弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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          主         文
  1 本件控訴を棄却する。
  2 控訴費用は控訴人の負担とする。
           事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 本件訴えを名古屋地方裁判所に差し戻す。
 2 被控訴人ら
主文と同旨 
第2 事案の概要等
 本件は,株式会社東海銀行(以下「東海銀行」という。)が,昭和63年ころから平
成3年ころにかけて,顧客に対し実質的に利益保証をして仮装の有価証券取引に
引き込みその投資資金名下に融資を繰り返すという方法の取引(以下「本件取引」
という。)を行った結果,巨額の融資が返済不能となったが,そのような取引を主導
して東海銀行に巨額の損害を被らせたのは同社の取締役であった被控訴人らの
責任であるとして,東海銀行の株主であった控訴人が被控訴人らの責任を追及し
て提起した株主代表訴訟である。
 原審は,株式移転により,控訴人は東海銀行の株主たる地位を喪失したことによ
り,本件訴えの原告適格を喪失したとして,本件訴えを却下した。控訴人はこれを
不服として控訴を申し立てた。
1 事案の概要,争いのない事実及び当事者の主張は,以下において当事者双方の
当審における主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」
欄の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。
 2 控訴人の当審主張
(1)ア 原判決は,現行法上,親会社の株主が子会社に対してその取締役の責任を
追及する形態の株主代表訴訟(二重代表訴訟)を提起することは認められて
いないから,株主代表訴訟を適法に提訴した後に,株式移転により完全親会
社が設立されたことによって,当該会社の株主の地位を喪失した場合であっ
ても,当該株主は,既に提訴した株主代表訴訟の原告適格を喪失するという
のが論理的帰結である旨判示する。
そして,原判決は,現行法が二重代表訴訟を採用しないという立法政策を
採った以上,既に提起した株主代表訴訟の原告適格を認めないことから,如
何なる不都合が生じようとも,立法政策の問題であり,やむを得ないとするよう
であり,原告適格の維持について解釈の余地はないと解しているようである。
イ しかし,親会社株主に子会社取締役に対して株主代表訴訟を提起する資格
を付与するかという二重代表訴訟の問題と,本件のように適法に提起された
原告適格の喪失の問題は明らかに場面が異なる。よって,二重代表訴訟が採
用されなかったからといって,論理必然的に,本件のような場合にも,原告適
格を喪失するとの結論が導かれるものではなく,原告適格が喪失するとの立
法府の判断がなされたと解すべきでもない。
(2) 民事訴訟法上の観点
  民事訴訟法124条(訴訟手続の中断及び受継)は訴訟当事者そのものに死
亡,訴訟能力の喪失などの変動が生じた場合を規定したものであり,本件のよう
に,他者(東海銀行)に株式移転という変化が生じた結果,当該株主の地位に問
題が生じた場合を規定したものではない。
  したがって,同条に株式移転が含まれていないからといって,株式移転の場合
に原告適格を喪失すると解すべき根拠となるものではない。
(3) 商法上の観点
 ア 商法267条の解釈
商法267条は,株主代表訴訟の提訴資格をその会社の株主に限ってい
る。ところが,上記訴訟の継続中に原告が株主の地位を失った場合について
は,商法上規定がない。そこで解釈上,原告株主は,口頭弁論終結時まで株
主資格を保有していなければならず,訴訟継続中に株主たる地位を喪失した
場合には原告適格を失い,訴えは却下されるべきであると解されてきた。
その理由は,株主の地位を失った者は,訴訟の結果について利益を有せ
ず,また株主代表訴訟のような訴訟担当の場合に,会社の利益のために適正
