弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1被告は,原告に対し,4968万6274円及びこれに対する平成24年
1月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は,これを4分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負
担とする。
4この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,6700万円及びこれに対する平成24年1月5日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1本件は,原告(平成13年7月25日生)が,平成14年3月に高インス
リン血性低血糖症と診断され,その後,重度の知的障害との判定を受けたこ
とについて,平成14年2月2日にけいれん発作があったとして被告が設置
運営するA病院(以下「被告病院」という。)を受診し,その後も数回にわ
たって被告病院を受診したにもかかわらず,被告病院の医師らは,原告に対
する血液検査,血糖値検査を実施せずに原告の低血糖を見落とした過失があ
り,その結果,低血糖症の診断と治療の開始が遅れて後遺障害が残ったと主
張し,被告に対し,診療契約の債務不履行に基づく損害賠償として,逸失利
益等6700万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成24年1
月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払
を求めた事案である。
2前提事実(証拠の記載のない事実は,当事者間に争いがないか,弁論の全
趣旨により認められる事実である。)
当事者等
ア原告は,平成13年7月25日生まれの女児である。Bは,原告の母
であり,原告の法定代理人親権者である。
イ被告は,地方公務員等共済組合法に基づいて設立された法人であり,
被告病院を設置運営している。
平成14年2月2日の被告病院の初診時までの経緯
ア原告は,平成13年11月28日,3~4か月健康診査で皮膚湿疹の
指摘を受けたものの,目立った異常は指摘されなかった(甲A1)。
イ原告は,平成14年2月2日(土曜日)(以下,年を記載しないもの
は,平成14年の出来事である。),Bに連れられて,休日夜間救急の
C小児科を受診した。Bは,原告が1月30日に泣いているときに,手
足をピクピクとしたり,ピクっとして急に泣き出したりしたこと,2月
1日にも同様の出来事が1回あったことを伝えた。
C医師は,同小児科では検査や脳波をとるための設備が十分とはいえ
ないとして,Bに対して,すぐに被告病院に行くよう指示した。Bは,
C医師作成の紹介状(「傷病名けいれんの疑い」)を持参して,2月
2日午後7時,原告とともに被告病院を訪れた(乙A1[14,34],
A8[6~10],原告法定代理人親権者母B25~27項。なお,[]
内の数字は,当該書証に振られた頁番号を指す。)。
ウ原告は,被告病院にてD医師の診察を受けた。D医師は,Bに対し,
一度,原告の脳波の検査をした方が良いと話し,日中に再度来院するよ
う伝えて,原告を帰宅させた。D医師は,C医師にも同様の返事を書い
た(乙A1[15,34])。
2月6日の受診(被告病院)
原告は,2月6日に被告病院を受診した。診察したE医師は,てんかん
の可能性を考えて脳波の検査をしたが,脳波に異常は見られなかった。E
医師は,Bに対し,1か月程度の期間を空けて,再度,脳波検査をする方
針を説明した(乙A1[37],証人E25~28項)。
2月12日の受診(被告病院)
原告は,2月12日に被告病院を受診し,E医師の診察を受けた(乙A
1[37])。
2月16日の受診(F病院)
原告は,2月16日,38度の発熱をし,F病院を受診した(乙A9)。
2月18日の受診(被告病院)
原告は,2月18日,被告病院を受診し,D医師の診察を受けた(乙A
1[38],証人E40項)。
2月19日の受診(G病院)
原告は,2月19日午前4時24分,G病院を時間外受診した。Bは,
2月18日午後7時30分頃から原告の体の力が抜けたようになった,2
月19日午前2時30分頃から原告が足に力を入れて震えて苦しそうに
泣き,視線が合わない様子になったと説明した。原告を診察した医師は,
Bに対し,緊急性はないが,てんかんの可能性もあるとして,引き続き,
被告病院を受診させるよう伝えた(乙A10[4~7])。
3月5日の受診(H診療所)
原告は,3月5日,Bとともに奈良を訪れていたところ,夕方に激しく
泣いた後,口唇にチアノーゼが現れ,顔色不良などの症状も出た。さらに,
午後6時からは嘔吐も見られたため,原告は,同日,H診療所を受診した。
診察の結果,泣き入りやひきつけは認められたが,咽頭は正常で,心肺腹
部にも異常はなく,意識も清明と診断された(乙A11[4])。
3月13日の受診(H診療所)
原告は,3月13日にも,H診療所を受診した(乙A11)。
3月26日の受診(被告病院)と入院
原告は,3月26日,被告病院を受診した。診察したI医師が原告の血
液検査を実施したところ,血糖値は31mg/dl(空腹時),インスリン値
は11.5であった。原告は,同日,インスリノーマの疑いで被告病院に
入院した。原告は,3月28日,高インスリン血性低血糖症(血糖を抑制
する働きを持つインスリンの分泌過多により低血糖をきたす疾患)と診断
された(乙A1[38],A3[169~173])。
原告は,3月28日から,ジアゾキサイド(インスリンの分泌を抑制す
る薬剤)の投与を受けた(乙A3[173],証人E58~60項)。
その後の治療経過等
ア原告は,4月5日に被告病院を退院し,5月13日にJ医療センター
に検査入院したところ,高インスリン血性低血糖症と診断された。原告
は,5月24日に同センターを退院した。原告は,その後も,被告病院
への通院を続け,たびたび入退院をした(乙A1~7,A12)。
イ原告は,平成18年1月18日,Kこども家庭センターにて心理検査
を受けたところ,中度精神発達遅滞であり,生活年齢が4歳5か月であ
るのに対し,発達年齢は2歳前であると判定された(乙A1[123,
124],A5[17])。
ウ原告は,平成18年2月16日,広島県から,障害程度A(重度)の
療育手帳の交付を受け,平成20年12月10日及び平成23年11月
8日に更新を受けた(甲A2,A3)。
原告は,現在,障害を有する子ども向けの施設に入所しており,特別
支援学校に通学している(原告法定代理人親権者母B166~171
項)。
3争点
2月2日,2月6日,2月12日,2月18日の各診察日に,血液検査
を実施すべき注意義務違反の有無
転送義務違反の過失の有無
上記過失と原告の障害との因果関係の有無
原告の障害が残らなかったことについての相当程度の可能性の侵害の
有無
損害額
4争点に対する当事者の主張
2月2日,2月6日,2月12日,2月18日の各診察日に,血液検査
ア2月2日の初診時について
【原告の主張】
乳児のけいれんの原因は多くあることから,乳児がけいれんで受診
