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平成15年2月28日判決言渡
平成11年(ワ)第877号,平成12年(ワ)第151号,平成13年(ワ)第
1980号損害賠償等請求事件
          判         決
 主         文
    1 原告らの請求をいずれも棄却する。
    2 訴訟費用は原告らの負担とする。
          事 実 及 び 理 由
第1 請求
 1 被告は,別表記載の原告らに対し,それぞれ別表の「預託金額」欄記載の金
員及びこれらに対する同「償還期日」欄記載の  日の各翌日から支払済みまで年
5分の割合による金員の支払をせよ。
 2 訴訟費用は被告の負担とする。
 3 仮執行宣言
第2 事案の概要
   本件は,原告らが,ゴルフ会員契約の締結に際し預託した入会保証金の返還
ないしその相当額の支払及び遅延損害金の支払  を訴求する事案である。なお,
立証は,本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから,これを引用する。
 1 争いのない事実等
 (1) 原告らは,それぞれ別表の「入会日」欄記載の日に,キッツゴルフ倶楽部
君津コース(平成10年5月にアクアヒルズゴ   ルフクラブと名称が変更され
た。以下「本件ゴルフクラブ」又は「本件ゴルフ場」という。)の会員となるゴル
フ会員契約   (以下「本件入会契約」という。)を締結し,その際,別表の
「預託金額」欄記載の入会保証金を預託した。そして,入会   保証金の返還に
ついては,預託金証書発行の日から10年間据置くものとし,据置期間満了後,各
原告からの文書による申   出があったときは,入会保証金をその原告に返還す
るなどとする約定がなされている
 (2) 本件ゴルフクラブの入会承認通知書及び「入会手続のご案内」と題する書
面には,株式会社君津リゾート(以下「君津リ   ゾート」という。)が文書作
成者として明示され,入会手続用の住民票や写真等の書類を君津リゾートに提出す
るよう指示   されており,また,入会金や入会保証金の支払先口座として君津
リゾートの銀行口座が指定されている。原告らは,受取人   欄を「株式会社君
津リゾート」として入会保証金相当額を振込送金し,入会保証金の領収書も君津リ
ゾート名義で発行され   た(なお,本件入会契約の真実の相手方及び入会保証
金の預託先については,後記のとおり,当事者間に争いがある。)。
 (3) 原告らは,平成11年5月1日(原告番号1ないし10関係〔原告番号5
については,平成2年5月18日入会にかかる   分,原告番号8については,
平成2年2月28日入会にかかる分〕),平成12年1月28日(原告番号11な
いし64関   係)及び平成13年9月7日(原告番号5〔平成9年5月9日入
会にかかる分〕,8〔平成2年3月9日及び同年5月18   日入会にかかる
分〕,65ないし86関係)送達の本件各訴状副本によって,被告に対し,入会保
証金を返還するよう申し   出た。
   (上記の事実は,当事者間に争いがないか,証拠〔甲1(枝番を含む。以下
同じ。),3の2,乙4,7ないし11〕及び   弁論の全趣旨によって認め
る。)
 2 争点 
   原告らは,入会保証金の返還ないし相当額の支払を被告に訴求しているが,
その根拠として,被告が,① 本件入会契約の  相手方である,若しくは不法行
為責任を負うと主張し(主位的請求),又は,② 商法23条ないしその類推適用
若しくは保  証契約に基づく責任を負うと主張している(予備的請求)。
 (1) 本件入会契約の相手方について
 ア 原告らの主張
   原告らは,被告との間で本件入会契約を締結し,被告に対して入会保証
金を預託した。そして,原告らは,訴状におい    て本件ゴルフクラブを退会
する旨の意思表示をしたから,被告に対し,入会保証金の返還を請求する。
   イ 被告の主張
     本件入会契約の当事者は君津リゾートと原告らである。
 (2) 被告の不法行為責任について
 ア 原告らの主張
   原告らは,被告ないしキッツグループが本件ゴルフクラブを経営するとの被
告の虚偽の説明を信用して本件ゴルフクラブの  会員権を購入したのであり,上
記説明が虚偽であることを知っていれば会員権を購入しなかったことは明らかであ
る。よっ   て,原告らは,被告に対し,入会金及び入会保証金相当額の損害賠
償請求権を有するところ,本件では,入会保証金相当額の  損害賠償を求める。
なお,原告らの主張する被告の欺罔行為の具体的内容は以下のとおりである。
  ・ ゴルフ場の名称を被告の事実上の商号と主要な部分で一致するものと し
たこと。
  ・ 当時の被告代表取締役会長が「株式会社北沢バルブ代表取締役」の肩書で
ゴルフ場の発起人代表を務めたこと。
