弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を取り消す。
     被控訴人の請求を棄却する。
     訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
 当事者双方の事実上および法律上の主張は、左記のほかは原判決の事実摘示と同
一であるから、これを引用する。
 被控訴代理人は次のとおり述べた。
 一、 請求原因一のうち「原告は同出張所受付昭和三二年八月二六日第四一三号
抵当権設定契約による」とある部分(原判決二枚目表末行から同裏一行目の間)
は、「原告は同出張所受付昭和三二年八月二六日第四一三号をもつて登記された昭
和三二年八月二三日付抵当権設定契約による」の誤記であるから、そのように訂正
する。同じく請求原因二のうち「訴外近富水産に対する債務を完済し」たのはAで
あり、「白紙委任状の交付を受けたことを知るや」というのは、Aが近富水産から
白紙委任状の交付を受けたことをBが知つたとの趣旨である。
 二、 本件抵当権の控訴人への譲渡登記のなされる直前において、近富水産の債
権三〇〇万円のうち、その大部分が弁済されて僅かにその一割にも充たぬ二〇万円
程(その真実は僅々五万五〇〇〇円)しか存在していなかつたのであるが、控訴人
はこのことを察知していながら、本件抵当権につき全然弁済のないものとして三〇
〇万円全額のままの譲渡につきAまたは譲受前の抵当権者へも何らの間合せをなさ
ず、更に控訴人自身がその譲受けにつき譲渡人と直接交渉をすらせず、Bやその使
用人Cの言を聞いたのみで右抵当権全額の譲受登記を受けたものであり、このこと
自体が、かりに故意はなかつたとしても重大な過失であるといわなければならな
い。そして前訴においては近富水産の代表取締役Dの証人喚問に立会もせず、漫然
被控訴人の主張を争つたものである。
 控訴代理人は次のとおり述べた。
 一、 被控訴人主張の請求原因のうち一の事実は、右に訂正された部分を含め、
すべてこれを認める。
 二、 (損害額について)の控訴人の主張(一)(原告の主張する損害額は、当
時の日本弁護士連合会制定の報酬等規準に照らし高きにすぎて相当ではない。)お
よび同(二)(旅費のうち金一〇、九八〇円は訴訟費用として被告において任意に
弁済している。)は、いずれも撤回する。
 三、 近富水産は本件抵当権を控訴人に譲渡することを承諾し、本件抵当権につ
き控訴人への移転登記手続をなすべき旨の委任事項を明記した委任状をAに交付し
たものであり、控訴人のa支店長Fが右委任状を用いてなした本件抵当権の移転登
記手続は何ら違法なものではない。しかして控訴人は近富水産から本件抵当権の譲
渡を受けたうえ、Bに対し金六〇〇万円を融資したものであり、先順位の本件抵当
権の譲渡が無効であるならば、うち金三〇〇万円については回収不能となることが
明白である。被控訴人からの本件抵当権抹消登記手続請求の訴が提起された当時、
控訴人の右債権は存在していたし、かつ弁済ずみの抵当権の譲渡も有効であるとす
る学説(E、担保物権法二八三頁)もあること、その他さきに主張した諸般の事情
のもとにおいて、中小企業等協同組合法に準拠して信用業務を目的として成立され
た控訴人としては、判決によつてその判断を受けることが相当であると考えて応訴
したものである。
 四、 憲法第三二条により、裁判を受ける権利は何人にも保障されている。すな
わち、私権の行使にあたり、相互に法律上の解釈について争いが起り、かつその前
提たる事実の確定に紛争が生じた場合、裁判所に出訴し、或は相手方からの訴訟に
応訴することは国民の基本的権利である。本件の控訴人側に存する上述の応訴の動
機および態様からして、その応訴は何ら不当抗争ではなく、正当な権利の行使であ
る。
 (証拠関係)
 被控訴代理人は甲第一号証、同第二号証の一、二、同第三ないし同第六号証、同
