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平成12年(行ケ)189号 審決取消請求事件(平成13年10月25日口頭弁
論終結)
判    決
   原      告   X   
訴訟代理人弁理士   後 藤 洋 介
同          池 田 憲 保
同          山 本 格 介
被      告   特許庁長官 及 川 耕 造
指定代理人    東森秀朋
同          小 林 信 男
同          平 井 良 憲   
同         茂 木静 代
主    文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
           事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
 特許庁が平成9年審判第12851号事件について平成11年12月17日にし
た審決を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。
 2 被告
 主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
 原告は、昭和63年特許願第502336号の特許出願(発明の名称「ウェーブ
ガイド、ウェーブガイドを備える部材及びスクリーンへの適用物」、パリ条約優先
権主張オランダ国1987年2月18日を国際出願日とする出願PCT/NL88
/00005)につき、拒絶査定不服審判を請求した。特許庁はこれを平成9年審
判第12851号として審理した結果、平成11年12月17日、「本件審判の請
求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は平成12年2月2日に原告代理人
に送達された。
 2 特許請求の範囲の記載(請求項1のみを摘記し、2以下は記載を省略)
 1.少なくとも一つの粒子pと相互作用するように構成されたドブロイ波のため
のウェーブガイドwを備える装置において、
a)前記粒子pは運動量及びエネルギーを有するとともに、前記少なくとも一つの
粒子pが同じ粒子の集合体ではなくしかも前記粒子pが電磁波で表され得るなら
ば、前記粒子pは前記電磁波の波長λに等しいドブロイ波長λbを有し、
b)前記ウェーブガイドwは、横断面部Ajを決める壁を有し、これら横断面部A
jはこのウェーブガイドwのカットオフ波長と横断面部Ajの周辺部C(Aj)を決め
るものであり、
c)これら周辺部C(Aj)の各々は特性Iか特性IIを有し、
 前記特性Iは、C(Aj)のあらゆる点において、C(Aj)に対する左接線がC
(Aj)に対する右接線に対応するものであり、
 前記特性IIは、C(Aj)の少なくとも一つの点において、C(Aj)に対する左
接線がC(Aj)に対する右接線に対応しないものであり、
d)前述の周辺部C(Aj)の各々は少なくとも一つの特性寸法を有し、
e)特性Iを有する一つの横断面部Ajの一つの特性寸法は、前記ウェーブガイドw
によって伝送される一粒子が動き得るC(Aj)上の二点間の距離であり、これら二
点は、
  (i) この周辺部C(Aj)に対する前記二点における接線は互いに平行か非平
行であること、
 (ii)前記二点を接続する直線は前記接線に対して直角であること
を満たすものであり、
f)特性IIを有する一つの横断面部Ajの一つの特性寸法は、この横断面部によって
境界付けられ得る最大円の直径に等しいものであり、
g)同種の粒子の少なくとも一セットKが存在し、
h)少なくと一つの粒子が前記ウェーブガイドwによって伝送され、前記ウェーブ
ガイドwにおいて、wの二つの横断面部A1及びA2間の領域Rにて、前記セットK
の粒子のエネルギー密度ρu(R)が前記ウェーブガイドwによって伝送されるか、前
記セットKの元素である前記粒子の平均エネルギー(R)が前記ウェーブガイドw
によって伝送される場合において、前記二つの横断面部間に位置する横断面部Ajの
最小の特性寸法の平均値d0の関数は、
 ∂ρu(R)/∂d0≠0 或いは∂(R)/∂d0≠0
であり、前記平均値d0は、前記領域Rにファクターy及びウェーブガイドwの前記