に訴訟を追行するインセンティヴ(動機・誘因)に欠けるからである。
   イ 株主の利益状況
     しかし,本件の場合には,原告は依然として対象会社が損害を回復することに
ついて,完全親会社の株主としての地位に基づき利益を有しており,また,対
象会社のために適正に株主代表訴訟を追行するインセンティヴ(動機・誘因)
を有している。
株式移転の場合には,対象会社の株主は,新たに設立される完全親会社
の株主となるが,完全親会社の営業は,完全子会社を管理・支配することに
つきる。完全子会社の営業は従前通り継続し,その業績がそのまま完全親会
社の業績に反映する。したがって,実質的には,従前の株主としての地位は,
株式移転後は,完全親会社を通じて間接的に完全子会社において継続して
いるとみることも可能である。
以上によれば,株式移転により完全親子会社が創設されたことによって,
完全親会社の株主となった者は,一般的には,完全子会社の業務執行が適
正に行われること,本件事案に即していえば,対象会社の取締役等の責任追
及が適切になされ,対象会社の損害が回復することに利益を有しているという
ことができる。
ウ 株主の救済,損害回復
株式移転の場合には,完全親会社のみが,完全子会社の株主として株主
代表訴訟提起権が認められるとすると,完全親会社による株主代表訴訟は,
完全親会社の代表取締役または取締役会が決定することになる。しかし,完
全親会社取締役は,株主代表訴訟の被告である完全子会社取締役からの独
立性に疑問があるため(株式移転の場合,完全親会社の取締役は完全子会
社の取締役から選ばれることも少なくないであろう),完全親会社の最善の利
益に従った客観的判断に基づいた株主代表訴訟の提起が期待できない構造
的な利益状況にある。また,対象会社には完全親会社以外の株主はいない
から,他の株主による株主代表訴訟の提起もありえない。
 原判決は,このような場合には,完全親会社取締役の責任を完全親会社株
主が株主代表訴訟で追及することができると指摘するが,果たしてこのような
責任追及が現実に可能であるかは,取締役の経営判断に大幅な裁量性が認
められることからすると大いに疑問であり,仮に可能であるとしても非常に迂
遠な方法であると評せざるをえない。
また,完全子会社となる会社の株主には,株式移転に際して,株式買取請
求権が付与されるが(商法371条1項,355条),これによる救済は,原判決
も認めるように,非常に不十分なものであるといわざるをえない。すなわち,被
告取締役等の行為により完全子会社が被った損害があるとしても,株式買取
請求権を行使した場合に,それが当然に公正な買取価格に反映されることに
はならない。買取価格は,株式移転決議がなければ有していたであろう公正
な価格であって,被告取締役の行為による損害の回復とは直接関係がないか
らである。また,株式買取請求権は,株主個人の利益を保護する手段であっ
て,これにより完全子会社自身の損害の回復をかることができない。さらに,
株式買取請求権による救済では,株主代表訴訟が目的とする取締役等の違
法行為に対する抑止効果が期待できない。
エ まとめ
以上に述べてきたことをまとめると,対象会社の株主であった者で株式移転
により完全親会社の株主となった者は,完全子会社の取締役等の責任が株主
代表訴訟により適切に追及されることに実質的な株主としての利益を有してお
り(手段の適合性),かつ,他に有効な救済手段がないため,このような株主代
表訴訟による責任追及を認めなければ,その利益保護に欠けることになる(手
段の必要性)ということになる。
さらに,原告適格の維持を認めたところで,適法に提訴された株主代表訴訟
が続行されるというだけで,被告取締役にとって予期せぬ応訴負担や不利益が
発生したり,また濫訴の増加が懸念されることもない(手段の相当性・均衡性)。
むしろ,たまたま株式移転という組織変更行為が行われたことにより,既に適法
に提訴され裁判所に係属していた株主代表訴訟が却下されることの方が著しく
不当な結果であることは明らかである。    
したがって,二重代表訴訟を認めるか否かにかかわらず,現行法の解釈とし
て,原告適格を維持することに十分な理由があるといわねばならない。
