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平成30年11月21日宣告東京高等裁判所第11刑事部判決
平成29年(う)第771号各傷害致死被告事件
主文
原判決中,被告人Aに関する部分を破棄する。
被告人Aを免訴する。
検察官の被告人Bに関する控訴を棄却する。
理由
第1本件事案と控訴の趣意(略称は原判決に従う。)
本件公訴事実の要旨は,「被告人両名は,C病院に准看護師として勤
務していたものであるが,共謀の上,平成24年1月1日午後4時14分
頃,同病院D階保護室E号室において,同病院に入院中の被害者(当時3
3歳)に対し,被告人Aが仰向けに寝ていた被害者の顔面を足で数回踏み
付けるなどの暴行を加え,被告人Bが膝で被害者の頸部等を押さえつけて
体重をかけるなどの暴行を加え,よって,同人に頸髄損傷等の傷害を負わ
せ,平成26年4月28日午後3時4分頃,同人を前記傷害を原因とする
両側性肺炎により死亡させた。」というものである。
これに対し,原判決は,被告人Bについては,被告人Bによる暴行が
あったとは認められず,被告人Aとの共謀も認められないとして,無罪と
し,被告人Aについては,被告人Aは,下記の原判示の限度で暴行を加え
たことは認められるものの,その暴行と被害者の骨折ひいては頸髄損傷と
の因果関係については立証が尽くされているとはいえないとして,暴行罪
の限度で犯罪が成立するにとどまるとし,「被告人Aは,C病院に准看護
師として勤務していたものであるが,平成24年1月1日午後4時14分
頃,同病院D階保護室E号室において,同病院に入院中の被害者(当時3
3歳)のおむつ交換を行った後に同人にズボンをはかせる際,同人が突然
伸ばした左足が自身に当たったことに腹を立て,仰向けの同人の頭部を上
から左足で1回蹴る暴行を加えた。」との事実を認定し,罰金30万円に
処した。
検察官の本件控訴の趣意は,検察官互敦史作成名義の控訴趣意書及び
検察官鎌田隆志作成名義の弁論要旨記載のとおりであり,論旨は,事実誤
認及び法令適用の誤りの主張である。これに対する被告人Aの答弁は,同
被告人の主任弁護人遠藤直也作成名義の答弁書及び弁論要旨記載のとおり
であり,被告人Bの答弁は,同被告人の主任弁護人中村治聖及び弁護人島
田亮共同作成名義の答弁書及び弁論要旨記載のとおりである。
被告人Aの弁護人の控訴の趣意は,同被告人の主任弁護人遠藤直也作
成名義の控訴趣意書,控訴趣意補充書及び弁論要旨記載のとおりであり,
論旨は,事実誤認及び法令適用の誤りの主張である。これに対する検察官
の答弁は,検察官葛谷茂作成名義の答弁書及び検察官鎌田隆志作成名義の
弁論要旨記載のとおりである。
当裁判所は,事実誤認をいう各論旨については,被告人Aが被害者の
頭部を左右の足でそれぞれ1回ずつ蹴る暴行を加えたという限度で検察官
の所論には理由があるが,その余については,検察官及び弁護人双方のい
ずれの所論も理由がなく,原判決が,左足で1回蹴ったのみであると認定
したことについては事実誤認があるものの,判決には影響しないと判断し
た。また,法令適用の誤りをいう各論旨については,被告人Aについて,
暴行罪の事実を認定するのであれば免訴の判決を言い渡すべきであったと
する所論は理由があると認めた。以下理由を述べる。
第2事実誤認の主張について
1原判決の判断要旨
原審では,①被告人Aによる暴行の有無,②被告人Bによる暴行の有無,
③被告人両名の間の共謀の成否,④被告人両名による暴行と被害者の頸椎
骨折との因果関係の有無,⑤頸椎骨折から死亡に至る因果関係の有無,⑥
被告人両名の行為の正当業務行為性が主たる争点となり,原判決は,要旨,
次のとおり説示して,被告人Aによる暴行は左足で被害者の頭部を1回蹴
った限度で認定できるが,被告人Bによる暴行は認定することができない
とし,また,被告人両名は共に被害者にズボンをはかせる看護目的で抑制
を行っていたことが認められるが,被告人Aの足蹴り行為については,被
害者の足が当たったことに腹を立てて,衝動的にもっぱら報復目的で行っ
たもので,両名の間に共謀は認められないとした。そして,被告人Bにつ
いては,被告人Bによる暴行は認められず,被告人Aとの共謀も認められ
ないから,無罪であるとし,被告人Aについては,被告人Aの足蹴りによ
って被害者の頸椎を骨折させた可能性が認められるが,被告人Bによる抑
制行為のなかで被害者の頸椎骨折が生じた可能性も否定できず,その抑制
行為は正当業務行為として違法性が阻却されるから,傷害結果を被告人A
に帰責させることはできないとした。
前提となる事実関係
原判決は,まず,前提として,①被害者は,平成23年9月15日よ
りC病院に医療保護入院となり,同年12月5日以降,保護室に入室した
こと,しかし,衝動的な暴力行為をするおそれがあったことから,看護師
(被告人両名も看護師であった。)が同室に入室する際は複数名で対応し
ていたこと,②被害者は頸部ジストニア(筋肉が硬直して動かない状態)
で,顎が胸につく程度まで前方下方向に屈折した状態になっており,仰向
けになると後頭部が床から浮く状態であったこと,しかし,同病院の医師
や看護師らは,被害者の頸椎が骨癒合を起こしていることを認識しておら
ず,看護師に被害者の頸部に関するケアについて特別な指示がされたこと
はなかったこと,③平成24年1月1日午後4時7分,被告人両名は,看
護師であるF及びGと共に保護室に入室し,被害者の食事介助及びおむつ
交換を行い,同日午後4時13分頃,F及びGは保護室を退室したこと,
その後,被告人両名は,仰向けの状態にある被害者にズボンをはかせよう
としたが,被害者が足を動かすなどしたため,すぐにはかせることができ
なかったこと,すると,同日午後4時14分9秒に,仰向けの被害者が突
然伸ばした左足が被告人Aに当たったこと,その後,同日午後4時15分
29秒に,Gが再度保護室に入室し,被告人両名と共に被害者にズボンを
はかせ,同日午後4時16分43秒,被告人両名が保護室から退室したこ
と,上記の被害者及び被告人らの行動は,保護室天井に設置されたカメラ
により撮影されていたが,同カメラの録画レートは4IPSであり,1秒
間に4枚の画像が録画されていたこと,④被害者は,同月2日午後から両
下肢を動かさなくなり,同月3日に救急搬送先の病院で頸椎骨折,頸髄損
傷,両上肢不全麻痺,両下肢完全麻痺との診断を受け,平成26年4月2
8日,転院先の病院で両側性肺炎により死亡したことを認定した。
被告人Aによる暴行の有無
そして,原判決は,被告人Aによる暴行について,本件カメラ映像によ
れば,被害者が,平成24年1月1日午後4時14分9秒に,その足元左
側でズボンをはかせようとしていた被告人Aに対して,突然左足を伸ばし
て被告人Aに当て,その後,被告人Aは,被害者の頭部の方に移動し,被
害者の頭部左側付近で右足を高く上げ,一旦右足を下げ,再度右足を高く
上げて,被害者の頭部右上付近に右足を着地させたこと(16:14:1
1-421から16:14:12-745。映像①),その後,被告人A
は,被害者の頭部右上に置いた右足を軸足にして左足を高く持ち上げ,そ
の後,左足を後方に引き,さらにその後,被害者の頭部右側に左足を着地
させたこと(16:14:13-279から16:14:14-346。
映像②),そしてその後,被害者の右側を通って被害者の足元側まで移動
していることが認められるとした。
そして,原判決は,まず,本件カメラ映像は,ほぼ真上から保護室内を
撮影しているため,被告人Aの上げた左右の足が具体的にどの高さに位置
するかは,映像上明らかではなく,映像①及び映像②のいずれにも,被告
人Aの足が被害者の頭部に当たっていることが明らかな画像は残っていな
いとした上,最初に,映像①から被告人Aが被害者の顔を右足で2回踏み
つけた行為が認められるか否かを検討し,映像①には踏み付けられた衝撃
で被害者の髪の毛が乱れた場面があるとの検察官の指摘については,被害
者の髪の毛が乱れたかは判然とせず,被害者自身も激しく動いているよう
