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平成29年10月25日判決言渡
平成28年(行ケ)第10211号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成29年9月25日
判決
原告TBカワシマ株式会社
原告スミノエテイジンテクノ株式会社
原告株式会社コマクソン
原告尾張整染株式会社
原告ハクサン染工株式会社
上記5名訴訟代理人弁理士岡本武也
衛藤寛啓
飯森悠樹
被告株式会社アクト
訴訟代理人弁理士太田明男
石塚信洋
太田朝子
主文
1原告らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1原告らの求めた裁判
特許庁が無効2015-800220号事件について平成28年8月9日にした
審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許無効審判請求の不成立審決の取消訴訟である。争点は,進歩性の判
断の誤り(相違点の判断の誤り)の有無である。
1特許庁における手続の経緯
被告は,平成23年9月12日,名称を「エンボス模様を有する長尺材の製造方
法」とする特許出願(特願2011-198441)を行い,平成23年12月9
日,設定登録を受けた(特許第4878660号〔請求項の数は4である。〕。甲1
7)。
原告らは,平成26年3月31日,上記請求項1に係る発明(以下「本件発明」
という。)を無効にすることについて特許無効審判(以下「先行審判」という。)を
請求した(無効2014-800054号)。
これに対し,被告は,同年11月28日,訂正請求し,さらに,平成27年2月
13日,訂正請求をした(以下「本件訂正」という。乙1)。特許庁は,同年6月2
6日付けで,本件訂正を認めた上で,本件審判の請求は成り立たない旨の審決(以
下「先行審決」という。)をした。
原告らは,同年8月3日,先行審決の取消しを求めて審決取消訴訟を提起した(当
庁平成27年(行ケ)10151号)。しかしながら,原告らは,同年12月10日,
上記訴訟に係る請求を放棄したため,先行審決は確定した。
また,原告らは,同年12月2日,再度,本件発明を無効にすることについて特
許無効審判を請求した(無効2015-800220号。甲11)。
特許庁は,平成28年8月9日付けで,本件審判の請求は成り立たない旨の審決
(以下「本件審決」という)をした。その謄本は,同年8月18日,原告らに送付
された。
2本件発明の要旨
本件訂正後の本件発明(以下,本件発明に係る特許を「本件特許」といい,本件
特許の設定登録時の明細書を「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は,
次のとおりである。
「加熱されたエンボスロールとその受けロール間に長尺材を通過させることによ
り,前記エンボスロールのベース面から立設するように形成された凸部を長尺材表
面を押圧し,上下方向から挟圧することによって長尺材表面に凹部を部分的に形成
させる長尺材の製造方法であって,
前記エンボスロールとその受けロール間を,テンションを付加させながら直線状
に長尺材を通過させ,長尺材表面の光沢度を確認することによって,
長尺材が前記エンボスロールを通過する際に,前記エンボスロールのベース面が
長尺材表面に接触しないようにすることを特徴とするエンボス模様を有する長尺材
の製造方法。」
3本件審決の理由の要点
(1)本件審決の判断の概要等
本件審決は,①本件発明は,国際公開第98/18990号(甲1。以下「甲1
公報」という。)に記載された発明(以下「甲1発明」という。)に対し,国際公開
第2006/16006号(甲4。以下「甲4公報」という。)に記載された技術事
項(以下「本件技術事項」という。)を適用して,当業者が容易に発明をすることが
できたものではなく(無効理由1),②本件発明は,特開2008-169505号
(甲2。以下「甲2公報」という。)に記載された発明(以下「甲2発明」という。)
に対し,本件技術事項を適用して,当業者が容易に発明をすることができたもので
はなく(無効理由2),③本件発明は,特開2008-214822号公報(甲3)
に記載された発明に対し,本件技術事項を適用して,当業者が容易に発明をするこ
とができたものではなく(無効理由3),④本件訂正は,新規事項を追加するもので
はなく(無効理由4),以上によれば,本件特許は無効とすべきものではないと判断
した。
原告らが主張する取消事由(甲1発明との相違点1-1及び甲2発明との相違点
2-1の判断の誤り)に対応する無効理由1及び2に関する本件審決の判断は,次
のとおりである。
(2)無効理由1に関する審決の判断
ア甲1発明の認定
甲1発明は,次のとおりである。
「エンボスシリンダ50とベースロール54間にフロック加工された布地を通過
させることにより,
エンボスシリンダ50の表面のうち,彫り込み部分16Aを除く部分が,フロッ
ク加工された布地におけるパイル部分16の上面を圧迫し,パイルの表面に背景1
2を部分的に形成させる,エンボス加工された布地の製造方法であって,
エンボスシリンダ50は,凹凸のある背景12を形成するための彫り込み部分1
2Aと,パイル部分16を形成するための彫り込み部分16Aとを有し,エンボス
加工中に,部分12Aは,熱及び圧力の存在下で,パイルの表面領域と係合して圧
迫し,背景パターン12を形成し,同時に,前景パターン又はパイル部分16は,
彫り込み部分16Aから離間されており,彫り込み部分と係合しない,エンボス加
工された布地の製造方法。」
イ本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点
本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
(ア)一致点
「加熱されたエンボスロールとその受けロール間に長尺材を通過させることによ
り,
前記エンボスロールのベース面から立設するように形成された凸部を長尺材表面
を押圧し,上下方向から挟圧することによって長尺材表面に凹部を部分的に形成さ
せる長尺材の製造方法であって,
前記エンボスロールとその受けロール間を,テンションを付加させながら直線状
に長尺材を通過させ,
