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判決言渡平成19年9月27日
平成19年(行ケ)第10016号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成19年9月25日
判決
原告スリーエム・イノベーティブ・プロパティーズ・カンパニー
(3MInnovativePropertiesCompany)
訴訟代理人弁護士片山英二
同北原潤一
訴訟代理人弁理士小林浩
同杉山共永
被告特許庁長官
肥塚雅博
指定代理人吉住和之
同塚中哲雄
同唐木以知良
同内山進
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30
日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2005−15110号事件について平成18年8月14日に
した審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,平成3年(1991年)10月9日に出願し平成10年(1998
年)4月17日に設定登録を受けた特許第2769925号(発明の名称を
「ベクロメタゾン17,21ジプロピオネートを含んで成るエアロゾル製剤」とす
る医薬品特許)について,原告が特許権の存続期間の延長登録出願をしたとこ
ろ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,特許庁が請
求不成立の審決をしたことから,その取消しを求めた事案である。
第3当事者の主張
1請求の原因
(1)特許庁等における手続の経緯
ア原告は,平成3年(1991年)10月9日,名称を「ベクロメタゾン
17,21ジプロピオネートを含んで成るエアロゾル製剤」とする発明(優先
権主張平成2年(1990年)10月18日,米国)について国際特許出
願をし(PCT/US91/07574,特願平4−501819号),平成10年(1
998年)4月17日,日本国特許庁から特許第2769925号として
特許権の設定登録を受けた(請求項の数14)。
これに対し,平成12年8月28日付けで大正薬品工業株式会社から特
許無効審判(無効2000−35453号)が請求され,その中で原告は
平成14年1月15日付けで訂正請求(旧請求項4を削除して請求項の数
は13となった。甲2)を行ったところ,特許庁は,平成14年5月29
日,「訂正を認める。本件審判の請求は成り立たない」との審決をし,同
審決に対しては審決取消訴訟(東京高裁平成14年(行ケ)第329号)
が提起されたが平成17年2月24日請求棄却の判決がなされ,同審決は
平成17年3月10日確定した(以下「本件特許」といい,このうち請求
項1に係る特許発明を「本件発明」という。甲1,2)。
イ一方,原告は,平成14年7月11日,下記のとおり,本件発明の実施
には平成14年4月11日にされた薬事法上の処分(以下「本件承認」と
いう。なお下記には補正後のものを記載する。)を受けることが必要であ
ったとして,本件特許につき特許権の存続期間の延長登録出願(特願20
02−700068号,以下「本件延長出願」という。甲3)をしたが,
平成17年4月22日付けで拒絶査定を受けたので,平成17年8月5日
これに対する不服の審判を請求した。特許庁は,同請求を不服2005−
15110号事件として審理し,その中で原告は,平成17年11月9日
付け(甲4の1),平成18年5月1日付け(乙7),平成18年6月8
日付け(甲4の2)でそれぞれ本件延長出願の特許願の補正をしたが,特
許庁は,平成18年8月14日,「本件審判の請求は,成り立たない。」
との審決をし,その謄本は平成18年9月20日原告に送達された。

(ア)延長を求める期間
3年11月24日
(イ)特許法67条2項の政令で定める処分を受けた日
平成14年4月11日
(ウ)特許法67条2項の政令で定める処分の内容
a特許権の存続期間の延長登録の理由となる処分
薬事法14条1項に規定する医薬品に係る同法23条において準
用する14条1項の承認(医薬品輸入承認)
b処分を特定する番号
承認番号21400AMY00147000号
c処分の対象になった物
プロピオン酸ベクロメタゾン
d処分の対象となった物について特定された用途
気管支拡張薬で治療効果が十分得られる気管支喘息患者における
気管支喘息
e申請者
大日本製薬株式会社
(申請日平成13年4月25日)
f承認者
厚生労働大臣坂口力
(2)発明の内容
本件発明の内容は,次のとおりである。
「【請求項1】治療的に有効量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート
;1,1,1,2−テトラフルオロエタン,1,1,1,2,3,3,3−ヘプタフルオロプロパ
ン及びそれらの混合物より成る群から選ばれるハイドロフルオロカーボンの
みから成る噴射剤;並びにこの噴射剤の中にこのベクロメタゾン17,21ジプ
ロピオネートを溶解せしめるのに有効な量のエタノール;のみからなるエア
ロゾル製剤であって,実質的に全てのベクロメタゾン17,21ジプロピオネー
トがこの製剤において溶けており,前記エタノールが2∼12重量%の量にお
いて存在し,且つ,この製剤に任意の界面活性剤0.0005重量%以上含まれて
いないことを特徴とする,肺,頬又は鼻への投与のためのエアロゾル製剤。」
(3)審決の内容
審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,本
件承認前に,プロピオン酸ベクロメタゾンを有効成分とし「下記の気管支喘
息・全身性ステロイド剤依存の患者におけるステロイド剤の減量又は離脱
・ステロイド剤以外には治療効果が十分得られない患者」とする各種医薬
品を承認する処分(例えば,「アルデシン」〔承認日:昭和52年12月7
日〕,「アルデシン100」及び「アルデシン100D」〔承認日:平成1
0年3月13日〕,「ベコタイドインヘラー」〔承認日:昭和52年10月
27日〕。以下,これらの医薬品の承認処分を「先の承認」という。)する
処分が既にされているから,本件発明の実施のため本件承認を受けることが
必要であったとはいえない,というものであった。
(4)審決の取消事由
しかしながら,審決は特許法(以下「法」という)67条の3第1項
1号の該当性についての判断を誤ったものであり,その誤りは審決の結
論に影響を及ぼすことが明らかであるから,違法として取り消されるべ
きである。
ア取消事由1(本件承認の対象となった効能・効果の認定及び法67
条の3第1項1号該当性判断の誤り)
(ア)審決は,本件承認の対象である医薬品「キュバール100エアゾー
ル」(以下「本件医薬品」という。)の効能・効果である「気管支喘
息」は,先の承認の「アルデシン」等の効能・効果である「下記の気
管支喘息…ステロイド剤以外では治療効果が十分得られない患者」と
実質は同じであり,本件効能効果には,先の承認の効能効果以外の新
たな効能効果が含まれないとの認定を不可欠の前提とするものである
が,以下に述べるとおり,上記認定は誤っているから,審決は法67
条の3第1項1号の該当性について判断を誤ったものであり,その誤
りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
(イ)すなわち,本件承認の効能効果は,何らの限定も付されていない
「気管支喘息」(医薬品輸入承認書〔甲5〕,医薬品輸入承認申請書
〔以下「本件申請書」という。甲6〕)であるから,軽症の気管支喘
息,中等症の気管支喘息,重症の気管支喘息の全てを含んでいる。こ
れに対し,先の承認の効能効果は,「下記の気管支喘息…ステロイド
剤以外では治療効果が十分得られない患者」であるから,例えば,
「気管支拡張薬(抗コリン薬,アドレナリン性β2刺激薬,テオフィ
リン薬等)のみで治療効果が十分得られる気管支喘息患者における気
管支喘息」,すなわち「ステロイド剤以外でも治療効果が十分得られ
る軽症の気管支喘息」は含まれないことが明らかである。
以上によれば,本件承認の効能効果と先の承認の効能効果とは,
「下記の気管支喘息・全身性ステロイド剤依存の患者におけるステ
ロイド剤の減量又は離脱・ステロイド剤以外には治療効果が十分得
られない患者」において重なりがあるものの,それ以外の気管支喘息
に含まれる「ステロイド剤以外でも治療効果が十分得られる軽症の気
管支喘息」,例えば,「気管支拡張薬(抗コリン薬,アドレナリン性
β2刺激薬,テオフィリン薬等)で治療効果が十分得られる気管支喘
息患者における気管支喘息」については,本件効能効果に含まれる一
方,先の承認の効能効果には含まれないことが明らかである。つま
り,本件効能効果と先の承認の効能効果は,上位概念と下位概念の関
係に立つものといえる。
したがって,本件承認によって,先の承認によっては未だ薬事法上
の禁止が解除されていなかった,気管支拡張薬で治療効果が十分得ら
れる気管支喘息患者における気管支喘息という用途について,新たに
禁止が解除されたものであり,少なくとも,かかる用途について本件
発明を実施するために本件承認が必要であったことは明らかである。
(ウ)これに対し,審決は,本件申請書(甲6)の備考欄に「医療用医薬
品(5)」と記載されていることから,本件承認の対象となった医薬品
は,有効成分,効能・効果が新しい医薬品ではなく,剤型が新しい
「新剤型医薬品」に分類される医薬品であると述べ,この点を根拠と
して,本件効能効果は先の承認の効能効果よりも観念上広い範囲で表
示されているものと実質は同じであるとする。
しかし,上記備考欄の記載が,本件申請書(甲6)の「効能又は効
果」欄及び本件医薬品の添付文書(甲7)の「効能・効果」欄に記載
され一義的に意味内容が理解できる「気管支喘息」という効能・効果
の意味内容を限定できるとする根拠はない。そして,本件効能効果の
「気管支喘息」が軽症の気管支喘息を含むものであることは審査当局
に表明されており(大日本製薬株式会社「キュバール50エアゾール
キュバール100エアゾールに関する資料」〔甲8〕,独立行政法人
医薬品医療機器総合機構「医薬品医療機器情報提供ホームページ」
〔甲9〕,Aほか監修・厚生省免疫・アレルギー研究班作成「喘息予
防・管理ガイドライン2003JGL1998改訂第2版」〔甲1
0〕),「気管支拡張薬で治療効果が十分得られる気管支喘息患者に
おける気管支喘息」への有効性及び安全性を裏付ける臨床試験のデー
タも審査当局に提出され審査されている(治験総括報告書〔甲12∼
17〕)から,本件効能効果は「気管支拡張薬で治療効果が十分得ら
れる気管支喘息患者における気管支喘息」を含むものである。
(エ)①被告は,原告の証明責任について指摘し,原告が新たに上記甲
8,甲9を提出して主張することは許されないと主張する。しか
し,証明責任は,口頭弁論が終結していない本件訴訟で問題になる
余地はなく,審決取消訴訟で審決の違法性を裏付ける新たな証拠の
提出が許されるのかの問題とは別のことである。
②被告は,上記甲8,甲9は願書に添付していなかったから参酌で
きないと主張する。しかし,これは,法67条の3第1項1号の拒
絶の理由「…処分を受けることが必要であったとは認められないと
き」について,施行規則の違反という手続的理由(方式不備)によ
る拒絶理由が規定されているとの前提の議論であるから,誤りであ
る。
③被告は,上記甲8によっても「気管支拡張薬で治療効果が十分得
られる気管支喘息患者における気管支喘息」は薬事法上の禁止が解
除されていたことになるから審決の認定判断に影響はないと主張す
る。しかし,甲8によれば,CFC−BDP(「アルデシン」等。
なお「CFC」はクロロフルオロカーボン〔甲7〕)について薬事
法上の禁止が解除された効能・効果は重症や中等症であって,軽症
の気管支喘息については,「適応外使用」(定義は甲25〔厚生省
健康政策局研究開発振興課長・同医薬安全局審査管理課長「適応外
使用に係る医療用医薬品の取扱いについて」平成11年2月1日研
第4号,医薬審第104号〕)により臨床上の有用性が確立されて
いたものである。そして,本件承認はこのようなCFC−BDPと
の臨床上の同等性が評価されて与えられたものであるから,「軽症
の気管支喘息」については,本件承認によって初めて禁止が解除さ
れたものである。
イ取消事由2(法67条の3第1項1号の「政令で定める処分を受けるこ
とが必要であった」の解釈適用の誤り)
審決は,法67条の3第1項1号の解釈適用を誤り,本件発明の実施
に本件承認を受けることが必要であったとは認められないと誤って判断
したものである。
(ア)①すなわち,法67条の3第1項1号は,延長登録出願の拒絶理由
として,「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処
分を受けることが必要であったとは認められないとき」と規定する
ところ,この要件は,法67条2項の「特許権の存続期間は,その
特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定に
よる許可その他の処分であって当該処分の目的,手続等からみて当
該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定め
るものを受けることが必要であるために,その特許発明の実施をす
ることができない期間があったときは,5年を限度として,延長登
録の出願により延長することができる。」との規定を受けたもので
ある。
しかるところ,法67条2項は,特許権の存続期間の延長を認め
るための要件として,
a「特許発明の実施をすることができない期間があった」こと,
及び,
b当該実施不能の期間が生じた理由が,「安全性の確保等を目的
とする法律の規定による許可その他の処分であって当該処分の目
的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要す
るものとして政令で定めるものを受けることが必要であった」こ
と,
の2要件のみを求めている。
そうであれば,法67条2項の規定を受けた法67条の3第1項
1号にいう,「政令で定める処分を受けることが必要であったとは
認められない」場合とは,
a延長登録出願の根拠として願書において特定される「政令で定
める処分」を受けるまでもなく,上記意味の「実施」をすること
が可能であった場合,
又は,