最小の特性寸法の平均値d01が存在するドメイン[d0,2d0]において、
│[ρu(d01{1-y×0.06})-ρu(d01)]/ρu(d01)|≧y×5×10-2
或いは
 │[(R,d01{1-y×0.06})-(R,d01)]/(R,d01)|≧y×5×10-2
(但し、yは0<y≦1である)
が維持されるような特性を有し、
i)前記粒子pは前記ウェーブガイドwと(i)伝送(ii)反射(iii)放出(iv)吸収(v)吸

のうちの少なくとも一つの相互作用をすることを特徴とするウェーブガイドを備え
る装置。
 3 審決の理由の要旨
 審決は、別紙審決書の理由写しのとおり、本願明細書の発明の詳細な説明は、そ
の発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明を実施をす
ることができる程度に記載されていないから、平成2年改正前の特許法36条3項
の規定に違反しており、特許法49条1項3号の規定により拒絶されるべきもので
あると判断した。
第3 原告主張の審決取消事由
 審決は、本願明細書の記載が特許法36条3項に違反すると誤って判断したもの
であるから、違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(「二点における接線は互いに平行か非平行かであること」につ
いての判断の誤り)
 審決は、「請求項1~16の『二点における接線は互いに平行か非平行かである
こと』という記載は、二点における接線を特定したことにならないから、不明瞭な
記載である。」(審決書12頁9~12行)と判断したが、誤りである。
 「二点における接線は互いに平行か非平行かであること」については、本願明細
書に「2本の不一致平行線間の最小距離d2」(甲第3号証12頁10行)と記載
があり、特性寸法の定義として十分である。平行であるか非平行であるかは、特定
寸法の概念の定義において何等の役割を果たすものではなく、あいまいさを避ける
ために、「平行か非平行かである」と記載したにすぎない。
 2 取消事由2(「最大円の直径」についての判断の誤り)
 審決は、「請求項1,3の『最大円の直径』は、詳細な説明において説明されて
いない。」(審決書15頁4~6行)と判断したが誤りである。
 特性Ⅱを有する周辺部においては、そのあらゆる点において接線が定められるも
のではなく、接線が定められない点を無視しないものとして導入した概念であり、
本件図1.7(正方形の場合)、図1.14(三角形の場合)、及び図4(三角形
の場合)等に必要となるものであり、その意味するところは、これらの図から明ら
かであるとともに、「最大円の直径」なる概念は、ヨーロッパにおける当業者には
周知である。
 3 取消事由3(「セットK」についての判断の誤り)
 審決は、「『セットK』は、・・・その定義が明確に示されていないから、本願
明細書の詳細な説明において説明されていないことは明らかである。」(審決書1
6頁1~5行)と判断したが誤りである。
 ウェーブガイドと相互作用するあらゆる粒子が、本発明の範囲に属する装置に対
応するわけではない。
 本願明細書には「上述した定義における基本要素は、本発明におけるウェーブガ
イドが1つあるいはそれ以上の寸法を持つという事実を導く条件であり、これらの
寸法によれば、ウェーブガイドに量子力学を用いて初めて正当な近似をもって説明
され得る複数の現象を生ずる。例えば、これらの条件が無ければ、すべての導電性
の導体あるいは半導体、液体、ガスプラズマ及びフォトンの導体の全ては、それら
が粒子を伝達するのであれば、ウェーブガイドと考えられる。」(甲第3号証11
頁11~18行)との記載があり、この条件に合致する粒子に名前を与え、その集
合を「一セットK」と表明したにすぎない。
 4 取消事由4(条件式についての判断の誤り)
  (1) 審決は、「『関数は、
 ∂ρu(R)/∂d0≠0(注.以下「条件式1」という。) 或いは∂(R)/∂
d0≠0(注.以下「条件式2」という。)
であり、前記平均値d0は、前記領域Rにファクターy及びウェーブガイドwの前記
最小の特性寸法の平均値d01が存在するドメイン[d0,2d0]において、
│[ρu(d01{1-y×0.06})-ρu(d01)]/ρu(d01)│≧y×5×10-2
(注.
