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平成27年6月30日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成27年(ネ)第10025号損害賠償請求控訴事件
(原審・大阪地方裁判所平成26年(ワ)第654号)
口頭弁論終結日平成27年5月21日
判決
控訴人X
被控訴人株式会社コスメロール
訴訟代理人弁護士鈴木秀彦
同長江俊輔
同久保万理菜
主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2被控訴人は,控訴人に対し,500万円及びこれに対する平成26年2月4
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,発明の名称を「繰り出し容器」とする特許権(特許第435690
1号。以下「本件特許権」といい,この特許を「本件特許」という。)の特許
権者である控訴人が,被控訴人が製造,販売する口紅の容器が本件特許に係る
発明の技術的範囲に属し,被控訴人による口紅の製造,販売が本件特許権の侵
害に当たる旨主張して,被控訴人に対し,本件特許権侵害の不法行為に基づく
損害賠償として実施料相当額(特許法102条3項)3000万円及び弁護士
費用300万円の合計3300万円のうち,500万円及び不法行為の後であ
り,訴状送達の日の翌日である平成26年2月4日から支払ずみまで年5分の
割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原判決は,被控訴人は本件特許権について特許法79条所定の先使用による
通常実施権(以下「先使用権」という。)を有するから,被控訴人による上記
製造,販売は本件特許権の侵害に当たらないとして,控訴人の請求を棄却した。
控訴人は,原判決を不服として本件控訴を提起した。
1前提事実(証拠の摘示のない事実は,争いのない事実又は弁論の全趣旨によ
り認められる事実である。)
次のとおり訂正するほか,原判決2頁2行目から9頁24行目までに記載の
とおりであるから,これを引用する。
(1)原判決2頁6行目から3頁9行目までを次のとおり改める。
「(2)控訴人の特許権
ア控訴人は,本件特許権(出願日平成19年3月1日,設定登録日平
成21年8月14日,請求項の数5)の特許権者である(甲1)。
なお,本件特許については,後記(8)イ記載の無効審判事件におい
て,控訴人が特許請求の範囲の訂正請求をし,その訂正は,上記無効
審判事件の審決の確定(確定日平成25年3月5日)により確定した。
イ本件特許に係る特許請求の範囲(前記アの訂正後のもの。以下同じ。)
の請求項1及び2の記載は,次のとおりである(以下,請求項1に係
る発明を「本件特許発明1」,請求項2に係る発明を「本件特許発明
2」といい,また,これらを併せて「本件特許発明」という場合があ
る。)。
「【請求項1】
内周面に螺旋溝(3a)を設けた筒状の外筒部(3)内に,上下方
向にガイド孔(4a)を有した筒状の内筒部(4)を相対回転可能に
収容し,
この内筒部(4)内に,ガイド孔(4a)を貫通し外筒部(3)の
螺旋溝(3a)に係合する主導突起(5a)を設けた筒状の受皿(5)
を収容し,
外筒部(3)に対して内筒部(4)を相対回転させることにより受
皿(5)が内筒部(4)内を螺旋溝(3a)に沿って上下方向に移動
可能とした繰り出し容器において,
内筒部(4)の外壁に水平方向に突き出す変形可能な突片部(6)
を設け,内筒部(4)を外筒部(3)に収容する際に,突片部(6)
が外筒部(3)に押し倒されて斜め下方に変形され,分別時において
も突片部(6)が変形していることで,使用済み確認を可能にしたこ
とを特徴とする繰り出し容器。
【請求項2】
突片部(6)に当接する係合面(7)を外筒部(3)の内周面に設
け,
内筒部(4)において,突片部(6)よりも下方には,径方向外方
に突出する部分が設けられ,