  ・ ゴルフ場の諸設備に被告のロゴマークと同一ないし類似のロゴマークを使
用させたこと。
  ・ 募集用新聞広告において「一部上場企業・北沢バルブ」「北沢グループの
キッツゴルフ倶楽部」と記載させていたこと。
  ・ Aが募集時のパンフレットや起工式において被告ないし北沢グループが建
設,運営するゴルフ場であると説明していたこ   と。
  ・ 銀行関係者,会員権販売業者,ゴルフ場建設業者,被告社員等をして被告
の建設,経営するゴルフ場であると説明させて   いたこと。
 イ 被告の主張
   欺罔行為についてはいずれも否認する。なお,契約の相手方が被告であれ
ば,主位的請求である直接契約の主張で足りる   し,相手方が君津リゾートで
あれば,契約に基づいて同社に対して支払うべき入会金と入会保証金を支払ったも
のであるか   ら,その支払額が損害となるはずがない。
 (3) 商法23条の適用ないし類推適用について
 ア 原告らの主張
  ・ 商法23条の適用について
     商法23条は,他人の行う営業に関して,自己の氏,氏名,商号の使
用を許諾した者(名板貸人)は,自己を営業主     だと誤認して取引した相
手方に対し,その取引によって生じた債務について,当該他人(名板借人)と連帯
してその責     任を負わねばならない旨を規定している。
      ところで,本件ゴルフ場は,「キッツゴルフ倶楽部君津コース」とい
う名称で会員募集が行われ,平成4年10月の     オープンから平成10年
5月に名称がアクアヒルズゴルフ倶楽部に変更されるまで,当該名称で運営されて
いたもので     あるが,「キッツ」は被告の名称である「北沢」のローマ字
表記である「KITAZAWA」を省略した「KITZ」     の日本語読み
であり,被告は,遅くとも昭和50年ころより「キッツ」を自己の略称として使用
していたため,平成元     年12月ころには「キッツ」が被告を表す名称と
して事実上の商号となっていた。このような事情からすれば,キッツ     ゴ
ルフ倶楽部は被告の事実上の商号であった「キッツ」と主要な部分で一致する類似
の名称であり,ゴルフ場業界にお     いて一般にゴルフ場の名称をもってそ
の営業主体が表示されるものと理解されていることからしても,ゴルフ場の経営 
    主体が被告であると誤認させるのに十分な名称であったといえる。また,
被告は,平成2年ころから君津リゾートがキ     ッツゴルフ倶楽部という名
称を使用していることを知悉しながら,平成7年ころに至るまで何ら異議を述べな
かったの     であり,君津リゾートに対し,会員募集に先立ってキッツゴル
フ倶楽部という名称を使用することを許諾していたとい     わざるを得な
い。そうすると,被告は,君津リゾートに対し,平成元年12月ころ,キッツゴル
フ倶楽部の名称を使用     して,本件ゴルフ場を開発,会員募集,運営する
ことを明示的に,または少なくとも黙示的に許諾したものというべき     で
ある。しかも,本件ゴルフクラブの会報,募集用パンフレット(甲3。以下「本件
パンフレット」とい
     う。),案内図,看板,表札,封筒,掲示用紙等,本件ゴルフクラブに
おけるゴルフ用品のほとんど全てにおいて「キ     ッツゴルフ倶楽部」ない
し「KITZ GOLF CLUB」と表示されていること,発起人代表を被告の
代表取締役     会長であったAが務め,募集パンフレットの中で,同人の挨
拶として「株式会社北沢バルブを主体とする北沢グループ     が,ここに
『キッツゴルフ倶楽部』を建設いたす運びとなりました。」「北沢グループの企画
力と経営力を結集してま     いる所存でございます。」と挨拶し,被告ない
し被告を主体とする北沢グループが本件ゴルフクラブを経営することを     
明確に説明していること,Aは,平成2年5月24日の本件ゴルフ場造成工事の起
工式における挨拶においても,「キ     ッツゴルフ倶楽部の経営母体であり
ますキッツ・グル
     ープは,バルブを中心にホテル,リゾート開発,更に美術館を開設する
文化事業まで幅広く経営の多角化を進めており     ます。」と挨拶し,平成
3年3月15日のクラブハウス起工式や,平成4年10月16日の本件ゴルフ場造
成工事の竣     工式においても同様の挨拶をし,また募集用の新聞広告にお
いても,「一部上場企業・北沢バルブ」「北沢グループの     キッツゴルフ
倶楽部」などと広告するなどしたことにより,原告らは,本件ゴルフクラブの経営
主体は被告であると誤     認した。
      そうすると,被告は,商法23条の規定に基づき,原告らに対して入
会保証金の返還をすべき義務がある。
    ・ 商法23条の類推適用について
      本件において,被告が他人のなす営業に関して自己の商号等の使用を
許諾していなかったとしても,① 営業主につ     いて誤認を生じさせる外
