の預金
を引き出すなどした事実は認めたものの,それはA10に頼まれたか
らであるなどと供述し続けた。
f被告人は,7月6日から同月27日まで判示第2の4,第5の事実
を被疑事実として逮捕・勾留され,8月10日から同月30日まで判
示第4の事実を被疑事実として逮捕・勾留され,9月7日から同月2
7日まで判示第1の事実を被疑事実として逮捕・勾留され,同日から
10月17日まで判示第3の事実を被疑事実として逮捕・勾留され
た。
g被告人には,実質的に,7月12日ころ1人目の弁護人が付き,同
月15日ころ2人目の弁護人が付き,10月1日ころ3人目の弁護人
が付いた。
h被告人は,9月15日から同月26日にかけて,それまで否認して
いた判示第1の事実を認める供述をし,その旨の検察官調書(乙88
ないし91,107)が作成された。
i被告人は,10月16日から翌17日にかけて,それまで否認して
,。いた判示第3の事実を認める供述をし本件自白調書Ⅰが作成された
(イ)検討
a上記(ア)bのような長期間,長時間にわたる取調べを,同dのとお
り勤務先を解雇されてまで任意に受けることは通常考えにくく,しか
も,被告人が,その際,同cのとおり警察官による送迎や付添いを受
け,事実上の監視を受けていたことからすれば,被疑事実が強盗殺人
という重大事件であったことや,同bの取調べの終わりころには取調
べ時間が午後のみになるなど捜査機関側の一定の配慮がうかがえるこ
とを考慮しても,特段の事情が認められない限り,一定の時点からは
もはや任意取調べとは認められないというべきである。そして,被告
人は,むしろ取調べを受けたくなかったと供述し,A13も,警察官
に対し抗議をしていたと供述するのであるから,上記のような特段の
事情は認められないというべきである。
したがって,被告人の逮捕前の任意取調べは,一定の時点から,任
意捜査の限界を超えた違法なものであったと認められる。
bしかし,上記(ア)fのとおり,被告人の最初の逮捕は,最後の違法
な任意取調べから1か月以上間を置いて行われ,かつ,被告人は,同
bの取調べでは,同eのとおり供述し,判示第2の事実についてはほ
とんど時間が割かれなかったと推認されるから,上記逮捕とそれに続
く勾留は,主に被告人の供述証拠以外の証拠によってされたものと認
められる。その後に続く一連の逮捕・勾留も,同h,iのとおり,被
告人はそれに先立って当該逮捕・勾留に係る被疑事実を自白した事実
は認められないから,被告人の供述証拠以外の証拠によってされたも
のと認められる。
以上からすれば上記の違法な任意取調べを前提としても上記(ア),,
fの一連の逮捕・勾留については,逮捕・勾留の違法な蒸し返しに当
たるとまではいえない。
cそして,最初の逮捕までの時間の経過や,上記(ア)gのとおり逮捕
後被告人には弁護人が付き,適切な弁護活動を受けられたと認められ
ること,更に本件自白調書Ⅰ作成時には上記違法な任意取調べから4
か月以上経過していたことに鑑みれば,本件自白調書Ⅰ作成時には,
違法な任意取調べの影響は相当程度薄らぎ希薄化していたものと認め
られる。
よって,上記違法な任意取調べは,本件自白調書Ⅰの任意性等には
直接には影響を及ぼさないと認められる。
イ上記②について
(ア)被告人は,本件自白調書Ⅰのとおり自白した理由について,検察官
から,家族が納得できるよう説明してほしいなどと説得されたことを主
たる原因であると供述し,他に,当時の弁護人から小さい事件だから自
白してもよいと言われていたとも供述する。
しかし,検察官が被告人の家族のことを考えて本当のことを話すよう
にと諭したことは,取調べ方法として問題のあるものとはいえないし,
弁護人から自白してもいいと言われたことは,信用性に影響を与えるこ
とはあっても,任意性に影響を与える事情とはいえない。
なお,被告人は,取調べの際,検察官から「泥棒しても,殺しした,
にしても,あなたの血が子供に流れてる。その子供が生まれれば,窃盗
の血が流れたり,強盗殺人の血が流れる子供が生まれる。結婚したお嫁
さんからは,そんなお婿さん(被告人の息子)は要らないと離婚される
だろう」と言われたとも供述する。しかし,取調べ検察官はこれを明。
確に否定する上,被告人が取調べ中に取調官に言われたことなどを書い
ていたノート(弁150)に上記記載はなく,そのころ接見した弁護人
,,,にも相談したことはうかがえないし当公判廷においても主質問では
判示第1の事実で勾留された取調べの際に言われたと供述していたの
が,反対質問では,判示第3の事実で勾留されて取り調べられた際にも
言われたと供述するなど,その供述は場当たり的に変遷していることが
認められ,検察官が上記発言をしたとの被告人の供述は信用できない。
(イ)また,被告人は,本件自白調書Ⅰについて,検察官の言うとおりに
作られていったとも供述する。
しかし,本件自白調書Ⅰによれば,被告人は,他の証拠と一致しない
供述もしており,検察官からその矛盾点を指摘されても,その供述を維
持していることが認められることからすれば,本件自白調書Ⅰには被告
人の言い分が反映されているといえ,検察官の言うとおりに作られたな
どとは到底いえない。
(ウ)その他,弁護人は,起訴後の取調べがあった,警察官が弁護人と被
告人との信頼関係を破壊しようとした,黙秘した被告人に謝罪文を書か
せたなどの違法な取調べがあったと主張する。