 他の類似の事例
株主が適法に訴えを提起し訴訟継続中会社の行為により,株主がその意思に
かかわらず訴え提起の資格を喪失する場合はとして,少数株主権(総会招集権,
取締役・監査役解任の訴え,解散請求権など)の行使を求める訴訟が提起された
後に,会社が新株を発行したことにより,少数株主権の行使基準を満たさなくなっ
た場合がある。しかし,このような場合は,原告株主は原告適格を失わないと解さ
れている。また,株主が株主代表訴訟等を提起し,訴訟係属後に株式併合が行
われ,その結果,一株に満たない端数となってしまった場合でも,原告適格は失
われないとの見解も示されている。
したがって,株主が原告となって訴えを提起し,その訴訟係属後に会社の行為
により,株主がその意思に基づかないで訴え提起資格を喪失しても,適法に係属
した訴訟の原告適格を失わないとするのが現行法上の解釈として適合的であると
いうべきである。
  (5) 原判決の判断に対する反論 
ア 親会社株主の子会社取締役の監督
  原判決は,現行商法が認める親会社株主の子会社取締役に対する監督は,
親会社取締役を通じた間接的なものでしかないものであるから,株主代表訴
訟の係属中に株式移転が行われた場合に限って,そのことにより完全子会社
の株主の地位を失って,親会社の株主になった者に対し,引き続き,完全子
会社の取締役に対する直接的な監督を行わせることとするのは,親会社やそ
の株主の完全子会社に対する監督の一般的な在り方と均衡を失するのみな
らず,理論的一貫性にも欠けるものであることを判示する。
  しかし,本件の場合に原告適格を認めても,完全子会社となる以前におけ
る,同社の取締役の過去の違法行為に対して株主が株主代表訴訟を提起し,
その訴訟の維持を認めるというものに過ぎず,完全子会社となった後の同社
の取締役に対し,完全親会社の株主が監督をすることにはならない。つまり,
本件では,本来,会社の株主として株主代表訴訟を追行し,同社の取締役の
責任を追及できたにもかかわらず,株式移転という会社側の事情により,偶々
株主の地位を喪失したからといって,その追及を不可能にしてもよいのかとい
うことが問われているのである。
イ 株主総会の特別決議
  原判決は,株式移転には株主総会の特別決議を要するものとされているか
ら,それ以前に適法に係属していた株主代表訴訟の帰趨も株主総会の特別
決議に基礎を置くものであることを指摘し,特別決議に基づくものであるから,
株主代表訴訟が終了することになることもやむを得ない旨判示する。
  しかし,株式移転は,個別の株主の意思ではなく,株主総会の特別決議とい
う会社機関の意思に基づいている。つまり,株式移転は,個別株主の意思に
関わりなく,株主総会の特別多数で,全株主が組織的な一体性を保持したま
まで完全親会社に移転する行為であり,会社の組織的行為として性格づけら
れている。このように,いかに特別決議に基づくものであったとしても,株主代
表訴訟は単独株主権であることをも考慮すると,提訴した株主の意思に関わ
りない会社の組織的行為により,当該訴訟を終了させることはいかにも不当
である。
ウ 共同株式移転の場合の利益状況
  原判決は,本件が単独会社による株式移転ではなく,複数の会社が共同で
行った共同株式移転であることを強調し,単独株式移転の場合と異なり,共同
株式移転の場合には,その完全子会社となった会社の経営をめぐる利益状況
にも当然変化が生じるのであるから,完全親会社の株主となった者が完全子
会社の財務状況から受ける影響はいっそう間接的なものとならざるをえないと
指摘する。
  確かに,完全親会社の株主は,複数の完全子会社の株主であった者で構成
され,また完全親会社の財務状況は複数の完全子会社の財務状況の影響を
受けるから,その意味では,完全親会社の株主となった者の利益状況は,複
合的にならざるをえない。しかし,共同株式移転は,複数の会社が同時に共
同持株会社を新設して株式移転を行うものであるが,それは複数の株式移転
が同時に行われるにすぎないとみるべきである。
  したがって,共同株式移転のケースでは,単独株式移転のケースに比して,
