弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成15年(行ケ)第128号 特許取消決定取消請求事件(平成16年6月30
日口頭弁論終結)
          判           決
      原      告      JSR株式会社
                    (旧商号)ジェイエスアール株式会社
      訴訟代理人弁護士      新保克芳
      同    弁理士      大島正孝
      被      告      特許庁長官 小川洋
      指定代理人         江藤保子
      同             六車江一
      同             一色由美子
      同             伊藤三男
          主           文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   特許庁が異議2000-73179号事件について平成15年2月18日に
した決定を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
原告は,名称を「感放射線性樹脂組成物」とする特許第3010607号発
明(平成4年2月25日特許出願〔以下「本件特許出願」という。〕,平成11年
12月10日設定登録,以下,その特許を「本件特許」という。)の特許権者であ
る。
本件特許について,特許異議の申立てがされ,異議2000-73179号
事件として特許庁に係属し,原告は,平成14年5月13日,本件特許出願の願書
に添付した明細書の特許請求の範囲の記載等について訂正(以下「本件訂正」とい
う。)を求める訂正請求(以下「本件訂正請求」という。)をした。
   特許庁は,同事件について審理した結果,平成15年2月18日,「訂正を
認める。特許第3010607号の請求項1ないし3に係る特許を取り消す。」と
の決定をし,その謄本は,同年3月10日,原告に送達された。
 2 本件訂正に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲記
載の発明の要旨
【請求項1】(1)酸性官能基としてフェノール性水酸基またはカルボキシル
基を持つアルカリ可溶性樹脂の該酸性官能基の水素原子が,置換メチル基,1-置
換エチル基,アルコキシカルボニル基およびアシル基から選ばれる少なくとも1種
の酸解離性基で,該酸性官能基に対し15~52%の割合で置換されたアルカリ不
溶性または難溶性樹脂で,上記の基が酸解離したときにアルカリ可溶性である樹
脂,
(2)下記式(5),(6),(14),(15),(16),(17)または(18)で表
される化合物から選ばれる感放射線性酸形成剤,
   
ここで,R1
,R2
およびR3
は,同一または異なり,水素原子,アミノ基,ニト
ロ基,シアノ基,炭素数1~4のアルキル基または炭素数1~4のアルコキシ基で
あり,そして
XはSbF6,AsF6,PF6,BF4,CF3CO2,ClO4,CF3SO3

   
 または
  
を示す。また,R4
は水素原子,アミノ基,アニリノ基,炭素数1~4のアルキル
基または炭素数1~4のアルコキシ基であり,R5
およびR6
は炭素数1~4のアル
コキシ基であり,R7
は水素原子,アミノ基,アニリノ基,炭素数1~4のアルキル
基または炭素数1~のアルコキシ基である,
ここで,R1
,R2
およびXの定義は上記式(5)に同じである,
 


ここで,Yは-C-または-SO2-であり,
R15
,R16
,R17
およびR18
は,同一または異なり,炭素数1~4のアルキル基
またはハロゲン原子であり,そして
uは0~3の整数である,
  
ここで,R19
は炭素数1~4のアルキル基であり,R20
は水素原子またはメチ
ル基であり,
R21

  
であり,
(ただし,R22
は水素原子またはメチル基であり,そしてR23
およびR24
は,同
一または異なり,炭素数1~4のアルコキシ基である),そしてvは1~3の整数
である,
   
ここで,R25
およびR26
は,同一または異なり,水素原子または炭素数1~4
のアルキル基であり,そしてR27
およびR28
は,同一または異なり,水素原子,炭
素数1~4のアルキル基または炭素数6~20のアリール基である,
  
ここで,R29
は水素原子または炭素数1~4のアルキル基であり,そしてR30
およびR31
は,同一または異なり,炭素数1~4のアルキル基または炭素数6~2
0のアリール基であるか,あるいはR30
とR31
とは互いに結合してそれらが結合し
ている窒素原子と一緒になって環を形成していてもよい,
  
ここで,Zはフッ素原子もしくは塩素原子である,
および
(3)上記アルカリ不溶性または難溶性樹脂(1)100重量部当り0.00
1~10重量部の,下記式(19)~(23):
     R38
     |
  R37
-N-R39
......(19)
ここで,R37
,R38
およびR39
は,同一または異なり,水素原子,炭素数1~6
のアルキル基,炭素数1~6のアミノアルキル基,炭素数1~6のヒドロキシアル
キル基または炭素数6~20の置換もしくは非置換のアリール基であり,ここでR3

とR38
は互いに結合して環を形成してもよい。
||
    -N-C=N-........(20)
| |
    =C-N=C-........(21)
| |
    =C-N-........(22)
       R41
  R42
       |||
    R40
-C-N-C-R43
......(23)
||
(式中,R40
,R41
,R42
およびR43
は,同一または異なり,炭素数1~6のア
ルキル基を示す)
で表される構造の少なくとも1種の構造を分子内に有する含窒素塩基性化合
物,を含有することを特徴とする集積回路製造用ポジ型感放射線性樹脂組成物。
【請求項2】酸解離性基が1-置換エチル基およびアルコキシカルボニル基か
ら選ばれる少なくとも1種である請求項1に記載の集積回路製造用ポジ型感放射線
性樹脂組成物。
【請求項3】酸解離性基がt-ブチル基,テトラヒドロピラニル基,t-ブト
キシカルボニル基および1-エトキシエチル基から選ばれる少なくとも1種である
請求項1に記載の集積回路製造用ポジ型感放射線性樹脂組成物。
(以下,【請求項1】~【請求項3】の発明を「本件発明1」~「本件発明
3」という。)
 3 決定の理由
   決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件発明1~3は,いずれも,特
開平2-161436号公報(審判刊行物1・本訴甲7,以下「刊行物1」とい
う。),米国特許第4491628号明細書(審判刊行物2・本訴甲8-1,以下
「刊行物2」という。訳文として,対応特許である特開昭59-45439号公報
〔本訴甲8-2〕を採用),JournalofPhotopolymerScienceandTechnology
Vol.4,No.3(1991)pp.469-472(審判刊行物3・本訴甲9,以下「刊行物3」とい
う。),特開平2-209977号公報(審判刊行物4・本訴甲10,以下「刊行
物4」という。),特開平2-18564号公報(審判刊行物5・本訴甲11,以
下「刊行物5」という。),特開平2-62544号公報(審判刊行物6・本訴甲
12,以下「刊行物6」という。),特開平3-223857号公報(審判刊行物
7・本訴甲13,以下「刊行物7」という。),特開平3-223861号公報
(審判刊行物8・本訴甲14,以下「刊行物8」という。),特開昭63-237
053号公報(審判刊行物9・本訴甲15,以下「刊行物9」という。),特開昭
64-33546号公報(審判刊行物10・本訴甲16,以下「刊行物10」とい
う。)及び特開昭63-149640号公報(審判刊行物11・本訴甲17,以下
「刊行物11」という。)記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることが
できたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない
ものであり,また,本件特許出願の日前の特許出願であって,その出願後に出願公
開された特願平3-285775号の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下
「先願明細書」という。特開平5-127369号公報〔甲18〕参照)記載の発
明(以下「先願発明」という。)と同一であり,本件特許出願の発明者がその出願
前の特許出願に係る上記発明をした者と同一ではなく,また本件特許出願の時にお
いて,その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもなく,同法29条の2の規定
により特許を受けることができないものであり,本件発明1~3に係る本件特許
は,拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものであるから,特
許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則14条の規定に基づ
く,特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年
政令第205号)4条1項及び2項の規定により,取り消すべきものとした。
第3 原告主張の決定取消事由
 決定は,本件発明1と周知技術との相違点についての判断を誤り(取消事由
1),本件発明2,3の進歩性の判断を誤り(取消事由2),また,本件発明1~
3と先願発明との同一性についての認定判断を誤った(取消事由3,4),もので
あるから,違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(本件発明1と周知技術との相違点についての判断の誤り)
(1)決定は,本件特許出願前の周知技術として,「(1)酸性官能基としてフ
ェノール性水酸基またはカルボキシル基を持つアルカリ可溶性樹脂の該酸性官能基
の水素原子が,tert-ブトキシカルボニル基やtert-ブチル基で置換され
たアルカリ不溶性または難溶性樹脂で,上記の基が酸解離したときにアルカリ可溶
性である樹脂,および(2)感放射線性酸形成剤を含有することを特徴とする集積
回路製造用ポジ型(注,『ボジ型』とあるのは,誤記と認める。以下同じ。)感放
射線性樹脂組成物」(決定謄本24頁最終段落~25頁第1段落)を,本件発明1
と周知技術との一致点として,「(1)酸性官能基としてフェノール性水酸基また
はカルボキシル基を持つアルカリ可溶性樹脂の該酸性官能基の水素原子が,1-置
換エチル基およびアルコシキカルボニル基から選ばれる少なくとも1種の酸解離性
基で置換されたアルカリ不溶性または難溶性樹脂で,上記の基が酸解離したときに
アルカリ可溶性である樹脂,および(2)感放射線性酸形成剤を含有する集積回路
製造用ポジ型感放射線性樹脂組成物」(同25頁第2段落)である点を,相違点と
して,「(ア):酸性官能基に対する酸解離性基による置換率を『15~52%』と
している点(注,以下「相違点ア」という。)。(イ):感放射線性酸形成剤を,
『式(5),(6),(14),(15),(16),(17)または(18)で表される化合物
から選ばれる』としている点(注,以下「相違点イ」という。)。(ウ):『上記ア
ルカリ不溶性または難溶性樹脂(1)100重量部当り0.001~10重量部
の,式(19)~(23)で表される構造の少なくとも1種の構造を分子内に有する含
窒素塩基性化合物』を含有する点(注,以下「相違点ウ」という。)」(同段落)
を認定した上,相違点ア,イは,本件特許出願前に既に周知の事項であり,当業者
が創意を要するものではなく,相違点ウは,「刊行物9ないし11に記載された発
明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた」(同31頁第4段落),
相違点ア~ウの組合せについて,「本件明細書をみても,上記(ア)ないし(ウ)の点
(注,相違点ア~ウ)を組み合わせたことにより,予期し得ない格別な作用効果を
奏しているとする根拠もみいだせない」(同頁下から第3段落)と判断した。
  決定の周知技術の認定並びに本件発明1と周知技術との一致点及び相違点
ア~ウの認定は認めるが,相違点ア~ウについての判断は,誤りである。
(2)化学増幅型ポジ型レジストと含窒素塩基性化合物との組合せを阻害する要