しかし,被告人自身,起訴後の取調べには応じる義務がないことや黙
秘権があることは弁護人から教えられて十分分かっており,実際に起訴
後の取調べでは黙秘していた,弁護人の悪口を書いた書面へ署名を拒否
した,弁護人の悪口を言った警察官に刑事だって桜のマークを付けたや
くざだと言い返した,さらに,腹が立ったときには刑事を蹴ったことも
あると供述していることからすれば,仮に上記主張のような事実があっ
たとしても,被告人の自白に与えた影響はそれほど大きくなかったと認
められ,その任意性に疑いを生じさせるものとはいえない。
(エ)以上のとおり,被告人の自白の任意性に疑いを生じさせるような取
調べの状況はなく,また,証拠排除すべきほどの違法な取調べがあった
,,ことはうかがわれないから被告人の本件自白調書Ⅰには任意性があり
証拠能力が認められる。
()本件自白調書Ⅰの信用性3
前記1()のとおり,被告人が処方箋を取りにA10宅に入ったのは2月3
20日以降であると認められるから,被告人の本件自白調書Ⅰにおける供述
のうち,処方箋を取りにA10宅に入った際に同月18日に使用したA8名
義の上記通帳を見つけたという部分は客観的事実と矛盾する。
しかし,それまで犯行を否認していた被告人が,上記()イのとおり,任2
意に,他の証拠と一致しない言い分も維持しながら,上記口座の記帳残高が
1292円だったと教えられて嘘を突き通すことができないと思ったと動機
まで合理的に説明した上,自白に及んでいるのであるから,本件自白調書Ⅰ
には,前記1の認定事実と矛盾しない範囲で信用性が認められる。
なお,弁護人は,A10は,A8名義の上記通帳を入院していた病院に持
ち込んでおり,A10宅から通帳を持ち出したという本件自白調書Ⅰはその
点でも事実に反すると主張する。確かに,被告人は,A10はベッド上にい
くつかの通帳を並べており,その中からA8名義の上記通帳を取り出して渡
してきたと供述するが,それを裏付ける証拠はない。A10がふだん使って
いない口座の通帳を入院先に持ち込まなかったということも経験則上十分あ
り得ることであるから,被告人の本件自白調書Ⅰのうち上記部分が客観的事
実と矛盾するということはできない。
3被告人の公判供述
()被告人の公判供述の要旨1
私は,2月18日,B17病院へA10を見舞いに行き,A10を励まそ
うとして,休みになったらA10の息子の嫁や孫が会いに来てくれるかもし
れないよなどと言ったところ,A10は半信半疑な様子ながらも期待し,も
し来てくれるのであればお小遣いをあげたいと言い,さらには,生活費もな
く,誰か来てくれても何もしてあげることができないのでお金がいると言っ
た。そして,1万円か2万円か忘れたが,A8名義の前記口座から現金を引
き出してきてほしいと頼まれ,その通帳を渡され,暗証番号を教えられた。
私は,Q’の郵便局で現金を引き出そうとしたが,暗証番号が間違ってい
たため,引き出すことができなかった。
その後,同日中にB17病院へ行き,A10に暗証番号が異なっていたこ
とを伝え,通帳を返したが,その後,A10から更に金員の引き出しを頼ま
れることはなかった。
()被告人の公判供述の信用性2
ア供述内容の不自然性,不合理性
被告人は,A10に休みになったらA10の息子の嫁や孫が会いに来て
くれるかもしれないよなどと言ったところ,これを受けてA10は被告人
に金員の引き出しを頼んだというが,A30の公判供述によれば,A10
の息子の嫁や孫が見舞いに来る予定は全くなかったし,同人らは岡山県に
住み,嫁は,A10が度々入院していることは知っていたが,A10とは
七,八年前に会って以来会っていなかったことが認められることからすれ
ば,A10が本当に嫁や孫らが来ると思い,被告人に金員の引き出しを依
頼したとは考えにくい。
また,そもそも現金の引き出しを頼まれたのにその暗証番号が間違って
いたということ自体不自然である上,前記1()のとおり,上記口座はそ2
の当時まで4年以上も使用されておらず,当時の残高は1293円に過ぎ
なかったところ,このような口座からなぜ現金を引き出すよう依頼したの
かも疑問であるし,残高を大幅に超える1万円ないし2万円を引き出して
ほしいと頼んだというのも不自然である。同口座からは平成12年9月1
8日に1万円が引き出された後,利子以外に入出金はないことや,平成1
5年4月1日時点での残高は1292円であるということが上記通帳に記
帳されていたことからすれば,A10が同口座の残高を1万円以上と勘違
いしたとも考えにくい。また,被告人が引き出そうとした金額が,頼まれ
たと供述する1万円ないし2万円ではなく1000円であるのも不可解で
ある。
さらに,A10が本当に誰かが来たときのために金員の引き出しを依頼
したのであれば,被告人から現金を引き出すことができなかったと伝えら
れた後,確実に入金されており,暗証番号も分かる,2月28日にA10
自身が16万円を引き出しているB13銀行のA10名義の口座等から,
被告人に再び頼むなどして現金を引き出すのが自然であると考えられる
が,関係証拠によれば,そのような事実も認められない。
イ供述の変遷
関係証拠及びA31の公判供述によれば,被告人は,捜査段階では,当
初,A10から印鑑代金の支払のためお金を下ろしてきてほしいと頼まれ
たと供述し,その後,孫が2人来ると思うので,1人5千円ずつか1万円
