弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決及び第一審判決を破棄する。
     被告人を懲役一年に処する。
     第一審における未決勾留日数中五〇日を右刑に算入する。
     この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
         理    由
 弁護人高橋茂樹の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は本件
とは事案を異にし適切でなく、その余は、単なる法令違反の主張であり、被告人本
人の上告趣意は、事実誤認、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の
上告理由に当たらない。
 しかしながら、所論にかんがみ職権をもって調査すると、原判決及び第一審判決
は、次の理由により破棄を免れない。
 一 原判決及びその是認する第一審判決の認定並びに記録によれば、本件事案の
概要は、次のとおりであることが明らかである。
 すなわち、被告人は、肩書住居の文化住宅A二階の一室に居住していたものであ
り、同荘二階の別室に居住するB(当時五六歳)と日ごろから折り合いが悪かった
ところ、平成八年五月三〇日午後二時一三分ころ、同荘二階の北側奥にある共同便
所で小用を足していた際、突然背後から末広に長さ約八一センチメートル、重さ約
二キログラムの鉄パイプ(以下「鉄パイプ」という)で頭部を一回殴打された。続
けて鉄パイプを振りかぶったBに対し、被告人は、それを取り上げようとしてつか
み掛かり、同人ともみ合いになったまま、同荘二階の通路に移動し、その間二回に
わたり大声で助けを求めたが、だれも現れなかった。その直後に、被告人は、Bか
ら鉄パィプを取り上げたが、同人が両手を前に出して向かってきたため、その頭部
を鉄パイプで一回殴打した。そして、再度もみ合いになって、Bが、被告人から鉄
パイプを取り戻し、それを振り上げて被告人を殴打しようとしたため、被告人は、
同通路の南側にある一階に通じる階段の方へ向かって逃げ出した。被告人は、階段
上の踊り場まで至った際、背後で風を切る気配がしたので振り返ったところ、Bは、
通路南端に設置されていた転落防止用の手すりの外側に勢い余って上半身を前のめ
りに乗り出した姿勢になっていた。しかし、Bがなおも鉄パイプを手に握っている
のを見て、被告人は、同人に近づいてその左足を持ち上げ、同人を手すりの外側に
追い落とし、その結果、同人は、一階のひさしに当たった後、手すり上端から約四
メートル下のコンクリート道路上に転落した。Bは、被告人の右一連の暴行により、
入院加療約三箇月間を要する前頭、頭頂部打撲挫創、第二及び第四腰椎圧迫骨折等
の傷害を負った。
 二 原判決及びその是認する第一審判決は、被告人がBに対しその片足を持ち上
げて地上に転落させる行為に及んだ当時、同人が手すりの外側に上半身を乗り出し
た状態になり、容易には元に戻りにくい姿勢となっていたのであって、被告人は自
由にその場から逃げ出すことができる状況にあったというべきであるから、その時
点でBの急迫不正の侵害は終了するとともに、被告人の防衛の意思も消失したとし
て、被告人の行為が正当防衛にも過剰防衛にも当たらないとの判断を示している。
 しかしながら、前記一の事実関係に即して検討するに、Bは、被告人に対し執よ
うな攻撃に及び、その挙げ句に勢い余って手すりの外側に上半身を乗り出してしま
ったものであり、しかも、その姿勢でなおも鉄パイプを握り続けていたことに照ら
すと、同人の被告人に対する加害の意欲は、おう盛かつ強固であり、被告人がその
片足を持ち上げて同人を地上に転落させる行為に及んだ当時も存続していたと認め
るのが相当である。また、Bは、右の姿勢のため、直ちに手すりの内側に上半身を
戻すことは困難であつたものの、被告人の右行為がなければ、間もなく態勢を立て
直した上、被告人に追い付き、再度の攻撃に及ぶことが可能であったものと認めら
れる。そうすると、Bの被告人に対する急迫不正の侵害は、被告人が右行為に及ん
だ当時もなお継続していたといわなければならない。さらに、それまでの一連の経
緯に照らすと、被告人の右行為が防衛の意思をもってされたことも明らかというべ
きである。したがって、被告人が右行為に及んだ当時、Bの急迫不正の侵害は終了
