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平成22年5月10日判決言渡
平成21年(行ケ)第10170号審決取消請求事件(特許)
口頭弁論終結日平成22年4月26日
判決
原告アステラス製薬株式会社
訴訟代理人弁理士森田憲一
同山口健次郎
同森田拓
同矢野恵美子
同鈴木頼子
同濱井康丞
被告特許庁長官
同指定代理人森井隆信
同平田和男
同中田とし子
同田村正明
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2006−10726号事件について平成21年5月11日に
した審決を取り消す。
第2事案の概要
1本件は,原告が分割出願の方法により名称を「坑血小板剤スクリーニング方
法」とする発明につき特許出願(本願)をしたところ,拒絶査定を受けたの
で,これに対する不服審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたこ
とから,その取消しを求めた事案である。
2争点は,本願明細書の発明の詳細な説明が「その発明の属する技術の分野に
おける通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十
分に記載されているか」(いわゆる実施可能要件,平成14年法律第24号に
よる改正前の特許法36条4項),である。
<判決注>平成14年法律第24号による改正前の特許法36条4項は(以下「旧36
条4項」という。),次のとおりである。
「前項第3号の発明の詳細な説明は,経済産業省令で定めるところにより,その発明の
属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に
明確かつ十分に,記載しなければならない。」
第3当事者の主張
1請求原因
(1)特許庁における手続の経緯
原告(旧商号山之内製薬株式会社)は,平成12年11月1日(特願2
000−334721号)及び平成13年1月11日(特願2001−35
77号)の優先権(いずれも日本国)を主張し,平成13年10月31日に
なした原出願(特願2002−539389号)からの分割出願として,平
成15年10月14日,名称を「坑血小板剤スクリーニング方法」とする発
明について特許出願(特願2003−353705号)をし,平成17年2
月25日付けで特許請求の範囲の変更を内容とする補正(以下「本件補正」
という。請求項の数1,甲6)をしたが,拒絶査定を受けたので,これに対
する不服の審判請求をした。
特許庁は,上記請求を不服2006−10726号事件として審理した
上,平成21年5月11日,「本件審判の請求は成り立たない。」との審決
をし,その謄本は同年5月26日原告に送達された。
(2)発明の内容
本件補正後の請求項の数は前記のとおり1であるが,その内容は以下のと
おりである(以下,これに記載の発明を「本願発明」という)。
・【請求項1】
(A)(1)配列番号2で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド,
(2)配列番号2で表されるアミノ酸配列の1∼10個のアミノ酸が欠
失,置換,及び/若しくは付加されたアミノ酸配列を有し,しかも,AD
Pと結合し,Giに共役することにより,アデニル酸シクラーゼの活性を
抑制する活性を有するポリペプチド,又は(3)配列番号2で表されるア
ミノ酸配列との相同性が95%以上であるアミノ酸配列を有し,しかも,
ADPと結合し,Giに共役することにより,アデニル酸シクラーゼの活
性を抑制する活性を有するポリペプチド,前記ポリペプチドを含む細胞膜
画分,あるいは前記ポリペプチドをコードするDNAを含む発現ベクター
で形質転換され,前記ポリペプチドを発現している形質転換細胞と,試験
化合物とを,ADP受容体P2T標識リガンド存在下で,接触させる工AC
程,及び
前記ポリペプチド,細胞膜画分,又は形質転換細胞への標識リガンドの結
合量の変化を分析する工程
を含む,試験化合物がADP受容体P2Tリガンドであるか否かを検出AC
する方法,
(B)C末端のアミノ酸配列が,配列番号11で表されるアミノ酸配列で
あり,しかも,ホスホリパーゼC活性促進性Gタンパク質のホスホリパー
ゼC活性促進活性を有する部分ポリペプチドとGiの受容体共役活性を有
する部分ポリペプチドとのキメラであるGタンパク質キメラを共発現して
いる前記形質転換細胞と,試験化合物とを接触させる工程,及び
前記形質転換細胞内におけるCa濃度の変化を分析する工程2+
を含む,試験化合物がADP受容体P2Tアンタゴニスト又はアゴニスAC
トであるか否かを検出する方法,又は
AC(C)前記形質転換細胞と試験化合物とを,血小板ADP受容体P2T
のアゴニストの共存下において,接触させる工程,及び
前記形質転換細胞内におけるcAMP濃度の変化を分析する工程
を含む,試験化合物がADP受容体P2Tアンタゴニスト又はアゴニスAC
トであるか否かを検出する方法
のいずれか1つの方法,あるいは,これらを組み合わせることによる,A
DP受容体P2Tリガンド,アンタゴニスト,又はアゴニストであるかAC
否かを検出する工程,及び製剤化工程
を含む,抗血小板用医薬組成物の製造方法。
(3)審決の内容
審決の内容は,別添審決写しのとおりである。
その理由の要点は,本願明細書の発明の詳細な説明は,その発明の属する
技術の分野における通常の知識を有する者が本願発明の実施をすることがで
きる程度に明確かつ十分に記載されていないので,旧36条4項に規定する
要件を満たしていない,というものである。
(4)審決の取消事由
しかしながら,審決には以下に述べるとおり誤りがあるので,審決は違法
として取り消されるべきである。
ア本願優先日時点での技術水準の誤認
(ア)本件優先日時点での技術水準の誤認
本願発明で用いられる「配列番号2で表されるアミノ酸配列を有する
ポリペプチド」(以下「HORK3タンパク質」又は「ADP受容体P
2T」という。)は,Gタンパク質共役型受容体(G-proteinAC
coupledreceptor,以下「GPCR」という。)と呼ばれる一群の受容
体の1つである。(なお,上記「配列番号2で表されるアミノ酸配列を
有するポリペプチド」の名称は,本願優先日当時〔平成12年11月1
日〕は確定していなかったため,本願発明者はこれを「ADP受容体P
2T」又は「HORK3タンパク質」の名称を用いて本願明細書を作AC
成したが,これらの名称以外に「P2Y」,「P2RY12」,「S12
P1999」,「P2YAC」といった別称がある。)
一般に,受容体のうちGPCRのように細胞膜に存在するものは,ホ
ルモンなどの生理活性物質(リガンド)が受容体に結合することにより
細胞に情報を伝達するが,GPCRはGタンパク質と共役して細胞内に
情報を伝達し,その結果として,細胞内におけるCa濃度やcAMP2+
濃度等の変化を引き起こす。
本願発明の(A)∼(C)の検出方法における操作自体は,GPCR
として特定の「HORK3タンパク質」を用いることを除けば,本願優
先日時点において,GPCRを利用するスクリーニング法における周知
のルーチン操作である。
また,本願発明の(A)∼(C)の検出方法はそれ自体が特許となっ
ており(特許第3519078号,特許公報は甲13),実施可能要件
を満たすものである。
なお,これらの各検出方法は,本願優先日以前に販売されていた市販
の測定機器や測定試薬等を用いることにより実施可能であり,例えば,
FLIPR(MolecularDevice社製)を用いる検出方法(B)によれ
ば,40万個を超える化合物をわずか2週間でスクリーニングすること
が可能であった。
(イ)GPCRを利用するスクリーニング技術の本願優先日時点での技術水

GPCRを利用するスクリーニング技術それ自体は,本願優先日以前
において,いわゆるハイスループットスクリーニング(highthroughput
screening,HTS)として周知の技術である。HTSは,コンビナト
リアル・ケミストリー技術等を用いて合成した多数の化合物を含むライ
ブラリーから,標的となる受容体・酵素などを利用して,医薬等の候補
化合物となるリード化合物を高速にスクリーニングするものであり,G
PCRを利用するスクリーニング法は,標的受容体としてGPCRを利
用するHTSである。
医薬等の候補化合物を取得する研究開発手順としては,まず異なる骨
格構造を有する多数の化合物からなるライブラリーを用意し,一次スク
リーニングとしてHTSによるこれらの化合物ライブラリーのふるい分
けを実施することによりリード化合物を取得し,そのリード化合物に基
づいてその誘導体又は類似化合物からなるライブラリーを用意し,HT
S及び薬理学的アッセイ等により二次スクリーニングを行い,さらに候
補化合物を絞り込むことが一般的である。HTSによる一次スクリーニ
ングでは,天然リガンドと類似の構造を有する化合物群だけでなく,天
然リガンドとは非類似の,異なる骨格構造を有する多数の化合物からな
るライブラリーを用意することにより,骨格構造の異なるリード化合物
を取得することが可能である。
HTSでは,異なる骨格構造を有する極めて多数の試験化合物を短期
間でふるい分けすることができるため,標的であるGPCRに結合する
何らかのリガンド,アゴニスト又はアンタゴニストが見つかる蓋然性が
高いことは,本願優先日時点の本技術分野の技術常識である。また,一
度リード化合物が取得できれば,そのリード化合物に基づいてデザイン
した誘導体又は類似化合物に対してさらにスクリーニングを実施するこ
とにより,さらに多くのリガンド,アゴニスト又はアンタゴニストが見
つかる蓋然性が高いことも,本願優先日時点の本技術分野の技術常識で
ある。
実際,本願優先日以前において,HORK3タンパク質以外のGPC
Rを用いたスクリーニングによって目的とする化合物を選び出していた
事例が多数存在する。また,本願出願後,HORK3タンパク質をGP
CRとするルーチンのスクリーニング方法によって,多種多様な化合物
がHORK3タンパク質のリガンドないしアンタゴニストとして取得さ