した場合は,その鑑別が重要である。鑑別診断のためには,患児の状
態をよく観察し,既往歴,家族歴,けいれんの誘因(発熱,下痢,啼
泣,過呼吸,光など),けいれんの起こった時間(覚醒,睡眠,夜間,
明け方など),けいれんの型,持続時間,意識の状態,眼球の偏位,
頻度,けいれん終了後の状態の聴取,血液検査,尿検査,髄液検査,
脳波検査等が必要である。したがって,けいれんの原因として,てん
かんを含めた脳神経系の異常のみを考えることは誤りである。特に,
新生児~乳幼児期では,全身疾患の症状としてけいれんや意識障害を
起こすことがまれではない。たとえば,電解質異常(血清ナトリウム,
カリウム,カルシウム,マグネシウムの異常),先天性代謝異常(有
機酸,アミノ酸,尿素サイクル異常症),そして低血糖などはその代
表的なものである。
多くの一般小児科医,小児科研修医を対象としたテキストにも,小
児のけいれんや意識障害をみた場合には,血算,炎症反応の他に,血
清電解質,アンモニア,血糖などを測定することが必須項目であると
記載されている。
小児の低血糖は内科的救急疾患であり,早期診断と早期治療が非常
に大切とされている。乳児の低血糖の症状は,成人とは異なり,非典
型的である。ピクっとする,反応が鈍い,かん高く泣く,チアノーゼ
があるなどが乳児にみられる低血糖の症状であり,このことは,多く
の小児科テキストや小児科内分泌学会のガイドラインにも記載され
ている。
Bは,診察したD医師に対し,①1月29日15時頃,眠りから覚
めてひきつけ泣いたことや,ボーッとしたようになったこと,②2月
1日,顔が青ざめ,けいれんを起こしたこと,③2月2日の夕食後,
うとうとしていると思ったら,顔が青ざめて唇が紫色になって目が上
を向き,足も指先まで硬直したことを伝えたのであるから,原告を診
察したD医師は,一般的に必要とされる検査である血液検査(血糖値
検査)を実施すべきであった。救急外来であっても,D医師は,最低
限でも,血液検査にて,血算,CRP,ナトリウム,カリウム,カル
シウム,血糖(できればガス分析,アンモニア,乳酸など)を測定す
べきであった。D医師は,血液検査を実施していれば,原告が低血糖
であると診断することができた。ところが,D医師は,このような血
液検査を行わなかった。
けいれんが治まってからでも,血糖値を測定することにより低血糖
が判明することは多い。低血糖症には軽症から重症まで重症度がある
が,軽症から重症の順序に必ず進むわけではない。血糖値が60mg/dl
以上であっても症状が出現することもあるが,一般的には,60mg/dl
程度で副交感神経症状(空腹感,悪心など)が起こり,50mg/dl程
度で大脳機能軽度低下症状(倦怠感,あくび,集中力低下,会話の停
滞など)が起こり,40mg/dl程度で交感神経症状(頻脈,発汗,血
圧上昇,ふるえ,顔面蒼白など)が起こり,30mg/dl程度で大脳機
能高度低下症状(異常行動,意識喪失)が起こり,20mg/dl程度で
低血糖性昏睡(けいれん,昏睡)が起こるとされている。逆にいえば,
けいれんが治まった時期には,必ず正常値に回復しているわけではな
い。
したがって,D医師は,2月2日の診察時に,原告に対して血液検
査を実施する注意義務に違反した。
【被告の主張】
低血糖による臨床症状は,低血糖時に現れる。すなわち,倦怠感,
あくび,集中力低下,会話の停滞,頻脈,発汗,血圧上昇,震え,顔
面蒼白など低血糖を示唆する症状がある場合には血液検査を実施す
ることになる。逆に,血糖値が正常に戻れば臨床症状もなくなる。つ
まり,無症状のときに血液検査を実施しても,検査所見に異常は見ら
れない。したがって,低血糖を示唆する臨床症状が認められない場合
には血液検査は実施されない。小児内分泌学会の治療ガイドラインに
おいても,①低血糖(確実)かつ②交感神経刺激症状あるいは中枢神
経機能低下症状の臨床症状があることが,低血糖症の診断基準とされ
ている。したがって,受診時に臨床症状が見られない場合は,血液検
査は実施されない。
けいれんの発症後,短時間で正常に復しており,さらに受診時には
けいれんが治まっている場合,医師としては,まずてんかんの疑いを
考えるのが通常である。てんかんの診断は,脳波検査で異常脳波を認
めることにより行われるため,まず脳波検査を勧めることが適切な治
療方針である。
2月2日の初診時,Bからは,「3日前に泣いた後,ピクっとなっ
た。ボーっとした様になった(約1~2分)。その後,眠る。昨夜に
も同じエピソードが1回」という内容の訴えがあった。しかし,受診
時にけいれんはなく,異常所見は見られなかった。
D医師は,初診時に,Bから,①2月1日に原告の顔が青ざめけい
れんを起こしたこと,②2月2日の夕食後に顔が青ざめたことについ
ては,聞いていない。原告が被告病院を受診する前に受診したC小児
科の予診票にも,「泣いて機嫌が悪い。3日前ときのう,けいれんの
様な症状」としか記載されていない。
生後6か月の乳児が泣いた後にピクっとする動きがあったことを
主な訴えとして来院した場合,血液検査を含めた全ての検査を行うこ
とは現実的でなく,いかなる検査を行うかは医師の裁量の範囲内であ
る。
したがって,被告病院の医師には,2月2日の診察時に,原告に対
して血液検査を実施する注意義務はない。
イ2月6日の診察時について
【原告の主張】
原告は,2月6日午前8時頃にけいれんをしたため,同日午前9時
過ぎ頃に被告病院を受診した。Bは,看護師に対し,同日午前8時頃
にけいれんがあったこと及びその後の1時間余りはけいれんしてい
ないことを伝えた。また,Bは,診察したE医師に対して,「今朝け
いれんがあった。目が据わって顔がさっと青ざめてひきつけて,唇が
紫色になって苺血管症の部分も紫になりました。」と伝え,1月29
日以降のけいれんのこと,2月2日にけいれんで救急にかかったこ
と,けいれんがあったらすぐに来るよう言われたことなどを話したの
であるから,E医師は,けいれんの原因検索として血液検査をすべき
であったにもかかわらず,これを怠った。
E医師は,生後6か月の乳児である原告について,けいれんや意識
障害が認められないというだけで,てんかんしかあり得ないと判断
し,全身疾患の存在を考慮しなかったものであり,不十分である。正
確な病態やけいれんの原因を知るためには,電解質,アンモニア,血
糖を含む血液検査は必須である。
したがって,E医師は,2月6日の診察時に,原告に対して血液検
査を実施する注意義務に違反した。
【被告の主張】
原告が2月6日に被告病院を受診した際には,けいれんその他の異
常所見は見られず,落ち着いた状態であった。Bは,脳波検査を希望
していたことから,E医師は,てんかんの有無を確認するため脳波検
査を実施した。同日の脳波検査の結果は正常であったが,E医師は,
Bに対し,1か月後に再検査をすると伝えた。E医師は,同日の診察
において,2月1日以降はけいれん様の動きがないことを確認してカ
ルテに記載している。
E医師は,初診日である2月2日以降,原告に明らかな症状は見ら
れなかったが,けいれん性疾患の可能性を考えて脳波検査を実施した
のであり,これは適切な判断である。2月6日の診察時や脳波検査の
