弁護士法人ITJ法律事務所

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          主    文
     1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
     2 上記取消し部分にかかる被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
     3 訴訟費用は1,2審とも被控訴人らの負担とする。
          事実及び理由
第1 控訴の趣旨
   主文同旨
第2 事案の概要
 1 争いのない事実等
  (1) 原審被告A(以下「A」という。)は,平成12年4月22日午前1時45分ころ,
原審被告B(以下「B」という。)の所有する普通乗用自動車(以下「本件車
両」という。)を運転して愛知県安城市a町b番c号先路上を進行中,ハンド
ル操作を誤って本件車両をセンターラインを越えて反対車線に進出させ,
反対車線を対向走行してきたCの運転する普通乗用自動車に本件車両を
衝突させる事故を発生させた(以下「本件事故」という。)(甲第1号証,第3
号証,第9ないし第12号証,乙ハ第2号証,第5号証)。
  (2) Cは,本件事故により外傷性脳挫傷及び肺挫傷の傷害を負い,平成12年
4月22日午前2時15分死亡した(甲第8号証)。
  (3) 被控訴人DはCの妻であり,被控訴人E,被控訴人F,被控訴人Gはいず
れもCの子であり,Cの相続人は被控訴人ら4名である(甲第2号証の1な
いし4)。
  (4) 被控訴人らは,自動車損害賠償責任保険から合計3000万円の支払を受
けたほか,Aからも合計86万円の支払を受けた(争いがない。)。
  (5) 本件事故当時,Aの夫であるHは,控訴人との間で,Hの所有する自動車
(以下「H所有車両」という。)を被保険自動車とする自家用自動車総合保
険契約を締結しており(以下「本件保険契約」という。),同保険には,他車
運転危険担保特約が付されていた。同保険約款の特約条項「⑥他車運転
危険担保特約」には,「この特約において,他の自動車とは,記名被保険
者,その配偶者または記名被保険者もしくはその配偶者の同居の親族が
所有する自動車(所有権留保条項付売買契約により購入した自動車,及
び1年以上を期間とする貸借契約により借り入れた自動車を含む)以外の
自動車であって,記名被保険者,その配偶者または記名被保険者もしくは
その配偶者の同居の親族が常時使用する自動車を除きます(2条)」,「当
会社は,記名被保険者,その配偶者または記名被保険者もしくはその配
偶者の同居の親族が,自ら運転者として運転中の他の自動車を被保険自
動車とみなして,被保険自動車の保険契約の条件に従い,普通保険約款
賠償責任条項を適用します(3条1項本文)」との条項がある(争いがな
い。)。
 2 本件訴訟の経緯
  (1) 上記事情のもとで,被控訴人らは,A,B,控訴人に対して本件訴訟を提起
し,次のとおりの請求をした。
   ア Aに対しては民法709条に基づく,Bに対しては自動車損害賠償保障法
3条に基づく,各自,被控訴人Dに対する835万8750円,被控訴人
E,被控訴人F,被控訴人Gのそれぞれに対する418万6251円及びこ
れらに対する本件事故の日から支払済みまで民法所定年5分の割合に
よる遅延損害金の支払
   イ 控訴人に対し,本件保険契約に基づく,被控訴人DのAに対する判決の
確定を条件とする,被控訴人Dに対する835万8750円及びこれに対
する判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合に
よる遅延損害金の支払
   ウ 控訴人に対し,本件保険契約に基づく,被控訴人E,被控訴人F,被控訴
人GのAに対する判決の確定を条件とする,同被控訴人らのそれぞれ
に対する418万6251円及びこれに対する判決確定の日の翌日から
支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払
  (2) これに対し,原審は,次のとおり,被控訴人らの請求を一部認める判決を
した。
   ア A及びBは,各自,被控訴人Dに対し662万8751円及びこれに対する平
成12年4月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を,被控
訴人E,被控訴人F,被控訴人Gのそれぞれに対し364万2917円及び
これに対する平成12年4月22日から支払済みまで年5分の割合によ
る金員を支払え。
   イ 控訴人は,被控訴人DのAに対する判決が確定したときは,被控訴人Dに
対し662万8751円及びこれに対する上記判決確定の日の翌日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