長尺材が前記エンボスロールを通過する際に,前記エンボスロールのベース面が
長尺材表面に接触しない,エンボス模様を有する長尺材の製造方法。」
(イ)相違点1-1
長尺材がエンボスロールを通過する際に,本件発明は,「長尺材表面の光沢度を確
認すること」によって「エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しないよう
にする」と特定するのに対して,甲1発明においては,このような特定はされてい
ない点
ウ本件技術事項
甲4公報に記載されている技術事項は,次のとおりである。
「長尺材(基材(30))の表面層(40)に微細光学グリッド構造を生成するエ
ンボス加工装置において,長尺材表面の光沢度を確認することによって,エンボス
圧の調整を行い,エンボスの深さを変化させる」という技術事項
エ相違点1-1に対する判断
甲1発明は,「パイル部分16は,彫り込み部分16Aから離間され」るものであ
る。すなわち,甲1公報には,目的とするエンボスを得るために,エンボスの速度,
温度,圧力を調整すること,また,エンボスの高温及び高圧による合成繊維の可塑
化によるテカリが問題であること,さらに,表面を可塑化させたり表面に悪影響を
及ぼさないように,彫り込み部分16の上面のスペースは彫り込み部分16Aの表
面から十分に離間されることについての記載はあるが,エンボスロールのベース面
が長尺材表面に接触することは,記載も示唆もされていない。
一方,本件技術事項は,微細光学グリッド(原告らにいうホログラム)を生成す
るエンボス加工に係るものであるから,甲1発明のパイル布帛に対するエンボス加
工とは,エンボスという用語においては共通するものの,エンボスのスケールが大
きく異なるものであることを踏まえると,その技術分野が相違している。
また,本件技術事項は,基板の表面層に微細光学グリッド構造を製造する装置に
関し,エンボス加工プロセスにおける動作上の問題を最小にすること,微細光学グ
リッド構造に関しての効率的な製造方法を得ること,長尺材の位置毎での異なる微
細光学グリッド構造を形成することを目的とするものであるから,甲1発明に適用
する動機がない。仮に,動機があって適用できたとしても,甲1発明のエンボスロ
ールは長尺材表面に接触しないものであり,接触するのは凹凸のある背景12を形
成するための彫り込み部分12Aに留まるから,光沢度を確認するのは,甲1発明
の凹凸のある背景パターン部分のエンボスの深さを変化させるものではあっても,
エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しないようにするものとはならない。
したがって,相違点1-1は,当業者が本件技術事項に基づいて容易に想到する
ことができたものとはいえない。
以上によれば,本件発明は,甲1発明及び本件技術事項に基づいて当業者が容易
に想到することができたものとはいえない。
(3)無効理由2に関する審決の判断
ア甲2発明の認定
甲2発明は,次のとおりである。
「表面に1平方cmあたり120個の凸部を有し梨地彫刻した,表面温度が18
0°となるように加熱され,上部にあるエンボスローラと,下部にあるアスカーゴ
ム硬度計A型で測ったゴム硬度92であるゴムローラ間に,ポリアミドの極細繊維
の集合体である束状物で構成される織物を通過させ,
線圧125kg/cm,加工速度は1m/分,エンボスローラー2回通しの条件
でエンボス加工を行うことで,極細繊維が合一する形でフィルム様の平滑性と高光
沢外観を呈する凹部と,極細繊維の集合体からなる束状物外観を呈する凸部とから
成る凹凸形状を有する梨地調のエンボス布帛の製造方法。」
イ本件発明1と甲2発明との一致点及び相違点
本件発明1と甲2発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
(ア)一致点
「加熱されたエンボスロールとその受けロール間に長尺材を通過させることによ
り,
前記エンボスロールのベース面から立設するように形成された凸部を長尺材表面
を押圧し,上下方向から挟圧することによって長尺材表面に凹部を部分的に形成さ
せる長尺材の製造方法であって,
長尺材が前記エンボスロールを通過する際に,前記エンボスロールのベース面が
長尺材表面に接触しない,エンボス模様を有する長尺材の製造方法。」
(イ)相違点2-1
長尺材がエンボスロールを通過する際に,本件発明は,「長尺材表面の光沢度を確
認すること」によって「エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しないよう
にする」と特定するのに対して,甲2発明においては,このような特定はされてい
ない点
(ウ)相違点2-2
本件発明は,「テンションを付加させながら直線状に長尺材を通過させ」と特定す
るのに対して,甲2発明は,この点を特定しない点
ウ相違点2-1に対する判断
甲2発明は,エンボスロールを2回通しの条件で凹凸模様を付与するものであり,
エンボスロールの凸部が布帛に接触することで極細繊維が合一する形でフィルム様
の平滑性と高光沢外観を呈するものであって,2回同じエンボスロールを通過させ
ることを前提としている。ここで,甲2発明の長尺材は「ポリアミドの極細繊維の
集合体である束状物で構成される織物」であって,少しでもエンボスロールの凸部
に触れれば極細繊維が合一してしまうから,甲2発明は,エンボスロールのベース
面が長尺材表面に接触しないような彫り込み深さのエンボスロールが用いられてい
ることを前提としているといえ,言い換えれば,エンボスロールのベース面が長尺
材表面に接触することは全く想定していないものであるといえる。
一方,本件技術事項は,微細光学グリッド(原告らにいうホログラム)に係るエ
ンボス加工に係るものであるから,甲2発明の極細繊維の集合体である束状物で構
成される織物に対するエンボス加工とは,その技術分野が相違する。
また,本件技術事項は,基板の表面層に微細光学グリッド構造を製造する装置に
関し,エンボス加工プロセスにおける動作上の問題を最小にすること,微細光学グ
リッド構造に関しての効率的な製造方法を得ること,長尺材の位置毎での異なる微
細光学グリッド構造を形成することを目的とするものであるから,甲2発明に適用
する動機がない。仮に,動機があって適用できたとしても,上記での検討のとおり,