前後に明らかな症状がない場合,通常,血液検査は行われない。
したがって,E医師には,2月6日の診察時に,原告に対して血液
検査を実施する注意義務はない。
ウ2月12日の診察時について
【原告の主張】
Bは,2月12日,原告を診察したE医師に対して,「またけいれ
んしました。昨日は,ワアーと泣いて起きてずっとぐずぐずよく泣い
てしんどそうで,抱っこしたり寝かせたりしていました。夕方に青ざ
めました。けいれんで顔が青ざめ唇から泡が出て,目が据わって,目
が上を見て白目になりました。唇は紫でした。目が据わって唇が紫に
なって泡が出て見ていて死ぬのかなと思うくらい怖いです。だんだん
顔色が普通に戻っていってそこから眠りました。」と話したが,E医
師は,「いまはどうもないよね,反応あるねえ。」と話し,脳波検査
の話をした。
また,Bは,「口から泡が出たのが気になるんですが,なんで泡が
出るんですか。泡はなんですか。」,「泡はよだれが泡だったという
ことですか,そんなに心配ないってことでいいですか。見た目はかな
り怖いです。」と話した。
さらに,Bは,E医師から「一般的に5分以上けいれんが続くと脳
に酸素がいかなくなって後遺症が残ると言われています。昨日は何分
あったん。5分以上ありましたか。」と聞かれ,「冷静に時間を計っ
てはいないんですけど,5分は続いていないです。ふっと硬直が治ま
ってだんだん戻っていくのが分かりました。体が硬直して唇が紫にな
って白目になっていたのは1分くらいですかねえ,口から泡が出てい
ました。そこからだんだん顔色が戻っていきました。ふうっと息をし
始めるのが分かりました。1~2分くらいです。」と答えた。
したがって,E医師には,2月12日の診察時に,原告に対し,正
確な病態やけいれんの原因を知るために,電解質,アンモニア,血糖
を含む血液検査を行う注意義務がある。ところが,E医師は,このよ
うな血液検査を行わず,上記注意義務に違反した。
【被告の主張】
E医師が2月12日に原告を診察した際,Bは「昨日から元気がな
い。よく泣く。」と述べたが,診察時に原告に特に症状はなく,安定
した状態であった。ただし,原告の咽頭に軽度の発赤が見られたため,
E医師は,上気道炎と診断し,抗生剤を処方した。
E医師は,同日の受診時に,Bから,けいれんが再発したり,2月
6日午前8時頃にけいれんがあったなどと説明を受けたことはない。
元気がなくてよく泣くという症状は,乳児によく見られる症状であ
り,この時点で血液検査を行うかどうかは,医師の合理的な裁量の範
囲内である。したがって,E医師には,2月12日の診察時に原告に
対して血液検査を実施する注意義務はない。
エ2月18日の診察時について
【原告の主張】
2月13日から同月15日まで,原告にけいれんはなかったと思わ
れるが,2月14日ころから,36~37度台の発熱があり,同月1
6日に38度台になったため,原告は,同日,F病院を受診し,2月
18日に被告病院を受診した。
E医師はBから再三にわたり訴えを聞いていたのであるから,E医
師には,2月18日の診察時に,電解質,アンモニア,血糖を含む血
液検査を行う注意義務がある。ところが,E医師は,このような血液
検査を行わず,上記注意義務に違反した。E医師の対応は,Bの訴え
を十分に傾聴せず,原告の症状が低血糖に伴うけいれんや意識障害で
あると判断することができなかったものであり,明らかな注意義務違
反である。
【被告の主張】
Bは,2月18日,原告には元気がないとして,被告病院を受診さ
せた。D医師が診察したところ,原告に特段の症状はなく,けいれん
の動作もなかった。ただし,同日も,咽頭に軽度の発赤が見られたた
め,D医師は,上気道炎と診断し抗生剤を処方した。原告は,Bから
再三のけいれんの訴えがあったかのように主張するが,同日の診察時
に,原告にけいれんがあったとの訴えはなかった。
原告は,2月16日に発熱があり,F病院を受診したが,2月18
日に被告病院を受診した時点では解熱しており,けいれん症状等もな
かったのであるから,被告病院にてあえて血液検査を行う必然性はな
かった。したがって,被告病院の医師には,2月18日の診察時に原
告に対して血液検査を実施する注意義務はない。
原告は,被告病院の初診日以降,低血糖の診断がされるまでの間,
2月16日にF病院を,2月19日にG病院を,3月5日にH診療所
をそれぞれ受診したが,いずれの医療機関においても血液検査は実施
されていない。また,本件と同じ高インスリン血性低血糖症の症例報
告(乙B7)を見ても,けいれんが始まって以降は脳波検査等で対応
されており,けいれん時に採血が実施されて低血糖が判明したのは2
か月後のことである。これらの事情から考えても,2月の各診察日に,
被告病院において,原告に対する血液検査を実施すべき注意義務はな
かった。
【原告の主張】
被告病院では,低血糖症の診断と治療が容易でなかったと考えられるか
ら,被告病院の医師は,漫然と原告の経過を見るのではなく,早期に小児
内分泌科専門医の所属する施設に紹介(転送)すべきであった。高インス
リン性低血糖の治療薬は,ジアゾキサイドが第一選択とされているが,当
時,ジアゾキサイドは未承認薬であり,被告病院は,個人輸入としてジア
ゾキサイドの提供を受け,使用していた。ジアゾキサイドを用いた治療は,
小児内分泌科専門医の所属する施設で行うべきであり,非専門医がジアゾ
キサイドを適切に使用するのは困難であった。被告病院では,原告に対す
るジアゾキサイドの投与量が適切ではなかった可能性もある。
被告病院の医師は,3月27日に高インスリン血性低血糖と診断した
後,原告を小児内分泌科専門医の所属する施設に紹介するべきであったに
もかかわらず,これを怠った。
【被告の主張】
ジアゾキサイドは,平成14年当時は未承認薬であったため,被告病院
は,倫理委員会を開催して使用を決定した上で,日本小児内分泌学会にお
いてジアゾキサイドの提供の取りまとめを行っていた日本小児内分泌学
会薬事委員会の医師に対して提供を依頼し,これを入手した。当時,医師
が未承認薬であったジアゾキサイドを個人輸入して使用することは,臨床
現場の常識からは到底考えられないものである。
被告病院は,小児科をはじめ,複数の診療科目を有する総合病院であり,
小児科にも複数の医師が所属しており,治療実績も多数ある。被告病院に
おいて高インスリン血性低血糖症の患者に適切な治療を行うことは可能
であり,被告病院の医師には,原告を他の施設に紹介したり,転送する注
意義務はない。
また,被告病院の医師は,原告に対してジアゾキサイドの投与を開始し
た後は,血糖検査の結果を見ながら適切に投与を行っていた。
原告は,被告病院からの紹介を受け,5月13日から約2週間にわたり
J医療センターに入院したが,その間も,ジアゾキサイドの投与を受けた。
被告病院におけるジアゾキサイドの投与に不適切な点はない。
【原告の主張】
ア原告の精神発達遅滞の原因として最も考えられるのは,低血糖による
けいれんが頻発したことにより,中枢神経系が侵襲を受けたことであ
る。被告病院の医師が2月2日,同月6日,同月12日又は同月18日
に原告を診察した際に,血液検査を実施し,低血糖と診断した上で,低
血糖症の治療(ブドウ糖による治療など)を開始したならば,原告の中