完全親会社の株主が完全子会社の業務執行が適正に行われることについて
有する利益状況が若干複雑になることは否定できないが,それが原告株主の
当事者適格を否定する決定的理由とはならないと考える。
エ 損害賠償請求権の消滅時効
  本件で被控訴人らの善管注意義務違反を問題にしている融資決裁は,平成
2年3月29日から同年12月25日までのものであり,遅くとも平成3年1月末
までに本件転がし取引は破綻し,各融資の回収が不能となった。取締役の善
管注意義務違反(債務不履行)による損害賠償請求権の消滅時効は,10年
と解されているから,その起算点を各融資決裁時とするか,損害発生時とする
かにかかわらず,10年の消滅時効期間が経過している。
  したがって,仮に,完全親会社のユーエフジェイホールディングスの取締役
が,被控訴人らの善管注意義務違反を追及しようとしても,被控訴人らから消
滅時効を援用されて,被控訴人らに対し損害賠償責任を追及することが全く
不可能になってしまう。このように,本件訴えを却下すると,被控訴人らに対す
る責任追及の途が完全に閉ざされ,被控訴人らは合理的理由もなく責任追及
から逃れるという極めて不合理・不公正な結果になる。
 3 被控訴人らの認否,反論
(1) 控訴人の当審主張(1)ないし(5)は,いずれも争う。
(2) 控訴人の当審主張(1)について
ア 控訴人は,原判決につき「現行法が二重代表訴訟を採用しないという立法政
策を採った以上,如何なる不都合が生じようとも,立法政策の問題であり,や
むを得ないとするようである」として,論理を展開している。しかし,この論理の
基礎となるべき理解は誤っている。
    (ア) まず,原判決は,訴訟法的観点から商法267条1項,2項の「六月前ヨリ引
続キ株式ヲ有スル株主」であることは訴訟提起の要件であるのみならず,
訴訟追行の要件であることを明らかにし,本件の場合,原告適格を喪失す
ることになるとしている。
    (イ) そして,本件のような場合には原告適格を喪失しないとの主張に対し,原判
決は,条文の文言解釈の上からも,他の条項との均衡の上からも,論理的
一貫性からも,会社と株主を巡る利益状況からも,反対株主の救済の論か
らも,原告適格の継続は認められないと詳細に判断しているのであり,「如
何なる不都合が生じようとも,立法政策の問題であり,やむを得ない」などと
は判断していないのである。控訴人の主張は,その論理展開の基礎となる
べき原判決の理解自体を誤っているのである。
(3) 控訴人の当審主張(2)について
  株式移転による子会社株主の地位の喪失が原告適格の喪失となるかという問
題は,そもそも中断,受継の問題ではない。民事訴訟法124条に株式移転が含
まれていないからといって,株式移転の場合に原告適格を喪失すると解すべき
根拠となるものではないことは当然である。
(4) 控訴人の当審主張(3)について
   ア まず,控訴人は,子会社が損害を回復することについて完全親会社の株主の
地位に基づき利益を有しており,また適正に株主代表訴訟を追行するインセ
ンティブを有しているから,原告適格を喪失しないと主張する。
     しかし,この主張は,本件のような場合だけ二重代表訴訟を認めるに等しく,原
判決が説示する次の理由を覆すだけの積極性を有しない。
    ① 商法267条1項,2項が,その条文の文言から「子会社」を含まず,二重代表
訴訟を認めていないこと
    ② 株式移転により複数の株式会社が完全親会社を設立した場合は,完全親会
社の株主となった者の完全子会社の経営を巡る利益状況に当然変化が
生じること
    ③ 完全親会社の株主となった者に,引き続き完全子会社の取締役に対する直
接的な監督を行わせることとするのは,親会社やその株主の完全子会社に
対する監督の一般的な在り方と均衡を失するのみならず,論理的一貫性に
も欠けること
     さらに,控訴人の主張によれば,第1に,商法267条1項の「六月前ヨリ引続キ
株式ヲ有スル株主」という訴訟追行要件の限界が曖昧となり(株式移転の場
合はすべて原告適格の継続を認めるのか,株式交換の場合はどうか等),ま
た第2に,一定の場合には二重代表訴訟を認めることとなり,その結果,「六
