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裁判例


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       主   文
1 甲事件について
 甲事件原告らの請求を棄却する。
2 乙事件について
 被告は,福岡県に対し,金1億0005万5128円及びこれに対する平成13
年11月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 丙事件について
 被告は,a及びbに対して,金8704万0595円及びこれに対する平成14
年12月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を連帯して支払えとの請
求をせよ。
4 甲,乙及び丙事件について
 訴訟費用は,甲事件については甲事件原告らの,乙事件については乙事件被告及
び参加人の,丙事件については丙事件被告の各負担とする。
       事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 甲,乙及び丙事件原告ら(以下「原告ら」という。)
(甲事件につき)
 被告は,福岡県に対し,金1億1363万1426円及びこれに対する平成12
年6月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(乙及び丙事件につき)
 主文2,3項同旨
(甲,乙及び丙事件につき)
 訴訟費用は被告の負担とする。
2 甲,乙及び丙事件被告(以下「被告ら」という。)
(甲,乙及び丙事件につき)
(1) 本案前の答弁
 原告らの訴えをいずれも却下する。
(2) 請求の趣旨に対する答弁
ア 原告らの請求をいずれも棄却する。
イ 訴訟費用は原告らの負担とする。
第2 事案の概要
 甲及び乙事件は,いずれも福岡県の住民が福岡県知事である被告に対し,福岡県
が現職の教諭を福岡県同和教育研究協議会(以下「県同教」という。)に研修名目
で派遣してその給与を支出してきたことにつき,同派遣従って給与支払は違法であ
り,被告は,この違法性を知っていたか又は知らなかったことに過失があるから,
福岡県が被った損害を賠償する義務があるとして,平成11年3月17日から平成
12年3月16日までに派遣教諭に給与として支払われた合計金1億1363万1
426円(甲事件)と平成12年8月から平成13年7月までに派遣教諭に給与と
して支払われた合計金1億0005万5128円(乙事件)の賠償を福岡県に対し
て支払うよう求めた事案である。
 丙事件は,福岡県の住民が福岡県知事に対し,福岡県が現職の教諭を県同教に研
修名目で派遣してその給与を支出してきたことにつき,同派遣従って給与支払は違
法であり,福岡県知事であったaは,この違法性を知っていたか又は知らなかった
ことに過失があり,福岡県教育委員会(以下「県教委」という。)委員長であった
bは上記派遣及び給与の支出に関わった者であり,福岡県が被った損害を賠償する
義務があるとして,福岡県がa及びbに対して,平成13年9月から平成14年8
月までに派遣教諭に給与として支払われた合計金8704万0595円の賠償請求
を行うよう求めた事案である。
1 当事者間に争いのない事実
(1) 原告らは,いずれも福岡県の住民である。
(2) 甲及び乙事件被告及び丙事件におけるaは,平成7年4月から福岡県知事
の職にあり,給与等の公金支出につき最終の権限を有するものである。bは,平成
13年7月16日から現在まで県教委委員長の職にあり,地方教育行政の組織及び
運営に関する法律(以下「地教行法」という。)第23条により,学校その他の教
育機関の職員の任免その他の人事に関すること(同条3号),校長,教員その他の
教育関係職員の研修に関すること(同条8号),その他当該地方公共団体の区域内
における教育に関する事務に関すること(同条19号)を管理,執行する権限を有
する教育委員会を代表する者である。
(3) 福岡県は,別紙「福岡県同和教育研究協議会の役員・研修員の勤続年表」
記載のとおり,長年にわたって,現職の教諭を県同教に派遣し,かつその給与を支
出してきた。なお,平成10年度ないし平成14年度の派遣職員は別紙「平成10
年度ないし平成14年度の県同教事務局派遣職員名簿」記載のとおりである。
 上記派遣教諭に対し平成11年3月17日から平成12年3月16日までに支払
われた給与は合計金1億1363万1426円,平成12年8月から平成13年7
月までに支払われた給与は合計1億0005万5128円,平成13年9月から平
成14年8月までに支払われた給与は合計金8704万0595円である。
(4) 県同教は,「部落解放の教育を確立する同和教育の研究と実践につとめ,
真の民主教育の実現を期することを目的」として,昭和36年1月27日に発足し
た,法人格のない民間の研究団体である。
 その組織は,上記目的に賛同する郡市町村単位の同和教育団体,公立高等学校及
び私立学校同和教育研究団体並びに特別会員からなっており,現在,90の同和研
究団体から構成されている。
(5) 甲事件原告らは平成12年3月16日に,乙事件原告らは平成13年7月
27日に,丙事件原告らは平成14年8月30日に,甲,乙及び丙事件それぞれに
対応する公金支出につき,福岡県監査委員に対し,地方自治法第242条第1項に
基づく監査請求を行ったところ,同監査委員は,甲事件に対応する監査請求につい
ては平成12年5月15日に,乙事件に対応する監査請求については平成13年9
月21日に,丙事件に対応する監査請求については平成14年10月29日に各監
査請求を棄却する旨の通知を行った。
2 争点
(1) 甲及び乙事件被告並びに丙事件におけるa及びbが地方自治法第242条
の2第1項第4号の職員に当たるか否か。
(被告らの主張)
 政令指定都市である福岡市の県費負担教職員については福岡市教育委員会が,同
様に北九州市の県費負担教職員については北九州市教育委員会が,地教行法第58
条第1項の規定により,それぞれ任命権を有し,県立学校職員については同法第3
4条により,政令指定都市以外の市町村立学校職員については同法第37条第1項
により,県教委が任命権を有する。また,公立学校教員の研修は,地方公務員法
(以下「地公法」という。)第39条,教育公務員特例法(以下「教特法」とい
う。)第19条,第20条,地教行法第23条第8号及び第58条第2項によって
任命権者が行うものとされる。福岡県においては,県教委が,地方自治法第180
条の5第1項第1号に規定する執行機関であり,同法第180条の8及び地教行法
第23条により同和教育を含めた教育に関する事務を管理し及び執行する権限を有
する。そして,県教委は県立学校教論に対し,政令指定都市の教育委員会は当該市
の県費負担教職員に対し,また,政令指定都市以外の関係市町村教育委員会は,地
教行法第43条及び第45条第2項の規定により,服務監督権者として当該市町村
の県費負担教職員に対し,職務命令により研修を命じたものである。
 次に,教員の給与については,地公法24条6項及び教特法25条の5(県被負
担教職員については地教行法42条)により条例で定めることとされ,その適用条
令は福岡県公立学校職員の給与に関する条例であり,同条例6条3項によって,県
教委が任命権を有している教員の給与の支給については県教委が責任をもって支給
している。さらに,教員の給与は,予算事務については県教委の内部組織である財
務課が所管し,給与の具体的な支出については,財務関係に関する知事の事務の専