枢神経系に対する侵襲が軽減された可能性が十分にある。
イ原告に対する平成15年5月20日の発達検査と平成18年1月の
発達検査を比較すると,平成18年1月の方が発達遅滞の程度が大きく
なったとされている。
しかし,発達指数(DQ)の評価には様々な方法があり,その評価法
によっても差異が生じる。また,判定者の主観も影響する。判定法は,
判定者が一致している場合はある程度正確な発達指数の評価ができる
と思われる。しかし,本件では,平成15年5月20日の発達検査は,
福山市の集団検診及びI医師によるものであり,平成18年1月の発達
検査は心療内科のL医師によるものであるから,判定者が異なる。
平成15年5月の発達検査では,Bは,原告の発達はゆっくりとして
いるが,そのうち同世代の子どもに追いつく程度のものであり遅れはな
いと希望的に考え,乳幼児精神発達質問紙やI医師の質問をよく理解す
ることができないまま回答した。しかし,Bは,その時,既にいくつか
の施設を紹介されており,同月時点で原告に発達遅滞がなかったとはい
えない。発達遅滞は,その後の原告の成長とともに,徐々に顕在化して
くるものと考えられる。
【被告の主張】
ア原告は,2月2日の初診時に,1月30日と2月1日にけいれんがあ
ったことを訴えているが,いずれも1~2分と短時間の発作であった。
原告は,その後も,複数回のけいれんがあったと主張するが,仮に原告
の主張どおりであったとしても,短時間の発作であり,医療機関を受診
した際には治まっていた。
原告の2月及び3月のけいれん発作は,いずれも短時間で正常に復し
ており,原告に障害を残すようなものではなかった。そして,原告は,
3月26日に血液検査により低血糖と診断され,ブドウ糖などによる治
療が開始され,同月28日にはジアゾキサイドの投与が開始されてい
る。仮に,原告が2月の受診時に低血糖と診断されたとしても,その遅
延は1~2か月程度で大きなものではない。
ジアゾキサイドの投与により症状が改善した高インスリン血性低血
糖症の症例報告(乙B7)でも,低血糖の診断が2か月遅れたことは特
に問題とされていない。
したがって,原告が2月に被告病院を受診した時に血液検査が実施さ
れ,低血糖の治療が開始されたとしても,原告の障害を回避したり軽減
することは不可能であり,血液検査が実施されなかったことと原告の障
害との間に因果関係はない。
イ平成15年5月20日の発達検査では,原告は,生活年齢が1歳9か
月であるのに対し,発達年齢は1歳5.5か月であり,この時点で明ら
かな発達の遅れは見られなかった。しかし,平成18年1月,Kこども
家庭センターにおいて,生活年齢が4歳5か月であるのに対し,発達年
齢が2歳前と判定され,発達の遅れが顕著となっている。
仮に,2月及び3月の低血糖発作が原告の障害に影響を及ぼすもので
あったとすれば,平成15年5月の時点で顕著な発達の遅れが現れてい
るはずである。原告の障害は,治療開始後も長期にわたり繰り返された
低血糖発作によるものであって,2月及び3月の低血糖発作によるもの
ではない。
鑑定人M作成の平成26年9月1日付け鑑定書(以下「M鑑定書」と
いう。)においても,平成15年5月20日よりも平成18年1月の発
達検査の方が,発達遅滞の程度が大きくなったといえるとした上で,そ
の理由について「低血糖によるけいれんが頻発したことによる,中枢系
のダメージが最も考えられる」とされている。これによれば,原告の発
達遅滞は,平成15年以降にけいれんが頻発したことによるものであ
り,2月及び3月の低血糖発作によるものではない。
原告に障害が残らなかったことについての相当程度の可能性の侵害の
【原告の主張】
ア被告病院の医師らの注意義務違反と原告の後遺障害の間に高度の蓋
然性が認められず,因果関係が認められない場合でも,本件では,担当
医師らの過失がなければ,原告の脳障害が残らなかったことについての
相当程度の可能性の侵害があったことは否定できない。
高インスリン血性低血糖症は,治癒が不可能な疾患ではない。小児の
低血糖は,内科的救急疾患であり,早期診断と早期治療が非常に大切と
されるから,発見したら直ちに専門医療機関に移送すべきものである。
本件のように,何度も血液検査を怠り,治療の開始が2か月近くも遅れ
たという明白で基本的な過失が存在する診療においては,原告の発達遅
滞の後遺障害が残らなかった相当程度の可能性の侵害があったと考え
るべきである。
イ患者に重度の障害が残った場合に,それが残らなかったことについて
の相当程度の可能性が保護法益となることは,最高裁も認めるところで
ある。相当程度の可能性の侵害を考える場合でも,逸失利益は認められ
るべきである。
また,本件のように,小児科医としての基本的な知識不足のみならず,
十分な病状の説明をしなかったことや,何度も血液検査を怠り,治療の
開始が2か月近くも遅れたという明白で基本的な過失が存在する事案
においては,原告の発達遅滞の後遺障害が残らなかった相当程度の可能
性の侵害があったと考える場合でも,十分な慰謝料が認められるべきで
ある。
【被告の主張】
ア原告の2月及び3月の発作は,いずれも短時間で正常に復しており,
障害を残すようなものではなかった。また,本件では,3月26日には
低血糖の診断がなされて治療が開始されており,仮に2月の受診の際に
低血糖の診断がされたとしても,その遅延は1~2か月程度と大きなも
のではない。
イ原告に低血糖の診断がされ,治療が開始されてから約1年2か月後の
平成15年5月20日に行われた発達検査では,原告に明らかな発達遅
滞は認められていない。仮に,2月及び3月の低血糖発作が原告の障害
に影響を及ぼすものであったとすれば,この時点で発達遅滞が現れてい
るはずである。原告の障害は,治療開始後も繰り返された低血糖発作に
よるものであって,2月及び3月の低血糖発作によるものではない。仮
に,2月のいずれかの時点で,低血糖の診断がなされ治療が開始されて
いたとしても,原告の障害を回避あるいは軽減することは不可能であ
る。
ウしたがって,2月の受診に際して血液検査が実施されていれば原告の
障害が残らなかったという高度の蓋然性は認められないし,そのような
相当程度の可能性も認められない。
【原告の主張】
ア逸失利益
原告は,現在13歳であるが,重度の後遺障害を残しており,その労
働能力を100%失ったと考えられるから,ライプニッツ方式で計算す
ると,その逸失利益は4000万円を下らない。
イ慰謝料
重度の後遺障害を残した原告に対する慰謝料は,2000万円が相当
である。
ウ弁護士費用
弁護士費用は,旧日弁連報酬等基準規定による手数料及び謝金の合計
額700万円が相当である。
【被告の主張】
不知ないし否認する。
第3争点に対する判断
1認定事実
前提事実,証拠(乙A1~13,証人E,原告法定代理人親権者母B及び
後掲各証拠)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
原告にけいれん発作が現れるまでの原告の生育状況
原告は,平成13年7月25日に出生した女児である。出生時の体重は
2645gであった。原告は,同年11月28日,3~4か月の健康診断
