弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
1原告らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1A事件
足立区北部福祉事務所長がA事件原告P1に対して平成18年3月24日付
けでした生活保護法25条2項による保護変更決定を取り消す。
2B事件
墨田区福祉事務所長がB事件原告P2に対して平成18年3月22日付けで
した生活保護法25条2項による保護変更決定を取り消す。
3C事件
墨田区福祉事務所長がC事件原告P3に対して平成18年3月22日付けで
した生活保護法25条2項による保護変更決定を取り消す。
4D事件
大田区福祉事務所長がD事件原告P4に対して平成18年3月28日付けで
した生活保護法25条2項による保護変更決定を取り消す。
5E事件
豊島区福祉事務所長がE事件原告P5に対して平成18年3月10日付けで
した生活保護法25条2項による保護変更決定を取り消す。
6F事件
新宿区福祉事務所長がF事件原告P6に対して平成18年3月28日付けで
した生活保護法25条2項による保護変更決定を取り消す。
7G事件
青梅市福祉事務所長がG事件原告P7に対して平成18年3月20日付けで
した生活保護法25条2項による保護変更決定を取り消す。
8H事件
青梅市福祉事務所長がH事件原告P8に対して平成18年3月13日付けで
した生活保護法25条2項による保護変更決定を取り消す。
9I事件
調布市福祉事務所長がI事件原告P9に対して平成18年4月1日付けでし
た生活保護法25条2項による保護変更決定を取り消す。
10J事件
町田市福祉事務所長がJ事件原告P10に対して平成18年3月13日付け
でした生活保護法25条2項による保護変更決定を取り消す。
11K事件
品川区福祉事務所長がK事件原告P11に対して平成18年3月13日付け
でした生活保護法25条2項による保護変更決定を取り消す。
12L事件
台東区福祉事務所長がL事件原告P12に対して平成18年3月20日付け
でした生活保護法25条2項による保護変更決定を取り消す。
第2事案の概要
本件は,厚生労働大臣の定めた生活保護基準により,70歳以上で生活保護
を受けている者に対して老齢加算に基づく給付がされていたところ,平成18
年3月31日に同基準が改定され,同年4月1日以降は老齢加算に基づく給付
が廃止され,当該改定が行われることに伴い,住所地を所管する各福祉事務所
長から,受給される保護費を減額する旨の生活保護法(以下,単に「法」とも
いう。)25条2項による保護変更決定を受けた原告らが,こうした決定は,
生活保護法56条を始め,憲法25条,法1条,3条,8条2項,9条等に違
反する違法なものであるとして,その取消しを求めている事案である。
なお,原告らは,平成19年2月14日,本訴を提起した(当裁判所に顕著
な事実)ところ,当裁判所は,本件事案の性質にかんがみ,適正かつ迅速な審
理を行うため必要があると認め,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法147条の
3に基づき,当事者双方と協議をし,その結果を踏まえて審理の計画を定めて
審理したものである。
1関係する生活保護法の定め
(1)基本原則
ア最低生活
生活保護法により保障される最低限度の生活は,健康で文化的な生活水
準を維持することができるものでなければならない(3条)。
イ保護の補足性
保護は,生活に困窮する者が,その利用し得る資産,能力その他あらゆ
るものを,その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として
行われる(4条)。
ウ基準及び程度の原則
保護は,厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基
とし,そのうち,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を
補う程度において行うものとする(8条1項)。そして,上記基準は,要
保護者の年齢別,性別,世帯構成別,所在地域別その他保護の種類に応じ
て必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであ
って,かつ,これを超えないものでなければならない(同条2項)。
エ必要即応の原則
保護は,要保護者の年齢別,性別,健康状態等その個人又は世帯の実際
の必要の相違を考慮して,有効かつ適切に行うものとする(9条)。
オ不利益変更の禁止
被保護者は,正当な理由がなければ,既に決定された保護を,不利益に
変更されることがない(56条)。
(2)扶助の種類及び内容
ア種類
生活保護法に基づく保護には,生活扶助,教育扶助,住宅扶助,医療扶
助,介護扶助,出産扶助,生業扶助及び葬祭扶助の8種類がある(11
条)。
イ(ア)生活扶助
生活扶助は,困窮のため最低限度の生活を維持することのできない者
に対して,衣食その他日常生活の需要を満たすために必要なもの及び移
送(「移送」とは,例えば,要保護者を保護の必要上遠隔地の保護施設
等へ移送するような場合をいう。以下同じ。)の範囲内において行われ
る(12条)。
(イ)住宅扶助
住宅扶助は,困窮のため最低限度の生活を維持することのできない者
に対して,住居及び補修その他住宅の維持のために必要なものの範囲内
において行われる(14条)。
(ウ)医療扶助
医療扶助は,困窮のため最低限度の生活を維持することのできない者
に対して,①診察,②薬剤又は治療材料,③医学的処置,手術及びその
他の治療並びに施術,④居宅における療養上の管理及びその療養に伴う
世話その他の看護,⑤病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話
その他の看護,⑥移送の範囲内において行われる(15条)。
(エ)介護扶助
介護扶助は,困窮のため最低限度の生活を維持することのできない要
介護者及び要支援者に対して,①居宅介護(居宅介護支援計画に基づき
行うものに限る。),②福祉用具,③住宅改修,④施設介護,⑤介護予
防(介護予防支援計画に基づき行うものに限る。),⑥介護予防福祉用
具,⑦介護予防住宅改修,⑧移送の範囲内において行われる(15条の
2)。
2前提事実(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易
に認められる事実)
(1)保護の要否及び保護の程度の決定における保護基準の役割
ア保護の要否は,厚生労働大臣の定める保護基準(昭和38年厚生省告示
第158号)に基づいて,その者の属する世帯の最低生活費を算定し,こ
の金額とその世帯の収入との比較により判定され,世帯の収入が最低生活
費を下回る場合に,その世帯の最低生活費のうちその世帯の収入(収入充
当額)で補えない部分,すなわち,最低生活費から収入充当額を差し引い
た差額が保護費として金銭で給付される。
厚生労働大臣は,要保護者の年齢,世帯構成,居住地域等に応じて,保
護基準を定めており,要保護者に属する世帯における最低生活費や保護費
は,これに基づいて算定されている。
イそして,厚生労働省の通知(「生活保護法による保護の実施要領につい
て」(昭和36年4月1日付け厚生省発社第123号厚生事務次官通知。
乙10)では,保護の程度の決定に当たり,収入充当額の充当順位につい
て,衣食等の生活費,住宅費,教育費及び高等学校等への就学に必要な経
費,介護,医療,出産,生業(高等学校等への就学に必要な経費を除
く。),葬祭に必要な経費の順に充当することとされている。
例えば,ある被保護世帯において,最低生活費として生活扶助費と住宅
扶助費が算定されており,収入充当額が生活扶助費を上回り,かつ,生活
扶助費と住宅扶助費の合計額を下回る場合,収入はまず生活扶助費に充当
されるので,住宅扶助費の支給が決定され,その程度としては,収入充当
額のうち生活扶助費を超える部分を住宅扶助費から差し引いた額が給付さ
れることになる。
(2)保護基準の具体的内容
ア級地について
保護基準は,全国の市町村を1級地−1,1級地−2,2級地−1,2
級地−2,3級地−1,3級地−2の6区分の級地に分類し,それぞれに
応じて定められ,各世帯に適用される。おおむね,大都市及びその周辺市
町は1級地に,県庁所在地を始めとする中都市は2級地に,その他の市町
村は3級地に,それぞれ分類されている。原告らの居住する区及び市は,
1級地−1(青梅市以外)又は,1級地−2(青梅市)が適用される(乙
2から5まで)。
イ生活扶助基準について
生活扶助基準は,衣食等のいわゆる日常生活に必要な基本的・経常的経
費についての最低生活費を定めたものであるが,この生活扶助基準には,
大別して,基準生活費と加算とがある。
(ア)基準生活費について(乙2から5まで)
a基準生活費は,個人単位に消費される経費(例えば,飲食費,被服
費)に対応する基準として年齢別に定められた第1類の表に定める個
人別の額を合算した額(第1類費)と,世帯全体としてまとめて支出
される経費(例えば,光熱水費,家具什器費)に対応する基準として
世帯人員数別に定められた第2類の表に定める世帯別の額(第2類
費)の合計額とされる。
なお,第2類の表に定める額には,冬季(例年11月から翌年3月
まで)の暖房費等の経費に対応する基準として冬季加算基準額が含ま
れるが,この額は,都道府県を単位とした区分(Ⅰ区からⅥ区まで)
を基に定められている。
b東京都各区等(1級地―1)の地域に単身で居住する70歳以上の
高齢者を例にとって上記基準生活費の額をみると,平成15年度及び
平成18年度において,それぞれ次のように定められている。
平成15年度第1類(70歳以上)3万2400円
第2類(1人)4万3520円
基準生活費(合計)7万5920円
平成18年度第1類(70歳以上)3万2340円
第2類(1人)4万3430円
基準生活費(合計)7万5770円
(イ)加算について(乙2から5まで)
加算は,基準生活費において配慮されていない個別的な特別需要を補
填することを目的として設けられている。
例えば,障害があるため最低生活を営むためには健常者に比してより
多くの費用を必要とする障害者や,通常以上の栄養補給を必要とする在
宅患者,胎児のための栄養補給を必要とする妊婦等のように,特別需要
を有する者について,これらの特別需要に対応できるよう,基準生活費
に加え,加算制度が設けられている。
ウ住宅扶助基準について
住宅扶助基準は,1級地及び2級地であれば,1万3000円以内,3
級地であれば8000円以内と規定されており,さらに,都道府県,指定
都市及び中核市ごとに別途厚生労働大臣が上限額を設定し,上限額の範囲
内で,家賃等の実額を住宅扶助基準額としている。
(3)老齢加算について
ア創設の経緯等
老齢加算は,生活保護受給者(被保護者)のうち70歳以上の高齢者の
特別の需要に対し,一定額を加算して保護費を支給するものとして,昭和
35年度に設けられた。ただし,昭和51年度からは,68歳以上70歳
未満で病弱である者・障害のある者等についても支給対象とされ,70歳
以上の高齢者に対する加算額の一定割合を加算して支給するものとされた。
なお,老齢加算は,原則70歳以上の者の最低生活費(生活扶助費)を
算定するに当たり計上されるものであり,同一世帯内に2人以上の該当者
がいる場合には,それぞれの者に計上される。
イ老齢加算額の減額及び廃止の経過
東京都特別区等(1級地)に居住する被保護者に適用される保護基準に
おいて定められた老齢加算額は,平成15年度から平成18年度までは以
下のとおり推移し,平成16年度及び平成17年度の保護基準の改定(平
成16年厚生労働省告示第130号,平成17年同告示第193号)から
順次減額され,平成18年度の保護基準の改定(平成18年同告示第31
5号)をもって,老齢加算自体が廃止された。
平成15年度1万7930円
平成16年度9670円(前年度から8260円の減額)
平成17年度3760円(前年度から5910円の減額)
平成18年度0円(前年度から3760円の減額)
(4)原告らの個別事情と保護変更決定の内容等
ア(ア)原告らの性別,生年月日,生活保護の受給を開始した時期,平成1