ずつあげたいからお金を引き出してほしいと頼まれたと供述し,さらに,
当公判廷では,孫あるいはその他の誰かが来た場合に備えてお金を下ろし
てきてほしいと頼まれたと供述していることが認められ,何のためにお金
を下ろしてきてほしいと頼まれたのかという重要部分で供述を変遷させて
いる。
ウ小括
以上のとおり,被告人の公判供述の内容は不自然,不合理である上,重
要部分で変遷している。
よって,被告人の公判供述は信用できない。
4結論
前記1()の被告人がA8名義の口座から現金を引き出そうとした行為の態2
様,同口座の当時の残高やそれまでの取引経過,前記第2の7()の被告人が1
A10宅の合いかぎを作っていた事実,前記2の被告人の自白に加え,前記1
()の被告人の当時の経済状況も総合考慮すれば,その他弁護人がるる主張す4
る点を考慮しても,被告人が,A10に無断で判示第3の窃盗未遂の犯行を行
ったものと優に認められる。
第4判示第1の事実(忘年会における窃盗事件)について
1前提となる事実
関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
()被告人は,平成15年当時,名古屋市の交通指導員をしており,同年111
月21日午後6時ころから,同じく交通指導員であるA1,A2ら11名,
警察官2名及び区役所職員3名とともに,本件忘年会に参加した。
()本件忘年会開始当時,被告人の正面に,テーブルを挟んで向かい合う形で2
A2が座り,A2の右隣にA1が座った。A2とA1は,テーブル下の棚の
上に,持っていたそれぞれのかばんを,その口が自分の方を向くようにして
置いた。
上記テーブルは,横幅約60センチメートル,奥行き約74センチメート
,,,ル高さ約74センチメートルの大きさであってその天板の下に棚があり
その棚は,テーブルの脚から奥行き約20センチメートルのところに,奥行
き約29.5センチメートル,横幅約53センチメートルの板が1枚あるだ
けであって,同棚の上面から天板の下面までの高さは約15センチメートル
ある。
そして,上記テーブルの両端に座った人はそのテーブル下の同じ棚を使用
する構造になっている。
()本件忘年会も終わりに近づいた同日午後8時10分ころ,A2は,開始当3
時座っていた席に戻り,かばんの中に入れてあった小銭を財布に移し,その
,,財布をかばんに入れた後もう1度かばんの口が自分の方を向くようにして
テーブル下の棚の上に置いた。その後,トイレに行って約10分後に同じ席
に戻り,かばんの中の財布から金銭を出そうとしたが,財布がなかった。A
2が,財布がない旨周りに伝えたことから,本件忘年会の参加者それぞれが
自分のかばんの中を確認することになり,A1が自分のかばんを確認したと
ころ,A1の財布もなかった。そこで,区役所職員2名を除く参加者全員が
お互いのかばんの中を確認し合うなどしたが,A2とA1の上記各財布(以
下「本件各財布」ともいう)は見つからなかった。。
被告人は,自分のかばんの中を別の交通指導員に見せた後,迎えに来たA
12が運転する車に乗って帰宅した。なお,A12は,同日午後8時前から
本件忘年会会場付近の道路で車に乗って被告人が出てくるのを待っており,
本件忘年会の最中,被告人は,少なくとも1度はA12の車の所へ行き,酔
った区役所職員を送ってくれないかとA12に頼んだ。
その後,本件忘年会は終了し,参加者の一部は名古屋市M’区にあるスナ
ックB21へ二次会に行った。
()同年12月12日午後9時ころから同日午後9時30分ころの間に,上記4
スナックB21のあるビルの3階フロアのエレベーターを降りたすぐ右側
に,本件各財布及びその中に入っていたクレジットカードやレシート等がす
ぐ目に入るような状態で散らばっているのを,同店のママであるA32(以
下「A32」という)が発見した。同人は,盗難だと直感し,すぐにそれ。
らを持って店に入り,警察官である客3人の前で財布の中を確かめたが,現
金は入っていなかった。
同日午後7時ころ,A32が同店に来た時には本件各財布等はなく,同日
午後8時ころ出勤した同店店員や,同日午後8時30分ころ同店を訪れた上
記3人の客は,本件各財布等について何も言っていなかった。
閉店後,A32は警察に本件各財布等を届けた。
()平成16年1月8日,交通指導員の定例会が終わった後,本件各財布がス5
ナックB21付近で発見されたことが簡単に交通指導員に知らされた。
被告人は,A2や忘年会に参加した警察官らに対し,平成15年12月1
2日の愛知県知多郡A町にある食堂の飲食代金のレシートの時刻表示を1”「
7:46」から「19:46」へ改ざんしたもののコピーを添付の上,同日
午後7時46分ころには知多の食堂にいたので,本件各財布が投棄された時
間帯にスナックB21へ行くことはできず,自分は犯人ではない旨の手紙を
送った。なお,A2に送った手紙及び封筒裏面には「一月九日AM11:0
0」との記載がある。
()平成17年4月27日,被告人宅の台所の和タンスから「×××××6,
××××××A33」とA2の字で書かれたメモ(以下「本件メモ」と
いう)が,被告人の2001年の厚生手帳に挟まれた状態で発見された。。
A33はA2の夫であり,上記番号の携帯電話は,平成12年4月6日に
サービスが開始され,同人が勤務先から貸与されて使用していた。
()被告人宅からスナックB21のあるビルまで婦人用自転車で走行した場7