にみえることからすると,仮に髪の毛の乱れがあったとしても,これによ
り被告人Aの踏み付け行為があったことを推認することはできず,また,
2回目の踏み付け行為の後,被害者が顔の左側に自身の左手を当てている
場面があるとの検察官の指摘については,被告人Aが1回目に右足を上げ
たときには既に顔の左側に左手を当てているように見えることからすると,
被害者の左手の位置から被告人Aの踏み付け行為を推認することはできな
いとした。その上で,原判決は,被害者の頭部とトイレスペースを区切る
ついたてとの間に人が通るのに十分な空間がないことや,被告人Aが突然
被害者に足を当てられたことに動揺していたとしてもおかしくない状況で
あったことからすると,被告人Aが被害者に足を当てられた後,被害者の
頭上をまたいだ動きであるとみることが,常識的に考えてありえないとは
いえないとし,そうすると,映像①における被告人Aの右足の動きについ
ては,被害者の頭上をまたごうとして右足を高く上げ,被害者の頭部右上
付近に右足を着地させたとみることも可能であるから,被告人Aが被害者
の顔を右足で2回踏み付けたと認定するには合理的な疑いが残るとした。
次に,原判決は,映像②について検討し,これをみると,被告人Aは,
右足を軸足にして,身体を被害者の方に向けて開きながら左足を前方に持
ち上げ,胴体と左足太ももの間の角度及び左膝の曲がり具合の角度がそれ
ぞれほぼ直角になる状態まで引き上げてから,その左足を一旦後方に引い
た後,被害者の頭部の右側に着地させているとした上,この一連の動きに
おける被告人Aの左足と被害者の頭部の位置関係をみると,被告人Aは,
左足を被害者の頭部方向に向けて前方に引き上げているだけでなく,映像
上,その左足を被害者の頭部が隠れる位置まで引き上げ,その後,その左
足を後方に引き,引き上げる前の位置付近に戻していることが認められ,
こうした動きからすれば,被告人Aは,左足で被害者の頭部を蹴ったと考
えるのが合理的であるとした。そして,被告人Aが,身体を開きながら左
足を上げていることだけをみると,被害者の頭部に左足が当たらないよう
に配慮した動きとみることもできなくもないが,被害者の頭部をまたぐの
であれば,頭上をまたぐために高く上げた左足を,被害者の頭上で一旦後
方に引くという動きは非常に不自然であるし,また,被告人Aが被害者の
頭上をまたぐために移動する際に,左足の裏に予期せず被害者の頭部が当
たり,左足を一旦後方に引くほどの衝撃が足裏にあったのであれば,予期
せぬ衝撃を受けて,よろめくことになるはずであるが,そのような動きは
映像上認められず,むしろ,被告人Aの重心は映像②の三場面のいずれに
おいてもほぼ身体の中心部分に位置していて,移動する右足側に傾いてい
ないのであるから,被害者の頭上をまたいで移動するために左足を上げた
との疑いを容れる余地はなく,足元の被害者の頭部を蹴ったものと推認で
きるとして,映像②からは,被告人Aが左足で被害者の頭部を1回蹴った
ことが認められるとした。
被告人Bによる暴行の有無
また,原判決は,被告人Bによる暴行について,本件カメラ映像によれ
ば,被害者の足が被告人Aに当たった直後に,被害者の足元右側にいた被
告人Bが被害者の胸付近に左膝を移動させて,被害者に覆いかぶさるよう
な形で被害者を押さえ,右手で被害者の両足を掴んでいること,その後,
被告人Aが被害者の足を掴むと,被告人Bは被害者の上半身側に身体を移
動させ,覆いかぶさるようにして被害者の上半身を押さえ,Gが加わって
被害者にズボンをはかせ終わるまで被害者の上半身を押さえ続けているこ
とが認められる(16:14:23-695~16:15:58-961。
映像③)とした。
そして,原判決は,本件カメラ映像は,ほぼ真上から保護室内を撮影
しているため,被害者に上から覆いかぶさるような体勢をとっている被告
人Bの膝がどの位置にあるのかは,被告人Bの身体に隠れているため明ら
かではなく,Bが膝に体重をかけているか否かも本件カメラ映像からだけ
では明らかではないとした上,本件カメラ映像によれば,午後4時14分
36秒から42秒にかけて,被告人Bが爪先立ちとなっていることから,
膝に体重がかかっていることは明らかであるとの検察官の主張に対しては,
映像上認められる被告人Bの体勢からは,被害者の頸部付近ではなく,左
側を向いている被害者の頸部の後方の床に左膝を置いていることも十分に
考えられるとするとともに,午後4時14分55秒の場面に関する検察官
の同様の主張に対しても,本件カメラ映像からは,被告人Bの膝が被害者
の頸部の上にあったのか床上にあったのかは明らかではないとした。そし
て,映像③のいずれの場面についても,映像上認められる被告人Bの体勢
からは,左膝が床上にあるのか被害者の頸部付近に乗っているのか明らか
ではなく,左膝が被害者の頸部付近に乗っているとしか説明のつかないよ
うな体勢は認められないとして,証拠上,被告人Bが被害者の頸部付近に
左膝を乗せ,体重をかけるという暴行を行ったと認定することはできない
とした。
被告人両名の動機・目的
次に,原判決は,被告人両名の動機・目的について,まず,本件カメラ
映像に記録された被告人Bの動きをみると,被告人Bは,F及びGが保護
室を退室した午後4時13分頃からGが再び入室する午後4時15分頃ま
での間,一貫して被害者にズボンをはかせるために,足を動かすなどして
抵抗する被害者を抑制していることが認められ,一方,被告人Aについて
も,映像②における足蹴り行為を除いた午後4時14分36秒以降の行為
については,被告人Bと同様に,被害者にズボンをはかせるために,抵抗
する被害者を抑制していたことが認められるとした。その上で,原判決は,
被告人Bによる行為の中に,被害者を抑制するという目的を超えていると
認められるような行為態様は認められない上,被告人Bが被告人Aによる
意図的な足蹴り行為を認識していたと認められる証拠もなく,被告人Bに
被告人Aの足蹴り行為を黙認ないし助長させる意思があったとは認められ
ないとした。また,被告人Aによる行為についても,被害者の足を押さえ
ることは被害者にズボンをはかせるという目的を達成するための手段とみ
ることもでき,足蹴り行為を除いた行為については,ズボンをはかせるた
めの抑制という目的を超えて肉体的苦痛を与える目的があったと認めるこ
とはできないとし,以上によれば,被告人両名とも,被害者にズボンをは
かせるという看護目的で被害者の抑制を行っていたことが認められるとし
た。ただし,被告人Aの足蹴り行為については,看護行為の延長とみる余
地はなく,抵抗する被害者の足が当たったことに腹を立て,衝動的にもっ
ぱら報復目的で行ったものと認められるとした。
被告人Bの罪責について
原判決は,以上を前提に,被告人Bの罪責を検討し,被告人Bによる
暴行行為は認められず,また,被告人両名の間には,被害者にズボンをは
かせるため押さえつけて抑制するという限度での黙示の意思連絡があった
ことは認められるものの,被告人Aによる足蹴り行為は,被告人Aが抑制
目的と全く異なる動機・目的のもとで行った行為であり,被告人Bにとっ
て予期しえない行為であるから,共謀に基づくものとは認められず,同行
為を被告人Bに帰責させることはできないから,被告人Bは無罪であると
した。
被告人Aの罪責について
次に,原判決は,被告人Aの罪責を検討し,まず,被害者の頸椎骨折の
原因について,本件おむつ交換等の時に生じたものと認められるとともに,
被害者の身体の前方から後方に向けて相当な力が加わったことによって生
じたことが認められるとしたが,被告人Aによる足蹴り行為は,その態様
からして被害者の頸椎骨折を生じさせた可能性が認められるものの,足蹴
り行為がどの程度の衝撃を与え得るものであったかは証拠上明らかではな
く,また,2日後に搬送先で確認された被害者の左目付近及び額の左側の
打撲傷も,被告人Aによる足蹴り行為によって生じたと認定するには合理
的な疑いが残り,被告人Aの足蹴り行為の強さの程度を推し測る資料とは
