弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件抗告を棄却する。
         理    由
 本件抗告の趣意のうち、違憲(憲法三一条、三二条、三七条違反)をいう点は、
実質において単なる法令違反の主張であり、判例違反をいう点は、所論引用の判例
は事案を異にし本件に適切でなく、いずれも刑訴法四三三条の抗告理由にあたらな
い。なお、一審判決後被告人の妻によつて選任された弁護人が被告人のために控訴
の申立をする権限を有しないことは、当裁判所の判例(昭和二三年(れ)第三七四
号同二四年一月一二日大法廷判決・刑集三巻一号二〇頁、同四三年(あ)第二五三
一号同四四年九月四日第一小法廷決定・刑集二三巻九号一〇八五頁参照)とすると
ころであつて、いま直ちにこれを変更しなければならないものとは思われない。
 よつて、同法四三四条、四二六条一項により、主文のとおり決定する。
 この決定は、裁判官江里口清雄の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見に
よるものである。
 裁判官江里口清雄の反対意見は、次のとおりである。
 私は本件抗告を棄却すべきものとする多数意見に反対し、原原決定及びこれを肯
認した原決定を破棄すべきものと考える。以下、私見を述べる。
 多数意見は、そこで引用している判例からみると、刑訴法三五五条により被告人
のため独立して上訴をすることができる原審における弁護人とは原審判決宣告時迄
に選任された弁護人に限られ、判決宣告後新たに選任された弁護人は、その中に含
まれないから、被告人のため独立して上訴をすることはできない。ただ、判決宣告
後新たに選任された弁護人であつても被告人が選任して上訴の申立又は上訴審にお
ける訴訟行為を依頼したものであるときは、その弁護人は被告人の上訴権を代理行
使して上訴をすることができるが、被告人のため上訴申立の権限を有しない被告人
の妻が選任した弁護人は、委任による代理人としても上訴をすることができない、
とするものと解される。
 私は、刑訴法三五五条にいう原審弁護人は原審判決宣告時における弁護人に限ら
れるものではなく、判決宣告後に選任された弁護人もこれに含まれるべきものと解
する。判決宣告後もそれが確定して訴訟が終了するか上訴の申立により移審の効力
が発生する迄は、訴訟は引き続き原審に係属している。訴訟が原審に係属中に原審
宛の弁護届により新たに選任された弁護人は、被告人によつて選任されたか又はそ
れ以外の選任権者によつて選任されたかにかゝわりなく、当然に同条の原審におけ
る弁護人にあたるといわなければならない。刑訴法三五五条、三五六条の規定は、
法律専門家である弁護人の地位職責にかんがみ、原審弁護人に対して被告人のため
独立して上訴をなしうる特別の権限を付与し、かつ、被告人の明示の意思に反しな
い限り黙示の意思に反してでもその資格においてこれをなしうることを明らかにし
て、弁護権を拡充強化し被告人の防禦権の行使に遺憾なからしめようとした趣旨に
でたものである。有罪判決の宣告後に新たな弁護人を選任するのは、上訴の申立を
して更に争わんとする場合であるといつて差し支えない。この弁護人の上訴申立を
適法なものとすることこそ法の趣旨に沿うものであつて、右の原審における弁護人
を制限解釈して右申立を不適法なものとすることは理解できない。
 弁護人は、被告人の意思に反しない限り、訴訟係属中特別の授権なくとも被告人
のなしうるすべての訴訟行為を代理することができる。従つて、仮に百歩を譲つて
同条にいう原審の弁護人が判決宣告時弁護人であつた者に限られるとしても、判決
宣告後新たに選任された弁護人は、弁護人の右包括代理権に基づいて被告人の上訴
権を代理行使して被告人のために上訴することができる。その際ことさらに被告人
の代理である旨を明示することを要するものではないから、弁護人の名義でするこ
とは差し支えない。判決宣告後新たに被告人の妻によつて選任された弁護人は、選
任者の委任代理人としては選任者の有しない上訴権を代理行使することはできない
が、被告人自ら選任した弁護人と同じく被告人の弁護人であるから、被告人の包括
代理人であることに変りはない。そして刑訴法三五五条、三五六条の規定の趣旨は
前記のとおりであるから、このために右弁護人の包括代理権が却つて縮少され、被
告人の上訴権をその意思に反しない限りにおいて代理行使することが許されなくな
るものと解することはできない。
 本件においては、被告人は昭和五四年四月一八日第一審裁判所で有罪判決の宣告
を受けたところ、これに対し被告人又は右判決宣告時の弁護人から控訴の申立なく、
被告人の妻が右判決宣告日の翌一九日弁護士山形道文と連署した第一審裁判所宛の
弁護人選任届を同裁判所に提出し、更にその翌二〇日同弁護人において第一審判決
に控訴する旨の同弁護人名義の控訴状を同裁判所に提出したものであるから、前述
の理由により本件控訴は適法に申立てられたものといわなければならない。然るに
控訴審裁判所は右控訴の申立を上訴権のない者からされた不適法なものとして控訴
棄却の決定をし、更にこれに対する異議申立についてもこれを理由なしとして棄却
決定をしたのであるから、右の決定はいずれも失当であつて破棄を免れない。本件
抗告はその理由があり、多数意見が掲記する当裁判所の判例は、いずれも変更され
るべきものと考える。
  昭和五四年一〇月一九日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    環       昌   一
            裁判官    江 里 口   清   雄
            裁判官    高   辻   正   己
            裁判官    横   井   大   三

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