合,信号の待ち時間を計上しなければ,往路は約10分20秒ないし約13
分35秒を,復路は約11分40秒ないし約13分45秒を要する。
()被告人夫婦には,平成15年11月末ころ,消費者金融業者合計8社に対8
し合計314万円余り,銀行に対し486万円余り,生命保険会社に対し4
0万円余りなどの債務があり,被告人は,このころ毎月数万円を消費者金融
業者等から借り入れていた。
2A2の公判供述
()A2の公判供述の要旨1
ア私は,本件忘年会に参加した際,財布の中に,判示第1の2記載の被害
品のほか,夫の名前と携帯電話番号を書いたメモを入れていた。それは,
私は携帯電話を持っていなかったので,いざというときに夫に連絡が取れ
るように,本件忘年会当日の朝作成し,財布の中に入れたものである。な
お,私は,このときのように必要があると電話番号をメモして持ち歩いて
おり,用が済むと持ち歩いていなかった。
イ私は,被告人に対し,夫の名前や携帯電話番号が書かれたメモを渡した
記憶はない。私は,被告人とは交通指導員の仕事以外に私的な付き合いを
しておらず,被告人の携帯電話番号を知らなかったし,夫と被告人との交
流もなかった。本件メモは,本件忘年会当日の朝作成し,本件忘年会当時
財布に入れていたメモに間違いない。
ウ本件忘年会が始まった当初,私はひざの上にかばんを置いていたが,被
告人が「下に置けれるよ」とテーブルの下に棚があることを教えてくれ。
たので,そこにかばんを置いた。私は,人のつばが食事や食器に触れるの
が嫌なので,デザートを食べ終えるまで最初に座った席で食事をし,その
後,席を離れた。本件忘年会がもう終わるという時に,最初に座っていた
席に戻り,かばんの中の小銭を財布に移したが,トイレに行って帰ってき
て,お金を出そうとして,かばんの中に財布がないことに気付いた。
そこで,その場にいた人に「財布がないから,みんなのかばんの中を見
てくれない?」と言ったところ,それぞれが自分のかばんの中を探し,お
互いにかばんの中を確認し合うことになった。そのとき,階段に続く出入
口の近くにある台の上にあった被告人のかばんが,随分ぴんと張ってぱん
ぱんになっているのを見て,今日は持って帰るものもないのにと思った。
,,,「,その少し後私は被告人が階段を下りていくところを見たのであっ
今,帰っちゃまずいがな」と思った。そのとき,上記台の上を見たら,。
被告人のかばんがなかったので,被告人はかばんを持って階段を下りたと
思う。その後,隣にいたA1が自分の財布もないと言ったので,事態はよ
り深刻になった。私がA1に,被告人が帰ったことを告げると,A1が大
きな声で「被告人が帰ったんだって」と言ったが,それを聞いた別の交。
通指導員が「いーるじゃん」と言ったので,そちらを見たら,既に被告。
人は本件忘年会会場へ戻ってきていた。その時,被告人は「見てー」と。
言いながらかばんを広げて中を見えるようにしていた。
私は,被告人が階段を下りるのを見た時は,ただ帰るんだろうと思った
だけだったが,被告人が階段を下りる前に見た同人のかばんがあまりにも
不自然だったことから,もしかして盗んだ財布が入っていたからではない
か,かばんの中を見せられるのはもう中に財布が入っていないからだろう
と思い,すぐに階段を下りて店の外に出て,植え込みや缶捨てなどいろい
ろなところを探したが,財布は見つからなかった。
,,私は10分くらい外で財布を探した後本件忘年会会場へ戻ったところ
被告人は,自分のかばんの中の確認も受けたし,酔った区役所職員を送っ
ていくからということで先に帰り,その後しばらくして他の参加者も帰っ
た。
エ同年12月12日午後7時ころから同日午後8時過ぎころまで,私は,
被告人と,本件忘年会で財布がなくなったことに関して電話で話をした。
()A2の公判供述の信用性2
アA2は,被告人の元同僚であり,あえて虚偽の供述をする動機はなく,
その供述は具体的かつ自然である。そして,覚えていることと覚えていな
いこと,見たことと見たことから推測したことを区別して述べており,真
摯な供述態度が認められる。また,A2の公判供述,被害届(甲75)に
よれば,A2は,財布がなくなった翌日には警察に被害届を出し,その後
警察や区役所,市役所に行き,交通指導員同士で話合いを持つ中で,幾度
となく記憶を喚起していることが認められる。そして,同供述によれば,
A2は,平成16年2月から3月にかけて,市役所へ提出するために一連
の経過をノート(甲414)にまとめているところ,A2の公判供述は同
ノートの記載とほぼ一致しており,A2はその当時から一貫して同じこと
を述べていることが認められる。さらに,本件忘年会の経過については,
A1の公判供述とその内容がほぼ一致し,互いに信用性を補強し合ってい
る。
本件メモについても,A2は,これを作成した理由を具体的に述べてお
り,A2及びA1の各公判供述によれば,A2と被告人とは交通指導員の
仕事以外での私的な交流はなく,A2の夫と被告人との交流もほとんどな
かったこと,交通指導員同士の連絡は基本的に自宅の電話で取ること,A
1もA2の携帯電話番号を教えてもらったことはないことが認められる。
さらに,前記1()のとおり,本件メモに記載された番号はA2の夫が勤6
務先から貸与された仕事用の携帯電話の番号である。これらからすれば,
本件メモが何らかの機会にA2又はその夫から被告人に渡されたものであ