以下「条件式3」という。)
或いは
 │[(R,d01{1-y×0.06})-(R,d01)]/(R,d01│≧y×5×1
0-2
(注.以下「条件式4」という。)
(但し、yは0<y≦1である)
が維持されるような特性を有する』ということは、本願明細書の詳細な説明に記載
も示唆もされていない」(審決書18頁19行~19頁14行。なお、審決の明ら
かな誤記は請求項1の記載に照らして訂正。)と判断したが、誤りである。
  (2) 本願明細書に、「ウェーブガイドがルクソンでない粒子を導く場合、これ
ら粒子のエネルギーは離散であり、一方、ウェーブガイド内における物理現象、あ
るいはウェーブガイドによって引き起こされた物理現象が量子力学を用いることな
く適切な近似式をもって記述することは不可能である。即ち、これら演算と観察と
の間の相対的相違が5%であるべきである。」(甲第3号証10頁16~22
行)、及び「上述した定義における基本要素は、本発明におけるウェーブガイドが
1つあるいはそれ以上の寸法を持つという事実を導く条件であり、これらの寸法に
よれば、ウェーブガイドに量子力学を用いて初めて正当な近似をもって説明され得
る複数の現象を生じる。」(甲第3号証11頁11~15行)と記載があるとお
り、ウェーブガイドの少なくともひとつの寸法が、量子力学により説明しなければ
ならない効果をもたらすのであり、条件式1~4は、量子力学を用いて説明しなけ
ればならない現象と、古典物理学を用いて説明することができる現象を区別するた
めの条件である。
  (3) 条件式2について
 寸法aの1次元シンクに位置するゼロ点エネルギーが、U0=h2
/(8ma2
)と
なることは当業者に周知である。なお、本願明細書には「U0=2h2
/(ma2
)」
(甲第3号証51頁末行~52頁1行)とあるが、これは自明な誤記である。した
がって、a=d0であるから、量子力学的現象においては、∂U0/∂a≠0とな
り、従属パラメータとして平均エネルギーを選択すれば∂/∂a≠0となる。
これに対し、古典物理学的現象では、mv2
/2=wkt/2となるから、条件式2
を導くことができないのである。
  (4) 条件式1について
 また、量子力学的現象においては、エネルギー密度ρuは、空間中の物質及び光の
分布の測値であり、回折現象、すなわち、ある容積の空間におけるどこかに粒子を
みつける可能性は位置依存性を有するゆえに、d0の変化によりρuも変化、すなわ
ち、∂ρu/∂d0≠0となる。他方、古典物理学的現象では、熱平衡状態の気体が
存在する容積におけるように、ある容積においてρuが一定であり、条件式1を導く
ことができないのである。
  (5) 条件式4について
 (r1)≠0であり、r1及びr2が、おのおのが互いに異なる特性寸法をもつ2
つの異なるウェーブガイドにおける位置である場合には、
U0(r1)=α(r1),α>β及びU0(r2)=β(r1)
であるようなファクターα及びβが存在する。したがって、
|(r1)-(r2)/(r1)|=α-β
が成立し、当業者には、
|(r1)-(r2)/(r1)|≧δが、量子力学的現象を古典物理学的現象から
区別する基準であることが自明である。そして、条件式4においては、δ=y×5
×10-2
(0<y≦1)と選択したものである。
 また、当業者であれば、r1=d01(1-y×0.06)及びr2=d01(0<y
≦1)、並びに=U0の場合には、
|(r1)-(r2)/(r1)|=|U0(r1)-U0(r2)/U0(r1)|=|(1/
r1

)-(1/r2

)/(1/r1

)|=1-r1

/r2

=1-(1-y×0.06)2
=2y×0.06-y2
×(0.06)2
は自明であり、したがって条件式4を導くことができる。
  (6) 条件式3について
 同様に、ρuについても、量子力学的現象と古典物理学的現象を区別するために
は、|(ρu(r1)-ρu(r2))/ρu(r1)|に着目することが最適であるのは自明
であり、条件式3も自明である。
 5 取消事由5(「特性Ⅰ」及び「特性Ⅱ」についての判断の誤り)
 審決は、「「特性Ⅰ」及び「特性Ⅱ」という記載は、本願出願当初の明細書及び