決として,教職員課が所管している。
 このように,福岡県知事には,教員に対し,研修を命ずる権限はないのであるか
ら,各任命権者が研修を命じたことは,甲及び乙事件被告並びに丙事件におけるa
の関知しないところであり,かつ,研修を命ぜられた職員の給与については,給料
月額及び諸手当並びに給与支払事務手続に何ら変動はないので,福岡県知事は,給
与の支払の当否について関知しうる立場にないのであるから,その責任を問われる
理由はない。
 また,bは県教委の委員長であるところ,同委員長は教育委員会の会議を主宰す
るにすぎず,地教行法12条3項が定めている「代表」権限についても,教育委員
会の権限に属する事務を委員長単独で行いうるものではなく,又委員長が事務の執
行者となるものでもない。なお,地教行法26条1項は,教育委員会は,規則で定
めるところにより,その権限に属する事務の一部を教育長に委任することができる
ものとされ,県教委にあっては「福岡県教育委員会の事務委任等に関する規則」に
よって,教員の研修及び当該教員の給与の支給については教育長に委任されてお
り,bが実務に関与しうる立場になく,その責任を問われる理由はない。
 以上のとおりであるから,甲及び乙事件被告並びに丙事件におけるa及びbは,
地方自治法第242条の2第1項第4号に規定する当該職員に該当せず,被告適格
を欠く。
(原告らの主張)
 地方自治法第242条の2第1項第4号の「当該職員」とは,「当該訴訟におい
てその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来有すると
されている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして同権限を有するに至
った者を広く意味」すると解されている(最高裁昭和62年4月10日判決・民集
41巻3号239頁)。長の権限に属する一定の範囲の財務会計上の行為をあらか
じめ特定の吏員に委任することとしている場合であっても,あるいは特定の補助職
員に専決させることとしている場合であっても,長が「当該職員」に該当すること
に変わりはない(最高裁平成3年12月20日判決・民集45巻9号1455頁,
同平成5年2月16日判決・民集47巻3号1687頁)。そして,地方公共団体
の長は,当該地方公共団体の事務等を管理し,これを執行する権限,予算執行権限
及び支出命令権を有するとされており(地方自治法第148条,第149条),し
かも派遣教諭らへの違法な給与支出が問題となっている本件との関連でいえば,地
方公共団体の長は,教育委員会の所掌に係る事項について予算執行に関する事務を
管理し及び執行すると規定されている(地教行法第24条)ことからすれば,地方
公共団体の長である甲及び乙事件被告並びに丙事件におけるaが,正に「当該訴訟
においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来有
するとされている者」に該当することは明らかである。したがって,福岡県知事で
ある甲及び乙事件被告並びに丙事件におけるaは上記「当該職員」に該当し,被告
らの本案前の抗弁は何ら理由がない。
 また,県教委が現職教諭の県同教への派遣及び給与支出の実務についての責任を
有する機関であることからすると,県教委の委員であり,しかも委員長として,県
教委の決定に対し責任を負う立場にあるbが,上記「当該職員」に該当することは
明らかであって,被告らの本案前の抗弁は理由がない。
(2) 丙事件におけるbに関し,監査請求前置の手続が採られたといえるか。
(bの主張)
 地方自治法242条の2第1項4号による請求は,同法242条1項の規定によ
る請求をした場合においてなしうるものであるところ,原告らの監査請求は,「教
育長は現職教諭の県同教派遣の一切をただちに取りやめること」というにあって,
県教委はおろか同委員長が監査請求の対象者となっておらず,更に請求の趣旨も損
害賠償を求めるものとなっていないことからすると,丙事件のうちbを対象とした
部分は,監査請求前置の手続が採られたとはいえない。
(丙事件原告らの主張)
 住民訴訟においては,その対象とする財務会計上の行為又は怠る事実について監
査請求を経ていると認められる限り,監査請求において求められた具体的措置の相
手方とは異なるものを相手方として同措置の内容と異なる請求をすることも許され
ると解すべきであって(最高裁判所平成10年7月3日第2小法廷判決),監査請
求では,「今後教員らへの給与支払いはやめること。既に支給した分については,
公金支出の最終権限者たる県知事に対して支出相当額の損害賠償を求めること。現
職教員の県同教派遣の一切をただちに取りやめること。」を求めていたものであっ
て,監査請求前置を欠くものではない。
(3) 公金支出の違法性
(原告らの主張)
① 同和教育行政の不要性について
 国や地方自治体は,同和問題(部落問題)解決のために,これまで様々な特別の
行政施策を実施してきた。行政の一分野である教育行政においても,同和問題に起
因する教育上の諸問題(同和地区児童・生徒の長期欠席,不就学及び低学力等)解
決のために,「同和教育加配教員」制度の実現及び「同和奨学金」制度の実施等,
同和地区児童・生徒のための特別施策が実施されてきた。
 しかるに,社会・経済の発展と永年の同和施策の結果,住民の融合・混住が進
み,格差・差別意識は消滅(又は著しく減少)し,特別の行政施策としての同和行
政は不必要となった。加えて,住民の融合・混住により,同和地区の実態は大きく
変貌しており,特別施策の対象となる住民を特定すること自体も不可能となってい
る。
 このような現状を踏まえて,「同和行政」という行政上の特別措置は,平成9年
3月末をもって若干の経過措置を残して原則的に終了し,平成14年3月末にはす
べて廃止し,一般対策によって対処することになった。総務省大臣官房地域改善対
策室は,平成13年1月26日付けの文書「今後の同和行政について」において,
同和特別対策を基本的に終了し,一般対策に移行する主な理由として,(ア)特別
対策は,本来臨時的なものであり,これまでの膨大な事業の実施によって同和地区
を取り巻く状況は大きく変化していること,(イ)特別対策を続けていくことは差
別解消に必ずしも有効ではないこと,(ウ)人口移動が激しい状況の中で,同和地
区・同和関係者に対象を限定した施策を続けることは実務上困難であることを挙げ
ている。
 このことは行政の一分野である教育行政にも当然に当てはまることである。すな
わち,貧困及び学力不足等同和地区の子供達が抱える問題は,同和地区の子供達に
特有なものではなく,子供達一般にみられる問題となっている。同和問題に起因す
る教育上の諸問題は既になくなり,また,同和地区児童・生徒の特定も不可能とな
っている今日,福岡県において,もはや同和教育行政は不要となっている。このよ
うな現状を無視して,特別施策としての同和教育行政に対する公費の支出を続ける
ことは,公費の無駄遣いといわざるを得ない。
② 県同教の性格と活動内容について
 昭和28年に結成された全国同和教育研究協議会(以下「全同教」という。)
は,民主的な教師達による同和教育運動として全国に広がったが,福岡県でも昭和
36年1月27日に県同教として発足した。全同教や各地の県同教は,不就学の子
供をなくす運動,教科書無償の実現運動,低学力の克服運動及び就職差別反対の運
動等,子供の教育権を保障するための積極的で民主的な活動を展開してきた。
 部落解放同盟(以下「解同」という。)は,昭和35年の大会で部落解放運動を