第七号証の一、二を提出し、原審証人Gの証言を援用し、乙第一号証、第四ないし
第六号証の各成立は認める同第八、九号証の各一のうち北海道警察本部作成の符箋
部分、同第一〇号証の一のうち法務局作成部分の各成立は認めるが、その余の部分
およびその余の乙号各証の成立は不知、と述べた。
 控訴代理人は乙第一ないし第七号証、同第八号証の一、二、同第九号証の一ない
し五、同第一〇号証の一、二を提出し、原審証人B、原審ならびに当審証人F、当
審証人H、Cの各証言を援用し、甲第四ないし第六号証の成立はいずれも不知、そ
の余の甲号各証の成立を認める、と述べた。
         理    由
 一、 北海道古平郡b町大字c町d番地およびe番地所在、家屋番号同町第f番
のg、木造亜鉛鍍金鋼板葺平屋建工場建坪一三二坪、附属木造亜鉛鍍金鋼板葺平家
建準備室建坪六四坪、木造亜鉛鍍金鋼板葺平家建事務室建坪二八坪二合五勺の家屋
(本件家屋)がもと訴外Aの所有であつたこと、右家屋につき訴外東京近富水産株
式会社(近富水産)が昭和三〇年一一月三〇日札幌法務局古平出張所受付第三五〇
号をもつて登記された、原因昭和三〇年一一月二〇日付金銭消費貸借についての同
日付抵当権設定契約、債権額金三〇〇万円、弁済期昭和三一年五月三〇日なる抵当
権(本件抵当権)を有し、同じく被控訴人が同出張所受付昭和三二年八月二六日第
四一三号をもつて登記された昭和三二年八月二三日付抵当権設定契約による、債権
額金一八〇万円、弁済期昭和三三年一月二五日、利息日歩四銭、利息支払期毎月末
日、遅延損害金日歩八銭なる抵当権(被控訴人の抵当権)を有していたこと、昭和
三五年四月頃本件抵当権につき近富水産から控訴人へ移転の登記がなされたこと、
被控訴人は控訴人を被告として本件抵当権の抹消登記手続を求める訴を札幌地方裁
判所小樽支部に提起し(同裁判所昭和三五年(ワ)第二二五号事件)、昭和三七年
五月二九日被控訴人の請求を認容する旨の判決がなされ、該判決は一審かぎりで確
定したこと、はいずれも当事者間に争いがない。
 しかして被控訴人が前記訴訟につき弁護士佳山良三を訴訟代理人に委任して訴訟
を追行させたことは控訴人の明らかに争わないところであり、原審証人Gの証言お
よびこれにより成立の真正を認め得る甲第四ないし第六号証ならびに本件口頭弁論
の全趣旨を総合すると、被控訴人は同弁護士に対し訴訟費用見積額ならびに手数料
(いわゆる着手金)金一〇万円、東京地裁での証人尋問のための出張費用金五万円
を支払つたほか報酬金二八万円を請求され、その一部を支払い残額は支払猶予を受
けていることをそれぞれ認めることができる。
 二、 被控訴人は、控訴人は故意又は過失により本件抵当権について不実の登記
をなし、被控訴人が右登記の抹消登記手続を求めるため弁護士に依頼して訴を提起
したところ、控訴人は右訴訟においてあくまでも抗争し、被控訴人に対し、前記弁
護士に対し支払い又は支払うべき手数料その他の費用ならびに報酬額相当の損害を
被らしめたものであると主張するので判断する。
 民事訴訟は私人間の法律的紛争を裁判所の判決によつて公権的に確定し、その解
決調整を図るものであり、その法律的紛争は法律の解釈またはその前提たる事実の
確定についての争いであつて、このような紛争が生ずるのは、現在の複雑な生活関
係や法律制度のもとにおいて通常人の常識的判断のみによつては解決し得ない場合
が多いからである。裁判所に出訴する権利は憲法上保障された国民の基本的権利で
あるし、被告として応訴することについてもその関係は同一である。
 しかしながら、訴訟は誠実に行なわなければならないものであり、みずからの不
法の行為によつて相手方に訴の提起を余儀なくさせ又は通常人として当該事件を事
実面および法律面から調査し、その応訴が理由のないことを知り得べきであるの
に、その注意義務を尽さず、事を構えてあくまでも抗争する等起訴の誘発ないしは
応訴行為自体が公の秩序善良の風俗に反するような場合は民法上の不法行為を構成