   ウ 控訴人は,被控訴人E,被控訴人F,被控訴人GのAに対する判決が確
定したときは,同被控訴人らのそれぞれに対し364万2917円及びこ
れに対する上記判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合
による金員を支払え。
  (3) 上記原審判決に対し不服のある控訴人のみが本件控訴をした。
 3 争 点
 (1) 本件保険契約において,Aが運転していた本件車両が他車運転危険担保
特約にいう「常時使用する自動車」に該当するか。
(控訴人の主張)
他車運転危険担保特約は,被保険自動車以外の自動車を臨時に運転し
ている際に起こした事故を対象とするものである。本件事故は,被保険自
動車を保険契約者であるHが恒常的に運転している状態で,Aが自動車
保険に付されていない本件車両を運転していたものであり,Aには本件車
両の使用について広汎な裁量が与えられ,BとAとの間には返還期限の
定めもなかったものであり,本件車両は,Aにとって他車運転危険担保特
約にいう「常時使用する自動車」に該当する。
(被控訴人らの主張)
 本件事故当時,Aは,Bから本件車両の保管を依頼されていたにすぎ
ず,保管中に自己使用する場合は,その都度Bより許可を受けることにな
っており,使用範囲も限定されていた。そして,保管期間はBが駐車場を
借りるまでという一時的なものであって,Aが本件車両を使用した期間は
約8日間でしかない。このように,本件車両は,Aにとって他車運転危険担
保特約にいう「常時使用する自動車」とはいえないものである。
 (2) 本件事故による損害額
(被控訴人らの主張)
 被控訴人らは,本件事故によってCが受けた下記アの損害を相続分に
応じて相続したほか,それぞれ下記イの固有の損害を受け,これらの合計
は,被控訴人Dにつき2335万8750円,その余の被控訴人につき各91
8万6251円となる。
   ア Cの損害
    (ア) 逸失利益  1771万7503円
    (イ) 慰謝料  2000万円
  イ 被控訴人らの損害
    (ア) 慰謝料  各250万円
    (イ) 葬儀費用  被控訴人Dにつき120万円
    (ウ) 弁護士費用  被控訴人Dにつき80万円,その他の被控訴人につき
各40万円
  (3) 過失相殺
(控訴人の主張)
 Cは,平成12年4月21日午後7時ころから同月22日午前1時ころまで
飲酒し,少なくとも酒気帯びの状態で自動車を運転中本件事故に遭ってお
り,本件事故の発生にはCにも過失があるから,過失相殺がされるべきで
ある。
(被控訴人らの主張)
 仮に本件事故当時Cが酒気帯びの状態であったとしても,控訴人におい
てCの飲酒と本件事故との間の因果関係を主張しないから,控訴人の過
失相殺の主張は失当である。
第3 当裁判所の判断
 1 争点(1)について
  (1) 他車運転危険担保特約の趣旨は,被保険自動車を運転する被保険者が,
たまたまこれに代えて他の自動車を運転した場合,その使用が,被保険
自動車の使用と同一視し得るようなもので,事故発生の危険性が被保険
自動車について想定された危険性の範囲内にとどまるものと評価される
場合には,被保険自動車についての保険料でその危険をまかなう経済的
合理性が認められることから,その限度で,他の自動車の使用による危険
をも担保しようとするものであると解される。
 したがって,被保険自動車以外の自動車が,他車運転危険担保特約に
おける「他の自動車」から除外されることとなる「常時使用する自動車」に
該当するかどうかは,当該自動車の使用期間,使用目的,使用頻度,使
用についての裁量権の有無等に照らし,当該自動車の使用が,被保険自
動車の使用について予測される危険の範囲を逸脱したものと評価される
ものか否かによって判断すべきものである。
  (2) これを本件についてみるに,甲第12号証の1ないし3,第17号証,乙ハ第
5ないし第7号証,第10号証,第12号証及び当審証人Iの証言,原審にお
けるA,Bの各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば以下の事実
を認めることができる。
   ア Hは,日常H所有車両を通勤に使用していた。
   イ Aは,岡崎市内のスナック「T」に勤務していて,「T」の客であるBと知り合
った。Aは,Bに対しては,自分には子供がいるが,離婚して独身である
旨偽っていた。
   ウ Bは,Aに対し,自動車を2台所有しているが,そのうちの1台である本件
車両については,使用頻度が少なくバッテリーも頻繁にあがってしまう
ためときどき使用して欲しいと誘いかけたが,Aがこれを断ったというこ
とがあった。しかし,Aは,平成12年4月上旬ころ再度Bから同様の話を
され,H所有車両以外には自動車がなく,子供もいて自動車があれば
便利であると考え,本件車両を借り受けることに決めた。このとき,Bと
Aとの間で特に返還期限についての定めはなかった。