甲2発明のエンボスローラーは,エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触し
ないことを前提としているから,甲2発明の凹凸部分の調整のための適用となり,
凹凸パターンの深さの調整を光沢度を確認することで行うことになるに留まり,光
沢度を検出することにより,エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しない
ようにするものとはならない。
したがって,相違点2-1は,当業者が本件技術事項に基づいて容易に想到する
ことができたものとはいえない。
以上によれば,相違点2-2を検討するまでもなく,本件発明は,甲2発明及び
本件技術事項に基づいて当業者が容易に想到することができたものとはいえない。
第3原告ら主張に係る審決取消事由
原告らは,争点整理の結果,平成28年11月11日付け原告準備書面(1)記
載の取消事由1及び3を事情として主張し,同記載取消事由2及び4を,取消事由
1及び2として主張するものと整理した。
1取消事由1(相違点1-1の判断の誤り)
審決は,甲1発明においてエンボスロールのベース面が長尺材表面に接触するこ
とは記載も示唆もされていないと認定する。しかしながら,甲1公報には,長尺材
であるパイルと,エンボスロールのベース面である彫り込み部分とが接触しないよ
うに離間させることが記載されていることは疑いのないところである。そして,離
間させるということは,接触しない状態を作ることであり,エンボスロールのベー
ス面が長尺材表面に接触してしまう位置を意識しながら,その位置から「表面を可
塑化させたり表面に悪影響を及ぼさない」位置までエンボスロールを離間させるよ
うにすることである。そうすると,甲1公報には,エンボスロールのベース面が長
尺材表面に接触することが実質的に記載されているか,少なくとも,エンボスロー
ルのベース面が長尺材表面に接触することの示唆があることは明らかである。した
がって,審決の上記認定には誤りがある。
また,審決は,本件技術事項は微細光学グリッドを生成するエンボス加工に係る
ものであるから,甲1発明のパイル布帛に対するエンボス加工とは,エンボスとい
う用語においては共通するものの,エンボスのスケールが大きく異なるものである
ことを踏まえると,その技術分野が相違すると認定している。しかしながら,甲1
発明と本件技術事項のスケールは同じであるといえるし,本件技術事項に係るエン
ボス加工も甲1発明のエンボス加工も,同一のエンボス装置で加工できるのである
から,両者のエンボス加工は,技術分野が同一である。したがって,審決の上記認
定には誤りがある。
さらに,審決は,本件技術事項はエンボス加工プロセスにおける動作上の問題を
最小にすること,微細光学グリッド構造に関しての効率的な製造方法を得ること,
長尺材の位置毎での異なる微細光学グリッド構造を形成することを目的とするもの
であるから,甲1発明に適用する動機がないと認定している。しかしながら,甲1
発明は,エンボスされたパターンにおいて望ましくないテカリのある領域をなくす
ために,高温及び圧力というエンボス加工プロセスにおける動作上の問題を最少に
することであるから,甲1発明の目的は,甲4公報の目的の1つと共通しているの
である。したがって,本件技術事項を甲1発明に適用する動機がないとした審決の
上記認定には誤りがある。
以上によれば,技術分野の同一性,動機付け等について誤った判断を前提として,
甲1発明に対し本件技術事項を適用して,当業者が容易に発明をすることができな
いとした審決の判断には誤りがある。
2取消事由2(相違点2-1の判断の誤り)
審決は,甲2発明においてエンボスロールのベース面が長尺材表面に接触するこ
とは全く想定されていないと認定している。しかしながら,甲2公報には,加工布
の表面にフィルム様の平滑で高光沢な部分が現れない場合,その原因がエンボス圧
や加工速度にあり,それらを調整すべきであることの示唆があることからすると,
甲2発明は,部分押圧加工布を提供することを目的としており,その加工布の部分
押圧具合が適切になるようにエンボスロール圧を適切に調整するものであるから,
審決の上記認定は根拠を欠くといえる。したがって,審決の上記認定には誤りがあ
る。
また,審決は,本件技術事項は微細光学グリッドを生成するエンボス加工に係る
ものであるから,甲2発明の極細繊維の集合体である束状物で構成される織物に対
するエンボス加工とは,その技術分野が相違すると認定している。しかしながら,
上記1で主張したところと同様に,甲2発明と本件技術事項のスケールは同じであ
るといえるし,本件技術事項に係るエンボス加工も甲2発明のエンボス加工も,同
一のエンボス装置で加工できるのであるから,両者のエンボス加工は,技術分野が
同一である。したがって,審決の上記認定には誤りがある。
さらに,審決は,本件技術事項はエンボス加工プロセスにおける動作上の問題を
最小にすること,微細光学グリッド構造に関しての効率的な製造方法を得ること,
長尺材の位置毎での異なる微細光学グリッド構造を形成することを目的とするもの
であるから,甲2発明に適用する動機がないと認定している。しかしながら,甲2
発明の目的は,機能的に優れた押圧加工部分を有する加工布の製造方法を提供する
ものであるといえるから,甲2発明の目的は,甲4公報の目的の1つと共通してい
る。したがって,本件技術事項を甲2発明に適用する動機がないとした審決の上記
認定には誤りがある。
以上によれば,技術分野の同一性,動機付け等についての誤った判断を前提とし
て,甲2発明に対し本件技術事項を適用して,当業者が容易に発明をすることがで
きないとした審決の判断には誤りがある。
第4被告の反論
1取消事由1(相違点1-1の判断の誤り)
原告らは,甲1公報において,少なくともエンボスロールのベース面が長尺材表
面に接触することの示唆があることは明らかであると主張する。しかしながら,甲
1発明においては「エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触する」ことは記
載も示唆もされておらず,審決の認定に誤りはない。
また,原告らは,本件技術事項に係るエンボス加工と甲1発明のエンボス加工は,
同一の技術分野に属すると主張する。しかしながら,両者のエンボス加工は,その
