弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

       主   文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告Aに対し金三二万九四九一円、同Bに対し金二二万〇五六四円、
同C三に対し金二二万九〇九五円、同Dに対し金二二万〇六三三円、同Eに対し金
八万四二一七円、同Fに対し金八万〇三一五円、同Gに対し金二三万〇〇二七円、
同Hに対し金二〇万三九八七円、同Iに対し金一四万三五二七円、同Jに対し金五
万八六四七円、同Kに対し金一一万五五五四円、同Lに対し金一八万三八一一円、
同Mに対し金一八万三一三七円、同Nに対し金一四万一五四七円、同Oに対し金六
万四九六八円、同Pに対し金一六万三三四六円及びこれらに対する昭和六〇年九月
五日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者関係
 被告は、いわゆるタクシー業を営む有限会社であり、原告らはいずれも別表記載
の年月よりも前から、被告会社の従業員として、タクシー運転の業務に従事して来
たものである。
2 原告らの賃金
(一) 原告らの勤務は一か月二〇勤務(一勤務一三時間拘束、一〇時間実労働)
で、その賃金は基本給と月算歩合給との二本立になつており、月算歩合給は、小型
車については月間営業収入(水揚高)が三〇万円を超えた額の、中型車については
月間営業収入が三一万円を超えた額の各四五パーセントを支払う定めになっている
(以下、右の三〇万円及び三一万円を「足切額」という。)。
(二) 原告らの年次有給休暇(以下「年休」という。)の手当は、労働基準法三
九条(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの。以下、同条につき同じ。)所
定の協定により、原則として一日につき健康保険法三条所定の標準報酬日額(以下
「標準報酬日額」という。)に相当する額とし、もしその額が基本給日額を下回る
ときは基本給日額とする、と定められている。
3 月算歩合給制度の公序良俗違反
(一) 健康保険法三条によれば、毎年八月一日現在使用されている事業所又は事
務所において同日前三か月間に受けた報酬の総額をその期間の月数で除した額を標
準報酬月額とし、これをほぼ三〇で除した額が標準報酬日額とされているが、この
額は原告らの基本給日額にほぼ等しい。
(二) 被告のタクシー乗務員の一勤務当たりの平均水揚高は二万円以上であるか
ら、少なくとも一五勤務によって足切額に達するので、残る五勤務の水揚高がすべ
て歩合給の基準額となり、その四五パーセントが支給される。したがつて、原告ら
は、月二〇勤務のうち一五勤務までは基本給にのみ甘んじなければならないが、残
る五勤務の労働に対しては、その水揚高の四五パーセントが歩合給として基本給に
加えて支給される。これが前記の月算歩合給制の実態である。
(三) ところが、原告らは、年休を取った日には、標準報酬日額又は基本給日額
に相当する手当は支給されるものの、前記の月算歩合給制があるために、その日に
稼働すれば得られたはずである予想水揚高の四五パーセントの歩合給を必然的に失
い、年休を取るたびに賃金が減少することとなる。これを、原告Dの昭和六〇年一
月分の賃金に例をとると、次のとおりである。すなわち、(1)年休を二日取り、
一九勤務で得た水揚高は、四五万八三七〇円である、(2)年休を取らなかった場
合に得たはずである予想水揚高は、(1)の額を一九で除した額に二を乗じた四万
八二五〇円と(1)の額との合計五〇万六六二〇円である。(3)水揚高を(1)
の額としたときの賃金は、基本給日額七二五〇円の一九日分一三万七七五〇円、足
切額を超える一五万八三七〇円に対する四五パーセントの歩合給七万一二六七円及
び年休二日分の手当一万四五〇〇円(一日七二五〇円)の合計二二万三五一七円で
ある、(4)水揚高を(2)の額としたときの賃金は、基本給日額七二五〇円の二
一日分一五万二二五〇円及び足切額を超える二〇万六六二〇円に対する四五パーセ
ントの歩合給九万二九七九円の合計二四万五二二九円である、(5)したがって、
原告Dは(3)の合計額と(4)のそれとの差額二万一七一二円の賃金を失うこと
になる。
(四) このように、年休取得は賃金の減少を結果するため、原告らは年休取得を
抑制され、やむなく年休を取つたときはその翌日長時間労働など著しい労働強化を
強いられているが、これは被告が賃金制度として前記の月算歩合給制を採用してい
ることによるものであり、かかる賃金制度は、原告らの生存権を侵害し、人間とし
ての尊厳性を蹂躙するものであつて、次のいずれかの是正方法がとられない限り公
序良俗に反し無効である。
(1) 月算歩合給の足切額を年休取得日数に応じて減額する。
(2) 一勤務当たりの平均水揚高を、当該賃金期間中の年休取得日数に応じて現
実の水揚高に加算し、その合計額のうち足切額を超える部分の四五パーセントを月
算歩合給として支払う(以下、この方法を「仮想営収方式」という。)。
4 賃金(差額)請求権
 被告は、前記の月算歩合給制を採用しながら、右の是正方法をとらないため、そ
の賃金制度は無効であるが、かかる無効部分を有する雇用契約は、条理等によって
補充されるべきところ、被告の月算歩合給制を仮想営収方式で是正したものが賃金
制度として最も合理的なものであるから、原告らは、そのように是正された賃金制
度に基づき算出される賃金と是正前の賃金制度に基づき現実に支払われた賃金との
差額を請求する権利を有する。
 原告らに対し現実に支払われた昭和五八年八月分から同六〇年三月分までの賃金
額、これを仮想営収方式で是正して算出した賃金額、両者の差額、年休保障日額
(年金手当)等は、それぞれ別表に記載のとおりである。よつて、原告らは、被告
に対し、条理等によつて補充された雇用契約に基づき、それぞれ別表記載の差額の
合計金及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年九月五日から支払ず
みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の各事実はいずれも認める。