し、これによつて相手方が出費を余儀なくされた弁護士に対する手数料、その他の
費用および報酬額の賠償をしなければならないものというべきである。
 三、 そこで本件の事実関係について検討するに、前記冒頭に認定した事実に、
成立に争いのない甲第一号証、同第二号証の一、二、同第三号証、乙第四号証、当
審証人Cの証言によりCが近富水産に委任者としての押印を貰うため作成した委任
状と題する書面であることが認められる乙第八号証の一、二(同号証の一の符箋部
分の成立は争いがない。)、同証言により成立の真正を認め得る乙第一〇号証の
一、二(同号証の一の法務局作成部分の成立は争いがない。)、当審証人Hの証言
により成立の真正を認め得る乙第三号証、原審証人G、B、原審ならびに当審証人
F、当審証人H、Cの各証言(甲第二号証の二、第三号証の各供述記載ならびに原
審証人Gの証言については後記採用しない部分を除く。)および本件口頭弁論の全
趣旨を総合すると次の各事実を認めることができる。
 (一) 本件家屋は亡Iの所有であり、Iが昭和三四年に死亡し、同人の子Aが
相続によりその所有権を取得したものであるところ、亡Iはその存命中の昭和三〇
年頃近富水産に対して負担する金三〇〇万円の債務を担保するため順位一番の本件
抵当権を設定し、ついで昭和三二年に、被控訴人に対して負担する債務を担保する
ため順位二番の「被控訴人の抵当権」を認定したところ、近富水産に対する債務は
逐次返済され、昭和三五年四月当時その残額は金五万五〇〇〇円位となつていた。
 (二) 訴外Bは冷凍機械の製造販売を営む株式会社旭堂の代表取締役であり、
昭和三三年以来控訴人組合のa支店から金融を受けていたが、その業績は芳しくな
かつたので、昭和三四年頃から同支店長Fに対し更に融資方を申し入れていたとこ
ろ、Fは担保物件があれば貸出しも可能である旨の回答をした。そこでBは適当な
担保物件を入手すべく、昭和三五年初め頃、自己の旧友であるA所有の本件家屋
(Bの営業と同様の冷凍機械製造の工場施設であるが、当時すでに休業中であつた
し、BとしてはAに設備資金として貸しつけた四、五〇万円位の焦げつき債権があ
つた。)を買い受ける交渉を進める一方、右家屋の登記簿謄本を前記a支店に持参
して右物件を担保とする金六〇〇万円の融資を申し入れた。
 (三) 同支店長Fは本件家屋に本件抵当権と「被控訴人の抵当権」が付着して
いるから、この両抵当権を消滅させ控訴人のため順位一番の抵当権を確保すること
ができるなら融資しでもよい旨答えた。これに対しBは順位一番の本件抵当権は債
務残額が僅かであるから直ちに消滅せしめ得るし、融資を受けられるならその資金
によつて本件家屋を冷凍工場として稼働させて収益をあげ、順位二番の被控訴人の
抵当権をも消滅せしめ得るといい、FとしてもBに対する従前の貸付金と回収に苦
慮していたところから、Bの申出に乗気となり、近富水産に残債務を弁済して債権
とともに抵当権の譲渡を受ければ順位一番の抵当権を確保することができうるうえ
に、Bに対し追加貸付をすることにより順位二番の被控訴人の抵当権をも消滅さ
せ、控訴人の貸付金の回収を容易ならしめ得るであろうと考え、貸付の内諾を与え
た。
 (四) そこでBは急拠Aと本件家屋売買の契約を締結し、昭和三五年三月二九
日本件家屋につき所有権移転登記を受けるとともに、Aに対し東京都に急行して近
富水産(東京都所在)にAの債務残額を弁済し、本件抵当権の移転登記手続に必要
な委任状等の書類を貰つてくるように頼み、株式会社旭堂の従業員で経理担当のC
を同行させることとした。かくてBは取敢えず前記Fから交付を受けた金二〇万円
位を近富水産に対する債務弁済のための資金としてAに預託し、Cは近富水産から
受領すべき委任状として本件抵当権設定登記の抹消登記手続を委任する旨記載した
書面と、本件抵当権を債権とともに控訴人に譲渡したことによる抵当権移転の附記
登記手続を委任する旨記載した書面とをあらかじめ作成して携行し、同年四月四日