 決定は,本件特許願当時,化学増幅型ポジ型レジストにおいて,塩基性化
合物の存在が悪影響をもたらすものと理解されていたことを無視するものである。
化学増幅レジストの化学増幅反応は,
 
  
1)SbF6Ph3SHその他
90℃
(ポリ(p-ヒドロキシスチレン))
(ポリ(p-t-ブチルオキシカルボニルオキシスチレン))
CH2CH
OH
CO2
H2C
CH3
C
O
n

SbF6+
2)
H
CH2CH
n
+
O
O
CCH3
CH3
+C
CH3
CH3
+H
の二つの工程から成る。上記1)の工程(以下「工程1」という。)は,酸発
生剤(この場合,Ph3SSbF6が光(hν)により分解して酸(H)を発生
する反応であり,上記2)の工程(以下「工程2」という。)は,酸(H)を触
媒とする酸解離性基(この場合,t-ブチルカーボネート基:
CO
O
OC(CH3)3
)の熱分解(90℃)によりフェノール性水酸基(-OH)
を生成する反応である。その結果,工程2の左辺のアルカリ不溶性の樹脂(ポリ
(p-t-ブチルオキシカルボニルオキシスチレン))が右辺のアルカリ可溶性の
樹脂(ポリ(p-ヒドロキシスチレン))に変換されるため,現像液(アルカリ)
に対する露光部の溶解速度に変化が生じ,像が形成される。工程2の反応では,左
辺のアルカリ不溶性樹脂に一つのH(矢印上のH)が作用した結果,右辺の生成
物中に再び一つのHが生成し,理論的にはHは消費されず,繰り返して反応に関
与し続けることから,酸(H)の作用が増幅されるので,化学増幅といわれてい
る。このような反応をする化学増幅型ポジ型レジストにおいて,含窒素塩基性化合
物,例えばアミンが存在すると,塩基性化合物であるアミンは,酸と容易に反応
(中和)するから,工程1の反応で露光により酸発生剤から発生した酸(H)あ
るいは工程2の反応で生成した酸(H)と反応し,工程2の反応の進行を妨げる
ことが十分に予想され,実際に,本件特許出願当時の技術水準として,化学増幅型
ポジ型レジストにおいては,塩基性化合物は,光酸発生剤から発生した酸を中和し
てT-トップ皮膜を形成し,フォトスピードがかなり遅くなったり,現像が不可能
になったりする悪影響をもたらすものとして知られていた(甲4~6)。したがっ
て,化学増幅型ポジ型レジストと含窒素塩基性化合物との組合せを阻害する要因が
あるにもかかわらず,決定はこれを看過したものというべきである。
(3)相違点ア
 刊行物4,5,7及び8(甲10,11,13及び14)のいずれにも,
含窒素塩基性化合物を含む化学増幅型ポジ型レジスト組成物については,何ら記載
されていない。含窒素塩基性化合物を含有しない化学増幅型レジストで知られてい
た酸性官能基の酸解離性基による置換率を,含窒素塩基性化合物を含有する化学増
幅型レジストにおける置換率として知られていたとすることはできない。しかも,
刊行物4,7及び8には,レジストが基板に対し密着性が優れていることが記載さ
れているが,含窒素塩基性化合物を含む本件発明1の化学増幅型レジスト組成物
は,接着性(密着性)のみならず,上記刊行物には何ら記載されていないパターン
形状,フォーカス許容性にも優れている。したがって,相違点アに係る構成は,含
窒素塩基性化合物を含む化学増幅型レジスト組成物において,本件特許出願前に周
知事項とはいえない。また,決定は,「本件明細書中には,特に置換割合を『15
~52%』とすることによる技術的意義,あるいはそれにより得られる格別な効果
があると認めるに足りる記載はない」(決定謄本27頁第3段落)と認定したが,
含窒素塩基性化合物を含有する化学増幅型レジストにおいて,上記置換率を採用す
ることにより基板との密着性や接着性のみならず,従来知られていない優れたパタ
ーン形状やフォーカス許容性を達成できたのであるから,置換率を「15~52
%」とすることによる技術的意義がないということはできない。このような優れた
効果は,本件特許出願の願書に最初に添付した明細書(乙3,以下「当初明細書」
という。)に記載されるとおり,置換率が15%以上であれば達成できるし,52
%という上限値の技術的意義についても,原告従業員A作成の平成14年4月26
日付け実験成績書(甲19,以下「甲19実験成績書」という。)に示されてい
る。
(4)相違点イ
 決定が,相違点イについての判断において引用する刊行物2,4,7及び
8(甲8-1,10,13及び14)には,含窒素塩基性化合物を含まない化学増
幅型ポジ型レジスト組成物が開示されているにすぎない。したがって,含窒素塩基
性化合物を含む化学増幅型ポジ型レジスト組成物において,本件発明1で用いられ
る特定の感放射線性酸形成剤が周知であったとすることはできない。
(5)相違点ウ
ア 決定が,相違点ウについての判断において引用する刊行物9(甲15)
に記載されているポジ型感放射線性樹脂組成物は,アルカリ可溶性樹脂を用いる非
化学増幅型であり,また,本件発明1で用いない1,2-キノンジアジド化合物を
感放射線性酸形成剤に用いる点で基本的に相違する。化学増幅型ポジ型レジスト組
成物では,組成物の大部分を占める樹脂に,アルカリ不溶性あるいは難溶性樹脂が
用いられるために,組成物がアルカリ不溶性を示すのに対し,非化学増幅型ポジ型
レジスト組成物では,アルカリ可溶性樹脂と一緒にアルカリ不溶性の1,2-キノ
ンジアジド化合物が用いられているために,アルカリ不溶性を示している。露光に
よりアルカリ可溶性となる機構についても,化学増幅型ポジ型レジスト組成物で
は,露光により,酸発生剤から発生した酸がアルカリ不溶性樹脂に作用して,これ
をアルカリ可溶性に変換するのに対し,非化学増幅型ポジ型レジスト組成物では,
露光により,1,2-キノンジアジド化合物自体がアルカリ可溶性のカルボン酸に
変換されることによって,もともとアルカリ可溶性である樹脂と共に全体としてア
ルカリ可溶性となる。そして,化学増幅型ポジ型レジスト組成物では,含窒素塩基
性化合物は,アルカリ不溶性樹脂や難溶性樹脂に作用する酸を中和するから,これ
らの樹脂をアルカリ可溶性に変換する化学増幅反応自体を抑制することになって,
その影響は甚大である。これに対し,非化学増幅型ポジ型レジスト組成物では,
1,2-キノンジアジド化合物自体がアルカリ可溶性のカルボン酸に変換される反
応に,含窒素塩基性化合物が影響することは考え難く,また,生成したカルボン酸
を中和したとしても,組成物がアルカリ可溶性となることに変わりはないから,そ
の影響はないに等しい。上記のような構成成分及び露光による反応機構の違い,並
びに含窒素塩基性化合物の影響の大きさの違いを考慮すると,刊行物9に含窒素塩
基性化合物の効果として保存安定性が記載されているからといって,化学増幅型ポ
ジ型レジスト組成物に含窒素塩基性化合物を含ませることも,その結果として優れ
たパターン形状やフォーカス許容性という格別の効果を奏することも,いずれも想
到することはできない。
イ 刊行物10(甲16)に記載のフォトレジスト組成物は,アセタール又