3 同3のうち、標準報酬日額の定めの内容については認め、その余は争う。
4 同4のうち、別表記載の原告らの基本給日額、勤務日数、年休保障日額、年休
取得日数、月間水揚高、足切額、現実支給賃金はいずれも認める。その余の主張は
争う。
第三 証拠(省略)
       理   由
一 請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、請求原因3について検討する。
1 原告らの標準報酬日額と基本給日額とがほぼ等しく、その具体的な額が別表記
載のとおりであることは、当事者間に争いがなく、この事実と前記の月算歩合給制
及び算数に徴すると、原告らが年休を取zた場合には、これを取らずに稼働した場
合に比し、賃金がある程度減少することは明らかである。しかし、労働基準法三九
条の定める年休制度は、同法三五条の休日のほかに有給の休暇を与えて余暇を確保
し、労働力の再生産を図るとともに、労働者に社会的、文化的生活を保障すること
を目的とし、これを達成するため、労働をしないにもかかわらず、平均賃金、通常
の賃金、標準報酬日額に相当する金額のいずれかを支払うこととするものである
が、その平均賃金等のいずれによるにせよ、休暇を取らずに稼働したならば得られ
たであろう賃金の全額が確保されることにはならない(標準報酬日額は、毎年一定
時期の賃金を一定期間適用するというもので、勤務したならば得られたであろう賃
金とは一致せず、それより低額であり、平均賃金及び通常の賃金も同様である。)
から、同法三九条の年休手当の定めは、賃金の全額を保障するものではなく、かえ
つて、それを下回ることを予想、是認しているといわざるを得ないので、年休を取
つたことにより賃金がある程度減少することは、年休制度に内在する制約として甘
受せざるを得ないものである。
2 もつとも、労働条件に関する不利益な取扱いが、年休の取得を事実上抑制する
ものであるときは、その内容と程度いかんにより、その取扱いは、年休制度の趣旨
に反し、ひいては民法九〇条に該当することがあると考えられるが、本件の場合、
原告らの賃金は、もともと労使間において基本給と月算歩合給の二本立とする旨合
意しているものであつて、そういう賃金体系自体につき、原告らが年休を取ったこ
とを理由に被告が賃金をカツトするなど不利益な取扱いをしているわけではない。
そして、証人Qの証言及び同証言により真正に成立したものと認められる乙第一八
号証によれば、原告らの組織する労働組合の組合員の年休消化率は、昭和五八年度
が七五・〇パーセント、同五九年度が八〇・九パーセント、同六〇年度が七六・四
パーセントとなつており、かなり高い値を示していることが認められ、また、原告
D本人尋問の結果によれば、被告側から、代替要員の都合上年休を取得する者を一
日に三人以内にしてほしい旨要請されているため、原告らの年休取得が事実上ある
程度の制約を受けていることは窺われるものの、それ以上に、歩合給を失うから年
休を差し控えているというような深刻な状況は窺えない。これらをみると、これま
で原告らの年休取得が現実に強く抑圧されて来たとはいいがたいところであり、ま
た、年休を取った翌日に原告らが著しい労働強化にさらされていたとする事実を認
めるに足る証拠はなく、原告らの生存権や人間としての尊厳が侵害されたという事
情を窺わせる証拠もない。
3 原告らは、原告Dの場合を例にとり、原告らの年休取得が抑制されている旨主
張するので、この点を考察すると、原告D本人尋問の結果及びこれにより真正に成
立したと認められる甲第三号証、その成立及び原本の存在、成立いずれも争いがな
い乙第一ないし第三号証によれば、原告Dが、ある年度の一月二一日から二月一九
日までの間年休を取らずに二〇勤務すべて稼働したときの賃金は、一九万七四三〇
円であつたこと、この期間に年休を五日取得したと仮定した場合、
 基本給(7,250×15)+時間外手当(26,518)+年休手当(7,2
50×5)=171,518
で、当該月の賃金は一七万一五一八円となり、右一九万七四三〇円との差は二万五
九一二円であり、一時金まで考慮に入れると、
 一時金で年休として考慮される額(1,600×5)-現実の反映額(営業収入
104,910×8%)=393(円以下切り上げ)で、右の二万五九一二円との
合計二万六三〇五円が、原告Dにおいて右期間に年休を五日取ったとすれば賃金が
少なくなる額であること、したがつて、この割合からすれば年休一日当たり五二六
一円の減少という数字が出ることが認められる。右の例によれば、一か月に五日年
休を取得しても、一七万一五一八円はその月分の賃金として確保されており、これ
は、一般的にみて、その額が低すぎるため年休を取らずに稼働しなければ生活でき
ないような金額ではなく、また、年休を取得したか否かの差額が一日につき五二六
一円であつて、それが著しい値を示し、労働者側において年休を放棄しなければ損
失を被るとの感を強く受ける程のものということもできない。
4 以上を総合すれば、本件の月算歩合給制が、原告らの年休取得を抑制し労働基
準法三九条の趣旨に反するとまではいえないので、この点に関する原告の主張は採
用できない。
三 以上のとおりであつて、月算歩合給制を採用する被告会社の賃金制度が無効で
あるとはいえず、本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であるか
らこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項
本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 山脇正道 前田博之 政岡克俊)
<07841-001>
<07841-002>
<07841-003>
<07841-004>
<07841-005>
<07841-006>
<07841-007>
<07841-008>
<07841-009>
<07841-010>

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