スケールが大きく異なることを踏まえると,その技術分野は全く相違するものであ
るから,審決の認定に誤りはない。
さらに,原告らは,甲1発明は,エンボスされたパターンにおいて望ましくない
テカリのある領域をなくすために,高温及び圧力というエンボス加工プロセスにお
ける動作上の問題を最少にすることであるから,甲1発明の目的は,甲4公報の目
的の1つと共通することからすると,本件技術事項を甲1発明に適用する動機があ
ると主張する。しかしながら,光の位相差を利用したエンボスパターンの深さの測
定方法は,甲4公報の微細光学グリッド格子の加工法には適用できるものの,甲1
発明のパイル加工の表面に形成される凹凸模様は,微細光学グリッド構造とはいえ
ないから,甲1発明のエンボスシリンダ50と係合したテカリ部分の測定に対し,
本件技術事項における回折信号を用いた測定法を適用することはできない。したが
って,本件技術事項を甲1発明に適用する動機がないとした審決の認定に誤りはな
い。
以上によれば,原告らの上記各主張は,いずれも理由がない。
2取消事由2(相違点2-1の判断の誤り)
原告らは,甲2発明と本件技術事項は技術分野が相違しないと主張する。しかし
ながら,本件技術事項は,微細光学グリッド(ホログラム)を生成するエンボス加
工に係るものであり,布帛を形成する極細繊維を合一化(融着)してフィルム状に
する甲2発明に係る技術とは,その技術分野は全く相違するものであるから,審決
の認定に誤りはない。
また,原告らは,甲2発明の目的は,機能的に優れた押圧加工部分を有する加工
布の製造方法を提供することであるといえるから,甲2発明の目的は,甲4公報の
目的の1つと共通するため,本件技術事項を甲2発明に適用する動機があると主張
する。しかしながら,甲2発明は,加熱したエンボスローラーを,2回通しの条件
で,極細繊維の織物表面全体を押圧して凹凸部を形成する加工法であり,加工され
た凹凸部は微細光学グリッド構造ではないのであるから,甲2発明に対し本件技術
事項にいう回折信号を用いた測定法を適用することはできない。したがって,本件
技術事項を甲2発明に適用する動機がないとした審決の認定に誤りはない。
以上によれば,原告らの上記各主張は,いずれも理由がない。
第5当裁判所の判断
1認定事実
(1)本件発明について
本件発明は,次のとおりのものと認められる(甲17)。
ア技術分野及び課題
本件発明は,自動車,鉄道車輌,航空機,家具などの座席用シート生地や,その
他産業資材として用いられ,その表面に凹凸模様(エンボス模様)を有する長尺材
の製造方法に関するものである。
自動車などに適用される座席用のシート生地は,例えば,熱可塑性樹脂繊維など
を素材とした織布や不織布等に種々の柄や模様が形成されている。近年,このよう
なシート生地への品質や意匠性などの要求の高まりに応じて,これらの製品の特性
を向上するため,シート生地表面にエンボス模様を形成して触感や意匠性を付加し
たものが用いられている。従来,シート生地へのエンボス加工においては,加熱さ
れたエンボスロールと,平坦面を有する受けロールの両者を,適当な圧力で圧着さ
せながら回転させ,両ロール間にシート生地を通してエンボスロールをシート生地
面に押し当てることによって,エンボス模様を付与していた。(【0001】,【00
02】)
しかしながら,加熱されたエンボスロールが高温であり,かつ,素材となるシー
ト生地に深いエンボス模様を形成する場合には,シート生地とエンボスロール間の
接触によるシート生地表面の溶融や傷などが発生しやすいという問題があった。す
なわち,加熱されたエンボスロールをシート生地の表面に接触したり,熱影響を与
えたりすると,シート生地表面に好ましくない光沢や変色,風合いを生ぜしめると
いう問題があった。そのため,本件発明は,高温加熱されたエンボスロールとの熱
接触による欠陥を発生させることなく長尺材の表面にエンボス模様を形成すること
ができ,かつ,品質,見栄え性に優れたエンボス模様を有する長尺材の製造方法を
提供することを目的とするものである。(【0004】,【0005】)
イ発明の効果
本件発明のエンボス模様を有する長尺材の製造方法によれば,長尺材がエンボス
ロールを通過する際にエンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しないため,
エンボスロールの凸部により形成されるエンボス模様の凹部周囲のフラット面はエ
ンボスロールの高温加熱面と接触しない。このため,エンボス加工に伴う長尺材表
面が熱影響を受けて光沢度劣化などの欠陥の発生を効果的に防止することができ,
高品質のエンボス模様を有する長尺材を低コストで製造できる。(【0010】)
ウ実施の形態
(ア)エンボス加工
本件発明の実施形態に係るエンボス模様を有する長尺材の製造方法は,長尺材が
エンボスロールを通過する際にエンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しな
いようにしたものである。すなわち,加熱されたエンボスロールとその受けロール
間に長尺材を供給することによりエンボスロールのロール面に立設させた凸部を押
圧することによって,長尺材表面に凹部を部分的に形成させる長尺材の製造方法で
あって,長尺材がエンボスロールを通過する際に,エンボスロールのベース面が長
尺材表面に接触しないように構成される。これによって,高温加熱されたエンボス
ロールとの熱接触による欠陥(表面当たり)を生じさせることなく,長尺材表面に
エンボス模様を見栄え良く形成させることができ,意匠性に優れた長尺材を提供す
ることができる。(【0012】)
エンボスロールと受けロールとを有するエンボス装置においては,例えば,凸部
を立設させたエンボスロールと平坦面を有する受けロールの両ロールを,所定の圧
力で押圧させながら回転させ,所定厚み(T)の長尺材又は長尺材との複合材を,
両ロール間に通してエンボスロールの凸部を長尺材の表面に押し当てることによっ
て,長尺材表面にエンボス模様を形成する。(【0017】)
エンボスロール及び受けロールを備えたエンボス装置は,これらのロール間に長
尺材を供給するためのテンションロールや巻き取りロールを有しており,長尺材に
付加される張力を制御することができる。また,エンボスロールに設けられたヒー