観の存在,② 外観作出についての帰責事由,③ 取引相手の誤認,という要件が
あれば,同     条の類推適用が認められるというべきである。そして,以下
の各事情からすれば,本件では,① 本件ゴルフクラブの     会員募集にあ
たり,その経営主体が被告であるとの誤認を生じさせる外観が存在し,② 上記外
観の作出につき被告に     帰責性が認められ,③ 原告らは経営主体が被告
であると誤認して本件入会契約を締結したものである。
      すなわち,会員権購入当時の「キッツゴルフ倶楽部君津コース」とい
うゴルフ場の名称と,「キッツ」という被告の     事実上の商号が主要な部
分で一致しており,新聞記事に記載された「北沢バルブは多角化経営を推進し,ゴ
ルフ場につ     いても『君津コース』『大多喜コース』『岩間コース』など
の開発を推進している」というAの説明にも合致してい      た。また,ゴ
ルフ場設立時の発起人代表が被告の代表取締役会長であったこと,会員権募集時の
パンフレットに被告の     ものと同一又は酷似するロゴマークが大きく表示
されていたこと,募集広告に被告のものと酷似したロゴマークが大き     く
表示され,バルブの写真入りで「一部上場企業・北沢バルブ」「北沢グループのキ
ッツゴルフ倶楽部」と記載されて     いたことなども誤認を生じさせる外観
といえる。さらに,会員権募集当時,Aら被告の役員や従業員が「本件ゴルフク 
    ラブ君津コースは株式会社北沢バルブが建設する」と説明していたこと,
会員募集の際,販売業者,提携ローンを扱っ     ている銀行の行員らが被告
の建設,経営するゴルフ場であると説明していたこと,被告の本社に電話したとこ
ろ,被告     の従業員から推薦されて販売業者を紹介されたことなども,同
様に商法23条の類推適用を基礎付けるものといえる。
   イ 被告の主張
    ・ 商法23条の適用について
      ゴルフ場の経営はそのために特に設立されるゴルフ場経営会社によっ
て行われるのが通常であり,ゴルフ会員権を購     入するようなゴルフ愛好
者においては,そのようなことは周知の事実である。「キッツ」は北沢のローマ字
表記である     「KITAZAWA」を省略した「KITZ」の日本語読み
であり,被告製品の一部等にロゴとして入れられていた      が,被告は,
一般消費者とはなじみの薄い商品であるバルブの製造販売を業とする地味なメーカ
ーであり,「キッツ」     が「北沢バルブ」を指すなどという認識は,一般
的には存在しなかった。また,ゴルフ会員権購入者は,1000万円     を
上回る大金を投ずるのであるから,預託先が誰であるかは重大な関心事であるとい
うべきところ,本件の入会保証金     預託証書,会員規約,本件パンフレッ
トにおいて,全てゴルフ場の事業主体は君津リゾートであることが明らかとなっ 
    ている。さらに,原告らは,新聞広告や募集勧誘員の説明等を指摘する
が,これらは被告が一切関与しないものである     ばかりか,原告らは君津
リゾート名義の預託証書を入手し,そのまま10年以上もプレーを続けながら,今
になって相     手方を誤認していたと主張しているのであり,相手方を誤認
したなどおよそ考えられず,万が一そうであったとして      も,原告らに
は重大な過失があったというべきである。
      以上のように,本件では営業主を誤認させるような外観自体存在せ
ず,それゆえ,誤認の可能性も現に誤認を生ぜし     めた事実もなかったの
であり,本件で商法23条が適用される余地はない。
    ・ 商法23条の類推適用について
     a 外観について
       ゴルフ場等のレジャー施設については,別会社である運営会社が経
営するというのが広く行き渡っている経営形態      であり,ゴルフ愛好家
らの常識である。ゴルフ場名にかぶせた呼称から被告の直営方式だと考える者はな
く,別会社      方式と考えるのが常識である。また,原告ら主張の記事を
掲載した新聞は信濃毎日新聞と日経産業新聞であり,一般      の会員権購
入者が普通に読む性質の新聞ではないし,当該新聞記事は,北沢バルブが直接経営
しているという内容で      はない。さらに,Aが発起人代表であったこと
については,発起人は,個人がなるものであり,会社の役員が発起人      
になったからといって当該会社がゴルフ場の建設について責任を負うということに
はならないし,パンフレット上の      ロゴマークについては,パンフレッ
トの裏表紙に記載されており,ゴルフ場の経営主体を示すというより,デザイン 
     に過ぎず,経営主体識別のための意味合いはない。また,同パンフレッ
トについては,多くの会員はそれを目にして      いないか,入会した後に