係合面(7)が設けられた外筒部(3)の下端部は,前記突出する
部分に対向配置されることを特徴とする請求項1記載の繰り出し容
器。」(下線部は前記アの訂正による訂正箇所である。)」
(2)原判決3頁10行目及び11行目の各「本件特許1」を「本件特許発明
1」と,同頁24行目の「変更」を「変形」とそれぞれ改める。
(3)原判決4頁1行目の「本件特許2」を「本件特許発明2」と,同頁11
行目の「突片部」を「突状部」と,同頁16行目の「得ており(乙13),」
から17行目の「製品を」までを「得ている(乙13)。海外で製造された
被告商品の各部品は,ロレアルグループの製造業許可を有する別会社(乙4)
によって輸入されて,組み立てられ,被控訴人は,同別会社から,組み立て
られた被告商品を」とそれぞれ改める。
(4)原判決5頁24行目の「これを」を「同タイプの容器を」と改め,同頁
25行目の「口紅」の後に「(以下「前訴口紅」という場合がある。)」を
加える。
(5)原判決6頁20行目の「無効審判申立て」を「無効審判請求」と,同頁
24行目の「特許庁審判官は,」を「特許庁は,」とそれぞれ改める。
(6)原判決7頁1行目の「判決をし,」から2行目末尾までを「判決をした。
日本ロレアルは,上記判決に対して,上告及び上告受理申立てをしたが,上
告については同年11月5日に取り下げられ,上告受理申立てについては平
成25年3月5日に不受理決定がされ,同判決は確定し,これに伴い,前記
審決も,同日,確定した(甲1,4ないし6)。」と改める。
(7)原判決7頁5行目の「審判を申し立てた」を「無効審判請求をした」と,
同行の「特許庁審判官は,」を「特許庁は,」と,同頁6行目の「同申立て」
を「同請求」とそれぞれ改め,同頁7行目末尾に「その後,乙3審決は,平
成25年10月25日に確定した(甲1)。」を加える。
(8)原判決9頁17行目の「本件口紅」を「前訴口紅」と,同頁18行目の「
原告」を「日本ロレアル」とそれぞれ改める。
2争点
(1)被告容器の本件特許発明1の構成要件Gの充足性
(2)本件特許発明の進歩性欠如の無効理由の有無
(3)本件特許発明の公然実施の無効理由の有無
(4)公知技術の抗弁の成否
(5)先使用権の成否等
(6)控訴人の損害額
第3争点に関する当事者の主張
次のとおり訂正するほか,原判決11頁2行目から21頁11行目までに記
載のとおりであるから,これを引用する。
1原判決11頁2行目を「1争点(1)(被告容器の本件特許発明1の構成要件
Gの充足性)について」と改める。
2原判決12頁24行目の「3争点(3)」を「2争点(2)」と,15頁7行
目の「4争点(4)」を「3争点(3)」と,16頁7行目の「5争点(5)」
を「4争点(4)」と,同頁17行目の「後記6の」を「後記5の」とそれぞ
れ改める。
3原判決16頁25行目から末行までを「5争点(5)(先使用権の成否等)に
ついて」と改める。
4原判決17頁9行目,16行目及び17行目の各「被告製品」を「被告商品」
と改める。
5原判決20頁18行目末尾に行を改めて次のとおり加える。
「(5)原判決の判断の誤り(当審における控訴人の主張)
原判決は,被告容器は,乙5考案の実施品に当たり,被控訴人は,被告
商品の販売等に関し本件特許権について先使用権を有する旨判断したが,
①被告容器は,乙5考案の技術的範囲に属さないから,その実施品とはい
えないこと,②被告容器は,控訴人の指示に基づいて中国法人の蘇州シャ
・シン社によって作成された容器であり,被控訴人は,本件特許発明につ
いて「特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得」
した者に当たらないし,また,被控訴人は,内側部材の外周面に突状部を
備えた被告容器の存在すら把握していなかったから,本件特許発明につい
て,「その発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をして
いる者」に当たらないことからすると,被控訴人が被告商品の販売等に関