広範な国民の民主的運動の一環としてとらえ,国民の団結と統一戦線の力によって
部落問題を解決することを強調する要綱を確立したが,一部の幹部が「部落民以外
は差別者」という部落排外主義を運動に持ち込むようになり,昭和44年3月に矢
田事件,昭和49年11月に八鹿高校集団暴力事件を引き起こし,部落解放運動を
分裂させた。すなわち,国民融合論の立場に立つ全国部落解放運動連合会(以下
「全解連」という。)と部落排外主義の立場に立つに至った解同とに組織が分裂し
た。
 解同は,部落排外主義的運動方針により,「解放教育」と称して,同和教育を解
同の指導と援助によって推進される反教育的な運動に変質させたのである。具体的
には,「語り」,「部落民宣言」,「狭山教育」及び「確認・糾弾」等が解放教育
の名のもとに全国的に行われるようになった。県同教が「同和教育」の名のもとに
すすめてきたのも,この解放教育であった。
 県同教は,部落解放基本法制定を求める解同の方針を一貫して支持し,その実現
のために解同と共同闘争を行ってきた。すなわち,県同教は,毎年部落解放基本法
の制定を活動方針に挙げ,昭和61年からは「部落解放基本法制定要求国民運動福
岡県実行委員会」の事務局を勤め,実行委員会の副会長には県同教の会長が就任し
たほか,解同福岡県委員長と連名で,県教委に対して「1994年度解放教育の推
進に関する要求書」を提出しているが,要求の第一が部落解放基本法制定に向けて
の行政への協力要請である。さらに,平成7年12月と平成8年5月には,上記福
岡県実行委員会として部落解放基本法制定を求める意見広告が西日本新聞に掲載さ
れたが,その連絡先には県同教事務局がなっている。
 組織的にも,県同教は常に解同の幹部をその副会長として抱え,部落解放や同和
教育の方針においても解同と同じ立場に立ち,更に,その実践においても解同と一
体となって活動してきたのであり,まさに県同教は,解同の解放運動の方針を教育
の分野で実践するための運動団体といわざるをえない。
③ 研修手続について
 教育公務員は学校現場における生徒・児童に対する教育を本来的な職務内容とし
ている。したがって,これらの教育公務員に対する研修はその本来的職務内容と同
視しうるもの,もしくは少なくともその研修の成果を学校教育現場に還元しうるも
のでなければならない。それ故に教特法や福岡県教育公務員の長期にわたる研修に
関する規則(以下「長期研修規則」という。)は,研修についての手続・期間,研
修計画及び研修報告書の提出等を厳格に規定し,その反面において研修期間の給与
を保障しているものである。即ち,長期研修規則の定める期間の制限や研修目的の
明確化といった手続的規制は,教育現場への還元という本来の研修の目的を通じて
正しく理解できるものである。
 しかしながら,派遣教諭の中には研修終了後に地方議会の議員となる者や定年を
迎える者もおり,これらの教諭だけを例にとっても学校教育への還元など全くなさ
れていない。さらに,教育現場への還元という観点からすると,本来一つの研修テ
ーマが終わると教育現場に戻るべきであるのに,次々と新しいテーマを設定して,
県同教で同じ教諭が派遣され続けることも「研修の目的」に反するはずである。
 派遣の決定についても,長期研修規則に規定する「公募」や「志望」ではなく,
いわば校長の推薦で決定されているほか,長期研修規則によれば研修を受ける場合
には研修の題目とか研修の場所等を記載して,その承認を受けることになっている
のに,研修を受ける者によっては,これが明確でない者もいる。さらに,研修の期
間についても,長期研修規則に規定する期間以上に研修を受けている者がほとんど
であり,派遣期間についても,平均で会長が6年,事務局長が4年となっているだ
けでなく,10年を超えるものも少なくない。
 辞令についても「教育委員会の事務局職員に任命する」というものであるが,教
育職の職員は,一般職の職員とは任命権者も職員採用手続も異なるものであって,
辞令には研修の内容が明示されず,研修報告書も,平成元年から平成7年までは出
されておらず,平成8年以降からようやく提出されるようになったものであって,
その報告書も同じ資料が使われる等研修と認められるものではない。
④ 研修及び派遣の実態について
 派遣教諭によって,派遣先である県同教という民間団体が運営され,組織活動が
成立しており,しかも,派遣教諭は,専ら県同教の運営に従事し,年中県同教,全
同教及び福岡県高等学校同和教育研究協議会(以下「高同教」という。)の活動の
ために県内及び全国を飛び回っており,その出張日数は少ない者でも90日,多い
者で142日と異常に多く,教育公務員としての任務を果たしていない。しかも,
その出張目的は,「高同教役員選打ち合わせ」や「基本法制定中央実行委員会」等
民間団体の役員選挙のための出張や法律制定運動の実行委員会への出席で,到底研
修といえるものではない。さらに,派遣教諭の一部は,派遣先とは異なる民間団体
である高同教の運営・活動にも従事している。「研修先」として派遣された民間団
体以外の団体の業務に従事し,その活動のために出張等をすることは明らかに兼職
禁止に抵触する。兼職の場合は任命権者の承諾が必要であるが,そのような手続も
一切取られていない。また,派遣教諭らが法律の制定運動などといった極めて政治
的な運動を主体的に行っていることも「研修」とはいえないばかりか,教育の中立
性・公共性に反する。
(被告らの主張)
① 同和教育の必要性と県同教について
 県教委は,昭和36年に,同和教育を組織的及び計画的に推進することを目的と
した「同和教育5か年計画」を策定し,その中において,各地区段階及び県段階に
おける同和研究団体の育成と指導者の養成を図ることなどを定め,昭和37年から
県内唯一の同和教育研究団体である県同教に対する補助金を交付するとともに,県
同教とともに各種事業を開催するなど,県同教を教育研究団体として育成に努める
ことにした。
 県同教は,昭和31年以後結成されていた県内数箇所の同和教育研究団体を中心
にして,福岡県における同和教育の研究と推進を図ることを目的として,昭和36
年5月に発足した。県同教は,現在,郡市町村単位の同和教育研究団体,公立高校
及び私立学校同和教育研究団体並びに特別会員をもって構成される組織であり,そ
の目的・事業は会則に明示されている。総会・評議会・代表者会・事務局会等の機
関を定め,会員の総意を反映するとともに,総合調整しながら研究実践の推進・充
実を図っている。役員は,会長1名,副会長8名(平成12年度からは4名)及び
監査2名で,事務局は,事務局長1名,事務局次長2名,会計1名及び事務局員6
名で構成されている。会員数は,保育所・幼稚園及び小・中・高等学校の教職員及
び各市町村行政職員を中心にして,PTA関係者及び大学教員等を含めて2万人を
超えている。
 一方,昭和40年,同和対策審議会設置法で設置された同和対策審議会(以下
「同対審」という。)が答申を出し,「同和問題は基本的人権が侵されているとい
うもっとも深刻にして重大な社会問題」であり,同和問題の早急な解決は「国の責
務であり,同時に国民的課題」であるという認識に立って,課題解決の具体的方策
の1つとして,同和教育研究団体等の行う研究に対して助成措置を講じることを明
記するとともに,同和問題に関して深い認識と理解をもつ指導者の不足と同和教育
に関し教育研究団体等の行う研究に対し,補助を行うことを指摘した。また,昭和
44年には「同和対策事業特別措置法」が施行され,対象地域における教育の充実