れている。この事実は,本願優先日以前において,スクリーニングによ
って目的とする化合物を選び出すことが可能であることが知られていた
種々のGPCRと全く同様に,本願発明でGPCRとして用いるHOR
K3タンパク質についても,実際に目的とする化合物を選び出すことが
可能であることを示すものである。すなわち,本願発明で用いるHOR
K3タンパク質も,ルーチンのスクリーニング方法によって目的とする
化合物を選び出すことが可能であることについては,前記の他のGPC
Rと何ら変わりがないことを示しており,このことは当業者には自明で
ある。
(ウ)審決における技術水準の誤認
以上,GPCRを利用するスクリーニング技術においては,ライブラ
リーの中からGPCRに結合するリガンド,アゴニスト又はアンタゴニ
ストが見つかる蓋然性が高いことが本願優先日時点での技術常識であっ
ただけでなく,実際に種々のGPCRを用いたスクリーニングによって
目的とする化合物を選び出されていたが,審決は後記ウのとおり,本願
優先日時点での一般的なスクリーニング技術の技術水準について誤認し
たものである。
イHORK3タンパク質が有する特徴的な結合特性の看過
(ア)本願明細書の記載から把握可能な結合特性
本願明細書の発明の詳細な説明には,HORK3タンパク質の結合特
性(結合対象)に関し,①2MeSAMP及びAR−C69931M
X,②抗血小板剤として利用されているチクロピジン及びクロピドグレ
ルが記載されている。
まず,上記①の2MeSAMP及びAR−C69931MXは,いず
れもアデノシンリン酸化合物誘導体であり,本願明細書の実施例には2
MeSAMP及びAR−C69931MXの2種類の具体的化合物が,
請求項1に記載の検出方法(A)に対応する実施例6,検出方法(C)
に対応する実施例5において,それぞれリガンド及びアンタゴニストと
して作用することが具体的実験データにより示されている。本願優先日
時点の技術常識によれば,一般的なGPCRを利用したスクリーニング
を実施すれば,複数のリガンド又はアンタゴニストが見つかる蓋然性が
極めて高いが,本願明細書の実施例6及び実施例5の記載は,本願発明
で用いるHORK3タンパク質において,リガンド及びアンタゴニスト
が実際に取得できたことを示している。
次に,上記②のチクロピジン及びクロピドグレルは,いずれもプロド
ラッグであり,上記①のアデノシンリン酸化合物誘導体とは別異の構造
を有する化合物である。これらについては,本願明細書に「抗血小板剤
として利用されているチクロピジン(Ticlopidine)やクロ
ピドグレル(Clopidogrel)は,体内での代謝物がADP受
容体P2Tを阻害することで効果をもたらしていると考えられていAC
る。」(段落【0007】)との記載があるところ,本願明細書のこの
記載は,プロドラッグとしてのチクロピジン若しくはクロピドグレルに
由来する体内代謝物又はこれらの類似化合物を試験化合物として用い,
HORK3タンパク質をGPCRとするスクリーニング法に適用すれ
ば,抗血小板剤として有用な複数の化合物,すなわち,複数のアンタゴ
ニストが得られる可能性があることを示唆している。
このように,本願明細書では,具体的実験データによりリガンド及び
アンタゴニストとして作用することを確認した2MeSAMP及びAR
−C69931MXの2種類の具体的化合物以外にも,アンタゴニスト
として確認される可能性のある物質として,チクロピジン若しくはクロ
ピドグレルの体内での代謝物が開示されている。したがって,当業者
は,本願明細書の記載から本願発明でGPCRとして用いるHORK3
タンパク質の結合特性を十分に把握することができ,この特徴的結合特
性を考慮すると,HORK3タンパク質をGPCRとするルーチンのス
クリーニング方法によって,HORK3タンパク質に結合するリガンド
又はアンタゴニストが見つかる蓋然性が極めて高いことは本願明細書の
記載から当業者には自明である。
(イ)本願出願後に実証された事項
本願出願後,HORK3タンパク質をGPCRとするルーチンのスク
リーニング方法によって,前記②のプロドラッグのうちクロピドグレル
の代謝物がADP受容体P2Tのリガンド及びアンタゴニストであるAC
ことが確認された。
(ウ)審決におけるHORK3タンパク質が有する特徴的結合特性の看過
本願明細書の実施可能要件を判断するに当たっては,本願明細書にお
ける前記の具体的記載を正確に把握する必要があるところ,審決は,後
記ウのとおり,HORK3タンパク質が有する特徴的結合特性を正確に
把握せずその特徴的結合特性を看過したものである。
ウ審決における技術水準の誤認と結合特性の看過
審決は「・・・当該製造方法において,製剤化工程を行うには,当該製
剤化工程に先立って,当該(A)∼(C)のいずれか1つの検出方法,又
は,それらの組み合わせによるスクリーニングでもって,公知のものに限
ってみても,種々の化合物,ペプチド等の,広範かつ無数に近い試験化合
物の中より,抗血小板剤として有用なものを化合物自体として特定して把
握する必要がある。」(5頁35行∼6頁1行),「・・・抗血小板用医
薬組成物の製造方法である本願発明の実施にあたり,無数の化合物を製
造,スクリーニングして確認するという当業者に期待し得る程度を超える
試行錯誤を求めるものである。」(6頁12∼15行)とした。
そして,審決が「無数の化合物を製造,スクリーニングして確認する」
行為が必要であると認定した理由については具体的な根拠が記載されてい
ないので,この点は拒絶査定(甲8)の認定を踏襲していると解されると
ころ,拒絶査定の備考欄には「しかしながら,このような公知化合物が存
在していたとしても,本願明細書の記載からは,スクリーニング工程を経
て,リガンドとなる化合物が発見された場合に限り,その化合物を用いた
抗血小板用医薬組成物を認識できるということが示唆されているのみであ
る。そして,このことは特定の医薬組成物を認識しうることの単なる期待
を示しているにすぎないのであるから,スクリーニング工程を経てリガン
ドとなる化合物を発見し,その化合物を用いた抗血小板用医薬組成物を認
識するまでにはなお当業者に過度の負担を強いるものである。」(2頁6
行以下)との記載がある。
上記のうち,「製造化工程」を行うためには,その前提として「抗血小
板剤として有用なものを化合物自体として特定して把握する必要がある」
ことはそのとおりである。
しかし,「特定の医薬組成物を認識しうることの単なる期待を示してい
るにすぎないのである」との認定は,すでに前記ア,イのとおり,本願優
先日時点でのGPCRを用いるスクリーニング技術に関する一般的な技術
水準を誤認したこと,及び本願発明方法で用いる特定GPCR(HORK
3タンパク質)の特徴的結合特性を看過(すなわち,明細書における具体
的な結合対象化合物の記載およびアンタゴニストとして確認される可能性
を推認させる物質に関する記載を看過)したことが原因の誤った認定であ
る。すなわち,本願優先日時点で,GPCRを利用するスクリーニング技
術において,ライブラリーの中からGPCRに結合するリガンド,アゴニ
スト又はアンタゴニストが見つかる蓋然性が高いことは技術常識であった
だけでなく,実際に種々のGPCRを用いたスクリーニングによって,目
的とする化合物を選び出していた事例が多数存在していた。また,本願明
細書においては,HORK3タンパク質に結合するリガンド及びアンタゴ
ニストが現実に存在することが開示されており,アンタゴニストとなる可
能性の高い物質も開示されている。さらに,本願明細書では,標識リガン
ドである[H]−2MeSADP,アゴニストである2MeSADP及3
びADPという検出工程で共存させるリガンドやアゴニストも開示してい
る。つまり,リガンド又はアゴニスト不在下におけるGPCR過剰発現系
を用いたスクリーニング系よりも,標識リガンド又はアゴニストの共存下
で実施するスクリーニング系の方がより簡易かつ迅速にふるい分けを実施
できることも本願優先日時点において公知である。したがって,[H]3
−2MeSADP,2MeSADP及びADPという具体的化合物がリガ
ンド又はアゴニストとして本願明細書に開示されている点で,本願発明は
それらの開示を欠く場合と比較してより容易に実施が可能であり,過度な
実験に相当するものではない。
以上,本願優先日時点での技術水準を正確に認識し,本願明細書の発明
の詳細な説明の記載を正確に把握すれば,HORK3タンパク質をGPC
Rとして用いる本願発明において「特定の医薬組成物を認識しうること」
には極めて高い蓋然性が認められ,「特定の医薬組成物を認識しうるこ
と」が「単なる期待を示している」程度のレベルに留まるものでない。ま
た,本願優先日時点での従来技術を正確に理解し,本願明細書の記載を正
確に把握することのできる当業者には,HORK3タンパク質をGPCR
として用いる本願発明方法によって「特定の医薬組成物を認識しうるこ
と」が極めて高い蓋然性を有することは自明である。さらに,本願出願後
にHORK3タンパク質をGPCRとするルーチンのスクリーニング方法
によって,多種多様な化合物がHORK3タンパク質のリガンドないしア
ンタゴニストとして実際に取得されている事実,本願明細書においてリガ
ンド候補として具体的に記載されていた化合物が実際にリガンドないしア
ンタゴニストであることが実証された事実は,「特定の医薬組成物を認識
しうること」に極めて高い蓋然性が認められることの証左である。
エ小括
したがって,本願発明はその実施に当たって,審決が指摘するような「無
数の化合物を製造,スクリーニングして確認するという当業者に期待し得る
程度を超える試行錯誤を求める」ものではなく,実施可能要件を満たすもの
であり,これを否定した審決には誤りがある。
オ被告の主張に対する反論
(ア)被告は,本願発明が実施可能であるというためには,明細書の記載は,
スクリーニングにより得られる一部の限られた化合物だけではなく,抗血
小板用医薬組成物となる化合物が「網羅的」に特定して把握できるもので
なければならない,と主張する。
しかし,本願発明と同じ生物関連発明の分野において,最終製造物の組