タを介してエンボスロールの温度を所定範囲に設定することができる。このように,
長尺材に負荷される温度や圧力,加工速度等を,光沢度測定装置を介して取得した
エンボス加工前後の測定値に基づいて調整することができる。(【0019】)
エンボスロールは,長尺材の製造方法に適用されるエンボスロールであって,エ
ンボスロールのベース面が長尺材表面に接触(表面当たり)しないようにするため
に,エンボスロールのベース面に対向する長尺材の表面面とエンボスロールのベー
ス面との隙間(クリアランス)を0.5mm以上になるように設定している。
これによって,加熱したエンボスロールの凸部によって長尺材を押圧してエンボ
ス加工するに際して,エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触するようなこ
とがない。
したがって,長尺材表面が熱影響を受けて,溶融したり熱変質したりすることに
よる品質や意匠性の劣化を防止できる。(【0020】)
(イ)長尺材
長尺材は,自動車,鉄道車両,航空機,家具などの座席に覆設されるシート生地
として適用されるものであり,これらのシート生地としては,例えば,ポリウレタ
ン,ポリエステル,ナイロン,アクリルなどの熱可塑性樹脂を素材とした織布や不
織布などが挙げられる。また,これらとポリウレタンフォームなどを積層一体化さ
せた積層シートや,合成皮革や合成繊維からなる表地と,ポリウレタンフォームや
フェルト地などの繊維質基材とを積層一体化して得られた複合材などを適用するこ
ともできる。(【0013】)
また,最近の座席用シート生地は,厚みの厚いもの(0.5~1.2mm程度),
起毛させたもの,編み込みしたものなどが採用され,また,耐用期間を長くするた
め,シート生地に形成されるエンボス模様の凹部を深くすることが要望されており,
これらのシート生地にエンボス模様を形成しようとすれば,ますますエンボスロー
ルのベース面が生地表面に当たりやすくなるが,クリアランスを制御することによ
って,このような表面当たりの問題を確実に回避できる。(【0021】)
(ウ)長尺材の光沢度
エンボス加工される長尺材の光沢度は,例えば,日本工業規格(JIS)に規定
された鏡面光沢度-測定方法(JIS-Z-8741)により測定することができ
る。鏡面光沢度は,試料面に規定された入射角で規定の開き角の光束を入射し,鏡
面反射方向に反射する規定の開き角の光束を受光器で測ることにより取得される。
ここで光沢は,「表面の選択的な方向特性によって,物体の明るい反射がその表面に
写り込んで見える見え方」として定義され,光沢度はこれを数値化したものである。
エンボス加工された長尺材の光沢度を測定する光沢度計としては,JIS-Z-
8741により定められた光源と受光器とからなる鏡面光沢度測定装置などが適用
され,エンボスロール及び受けロールの入側及び出側にそれぞれ配置する。(【00
18】)
また,長尺材の製造方法においては,加熱されたエンボスロールとその受けロー
ル間を通過した長尺材表面の光沢度の値を測定して,通過前の長尺材表面の測定し
た光沢度の値と比較して,エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触している
か否かを検出することもできる。
これによって,例えば,エンボスロール及び受けロールから排出される長尺材表
面の光沢度と,エンボス加工前の長尺材表面の光沢度とが等しくなるように,エン
ボスロール及び受けロールを介して長尺材に負荷される温度,圧力,加工速度を調
整することもできる。(【0023】)
さらに,本件発明の実施形態の長尺材の製造方法においては,加熱されたエンボ
スロールとその受けロール間を通過した長尺材の上下に投光器及び受光器を設け,
エンボス加工部にピンホールが発生していないことを検知することもできる。これ
によって,エンボス加工後における長尺材のピンホールチェックを迅速かつ効率的
に行うことができる。
なお,上記長尺材表面の光沢度やピンホールチェックは,作業者が直接目視で確
認することもできる。この場合は,異常を感知した作業者が操作盤を操作して製造
条件の変更を行う。(【0024】)
エまとめ
以上によれば,本件発明は,座席用シート生地等の表面に凹凸(エンボス)模様
を有する長尺材の製造方法に関するものであり,長尺材表面が高温加熱されたエン
ボスロールと熱接触することによる欠陥を発生させることなく長尺材の表面にエン
ボス模様を形成することができ,かつ,品質,見栄え性に優れたエンボス模様を有
する長尺材の製造方法を提供するものであって,エンボス加工された長尺材の光沢
度を,光沢度計又は作業員の目視により確認することによって,エンボスロールの
ベース面と長尺材表面とを接触しないようにした発明であるといえる。
(2)甲1発明について
甲1発明の内容は,次のとおりのものと認められる(甲1)。
ア技術分野及び課題
布張りされてエンボス加工された布地の製造において,業界を悩ませる1つの共
通な問題点は,パイル表面がエンボスされたときに生じるテカリのある,光沢のあ
る,平坦な領域に関するものである。これらのテカリのある,光沢のある,平坦な
表面は,布地を安っぽく見せ,材料の全体的な価値を低下させる。通常は,エンボ
ス加工された物品を湿式又は乾式の処理により更に処理するか,あるいは,エンボ
スの美しい領域のみを見せる設計とすることにより,これらのテカリのある,光沢
のある,平坦な領域を避けようとする試みがなされている。(第3頁第24~29行)
これらのテカリのある平坦領域を有する布の問題点は,エンボス加工中に用いら
れる高温及び圧力が合成繊維を可塑化してテカリのある領域を生じさせるため,合
成繊維を用いるフロック加工された布において特に大きな問題となっている。また,
織布,編布,又はタフト加工されたパイル布をエンボス加工する際に,布地は,当
初,不規則なパイル表面領域又はテクスチャを有した状態で形成され得るが,これ
をエンボス加工すると,望ましくないテカリを増加させる。(第4頁第3~8行)
イ甲1発明の目的及び実施形態
甲1発明の目的は,エンボスされたパターンにおいて望ましくないテカリ領域を
なくすテクスチャを背景中に有する,非常に柔らかな手触りを得ることにある。(第
4頁第13~15行)
甲1発明の好ましい形態においては,好ましくは1平方ヤードあたり6.5~9.