において,皮膚湿疹を指摘されたが,それ以外の異常は指摘されなかった
(甲A1)。
けいれんの出現と被告病院の初回受診
ア原告は,2月2日(土曜日)に,Bに連れられて,休日の夜間救急で
あるC小児科を受診した。Bは,原告が1月30日頃に泣いているとき
に,手足をピクピク,びくっとさせ,急に泣き出すという出来事があっ
たこと,2月1日にも同様の出来事が1回あったことを伝えた。C医師
は,同小児科では検査や脳波をとるための設備が十分とはいえないとし
て,Bに対して,すぐに被告病院に行くよう指示した。C医師は紹介状
を作成し,傷病名として「けいれんの疑い」,紹介目的として「昨日よ
り上記を疑わせる動作がみられているようです。念のため,御精査(E
EG(脳波)等)御願いいたします」と記入した(乙A1[14],A8
[6~10],原告法定代理人親権者母B25~27項)。
イBは,2月2日午後7時,C医師作成の紹介状を持参して原告ととも
に被告病院に赴いた。Bは,原告を診察したD医師に対して,3日前に,
泣いた後にピクッとなり,約1~2分ほどボーッとした様な状態にな
り,その後に入眠するという動作が現れたこと,2月1日の夜にも同様
の出来事があったこと,2月2日も機嫌が悪いことなどを伝えた。D医
師は,原告のランドー反射,ひきおこし反射,心肺音や腹部の膨隆等に
ついて異常がないことを確認し,Bに対し,一度,原告の脳波の検査を
した方が良い旨を話し,昼間時間帯に再度来院するよう伝えて,原告を
帰宅させた。D医師は,C医師に対しても,上記の診断結果を報告した
(乙A1[15,34],A8[11])。
2月6日の受診(被告病院)
原告は,2月6日に被告病院を受診した。原告を診察したE医師は,て
んかんの可能性を考え,原告に対して脳波検査を実施したが,異常所見は
認められなかった。Bは,E医師に対し,1月30日及び2月1日の後に
は,けいれん様の動きはないと説明した。E医師は,カルテに,「てんか
んの疑い」と記入し,1か月程度の期間を空けて,再度,原告の脳波検査
をすることとし,Bにもその方針を伝えた。(乙A1[37],証人E25
~28項)。
2月12日の受診(被告病院)
原告は,2月12日に被告病院を受診し,E医師の診察を受けた。Bは,
「昨日から元気がない。よく泣く。」と説明した。原告の体温は36.7
度であった。E医師は,原告に肺雑音や心整雑音はなく,腹部には異常が
ないことを確認したが,咽頭に目立たない程度から軽度の発赤を認めたこ
とから,上気道炎と診断し,抗生剤を処方した(乙A1[37],証人E3
5~39項)。
2月16日(土曜日)の受診(F病院)
原告は,2月14日頃から37度台の発熱をし,2月16日に体温が3
8度に上昇したため,同日,F病院を受診した。原告に嘔吐はなかったが,
咳や鼻汁が少々見られたため,担当医師は,上気道炎と診断し,Bに対し,
2月18日(月曜日)に被告病院を受診するよう伝えた(乙A9〔5〕)。
2月18日の受診(被告病院)
原告は,2月18日,被告病院を受診し,D医師の診察を受けた。Bは,
D医師に対し,2月16日に38.2度の発熱がありF病院を受診して抗
生剤を処方されたこと,食事後に原告が1度嘔吐したこと,2月17日は
37.6度の発熱があり食欲が減退していること,原告にけいれん様の動
作はないことなどを伝えた。D医師は,上気道炎と診断し,抗生剤を処方
した(乙A1[38],証人E40項)。
2月19日の受診(G病院)
原告は,2月19日午前4時24分,G病院の時間外救急を受診した。
Bは,診察した医師に対して,原告の症状について,同日午前2時30分
頃から足に力を入れて震えて泣くこと,よだれが多く出て苦しそうに泣く
こと,視線が合わない様子があること,2月18日午後7時30分頃から
は体の力が抜けたようであったこと,1月にも同様の出来事があり,被告
病院で脳波検査を受けたが異常はなかったことなどを伝えた。担当医師
は,Bに対し,緊急性はないが,てんかんの可能性もあるため,引き続き
被告病院を受診するよう伝えた(乙A10)。
3月5日の受診(H診療所)
原告は,3月5日,Bとともに奈良を訪れていた際に,H診療所を受診
した。Bは,原告の症状について,同日午後6時に嘔吐したこと,夕方に
なるとぐずり,激しく泣いた後に口唇にチアノーゼ(色不良)が現れて顔
色が不良になったこと,1月30日に初めてこのような症状があることに
気づき,2月1日にも同様の出来事があったこと,覚醒時に脳波検査を受
けたことなどを伝えた。診察の結果,原告の咽頭,心肺や腹部に異常は認
められず,意識は清明であると診断された(乙A11[4])。
3月13日の受診(H診療所)
原告は,3月13日,H診療所を受診したところ,原告の咽頭,心肺や
腹部に異常は認められなかった。Bは,原告の症状について,3月5日以
降は,泣いた後も3月5日の受診前のようなチアノーゼ等の出来事はない
と説明した(乙A11[4])。
3月26日の受診(被告病院)と初回の入院
原告は,3月26日に被告病院を受診した。I医師が原告を診察したと
ころ,啼泣時に,約3分にわたって四肢のピクつきや眼球固定が出現し,
チアノーゼの出現も認められた。原告は,発作後に入眠した。Bは,I医
師に対し,最近は原告に毎日このような状況が現れており,1日に2回ほ
どあると説明した。I医師は,脳波検査や頭部CT検査を予約するととも
に,原告の血液検査を実施したところ,血糖値は,空腹時で31mg/dl,
食後2時間の時点で64mg/dlであった。インスリン値は11.5であっ
た。原告は,同日,低血糖のけいれんにより被告病院に入院した。
担当医師は,インスリノーマ(インスリン産生腫瘍)の疑いで原告の精
査を行ったところ,3月27日,高インスリン血性低血糖症の可能性が高
いと判断した。
被告病院は,3月28日に倫理委員会を開催し,当時は未承認薬であっ
たジアゾキサイドの投与を承認し,同日から,原告に対してジアゾキサイ
ドの投与を開始した。被告病院のE医師及びI医師は,同日,Bに対し,
原告の病状について説明し,治療方法として,ブドウ糖,ロイシン除去ミ
ルク及びジアゾキサイドの投与を行うこと,低血糖が何度も続くと脳障害
日本小児内分泌学会による「高インスリン血性低血糖症の診断と治療ガイ
ドライン」(甲B9。以下「ガイドライン」という。)によれば,高イン
スリン血性低血糖症のインスリン過剰分泌に対する治療の薬剤は,ジアゾ
キサイドが第一選択とされている。
原告は,4月5日に被告病院を退院した(乙A1[38],A3[169
~176,213],証人E58~60項,弁論の全趣旨)。
その後の原告の受診状況
ア原告は,4月26日にJ医療センターを受診し,5月13日から同セ
ンターに検査入院したところ,同センターでも,高インスリン血性低血
糖症と診断された。原告は,同月24日に同センターを退院し,引き続
き,被告病院にてジアゾキサイドの処方等を含む治療を受けることとな
った(乙A12)。
イ原告は,その後も,被告病院へ通院を継続した。原告は,平成23年
12月までの間,被告病院にたびたび入退院した(乙A1~A7)。
ウ原告は,平成15年5月20日,被告病院において,発達検査を受け
たところ,生活年齢が1歳9か月であるのに対し,発達年齢は1歳5.