るとは考えにくい。
よって,A2の公判供述は信用でき,本件メモはA2が本件忘年会当日
の朝作成し,本件忘年会当時財布の中に入れていた被害品であると認めら
れる。
イこれに対し,弁護人は,特に本件メモが本件忘年会当時A2の財布の中
に入っていたという供述は,被害届にその旨の記載がなく,本件メモが被
告人宅から発見された後にされた供述であるから,信用できないと主張す
る。
しかし,被害届には財産的価値のないものは書かれないのがむしろ一般
であること,写真撮影報告書(甲386)によれば,A1の財産的価値の
ない被害品が写真撮影されたのも平成17年5月17日であることからす
れば,被害届に上記メモの記載がないことは,A2の公判供述の信用性に
何ら疑問を抱かせるような事情ではない。
よって,弁護人の上記主張には理由がない。
3間接事実
前記1の事実及び前記2のA2の公判供述によれば,被告人が判示第1の各
犯行を行ったことを示す間接事実として,以下の事実が認められる。
()本件メモとA2の被害品との同一性1
前記2のとおりA2の被害品と認められる本件メモが,前記1()のとお6
り被告人宅から発見されている。
()犯行の機会2
前記1()ないし()の事実及びA2の公判供述によれば,被告人は,①A13
2の財布がなくなったころに本件忘年会会場にいたこと,②上記財布がなく
なったことが発覚した後いったん上記会場を離れ,A1が財布がないと気付
いたころに上記会場に戻り,別の交通指導員からかばんの中の確認を受けた
こと,③そのころ,上記会場の外ではA12が車に乗って被告人を待ってい
たこと,④被告人は,本件忘年会が終わる前に少なくとも1度はA12の所
に行き,その後再び上記会場に戻ったことがそれぞれ認められる。
以上からすれば,被告人には,本件各財布を盗んだ上,その後,他の交通
指導員から自分のかばんの中の確認を受ける前に,本件各財布を外に持ち出
し,A12の車に載せる機会があったことが認められる。
さらに,A2の公判供述によれば,被告人のかばんが,被告人が上記会場
を離れる直前にふくらんでいたことも認められる。
()被害品を投棄する機会3
前記1()の事実によれば,本件各財布等がスナックB21前に投棄され4
たのは,平成15年12月12日午後8時30分ころから同日午後9時30
分ころまでの間であると認められる。そして,同()のとおり,被告人宅か7
らスナックB21までは自転車で十数分間で行くことができるから,前記2
()エの同日午後8時過ぎころまでのA2との電話の後,被告人が,本件各1
財布等の判示第1の各被害品の一部をスナックB21前まで投棄しに行くこ
とは十分可能であったと認められる。
したがって,被告人には,同被害品を投棄する機会があったことが認めら
れる。
()アリバイ工作4
被告人は,前記1()のとおり,本件各財布等が投棄された時間帯に,ス5
ナックB21前まで行くことができなかった旨のアリバイ工作をしている。
()動機の存在5
,,,被告人夫婦には前記1()のとおり本件忘年会当時多額の債務があり8
本件各財布を盗む動機があった。
4被告人の自白
被告人は,その検察官調書(乙88ないし91,107。以下「本件自白調
書Ⅱ」という)において,本件各財布を盗んだことを認める供述をしている。
ので,以下検討する。
()本件自白調書Ⅱの要旨1
私は,本件忘年会の際,本件各財布を盗んだ。
本件忘年会の最中,参加していた区役所の課長が酔っぱらって私に何度か
抱きついてきたことがあり,その際,テーブルが動いたせいか,私がしゃが
んだ時,A2の財布がテーブルの下の棚の上に出ているのが見えた。A1の
財布は,かばんの中に入っていたが,財布が入っているのが見える状態だっ
た。私は,上記課長に抱きつかれた腹立たしさや,これまで交通指導員の中
でいろいろ不満を持っていたことが思い出されたことから,財布を盗めば,
うっ憤も晴れ,お金も手に入るしちょうどいいと思い,とっさにA1とA2
の財布を手に取り,自分のかばんの中に入れた。これは,A2の財布がない
という話が出る10分前以内のことである。
その後,A2が財布がないと言い出したのを聞いて,困ったなぁ,ヤバイ
ことをしてしまったなぁ,このままでは私が盗んだことが分かってしまうと
思い,自分のかばんを持ってA12の車の所まで行き,A12に区役所の酔
っぱらいを送って欲しいなどと話しかけながら,その後部座席の上着の下に
財布を隠した。その後,本件忘年会会場に戻り,私のかばんの中の確認を受
けた。なお,上記供述以前に,かばんの中の確認を受けた際,本件各財布は
入ったままだったが,盗んだことは発覚しなかったと供述した(乙88)の
はうそである。
その後,A12に車で自宅まで送ってもらったが,タクシーに乗ってスナ
ックB21の前まで行き,A1とA2に申し訳なく思い,本件各財布が入っ
た白いビニール袋をエレベーター横の2つの大きな植木鉢の間に置いた。そ
うすれば,同人らに財布が戻ると思った。本件忘年会から数週間後に本件各
財布が発見されたことを聞き,発見されるのが遅すぎると思い,えー,うそ
ー,と思った。
()本件自白調書Ⅱの任意性2
弁護人は,前記第3の2()とほぼ同様の理由で,本件自白調書Ⅱには任2
意性がない又は違法収集証拠であると主張するが,前記第3の2()のとお2
り,上記主張には理由がない。
なお,本件自白調書Ⅱの取調べの際のみの事情として,被告人の公判供述