月前ヨリ引続キ株式ヲ有スル株主」という要件が訴訟提起の要件としても機能
しなくなってしまう。
     これらの不都合は,到底,株式移転の場合のみの解釈問題として解決すること
ができない。立法政策の問題である。
   イ 次に,控訴人は,株式移転の前後における株主と子会社の利益状況の変化に
関し,「実質的には,従前の株主としての地位は,株式移転後は完全親会社
を通じて,間接的に完全子会社において継続しているとみることも可能であ
る」ことを前提として,「対象会社の取締役等の責任追及が適切になされ,対
象会社の損害が回復することに利益を有しているということができる」と主張
する。しかし,この主張も,上記原判決の説示した②,③の理由を覆すだけの
積極性を有しない。
     控訴人の主張は,第1に,本件における株式移転の前後における利益状況の
変化(完全子会社の財務状況の影響を直接に受ける立場にないこと,複数の
株式会社による完全親会社の設立であること等)に目をつぶる議論である。ま
た第2に,上記控訴人の主張によれば株式移転の場合にだけ,完全親会社
の株主に完全子会社の直接的監督を認めるのか,その限界はどうかなど曖
昧な部分が浮かび上がり,商法の統一的体系は崩れ去ることになる。やは
り,これらの不都合は,到底,株式移転の場合のみの解釈問題として解決す
ることはできない。立法政策の問題である。
   ウ さらに控訴人は,完全子会社の取締役の責任追及について,完全親会社の代
表取締役または取締役会が株主代表訴訟提起権を行使しない場合,完全親
会社株主が完全親会社の取締役の責任追及をするのは,事実上不可能であ
るか迂遠であり,また,他の株主の救済手段も不十分であると主張する。
     しかし,第1に,商法が予定している制度を事実上不可能であるか迂遠である
から,解釈により,より簡便な制度を認めろというのは暴論であり,商法自体
の否定である。この主張は立法論としてはともかく解釈論として容れられる主
張ではない。また,「事実上不可能」と断ずるのは今日の我が国の株式会社に
おけるコンプライアンス意識の高揚に目をつぶるものであり,異常事態から制
度を構築しようとするもので到底肯定できるものではない。
     第2に,控訴人は,株式買取請求権では,被告取締役の行為による株主の損
害の回復が図れない,完全子会社自身の損害回復が図れない,取締役等の
違法行為に対する抑止効果が期待できないと主張する。しかし,被告取締役
の行為による株主の損害の回復や完全子会社自身の損害回復は,完全親会
社の代表取締役または取締役会が株主代表訴訟提起権を有する以上,その
損害回復の制度は用意されているのであって,それのみを取り上げて株式買
取請求権の問題として論じられるべきものではない。
     また,子会社取締役等の違法行為に対する抑止効果についても,やはり完全
親会社の代表取締役または取締役会が株主代表訴訟提起権を有する以上,
違法行為の抑止効果は存在するのであって,それのみを取り上げて株式買取
請求権の問題として論じられるべきものではない。
     株主権の縮減問題は重要な問題であるかもしれないが,それのみで制度全体
を解釈により歪めるのではなく,商法全体の体系の中で論じなければ,場当た
り的な解決にはなっても,我が国の企業活動全体が萎縮することになりかね
ない。特に,本件のような株式移転の場合には,株式移転についての株主総
会の特別決議が前提となっており,資本多数決の原則を歪めない限り,原判
決が指摘するように,「株式移転は,株主総会の特別決議を要するものとされ
ていることから,当該訴訟の帰趨も株主総会の特別決議に基礎を置くものと
解される」のである。
  (5) 控訴人の当審主張(4)について
    また,控訴人は,少数株主権の行使を求める訴訟における新株発行や株式併合
の場合には,原告株主は原告適格を失わないのだから,本件の場合も原告適
格を失わないとするのが現行法上の解釈に適合的だと主張する。しかし,少数
株主権の行使を求める訴訟において,持株要件は,商法267条と同様に提起
要件であるとともに追行要件であるとするのが通説判例である。