図面に記載も示唆もされていない。」(審決書20頁13~15行)と認定判断し
たが誤りである。
 「特性Ⅰ」については、請求項1の「C(Aj)のあらゆる点において、C(A
j)に対する左接線がC(Aj)に対する右接線に対応する。」との記載、「特性
Ⅱ」については同じく請求項1の「C(Aj)に対する左接線がC(Aj)に対する
右接線と対応しないような、少なくともひとつの点がC(Aj)上に存在する。」と
の記載により明確に定義されている。
第4 被告の反論の要点
 1 取消事由1(接線についての判断の誤り)に対して
 本願明細書に、「2本の不一致平行線間の最小距離d2」と記載があることは認
めるが、その記載から「二点における接線は互いに平行か非平行かであること」が
導き出せるものではない。
 したがって、「二点における接線は互いに平行か非平行かであること」は、二点
における接線を特定するものでははないから、当業者といえども本願発明を容易に
実施し得るものではなく、審決の判断に誤りはない。
 2 取消事由2(最大円の直径についての判断の誤り)に対して
 本願明細書には「最大円の直径」の意味するところについては何の説明もなく、
添付の図面を参照しても明らかではない。
 したがって、「請求項1,3の『最大円の直径』は、詳細な説明において説明さ
れていない。」(審決書15頁4~6行)との審決の判断に誤りはなく、原告主張
は失当である。
 3 取消事由3(セットKについての判断の誤り)に対して
 本願明細書に原告の主張する記載のあることは認めるが、同記載には「条件に合
致する粒子」についての記載も示唆もない。
 したがって、「『セットK』は、・・・その定義が明確に示されていないから、
本願明細書の詳細な説明において説明されていないことは明らかである。」(審決
書16頁1~5行)との審決の判断に誤りはなく、原告の主張は失当である。 
 4 取消事由4(条件式についての判断の誤り)に対して
  (1) 本願明細書には、条件式1~4が量子力学的現象と古典物理学的現象を区
別する基準であることを示唆する記載はない。
  (2) 請求項1には、ρu(R)は粒子のエネルギー密度であり、Rはウェーブガ
イドの二つの横断面部間の領域であり、d0は前記横断面部の最小の特性寸法の平均
値であり、(R)は粒子の平均エネルギーであると記載されている。
 ここで、ρu(R)や(R)はRの関数として示されているが、Rはウェーブガイド
の横断面部間の領域であると定義されているのみであるから、領域の寸法、面積や
体積、あるいはその平均値等が変化することにより変化する関数なのか、領域内の
位置により変化する関数なのか、その両者により変化する関数なのかが不明であ
る。
 また、(R)が粒子の平均エネルギーであるとは、複数の粒子の平均エネルギー
なのか、1個の粒子の平均エネルギーなのかも不明である。
 さらにρu(R)や(R)をd0で偏微分しているということは、これらはRととも
にd0の関数であると考えられるが、そうするとρu(R)や(R)が一定でない限
り、条件式1、2は成立するから、原告の主張は、量子力学的現象か古典物理学的
現象かは、ρu(R)や(R)がRやd0の変化に依存するか否かにより決せられると
いうことになる。
 しかしながら、本願明細書の「ウェーブガイドの特性寸法の少なくとも一つがウ
ェーブガイドによって導かれる一粒子あるいは粒子の集合体のドブロイ波長λcの最
大の絶対値と同じオーダである」(甲第3号証10頁11~13行)、及び「上述
した定義における基本要素は、本発明におけるウェーブガイドが1つあるいはそれ
以上の寸法を持つという事実を導く条件であり、これらの寸法によれば、ウェーブ
ガイドに量子力学を用いて初めて正当な近似をもって説明され得る複数の現象を生
じる。」(甲第3号証11頁11~15行)との記載は、ウェーブガイドの寸法が
粒子のドブロイ波長程度であれば量子力学的現象といえることを開示するものの、
ρu(R)や(R)がRやd0の変化に依存することが量子力学的現象であることを開
示するものではない。
 しかも、例えば流体力学により説明される管中の粒子の移動においても、管と粒