b当該「政令で定める処分」を受けても,なお依然として上記意
味の「実施」をすることが不可能な場合
の,いずれかを意味するものと解するのが文理に即した最も自然な
解釈というべきである。
②ところで,特許発明が医薬品である場合,「その特許発明の実
施」とは,特許発明の全ての構成要件を充足する医薬品についての
生産,使用,譲渡等(法2条3項1号に定義する「実施」に該当す
る行為)を意味するから,「政令で定める処分」が薬事法上の承認
の場合,「政令で定める処分を受けることが必要であった場合」と
は,
「当該承認を受けるまでは,当該特許発明の実施が薬事法上不可能
であったが,当該承認によって薬事法上の禁止が解除され,実施が
可能となったこと」がこれに該当する。
換言すれば,「政令で定める処分を受けることが必要であったと
は認められない場合」とは,
a当該承認を受けるまでもなく,当該特許発明の実施が可能であ
った場合,
又は,
b当該承認を受けても,なお依然として当該特許発明の実施をす
ることが不可能である場合
であると解すべきである。
(イ)①審決は,「特許法第67条第2項及び同法第67条の3第1項第
1号の「政令で定める処分を受けることが必要であった」という要
件は,薬事法第14条第1項の承認の対象となる医薬品に関して
は,「物(有効成分)と用途(効能・効果)という観点から処分を
受けることが必要であったこと」と解釈すべき」(4頁7行∼10
行)とするが,この見解は,「政令で定める処分を受けることが必
要であった」という要件を,「有効成分と効能・効果という観点か
ら,政令で定める処分を受けることが必要であった」というように
限定解釈し,このように限定された観点から,政令で定める処分を
受けることが必要であった場合に限って,期間延長を認めようとい
うものである。
②しかし,法67条2項や法67条の3第1項1号の規定をどのよ
うに読んでも,このような限定解釈をすべき手掛かりは発見できな
いし,なぜあえてこのような不自然かつ技巧的な限定解釈をしなけ
ればならないのかも不明である。
この点,法68条の2は,存続期間が延長された場合の特許権の
効力に関する規定であり,延長登録の要件に関する規定ではないか
ら,この規定に基づいて法67条2項及び67条の3第1項1号の
「政令で定める処分を受けることが必要であったか否か」を判断し
なければならない必要性も合理性もない。そして,延長登録の要件
について,あえて上記のような不自然かつ技巧的な限定解釈をする
ことなく,法67条2項,法67条の3第1項1号の要件を文言通
りに素直に解した上で存続期間の延長を認めたとしても,そのこと
により一体どのような不都合が生じるというのか明らかでない。特
に,有効成分や用途以外にも多くの限定要件が付された本件発明の
ような医薬製剤発明の特許権は,有効成分のみを構成要件とする物
質発明や,有効成分と用途のみを構成要件とする用途発明の特許権
と比較して,権利範囲が狭いものであるから,法67条2項や法6
7条の3第1項1号の要件を文理に従い素直に解釈した上で存続期
間の延長を認めたとしても,元々薬事法上の規制により全く実施が
できなかった期間だけ特許権が回復されるだけのことである。この
ような結果は,侵食期間の回復という期間延長制度の目的に合致す
るものではあっても,決して同目的に背馳するようなものではな
く,期間延長制度全体の統一性,整合性を損なうものでもない。
したがって,期間延長後の特許権の効力の規定から遡って延長登
録の要件を議論するのは本末転倒といわざるを得ない。
③さらに,薬事法に基づく承認は,当該承認申請に係る「医薬品」
を対象とする処分であって,医薬品を構成する一要素にすぎない
「有効成分」を対象とする処分ではないから,法68条の2にいう
「政令で定める処分の対象となった物」,「その処分においてその
物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該
用途に使用されるその物」を「有効成分」と解することは誤りであ
る。したがって,たとえ法68条の2の解釈を法67条の3第1項
1号の解釈に反映させたとしても,同号にいう「政令で定める処分
を受けることが必要であったこと」を,「物(有効成分)と用途
(効能・効果)という観点から,政令で定める処分を受けることが
必要であったこと」と読み替える理由はないというべきである。
④以上を踏まえて,本件についてみれば,本件発明は,「治療的に
有効量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート;1,1,
1,2−テトラフルオロエタン,1,1,1,2,3,3,3−ヘ
プタフルオロプロパン及びそれらの混合物より成る群から選ばれる
ハイドロフルオロカーボンのみからなる噴射剤;並びにこの噴射剤
の中にこのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートを溶解せし
めるのに有効な量のエタノール;のみからなるエアロゾル製剤であ
って,実質的に全てのベクロメタゾン17,21ジプロピオネート
がこの製剤において溶けており,前記エタノールが2∼12重量%
の量において存在し,且つ,この製剤に任意の界面活性剤が0.0
005重量%以上含まれていないことを特徴とする,肺,頬又は鼻
への投与のためのエアロゾル製剤。」(請求項1)(甲1,甲2)
というものであり,①治療的に有効量のベクロメタゾン17,21
ジプロピオネート(「BDP」のこと),②1,1,1,2−テト
ラフルオロエタン,1,1,1,2,3,3,3−ヘプタフルオロ
プロパン及びそれらの混合物より成る群から選ばれるハイドロフル
オロカーボンのみからなる噴射剤,③この噴射剤の中にこのベクロ
メタゾン17,21ジプロピオネートを溶解せしめるのに有効な量
のエタノール,を必須の構成要件とする(なお,上記以外の構成要
件も存する),エアロゾル製剤という医薬品の発明である。
そして,本件発明は,本件承認を受けるまでは,薬事法上の規制
により一切実施することができなかったが,本件承認を受けたこと
によって薬事法上の禁止が解除され実施できるようになったことが
明らかである。
したがって,本件発明を実施するために,法67条2項にいう
「政令で定める処分」すなわち本件承認を受けることが必要であっ
たものであり,本件延長出願に法67条の3第1項1号の拒絶理由
は存在しないから,審決の判断は誤りである。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3被告の反論
審決の認定判断に原告主張の誤りはない。
(1)取消事由1に対し
ア(ア)原告は,同一の有効成分に対して承認が与えられた場合にも,第二
の承認の効能・効果が第一の承認の効能・効果の上位概念に当たれば,
第二の承認を受けることが,特許発明の実施に必要であったと当然に認
められることとなる旨主張する。
(イ)しかし,そもそも法67条2項及び67条の3第1項1号の「政令
で定める処分を受けることが必要であった」という要件,すなわち,
「その特許発明の実施のために政令で定める処分を受けることが必要で
あったこと」という要件は,薬事法14条1項の承認の対象となる医薬
品に関しては,「物(有効成分)と用途(効能・効果)という観点から
