弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人森長英三郎、同関原勇、同岡林辰雄、同清源敏孝、同諫山博、同谷川
宮太郎の上告理由について。
 特定人の名誉が毀損されたか否かは、被害者の主観によるべきではなく、客観的
にその人の社会より受ける評価が傷つけられたかどうかによつて決すべきである旨
の原審のたてた命題は正当である。しかして、原審認定の事実関係のもとでは、被
上告人の本件論文が上告人の名誉を毀損する不法行為に当るものとしなかつた原審
の判断は相当として肯認することができ、右判断に関して前記命題の適用を誤つた
ところがあるものとは認められない。
 すなわち、所論(1)で攻撃するところを検討するに、前記論文の引用部分をも
つて原審が直接には弁護人あるいは弁護士という地位の面における上告人の社会的
評価に関するものと見ていることは明らかであるが、しかし、原判決は決して上告
人の社会的評価を単に右の面のみから把えているのではない。また、上告人のD証
人に対する判示尋問をもつて、共産党入党申込書を持ち出してした清源弁護人の尋
問との関係で、しめくくり的尋問と評価した原審判断も相当であつて、これらの点
について、所論の違法はない。そして、被上告人の本件論文執筆動機が警察の立場
を弁明するにあつたとした原判決の認定も肯認し得なくはなく、原判決が被上告人
の右論文をもつて上告人を誹謗しようとするものと認めなかつたからといつて、原
判決に所論のような公務員と民間人との間の差別的取扱をした違法があるとなすべ
き理由も見出し得ない。さらに、原審認定の事実関係に照らすときは、被上告人に
おいて前記清源弁護人の尋問を上告人がしたものと勘違いしたために、被上告人の
執筆した記載に正確を欠く点があるからといつて、名誉毀損が成立するものとはい
えないとした原審の判断も正当である。なお、所論違憲の主張は単なる法令違反の
主張を出でず、原判決にはこれらの点につき何等所論の違法はない。
 次に所論(2)についていえば、原審は、本件引用部分における「そのやり方は
ソフィストの詭弁術ともいうべきもので」等との判示の批評あるいは感想の表現と
見られる記述部分をもつて、抽象的に上告人の人格に対してなされたものではなく、
上告人がa事件の弁護人としてD証人に対して行つた特定、具体的な尋問の運び方
そのものについてなされたものと判断していることは明らかである。詳言すれば、
原審の判断するところによれば、右記述部分における批評あるいは感想は、次のこ
とを対象とするというのである。すなわち、上告人がDの尋問に当り、Dが警察官
として上司の命を受けてa村に潜入し、その使命を達成する必要上、やむなく氏名、
本籍、年令、学歴等をいつわつたこと等を是認する旨の証言をしたことをとらえ、
これによつてDが今もなお職務のためには嘘をつくこともやむを得ないとの信念を
持つものであるとの印象を生ぜしめ、同人の証言全般についての信憑力を失わせよ
うとした上告人の判示しめくくり的尋問の運び方そのものを対象としているという
のであつて、このことは判示引用部分全体の趣旨から優に理解できるところである。
しかして、原審はかかる点よりして、被上告人による右記述をもつて、上告人を罵
倒しあるいは侮辱する意味合のものではなく、D証人に対する尋問を直接に見聞す
ることによつて得た被上告人の印象を右証人尋問に関する具体的事実に即して卒直
に表明したにすぎないものと解することができるとして、不法行為の成立を否定し
たのであつて、その判断も相当である。
 要するに原審の判断には何等所論の違法はない。それ故、論旨は採用に値しない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文の
とおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    岩   田       誠

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