成物となる化合物が出願時に網羅的に特定して把握されていない場合であ
っても,製造方法の特許として被告が特許の成立を認めている事例がある
(例えば,特許第2912618号〔甲49〕,第2594900号〔甲
50〕,2714786号〔甲51〕,2865645号〔甲52〕)。
上記各特許は,本願発明と同様に,最終製造物の具体的な構造を特徴とす
るものではなく,その製造工程に特徴を有するものであるところ,最終製
造物を製造するために使用する構成成分が具体的構造ではなく,出願後に
新規に得られるであろう化合物又はその部分構造を潜在的に包含する機能
的記載でされている上,これらの最終製造物を製造するために使用する構
成成分は,いずれも事実上,無数の化合物を含んでいる。すなわち,上記
各特許は出願後に得られるであろう化合物又はその部分構造を含む最終製
造物であって,かつ事実上,無数の化合物が対象として文言上包含されて
おり,出願時に網羅的に把握されていないことが明白であるにもかかわら
ず,実施可能要件も含め,その特許性が認められたものである。
してみると,本願発明に関してのみ出願時に一部の限られた化合物では
なく,網羅的に化合物が特定して把握されねばならないことが要件として
付加される根拠はなく,本願の出願後に得られる新規化合物も含め「網羅
的」に化合物を特定して把握する必要があるとの被告の主張は理由がな
い。
(イ)被告は,実施可能要件の趣旨からみれば,出願人に与えられる特許権の
範囲は,その技術的貢献によって当業者が確実に実施ができるようになっ
た範囲に限られるところ,本願発明に特許がなされた場合,その権利範囲
は本願発明の技術的貢献に対してあまりにも広範なものであると主張す
る。
原告は,出願人に与えられる特許権の範囲は,その技術的貢献によって
当業者が確実に実施ができるようになった範囲に限られるべきであるとい
う主張については否定するものではない。
しかし,本願発明者が本願発明により成した最も重要な技術的貢献と
は,単に「HORK3タンパク質,すなわちADP受容体P2Tが血小AC
板凝集作用に関係する」ことを見出したこと,あるいはHORK3タンパ
ク質を用いた新たなスクリーニング方法を開発したことにとどまるもので
はなく,HORK3タンパク質のアンタゴニストを有効成分として用いる
ことにより抗血小板用医薬組成物を製造できることを見出した点,すなわ
ちある試験化合物が与えられた場合に抗血小板用医薬組成物の有効成分と
して使用できるか否かを本願発明方法における検出工程により簡単に選り
分けができることを見出し抗血小板用医薬組成物の製造を可能にした点に
ある。そして,ある試験化合物が与えられたときにその試験化合物がHO
RK3タンパク質のアンタゴニストであるか否かを容易に判断できる手
段,すなわち本願発明における検出工程は,本願明細書の発明の詳細な説
明に充分に記載されており,ある試験化合物が与えられたときにその試験
化合物が抗血小板用医薬組成物の有効成分として使用できるか否かを決定
することは,HORK3タンパク質のアンタゴニストが網羅的に全て把握
されていなくても,本願明細書の発明の詳細な説明の記載に従って当業者
が確実に実施できることである。
また,本願発明において「HORK3タンパク質」は公知であり,本願
優先日の当業者にとって,HORK3タンパク質のリガンドやアゴニスト
共存下で行うことを除き,公知の「HORK3タンパク質」を用いて慣用
技術である検出方法により「HORK3タンパク質」に対するアンタゴニ
スト等を把握することは,本願明細書の発明の詳細な説明の記載に関係な
く,単なるルーチン操作にすぎない。
さらに,本願発明の出願人が特許を求めている対象は,HORK3タン
パク質のアンタゴニストなる「物」それ自体でも,「抗血小板用医薬組成
物」なる「物」それ自体でもなく,「抗血小板用医薬組成物の製造方法」
である。被告は,「物」の発明と「物の製法」の発明の効力を完全に同等
視しているが,製法で特定した「物」の発明における「物」に及ぶ効力
と,「物の製法」の発明における「製造物」に及ぶ効力とは同じ効力では
ない。しかも,本願は,ある化合物がHORK3タンパク質のリガンド,
アゴニスト又はアンタゴニストであるか否かを検出する工程を厳密に限定
しているだけでなく,医薬組成物の用途を『抗血小板用』に限定してい
る。したがって,本願発明が特許された場合の「製造物」に及ぶ権利範囲
は,本願優先日前に存在した公知化合物であっても,本願発明における検
出工程に係る特定の性質を有する化合物のみが対象となり,しかもその公
知化合物を含む医薬製剤を『抗血小板用医薬組成物』として販売等した場
合であって,かつ本願発明における検出工程に係る特定の性質を有するこ
とを本願発明における特定の検出工程を用いて確認した場合にのみその販
売等が侵害になるにすぎない。本願発明における検出工程を用いることな
く,例えばモデル動物への投与試験などにより抗血小板作用を確認した場
合には侵害となることはないし,抗腫瘍活性に基づく抗癌剤として販売等
した場合も侵害となることはない。このことは本願優先日後に開発された
新規化合物の場合も同様である。
なお,欧州特許庁及び米国特許商標庁おいては,スクリーニング工程に
使用する受容体が出願時に公知である場合,有効成分をそのスクリーニン
グ工程によって限定せず作用のみによって特定した形式の特定医薬用途に
関するクレーム又は治療方法クレームであっても,相当数の特許が成立し
ている(例えば,欧州特許庁が認めた特定医薬用途に関するクレーム形式
の特許としては特許番号EP1207879等があり,米国特許
商標庁が認めた治療方法クレーム形式の特許としては特許番号US7
572768等がある。甲34∼48)。これらの特許成立事例は,スク
リーニング工程に使用する受容体が出願時に公知である場合は,有効成分
を作用で特定するだけで実施可能要件を満たすとの判断がなされる場合が
あることを示しているところ,これらの判断基準を参酌すれば,上記特許
成立事例が使用クレーム又は治療方法クレームである点で本願発明と形式
的に相違するものの,特許権の実際的な効力としては実質的に同レベルで
あることから,発明特定事項としてスクリーニング工程による限定まで含
む本願発明方法についても実施可能要件を満たすとの判断がされ,特許権
による保護が与えられなければ,出願人に対して著しく酷な取り扱いとい
うべきである。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告の主張は理由がない。
(1)総論
ア本願のように,スクリーニング方法のみで化合物の特定がなされる医薬
組成物の製造方法の発明において用いられる化合物には,発明の出願後に
新たに把握される化合物を含めたあらゆる化合物のうち,スクリーニング
工程に係る特定の性質を有する全ての化合物が対象として包含されること
になる。物を生産する方法の発明である医薬組成物の製造方法について特
許がなされた場合,その権利範囲は上記化合物,すなわち当該スクリーニ
ング工程に係る特定の性質を有する全ての化合物を使用して製造された医
薬品の販売等についても侵害としてその差止等を求め得る効力を有するこ
とになるが,そのような特許権の効力の範囲は,当該発明の内容がスクリ
ーニング方法以外は特徴がないことに照らすと,出願人が成した化合物の
新たなスクリーニング方法の開発という技術的貢献に対してあまりにも広
範である。それにもかかわらず,物を生産する方法の発明として特許を認
め権利を設定することは,十分な発明の開示の代償として独占権を付与す
るという特許制度の趣旨を担保するために設けられた実施可能要件の規定
に反するものである。
そして,このような点に鑑み,スクリーニング方法のみで特定された化
合物の発明は,従来から実施可能でないという理由で拒絶されていたもの
である。
本件は,医薬組成物の製造方法の発明であるが,原告も認めるとおり,
本願発明の製造方法において製剤化工程を行うためには,その前提とし
て,抗血小板用医薬組成物における有効成分となるものを化合物自体とし
て特定して把握する必要があるもので,抗血小板用医薬組成物における有
効成分となる化合物を把握することが実施可能でないと製剤化することも
当然に実施可能でないことになる。
イ上記アの趣旨を詳述するに,物を生産する方法の発明は,特許法2条に
規定されているように,単純方法の発明とは異なり,その方法の使用をす
る行為のみならず,その方法により生産した物の使用,譲渡等,輸出若し
くは輸入又は譲渡等の申出をする行為にもその特許の独占権が及ぶ。した
がって,十分な発明の開示の代償として独占権を付与するという特許制度
の趣旨を担保するために設けられた実施可能要件の規定を満たすために
は,物を生産する方法のごく一部が実施できるというだけでは不十分であ
り,その全体について,すなわち「網羅的に」物を生産する方法の実施が
できなければならない。
本願発明のような物を生産する方法の発明は,「原材料」,「その処理
工程」,及び「生産物」の三つの要素から成る。そして,物を生産する方
法の発明については,当業者がその方法により物を製造することができな
ければならないから,明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基
づき当業者がその物を製造できるように,原則としてこれら三つの要素を
記載しなければならないものである。すなわち,物の製造方法の発明は,
それにより製造される物自体が実施可能であることを当然の前提とするの
であり,実施可能でない物を製造する方法の発明についてその実施可能要
件について論じる余地はない。いい方を変えれば,ある物が生産できない
場合に,その物を生産する方法が実施可能であることは論理的にあり得な
いことである。
本願発明は,(A)∼(C)として記載される検出工程と製剤化工程を
含む抗血小板用医薬組成物の製造方法の発明である。そして,上記抗血小
板用医薬組成物を製造するためには,原料となる有効な化合物を製造する
などして入手し,その化合物を製剤化すれば製造が可能となるものである
が,(A)∼(C)として記載される上記検出工程は,抗血小板用医薬組
