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裁判例


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         主    文
     被上告人の請求中金五一〇万〇八〇〇円及びこれに対する昭和五五年八
月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払請求を認容した部分につき、
原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。
     右部分につき被上告人の請求を棄却する。
     上告人のその余の上告を棄却する。
     訴訟の総費用はこれを二分し、その一を上告人の、その余を被上告人の
各負担とする。
         理    由
一 上告代理人宇佐美明夫、同今泉純一、同宇佐美貴史の上告理由第二の第一点の
うち否認権の行使に関する部分について
  原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、所論の点に関する原審の判断
は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつき
よう、独自の見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができな
い。
二 同第一点の(5)及び第二点について
  信用金庫法に基づいて設立された信用金庫は、国民大衆のために金融の円滑を
図り、その貯蓄の増強に資するために設けられた協同組織による金融機関であり、
その行うことのできる業務の範囲は次第に拡大されてきているものの、それにより
右の性格に変更を来しているとはいえず、信用金庫の行う業務は営利を目的とする
ものではないというべきであるから、信用金庫は商法上の商人には当たらないと解
するのが相当である(最高裁昭和四六年(オ)第七八一号同四八年一〇月五日第二
小法廷判決・裁判集民事一一〇号一六五頁参照)。そして、信用金庫の行うことの
できる業務の性質が右のとおりである以上、特定の取引行為についてだけ信用金庫
が商人に当たると解することもできないというべきである。したがつて、商事留置
権の成立を否定した原審の判断は正当として是認することができる。原判決に所論
の違法はなく、論旨は採用することができない。
三 同第一点の(2)ないし(4)及び第五点について
  原審の適法に確定したところによれば、Dは、自動車部品の販売業を営み、上
告人との間で、昭和五二年一月二七日、信用金庫取引約定書(以下「約定書」とい
う。)を差し入れて信用金庫取引約定(以下「本件取引約定」という。)を締結し、
株式会社E等の取引先から売掛代金の支払のため取得したすべての手形につき、上
告人に取立を委任して譲渡裏書のうえ交付し、資金繰りのため必要となる都度、右
手形の割引を受けるなどの取引を行つてきたものであるところ、約定書四条には、
「担保」との標題のもとに、「① 貴金庫に現在差し入れている担保および将来差
し入れる担保は、すべてその担保する債務のほか、現在及び将来負担するいつさい
の債務を共通に担保するものとします。② 債権保全のため必要と認められるとき
は、請求によつて直ちに貴金庫の承認する担保もしくは増担保を差入れ、又は保証
人をたてもしくはこれを追加します。③ 担保は、かならずしも法定の手続によら
ず一般に適当と認められる方法、時期、価格等により貴金庫において取立または処
分のうえ、その取得金から諸費用を差引いた残額を法定の順序にかかわらず債務の
弁済に充当されても異議なく、なお残債務がある場合には直ちに弁済します。④ 
貴金庫に対する債務を履行しなかつた場合には、貴金庫の占有している私の動産、
手形、その他の有価証券は、貴金庫において取立または処分することができるもの
とし、この場合もすべて前項に準じて取扱われることに同意します。」と定められ
ており、同年一一月二五日に約定書の一部につき変更の合意がされた際にも、この
定めについては変更されなかつた、というのである。
  そこで、約定書四条四項の趣旨について考えるに、同条一項ないし三項が「担
保」との文言を用いて担保の設定、処分に関して定めているのに対し、同条四項が
「担保」との文言を用いていないこと、及び同条項の内容等に徴すると、同条項は、
信用金庫の取引先がその債務を履行しない場合に、信用金庫に対し、その占有する
取引先の動産、手形その他の有価証券を取り立て又は処分する権限及び取立又は処
分によつて取得した金員を取引先の債務の弁済に充当する権限を授与したにとどま
るものであつて、右手形につき、取引先の債務不履行を停止条件とする譲渡担保権、
質権等の担保権を設定する趣旨の定めではなく、取引先が破産した場合には、民法
六五六条、六五三条の規定により右の権限は消滅すると解するのが相当である。約
定書四条の標題が「担保」となつていることは、右判断の妨げとなるものではない。
これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法
はない。論旨は、採用することができない。
四 その余の点について
 1 原審の確定した事実関係の概要は、前記のほか次のとおりである。
  (一) 約定書には、(1) Dについて支払の停止又は破産の申立があつた場合
には、上告人から通知、催告等がなくても、上告人に対する一切の債務について当
然期限の利益を失い、Dは直ちに債務を弁済する旨(五条一項)、(2) Dが手形
の割引を受けた場合、Dについて支払の停止又は破産の申立があつたときは全部の
手形について、また、手形の主債務者が期日に支払わなかつたときはその者が主債
務者になつている手形について、上告人から通知、催告等がなくても当然手形面記
載の金額によつて買い戻す義務を負い、直ちに弁済する旨(六条一項)の定めがあ
るところ、右の定めは、前記変更の合意の際にも変更されなかつた。
  (二) 株式会社Eは、昭和五五年二月二八日及び翌二九日に不渡手形を出し銀
行取引停止処分を受けて事実上倒産し、Dは、資金繰りに窮し、同年三月四日債権
者の追及を避けるため閉店して支払の停止をし、同月二二日債権者から破産の申立
をされ、同年四月一七日破産宣告を受けるに至り、被上告人が破産管財人に選任さ
れた。
  (三) Dは、上告人に対し、昭和五四年一二月二九日に原判決別紙約束手形目
録記載1及び2の手形(以下、同目録記載の各手形を「1の手形」、「2の手形」
等という。)につき、昭和五五年一月二六日に3ないし7の手形につき、同月二九
日に8及び9の手形につき、同年二月二六日に10ないし12の手形につき、いず
れも取立を委任して譲渡裏書のうえ交付し、上告人は、前記支払の停止及び破産の
申立ののち破産宣告がされるまでの間に、支払の停止があることを知りながら5及
び7の手形(金額合計五一〇万〇八〇〇円。以下「甲手形」という。)を、破産宣
告後同年八月七日までの間に1ないし4、6及び8ないし12の手形(金額合計三
八六万七二三九円。以下「乙手形」という。)を、それぞれ取り立てた。
  (四) 被上告人は、上告人に対し同年七月一七日到達の内容証明郵便で、手形
の取立を終了したものについては取立金を、取立未了のものについては手形を同月
二二日までに返還するよう請求した。
  (五) 上告人は、同年三月二二日にDについて破産の申立があつたため、約定
書六条一項に基づき、遅くとも同日にはDに対し、同人の依頼を受けて割り引いて
いた原判決別紙手形買戻請求権の表示(二)記載の約束手形三通を含む約束手形の買
戻請求権を取得し、Dは、約定書五条一項により、同月二三日右買戻債務につき履
行遅滞に陥つた。
  (六) 上告人は、昭和五七年七月二八日の口頭弁論期日において、被上告人に
対し、前記約束手形三通を呈示して、その買戻請求権のうち前記買戻請求権の表示
(二)記載の各債権(合計八九六万八〇三九円。以下「本件各買戻債権」という。)
を自働債権とし、D(したがつて被上告人)の上告人に対する本件手形取立金引渡
請求権等(合計八九六万八〇三九円)を受働債権として対当額で相殺する旨の意思
表示をした。
 2 右事実関係のもとにおいて、原審は、(1) 甲手形の取立金の引渡債務につ
いて、破産法(以下「法」という。)一〇四条二号但書にいう「支払ノ停止若ハ破
産ノ申立アリタルコトヲ知リタル時ヨリ前ニ生ジタル原因」(以下「前ニ生ジタル
原因」という。)とは、債務負担の具体的かつ直接的原因をいい、本件において昭
和五二年一月二七日に成立した手形取立委任契約(本件取引約定)のごときものを
いうのではないと解するのが相当であるから、同号本文によりこれを受働債権とし
て相殺することは許されない旨、(2) 上告人は、破産宣告による取立委任契約終
了後に乙手形の手形金を取り立てて取得したことにより破産財団に対し不当利得返
還債務を負担するに至つたものであるから、同条一号によりこれを受働債権として
相殺することは許されない旨、それぞれ判示している。
 3 しかしながら、原審の右判断は、乙手形については正当として是認すること
ができるが、甲手形については是認することができない。その理由は、次のとおり
である。
  (一) 破産債権者が、支払の停止及び破産の申立のあることを知る前に、破産
者との間で、破産者が債務の履行をしなかつたときには破産債権者が占有する破産
者の手形等を取り立て又は処分してその取得金を債務の弁済に充当することができ
る旨の条項を含む取引約定を締結したうえ、破産者から手形の取立を委任されて裏
書交付を受け、支払の停止又は破産の申立のあることを知つたのち破産宣告前に右
手形を取り立てた場合には、破産債権者が破産者に対して負担した取立金引渡債務
は、法一〇四条二号但書にいう「前ニ生ジタル原因」に基づき負担したものに当た
ると解するのが相当である。けだし、債務者が債権者に対して同種の債権を有する
場合には、対立する両債権は相殺ができることにより互いに担保的機能をもち、当