0オンスオーダーの総重量,好ましくは0.6~3.5DPF(フィラメントあた
りのデニール)オーダーのデニールを有する布について1平方ヤードあたり1.0
~3.5オンスオーダーのパイル重量を有し得る,エンボス加工されたフロック布
であって,シリンダ又はロール上の切削工具又は酸エッチングによる彫刻パターン
により形成される背景と同シリンダ又はロール上のルータ加工による彫刻パターン
により形成される前景とを有するパターンをなすようにエンボス加工されたフロッ
ク布が提供される。(第5頁第27
行~第6頁第2行)
図1(Fig.1)は,甲1発明に従
い,甲1発明の特徴を実現する,典
型的なフロック布を示す。フロッ
ク布1は,フロック布を形成する
ための従来の手段を用いて形成さ
れ得る。このようなフロック布は,
通常,ナイロンパイル面2と,接着
層4及び基材又はバッカー層6と
からなり得る。パイル面2は,例え
ば,パイル重量が通常は1平方ヤ
ードあたり1.0~3.5オンス,繊維デニールが約0.6~3.5DPFの範囲
の100%ナイロンファイバーからなっていてもよい。従来のアクリルポリマー接
着剤であり得る接着層4は,通常,1平方ヤードあたり2.0~3.0オンスの均
一の厚さで適用されてもよく,基材は,1平方ヤードあたり3.0~3.5オンス
オーダーの重量を有するポリエステル65%,綿35%の混紡生地からなっていて
もよい。布構成要素の様々なパラメータは,フロック部分の重量,接着剤重量,又
は基材重量を変更することにより,又はフロック繊維のカット長やそのデニールを
変更することにより,変更されてもよい。これらの組合せを変更することにより,
様々な顧客又は市場要求を満足させる多種多様な製品が生産され得る。所望される
製品の性質に応じて,通常は0.025~0.080インチの範囲である製品の厚
さ,エンボスプロセスにおけるエンボス圧,熱,ラインスピードが決定される。
図1に示されるように,甲1発明により製造される布は,凹凸のある背景12上
にパターン10を有してなる。パターン10は,当然ながら,無限にある可能なパ
ターンを有するように変更され得る。例示される実施形態においては,パターンは,
花のパターンである。凹凸のある背景12は,好ましくは,非反復性のパターンで
あり,例においては,基本的には,布の長さ方向に延びる一連の平行な隆起部14
からなる条線をなしている。背景全体の処理は,例えば布の横断方向に延びる条線
又は隆起部やジグザグ状のものを含め,他の種類のものであってもよい。(第6頁第
15行~第7頁第6行)
図2(Fig.2)に示されるように,甲1発明にお
いて使用される好ましい装置は,3ロール式エン
ボス加工システムである。
エンボス加工は,滞留時間,熱,及び圧力の関数
であり,エンボス加工される材料が,所望の結果を
達成するために用いられるべき滞留時間,熱,及び
圧力を決定する。通常使用されるおおよそのロー
ル圧は,300~450PLIであり,表面ロール
温度は好ましくは375°F~500°Fであ
り,ライン速度は5~20ヤード/分である。使用
される圧力,熱及び速度の正確な組み合わせは,材
料の厚さや使用される材料の特定の種類を含め,
エンボスされる材料に依存する。
甲1発明とともに用いるために,様々なタイプのエンボス加工装置が利用できる。
特定の装置の選択は,エンボス加工される材料,使用される彫刻シリンダ又はロー
ルの深さ,布が処理されるスピードに依存する。市販される装置は,2ロール又は
3ロール構成であるエンボス部を備え得る。2ロール構成においては,装置は,彫
刻シリンダ又はロールとベースロールとを含むことになる。ベースロールは,通常,
鋼又は紙若しくは木タイプのロールからなる。より高度なより新しい装置において
は,プラスチック製のベースロールが使用される。2ロール構成においては,過度
の圧力がかかると彫刻シリンダ又はロールが歪みや曲がりを生じて不均一なエンボ
スが形成されるため,生成され得る圧力は制限される。
図2に示される3ロール式エンボス機においては,切削や染料を用いる彫刻プロ
セス及びルータ加工プロセスによって形成されたデザインを有する彫刻シリンダ又
はロール50は,2つの紙又は木が充填されたベースロール52,54の間に配置
される。この3ロール式システムにおいては,上側ロール52及び下側ロール54
が彫刻シリンダ50を安定させて歪みに関する問題を最小限にするため,生成され
得る圧力は,2ロール式システムで可能な圧力に比べてかなり大きい。より最近に
開発された装置の中には,歪みを実質的になくす空間補正ベースロールが利用可能
である。このシステムは,甲1発明を実施するのに好ましい。(第8頁第5~31行)
エンボス加工中における
ロール,シリンダ,フロック
加工された布地の関係を図
3(Fig.3)に示す。この関
係において,エンボスシリン
ダ50は,凹凸のある背景1
2を形成するための彫り込
み部分12Aと,パイル部分
16を形成するための彫り込み部分16Aとを有する。
エンボス加工中に,部分12Aは,熱及び圧力の存在下で,パイルの表面領域と
係合して圧迫し,前景パターン12を形成する。同時に,背景パターン又はパイル
部分16は,彫り込み部分16Aから離間されており,彫り込み部分と係合しない。
これにより,前景パターンの表面が接触されない状態のままとなる。
好ましくは,パイル部分16の上面の間のスペースは,表面を可塑化させたり,
表面に悪影響を及ぼさないように,彫り込み部分16Aの表面から十分に離間され
る。好ましくは,これは,前景16の彫り込み部分16Aの深さをパイルの高さよ
りも少なくとも20%深くすることにより達成されてもよい。
甲1発明は,ナイロン製のフロック加工された布のエンボス加工について説明し
ているが,織布,編布,シェニール織物,タフト加工された布を含め,他のタイプ
の布も,甲1発明の特徴を用いてエンボス加工してもよい。さらに,例えば,プロ
ピレン,アクリル,ポリエステル,及びレーヨンの布も同様に処理されてもよい。
しかしながら,これらの他の材料の各々を用いる場合には,必然的に,エンボス加
工が行われる速度,並びに熱及び圧力を,材料の特定の物理的特性と釣り合いをと
るように調節しなければならない。(第9頁第9~26行)
(3)甲2発明について
甲2発明の内容は,次のとおりのものと認められる(甲2)。
ア技術分野及び課題
甲2発明は,衣料用途などに好適の押圧加工布に関するものであり,フィルム状
の平滑性と光沢をもった全面押圧加工布及び押圧された領域又は凹部がフィルム状
の平滑性かつ光沢を持ち,凸部が極細繊維の外観かつダル光沢を有する部分押圧(エ
ンボス)加工布に関するものである。(【0001】)
従来技術では,押圧加工で低融点繊維を融着させたり,接着剤で接着一体化させ
ると風合いが極端に硬化することになり衣料用には不向きとなるという問題があっ
た。また,部分的押圧加工については,通気性と透湿性に優れる皮革様シートを得