成物を製造する前に原料となる有効な化合物を発見するための工程であっ
て,物の製造工程のように製造方法の一部を構成するものではなく,抗血
小板用医薬組成物の製造のために原料となる有効な化合物を特定するもの
と解されるものである(製造方法の一部を構成しない事項が含まれる請求
項の記載は明確でないことにもなる。)。すなわち,本願発明において
は,抗血小板用医薬組成物の原料となる有効な化合物は,(A)∼(C)
として記載される上記検出工程,すなわちスクリーニング方法によっての
み特定されているものであるから,スクリーニング方法でのみ特定された
化合物の発明と同様に,実施可能要件を満たしていないと判断されるのは
当然のことである。そして,本願発明において,抗血小板用医薬組成物を
製剤するための製剤化工程には全くの特徴がないのであるから,スクリー
ニング方法でのみ特定された化合物の発明とは異なる実施可能要件の判断
をしようがない。
なお,仮に本願発明の(A)∼(C)として記載される上記検出工程
が,抗血小板用医薬組成物の製造方法の工程の一部を構成するものである
としても,対象となる試験化合物について検出工程を実施したところ,そ
の化合物が所望の機能・性質を有していないことが確認されれば(ほとん
どの試験化合物がそうである。),その先の製剤化工程が実施できないの
であるから,実施可能要件を満たすことにはならない。
(2)スクリーニングに用いる試験化合物につき
原告は,「例えば,FLIPR(MolecularDevice社
製)を用いる検出方法(B)によれば,40万個を超える化合物をわずか2
週間でスクリーニングすることが可能であった。」と主張する。
しかし,スクリーニングのためには,40万個を超える試験化合物を全て
入手して準備するところから始めなければならない。市販されている化合物
であれば購入することにより入手はできるが,多くの化合物を購入する費用
は莫大なものとなる。また,購入することができない試験化合物については
それらを自ら製造しなければならないから,製造にかかる手間や時間,原料
化合物等を購入する費用に加え,場合によっては,個々の試験化合物ごとに
その製造方法の調査や製造を行うための設備を準備するための時間や費用も
必要となる。40万個程度の化合物に限っても,スクリーニングのために準
備することは,当業者にとって実施可能とは到底いえない。
また,化学物質データベースであるCASレジストリに収録され,登録番
号(レジストリ・ナンバー)が付与されている既存の化学物質だけでも,平
成8年の時点で既に1500万個以上,平成20年末の時点では4000万
個もの膨大な数に上るが,本願発明の方法により製造される抗血小板用医薬
組成物が具体的にいかなるものであるかは,既存のものだけでも上記のとお
り膨大な数に上る化合物を試験化合物としてその網羅的な探索を経ないと明
らかとならない。そして,原告が主張する「40万個を超える化合物の2週
間でのスクリーニング」を仮に試験化合物を1500万個とした場合に当て
嵌めて計算しても,75週間,すなわちスクリーニングを終了するだけでも
1年半近くもの長期間を要することになる。
したがって,40万個を超える化合物を2週間でスクリーニングすること
が可能であったとしても,本願発明を実施するに当たり,抗血小板剤として
有用なものを網羅的に化合物自体として特定して把握するために必要な時間
と費用に係る当業者の負担は甚大であり,過度の試行錯誤を課すものであ
る。
(3)ハイスループットスクリーニング(HTS:高速大量スクリーニング)に
よるリード化合物の特定につき
原告は「HTSでは,異なる骨格構造を有する極めて多数の試験化合物を
短期間でふるい分けすることができるため,標的であるGPCRに結合する
何らかのリガンド,アゴニスト又はアンタゴニストが見つかる蓋然性が高い
ことは,本願優先日時点の本技術分野の技術常識である。また,一度リード
化合物が取得できれば,そのリード化合物に基づいてデザインした誘導体又
は類似化合物に対して更にスクリーニングを実施することにより更に多くの
リガンド,アゴニスト又はアンタゴニストが見つかる蓋然性が高いことは,
本願優先日時点の本技術分野の技術常識である。」旨主張する。
しかし,HTSにおいてはHTSに供する異なる骨格構造を有する極めて
多数の試験化合物のライブラリーが必要となるが,上記(2)のとおり,極め
て多数の試験化合物をスクリーニングのために準備することは,当業者が実
施可能とはいえないものである。また,HTSによって得られる生理活性を
有する化合物は,試験化合物で構成されるライブラリーに依存するもので,
リード化合物になりうる化合物であっても,ライブラリーに含まれていない
ものはスクリーニングで見出せない。さらに,ライブラリーの化合物のなか
には,スクリーニングでヒットしないが,その誘導体又は類似化合物はヒッ
トする化合物もある。HTS技術は,高速・大量にスクリーニングできるも
のではあるが,スクリーニングから漏れる化合物も生じるのであり,HTS
を用いれば直ちに網羅的に化合物が特定して把握されるというものではな
い。
原告は,これにつき「実際に,本願優先日以前において,HORK3タン
パク質以外のGPCRを用いたスクリーニングによって,目的とする化合物
を選び出していた事例が多数存在する。」旨主張するが,このことは,個別
に実験して初めて医薬組成物を製造するために利用できる可能性のある化合
物がどのようなものか,当業者はその一部を特定して把握できることを裏付
けるものである上,GPCRという点では同じでも上記事例とは異なるHO
RK3タンパク質についてスクリーニングした結果得られる本願発明の抗血
小板用医薬組成物を製造するための目的化合物が具体的にどのようなものか
は,たとえ本願優先日以前に公知であった上記事例を参酌したところで,当
業者は特定して把握することができないことは,GPCRに係る上記事例ご
とに得られた化合物が異なることからしても明らかである。
また,原告は,本願出願後にHORK3タンパク質をGPCRとするスク
リーニング方法によってHORK3タンパク質のリガンド又はアンタゴニス
ストが得られていることを挙げて,「この事実は,本願優先日以前におい
て,スクリーニングによって目的とする化合物を選び出すことが可能である
ことが知られていた種々のGPCRと全く同様に,本願発明方法でGPCR
として用いる『HORK3タンパク質』についても,実際に目的とする化合
物を選び出すことが可能であることを示すものである。」旨主張する。しか
し,本願明細書の記載が実施可能要件を満たすかどうかを検討するに際して
は,あくまで本願明細書の記載及び出願時の技術水準に基づいて,本願発明
を当業者が実施することができるかを検討するべきであるところ,上記事実
はいずれも,本願明細書に接した当業者が本願明細書の記載及び出願時の技
術水準に基づいて本願発明を実施できることの根拠になるものとはいえな
い。かえって上記事実は,本願発明の抗血小板用医薬組成物を製造するため
に利用できる可能性のある化合物がどのようなものかは,個別の具体的態様
について実験をしてみて初めて,当業者は本願明細書に記載のないその一部
について特定して把握できることを裏付けているというべきである。
(4)試験化合物のうち公知でないものつき
本願発明の医薬組成物の製造方法に用いられる化合物には,本願の出願時
点では公知ではない本願出願後に新たに把握される化合物も含まれることに
なる。しかし,前記のとおり,CASレジストリに収録された化学物質は,
平成8年の時点で1500万個以上であったものが平成20年末の時点で4
000万個に増加しているように,本願の出願後も新たな化合物が続々と開
発されている。本願出願のときに,公知のもの以外の化合物をスクリーニン
グのための試験化合物として使用して本願発明の方法により当業者が抗血小
板用医薬組成物を製造しようとする場合には,その化合物自体を購入するこ
とができず,また,当業者自らが当該化合物を個別に製造しようにも,化学
構造等に係る手がかりが全くないのであるから,本願発明の製造方法の実施
に必要な化合物の特定,あるいはスクリーニングに供する試験化合物を入手
するために要する試行錯誤の甚だしさの程度は公知のものの比ではない。
(5)小括
被告は,40万個を超える化合物を2週間でスクリーニングでき,HTS
技術を利用すれば,抗血小板用医薬組成物となりうる化合物を特定して把握
できることを否定するものではないが,それはあくまで本願発明における抗
血小板用医薬組成物となりうる化合物の一部だけである。本願発明における
抗血小板用医薬組成物となる化合物は,スクリーニング方法によってのみ限
定され,化学物質としての特定は何らなされていない上,スクリーニング方
法によって得られる化合物の「全体像」も把握できないことに照らせば,本
願発明が実施可能であるということはできないというべきである。明細書の
記載は,スクリーニングにより得られる一部の限られた化合物だけではな
く,抗血小板用医薬組成物となる化合物が「網羅的」に特定して把握できる
ものでなければならないのである。そして,前記のとおり,抗血小板用医薬
組成物となる化合物を網羅的に特定して把握することには,当業者にとって
過度の試行錯誤が必要である。
また,そもそも前記(1)のとおり,実施可能要件の趣旨からみれば,出願
人に与えられる特許権の範囲は,その技術的貢献によって当業者が確実に実
施ができるようになった範囲,すなわち,物や物の製法の発明の場合には,
その物と提供したも同然といえる範囲に限られるというべきである。しか
し,本願発明の特徴であるHORK3タンパク質,すなわちADP受容体P
2Tが血小板凝集作用に関係するという技術情報が提供されれば,構造的AC
な特徴を有さないそのリガンド,アゴニスト又はアンタゴニストが網羅的に
提供されたも同然であるなどとは到底いうことができない。
したがって,「本願明細書の発明の詳細な説明は,その発明の属する技術
の分野における通常の知識を有する者が本願発明の実施をすることができる
程度に明確かつ十分に記載されておらず,特許法第36条第4項に規定する
要件を満たしていない。」とした審決の判断は正当であり,原告主張の審決