子の摩擦等によりエネルギー密度は位置依存性をもつから、条件式1が量子力学的
現象であることの基準とならないことは明らかである。
  (3) また、請求項1には、「二つの横断面部間に位置する横断面部の最小の特
性寸法の平均値d0」、「前記平均値d0は、前記領域Rにファクターy及びウェー
ブガイドwの前記最小の特性寸法の平均値d01が存在するドメイン[d0,2d0]にお
いて・・・が維持されるような特性を有し」と記載されており、d0とd01とで別の
記号を使用しているがその定義はともに「最小の特性寸法の平均値」であるから、
d0とd01の関係が不明である。さらに、ドメイン[d0,2d0]とは、特性寸法の平均
値がd0であるウェーブガイドの外部を意味するのか、特性寸法の平均値がd0から
2d0まで変化するときの領域であり、あくまでウェーブガイドの内部を意味するの
かも不明である。
 この事情により、(R,d01)及びρu(d01)については、それらが何の関数である
のか不明である。
  (4) 原告は、1次元シンクのU0を適用して条件式4が成立すると主張する
が、特定のが条件式4を満たすことを証明するにすぎず、Uが一般的な場合につい
てまで証明するものではない。同様に、条件式3が自明であるとの原告主張も失当
である。
 5 取消事由5(特性Ⅰ及びⅡについての判断の誤り)に対して
 原告は、「特性Ⅰ」及び「特性Ⅱ」が請求項1において定義されていると主張す
るが、これら定義は出願当初明細書及び図面には記載されておらず、当業者に周知
又は自明の事項ではない。
 したがって、「『特性Ⅰ』及び『特性Ⅱ』という記載は、本願出願当初の明細書
及び図面に記載も示唆もされていない。」(審決書20頁13~15行)との審決
の認定判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
 1 甲第1号証によれば、審決は、「4.拒絶理由Ⅱ(1)~(5)と出願人の
意見との対比・判断」の項(審決書12頁6行~21頁3行)において、「ア.拒
絶理由Ⅱ(1)について」(審決書12頁8行~15頁2行)、「イ.拒絶理由Ⅱ
(2)について」(審決書15頁3~7行)、「ウ.拒絶理由Ⅱ(3)について」
(審決書15頁8行~16頁5行)、「エ.拒絶理由Ⅱ(4)について」(審決書
16頁6行~19頁18行)、及び「オ.拒絶理由Ⅱ(5)について」(審決書1
9頁19行~20頁17行)として、本願明細書の記載に不備があることを理由
に、「カ.”拒絶理由Ⅱ(1)~(5)と出願人の意見との対比・判断”のむす
び」(審決書20頁18行~21頁3行)として、「本願明細書には、その発明の
属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることがで
きる程度に記載されていない。」と判断し、「5.むすび」(審決書21頁4~9
行)において、「本願の明細書は、特許法第36条第3項の規定に違反しているか
ら、特許法第49条第1項第3号の規定により拒絶されるべきものである。」と判
断したことが認められる。
 本願に適用される平成2年改正前の特許法36条3項は、「・・・発明の詳細な
説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にそ
の実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなけれ
ばならない。」と定めており、「容易にその実施をすることができる程度に」と
は、「その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならない。」と規定されて
いる趣旨に照らすと、当業者が特許請求の範囲に記載された発明の構成を容易に理
解することができるとともに、その発明の構成を備えることの目的及び効果を理解
することができる程度に記載することを要求しているものである。
 2 取消事由2(最大円の直径についての判断の誤り)について
  (1)審決は、「請求項1,3の『最大円の直径』は、詳細な説明において説明さ
れていない。」(審決書15頁4~6行)と判断した。