し本件特許権についての先使用権を有するとした原判決の判断は,誤りで
ある。
ア①について
(ア)乙5(実用新案登録第3116256号公報)には,乙5考案(
実用新案請求の範囲の請求項1に係る考案)の「弾性係合固定片」(構
成要件C’)が,内管の外壁に水平方向に突出していることや,外部部
材(「嵌合管」)の下端部が「弾性係合固定片」の上記突出部に対向
配置されていることについての記載は一切ない。
一方で,「弾性」とは,外力(応力)によって,形や体積に変化が
生じた物体が,力を取り去ると再び元の状態に回復する性質であること
(甲48の1)は技術常識であることからすると,乙5考案の「弾性係
合固定片」は,「弾性」の部材である以上,嵌設時の変形の痕跡を全く
残さない復元力を有することは必須であり,「内管」と「嵌合管」とを
分解した後,嵌合管の嵌設前の元の形に戻らなければならないものであ
る。
すなわち,乙5考案の「弾性係合固定片」は,嵌合管を内管に挿入組
み立て時に,弾性限界内で傾斜湾曲する構成のものであって,挿入組み
立て後は,適当に傾斜湾曲して嵌合管内側に接圧し,弾性サポートを生
み出すものであるから,弾性限界を超えて塑性変形に移行することがあ
ってはならず,分解すれば元の形状に戻るものでなければならない。こ
の点において,乙5考案の容器は,垂直抗力による摩擦を得る突起を設
けた容器(甲60)とは異なるものである。
これに対し,被告容器は,「内側部材の外周面に容易に曲げること
ができる水平方向に突き出した突状部」(構成e)及び「係合面が設
けられた外側部材の下端部は,突出部に対向配置されている」構成(
構成k)を備えている。
すなわち,被告容器は,「突片部」(4片の突状部)を備え,その
「突片部」は,「内側部材の外周面」に水平方向に突き出している(
乙8及び9の各5枚目参照)。そして,被告容器の「突片部」は,分
別時に至るまでの組み立て時,つまり使用時には,弾性限界を超えて押
し倒されて変形し,塑性変形に移行しているため,元の形に回復するこ
とはない。このように被告容器の「突片部」は,復元できない状態ま
で変形させる構成であるため,外側部材の下端部は,内側部材土台部に
対向配置されている。
以上のとおり,被告容器の「突片部」は,嵌設時の変形の痕跡を全
く残さない復元力を有するものではなく,弾性限界を超えて塑性変形に
移行し,復元できない状態まで変形させる構成のものであるから,乙5
考案の「弾性係合固定片」に該当しない。
(イ)次に,乙5考案は,「弾性係合固定片を等分に設置し」の構成(
構成要件C’)を備えている。
これに対し,被告容器は,寸法誤差は最小100分の1㎜の誤差を
求められる容器であって,被告容器の「突片部」(4片の突状部)が
「等分に設置」されていないことは,乙9の記載から明らかである。
(ウ)さらに,乙5考案は,嵌合管底部と内管が相互に嵌設後は適当な
係合状態を呈し,嵌設時の2個の管面間は適当な間隙を保持し,2個
の管間の弾性サポートを形成することで,一定の摩擦阻害力を達成し,
円滑な回転制御を確保することを特徴とした考案であり,かかる構成
をとることにより従来使用されていた潤滑剤の塗布を省くことができ
ることが,乙5考案の主たる作用効果の一つである。
これに対し,被告容器は,潤滑油が塗布されているから,乙5考案
の技術的範囲に属するものではない。
(エ)以上によれば,被告容器は,乙5考案の構成要件C’の「弾性係
合固定片」の構成及び弾性係合固定片を「等分に設置し」の構成を備
えていないから,同構成要件を充足せず,また,被告容器には潤滑油
が塗布されているから,被告容器は,乙5考案の技術的範囲に属さな
い。
したがって,被告容器が乙5考案の実施品に当たるとした原判決の
判断は誤りである。
イ②について
(ア)被告容器は,控訴人の指示に基づいて,中国法人の蘇州シャ・シ
ン社によって作成された容器であるから,被控訴人は,本件特許発明
について「特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者