る目的で不織布と高分子弾性体からなる多孔質柔軟シートの両面をサンディングし,
次いでエンボス加工でシボを形成する技術が知られているが,このような技術では,
凸部が銀面,凹部が立毛の谷マット調のヌバック調皮革となるが,凸部の立体感が
欠落しがちであり好ましくない。(【0004】,【0005】)
イ甲2発明の目的及び実施形態
上記のような従来技術の欠点に鑑み,甲2発明は,柔軟でありながらヌメリ感の
ないドライタッチ風合いを呈し,形態保持性にも優れ,かつ,審美性に富んだ押圧
加工布及びその製造方法を提供することを目的とするものである。(【0008】)
甲2発明の発明者らは,上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果,極細
繊維又は極細繊維の集合束からなる布帛に対して押圧作用を与えると,常温であっ
ても容易に極細繊維同士が合一するという特異現象を見出し,甲2発明に至ったも
のである。(【0009】)
繊維径が700nm未満の極細繊維から構成された布帛から得られた押圧加工布
であって,少なくとも片面にエンボス加工による凹凸形状を有しており,エンボス
加工面であって,押圧されていない凸面領域は極細繊維からなり,一方,押圧され
た凹面領域の表層部は極細繊維同士が合一してなるフィルム状であることを特徴と
するものである。(【0011】)
布帛表面の1部分において極細繊維が合一したものは,凹面領域は平滑で高光沢
のフィルム様外観,凸面領域は極細繊維を維持した梨地調又は銀面調の外観を呈し,
かつ,柔軟性を有する。さらに,エンボス凹面は凸面より濃色化し,しかも,平滑
で高光沢になる点で凹凸模様としてのコントラストが増し,優れた意匠効果と立体
感を呈す。加えて,エンボス加工による凹凸形態の保持性に優れる。(【0014】)
(4)本件技術事項について
本件技術事項の内容は,次のとおりのものと認められる(甲4,27)。
ア技術分野及び課題
本件技術事項は,基材の表面層に微細光学グリッド構造を作製するためのエンボ
ス装置に関し,エンボス装置は,エンボス部材と,バッキング部材と,エンボス温
度を調節するための少なくとも1つの温度調節手段,エンボス部材及びバッキング
部材によって表面層に及ぼされる圧力を調節するための少なくとも1つの圧力調節
手段と,少なくとも1つの光学測定装置とを備えるものである。微細光学グリッド
構造は,微細光学グリッド構造が与える視覚効果のために,あるいは,製品を認証
するために,製品に付され得る。グリッド構造は,例えば,あらかじめ好適なラッ
カーでコーティングされた基材の表面層にエンボスすることによって作製され得る。
(第1頁第4~19行)
基材の表面層に微細光学グリッド構造を作製するためのエンボス装置に関し,エ
ンボス装置は,エンボス部材と,バッキングエンボスされた表面上の単一の地点の
見地からいえば,あり得る最良の品質は,作製されたグリッド構造が金型の凹凸と
そっくりに対応している場合に達成される。このような状況は,例えば,エンボス
温度が高く,エンボス圧が高く,かつ,エンボス時間が長い場合に達成される。し
かしながら,このような状況はプロセス全体の見地からは最適なものではない。エ
ンボス温度が不必要に高い場合には,エンボス加工される表面がエンボス部材にく
っつく恐れがある。これは,部材のつまりを生じさせ,あるいは,エンボス部材の
損傷さえ引き起こす。(第3頁第1~9行)
イ本件技術事項の目的及び実施形態
本件技術事項は,エンボス温度及びエンボス圧を調整することによって,エンボ
ス装置の動作上の問題を回避しようとするものである。エンボス装置及びその調整
方法は,第1に,エンボス圧を調節する少なくとも
1つの調節手段や,エンボス温度を調節する少なく
とも1つの調節手段が,少なくとも1つの回折信号
に基づいて制御されるように構成されることを特
徴とする。回折信号は,製造されたグリッド構造の
パターンの深さに依存し,一方,パターンの深さは,
例えば,エンボス圧,エンボス温度,及びエンボス
圧がかけられる時間に依存する。(第2頁第22~
34行)
図3(Fig.3)を参照すると,基材30及びその表面層40は,エンボス装置10
00のエンボス部材10と
バッキング部材20との間
で押圧される。図3に示す
実施形態では,エンボス部
材及びバッキング部材は,
回転するロールである。エ
ンボス部材10及びバッキ
ング部材20は,回転速度
を調節可能な回転機構によ
って回転される。したがっ
て,基材30は,hの方向
に移動し,エンボス部材1
0とバッキング部材20と
の間で押圧される。部材10,20又は回転機構は,例えば,角度位置及び回転速
度を判定するための光学センサを有する。エンボス温度は,基材30の表面層40
を加熱する赤外線ヒータの出力を調節することにより,かつ/又は,エンボス部材
10を加熱する誘導加熱器の出力を調節することにより,制御してもよい。エンボ
ス部材10の加熱は,全体として,又は部分的に,熱伝導媒体,例えば,熱いオイ
ルの使用に基づくものであってもよい。温度は,例えば,高温測定器101,12
1によって監視される。
エンボス部材10とバッキング部材20とにより基材の表面層40に与えられる
エンボス圧は,調節されてもよい。
少なくとも1つの光学測
定手段200は,基材の表面
40から回折された光の強
さに応じて,少なくとも1つ
の回折信号211が生成さ
れるように構成される。基材
は,測定装置200により一
度では監視できない大きさ
であってもよい。したがっ
て,測定装置は,移動機構1
60により,ガイド162に
沿って,基材の全幅又は全領
域をスキャンするために横
方向に移動されてもよい。
制御装置400は,温度制御手段100,120及び又は圧力制御手段140を,
光学測定装置200からの回折信号221に基づいて,いわゆるオンライン調整に
より制御する。その結果,第1実施形態では,エンボス圧及び/又はエンボス温度
を制御するための,光学測定装置200を備える構成は,フィードバック結合され
る。(第5頁第31行~第7頁第1行)
2取消事由1(相違点1-1の判断の誤り)
(1)前記認定事実によれば,甲1発明におけるエンボス加工の対象は布地であ
るのに対し,本件技術事項におけるエンボス加工の対象は微細光学グリッド構造を
作製するための基板であることが認められる。そして,本件技術事項は,微細光学
グリッド構造を作製するためのエンボス装置について,金型の凹凸に対応したグリ
ッド構造を有する基板表面層から回折された光(以下,単に「回折光」という。)の
強さに応じて,回折測定手段において生成される回折信号に基づき,エンボス圧及
びエンボス温度を調整するものであって,微細光学グリッド構造を作製した表面の
グリッド構造から回折光が発生することに着目するものである。これに対し,甲1
発明は,布地の表面を加工するエンボス装置であって,エンボス加工される布地に
