弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主    文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人の当審における新請求を棄却する。
3 当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1)原判決を取り消す。
(2)被控訴人は,控訴人に対し,250万円を支払え(控訴人は当審において,
建物所有権侵害による損害賠償請求を100万円に減縮し,当審における新請求
として慰謝料150万円を追加した。)
(3)訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
主文同旨
第2 事案の概要
1 控訴人は,原判決添付の物件目録記載一の土地(以下「控訴人土地」とい
う。)上に存する同目録記載二の建物(以下「控訴人建物」という。)を所有
し,被控訴人は,控訴人土地に隣接する同目録記載三の土地(以下「被控訴人土
地」という。)上に存する同目録記載四の建物(以下「被控訴人建物」とい
う。)を所有しているところ,被控訴人が,控訴人土地と被控訴人土地の境界付
近の控訴人建物にほぼ接する位置に新しい湯殿(以下「本件湯殿」という。)を
建築したことから,控訴人が,本件湯殿の建築により控訴人建物損傷の所有権侵
害,採光・通風等の障害による人格権侵害,隣人との円滑な居住関係に関する期
待の侵害の損害を被ったと主張して,被控訴人に対し,不法行為に基づく損害賠
償(建物の損害につき補修費用,人格権侵害及び隣人関係侵害につき慰謝料)を
請求した事案である。
2 争いのない事実
(1) 控訴人土地と被控訴人土地は隣接しており,それぞれの土地上にはそれぞれ
控訴人建物と被控訴人建物が存在する。
(2) 被控訴人は,平成10年12月28日ころ上記両土地の境界付近に本件湯殿
を建築した。
3 争点
本件湯殿の建築による不法行為の成否及び損害
(控訴人の主張)
(1)被控訴人の不法行為
ア 本件湯殿は,控訴人建物との間隔が狭いところではわずか9センチメートル
(甲9の写真1)しかないほど近接して建てられているため,控訴人建物の床下換
気口を塞いでおり(甲10の写真2),湯殿からの湿気で控訴人建物の壁面に腐食
が生じ,建物の被害は将来的に拡大する可能性がある。被控訴人は,控訴人建
物,被控訴人建物及び本件湯殿が建築された地域(以下「本件地域」という。)
には隣家との境界に接して建物を建築することを許容する慣習があると主張する
が,そのような慣習はない。
イ 本件湯殿の建設により,控訴人建物は採光及び通風が妨げられて控訴人の住
環境が悪化し,快適な生活を享受する人格権が侵害された。
ウ 控訴人は,本件湯殿の建設について,被控訴人に対し,建築場所が控訴人建
物に近接しすぎているため,建築場所を境界から控えて建築してくれるよう懇請
したが,被控訴人は控訴人の要請を無視して本件湯殿を建築してしまった。被控
訴人のこのような行為により,隣人との良好な居住関係を築こうとする控訴人の
期待が侵害された。
(2)損害
控訴人は,被控訴人の上記不法行為により,次のとおりの損害を被っている。
ア 本件湯殿からの湿気により控訴人建物の一部に腐食が生じているのでその補
修費として100万円を要する。
イ 採光,通風の障害による人格権侵害の慰謝料として100万円が相当であ
る。
ウ 隣人との良好な居住関係を築こうとする控訴人の期待が裏切られたことによ
る慰謝料として50万円が相当である。
以上のとおりであるから,控訴人は被控訴人に対し,不法行為に基づく損害賠
償として250万円の支払いを求める。
(被控訴人の主張)
(1)不法行為について
ア 控訴人主張の(1)アの事実中,本件湯殿と控訴人建物との間隔が最も狭いとこ
ろで9センチメートル位であることは認めるが,その余の主張は否認する。控訴
人と被控訴人が居住している地域には,境界線から50センチメートルも離さず
に建築している建物が多数あり,控訴人建物もまさにそのような近隣の慣習に則
って境界に近く建てられているのであり,被控訴人の本件湯殿もそのような地域
の慣習に基づいて建築されたものである。また,仮に本件湯殿により控訴人建物
の採光や通風が妨げられているとしても,それは控訴人が受忍すべき限度内のも
のである。
イ 同イ,ハの事実中,控訴人から被控訴人に対して,本件湯殿の建築場所を移
動してくれないかとの申出があったこと,及び被控訴人が控訴人の同申出を受け
入れなかったことは認めるが,その余の事実は否認する。控訴人の申出は,飲酒
の上での感情的なものであったので,被控訴人としては話し合いができないと判
断し取り合わなかったところ,その後,10か月を経過して控訴人は突然本訴を
提起したものであり,良好な隣人関係を破壊したのはむしろ控訴人の方である。
(2)損害について
控訴人の損害についての主張はすべて否認する。仮に,控訴人建物に腐食があ
ったとしても本件湯殿の建設とは何ら関係がないものであり,その他に控訴人の
生活に支障が出ていたとしても受忍限度内のものである。
第3 当裁判所の判断
1 不法行為の成否
 被控訴人の本件湯殿の建設が控訴人に対する不法行為を構成するか否かについ
て検討する。
民法234条1項は,建物を築造するには境界線より50センチメートル以上