から知得」した者(特許法79条)に当たらない。
(イ)次の経過によれば,被控訴人は,内側部材の外周面に突状部を備
えた被告容器の存在すら把握していなかったものといえるから,本件
特許発明について,「その発明の実施である事業をしている者又はそ
の事業の準備をしている者」(特許法79条)に当たらない。
a控訴人は,平成22年5月12日,エヌ・エル・オーに対し,メ
イベリンニューヨークの口紅容器が,控訴人の本件特許を侵害する
可能性がある旨の問合せ(甲52)をした。
控訴人は,同年6月16日,エヌ・エル・オー及び日本ロレアル
の代理人弁理士A及び日本ロレアルBから,正規の製品には突起は
なく,指摘を受けた製品はエヌ・エル・オー株式会社の正規の製品
でない旨の回答(甲53)を受けた。
b控訴人は,平成22年6月22日,特許庁に対し,被請求人をエ
ヌ・エル・オーとして,「イ号物件」が本件特許の請求項1及び2
に係る発明の技術的範囲に属するとの判定を求める旨の判定請求(
甲54。判定2010-600036号事件)をし,証拠として「
甲第1号証」等を提出した。
エヌ・エル・オーは,上記判定請求事件において,同年8月16
日付け答弁書(甲55)を提出した。上記答弁書には,「6.3.WA
TERSHINY」の項に,「すなわち,本件判定請求は,少なくとも別紙
1に写真を示す「市販のWATERSHINY」を対象とした判定請求ではな
いということになります。」,「7.結論」の項に,「甲第1号証
に記載された繰り出し容器は,被請求人の販売に係る「WATERSHIN
Y」の繰り出し容器とは異なります。被請求人の販売に係る「WATER
SHINY」の繰り出し容器は,写真を示したように,突片部を有してお
らず,本件特許発明の技術範囲に含まれる可能性はありません。」
との記載があり,「正規の製品の分解写真」として,「別紙1」が
添付されていた。
特許庁は,上記判定請求事件について,同年10月29日,「イ
号物件」は本件特許の請求項1及び2に係る発明の技術的範囲に属
するとの判定(乙124)をした。
c控訴人は,エヌ・エル・オーに対し,平成22年11月16日付
け謝罪文(甲56)を提出し,上記謝罪文をもって,控訴人が「イ
オン」で発見した「イ号物件」が偽物のWATERSHINYであり,エヌ・
エル・オーの正規の製品でないことを知らなかった旨を正式に謝罪
した。
控訴人は,同月23日,日本ロレアルのC,B及び代理人弁護士と
面談し,その際,①現在販売されている製品は,正規の製品であるか,
②正規の製品には突起はあるか,③正規のルートで輸入販売されてい
る製品であるかについて質問したが,正式で明快な回答を得られなか
った。
ウ小括
以上によれば,被控訴人において本件特許権についての先使用権は成
立しない。
したがって,被控訴人が被告商品の販売等に関し本件特許権について
の先使用権を有するとした原判決の判断は,誤りである。」
6原判決20頁19行目の「7争点(7)」を「6争点(6)」と,同頁20頁
22行目及び25行目の各「被告製品」を「被告商品」とそれぞれ改める。
第4当裁判所の判断
当裁判所も,以下のとおり,被控訴人は本件特許権について先使用権を有す
るものと認められ,被控訴人による被告商品の製造,販売は控訴人の本件特許
権の侵害に該当しないから,控訴人の請求は理由がないものと判断する。
1争点(1)(被告容器の本件特許発明1の構成要件Gの充足性)について
次のとおり訂正するほか,原判決21頁18行目から23頁24行目までに
記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決21頁20行目の「構成要件訂正G」を「構成要件G」と改める。
(2)原判決23頁13行目の「本件特許訂正発明1」を「本件特許発明1」と
改める。
2争点(5)(先使用権の成否等)について
次のとおり訂正するほか,原判決24頁1行目から43頁8行目までに記載
のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決28頁3行目の「できる。」」を「できる。」と改め,同行末尾に
行を改めて次のとおり加える。
「【考案を実施するための最良の形態】
【0006】
図1,2,3に示すように,本考案は主に内管10底部に回転台11を連結
し,相互に結合させることにより回転可能な構造体を構成する。該内管10
の管面両側にはそれぞれL型のスライド槽12を形成し,管底部の該回転台1
1と相互に接続する周囲縁上には,数個の突出排列する薄片状の弾性係合固
定片13を等分に設置し,適当な高さの突出を形成する。こうして,挿入組
立て後は適当に傾斜湾曲し緊密に固定される構造を形成する。
また管体内部には両側のスライド槽12に沿って上下にスライド移動を行う
口紅充填台14を挿入設置する。該充填台14両側にはそれぞれ凸軸15を
突出し,該スライド槽12内に設置することにより,該スライド槽12は固
定方向の上下スライド移動を行う。また該内管10の外側は嵌合管16によ
り覆うため,該内管10底部環状周囲面上に設置する係合固定片13により,
該嵌合管16において嵌設する時,弾性サポート組立てを形成する。こうし
て,両管面は適当な間隙を保持しつつ組合される。
該嵌合管16内縁面上には螺旋導入槽17を設置し,該充填台14両側の凸
軸15は該嵌合管16の導入槽17内に突出進入する。該回転台11の回転
制御により,該充填台14は該嵌合管16の螺旋導入槽17により駆動され,
該内管10のスライド槽12に対応し,固定方向の上下昇降伸縮操作を行う。
該係合固定片13の緊密な定位により,該内管10を回転操作する時,相互
に穿設される2個の管間は一定の弾性摩擦阻害力を保持するため,組立て変
形による干渉を受けることはない。こうして内部に充填する口紅本体18の
伸縮使用はスムーズとなる。特に該係合固定片13の弾性による適当なサポ
ートにより,該口紅本体18を伸ばし使用する時も圧力により該内管10が
回転し,該口紅本体18が内部へと収縮する状況の発生を防止することがで
きる。すなわち,口紅使用時の安全と安定,実用性を確保可能である。
【0007】
本考案は該内管10底部環状周囲面上に等分に排列する係合固定片13の突
出係合設計を通して,該内管10と該嵌合管16間の挿入組立てにおいて,
一定の間隙を保持する。また2個の管面間は直接接触せず,底部環状周囲面
の係合固定片13だけが相互に緊密に固定,接触するため,2個の管面は適
当に分離する。こうして該内管10全体の回転操作時に,安定的かつ円滑,
さらに無駄な力を省きながら操作可能である。
さらに管縁全体の摩擦力が一定で相互に接触しないため,該充填台14両側
のスライド移動する凸軸15とスライド槽17間は点接触のスライド移動を
形成する。よって,潤滑剤の塗布は一切必要なく,該口紅本体18の包装使
用において,異物と接触する恐れを完全に払拭することができる。こうして
安全と衛生を確保可能である。また,塑性或いは管面の硬度不足が原因の組
立て時の変形による相互摩擦が非円滑となる欠点を改善することができる。
すなわち,本考案の内管10と嵌合管16間の構造設計は口紅の構成部品を
大幅に減らすことができる他,公知の口紅ケースにおいて回転操作がスムー
ズに行かないという欠点を改善可能である。」
(2)原判決29頁19行目の「(段落【0004】)」の後に「,「該係合固
定片13の緊密な定位により,該内管10を回転操作する時,相互に穿設さ
れる2個の管間は一定の弾性摩擦阻害力を保持するため,組立て変形による
干渉を受けることはない。こうして内部に充填する口紅本体18の伸縮使用
はスムーズとなる。特に該係合固定片13の弾性による適当なサポートによ
り,該口紅本体18を伸ばし使用する時も圧力により該内管10が回転し,
該口紅本体18が内部へと収縮する状況の発生を防止することができる。」
(段落【0006】),「また2個の管面間は直接接触せず,底部環状周囲
面の係合固定片13だけが相互に緊密に固定,接触するため,2個の管面は
適当に分離する。」(段落【0007】)」を加える。