はケタール部分に結合したメチロール基又は置換メチロール基によって封鎖された
イミド基を有する重合体を用いる化学増幅型レジスト組成物であって,本件発明1
とは使用する樹脂が全く相違する。また,その製造法によれば,イミド基の封鎖割
合は,実質100%であるのに対し,本件発明1では,フェノール性水酸基又はカ
ルボキシル基が酸解離性基で封鎖された封鎖率(置換率)が15~52%の樹脂が
用いられるから,両者は,酸解離性基による封鎖率(置換率)も相違する。刊行物
10には,少量の塩基性化合物のレジストへの使用が開示されているが,この少量
の塩基性物質は,レジスト中に存在する痕跡の酸あるいは貯蔵中に発生する痕跡の
酸を掃去すること,及び基板への塗布後,レジスト被膜から容易に除去される程度
に揮発性である場合に最も有利であり,そのことにより,その後の処理の間にレジ
ストが完全に感光性にされることも開示されている。したがって,刊行物10は,
露光時にレジスト被膜中に塩基性化合物が存在することによる積極的な効果を開示
するものではなく,塩基性化合物の存在により優れたパターン形状やフォーカス許
容性を示すことは何ら示唆していない。刊行物10に記載された塩基性化合物は,
本件発明1で用いられる塩基性化合物と重複しているが,刊行物10では,酸の痕
跡を中和する程度の少量を用いるにすぎず,本件特許出願当時,化学増幅型レジス
トにおいて,塩基性化合物は,わずか0.2ppmの存在によっても甚大な悪影響
を起こすことが知られていた(甲5)ことからすると,少量とは,本件発明1の使
用量の下限値である0.001%,すなわち10ppmよりも,更に少ない量であ
ると認められる。本件発明1は,含窒素塩基性化合物をアルカリ不溶性又は難溶性
樹脂に対し10ppm(樹脂100重量部に対し0.001重量部に相当する。)
以上含有させることにより,従来技術では達成されなかった優れたパターン形状や
フォーカス許容性を達成できたものであり,刊行物10から想到することはできな
いものである。
ウ 刊行物11(甲17)に記載された感光性組成物は,平版印刷版に用い
られ,この組成物は,活性光線の照射により酸を発生し得る化合物(酸発生化合
物),当該酸により分解し得る結合を少なくとも一つ有する化合物,及び当該酸を捕
捉し得,かつ,活性光線の照射により分解しないアミン化合物を含有する。しかし
ながら,刊行物11には,酸発生化合物として,本件発明1で用いられる特定の感
放射線性酸形成剤,及び酸分解性化合物として本件発明1で用いられる,酸性官能
基に対する酸解離性基による置換率15~52%のアルカリ不溶性又は難溶性樹脂
は,いずれも開示していない。また,刊行物11の感光性組成物は,平版印刷版を
製造するためのもので,集積回路とは全く相違する。刊行物11は,アミン化合物
を使用することにより,露光後の感度(クリア感度で評価)の安定性が高く,小点
の再現性,調子再現性に優れるという,平版印刷版としての利点を開示しているに
すぎず,本件発明1の集積回路製造用ポジ型レジスト組成物が優れたパターン形状
やフォーカス許容性を示すことを何ら示唆していない。
(6)顕著な作用効果
 本件発明1における,【請求項1】記載の(1),(2)及び(3)の3
成分の組合せに係る集積回路製造用ポジ型レジスト組成物は,本件特許出願当時の
技術水準から,その組合せが当業者に予測し難く,しかも,この組合せによって優
れたパターン形状やフォーカス許容性が達成されることは,当業者が予期し得ない
顕著な作用効果であることが明らかである。
 2 取消事由2(本件発明2,3の進歩性の判断の誤り)
 本件発明2,3は,本件発明1における酸解離性基を更に特定したものであ
るから,本件発明1と周知技術との相違点についての決定の判断が誤りである以
上,これを前提とする本件発明2,3の進歩性の判断も誤りである。
3 取消事由3(本件発明1と先願発明との同一性についての認定判断の誤り)
(1)決定は,本件発明1と先願発明との一致点として,「(1)酸性官能基と
してフェノール性水酸基を持つアルカリ可溶性樹脂の該酸性官能基の水素原子が,
アルコキシカルボニル基で置換されたアルカリ不溶性または難溶性樹脂で,上記の
基が酸解離したときにアルカリ可溶性である樹脂,(2)感放射線性酸形成剤,お
よび(3)下記式(19)~(21)・・・で表される構造の少なくとも一種の構造を
分子内に有する含窒素塩基性化合物,を含有する集積回路製造用ポジ型感放射線性
樹脂組成物」(決定謄本34頁最終段落)である点を認定し,先願明細書(甲1
8)には,本件発明の「a:(1)の樹脂について,酸性官能基に対する酸解離性
基による置換率を置換割合を『15~52%』と特定している点(注,以下「aの
点」という。)。b:(2)の感放射線性酸形成剤について,『下記式(5),
(6),(14),(15),(16),(17)または(18)(式および式中の説明につい
ては,前項に記載したので省略する。)で表される化合物から選ばれる』と特定し
ている点(注,以下「bの点」という。)。c:(3)の含窒素塩基性化合物の含
有率について,『上記アルカリ不溶性または難溶性樹脂(1)100重量部当り
0.001~10重量部』と特定している点(注,以下「cの点」という。)」
(同頁最終段落~35頁第1段落)について具体的な記載がないが,a,bの点
は,周知技術であり,cの点は,先願明細書記載の「微量」(段落【0007】)
と実質的に同一であるから,本件発明1と先願発明とは実質的に同一であると判断
したが,誤りである。
(2)aの点
 刊行物4,5(甲10,11)には,ポリビニルフェノールのフェノール
基の「15~40%」及び「5~35%」をt-ブトキシカルボニル基で保護した
樹脂を用いることがそれぞれ開示されているが,これらは,いずれも含窒素塩基性
化合物を含まない化学増幅型レジスト組成物を開示したものにすぎない。また,先
願明細書には,ポリビニルフェノール基のt-ブトキシカルボニル基による保護率
(置換率)については何ら記載されていない。したがって,aの点は,本件特許出
願当時の技術水準から,含窒素塩基性化合物を含有する化学増幅型レジスト組成物
において,周知技術とはいえず,また,先願明細書(甲18)に置換率の具体的数
値の記載はないから,先願明細書に記載されているとはいえない。
(3)bの点
 本件発明1で用いられる特定の感放射線性酸形成剤は,含窒素塩基性化合
物を含有しない化学増幅型レジスト組成物において知られていただけで,それを含
窒素塩基性化合物を含有する化学増幅型レジスト組成物に使用できることが知られ
ていたとはいえないから,bの点は,本件特許出願当時において周知であったとは
いえない。
(4)cの点
 先願明細書(甲18)には,「微量」(段落【0007】)とあるだけで
具体的数値の記載はない。本件発明1によれば,含窒素塩基性化合物を,cの点に
係る割合で,特定のアルカリ不溶性又は難溶性樹脂及び特定の感放射線性酸形成剤