 請求項1,3には「横断面部Ajによって境界付けられ得る最大円の直径」と記載
されており、同文の記載は発明の詳細な説明(平成9年9月3日付け手続補正書
(甲第4号証))6頁18~19行、8頁12~13行、9頁11~12行及び1
0頁14~15行にもみられる。しかしながら、同手続補正書の「少なくとも一つ
の・・・ウェーブガイド」(甲第4号証5頁26行~7頁17行)、「少なくとも
一つの・・・ウェーブガイド」(甲第4号証7頁19行~8頁18行)、「少なく
とも一つの・・・ウェーブガイド」(甲第4号証8頁19行~9頁21行)、及び
「少なくとも一つの・・・ウェーブガイド」(甲第4号証9頁22行~10頁22
行)は、それぞれ請求項1、請求項3、請求項15及び請求項16と完全に同文の
記載を、発明の詳細な説明欄において繰り返しただけのものであって、特許請求の
範囲の記載を補完するものでないことは明らかであり、これらの記載以外に、「最
大円の直径」に関する記載を見出すことはできない。
 そうすると、「最大円の直径」については、請求項1,3の記載(及び審決では
指摘していないが、請求項15,16の記載)のみによって、当業者がその構成の
意味するところを容易に理解することのできる必要がある。
  (2) そこで検討するに、上記記載によれば、最大円とは、「横断面部Ajによ
って境界付けられ得る」円のうち最大のものである。横断面部Ajによって境界付け
られ得る円についての自然な解釈は、円の内部と外部が横断面部Ajによって定まる
との解釈であるが、この解釈によれば、横断面部Ajと円が完全に重なり、横断面部
Ajが円形であることになるが、円形の横断面部は明らかに特性Iを有し、特性IIを
有するものではないから、採用し得ない解釈である。
 したがって、「横断面部Ajによって境界付けられ得る」を文言どおりに解するこ
とはできず、これに代わる可能な解釈としては、円と横断面部Ajの周辺部が共通点
を有するとの解釈であり、これ以外に同記載を解釈することはできない。ところ
が、横断面部Ajの周辺部と共通点を有する円であれば、いくらでも大きな円が可能
であるから、最大の円が存在するためには、更なる条件が課せられていることも明
らかである。この条件が一意的であれば、上記記載に不明確な点はないということ
ができるが、一意的でなければ不明確というべきである。
 考え得る1つの条件は、円の内部の点はすべて横断面部Aj内部の点という条件で
ある。この場合、通常用語に従えば、「最大円」とは最大内接円を意味することと
なる。
 可能な他の条件は、円の中心が横断面部Aj内部の適宜の点(例えば重心)である
との条件である。
 このように、いずれの条件を課しても、最大の円は存在することとなるから、請
求項1、3、15及び16の記載のみによっては、「最大円」が何を意味するの
か、当業者といえども理解することが困難であり、その結果、「最大円の直径」に
ついても理解困難ということができる。
  (3) そうすると、「最大円の直径」についての構成は、当業者が容易に理解す
ることができるものとはいえないから、このことを理由とする、「本願明細書に
は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施
をすることができる程度に記載されていない。」(審決書20頁20行~21頁3
行)との審決の判断には誤りがない。
  (4) 原告は、「『最大円の直径』なる概念は、ヨーロッパにおける当業者には
周知である。」とも主張するが、そのことを認めるに足りる証拠はない。
 よって取消事由2には理由がない。
 3 取消事由4(条件式についての判断の誤り)について
  (1) 審決は、「請求項1~16に係る発明の、『関数は、
 ∂ρu(R)/∂d0≠0(注.条件式1) 或いは∂(R)/∂d0≠0(注.条件
式2)
であり、前記平均値d0は、前記領域Rにファクターy及びウェーブガイドwの前記
最小の特性寸法の平均値d01が存在するドメイン[d0,2d0]において、
│[ρu(d01{1-y×0.06})-ρu(d01)]/ρu(d01)│≧y×5×10-2
(注.