事者双方はこれを信頼して取引関係を持続するのであるが、その一方が破産宣告を
受けた場合にも無制限に相殺を認めるときは、債権者間の公平・平等な満足を目的
とする破産制度の趣旨が没却されることになるので、同号は、本文において破産債
権者が支払の停止又は破産の申立のあることを知つて破産者に対して債務を負担し
た場合に相殺を禁止するとともに、但書において相殺の担保的機能を期待して行わ
れる取引の安全を保護する必要がある場合に相殺を禁止しないこととしているもの
と解されるところ(最高裁昭和五七年(オ)第二四六号同六一年四月八日第三小法
廷判決・民集四〇巻三号五四一頁参照)、破産債権者が前記のような取引約定のも
とに破産者から個々の手形につき取立を委任されて裏書交付を受けた場合には、破
産債権者が右手形の取立により破産者に対して負担する取立金引渡債務を受働債権
として相殺に供することができるという破産債権者の期待は、同号但書の前記の趣
旨に照らして保護に値するものというべきだからである。
  これを本件についてみるに、原審の確定した前記の事実関係によれば、Dは、
本件取引約定に基づき、Dの支払の停止及び同人に対する破産の申立の前である昭
和五五年一月二六日上告人に対し、甲手形につき取立を委任して譲渡裏書のうえ交
付し、上告人は、右支払の停止及び破産の申立ののち破産宣告がされるまでの間に
甲手形を取り立て、Dに対して取立金合計五一〇万〇八〇〇円の引渡債務を負担す
るに至つたというのであるから、右取立金引渡債務は、法一〇四条二号但書にいう
「前ニ生ジタル原因」に基づくものに当たるというべきである。そして、記録によ
れば、上告人が原審において右と同旨の主張をしていることは明らかであるから、
甲手形に関して、前記千形取立委任契約(本件取立約定)が取立金引渡債務の具体
的かつ直接的な原因に当たらないことを理由に、取立金引渡債務が同号但書の場合
に当たらないとして上告人のした相殺の効力を認めなかつた原判決には、法令の解
釈適用を誤つた違法があるというべきであり、後記(三)のとおり右違法が判決に影
響を及ぼすことは明らかであるので、この点をいう論旨は理由がある。
  (二) 次に、原審の確定した前記の事実関係によれば、Dは、上告人に対し、
乙手形につき取立を委任して譲渡裏書のうえ交付したものであるところ、右の取立
委任はDが破産宣告を受けたことにより終了し(民法六五六条、六五三条参照)、
上告人は被上告人に対して乙手形を返還する義務を負うに至つたと解するのが相当
である。そうすると、上告人は、取り立てて得た手形金については、不当利得とし
て、被上告人に対し返還すべき債務を負つており、右債務が破産宣告後に生じたも
のであつて法一〇四条一号に該当することは明らかであるから、上告人が右債務を
受働債権として相殺することは許されないというべきである。これと同旨の原審の
判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、この点に
関する論旨は採用することができない。
  (三) 以上に述べたとおりであるから、原判決中五一〇万〇八〇〇円及びこれ
に対する昭和五五年八月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を命
じた部分は破棄を免れない。そして、原審の適法に確定した前記の事実関係によれ
ば、上告人は遅くとも同年三月二二日に本件各買戻債権を取得し、右債権は直ちに
相殺に供しうる状態となり、一方、Dは同年四月一七日までには甲手形の取立金合
計五一〇万〇八〇〇円の引渡請求権を取得し、右債権は直ちに相殺に供しうる状態
となり、右両債権は同日相殺適状を生じたところ、上告人は本件各買戻債権の元本
債権のみを原判決別紙買戻請求権の表示(二)記載の順序に従つて受働債権の額に満
つるまで相殺に供したものであるから、上告人の相殺により、右五一〇万〇八〇〇
円の引渡請求権と右表示(二)記載の(1)の三九一万七〇三二円の債権及び同(2)の
債権のうち一一八万三七六八円の債権とが消滅したというべきである。したがつて、
第一審判決中右五一〇万〇八〇〇円及びこれに対する遅延損害金の支払請求を認容
した部分を取り消したうえ被上告人の右請求を棄却し、上告人のその余の上告は理
由がないのでこれを棄却することとする。
五 よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、三八四条一項、九六条、
九二条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    安   岡   滿   彦
            裁判官    伊   藤   正   己
            裁判官    坂   上   壽   夫
            裁判官    貞   家   克   己

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