8年4月分以降の分に係る保護変更決定(以下「本件各決定」とい
う。)のされた日,これに対する審査請求及び裁決のされた日,当該決
定における基準生活費とその内訳(生活扶助及び住宅扶助),収入認定
額とその充当の内訳(生活扶助充当額及び住宅扶助充当額)並びに支給
額の合計とその内訳(生活扶助支給額及び住宅扶助支給額)は別紙「原
告ら個別事情」記載のとおりである。
原告らは,老齢加算が存在した平成18年3月以前において,いずれ
も70歳以上であって,生活扶助の額につき,基準生活費のほか老齢加
算が付加されて算定されていた者であるところ,上記(3)のとおり,老
齢加算が廃止されたことにより,本件各決定において,生活扶助の額と
して老齢加算相当額3670円が減額され,生活扶助支給額も同額だけ
減額された。
(イ)原告らのうち,D事件原告P4にあっては,年金受給による収入認
定額が,本件各決定の定める基準生活費に老齢加算廃止による減額分
(3670円)を加算した額を上回っているため,本件各決定により,
実際に受け取る支給額の減額という不利益は生じていないが,医療費の
自己負担額が同額増加するという不利益を受けている。すなわち,仮に,
老齢加算の廃止・減額がなければ,生活扶助の額が3670円だけ増加
し,その分だけ収入認定額中の生活扶助充当額も増加し,逆に医療費の
自己負担額はその分だけ減少するという関係に立つ(前記(1)イの収入
充当額の充当順位参照)。
(ウ)原告らのうち,L事件原告P12にあっては,9万5608円の年
金を受給していたところ,これを担保に金銭を借り入れたために,その
一部が利用できなくなっており,本件各決定において,別紙記載の収入
認定額,生活扶助支給額,住宅扶助支給額とされていたが,平成18年
6月以降,上記借入金を完済し,年金が満額利用できるに至ったことか
ら,現在は,別表記載の基準生活費から上記年金額を控除した残余であ
る2万7262円が住宅扶助として支給されている(甲L1)。したが
って,同原告は,老齢加算の廃止・減額により,本件各決定当時は,生
活扶助支給額が3670円減額されるという不利益を受けていたことに
なるが,年金が満額利用できるようになった後は,収入認定額中の住宅
扶助充当額が3670円増加し,住宅扶助支給額が同額減額されるとい
う不利益を被っていることになる。
イ原告らに対しては毎年11月から翌年3月までの間,冬季加算が給付さ
れているところ,平成18年4月1日にその支給時期が経過したことから,
本件各決定において,当該加算相当額だけ給付額の減額が生じているほか,
その他の項目の数額に変動が生じたことにより,支給額にも変動が生じて
いる原告がいる。
ウ原告らのうち,G事件原告P7は,同居を続けている元妻の所有マンシ
ョンに居住するものであるが,その余の原告らは,いずれも都営住宅等の
賃貸住宅に居住している。家賃の全部について収入認定額が住宅扶助に充
当されているD事件原告P4,同じく家賃の一部について充当されている
B事件原告P2のほかは,支払家賃の全額について住宅扶助が支給されて
いる。
3争点
本件の争点は,厚生労働大臣が保護基準を改定して老齢加算を廃止したこと,
及びこれに基づいて各福祉事務所長が給付を減縮した本件各決定を行ったこと
の適法性(法56条並びに憲法25条,法1条,3条,8条2項,9条等に違
反した違法なものといえるか。)である。そして,争点に対する摘示すべ
き当事者の主張は,後記第3の「争点に対する判断」において記載するとおり
である。
なお,原告らは,本訴において,老齢加算の減額・廃止以外を理由とする給
付額の変動を争うものではない。
第3争点に対する判断
1老齢加算導入の経緯及びその後の推移,この間の生活保護制度の動向,老齢
加算廃止に至る経緯
標記について,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認める
ことができる。
(1)老齢加算の導入の経緯及びその後の推移
ア老齢加算は,昭和34年度に70歳以上の国民年金被保険者に対する未
拠出制の老齢福祉年金が設けられたことに伴い,生活保護の給付を受けて
いる者に対しても同様の年金給付を行った上でこれを収入として認定する
などの調整を行うことに代え,昭和35年度から,老齢福祉年金と同額
(月額1000円)を生活保護の加算として給付するものとして設けられ
た。
老齢加算導入時には,高齢者には特殊な需要が存在することが加算の根
拠として説明されており,その中身としては,観劇,雑誌,通信費等の教
養費,下衣,毛布,老眼鏡等の被服・身の回り品費,炭,湯たんぽ,入浴
料等の保健衛生費,茶,菓子,果物等の嗜好品に係る支出が加算額の積算
の根拠として挙げられていた(甲3,4)。
イ老齢福祉年金については,制度創設後,年を追って増額が実施されてい
き,老齢加算も,当初,老齢福祉年金と同額に設定されていたため,これ
に合わせて逐次増額が図られていった。
しかし,昭和50年9月19日には,中央社会福祉審議会に設置された
生活保護専門分科会(以下「専門分科会」という。)が「生活保護制度に
おける加算の取扱いについての意見」を公表し(乙16),昭和50年1
0月以降老齢福祉年金が7500円から1万2000円に増額されること
を踏まえ,「老齢福祉年金額1万2000円という水準は,生活保護制度
における基準額と対比するとき,これが従来と同様の趣旨のものとして,
理解しうるものかどうか十分検討を加える必要がある。」として,老齢加
算につき,生活保護制度本来の立場に立って適切かつ合理的な算定を行う
こと,その際,第1類費との間にある程度の均衡が保たれていることが望
ましいことを提言した。これを受けて,厚生省は,昭和51年から,老齢
加算を老齢福祉年金と同額とする方式をやめ,65歳以上の第1類基準額
の男女平均の2分の1の額とするものとされ,昭和51年1月以降は80
00円,同年4月以降は8500円への増額にとどめられた。当時の厚生
省の担当部局(社会局保護課)は,このように取扱いを変更し,上記方式
を採用した理由について,創設時の加算額(1000円)が当時の第1類
費の約2分の1であったこと,老齢者の特別の生活費の需要がおおむね第
1類費の約2分の1程度となっていること,基準生活費の付加的部分であ
る老齢加算の性質からみて,第1類費の2分の1を超えることは均衡上問
題があること等を挙げて説明を行っている(甲5)。
ウ専門分科会が昭和55年12月に発表した中間取りまとめ(以下「昭和
55年中間取りまとめ」という。)では,老齢加算について,老齢者はそ
しゃく力が弱いため,他の年齢層に比し消化吸収がよく良質な食品を必要
とするとともに,肉体的条件から暖房費,被服費,保健衛生費等に特別な
配慮を必要とし,また,近隣,知人,親戚等への訪問や墓参等の社会的費
用が他の年齢層に比し余分に必要となるという特別需要が存在することに
対応して設定されたものであり,その必要性は客観的に認められるもので
あるとされ,現行の加算額は金額的にも特別需要にほぼ見合うものと考え
られる旨の評価がされている(乙6)。
エ専門分科会が昭和58年12月23日付けで発表した「生活扶助基準及
び加算のあり方について(意見具申)」(以下「昭和58年意見具申」と
いう。)では,老齢加算について,近年における国民生活の変化及び保護
基準の改善等の結果,加算額の妥当性についての再検討が必要な事態に立
ち至ったとの認識の下に検討を加えたとした上,老齢加算の特別需要とし
ては,加齢に伴う精神的又は身体的機能の低下等のハンディキャップに対
応する食費,光熱費,保健衛生費,社会的費用,介護関連経費などの対象
経費が認められているが,その額は,おおむね現行の加算額で充たされて
いると結論付け,その実質的水準が今後とも維持できるようにすることが
必要であるとする一方,これらの加算が特定の需要に対応するものである
ことから,その改定に当たっては,生活扶助基準本体の場合とは異なった
取扱いをするよう検討すべきであると付け加えている(乙7)。
これを受けて,昭和59年からは,老齢加算については,第1類費に対
応する品目の消費者物価の伸びに準拠して改定することとされた。
オ昭和58年意見具申に当たっては,専門分科会において,一般的な家計
の消費実態と比較した場合における老齢加算の額の妥当性の検討も行われ
ている。
具体的には,昭和54年全国消費実態調査結果を基に,①51歳以上5
9歳以下の単身女性の消費支出と②70歳以上74歳以下及び③75歳以
上の各単身女性の消費支出を比較したところ,50歳代に比較して高齢者
の方が高くなっている支出科目の差額の合計額は,70歳以上74歳以下
で9977円,75歳以上で1万1178円となっていたとされた(甲1
1の2)。
ただし,各支出科目の比較に当たっては,高齢者の各支出科目の実際の
額ではなく,50歳代の消費支出(総額)を高齢者の各支出科目の構成比
に基づいて案分して割り振って得られた額を,高齢者の支出科目の金額と
みなし,これを50歳代の各支出科目の実際の額と比較しているものであ
る。さらに,上記比較は,高齢者の方が高くなっている各支出科目のみに
ついて差額を合計しており,高齢者の方が低くなっている各支出科目につ
いては積算の対象から除外されていて通算されていない。そして,上記高
齢者(②及び③)の実際の各消費支出(総額)は,50歳代(①)のそれ
をいずれも下回っていることから,上記比較においては,いずれも高齢者
の各支出科目の実際の額を上回った数値を用いていたことになるものであ
った。(以上につき,甲11の2)
同様に,一般夫婦世帯(年間収入140万円未満)と老夫婦世帯(世帯主
70歳,年間収入180万円未満)及び一般夫婦世帯(年間収入180万円
未満)と老夫婦世帯(世帯主71歳以上75歳以下,年間収入180万円
未満)の各消費支出をそれぞれ比較したところ,その差額の合計はそれぞ
れ1万1472円,1万6005円となった。ここでも,上記単身女性の
場合と同様の方法で各支出科目の比較を行ったものであり,一般夫婦世帯
(年間収入140万円未満)と老夫婦世帯(世帯主70歳,年間収入180
万円未満)との間でも,後者の実際の消費支出(総額)は前者のそれを下
回っていた。その一方で,一般夫婦世帯(年間収入180万円未満)と老
夫婦世帯(世帯主71歳以上75歳以下,年間収入180万円未満)との
間においては,後者の実際の消費支出(総額)は前者のそれを上回るもの
となっており,両者の比較においては,逆に老夫婦世帯の各支出科目の実
際の額を下回った数値を用いる結果となっているものであった。(以上に
つき,甲11の2)
そして,当時の老齢加算額1万1700円(夫婦がともに70歳以上で
ある可能性の高い老夫婦にあっては,その1.5倍に当たる1万7550
円)と上記の各差額とを比べると,上記各差額は老齢加算額の85.3パ
ーセントから98パーセントまでの水準にあった(甲11の2)。
カさらに,専門分科会が昭和58年意見具申に当たって検討に用いた資料
では,老齢加算の「定性的説明」として,加工食品(そしゃく力や調理能
力が低下しているため,調理不要・簡単で食べやすいものを買う。栄養的
には非効率で割高となる。),暖房費(身体的に保温能力低下,病弱等で,
在宅時間も長いため,暖房費が余分にかかる。),保健医療(健康保持・
病弱のため家庭薬等が必要となる。),教養娯楽(孤独を免れるため,子
や孫との相互訪問,近隣の老人との付き合い,同年輩者の死亡に伴う葬祭
費,子や甥・姪等の冠婚費等の付き合い費が多く必要となる。),交通通
信費(老人クラブ出席,旅行,子や孫・親戚等との付き合いに伴う割高な
交通費(タクシー使用等),子や孫との通信費(電話代,葉書代等)が必
要となる。)の存在を,高齢者に特別な需要があることの根拠に挙げてい
る(甲11の4)。
(2)生活扶助基準の算定方式の変遷,被保護者世帯と一般世帯の消費支出の
比較,その他の社会経済情勢等
ア生活扶助基準の算定方式としては,①昭和23年以降は,最低生活を営
むのに必要な飲食物費,衣類費,家具什器費,光熱水費等の個々の需要を
一つ一つ積み上げて計算するマーケットバスケット方式が,②昭和36年
以降は,標準的栄養所要量を満たす飲食物費を計算し,これと同等程度の
飲食物費を支出している世帯のエンゲル係数で割り戻すことによって算定