5か月であると判定された(乙A1[57],鑑定の結果)。
エ原告は,平成16年7月,福山市の3歳児検診で発達検査を受けたと
ころ,N園(児童発達支援センター)に週1回通うよう勧められた(甲
A6)。
オ原告が平成16年11月9日に被告病院を受診した際,Bは,I医師
に対し,同年10月16日に原告に無熱性のけいれんが約20分あった
ことを伝えた。原告に対して脳波検査が実施されたところ,両前頭に棘
徐波が認められた。I医師は,てんかんと診断し,原告に対してカルパ
マゼピン(てんかんに効能を有する薬剤)の処方を開始した(乙A1[9
5])。
カ原告は,平成18年1月18日,Kこども家庭センターにて心理検査
を受けたところ,中度精神発達遅滞であり,生活年齢4歳5か月に対し,
発達年齢は2歳前と判定された(乙A1[124],A5[17])。
原告の障害の認定
原告は,平成18年2月16日,広島県から障害程度A(重度)の療育
手帳の交付を受けた。同療育手帳は,平成20年12月10日及び平成2
3年11月8日に更新された(甲A2,A3)。
原告は,現在,障害を有する子ども向けの施設に入所し,特別支援学校
に通学している(原告法定代理人親権者母B166~171項)。
被告病院から原告の祖父母への説明
B及び原告の祖父母は,平成20年5月22日,被告病院のE医師に対
して,被告病院の初診時に血液検査をして治療を開始していたら原告の発
達遅延や自閉症は変わり得たかと尋ねた。E医師は,被告病院初診時は,
けいれんは落ち着いた状態で症状もなく検査は脳波のみとした,血液検査
をしても低血糖をその時点で見つけられたとは考えにくい,血糖は変動す
るので,症状のあるときに検査をしないと見つけられず,検査を繰り返し
てやっと診断できることが多い,1歳過ぎまでの発達はほぼ正常である,
明らかな発達遅延はその後に生じており,2歳前後に繰り返し起こした低
血糖のためと思われ,その原因は不規則な服薬と食事によると考えられ
る,今後も血糖コントロールに留意しなければ発達遅延がさらにひどくな
ることも考えられるなどと説明した(乙A2[2])。
事実認定の補足説明

の各受診日に,B
告の主張】に記載のとおりの内容を説明したと主張する。
イまず,原告は,2月2日の診察の際,Bが被告病院の医師に対して,
同日の夕食後に原告の顔が青ざめて目が上を向き,足が指先まで硬直し
たことなども説明したと主張し,Bの陳述書(甲A4)及び原告法定代
理人親権者母の供述にはこれに沿う部分がある。
しかし,被告病院の診療録の2月2日欄には,このような記載はなく
(乙A1〔34〕),原告が被告病院を受診する直前に受診したC小児
科のカルテ(乙A8)には,2月2日の3日前である1月30日とその
翌日である2月1日にけいれんがあったと記載されているにとどまる。
原告の全身状態がどのようであったかは,医師が診断をしたり,検査の
必要性の有無を判断するために必要な情報であるということができる
から,担当医師が原告の全身状態に関する重要な情報を診療録に記載し
ないことは容易に想定し難い。したがって,原告の上記主張は採用する
ことができない。
ウ原告は,2月6日の診察の際に,Bが被告病院の医師に対して,同日
午前8時に原告にけいれんが現れたことを説明したと主張し,原告法定
代理人親権者母は,これに沿う供述をする。
しかし,被告病院の診療録の2月6日欄(乙A1[37])には,「1
/30,2/1その后はけいれん様の動きなし」と記載されているが,
2月6日午前8時にけいれんが現れたことは記載されていない。また,
G病院の診療録の2月19日欄(乙A10[4])には,同日に起きた出
来事と同様の出来事が1月にもあったことが記載されているが,2月に
けいれんが現れたことは記載されていない。さらに,B作成の「Oの経
緯」と題する陳述書(甲A6)には,2月6日午前8時に原告にけいれ
んが現れたことは記載されていない。この点について,原告法定代理人
親権者母Bは,本人尋問において,E医師に対して2月6日朝のけいれ
んの出来事を説明したことについては,上記陳述書(甲A6)を作成し
た後に思い出したと供述するが,その理由について,改めて当時の出来
事を考える中で思い出したと説明するにとどまり,2月6日朝のけいれ
んの出来事を記載したメモや日記はないと供述している(調書189~
190項)。これらによれば,原告の上記主張は採用することができな
い。
エ原告は,2月12日の診察の際に,BがE医師に対して,2月11日
に原告がよく泣きながらしんどそうな様子を見せたこと,夕方には青ざ
めてけいれんし,唇が紫になって口から泡も出たこと,目がすわって白
目になったことなどを説明したと主張し,原告法定代理人親権者母は,
これに沿う供述をする。
しかし,被告病院の診療録の2月12日欄(乙A1[37])には,「昨
日から元気がないよく泣く」との記載があるが,原告青ざめてけいれ
んしたこと,唇が紫になって口から泡が出たこと,目が白目になったこ
とに関する記載はない。また,Bの陳述書(甲A4)には,2月11日
にけいれんが現れたことについての記載はないところ,上記ウの認定・
判断によれば,Bが陳述書(甲A4)を作成した後に原告の症状に関す
る重要な出来事を思い出したとは考え難い。これらによれば,原告の上
記主張は採用することができない。
2医学的知見等
後掲の各証拠によれば,医学的知見等については,次のとおりであること
が認められる。
高インスリン血性低血糖症について(甲B9)
高インスリン血性低血糖症は,血糖値に比してインスリンが過剰に分泌
されることに起因する低血糖症である。高インスリン血性低血糖症は,小
児期に発症する低血糖症の中で,もっとも神経学的予後の悪い低血糖症で
ある。
高インスリン血性低血糖症の診断については,低血糖時の血液検査によ
り,①インスリン分泌の直接的指標である血中インスリンが2~5μ
IU/mLを上回ること,②インスリン分泌の間接的指標である遊離脂肪酸が
1.5mmol/Lを下回ること,③インスリン分泌の間接的指標であるβヒド
ロキシ酪酸が2.0mmol/Lを下回ること,のいずれか1つを認めた場合に,
高インスリン血性低血糖症と診断することができる。
高インスリン血性低血糖症に対する緊急的治療の原則は,グルコースの
投与である。インスリンの過剰分泌に対する治療の第一選択は,インスリ
ンの分泌を抑制するジアゾキサイドの投与である。ジアゾキサイドは,初
期投与量として,1歳未満は5~10mg/kg/日,1歳以上は3~5mg/kg/
日から開始し,血糖値の正常化を指標として調整する。
小児のけいれん及び低血糖について(甲B2[720],B3[37~4
0],B5[16~18,1744],B6[283~286],B7[187
4~1877],B8[146~148,789~793],B9)
小児のけいれんは,人口の8~10%が乳幼児期に一度は経験するよう
に,まれなものではないとされている。小児のけいれんの原因は多様であ
り,まず,発熱時のけいれんか,無熱時のけいれんかに大別される。無熱
時のけいれんには,てんかん,泣き入りひきつけ(痛みや怒り等により激
しく泣き出したことにより呼気状態で呼吸を止めてチアノーゼ等を引き
起こすこと),代謝性疾患・代謝障害(副甲状腺機能低下症,水分・電解
質・浸透圧異常,高(低)ナトリウム血症,低マグネシウム血症,低血糖,
酸塩基平衡異常)等がある。けいれんの患児をみた場合にはけいれんの原
因を特定することが重要であるが,その診断は,患児の病歴,けいれん発
現前後の状態,けいれんの部位・持続時間・回数,現在の症状及び検査所
見(血液(電解質,血糖,カルシウム,尿素窒素,pH),検尿,脳波,
髄液,CTスキャニング)等を総合して行われる。
小児の低血糖症については,その症状は多彩であり,皮膚の蒼白,発汗,
四肢のふるえ,頻脈,いらだち,不機嫌,脱力感,意識障害,けいれん等
があるが,個々の症状はいずれも低血糖に特異な症状であるとはいえな
い。患児の血液を採取して血糖値の測定をした結果,一般的に40~50
mg/dl以下であれば低血糖と診断される。中枢神経系はエネルギー源とし
てブドウ糖への依存性が高いため,低血糖が長時間にわたって持続した
り,低血糖発作を頻回に反復したりすると,脳に不可逆的な器質的変化が