記念として配布されたかであり,商法23条類推適用を基礎付ける事実として不適
切であ       る。募集広告については,広告上には,「事業主体/君津リ
ゾート」と明記されており,被告とは別会社が事業主体      であることが
明確になっており,「北沢グループのキッツゴルフ倶楽部」という文言も,「北沢
バルブのキッツゴル      フ倶楽部」となっていないことから分かるとお
り,別会社であることを如実に示している。なお,原告主張の募集広      
告については,その配布時期や掲載媒体が不明で,一般の購入者が目にするものと
はいえず,評価根拠事実として不適切である。また,原告らは,本件
パンフレット中のAの発起人代表挨拶をもって,商法23条類推適用を基礎付け
る事実とするが,同挨拶は,「北沢バルブを中心とする北沢グループ
がここにキッツゴルフ倶楽部君津コースを建設いたす運びとなりまし
た」というもので,主語はあくまで「北沢グループ」である。また,販売業者が作
成した全ての説明資料には,経営主体は君津リゾートである旨明記されて
いるし,そもそも被告はその作成に一切関知していない。原告ら主張
のその他の事実についても,その存在自体認められないか,商法23条類推適用を
基礎付ける事実として不適切である。
     b 被告の帰責性の不存在
       ゴルフ場の名称は,君津リゾートが決定したもので,被告の関知す
るところではない。発起人代表がAであったことも,個人として就任
したものであり,会社の代表者としての立場で就任したものでないことは当然であ
る。また,パンフレット,広告,販売業者の説明等に関しては,いずれも
日本広販株式会社(以下「日本広販」という。)が行ったもので,被
告は全く関知していない。地上げ業者の説明等も被告とは無関係である。そして,
君津リゾートが「キッツゴルフ倶楽部君津コース」という名称を使用す
るに当たり,被告を「営業主」と表示したことはなく,常に「事業主
体/株式会社君津リゾート」という表示をしていた。
      これらによれば,被告には帰責性が存しない。
     c 原告らの悪意・重過失
     (a) パンフレット上の記載
         原告らが誤信の根拠と主張する本件パンフレットには,「事業
主体・・・株式会社君津リゾート」と明記さ  れ,同社の代表取締役の
名前と所在地,連絡先が明記されている。さらに,入会保証金の支払先として,被
告で  はなく日本広販が指定されている。
     (b) 本件ゴルフクラブの会則(以下「会則」という。)
         会員らは,「倶楽部会則並びに諸規則承認の上」入会を申し込
んでいるものであり,会則は,入会保証金の返  還期限等の取扱い
のみならず,プレーの権利内容やゴルフ倶楽部の運営方法等,会員らの権利の根底
部分を定め  ており,極めて重要であるところ,会則第2条には,「本
倶楽部は,株式会社君津リゾートが所有かつ経営する  ゴルフ場の
施設を利用してゴルフの普及,発展に努め,会員相互の親睦,体位の向上,健康の
増進を図ると共  に,明朗健全なる社交機関であることを目的とす
る」と明記されている。
     (c) 入会手続のご案内書
         本件ゴルフクラブの「入会手続のご案内」には,君津リゾート
が文書作成者として明示され,住民票や写真等  の関係書類を君津
リゾートに提出するよう指示している。会員らは,これに従って提出を行った。ま
た,入会金  や入会保証金の支払先口座として,「株式会社君津リゾー
ト」の銀行口座が指定されている。
     (d) ゴルフ場の入会承認通知書や入会保証金の領収書
         入会資格審査終了後に送付される入会承認通知書は,君津リゾ
ート名が明記された上,同社から発送されてい  る。入会保証金の
領収書も君津リゾートから送付されている。
     (e) 入会保証金額とその支払方法
         本件の入会保証金額は1000万円を超えるもので,そのよう
な高額な金員を預託する際には,必要な調査を  行うのが通常であ
る。そして,実際に,原告らは入会金と入会保証金の支払いの際に,銀行に赴き,
振込用紙に  振込先口座として「株式会社君津リゾート」と手書きで記
入して送金したものである。
     (f) 別会社方式の一般性
         ゴルフ場の経営は,ほとんどの場合親会社とは別の会社で行わ
れている。例えば,東急グループは,大分東急  ゴルフクラブ等
「東急」の名の付くゴルフ場を15以上も,系列下の別会社をして経営させている
が,いずれも  東京急行電鉄自身が経営しているわけではない。特
に,本件ゴルフクラブの会員資格を得るためには,少なくと        も他
の1つのゴルフ場の会員であることが求められているところ,1つでも会員権を有
している者は,ゴルフ歴  も長く,ゴルフ業界の常識に精通しているも