等の目標を達成するために,高等学校等の進学奨励費補助事業など必要な措置が講
じられることになった。
 県教委は,同対審答申の趣旨に基づいて,昭和45年3月に「福岡県同和教育基
本方針」を策定し,全ての学校及び地域社会において同和教育を積極的に推進する
とともに,意欲と実践力に富む指導者の養成と同和教育研究団体の育成を図ること
を定めた。加えて,県同教は,同年,県同教が県内唯一の同和教育研究団体である
ことから,管下教職員の県同教及び各地区同和教育研究会への積極的参加を促して
現在に至っている。
 平成8年の地域改善対策協議会(以下「地対協」という。)の意見具申は,「同
和開題は多くの人々の努力によって,解決へ向けて進んでいるものの,残念ながら
依然として我が国における重要な課題といわざるを得ない」とし,今後の重点施策
の方向として,「公的な性格を有する民間団体,社会教育関係団体や民間企業も,
今後の教育及び啓発において重要な役割を担うことが期待される」と,差別意識の
解消に向けた教育・啓発の推進にとって民間団体が担う役割の重要性を述べてい
る。この意見具申を踏まえ,県教委は平成9年に「今後の同和教育推進についてー
指針ー」を策定した。その中では,同和教育を深化・充実させるうえで同和教育研
究団体が果たしている役割は大きく,今後とも,課題解決のための教育活動や同和
問題・人権問題に係る教育及び啓発活動の改善・充実が積極的に推進されるよう研
究団体の育成に努める必要があるとしている。
 上記方針に基づき,県教委では,(ア)県同教は結成以来,国民的課題である同
和問題の解決に向け,教育の側面から研究実践を進めている教育研究団体であり,
約40年に及ぶ研究実践の蓄積を有していること,(イ)県内の教職員及び行政関
係者を中心に2万人を超す会員が加入しており,県内各地の同和教育研究団体等の
協議の場を保障し総合的調整をすることのできる組織実態をもった幅広い組織であ
ること,(ウ)その研究実践はさまざまな研究会や研究成果物として県の同和教育
の推進に寄与していること,(エ)同和教育の推進に貢献する多くの指導者を輩出
していること,等の理由から引き続き県同教を積極的に育成していくこととした。
 さらに,県教委では次のような理由及び必要性にかんがみ,教員を県同教におい
て研修させ,学校同和教育・人権教育の深化・充実のための指導者の養成を図って
いるものである。すなわち,(ア)県同教は,結成以来約40年間,国民的課題で
ある同和問題の解決に向け,教育の側面から研究実践を進めている教育研究団体で
あって,豊富かつ有効な資料や出版物を有しており,県内各地の同和教育研究団体
等の協議の場を保障し,総合的調整をすることのできる組織実態をもった幅広い組
織であることから,より広範な県民の理解と協力のもと,大学等の研究者と連携し
て同和教育を推進し,研究実践を深めることが可能な研究団体であること,(イ)
県同教における研修員の研究主題は,「低学力の子どもを中心にした豊かな授業創
造についての研究」,「保幼・小・中・高の連携した進路・学力保障の取組みに関
する研究」,「福岡県同和教育副読本「かがやき」の活用促進の方法の研究」及び
「福岡県同和教育副読本「かがやき」高等学校用の活用に関する研究」等,同和地
区児童生徒をはじめとしたすべての児童生徒の学力向上,進路保障及び差別事象の
克服に向けた人権尊重の精神の育成という福岡県の学校同和教育の重要課題の解決
に寄与する研究であって,その研究実践によって,研修員は同和問題に関する科学
的認識や調査分析能力を身に付けるとともに,その成果を学校における校内研修・
授業研究での助言や意見交流を通して学校現場に活かし,またさまざまな研究大
会,研修会での提案・報告等を通して学校に還元していること,(ウ)同和教育・
人権教育の学習に際しては,地域の人材をはじめ人権に関し幅広い識見のある人材
を活用するとともに,そのような指導者層の充実を図ることが必要であるととも
に,県同教における研修員は,自らの研究を通してその資質や能力を高めているの
であって,その研究成果は,県教委が主催する研修事業や学校教育・社会教育にお
ける同和教育研修会等の内容や方法の構成及び同和教育副読本の活用促進等に活か
されており,本県の同和教育を推進するための指導者としての力量を身に付けてい
ること,(エ)県同教における研究実践は,同和問題をはじめ人権問題に関する多
様な議題の研究,興味及び意欲を喚起し,「生きる力」の育成につながる学習方法
の研究及び体験的活動等を取り入れた学習形態の研究,学校・家庭・地域の連携や
地域の教育力の向上に関する研究等であって,それらの成果は,福岡県同和教育研
究大会,福岡県同和教育夏期講座,同和教育副読本「かがやき」実践研修会及び学
力保障実践交流会等の各種研究集会並びに研究大会において発表され交流されてい
るところ,研修員は,これらの研究大会等の企画運営及び各地区における研究実践
の収集・分析・検討等,具体的・実践的な活動に携わることを通して,自らの研修
を深め発展させるとともに,同和教育の指導者として必要な情報収集能力・分析能
力・研修企画能力・教育実践能力・コミュニケーション能力・豊かな人間性等を身
に付けており,このことからしても,多くの教職員・行政関係者・県民が参加する
研究大会等の企画運営ができる県同教において研究実践を行うことは,同和教育の
指導者としての能力を育成する上で必要であること,(オ)県同教における研修を
終了した研修員は,小・中・高等学校の校長・教頭や同和教育担当者として学校に
おける同和教育推進の指導的役割を担ったり,教育委員会等において同和教育の深
化・充実のための指導者として研究成果の還元に努めている。
 以上のことから,県教委は,同和問題をはじめとする様々な人権問題の解決に向
けた教育を推進するという行政目的を達成するために重要な役割を担う公益性の高
い同和教育研究団体として,県同教の育成を図っている。
② 県同教における研修内容及び研修成果について
 県同教における研修に従事する教諭の研修内容は,同和教育推進に必要な事項の
調査研究,同和教育の内容及び方法の研究,同和教育の研究交流,同和教育に関す
る研究資料の収集及び記録に加えて,「人権教育のための国連10年福岡県行動計
画」等を踏まえ,同和問題の解決を図ることを目的に,「在日外国人児童生徒の人
権に関する研究」等障害者・外国人に関する人権問題等も積極的に取り入れたもの
となっている。県同教における研究の成果は,県教委が実施している同和教育推進
上の課題の解決へ向けた研修事業等を構成する際の参考にされるとともに,市町村
教育委員会及び学校における教職員に対する同和教育関連の指導・助言等の際に活
かされている。研修に従事する教諭にとっては,市町村教育委員会,学校及び同和
教育研究団体の主催する同和教育研修会における指導・助言の要請を受ける機会を
通じて,その際,県同教における研修の成果を活用して,同和教育の深化・充実を
図っている。さらに,研修の成果は,県同教の機関紙・誌,各種研究紀要及び実践
資料集等に十分反映されている。なお,平成10年度及び平成11年度に県同教に
おいて研修した14名の教諭の研究主題等は別紙「福岡県同和教育研究協議会にお
ける研修員(平成10~11年度)に係る研究成果の発表等一覧」記載のとおりで
あり,平成13年度及び平成14年度に県同教における各研修員の研究主題は別紙
「平成13年度及び平成14年度研修員研究主題一覧」記載のとおりであって,そ
の研修内容及び成果物についても同和教育の目的に沿ったものである。
③ 研修手続について
 本件で原告らが問題視する派遣(以下「本件派遣」という。)は,教特法第20