    したがって,現行法上の他の制度の解釈に適合的か否かを考えるとすれば,本
件においても原告適格を喪失すると解するのが適合的である。控訴人の主張は
独自の主張と言わざるを得ない。
  (6) 控訴人の当審主張(5)について
   ア 同アについて
     子会社株主が子会社取締役の責任追及が不可能となったとしても,子会社取
締役の責任追及自体が不可能となるわけではない。完全親会社の代表取締
役または取締役会が株主代表訴訟提起権を行使するという手段は残されて
いるのである。
     また,本件の場合に原告適格を認めると,明らかに完全子会社の取締役を完全
親会社の株主が監督することになるのである。特に,完全親会社の他の株主
が本件株主代表訴訟に参加しようとした場合に如実に顕れてくる。商法268
条2項は,一部の株主による株主代表訴訟提起後も,他の株主や会社は参
加できることを規定しているが,控訴人の主張のように原告適格の維持を認
めれば,他の子会社の株主であった完全親会社の他の株主の参加を拒むこ
とはできなくなる。これは,とりもなおさず「完全親会社の株主が監督をするこ
と」にほかならない。控訴人の主張は,商法全体の体系を無視した場当たり的
な主張と評さざるを得ない。
   イ 同イについて
     株主代表訴訟が単独株主権であることが,本件のような場合の原告適格を喪
失をしない理由とはならない。子会社株主の原告適格を否定したとしても,完
全親会社の代表取締役または取締役会が株主代表訴訟提起権を行使すると
いう手段は残されているのであり,子会社取締役の責任を免責するわけでは
ないからである。
   ウ 同ウについて
     原判決が,株式移転の前後の利益状況の変化のみを「原告株主の当事者適格
を否定する決定的理由」としているわけではなく,複合的理由により原告適格
の喪失を認めているのである。
     共同株式移転によって,完全親子会社ができれば,株主の利益状況は大きく変
化しているのであり,控訴人が主張するように「利益状況が若干複雑になる」
という問題ではない。これらはいずれも立法により解決する問題であり,解釈
により歪めた制度とするべきものではないのである。
第3 当裁判所の判断
 1 当裁判所も,控訴人の本件訴えは却下すべきものと判断するが,その理由は次の
とおり,原判決を訂正し,当審主張に対する判断を付加するほか,原判決「事実及
び理由」の「第3 当裁判所の判断」欄1ないし5に記載のとおりであるから,これを
引用する。
 2 訂正
   原判決14頁6行目の「完全子会社となって」と「完全子会社となった」と改める。
 3 控訴人の当審主張について
  (1) 控訴人の当審主張(1)について
    原判決は,現行法が二重代表訴訟を採用しないという立法政策を採った以上,既
に提起した株主代表訴訟の原告適格を認めないことから,如何なる不都合が生
じようとも,立法政策の問題であり,やむを得ないとするようであり,原告適格の
維持について解釈の余地はないと解しているようであると控訴人は,主張する。
    引用にかかる原判決の考え,したがって当裁判所の考えの基本は,以下のとおり
である。株式移転による完全親子会社の設立の制度を取り入れた場合,当然,
完全親会社株主の完全子会社取締役に対する株主代表訴訟提起の可否が問
題となるが,商法の改正に際し何らの規定を置かなかった。このことから,上記
のような株主代表訴訟の提起は許されない,すなわち二重代表訴訟の採用され
なかったことは明らかである。
    次に,株式移転による完全親子会社設立前に既に提起されている株主代表訴訟
の帰趨も問題となるが,これについても商法の改正に際し何らの規定が置かれ
なかった。二重代表訴訟を否定したのに,既に提起されている株主代表訴訟の
帰趨に関し何らの規定を置かなかったのは,法は上記訴訟の存続を認めない,
少なくとも,上記訴訟の存続を積極的に認めるものでないとの立場にあると解さ
れる。したがって,上記訴訟を存続させなければならない特段の必要が認められ
ない限り,上記訴訟の存続は許されないと解釈すべきである。
    したがって,当裁判所は,上記の問題について解釈の余地がないとまでいうもの
