弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告理由第一、二点について。
 原判決の確定するところによれば、本件農地は、もと、亡Dの所有であつたが、
同人は昭和一五年六月二九日死亡し、その長男であるEが家督相続に因り右農地の
所有権を取得したが、同人はその後昭和一七年三月これをその妹である上告人(A)
に贈与し上告人が本件農地の所有権を取得した、しかし登記簿上は亡父Dの所有名
義のままになつていたところ被上告人B農地委員会は、本件農地に対し右Dの家督
相続人たるEを所有者として自作農創設特別措置法による買収計画を定めて、その
旨の公告をし、次で鳥取県知事がこれに基いて同人を所有者として買収令書を発行
し、昭和二三年五月一九日これを同人に交付したというのであるから、右買収計画
並びに買収処分は、買収当時の農地の所有者たる上告人に対して為されず、その前
主(登記簿上の所有者の家督相続人)に対してなされた点において違法があるもの
といわなければならない。(昭和二五年(オ)第四一六号、同二八年二月一八日大
法廷判決参照)
 かくのごとき場合においては、農地の所有者は、同法第七条に基いて農地委員会
に対して買収計画に対する異議を申立てることができ、その異議に対する農地委員
会の決定に対して不服ある場合は、都道府県農地委員会に訴願することができる。
右訴願に対する同委員会の裁決に対して不服ある者は、さらに、同法四七条の二に
定める期間内に右裁決の取消変更を求める訴を提起することができる。右の如き買
収計画に対する訴を提起しなかつた場合においても農地の所有者は、右のごとき違
法な買収計画に基いてなされた知事の買収処分に対しては、別に同一違法を理由と
して同条所定の期間内に該処分取消の訴を提起することができるのである。(昭和
二四年(オ)第四二号同二五年九月一五日言渡第二小法廷判決)しかるに、本件に
おいて、上本人は、本件農地の買収計画若しくは買収処分に対して、前記のごとき、
異議、訴願、出訴等一切の不服申立の方法を採らなかつたことは、また原判決の確
定する事実関係からして推知せられるところである。そもそも、自創法が右処分に
対する不服について異議、訴願を出訴に前置し、かつ同法四七条の二が同法による
行政処分の取消変更を求める訴において比較的短期間の出訴期間を定めたのは、右
処分に関する争訟をなるべく速かに解決し、いわゆる農地改革を急速に実現しよう
とする意図に出でたものであることは疑のないところであつて、右出訴期間を徒過
した後においては本件のごとき事由にもとづいて買収計画若しくは買収処分の違法
はもはやこれを主張することをゆるさない趣旨と解するを相当とする。即ち、かか
る訴の提起のない以上、かりに買取手続に以上のごとき瑕疵があつても買収処分は
その効力を失わず、農地は、適法に国の所有に帰属するものと解するを相当とする。
(昭和二四年(オ)第一七七号、同二五年九月一九日第三小法廷判決参照)
 従つて、右のごとき違法を理由として、本件農地の買収の無効を主張する本訴は
理由のないものというべきであつて、上告人の本訴請求を排斥した原判決は結局正
当で、論旨はこれを採用することはできない。
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、霜山裁判官、谷村裁判官を除く、
全裁判官一致の意見により、主文のとおり判決する。
 霜山裁判官の少数意見は次のとおりである。
 農地の買収について国(又は農地委員会)が民法第一七七条にいう「第三者」に
該当するという意見であることは昭和二五年(オ)第四一六号、同二八年二月一八
日大法廷判決(判例集七巻二号一五七頁)で私の少数意見として述べたところであ
る。右の見解に従えば本件において上告人は本件農地の贈与を受けその所有権を取
得したけれどもその登記を経ていないのであるから所有権の取得をもつて国又は農
地委員会に対抗できないのである。それゆえ原判決が上告人の請求を排斥したこと
は正当であり従つて多数説が本件上告を棄却したことはその理由の当否はともかく
結論においては正当である。
 前記大法廷判決において多数意見は農地の買収には民法一七七条の規定は適用が
ないというのである。右多数意見によれば本件において上告人は本件農地の所有権
の取得を被上告人等に対抗できるのであり本件農地買収の相手方とされたEは全然
無権利者であつたということになるのである。そこで問題は実体上全然権利のない
者に対して為された買収手続の效力即ちかかる手続により所有権移転の效力を発生
するかどうかである。