と一緒に用いることによって,先願明細書に記載されていない優れたパターン形状
及びフォーカス許容性を達成することができたのであるから,含窒素塩基性化合物
の含有量と直結した表現ではないとはいえ,含有量をcの点のように特定した技術
的意義は十分に存在するのであるから,cの点が先願明細書に記載されているとは
いえない。
(5)以上のとおり,本件発明1は,先願発明とa~cの点で相違し,これらの
点は周知事項ではなく,本件発明1の優れた効果をもたらす点で技術的意義を有す
るから,本件発明1は先願発明と実質的に同一ではない。
4 取消事由4(本件発明2,3と先願発明との同一性についての認定判断の誤
り)
 本件発明2,3は,本件発明1における酸解離性基を更に特定したものであ
るから,本件発明1と先願発明との同一性についての認定判断が誤りである以上,
これを前提とする本件発明2,3と先願発明との同一性についての認定判断も誤り
である。
第4 被告の反論
   決定の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
 1 取消事由1(本件発明1と周知技術との相違点についての判断の誤り)につ
いて
(1)化学増幅型ポジ型レジストと含窒素塩基性化合物との組合せを阻害する要
因について
  平成元年6月26日工業調査会発行,フォトポリマー懇話会編「フォトポ
リマーハンドブック」70頁~76頁(乙1,以下「乙1刊行物」という。)の
「1.5酸触媒と化学増幅効果を利用したレジストの高感度化」の章によれば,刊
行物10,11(甲16,17)に記載されたポジ型レジストが,化学増幅型ポジ
型レジストであることが明らかであり,刊行物10には,貯蔵の間の安定化のため
に含窒素塩基性化合物を添加することが,刊行物11には,露光後の感度の安定化
のために含窒素塩基性化合物を添加することが,それぞれ記載されている。また,
特開平2-296250号公報(乙2,以下「乙2公報」という。)に記載される
ように,化学増幅型ポジ型レジストにおいては,含窒素塩基性化合物の存在による
感放射線性酸形成剤から発生した酸(H)の中和は,レジストに悪影響を及ぼす
ものではなく,むしろパターン形状を良好にするものであることが,本件特許出願
前に既に公知である。
  以上のとおり,化学増幅型ポジ型レジストに関し,刊行物10には,貯蔵
の間の安定化のために含窒素塩基性化合物を添加することが,また,刊行物11に
は,露光後の感度の安定化のために含窒素塩基性化合物を添加することがそれぞれ
記載され,さらに,乙2公報には,酸発生剤から発生した酸がアミンで中和される
ことを利用して,パターン形状を良好にすることが記載されているのであるから,
化学増幅型ポジ型レジストと含窒素塩基性化合物との組合せを阻害する要因がある
ということはできない。これらの記載からみて,原告の上記第3の1(2)の主張が失
当であることは明らかである。
(2)相違点アについて
  当初明細書(甲2)の実施例1における置換率63%と本件明細書(甲
3)の実施例1における置換率52%とを比較すると,解像度,パターン形状,接
着性及びフォーカスにおいて差異はなく,差異があるのは最適露光量だけである。
すなわち,露光直後に露光後ベークを行った場合の最適露光量は,それぞれ30m
J・cm-2
及び38mJ・cm-2
であり,露光後,2時間してから露光後ベークを
行った場合(安定性)の最適露光量は,それぞれ29mJ・cm-2
及び38mJ・
cm-2
であり,いずれも置換率63%のものの方が最適露光量が少なく,高感度と
なっているのであって,52%という上限値に,技術上の臨界的意義がないことは
明らかである。甲19実験成績書に基づく原告の主張は,本件明細書の記載に基づ
かない主張であって,失当であり,また,甲19実験成績書は,本件発明1におけ
る置換率の上下限値である15%と52%に臨界的意義があることを示しているも
のでもない。
(3)相違点イについて
  審判における原告の平成14年5月13日付け特許異議意見書(乙7,以
下「乙7意見書」という。)によれば,本件発明1において,刊行物1~9(甲7
~15)記載の発明と同一であるとの取消理由を回避するためにされた訂正により
感放射線性酸形成剤が限定されたことが明らかであり,同限定に技術上の意義がな
いことは明白である。
(4)相違点ウについて
ア 刊行物9(甲15)には,アルカリ可溶性樹脂と1,2-キノンジアジ
ド化合物とからなるポジ型レジストを溶剤に溶解して長期間保存すると,アルカリ
可溶性樹脂の劣化及び1,2-キノンジアジド化合物の変質が徐々に進み,感度変
化,異物の増加等を起こす問題があり,これを解決するために,アルキルアミン,
アリールアミン,アラルキルアミン及び含窒素複素環式化合物から選ばれる少なく
とも1種類の含窒素化合物を0.001~5重量部含有させることが記載されてお
り,同記載から,長期間の保存中における1,2-キノンジアジドからのカルボン
酸の発生を除去するために,アルキルアミン,アリールアミン,アラルキルアミン
及び含窒素複素環式化合物から選ばれる少なくとも1種の含窒素化合物を添加する
ものであることは,当業者が当然に理解するところである。そうすると,1,2-
キノンジアジド化合物は,感放射線性酸形成剤の一種であるから,感放射線性化合
物として感放射線性酸形成剤を用いる化学増幅型ポジ型レジストにおいても,刊行
物9に記載された含窒素化合物を添加することにより,当該感放射線性酸形成剤の
変質を防止し得ることは,当業者が当然に予期し得ることにすぎない。そして,含
窒素塩基性化合物が化学増幅型ポジ型レジストに悪影響をもたらすものではないこ
とは上記(1)のとおりである。
イ 刊行物10(甲16)記載のポジ型レジストは,樹脂は異なるが,本件
発明1と同様の化学増幅型ポジ型レジストであり,置換率に関する記載はないもの
の,本件発明1における置換率の範囲「15~52%」に技術的意義がないこと
は,上記(2)のとおりである。さらに,刊行物10には,揮発性である場合に最も有
利であると記載されているのであって,それ以外の場合に使用できないわけではな
い。本件特許出願当時,塩基性化合物が悪影響を与えるものとして認識されていた
との前提が誤りであることは上記のとおりであって,化学増幅型ポジ型レジストに
おいて,露光後の感度の安定性を高くする目的で,塗布後もレジスト被膜に存在す
ることを前提として,レジスト中にアミン化合物を含有させることは,本件特許出
願前に既に公知である。したがって,少量とは,本件発明1の使用量の下限値であ
る0.001%,すなわち10ppmよりも更に少ない量であるとする原告主張は
失当である。
ウ 本件発明1で用いられる感放射線性酸形成剤は,いずれも化学増幅型ポ
ジ型レジストに用いる感放射線性酸形成剤として本件特許出願前に周知のものであ
り,刊行物11(甲17)にも,「例えばジアゾニウム塩,ホスホニウム塩,スル
ホニウム塩,及びヨードニウムのBF4