両名ともに近富水産に赴き代表取締役Dに面接してAから近富水産に対する残債務
全額金五万五〇〇〇円を弁済した。その際AはDに対し事の次第を説明し、本件抵
当権を債権とともに控訴人に譲渡し、本件抵当権につき控訴人への移転登記手続を
するについての承諾を求め、Cの携行した委任状と題する書面のうち本件抵当権の
移転登記手続に関する委任文言を記載した分に近富水産代表取締役Dの押印を求め
たところ、Dは委細を承知して右書面に押印をし、近富水産の商業登記簿抄本およ
び印鑑証明書とともにAに交付した。
 (五) かくてBは近富水産の前記委任状を控訴人のa支店長Fのもとに持参
し、近富水産からこのとおりの承諾を得たし、被控訴人の抵当権については金八〇
万円程度の支払いで消滅させることができる旨を述べて融資方を要請したので、F
はこれを信して右委任状等により同年四月八日本件抵当権につき控訴人に移転の登
記手続をするとともに、Bに対し金六〇〇万円の貸付をし、右貸付金のうちから旧
債務の弁済をさせ、結局金二五〇万円程度がBの手に残ることとなつた。なおその
ころ控訴人は本件家屋につき別個に順位第三番、債権額一〇〇〇万円の抵当権設定
登記を受け、また一方Bは被控訴人に対し債権を五、六〇万円程度に減額してくれ
れば直ちに支払うから抵当権の抹消登記をしてくれるようにと申入れたが、被控訴
人の容れるところとならず、結局被控訴人の抵当権は抹消されないままとなつた。
 (六) 被控訴人は同年秋頃に至り本件抵当権が近富水産から控訴人へ移転登記
された事実を知り、かつ本件抵当権の被担保債権は全額弁済されている事実を確知
したので、佳山弁護士に事件の処理を委任した。そして同弁護士は委任の趣旨にも
とづき同年九月二八日付内容証明郵便をもつて控訴人に対し、控訴人のためになさ
れた本件抵当権の移転登記は近富水産から交付された右抵当権の抹消登記手続のた
めの白紙委任状を冒用してなされたもので被控訴人の抵当権を侵害する不法のもの
であるから、同年一〇月八日までに抹消登記手続をせよとの催告をなし、右郵便は
その頃控訴人に到達した。
 (七) 控訴人組合の幹部はa支店長たるFからこの件につき何の報告も受けて
いなかつたので、本店の担当係員に命じて調査に当らせたところ、Fは近富水産か
ら適法に本件抵当権の譲渡を受けたものであつて不正の事実はないと主張するし、
B、Cにも面接して調査した結果も同趣旨の回答であり、更に控訴人組合の理事長
らが本件家屋を実地に調査する一方、Aにも面接して事情を確かめたが、少なくと
も委任状冒用に関する不正はないとの結論に達し、なお近富水産の債権が僅少であ
るにしても残存していた以上、これを弁済することにより抵当権の譲渡を受けるこ
とは有効であるとの見解を得たので、前記佳山弁護士からの催告には何ら回答せず
放置しておいたところ、まもなく前記の抵当権設定登記等抹消登記請求訴訟が提起
された。
 (八) 控訴人としては右訴訟に応訴するか、あるいは被控訴人の請求を認める
かについて内部で検討した結果、前記のような事実関係の調査にもとづく法律的判
断のうえに立ち、なおかつ控訴人組合は中小企業等協同組合法にもとづき設立され
た法人であり、監督官庁の監査を受けることになつている関係上、自己の一方的判
断で被控訴人の請求に応ずることは相当でなく、裁判所の判決によつて被控訴人の
請求の当否を判断して貰うことが相当であるとして、右訴訟に応訴する方針を決定
し、弁護士林信一に訴訟を委任した。
 (九) 林弁護士は事実関係を調査したうえ、大要次のとおりの主張ならびに抗
弁を提出して被控訴人の請求の理由のないことを主張した。すなわち(ハ)近富水
産は本件抵当権を控訴人に譲渡することを承諾した。(ロ)近富水産は本件抵当権
の抹消登記手続をする代理権をAに委任し、AはこれをBに委任した。
 Bは代理権の範囲を超えて本件抵当権を控訴人に譲渡する契約を締結したが、控
訴人はBにその代理権ありと信じ、かつ信ずべき正当の理由があつた。(ハ)本件