取消事由は理由がない。
(6)原告の反論に対する再反論
ア原告は,スクリーニング工程に特徴がある本願発明が実施可能要件を満
たすものではないとして本願発明が保護されないものとすれば,それは本
願発明による技術的貢献に対して酷であると主張する。
しかし,本願発明の技術的貢献は,本願明細書の発明の詳細な説明に具
体的に記載されている2つの化合物が,ADP受容体P2TのアンタゴAC
ニストとして抗血小板用医薬組成物の製造に使用できることまでであっ
て,それとは全く構造の異なる物も含むADP受容体P2TのリガンAC
ド,アゴニスト又はアンタゴニスト等を提供したに等しいとは到底いうこ
とはできない。リーチスルーなもの,すなわちスクリーニング方法の結果
得られる将来の成果物について,それに特許権を設定することやスクリー
ニング方法発明の実施に係る契約に際して最終製品に対するロイヤリティ
の設定をライセンス条項に含めることが問題視されることはあっても,そ
れが当然の権利であるとは一般的には考えられておらず,上記主張は原告
が本願発明の技術的貢献を過大評価しているものである。
イ原告は,本願発明の技術的貢献は,単に「HORK3タンパク質,すな
わちADP受容体P2Tタンパク質が血小板凝集作用に関係する」ことAC
を見出しただけでなく,HORK3タンパク質のアンタゴニストを有効成
分として用いることにより抗血小板用組成物を製造できることを見出した
点にあることを主張する。
しかし,そうであったとしても,将来の成果物であるアンタゴニストを
実施可能に提供したことにならないのはいうまでもない。また,本願明細
書の段落【0006】,【0007】によれば,血小板ADP受容体とし
ては血小板ADP受容体P2Tの存在が示唆されていたが,血小板ADAC
P受容体P2Tは,これまでその実体が同定されていなかったところ,AC
生体内のADP受容体拮抗物質であるアデノシン三リン酸の誘導体として
合成されたARL67085は血小板ADP受容体P2Tに対する拮抗AC
作用によりADPによる血小板凝集の抑制作用を有しており,血栓症モデ
ルにおいてその有効性が示されていたものであるから,ADP受容体P2
Tタンパク質が血小板凝集作用に関係し,そのアンタゴニストを有効成AC
分として用いることにより抗血小板用組成物を製造できることは本願の優
先日前に知られていたことである。本願発明の技術的貢献は,原告主張と
は異なり,血小板ADP受容体P2Tの実体がHORK3タンパク質でAC
あることを明らかにし,それによりADP受容体P2Tを用いたスクリAC
ーニング方法を実施可能にした点にあるといえる。
第3当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯)・(2)(発明の内容)・(3)(審決の
内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2実施可能要件具備の有無
審決は,本願明細書の発明の詳細な説明は,その発明の属する技術の分野に
おける通常の知識を有する者が本願発明の実施をすることができる程度に明確
かつ十分に記載されておらず,旧36条4項に規定する要件(実施可能要件)
を満たしていないとし,一方,原告はこれを争うので,以下,これにつき判断
する。
(1)本願における特許請求の範囲(請求項の数1)の記載は,前記第3,1
(2)のとおりである(甲6)。
(2)本願明細書における発明の詳細な説明の記載の要旨は,以下のとおりであ
る(甲3)。
ア【技術分野】
「本発明は,抗血小板剤スクリーニング方法に関する。(段落【000
1】)
イ【背景技術】
・「血小板は,ドンネ(Donne)によって1842年に発見(非特許
文献1)されて以来,長い間,止血に必要な血液中の1成分として扱わ
れてきた。今日では血小板は単に止血機構の主役を演ずるだけでなく,
臨床的に注目される動脈硬化の成立,血栓性疾患を含む循環器疾患,癌
転移,炎症,移植後の拒絶反応,更には,免疫反応への関与など,多機
能性を示すことが明らかにされている。」(段落【0002】)
・「現在,血栓性疾患及び虚血性疾患に対して,薬剤又は物理的方法によ
って血行の再開を図る治療が行なわれている。しかしながら,最近,血
行再建が行なわれた後に,内皮細胞を含む血管組織の破綻,あるいは,
薬剤そのものによる線溶・凝固バランスの崩壊等で,血小板の活性化,
粘着,及び/又は凝集が亢進する現象が発見され,臨床的にも問題にな
っている。例えば,t−PA等を用いた血栓溶解療法により再疎通が得
られた後,線溶能及び/又は凝固能が活性化され,全身の凝固・線溶バ
ランスが崩壊することが明らかになってきた。臨床上は,再閉塞をもた
らし,治療上大きな問題となっている(非特許文献2)。」(段落【0
003】)
・「一方,狭心症若しくは心筋梗塞などの冠動脈狭窄,又は大動脈狭窄を
基盤とした疾患の治療において,PTCA(Percutaneous
transluminalcoronaryangioplas
ty)療法が急速に普及し,一定の成果を挙げている。しかし,この療
法は,内皮細胞を含む血管組織を傷害し,急性冠閉塞,更には,3割近
くの治療例で発現する再狭窄が大きな問題となっている。
このような血行再建療法後の種々の血栓性弊害(再閉塞等)には,血
小板が重要な役割を果たしている。従って,これらの血栓性弊害を予防
・治療する薬剤として,抗血小板剤が期待されている。」(段落【00
04】)
・「ところで,血小板の活性化,粘着,及び凝集を惹起又は亢進する重要
な因子として,アデノシン二リン酸(Adenosine5’−di
phosphate;ADP)が知られている。ADPは,コラーゲン
やトロンビン等で活性化された血小板から,あるいは,血行再建等によ
り傷ついた血球,血管内皮細胞,又は臓器から放出される。ADPは,
血小板膜に存在するGタンパク質共役型のADP受容体P2Tを介し
て,血小板を活性化すると言われている(非特許文献3)。」(段落【
0005】)
・「血小板ADP受容体としては,Gタンパク質の1種であるGqに共役
してホスホリパーゼC(PhospholipaseC;PLC)を
PL介して細胞内Ca濃度を上げるタイプの血小板ADP受容体P2T2+
と,Gタンパク質の1種であるGiに共役してアデニル酸シクラーゼC
(Adenylatecyclase;AC)の活性を抑制する血小
板ADP受容体P2Tとの存在が示唆されていた。現在,血小板ADAC
P受容体P2Tは,血小板ADP受容体P2Y1と呼ばれる受容体PLC
であることが同定されているが,血小板ADP受容体P2Tは,これAC
までその実体が同定されていなかった(非特許文献4)。」(段落【0
006】)
・「以上の知見から,血小板のADP受容体P2Tに対する拮抗薬は,AC
強力な抗血小板剤となることが期待される。しかし,チクロピジンやク
ロピドグレルは,抗血栓作用が弱く,しかも,副作用が強い等の問題点
を抱えており,また,ATP類縁体であるARL67085若しくはそ
の誘導体,又はAp4Aの誘導体などについても,ADP受容体拮抗薬
として研究が進められているが,全てヌクレオチドの誘導体であり,経
口活性が充分でなく,しかも,血小板凝集抑制活性が弱いなどの問題を
抱えており,強力で経口活性を有するADP受容体拮抗薬が熱望されて
いる(非特許文献9)。
しかしながら,これまで,血小板に存在するADP受容体P2TタAC
ンパク質は,同定されておらず,簡便な化合物スクリーニング系の構築
が困難であったため,ADP受容体P2T拮抗薬の開発は進展していAC
なかった。」(段落【0008】)
・「なお,本発明で用いることのできるヒトADP受容体P2TタンパAC
ク質と同一のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードするDNA,
及び前記DNAがコードする推定アミノ酸配列については,種々の報告
(特許文献1∼4)があるが,いずれもリガンドが解明されておらず,
血小板に存在するADP受容体であるとの記載もない。」(段落【00
09】)
ウ【発明が解決しようとする課題】
「従って,本発明の課題は,抗血小板剤として有用なアデノシン二リン
酸(ADP)受容体P2T拮抗薬を得るための簡便なスクリーニング系AC
及び新たな抗血小板剤を提供することにある。」(段落【0011】)
エ【課題を解決するための手段】
・「本発明者は,前記課題を解決するために鋭意研究を行なった結果,P
2T受容体をコードする核酸(具体的にはHORK3遺伝子)を単離AC
することに成功し,塩基配列及び推定アミノ酸配列を決定した。次に,
前記受容体をコードする核酸を含むベクター,及び前記ベクターを含む
宿主細胞を順次作成し,前記宿主細胞を用いてP2T受容体を発現さAC
せることにより,新規な組換えP2T受容体の生産を可能にし,前記AC
受容体がADP受容体P2T活性を有することから,前記受容体及びAC
前記受容体を発現する細胞が抗血小板剤スクリーニングツールとなるこ
とを確認した。また,前記受容体又は前記受容体を発現する細胞を用
い,試験化合物がADP受容体P2Tリガンド,アンタゴニスト,又AC
はアゴニストであるか否かを検出する方法,及び前記検出方法を用いた
抗血小板剤のスクリーニング方法を確立した。更に,抗血小板作用を示
す物質として知られている化合物(具体的には,2MeSAMP又はA
R−C69931MX)が,前記検出方法にて前記受容体のアンタゴニ
スト活性を示すことを確認し,前記受容体のアンタゴニストが確かに抗
血小板剤として有用であることを示した。そして,前記検出工程を含
む,抗血小板用医薬組成物の製造方法を確立し,本発明を完成させ
た。」(段落【0012】)
・「前記「Gi」は,受容体と共役して細胞内へのシグナル伝達・増幅因
子として機能するGタンパク質のサブファミリーの1つであって,アデ
ニル酸シクラーゼの活性を抑制するGタンパク質である。アデニル酸シ
クラーゼの活性が抑制されると,例えば,細胞内cAMP濃度が低下す
る。
また,前記「ホスホリパーゼC活性促進性Gタンパク質」は,受容体と
共役して細胞内へのシグナル伝達・増幅因子として機能するGタンパク