なり得ないとした。そして,前記のとおり,被告人Bが被害者の頸部付近
に左膝を乗せたと認定することはできないものの,映像③からは,抑制行
為のなかで,被告人Bの左膝が被害者の頸部付近に乗り,そこに体重がか
かって頸部付近に前方から後方に向けて力が加わった可能性も否定できな
いことからすると,被告人Bの行動によって被害者の頸椎骨折が生じた可
能性も否定できず,結局,被告人Aによる足蹴り行為によって被害者の頸
椎骨折が生じたと断定することはできないとした。
その上で,原判決は,頸椎骨折の原因となりうる被告人Bによる抑制行
為の相当性について,被害者は当時33歳の成人男性であり,父親を顔面
骨折させたことがあることや,本件カメラ映像から被害者が被告人Bに上
半身を押さえられている間も下半身を激しく動かしていることが認められ
ることなどからすると,本件おむつ交換等の際,被害者は相当強い力で激
しく動いていたことが否定できない上,被告人両名は,被害者の頸部が骨
癒合があって折れやすい状態にあったことについてまでの認識はなく,被
害者の頸部について特に気をつけなければならないという指示もなされて
いなかったのであるから,このような状況下で,被告人Bが被害者の身体
に膝を乗せるかたちで覆いかぶさるようにして押さえつけた際に,仮に,
結果として被害者の頸部付近に力を加えるようなことになったとしても,
被告人Bによるそのような抑制行為は,看護行為として必要な限度を超え
る態様であるとはいえず,看護目的での抑制行為として社会的相当性が認
められ,そうすると,被告人Bによる抑制行為は,被告人両名の共謀によ
る抑制行為と評価されるものの,被告人Aとの関係でも,正当業務行為と
して違法性が阻却されるとした。
そして,被害者の頸椎骨折という傷害結果が,被告人Bによる抑制行為
という罰することができない行為から生じた可能性が否定できない以上,
上記傷害結果を被告人Aに帰責させることはできず,また,被告人Aの暴
行と頸椎骨折との間の因果関係が立証されていない以上,被告人Aについ
ては,暴行罪の限度で犯罪が成立するにとどまるとした。
2検察官及び被告人Aの弁護人の所論と当裁判所の判断
原判決の判断は,前記のとおり,被告人Aが被害者の頭部を右足で1回
蹴る暴行を加えた事実を認定しなかった点で是認できないが,その余の点
については,原審証拠と論理則,経験則等に照らして不合理なところはな
く,当裁判所も正当なものとして是認できる。以下,被告人Aの暴行に関
する検察官及び被告人Aの弁護人の所論並びに被告人Bの暴行,被告人両
名の共謀,被告人Bの罪責,被告人Aの罪責に関する検察官の所論の順で
理由を述べる。
被告人Aの暴行について
ア被告人Aの右足による暴行について
検察官は,原判決が,被告人Aが被害者の頭部を右足で蹴った暴行を認
定しなかったことについて,原判決は,被告人Aの一連の動作から「右足
の動き」だけを分断して個別に感覚的な検討を加えているだけで,被告人
Aの右足以外の身体の部位の位置関係の変化に係る事実その他一定の推認
力を有する間接事実の総合評価という観点からの検討を欠いており,この
結果,原判決は,映像①について認定した「被告人Aが被害者の頭部の方
に移動し,被害者の頸部右上付近に右足を着地させた」行為について,合
理的根拠がないのに「被害者の頭上をまたいだという動きであるというよ
うにみることが,常識的に考えてあり得ないとまではいえない」と判断し
ており,かかる判断は論理則,経験則等に反することが明らかである,と
主張する。
すなわち,検察官は,映像①の間,被告人Aの頭部はほぼ同じ位置にあ
り,被告人Aの両肩部もほぼ同じ位置にとどまっていること,その間,被
告人Aの右足裏は,被害者の頭部に向かい2回上下動したこと,被告人A
は,右足が床から離れてから再び床に着くまでの約1.858秒間,左足
だけで立ち続けていること,映像①の動作は,その後の「またいだ」動き
(両肩部が前方に移動し,腰部及び臀部が見え,左足が身体の後部に残さ
れている)とは明らかに異なることを指摘し,これらの事実を素直に見れ
ば,映像①における被告人Aの動作は,被害者の頭部を2回にわたり右足
で踏み付けたものと認めるのが最も自然であるとする。また,原判決は,
映像①については,被告人Aの右足の動きを「被害者の頭上をまたごうと
して右足を高く上げ,被害者の頭部右上付近に右足を着地させたとみるこ
とも可能」と判示する一方で,その直後の映像②については,被告人Aが
被害者の頭部を左足で1回蹴ったという暴行を認定し,その動機を「抵抗
する被害者の足が当たったことに腹を立て,衝動的にもっぱら報復目的で
行ったもの」と認定するが,映像①と映像②は,連続したわずか約3秒の
間に撮影された画像であり,映像①及び映像②における被告人Aの動作は,
同一の目的の下に行われた一連の行為であるから,映像①の時点において
も,報復目的が存したものと認められ,これによれば,被告人Aは,映像
①において被害者の頭部を右足で2回,映像②において左足で1回踏み付
けたと認定するのが最も自然かつ合理的であるとする。そして,検察官は,
映像①,②を見ても,また,記憶がない旨述べる被告人Aの原審公判供述
によっても,被告人Aが被害者の頭部をまたいで移動することが必要な具
体的事情は見当たらないから,上記認定は揺るがないとし,以上によれば,
原判決の判断が,論理則,経験則等に違反していることは明らかであると
する。
そこで検討すると,映像①によれば,検察官が所論で指摘するとおり,
映像①の間,被告人Aの右足裏が,被害者の頭部ないしその付近に向かい
2回上下動したこと,その間,被告人Aの頭部及び両肩部がほぼ同じ位置
にあり,被告人Aが左足だけで立つ状態が約1.858秒間続いたこと,
映像①の後(16時14分13秒012ミリ秒及び同279ミリ秒の画
像),被告人Aは,その右足を被害者の頭部から離れた,より前方の位置
に踏み出して床に右足を着いているところ,その際,被告人Aの頭部及び
両肩部も前方に移動していることが認められる。そして,被告人Aが映像
①の1秒余りの間,自らの頭部や両肩部をほぼ同じ位置に留めたまま,2
回にわたり右足を上下させていること,上下動させた位置は被害者の頭部
に当たったとみても矛盾しない位置であること,映像上は,少なくとも2
回目に足を下げた際,それと同時に被害者の頭髪が広がるように乱れたこ
とが明らかに認められることからすると,被告人Aによる意図的な踏み付
け行為が少なくとも1回はあったことは十分認められるというべきである。
これに対し,原判決は,被害者の髪の毛が乱れたかは判然とせず,被害
者自身も激しく動いているようにみえることからすると,仮に髪の毛の乱
れがあったとしても,これにより被告人Aの踏み付け行為があったことを
推認することはできないとする。しかし,本件映像によれば,少なくとも,
2回目に足を下げた際,被害者の髪の毛が広がるように乱れていることは
明らかであるし,足を下げると同時に髪の毛が乱れていることからすると,
被告人Aによる意図的な踏み付け行為が少なくとも1回はあったことが認
められるというべきである。
また,原判決は,上記2回の上下動について,被害者の頭部とついたて
との間に十分な空間がないことや,被告人Aが突然に被害者に足を当てら
れたことに動揺していたとしてもおかしくはない状況であったことからす
ると,被害者の頭上をまたごうとして,被害者の頭部右上付近に右足を着
地させたとみることも可能であるとする。しかし,被告人Aは,右足を2
回上下動させた際,同じ位置にとどまっていたことが認められるところ,
これは,被害者の頭上をまたごうとする者の行動として不自然であるし,
被告人Aは,映像①の後,現に,右足を前方に大きく踏み出して被害者の
頭上をまたいでいるのであるから,原判決が指摘するような事情で,また
ぐのを止めたとも考えられない。さらに,原判決は,右足を2回上げてい
る点について,右足でまたごうとしたが一旦ためらい,再び右足を上げた
としても殊更不自然ではないとする。しかし,被告人Aは,再び右足を上