のというべきである。そうすると,原告らが,別会社方式でゴルフ 
 場が経営されていることを知らなかったということはあり得ない。
     (g) 「キッツ」という呼称の非周知性
         被告は,バルブという一般人の認知度の低い製品を製造するメ
ーカーであり,企業認知度も低いため,「北沢  バルブ」の製品ブ
ランド名であった「キッツ」を知っている一般人は皆無に近い状況であった。原告
らは,「キ  ッツゴルフ倶楽部」が「北沢バルブ」の建設,経営に係る
と誤信したと主張するが,「キッツ」の意味が全く分        からないの
みならず,「北沢バルブ」という会社の認知度の著しく低い状況では,その営業か
どうかの判断材料  すら存在しない。
     d 結論
       以上によれば,原告らにおいて,君津リゾートが経営主体かつ契約
の相手方であると認識していたことは疑いの余地がない。仮に経営主
体の誤認があったとしても,原告らには重過失がある。
 (4) 被告の保証責任について
 ア 原告らの主張
     被告は,ゴルフ会員権の募集に当たり,本件パンフレットに「株式会社
北沢バルブを主体とする北沢グループが,ここ に「キッツゴルフ倶楽部君
津コース」を建設する運びとなりました」「北沢グループの企画力と経営力を結集
してまいる    所存でございます。」などと記載している。これは,ゴルフ場
運営会社が企画,建設,運営できなかった場合には,被告 が代わって企画,建
設,運営をするということを表したもので,保証意思の表示に他ならない。そうす
ると,被告は,本 件ゴルフクラブの運営(入会保証金の返還も含む)について
保証する旨を明示的に表示しているものといえる。また,被 告は,君津リ
ゾート及び本件ゴルフクラブの会員権販売を引き受けた日本広販に対し,保証契約
締結の権限を与えていた ものというべきであり,原告らが上記のような保証文
言を承諾して会員契約を締結した以上,被告との間で保証契約が成 立した
といえる。よって,原告らは同契約に基づいて入会保証金の返還を請求する。
  イ 被告の主張
  被告が保証契約締結の代理権を君津リゾートらに与えていたことはな
い。また,本件パンフレットは,被告の作成にか かるものでも,被告が作成
に関与したものでもなく,その文言をみても,被告の保証意思が表れているものと
みることは できない。
第3 当裁判所の判断
1 争いのない事実,証拠(甲2,3,6,8,10,14,19,乙4ないし
11,16,17,18,20,21,被告代  表者本人,証人B)及び弁論の
全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
 (1) 被告は,バルブ及びその他の流体制御又は濾過用機器並びにその付属品の
製造販売を業とする,昭和26年設立の株式会   社であり,昭和32年から
「株式会社北澤バルブ」(昭和50年からは「株式会社北沢バルブ」)の商号で営
業を行ってい   たが,平成4年10月1日,商号を「株式会社キッツ」に変更
した。被告は,昭和60年まではAが代表取締役社長を務    め,同年から
は,Aの娘婿であるCが代表取締役社長,Aが代表取締役会長(平成4年6月から
は代表権のない取締役会    長)であった。
    被告は,昭和40年ころからその製品,包装,会社案内中に「KITAZ
AWA」を短くした「KITZ」の呼称を使用   し,昭和40年に商標登録の
「KITZ」のロゴマークを製品に表示していた。また,被告は,昭和50年ころ
からは片仮   名の「キッツ」の呼称を併用した。
 (2) 被告の関連企業
    Aの二男であるBら4名は,昭和41年に共同出資により,貸ビル業等を
営む北沢商事株式会社(以下「北沢商事」とい   う。)を設立した。
    平成2年当時,北沢商事は被告の筆頭株主であったが,被告は北沢商事の
株式を保有していなかった。また,株式会社タ   イムシェアインターナショナ
ル(以下「タイムシェア」という。)は,北沢商事が100%の株式を保有する子
会社として   昭和51年に設立された株式会社である。
    被告は,昭和62年ころから,北沢商事やタイムシェアなどのグループ企
業を通じてスキー場等の開発,経営を行い,自   らも株式会社ホテル紅やを子
会社とするなど,バルブ製造以外にもレジャー事業を展開していた。北沢グループ
の企業に    は,ほかに株式会社キッツファイナンス(昭和62年8月設
立),株式会社北沢観光(平成元年3月設立。現商号キッツメ   ドウズ)など
があった。
 (3) 本件ゴルフ場開場の経緯
    昭和63年9月14日,被告の代表取締役会長であったAのもとに,タイ
ムシェアから代表取締役会長のD等ら3名が訪   れ,被告代表取締役社長の
C,被告常務取締役管理本部長のE,同副本部長のFと共に会合が持たれた。その
中で,タイム   シェアのGは,① 千葉県君津市で開発中のゴルフ場がようや