質のサブファミリーの1つであって,ホスホリパーゼCの活性を促進す
るGタンパク質である。ホスホリパーゼCの活性が促進されると,例え
ば,細胞内Ca濃度が上昇する。ホスホリパーゼC活性促進性Gタン2+
パク質としては,例えば,Gqを挙げることができる。
更に,前記「ADP受容体P2T」は,ADP受容体P2Tを有すACAC
るポリペプチドを意味する。」(段落【0014】)
オ【発明の効果】
「血小板ADP受容体P2T活性を阻害する物質は,抗血小板作用をAC
示し,血栓性弊害の治療を可能とする。
従って,本発明の抗血小板剤スクリーニングツールによれば,抗血小板
剤として有用な血小板ADP受容体P2TアンタゴニストをスクリーニAC
ング及び評価することができる。
本発明のアンタゴニスト若しくはアゴニスト検出方法を用い,又は本発
明のリガンド検出方法とアンタゴニスト若しくはアゴニスト検出方法とを
組み合わせて用いることにより,血小板ADP受容体P2TアンタゴニAC
ストを選択し,抗血小板剤として有用な物質をスクリーニングすることが
できる。
次いで,前記スクリーニング方法で選択された物質を有効成分とし,担
体,賦形剤,及び/又はその他の添加剤を用いて製剤化することにより,
抗血小板用医薬組成物を製造することができる。
また,本発明のリガンド,アンタゴニスト,又はアゴニスト検出方法
は,抗血小板剤として有用な物質をスクリーニングする為のみでなく,抗
血小板用医薬組成物の品質規格の確認試験において,用いることも可能で
ある。
本発明のリガンド,アンタゴニスト又はアゴニスト検出方法を用いて,
試験化合物が血小板ADP受容体P2Tリガンド,アンタゴニスト,又AC
はアゴニストであるか否かを検出し,次いで,前記アンタゴニスト又はリ
ガンドを製剤化することにより,抗血小板用医薬組成物を製造することが
できる。」(段落【0015】)
カ【発明を実施するための最良の形態】
・「以下,本発明を詳細に説明する。
(1)抗血小板剤スクリーニングツール
本発明の抗血小板剤スクリーニングツールには,ポリペプチド型抗血
小板剤スクリーニングツールと,形質転換細胞型抗血小板剤スクリーニ
ングツールとが含まれる。」(段落【0016】)
・「(2)ADP受容体P2Tリガンド,アンタゴニスト,又はアゴニAC
スト検出方法
前記スクリーニングツール用ポリペプチド,又はスクリーニングツー
ル用形質転換細胞を検出ツールに用いて,試験化合物がADP受容体P
2Tリガンド,アンタゴニスト,又はアゴニストであるか否かを検出AC
することができる。(以下略)」(段落【0044】)
・「(3)抗血小板剤スクリーニング方法
本発明の抗血小板剤スクリーニングツール(ポリペプチド型抗血小板
剤スクリーニングツール及び形質転換細胞型抗血小板剤スクリーニング
ツールの両方を含む)を用いると,血小板のADP受容体P2Tに対AC
するリガンド,アンタゴニスト,又はアゴニストをスクリーニングする
ことができる。」(段落【0061】)
・「1)リガンドスクリーニング方法
本発明のリガンドスクリーニング方法は,本発明のリガンド検出方法
により,ADP受容体P2Tリガンドであるか否かを検出する工程,AC
及びADP受容体P2Tリガンドを選択する工程を含む限り,特に限AC
定されるものではない。」(段落【0066】)
・「2)Ca型スクリーニング方法2+
本発明のCa型スクリーニング方法は,本発明のCa型検出方法2+2+
により,ADP受容体P2Tアンタゴニスト又はアゴニストであるかAC
否かを検出する工程,及びADP受容体P2Tアンタゴニスト又はアAC
ゴニストを選択する工程を含む限り,特に限定されるものではない。」
(段落【0069】)
・「3)cAMP型スクリーニング方法
本発明のcAMP型スクリーニング方法は,本発明のcAMP型検出
方法により,ADP受容体P2Tアンタゴニスト又はアゴニストであAC
るか否かを検出する工程,及びADP受容体P2Tアンタゴニスト又AC
はアゴニストを選択する工程を含む限り,特に限定されるものではな
い。」(段落【0074】)
・「4)GTPγS結合型スクリーニング方法
本発明のGTPγS結合型スクリーニング方法は,本発明のGTPγ
S結合型検出方法により,ADP受容体P2Tアンタゴニスト又はアAC
ゴニストであるか否かを検出する工程,及びADP受容体P2TアンAC
タゴニスト又はアゴニストを選択する工程を含む限り,特に限定される
ものではない。」(段落【0079】)
・「(4)抗血小板用医薬組成物の製造
本発明には,前記2)∼4)記載のスクリーニング方法により,ある
いは,1)∼4)記載のスクリーニング方法を組み合わせることにより
選択されるADP受容体P2Tアンタゴニストである物質(例えば,AC
化合物,ペプチド,抗体,又は抗体断片)を有効成分とする抗血小板剤
が包含される。」(段落【0083】)
・「また,抗血小板用医薬組成物の品質規格の確認試験において,本発明
のリガンド検出方法,Ca型検出方法,cAMP型検出方法,及び/2+
又はGTPγS結合型検出方法によるADP受容体P2Tリガンド,AC
アンタゴニスト,又はアゴニストであるか否かを検出する工程,及び製
剤化工程を含む,抗血小板用医薬組成物の製造方法も本発明に含まれ
る。」(段落【0085】)
・「本発明のADP受容体P2Tアンタゴニスト(例えば,化合物,ペAC
プチド,抗体又は抗体断片)を有効成分とする製剤は,前記有効成分の
タイプに応じて,それらの製剤化に通常用いられる担体,賦形剤,及び
/又はその他の添加剤を用いて調製することができる。」(段落【00
86】)
キ【実施例】
・「実施例1:ADP受容体P2TAC遺伝子HORK3の単離
本実施例では,以下に示す手順に従って,ヒト脳cDNA(Clon
tech社製)をテンプレートとして,PCR法により,ADP受容体
P2T遺伝子HORK3(以下,単に,HORK3遺伝子と称する)AC
の全長cDNAを取得した。」(段落【0093】)
・「実施例2:血球細胞におけるHORK3遺伝子の発現分布の確認
健常人ボランティアよりヘパリン採血し,400×gで10分間遠心
処理を行なった。得られた上層を多血小板血漿として分取した。
また,下層には6%デキストラン/生理食塩水を1/3量加えて室温
にて1時間放置した。その上清を取り,150×gで5分間遠心処理し
た後,沈渣をHBSS(Hanks’BalancedSolt
Solution)に懸濁した。これを等量のフィコール(Ficol
lPaque;Pharmacia社)に重層し,400×gで30
分間遠心処理を行なった。こうして得られた中間層を「単核球画分」と
して,沈渣を多形核白血球として分取した。
前記多形核白血球にCD16マイクロビーズ(第一化学薬品社製)を
加え,磁器スタンドにて「好中球画分」と「好酸球画分」とに分離し
た。」(段落【0096】)
・「実施例3:HORK3タンパク質及びGqiを共発現させたC6−1
5細胞における2MeSADP又はADPによる細胞内Ca濃度の上2+
昇の確認
ADP又は2MeSADP(2−メチルチオ−ADP)等のプリン類
の多くは,細胞に作用させると,内在性の細胞膜受容体を介して細胞内
Caの上昇を認める。そのため,外来性に導入した遺伝子由来のタン2+
パク質が,ADP又は2MeSADPに反応するか否かを検定するため
には,これらの物質に反応しない細胞を用いてタンパク質を発現させる
ことが好ましい。ラットグリオーマ細胞株の一種であるC6−15は,
ADP等に反応しないことが知られている(Change,K.ら,
J.Biol.Chem.,270,26152−26158,199
5)。本実施例では,HORK3タンパク質を発現させる細胞としてC
6−15を使用した。
また,HORK3タンパク質を発現させるための発現プラスミドとし
て,前記実施例1で得られたプラスミドpEF−BOS−dhfr−H
ORK3を用いた。」(段落【0103】)
・「実施例4:HORK3タンパク質を発現するCHO細胞における2M
eSADP又はADPによるcAMP産生阻害の確認
前記実施例3により,前記ADP受容体がGi共役型受容体であるこ
とが判明したことから,前記ADP受容体はアデニル酸シクラーゼの活
性を抑制する活性を持っていることが予測される。そこで,本発明のc
AMP型スクリーニング方法を実施するには,前記ADP受容体タンパ
ク質を発現させるための宿主細胞として,ADPや2MeSADPによ
ってアデニル酸シクラーゼの活性を抑制する活性を持っていない細胞株
を選択することが好ましい。以下の方法に従い,ADPや2MeSAD
Pによってフォルスコリン刺激によるcAMPの産生量を下げない細胞
を検索した結果,CHO細胞が最適であることが判明したので,前記A
DP受容体タンパク質を発現させるための細胞としてCHO細胞を用い
た。なお,本実施例では,核酸の新生合成に必須の酵素であるジヒドロ
葉酸レダクターゼ(DHFR)を欠失した細胞株[CHO−dhfr
(−)株]を特に使用した。HORK3タンパク質を発現させるための
発現プラスミドとしてpEF−BOS−dhfr−HORK3を使用し
た。」(段落【0110】)
・「実施例5:HORK3タンパク質を発現するC6−15細胞における
2MeSADP又はADPによるcAMP産生阻害の確認および阻害剤
の影響
ADPや2MeSADPによってフォルスコリン刺激によるcAMP
の産生量を下げない細胞として,C6−15細胞も最適であることが判
明したので,ADP受容体タンパク質を発現させるための細胞としてC
6−15細胞も用いた。
ADP受容体を発現させるための発現ベクターとしてpEF−BOS
−dhfr−HORK3を使用した。」(段落【0114】)
・「実施例6:HORK3タンパク質発現C6−15細胞と2MeSAD
Pとの結合実験
実施例5で作製したHORK3タンパク質発現C6−15細胞を回収
及び洗浄した後,5mmol/L−EDTAとプロテアーゼインヒビタ
ーカクテルセットComplete(ベーリンガーマンハイム社製)TM
とを含有する20mmol/L−Tris−HCl(pH7.4)に懸
濁して,ポリトロンにてホモジェナイズした。超遠心を行った後,沈殿