ではなく,現行法の文理を無視しても上記訴訟の存続を認めなければならない
特段の事情があるとは認められないので,株式移転によって完全親会社の株主
は完全子会社の取締役に対し株主代表訴訟を提起する原告適格を喪失すると
解釈したものである。
  (2) 控訴人の当審主張(2)について
株式移転による子会社株主たる地位の喪失が原告適格の喪失となるかという
問題は,そもそも民事訴訟法上の「中断,受継」の問題ではない。したがって,民
事訴訟法124条が定める中断,受継の事由に株式移転の場合は含まれていな
い。同条に株式移転が含まれていないことから,株式移転の場合に株式移転に
よって完全子会社の株主でなくなったものが同社取締役に対する株主代表訴訟
の原告適格を喪失すると解すべき根拠となるものではないが,他方,完全親会
社の株主に完全子会社の取締役に対する株主代表訴訟の原告適格を認める根
拠となるものでもない。
(3) 控訴人の当審主張(3)について
ア 控訴人は,株式移転により完全親会社の株主となった者は,完全子会社の
実質的な株主として同社の取締役等の責任が適切に追及されることに利益を
有しており,かつ,他に有効な救済手段がないため,このような株主代表訴訟
による責任追及を認めなければその利益保護に欠けることになるという主張
をする。
イ 利益状況
  原判決の説示のとおり,株式移転により完全親会社の株主となった者が,依
然として完全子会社となった会社の経営が健全に行われることにつき利害関
係を有していることは当然のことであるが,従来と全く同様に完全子会社の財
務状況の影響を直接的に受ける立場にあるとはいえない上,本件のように複
数の株式会社が株式移転によって完全親会社を設立した場合には,その完
全子会社となった会社の経営を巡る利益状況にも当然変化が生じるのである
から,完全親会社の株主となった者が完全子会社の財務状況から受ける影
響は一層間接的なものとならざるを得ない。
  そのため,完全子会社の取締役に対する監督は,株主である完全親会社の
取締役の総合的な判断によるものとし,仮に当該子会社の新たな株主である
完全親会社が当該会社の取締役の責任追及を行わない場合であっても,そ
れは株主である完全親会社の経営上の判断として合理的でないとはいえない
のである。
ウ 株主の救済,損害回復
  原判決の説示のとおり,仮に当該子会社の取締役の責任が明白であるにも
かかわらず,なお完全親会社がその責任追及を行わないような場合には,完
全親会社の株主は,完全親会社の取締役に対して株主代表訴訟を提起し,
その任務懈怠責任を追及することによって対処すべきものであって,仮にこの
ような間接的な態様での当該子会社の取締役の責任追及が不十分なものに
止まるものとしても,それは,親会社の株主に対して子会社の取締役の責任
を追及する形態の株主代表訴訟(二重代表訴訟)の提起を認めていない現行
商法が採用する立法上の裁量判断の結果にほかならないのである。
 以上のとおり,控訴人の主張は採用しがたい。
  なお,控訴人は,完全親会社の株主に対して係属中の完全子会社の取締役
に対する株主代表訴訟について原告適格の維持を認めても,適法に提起され
た株主代表訴訟が続行されるだけで,被告取締役にとって予期せぬ応訴負担
や不利益が発生したり,濫訴の増加が懸念されることはないと主張する。しか
し,控訴人の主張が事実であるとしても,このような事情は原告適格の維持を
根拠づける特段の事情とは言い難い。
(4) 控訴人の当審主張(4)について
控訴人は少数株主権の行使を求める訴訟の原告適格の類似例を引いて,株
主が訴えを提起しその訴訟継続後にその意思に基づかないで,資格を喪失した
としても原告適格を失わないと主張する。
確かに,少数株主権の行使を求める訴訟を提起された後に,会社が新株を発
行したことにより,少数株主権の行使基準を満たさなくなったとしても,原告適格
を失わないと解されるが,上記の場合には少数株主権は制度としてなくなったわ
けではなく,しかも,完全に株主たる地位がなくなるわけではない。これに対し,
株式移転の場合は,二重代表訴訟が認められないことから,完全親会社の株主