げた後,直ちに前方に移動せず,同様の姿勢を維持して,その足を頭部な
いしその付近に向けて下ろしているのであるから,これは,単にまたぐた
めの動作としては不自然といわざるを得ない。
しかも,原判決は,映像②の被告人Aが被害者の頭部を左足で1回蹴
った暴行について,「抵抗する被害者の足が当たったことに腹を立て,衝
動的にもっぱら報復目的で行ったもの」と認定しているところ,本件映像
によれば,被告人Aは,被害者の左足が被告人Aの身体に当たった直後に
被害者の頭部付近に移動し,映像①及び映像②の動作をした後,出入り口
ドアに向かうなど,特段他の行動を取ることもなく,被害者の右側を通っ
て再び被害者の足元に戻ったことが認められるのであり,映像①と映像②
の出来事はわずか約3秒の間に起きたものであることを考慮すると,被告
人Aが被害者の頭部付近に移動した理由は,もっぱら映像①ないし②の動
作をするためであったと考えるのが自然である。そして,映像②の動作が
報復の意図によるものであったとするなら,その直前に行われた映像①の
動作の際にも同様の意図があったとみるのが自然であり,これによれば,
映像①の動作も報復の意図があったと合理的に推認できるにもかかわらず,
原判決は,映像①の動作についてはまたぐ意図しかなかったと認定してお
り,不合理である。
以上によれば,被告人Aは,右足で少なくとも1回被害者の頭部を踏
み付けるようにして,意図的に蹴ったものと認められるのであり,検察官
の所論はその限りにおいて理由がある(なお,所論中には,被告人が右足
で2回蹴ったと認定すべきである旨いう部分もあるが,映像上,1回目に
右足を下ろした際には,被告人Aの右足が被害者の頭部に当たったか否か
判然とせず,被害者の頭部が動いたため当たらなかったようにも見えるこ
とからすると,合理的な疑いを超えて当たったとは断定できないから,右
足で蹴った回数については,1回にとどめるのが相当である。)。もっと
も,被告人Aに暴行罪が成立することは原判決も認定しているところであ
り,右足で1回蹴る暴行が認定できたからといって,これにより,被告人
Bとの共謀が認められたり,被害者の死亡との因果関係が認められたり,
量刑が左右されたりするわけではないから,結局,原判決の上記事実誤認
は原判決の結論に影響を及ぼさない。
イ被告人Aの左足による暴行について
被告人Aの弁護人は,被告人Aの左足による暴行を認定した原判決の判
断に対し,原判決は,映像②の画像Ⓐ(16時14分13秒546ミリ
秒),Ⓑ(同813ミリ秒)及びⒸ(14秒079ミリ秒)の3つの画像
における被告人Aの左足と被害者の頭部の位置関係に着目し,被告人Aが
「左足を被害者の頭部方向に向けて前方に引き上げ」(Ⓐ),「その左足
が被害者の頭部が隠れる位置まで引き上げ」(Ⓑ),「その左足を後方に
引き,引き上げる前の位置付近に戻している」(Ⓒ)動きについて,「左
足で被害者の頭部を蹴ったと考えるのが合理的」としているが,原審の事
実認定には,被告人Aが「またいだ」可能性を検討する過程で不合理な論
理則,経験則等を適用し,「またいだ」可能性を排斥した誤りがあるとし
て,要旨,次のように主張する。
すなわち,被告人Aの弁護人は,まず,原判決は,ⒶⒷの動きだけを見
た場合,被告人Aの行為が,「被害者の頭部が左足に当たらないように配
慮した動きとみることもできなくはない」として,「またぐ」行為であっ
た可能性を否定していない上,被告人Aの左足のⒶⒷの動きから「頭部を
蹴った」と特定することもできないとしているのに,ⒷⒸの動きから,
「またぐ」動作の可能性を排斥している。しかし,①左足で「またぐ」動
作の途中で,またごうとした左足が被害者の頭部に当たるなど,何らかの
イベントがあった場合,左足を一旦後方に引く場合はあり得るし,②左足
を一旦後方に引くほどの衝撃が足裏にあったとしても,「予期せぬ衝撃を
受けて,よろめくことになるはず」とはいえず,その衝撃の強弱,方向,
予測の有無によってはよろめかないことも十分に考え得ることであり,ま
た,③被告人Aの重心が移動する右足側に傾いていないのも,当審のH証
人が指摘するとおり,例えば足の位置をあらかじめ,そのまたぎたいとこ
ろに置いておけば,スムーズにまたげるようにと思って足を開きながら回
すということは考えられるのであるから,被告人Aが,Ⓐの時点で,先に
進行方向の右側に右足を置き,残る左足で被害者の上方をスムーズにまた
げるように左足を開きながら上げる場合,重心が進行方向に置いた右足と
残る左足の間に残る場合があり得るし,また,またぐ途中で障害物にぶつ
かってしまったような事情があれば,進行方向(右方向)への体重移動が
生じず,被告人Aの重心が傾いていないように見えるから,結局,被告人
Aが置かれた状況下においては,右方向に左足でまたごうとしていたとし
ても,重心が右方向に傾くとはいえないとする。
そこで検討すると,所論は,要するに,被告人Aが左足でまたいだ可能
性を排斥できないと主張しているのであるが,本件映像を見ると,被告人
Aは,右足を軸足にしたまま,体を右足側に移動させることなく,その左
足を被害者の頭部がある方向に向け,その足裏が被害者の頭上にくるまで
引き上げているだけでなく,その際,自身の身体を一旦被害者の方に向け
て開き,顔を被害者の頭部の方に向けていること,そしてその後,左足を
下に下ろしながら,顔と身体を進行方向に向け,左足を前に踏み出して被
害者の脇を通過していることが認められるのであり,被告人Aが,左足を
被害者の頭上まで引き上げる際,自身の身体を一旦被害者の方に向けて開
きながら,左足を進行方向ではなく被害者の頭部の方に向けて引き上げて
いることを考慮すると,この動きは,被害者をまたいで移動するための動
きとしては不自然といわざるを得ないし,また,被告人Aは,その後,引
き上げた左足を,そのまま下に降ろしているのであるから,踏みつけるよ
うにして蹴ったということは十分認定できるというべきである。
なお,所論は,原判決が,被告人Aの重心が移動する右足側に傾いて
いないことを理由に,被告人Aが被害者の頭上をまたいで移動するために
左足を上げた可能性を否定したことに対し,進行方向の右側に右足を置い
た上,残る左足で被害者の上方をスムーズにまたげるように左足を開きな
がら上げる場合,重心が進行方向に置いた右足と残る左足の間に残る場合
があり得ると主張する。しかし,本件映像を見ても,左足を回すなど,被
害者の上方をまたごうとする動きは認められず,むしろ,被告人Aは左足
を被害者の頭部に向け,まっすぐ前方に振り出しているのであるから,こ
れをまたぐための動作とみるのは困難である。また,所論は,またごうと
したものの,途中で障害物にぶつかるなどの事情が生じれば,右方向への
体重移動も生じないと主張する。しかし,被告人Aは,足を高く引き上げ,
顔も被害者の頭部の方に向けていたのであるから,仮に被害者の動きがあ
ったとしても,またぐ動作の途中で被害者にぶつかるというのは不自然で
ある。
また,所論は,当審のH証人は,人が対象物を強く蹴った場合,蹴った
分,自分の身体にも反動が来ると述べた上,画像ⒶⒷⒸのいずれにおいて
も,被告人Aの身体に反動があるように見えないと指摘しているところ,
これによれば,反動の欠如は,画像ⒶⒷの動作を蹴る動作であると推認す
ることを躊躇させると主張するが,H証人も,どの程度の強さで蹴れば画
像で見える程度の反動があるかを数値化等することは難しい旨述べている
上,対象物を強く蹴った場合に蹴った人物の身体にそれと分かる反動が来
るか否かは,その際の体勢や位置関係等,様々な要素に左右されるもので,
一概にいえるものでないことも明らかであるから,本件において,上記画
像中に被告人Aの身体に反動が見えなかったとしても,それが,原判決の
推認を疑わせるものとはいえない。
以上によれば,所論が述べるその余の点を考慮しても被告人Aの左足
による暴行の認定に誤りはなく,被告人Aの弁護人の事実誤認の論旨は理
由がない。
被告人Bの暴行について
