弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原判決のうち上告人の敗訴部分を破棄し,同部分に
つき第1審判決を取り消す。
2前項の部分に関する被上告人の請求を棄却する。
3訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理由
上告代理人都築弘ほかの上告受理申立て理由について
1本件は,長崎市に投下された原子爆弾によって被爆し,長崎市長から原子爆
弾被爆者の医療等に関する法律(以下「原爆医療法」という。)に基づき被爆者健
康手帳の交付を受けた上,原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律(以下
「原爆特別措置法」という。)に基づき健康管理手当の支給認定を受け(原子爆弾
被爆者に対する援護に関する法律(平成11年法律第87号による改正前のもの。
以下「被爆者援護法」といい,原爆医療法及び原爆特別措置法と併せて「原爆三
法」という。)附則4条2項,11条1項により,平成7年7月1日以降は,上記
被爆者健康手帳は被爆者援護法により交付されたものとみなされ,上記支給認定を
受けた者は同法による認定を受けた者とみなされることとなった。),同手当の支
給を受けていた被上告人が,我が国を出国して大韓民国に帰国したことにより同手
当の支給を停止されたため,上告人に対し,未払の健康管理手当(同6年11月分
から同9年4月分まで及び同年7月分)の支払等を求めている事案である。
2第1審及び原審は,上記未払健康管理手当を上告人において被上告人に対し
支払うべきものとした。この点に関する原審の判断の要旨は,次のとおりである。
(1)被上告人は,平成6年7月に健康管理手当の支給認定を受け,同年8月か
ら同9年7月までを支給期間と定められて同期間中の健康管理手当を受給する権利
を取得していたところ,原爆三法上,いったん「被爆者」たる地位を取得した者が
日本国内に居住も現在もしなくなった場合に「被爆者」たる地位を失うとの解釈に
は実質的,合理的理由がないといわざるを得ず,被上告人は,出国により日本国内
に居住も現在もしなくなってからも,「被爆者」たる地位を失わず,上記受給権を
失うことはないと解されるから,引き続き健康管理手当の受給権を有していた。
(2)原爆特別措置法及び被爆者援護法に基づく各種手当等の支給は上告人の機
関委任事務として都道府県知事(原爆特別措置法15条,被爆者援護法49条によ
り,広島市又は長崎市については各市長。以下同じ。)が処理するものとされてい
るが,これらの事務を行う権限や責任は,委任者である上告人に留保されており,
その効果も上告人に帰属しているものと解されるから,各種手当等の支給義務を負
うのは,法令に特段の定めがない場合には,上告人であると解するのが相当であ
る。「被爆者」たる地位をいったん取得した後に日本国内に居住も現在もしなくな
った被上告人のような在外被爆者については,原爆特別措置法及び被爆者援護法の
いずれにおいても,各種手当等の支給の実施手続や実施機関に関する定めはなく,
地方自治法(平成11年法律第87号による改正前のもの。特に断らない限り,以
下同じ。)にも,支給手続やその実施機関の欠けつを補うべき具体的な定めはない
から,法令に特段の定めがある場合に該当せず,原則どおり,被上告人のような在
外被爆者に対する各種手当等の支給事務を行う権限や責務は機関委任事務の委任者
である上告人にあり,長崎市ではなく,上告人が健康管理手当の支給義務を負うも
のと解するのが相当である。
3しかしながら,原審の上記2(1)の判断は是認することができるが,同(2)の
判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)原爆三法上,被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,居住地(居住
地を有しないときは,現在地。以下同じ。)の都道府県知事に申請することとされ
(原爆医療法3条1項,被爆者援護法2条1項),都道府県知事から被爆者健康手
帳の交付を受けた被爆者が健康管理手当の支給を受けようとするときは,要件に該
当することにつき都道府県知事の認定を受けなければならず,都道府県知事は要件
に該当する者に対し同手当を支給するものとされている(原爆特別措置法5条,被
爆者援護法27条)。
そして,地方自治法148条2項,別表第3第1項(10の2),地方自治法
(平成6年法律第117号による改正前のもの)別表第3第1項(10の3)によ
れば,上記のような原爆特別措置法又は被爆者援護法の規定に基づいて都道府県知
事が健康管理手当等を支給する事務は,国の機関委任事務とされていた。
(2)国の機関委任事務については,普通地方公共団体の長は,国の機関として
事務を処理するものとされていた(地方自治法150条,平成11年法律第87号
による改正前の国家行政組織法15条2項)が,そのことから当然に国が当該事務
の処理等に要する費用を支弁する義務を負うというべきものではない。
地方自治法232条1項は,普通地方公共団体は,当該普通地方公共団体の長が
法律又はこれに基づく政令によりその権限に属する国の事務を管理し,又は執行す