するエンゲル方式が,③昭和40年以降は,高度経済成長期の国民の生活
水準の向上に合わせて保護基準の引き上げを図るため,政府経済見通しに
おける民間最終消費支出の伸び率(見通し)に格差縮小分を加味して改定
する格差縮小方式が,④昭和59年以降は,政府経済見通しにおける民間
最終消費支出の伸び率に準拠して改定する水準均衡方式が,それぞれ採用
されて現在に至っている(乙11の2,乙13)。
なお,昭和55年中間的取りまとめ(乙6)にあっては,生活扶助基準
について,昭和40年度当時と比較して相当の改善が図られたものの,一
般世帯との格差縮小がなお不十分であるとして,上記③の格差縮小方式の
考え方が妥当性を有するとされていたところ,昭和58年意見具申(乙
7)にあっては,現在の生活扶助基準は,一般国民の消費実態との均衡上
ほぼ妥当な水準に達している旨評価されており,上記③から④への算定方
式の変更も,こうした評価を受けて行われた。
イ一般勤労者世帯の消費支出を100としたときの被保護勤労者世帯の消
費支出の割合(格差)は,昭和45年度には54.6パーセント(小数点
2桁以下四捨五入。以下同じ。)であったものが,格差縮小方式が採用さ
れていた昭和58年度には66.4パーセントとなり,その後,水準均衡
方式が採用されてからはおおむね7割弱で推移しており,平成13年度に
は71.9パーセント,平成14年度には73.0パーセントと,7割を
超える水準に達していた(乙12)。
ウ厚生労働省「毎月勤労統計調査」により,一般勤労者世帯の賃金(事業
所規模30人以上,調査産業計の現金給与総額)をみると,平成10年か
ら前年比マイナスに転じ,平成16年まで減少が続いている(乙17)。
また,総務省統計局「家計調査」により全国勤労者世帯の家計収支の推
移をみると,実収入,可処分所得及び消費支出のいずれも平成10年から
マイナスに転じ,平成15年まで減少が続いている(乙17)。
さらに,厚生労働省「国民生活基礎調査」により,昭和60年以降の全
世帯の一世帯当たり平均所得金額の推移をみると,平成6年の664万2
000円をピークに減少傾向となり,平成15年には579万7000円
となった。平成16年にはいったん上昇したが,平成17年には563万
8000円と再び減少に転じた(乙18,19)。平成6年と平成17年
の水準を比較すると,その差は100万4000円,15.1パーセント
の減少となっている。
これを所得階級別にみると,第Ⅰ−5分位(調査対象者を年間収入額順
に並べ,対象者数を5等分した場合の,年間収入額が低い側から数えて1
番目のグループ。以下,調査対象者をm等分(mはアラビア数字)した場
合の年間収入額が低い方から数えてN番目(Nはローマ数字)のグループ
を「第N−m分位」のように表記する。)では,平成7年に163万10
00円であったものが,平成16年には123万9000円となっており,
その差は39万2000円,24.0パーセントの減少となっている。第
Ⅱ−5分位では,平成7年に364万円であったものが,平成16年には
291万7000円となっており,その差は72万3000円,19.9
パーセントの減少となっている。(以上につき,乙18)
消費者物価指数(全国・総合)についてみると,平成11年から対前年
比マイナスとなって,これが平成15年まで続き,平成16年には増減な
し(0.0),平成17年には,再度マイナス0.3パーセント,平成1
8年にはプラス0.3パーセントとなっている(乙17)。
(3)老齢加算の減額・廃止の検討過程
ア生活保護制度見直しの契機
「社会福祉の増進のための社会福祉事業法等の一部を改正する法律」
(平成12年法律第111号)の法案審議時の付帯決議(衆議院及び参議
院),平成15年の社会保障審議会意見及び財政制度等審議会(以下「財
政審」という。)建議において,社会福祉基礎構造改革を踏まえた今後の
社会福祉の状況変化や規制緩和,地方分権の進展,介護保険の施行状況等
を踏まえつつ,生活保護制度についても見直しの必要が指摘されていた
(乙8)。これを受けて,厚生労働省では,平成15年8月,生活保護制
度全般について議論するため,厚生労働大臣の諮問に応じて社会保障に関
する重要事項の調査審議を行う社会保障審議会の福祉部会内に,生活保護
制度の在り方に関する専門委員会(以下「専門委員会」という。)を設置
した。
イ専門委員会における老齢加算を巡る検討
(ア)専門委員会に提出された検討資料
a専門委員会では,単身無職の60歳以上69歳以下の者と70歳以
上の者の生活扶助相当消費支出額(消費支出額の全体から,生活保護
制度において,生活扶助以外の扶助に該当するもの(家賃・地代,教
育費,医療診療代等),生活保護制度において,基本的に是認されな
い支出に該当するもの(自動車関連経費),被保護世帯は免除されて
いるもの(NHK受信料)及び最低生活費の範疇になじまないもの
(家事使用人給料,仕送り金)を除外したもの)について,全国消費
実態調査の特別集計による数値データ等に基づいて比較を行った資料
(平成11年)が配付されて,検討の材料とされた。そこに現れてい
る具体的な数値等は,以下のとおりである。
まず,その全世帯平均において,60歳以上69歳以下の生活扶助
相当消費支出額が11万8209円であるのに対し70歳以上では1
0万7664円,第Ⅰ−5分位において,60歳以上69歳以下では
7万6761円であるのに対し,70歳以上では6万5843円,第
Ⅰ−10分位において,60歳以上69歳以下では7万9817円で
あるのに対し,70歳以上では6万2277円となっており,いずれ
も60歳以上69歳以下の者より70歳以上の者の生活扶助相当消費
支出額が低い数値となっていた。(以上につき,乙9)
また,第Ⅰ−5分位の70歳以上の単身無職の者の生活扶助相当消
費支出額が6万5843円であるのに対し,70歳以上の者の生活扶
助基準額(老齢加算を除く。)(平均)は7万1190円であり,生
活扶助基準額の方が高い数値となっていた。ちなみに,60歳以上6
9歳以下の者の生活扶助費相当消費支出額が7万6761円であるの
に対し,60歳以上69歳以下の者の生活扶助基準額(平均)は7万
4509円であり,生活扶助基準額の方が低い数値となっていた。
(以上につき,乙9)
b専門委員会では,昭和58年以降の社会情勢の変化を表すものとし
て,当該期間中の生活扶助基準改定率,消費者物価指数,賃金(現金
給与総額・事業所規模30人以上)及び基礎年金改定率の推移を比較
した資料が検討の材料とされた。そこに現れている具体的な数値等は,
以下のとおりである(乙11の6・12)。
(a)昭和59年度をそれぞれ100とした場合の平成14年度にお
ける割合は,生活扶助基準は135.5パーセントであるのに対し,
消費者物価指数(暦年)は116.5パーセント,賃金は131.
2パーセントであり,生活扶助基準の改定率が上回っていた。また,
平成7年度をそれぞれ100とした場合の平成14年度における割
合は,生活扶助基準が104.3パーセントであるのに対し,消費
者物価指数は99.9パーセント,賃金は98.7パーセントであ
り,物価,賃金ともにマイナスとなっていた。
(b)昭和55年と平成12年の消費支出とを比較すると,一般勤労
者世帯(全国,平均),一般勤労者世帯(全国,第Ⅰ−10分位),
被保護勤労者世帯(全国,平均)ともに消費支出に占める食料費の
割合(エンゲル係数)が低下していた。
c専門委員会では,被保護高齢単身世帯の家計消費の実態を表すもの
として,貯蓄純増(「預貯金」と「保険掛金」との合計から「預貯金
引出」と「保険取金」との合計を差し引いたもの),平均貯蓄率(可
処分所得に対する貯蓄純増の割合)及び繰越金(月末における世帯の
手持ち現金残高)について,老齢加算のある世帯(主に70歳以上)
とない世帯(主に60歳以上69歳以下)とを比較した資料(被保護
者生活実態調査(平成11年)に基づくもの)が検討の材料とされた。
そこに現れている具体的な数値等は,以下のとおりである(乙11の
12)。
老齢加算のない世帯の貯蓄純増は9407円であり,可処分所得に
占める割合(平均貯蓄率)は8.4パーセントであるのに対し,老齢
加算のある世帯の貯蓄純増は1万4926円,可処分所得に占める割
合(平均貯蓄率)は12.1パーセントとなっていて,加算のない世
帯よりも5519円多くなっていた。また,老齢加算のない世帯の翌
月への繰越金は3万6094円,ある世帯のそれは4万7071円と
なっており,加算のない世帯よりも1万0977円多くなっていた。
(イ)中間取りまとめ
専門委員会では,平成15年12月16日付けの中間取りまとめ(以
下「平成15年中間取りまとめ」という。)において,「単身無職の一
般低所得高齢者世帯の消費支出額について,70歳以上の者と60歳以
上69歳以下の者との間で比較すると,前者の消費支出額の方が少ない
ことが認められる。したがって,消費支出額全体でみた場合には,70
歳以上の高齢者について,現行の老齢加算に相当するだけの特別需要が
あるとは認められないため,加算そのものについては廃止の方向で見直
すべきである。」とし,「また,被保護世帯の生活水準が急に低下する
ことのないよう,激変緩和の措置を講じるべきである。」とする提言を
行った(乙1)。
ウ厚生労働大臣における老齢加算の段階的廃止の判断
厚生労働省大臣は,上記提言を受け,70歳以上の高齢者に老齢加算に
相当するだけの特別な消費需要がなく,老齢加算制度の合理性を基礎付け
ていた事情がほぼ失われていると判断して,老齢加算を廃止するものとし,
激変緩和の措置として,3年間をかけて段階的に廃止することとした。具
体的には,平成16年3月25日厚生労働省告示第130号をもって老齢
加算の減額を開始し,前記前提事実(3)イのとおりの経過により,その廃
止に至った。
エ専門委員会における生活扶助基準の水準を巡る検討
(ア)「平成15年中間取りまとめ」では,生活扶助基準の水準について
も検討を加えており,平成8年から平成12年までの間の第Ⅰ−10分
位の勤労者3人世帯の消費水準に着目して,これと生活扶助基準額とを
比較した上で,①第Ⅰ−10分位の消費水準よりも生活扶助基準額の方
が高いこと,②食費,教養娯楽等の減少が顕著な第Ⅰ・第Ⅱ−50分位
の消費水準よりも生活扶助基準額の方が高いこと,③第Ⅲないし第Ⅴ−
50分位の消費水準と勤労控除額(収入認定において就労に伴う必要経
費を控除するものであり,控除額は就労収入によって異なる。平成8年
から平成12年までの間の平均控除額は2万0599円である。)を除
いた生活扶助基準額とは均衡が図られているが,勤労控除額を含めると
生活扶助基準額の方が高いことなどの評価が加えられている(乙1,1
1の8)。
(イ)また,専門委員会が平成16年12月15日付けで発表した「生活
保護制度の在り方に関する専門委員会報告書」では,生活扶助基準の水
準は基本的に妥当と評価しつつ,生活扶助基準と一般低所得世帯の消費
実態との均衡が適切に図られているか否かを定期的に見極めるため,全
国消費実態調査等を基に5年に1度の頻度で検証を行う必要があるとし,
勤労基礎控除も含めた生活扶助基準額が一般低所得世帯の消費における
生活扶助相当額よりも高くなっていること等を考慮する必要があるなど
の指摘がされている(乙20)。
2本件における判断の基本的枠組み
原告らは,本件各決定が,第一に,生活保護法56条に違反し,第二に,憲
法25条,法1条,3条,8条2項,9条,「経済的,社会的および文化的権
利に関する国際規約」(以下「社会権規約」という。)等に違反し,厚生労働
大臣の裁量権行使に逸脱・濫用があるとの理由から,違憲又は違法であると主
張する。
そこで,本件における判断の基本的枠組みについて,まず検討するとことと
する。
(1)保護基準の変更に関する適法性の判断基準
ア憲法25条の規定は,福祉国家の理念に基づき,社会的立法及び社会的
施設の創造拡充に努力すべきことを国の責務として宣言したものであって,
国権の作用に対し,一定の目的を設定しその実現のための積極的な発動を
期待するという性質のものということができる。そして,同条1項の規定
する「健康で文化的な最低限度の生活」は,極めて抽象的・相対的な概念
であって,その具体的内容は,その時々における文化の発達の程度,経済