,PF6

,SbF6

,SiF6
--
,ClO4

などの塩,有機ハロゲン化合物,オルトキノン-ジアジドスルホニルクロリド,及
び有機金属/有機ハロゲン化合物も活性光線の照射の際に酸を形成又は分離する活
性光線感受性成分であり,本発明の酸発生化合物として使用することができる」
(2頁右上欄最終段落)と記載されており,刊行物11記載の「酸発生化合物」に
本件発明1で用いられる感放射線性酸形成剤が包含されることは明らかである。ま
た,刊行物11記載の樹脂が3成分系であり,本件発明1のものが2成分系である
違いはあるものの,両者は,共に化学増幅型ポジ型レジストであるから,当業者
が,刊行物11に記載された技術的事項を,2成分系ポジ型レジストにおいて適用
する程度のことは,容易に想到し得ることである。さらに,刊行物11には,露光
後の感度の安定性の低さをアミン化合物を含有する感光性組成物により改善すると
いう目的が記載されており,これは,本件発明1における,「感度は良好である
が,安定性に問題があり,例えば放射線照射から現像までの時間や放射線照射後の
加熱温度の違いなどにより性能が大きく変化するという問題がある」(甲3の段落
【0003】)という課題と同じである。そうすると,化学増幅型ポジ型レジスト
である点は共通しているのであるから,2成分系のレジストにおいても,露光後の
安定性を向上させることを目的として,刊行物11に記載された技術手段を適用す
る程度のことは,当業者が容易にし得ることである。しかも,刊行物11に記載の
アミン化合物は,本件発明1における含窒素塩基性化合物と一致するばかりでな
く,「感光性組成物の固形分の全重量に対して0.1重量%~10重量%が適当で
ある」(5頁右上欄第1段落)との記載からみて,添加量においても格別異なるも
のではない。また,乙2公報には,化学増幅型ポジ型レジストにおいては,放射線
照射により発生した酸がアミンにより中和される現象を利用して,レジスト膜の形
状を良好にし得ることが記載されている。そうすると,当業者であれば,露光後の
安定性ばかりでなく,パターン形状も向上するであろうことは,容易に予期し得る
ことである。
(5)顕著な作用効果について
  本件発明1における,【請求項1】記載の(1),(2)及び(3)の3
成分は,非常に広範囲の物質を含むものであり,特定の組合せが明記されているも
のではないし,これらの樹脂あるいは化合物を個々の物質として示す場合には無数
の物質群となり,その組合せも無数に存在するものである。他方,本件明細書(甲
3)の発明の詳細な説明における実施例は,わずか3例のみであり,仮に,実施例
の効果が認められるとしても,本件発明1の無数の組合せのすべてにおいて,同様
の作用効果が奏されることを裏付けるに足りるものではない。また,(3)の成分
の添加量に関しても,発明で特定する範囲は,「0.001~10重量部」という
広範囲にわたるのに対し,実施例では,ポリマー10gに対して,ニコチン酸アミ
ドを「0.02g」添加した実施例1,3と,チアベンダゾールを「0.03g」
添加した実施例2の,オーダー的にはほとんど変わらない2例のみであり,本件発
明1で特定する上記範囲のすべてにおいて,本件発明の作用効果を奏することは,
何ら裏付けられていない。
 2 取消事由2(本件発明2,3の進歩性の判断の誤り)について
 本件発明1と周知技術との相違点についての決定の判断に誤りがないこと
は,上記1のとおりであるから,その誤りを前提とする原告の取消事由2の主張
も,理由がない。
3 取消事由3(本件発明1と先願発明との同一性についての認定判断の誤り)
について
(1)aの点について
  本件発明1において,本件発明1における置換率の範囲「15~52%」
に技術的意義がないことは,上記1(2)のとおりである。
(2)bの点について
  本件発明1において,感放射線性酸形成剤の限定に技術上の意義がないこ
とは,上記1(3)のとおりである。
(3)cの点について
  本件発明1における,「樹脂100重量部当り,0.001~10重量
部」という範囲は,極めて広範囲であって,先願明細書(甲18)に記載された
「微量」も,当然にこの範囲に含まれるものであるから,実質的な相違があるとす
ることはできない。
(4)以上のとおり,本件発明1と先願発明とは実質的に同一であるとした決定
の判断に誤りはなく,原告の取消事由3の主張は理由がない。
4 取消事由4(本件発明2,3と先願発明との同一性についての認定判断の誤
り)について
 本件発明1と先願発明との同一性についての決定の認定判断に誤りがないこ
とは,上記3のとおりであるから,その誤りを前提とする原告の取消事由4の主張
も,理由がない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(本件発明1と周知技術との相違点についての判断の誤り)につ
いて
(1)化学増幅型ポジ型レジストと含窒素塩基性化合物との組合せを阻害する要
因について
ア 原告は,本件発明1と周知技術との相違点についての決定の判断は,化
学増幅型ポジ型レジストと含窒素塩基性化合物との組合せを阻害する要因を看過し
た誤りがある旨主張するので,検討する。
 刊行物10(甲16)には,「(a)アセタールまたはケタール部分に
結合したメチロール基または置換メチロール基によって封鎖されたイミド基を有す
る重合体:(b)望ましい波長の輻射線に暴露することによってフォト酸から得ら
れた酸の作用によって(a)のアセタールまたはケタール基を除去するのに十分な
量の潜伏性フォト酸:(c)(a)の重合体および(b)の潜伏性フォト酸を溶解
することができる溶剤からなることを特徴とするフォトレジスト組成物」(特許請
求の範囲の請求項1),「重合体は,酸に敏感なアセタールまたはケタール部分を
有し,このアセタールまたはケタール部分は,フォト酸を輻射線に暴露した場合に
接触反応によって除去され,メチロール基または置換メチロール基によってなお封
鎖されたイミド窒素原子を留どめ,このメチロール基または置換メチロール基は,
露光した組成物を水性アルカリ液中で現像した場合に除去される」(5頁左上欄最
終段落~右上欄第1段落),「工業界で公知のフォト酸,例えばジアゾナフチキノ
ンスルホン酸,アルキルハロゲン化物およびオニウム塩は,使用することができ
る。好ましい組成物は,ヨードニウムまたはスルホニウム塩,例えばジフェニルヨ
ードニウムトリフルオルメタンスルホネート・・・を使用する」(同頁右下欄最終
段落~6頁左上欄第1段落),「前記に記載した重合体以外に,フォトレジスト組
成物は,潜伏性フォト酸および溶剤を包含し,かつ場合によっては安定剤または他
の添加剤を包含することができる」(8頁右上欄下から第2段落),「少量の塩基
性物質,例えばトリアルキルアミンは,存在するか,または貯蔵の間に発生する酸
の痕跡を掃去する能力のためにレジスト溶液を安定化することが見い出された。塩
基性物質は,それが基板上への塗布後にレジスト被膜から容易に除去されるような
程度に揮発性である場合に最も有利である。このことにより,その後の処理の間に
レジストが完全に感光性にされる。しかし,幾つかの理由のために化学線に対して
殆ど感光性でないレジストが望まれる場合には,発生されたフォト酸の部分を掃去
するために被膜中に残存する非揮発性の塩基性物質は,有利であることができる」
(9頁右上欄最終段落~左下欄第1段落),「例17・・・レジスト溶液を・・・
トリエチルアミンの痕跡を含有する2-メトキシエチルエーテル43.5部から得
た。・・・この例は,ウェファーが露光前に軟質に焼き付けられる場合,掃去酸に
添加された揮発性アミンの痕跡がリソグラフィーに支障をきたさないことを示す」
(13頁左上欄第2段落~右上欄第1段落)との記載がある。
 刊行物11(甲17)には,「活性光線の照射により酸を発生し得る化
合物,該酸により分解し得る結合を少なくとも1つ有する化合物,および該酸を捕
捉し得るかつ活性光線の照射により分解しないアミン化合物を含有することを特徴
とする感光性組成物」(特許請求の範囲の請求項1),「ポジ型感光性組成物とし
ては,活性光線の照射により酸を生成する第1の反応と,生成した酸による第2反
応,すなわち酸分解反応とにより,露光部が現像液に可溶化するという原理を利用
したものが種々知られている。・・・これらの感光性組成物はいずれも,露光後直
ちに現像した場合と,露光後しばらくしてから現像した場合とで感度が異なる,す
なわち露光後の感度の安定性が低かった。露光後の感度の安定性を向上させるた
め,光照射によりラジカル禁止種を発生する化合物を添加する技術が特開昭61-
167945号公報に開示されているが,感度の安定性は未だ充分とはいえず,更
に改良が望まれていた」(1頁右下欄第2段落~2頁左上欄第1段落),「本発明
の目的は,露光後の感度の安定性が高く,小点(小さい網点)の再現性,調子再現
性が優れた感光性平版印刷版,およびそれに用いられる感光性組成物を提供するこ
とにある」(2頁左上欄第2段落),「本発明の酸発生化合物としては,各種の公
知化合物及び混合物が挙げられる。例えばジアゾニウム塩,ホスホニウム塩,スル
ホニウム塩,及びヨードニウムのBF4