(3)原判決30頁13行目の「前記2(4)」を「前記1(4)」と改める。
(4)原判決32頁2行目末尾に行を改めて次のとおり加える。
「カ当審における控訴人の主張について
控訴人は,①「弾性」とは,外力(応力)によって,形や体積に変化
が生じた物体が,力を取り去ると再び元の状態に回復する性質であること
(甲48の1)は技術常識であることからすると,乙5考案の「弾性係合
固定片」は,「弾性」の部材である以上,嵌設時の変形の痕跡を全く残さ
ない復元力を有することは必須であり,弾性限界を超えて塑性変形に移行
することがあってはならず,「内管」と「嵌合管」とを分解した後,嵌合
管の嵌設前の元の形に戻らなければならないものであり,この点におい
て,乙5考案の容器は,垂直抗力による摩擦を得る突起を設けた容器(甲
60)とは異なるものであるが,被告容器の「突片部」は,分別時に至
るまでの組み立て時,つまり使用時には,弾性限界を超えて押し倒されて
変形し,塑性変形に移行し,復元できない状態まで変形させる構成のもの
であるから,乙5考案の「弾性係合固定片」に該当しないこと,②被告容
器は,寸法誤差は最小100分の1㎜の誤差を求められる容器であるこ
と,被告容器の「突片部」(4片の突状部)が「等分に設置」されてい
ないことは,乙9の記載から明らかであるから,乙5考案における弾性
係合固定片を「等分に設置し」の構成(構成要件C’)を備えていない
ことからすると,被告容器は,構成要件C’を充足せず,また,③従来
使用されていた潤滑剤の塗布を省くことができることが乙5考案の主た
る作用効果の一つであるが,被告容器は,潤滑油が塗布されているから,
被告容器は,乙5考案の技術的範囲に属さないなどとして,被告容器が
乙5考案の実施品に当たらない旨主張する。
(ア)しかしながら,上記①の点については,「弾性」の語は,一般に,
外力(応力)によって,形や体積に変化が生じた物体が,力を取り去る
と再び元の状態に回復する性質をいうが,特定の部材との関係では,弾
性限界,弾性率等の各種指標によって「弾性の程度」を観念し得るもの
である。そして,前記ウ(ア)ないし(ウ)で述べたように,乙5考案の
実用新案請求の範囲(請求項1)の文言上,乙5考案の「弾性係合固
定片」の「固定片」は,「嵌設時の2個の管間の弾性サポートを形成
し,該2個の管面間は適当な間隙を保持し,一定の摩擦阻害力を達成
し,円滑な回転制御を確保する」機能を果たすだけの弾性を有するこ
とが求められていると解されるが,「内管」と「嵌合管」とを分解し
た後,当該「固定片」が「嵌合管」の嵌設前の形に戻る,つまり,嵌
設時の変形の痕跡を全く残さないほどの復元力を有することを必須の
構成とする文言上の根拠はないし,また,乙5明細書においては,「
適当な係合状態」,「適当な間隙」,「一定の摩擦係数を維持」など,
「適当」,「一定」との表現が繰り返されており,「固定片」に求め
られる弾性は,これらの機能を果たし得る程度で足りることが読み取
れる一方,それ以上に強度な弾力や復元力を必須とする根拠は,乙5
明細書上にも見当たらない。
したがって,乙5考案の「弾性係合固定片」は,嵌設時の変形の痕
跡を全く残さない復元力を有することは必須であり,弾性限界を超えて
塑性変形に移行することがあってはならず,「内管」と「嵌合管」とを
分解した後,嵌合管の嵌設前の元の形に戻らなければならないものに限
定されるものと解することはできないから,控訴人が挙げる上記①の点
は,その前提において理由がない。
(イ)次に,上記②の点については,前記ウ(ア)ないし(ウ)で述べたよ
うに,乙5考案の「数個の突出配列する弾性係合固定片」にいう「数
個」の「固定片」は,「等分に設置」される構成のものであるが,こ
の構成は「嵌設時の2個の管間の弾性サポートを形成し,該2個の管
面間は適当な間隙を保持し,一定の摩擦阻害力を達成し,円滑な回転
制御を確保する」機能を生じるための構成であることに照らせば,「
固定片」間の距離に,上記機能を阻害しない範囲内で若干の差異があ
