弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中被告人を有罪とした部分を破棄する。
     被告人は無罪。
         理    由
 弁護人高見澤昭治、同高橋利明、同田岡浩之の上告趣意は、違憲をいう点を含め、
実質は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由に
あたらない。
 しかしながら、所論にかんがみ職権で調査すると、原判決は、刑訴法四一一条三
号によつて破棄を免れない。その理由は、以下に述べるとおりである。
 一 被告人は、左記のとおり、いずれも、東京都府中市ab丁目c番d号の自宅
において、自己の長男A(以下「A」という。)の友人である高校生B(以下「B」
という。)から、同人が他から窃取してきた物品を、それらが盗品であることの情
を知りながら買い受け、もつて賍物の故買をしたとして起訴されたものである。
 1 昭和五一年四月六日付起訴状記載の公訴事実第一(以下「本起訴状第一事実」
という。以下同様。)
 昭和五〇年一〇月一一日ころ、一四金ダイヤモンド付指輪、一八金台ジルコン付
指輪、一八金ネツクレス各一個(時価合計六万九〇〇〇円相当)を代金一万円で故
買。
 2 本起訴状第二事実
 同月二五日ころ、カセツトラジオ一台(時価二万円相当)を代金一万円で故買。
 3 本起訴状第三事実
 同月二六日ころ、プラチナ台ダイヤモンド付指輪、一八金台メキシコオパール付
指輪、模造真珠ネツクレス各一個(時価合計一三万八〇〇〇円相当)を代金三万円
で故買。
 4 昭和五一年四月三〇日付追起訴状記載の公訴事実第一(以下「追起訴状第一
事実」という。以下同様。)
 昭和四九年一〇月六日ころ、一八金台紫水晶付指輪、一八金台ヒスイ付指輪、プ
ラチナ製指輪各一個、ブローチ二個(時価合計二万三九〇〇円相当)を代金四〇〇
〇円で故買
 5 追起訴状第二事実
 昭和五〇年五月中旬ころ、プラチナ製鎖ネツクレス一個(時価一万円相当)を代
金二〇〇〇円で故買。
 6 追起訴状第三事実
 同月一三日ころ、プラチナ台紅水晶付指輪一個、ペンダント二個(時価合計四万
五〇〇〇円相当)を代金四〇〇〇円で故買。
 7 追起訴状第四事実
 同年一二月下旬ころ、カセツトテープレコーダー一台(時価一万二〇〇〇円相当)
を代金五〇〇〇円で故買。
 これに対し、被告人は、右各故買の事実を全面的に否認し、ただ、昭和五一年二
月中旬ころ、Bから、Aを介して、Bの両親がけんかをし母親が家を出るので二万
円を貸してくれるように頼まれ、これを貸した際、前記物品のうち、一八金台ジル
コン付指輪(本起訴状第一事実)、一八金台メキシコオパール付指輪、模造真珠ネ
ツクレス(以上二点本起訴状第三事実)、プラチナ台紅水晶付指輪、ペンダント二
個(以上三点追起訴状第三事実)の合計六点を預つたことがあるにすぎず、これら
の物品が賍物であることは知らなかつた旨弁解していた。
 第一審は、被告人方から発見されなかつた一部の物品につき、その特定に合理的
な疑いが残るとして、追起訴状第一事実を無罪とし、他の一部の公訴事実について
も同様の理由から一部の物品を除外したほかは、起訴事実に沿うBの供述を信用す
ることができるとして、ほぼ各公訴事実どおりの賍物故買の事実を認定して、被告
人を懲役一〇月、罰金四万円に処した。
 被告人が事実誤認等を理由として控訴したところ、原審は、Bの供述は、その供
述内容自体においても信用性に疑いを抱くべき点があることに加えて、第一審にお
いて取り調べられず原審において始めて取調を受けたAは前記被告人の弁解に符合
する証言をしており、右証言は、Aが本件の捜査当時においてすでに同旨の供述を
していることや、これを一部裏づける証拠も存することなどに照らして直ちにその
信憑性を否定し難いものがあるなど、原審の事実取調の結果によれば、B供述の信
用性についてさらに一層疑問が深まつたとし、結局、第一審判決が有罪とした各賍
物故買の事実を認定するについては、合理的な疑いが残り、証拠が不十分であるか
ら、第一審判決中右の部分は事実を誤認したものであるとして、これを破棄した。
しかし、原審は、さらに進んで、原審において追加された予備的訴因に基づき、被
告人は、昭和五一年二月中旬ころ、前記自宅において、Bから、同人が他から窃取
してきたネツクレス等六点(予備的訴因にかかる物品のうち、追起訴状第二事実の