処分を受けることが必要であったこと」と解すべきである。
そして,同一の有効成分に対して承認が与えられた場合には,第二の
承認の効能・効果が第一の承認の効能・効果の上位概念に当たれば,物
(有効成分)と用途(効能・効果)という観点からみて,第一の承認と
第二の承認との間に重複部分が存在し,その重複部分については第二の
承認にかかわらず実施をすることができるので,法67条の3第1項1
号に該当することになる。しかし,承認の効能・効果は,医薬品輸入承
認書の「効能又は効果」欄の記載に基づいて判断されるものではあるが,
文言だけで直ちに決することができるものではなく,実質的な検討を経
て判断されるべきものである。
(ウ)そこで,同一の有効成分に対して承認が与えられた場合で,第二の
承認の効能・効果が第一の承認の効能・効果の上位概念に当たる場合で
も,第二の承認において,新たな効能・効果が承認されて,上位概念で
承認されたのであれば,その重複部分を除いた用途(第二の承認の効能
・効果(ただし,第一の承認の効能・効果を除く))についての特許発
明の実施が,第二の承認を受けることによって初めて可能となるので,
第二の承認を受けることは,特許発明の実施に必要であったと認められ
ることとなる。
特許庁の審査基準(「第Ⅵ部特許権の存続期間の延長」3.1.1
(5)〔甲11〕)は,このことを,「例えば,下位概念の用途(例えば,
慢性アレルギー性鼻炎治療剤)を有する有効成分に対して承認が与えら
れた後,上位概念の用途(例えば,アレルギー性鼻炎治療剤)を有する同
一の有効成分に対して承認が与えられた場合には,上記の考え方に従っ
て,後者の承認を受けることも特許発明の実施に必要であったと認めら
れることとなる。」としているのであり,形式的に,第二の承認の効能
・効果が第一の承認の効能・効果の上位概念に当たれば,第二の承認を
受けることが,特許発明の実施に必要であったと直ちに認められるとい
うものではない。
(エ)そこで,本件延長出願について見ると,先の承認の効能・効果と本
件承認の効能・効果とは下位概念,上位概念の関係にあり,原告も認め
るように,両承認の効能効果は,「下記の気管支喘息・全身性ステロ
イド剤依存の患者におけるステロイド剤の減量又は離脱・ステロイド
剤以外では治療効果が十分得られない患者」において重なりがある。そ
して,それ以外の気管支喘息に含まれる「ステロイド剤以外でも治療効
果が十分得られる軽症の気管支喘息」については,概念としては,形式
的には本件承認の効能・効果に含まれ先の承認の効能・効果には含まれ
ないとしても,直ちに,本件承認によって,先の承認に含まれない効能
・効果が認められたと解することはできない。あくまでも,実質的に,
本件承認において,「ステロイド剤以外でも治療効果が十分得られる軽
症の気管支喘息」について,新たな効能・効果が承認され,薬事法上の
禁止が解除され,実施が可能となった場合に,「その特許発明の実施の
ために政令で定める処分を受けることが必要であった」といえるのであ
る。
しかるに,本件承認において,本件延長出願の願書の「処分の対象と
なった物について特定された用途」に記載された「気管支拡張薬で治療
効果が十分得られる気管支喘息患者における気管支喘息」が,新たな効
能・効果として承認されたとはいえないことは,後記ウのとおりであ
る。
イ原告は,本件訴訟において,新たに,前記甲8,甲9を提出し,本件承
認の対象である医薬品の効能・効果と,先の承認の対象である医薬品の効
能・効果が実質は同じであるとした審決の判断は誤りであると主張する。
しかし,甲8,甲9は,原告(請求人)が出願時,既に知悉していた資料
であるとともに,法67条の2第2項において「前項の願書には,経済産
業省令で定めるところにより,延長の理由を記載した資料を添付しなけれ
ばならない。」と特許法で願書に添付すべきことが規定されている重要な
資料であるとともに,かかる資料に基づいて延長登録の可否が判断される
ものである。しかるに,かかる資料を,願書に添付せずに,出願が特許庁
に係属していない訴訟段階で初めて提出しても,それは法67条の2第2
項に規定された要件を満たさないので,そのような資料は参酌され得な
い。
ウ仮に甲8,甲9を参酌した主張が許されるとしても,前記甲8には,本
件承認の効能・効果が「気管支喘息」と設定された根拠として,既に,国
内外の「喘息予防・管理ガイドライン」において吸入ステロイド剤(CF
C−BDP)が軽症から重症の気管支喘息患者に対する長期管理薬として
推奨され,その臨床的有用性が確立されていたことが挙げられているので
あるから,原告が主張するように,本件承認により新たに「気管支拡張薬
で治療効果が十分得られる気管支喘息患者における気管支喘息」の用途が
薬事法上解禁されたとはいえない。
また,原告が提出した軽症の気管支喘息に関する臨床試験データ(甲1
2∼17)はいずれも,その内容を見れば,本件承認により「気管支拡張
薬で治療効果が十分得られる気管支喘息患者における気管支喘息」の用途
が新たに承認されたことを示すものとはいえない。
(2)取消事由2に対し
ア原告は,薬事法14条1項の承認の対象となる医薬品に関しては,「政
令で定める処分を受けることが必要であった」という要件を,「有効成分
と効能・効果という観点から,政令で定める処分を受けることが必要であ
った」と解釈するのは誤りであると主張する。
イしかし,原告の上記主張は,そもそも,本件延長出願の願書に記載され
た「処分の対象となった物」については,平成17年11月9日付けの手
続補正書(甲4−1)により有効成分である「プロピオン酸ベクロメタゾ
ン」に補正されていることに照らせば,本件延長出願と矛盾する主張であ
る。
ウまた,法68条の2には,「第67条第2項の政令で定める処分の対象
となった物」という一般的な場合を想定した文言に対し,括弧書きで
「(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場
合にあっては,当該用途に使用されるその物)」という特定の場合に適用
される規定が存在する。この括弧書きの規定が対象とする場合として,薬
事法14条1項の承認の対象となる医薬品が含まれることは明らかであ
る。そうすると,法68条の2の規定は,薬事法14条においては,医薬
品について,その成分,効能・効果のみならず,名称,用法,用量,使用
方法等を特定した品目ごとに製造承認等を受ける必要があるとされている
にもかかわらず,特許法における特許存続期間延長の問題としては,処分
の対象となった物としては,「物」と「用途」,医薬品でいえば,有効成
分により特定される「物」,効能・効果により特定される「用途」につい
て出願対象の特許発明を実施する範囲で,延長に係る特許権の効力が及ぶ
こととしたものと解される。すなわち,薬事法による医薬品の承認は,そ
の成分,効能・効果のみならず,名称,用法,用量,使用方法等を特定し
た品目ごとにされるものではあるが,特許法としては,薬事法による承認
が得られた品目に限定して延長に係る特許権の効力が及ぶとするのではな
く,延長に係る特許権の効力は,「物(有効成分)」及び「用途(効能・
効果)」について特許発明を実施する場合全般に効力が及ぶものとしたも