応じてエンボス加工の滞留時間,熱及び圧力を決定することによって,エンボス加
工されたときに生ずるテカリ領域をなくすものである。そのため,甲1公報には,
シートの表面に形成される凹凸模様から,金型の凹凸に対応したグリッド構造に基
づく回折光が発生するという記載も示唆もなく,そもそも布地の表面から上記にい
う回折光が発生することを認めるに足りる証拠もない。そうすると,布地の表面か
ら回折光が発生するものと認められない以上,甲1発明に上記回折測定手段を組み
合わせることはできず,当業者が甲1発明に上記回折測定手段を適用しようとする
動機付けを認めることはできない。
したがって,当業者は,甲1発明に対し本件技術事項を適用し,相違点1-1の
構成を容易に想到することができたということはできず,相違点1-1に係る審決
の判断には誤りはない。
(2)原告らは,甲1公報において,少なくともエンボスロールのベース面が長
尺材表面に接触することの示唆があることは明らかであると主張する。しかしなが
ら,原告らが主張する上記示唆があったとしても,上記のとおり,甲1発明におい
ては,金型の凹凸に対応したグリッド構造に基づく回折光が発生するものと認めら
れないのであるから,原告らの主張は,上記結論を左右するものと認められない。
また,原告らは,本件技術事項に係るエンボス加工と甲1発明のエンボス加工は,
同一の技術分野に属すると主張する。しかしながら,上記のとおり,甲1発明と本
件技術事項では,エンボス加工の対象が大きく異なるのであって,本件技術事項は,
金型の凹凸に対応したグリッド構造に基づく回折光が発生することに着目すること
によって課題を解決するものであるから,エンボス加工という点で共通するとして
も,甲1発明は,上記にいう回折光が生ずるとは認められない以上,本件技術事項
にいう光学測定技術を適用する前提を欠くものである。
さらに,原告らは,甲1発明の目的は,エンボスされたパターンにおいて望まし
くないテカリのある領域をなくすために,高温及び圧力というエンボス加工プロセ
スにおける動作上の問題を最少にすることであるから,甲1発明の目的は,甲4公
報の目的の1つと共通することからすると,本件技術事項を甲1発明に適用する動
機があると主張する。しかしながら,甲1発明と本件技術事項がエンボス加工プロ
セスにおける動作上の問題を最少にするという目的を有する点で共通するものであ
るとしても,上記のとおり,甲1発明は,金型の凹凸に対応したグリッド構造に基
づく回折光が生ずるとは認められない以上,本件技術事項にいう光学測定技術を適
用する前提を欠くものである。
以上によれば,原告らの上記各主張は,前記結論を左右するものではなく,いず
れも採用することができない。
3取消事由2(相違点2-1の判断の誤り)
(1)前記認定事実によれば,甲2発明におけるエンボス加工の対象は,衣料用
の布帛であるのに対し,本件技術事項におけるエンボス加工の対象は微細光学グリ
ッド構造を作製するための基板であることが認められる。そして,本件技術事項は,
前記2(1)のとおり,微細光学グリッド構造を作製するためのエンボス装置につい
て,回折光の強さに応じて,回折測定手段において生成される回折信号に基づき,
エンボス圧及びエンボス温度を調整するものであって,微細光学グリッド構造を作
製する表面から回折光が発生することに着目するものである。これに対し,甲2発
明は,極細繊維又は極細繊維の集合束からなる布帛に対して押圧作用を与えると,
常温であっても容易に極細繊維同士が合一するという特異現象に着目し,形態保持
性にも優れ,かつ,審美性に富んだ押圧加工布を提供するものである。そのため,
甲2公報には,布帛の表面に形成される凹凸模様から,金型の凹凸に対応したグリ
ッド構造に基づく回折光が発生するという記載も示唆もなく,そもそも布帛の表面
から上記にいう回折光が発生することを認めるに足りる証拠もない。そうすると,
布帛の表面から回折光が発生するものと認められない以上,甲2発明に上記回折測
定手段を組み合わせることはできず,当業者が甲2発明に上記回折測定手段を適用
しようとする動機付けを認めることはできない。
したがって,当業者は,甲2発明に対し本件技術事項を適用し,相違点2-1の
構成を容易に想到することができたということはできず,相違点2-1に係る審決
の判断には誤りはない。
(2)原告らは,甲2発明においてエンボスロールのベース面が長尺材表面に接
触することは全く想定されていないとした審決の認定に誤りがあると主張する。し
かしながら,甲2発明において,原告らが主張するように長尺材表面に接触するこ
とが想定され,加工布の部分押圧具合が適切になるようにエンボスロール圧を適切
に調整するものであるとしても,上記のとおり,甲2発明においては,金型の凹凸
に対応したグリッド構造に基づく回折光が発生するものと認められないのであるか
ら,原告らの主張は,上記結論を左右するものと認められない。
また,原告らは,本件技術事項に係るエンボス加工も甲2発明のエンボス加工も,
同一のエンボス装置で加工できるのであるから,両者のエンボス加工は,技術分野
が同一であるなどと主張する。しかしながら,上記のとおり,甲2発明と本件技術
事項では,エンボス加工の対象が大きく異なるのであって,本件技術事項は,金型
の凹凸に対応したグリッド構造に基づく回折光が発生することに着目することによ
って課題を解決するものであるから,エンボス加工という点で共通するとしても,
甲2発明は,上記にいう回折光が生ずるとは認められない以上,本件技術事項にい
う光学測定技術を適用する前提を欠くものである。
さらに,原告らは,甲2発明の目的は,機能的に優れた押圧加工部分を有する加
工布の製造方法を提供することであるといえるから,甲2発明の目的は,甲4公報
の目的の1つと共通すると主張する。しかしながら,甲2発明と本件技術事項がエ
ンボス加工プロセスにおける動作上の問題を最少にするという目的を有する点で共
通するものであるとしても,上記のとおり,甲2発明は,金型の凹凸に対応したグ
リッド構造に基づく回折光が生ずるとは認められない以上,本件技術事項にいう光
学測定技術を適用する前提を欠くものである。
以上によれば,原告らの上記各主張は,前記結論を左右するものではなく,いず
れも採用することができない。
4その他
その他に事情として整理された取消事由などを含めて改めて十分検討しても,原
告らの主張は,いずれも金型の凹凸に対応したグリッド構造に基づく回折光を利用
した本件技術事項を正解しないで審決を非難するものにすぎず,いずれも前記判断
を左右するものではない。
第6結論
以上によれば,原告らの取消事由はいずれも理由がないから,原告らの請求をい
ずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官
清水節
裁判官
中島基至
裁判官
岡田慎吾

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