等によれば,そのころ,被告人が弁護人の1人との接見を拒否していた状況
があることが認められるが,それは,被告人と当該弁護人がけんかをしたこ
とが主たる原因であり,被告人には別の弁護人が付いていたことも併せ考え
れば,この事実は,信用性に影響を与えても,任意性に影響を与える事情で
あるとはいえない。
本件自白調書Ⅱの内容からしても,他の証拠と一致しない供述が含まれて
,,いたり明らかに不合理な内容の供述が含まれていたりすることからすれば
被告人が検察官の言うがままの供述をしなければいけないという心理的強制
を受けていたとは到底認められない。
したがって,本件自白調書Ⅱには任意性が認められる。
()本件自白調書Ⅱの信用性3
①前記1()のとおり,A2とA1は,それぞれ自分の方向に口が向くよ2
うにかばんをテーブル下の棚の上に置いていたのであるから,少々テーブル
が動いたとしても,その反対側にいた被告人から本件各財布が見えたとは考
え難いのに,被告人は,財布が見えたので盗んだと供述していること,②前
記3()のとおり,本件各財布がスナックB21前に投棄されたのは平成13
5年12月12日であるにもかかわらず,被告人は,本件忘年会当日に置い
たと述べていることなど,本件自白調書Ⅱの中には,客観的事実と矛盾する
内容が含まれることが認められる。
しかし,被告人が本件各財布を盗み,それから10分以内にA2が財布が
ないことに気付いたため,このままでは自分が盗んだことが分かってしまう
と思って,本件各財布をA12の車に隠したというのは,前記1()の認定3
事実に合致し,流れも自然である。
,,,そうすると被告人は真偽織り交ぜて検察官に供述したものと認められ
本件自白調書Ⅱのうち,前記1の認定事実に沿う部分は,真実を述べたもの
と認められる。
5弁護人及び被告人のその他の主張
()本件メモについて1
ア被告人は,本件メモは,いつかは覚えていないが,別の機会にA2から
もらったものであると供述し,その根拠として,①被告人の子供とA2の
子供は同時期にボーイスカウトに入っていたことがあって,そのときにA
2の夫と被告人との間に交流があり,その後も被告人夫婦はA2の夫を見
舞うなどして交流があったこと,②被告人には,平成13年1月ころに本
件メモを見た記憶があること,③A2が,その夫の当該携帯電話を使用し
て被告人宅に電話をかけたことがあることを挙げる。
イしかし,上記①については,被告人の子供とA2の子供が共にボーイス
カウトに入っていたのは昭和61年ころまでのことで,本件忘年会より1
5年以上前の話であり,被告人夫婦がA2の夫の見舞いに行ったことがあ
るからといって,同人の携帯電話番号を教えられるほど親しい関係にある
こととは必ずしもつながらない上,被告人自身,A2の夫に直接連絡を取
る必要はなかったと述べている。
ウ上記②については,被告人は,平成13年1月ころに本件メモを見た事
,,,実は公判段階に至って思い出したと供述するところ弁護人は被告人は
捜査段階では,本件メモそのものではなく,本件メモと同じ内容が記載さ
れた白い紙を見せられたにすぎず,本件メモを見た事実を思い出して初め
て本件メモにシミなどが付いていることを思い出し,実際に本件メモには
シミなどが付いてることから,この供述は極めて信用できると主張する。
しかし,被告人の判示第1の事実の取調べをした検察官は,証拠品は,後
から非難を受けないよう原本を見せるように警察官に指示していたと供述
しており,報告書(弁841)の資料3によれば,被告人は捜査段階で本
件メモそのものを見せられていたと認められるから,弁護人の上記主張は
前提を欠く。そもそも,6年以上前の事実を突然思い出したということ自
体不自然であり,その理由も合理的なものではない上,平成13年1月こ
ろ本件メモを見たという供述には何の裏付けもないので,被告人の上記②
の供述は信用できない。
エ上記③については,携帯電話を持っていなかったA2が,緊急時に夫の
携帯電話を使用することはあったとしても,前記2()イのA2及びその1
夫と被告人との関係や,前記1()のとおり当該携帯電話がA2の夫の勤6
務先から貸与されたものであることを考慮すれば,A2が,自分又は夫へ
の連絡先として,被告人に夫の携帯電話番号を教えるとは考えにくい。
オまた,被告人は,A2から本件メモをもらった機会として,A2の夫の
会社のイベントに行った時かもしれないと供述するが,あいまいで信用で
きない。
カよって,被告人の本件メモに関するこれらの供述は信用できず,本件メ
モがA2の被害品であるとの前記3()の認定は揺るがない。1
()犯行の機会について2
被告人は,A2の財布がなくなった後に外に出たのは,息子に電話をする
ため階段の踊り場にいたところ,店員に外で寝ている人がいるが連れではな
いかと言われ,様子を見に行くためであり,A2の財布がなくなっていたの
は知らなかった,本件忘年会会場に戻ってから,いきなりかばんを見せろと
言われ,かばんの中の確認を受けたが,この時も事態が飲み込めなかった,
A12の車の所へ行ったのは,その後であると供述し,被告人に犯行の機会
はなかったと主張する。
しかし,この供述は,本件忘年会会場に戻ってきた被告人が「見てー」。
と言いながらかばんの中を見せたというA2の公判供述と食い違っており,
信用できない。
,。よって被告人に犯行の機会があったとの前記3()の認定は揺るがない2