のである。そこには,薬事法の規定とは別の特許法における独自の判断が
加えられていることがうかがえる。
エ特許権の存続期間の延長制度における延長が認められる要件,拒絶され
る事由,延長が認められた場合の効果などは,全体として矛盾のないもの
でなければならない。
前記の延長登録を受けるために必要であると解される「その特許発明の
実施のために政令で定める処分を受けることが必要であったこと」という
要件は,前記のとおり,「法67条2項の政令で定める処分の対象となっ
た物」についての一般的な場合を想定したものである。そして,法68条
の2の規定は,「法67条2項の政令で定める処分の対象となった物」に
ついて,括弧書きで,「その処分においてその物の使用される特定の用途
が定められている場合」という特定の場合について規定しており,特許法
としては,医薬品のような場合について,薬事法の規定とは別に,「物
(有効成分)」と「用途(効能・効果)」という概念によって,処分とい
う概念を画そうというものであるといえる。そうすると,法67条2項及
び67条の3第1項1号の「政令で定める処分を受けることが必要であっ
た」という要件,すなわち,「その特許発明の実施のために政令で定める
処分を受けることが必要であったこと」という要件は,薬事法14条1項
の承認の対象となる医薬品に関しては,「物(有効成分)と用途(効能・
効果)という観点から処分を受けることが必要であったこと」というよう
に解すべきであり,そうしてこそ全体として矛盾のない解釈となる。
第4当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁等における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)
(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2取消事由1について
(1)法67条2項の「その特許発明の実施について…処分…を受けることが
必要である」との文言は,後記3(1)∼(4)に説示するとおり,「物」と「用
途」という観点から処分を受けることが必要であったことと解すべきであ
り,本件承認における「用途」と先の承認における「用途」とが同一である
場合には,特許発明の延長登録は認められないこととなる。そして,後記3
(4)に説示するとおり,「物」は有効成分,「用途」は効能・効果のことを
意味すると解するのが相当であるが,かかる「用途」(効能・効果)の同一
性については,医薬品製造(輸入)承認書等の記載から形式的に決するので
はなく,先の承認及び本件承認に係る医薬品の適用対象となる疾患の病態,
薬理作用等を考慮して実質的に決すべきである。
(2)そこで,先の承認と本件承認に係る医薬品が適用される疾患の異同につ
いて検討する。
アまず,先の承認に係る医薬品が適用される対象の疾患は,「最近の新薬
'79/30集」(甲19)の医薬品「ベコタイドインヘラー」及び「ア
ルデシン」についての「適応」欄,並びに,「最近の新薬'99/50
集」(乙1)の医薬品「アルデシン100」及び「アルデシン100D」
についての「効能・効果」欄に共通して記載されているとおり,「下記の
気管支喘息全身性ステロイド剤依存の患者におけるステロイド剤の減量
または離脱.ステロイド剤以外では治療効果が十分得られない患者.」で
ある。
他方,本件承認に係る医薬品が適用される対象の疾患は,本件申請書
(甲6)の「効能又は効果」欄,及び本件医薬品の添付文書(甲7)の
「効能・効果」欄に共通して記載されているとおり,「気管支喘息」であ
る。
イそして,これらを対比すると,両承認に係る医薬品は,いずれも「気管
支喘息」を適用対象としており,疾患名は同一である。
ただ,先の承認は,(a)「全身性ステロイド剤依存の患者におけるステ
ロイド剤の減量または離脱」と(b)「ステロイド剤以外では治療効果が十
分得られない患者」を対象としているのに対し,本件承認は,(a)及び(b)
以外に(c)「ステロイド剤ではない薬剤で治療効果が十分得られる患者」
をも対象としている点で,広狭があるように見える。
ウしかし,気管支喘息の病態,治療等に関し,後掲各証拠には,以下の記
載がある。
(ア)Aほか監修・厚生省免疫・アレルギー研究班作成「喘息予防・管理
ガイドライン2003JGL1998改訂第2版」9頁表6(甲10)
「1)重症度は「発作好発期間における任意の4週間の状態」により
「過去1年間」の重症度として判定する2)喘息症状の程度と症状の
頻度との組み合わせで判定する
注)1.次の場合は重症とする
1)11回でも意識障害を伴うような発作があった場合
2)プレドニゾロン1日10mg相当以上の連用を必要とする場合
3)プレドニゾロン1日5mg相当以上と吸入ステロイド薬1日6
00μg以上の連用を必要とする場合
2.次の場合は症状の頻度にかかわらず中等症以上とする
1)副腎皮質ステロイド(ステロイド)薬を経口または注射で必
要とする場合
2)吸入ステロイド薬で1日400μg以上の連用を必要とする
場合
3.次の場合は軽症とする
1)気管支喘息拡張薬のみでコントロールできる場合…」
(イ)大日本製薬株式会社「キュバール50エアゾールキュバール10
0エアゾールに関する資料」(乙3)
a「…キュバールは米国3M社において,CFC−BDPのフロンを代
替フロンに置きかえる研究から開発された口腔内吸入用の定量噴霧式
吸入剤である.従来のCFC−BDPが懸濁液であるのに対して,本
剤は溶剤としてエタノールを用いたことにより,完全溶解系の製剤と
することが可能になった.その結果,本剤を噴射時のエアゾールの粒
子径は既存のCFC−BDPに比べて小さく,小粒子の割合はCFC
−BDPと比べて高くなった.米国3M社は…年から欧米での臨床
試験を実施し,本剤がCFC−BDPの半量で同等の効果を示すこと
を確認した。…大日本製薬株式会社は,…試験を実施した。」(3頁
・「イ−2開発の経緯」の項)
b「…ステロイド薬未使用の気管支喘息患者を対象としたプラセボ対照
の二重盲験比較試験においては,本剤の1日量100,200及び4
00μgの有効性は,プラセボ群より有意に優れていた。
吸入ステロイド薬で治療中の気管支喘息患者を対象とした用量反応
比較試験において,本剤1日量100∼800μgの用量範囲で有意
な用量反応関係が認められた。
また,気管支喘息患者を対象とした,本剤とCFC−BDPの比較
試験において,本剤の1日量400μgとCFC−BDPの1日量8
00μgの同等性及び本剤の1日量800μgとCFC−BDPの1
日量1500μgの同等性がそれぞれ検証されている。
吸入ステロイド薬で治療中の気管支喘息患者を対象とした1年間の
長期投与試験では,本剤の1日量200∼800μgとCFC−BD
Pの1日量400∼1600μg投与の安全性に相違は認められず,
また,本剤の1年間の長期投与においても安全性で特に問題となる所
見は認められなかった。
これらの外国臨床試験成績により,本剤は1日量100∼800μ
gの範囲でCFC−BDPの半量で同等の有効性を示し,安全性に特
に問題となる所見を認めないことが確認されている。」(198頁・
「ト−3外国での臨床試験成績」の項)
(ウ)本件申請書(甲6)