るにとどまる場合までを除外する趣旨とは解されない。
しかるところ,被告容器の4片の突状部は,隣接する突状部間の距
離が厳密な等間隔にはなっていないが,その距離の差異はわずかであ
る(乙9)上,内側部材の長手軸に対して直交し,かつ,互いに直交
する2本の軸線のそれぞれに対して線対称に設けられており,一方の
軸線からの距離が他方の軸線からの距離よりやや離れているにとどま
ることから,それぞれの突状部にかかる摩擦力はほぼ等しく,内側部
材の外壁と外側部材の内壁とで隙間がなく直接接触する部分が生じた
り,回転の際にいずれかの突状部にのみ特に大きな摩擦力がかかるほ
ど偏った配置となったりしているわけではない。
したがって,被告容器の「突状部」は構成要件C’の「弾性係合固
定片」に当たり,「等分に設置」されているものと認められるから,
控訴人が挙げる上記②の点は,理由がない。
(ウ)さらに,上記③の点については,前記エで述べたように,乙5考
案は,潤滑剤を使用することなく円滑な回転制御を確保することをそ
の課題とするものであるが,実用新案登録の請求の範囲の文言上,「
潤滑剤を使用しないこと」を構成要件とするものではないから,潤滑
油が使用されていたことは,被告容器が乙5考案の実施品であるかど
うかを左右する事情には当たらない。
したがって,控訴人が挙げる上記③の点も,理由がない。
(エ)以上によれば,控訴人が挙げる上記①ないし③の諸点はいずれも
理由がないから,被告容器が乙5考案の実施品に当たらないとの控訴
人の主張は採用することができない。」
(5)原判決33頁6行目の「蘇州シャ・シン社は,」の後に「Dの指示に基づ
いて,」を加え,同頁17行目の「本訴前に」を「前訴の訴え提起前(訴え
提起日平成23年6月9日)に」と改める。
(6)原判決42頁6行目の「前提事実(5)記載のとおり,」の後に「被告容器
を備えた被告商品の各部品は,本件特許の出願前に,ロレアルグループの別
会社によって各部品が輸入され,組み立てられた被告容器を備えた被告商品
は,」を,同頁9行目の「したがって,」の後に「被控訴人は,」をそれぞ
れ加え,同頁10行目の「を備えた本件口紅を輸入し」を「と同じ構成の被
告容器を備えた被告商品を販売し」と改める。
(7)原判決42頁15行目の「平成18年2月14日には」の後に「Dの指示
に基づいて」を加え,同頁20行目の「本件口紅」を「被告商品」と,同頁
21行目の「に係る発明」を「に係る発明の内容」とそれぞれ改める。
(8)原判決43頁3行目の「前訴口紅容器」を「被告容器」と改め,同頁4行
目の「そうして,」から同頁6行目までを削除する。
(9)原判決43頁7行目の「本件口紅」を「被告容器を備えた被告商品」と改
め,同頁8行目末尾に行を改めて次のとおり加える。
「(7)当審における控訴人の主張について
控訴人は,①被告容器は,乙5考案の技術的範囲に属さないから,そ
の実施品とはいえないこと,②被告容器は,控訴人の指示に基づいて中
国法人の蘇州シャ・シン社によって作成された容器であり,被控訴人は,
本件特許発明について「特許出願に係る発明の内容を知らないでその発
明をした者から知得」した者に当たらないし,また,被控訴人は,内側
部材の外周面に突状部を備えた被告容器の存在すら把握していなかった
から,本件特許発明について,「その発明の実施である事業をしている
者又はその事業の準備をしている者」に当たらないことからすると,被
控訴人において,本件特許権についての先使用権は成立しない旨主張す
る。
アしかしながら,被告容器が乙5考案の技術的範囲に属し,その実施
品に当たることは,前記(1)で認定したとおりである。
イ次に,被告容器が本件特許発明1及び2の技術的範囲に属すること
は,前記1で認定したとおりである。
しかるところ,前記(2)及び(3)アの認定事実によれば,かねてから
日本ロレアルを含めたロレアルグループの商品である「ランコム」ブ
ランドや「メイベリンニューヨーク」ブランド用の口紅容器の製造を
行っていた蘇州シャ・シン社は,Dの指示に基づいて,遅くとも平成