起こり得る。低血糖の発症が生後早く,その経過が遷延していて重いほど,
知的障害その他の後遺症を残すおそれが高い。
32月2日,2月6日,2月12日,2月18日の各診察日に,血液検査を
実施すべき注意義務違反の有無(争点(1))について
2月2日の診察日に血液検査を実施すべき注意義務違反の有無
アC小児科を受診し
た際,Bは原告が1月30日頃に泣いているときに,手足をピクピク,
びくっとさせ,急に泣き出すという出来事があったことや,前日にも同
様の様子が現れたことを説明したため,被告病院を受診するよう指示さ
れたこと,②C医師作成の紹介状には,傷病名として「けいれんの疑い」,
紹介目的として「昨日より上記を疑わせる動作がみられているようで
す。念のため,御精査(EEG(脳波)等)御願いいたします」と記載
されていること,③原告が2月2日に被告病院を受診した際,BはD医
師に対して上記紹介状を手渡すとともに,原告の症状について,3日前
及び前日の2回にわたり,泣いた後にピクッとなり,約1~2分ほどボ
ーッとした様な状態になり,その後に入眠するという出来事があった旨
を説明したこと,④D医師は,ランドー反射,ひき起こし反射,心肺音
や腹部の膨隆等について異常がないことを確認した上で,Bに対し,後
日,脳波の検査をした方がよいと説明し,原告を帰宅させたことが認め
られる。
また,証拠(証人E95項)によれば,被告病院では,夜間救急であ
っても,血液検査を実施することが可能であったことが認められる。
イ証拠(甲B3[39],B4[1],B5[17])によれば,複数の文献
において,小児の無熱性のけいれんの原因となる典型的な疾患として,
とおり,小児の無熱性けいれんの原因となる疾患については,てんかん
に限られるものではなく,様々なものが挙げられており,証拠(甲B2
[228],B3[40])によれば,てんかんと紛らわしい疾患として,
代謝性疾患や代謝異常を指摘する文献も存在することが認められる。ま
た,証拠(甲B6[301],B7[1877,2023])によれば,代
謝性疾患の中でも,低血糖症によるけいれんについては,その発作を頻
回に繰り返すと脳の器質的変化により中枢神経障害を招くため,速やか
に治療を行う必要性があるとされていることが認められる。
ウ鑑定人Mは,平成26年3月27日付け鑑定書(以下「鑑定書」とい
う。)及び同年9月1日付け鑑定書(以下「補充鑑定書」という。)に
おいて,要旨,①小児のけいれんや意識障害の症状は,成人と異なり,
不明瞭なことが多い,②小児のけいれんの原因は多岐に渡るものであ
り,全てが中枢神経の異常ではなく,特に新生児~乳児期では,全身疾
患の症状としてけいれんや意識障害を起こすことがまれではない,③一
般の小児科医,小児科研修医を対象としたテキストにも,小児のけいれ
ん,意識障害をみた場合には,血算,炎症反応の他に血清電解質,アン
モニア,血糖などを測定することが必須項目であると記載されている,
とした上で,生後6か月の乳児が無熱でけいれんを主訴に夜間救急を受
診した場合,感染以外の中枢神経系の異常(虐待などによる頭蓋内出血,
中枢神経奇形など)を考えるとともに,全身疾患の存在を疑うのは当然
のことと考えられ,最低限,血液検査として,血算,CRP,ナトリウ
ム,カリウム,カルシウム,血糖(できればガス分析,アンモニア,乳
酸など)は,救急外来であっても行うべきであったとの見解を示してい
る。
エ本件においては,前記アのとおり,原告が2月2日に被告病院を受診
した際,Bは,D医師に対し,3日前と前日の2回にわたり,原告に無
熱性のけいれんの症状が現れたことなどを説明したのであるから,前記
イ,ウの医学的知見や鑑定人の鑑定意見を踏まえると,D医師は,その
原因について,てんかん以外の全身疾患によるものである可能性がある
ことを疑った上で,原告の血液検査を実施して,代謝性疾患等の全身疾
患の有無を鑑別する注意義務を負うということができる。
ところが,D医師は,上記アのとおり,原告にけいれん様の症状はな
いことを確認し,ランドー反射,ひき起こし反射,心肺音や腹部の膨隆
等について異常がないことを確認した上で,Bに対し,後日,脳波の検
査をした方がよいと説明するにとどまり,原告に対して血液検査を実施
して代謝性疾患等の全身疾患の有無を鑑別しなかったから,上記注意義
務に違反したということができる。
オこの点について,被告は,①たとえ低血糖が起こっても,複数の血糖
上昇ホルモンが作用して血糖値が元に戻れば,臨床症状がなくなるか
ら,無症状のときに血液検査をしても,検査所見に異常は見られない,
②ガイドラインでは,低血糖(確実)かつ交感神経刺激症状あるいは中
枢神経機能低下症状の臨床症状があることが低血糖の診断基準とされ
ているから,受診時に臨床症状が見られない場合,血液検査は実施され
ないと主張する。
証拠(乙B2[1090])によれば,無症状の時の検査所見には異常
のないことが多いとされていることが認められる。他方で,証拠(甲B
2[223],B7[1868],鑑定の結果)によれば,低血糖の場合,
生化学的な低血糖の数値と臨床像には相違があり得ること,高インスリ
ン性低血糖では,低血糖状態が持続的であり,血糖値が基準値以下であ
っても無症状であることがあり得ることが認められる。これらによれ
ば,臨床症状が現れていない場合に血液検査をすることが無意味である
とまでいうことはできないから,被告の上記主張は,上記エの判断を左
右するものではない。
カ被告は,けいれんの発症後に短時間で正常に復しており,受診時には
けいれんが治まっている場合,医師としてはまずてんかんの疑いを考え
るのが通常である,2月2日の受診時にけいれんはなく,異常所見は見
られなかった,いかなる検査を行うかは医師の裁量の範囲内であるとし
て,被告病院の医師には2月2日の診察日に原告に対して血液検査を実
施する注意義務を負わないと主張する。そして,P医師作成の「鑑定書」
と題する意見書(乙B5)には,生後6か月の乳児が泣いた後にピクっ
とする動きがあったことを主な訴えとして来院した場合,血液検査を含
めどの範囲まで検査を行うべきかは,初診時の医師の裁量の範囲内であ
る,あらゆる疾患の見落としを恐れるあまり,生後6か月の乳児に対し
て,血液,画像検査などを含め考えうるすべての検査を行うことは現実
的でないとの見解が示されている。
しかし,上記イのとおり,低血糖症によるけいれんについては,その
発作を頻回に繰り返すと脳の器質的変化により中枢神経障害を招くた
め,速やかに治療を行う必要性があるとされていることや,血液検査は
医療機関において簡便に行うことができるものであること(鑑定の結
果)からすると,被告の上記主張は採用することができない。
2月6日の診察日に血液検査を実施すべき注意義務違反の有無
アE医師が2月6日に原告を診察した結果,て
んかんの可能性を考え,原告に対して脳波検査を実施したが,異常所見
は見られなかったことが認められる。
受診した際,Bは,D医師に対し,3日前と前日の2回にわたり,原告
に無熱性のけいれんの症状が現れた旨を説明しており,被告病院の診療
録(乙A1)には,その旨が記載されているから,E医師は,その原因
について,てんかん以外の全身疾患によるものである可能性があること
を疑った上で,原告の血液検査を実施して,代謝性疾患等の全身疾患の
有無を鑑別する注意義務を負うということができる。
ところが,EBに対し,1か月程度
の期間を空けて再度,原告の脳波検査をする方針であることを伝えるに
とどまり,原告に対して血液検査を実施して代謝性疾患等の全身疾患の
有無を鑑別しなかったから,上記注意義務に違反したということができ
る。
イこの点について,被告は,2月6日の診察時や脳波検査の前後に明ら
かな症状がない場合,通常,血液検査は行われないと主張し,P医師作
成の「鑑定書」と題する意見書(乙B5)には,これに沿う記載がある。
をすることが無意味であるとまでいうことはできないから,被告の上記
主張は,上記アの判断を左右するものではない。
以上述べたところによれば,被告病院の医師は,2月2日及び2月6日
に原告の血液検査を実施するべき注意義務に違反したことが認められる
から,2月12日及び2月18日の各診察日に原告に対して血液検査を実