・「キュバール100エアゾール」(販売名)
・「…医療用医薬品(5)」(備考欄。医療用医薬品(5)とは,株式会社じ
ほう発行・薬事審査研究会監修「医薬品製造指針2001」の122頁
(甲22)により,「新剤型医薬品」の意味であると認められる。)
エ上記ウ(ア)∼(ウ)によれば,上記イ記載の(a)「全身性ステロイド剤依存
の患者におけるステロイド剤の減量または離脱」と(b)「ステロイド剤以
外では治療効果が十分得られない患者」を対象とする気管支喘息と,(c)
の「ステロイド剤ではない薬剤で治療効果が十分得られる患者」を対象と
する気管支喘息とは,喘息症状の程度と症状の頻度との組み合わせで判定
される重症度の違いに止まるものである上,比較試験自体はステロイド薬
未使用の気管支喘息患者及び吸入ステロイド薬で治療中の気管支喘息患者
について行いながら,その有効性及び安全性について,「CFC−BDP
の半量で同等の有効性」,「安全性に特に問題となる所見を認めない」な
どのように区別されずに一緒に評価されていることが認められる。これら
に照らすと,上記(a)及び(b)と(c)との違いから,両者の病態が異なる実
質的に異なる疾患であることを導くことはできない。
また,医薬品の薬理作用の点でも,上記ウ(イ)(ウ)によれば,本件承認
は,先に承認されていたCFC−BDP製剤(「アルデシン」等。甲8)
のフロンを代替フロンに置きかえた,新剤型医薬品について承認を得るこ
とを目的としたものであることが認められ,また上記ウ(ア)によれば,上
記イ記載の(a)や(b)には,経口又は注射のステロイド剤のほか,吸入ステ
ロイド剤(本件医薬品もその一つである〔甲7〕)も適用されるため,よ
り軽症である上記イ記載の(c)に吸入ステロイド剤を適用しても有効であ
ると認められるから,医薬品の薬理作用が異なるものであるとも認められ
ない。
以上によれば,先の承認と本件承認に係る医薬品は,いずれも「気管支
喘息」を適用対象としており,疾患名が同一であるところ,先の承認及び
本件承認に係る医薬品の適用対象となる疾患の病態,薬理作用等を考慮し
て実質的な見地から判断すると,両者の用途(効能・効果)は,同一であ
るというべきである。したがって,両者の用途(効能・効果)が同一であ
る旨判断した審決に誤りはないから,取消事由1は理由がない。
(3)原告の主張に対する補足的説明
ア原告は,本件承認の効能効果と先の承認の効能効果とは,「下記の気管
支喘息・全身性ステロイド剤依存の患者におけるステロイド剤の減量又
は離脱・ステロイド剤以外には治療効果が十分得られない患者」におい
て重なりがあるものの,それ以外の気管支喘息に含まれる「ステロイド剤
以外でも治療効果が十分得られる軽症の気管支喘息」,例えば,「気管支
拡張薬(抗コリン薬,アドレナリン性β2刺激薬,テオフィリン薬等)で
治療効果が十分得られる気管支喘息患者における気管支喘息」について
は,本件効能効果に含まれる一方,先の承認の効能効果には含まれないこ
とが明らかであり,本件効能効果と先の承認の効能効果は,上位概念と下
位概念の関係に立つものといえる,したがって,本件承認によって,先の
承認によってはいまだ薬事法上の禁止が解除されていなかった,気管支拡
張薬で治療効果が十分得られる気管支喘息患者における気管支喘息という
用途について,新たに同禁止が解除されたものであり,少なくとも,かか
る用途について本件発明を実施するために本件承認が必要であったことは
明らかであると主張する。
しかし,たとえ「ステロイド剤以外でも治療効果が十分得られる軽症の
気管支喘息」が本件効能効果に含まれ,本件効能効果と先の承認の効能効
果とが上位概念と下位概念の関係に立つものとしても,それだけで当然に
本件効能効果と先の承認の効能効果との同一性が否定されるものとはいえ
ず,前記(1)に説示したように,先の承認及び本件承認に係る医薬品の適
用対象となる疾患の病態,薬理作用等を考慮して実質的に決すべきである
ところ,前記(2)エに説示したように本件において上記の見地から判断す
ると,両者の用途(効能・効果)は同一というべきであるし,また法67
条の3第1項1号にいう「政令で定める処分を受けることが必要であっ
た」と認められるかどうかを,新たに薬事法上の禁止が解除されたものと
いえるかという観点から判断するのが相当でないことも,後記3(5)アに
説示するとおりである。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
イ原告は,本件申請書(甲6)の備考欄に「医療用医薬品(5)」と記載さ
れ,本件医薬品が剤型が新しい「新剤型医薬品」に分類される医薬品であ
ることから,本件申請書(甲6)の「効能又は効果」欄及び本件医薬品の
添付文書(甲7)の「効能・効果」欄に記載され一義的に意味内容が理解
できる「気管支喘息」という効能・効果の意味内容を限定できるとする根
拠はない,本件効能効果の「気管支喘息」が軽症の気管支喘息を含むもの
であることは審査当局に表明されており(大日本製薬株式会社「キュバー
ル50エアゾールキュバール100エアゾールに関する資料」〔甲
8〕,独立行政法人医薬品医療機器総合機構「医薬品医療機器情報提供ホ
ームページ」〔甲9〕,Aほか監修・厚生省免疫・アレルギー研究班作成
「喘息予防・管理ガイドライン2003JGL1998改訂第2版」
〔甲10〕),「気管支拡張薬で治療効果が十分得られる気管支喘息患者
における気管支喘息」への有効性及び安全性を裏付ける臨床試験のデータ
も審査当局に提出され審査されている(治験総括報告書〔甲12∼1
7〕)から,本件効能効果は「気管支拡張薬で治療効果が十分得られる気
管支喘息患者における気管支喘息」を含むものである,と主張する。
確かに,本件申請書(甲6)の添付資料(乙3・198∼199頁)には「ス
テロイド薬未使用の気管支喘息患者」を対象とした臨床試験成績が記載さ
れ,効能・効果は限定のない「気管支喘息」として本件申請書(甲6)に
よる申請及び輸入承認(甲5)がされていることからすると,前記(2)イ
に説示したように,本件承認における効能・効果の「気管支喘息」は,先
の承認における効能・効果の「下記の気管支喘息・全身性ステロイド剤
依存の患者におけるステロイド剤の減量又は離脱・ステロイド剤以外で
は治療効果が十分得られない患者」だけでなく,前記(2)イ(c)に記載した
「ステロイド剤ではない薬剤で治療効果が十分得られる患者」をも対象と
しているというべきである。
しかし,先の承認と本件承認とで,このように効能・効果に広狭がある
ように見えるとしても,前記(2)エに説示したとおり,先の承認と本件承
認に係る医薬品は,いずれも「気管支喘息」を適用対象としており,疾患
名が同一であって,本件承認の「気管支喘息」がその病態等に照らして実
質的に異なる疾患と認められ,あるいは,当該治療法における医薬品の薬
理作用が先の承認とは異なるともいえず,両者の用途(効能・効果)は,
同一であるというべきものである。したがって,原告の上記主張を考慮し
ても,本件において法67条の3第1項1号にいう「政令で定める処分を
受けることが必要であった」と認められないという結論に影響を及ぼすも
のではない。
ウ原告は,前記甲8によれば,CFC−BDP(「アルデシン」等)につ