()被害品を投棄する機会について3
,,前記3()のとおり本件各財布等がスナックB21前に投棄されたのは3
平成15年12月12日午後8時30分ころから同日午後9時30分ころま
での間であるところ,弁護人は,被告人は同日午後8時30分ころまで自宅
でA2と電話していたので,上記時間帯に本件各財布等を投棄するのは不可
能であると主張する。
この点につき,A2は,前記2()エのとおり上記電話をしたのは同日午1
後7時ころから同日午後8時過ぎころまでで,午後8時30分まではかから
なかったと供述するところ,弁護人は,A2の手帳(弁43)に上記電話の
時間として「7:00∼8:30頃」と記載されていることから,A2の上
記供述は信用できないと主張する。しかし,A2は上記記載はメモ程度のも
のであると述べていること上記電話から比較的近い時に作られたノート甲,(
414)には上記電話の時間として「7:00∼8:00頃」と記載されて
いることからも,A2の手帳の上記記載は,A2の上記供述の信用性を失わ
せるものとはいえない。また,仮に同日午後8時30分ころにA2と被告人
が電話を終えたとしても,信号の待ち時間を算入するなどした弁護人作成の
実況見分調書(弁123)によっても,被告人宅からスナックB21のある
ビルまでは自転車で最大約20分で移動することができる上検察官調書乙,(
88)で被告人が述べるように,タクシーという手段もあるから,被告人が
本件各財布等をスナックB21前に投棄することは十分可能である。
よって,被告人に被害品を投棄する機会があったとの前記3()の認定は3
揺るがない。
()したがって,これらの被告人の供述及び弁護人の主張は,いずれも被告人4
が犯人であることに合理的疑いを差し挟ませるものではない。
6結論
以上のとおり,前記3()ないし()の間接事実を総合し,前記4の被告人の15
自白も併せ考慮すれば,被告人が判示第1の窃盗の各犯行を行ったものと優に
認定でき,その他弁護人がるる主張する点を考慮しても,これに合理的疑いを
差し挟む余地はない。
第5公訴棄却の申立てについて
1弁護人の主張の補足
弁護人は,①警察官が被告人の捨てたごみ袋を無断で持ち去って開披した手
続は,無令状で捜索・差押えをしたものであり,刑事訴訟法及び憲法35条に
違反している,また,②警察官が被告人を逮捕前に多数回にわたり任意同行の
上取り調べたことは実質的な逮捕に当たり,刑事訴訟法に定められた身柄拘束
の時間制限を大幅に超過したという重大な違法があるから,上記①の手続で得
られた証拠並びに上記②の身柄拘束及びこれに引き続いて行われた身柄拘束を
利用して起訴された本件各公訴は,検察官が訴追裁量権を逸脱し,公訴権を濫
用して起訴したものであり,棄却されるべきであると主張する。
2当裁判所の判断
()現行法制の下では,検察官は,公訴の提起をするかしないかについて広範1
な裁量権を認められているのであって,検察官の訴追裁量権の逸脱が公訴の
提起を無効ならしめるのは,公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極
限的な場合に限られるというべきである(最高裁昭和55年12月17日第
一小法廷決定・刑集34巻7号672頁。また,このように検察官の広範)
な裁量にかかる公訴提起の性質に鑑みれば,仮に捜査過程に違法があるとし
ても,それが必ずしも公訴の提起を無効ならしめるものでないことも明らか
である(最高裁昭和44年12月5日第二小法廷判決・刑集23巻12号1
583頁。)
()そこで,以下,本件について検討すると,上記①の主張については,前記2
第2の5()のとおり,警察官が被告人の捨てたごみ袋を領置したことはそ5
もそも違法でないので,同主張は理由がない。
また,上記②の主張については,前記第3の2()のとおり,被告人に対2
する任意取調べは一定の時点から違法なものとなったことが認められるが,
被告人の逮捕とそれに続く勾留は,主に被告人の供述証拠以外の証拠によっ
てされたものと認められるから,この違法が公訴の提起自体を無効ならしめ
るような極限的な場合に当たらないことは明らかであり,同主張は理由がな
い。
以上のとおり,本件各公訴は,検察官が訴追裁量権を逸脱し,公訴権を濫
用して起訴したものであるとは到底認められない。
(法令の適用)
罰条
判示第1の1,2,第5の1の行為
いずれも刑法6条,10条により軽い裁判時の平成18
年法律第36号による改正後の刑法235条
判示第2の1ないし3の行為
いずれも刑法246条1項
判示第2の4の行為刑法250条,246条1項
判示第3,第5の2の行為
いずれも刑法243条,同法6条,10条により軽い裁
判時の平成18年法律第36号による改正後の刑法23
5条
判示第4の行為刑法240条(強盗殺人の場合)
刑種の選択
判示第1の1,2,第3,第5の1,2について
いずれも懲役刑を選択
判示第4について無期懲役刑を選択
併合罪の処理刑法45条前段,46条2項本文(判示第4の罪につき
無期懲役刑を選択したので他の刑を科さない)。
未決勾留日数の算入刑法21条
訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
1本件事案の概要
本件は,被告人が,交通指導員の忘年会の席上で同僚2名の財布を窃取し(判