ネツクレスを除外したものであつて、前記のように被告人がその弁解においてBか
ら預つたことを認めている物品。以下「本件物品」という。)を、それが盗品であ
るかもしれないことを認識しながら、Aを介し、Bに対する貸金二万円の担保とし
て預り、もつて賍物の寄蔵をしたとの事実を認定し、被告人に対し、懲役四月(執
行猶予二年)、罰金二万円の刑を言い渡した。
 二 ところで、原判決が、被告人において本件物品を預つた際それらが盗品であ
るかもしれないと認識していたとの事実を認定した理由として説示するところは、
(イ)本件物品は時価合計約六方四〇〇〇円相当のものであること、(ロ)被告人
は本件物品を虫めがねで調べてみたりしてから二万円の金を出すことを承諾したこ
と、(ハ)「両親がけんかをし、母親が家出をするので、この品物で金を貸してほ
しい」とのBの話は、その内容自体からしても、また、Bの母親が実際に家出した
ことをうかがわせる客観的状況が認められないことからも、甚だ不自然なものであ
り、にわかに信じ難いものというべきところ、被告人は、Aから右の話を聞き、品
物を見たほか、Bの母親とはもう連絡がつかないとか、Bはすでに帰つてしまつた
というAの言葉を聞いただけで、たやすく金出すことにしていること、(ニ)被告
人は、取調の当初においては、本件物品をBから預つたことを秘し、各地の質屋、
骨とう屋、露店などで買つたものであると供述していたこと、(ホ)右のようにB
から預つたことを秘していた理由につき、被告人は、AがBと一緒に悪いことをし
ているのではないかと心配し、また、自分の自衛官としての立場も考えたためであ
ると述べていること、(ヘ)被告人は、本件物品を確認してから金を出したのか、
それとも金を出してから物品を見たのかという点について、供述を変転させており、
どちらかといえば、品物を見ないうちに金を出したとする傾向がうかがわれるので
あるが、本件貸金が被告人のいうように全く善意の援助行為であるならば、担保物
確認の先後にこだわる理由がなく、右のような供述の変転は奇異の感を免れないこ
と、(ト)被告人は、第一審では虫めがねで品物を見たことを否定したが、それは
そのことを肯定すれば自分に疑いがかけられると思つたからであると原審において
述べており、右は、被告人が品物を検認した際にそれが盗品ではないかとの疑念を
抱いていたことを示すものとも考えられること、(チ)本件物品は他の品物と特に
区別がなされず雑然と保管されていたこと、(リ)被告人とBの母親との間では、
本件の事前にも事後にもなんら挨拶、話合いなどがされていないこと、以上のよう
な諸点のほか、被告人方とB方の双方の家庭状況など諸般の事情を総合して判断す
れば、被告人は、Aを介してBから本件物品を預る際、右物品が盗品であるかもし
れないことを認識していたものと認めるのが相当である、というにある。
 三 そこで検討すると、原判決が右に指摘する諸事実のうち、まず(イ)(ロ)
の事実は、それ自体としては直ちに被告人の未必的認識を推認させるようなものと
は考えられない。次に、(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)の事実についてみると、このよ
うに被告人が当初本件物品をBから預つたことを秘匿したり、また、被告人が右物
品を預つた際それが賍品であることを知つていたのではないかと疑われることに対
する強い警戒心を有していたことをうかがわせる供述態度を示していることは、こ
れらについての被告人の弁解内容と相俟つて、被告人の意識にやましさがあつたこ
と、ひいては本件物品の賍物性について少なくとも未必的認識があつたことを推認
させるひとつの徴憑となりえないものではなく、(ハ)(チ)(リ)の事実も、被
告人は、本件物品を担保とするBの金銭借用依頼の理由の説明を必ずしもそのまま
信用してはいなかつたのではないか、少なくともこれらの点についてあまり関心が
なかつたのではないか、また、Bが借用金を返還して本件物品を取り戻しに来るこ
となどはあまりあてにしてはいなかつたのではないか等の疑いを生ぜしめるもので
あり、ひいては同じく被告人の賍物性の未必的認識の肯定につながる可能性をもつ
徴憑であることを全く否定することはできない。しかしながら、以上の各事実は、
いずれもそれだけでは、あるいは被告人に右未必的認識があつたかもしれないとの
推測を生ぜしめる程度の証明力しかもつものではなく、他に被告人とBとの従来の