いて薬事法上の禁止が解除された効能・効果は重症や中等症であって,軽
症の気管支喘息については,「適応外使用」(定義は甲25〔厚生省健康
政策局研究開発振興課長・同医薬安全局審査管理課長の「適応外使用に係
る医療用医薬品の取扱いについて」平成11年2月1日研第4号医薬審
第104号〕)により臨床上の有用性が確立されていた,本件承認はこの
ようなCFC−BDPとの臨床上の同等性が評価されて与えられたもので
あるから,「軽症の気管支喘息」については,本件承認によって初めて禁
止が解除されたものであると主張する。しかし,法67条の3第1項1号
にいう「政令で定める処分を受けることが必要であったと認められ」るか
どうかを,新たに薬事法上の禁止が解除されたものといえるかという観点
から判断するのが相当でないことは,後記3(5)アに説示するとおりであ
るから,「軽症の気管支喘息」が本件承認によって初めて禁止が解除され
たものであるかどうかということを指摘する原告の主張はその前提を欠く
ものであるといわなければならない。
3取消事由2について
(1)法67条2項は,昭和62年法律第27号によって新設された規定であ
る。同項は,特許発明の実施について安全性の確保等のために法律の規定に
よって許可その他の処分を受けることが定められ,その処分の目的,手続等
からみて,その処分を的確に行うには相当の期間を要する場合には,処分を
受けることが必要であるために特許発明を実施することができなかった期
間,5年を限度として,特許権の存続期間を延長することができる旨を定め
ている。そして,同項は,上記処分については政令で定めるものとし,特許
法施行令3条は,上記処分に当たるものとして,「薬事法14条1項に規定
する医薬品に係る同項の承認」等を定めている。
上記規定は,医薬品に係る薬事法14条1項の承認等を受けるまでには,
所要の実験によるデータの収集及びその審査に不可避的に相当の期間を要す
るため,その間は,特許権が存在していても,特許権者は特許発明を実施す
ることができず,特許期間が侵食される事態が生ずるため,特許発明を実施
することができなかった期間,5年を限度として,特許権の存続期間を延長
することとしたものである。
法67条の2は,上記特許権の存続期間の延長登録の出願について定めて
おり,同法67条の3第1項は,審査官は,特許権の存続期間の延長登録の
出願が「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受ける
ことが必要であったとは認められないとき」には,拒絶をすべき旨の査定を
しなければならない旨定めている。
(2)ところで,薬事法14条1項(平成14年法律第96号による改正前の
もの)は,厚生労働大臣は,医薬品の製造をしようとする者からの申請があ
ったときは,品目ごとにその製造について承認を与える旨規定し,同条2項
は,前項の承認は,申請に係る医薬品の名称,成分,分量,構造,用法,用
量,使用方法,効能,効果,性能,副作用等を審査して行うものとし,①申
請に係る医薬品が,その申請に係る効能,効果又は性能を有すると認められ
ないとき,②申請に係る医薬品が,その効能,効果又は性能に比して著しく
有害な作用を有することにより,医薬品として使用価値がないと認められる
とき,③その他医薬品として不適当なものとして厚生労働省令で定める場合
に該当するときには,承認を与えない旨を規定する。したがって,薬事法1
4条1項に規定する医薬品に係る同項の承認は,名称,成分,分量,構造,
用法,用量,使用方法,効能,効果,性能等を特定した品目ごとにされるも
のである。
(3)これに対し,法68条の2は,特許権の存続期間が延長された場合の当
該特許権の効力は,法67条2項の政令で定める処分の対象となった物(そ
の処分においてその物に使用される特定の用途が定められている場合にあっ
ては,当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の
行為には及ばない旨を規定する。この規定は,特許権の存続期間が延長され
た場合の当該特許権の効力は,処分の対象となった物(その処分においてそ
の物に使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に
使用されるその物)については,処分の対象となった品目とは関係なく特許
権が及ぶ旨の規定と解されるから,特許法は,法67条2項の政令で定める
処分の対象となった品目ごとに特許権の存続期間の延長登録の出願をすべき
であるという制度を採っていないことは明らかであり,処分の対象となった
物(その処分においてその物に使用される特定の用途が定められている場合
にあっては,当該用途に使用されるその物)ごとに特許権の存続期間の延長
登録の出願をすべきであるという制度を採用しているものと解される。
そうすると,最初(1度目)に法67条2項の政令で定める処分がなされ
ると,その最初になされた処分は,その物(その処分においてその物に使用
される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用される
その物)について製造販売禁止を解除する必要があった処分であったという
ことができるから,その処分に基づいて特許権の存続期間の延長登録の出願
をすることができるが,2度目以降にされた処分については,法67条の3
第1項が定める「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分
を受けることが必要であったとは認められないとき」に該当し,その特許権
の存続期間の延長登録の出願は拒絶されるものと解される。
(4)以上のように,法67条の3に従って特許権の存続期間の延長登録出願
を認めるかどうかの判断に当たっては,延長後の特許権の効力について規定
した法68条の2の規定を考慮することによって,特許権の存続期間の延長
制度全体について統一的な解釈が可能になるというべきであるところ,法6
8条の2にいう「物」は「有効成分」を,「用途」は効能・効果を意味する
ものと解するのが相当である。このように解することは,新薬の特許が「有
効成分」又は「効能・効果」に与えられることが多いという実情にかなうも
のであるし,またこれによって,「物」と「用途」の範囲が明確になるとい
うことができる。
そうすると,上記(3)に説示したとおり,2度目以降になされた処分が,
最初(1度目)になされた処分と同一であって法67条の3第1項第1号の
「政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき」に
当たるかどうかも,物(有効成分)と用途(効能・効果)という観点から判
断すべきである。したがって,これと同旨の審決に誤りはないから,取消事
由2は理由がない。
(5)原告の主張に対する補足的説明
ア原告は,法67条2項の規定を受けた法67条の3第1項1号にいう,
「政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められない」場合
とは,a延長登録出願の根拠として願書において特定される「政令で定
める処分」を受けるまでもなく,法67条の3第1項1号にいう特許発明