 元来不動産については動産の即時取得のような原則はないのであつて実体上の無
権利者を相手に不動産の権利移転の意思表示をしても何等移転の効力を生じないし、
実体上の権利者が権利を失うことはないのである。それゆえ従来不動産の強制競売
において無権利者に対して競売が実施された場合に不動産の真実の所有者はこれに
よりその権利を失うものでないと解されているのである。農地の買収処分も不動産
の所有権を強制徴収する点においては不動産の強制競売と同じである。従つて農地
の買収が実体上の無権利者に対して行われた場合には同様所有権移転の效力を生ぜ
ず、その意味において買収処分は無效であると解すべきである。
 本件において多数意見は本件農地の買収が買収当時の真実の所有者に対して為さ
れず全然権利のない者に対して為された点において違法があるが真実の所有者たる
上告人が自創法に定める一切の不服申立の方法を採らなかつたことを理由として買
収処分は有效であり所有権移転の効力を生ずるものとしているのである。
 しかし不動産の強制競売の場合でも真実の所有者は強制執行に対し異議を主張す
ることができるのであるが、その異議を主張しなかつたからといつて競売によつて
その権利を失うものではない。それゆえ農地買収について真実の所有者に不服の途
があるからといつてまたその不服の方法を採らなかつたからといつて真実の所有者
がその権利を失う理由はないのである。農地買収について法律が不服の途を認めこ
れに期間を定めているのは真実の所有者に対して出来るだけ速かに不服の途を採り
その手続を是正する機会を与えただけのことであつて、その機会を利用しなかつた
場合に真実の所有者をしてその権利を失わしめる趣旨の規定であるとは解釈するこ
とはできない。元来農地の買収は農地の所有者から農地を買収するのである。従つ
て国としては農地の真実の所有者を探究して、これに対して手続を進行する義務が
あるのである(農地調査規則参照)。それゆえ真実の所有者を探究せず無権利者に
対して買収手続をした場合には国又は農地委員会はその探究義務に違反しているの
である。国又は農地委員会が自ら真実の所有者の探究を誤つているにかかわらず即
ち非違はむしろ国の側にあるにもかかわらず真実の所有者が不服の途を採らなかつ
たことを理由としてその権利を失わせ国がこれを取得すると解するのは余りにも条
理を無視した解釈であるのみならず、真実の所有者に対して著しく苛酷であり、国
家正義の観点から許すべからざるものである。また右のような解釈をとるならば農
地買収処分と不動産競売処分との間に異なる結果を招来するのである。右両者は不
動産の所有権を強制徴収する点においては全く同一であるにかかわらず何が故に別
異の解釈をするのであるか、その理由について納得すべき説明がなければならない。
多数意見はこれを欠いているのである。
 なお自創法一二条の規定によつて農地買収の場合には国が農地を原始取得するの
ではないかという議論もあるが右規定が無権利者からの取得を認めたものでないこ
とは多言を要しないところである。
 以上は前示大法廷判決の多数意見を根拠とした考え方である。しかし上告人は前
記のように本件農地の贈与を受けたけれどもその登記を経ていないのであるからそ
の所有権の取得をもつて第三者に対抗できないものである。従つて第三者に対する
関係においては権利はなお贈与者たるEにあるのであつて上告人は真実の権利者と
はいえないのである。然らば本件農地の買収は無権利者に対して為されたものでな
いことは当然の筋合であるにかかわらず前示大法廷判決の多数意見が農地買収につ
き民法一七七条の適用がないとの見解を採つた結果全然無権利の場合と民法一七七
条の場合の区別を無視するに至り遂に本件多数意見の如く絶対無権利者に対する農
地買収までも不服を申立てない限り有効であると論断しなければならないはめに陥
つたことは洵に遺憾であり、本件は前示大法廷判決の多数意見の不当であることを
例証する一事例といわなければならない、それゆえ前示大法廷判決の多数意見の見
解の下においては本件上告は理由あり原判決を破棄すべきである。
 谷村裁判官の少数意見は次のとおりである。
 当小法廷昭和二六年(オ)第一六二号事件における私の少数意見の趣旨を引用す
る。
 なお霜山裁判官の少数意見中、無権利者に対する農地買収処分の無效であること
について述べられていることは私も同感である。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    谷   村   唯 一 郎

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