的・社会的条件,一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決
定されるべきものであるとともに,右規定を現実の立法として具体化する
に当たっては,国の財政事情を無視することができず,また,多方面にわ
たる複雑多様な,しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的
判断を必要とするものである。(以上につき,最高裁昭和57年7月7日
大法廷判決・民集36巻7号1235頁参照)
イそして,生活保護法は,憲法の上記規定の趣旨を実現するための具体的
措置として制定されたものということができ,前記第2の1のとおり,保
護の内容を定める場合の基本原則,厚生労働大臣の定める基準により行う
べきこと,当該基準を定める場合の考慮要素等について定めを置いている
が,保障すべき生活水準に関しては,法3条が「最低限度の生活」,「健
康で文化的な生活水準を維持することができるもの」とし,憲法25条1
項と同様の文言による規定を設けるにとどめ,それ以上に具体化するとこ
ろがない。
このことからすれば,厚生労働大臣が保護基準を定立するに当たっては,
生活保護法の定める基本原則等を遵守することが要求されることは当然と
しても,何をもって健康で文化的な最低限度の生活であると認定判断し,
保護の基準を具体的にどのようなものとして設定するかについては,被保
護者全体に対する保護の具体的内容を詳細かつ網羅的に定めるため,膨大
かつ多様な被保護者の需要をいかにくみ上げて制約のある予算の中で保護
の措置を講じるか,被保護者の各階層に対する保護の内容の均衡をいかに
図っていくかなどの点において,上記アでみた考察及び判断が一層強く要
請されるということができ,この点につき,厚生労働大臣の合目的的な裁
量にゆだねられているものと解される。
そうすると,保護基準の改定に関しては,厚生労働大臣が,現実の生活
条件を無視して著しく低い基準を設定するなど,憲法及び生活保護法の趣
旨・目的に反し,法によって与えられた裁量権の範囲を逸脱し,又は裁量
権を濫用した場合に,それが違法と判断されるものというべきである。
(2)保護基準の変更に係る厚生労働大臣の裁量と法56条との関係
ア原告らの主張
法56条は,被保護者について既に決定された保護を不利益に変更する
場合には,「正当な理由」が存在することを要求しているところ,前記の
とおり,原告らは,違法事由として,まず法56条違反を採り上げ,保護
基準の変更に係る厚生労働大臣の裁量と同条との関係について,次のよう
に主張している。
(ア)生存権の保障の充実拡充の時期・程度について立法府・行政府に一
定の裁量があるとしても,特定の施策がいったん実現した後に,これを
廃止したり削減したりすることは,憲法25条に定められた人権が具体
化し現実化されたものを制限することにほかならないから,合理的な理
由,正当な理由がなければ許されるべきではないのであって,厚生労働
大臣の保護基準の定立行為についても,不利益変更に正当な理由を要求
した法56条の適用がある。
(イ)仮に,保護基準の変更について,法56条が直接的に適用されない
としても,同条が被保護者に対して,正当な理由がなければ,既に決定
された保護を不利益に変更されることがないという地位を保障した以上,
実施機関は,変更後も被保護者の最低限度の生活の需要が満たされてい
ることの立証の責任を負うべきであり,結局のところ,その保護のよっ
て立つべき基準が,当該需要を満たすものとして定立されたことの立証
の責任を負うべきものであって,法56条は保護基準の定立行為につい
ても間接的に適用(準用)されるべきである。
(ウ)さらに,たとえ保護基準の定立行為に法56条の適用・準用がない
としても,生活保護の被保護者は最低限度ぎりぎりの生活を送っている
ものであるから,これを不利益に変更する場合には,より慎重な態度で
臨む必要があるという法56条の法意は,保護基準の定立行為における
裁量権行使に当たって最も重視すべき要素であって,正当な理由,合理
的な理由がなければ不利益変更を許さないというのは憲法上の要請でも
あるから,これらを欠いた不利益変更は裁量権の範囲を逸脱したものに
なる。
(エ)そして,厚生労働大臣が保護基準を被保護者に不利益に変更した場
合には,被保護者の生活状態に照らして,健康で文化的な最低限度の生
活を営むことに支障がないといえる事情が判明した場合に初めて正当な
理由,合理的な理由がある場合に当たるといえるのであり,そのように
いえるのは,もともと定められていた保護基準自体が,最低限度の生活
の需要を超える不当なものであることが判明した場合,社会経済情勢の
変化によって最低限度の生活の需要が減った場合に限られるところ,本
件においては,そのいずれに当たるとも認められないから,結局,老齢
加算の廃止という保護基準の変更には,法56条にいう「正当な理由」
は存しないというべきである。
イ被告らの主張
以上の原告らの主張に対し,被告らは,次のとおり主張する。
すなわち,本件各決定は既に決定された各原告らに対する保護費を減額
(変更)する以上,法56条の不利益変更に当たり,同条の適用はある。
しかし,保護基準の改定は厚生労働大臣の合目的的な裁量にゆだねられて
おり,当該改定自体に法56条の適用はないというべきである。なお,保
護の実施機関である被告らは,厚生労働大臣が定めた保護基準に拘束され
るから,その改定に伴い保護の変更決定を行った場合,保護基準が改定さ
れた事実を主張・立証すれば,不利益変更を行う「正当な理由」の根拠と
しては十分であって,「正当な理由」のあることを争う当事者である原告
らが,保護基準の改定に厚生労働大臣の裁量権の範囲の逸脱・濫用がある
ことを主張・立証すべきである。
ウ検討
(ア)法56条が保護を不利益に変更する場合について正当な理由が存在
することを要求した趣旨は,いったん具体的な内容の保護を受けること
が決定された被保護者の地位を尊重し,行政庁の恣意的な措置等によっ
てその権利・利益が損なわれることのないよう,行政庁の判断・権限行
使に一定の制約を課すことにあると考えられる。そして,実施機関の決
定する保護の内容は,厚生労働大臣の定める保護基準に従って定まるも
のであって,保護基準が被保護者に不利に変更された場合には,その権
利・利益が損なわれるという事態に直結しかねないことからすれば,原
告らが主張するとおり,保護基準の変更についても法56条の規定の適
用の有無が問題となり得る。
ところで,厚生労働大臣が定める保護基準については,法8条2項が,
要保護者の年齢別,性別,世帯構成別,所在地域別その他保護の種類に
応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なも
のであって,かつ,これを超えないものでなければならない旨を規定し
ており,法の要求する水準に過不足のないことが要求されているところ
であって,保護基準を変更する場合でも,変更後のそれが法8条の要件
を満たしたものである限り,これと別個の要件として,法56条にいう
「正当な理由」の存在を要求する必要はないとも考えられる。
しかし,法の要求水準である「健康で文化的な最低限度の生活」は,
前記(1)アでみたような極めて抽象的・相対的な概念であることにかん
がみれば,保護基準を不利益に変更することにより,現実の生活条件を
無視して著しく低い基準を設定するなど,憲法25条及び法の各規定の
趣旨・目的に反することになる危険を常に内包しているといえる。法5
6条の規定は,そうした事態を回避するための担保として機能すること
が予定されているとみるべきであって,保護基準の変更との関係におい
ても,変更の具体的内容のみならず,その変更の要否や内容について検
討を加えた過程や経過措置を含めた実施に至る過程をも総合して,その
不利益変更に「正当な理由」があったかどうかが判断されるべきであり,
そう解することによって初めて,法8条とは別に法56条の適用を論ず
る意義があり,また,上記の担保としての機能が全うされるものといえ
る。したがって,以上の限度で,法56条の規定は,保護基準の変更に
ついても適用があるというべきである。
他方で,「健康で文化的な最低限度の生活」を実現するに当たっては,
厚生労働大臣が保護基準を改定するに当たって,専門技術的な考察と政
策的判断に基づく,合目的的な裁量が認められていることは前記(1)イ
でみたとおりである。そして,保障すべき生活水準として,抽象的・相
対的な概念を規定するにとどめ,保護基準の定立についての専門的技術
的な考察及び政策的判断を尊重することを前提に,厚生労働大臣の裁量
を認めることとした法の趣旨を踏まえて,法56条との関係を考えるな
らば,厚生労働大臣における裁量権の範囲の逸脱又は濫用の有無を判断
する上で,法56条にいう「正当な理由」の存否を基礎付ける事情が,
そのまま重要な考慮要素になり得ると解するのが相当である。換言する
と,変更の内容・程度のみならず,変更の検討及び実施の過程を含めて
吟味することにより,法56条の趣旨を十分に斟酌する必要があるとい
うべきである。
(イ)以上によれば,本件における判断の基本的枠組みは,保護基準の変
更に関する適法性につき,前記(1)及び上記(ア)の考え方に従いつつ,
厚生労働大臣の裁量権行使に逸脱又は濫用があるか否かの判断に集約さ
れることになる。
(ウ)なお,原告らは,社会権規約が,①社会保障,②相当な生活水準及
び生活条件の改善,③文化的な生活への参加等に係るすべての者の権利
を認めており(9条,11条1項,15条1項),その具体的措置を規
定した生活保護法の上位規範として位置付けられるべきであって,生活
保護法の解釈は社会権規約の解釈に従ったものでなければならないとし
た上,社会権規約の解釈基準となる,国連社会権規約委員会の定めた一
般的意見(甲51の1・2)が,締約国に対し,④高齢者の権利の尊重
から要求される限りにおいて,利用可能な資源を最大限に用いて,特別
な措置をとることを要求し(一般的意見第6・平成7年(1995
年)),⑤景気後退及び経済の再調整の時期には,高齢者が特に危機に
さらされるとして,社会の弱い構成員を保護する義務を負わせ(一般的
意見第3・平成2年(1990年)),⑥意図的に後退的措置がとられ
る場合には,すべての選択肢を最大限に慎重に検討した後に導入し,利
用可能な最大限の資源の完全な利用という文脈において,規約に規定さ
れた権利全体との関連でそれが正当化されることを証明する責任を負わ
せており(一般的意見第14・平成12年(2000年)),以上のよ
うな一般的意見に反した生活保護法上の措置をとることは,社会権規約
の趣旨に反し,法8条に違反するものと主張する。
しかし,社会権規約2条1項が,締約国に対し,立法措置その他のす
べての適当な方法により同規約において認められる権利の完全な実現を
漸進的に達成することを求めていることに照らせば,その趣旨は,社会
保障についての権利が国の社会政策により保護されるに値するものであ
ることを確認し,その実現に向けて積極的に社会保障政策を推進すべき
政治的責任を負うことを宣明したものであって,個人に対し即時に具体
的権利を付与すべきことを定めたものではないと解される(最高裁判所
平成元年3月2日第一小法廷判決・判例時報1363号68頁参照)。
上記一般的意見についても,本件各決定との関係では,とりわけ上記⑥
の点が問題になり得るが,社会権規約の上記位置付けからすれば,直ち
にその具体的内容が法規範として機能するということはできない。
3具体的検討
上記2でみた基本的枠組みに従いながら,老齢加算を廃止した保護基準の改
定及びこれに基づいて行われた本件各決定の適否について,以下,検討を加え
る。
(1)老齢加算導入及び廃止の各根拠(法56条にいう「正当な理由」の存在
を基礎付ける事情)についての被告らの主張並びにその暫定的評価
ア被告らは,前記1(3)イ(ア)でみた専門委員会の検討資料,すなわち,
①60歳以上69歳以下の者と70歳以上の単身無職者のそれぞれ全体
(平均),第Ⅰ−5分位及び第Ⅰ−10分位の生活扶助相当消費支出の比
較(以下「比較①」という。),②70歳以上の単身無職者のうち第Ⅰ−
5分位の者の生活扶助相当消費支出額と老齢加算を除いた生活扶助基準額