く売却可能な状態となった,② 開発会社である房総スカイ   ラインカントリ
ークラブは,現在その株式の100%をタイムシェアが保有しており,その全株式
を売却する方法で同ゴル   フ場を売却する予定である,③ 売却先は既に決ま
っていて,契約も完了しており,これにより数億円の利益が出る,とい   う話
をした。これに対し,Aは,タイムシェアが自らゴルフ場の経営をした方がよいの
ではないか,株式を売却するとして   も,過半数の株式を保有してタイムシェ
アが経営権を握れるようにした方がよいのではないか,などと述べた。
    これを受けて,房総スカイラインカントリークラブへのタイムシェアの出
資比率は55%とされ,平成元年12月18    日,商号を君津リゾートとし
たうえ,Bが代表取締役に就任し,ゴルフ場の名称はキッツゴルフ倶楽部君津コー
スとされ    た。
    本件ゴルフクラブについては,平成2年1月16日に縁故募集,同月25
日に第1次募集,同年2月17日に第2次募集   が行われ,折からのゴルフ会
員権人気もあり,同会員権は短期間に完売となった。平成2年5月24日には発起
人代表であ   ったA及び被告代表者Cらが出席して本件ゴルフ場造成工事の起
工式が行われ,平成4年10月16日にはAらが出席して   同工事の竣工式が
行わた。本件ゴルフ場は,同月22日に開場した。
 (4) 君津リゾートの経営破綻と差止訴訟の提起
    平成3年3月,北沢商事及び君津リゾートを含む北沢商事の関連会社の経
営が破綻状態であり,外部からの財政支援なし   にはゴルフ場の開場が困難で
あることが被告に判明した。そのため,被告は,平成3年12月から平成4年4月
にかけて,   君津リゾートから総額約40億円の資産を買い取り,平成4年5
月から同年7月にかけて,被告の子会社である株式会社キ   ッツファイナンス
から合計約12億円の融資をし,また,君津リゾートが日本信託銀行から融資を受
けた40億円の保証を   するという財政支援を実行した。
    また,被告は,平成5年3月,「キッツ」等の名称の使用中止等を求める
商標権侵害申入書を君津リゾートに送付し,平   成7年9月25日には上記商
標の使用差止めを求める訴えを東京地方裁判所に提起した。同訴訟は,平成10年
3月4日,   被告が君津リゾートに対して3億円の和解金を支払い,君津リゾ
ートは「キッツ」等の名称を使用しないこと,「キッツゴ   ルフ倶楽部」の名
称を変更することなどの内容の和解が成立した。その結果,本件ゴルフクラブの名
称は,平成10年5    月,「アクアヒルズゴルフコース」となった。
 (5) 本件ゴルフクラブの会員募集方法等
   ア 本件パンフレットの記載
     本件パンフレットの裏表紙には,「KITZ GOLF CLUB」の
文字が記載されているが,そのうちの「KIT    Z」部分は,被告の登録商
標と酷似している。
     また,計画概要として「母体企業・・・北沢グループ」,事業主体「株
式会社君津リゾート」との記載がある。そし     て,同パンフレットには発
起人代表の肩書きでAの挨拶が掲載されており,同人の上半身を写した写真の隣
に,以下の内    容の挨拶文が記載されている。
    「このたび,君津市の地元の皆様並びに市当局,関係各位のご厚意とご協
力をいただき,(株)北沢バルブを主体とする    北沢グループが,ここに
『キッツゴルフ倶楽部君津コース』を建設いたす運びとなりました。『キッツゴル
フ倶楽部君津    コース』は,当地の恵まれた自然との調和のなかに,クォリ
ティの高い理想的なゴルフ場の開場をめざし,北沢グループ の企画力と経
営力を結集してまいる所存でございます。」
   イ 新聞広告の記載
     本件ゴルフクラブの会員募集用新聞広告(甲6。日本広販作成のも
の。)には,アと同様,被告の登録商標と酷似した 「KITZ」のロゴマーク
が表示されている。左下隅にはバルブの写真が配され,その横に「明日の流体制御
を担う一部 上場企業・北沢バルブ」と記載されている。また,右下隅には,
「北沢グループのキッツゴルフ倶楽部」との記載の下 に,「概要」として
本件ゴルフ場の説明があり,「事業主体/株式会社君津リゾート」との記載があ
る。
   ウ 入会申込書等の記載
     本件ゴルフクラブの「個人正会員入会申込書」「入会申込書」にも,
ア,イ同様,被告の登録商標と酷似した「KIT  Z」のロゴマークが表示
されている。
   エ Aの挨拶
     Aは,平成2年5月24日の本件ゴルフ場造成工事の起工式において挨
拶したが,同人は,その中で「キッツゴルフ倶 楽部の経営母体であります
キッツ・グループは,バルブを中心にホテル,リゾート開発,更に美術館を開設す
る文化事業 まで幅広く経営の多角化を進めております。」と述べた。また,同