ア検察官は,原判決は,映像③における被告人Bの行為について,被告人
Bの一連の動作からある瞬間における「左膝の位置」だけを分断し,映像
上その位置を特定できるかどうかという点につき個別に感覚的な検討を加
えるだけで,被告人Bの左膝以外の身体の部位の位置関係の変化に係る事
実その他一定の推認力を有する間接事実の総合評価という観点からの検討
をしておらず,その結果,「証拠上,被告人Bが被害者の頸部付近に左膝
を乗せ,体重をかけるという暴行を行ったと認定することはできない」と
判断しており,かかる判断は論理則,経験則等に反することが明らかであ
ると主張する。
すなわち,検察官は,①16時14分38秒103ミリ秒から39秒9
71ミリ秒までの画像(当審検18,写真番号85~90。以下,検18
添付の写真については,単に「写真85」というように記載する。)を見
ると,被告人Bは,その間,その姿勢を左前方に前傾させて重心を左半身
に移し,その左足は爪先立ちになっていることが明らかである上,引き続
き,16時14分40秒239ミリ秒(写真91)の画像を見ると,被告
人Bは右足を引き寄せて動かしているのに,その左足のかかと及び右肩の
位置はほぼ同一であるから,これによれば,この時点では,被告人Bの体
重は既に左半身にかかっており,右下肢には重心を置いていなかったこと
が認められるとする。そして,続く同505ミリ秒の画像から42秒90
7ミリ秒までの2.402秒の間の画像(写真92~101)を見ると,
その間,被告人Bのかかと,左肩及び右肩並びに被害者の頭部の位置はほ
ぼ同一である上,被害者の下半身とその片足を抱え上げている被告人Aが
動いているにもかかわらず,被告人Bの左半身と両肩及び被害者の頭部に
はぶれが認められないところ,その間,被告人Bの体重を支える身体の部
位として想定し得るのは,被告人Bの右足,両腕及び左足であり,右足に
ついては,画像上,右足が爪先立ちであったことは明らかで,右膝も床に
着けていたかどうかは判然とせず,また,16時14分40秒239ミリ
秒(写真91)に右足を引き寄せた後,その右足に重心を移したと認められ
る明らかな姿勢の変化は見当たらないから,被告人Bが右足に体重を乗せ
ていたとは考え難いとする。また,②被告人Bが両手又は片手を床に着け
て,そこに体重を乗せていた可能性も想定し得ないわけではないが,被告
人Aが被害者の下半身を抱え始めた16時14分24秒223ミリ秒から
38秒903ミリ秒までの14.680秒間の一連の画像(写真31~8
6)を見ると,被告人Bはこの間も両手で被害者の身体をつかみ,押さえ
ようとしているにもかかわらず,被告人Bの頭部,両肩部等の位置は刻々
と変化しているのに対し,被告人Bの身体が左前方に前傾していくととも
に左足が爪先立ちになった後は,前記のように,被告人Aが動き続けたに
もかかわらず,被告人Bの左半身及び両肩並びに被害者の頭部がぶれずに
同じ位置を保持する状態が2.402秒間続いているのであるから,これ
らの事実と,被害者を床上に押さえ付けるために自己の体重を最大限利用
するには,床面に対してなるべく直角に,真上から体重をかけるのが最も
効果的であると考えられることからすると,被告人Bは,左下腿部に真上
から体重をかけ,両手のみならず左膝でも体重を支えたからこそ,その重
心が安定したと考えるのが最も自然かつ合理的であるとする。そして,③
38秒903ミリ秒の画像(写真86)を見ると,被害者の頸部真上の空間
に位置する被告人Bの左膝が,被害者の頸部に接着していたかどうかまで
は判然としないものの,38秒103ミリ秒(写真85)と同903ミリ秒
(写真86)を見比べると,被告人Bが,左下腿部を時計回りにひねって左
膝を被害者の頸部真上の空間に移していることや,左足のズボンの裾が上
がって足首がはっきり映り,画面上の左足かかとから左膝までの長さも伸
びていることが認められるのであり,これらによれば,同903ミリ秒
(写真86)の被告人Bは,同103ミリ秒(写真85)よりも左膝を下に向
け,左下腿部を床に向かって倒した状態であったと認められ,また他方,
被害者は左を向いて左肩を下にして床面に横たわっており,その頭部及び
頸部は,仰向けの状態よりも床面から上方の高い位置にあったと推認され
ることからすると,被告人Bの左膝が被害者の頸部に接着していた蓋然性
は高いとする。そして,④38秒903ミリ秒(写真86)及び39秒17
1ミリ秒(写真87)によれば,被告人Bの左膝は依然として頸部真上の位
置を保ったままであり,また,続く39秒439ミリ秒(写真88)によれ
ば,被害者の頭部の位置に変化はなく,被告人Bの左足がその背中に隠れ
て見えなくなり,左足首及び左足靴のかかとが移動して,爪先立ちになっ
たことが認められるのであって,一般的に,しゃがんで左足のかかとを床
に着けた状態から,かかとの向きを変えずにかかとを上げ,前傾して左足
を爪先立ちにした場合,左膝は前方に向かってせり出すのが普通であり,
しかも,被害者の頭部の位置に変化はないのであるから,被告人Bの左膝
は,被害者の頸部から遠ざかることはなく,引き続き被害者の頸部真上に
位置していたと認められるとする。そして,39秒439ミリ秒(写真8
8)から42秒907ミリ秒(写真101)の画像を見ても,その間,被告
人Bの左足かかとの位置及びその向き並びに被害者の頭部の位置はほぼ同
一であって,明らかな変化は認められず,また,当審証人Iの証言によれ
ば,39秒705ミリ秒の画像(写真89)に別の画像から採った被害者の
身体の輪郭線をその頭部を基準として重ね合わせ,さらに,被告人Bの右
足のかかとから右膝の辺りまでの長さを採って同じ長さの矢印を作成し,
これを被告人Bの左足に重ね合わせた画像を見ると,当該矢印の先端は被
害者の頸部に位置しているのであるから,この点からも,被告人Bの左膝
は被害者の頸部上に位置していたと認められるとする。そして,⑤40秒
505ミリ秒(写真92)から42秒907ミリ秒(写真101)までの画像
を見ると,その間,被害者は被告人Aに下肢を抱え上げられ,抵抗して下
半身を動かしているのに,頭部は変化がないことからすると,被害者は頭
部と肩部を固められた状態にあったと考えられる上,被害者の上半身の輪
郭線は不自然に大きく弧を描いて反っており,被害者が頸部ジストニアの
症状を呈し,頸椎が前方に屈して後頭部が出っ張り,顎が胸に接着して動
かせない状態であったことを考慮すると,これは,頸部を固定されていた
という理由以外には説明がつかず,他方,その間,被告人Bの右足及び右
膝は被害者の身体に接しておらず,その荷重が被害者の身体に直接作用し
ていないことは画像上明らかであるから,以上の事実に照らすと,被告人
Bが体重をかけた左膝は,被害者の頸部に接着し,これを床面に向かって
押し付けていたと認めるのが最も自然かつ合理的であるとする。
その上で,検察官は,原判決は,「映像上認められる被告人Bの体勢か
らは,被害者の頸部付近ではなく,左側を向いている被害者の頸部の後方
の床に左膝を置いていることも十分に考えられる。」とするが,前記のと
おり,被告人Bの左膝が被害者の頸部の真上に位置していることは明らか
である上,被告人Bが左前方に前傾するのに伴い左膝が前方にせり出し,
左膝に体重がかかったと推認できるのであり,また,この間の被害者の頭
部の位置に変化がないことからすると,被告人Bの左膝が床に着いていた
可能性が存するというためには,被告人Bの左膝が床に着いたことをうか
がわせるような具体的な事象のあることが必要であるところ,一連の画像
を見ても,そのような事象を見出すことはできず,被告人Bも思い出せな
い旨述べるのみで,左膝を床に着けていたと述べているわけではないから,
原判決の仮説は具体的根拠のない抽象的可能性を指摘するにとどまり,被
告人Bと被害者の体勢や身体の各部位の位置関係がどのように変化したか
という一連の動作の流れに即して一定の推認力を有する間接事実を総合的
に評価して得られた前記認定に合理的疑いを入れるものではないとし,以