の平均との比較(以下「比較②」という。)とを踏まえて,70歳以上の
高齢者に老齢加算に相当するだけの特別な消費需要がないと認められるこ
と,老齢加算制度の合理性を基礎付けていた事情が現在ではほぼ失われて
いると解されることを,老齢加算の廃止の主要な根拠として主張している。
さらに,老齢加算創設当時は基準生活費が,肉体的生存に不可欠の栄養
所要量ぎりぎりで算定されるなど,低劣な水準にあり,社会的弱者である
高齢者には,その基準のみでは生活保護需要を賄うのに十分でないことか
ら,保護費の上乗せを図るために,高齢者に特有の消費を特別需要として
認めたものであるが,社会経済情勢が著しく変化している状況(前記1
(2)ウ)を踏まえて検討を加えれば,基準生活費が一般国民の消費実態と
の比較において十分な水準に達しており(前記1(3)エ,同(2)イ),基準
生活費をもって高齢者の需要は賄えるものであって,これとは別途老齢加
算を上乗せしなければならないような高齢者特有の需要は存在しなくなっ
ている旨主張している。
イそして,比較①は,国民一般及び低所得者層の各単身高齢者の消費水準
について,60歳以上69歳以下の者と70歳以上の者とを比較したもの
であり,比較②は70歳以上の単身無職者について,低所得者層の消費水
準と老齢加算を除いた生活扶助基準額とを比較したものであって,老齢加
算の対象となっていた70歳以上の単身無職者の消費水準が,これと隣接
する年齢区分の者のそれと比べて低いこと,老齢加算を付加しない保護の
みによっても,70歳以上の単身無職者の低所得者層の一般的な消費支出
を充足するに足りるものであることを示したものということができ,70
歳以上の高齢者の被保護者において,老齢加算を付加しなければならない
特別の需要がないことを基礎付ける相応に合理的な根拠と位置付けること
が取りあえず可能である。
また,被保護勤労者世帯の消費支出が一般世帯のそれの7割を超える水
準に達するなど改善されていること(前記1(2)イ)や生活扶助基準額が
第Ⅰ−10分位の消費水準を上回っていること(前記1(3)エ)それ自体
は高齢者に特別の需要がないことの直接的な根拠になるとまではいい難い
が,基準生活費が改善されたことに伴い,それをもって(老齢加算なくし
て)高齢者の需要全般を賄えるようになるという事態は起こり得るところ
であるから,これらの点は比較①及び②とも矛盾せず,特別需要を考慮す
る必要がないことを無理することなく相応に説明できる一つの関連事情と
みることができる。
(2)特別需要の存否及びその検証手法等に関する原告らの主張並びにその検

まず,上記(1)イのとおり,被告らの主張をその主張及び裏付け資料から
取りあえず吟味したところであるが,原告らは,これに対し,特別需要の存
否及びその検証手法等を巡り,詳細な批判を展開している。すなわち,原告
らは,高齢者における特別需要の存在が老齢加算が設けられた根拠とされて
おり,老齢加算制度が昭和35年に老齢福祉年金制度の発足を契機として創
設され,昭和51年に至って老齢福祉年金制度と切り離され,高齢者の特別
需要を満たす基準として純化され,生活保護の特別基準として本来の性格を
確立し,これまで生活保護の見直し等が実施された機会にも,高齢者の特別
需要の存在とこれを理由とした老齢加算の必要性・妥当性が繰り返し確認さ
れてきているところ,老齢加算廃止の措置に至る検証過程においては,消費
支出の総額しか問題とされておらず,消費構造の比較検討,特に,昭和58
年意見具申において行われた高齢者とそれ以外の年齢層との支出科目ごとの
比較(前記1(1)オ)が行われていないため,従前の老齢加算制度の合理性
を基礎付けていた事情,特別需要の存否についての検証は全く行われていな
いに等しいとして,被告らの検証手法等に関して以下のとおり様々な主張を
する。そこで,それらにつき,以下に順次検討する。
ア消費の実態に即した検証の要否
(ア)専門委員会で使用された検討資料(平成11年の全国消費実態調査
特別集計による消費支出額)(乙11の8)に基づいて,昭和58年意
見具申と同様の手法により,60歳以上69歳以下の者と70歳以上の
者との間の消費構造を比較検討すると,60歳以上69歳以下の者より
も70歳以上の者の方が高くなっている支出科目の合計額は,全国平均
で9804円,第Ⅰ−5分位で8180円,第Ⅰ−10分位で1万34
35円となっており,むしろ,特別需要が引き続き存在していることが
裏付けられているものと主張する。
さらに,原告らは,高齢者の特別需要の存在及び老齢加算の必要性・
妥当性とともに,基準生活費についての妥当性も確認されており,その
後も,水準均衡方式に従って改定が行われるなど,その評価に変動を来
すべき事情も生じていないことからすれば,基準生活費の改定・引き上
げがあったとしても,それによって特別需要がカバーされることにはな
らないとも主張している。
(イ)しかし,昭和58年意見具申時の上記検証手法は,前記1(1)オで
みたとおり,高齢者の各支出科目の構成比に基づき,その支出総額が比
較対象となる年代(50歳代,一般夫婦世帯)の支出総額と同一になる
と仮定して案分した額を,高齢者の各科目ごとの支出額とみなした上で,
高齢者の方が高い支出科目のみの差額を積算していったというものであ
って,高齢者と他の年齢層の者と間に消費傾向の違いが存在することの
裏付けになるとまではいえても,そこで得られた支出科目の差額の合計
額をもって,高齢者においてその額に相当するだけの特別の需要があっ
たと認める上での根拠には乏しいといわざるを得ない。一般論としては,
高齢者の方が支出額が高い科目があったとしても,他方で,支出額が低
い科目もあり,後者の合計が前者の合計を上回るような場合にあっては,
後者の支出減が前者の支出増を補って余りあるのが通常と考えられる
(支出額が高い科目については,そのとおりの支出を行いつつ,支出額
が低い科目については,他の対象となる年齢層と同程度の支出を行って
いるという一般的な傾向があって初めて,基準生活費とは別の高齢者特
有の需要が実体を伴って存在するものといい得るところであるが,そう
した傾向が存するという経験則は見いだせないし,当該傾向があること
をうかがわせる証拠もない。)。さらに,上記検証手法は,高齢者の支
出総額が比較対象となる年代のそれと同一であると仮定したものである
ため,高齢者の各支出科目の支出額は,おおむね実際の支出額よりも大
きな数字を用いて,比較対象となる年代のそれとの差額の積算を行って
おり,高齢者の実際の需要を多めに見込んだ可能性を否定できない。の
みならず,一般夫婦世帯(年間収入180万円未満)を比較対象とした
老夫婦世帯(世帯主71歳以上75歳以下,180万円未満)のように,
実際の支出額よりも小さな数字を用いている場合もあるなど,高齢者の
需要を測定する方法としては,必ずしも首尾一貫したものとはいい難い
のであって,今となっては,もともと老齢加算の制度維持,高齢者に対
する当時の給付金額の正当化を目的として採用された疑いを払拭できな
い(ちなみに,専門分科会においても,事務局を務める厚生省担当者か
らは,そうした目的にそって比較が行われたことを自認する発言がある
(乙29))。「健康で文化的な最低限度の生活」の具体的内容が一般
的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきもので
あることからすると,こうした検証手法に基づいて老齢加算の給付を実
施・存続させたことが直ちに「最低限度の生活の需要」を超えていたと
みること(法8条2項参照)はできないとしても,高齢者の特別需要を
直接基礎付ける検証手法として十分に合理的なものであるとするのは躊
躇を覚えざるを得ない。
そうすると,改めて上記検証手法と同様な方法により,高齢者の各支
出科目の差額を積算したところ,原告らの主張するような差額合計の数
値になったからといって,高齢者の特別需要が引き続き存在することの
合理的な裏付けになるとはいえないし,保護基準を変更して老齢加算廃
止の措置をとるに当たり,同じような方法で検証を行わなかったとして
も,その判断過程が合理性を欠いたことにはならないというべきである。
イ消費支出に基づいて需要を検証することの当否
(ア)原告らは,消費支出は収入に制約され,需要のすべてを反映するも
のではないこと,特に,高齢者世帯では,医療費等の負担が重く,新た
な就労が望めず,貯蓄を取り崩すなどして生活しており,現実の消費が
抑制されている傾向が強い(これを示す資料として「家計の金融資産に
関する世論調査」(平成18年)(甲31)において,貯蓄のない世帯
や貯蓄が減少した世帯が相当割合を占めていることを挙げている。)こ
とから,消費支出に基づいて需要を測定・検証することは相当でないと
主張している。
(イ)しかし,消費支出が需要のすべてを反映するものではないとしても,
需要との間に一定の相関関係があることは十分に推認できるところであ
る。また,そもそも,消費支出,更には収入によって条件付けられず,
その制約を受けない客観的な需要なるものが存在するものといえるか,
それをどのような方法で測定・検証するのかについて疑問が残り,また,
その測定が可能であるとしても,「健康で文化的な最低限度の生活水
準」にそうべきものである保護基準を定めるに当たり,これを参照して,
直接反映させなければならないとする根拠も見当たらない。
いずれにしても,実際の消費支出の調査結果に依拠して,高齢者及び
他の年齢層の者の需要を把握し,老齢加算の廃止の当否を判断したとし
ても,この点は,要保護者の需要を基にして保護を行うべきものとする
法8条1項の規定に反することはなく,保護基準の改定において認めら
れる裁量権の範囲の逸脱・濫用を基礎付ける事情には当たらないという
べきである。
ウ低所得世帯を比較対象とすることの当否(漏給層の存在・低い捕捉率)
(ア)原告らは,保護基準以下の低所得者であっても実際には保護を受給
していない者(いわゆる漏給層)がおり,各種調査の結果によれば,そ
の数は膨大なものと推測され,これらの者を含んだ低所得者層の消費動
向を参考にして保護基準を定めた場合には,本来の在るべき水準を下回
った保護基準となって不合理な結果をもたらすことになると主張する。
そして,保護基準を定める場合に参照とされるべきは一般国民の生活水
準であって,漏給層を除外しておらず消費支出が圧縮されていると考え
られる第Ⅰ−5分位や第Ⅰ−10分位のような低所得層を参照とするの
は適切ではないと主張している。
(イ)確かに,比較②では,70歳以上の単身無職者のうち第Ⅰ−5分位
の者の生活扶助相当消費支出額と,老齢加算を除いた生活扶助基準額と
を直接比較しており,後者が前者を上回っているというその結果からは,
当該生活扶助基準額によって低所得者層(端的にいうと,収入額が最下
層である5分の1のグループ)の実際の消費支出を賄えるということが
明らかになるにすぎない。また,両者の数字に顕著な差がないことから
すると,第Ⅰ−5分位のグループには,生活扶助基準額を下回る支出で
生活を維持している者が相当数含まれていることも推認できる。
しかし,一般国民の平均的な消費支出その他生活水準を参考にするこ
と自体は,生活扶助基準を定める方法の一つの選択肢として不合理なも
のではないとしても,これをそのまま保護基準の基礎に用いるとすれば,
それは「平均的な生活水準」にほかならず,「健康で文化的な最低限度
の生活水準」からは乖離してしまう結果になることは否定できない。し
たがって,この場合には,一般国民の生活水準それ自体ではなく,これ
に一定割合を乗じるなどしてその数値を減じたものを基礎とするなどの
何らかの調整を経ることは避けられないところ,その割合をどのように
定めるかについて採用すべき客観的な基準が想定できるわけではなく,
合目的的な裁量を認めざるを得ないものといえる。こうした手法と比較
した場合,第Ⅰ−5分位の者の生活扶助相当支出額を参照とすることが,
現実の生活条件を無視した著しく低い基準が導かれるなど「健康で文化
的な最低限度の生活水準」を定める上で,殊更に所得が極めて低い層を
対象としているとまではいえない。
さらに,原告らが問題にする,生活扶助基準額を下回る支出で生活を
維持している者を除外した上,残りのグループの消費支出その他の生活