条第3項,長期研修規則及び「福岡県同和教育研究協議会長期研修実施要項」(平
成14年度は同和教育課の名称変更及び県同教の名称,会則の変更に伴い,上記実
施要項の一部が修正され「福岡県人権・同和教育研究協議会長期研修実施要項」と
変更された。以下「改正前研修実施要項」,「改正後研修実施要項」といい,変更
された実施要項を含む場合単に「研修実施要項」という。)に基づき適正に実施さ
れている研修である。
 すなわち,本件派遣は,まず,県立学校にあっては県教委において研修に相応し
い候補者を,関係市町立学校にあっては県教委と関係市町教育委員会との協議によ
り研修に相応しい候補者を推薦し,県教委教育長が選考決定して,教諭本人に対す
る本属長たる校長より口頭内示を経て,県立学校教諭については県教委より,関係
市町立学校教諭については関係市町教育委員会より,教論本人に対する口頭又は文
書による研修命令を発する(平成13年度及び平成14年度は研修員を公募し,研
修志願書,実績証明書及び推薦書について審査し,県教育長が決定し,関係市町村
教育委員会委員長等に通知を行う。)とともに,教諭の服務上の問題解決の必要性
から,教諭に同和教育課職員との「兼任」発令を行い,同和教育課長は職務命令を
発して,本件派遣(県同教での同和教育に関する研修)に従事させている。研修期
問は,「必要とみとめる期間」(研修実施要項5)とされ,又「県教育長が必要と
認めるときは,研修期間を延長することができる。」(研修実施要項8(2))と
されている。これまで述べたように,同和問題の早期解決を図る上で教育の果たす
役割は大きく,同和教育推進上の課題及び研修内容を考慮したことから,本件派遣
の平均研修従事期間が約4.4年となったものである。なお,研修を命じられた教
諭らは,教特法等の規定に基づき,現職のまま研修に従事しており,身分について
は兼任発令されているものの,教諭の本務である身分の変更はされていないので,
福岡県公立学校職員の給与に関する条例が適用されるものである。
(4) 責任
(原告らの主張)
① 本件派遣の不合理性について
 今日において同和教育は不必要,むしろ有害無益となっていることは明らかであ
り,また,派遣教諭の派遣先とされている県同教の性格と活動内容についても,民
間団体に過ぎない解同の解放運動の方針を教育の分野で実践するための運動団体で
あって,この県同教の運動が福岡県の教育現場に大きな悪影響を及ばしていること
も明白となっている。そして,本件派遣の性格ないしその実態は,およそ研修と呼
べるようなものではなく,単に県同教の活動を担わせるために派遣されているに過
ぎないものであって,そのような派遣自体が違法であることは明白である。そうで
ある以上,このような実態を有する県同教に派遣した教諭達にその給料を税金から
支出することが違法であることは明らかである。
 そうすると,本件派遣は正に「著しく合理性を欠きそのために予算執行の適正確
保の見地から看過しえない瑕疵の存する場合」に該当するものであることはいうを
またない。したがって,甲及び乙事件被告並びに丙事件におけるaは知事として,
県教委の独自性を理由としてその違法な処分に従って当然に予算執行をすることが
許容されるべきではなく,予算執行の適正確保のために必要な措置を講じるべき責
任が生じていると解されるべきである。したがって,甲及び乙事件被告並びに丙事
件におけるaは,県教委に対して県同教への教諭らの派遣の問題点を指摘して適切
な協議を求めたり,県議会などにおいて本件派遣が違法なものであるとの認識を明
確に答弁するなどして,派遣を中止させ処分の瑕疵の解消に努め,それでも是正さ
れない場合には予算執行権の行使として給与支払の差止めを行うべきであった。そ
れにもかかわらず,甲及び乙事件被告並びに丙事件におけるaはこのような努力を
全く行っておらず,むしろ,後述するように,県議会等で本件派遣の問題点が繰り
返し指摘されてきたにもかかわらず,今日に至るまで一向に何らの措置をも執ろう
としていないのであり,したがって甲及び乙事件被告並びに丙事件におけるa及び
bは何らかの改善をしようにもできなかったというようなものではなく,正に確信
犯的な態度であるといわざるをえない。
② 甲及び乙事件被告並びに丙事件におけるaの故意又は過失について
 福岡県及び県教委は,昭和35年5月の県同教の発足と同時に,県同教を「県内
唯一の同和教育研究団体」と位置づけ補助金の交付,各種事業の共催及び教諭の派
遣等を積極的に行ってきた。そして,昭和40年の国の同対審の答申に基づき,福
岡県は,昭和45年3月に「福岡県同和教育基本方針」を策定して以来,管下教職
員の県同教及び各地区同和教育研究会への積極的参加を促して現在に至っている。
このような福岡県における同和問題の位置づけからするならば,甲及び乙事件被告
並びに丙事件におけるaは県知事として,本件派遣の実態を十分に知りうる立場に
あったことは明らかである(bは県教委の委員長として,本件派遣の実態を十分に
知りうる立場にあったことはもちろんである。)。さらに,本件派遣の問題点に関
しては,昭和61年からこれまで5回にわたり県議会で取り上げられ議論され,特
に,平成8年県議会12月定例会では,甲及び乙事件被告並びに丙事件におけるa
は知事として同和教育のあり方など同和教育全般につき関心を持って取り組むこと
を述べ,平成11年6月及び同年12月の定例会では,県同教への本件派遣問題が
直接の議題となっており,その是正を求める内容になっている。その間,会計検査
院がその決算検査報告において,教育関係団体に派遣され,その事務に従事してい
る者の給与費等が国庫負担の対象とならないとして,平成6年度における鹿児島
県,平成9年度に広島県及び熊本県の各事例が指摘されている。このほか県議会以
外でも,全解連は,県知事及び県教委委員長宛に毎年のように同和の名において子
どもたちを分け隔て,特別扱いする「同和教育」を廃止することを求め,かつ,同
和教育の研究団体でありながら特定の運動団体の社会運動方針を活動の目的にして
いる県同教に対する教諭の派遣を廃止することも要請している。甲及び乙事件被告
並びに丙事件におけるaは,県同教に対する教諭の派遣が違法であることを知って
いたか,少なくとも知ることが出来たという点において過失があるというべきであ
る。
(被告らの主張)
 本件派遣は,県教委がその権限に基づき,教特法,長期研修規則及び研修実施要
項に則った適正な手続で実施している研修であり,甲及び乙事件被告並びに丙事件
におけるaは,本件研修の実施及び給与の支出に実質上関与しうる立場になく,こ
れに関する指揮監督上の義務があるとまではいえず,もとより故意又は過失がある
ということもできない。
第3 争点に対する判断
1 本案前の抗弁について
(1) 被告適格(地方自治法第242条の2第1項第4号に規定する「当該職
員」の該当性)につき
 被告らは,県立学校職員及び政令指定都市以外の市町村立学校職員の任命権並び
に同和教育を含めた教育に関する事務を管理及び執行する権限を有するのは県教委
であって,福岡県知事である甲及び乙事件被告並びに丙事件におけるa及び県教委
の委員長ではあるが県教委の会議を主宰し県教委を代表するに過ぎないbには,そ
の権限はなく,本件研修及び給与の支払の当否について関知しうる立場にないので
あるから,甲及び乙事件被告並びに丙事件におけるa及びbは,地方自治法第24
2条の2第1項第4号に規定する「当該職員」に該当せず,被告適格を欠く旨主張
する。
 確かに,県教委は,地方自治法第180条の5第1項第1号に規定する執行機関