関係、Bの人物や素行についての被告人の認識、本件物品の性状及びその対価の額、
この種の物の売買や収受に関する被告人の従前の行動等の点においてさらに右の推
認を強める特段の事情が認められない限り、右の事実だけでは未だもつて被告人に
本件物品の賍物性について未必的認識があつたとの推断を下さしめるには足りない
といわなければならない。
 しかるに、本件において、盗品をめぐるBと被告人との交渉に関するBの供述の
信用性が否定され、本件物品を被告人が所持するに至つた経緯についてもBの供述
が排斥されて被告人の弁解が採用される以上(この点に関する原判断は、記録に照
らして相当と認められる。)、盗品をめぐる両者の交渉としては本件物品の授受が
最初で唯一のものであつたとせざるをえず、かつ、右のようにBの前記供述部分の
信用性が否定され、ひいてそれ以外の被告人に関係のある供述部分についても、全
体としてその信用性が失われる結果、これを証拠として、Bが盗みなどの非行をし
たり、あるいはこれをしかねない少年であることを被告人が知つていたか、又は容
易に知りうる状況であつたことを認めることができず、他にこれを認めさせるよう
な証拠は存在しないのである。また、本件物品はいずれも、この種の物としては特
に高価な品というわけではなく、通常の家庭の主婦が持つていても格別不審に思わ
れるようなものではないし、合計時価約六万四〇〇〇円相当の物を預つて二万円を
貸与したことについても、対価が賍物性の未必的認識を推測させるほど低いもので
あるともいえない。さらに被告人が従来利得目的で貴金属類の売買等を反復して行
つていたとの事実を示すような証拠も見あたらず、要するに右に挙げたような特段
の事情の存在については、その証明がないのである。なお、原判決は、前記(イ)
ないし(リ)の諸事実のほかに被告人方とB方の双方の家庭事情など証拠により認
められる諸般の事情をも総合して被告人の未必的認識を認定しているが、そこにい
う双方の家庭事情や諸般の事情が何を指すのか必ずしも明らかでないのみならず、
記録を検討しても、これまで述べた点以上にかかる未必的認識を推認せしめる根拠
となるような事実を見出すことはできない。
 以上の点に加え、被告人が二三年間にわたり自衛官として勤務してきた前科のな
い者であることなどを考慮すると、本件において、被告人に本件物品が盗品である
ことについての未必的認識があつたものと認定するに足りる十分な証拠があるとは、
とうていいうことができない。
 四 そうすると、原判決が、前示のような理由のみをもつて右認識の存在を認め、
被告人に有罪を言い渡したことは、証拠の評価を誤り、判決に影響を及ぼすべき重
大な事実誤認を犯したものといわざるをえず、原判決を破棄しなければ著しく正義
に反すると認められる。
 よつて、刑訴法四一一条三号により原判決の有罪部分を破棄し、当裁判所におい
て直ちに判決をするのを相当と認めるので、同法四一三条但書、四一四条、四〇四
条、三三六条により、主文のとおり判決する。
 この判決は、裁判官団藤重光の補足意見及び裁判官谷口正孝の意見があるほか、
裁判官全員一致の意見によるものである。
 裁判官団藤重光の補足意見は、次のとおりである。
 一 わたくしは、まず、原審における予備的訴因の追加の許可(昭和五五年七月
一五日決定)がはたして適法であつたかどうかについて、所見を述べておきたい。
 多数意見の冒頭に要約されているとおり、被告人は、昭和四九年一〇月六日ころ
から同五〇年一二月下旬ころまでの七回にわたつて、長男Aの友人Bから同人が他
から窃取して来た十数点にのぼる物品を自宅において故買したということで、起訴
されたのである。これに対して、被告人は、これらの故買の事実を全面的に否認し、
ただ、これらの物品の中で指輪など六点だけについては、被告人がBから泰弘を通
じて二万円の借金を申し込まれた際にその担保としてAを介して預かつたことを認
めたが、それらが賍物であることは知らなかつたと主張していた。そこで、検察・
弁護双方の攻防は、上記の各故買事実の存否をめぐつて、きめ手となる「盗品を被
告人に買つてもらつた」旨のBの供述の信憑性の有無が焦点となつたのであつた。
 第一審は、Bの供述を措信して、公訴事実中一部を除く大部分について有罪を認
めたので、有罪部分について被告人側からの控訴申立があり、事件は控訴審に移つ
た。控訴審においては弁護側の防禦が次第に功を奏し、弁論終結の段階では、弁護
人としては本位的訴因について無罪判決を確信するにいたつていたであろうことは、