   エ Aは,平成12年4月14日に本件車両及びキー1本をBから引き取った
が,自宅には本件車両を駐車させるスペースはないため,自宅近くの
路上に本件車両を駐車させていた。Aは,本件車両を借り受けてから
は,近所への買い物に3回程度使用したほか,自宅から7,8キロメート
ル離れた「T」への出勤に使用したこともあった。なお,Bは,同月16日
に,本件車両を使用するため,いったんAの自宅まで本件車両を取りに
行ったが,同日中にガソリンを満タンにし洗車をしたうえ,本件車両を再
びAに引き渡した。
   オ Aは,同月21日午後9時半ころ,「T」で働くJに頼まれ,本件車両に同人
を同乗させて「T」へ行き,翌22日午前1時ころまで「T」にいた後,同人
を乗せて帰宅する途中,本件事故を発生させた。
  (3) 上記認定について,Aは,本件車両はBが本件車両の駐車場所を確保し
たときには返還する約束であり,実際にも,本件事故当日又はその前日
に,Bから駐車場が確保できたので本件車両を取りに行くと言われたと供
述する。しかし,乙ハ第5,第6号証,第8号証,第11,第12号証及び当
審証人Iの証言によれば,Bは,平成9年5月28日ころ本件車両を購入し,
また,同年12月12日ころトラックを購入して本件事故当時は2台の自動
車を保有していたが,駐車場所は1台分しかなく,普段は正規の駐車場所
には本件車両を駐車させ,上記トラックは自宅近くの路上に駐車させてい
たこと,控訴人から本件事故について調査の依頼を受けたIは,平成12年
5月18日にAと面談した際には,Aから本件車両の貸借については期限
はなかったと聞かされたが,Bの駐車場の件については話はなく,また,
同月21日にBと面談した際にも同様であったが,控訴人がH宛に保険金
の支払はできないとの通知をした後の同年7月15日ころA側から面談を
求められ,その際,はじめて,Aから「本件車両を借りたのはBが駐車場を
確保できるまでの間だけだった」旨の説明を受けたことが認められ,これら
によれば,Aの上記供述は採用できない。
 また,Aは,本件車両を運転する際には,あらかじめBに電話等で許可を
得ることになっていたと供述する。しかし,乙ハ第6号証及び原審における
A,Bの各本人尋問の結果によれば,「T」でAとBが本件車両の貸借の話
をしていた際,これを聞いていた「T」の経営者であるKが,Aに対し,「客の
車なので黙って乗らないように。承諾を得てから乗るように」と言ったため,
AもBもこれを了解したこと,しかし,Aは本件車両のキーを渡されており,
実際にもBに承諾を得ることなく本件車両を運転したことがあり,本件事故
当日もBの事前の承諾を得ることなく本件車両を運転して「T」へ行ったこと
が認められ,これらに照らすと,BがAの事前の申し出なしには本件車両
の使用を許さないという意思であったとは認められない。
  (4) 以上によれば,AがBから本件車両を借りて本件事故を起こすまでの期間
は1週間であって実際の使用期間は長いとはいえないが,この間,Aは少
なくとも4,5回程度は本件車両を運転しており,その使用頻度は上記使用
期間に照らすと必ずしも低いものでもない。また,Aは本件事故を起こさな
ければその後も相当期間本件車両の使用を継続したものと予想されるう
え,必ずしも近距離とはいえない「T」への通勤にも使用したことがあること
などからすれば,Aによる本件車両の使用は,一時的・臨時的なものとは
いえない。しかも,本件保険契約における被保険自動車であるH所有車両
(8人乗りのステーションワゴン)は日常Hが使用していて,Aには自由に使
用できる自動車はなかったのであるから,本件車両とH所有車両とは,A
が被保険自動車に代えて本件車両を使用していたという関係にはなく,H
によるH所有車両の使用とAによる本件車両の使用とは完全に併存し得
たのであるから,もはや,Aによる本件車両の使用は,H所有車両の使用
について予測される危険の範囲を逸脱したものと評価せざるをえない。
 したがって,本件車両は,他車運転危険担保特約にいう「常時使用する
自動車」に該当し,被控訴人らは,控訴人に対し,本件車両によって生じ
た本件事故による損害について賠償を求めることはできないというべきで
ある。
 2 以上の次第で,被控訴人らの控訴人に対する請求は理由がないから,これを
一部認容した原判決は失当であり,控訴人の本件控訴は理由がある。
 よって,原判決中控訴人敗訴部分を取り消したうえ,取消し部分にかかる
被控訴人らの請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
    名古屋高等裁判所民事第4部
       裁判長裁判官  小   川   克   介
          裁判官鬼   頭   清   貴
          裁判官濱   口       浩

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