弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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           主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役11年に処する。
原審における未決勾留日数中500日をその刑に算入する。
押収してある刺身包丁1丁(原庁平成11年押第48号の1)を没収する。
     理由
本件控訴の趣意は,弁護人谷水央提出の控訴趣意書に記載されたとおりであり,
これに対する答弁は,検察官總山哲提出の答弁書に記載されたとおりであるから,
これらを引用する。
1論旨は要するに,被告人は,本件犯行当時うつ病により心神耗弱の状態にあっ
たにもかかわらず,原判決は,被告人はそのような状態になかったとして完全責任
能力を認めており,原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認が
ある,というのである。
 そこで,原審記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する
に,本件殺人の経緯,動機・態様は原判示のとおりであり,被告人は,勤務先製麺
会社での作業中,腰を痛め,整形外科では,第三腰椎変性辷症,腰椎間板ヘルニ
ア,右根性座骨神経痛として,整骨院では,腰部捻挫,右膝関節捻挫として,治療
を受け痛みは軽減してはいたが,自らの健康に対する自信を失い,腰痛の再発やそ
れによる失職の可能性など将来の生活に対する不安を募らせ,結局原判示のとお
り,妻及び長男,長女の3名を殺害したものである。
 原判決は,被告人は,本件犯行当時にうつ病を発病していたと認定しながら,①
うつ病としては初期の段階で,それほど重篤な状態にはなかったこと,②本件犯行
に際し,犯行に対する罪の意識やその原因が自らの意志の弱さにあることを十分自
覚し,犯行に対するためらいから,何度も実行を躊躇していること,③犯行前後の
行動は,勤務先や長女の通学する高校へ欠勤・欠席の電話をしたり,遺族らにあて
て数通の遺書をしたためるなど,行動は冷静かつ合理的であって,当時の状況やそ
れに基づく判断,感情の流れ,行動の選択及びこれに対するその後の記憶にも大き
な混乱は見られないこと,④被告人が,腰痛を再発し長期間欠勤を余儀なくされた
挙げくに職を失い,再就職もできずに生活が困難になるのではないかとの不安を抱
いていたことに相応の根拠があること,⑤被告人が将来を悲観的にとらえるように
なったのは,被告人の平素の人格,思考によるところも大きいと判断されることな
どを理由に,被告人に完全責任能力を肯定している。
 確かに,被告人は,当時,うつ病による影響もあり,健康に対する自信を失い,
腰痛の再発やそれによる失職の可能性など将来の生活に対する不安を募らせ,しか
も生来の生真面目な性格・思考も影響して,将来を悲観する余り,本件殺害に及ん
だもので,その心理経過自体は一応理解できないわけではない。しかしながら,被
告人の腰痛は不安を残しながらもかなり軽快しており,また,被告人は自宅のほか
多少の蓄えも有していたこと,長男は既に独立し就職していたこと等,これといっ
て差し迫った生活の不安があるわけではなく,そのような状況下で,愛情を持ち慈
しんでいた妻子3人を殺害し,自殺しようとしたわけで,被告人の事実認識と動機
形成との間には,著しい飛躍があるといわざるをえない。とりわけ,被告人はこれ
まで前科前歴はなく,平穏に生活を送ってきており,通常の規範意識は有していた
ものと考えられるから,なおさらである。本件は,鑑定人A作成の鑑定書(以下
「A鑑定書」という。)及び同人の原審公判における証言が指摘するように,被告
人が,うつ病を発病し,その影響から,腰痛を契機に,訂正困難な,「再発す
る」,「もう治らない」という心気妄想や,「仕事ができない」,「リストラされ
る」,「もう生活がやっていけない」,「このままでは一家が生活に困る」などと
いう微少・貧行妄想を強く抱き,希死念慮にとらわれて,「拡大自殺」を企てたも
のと解される。
 原判決が示す上記①の点についてであるが,うつ病は,うつ状態が重篤な場合は
かえって抑制が強く,実際に自殺を実行することはむしろ少なく,うつ病が軽症例
や回復期の方が自殺の実行が多いとされており,被告人のうつ病が初期の段階で重
篤な状態になかったからといって,うつ病による妄想から自殺念慮(拡大自殺)に
とらわれていたことを否定する理由とはならない。②,③の点についても,被告人
が妄想にとらわれ自殺念慮を抱いた以外の事項に関しては正常な行動や認識があっ
ても不自然ではなく,3人もの殺害の実行をちゅうちょした点も,責任能力が完全