,PF6

,SbF6

,SiF6
--
,ClO4

などの塩,有機ハロゲン化合物,オルトキノン-ジアジドスルホニルクロリド,及
び有機金属/有機ハロゲン化合物も活性光線の照射の際に酸を形成又は分離する活
性光線感受性成分であり,本発明の酸発生化合物として使用することができる。原
理的には遊離基形成性の光開始剤として知られるすべての有機ハロゲン化合物は,
ハロゲン化水素酸を形成する化合物で,本発明の酸発生化合物として使用すること
ができる」(同頁右上欄最終段落),「本発明のアミン化合物とは,本発明の酸発
生化合物から発生した酸を捕捉し得る性質を有するものであり,波長が500nm
以上の光を吸収しないアミン化合物である。具体的にはメチルアミン,ジメチルア
ミン,トリメチルアミン,エチルアミン,・・・ピペラジン,尿素などが挙げられ
る。・・・本発明の感光性組成物の固形分の全重量に対して0.1重量%~10重
量%が適当である」(4頁右下欄最終段落~5頁右上欄第1段落),「本発明によ
り,露光後の感度の安定性が高く,小点の再現性,調子再現性に優れ,かつ感光性
平版印刷版を長期生保存した後にも感度を安定化する効果が減少しない感光性平版
印刷版,およびそれに用いられる感光性組成物が得られた」(7頁右上欄第2段
落)との記載がある。
 また,乙1刊行物には,「1.5.2 3成分系レジスト(3Component
System,3CS) 基本的には基材高分子,光酸発生剤および感酸物質からなり光によ
って発生した酸を触媒として感酸物質が反応しポリマーの溶解性などが変化し,ポ
ジ型あるいはネガ型レジストが得られる。この際,光照射後の加熱プロセスにより
酸触媒反応が促進され高感度化され,これを化学増幅と呼んでいる」(71頁下か
ら第2段落),「1.5.3 Photodeblocking型 高分子中で現像液にたいする溶
解性を支配している官能基をブロックして不溶性にしておき,光によって生成した
酸によりブロックをはずしてポリマーの溶解性を復元させる機構のレジストであ
る」(74頁最終段落~75頁下から第2段落)との記載が,乙2公報には,「従
来の化学増幅型レジストにあっては,例えば,光強度のコントラストが低下する
0.35μm程度のパターンルールの場合において十分なパターン形状が得られな
いという問題点があった。第3図は,従来の化学増幅型レジスト塗布膜を露光した
場合の変化を見たものであるが,露光後のベークを行なって酸を拡散させても,第
4図に示すように,パターン形状は良好でない」(2頁右上欄第1段落~第2段
落),「[作用]一般式
           R’
      /
          R-C-O-N=C
            ∥\
            O R”
(但し,R,R’,R”は各々炭化水素基又はその置換基を表わす)で示
され化合物をレジスト中に混入させたことにより,光照射時にアミンが発生し,こ
のアミンが同時に発生した酸を中和する。かかる化合物を化学増幅型レジストのベ
ースポリマー100重量部に対し,0.1~3重量部の割合で含有させることによ
り,酸の深さ方向の分布を第1図に示すグラフのように均一化して,レジストパタ
ーン形状を良好にする」(同頁左下欄最終段落~右下欄第1段落),「本実施例に
おいて,ベースポリマーとして,一般式(1)(省略)で示されるブチルフェニル
ケトンの重合体を用いた。なお,tBOCは,t-ブチルケトンを示している」
(2頁右下欄最終段落~3頁第1段落),「本発明に係る高感度レジスト及びレジ
ストパターンの形成方法にあっては,固相中で発生したアミンと酸が中和するた
め,レジスト膜上下方向に均一化した酸濃度に依存して,微細なパターンにおいて
も良好なレジスト形状を得ることが出来る効果がある。特に,パターンルール0.
35μm付近の光強度のコントラストが低下する領域においても良好なパターン形
状が得られる」(4頁左上欄第1段落~第2段落)との記載がある。
 これらの記載によれば,本件特許出願前から,活性光線などの光を照射
することにより,酸を発生する物質を含有し,発生した酸によって,アルカリ性溶
液に対する溶解度が変化する高分子物質を基材とした感光性組成物が,化学増幅型
レジスト組成物として知られていたこと,刊行物10,11に記載されたものが,
それぞれ化学増幅型ポジ型感光性レジスト及び化学増幅型ポジ型感光性組成物に相
当するものであることが認められる。そして,刊行物10には,貯蔵の間の安定化
のために含窒素塩基性化合物を添加することが,刊行物11には,露光後の感度の
安定化のために含窒素塩基性化合物を添加することが,それぞれ記載され,さら
に,乙2公報には,酸発生剤から発生した酸がアミンで中和されることを利用し
て,パターン形状を良好にすることが記載されているところ,集積回路製造技術に
欠かせない複雑,微細なパターンのレジスト膜を作製する技術は,要求される精細
度のオーダーにおいて,通常の印刷技術とは異なるものの,その本質が印刷技術そ
のものであることは周知であるから,集積回路技術は平版印刷版に用いられる感光
性組成物と技術分野が異なるということはできず,高精細な再現性が求められてい
る点で,両者は目的を一にするものであるから,両者間で技術を相互に適用する点
に何らの困難性は見いだせない。
イ 原告は,甲4~6を引用して,化学増幅型ポジ型レジストにおいては,
塩基性化合物は,光酸発生剤から発生した酸を中和してT-トップ皮膜を形成し,
フォトスピードがかなり遅くなったり,現像が不可能になったりする悪影響をもた
らすものとして知られていたと主張する。
  そこで,更に検討すると,確かに,甲4(SPIEPROCEEDINGSAdvances
inResistTechnologyandProcessingVIII,Vol.1466,March1991,pp2-12)には,
「我々は,t-BOC/オニウム塩レジストシステムの性能は有機塩基から発生す
る蒸気によって激しく低下せしめられることを発見した。・・・ネガティブトーン
システムの場合,適正な線幅を得るために必要とされる紫外線照射線量が増加す
る。一方,ポジティブトーンシステムの場合,レジストと空気の界面に皮膜の生成
が見られる。両効果とも,光生成された酸が空中の有機塩基によって中和されるこ
とによって生ずる」(訳文1頁)との記載が,甲5(同IX,Vol.1672,March
1992,pp46-55)には,「『化学増幅』システムにおいて,例えばポリ-(t-BO
C-スチレン)3
またはポリ-(t-BOC-スチレン-スルホン)4
と光酸発生剤と
を含有するレジストでは露光と露光後の焼成との間の遅延時間が長くなり,そのた
めレジスト表面におけるt-BOC基の非ブロック化が不完全となり,結果として
塩基に溶けない層すなわち『T-トップ』プロファイルが表面に形成されることが
示された。これは明らかに『遅延問題』であるが,その理由は多岐にわたる。ま
ず,下記を区別したい。A.PACの分散または塩基性汚染物といった『内部的
な』レジスト要因 B.汚染物の外部根源,すなわち,空気中の塩基」(訳文2頁
下から第2段落),「塩基の作用をシミュレートするために,少量のメチルジエタ
ノールアミンをレジスト液に添加した。図3から分かるように,たった0.2pp
mでもレジストのフォトスピードにかなりの影響を及ぼした。このシステムの遅延
の問題は塩基の添加によって強化された。塩基を含んだレジストは1時間経っただ
けで現像不可能となる」(訳文6頁下から第3段落~第2段落)との記載が,甲6
(同pp24-32)には,「酸触媒作用に基づいた数多くの化学増幅レジストは,微量の
空中浮遊有機汚染物質に対して極度に敏感である。・・・例えば,空中に浮遊して
いるN,N-ジメチルアニリンは,100ppbをかなり下回る量で存在していて
も,TBOCレジストの感放射線性を大幅に低下させることが明らかとなった。マ
イクロ電子機器の製造において有機フィルムのキャスティングおよびストリッピン
グに広く用いられている1-メチル-2-ピロリドン(N-メチルピロリドンまた