水準を参照にするという方法を仮に採用するものとすると,これを基に
生活扶助基準を定めた場合,従前の生活扶助基準額を上回る金額が常に
あるべき生活保護基準として導かれることなってしまい,その結果,生
活扶助基準を引き上げる都度,生活扶助基準額を下回る支出で生活を維
持している者の範囲(比較対象から除外すべき範囲)が拡がり,保護基
準を定めるに当たり比較対象とする範囲が高所得の者に偏っていくとい
う循環をもたらし,結果として,生活扶助基準額の際限のない上昇を招
きかねない。したがって,このような方法を採用することは,「健康で
文化的な最低限度の生活水準」を定める上では,不相当であるといわざ
るを得ない。
以上のとおり,殊更に所得が極めて低い層の生活水準を基にして保護
基準を定めた場合には,「健康で文化的な最低限度の生活水準」を満た
さない低劣な内容・程度のものとなるおそれがないとはいえないが,比
較②が第Ⅰ−5分位を対象として行ったものであることに加えて,生活
扶助基準の算定方式として,水準均衡方式が採用された昭和59年以降,
一般世帯の消費支出に対する被保護世帯の消費支出の割合がおおむね7
割弱で推移しており,平成13年度及び平成14年度においては,7割
を超える水準に達していたこと(前記1(2)ア,イ)をも勘案するなら
ば,これをもって,その検証方法が合理性を欠いたものであるとまでは
いえない。
エ60歳以上69歳以下と70歳以上という年齢区分による比較の相当性
(ア)原告らは,老齢加算の見直しの過程で,単身高齢者の消費水準を検
証するに当たり,60歳以上69歳以下と70歳以上という年齢区分を
用いて比較対照を行ったことに合理性はなく,70歳以上の高齢者に係
る特別需要の不存在を根拠付けることもできないと主張している。すな
わち,60歳以上69歳以下と70歳以上という区分を用いた場合,前
者の消費支出額が後者のそれを上回っている状況は,昭和55年及び昭
和58年に行われた以前の検証の時点で既に存在しており,その後変化
が生じているわけではなく,これらの検証時に70歳以上の高齢者の特
別需要の存在が確認され,老齢加算の必要性が明確にされているから,
この点は老齢加算を減額・廃止する根拠にはなり得ないというものであ
る。
さらに,原告らは,平成11年の消費実態調査(甲21)において,
男性・男女平均の単身高齢者の消費支出額をみると,65歳以上69歳
以下の者よりも70歳以上74歳以下の者の方が上回っていること,平
成16年の消費実態調査(甲22)における,男性の単身高齢者の生活
扶助相当支出額をみると,60歳以上64歳以下の者,65歳以上69
歳以下の者,70歳以上74歳以下の者,75歳以上の者と年齢区分が
高くなるに従って多くなっていること等からすると,70歳以上の者の
方が60歳以上69歳以下の者より消費支出額が少ないなどと単純化し
た結論を導くことはできないと主張する。
(イ)しかし,そもそも,高齢者の特別需要の存在を基礎付ける直接的な
根拠となり得るのは,前記1(1)オの昭和58年意見具申時における消
費構造の比較検討であるところ,その検証手法としての合理性・妥当性
について疑問を差し挟まざるを得ないことは前記(2)イにおいて検討し
たとおりである。したがって,70歳以上の者の消費支出額が60歳以
上69歳以下の者のそれを下回っているという状況に従前から変化がな
いとしても,そのことが直ちに特別需要の不存在を排斥する理由になる
わけではない。
さらに,平成11年の消費実態調査をみると,70歳以上74歳以下
の無職単身男性の消費支出及び生活扶助相当額が,隣接する他の年齢区
分(60歳以上64歳以下,65歳以上69歳以下,75歳以上)の消
費支出及び生活扶助相当額を顕著に上回っていることは確かであるが,
平成16年の消費実態調査をみると,消費支出にあっては70歳以上7
4歳以下の者が,生活扶助相当額にあっては75歳以上の者が,それぞ
れ最高の数値を示しているものの,隣接する他の年齢区分との比較では,
平成11年の調査ほどには顕著な格差がないなど,そこに一般的・継続
的な傾向が存在するとはにわかに認め難いところである。他方,男女平
均の数値をみる限り,わずかな逆転現象(平成11年の調査の消費支出,
生活扶助相当額において,70歳以上74歳以下の者が65歳以上69
歳以下の者をわずかに上回っている点,平成16年の調査の生活扶助相
当額において,65歳以上69歳以下の者が60歳以上64歳以下の者
をわずかに上回っている点。(以上につき,甲21,22))を除けば,
全般的には,60歳以上64歳以下,65歳以上69歳以下,70歳以
上74歳以下,75歳以上と年齢区分が上昇するに従って,消費支出,
生活扶助相当額とも緩やかに下降していく傾向がみてとれる。
以上に加えて,生活扶助基準については男女共通でその金額を定める
ものとされていることをも考え併せるならば,70歳以上の者の方が6
0歳以上69歳以下の者より消費支出額が少ないという評価を行い,こ
れを保護基準の見直し,老齢加算の減額・廃止の根拠にしたとしても,
合理性を欠くとまでいうことはできない。
オ専門委員会等が検証の根拠とした資料の信憑性
(ア)被告らは,全国消費実態調査の特別集計から得られた数値を,高齢
者の特別需要の不存在や老齢加算廃止の根拠となる基礎資料にしたと主
張している。これに対し,原告らは,特別集計の基になったサンプルデ
ータが公表されていないため,その信憑性・信頼性は何ら担保されてい
ないこと,「生活扶助相当消費支出額」を比較する際に消費支出全体の
中からどのような支出を控除し,その控除が妥当なものであったかどう
かも検証できないこと,「平成11年全国消費実態調査・高齢者世帯結
果表の第26表」(甲12)によれば,70歳以上74歳以下の単身無
職世帯の月間消費支出額は,65歳以上69歳以下のそれを上回ってお
り,厚生労働省(専門委員会の資料作成に当たった事務局)が「生活扶
助相当消費支出額」を算定する過程で控除したであろう,住居費,保健
医療費,自動車等関係費,仕送り金を控除して「消費支出の比較」を試
みてみても,やはり70歳以上74歳以下の単身無職世帯の支出額が6
5歳以上69歳以下のそれを上回る結果となるなど,被告らが高齢者の
特別需要の不存在の根拠とした60歳以上69歳以下の者と70歳以上
の者との比較(前記1(3)イ,比較①)と齟齬していることから,被告
らが根拠とした検証資料は,データそれ自体の信用性に疑問があり,老
齢加算廃止の合理的根拠にはなり得ないものであると主張している。
(イ)ところで,総務省(統計局)の行う全国消費実態調査とは,国民生
活の実態について,家計の収支及び貯蓄・負債,耐久消費財,住宅・宅
地等の家計資産を総合的に調査し,全国及び地域別の世帯の消費・所得
・資産に係る水準,構造,分布等を明らかにすることを目的として行わ
れる指定統計調査(統計法3条)であって,その結果については,国や
地方公共団体が国民生活の諸問題に対して行う諸施策の企画・立案等の
ために利用されているところ,厚生労働省においても,統計法15条2
項に基づき,生活保護制度における生活扶助基準等の検証を行う基礎資
料として,属性別の収入・支出額を把握するため,総務大臣の承認を得
て,調査票を使用したものと認められ(乙22の1∼3,23の1∼
3),その集計結果に基づいて,専門委員会の検討資料を作成したもの
と推認することができる。以上によれば,専門委員会の検討資料の作成
過程に特段不合理なところはなく,信憑性に疑義を生じさせるような事
情も見当たらない。「生活扶助相当消費支出額」を算定するに当たり控
除した支出の項目についても,前記1(3)イでみたとおりであって,生
活扶助の対象となるべき消費支出額を算定する方法としては合理的なも
のであり,恣意が介在するなど不適切な処理をうかがわせる事情もない。
また,専門委員会の検証資料は60歳以上69歳以下の者と70歳以上
の者という年齢区分によって比較を行ったものであり,原告らが指摘す
る65歳以上69歳以下の者と70歳以上74歳以下の者とを比較した
場合に,異なる結果(上位の年齢層の者の方が「生活扶助相当消費支出
額」が多くなること)が生じたとしても,それを直ちに矛盾・齟齬とみ
ることはできないのであって,上記検証資料の信憑性を疑わせるような
事情とみることはできない。
カ第1類費の水準の抑制と老齢加算との関係
(ア)原告らは,70歳以上の高齢者については,他の年齢層と比較して,
基準生活費のうち第1類費の伸びが著しく抑制されており,別途老齢加
算の給付が行われていたからこそ,そのような抑制が可能であったと考
えるべきところ,第1類費をそうした水準のままに据え置きながら,老
齢加算を廃止することは,いわば二重に減額の負担を負わせることにな
り,著しく不利益であって合理性を欠いた措置であると主張している。
(イ)そこで,70歳男女の各第1類費の推移をみると,以下のようなも
のとなっている(甲13)。
昭和59年平成元年平成17年
70歳男3万0440円3万0870円3万2340円
昭和59年から平成17年までの伸び率106%
平成元年から平成17年までの伸び率105%
昭和59年平成元年平成17年
70歳女2万9260円3万0870円3万2340円
昭和59年から平成17年までの伸び率111%
平成元年から平成17年までの伸び率105%
これに対して生活扶助基準額設定のモデルである標準3人世帯の構成
員である年齢の者について,各第1類費の推移は次のようになっている。
(甲13)
昭和59年平成元年平成17年
33歳男3万2430円3万4640円4万0270円
昭和59年から平成17年までの伸び率124%
平成元年から平成17年までの伸び率116%
昭和59年平成元年平成17年
29歳女3万1130円3万4640円4万0270円
昭和59年から平成17年までの伸び率129%
平成元年から平成17年までの伸び率116%
昭和59年平成元年平成17年
4歳子2万1430円2万3360円2万6350円
昭和59年から平成17年までの伸び率123%
平成元年から平成17年までの伸び率113%
上記の各推移によれば,昭和59年時から平成17年時までの間の3
3歳男及び29歳女等の各第1類費の伸び率・増加額と対比すると,7
0歳男女の各第1類費の伸び率・増加額は相当程度低い水準に押さえら
れたものになっているといえる。例えば,70歳男と33歳男との間を
比較すると,昭和59年時の格差は約2000円にとどまっていた(3
3歳男が上回る。)のに,平成17年時の格差は約8000円に拡がる
(33歳男が上回る。)など,その格差は全般的に拡がっている。そし
て,この間,平成16年3月時まで老齢加算が1級地で1万7930円
と定められ給付等が行われていた事実を考え併せるならば,このような
格差が拡がるような生活扶助基準額の改定を行う過程で,老齢加算の存
在が何らかの形で考慮要素とされた疑いも残ることから,70歳以上の
男女について生活扶助基準額について見直しを経ることなく,老齢加算
の減額・廃止のみを実施した場合には,70歳以上の高齢者に対して,
上記生活扶助基準額の改定を行った時点で想定していた以上の不利益を
強いる結果となっている可能性も否定できない。
(ウ)しかし,70歳男女の各第1類費の伸び率・増加額について,他世
代との間で上記のような格差が生じた原因としては,平成元年時までは,
高齢者について60歳以上64歳以下と65歳以上という区分が設けら
れており,前者よりも後者の方が第1類費が多額に設定されていたとこ
ろ,その消費実態をみると,70歳以上の第1類費相当の消費支出額が
69歳以下のそれと比較して低いものとなっていたこと等を踏まえ,高
齢者について60歳以上69歳以下と70歳以上という区分を新たに設
けた上,70歳以上の者のみならず,65歳以上69歳以下の者につい
ても第1類費の据え置き,改定率の抑制を行うことを通じて,60歳代
の者の基準額を同一のものとした上,70歳代の者との均衡を図ってき
たものであることが認められる(乙24)。このような65歳以上69
歳以下の者も含めて調整が行われてきた過程をみる限り,70歳以上の
者の第1類費の伸び率・増加額が抑制される際に,殊更に老齢加算の存
在が主要な考慮要素とされていたとまでは認め難いところである。そし
