弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を一年八月及び罰金十五万円に処する。
     但し、この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
     右罰金を完納することができないときは金千円を一日に換算した期間被
告人を労役場に留置する。
     原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
         理    由
 本件控訴の趣意は弁護人小石幸一、同大久保弘武作成の各訴訟趣意書記載のとお
りであるからこれを引用し、これに対し当裁判所は次のように判断する。
 弁護人小石幸一の控訴趣意第一、第二(事実誤認、法令適用の誤の主張)につい
て。
 所論は、被告人はいわゆるステツキガールを自己の占有する場所に居住させてこ
れに売春をさせることを業とした事実はない、すなわち、被告人は浜松市a町b番
地の自宅において「第一文化クラブ」と称するいわゆるステツキクラブを経営し、
原判示のいわゆるステツキガールを同所に居住させ、且つ同所を待機場所とし、客
の求めに応じてその指定する旅館、料理店、貸席等に同女等を派出して宴席におけ
る客の接待にあたらせ、その対価として派出時間に応じ客より支払を受けた線香代
と称する金員(一時間につき二〇〇円又は二五〇円の割)を同女等と分け合うとい
う形態の営業をしていたものであつて、被告人は、右ステツキガール等に対し売春
を勧誘又は強要したことはなく、右クラブには売春行為のための施設もなく、同女
等が右クラブにおいて売春行為をした事実もない、もつとも、派出時間が深夜又は
翌朝に亘る場合同女等が派出先において売春をしていたことはあり、そのことは被
告人においてもこれを認識していてこれを認容してはいたが、かような場合被告人
が同女等に対し売春防止の積極的行為をしなかつたからといつてこれにより売春防
止の作為義務のない被告人が売春をさせたものとしての責任を負うべき筋合はな
い、更に又、被告人は前記線香代のほかに同女等が売春の対償として得た金員を収
受した事実もないのであつて、被告人は同女等に売春をさせることを業としたもの
ではない、しかるに、前記のようなステツキクラブを経営した事実をもつて、原判
決は売春防止法にいわゆる「自己の占有する場所に居住させ、これに売春をさせる
ことを業とした」と認定して同法条を適用処断したのは事実の誤認であり右法条の
適用を誤つたものであると主張するのである。よつて案ずるに、原判決挙示の各証
拠を総合すれば、被告人は浜松市a町の自宅において「第一文化クラブ」と称する
いわゆるステツキクラブを経営していたもので、原判示の〇〇〇子等をいわゆるス
テツキガールとして雇い、客の求めに応じてその指定する旅館、料理店、貸席等に
派出して、同女等をして宴席における客の接待にあたらせ、その対価として派出時
間に応じ客より支払を受けた線香代と称する金員(一時間につき二〇〇円又は二五
〇円の割)を同女等との間に約定に基づく一定の割合で(線香代二〇〇円の場合は
一〇〇円、同二五〇円の場合は一二〇円が被告人の取得分で、その残額がステツキ
ガールの取得分)分け合うという形態の営業をしていたこと、右客よりの派出要求
が夜遅くなされこれに応じてステツキガールが派出された場合には、同女等はその
派出先において「時間」又は「泊り」と称し客に売春をしていたのが常であつて、
このことは被告人において十分諒知しており、被告人は同女等に対し予て「お客と
一緒に泊る場合は線香代と枕代を貰え」とか、「お客と一緒に泊るなら安い金で寝
てはいけない」などと注意を与えていたこと、被告人は右ステツキガール等を右自
宅であるクラブ又は近所の自己の娘の住居に宿泊させており、毎日午後五時頃から
翌日午前二時頃までの間は右クラブに参集待機させて右クラブを客待ちの場所とし
ていたのであつて、夜遅く客よりステツキガール派出の要求があると、被告人は右
のように同女等が派出先で売春をすることを知りながらこれを認容して同女等を派
出し同女等をして売春をさせていたものであること、同女等が線香代及び売春の対
償を受取つてクラブに帰つて来ると被告人は同女等より線香代を受取り、その内約
定に基づく自己の取得分を取り、残りは同女等の被告人に対する債務に充当するた
め自己の手中に保管していたこと、かような行為を被告人は原判決摘示の期間続け
て行つていたこと、前記のようにクラブに待機することに定められていた午後五時
頃から翌日午前二時頃までの待機時間中に、ステツキガールが個人的な用事のため
外出した場合とか、被告人から派出を指示されてこれに応じなかつた場合には、そ
の時間に対応する線香代の被告人取得分に相当する額をステツキガールより被告人
に納めさせてこれを取得していたものであること、従つて右ステツキガールは被告
人に対し、右債務や前借又は営業用着物新調のために生じた呉服代等の債務を各自
数万円負担し、それらの支払のほか、自己の小遣銭、家族への仕送りに必要な金員
を得るため売春行為による資金獲得の途を選ぶように仕向けられていた実情にあつ
たことが認められるのであつて、以上認定の事実から被告人の行為は売春防止法第
一二条にいわゆ<要旨>る「人を自己の占有する場所に居住させ、これに売春をさせ
ることを業とした」ということができる。しかし</要旨>て、売春防止法第一二条
の罪の成立には、業者が婦女に対し売春を勧誘すること換言すれば積極的に売春す
るよう働きかけること、あるいは婦女に対し売春を強要することを必要とするもの
ではなく、又業者が売春の対償そのものを収受することも必要でないし、婦女が売
春行為をする場所については制限されておらず、従つてその場所が業者自身の占
有、管理ないし指定する場所であることを要しないのであり、又業者の占有して婦
女を居住させている場所に売春行為のための施設の存することも必要でないと解す
るを相当とするから、所論のように、被告人がステツキガールに対し売春を勧誘又
は強要したこともなく、又売春の対償を収受したこともなく、ステツキガールが右
クラブにおいて売春行為をなしたことがなく、同所に売春行為のための施設が存し
なかつたからといつて、同条にいわゆる売春をさせることを業としたと認めること
の妨げとはならないものといわなければならない。又被告人にはステツキガールに
対する売春防止の積極的作為義務がないから同法条違反はないとの所論は、原判決
の事実認定に副わない主張であつてその前提を欠き弁護人独自の見解で採用の限り
でない。して見ると、原判決の事実の認定及び法令の適用は右と同趣旨に出たもの
と認められるので結局原判決には所論のような事実誤認や法令適用の誤はないもの
といわなければならない。
 なお所論は売春防止法第四条違反を主張するが、同法条の趣旨とするところは、
同法第二章所定の犯罪の捜査に従事する者が犯罪の立証を徹底的に行おうとして売
春行為の証拠蒐集をする場合に、事柄の性質上、適法の限界を逸脱して人権侵害に
陥る虞があるので、かかる弊害の生ずることがないように、法が特にそれら捜査に
従事する者に対する注意規定を設けたものがこの法条であると解せられるのであつ
て、原判決の法令の適用には毫も同法条違反の廉は存しないのである。この規定を
直接罪刑法定主義を宣言したものであるとなし原判決の法令適用に同法条違反があ
ると主張する所論には到底賛成できないからこの点の主張は採用しない。
 以上の次第であつて論旨はすべて理由がない。
 (その他の判決理由は省略する。)
 (裁判長判事 長谷川成二 判事 白河六郎 判事 関重夫)

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