18年2月14日までに,「ランコム」用の容器に係る本件ランコム
図面(乙9)を作成したこと,本件ランコム図面には,前訴口紅容器
及び被告容器と同じ構成の4片の突状部を備えた口紅容器が記載され
ていること,被告容器は,本件ランコム図面に基づいて蘇州シャ・シ
ン社によって製造されたこと,本件ランコム図面の作成について控訴
人は関与していないこと,控訴人が本件特許の出願をしたのは,平成
19年3月1日であり,本件ランコム図面の作成後,少なくとも1年
程度経過していたことが認められる。
この点に関し,控訴人は,前訴口紅容器及び被告容器の突状部の構
成は,控訴人が,平成18年2月8日,蘇州シャ・シン社の代表取締
役Eに対し,口頭及びバイク便で送った書面によって指示したもので
ある旨主張するが,前記(3)イ及びウのとおり,控訴人の上記主張は採
用することができない。他に被告容器が控訴人の指示に基づいて蘇州
シャ・シン社によって作成された容器であることを認めるに足りる証
拠はない。
以上を総合すると,本件特許の出願前に作成された本件ランコム図
面には,本件特許発明1及び2の実施品の製造に必要な情報が記載さ
れていることが認められ,しかも,本件ランコム図面は,控訴人が関
与することがなく,Dの指示に基づいて,蘇州シャ・シン社によって
作成されたことが認められるから,Dは,本件特許発明について,「
特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者」に当たる
ものと認められる。
そして,前記(5)認定のとおり,本件ランコム図面は,同図面が作成
されたころには,「ランコム」の口紅の製造,販売を国際的に展開す
るフランスロレアル社に送付されたものと推認され,同社の子会社で,
ロレアルグループの一員である日本ロレアル及びその完全子会社であ
る被控訴人も,被告商品の各部品の輸入時には,本件特許発明の内容
を「知得」していたと評価するのが相当であるから,被控訴人は,本
件特許発明について,「特許出願に係る発明の内容を知らないでその
発明をした者から知得」した者に当たるものと認められる。
ウさらに,前記(4)認定のとおり,被告容器を備えた被告商品の各部品
は,本件特許の出願前に,ロレアルグループの別会社によって各部品
が輸入され,組み立てられた被告容器を備えた被告商品は,薬事法上
の製造販売業許可を有する被控訴人において,薬事法に従った出荷の
ための手続が取られた後,日本ロレアルに販売されていたものと認め
られるから,本件特許の出願の際,「現に日本国内においてその発明
の実施である事業をしている者」に当たるものと認められる。
控訴人は,これに対し,前訴の提起前の交渉経緯を挙げて,被控訴
人は,内側部材の外周面に突状部を備えた被告容器の存在すら把握し
ていなかったから,本件特許発明について,本件特許の出願の際,「
現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者」とは
いえない旨主張する。
しかしながら,控訴人が挙げる交渉経緯に係る諸点は,被控訴人が,
本件特許の出願の際,業として被告容器を備えた被告商品を販売して
いた事実を否定する根拠となるものではないから,控訴人の上記主張
は理由がない。
エ以上によれば,被控訴人において本件特許権についての先使用権は
成立しないとの控訴人の主張は理由がない。」
3結論
以上の次第であるから,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の
請求は理由がない。
したがって,控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由
がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官富田善範
裁判官大鷹一郎
裁判官鈴木わかな

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