上によれば,原判決の判断が,論理則,経験則等に違反していることは明
らかであるとする。
イそこで検討すると,所論は,要するに,本件映像によれば,被告人Bは,
被害者を押さえる際,左膝でも体重を支えたこと(所論①,②),その左
膝は被害者の頸部の上に位置していること(所論③,④),その際,被害
者の頸部が固定されていたこと(所論⑤)が認められ,これらによれば,
被告人Bが被害者の頸部を左膝で押さえつけて体重をかける暴行を加えた
ことが合理的に推認できると主張するのであるが,本件映像を子細に検討
してもそう断定することはできず,被告人Bが上記暴行を加えた可能性も
ないではないが,そう断定するにはいまだ合理的な疑いが残るというべき
である。
すなわち,まず,検察官が,所論①で,被告人Bが右足を移動した際,
既に被告人Bの体重は左半身にかかっており,その後,右足に重心を移し
たと認められる明らかな姿勢の変化は見当たらないから,被告人Bが右足
に体重を乗せていたとは考え難い旨いう点は,右足の移動は16時14分
39秒971ミリ秒(写真90)から40秒239ミリ秒(写真91)までの
短時間に行われているのであるから,この間に左半身に体重をかけなけれ
ば身体を支えられないとは必ずしもいえず,また,映像上,移動後の右膝
が床に着いていたか判然としないということは,すなわち床に着いていた
可能性も否定できないということであり,しかも,40秒239ミリ秒
(写真91)と40秒505ミリ秒(写真92)の画像を見比べると,被告人
Bは,その間に若干尻の位置を後退させており,腰を落としたようにも見
えるのであり,これによれば,重心が右足を移動した際のまま維持されて
いたとも必ずしもいえないから,被告人Bが右膝を床に着くなどして右足
に体重を乗せていた可能性も十分にあるといえる。また,当審のH証人も
証言するとおり,画像からは,被告人Bの重心を特定することはできず,
被告人Bが左膝に体重をかけないまま,両手,左足爪先及び右足ないし右
下腿部のいずれかの部分で身体を支え続けることも,体勢として困難であ
ったとは言い切れない。確かに,被告人Bは記憶がない旨述べているが,
普段から避けていたという被害者の頸部付近に体重をかける行為を避ける
などのため,左膝は床上に置くか,被害者の身体より上に位置して体重を
かけないようにしていたとしても必ずしも不自然とはいえないのであり,
画像からは,その可能性を否定することはできないというべきである。
また,検察官が,所論②で,被告人Aが被害者の下半身を抱え始めた
16時14分24秒223ミリ秒(写真31)から38秒903ミリ秒
(写真86)までの14.680秒間の一連の画像と,被告人Bの左足が
爪先立ちになった後の,16時14分40秒505ミリ秒(写真92)から
42秒907ミリ秒(写真101)までの2.402秒の間の画像を比べ,
被害者の下半身を抱えた被告人Aが動き続けたにもかかわらず,被告人B
の左半身及び両肩並びに被害者の頭部がぶれずに同じ位置を維持する状態
が続いているのは,被告人Bが自身の左下腿部に真上から体重をかけ,両
手のみならず左膝でも体重を支えて重心が安定したからこそである旨いう
点は,上記2.402秒間の方が,被告人Bの両手ないし右膝等が(右下
腿部が床に着いていた可能性のあることは上記のとおりである),被害者
の身体により近い位置にあることに照らすと,その体勢が安定したのは,
両手と右足に体重をかけることが可能となったためであるとも考えられる
から,必ずしも,被告人Bが両手のほか左膝でも体重を支えたからである
とはいえない。
また,検察官が,所論③で,16時14分38秒103ミリ秒(写真8
5)から同903ミリ秒(写真86)の間に,被告人Bが左膝を被害者の頸
部真上の空間に移し,左膝を床に向かって倒していることなどから,被告
人Bの左膝が被害者の頸部に接着していた蓋然性が高い旨いう点は,被告
人Bの左膝が床上のどの高さに位置していたかが確定できない以上,それ
を倒したから必ず被害者の頸部に接着したとはいえないというべきである。
また,検察官が,所論④で,その後,被告人Bは爪先立ちになってお
り,爪先立ちになれば,一般的に左膝は前方にせり出すから,被告人Bの
左膝はそのまま被害者の頸部真上に位置していたと認められる旨いう点は,
あくまで一般論にすぎず,本件でBの左膝が前方にせり出さなかった可能
性も否定できないから,被告人Bの背中に隠れた左膝の位置を明確に特定
することは困難というべきである。所論は,当審I証人の証言によっても,
この事実は認められるとするが,I証人は,被害者の輪郭線を重ね合わせ
ることにより,被告人Bの左膝と被害者の頸部との位置関係を推定してい
るところ,被害者の輪郭線は別の時間帯の被害者の画像から作成されたも
ので,その体勢も16時14分39秒705ミリ秒(写真89)における
ものと異なること,同証人の証言によれば,合成画像において被告人Bの
左膝の位置を特定するために用いた矢印の長さは,その画像(写真89)に
おける被告人Bの右足のかかとから右膝までの長さを画面上で測定して得
たものであるところ,右足のかかとのどの部分と膝のどの部分の長さを測
定したのか明らかでない上(当審I証人尋問調書51~52丁),その矢
印の長さと被告人Bの左足かかとから左膝までの長さが同じというには,
右下腿部と左下腿部の床面に対する傾きが同じであることが前提となると
ころ,それが同じであるかどうかは画面上不明であること(なお,所論は,
被告人Bは左足に体重を乗せており,しかも,左足が爪先立ちになってい
るから,左下腿部も右下腿部と同様に前傾し床面に平行に近い状態にあっ
たはずであるとして,大きな誤差は生じないと主張するが,左足に体重を
乗せているとは限らないことは前述したとおりである上,左足が爪先立ち
になっているからといって,左下腿部が床面に平行になるとも限らないか
ら,理由がない。),本件カメラ映像の撮影角度や歪曲収差による影響も
あることなどを考慮すれば,所論のように合成画像の矢印を根拠に被告人
Bの左膝の位置が被害者の頸部上に位置していたということには,合理的
疑いを入れる余地があるというべきである。
さらに,検察官が,所論⑤で,16時14分40秒505ミリ秒(写
真92)から42秒907ミリ秒(写真101)の間,被害者の頭部が動
いていないのは,頸部が被告人Bの左膝によって固定されていることを意
味しているとする点は,前記のとおり,被告人Bが,両手と右足に体重を
かけることが可能となって体勢が安定し,被害者をしっかりと押さえるこ
とが可能となったためであるともいえるし,頸部ジストニアの症状を呈す
る被害者の上半身の輪郭線が弧を描いて反っていることは,頸部を固定さ
れていたという理由以外に説明がつかないとする点も,画像上,上半身が
反っていることはうかがえるものの,頸部が固定されていなければ上半身
が反らないとは限らないし,それまでの被告人両名の行為により既に被害
者に頸椎骨折が生じていた可能性もあることからすると,上半身が反って
いることから,被害者の頸部が固定されていたとは断定できない。
以上によれば,検察官が被告人Bの前記暴行を推認することができる
として主張する根拠は,いずれも他の可能性を排斥するものではないか,
合理的な疑いを入れる余地のあるもので,結局,当審における事実取調べ
の結果を踏まえても,被告人Bの左膝がどこに位置していたかは確定でき
ないから,被告人Bの左膝が被害者の頸部の後方の床に位置していた可能
性があるとして,被告人Bによる前記暴行を認定できないとした原判決の
判断は,不合理とはいえない。
被告人両名の共謀について
ア検察官は,原判決は,被告人両名の共謀を否定しているが,前記のとお
り,被告人両名の各暴行が認められるのみならず,いずれもそれ自体から
看護目的を逸脱したものであることが明らかである上,被告人両名は,お
互いに相手が被害者に対し看護目的を逸脱する暴行に及んでいることを認
識できていたと認められるのに,いずれも相手を制止したり,注意したり