条件式3)
或いは
│[(R,d01{1-y×0.06})-(R,d01)]/(R,d01)│≧y×5×10-

(注.条件式4)
(但し、yは0<y≦1である)
が維持されるような特性を有する』ということは、本願明細書の詳細な説明に記載
も示唆もされていない」(審決書18頁18行~19頁14行)と認定判断した。
 また、甲第4号証によれば、請求項1に審決が摘示したのと実質的に同文の記載
が認められ、請求項2の「請求項1に記載のウェーブガイドを備える装置。」、請
求項5の「請求項1~4のいずれかに記載の装置において・・・ウェーブガイドを
備える装置。」、請求項6の「請求項1~5のいずれかに記載の装置におい
て・・・ウェーブガイドを備える装置。」、請求項7の「請求項1~6のいずれか
に記載の装置において・・・ウェーブガイドを備える装置。」、請求項8の「請求
項1~7のいずれかに記載の装置において・・・ウェーブガイドを備える装
置。」、請求項9の「請求項1~8のいずれかに記載の装置において・・・ウェー
ブガイドを備える装置。」、請求項10の「請求項1~9のいずれかに記載の装置
において・・・ウェーブガイドを備える装置。」、請求項11の「請求項1~9の
いずれかに記載の装置において・・・ウェーブガイドを備える装置。」、請求項1
2の「請求項11に記載の装置において・・・ウェーブガイドを備える装置。」、
請求項13の「請求項11又は12に記載の装置において・・・ウェーブガイドを
備える装置。」、及び請求項14の「請求項1~13のいずれかに記載の装置にお
いて・・・ウェーブガイドを備える装置。」との記載から、請求項2、5~14も
実質的に審決が摘示したのと実質的に同様の規定を設けているものと認めることが
できる(審決書中の「請求項1~16に係る発明」との文言は、「請求項1、2及
び5~14に係る発明」の誤記と認める。)。
  (2) そして、本願明細書の発明の詳細な説明には、「関数は、・・・特性を有
し」(甲第4号証6頁27行~7頁10行)との記載があり、この記載は上記審決
摘示と実質同文(請求項1とは完全同文)であるから、審決の「本願明細書の詳細
な説明に記載も示唆もされていない」との意味は、冒頭に述べたように、当業者が
その発明の構成を容易に理解することができるとともに、その発明の構成を備える
ことの目的及び効果を理解することができる程度には記載も示唆もされていない、
との意味に解される。そして、条件式1~4については、請求項1と発明の詳細な
説明に同文の記載があるほかは、これを補完する記載を一切認めることができない
から、本願明細書に記載の発明の目的・効果を参酌したうえで、条件式1~4の記
載自体によって、当業者が条件式1~4についての構成及びその技術的意義を容易
に理解できるものでなければならないというべきである。
  (3) そこで検討するに、本願明細書には、「ウェーブガイドの特性寸法の少な
くとも一つがウェーブガイドによって導かれる一粒子あるいは粒子の集合体のドブ
ロイ波長λcの最大の絶対値と同じオーダである。」(甲第3号証10頁11~1
3行)、及び「上述した定義における基本要素は、本発明におけるウェーブガイド
が1つあるいはそれ以上の寸法を持つという事実を導く条件であり、これらの寸法
によれば、ウェーブガイドに量子力学を用いて初めて正当な近似をもって説明され
得る複数の現象を生ずる。」(甲第3号証11頁11~15行)との記載があり、
これら記載によると、本願各請求項に係る発明(本願発明)におけるウェーブガイ
ドの特性寸法には一定の制約があり、その制約のもとでのみ、量子力学を用いて初
めて正当な近似をもって説明され得る、すなわち量子力学的現象であるドブロイ波
を導くことができるものと認められる。
 一方、請求項1は、構成要件a)~i)を要件とするものであるが、このうち、
構成要件a)、b)、c)、g)及びi)が、特性寸法についての上記制約を規定
するものでないことは、これら構成要件の記載自体から明らかである。構成要件
d)は「前述の周辺部C(Aj)の各々は少なくとも一つの特性寸法を有し、」と
いうものであるが、少なくとも一つの特性寸法を有することを規定するだけであ
り、特性寸法に制約を与えるものではない。構成要件e)は「特性Iを有する一つ
の横断面部Ajの一つの特性寸法は、・・・C(Aj)上の二点間の距離であり、
これら二点は・・・」というもので、特性Iを有する場合の特性寸法の定義を与え