であり,地教行法第23条第3号及び第34条第1項によって,教員の任命権を有
し,更に,地公法第39条,教特法第19条,第20条及び地教行法第23条第8
号によって教員の研修を命じることができることはいうまでもない。そして教員の
給与については,地公法第24条第6項及び教特法第25条の5により県の条例で
ある福岡県公立学校職員の給与に関する条例によるべきところ,同条例第6条第3
項によって任命権者である県教委が責任をもって支給するものとされていることが
認められる。
 しかしながら,地方自治法第242条の2第1項第4号の「当該職員」とは,当
該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上
本来有するとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして同権限
を有するに至った者を意味するところ,地方公共団体の長は,当該地方公共団体の
事務等を管理し,これを執行する権限,予算執行権限及び支出命令権を有するとさ
れており(地方自治法第148条,第149条),しかも派遣教諭らへの違法な給
与支出が問題となっている本件との関連でいえば,地方公共団体の長は,教育委員
会の所掌に係る事項に関する予算執行に関する事務を管理し及び執行すると規定さ
れている(地教行法第24条)ことからすれば,地方公共団体の長である甲及び乙
事件被告並びに丙事件におけるaは,「当該訴訟においてその適否が問題とされて
いる財務会計上の行為を行う権限を法令上本来有するとされている者」すなわち上
記「当該職員」に該当するものといわなければならない。
 また,丙事件におけるbに関しては,県教委が県同教への教諭の派遣更に派遣さ
れた教諭の給与支出を行っていることは明らかであって,県教委を構成するbが
「当該職員」に該当することは明らかである。被告らは,bが県教委の委員長であ
って,会議を主宰し,県教委を代表するにすぎず,委員長の権限で県同教への教諭
の派遣更に派遣された教諭の給与支出を行ってはいない旨主張するところ,権限を
有する委員会の委員を「当該職員」から排除する理由はない。
(2) 監査請求前置につき
 bは,監査請求前置の手続を経ていない旨主張するところ,証拠(甲170)に
よれば,確かに丙事件原告らはbを監査請求の対象者としておらず,監査請求の趣
旨は「福岡県知事は,今後,県同教に派遣された教諭らへの給与支払いはやめるこ
と。既に支給した分については,公金支出の最終権限者たる県知事に対して支出相
当額の損害賠償を求めること。教育長は現職教員の県同教派遣の一切をただちに取
りやめること。」というものであり,その理由は県同教への教諭の派遣が違法であ
るというものであることが認められる。
 しかしながら,住民訴訟において前置すべき監査請求については,住民が監査の
対象である財務会計上の行為又は怠る事実を特定して必要な措置を講ずべきことを
請求すれば足りるのであって,措置の内容及び相手方を具体的に明示することは必
須ではなく,住民訴訟においては,その対象とする財務会計上の行為又は怠る事実
について監査請求を経ていると認められる限り,監査請求において求められた具体
的措置の相手方と異なる者を相手方として,上記監査請求において求めた措置の内
容と異なる請求をすることも許される(最高裁判所平成10年7月3日第2小法廷
判決)のであって,前記認定の監査請求の趣旨及び理由からすると,bについて,
監査請求前置を欠くものとはいえない。
2 給与支出の違法性
 本件訴訟は,県同教という民間団体へ派遣された教諭が普通地方公共団体である
福岡県から派遣中に給与を受けていたことにつき,上記派遣が違法であることか
ら,その給与支払も違法であるというものであって,給与の支払自体が法令に違反
するというものではなく,その原因行為に法令違反があるというものである。原因
行為と給与支払との関係及び原因行為の違法性いかんによっては,給与の支払が違
法性を帯びるとともに地方公共団体の長の責任が発生することになることから,ま
ず原因行為である教諭派遣の違法性について検討する。
(認定事実)
(1) 部落解放運動について
 同和地区居住者を中心とする戦後の部落解放運動は,昭和21年2月に結成され
た「部落解放全国委員会」(後に解同)に始まり,行政闘争を中心に同和地区を基
盤として組織は拡大された。一方,昭和35年5月には,同和地区住民を中核と
し,全国民運動をめざす「全日本同和会」が結成された。2つの団体は,それぞれ
の立場から,総合的な同和対策を国策として樹立し同和問題の根本的解決を図るよ
う政府と国会に対して要請するようになり,昭和35年に同和対策審議会設置法が
成立し,昭和40年に同対審答申がなされた。解同内においては,同答申の評価を
巡って対立が発生し,昭和44年に発生したいわゆる矢田事件を契機に対立は決定
的となって,昭和45年に解同の一部組織や会員らが「部落解放同盟正常化全国連
絡会議」(後に全解連)を結成した。解同と全解連は,いわゆる八鹿高校事件を巡
って激しく対立し,狭山事件を教育に持ち込む狭山教育及び部落解放基本法の制定
等に関し見解が対立している。(甲77,丙3,原告c本人,弁論の全趣旨)
(2) 同和問題に関する国及び県の取組について
① 国の取組
 戦後のわが国の同和対策は,昭和28年に厚生省が隣保館設置費補助金を計上し
たことに始まり,昭和35年,国会において「同和対策審議会設置法」が制定さ
れ,昭和40年の同対審の答申を受けて,昭和41年に同和対策協議会を設置し,
昭和42年に全国同和地区実態調査を実施した。その後,昭和44年に制定された
「同和対策事業特別措置法(以下「同対法」という。)」,昭和57年に制定され
た「地域改善対策特別措置法(以下「地対法」という。)」,昭和62年に制定さ
れた「地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律(以下「地
対財特法」という。)に基づいて,様々な関係施策が講じられてきた。平成8年3
月,地対協は,平成5年に実施された国の「同和地区実態把握等調査」の結果を踏
まえて,これまでの施策等の課題を整理し,同和問題の解決に向けた今後の方策の
在り方について意見具申(「地域改善対策協議会総括部会報告」)を行った。この
意見具申では,地域改善対策特定事業は一般対策へ移行することが謳われ,特定事
業は平成9年3月で原則的に終了し,平成14年3月末までには全て終了した。
(甲9,77ないし79,丙2ないし6,15,16,42,原告c本人,証人
d)
② 県の取組
 県は,同対法,その後に制定された地対法及び地対財特法に則り同和対策を行っ
てきたが,その間,昭和55年9月の定例県議会で「同対法の国会附帯決議の早期
完全実施に関する意見書」を,昭和60年2月の定例県議会で「同和対策の充実強
化に関する意見書」を,昭和61年9月の定例県議会で「部落問題解決のための基
本的法律の制定並びに地域改善対策に関する意見書」をそれぞれ可決し,国に提出
している。さらに,県は,平成元年には同和問題についての県民意識調査,平成2
年には同和地区生活実態調査,平成3年には同和対策事業の残事業調査等を実施す
るとともに,県・市町村の代表者で構成する「福岡県同和問題早期解決のための基
本的法律制定実現期成会」や全国の関係都道府県で構成する「全日本同和対策協議
会」に参加して,同対法・地対法・地対財特法の各時限法失効後の法的措置を実現
するために国及び国会に対して要請を行った。また,県は,平成5年に同和地区実