抵当権付債権譲渡につき債務者たるAは異議を止めず承諾した。よつて金三〇〇万
円の抵当権は復活したものというべく、被控訴人の抵当権はもともと第二順位であ
り、第一順位の金三〇〇万円の抵当権が存在していたのであるから、これにより被
控訴人は何ら失うところはない。
 (一〇) しかるところ前認定のとおり右訴訟において控訴人は敗訴したが、右
訴訟の係属中の昭和三六年中にFらの不正融資が刑事事件にまで発展し、控訴人の
経理につき北海道知事の摘発検査が行なわれ、結局同年一二月に理事長以下の幹部
が引責辞職し、新理事者によつて事後処理が行なわれていたので、右敗訴判決に対
しても控訴してまで争う意欲を失い、右判決を確定させるに至つた。
 以上の各事実を認めることができる。なお前掲甲第二号証の一、同甲第三号証中
には近富水産がAの依頼によつて押印した委任状は白紙委任状であつた旨の供述記
載があり、原審証人Gの証言中にも同趣旨の部分があるが、右は前掲乙第八号証の
一、二、第一〇号証の一、二、当審証人Cの証言に照らして採用できず、また前記
訴訟において林弁護士が(ロ)の抗弁を提出したことも、事実関係の資料が不十分
であつたために仮定的な防禦方法として提出したものであることが窺われるので、
右認定に抵触するものではなく、他に前記認定を覆すべき証拠はない。
 四、 以上認定の事実に徴するときは、控訴人のa支店長FとBとの間に新規貸
付の交渉がなされていた当時には、たとえ僅少とはいえ本件抵当権の被担保債権は
残存していたものであるから、右抵当権はいまだ消滅したものではなく、Aが近富
水産に弁済した金五万五〇〇〇円は控訴人が出金してAに預託したものであり(こ
の金額は、のちに控訴人とBとの間になされた新規貸付に際して精算されたものと
推認される。)、右残存債権の弁済は控訴人からBに対する新規貸付を前提として
なされたものというべきであるから、実質的には控訴人が第三者として弁済し、債
権者近富水産に代位したか、または抵当権付債権を買い受けたものと見る余地もあ
るし、そうだとすれば少なくとも残存債権の範囲内で本件抵当権は控訴人に移転し
たことになる。また本件抵当権が消滅しないと解するにつき前記訴訟における控訴
人の(ハ)の抗弁を支持する有力な学説(E、担保物権法一九三頁)が存すること
も当裁判所に顕著である。
 このように見てくると、控訴人が前記訴訟に応訴したことについては、通常人と
して応訴が理由のないことを知り得べきであるのに、その注意義務を尽さなかつた
というには当らず、むしろ控訴人に勝訴の見込みがないわけではなかつたことにな
るし、控訴人が本件抵当権の移転登記を受けたことによつて被控訴人の起訴を誘発
したことについても、控訴人または控訴人の代理人たるFに故意または過失があつ
たとすることはできないから本件にあつては控訴人が被控訴人に訴を提起させるに
至つた行為およびこれに応訴した行為をもつて不法行為を構成するものと認めるべ
き証拠は十分でないといわざるを得ない。またこの訴訟において控訴人が理由なく
引延しをはかる等応訴の態度に不法な点があつたことを認めるべき資料も存在しな
い。
 五、 以上のとおりであるから被控訴人の本訴請求はその余の点について判断す
るまでもなく失当として排斥すべきものであり、これと異なる認定および判断のも
とに被控訴人の請求を認容した原判決は相当でなく、本件控訴は理由があるから、
民事訴訟法第三八六条により原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却することと
し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条に従い主文のとおり判決
する。
 (裁判長裁判官 杉山孝 裁判官 田中恒朗 裁判官 島田礼介)

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