の「実施」をすることが可能であった場合,又は,b当該「政令で定め
る処分」を受けても,なお依然として上記意味の「実施」をすることが不
可能な場合,を意味するものと解するのが,同条項の文理に即した最も自
然な解釈というべきである,特許発明が医薬品である場合,「その特許発
明の実施」とは,特許発明の全ての構成要件を充足する医薬品についての
生産,使用,譲渡等(法2条3項1号に定義する「実施」に該当する行
為)を意味するから,「政令で定める処分」が薬事法上の承認の場合,
「政令で定める処分(承認)を受けることが必要であった場合」とは,
「当該承認を受けるまでは,当該特許発明の実施が薬事法上不可能であっ
たが,当該承認によって薬事法上の禁止が解除され,実施が可能となった
こと」がこれに該当する,換言すれば,「政令で定める処分(承認)を受
けることが必要であったとは認められない場合」とは,a当該承認を受
けるまでもなく,当該特許発明の実施が可能であった場合,又は,b当
該承認を受けても,なお依然として当該特許発明の実施をすることが不可
能である場合であると解すべきである,と主張する。
しかし原告の上記主張は,特許法上の観点からの解釈ではなく,例えば
「政令で定める処分」が薬事法上の承認の場合,「政令で定める処分(承
認)を受けることが必要であった場合」とは「当該承認を受けるまでは,
当該特許発明の実施が薬事法上不可能であったが,当該承認によって薬事
法上の禁止が解除され,実施が可能となったこと」がこれに該当する,と
するように,法67条の3第1項1号の「政令で定める処分を受けること
が必要であった」と認められるときを,特許発明の実施が薬事法上の禁止
が解除されたことにより同法上可能になったかどうかという観点から判断
すべきとするものである。しかし,上記(3),(4)に説示したように,特許
法は,薬事法が承認の対象としている医薬品にかかわる各要素のうち,物
(有効成分)と用途(効能・効果)という観点から承認が必要であったと
きに限って,特許権の存続期間の延長を認めることとしているものであっ
て,特許法としての独自の観点から,特許権の存続期間の延長の要件を定
めていると解されるものである。原告の上記主張による解釈は,かかる見
地からすると,採用することができない。
イまた原告は,法68条の2は,存続期間が延長された場合の特許権の効
力に関する規定であり,延長登録の要件に関する規定ではないから,この
規定に基づいて法67条2項及び67条の3第1項1号の「政令で定める
処分を受けることが必要であった」か否かを判断しなければならない必要
性も合理性もないし,延長登録の要件について法67条2項,法67条の
3第1項1号の要件を文言通りに素直に解した上で存続期間の延長を認め
たとしても,そのことにより一体どのような不都合が生じるというのか明
らかでない,特に,有効成分や用途以外にも多くの限定要件が付された本
件発明のような製剤発明の特許権は,有効成分のみを構成要件とする物質
発明や,有効成分と用途のみを構成要件とする用途発明の特許権と比較し
て,権利範囲が狭いものであるから,法67条2項や法67条の3第1項
1号の要件を文理に従い素直に解釈した上で存続期間の延長を認めたとし
ても,元々薬事法上の規制により全く実施ができなかった期間だけ特許権
が回復されるだけのことであると主張する。
しかし,法67条の3に従って特許権の存続期間の延長登録出願を認め
るかどうかの判断に当たって,延長後の特許権の効力について規定した法
68条の2を考慮することによって特許権の存続期間の延長制度全体につ
いて統一的な解釈が可能になることは,すでに前記(3)において述べたと
おりである。原告は,法68条の2は,存続期間が延長された場合の特許
権の効力に関する規定であり,延長登録の要件に関する規定ではないか
ら,この規定に基づいて法67条2項及び67条の3第1項1号の「政令
で定める処分を受けることが必要であった」か否かを判断しなければなら
ない必要性も合理性もないと主張するが,法68条の2が,存続期間が延
長された場合の特許権の効力の規定であるからと言って,法67条の3の
解釈において同法68条の2を全く考慮することができないという理由に
はならない。また原告は,法67条2項,法67条の3第1項1号の要件
を文言通りに素直に解した上で存続期間の延長を認めたとしても,そのこ
とにより一体どのような不都合が生じるというのか明らかでないと主張す
るが,原告の主張する解釈が,法67条の3第1項1号の「政令で定める
処分を受けることが必要であった」と認められるときを,特許法上の観点
からではなく,薬事法上の観点から判断すべきとするものであって,採用
できないものであることは,上記アに説示したとおりである。また原告
は,有効成分や用途以外にも多くの限定要件が付された本件発明のような
製剤発明の特許権は,有効成分のみを構成要件とする物質発明や,有効成
分と用途のみを構成要件とする用途発明の特許権と比較して,権利範囲が
狭いものであることを指摘するが,特許請求の範囲が広い特許を取得する
か,狭い特許を取得するかということが,存続期間の延長の許否に影響す
るような解釈を採ることは相当とはいえない。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
ウまた原告は,薬事法に基づく承認は,当該承認申請に係る「医薬品」を
対象とする処分であって,医薬品を構成する一要素にすぎない「有効成
分」を対象とする処分ではないから,法68条の2にいう「政令で定める
処分の対象となった物」,「その処分においてその物の使用される特定の
用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物」を
「有効成分」と解することは誤りである,したがって,たとえ法68条の
2の解釈を法67条の3第1項1号の解釈に反映させたとしても,同号に
いう「政令で定める処分を受けることが必要であった」ことを,「物(有
効成分)と用途(効能・効果)という観点から,政令で定める処分を受け
ることが必要であったこと」と読み替える理由はないというべきであると
主張するが,前記(4)に説示したとおり,法68条の2にいう「物」は
「有効成分」を,「用途」は「効能・効果」を意味すると解するのが相当
であるから,原告の上記主張は採用することができない。
エさらに原告は,本件発明は,本件承認を受けるまでは,薬事法上の規制
により一切実施することができなかったが,本件承認を受けたことによっ
て薬事法上の禁止が解除され実施できるようになったのであるから,本件
発明を実施するために,法67条2項にいう「政令で定める処分」すなわ
ち本件承認を受けることが必要であったと主張するが,法67条の3第1
項1号が,薬事法上の観点からではなく特許法としての独自の観点から,
特許権の存続期間の延長の要件を定めていると解されるものであること
は,上記アに説示したとおりであるから,原告の上記主張は採用すること
ができない。
4結論
以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官今井弘晃
裁判官田中孝一

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