はNMP)は,CAレジストを劣化させるもう1つの物質であることが判明した」
(訳文1頁第1段落~最終段落)との記載がある。そうすると,甲4には,化学増
幅反応を示すレジストシステムの性能は,有機塩基から発生する蒸気によって激し
く低下されること,光生成された酸が空気中の有機塩基によって中和されることに
よりレジストと空気の界面に皮膜を生成することが,甲5には,化学増幅システム
において,露光と,露光後の焼成との間の遅延時間が長くなると「T-トップ」形
状が表面に形成されるが,その原因としてレジスト中に塩基性汚染物が存在するこ
と,この塩基性汚染物の作用をシミュレートするため,レジストに少量のメチルジ
エタノールアミンを添加したところ,レジスト溶液中に0.2ppmの添加により
光照射速度がかなり遅くなり,1時間の経過で現像が不可能となることが,甲6に
は,化学増幅レジストは微量の空中浮遊有機汚染物質に対して極度に敏感であるこ
とが開示されているものと認められる。
  しかしながら,他方において,刊行物10,11に記載されたものが,
それぞれ化学増幅型ポジ型感光性レジスト及び化学増幅型ポジ型感光性組成物に相
当するものであること,刊行物10には,貯蔵の間の安定化のために含窒素塩基性
化合物を添加することが,刊行物11には,露光後の感度の安定化のために含窒素
塩基性化合物を添加することが,乙2公報には,酸発生剤から発生した酸がアミン
で中和されることを利用して,パターン形状を良好にすることが,それぞれ記載さ
れ,集積回路技術は平版印刷版に用いられる感光性組成物と技術分野が異なるとい
うことはできないことは,上記アのとおりである。以上の点に,甲4~6が,SP
IEと称する学会が主催する第8回と第9回の会議において,2名の報告者(B
〔甲4〕とC〔甲5,6〕)によりされた報告にすぎないことを併せ考えると,当
業者は,甲4~6の上記記載があっても,刊行物10,11及び乙2公報に記載さ
れた良好な結果を得るための試行をするものというべきであり,本件特許出願当
時,化学増幅型ポジ型レジストと含窒素塩基性化合物との組合せを阻害する要因が
存在したものと認めることはできない。
(2)相違点アについて
ア 原告は,相違点アに係る構成は,含窒素塩基性化合物を含む化学増幅型
レジスト組成物において,本件特許出願前に周知事項とはいえないと主張する。し
かしながら,決定は,化学増幅型ポジ型レジスト組成物において,酸性官能基に対
する酸解離性基の置換率が「15~52%」であることは,刊行物4,5,7及び
8に記載されているとおり,本件特許出願前に既に周知の技術事項であるとしてい
るのであって,含窒素塩基性化合物を含む化学増幅型レジスト組成物において周知
の技術事項であると認定したものではないから,原告の上記主張は,その前提にお
いて誤りである。そして,含窒素塩基性化合物の含有の有無によって,酸性官能基
に対する酸解離性基による置換率が左右される格別の理由は見当たらないから,含
窒素塩基性化合物を含有しない化学増幅型ポジ型レジスト組成物における置換率
を,含窒素塩基性化合物を含有する化学増幅型ポジ型レジスト組成物における置換
率に適用できないとする合理的理由はなく,原告の上記主張は理由がない。
イ さらに,原告は,「15~52%」の置換率を採用することにより基板
との密着性や接着性のみならず,従来知られていない優れたパターン形状やフォー
カス許容性を達成できたのであるから,上記置換率とすることによる技術的意義が
ないということはできず,52%という上限値の技術的意義については,甲19実
験成績書に示されていると主張する。
  しかしながら,本件特許出願において,酸性官能基に対する酸解離性基
による置換率について,当初明細書(乙3)では,特許請求の範囲にその記載はな
く,発明の詳細な説明に「置換基Bは,樹脂(A)の全酸性官能基に対し,好まし
くは15~100%,さらに好ましくは30~100%導入する」(段落【002
5】)と記載されていたものであるところ,平成10年11月27日付け手続補正
書(乙4)により,特許請求の範囲に,「【請求項1】・・・少なくとも1種の酸
解離性基で,該酸性官能基に対し15~63%の割合で置換されたアルカリ不溶性
または難溶性樹脂」と,発明の詳細な説明に,「置換基Bは,樹脂(A)の全酸性
官能基に対し,15~63%,好ましくは30~63%導入する」(段落【002
3】)と記載するよう補正され,次いで,本件訂正請求により,上記第2の2のと
おり,特許請求の範囲の上記記載を「【請求項1】・・・少なくとも1種の酸解離
性基で,該酸性官能基に対し15~52%の割合で置換されたアルカリ不溶性また
は難溶性樹脂」と減縮し,これに伴い,発明の詳細な説明の上記「15~63%,
好ましくは30~63%」との記載を「15~52%,好ましくは30~52%」
と訂正したものである。上記手続補正書に伴って提出された原告の平成10年11
月27日付け意見書(乙5)及び本件訂正請求に伴って提出された乙7意見書によ
れば,上記減縮は,拒絶理由が引用する先願明細書(甲18)及び特願平3-35
3015号に開示された置換率との同一性を回避する目的でされたものであり,そ
れ以上の技術的意義を認めるに足りる証拠はないから,「15~52%」の置換率
を採用することの技術的意義を認めることはできない。また,甲19実験成績書に
基づく原告の主張は,本件明細書の記載に基づかない主張である上,甲19実験成
績書は,本件発明1における置換率の上下限値である15%と52%に臨界的意義
があることを示しているものとも認められないから,採用することができない。
(3)相違点イについて
  原告は,決定が引用する刊行物2,4,7及び8(甲8-1,10,13
及び14)には,含窒素塩基性化合物を含まない化学増幅型ポジ型レジストが開示
されているにすぎないから,含窒素塩基性化合物を含む化学増幅型ポジ型レジスト
組成物において,本件発明1で用いられる特定の感放射線性酸形成剤が周知であっ
たとすることはできないと主張する。しかしながら,決定は,化学増幅型ポジ型レ
ジスト組成物において,本件発明1の式(5)又は(6)で表されるオニウム塩,式(1
4)で表されるスルホン化合物,式(15)で表されるニトロベンジル化合物,式(1
6),(17)又は(18)で表されるスルホン酸化合物が,集積回路製造用の化学増幅
型ポジ型レジストに用いる感放射線性酸形成剤として本件特許出願前に既に周知で
あるとしているのであって,含窒素塩基性化合物を含む化学増幅型レジスト組成物
において周知であると認定したものではないから,原告の上記主張は,その前提に
おいて誤りである。そして,含窒素塩基性化合物の含有の有無によって,感放射線
性酸形成剤の選択が左右される格別の理由は見当たらないから,含窒素塩基性化合
物を含有しない化学増幅型ポジ型レジスト組成物における周知の感放射線性酸形成
剤置換率を,含窒素塩基性化合物を含有する化学増幅型ポジ型レジスト組成物に適
用できないとする合理的理由はなく,原告の上記主張は理由がない。
(4)相違点ウについて
ア 原告は,決定が引用する刊行物9(甲15)に記載されているポジ型感
放射線性樹脂組成物は,アルカリ可溶性樹脂を用いる非化学増幅型であり,また,
本件発明1で用いない1,2-キノンジアジド化合物を感放射線性酸形成剤に用い
る点で基本的に相違し,構成成分及び露光による反応機構の違い,並びに含窒素塩
基性化合物の影響の大きさの違いを考慮すると,刊行物9に含窒素塩基性化合物の
効果として保存安定性が記載されているからといって,化学増幅型ポジ型レジスト
組成物に含窒素塩基性化合物を含ませることも,その結果として優れたパターン形
状やフォーカス許容性という格別の効果を奏することも,いずれも想到することは
できないと主張する。
  しかしながら,化学増幅型も非化学増幅型も,感光により感放射線性酸
発生剤から発生した酸により,アルカリ不溶性となっていた樹脂組成物が,可溶性
に変化してパターンが形成される点では一致しているものである。そして,刊行物