人は,平成3年3月15日のクラブハウス起工式や, 平成4年10月16
日の本件ゴルフ場造成工事の竣工式においても同様の挨拶をした。
 2 争点(1)について
   原告らは,被告との間で本件入会契約を締結したと主張するので,以下検討
する。
  会則によれば,本件ゴルフクラブの正会員及び平日会員となるには,会社所定
の入会申込書を提出し,理事会及び会社の承認  を得た後,会社に対して所定の
入会金及び入会保証金を納入するものとされているところ,そこにいう「会社」と
は君津リゾ  ートを指すものである(甲3の2,乙4)。また,入会承認通知書
及び「入会手続のご案内」と題する書面には,君津リゾー  トが文書作成者とし
て明示され,住民票や写真等の関係書類を君津リゾートに提出するよう指示されて
おり,入会金や入会保  証金の支払先口座として,「株式会社君津リゾート」の
銀行口座が指定され,原告らは,実際に受取人欄に「株式会社君津リ  ゾート」
と記載して入会保証金相当額を振込送金し,入会保証金の領収書も君津リゾート名
義で発行されている(乙7ないし  11)。
   そうすると,本件入会契約につき,名義上も実質上も被告が関与した事実は
認められず,専ら君津リゾートが主体となって  いるものといえるから,原告ら
と本件入会契約を締結したのは,被告ではなく君津リゾートであったというべきで
ある。
 3 争点(2)について
   本件ゴルフクラブの会員募集に当たっての被告の関与が不法行為を構成する
かどうかについて検討する。
   1で認定した事実によれば,被告は,昭和62年ころから経営の多角化を目
指し,北沢商事やタイムシェアなど北沢グルー  プの企業を通じてスキー場等の
開発,経営を行うなど,バルブ製造以外にもレジャー事業を積極的に展開してお
り,本件ゴル  フ場開場の経緯についても,当初ゴルフ場の売却を検討していた
タイムシェアに対し,Aにおいてタイムシェアが経営権を握  れるようにすべき
であると助言し,それに基づいてタイムシェアの子会社である君津リゾートが本件
ゴルフクラブを運営する  ようになったものといえる。そして,本件ゴルフクラ
ブの会員募集の方法についても,ゴルフ場の名称に被告が使用していた  「キッ
ツ」という名称を使用したり,被告のロゴマークと酷似するマークを使用するな
ど,同倶楽部が北沢グループと密接な  関係があることを強調して行われたもの
というべきである。しかしながら,4の(2)で判断するとおり,会員募集に当たり,
  その営業主体を誤認させるような外観が作られたことはなかったのであり,上
記のような被告の関与は,あくまでも事業主体  たる君津リゾートの経済的信用
を印象づけるために,同社が被告を含む北沢グループの一員であることを示したも
のに過ぎな  いといえる。そうであれば,被告の上記のような営業方法は,当初
から君津リゾートを倒産させるつもりで入会保証金を集め  たなど特別の事情の
窺えない本件においては,違法性を有する行為とはいえない。
   よって,被告が不法行為に基づく責任を負うことはない。
 4 争点(3)について
 (1) 商法23条の適用について
    商法23条は,他人の行う営業に関して,自己の氏,氏名,商号の使用を
許諾した者(名板貸人)は,自己を営業主と誤認して取引した相手方に対
し,その取引によって生じた債務について,当該他人(名板借人)と連帯してその
責任を負わねばならない旨を規定している。この趣旨は,商号が特定の営業
について特定の商人を表す名称であり,社会的には当該営業の同一性を表示
し,その信用の標的となる機能を営むものであることから,自己の商号(ないしは
これに準じる名称)を使用して営業をなすことを他人に許諾した者は,自己を営
業主と誤認して取引をした者に対し,同条所定の責任を負うべきとしている
ものである。
    これを本件についてみると,2で判断したとおり,本件入会契約の原告ら
の相手方当事者は君津リゾートであり,本件パンフレットや本件ゴルフクラ
ブの入会承認通知書,入会保証金の領収書等本件入会契約に関する各種の文書にも
同クラブの事業主体として「君津リゾート」と記載されているのであるから,君
津リゾートは自己の商号を使用して営業をしていたものであって,被告の商
号その他の名称を使用して営業活動を行っていたわけではない。
    そうすると,この点に関する原告らの主張は採用できない。
 (2) 商法23条の類推適用について
  (1)のとおり,君津リゾートが被告の商号その他の名称を使用して営業活動
を行っていたということはできないが,① 営業方法等からして,営業主体
の誤認を生ぜしめる外観が生じている場合,② そのような外観を作出し又は作出
に関与した者は,③ 営業主体を誤認した者に対して商法23条の類推適用によ
り同条の名板貸人と同様の責任を負うものというべきである(最高裁平成4