原審第一一回公判期日における弁護人・検察官双方の弁論要旨(記録第四冊三九丁
以下、七〇丁以下)を比較してみても、容易に看取される。ところが、この段階に
いたつて、突如として、弁論再開の上、賍物寄蔵の予備的訴因の追加がみとめられ
たのである。
 この予備的訴因は、被告人は昭和五一年二月中旬ころ、自宅において、Bから、
同人が他から窃取して来たネツクしス、指輪等七点を、情を知りながら、Aを介し、
Bに対する貸金二万円の担保として預かり、もつて賍物の寄蔵をしたものである、
というのである(記録第四冊一一六丁)。
 これは、犯行の日時の点で本位的訴因とのあいだに四箇月ないし九箇月ものひら
きがあるのであつて、目的物こそ同一であるとはいえ、このようにかけはなれた日
時における故買と寄蔵とが、はたして公訴事実の同一性の範囲内のものといえるか
どうかについても(刑訴法三一二条一項参照)、疑問の余地がないではないが、賍
物罪の特殊性からいつて、また、既判力の範囲の考慮からいつても、この点は不問
に付するのが相当であろう。
 問題は、この予備的訴因の内容と、その追加の時期である。原審で陳述された弁
護人の意見書にもあるとおり(記録第四冊一二一丁以下)、この予備的訴因に掲げ
られている事実は、外形的事実としては、被告人が当初から弁解として主張してい
た事実そのものであり、検察官としては、それまでにこのような予備的訴因の追加
請求をする機会はいくらもあつたのにかかわらず、この段階にいたつて、はじめて
それをしたのである。
 おもうに、手続の初期の段階におけるのとちがつて、実体形成がここまで進んだ
手続段階において、しかも弁護側の防禦活動の結果を逆手にとるような訴因変更を
みとめることは、公正な攻撃防禦を主眼とする当事者主義の理念にもとるものとい
うべきであろう(松尾浩也・警察研究四五巻〔昭和四九年〕一一号一〇四頁参照)。
 もつとも、わたくしは、これだけで、すぐに、本件予備的訴因追加を不適法とみ
るつもりはない。わたくしは、ここで、改めて、控訴審における訴因の追加・変更
の問題について考えてみなければならない。私見によれば、控訴審においても、原
判決の破棄を前提として、訴因の追加・変更が許されるべきであるが、そのばあい
には、新訴因について被告人側に充分に防禦を尽させるために、原則として第一審
に事件を差し戻す必要がある。控訴審において新訴因にもとづいて自判が許される
のは、それによつて被告人の実質的な防禦の利益を害することにならないような特
段の事情のあるばあいにかぎるべきである。そうすると、このような特段の事情の
みとめられない本件においては、かりに予備的訴因の追加をみとめるとしても、第
一審判決を破棄した上、事件を第一審に差し戻すべきであつた。ところが、本件で
は、起訴(昭和五一年四月六日)以来、予備的訴因追加の許可までにすでに四年三
箇月以上、原判決の宣告(昭和五六年七月一四日)までには五年三箇月以上の日子
を経過しているのである。このようなばあいに第一審へ事件を差し戻すことは、あ
きらかに迅速な裁判(憲法三七条、刑訴法一条)の要請に反するといわなければな
らない。のみならず、本件ではもつとも重要な証人であるBはその段階ではすでに
死亡していたのであるから、かりに第一審に差し戻しても充分な審理を行うことは
困難であつたのであり、被告人の防禦の面においても重要な支障を生じていたので
ある。
 以上の事情を総合して考えると、本件予備的訴因追加を許可した原審の措置は不
適法であつたというべきであり、原審は、本位的訴因について犯罪事実の証明がな
い以上、第一審判決を破棄してただちに無罪の判決を言い渡すべきであつたといわ
なければならない
 二 かようにして、当審においても、本来ならば、右のような手続上の違法を理
由として原判決を破棄して無罪の自判をするべきところであつた。谷口裁判官はま
さしくそれを主張されるのであり、わたくしもこれに対して満腔の敬意を惜しむも
のではない。
 しかし、さらに進んで考えると、訴因の適法性は訴訟条件の問題に直結するもの
ではなく、訴因について上記のような違法があるからといつて、原判決がその訴因
についてした犯罪事実の認定の当否について当審が実体に立ち入つて審査すること
じたいを、すこしも妨げるものではない。そうして、現に当審においてそのような
審査をした結果、犯罪事実の証明があるとはいえず、実体的にも無罪を言い渡すべ