に喪失した状態とはいえないにしても,前記妄想に基づく絶望感による犯行であ
り,冷静かつ正確に事態を認識する能力が低下していたと考える妨げとなるもので
はない。④,⑤の点についても,被告人が抱いた不安にある程度の根拠があるとは
いえるが,その不安は通常の程度を超え,拡大自殺を念慮する妄想の域にまで達し
ている点で飛躍があり,合理的に理解することはできない。また,被告人は,その
生甲斐ともいうべき最愛の家族3人を突如殺害したものであるが,被告人の執着性
性格・日常の行動の思考の流れからはとうてい説明がつかず,被告人自身もこのこ
とを当審で強く訴えているのであって,鑑定人が説明するように,右の犯行は突発
的であり,動機にしても通常納得できるものではなく,異常性が強く,前述の妄想
に強く引きずられて行ったものと思われる。動機形成が平素の性格や思考の現れと
するには無理があると考える所以である。
そうすると,被告人は,本件犯行当時,うつ病の影響から,訂正困難な妄想を強
く抱き,希死念慮にとらわれており,是非善悪を弁識する能力及びその弁識に従っ
て行動する能力は著しく減退した状況にあったというべきである。同鑑定書が,鑑
定主文において「被告人は犯行時,是非善悪を弁識する能力は完全に喪失していな
かったが,弁識する能力及びその弁識に基づいて行為する能力は中等度に低下して
いたものと判断される。」とするのは,その趣旨に解される。 
 以上によれば,被告人は本件犯行当時心神耗弱の状態にあったものと認められる
から,完全責任能力を認めた原判決は,事実を誤認したものといわなければなら
ず,それが判決に影響を及ぼすことは明らかであり,論旨は理由がある。その余の
論旨(量刑不当の主張)について判断するまでもなく,原判決は破棄を免れない。
2 破棄自判
 そこで,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条た
だし書によりさらに次のとおり判決する。
 罪となるべき事実及び証拠の標目は原判決記載のとおりであるが,次の点を付加
する。
被告人は判示第1ないし第3の犯行当時うつ病を発病し,そのため心神耗弱の状態
にあったものである。このことは,A鑑定書及び同人の原審公判における証言その
他原審取調べの各証拠により認めることができる。
(法令の適用)
 被告人の判示各所為はいずれも刑法199条に該当するところ,所定刑中いずれ
も有期懲役刑を選択し,これらは心神耗弱者の行為であるから,同法39条2項,
68条3号により法律上の減軽をし,以上は同法45条前段の併合罪であるから,
同法47条本文,10条により犯情の最も重い判示第3の罪の刑に法定の加重をし
た刑期の範囲内で,後記情状を考慮し,被告人を懲役11年に処し,同法21条を
適用して原審における未決勾留日数中500日をその刑に算入することとし,押収
してある刺身包丁1丁(原庁平成11年押第48号の1)は,判示第1ないし第3
の殺人の用に供した物で被告人以外の者の所有に属しないから,同法19条1項2
号,2項本文を適用してこれを没収し,刑訴法181条1項ただし書を適用して原
審及び当審における訴訟費用は被告人に負担させないこととする。
(量刑事情)
 本件は,前述のとおり,腰痛を患っていた被告人が,うつ病の発病もあって,自
己の健康に対する自信を失い,症状の再発やそれによる失職の可能性など将来の生
活に対する不安を募らせ,将来を悲観する余り,妻子3人を道連れに心中を図り,
妻子らを殺害したという事案である。本件犯行の罪質,動機・態様,結果等は,原
判決が説示するとおりであり,とりわけ,被告人は犯行当時,心神耗弱の状態にあ
ったもので,犯行に至る経緯には同情すべき点があるが,犯行態様は就寝中の被害
者らを一突にしたもので,あまりにむごたらしいと評するのほかはない。突如,夫
であり,父である被告人から刺身包丁で胸部を突き刺され殺害された被害者らの,
驚愕・無念は測り知れず,結果はまことにいたましく,重大である。被害者らの遺
族の処罰感情が強いのも当然である。
 しかしながら,被告人は,上記のとおり精神疾患により正常な判断が著しく困難
であったこと,犯行後何度も自殺を図りながら死にきれなかったこと,犯行を後悔
して自首していること,被害者らの冥福を祈る生活を続けていること,前科前歴は
ないこと,平素は真面目に稼働していたこと等,被告人のために酌みうる事情も認
められるので,これらを総合考慮し,主文の刑を量定した次第である。
 よって,主文のとおり判決する。    
平成13年12月20日
     福岡高等裁判所第一刑事部
         裁判長裁判官  八 束 和 廣
            裁判官  坂 主   勉
            裁判官  鈴 木 浩 美

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