態把握等調査を行い,平成7年に結婚や就職に際しての同和地区にかかる調査を規
制する「福岡県部落差別事象の発生の防止に関する条例」を制定し,平成9年には
人権に配慮した施策及び人権教育の推進,同和対策の推進等のための事業計画を明
らかにした「ふくおか新世紀計画」を策定し,平成10年には同和問題をはじめと
したさまざまな人権問題の解決を図るための教育・啓発の在り方に関する方向性を
示した「人権教育のための国連10年福岡県行動計画」を策定した。(甲81,丙
7ないし12,15,42,45,原告c本人,証人d)
③ 県教委の取組
 県教委が同和教育の推進を重要施策としたのは,昭和34年の,県教委及び県内
各界の代表者や学識経験者による「福岡県同和教育推進協議会」(発足当初は「福
岡県同和教育研究協議会」という名称であったが,昭和37年から改称して現在に
至っている。)の発足からで,昭和36年には「同和教育5か年計画」を,更に,
昭和45年には「福岡県同和教育基本方針」を策定し,その中で,同和教育研究団
体の育成を図ることを定めるとともに,同年,教育長通達「昭和45年度高等学校
における同和教育の推進について」をもって管下教職員の県同教への積極的参加を
指導してきた。さらに,県教委は,毎年度「福岡県教育行政の目標と主要課題」の
1つとして「基本的人権の尊重に徹する同和教育の推進」(平成10年度からは,
「人権が尊重される教育の推進」)を挙げ,(ア)同和教育推進体制の充実,
(イ)同和教育の研修及び啓発事業の拡充(平成9年度からは,「同和問題をはじ
めとする人権問題に関わる研修及び啓発事業の拡充」に改変),(ウ)同和教育推
進のための諸条件の整備充実,(エ)同和教育研究団体等の育成の4項目を示して
いたが,平成10年度からは,4項目に加え「人権教育のための国連10年」の趣
旨を踏まえたさまざまな人権問題に関する教育・啓発の5項目を示して現在に至っ
ている。また,県教委は,平成元年の県の「同和問題についての意識調査」,平成
2年の県教委の「同和教育実態調査」(「同和教育実態調査報告書(概要)」)及
び平成5年の国の「同和地区実態把握等調査」の結果を踏まえ,平成9年4月に
「今後の同和教育推進についてー指針ー」を策定した。(丙1,13,14,23
ないし25,33,42,45,証人d)
④ 同和教育等に関する国及び県の答申又は方針等
 昭和40年に同対審が出した答申では,「同和問題は基本的人権が侵されている
というもっとも深刻にして重大な社会問題」であり,同和問題の早急な解決は「国
の責務であり,同時に国民的課題」であるという認識に立って,課題解決の具体的
方策の1つとして,同和教育研究団体等の行う研究に対して助成措置を講じること
を明記するとともに,同和問題に関して深い認識と理解をもつ指導者の不足を指摘
し,同和教育に関し教育研究団体等の行う研究に対し,補助を行うことを提言し
た。昭和44年に制定された同対法では国の施策として,対象地域の住民に対する
学校教育及び社会教育の充実を図るため,進学の奨励,社会教育施設の整備等の措
置を講じることが挙げられ,高等学校等進学奨励費補助事業など必要な措置が講じ
られることになった。平成8年の地対協の意見具申は,「同和問題は多くの人々の
努力によって,解決へ向けて進んでいるものの,残念ながら依然として我が国にお
ける重要な課題といわざるを得ない」とし,今後の重点施策の方向として,「公的
な性格を有する民間団体,社会教育関係団体や民間企業も,今後の教育及び啓発に
おいて重要な役割を担うことが期待される」とし,公務員研修等を通じた指導者の
育成,優れた教材や手法を開発するための調査研究の必要が挙げられているが,地
域改善対策特定事業は一般対策へ移行することが謳われている。なお,行政の主体
性確立に関し,教育の中立性確保に関する指導が指摘されている。また,平成10
年の文部省(後に「文部科学省」)による人権教育資料では,同和教育を進めるに
当たり,同和教育と政治運動や社会運動との関係を明確に区別し,教育の中立性が
守られるよう留意するよう指摘されている。
 県教委が昭和36年に作成した「同和教育5か年計画」では,目標事業項目とし
て(ア)同和地区の実態調査,(イ)指導資料の作成,(ウ)研究資料の整備,
(エ)同和教育指導者養成,(オ)同和教育研究集会の実施,(カ)各地区同和教
育研究組織の育成,(キ)諸団体学級講座の育成強化,(ク)研究指定,(ケ)県
外研修生の派遣及び(コ)施設の充実が挙げられてきた。また,県教委は,同対審
の答申を踏まえ,昭和45年3月に「福岡県同和教育基本方針」を策定し,全ての
学校及び地域社会において同和教育を積極的に推進するとともに,意欲と実践力に
富む指導者の養成と同和教育研究団体の育成を図ることを定め,同年,管下教職員
の県同教及び各地区同和教育研究会への積極的参加を促した。さらに,県教委は,
地対協の意見具申を踏まえ,平成9年に「今後の同和教育推進についてー指針ー」
を策定し,その中で,教職員の同和教育に関わる研修を組織的・計画的に行うとと
もに,意欲の高揚と指導力の向上を目的に諸研修を実施する必要があり,研究団体
等については,学校及び社会教育における同和教育を深化・充実させるうえで同和
教育研究団体が果たしている役割は大きく,今後とも,研究団体の育成に努める必
要があるとしている。(丙1,3,4,13,16,22,25,45,証人d)
⑤ 県同教の組織及び事業
 県同教は,昭和31年以後結成されていた県内数箇所の同和教育研究団体を中心
にして,「部落解放の教育を確立する同和教育の研究と実践につとめ,真の民主教
育の実現を期すこと」を目的として,昭和36年5月に発足した。現在,89の各
郡市町村の同和教育研究団体等の90団体で,会員は保育所・幼稚園及び小・中・
高等学校の教職員,各市町村行政職員,PTA関係者並びに大学教員等2万人を超
えている。
 事業は,(ア)同和教育の内容推進に必要な事項の研究調査,(イ)同和教育の
内容及び方法の研究並びに実践の交流,(ウ)研究成果及び研究資料の交換,収集
及び発行及び(エ)関係諸団体との連絡交渉等であって,機関としては,総会,評
議員会,代表者会,事務局会,特別委員会,専門部会及び同和教育推進者会があ
る。総会は,郡市町村単位の同和教育研究団体(以下「各地同研」という。),公
立高等学校同和教育研究団体(以下「県高同教」という。)及び私立学校同和教育
研究団体(以下「私学同研」という。)により,会員30名に1名の割合で選出さ
れた代議員をもって構成され,会務の報告及び承認並びに活動計画の審議及び決定
等を行う最高の議決機関である。評議員会は,各地同研,県高同教及び私学同研か
ら各2名の割合で選出された評議員で構成され,総会より付託された事項の審議及
び決定並びに総会提出議案の審議等を行う議決機関である。代表者会は,各地同
研,県高同教及び私学同研から各1名の割合で選出された評議員で構成され,会の
活動計画の推進及び同和教育実践の交流にあたるものである。事務局会は,会長,
副会長及び事務局員で構成され,会の決定事項の執行にあたるものである。役員
は,会長が1名で,会を代表して会務を総理するものであり,会長を補佐する副会
長及び会計を監査する監査がそれぞれ若干名とされており,副会長の1名は解同の
指定ポストとなっている。事務局は,会長が委嘱する事務局員をもって構成し,会
の業務を処理するものとされ,事務局長1名,事務局次長2名,会計1名及び事務
局員若干名で構成されている(平成14年度の県同教の組織は,会長1名,副会長
4名,監査2名,事務長1名の合計8名で構成するものとされ,会長と事務長の2