きものであることがあきらかになつたのである。すでに当審においてここまで実体
形成が進められた以上、原審が違法に予備的訴因の追加を許可したという手続上の
瑕疵をとがめ立てるべき段階はもはや過ぎ去つたものとみるべきである。これは、
いうまでもなく、瑕疵の治癒ではなく、瑕疵は依然として残つている。しかし、被
告人の立場に立つて考えるとき、予備的訴因追加の手続的な違法を理由として無罪
を言い渡されるのと、予備的訴因じたいについても犯罪の証明がないことを理由と
して無罪を言い渡されるのと、どちらがいつそう利益であろうか。法技術的には両
者のあいだにはなんらの差異もないといえようが、刑事裁判においては法技術的な
ものをこえる人間的情緒の要素を無視し去つてはならないのであつて、そのような
見地に立つて考えるときは、あきらかに後者が利益であるというべきである。もと
もと訴因は被告人の防禦の利益のために設けられた制度である。犯罪の証明がない
ことがあきらかになつた段階で、なおかつ証拠不十分の理由による無罪の言渡を避
け、もつぱら手続上の理由によつて無罪を言い渡すべきものとするのは、かえつて
訴因制度の本旨に反することになりはしないかとおもう。
 法廷意見は、訴因論に立ち入ることをしないで、端的に実体的理由から無罪の結
論に到達しているのであるが、わたくしは、以上に述べたような見地において、全
面的にこれを支持するものである。
 裁判官谷口正孝の意見は、次のとおりである。
 私も、原判決を破棄し、当裁判所において自判のうえ、被告人に対し無罪判決の
言渡しをすることについては、異論はない。
 然し、私は、本件については、原裁判所がそもそも終結した弁論を再開したうえ
予備的訴因の追加を許可したことは違法であり、原裁判所として第一審判決の認定
した被告人と原判示のBとの間の第一審判決認定の盗品の売買の事実じたいにすべ
て誤認の疑いがあるとしたのであれば当然その段階において第一審判決を破棄し、
無罪の裁判をすべきであつたと思う。
 なるほど、控訴審において訴因の変更の許されることは当裁判所の判例の示すと
ころであるが、その訴因変更は無条件に許されるわけではなく、「訴訟記録並びに
原裁判所及び控訴裁判所において取り調べた証拠によつて原判決を破棄し自判して
も被告人の防禦上実質的利益を害しないと認められるようなとき」という制約に服
すべきことも既に当裁判所の判例に示すところである(最高裁昭和三〇年一二月二
六日第二小法廷判決・刑集九巻一四号三〇一一頁)。控訴審において、被告人が第
一審以来検察官の提起した訴因事実に対してしてきた防禦を実質上徒労に帰せしめ
るような訴因変更を認めることは、刑事裁判における審理手続の正義、公平の観点
からしても許されるべきではあるまい。
 ところで、本件についてこれをみるのに、検察官は、起訴、追起訴において昭和
四九年一〇月六日ころから同五〇年一二月下旬ころまでの間七回にわたり被告人が
Bから同人が他から窃取してきた指輪、ネツクレス、カセツトテープレコーダー等
を盗品たることの情を知りながら買い受け賍物故買をしたとの事実を訴因として審
判を請求した。これに対し、被告人及び弁護人は右訴因事実全部についてBからの
購買の事実じたいを争い、起訴状公訴事実第一事実記載のジルコン指輪一個、同第
三事実記載のメキシコオパール指輪、模造真珠ネツクレス各一個及び追起訴状公訴
事実第三事実記載の紅水晶指輪一個、ペンダント二個については、Bから同人の母
親が夫婦喧嘩をして家出するについて所持金がないから金を貸してくれとの申出を
受けた被告人の長男Aが、被告人に対し金を貸してくれるように依頼したので、被
告人はこれを承諾し金二万円をBに貸与するとともに右指輪等六点をその貸金の返
済を受ける迄預り保管したもので、それらが盗品であることは全然知らなかつたと
弁解した。
 そこで、第一審においては専ら各訴因事実について被告人がBから当該各記載の
物品を購入した事実の有無が争点となつた。検察官は公訴事実に副う趣旨の供述を
しているBの証人尋問調書、同人の検察官に対する同旨の供述調書及び同人の窃取
してきた盗品のうち多くの物が被告人方居宅で発見、押収されていることを有罪立
証の柱としていた。被告人及び弁護人は、検察官主張の被告人がBから訴因事実各
記載の物品を購入した事実の存在を否定するため、同人の供述が虚構であるゆえん
を主張立証して、その信憑性を争い、被告人方居宅で発見されたBの盗品のうち右
被告人の弁解にかかる物品以外は前記AがBの依頼を受け預り保管したものである