るために必要な経費を支弁するものとすると定めており,機関委任事務を処理する
ために必要な費用は,国ではなく普通地方公共団体が債務者としてその財政から支
出して支払う義務を負うものとされていた。その上で,同条2項は,法律又はこれ
に基づく政令により普通地方公共団体の長をして国の事務を処理し,管理し,又は
執行させる場合においては,国は,そのために要する経費の財源につき必要な措置
を講じなければならないとし,地方財政法(平成11年法律第87号による改正前
のもの)9条ただし書,10条ないし10条の4は,国は,普通地方公共団体が支
弁した経費の全部又は一部を終局的に負担することがあるとしていた。
他方,原爆特別措置法及び被爆者援護法も,健康管理手当等の支給及び当該法律
又は当該法律に基づく命令の規定により都道府県知事が行う事務に要する費用は,
当該都道府県(広島市又は長崎市については各市。以下同じ。)の支弁とするとし
(原爆特別措置法10条1項,15条,被爆者援護法42条1号,49条),国
は,政令で定めるところにより,都道府県が支弁する上記費用(介護手当に係るも
のを除く。)を当該都道府県に交付すると定めている(原爆特別措置法10条2
項,被爆者援護法43条1項)。このように,被爆者援護法等は,上記のような機
関委任事務についての費用支弁の原則に従い,都道府県知事が機関委任事務として
処理する健康管理手当の支給に要する費用は,当該都道府県が支弁する,すなわち
債務者として支払うことを定めている。
以上のとおり,支給認定により具体的に発生し確定した支給請求権に基づく健康
管理手当の支給については,支給認定をした長の所属する都道府県が受給権者に対
しその支給義務を負うものであり,国がその支給義務を負うものではない。
(3)原爆医療法施行令3条,原爆医療法施行規則4条,被爆者援護法施行令
(平成14年政令第148条による改正前のもの)3条,被爆者援護法施行規則4
条は,被爆者健康手帳の交付を受けた者が他の都道府県の区域に居住地を移したと
きは,新居住地の都道府県知事に居住地変更の届出をし,これを受理した都道府県
知事は旧居住地の都道府県知事にその旨の通知をすることとし,届出を受理した都
道府県知事は,被爆者健康手帳交付台帳に新居住地への転入等の必要事項を記載
し,上記通知を受けた都道府県知事は被爆者健康手帳交付台帳から当該被爆者に関
する記載を抹消するものとしている。また,原爆特別措置法施行規則及び被爆者援
護法施行規則(平成14年厚生労働省令第74号による改正前のもの。以下同
じ。)は,健康管理手当受給権者が居住地を移したときは,所定事項を記載した届
出書に住民票等を添えて,居住地の都道府県知事に提出しなければならないとし,
都道府県知事は,都道府県の区域を越えて居住地を移した者からこの届出が提出さ
れたときは,従前の居住地の都道府県知事に文書で通知しなければならないとして
いる(原爆特別措置法施行規則23条において準用する7条,被爆者援護法施行規
則54条において準用する35条)。これらの規定は,国内における居住地の移転
によって新居住地の都道府県知事が実施機関となり,その都道府県に支給義務が移
転することを前提として,それに伴う事務手続が円滑に行われるようにするための
規定と考えられる。これに対して,被爆者が我が国から出国して国外に居住地を移
した場合については,当時,このような規定はなく,そのような場合の支給実施機
関,支給手続を定めた規定もなかった。
(4)以上のことからすれば,健康管理手当の支給認定を受けた被爆者に対する
同手当の支給義務は,原則として支給認定をした長の所属する都道府県がこれを負
い,その後の居住地の移転に伴い被爆者援護法等関連法令の定めるところにより新
居住地の都道府県知事が実施機関となる場合には当該都道府県がこれを負うことに
なるが,日本国外への居住地の移転に伴い支給義務が他に移転する旨の定めはない
のであるから,日本国外に居住地を移転した被爆者に対しては,従前支給義務を負
っていた最後の居住地の都道府県が支給義務を負うものであって,国がその支給義
務を負うと解すべき理由はない。
そして,被上告人が求めている健康管理手当の支給は,原審が前記2(1)で判断
しているとおり,長崎市長の支給認定によって具体的に発生し確定した支給請求権
に基づくものとして認められることになるのであるから,被上告人が日本国外に居
住するようになったとしても,その支給義務者は長崎市であると解するのが相当で
あり,これを上告人が被上告人に対して支払う義務はないといわざるを得ない。
4上記のとおり,原審の前記2(2)の判断には,判決に影響を及ぼすことが明
らかな法令の違反がある。論旨はこれと同旨をいうものとして理由があり,原判決
のうち上告人の敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上に説示したところからす
れば,同部分につき第1審判決を取り消し,被上告人の上告人に対する未払健康管
理手当の支払請求を棄却するのが相当である。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官藤田宙靖裁判官濱田邦夫裁判官上田豊三裁判官堀籠
幸男)

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