した形跡はないのであるから,被告人両名は,お互いの行為を受け入れて
いたものとみるのが自然であり,しかも,被告人両名による暴行は,ズボ
ンをはかせようとする被告人両名に対し,被害者が足を動かして暴れ,そ
の足が被告人Aに当たったことをきっかけにして行われたものであるから,
被告人両名は,これに対する報復目的ないしは「被害者が抵抗した場合に
は有形力を行使してその抵抗を排除して服従させようとする意図」を共有
していたと認められるとともに,お互いに相手の意図を了解していたこと
が認められるから,被告人両名の間には,被告人Aが被害者の頭部を足蹴
りするよりも前の時点で,被害者に対する暴行の共謀が成立していたと認
められるとし,これを否定する原判決の判断は,明らかに不合理であると
主張する。
イそこで検討すると,まず,所論中,被告人両名による各暴行が認められ
るとする部分は,イ記載のとおり,被告人Aの暴行に加えて被告人
Bによる暴行もあったとは認定できないのであるから,その前提を欠く。
また,被告人Aの暴行のみを前提としても,その前後における被告人両名
の行動を考慮すれば,被害者の足が被告人Aに当たったことを契機として
報復目的等から上記暴行の時点で共謀があった旨いう点は,原判決も適切
に説示するとおり,被告人Aによる足蹴り行為は,被告人Aが抑制目的と
は全く異なる動機・目的から行った行為であり,被告人Bにとって全く予
期し得ない行為であり,被告人両名のその後の行動を見ても,被害者にズ
ボンをはかせるために押さえ付けて抑制する意図を超えて,被害者を攻撃
する意図やその意思連絡があったことを推認させる事情がないから,理由
がない。
被告人Bの罪責について
ア検察官は,仮に,被告人両名の共謀が認められないとしても,本件では,
被告人両名の各暴行がいずれも認められる上,これらの暴行は同一の機会
に行われたもので,いずれも被害者の死因となった頸椎骨折を生じさせる
に足りる危険性を有すると認められるから,被告人Bについては,同時傷
害の特例(刑法207条)が適用され,傷害致死の罪責を負うことになる
と主張する。また,検察官は,原判決は,検察官の主張する被告人Bによ
る暴行は認められないと判示する一方で,被告人Aの罪責の検討において,
被告人Bの行為に関し,「被告人Bが被害者の身体に膝を乗せるかたちで
覆いかぶさるようにして押さえつけた際に,仮に,結果として被害者の頸
部付近に力を加えるようなことになったとしても,被告人Bによるそのよ
うな抑制行為は,看護行為として必要な限度を超える態様であるとはいえ
ず,看護目的での抑制行為として社会的相当性が認められる。」旨判示し
ているが,本件においては,被害者が暴れていたのであるから,少なくと
もズボンをはかせることを一旦中断すべきであったことが明らかであり,
被害者を床上に押さえつけてまでズボンをはかせることが看護行為として
必要であったとは到底認められないし,一連の経過を見ると,前記のとお
り,被告人Bが意識して左膝を被害者の頸部上に移したことが明らかであ
るところ,頸部は身体の枢要部であり,しかも被害者は頸部が屈折してい
たのであるから,その頸部に左膝を乗せて体重をかけるという行為が被害
者の生命に関わる極めて危険な行為であることは自明の理であり,やむを
得ず被害者を押さえ付けるとしても,応援の看護師を呼んで3名以上で押
さえ付けたり,頸部以外の身体の部位を右膝等で押さえ付けたりするなど
の対応も可能であったことは明らかであるから,被告人Bの行為は,手段,
方法においても相当であったとは認められないとする。そして,被告人B
に看護目的が存したことにも疑問があること,頸部に膝を乗せ体重をかけ
るといった危険な「抑制行為」についてまで被害者及びその家族は承諾し
ていないこと,外見上明らかに機能障害のある部位に殊更に外力を加える
行為を行うべきでないことは,健全な社会常識を有する一般人の共通理解
であることを指摘し,被告人Bの行為は看護行為には当たらず,社会的相
当性を欠くというべきであり,この点に関しても原判決の判断に論理則,
経験則違反があることは明らかであると主張する。
イそこで検討すると,まず,所論中,被告人両名による各暴行が認められ
るとする部分は,イ記載のとおり,被告人Aの暴行に加えて被告人
Bによる暴行もあったとは断定できないのであるから,その前提を欠く。
また,被害者の頸椎骨折の傷害が本件おむつ交換の時に生じたものだとし
ても,被告人Bが被害者の頸部に左膝を乗せるような暴行を加えたことは
なかった可能性があるのであるから,それは被告人Aが足蹴りしたことに
よって生じたものと考えるほかなく(この点に共謀が認められないことは
前記記載のとおりである。),被告人Bの罪責を検討するにおいては,
被告人Bによる前記暴行はなかったとして考えるべきところ,その場合,
被告人Bは単に被害者を抑制してズボンをはかせようとしていたに過ぎな
いのであり,被告人Bがズボンをはかせるのを一旦中断するという他の選
択肢を選ばなかったとしても,被告人Bは看護目的から抑制行為をしたに
過ぎないのであるから,被告人Bの行為について社会的相当性が認められ
るとした原判決の判断が不合理とはいえない。
被告人Aの罪責について
ア検察官は,原判決は,「被害者の左目付近等の打撲傷が被告人Aによる
足蹴り行為によって生じたものと認定するには合理的な疑いが残るので,
同打撲傷は,被告人Aの足蹴り行為の強さの程度を推し量る資料とはなり
得ない。」旨判示するが,被害者の左目付近等の打撲傷は,被告人Aの前
記足蹴りによって生じたものと認定できるし,被害者の頭部を踏み付ける
態様による足蹴り行為は,被害者の左目付近の打撲傷を発症させる程度に
強度なものであったから,十分に強い衝撃を与えたことが認められ,また,
骨癒合のある被害者に対し,頸椎骨折の傷害を生じさせ得る危険性のある
暴行であったことは明らかであるから,これに反する原判決の上記判断は,
明らかに論理則,経験則等に反する不合理な判断であるとする。そして,
被告人Aについては,被告人Bとの間には暴行の事前共謀が認められるか
ら,傷害致死罪の共同正犯が成立し,仮に,被告人両名の間に暴行の共謀
が認められず,被告人Aによる暴行と被告人Bによる暴行がそれぞれ単独
で行われたと認められる場合でも,被告人両名によって行われた各暴行は,
同一機会に行われたもので,いずれも被害者に頸椎骨折の傷害を生じさせ
る危険性を有するものであるから,被告人Aについても,同時傷害の特例
(刑法207条)が適用され,傷害致死罪の罪責を負うと主張する。
イそこで,検討すると,所論のうち,原判決が,被害者の左目付近等の打
撲傷について,被告人Aの足蹴り行為によって生じたものとは認定できな
いとしたのは誤りである旨いう点は,原審証拠によれば,被告人Aが本件
おむつ交換等の看護記録に被害者の左顔面の発赤について記載しているこ
とに加え,当日の準夜勤を担当した看護師が,その際に被害者の目の下に
赤い傷を見た旨証言していること,上記打撲傷が本件おむつ交換等の時以
外に生じたことをうかがわせる事情は認められないことなどからすれば,
被害者が上記打撲傷を診断されたのが本件おむつ交換等から2日後の搬送
先の病院であったとしても,上記打撲傷は,本件おむつ交換等の時に生じ
たものとみるのが自然である。しかし,上記打撲傷が本件おむつ交換等の
時に生じたとしても,被害者を抑制する際,被害者の左目付近が被告人B
の身体や床面と接触して生じた可能性も否定できないから(床面が擦れに
くいビニール製緩衝材で覆われていることは認められるが,そのことから
直ちに接触による負傷が生じ得ないとはいえず,原審証人のJ医師も,被
害者の顔の傷が床に顔をこすったことにより生じた可能性を否定していな
い。),上記打撲傷が被告人Aの足蹴り行為によって生じたものとは認定
できないとした原判決の認定に誤りはない。
もっとも,上記打撲傷の存在から,被告人Aの足蹴り行為の程度を明
らかにすることはできないとしても,その態様からすれば,被告人Aの暴