ことなどの立証に努めたのであるが、第一審判決は、追起訴状記載の公訴事実中第
一の訴因事実についてはBが被告人に売却した物品の特定性について疑問があるが、
その余の公訴事実記載の各訴因事実については、Bの証人尋問調書、同人の検察官
に対する供述調書中の検察官の主張に副う各供述は十分信用できるとし、これに反
する被告人の供述は前記弁解事実を含めてとうてい信用できないとしてこれを排斥
したのである。
 次いで、原審においても、被告人及び弁護人は、第一審判決が有罪認定の根拠と
したBの証人尋問調書、同人の検察官に対する供述調書の信憑性の攻撃に全立証活
動を集中し、検察官は、被告人の前記指輪等六点をBから貸金の返済を受けるまで
被告人の長男Aを介して預り保管した旨の弁解を含めて被告人の供述はその内容に
おいてすべて不合理で首肯できないと主張したのであつた。然るところ、原審が事
実の取調べを行い審理を重ねた結果、右Bの証人尋問調書、同人の検察官に対する
供述調書中の同人の供述が、原判決が詳細に説明するように客観的事実に反すると
ころもあり、全体として信用性に欠けるものであることが明らかにされたわけであ
る。そして、Bが窃取してきた盗品のうちカセツトテープレコーダー及びカセツト
ラジオが被告人方居宅で発見されるにいたつた経緯についても、前記AがBから預
り保管していたものであることが立証されたのである。被告人及び弁護人の防禦・
立証活動は成功したというべきであつた。
 然るに、原審は職権により弁論を再開し、検察官はその段階において予備的訴因
の追加を求めたのである。その訴因事実とされた事実は、それまで検察官が合理性
を欠き首肯できないとしていた被告人の前記弁解に副う事実であつた。
 そして、原審は、右訴因の予備的追加申立に対する弁護人の異議申立を却下し、
右申立を許可したうえ、右予備的訴因追加申立書記載の事実について被告人を有罪
とした(但し一部を除いている)。
 右原審における訴訟審理の経過を考えると、検察官は第一審判決が有罪とした事
実について、自らの有罪の主張が維持できなくなつた段階において、従前合理性を
欠き首肯できないとした被告人の弁解事実を採りあげ、逆にこの事実に副つて有罪
主張の理由を構成しているのである。
 私は、本件予備的訴因追加の申立は刑事訴訟手続における公平の理念に反するも
のと思う。のみならず、第一審判決が有罪とした六件の賍物故買の事実と予備的訴
因追加申立書記載の唯一回の、しかも被告人の長男Aを介し、その友人であるBに
対する貸金二万円の担保として賍物を預り保管したという事実(この事実のみを被
告人の犯行とする場合、前科、前歴もなく、しかも長年にわたり国家公務員として
まじめに勤務してきた被告人に対しては、果して起訴されたかどうかも問題であろ
う。)とでは、事件の質を異にし、被告人及び弁護人の知情の点の防禦、その立証
の方法についても異るものがある。本件の予備的訴因追加申立は、被告人及び弁護
人の虚をつき、実質的に防禦上の不利益を強いるものであり、右申立は許可される
べきではなかつたと思う。
 従つて、原審としては第一審の有罪認定を事実誤認として破棄するのであれば、
被告人に対し右有罪とされた訴因事実について直ちに無罪の言い渡しをすべきであ
つたと考える。然しながら、多数意見も被告人に対し予備的訴因追加申立書記載の
事実について無罪とするものであるから、私としても被告人に無罪を言い渡すとい
う結論においてこれに従うことにした。
 検察官細谷明 公判出席
  昭和五八年二月二四日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    中   村   治   朗
            裁判官    団   藤   重   光
            裁判官    藤   崎   萬   里
            裁判官    谷   口   正   孝
            裁判官    和   田   誠   一

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71期修習生 72期修習生 求人
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職種 事務職
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