9には,「アルカリ可溶性樹脂と1,2-キノンジアジド化合物とからなるポジ型
レジストを溶剤に溶解して長期間保存すると,アルカリ可溶性樹脂の劣化および
1,2-キノンジアジド化合物の変質が徐々に進み,感度変化,異物の増加等を起
こす問題がある。・・・このような感度変化や異物の発生は,解像度,感度,現像
性等のレジスト性能に大きな影響を与え,集積回路作製時の歩留まり悪化の原因と
なる」(2頁左上欄第2段落),「〔発明が解決しようとする問題点〕本発明の目
的は,・・・長期間または室温よりも高い温度で保存しても,感度変化や異物の増
加がほとんどない保存安定性に優れたポジ型感放射線性樹脂組成物を提供する」
(同頁左上欄最終段落~右上欄第1段落),「〔問題点を解決するための手段〕本
発明は,アルカリ可溶性樹脂100重量部と,1,2-キノンジアジド化合物5~
100重量部と,アルキルアミン,アリールアミン,アラルキルアミンおよび含窒
素複素環式化合物から選ばれる少なくとも1種類の含窒素化合物0.001~5重
量部とを含有することを特徴とする」(同頁右上欄第2段落)と記載されている。
ここで,上記1,2-キノンジアジド化合物は,感放射線性酸発生剤であるから,
刊行物9に記載された非化学増幅型ポジ型レジスト組成物においても,感放射線性
酸発生剤の一つである1,2-キノンジアジド化合物の変換によるレジスト性能へ
の悪影響は知られていたのであり,刊行物9には,この悪影響を防止するために,
含窒素塩基性化合物を加える技術が記載されているのであるから,非化学増幅型ポ
ジ型レジスト組成物と同等以上に発生した酸の悪影響が懸念される感放射線性酸発
生剤を含む化学増幅型ポジ型レジスト組成物に上記技術を適用して,感放射線性酸
発生剤の変質を防止しようとすることは,当業者が容易に想到し得ることといわな
ければならない。
  したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
イ また,原告は,刊行物10(甲16)に記載のフォトレジスト組成物
は,本件発明1とは使用する樹脂が全く相違すること,本件発明1とは,酸解離性
基による封鎖率(置換率)も相違すること,少量の塩基性化合物のレジストへの使
用が開示されているが,レジスト被膜から容易に除去される程度に揮発性である場
合に最も有利であり,そのことにより,その後の処理の間にレジストが完全に感光
性にされることも開示されているから,露光時にレジスト被膜中に塩基性化合物が
存在することによる積極的な効果を開示するものではなく,塩基性化合物の存在に
より優れたパターン形状やフォーカス許容性を示すことは何ら示唆していないこ
と,塩基性化合物の具体例が本件発明1で用いられる含窒素塩基性化合物と重複し
ているが,その量は,酸の痕跡を中和する程度の少量を用いるにすぎず,本件発明
1における下限値よりも更に少ない量であることを理由に,本件発明1は,従来技
術では達成されなかった優れたパターン形状やフォーカス許容性を達成できたもの
であり,刊行物10から想到することはできないと主張する。
  確かに,刊行物10記載のフォトレジスト組成物は,本件発明1と使用
する樹脂が相違するが,刊行物10記載のものも,本件発明1と同様の化学増幅型
ポジ型レジスト組成物であるところ,樹脂の相違によって,刊行物10記載の技術
事項を適用することが左右される格別の理由は見当たらず,刊行物10には,置換
率に関する記載はないものの,本件発明1における置換率の範囲に技術的意義がな
いことは,上記(2)のとおりである。また,刊行物10には,揮発性である場合に最
も有利であると記載されているのであって,それ以外の場合に使用できない理由は
ないから,露光時にレジスト被膜中に塩基性化合物が存在することによる積極的な
効果を開示するものではないということはできない。さらに,刊行物9(甲15)
の上記アの記載にあるように,非化学増幅型ポジ型レジストではあるが,感放射線
性酸発生剤である1,2-キノンジアジド化合物5~100重量部を含むレジスト
樹脂100重量部当り,すなわち,これらの合計量105~200重量部当り,含
窒素塩基性化合物を0.001~5重量部含有させること,換言すれば,1,2-
キノンジアジド化合物により,アルカリ不溶化されたアルカリ可溶性樹脂を含むレ
ジスト組成物100重量部当り,0.0005~4.76重量部の含窒素塩基性化
合物を添加することが公知であるから,この値を参考として,刊行物10に記載さ
れた「少量」を,本件発明1に規定される「アルカリ不溶性樹脂100重量部当り
0.001~10重量部」との添加量を設定することは,当業者が容易にし得るこ
とというべきである。
ウ 刊行物11(甲17)に記載された感光性組成物が平版印刷版用の樹脂
であることは,原告主張のとおりであり,要求される精細度に差があることが認め
られるが,高精細な再現性が求められている点で,両者は目的を一にするものであ
るから,両者間で技術を相互に適用する点に何らの困難性は見いだせないことは,
上記(1)のとおりである。そして,刊行物11の上記(1)の記載によれば,本件発明
1における含窒素塩基性化合物の具体例と重複するアミン化合物を,本件発明1で
規定される添加量と十分重複する範囲内の添加量で含有させることにより,露光後
の感度の安定性が高く,小点の再現性及び調子再現性が優れた感光性平版印刷版に
使用する感光性組成物を提供できることが開示されていると認められるから,同じ
く化学増幅型感光性組成物であるポジ型レジストに適用した場合においても,露光
後の感度の安定性の効果が得られることは,当業者が当然に予測し得ることであ
る。
(5)顕著な作用効果について
 原告は,本件発明1における,【請求項1】記載の(1),(2)及び
(3)の3成分の組合せに係る集積回路製造用ポジ型レジスト組成物は,本件特許
出願当時の技術水準から,その組合せが当業者に予測し難く,しかも,この組合せ
によって優れたパターン形状やフォーカス許容性が達成されることは,当業者が予
期し得ない顕著な作用効果であると主張する。しかしながら,相違点ア~ウに係る
構成は当業者が容易に想到し得るものであることは,上記のとおりであり,その組
合せを困難とする理由も見当たらないから,当業者が予測し難い組合せであるとい
うことはできず,その奏する作用効果も,当業者が予期し得ない顕著なものとは認
め難い。乙2公報には,本件発明1が採用するフォーカス許容性0.4μmのライ
ンアンドスペースに比較し,更に間隔の狭い0.35μmのパターンルール(ライ
ンアンドスペース)を採用した場合においても良好なパターン形状が得られること
が記載されているが,同記載は,原告主張の作用効果が顕著なものといえないこと
を裏付けるものである。
(6)以上によれば,原告の取消事由1の主張は理由がないというべきである。
 2 取消事由2(本件発明2,3の進歩性の判断の誤り)について
 本件発明1と周知技術との相違点ア~ウについての決定の判断に誤りがない
ことは,上記1のとおりであるから,その誤りを前提とする原告の取消事由2の主
張も,理由がない。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由1,2はいずれも理由がなく,本件発明
1~3の進歩性を否定した決定の判断に誤りはないから,その余の取消事由につい
て判断するまでもなく,本件発明1~3に係る本件特許は拒絶の査定をしなければ
ならない特許出願に対してされたものであるとした決定に誤りはなく,他に決定を
取り消すべき瑕疵は見当たらない。
 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
     東京高等裁判所知的財産第2部
           裁判長裁判官   篠  原  勝  美
      裁判官   岡  本     岳
      裁判官   早  田  尚  貴

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