を1mmol/L−EDTA,100mmol/L−NaCl,0.1
%BSA,及びCompleteを含有する50mmol/L−TrTM
is−HCl(pH7.4)に懸濁し,これを膜画分とした。」(段落
【0119】)
・「実施例7:ヒト血小板凝集阻害活性の確認
健常人(成人,男子)より1/10容クエン酸ナトリウムにて採血を
行ない,DeMarcoらの方法(J.Clin.Invest.,
77,1272−1277,1986)に従い,多血小板血漿(PR
P)を調製した。PRPは,自動血球計数器(MEK6258;日本光
電)を用いて,3×10/mLに調製して使用した。凝集惹起剤であ8
るADPは,MCメディカル社の製品を使用した。実施例5でHORK
3タンパク質アンタゴニスト活性を示すことを確認した2MeSAMP
又はAR−C69931MXを使用し,前記化合物を溶解する溶媒とし
ては,生理食塩水を用いた。
血小板凝集は,血小板凝集計(MCMヘマトレーサー212;MCメ
ディカル)を用いて測定した。すなわち,PRP(80μL)とサンプ
ル(2MeSAMP又はAR−C69931MX)又は溶媒(10μ
L)とを,37℃で1分間インキュベートした後,ADP(20∼20
0μmol/L)10μLを添加し,透過光の変化を10分間記録し,
その最大凝集率から凝集阻害(%)を算出した。
図1に,2MeSAMPを用いた場合の結果を示し,図2に,AR−
C69931MXを用いた場合の結果を示す。2MeSAMPのデータ
(図1)は,ボランティア2名を用いた実験結果の「平均値」で表し,
AR−C69931MXのデータ(図2)は,ボランティア3名を用い
た実験結果の「平均値+標準誤差」で表した。両薬剤ともに,ADP惹
起血小板凝集を濃度依存的に阻害し,その阻害強度は,惹起剤であるA
DPの濃度に依存していた。
本実施例より,HORK3タンパク質アンタゴニストが抗血小板作用
を示すことが明確である。」(段落【0123】)
ク【産業上の利用可能性】
「血小板ADP受容体P2T活性を阻害する物質は,抗血小板作用をAC
示し,血栓性弊害の治療を可能とする。
従って,本発明の抗血小板剤スクリーニングツールによれば,抗血小板
剤として有用な血小板ADP受容体P2TアンタゴニストをスクリーニAC
ング及び評価することができる。
本発明のアンタゴニスト若しくはアゴニスト検出方法を用い,又は本発
明のリガンド検出方法とアンタゴニスト若しくはアゴニスト検出方法とを
組み合わせて用いることにより,血小板ADP受容体P2TアンタゴニAC
ストを選択し,抗血小板剤として有用な物質をスクリーニングすることが
できる。
次いで,前記スクリーニング方法で選択された物質を有効成分とし,担
体,賦形剤,及び/又はその他の添加剤を用いて製剤化することにより,
抗血小板用医薬組成物を製造することができる。
また,本発明のリガンド,アンタゴニスト,又はアゴニスト検出方法
は,抗血小板剤として有用な物質をスクリーニングする為のみでなく,抗
血小板用医薬組成物の品質規格の確認試験において,用いることも可能で
ある。
本発明のリガンド,アンタゴニスト又はアゴニスト検出方法を用いて,
試験化合物が血小板ADP受容体P2Tリガンド,アンタゴニスト,又AC
はアゴニストであるか否かを検出し,次いで,前記アンタゴニスト又はリ
ガンドを製剤化することにより,抗血小板用医薬組成物を製造することが
できる。」(段落【0124】)
ケ図面
【図1】ヒトクエン酸血由来多血小板血漿(PRP)のADP惹起血小板
凝集における2MeSAMPの効果を示すグラフである。
【図2】ヒトクエン酸血由来PRPのADP惹起血小板凝集におけるAR
−C699312MXの効果を示すグラフである。
(3)上記(1)(2)の記載によれば,本願発明は,抗血小板剤として有用なアデノ
シン二リン酸(ADP)受容体P2T拮抗薬を得るための簡便なスクリーAC
ニング系及び新たな抗血小板剤を提供することを課題とし,その解決手段と
して,P2T受容体をコードする核酸(具体的にはHORK3遺伝子)をAC
単離させ,塩基配列及び推定アミノ酸配列を決定したもの,言い換えれば,
血小板ADP受容体P2Tの実体がHORK3タンパク質であることを明AC
らかにし,それにより,P2T受容体又はP2T受容体を発現する細胞ACAC
を用い,試験化合物がADP受容体P2Tリガンド,アンタゴニスト,又AC
はアゴニストであるか否かを検出する方法,及び前記検出方法を用いた抗血
小板剤のスクリーニング方法を確立した上,かかる検出工程を含む抗血小板
用医薬組成物の製造方法を確立しようとしたものであることが認められる。
(4)なお,本願の原出願である特願2002−539389号に基づき原告
は,平成16年2月6日に特許第3519078号(発明の名称「抗血小板
剤スクリーニング方法」)として特許権を取得している(特許公報,甲1
3)。その内容は下記のとおりであり,本願請求項1の(A),(B),
(C)等毎に,いわゆる方法の発明として原告が特許権を取得していること
が認められる。

・【請求項1】
(1)(i)配列番号2で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド,
(ii)配列番号2で表されるアミノ酸配列の1∼10個のアミノ酸が欠
失,置換,及び/若しくは付加されたアミノ酸配列を有し,しかも,AD
Pと結合し,Giに共役することにより,アデニル酸シクラーゼの活性を
抑制する活性を有するポリペプチド,又は,(iii)配列番号2で表され
るアミノ酸配列との相同性が95%以上であるアミノ酸配列を有し,しか
も,ADPと結合し,Giに共役することにより,アデニル酸シクラーゼ
の活性を抑制する活性を有するポリペプチド,前記ポリペプチドを含む細
胞膜画分,あるいは,前記ポリペプチドをコードするDNAを含む発現ベ
クターで形質転換され,前記ポリペプチドを発現している形質転換細胞
と,試験化合物とを,ADP受容体P2T標識リガンド存在下で,接触AC
させる工程,並びに
(2)前記ポリペプチド,細胞膜画分,又は形質転換細胞への標識リガン
ドの結合量の変化を分析する工程を含む,試験化合物がADP受容体P2
Tリガンドであるか否かを検出する方法。AC
・【請求項2】
(1)C末端のアミノ酸配列が,配列番号11で表されるアミノ酸配列で
あり,しかも,ホスホリパーゼC活性促進性Gタンパク質のホスホリパー
ゼC活性促進活性を有する部分ポリペプチドとGiの受容体共役活性を有
する部分ポリペプチドとのキメラであるGタンパク質キメラを共発現して
いる,(i)配列番号2で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド,
(ii)配列番号2で表されるアミノ酸配列の1∼10個のアミノ酸が欠
失,置換,及び/若しくは付加されたアミノ酸配列を有し,しかも,AD
Pと結合し,Giに共役することにより,アデニル酸シクラーゼの活性を
抑制する活性を有するポリペプチド,又は,(iii)配列番号2で表され
るアミノ酸配列との相同性が95%以上であるアミノ酸配列を有し,しか
も,ADPと結合し,Giに共役することにより,アデニル酸シクラーゼ
の活性を抑制する活性を有するポリペプチドをコードするDNAを含む発
現ベクターで形質転換され,前記ポリペプチドを発現している形質転換細
胞と,試験化合物とを接触させる工程,及び
(2)前記形質転換細胞内におけるCa濃度の変化を分析する工程を含2+
む,試験化合物がADP受容体P2Tアンタゴニスト又はアゴニストでAC
あるか否かを検出する方法。
・【請求項3】
(1)(i)配列番号2で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド,
(ii)配列番号2で表されるアミノ酸配列の1∼10個のアミノ酸が欠
失,置換,及び/若しくは付加されたアミノ酸配列を有し,しかも,AD
Pと結合し,Giに共役することにより,アデニル酸シクラーゼの活性を
抑制する活性を有するポリペプチド,又は,(iii)配列番号2で表され
るアミノ酸配列との相同性が95%以上であるアミノ酸配列を有し,しか
も,ADPと結合し,Giに共役することにより,アデニル酸シクラーゼ
の活性を抑制する活性を有するポリペプチドをコードするDNAを含む発
現ベクターで形質転換され,前記ポリペプチドを発現している形質転換細
胞と試験化合物とを,血小板ADP受容体P2Tのアゴニストの共存下AC
において,接触させる工程,並びに,
(2)前記形質転換細胞内におけるcAMP濃度の変化を分析する工程を
含む,試験化合物がADP受容体P2Tアンタゴニスト又はアゴニストAC
であるか否かを検出する方法。
・【請求項4】
請求項1∼3のいずれか一項に記載の方法,あるいは,これらを組み合
わせることによる,ADP受容体P2Tリガンド,アンタゴニスト,又AC
はアゴニストであるか否かを検出する工程,及びADP受容体P2TアAC
ンタゴニストを選択する工程を含む,抗血小板剤をスクリーニングする方
法。
(5)アところで,平成13年10月31日になされた原出願からの分割出願と
して平成15年10月14日になされた本願について適用される平成14
年法律第24号による改正前の特許法(旧)36条4項は,前記のとお
り,「前項第3号の発明の詳細な説明は,経済産業省令で定めるところに
より,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその
実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならな
い。」と定めており,これは実務上,実施可能要件と称されているが,原
告がなした本件特許出願(本願)が上記要件を満たさないものであれば,
同法49条4号により拒絶査定を受けるべきものとなるので,以下,その
該当性の有無について検討する。
イ上記条文は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する
者(当業者)が,明細書及び図面に記載した事項と出願時の技術常識とに
基づき,請求項に係る発明を実施することができる程度に,発明の詳細な