て,単身無職の60歳以上69歳以下の者と70歳以上の者との生活扶
助相当消費支出の比較(比較①),70歳以上の単身無職の者の生活扶
助相当消費支出額と老齢加算を除いた生活扶助基準額との比較(比較
②)が,それぞれ前記1(2)でみたような結果となっていることを踏ま
えるならば,70歳男女の各第1類費の伸び率・増加額が他の年代と比
べて相当程度低い水準に押さえられているという事実はあるにせよ,そ
れは,高齢者世帯の実際の消費支出に即しており,その需要を反映させ
たものということができる。
キP13教授の調査研究結果に基づく批判の妥当性
(ア)P13P14大学社会学部教授(以下「P13教授」という。)を
中心とするグループは,平成17年,京都において,高齢者を含め,若
年単身者,中年夫婦ないし未婚子等,多くの世帯類型について,「持ち
物財調査」,「生活実態調査」,「価格調査」を行い,マーケットバス
ケット方式による最低生計費を算定したところ,単身高齢者の税込月額
最低生計費の算定額は,1箇月当たり18万5061円であり,そこか
ら,税・社会保険料,NHK受信料の各項目を控除し,生活扶助相当支
出額を算出すると,予備費を含めて11万8112円(住居費別),予
備費を含めない場合でも10万3112円(住居費別)となること,各
種統計の消費者物価指数,消費支出の比較からみて,東京都の数値がこ
れ(京都の数値)を下回るものとは考えられないところ,東京都各区等
(1級地−1)における老齢加算相当額を加えた生活扶助基準ですら9
万3700円(平成19年度。なお,平成15年度は9万3850円)
と上記最低生計費を下回る水準となっており,老齢加算相当額を除いた
生活扶助基準はこれらを更に下回る水準となっていること(甲18,2
2,33)から,原告らは,老齢加算を廃止した後の生活扶助基準が
「健康で文化的な最低限度の生活」の水準を満たしていない旨主張して
いる。
(イ)しかし,P13教授の調査の内容を分析してみると,65歳以上の
高齢単身世帯及び夫婦のみの世帯の各所得分布は,所得が上記調査で算
定された最低生計費未満のものの割合が単身世帯で87.1パーセント,
夫婦のみの世帯で52.1パーセントに達する(甲18)というのであ
って,端的にいうと,夫婦のみの世帯で5割余り,単身世帯については,
実に9割近くの者が上記最低生計費を下回る所得しか得られていないと
の結果となっている。これらの数字に照らせば,上記最低生計費は,現
実を踏まえた「健康で文化的な最低限度の生活水準」とは見合うもので
はなく,意識的に在るべき数値として算定されたのではないかとの疑問
を抱かざるを得ない。そうすると,これとの比較を通じて生活扶助基準
が「健康で文化的な最低限度の生活水準」を満たさず,不相当に低額で
あるとするには,どうしても無理がある。
ちなみに,P13教授は,上記調査において,「最低生計費」を算定
するに当たり,一般的世帯との対比による相対的貧困論に基礎を置きつ
つ,「人間に値する生活」の理念でこれを補う必要があるという立場を
述べている(甲18)。生活形態・生活様式が極めて多様化している現
代社会にあっては,マーケットバスケット方式を採用した場合に,いか
なる項目についてどれだけの金額を必要な支出とみるかについて多様な
考え方が成り立ち得るし,そこには裁量的判断を許容する余地も多分に
認められるところである。上記調査では,例えば,交際費について,平
成11年の総務省全国消費実態調査における全体の平均値を採用して,
単身高齢者について月額2万2041円を,夫婦のみの世帯について月
額3万4185円を,「こづかい」についても,月額5000円,1万
円をそれぞれ計上している(甲18,甲33)。しかし,交際費につい
て全体の平均値を用いることは,「健康で文化的な最低限度の生活水
準」にそぐわない結果を導くおそれがあるといわざるを得ないし,最低
生計費なるものを算定するというのであれば,必要な支出を積算する方
法によるのが本来であって,被告らも指摘するように,「こづかい」を
支出項目に挙げて積算根拠とすることは,少なくとも単身者については
不相当とみる余地があるし,その額の定め方についても決め手になる確
たる基準を想定し難いものである。
したがって,上記調査の結果として得られたという最低生計費が生活
扶助基準を上回っているからといって,前記(1)の被告らの主張の合理
性を減殺することにはならないというべきである。
ク専門委員会等における検討過程及び代替措置
(ア)原告らは,財政審の建議並びに閣議決定された「経済財政運営と構
造改革に関する基本方針2003(骨太の方針2003)」及び「平成
16年度予算編成の基本方針」において,社会保障費を抑制する一環と
して,老齢加算の廃止に向けた検討が明示され,専門委員会での議論が
始まる以前から,老齢加算廃止の方針は決まっており,専門委員会での
「検討」はその方針を正当化するためのものであって,合理性を検証す
る上で必要な検討が行われたものとはいい難いこと,「平成15年中間
取りまとめ」では,老齢加算について「廃止の方向で見直すべきであ
る」とされているが,専門委員会では反対意見を述べる意見が多く,そ
の意見を正しく集約したものとはいえないこと,専門委員会での実際の
検討の過程では,老齢加算が廃止される場合にも,高齢者世帯の社会生
活に必要な費用に配慮して,その代替措置の要否及び内容を含めて議論
することが前提とされており,「平成15年中間取りまとめ」において
もこれを踏まえた修文を経ていること等,専門委員会の審議の過程等に
照らしても,老齢加算を廃止したこと,特に代替措置なく廃止を実施し
たことには,正当な理由がなく合理的な根拠を欠くものであると主張し
ている。
(イ)しかし,財政審の建議や閣議決定事項において,老齢加算の廃止に
向けた検討や見直しを行うべきことが明示されていたとしても,社会保
障審議会や専門委員会は,独立した立場で調査審議を行うべきことが予
定されているし,先行する他機関の決定にしても,検討・見直しを促す
内容にとどまり,その結論を先取りして専門委員会の審議判断を拘束す
るような性質のものであるとは認め難い。実際の審議の内容をみても,
老齢加算の廃止に消極的な意見の委員を含め,自由かつ活発に議論が行
われているものと認めることができる(乙11の1・3・5・7・9・
11)。また,「平成15年中間取りまとめ」の内容や審議の過程につ
いて,自身の意見の反映や議論の時間が不十分であることに不満を抱い
ていた委員がいたことは別にして,専門委員会の席上で賛否の決をとっ
たり,反対意見の留保の記載がないことからすれば,「平成15年中間
取りまとめ」が専門委員会の出席委員の全員一致をもって了承されたこ
とが推認されるのであり,この推認を覆すに足りる証拠はない。その趣
旨・解釈はともかくとしても,老齢加算を廃止の方向で検討すべきこと
については合意が得られたということができるのであって,正しい意見
の集約が行われなかったとみるのは相当でない。
(ウ)さらに,「平成15年中間取りまとめ」では,老齢加算そのものに
ついて廃止の方向で見直すべきであるとするとともに,ただし書として
「高齢者世帯の社会生活に必要な費用に配慮して,生活保護基準の体系
の中で高齢者世帯の最低生活基準が維持されるよう引き続き検討する必
要がある。」と述べられており,委員の中には,老齢加算の廃止のみを
先行させるのではなく,代替的な措置を併せて検討すべきであるという
考えを持っている委員もおり,その旨の発言も認められるところである
(甲15,乙11の7,11の11)。しかし,上記の文言からは,代
替措置の検討・実施が老齢加算廃止の明示的な条件とされているとまで
はいえないのであって,代替措置を実施することなく老齢加算を廃止し
た措置が,「平成15年中間取りまとめ」に反することにはならないと
いうべきである。
ケまとめ及び補足
以上のとおり,前記2の判断の基本的枠組みに従いつつ,原告ら主張の
いずれの点を取り上げて検討してみても,本件各決定の前提となる保護基
準の改定が「正当な理由」を欠き,厚生労働大臣がその裁量権の範囲を逸
脱し,又は濫用したことを基礎付けるまでの事情は認め難いといわざるを
得ない。
なお,保護基準について減額を伴う改定が行われた場合には,本来であ
れば,それが「健康で文化的な最低限度の生活」という法の要求する水準
を満たしているか否かという観点からの検証が第一義的に行われるべきで
あるところ,比較①及び②は,異なる年齢層間の消費支出の比較(比較
①)であり,第Ⅰ−5分位という低所得者層の消費支出と老齢加算を除い
た生活扶助基準額との比較(比較②)にとどまるものである。特に,第Ⅰ
−5分位の者の生活実態が明らかでなければ,生活扶助基準額がこれを上
回っていたとしても,それが法の要求する水準を満たしていることの直接
的な根拠となるものではない。当該水準が一般的な国民生活の状況との相
関において決定されるべきことを考慮に入れても,第Ⅰ−5分位の者と他
の階層の者との格差が顕著であって,前者の生活実態が当該水準を下回る
ことも十分起こり得るからである。
とはいえ,老齢加算は,70歳以上の者を対象にして,高齢者に特別の
需要が存在することを理由に導入され,高齢者特有の支出項目(支出の存
在自体が特有であるものと支出の額の多さが特有であるものとを含む。)
の存在がその根拠とされたものではあるが,当初は老齢福祉年金と同額の
給付を行うものとして創設され,昭和51年からは老齢福祉年金の額とは
切り離され,基準生活費のうち第1類費のおおむね2分の1の額と定めら
れてきたものである。そして,昭和58年意見具申時の検証手法も前記ア
(イ)でみたようなものであることを勘案するならば,高齢者の特別需要の
存在が十分な合理性をもって基礎付けられていたとはいい難い。したがっ
て,その減額・廃止に当たっては,老齢加算を除いた生活扶助基準額のみ
で法の要求する生活水準を満たすことが可能かどうかという点にさかのぼ
って高齢者の生活実態,実際の消費支出の状況を調査することが不可欠で
あるとみるのは相当でない。
もとより,生活扶助基準のうち,本体ともいうべき基準生活費の減額が
問題とされるのであれば,法の要求する生活水準を満たすかどうかという
観点から,被保護者の生活実態に係る調査を行うことが極めて強く要請さ
れるとも考えられるが,本件においては,基準生活費に付加して給付され
る老齢加算が問題とされているのであって,以上にみてきたような,その
導入の経緯及びその後の推移に照らすならば,比較①及び②を主要な根拠
として老齢加算の減額・廃止を行ったとしても,現実の生活条件を無視し
て著しく低い基準を設定するなど,憲法及び生活保護法の趣旨・目的に反
するとまではいえず,厚生労働大臣において,その裁量権の範囲の逸脱又
は濫用になるということはできない。
(3)原告らの各個別事情からみた検討
ア原告らは,自らそれぞれの具体的な生活状況に照らせば,老齢加算の廃
止・減額後の保護の内容は,「健康で文化的な最低限度の生活」の需要を
満たしていないことから,老齢加算の廃止に係る保護基準の改定及び本件
各決定は,原告らの生存権を侵害するものであって,法8条2項に違反し,
さらには,法3条及び9条並びに憲法25条に違反するものであると主張
する。
そして,前記2の本件における基本的判断の枠組みに従えば,これら各
個別事情に関する原告らの主張は,厚生労働大臣において,本件各決定の
前提となる保護基準の変更につき,その裁量権の範囲の逸脱又は濫用があ
ることを裏付ける間接事実としても,主張されているものとみることがで
きることから,この観点において検討の対象になるということができる。
イそこで,上記の主張を検討する前提として,原告らの具体的な生活状況
についてみると,証拠(甲A∼Lの各1,甲A,J及びKの各2,甲Iの
3,A事件原告P1,G事件原告P7,I事件原告P9各本人)によれば,
以下の事実を認めることができる。
(ア)原告らのうち単身で生活している者の食費は,おおむね月額2万円
から3万円程度であって,いずれも自炊している(ただし,副食は総菜
を購入する者もある。)が,肉や魚は高価であるため限られた回数しか
食べられず,卵や豆腐でたんぱく質不足を補っている者が多い。果物も
バナナ以外はほとんど購入できず,菓子類の購入も思うに任せないなど,