年・第1119号同平成7年11月30日第一小法廷判決・民集49巻9号297
2頁参照。以下「忠実屋事件判決」という。)。
    そこで,まず本件ゴルフクラブの会員募集に関する君津リゾートの営業方
法等から,営業主体の誤認を生ぜしめる外観が生じているといえるかについ
て検討する。
    確かに,1で認定したように,① 本件ゴルフ場は,被告が昭和50年こ
ろから使用していた「キッツ」という名称を冠したゴルフクラブであり,②
 会員募集に当たり重要な意義を有する本件パンフレットや新聞広告,本件入会契
約の当事者が必ず目にする入会申込書等の入会契約関係書類には,被告の登録商
標であった「KITZ」のロゴマークに酷似したロゴマークが使用されてお
り,③ 被告代表取締役会長であったAは,本件ゴルフクラブの発起人代表に就任
し,挨拶のなかで被告を主体とする北沢グループが本件ゴルフクラブを建設す
る,キッツグループが本件ゴルフクラブの経営母体であるなどと記載,発言し
ている。
    しかし,第2の1及び第3の1で認定したように,本件ゴルフクラブの会
員募集に当たり作成された本件パンフレットや新聞広告には,本件ゴルフク
ラブの事業主体として「株式会社君津リゾート」と記載され,会則第2条には本件
ゴルフ場が君津リゾートの経営するゴルフ場であると記載されている。また,入
会申込みが承認された場合に送付される入会承認通知書は君津リゾート名義
で,入会保証金は君津リゾートに対して納入するものとされ(会則第5条),現実
にも原告らは君津リゾートを受取人として入会保証金を振込送金している。そう
すると,原告らにおいては,本件ゴルフクラブの事業主体が君津リゾートで
あると認識していたことは明らかである(この点が,本件と忠実屋事件判決の事例
との最大の相違点である。)。さらに,預託金制のゴルフ場は,そのために設
立されるゴルフ場経営会社によって経営される形態が多く(乙14の1ない
し5,弁論の全趣旨),また,前示のとおり,Aの挨拶の中でも「北沢グループ」
が本件ゴルフクラブの経営母体であるという言い方はしているものの,被告が経
営主体である旨言明しているわけではない(甲19,弁論の全趣旨)。
    これらの事情を総合的に考慮すれば,上記①ないし③の各事実により,本
件ゴルフクラブが被告を含む北沢グループにおける事業の一環として企画,
建設,運営されているとの外観の存在を認めることはできるものの,これは,本件
ゴルフクラブの運営会社である君津リゾートの経営力ないし信用性に関する外観
であるに過ぎず,営業主体が被告であるとの誤信を生じさせるような外観が
存在していたと認めることはできない。原告らは,新聞記事のなかで被告がゴルフ
場を建設,経営する旨記載されていることも上記外観の存在を認める方向に働く
事情であると主張するが,君津リゾートの営業と無関係の新聞記事の存在が
上記外観の存在の裏付けになるということはできない。原告ら主張のその他の事実
も,営業主体を誤認させるに足りるものとはい
えない。
    そうすると,その余の点について判断するまでもなく,この点に関する原
告らの主張には理由がない。
 5 争点(4)について
   原告らは,本件パンフレット記載のAの挨拶文をもって,被告との間で入会
保証金の返還を保証する旨の保証契約が成立し  ていると主張している。しかし
ながら,本件パンフレット中に被告が会員に対し,入会保証金の返還を保証する旨
の明確な記  載はなく,同挨拶文の「(株)北沢バルブを主体とする北沢グルー
プが,ここに「キッツゴルフ倶楽部君津コース」を建設い  たす運びとなりまし
た」「理想的なゴルフ場の開場をめざし,北沢グループの企画力と経営力を結集し
てまいる所存でござい  ます。」との文言は,前者は単にゴルフ場建設について
述べたにとどまり,保証意思を示したものとは到底いえないし,後者  は,「企
画力と経営力を結集」するとの抽象的文言に止まっていることからすれば,入会希
望者に対する社会儀礼的な挨拶文  を記載したものというべきであり,このよう
な文言をもって,原告ら個人に対し,被告が具体的な債務を負担する旨を約した 
 趣旨のものとは到底解することができない。ほかに,原告ら主張のような保証契
約の成立を認めるに足る事実はない。
   以上によれば,この点に関する原告らの主張には理由がない。 
第4 結論
   以上によれば,原告らの請求はいずれも理由がないのでこれらを棄却し,訴
訟費用の負担につき民事訴訟法61条に従い,  主文のとおり判決する。
    千葉地方裁判所民事第三部
        裁判長裁判官  園   部   秀   穂
           裁判官 弓   場   佳 多 子
           裁判官向   井   邦   生
別紙当事者目録 省略
別表 省略

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