るものではあるが、特性寸法に制約を与えるものではない。構成要件f)は「特性
IIを有する一つの横断面部Ajの特性寸法は、この横断面部Ajによって境界付け
られ得る最大円の直径に等しいものであり、」というものであり、「最大円の直
径」が不明確であることは前記2で述べたとおりであるが、そのことを措くとして
も、特性IIを有する場合の特性寸法の定義を与えるものではあるが、特性寸法に制
約を与えるものではない。そうすると、特性寸法に制約を与えるための構成要件
は、構成要件h)しかあり得ないこととなる。
 そして、条件式1~4は構成要件h)に含まれるものであるから、特性寸法に与
える具体的な制約が、条件式1~4であり、この限度においては原告主張とも一致
するものである。
  (4) 当業者が条件式1~4についての構成を容易に理解することができるため
には、条件式1~4の意味するところが明確であることを前提とすることはいうま
でもない。ところで、請求項1の構成要件h)においては、条件式1~4に先だっ
て、「ウェーブガイドwにおいて、wの二つの横断面部A1及びA2間の領域R」、
「粒子のエネルギー密度ρu(R)」、及び「粒子の平均エネルギー(R)」との記載
がある。
 ここで、条件式1,2においてはρu(R)や(R)はRの関数として示されてお
り、条件式3においてはρuは特性寸法の平均値d0の関数として示されており、さ
らに条件式4においては(R)はR及びd0の関数として示されている。このよう
に、条件式1と3、及び条件式2と4では、同じ関数であるρuやに対して、異な
る関数表示がなされており、ρuやが領域の寸法、面積や体積、あるいはその平均
値等が変化することにより変化する関数なのか、領域内の位置により変化する関数
なのか、その両者により変化する関数なのかが不明といわざるを得ない。また、
(R)が粒子の平均エネルギーであるとは、複数の粒子の平均エネルギーなのか、1
個の粒子の平均エネルギーなのかも不明といわざるを得ない。
 したがって、条件式1~4については、それらが特性寸法に量子力学的現象であ
るとの制約を与える条件式であるかどうか以前の問題として、条件式1~4の数学
的意味すら、当業者が容易に理解することができるとはいい難いのであるから、当
業者が条件式1~4についての構成を容易に理解し得るための前提を欠くというよ
りない。
  (5) 加えて、ρu(R)が領域内の位置により変化する関数であるとすれば、例
えば流体力学により説明される管中の粒子の移動においても、管と粒子の摩擦等に
よりエネルギー密度は位置依存性をもつところ、この現象は量子力学でなければ説
明できないというような現象ではないから、古典物理学的現象においても、∂ρu
(R)/∂d0≠0が成立し、条件式1が量子力学的現象固有の式といえないことは明
らかである。
  (6) そうすると、条件式1~4のみでは、当業者が条件式1~4についての構
成を容易に理解することができるとは認められず、そうである以上、発明の詳細な
説明には、条件式1~4についての構成を当業者が容易に理解することができる程
度に記載しなければならないところ、本願明細書の発明の詳細な説明にそのような
記載がないことは前示のとおりである。
 したがって、条件式1~4についての記載・示唆が発明の詳細な説明に存在しな
いことを理由として、審決が「本願明細書には、その発明の属する技術の分野にお
ける通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に記載されて
いない。」(審決書20頁20行~21頁3行)と判断したことには誤りがないと
いわざるを得ず、原告の取消事由4には理由がない。
  (7) なお、原告の主張は、条件式1~4が当業者に自明であると主張するのみ
であり、その主張が誤りであることは上記説示のとおりであるから、採用すること
ができない。
3.結論
 取消事由2及び4には理由がなく、本願の明細書は、審決が認定判断したとお
り、平成2年改正前の特許法36条3項の規定に違反しているから、その余の取消
事由について検討するまでもなく、原告の請求を棄却すべきである。
 よって、主文のとおり判決する。
  東京高等裁判所第18民事部
          裁判長裁判官永   井 紀  昭
裁判官 古   城  春  実
裁判官橋   本英史

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