説明をしなければならないとしたものである。これは,特許を認め権利を
設定するということは,十分な発明の開示の代償として独占権を付与する
というのが制度の趣旨であることから,発明の詳細な説明の記載は当業者
が当該発明を実施できるようにされていなければならない,ということで
ある。
ウそこで,これを本願についてみると,本願請求項の構成は,前記のとお
り,「(A)・(B)・(C)の定める各検出方法いずれか又はこれらを
組み合わせたことによるADP受容体P2Tアンタゴニスト等を検出すAC
る工程」と「製造化工程」と含む「抗血小板用医薬組成物の製造方法」と
するものである。上記構成は,概ね,原告が前記特許第3519078号
(甲13)により取得した特許権請求項1∼4の記載に「製造化工程」を
付加し「抗血小板用医薬組成物の製造方法」としたものである。そして,
検出方法(A)・(B)・(C)については具体的な技術内容が特定され
ているものの,その余の「製造化工程」・「医薬組成物の製造方法」には
具体的な技術内容の記載が見当たらない。
一方,本願請求項1は,その記載内容からして,末尾にある「医薬組成
物の製造方法」であるから,「製造方法」の観点か,又は「物」の観点,
すなわち製造原料の観点や製造された医薬組成物の観点若しくはその組み
合わせに発明的な特徴があるのが通例であるが,本願請求項1には上記発
明的特徴を窺わせる記載が見当たらない。
上記によれば,本願請求項1は旧36条6項2号にいう「特許を受けよ
うとする発明が明確であること」(明確性要件)の要件を満たすか問題と
なる余地があるが,審決は本願につき旧36条4項の実施可能要件につい
てのみ判断しているので,以下その当否に限って検討する。
エ(ア)本願請求項1(本願発明)の場合,「製造される物」は有効成分であ
る化合物と製剤化に必要な汎用の成分とからなる「抗血小板用医薬組成
物」であるから,当業者がかかる医薬組成物を製造するためには,明細
書の記載から有効成分たる化合物が何であるかを理解・把握する必要が
あり,その際は,有効成分たる化合物を化学構造の観点から化合物自体
として把握する必要があるというべきである。すなわち,本願発明の製
造方法において製剤化工程を行うためには,その前提として,抗血小板
用医薬組成物における有効成分となるものを化合物自体として特定して
把握する必要があるというべきである。そうすると,審決が「当該製造
方法において,製剤化工程を行うには,当該製剤化工程に先立って,当
該(A)∼(C)のいずれか1つの検出方法,又は,それらの組み合わ
せによるスクリーニングでもって,公知のものに限ってみても,種々の
化合物,ペプチド等の,広範かつ無数に近い試験化合物の中より,抗血
小板剤として有用なものを化合物自体として特定して把握する必要があ
る。」(5頁30行∼6頁1行)としたことに誤りはない。
(イ)そこで,かかる見地から本願発明をみるに,本願明細書(甲3)に
は,(A)∼(C)として特定される検出方法によって抗血小板医薬と
なり得る化合物たるADP受容体P2TアンタゴニストをスクリーニAC
ングすることができること,すなわち抗血小板医薬の有効成分となる可
能性のある化合物を選び出すことが可能であること,抗血小板作用を示
す物質として知られている化合物(具体的には2MeSAMP又はAR
−C69931MX)が,(A)∼(C)として特定される検出方法に
よってアンタゴニスト活性を示すことが確認できたことが記載されてい
る(段落【0012】)。また,抗血小板剤として公知のチクロピジン
やクロピドグレルの体内での代謝物がADP受容体P2Tを阻害するAC
ことで効果をもたらしていると考えられていることなどが紹介され,血
小板のADP受容体P2Tに対する拮抗薬は,抗血小板剤となる期待AC
のあることが記載されている(段落【0007】,【0008】)。そ
して,実施例では,上記2つの化合物(2MeSAMP,AR−C69
931MX)についての検出実験が行なわれている(段落【0114】
∼【0121】)。
しかし,上記2つの化合物は抗血小板作用を示すことが知られていた
ものであるからADP受容体P2Tのアンタゴニストである蓋然性AC
が高く,これらがアンタゴニスト活性を示すことが確認されたという結
果は,単に(A)∼(C)として特定される検出方法が有効な検出方法
であることの証左になるにすぎない。しかも,実施例は単に上記2つの
化合物からADP受容体P2Tアンタゴニスト活性が検出されたことAC
を示すのみで,検出される化合物が共通して持つ化学構造や物性など
「物」の観点からの説明はなく,このような実施例の記載から他にいか
なる化合物が検出されるか当業者が理解することはできない。すなわ
ち,この2つの化合物以外にどのような化学構造や物性の化合物が
(A)∼(C)として特定される検出方法によって有効成分として検出
されるか,当業者は理解することができない。
そして,本願明細書(甲3)には,何ら新規な化合物からなるリガン
ド,アンタゴニスト,アゴニストを発見したことは記載されておらず,
したがって,新規な医薬組成物を製造することも記載されていない。
以上のとおり,本願明細書(甲3)は,実施例で検出が行われた個別
の2つの物質に関してADP受容体P2Tアンタゴニスト活性が確認AC
された旨の記載があるに止まるものであり,どのような化学構造や物性
の化合物が有効成分となるかについての具体的な記載はない。したがっ
て,当業者は,本願明細書の記載からある化学構造の化合物を含む組成
物が本願発明に該当するかどうかを認識・判断することはできない。そ
して,本願発明の特許請求の範囲全体を実施するためには,特定されて
いない無数の化合物を無作為に製造し,特許請求の範囲に記載された検
出方法を適用して試験化合物からADP受容体P2Tリガンド,アンAC
タゴニスト又はアゴニストが検出されるかどうかを確かめ,ADP受容
体P2Tアンタゴニストたる化合物を見つけ出さなければならないAC
が,このことは当業者に過度の試行錯誤を強いるものというべきであ
る。すなわち,本願明細書の記載からは,スクリーニング工程を経てア
ンタゴニストとなる化合物が発見された場合に限り,その化合物を用い
た抗血小板用医薬組成物を認識できるということが示唆されているのみ
であり,このことは特定の医薬組成物を認識しうることの単なる期待を
示しているにすぎないのであるから,アンタゴニストとなる化合物を発
見し,その化合物を用いた抗血小板用医薬組成物を認識するまでにはな
お当業者に過度の負担を強いるものである。
(ウ)これに対し,原告は,本願優先日(平成12年11月1日又は平成1
3年1月11日)時点での技術水準を正確に認識し,本願明細書の発明
の詳細な説明の記載からHORK3タンパク質が有する特徴的な結合特
性を正確に把握すれば,HORK3タンパク質をGPCRとして用いる
本願発明において「特定の医薬組成物を認識しうること」には極めて高
い蓋然性が認められるから,当業者はHORK3タンパク質をGPCR
として用いる本願発明方法によって「特定の医薬組成物を認識しうるこ
と」が極めて高い蓋然性を有することは自明であると主張する。
しかし,前記のとおり,本願発明の場合,「製造する物」は有効成分
である化合物と製剤化に必要な汎用の成分とからなる抗血小板用医薬組
成物であるから,当業者は明細書の記載自体から抗血小板用医薬組成物
における有効成分となるものを化合物自体として特定して把握すること
ができること,いいかえれば,明細書の記載自体からある化学構造の化
合物を含む組成物が本願発明に該当するかどうかを認識・判断すること
ができなければならないというべきである。そうすると,当業者がスク
リーニング工程を含む検出過程を経なければ有効成分となる化合物を把
握することができないという点において,候補化合物の多寡,スクリー
ニング対象となる化合物群ないしライブラリーの入手のしやすさ,検出
に要する時間の長短,スクリーニング操作が簡便であるかなどにかかわ
らず,本願明細書の発明の詳細な説明は,その発明の属する技術の分野
における通常の知識を有する者が本願発明の実施をすることができる程
度に明確かつ十分に記載されているとはいえない,即ち本願における発
明の詳細な説明は実施可能要件(旧36条4項)を充足していないと認
めるのが相当である。
(6)原告の主張に対する補足的判断
アなお,原告は,本願発明と同じ生物関連発明の分野において,製造され
る目的物である「物」が出願時に網羅的に化合物として特定して把握され
ていない場合であっても,製造方法の特許として被告が特許の成立を認め
ている事例がある(例えば,特許第2912618号〔甲49〕,第25
94900号〔甲50〕,2714786号〔甲51〕,2865645
号〔甲52〕)と主張する。
しかし,特許出願が実施可能要件を満たすか否かの判断は,個別具体的
に行われるものであるから,上記事例の内容如何に拘わらず,それが本願
の実施可能要件の存否に関する判断を左右するものではない。
イまた,原告は,欧州特許庁及び米国特許商標庁おいては,スクリーニン
グ工程に使用する受容体が出願時に公知である場合,有効成分をそのスク
リーニング工程によって限定せず作用のみによって特定した形式の特定医
薬用途に関するクレーム又は治療方法クレームであっても,相当数の特許
が成立していると主張するが,欧州及び米国は我国とは異なる法制度を有
しているのであり,それが理由で前記判断が覆るものでもない。
3結語
以上によれば,本願につき実施可能要件を具備しないとした審決の判断に誤
りがあるということはできず,これを違法とする原告の主張はいずれも理由が
ない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官真辺朋子
裁判官田邉実

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独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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