施すべき注意義務に違反したかどうかについて判断するまでもなく,被告
は原告に対して債務不履行責任を負うということができる。そして,証拠
(鑑定の結果)によれば,被告病院の医師が2月2日又は2月6日に原告
に対して血液検査を実施したならば,原告について,遅くとも2月6日に
は低血糖症の診断をすることが可能であり,その数日後には,高インスリ
ン血性低血糖症の診断をすることが可能であったことが認められる。

原告は,被告病院では低血糖症の診断と治療が容易でなかったと考えら
れるから,被告病院の医師は,漫然と原告の経過を見るのではなく,早期
に小児内分泌科専門医の所属する施設に紹介(転送)すべきであったと主
張する。
しかし,被告病院が低血糖症の診断及び治療をする人的,物的体制を備
えていなかったことを認めるに足りる証拠はない。
かえって,証拠(乙A1,A2[3],A3[173],証人E71項)及
び弁論の全趣旨によれば,①被告病院は,多数の診療科を備え,小児科に
は3名の医師が所属する総合病院であること,②被告病院は,3月28日
に倫理委員会を開催し,当時は未承認薬であったジアゾキサイドの投与に
ついて了承を得た上で,原告に対し,日本小児内分泌学会を通して入手し
たジアゾキサイドの投与を開始したこと,③被告病院の医師は,原告に対
し,1日当たり75mgで投与を開始し,その後も原告の血糖値や年齢を見
ながらジアゾキサイドの投与量を変更し,平成20年10月頃には1日当
たり300mgを投与していたことが認められる。これによれば,被告病院
は,低血糖症の診断及び治療をする人的,物的体制を備えていたというこ
とができる。
原告は,原告に対するジアゾキサイドの投与量が適切ではなかった可能
性があると主張するが,このような事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって,被告病院の医師が原告を他の医療機関に転送する義務に違
反したという原告の主張は採用することができない。


原告の現在の障害の程度
平成18年障害程度A(重度)の療育手帳の交付を受け,その後も更新を
受けており,現在は,障害を有する子ども向けの施設に入所して特別支援
学校に通学していること,今後の症状の改善の見込みはないことが認めら
れる。
原告の障害の程度,内容によれば,原告の後遺障害は自動車損害賠償保
障法施行令別表第一第2級第1号に相当し,原告はその労働能力を10
0%喪失したということができる。
被告病院の医師の過失と因果関係のある障害の程度
ア[793])によれば,低血糖に
よる発作を繰り返すと,中枢神経系を損傷し,予後に重篤な脳障害を残
すおそれがあること,特に6か月未満の乳児では予後に影響を与える程
度が大きいことが認められる。
原告は,被告病院を最初に受診した平成14年2月当時,生後6か月
る2月2日から高インスリン血性低血糖症の診断を受けた3月28日
までの間,2月12日,2月18日,2月19日,3月5日,3月13
日の各日に,低血糖の症状である皮膚の蒼白,発汗,四肢のふるえ,頻
脈,いらだち,不機嫌,脱力感,意識障害,けいれん等の様子を示して
おり,3月26日の直前には,ほぼ毎日,上記のような症状が現れてい
たことが認められる。そして,証拠(鑑定の結果)によれば,原告の中
枢神経系は,上記の時期の低血糖状態やそれに伴うけいれん等により一
定の損傷を受けたことが認められる。
したがって,被告病院の医師が2月上旬から原告に対して高インスリ
ン血性低血糖症の治療薬を投与したならば,上記の期間内における原告
の中枢神経系の侵襲を回避することができたということができる。
イウ~カの認定事実及び証拠(鑑定の結果)によれ
ば,原告は,平成15年5月20日の発達検査において,生活年齢が1
歳9か月であるのに対し,発達年齢は1歳5.5か月,発達指数(DQ)
は83と判定されたこと,平成18年1月18日のKこども家庭センタ
ーにおける心理検査では,生活年齢が4歳5か月であるのに対し,発達
年齢は2歳前,発達指数(DQ)は45であると判定されたことが認め
られ,これによれば,平成18年時点においては,平成15年時点に比
べて発達遅滞の程度が大きくなったということができる。
また,後掲の証拠によれば,原告は,平成14年9月12日(乙A3
[161]),平成15年1月中旬(乙A3[144]),同年3月22日
~26日(3月24日を除く。乙A3[123]),平成17年1月12
日(乙A1[103]),同年1月19日(乙A1[104]),同年2月
2日(乙A1[106]),同年2月10日(乙A1[107]),同年8
月4日,同年8月8日(乙A1[114],A6[11]),同年8月17
日(乙A1[115]),同年11月30日(乙A6[16]),平成18
年1月1日(乙A1[122])の各日に,低血糖の状態となったことが
認められる。
これらによれば,原告の発達遅滞の程度は期間が経過するにつれて大
きくなっていること,原告は治療薬の投与を受けるようになった後も低
血糖の状態を繰り返していることが認められる。そうすると,原告が治
療薬の投与を受けるようになった後も,低血糖状態,けいれん等により,
原告の中枢神経系に損傷が加えられたと考えられる。
したがって,上記ア認定の後遺障害の全部が被告の債務不履行に起因
するものであるとまで認めることはできない。
ウ低血糖によるけいれんの頻度等と中枢神経系への侵襲の程度の関係
について実証的な研究が存在することをうかがわせる証拠はなく,低血
糖によるけいれん等が中枢神経系に与えた影響の程度を明確に判断す
ることは困難であるが,前記1認定の諸事情を考慮すると,仮に被告病
院の医師に過失がなく,原告に対して速やかに高インスリン血性低血糖
症の治療が開始されたとしても,原告には,自動車損害賠償保障法施行
令別表第二第9級第10号(神経系統の機能又は精神に障害を残し,服
することができる労務が相当な程度に制限されるもの)と同程度の後遺
障害が残存した蓋然性が高いということができる。民事訴訟法248条
の趣旨を踏まえると,原告が喪失した労働能力のうち65%に相当する
損害について,被告の債務不履行と相当因果関係を有すると認めるのが
相当である。

逸失利益
発達遅滞と判定され,同年2月16日に広島県から障害程度A(重度)の
療育手帳の交付を受けたから,同日を症状固定日と認めるのが相当であ
る。症状固定時の原告の年齢は4歳であるから,原告は,18歳から67
歳までの49年間の稼働が可能であったにもかかわらず,これが不可能と
なったと認められる(4歳から67歳までの63年に対応するライプニッ
ツ係数は19.0750,4歳から18歳までの14年に対応するライプ
ニッツ係数は9.8986である。)。原告は,症状固定時は未就学児で
あることから,原告の逸失利益を算定する前提となる基礎収入は,賃金セ
ンサス平成18年の全労働者・学歴計・全年齢の平均賃金である489万
3200円と認めるのが相当である。そうすると,原告の逸失利益は,2
918万6274円と算定される。
(計算式)4,893,200×0.65×(19.0750-9.8986)≒29,186,274
後遺障害慰謝料
原告に対する診療経過や本件に現れた一切の事情を考慮すると,後遺障
害慰謝料として1600万円を認めるのが相当である。
弁護士費用
本件訴訟の内容,審理経過等によれば,上記3認定の注意義務違反と相
当因果関係のある弁護士費用として450万円を認めるのが相当である。
合計額
る。
第4結論
以上によれば,原告の請求は,4968万6274円及びこれに対する平
成24年1月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損
害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がな
いからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
広島地方裁判所民事第1部
裁判長裁判官龍見昇
裁判官中尾隆宏及び裁判官奥田惠美は,転補につき,署名押印することが
できない。
裁判長裁判官龍見昇

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