我慢を強いられている。外食の機会は限られており,1回当たり500
円から1000円程度の予算で,そば・ラーメン等を月1,2度,ある
いは,2,3か月に1回程度食べるのがせいぜいである。
(イ)原告らは,被服費にほとんどお金を使うことができず,古い衣類を
そのまま使用しており,新たに購入するのは下着類に限定される。それ
以外の衣類については,古着や兄弟・知人からのもらい物で済ませてい
る者が多い。
(ウ)テレビ,冷蔵庫,洗濯機等の電化製品については,中古品を無償で
譲り受けるなど,古くからのものをそのまま使用しており,故障してい
る場合でも買換えができずそのままになっている者が多い。
(エ)冷暖房器具については,エアコンを保有していない者が多数を占め
(故障で動作しない者を含む。),石油ストーブ・こたつ等の暖房器具
を含め,電気代・燃料費がかさむことから,できるでけ利用時間を短く
している。
(オ)入浴については,光熱費・水道代の節約のため,シャワーで済ませ
る者も多く,湯舟を使う場合でも,水の交換を数日から10日程度に1
度にするなどして節約している。自宅に風呂のない者や風呂があっても
光熱費・水道代を節約しようとする者は,自治体から支給される入浴券
や割引券を利用して銭湯に行ったり,公共施設の無料の入浴施設を利用
したりしているが,支給枚数・利用可能な曜日・時間が限定されるなど,
自由に利用できるわけではない。
(カ)原告らそれぞれにおいて,観劇,映画・絵画・音楽鑑賞,野球観戦,
読書,習字,絵を描くこと,詩吟,写真撮影,旅行等,趣味,その他の
余暇の過ごし方についての希望があるが,必ずしもこれらのものにお金
をかけるだけの余裕がない。
(キ)原告らの多くが,友人・知人から食事に誘われてもこれに応じるこ
とができず,様々な口実をつけて断っており,親戚・友人との付き合い
も疎遠になっている。中元や歳暮,お祝いを贈ることもできず,墓参・
里帰りする機会もなく,これが可能である者もその回数は限定され,長
距離バスを利用するなどして節約しており,葬儀に際しても,香典を包
むことができず,参列できない。また,同窓会・クラス会の会費を負担
できず,これに参加することができないという者もいる。
(ク)原告らは,老齢加算廃止による影響に関して,次のような変化を指
摘し,不満・窮状を訴えている。
a照明をこまめに消すようになった。
b帰省を我慢する,おい・めいにお年玉をあげられなくなった。
c友人・知人の葬儀への列席を控えている。
d同窓会・クラス会への出席ができなくなった。
e町内の行事に参加できなくなった。
fパーマをかける回数を減らすようになった。
g他に切り詰めるところが残っていないため食費を切り詰めている。
h食費の節約のため,遠方の店まで買い物に出向く。
iタバコの本数を減らすようになった。
jクーラーを我慢するようになった。
k入浴券を冬のためにためておく。
l家電製品の購入・買換えができなくなった。
mささやかな旅行にも出かけられなくなった。
n年1回の野球観戦にも行けなくなった。
ウ原告らのうち,家計簿の記載等から家計の状況をある程度詳細に把握す
ることができる原告の収支の状況は,次のとおりである。
(ア)K事件原告P11について,平成19年2月から同年7月までの収
支の平均をみると,次のようになっている(ただし,家賃の実費の扶助
を受けており,住宅扶助・家賃については,それぞれ収入・支出から除
外したものである。)(甲K1)。
1か月の平均収入額7万6800円
1か月の平均支出額6万7929円
支出の内訳(1か月当たり平均)
食費2万6919円
光熱水道費6799円
電話代1499円
新聞代4000円
交通費613円
交際費6478円
教養娯楽費6800円
被服費・日用雑貨代7351円
保健衛生費3036円
その他4433円
(その他の項目には,アパートの管理費1600円(住宅扶助の
対象外)を含む。)
(イ)A事件原告P1について,平成19年2月から同年11月までの収
支の平均をみると,次のようになっている(ただし,収入には保護費の
ほか,年金収入を含んでいる。他方,家賃の実費の扶助を受けており,
住宅扶助・家賃については,それぞれ収入・支出から除外したものであ
る。また,同原告は家計簿を付けておらず,手元のレシートを集計した
ものなので,一部漏れがあるなどとする。)(甲A1)。
1か月の平均収入額7万1640円
1か月の平均支出額5万2546円
支出の内訳(1か月当たり平均)
食費2万3026円
光熱水道費4938円
電話代4299円
新聞代4800円
交通費150円
交際費3142円
娯楽費1950円
被服費275円
日用雑貨代1495円
その他8472円
(その他の項目には,パーマ代,自治会費,ミシン購入のクレジ
ット代金等を含む。)
エところで,憲法25条及び法3条において,健康で文化的な最低限度の
生活というとき,衣食住等を始めとする生存・健康を維持するための必要
不可欠の要素に加え,人間性の発露として,親族・友人との交際や地域社
会への参加その他の社会的活動を行うことや,趣味その他の形態で種々の
精神的・肉体的・文化的活動を行うこともまたその構成要素に含まれるも
のとみることができる。とりわけ,高齢者において,一般的には,現に就
職・就労をしておらず,今後,そうした機会を求めることも積極的には意
図していない者が多いものと考えられる(ただし,原告らの中には,ボラ
ンティア活動を趣味に挙げる者(L事件原告P12,甲L1)のほか,自
営の仕事で生計を立てていきたいという希望を持っている者(J事件原告
P10,甲J2)もいる。)。そして,高齢者は,勤労者であれば余暇に
当たる時間が生活時間の大半を占めていることもあって,これを親戚・友
人らとの交際や趣味に充ていかに充実した時間を過ごすかという点が,生
活上の満足感・生きがいを得られるかどうかということに直結しており,
こうした時間の過ごし方にどれだけの支出を振り当てるかが,金銭の使途
の中でも高齢者でない者との比較において相対的に大きな意味を持つこと
になるといえる。そして,老齢加算の導入・継続時の議論において,高齢
者における特別需要が存在することの根拠として,観劇,雑誌,通信費等
の教養費,茶,菓子,果物等の嗜好品に係る支出(昭和35年の老齢加算
導入時,前記1(1)ア),近隣,知人,親戚等への訪問や墓参等の社会的
費用(昭和55年中間取りまとめ時,前記1(1)ウ),教養娯楽費,交通
通信費(昭和58年意見具申時,前記1(1)カ)が繰り返し取り上げられ
たことは,上記の趣旨を端的に示すものであるということができる。
このような視点も踏まえつつ,前記イ(ア)から(ク)までの原告らの生活
状況をみるとき,余裕に乏しいことはもちろん,非常に慎ましやかな生活
を送っており,あらゆる場面で節約を強いられる一方,支出の必要を感じ
た場合でも費用の捻出が思うに任せず,不自由を感じる機会も少なくない
ことが見て取れる。食費は生存に不可欠であるため,節約に努めていると
はいえ,一定額の出費は避け難く,原告らの支出額も一定の範囲に収まっ
ているとみえる反面,被服費についてはそれ以上に支出が抑えられており,
生活必需品やこれに類するものと考えられる電化製品の買換えもままなら
ない状況がうかがえる。さらに,趣味・余暇のための支出,親戚・友人付
き合いのための冠婚葬祭費を含む交際費についても,その支出は相当極端
に抑制されているものとみることができる。
一方,K事件原告P11,A事件原告P1の月単位の収支の状況をみる
と,それぞれ1万円弱から2万円弱の余剰が生じている事実も認められる。
もとより,上記のように極端に支出を切り詰めた状況での数字であり,支
給された保護費を月ごとに使い切ってしまい,手元に残金が残らないとい
う状況で生活することは無理もあり,不意の支出等に備え,結果として多
少の余剰が生じた程度のものと評価するのが妥当ではあろう。しかし,こ
れらの余剰を蓄えるなどして,極端に抑制されているようにみえ,あるい
は,不自由を強く訴えるような支出項目にこれを振り向けることも一つの
やり繰りの方法として考えられるところである。
さらに,趣味・余暇のための支出や交際費については,前記のとおり,
とりわけ高齢者にとっての重要性を否定するものではないが,他方で,ど
のような目的・使途にどれだけの支出を行うかは,趣味嗜好・価値観の違
いから個々人の判断にゆだねられるべき性格のものである。したがって,
収入・貯えが減少した場合の支出の優先度からすると,その他の必要的な
生活経費に先んじ,まずもってその支出額を抑制して対応することになる
性質のものと考えられる。交際費のうち,冠婚葬祭費,特に,葬儀への参
列,香典に係る支出は避け難い費用という側面もあり,原告らにおいても,
遠方の葬儀への参列に要する交通費を賄えないこと,人並みの香典が供え
られず肩身が狭く,結局,葬儀への参列自体を思いとどまる場面が多いこ
と等,その不自由・不満を揃って強く訴えており,その心情は十分考慮に
値する。とはいえ,原告らの中でも,身近な親族に対しては相当額の香典
を供えるとする者もあれば,余裕のない者同士で少額を集めて香典として
供えるとする者や,葬儀に参列し香典を供える余裕がないことを理由とし
て述べてはいるものの弔電を送って対応している者等もあり,その弔意の
表し方が千差万別であることは原告らのような高齢者に限られることでは
ない。そして,配偶者,3親等内の血族及び2親等内の姻族の葬儀に参列
する費用で実施機関がやむを得ないと認めたものは保護費から支出できる
ものとされており,実際に,G事件原告P7に対しては,兄の葬儀に参列
するために広島まで往復した交通費が支給されていること(乙45,G事
件原告P7本人。もっとも,A事件原告P1が姪の夫の長崎での葬儀に参
列した費用については,支給対象の親族の範囲に含まれていないことから,
支給を受けられていない(A事件原告P1本人)。)等も勘案するならば,
趣味・余暇のための支出や葬祭費を含む交際費の支出が上記のように抑制
されていることを理由にして,直ちに健康で文化的な最低限度の生活水準
を満たしていないものとすることはできない。
原告らのそのほかの支出の内容,生活状況をみても,節約を強いられ,
不自由を感じる場面が少なくないことまでは否定できないにせよ,K事件
原告P11及びA事件原告P1の家計の状況をも踏まえ,抽象的・相対的
な概念にとどまる「健康で文化的な最低限度の生活」の意味内容に即して
考えるならば,老齢加算の減額・廃止後の保護基準に従った本件各決定に
よる変更後の保護の内容が,「健康で文化的な最低限度の生活」の需要を
満たしていないとまではいえない。
4結論
原告らが主張するように,老齢加算の廃止によって,老齢加算減額前満額支
給時との比較において,保護費全体が約2割の減額になるような場合,激変緩
和の措置として,3年間をかけて段階的に廃止することとされたとはいえ,当
該満額支給をされていた者にとっての実感を直視すれば,これを率直に問題視
し廃止の段階をとらえて追及すること自体は,確かに無理からぬところではあ
る。
とはいえ,以上子細に検討したところによれば,原告らの主張する点は,い
ずれも厚生労働大臣の裁量権の範囲の逸脱・濫用までを基礎付け得るものでは
なく,また,他にこれを肯定できる事情はうかがえないのであって,老齢加算
を減額・廃止した保護基準の改定に違法(法違反,憲法25条違反)があった
とは認められないといわざるを得ない。
そして,原告らにおいては,老齢加算の減額・廃止以外を理由とする本件各
決定における給付額の変動を争うものではなく,本件各決定に固有の違法事由
がある旨の主張立証はないことからすれば,本件各決定は適法であるというこ
とになる。
よって,原告らの請求はいずれも理由がないから,これらを棄却し,訴訟費
用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条1項本文の
各規定を適用して,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第2部
裁判官倉澤守春
裁判長裁判官大門匡及び裁判官吉田徹は,異動のため,署名押印することが
できない。
裁判官倉澤守春

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