示第1,不正に入手したクレジットカードを使用して購入名下に商品を詐取し)
(判示第2の1ないし3,又は詐取しようとし(判示第2の4,民生委員と))
して援助を行っていたA10が管理していた同人の孫名義の口座から現金を引き
出して窃取しようとし(判示第3,A10からキャッシュカード等を盗取する)
とともに,その際,同人を殺害し(判示第4,そのキャッシュカードを使用し)
てA10名義の口座から現金を引き出して窃取し(判示第5の1,又は引き出)
(),,,して窃取しようとした判示第5の2強盗殺人1件窃盗3件窃盗未遂2件
詐欺3件,詐欺未遂1件の事案である。
2A10に対する強盗殺人(判示第4,その際に盗取したキャッシュカードを)
使用してA10名義の口座から現金を窃取し,窃取しようとした窃盗,窃盗未遂
(判示第5,A10の孫名義の口座から現金を窃取しようとした窃盗未遂(判)
示第3)事件について
被告人は,消費者金融等からの借入れを重ねたことなどで債務が増加し,その
返済に窮したことからこれらの各犯行に及んだものと推認され,その自己中心的
かつ利欲的な動機に酌量の余地は微塵もない。
被告人は,民生委員としてA10を援助し,その信頼を得たことを利用して,
同人の管理するその孫名義の口座から現金を引き出そうとしており,背信的な犯
行である(判示第3。そして,それに失敗すると,つぶしたトリアゾラム剤を)
A10に摂取させて昏睡させた上,そのキャッシュカード等を盗取しており,そ
。,,の犯行態様からして用意周到な計画的な犯行であるまた罪跡を隠滅するため
高齢で病気があり,かつ,昏睡しているA10に対し,索状物でその首を絞めて
殺害しており,極めて冷酷で残忍な犯行である(判示第4。さらに,A10を)
殺害後,盗取した2枚のキャッシュカードを使用して,1つの口座からは残高の
ほぼ全額を引き出し,立て続けにもう一方の口座からも現金を引き出そうとして
,,おり自らの行為を省みることなく強盗の成果を上げようとするその態度からは
罪の意識が全く感じられない(判示第5。)
そして,A10のかけがえのない尊い命を奪った結果が重大であることはいう
までもない。A10は,当時83歳で,結婚し,2人の子供を育て上げた後,孫
の成長を楽しみに穏やかな余生を送っていたものであり,娘とは100歳まで生
きようと目標を立て合っていた。にもかかわらず,何の落ち度もないのに,最も
安全であるはずの自宅において,しかも,信頼していた被告人に裏切られ,突然
,,,凶行に遭いその生涯を終えねばならなくなったのであるからその驚きや衝撃
無念さは察するに余りある。A10を失った遺族らの悲嘆と絶望の深さは察する
に難くなく,しかもそれがA10が頼りにしていた被告人の手によるものであっ
たのであるから,その精神的衝撃の大きさは計り知れない。当然のことながら,
遺族らの処罰感情は峻烈であり,A10の娘は,被告人には一生罪を償ってほし
い旨述べている。しかるに,被告人は慰謝の措置を何ら講じていない。
また,判示第5の1の犯行において奪った現金は口座残高のほぼ全額に当たる
5万3000円であり,この金員が実質的にはA10がそのつつましい生活を送
るための費用であったことも考えれば,その財産的被害も決して小さくはない。
3その他の犯行について
忘年会における窃盗(判示第1)については,被告人は,借金の返済に窮して
いたことや,うっぷん晴らしのため,その各犯行に及んだものと推認され,その
短絡的かつ身勝手な動機に酌量の余地はない。その被害額は合計約5万8000
円と少なくなく,しかも,交通指導員同士の信頼関係を破壊するなどの悪影響を
ももたらしたと認められる。被告人は,自己に疑いの目を向けられるやアリバイ
工作をするなど罪証隠滅工作に及んでおり,犯行後の情状も悪い。
クレジットカードを使用した詐欺,詐欺未遂(判示第2)については,被告人
は,不正に入手したクレジットカードを使用して,そのクレジットカード会社に
正当な使用権限がないことを看破されるまで,連続して次々と商品を購入名下に
,。詐取し又は詐取しようとしており被害額は合計約4万6000円と小さくない
しかし,被告人は,各被害者に対する被害弁償等慰謝の措置を全く講じていな
い。
4被告人は,これらの犯行を1年半足らずの間に次々と敢行し,その中で強盗殺
人という極めて重大な犯罪をも犯したものであり,その規範意識の欠如は深刻で
ある。しかも,被告人は,判示第1,第3ないし第5の各犯行について,前記の
とおりいずれも不合理な弁解に終始しており,反省の態度は全くうかがえない。
以上からすると,被告人の刑事責任は極めて重い。
5そうすると,被告人が,判示第2の事実については認めていること,判示第1
の各被害品の一部は被害者の元へ返っていること,被告人には前科がないことな
ど被告人にとって有利に斟酌すべき事情を最大限考慮しても,被告人の刑事責任
は極めて重大であって,酌量減軽すべき事情があるとは到底認められず,主文の
とおり無期懲役刑に処し,一生をかけて贖罪の日々を送らせるのが相当であると
判断した。
(求刑無期懲役)
(検察官遠山玲子,私選弁護人金岡繁裕(主任,稲垣高志,伊神喜弘各出席))
平成21年9月7日
名古屋地方裁判所刑事第1部
裁判長裁判官天野登喜治
裁判官平手一男
裁判官山出紗織

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