は,完全子会社の取締役に対し株主代表訴訟を提起することができない状態
で,しかも,完全に株主の地位を喪失したのであるから上記少数株主権の行使
の場合と同様に解することはできない。
また,控訴人は,株式移転により子会社の株主でなくなった場合は株主の意
思に基づかないで株主の地位を喪失した場合であるから,原告適格を喪失しな
いと主張する。確かに,株主の意思に基づかずに株主の地位を喪失したことは
特段の考慮を要することではあるが,それは上記訴訟を提起できる制度がある
場合について妥当する。しかし,二重代表訴訟を認めない制度のもとでは,株式
移転により完全親子会社が設立した後は,完全親会社の株主となった者は子会
社の取締役に対し株主代表訴訟を提起できないのであるから,株主の地位を喪
失したことが意思に基づかないことは,原告適格の存否を判断する場合の重要
な要素ではない。
(5) 控訴人の当審主張(5)について
ア 同アについて
  控訴人は,完全子会社の株主の地位を失って,親会社の株主になった者に
対し,引き続き,完全子会社の取締役に対する直接的な監督を行わせるのは
親会社やその株主の完全子会社に対する監督の一般的な在り方と均衡を失
するのみならず,理論的一貫性にも欠けるとの原判決の説示を非難するが,
原判決の説示は正当であって,控訴人の主張は理由がない。完全子会社の
株主の地位を失って,親会社の株主になった者に対し,引き続き,完全子会
社の取締役に対する株主代表訴訟の原告適格を認めるのであれば,その旨
の規定があってしかるべきである。
イ 同イについて
  控訴人は,株式移転は特別決議に基づくとはいえ,個別株主の意思に関わり
なく,株主の地位を喪失させる組織的行為であるから,そのような行為によっ
て,株主代表訴訟を終了させるのは不当であると主張する。
  しかし,株主の意思に関わりなく資格を喪失した場合,原告適格を維持すべ
き根拠のないことは前述のとおりであり,控訴人の主張は理由がない。
  なお,単独株主権とは株主1人でも単独で行使できる権利ではあるが,あくま
でも,株主の地位に基づく権利であるから,株主の地位を喪失すれば,その権
利が行使できなくなるのは当然である。
ウ 同ウについて
控訴人は,共同株式移転の場合利益状況は若干複雑になることは否定で
きないが,それが株式移転によって株主でなくなった者について株主代表訴
訟の原告適格を否定する理由とならないと主張する。
しかし,原判決は,株主の利益状況の変化に関連し,共同株式移転の場合
は,完全親会社の株主が完全子会社の財務状況から受ける影響はいっそう
間接的とならざるをえないと説示しているが,このことのみで株主代表訴訟の
原告適格を否定したものではない。完全親会社の株主が完全子会社の財務
状況から受ける影響は間接的となれば,既に提起された株主代表訴訟を存続
させる必要性も減少し,これを認める特段の事情とはいえない。
エ 同エについて
控訴人は,本件において完全親会社のユーエフジェイホールディングスの
取締役が,被控訴人らの善管注意義務違反を追及しようとした場合,消滅時
効を援用される事態はあり得ると主張する。確かに,控訴人の主張するような
事態の生ずることはあり得るであろう。しかし,これは,商法が適切な立法的
措置を講じていないための例外的な事柄であり,このことを理由として,上記
訴訟の原告適格は喪失しないとするのは相当でない。
(6) 以上によれば,控訴人の当審主張(1)ないし(5)は,いずれも採用できない。
第4 結論
よって,原判決は相当であって,控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄
却することとし,主文のとおり判決する。
    名古屋高等裁判所民事第3部
        裁判長裁判官   青   山   邦   夫
裁判官   安   間   雅   夫
    裁判官倉田慎也は,転補につき署名押印することができない。
        裁判長裁判官   青   山   邦   夫

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