の距離を存することを要すると規定しているところ,本件湯殿と控訴人建物との
距離が前記のとおり最も接近しているところでは約9センチメートルしかないこ
とは当事者間に争いがない。もっとも,控訴人土地と被控訴人土地との境界線の
位置は必ずしも明確ではないが,甲9号証及び弁論の全趣旨によれば,本件湯殿
は境界線から50センチメートル以上の距離をおいて建築されたものでないこと
は明らかである。そうすると,被控訴人の本件湯殿の建築は民法234条1項に
一応違反するものではある。被控訴人は,本件地域においては,隣接する建物の
間隔が必ずしも50センチメートルの距離を置かずに建築しても良いという慣習
が存在すると主張し,乙5号証の1,2及び当審証人Aの証言によれば,本件地
域の近隣には50センチメートルの間隔を置かずに接近して建てられた建物が多
数存在することが認められるが,同証拠のみでは同地域に民法234条の適用を
排斥するだけの慣習が存在しているとまでは未だ認めることはできない。しか
し,甲12号証,乙1号証の1ないし4及び当審証人Aの証言によれば,もとも
と控訴人建物自体が被控訴人方との境界ぎりぎりまで建てられていることが認め
られ,このような従前からの控訴人と被控訴人との土地利用状況に前記のような
本件近隣の隣家間の土地利用状況などを併せ考えると,被控訴人が民法234条
1項の定めに反して本件湯殿を建設したからといって,同行為が直ちに控訴人に
対する不法行為を構成するものと解するのは相当でなく,本件湯殿の建設によっ
て侵害される控訴人の権利ないし利益の内容,侵害の程度が上記のような従前か
らの土地利用関係等を考慮してもなお受忍限度を超え違法と評価できる場合に初
めて不法行為が成立し,被控訴人にその侵害行為による損害を賠償すべき責任が
生ずるものと解するのが相当というべきである。そこで,以下このような見地か
ら本件不法行為の成否につき検討する。
(1)控訴人建物の侵害
控訴人は,本件湯殿の建設により控訴人建物に腐食が生じていると主張すると
ころ,甲7号証には同主張に沿う記載がある。しかしながら,甲7号証によって
も控訴人建物に腐食があること自体必ずしも明確にこれを認めることができない
うえ,他に同腐食の存在を認めるに足りる証拠はない。また,乙1号証の1ない
し6及び同4号証によれば,仮にそのような腐食が存在していたとしても,その
原因が本件湯殿によるものであることには疑義があるといわざるを得ない。した
がって,控訴人建物の侵害に関しては,侵害行為自体の存在が認められず,既に
この点で控訴人の主張は採用できない。
(2)人格権及び良好な隣人関係侵害
控訴人は,本件湯殿の建築により,控訴人建物の採光及び通風が妨げられ,本
件湯殿からの湿気による人体への悪影響が懸念されるところ,そのような住環境
の悪化により快適な生活を享受する人格権が侵害され,また,本件湯殿の建設を
巡る交渉の経緯などから隣人と良好な居住関係を結ぶ期待を侵害されたと主張す
る。
確かに,本件湯殿が建設された位置や控訴人建物との距離などに照らせば,本
件湯殿の建築によって,控訴人建物の採光や通風がなにがしか妨げられたであろ
うことは推認することができる。しかしながら,甲11号証の1ないし4,同1
2号証等によってうかがえる本件湯殿の大きさと控訴人建物の大きさを対比すれ
ば,本件湯殿が控訴人建物の採光や通風に及ぼす影響はさほど大きくないものと
認められる。そのほか,甲12号証によれば,本件湯殿により塞がれている控訴
人の窓は1カ所であること,前記のとおり控訴人建物自体も境界線に極めて近接
して建てられおりそのことも控訴人の住環境の悪化の一因であると認められるこ
と,前記のように,本件地域には互いに壁面を近接させて建築されている建物が
多く存在していることなどを総合して判断すると,本件地域の近隣関係において
は,建物の建築を巡る採光,通風などの侵害は通常の近隣関係のそれに比べてよ
り大きな許容性が相互に了解されていると認められ,これらの事情を考慮する
と,本件湯殿によって妨げられる控訴人建物の採光や通風の侵害の程度が受忍限
度を超えた違法なものとまでは認めることができない。
また,控訴人が,良好な近隣関係を結ぶ期待が侵害されたと主張する点につい
ては,そのような期待が法的な保護に値する権利ないし利益に該当するものか否
かはともかく,そもそもそのような良好な近隣関係を形成することは被控訴人に
のみ負わされた責任ではなく,近隣者相互に負うべき責任であり,本件湯殿の建
設を巡る紛争により,控訴人が被控訴人と良好な近隣関係を結ぶことができなく
なったとしても,そのことのみで被控訴人だけが良好な隣人関係が阻害された責
任を負うべき法的根拠は見出し難い。
以上によれば,控訴人の慰謝料請求はいずれも理由がないことになる。
2 結論
よって,控訴人建物の所有権侵害による控訴人の損害倍賞請求を棄却した原判
決は相当であり,同請求に関する控訴人の控訴は理由がないからこれを棄却し,
控訴人の当審における新請求も理由がないからこれを棄却することとし,主文の
とおり判決する。
     福岡高等裁判所第5民事部
         裁判長裁判官  湯 地 紘一郎
            裁判官  坂 梨   喬
            裁判官  長久保 尚 善

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