行は,被害者の頸椎に衝撃を与え,被害者の頸椎骨折を生じさせる可能性
があると認められるから(原判決も,前提とする足蹴り行為の内容は異な
るものの,その可能性は肯定している。),被告人Aの罪責を検討するに
当たっては,単独犯の成否だけではなく,同時傷害の特例(刑法207
条)の適用も検討すべきことは,所論が指摘するとおりである。しかし,
本件においては,被告人Aの罪責を検討するに当たっても,同時傷害の特
例の適用の余地のないことは,後記第3の1で判断するとおりである。
第3法令適用の誤りの主張について
1同時傷害の特例を適用する前提となる事実関係の存否等を正しく検討せ
ずに被告人Aに暴行罪が成立するにとどまるとした誤りがあるとの主張に
ついて
検察官の所論
検察官は,本件では,被害者の死因を構成する頸椎骨折の傷害が本件お
むつ交換時に発生したことに疑問の余地がなく,また,被告人Aの暴行の
ほかに,同傷害の発生の原因として検討すべきなのは,被告人Bが被害者
を押さえ付けていた行為以外にはあり得ないところ,この押さえ付け行為
が被害者の身体に対する有形力の行使たる暴行に該当することは明らかで
あるから,被告人Bの押さえ付け行為により本件傷害が発生した可能性が
ないのであれば,被告人Aに単独犯による傷害致死罪が成立し,被告人B
の押さえ付け行為が本件傷害を生じさせ得る危険性を有するのであれば,
刑法207条の同時傷害の特例により傷害致死罪が成立するはずであるか
ら,原判決が,被告人Aについて,同時傷害又は単独犯による傷害致死罪
の成立を認めなかったことには,法令適用の誤りがあると主張する。
当裁判所の判断
そこで,まず,被告人Aについて,傷害致死罪の単独犯が成立するか
検討すると,被告人Aの暴行は,前記のとおり,被害者の頸椎に衝撃を与
え,被害者の頸椎骨折を生じさせる可能性のあるものであるところ,前記
で検討したところから明らかなとおり,被告人Bの暴行行為
を積極的に認定することはできないものの,被告人Bが,被害者に対する
抑制行為を行う中で,その左膝を被害者の頸部に乗せかつ体重をかけた可
能性があること自体は否定できないのであり,被告人Bのそのような行為
が被害者の頸椎骨折を生じさせる危険性のある行為であることも否定でき
ないことを考慮すると,被告人Aの罪責を検討するにおいては,本件傷害
結果が被告人Bの行為によって生じた可能性も否定できないというべきで
ある。そうすると,被告人Bが,その左膝を被害者の頸部に乗せかつ体重
をかけた可能性を否定できない以上,被告人Aの暴行と傷害結果との間の
因果関係が立証されているとはいえないのであるから,被告人Aに傷害致
死罪の単独犯が成立するとの所論は理由がないというべきである。
次に,被告人Aに,同時傷害の特例による傷害致死罪が成立するか検
討すると,被告人Aの暴行は,前記のとおり,被害者の頸椎に衝撃を与え,
被害者の頸椎骨折を生じさせる可能性のあるものであり,また,被告人B
も被害者の頸部付近に左膝を乗せ体重をかけた可能性があり,そのような
行為は被害者の頸椎骨折を生じさせる可能性があるから,もしそれが被告
人Bの故意行為によるものであるとすれば,被害者の傷害結果が被告人A
の暴行によって生じたと特定できないとしても,被告人Aについては,同
時傷害の特例により傷害致死罪が成立する可能性がある。しかし,仮に,
被告人Bによる上記行為があったとしても,前記の検討から
も明らかなように,被告人Bが,どの時点で,どの程度の時間,その左膝
を被害者の頸部に乗せ体重をかけたのかは明らかではなく,それが所論の
いう2.402秒間のような継続したものではなく,より短時間であった
可能性もあることを考慮すると,被告人Bが抑制行為を行うなかで,意図
せずに,過失により,自身の左膝を被害者の頸部付近に乗せ,体重をかけ
る体勢になり,その結果被害者の頸椎骨折が生じたという可能性も否定で
きない。確かに,被害者に頸椎骨折を生じさせるためには,軽く押す程度
ではなくより強い力が必要であることは,原審K証人が証言するところで
あるが,当時の被告人Bの体勢からは,過失行為によっても一定の力が加
わることはあり得るといえるし,少なくともこれを否定する理由はない
(なお,被告人Bによる抑制行為そのものが,看護行為として社会的相当
性を有するものであることは,原判決が適切に説示するとおりであり,ま
た,原判決が,被告人Bが被害者の身体に膝を乗せるかたちで覆いかぶさ
るようにして押さえつけた際に,「仮に,結果として被害者の頸部付近に
力を加えるようになったとしても」看護目的での抑制行為として社会的相
当性が認められる旨説示するのも,被告人Bが抑制行為のなかで,過失で
そのような体勢になった場合をいうものと解される。)。そうすると,被
告人Bによる行為は,同時傷害の特例の適用の前提となる暴行とはいえな
い可能性を否定できないから,被告人Aについて同時傷害の特例による傷
害致死罪が成立するとの所論は理由がない。
以上によれば,被告人Aの罪責を判断するに当たり,被告人Bの行為
により被害者の頸椎骨折が生じた可能性を指摘しつつ,被告人Aの単独犯
又は同時傷害の特例の適用による傷害致死罪の成立を認めなかった原判決
の判断に,法令適用の誤りはなく,論旨は理由がない。
2被告人Aについて免訴を言い渡すべきであったとの主張について
検察官及び被告人Aの弁護人は,原判決は,被告人Aにつき暴行の事実
を認定して被告人Aを罰金30万円に処しているが,暴行罪の法定刑は2
年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料であるか
ら(刑法208条),犯罪行為の終わった時から3年の期間が経過するこ
とによりその公訴時効が完成するところ(刑事訴訟法250条2項6号),
本件につき被告人Aの公訴の提起があったのは,被告人Aの本件犯行から
約3年7か月が経過した平成27年7月28日であり,原審裁判所が被告
人Aにつき認定した暴行罪については,公訴提起時において,既に公訴時
効が完成していたことが明らかであるから,免訴の判決を言い渡すべきで
あった(刑事訴訟法337条)のに,原審裁判所が,被告人Aに対し,暴
行罪の成立を認めて有罪の判決を言い渡したことは,法令の適用を誤った
ものであり,これが判決に影響を及ぼすことが明らかであると主張する。
そこで,検討すると,被告人Aについては暴行罪の成立が認められる
にとどまるから,公訴時効が完成しており,有罪の判決を言い渡すことが
できないことは所論が指摘するとおりである。したがって,原判決が,被
告人Aについて刑法208条を適用し,有罪の言渡しをしたのは,法令の
適用に誤りがあり,その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであり,
原判決はこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。
第4結論及び被告人Aに関する破棄自判
以上のとおり,被告人Aに関する検察官及び被告人Aの弁護人の各事
実誤認の論旨,被告人Bに関する検察官の事実誤認の論旨,被告人Aに関
し傷害致死罪の成立を認めなかったことに対する検察官の法令適用の誤り
の論旨はいずれも理由がなく,被告人Aに関し免訴を言い渡さなかったこ
とに対する検察官及び被告人Aの弁護人の法令適用の誤りをいう各論旨は,
その限度で理由がある。
よって,原判決中被告人Aに関する部分については,刑事訴訟法39
7条1項,380条により,これを破棄し,同法400条ただし書により
更に判決することとし,同法404条,337条4号を適用して,被告人
Aを免訴することとし,被告人Bに関する部分については,同法396条
により,検察官の本件控訴を棄却して,主文のとおり判決する。
(検察官鎌田隆志出席)
平成30年11月21日
東京高等裁判所第11刑事部
裁判長裁判官栃木力
裁判官佐々木直人
裁判官小泉満理子

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