し、被告人の防衛の意思も消失していたとする原判決及びその是認する第一審判決
の判断は、是認することができない。
 以上によれば、被告人がBに対しその片足を持ち上げて地上に転落させる行為に
及んだ当時、同人の急迫不正の侵害及び被告人の防衛の意思はいずれも存していた
と認めるのが相当である。また、被告人がもみ合いの最中にBの頭部を鉄パイプで
一回殴打した行為についても、急迫不正の侵害及び防衛の意思の存在が認められる
ことは明らかである。しかしながら、Bの被告人に対する不正の侵害は、鉄パイプ
でその頭部を一回殴打した上、引き続きそれで殴り掛かろうとしたというものであ
り、同人が手すりに上半身を乗り出した時点では、その攻撃力はかなり減弱してい
たといわなければならず、他方、被告人の同人に対する暴行のうち、その片足を持
ち上げて約四メートル下のコンクリート道路上に転落させた行為は、一歩間違えば
同人の死亡の結果すら発生しかねない危険なものであったことに照らすと、鉄パイ
プで同人の頭部を一回殴打した行為を含む被告人の一連の暴行は、全体として防衛
のためにやむを得ない程度を超えたものであったといわざるを得ない。
 そうすると、被告人の暴行は、Bによる急迫不正の侵害に対し自己の生命、身体
を防衛するためその防衛の程度を超えてされた過剰防衛に当たるというべきである
から、右暴行について過剰防衛の成立を否定した原判決及びその是認する第一審判
決は、いずれも事実を誤認し、刑法三六条の解釈適用を誤ったものといわなければ
ならない。
 三 以上の次第で、原判決及びその是認する第一審判決には、判決に影響を及ぼ
すべき重大な事実誤認及び法令違反があり、これを破棄しなければ著しく正義に反
すると認められるから、刑訴法四一一条一号、三号により原判決及び第一審判決を
破棄し、同法四一三条ただし書により更に判決することとする。
 第一審判決の挙示する証拠及び原審公判調書中の被告人の供述部分によれば、被
告人は、大阪市a区b町c丁目d番e号所在のA二階六号室に居住していたもので
あるが、日ごろから同荘二階一号室に居住するB(当時五六歳)との折り合いが悪
かったところ、平成八年五月三〇日午後二時一三分ころ、同荘二階北側奥にある共
同便所で小用を足していた際、後ろから同人にいきなり鉄パイプで頭部を一回殴打
され、同人ともみ合いながら同荘二階通路に至ったところで、同人から取り上げた
鉄パイプでその頭部を一回殴打し、さらに、同通路で同人ともみ合ううち、鉄パイ
プを取り返した同人が、これで被告人を殴り付けようとしたが、勢い余って通路南
端の手すりの外側へ上半身を前のめりに乗り出してしまっているのを認めるや、そ
の片足を持ち上げて同人を同所から約四メートル下の道路上に転落させ、もって、
自己の生命、身体を防衛するため、同人に対し防衛の程度を超えた暴行を加え、よ
って、同人に入院加療約三箇月間を要する前頭、頭頂部打撲挫創、第二及び第四腰
椎圧迫骨折等の傷害を負わせたものであることが認められる。なお、弁護人は、自
救行為による違法性阻却を主張するが、右の事実関係に照らすと、理由がないとい
うべきである。
 法令に照らすと、被告人の判示所為は刑法二〇四条に該当するので、所定刑中懲
役刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、同法二一条を適用し
て第一審における未決勾留日数中五〇日を右刑に算入し、情状により同法二五条一
項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、第一審、原審及び
当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させ
ないこととする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 検察官 澤新 公判出席
  平成九年六月一六日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    河   合   伸   一
            裁判官    大   西   勝   也
            裁判官    根   岸   重   治
            裁判官    福   田       博

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