名を県同教が独自に雇用しており,この外に研修常務に従事するものとして派遣さ
れた教諭8名がいる。)。なお,これまで県同教に派遣された教諭名等は別紙「福
岡県同和教育研究協議会の役員・研修員の勤続年表」(ただし,同表のeはいずれ
も事務局長である。)のとおりであって,県同教には,上記派遣された教諭以外,
常駐の職員は専ら会計に携わる1又は2名の女子職員(平成13年度は会計,書
記,事務局員各1名合計3名が県同教独自に雇用した者である。)がいるだけであ
る。
 県同教は,各種研究集会及び研究出版広報事業を行っており,主な研究集会とし
ては,福岡県同和教育研究大会,福岡県同和教育夏期講座,同和教育副読本「かが
やき」実践研修会,高等学校進路保障研究集会,部落解放をめざす社会啓発研究集
会(以上年1回)及び学力保障実践交流会(年3回)が県内各地で開催され,ま
た,主な研究出版広報事業の成果物としては,機関誌「かいほう」,機関誌「WI
NDS」,「福岡の「同和」教育」(研究大会報告集)及び「ACT」小学校版・
中学校版(学力保障実践集)等がある。
 県同教の活動は,昭和61年からは部落解放基本法の制定を求め,同年から平成
9年3月までは「部落解放基本法制定要求国民運動福岡県実行委員会」の事務局と
なり,県同教の会長が解同福岡県連合会委員長とともに同実行委員会の副会長に就
任している。また,平成5年には,県教委に対し,平成6年度の「解放教育の推進
に関する要求書」を解同福岡県連合会と連名で提出しているが,その要求項目の中
には「部落解放基本法制定へ向けての行政としての基本的な考え方と今後の具体的
な行動」が挙げており,平成7年の活動方針は「部落解放基本法」の制定とそのた
めの運動と教育の結合等である。(甲3,5ないし8,73ないし76,168,
丙27ないし29,45,原告c本人,証人d)
⑥ 県同教への派遣・研修
ア 研修の根拠規定
 福岡県には,教育公務員の長期にわたる研修につき,長期研修規則が定められて
おり,県同教への派遣については,平成10年4月1日作成の研修実施要項があ
り,これらはいずれも教特法第20条3項の「教育公務員は,任命権者の定めると
ころにより,現職のままで,長期にわたる研修を受けることができる。」との規定
を根拠としている。長期研修規則及び研修実施要項の詳細は別紙「福岡県教育公務
員の長期にわたる研修に関する規則」(長期研修規則)並びに「福岡県同和教育研
究協議会派遣研修実施要項」(改正前要項)及び「福岡県人権・同和教育研究協議
会における長期研修実施要項」(改正後要項)記載のとおりである。(乙12,丙
30,丁14,証人d)
イ 研修の手続
 本件派遣・研修の手続は,平成13年度までは,まず,県立学校にあっては県教
委において当該研修に相応しい候補者を,市町立学校にあっては県教委と関係市町
教育委員会との協議により当該研修に相応しい候補者を推薦し,県教委教育長が選
考決定して,教諭本人に対する本属長たる校長より口頭内示を経て,県立学校教諭
については県教委より,関係市町立学校教諭については,関係市町教育委員会より
教論本人に対する口頭又は文書による研修命令を発し,平成14年度からは,公募
と推薦によるものとし,応募者に研修志願書,実績証明書,推薦書を各所属長を経
由して福岡県教育庁教育振興部人権・同和教育課長に提出させ,県教委教育長が決
定するものとされ,派遣が決定される,教諭に同和教育課職員との「兼任」発令を
行い,同和教育課長(平成14年度からは人権・同和教育課長)は職務命令を発し
て,県同教で同和教育に関する研修に従事させている。(甲107ないし110
(枝番を含む。),丁14,証人d,同f)
ウ 研修の実情
 昭和36年から平成11年までの間の県同教の役員の推移は別紙「福岡県同和教
育研究協議会(県同教)役員名簿」記載のとおりであって,そのうち派遣された教
諭の総数は65名であり,その中には研修期間が4年以上の教諭が41名(うち2
0年以上の教諭が2名,10年以上15年以下の教諭が7名)である。なお,福岡
県教育要覧に記載された平成9年度から平成12年度までの長期研修派遣状況は別
紙「福岡県教育要覧にみる長期研修派遣状況」記載のとおりである。平成2年度か
ら平成13年度の県同教に対する派遣教諭の推移は別紙「福岡県同和教育研究協議
会の研修員の推移」記載のとおりである。そして,上記派遣された教諭の県同教に
おける平均派遣年数は,平成12年度が約3.7年,平成13年度が約2.8年,
平成14年度が1.5年となっている。平成13年度までの県同教の会長,副会長
及び事務局長は,前記役員名簿記載のとおりであって,会長及び事務局長は派遣教
諭がほとんどこれを占めている(平成5年度ないし平成7年度以外はいずれも派遣
教諭が会長となり,派遣教諭が会長にも副会長にもなっていない年度は上記平成5
年度ないし平成7年度だけである。なお,平成14年度からは派遣教諭は県同教の
役員にはなっていない。)。派遣教諭の中には研修終了直後に退職した教諭(g,
h及びi)もいる。県同教に派遣された教諭は,平成13年以前だけでなく平成1
4年度も同じく,県内で開催される同和教育研究大会等の企画・運営・評価に関す
る業務を行い,また,県同教が実施する各種会議の開催に従事したり,研究実践の
計画作成等に携わっており,県内各地へ出張しているところ,平成7年度の県同教
に派遣された教諭の旅行命令書による出張実績は別紙「平成7年度福岡県同和教育
研究協議会派遣教員旅行命令書にみる出張実績」記載のとおりであり,平成8年度
ないし平成11年度,平成13年度及び平成14年度の派遣教諭の研修報告書の研
究主題は別紙「各年度研修報告書記載の研究主題」記載のとおりである。派遣教諭
であるfは,平成元年度から平成11年度まで県同教に派遣され,平成8年度には
県同教副会長,同年5月には高同教の会長(平成10年5月以降は同副会長),平
成9年6月からは全同教の委員長となった者であるが,同人の平成元年度から平成
11年度までの研修計画書及び報告書の内容は別紙「f氏(県同教研修員)の年度
別研修計画書及び報告書(含む研究テーマ)」記載のとおりであり,また,同人の
平成11年度の出張実績は別紙「f氏平成11年度出張実績」記載のとおりであ
る。
 県同教の事務所は同和教育課の建物とは別であって,出勤簿の管理,出張命令書
及び年休届等は同和教育課の職員が週1回程度県同教事務所に赴いて受渡しを行っ
ており,実際に出勤してきているか否かの確認を行う者はいない。派遣教諭が県同
教の役員,高同教又は全同教等他の団体の役員になる場合,同和教育課長の承認を
得たことはない。(争いのない事実,甲77,111(枝番を含む。),112な
いし114,118ないし121(枝番を含む。),123(枝番を含む。),1
24,128ないし131,134ないし136(枝番を含む。),138ないし
142,143の1,144(枝番を含む。),147,167,170,丙4
5,46,54,証人j,同f,同d,同k)
(判断)
 原告らは,同和問題に起因する教育上の諸問題は既になくなり,また,同和地区
児童・生徒の特定も不可能となっている今日,福岡県において,もはや同和教育行
政は不要となっているのにもかかわらず,このような現状を無視して,特別施策と
しての同和教育行政に対する公費の支出を続けることは,公費の無駄遣いであり,
更に,県同教が部落解放基本法制定を求める解同の方針を一貫して支持し,その実
現のために解同と共同闘争を行うとともに,組織的にも,県同教は,常に解同の幹
部をその副会長として抱え,部落解放や同和教育の方針においても解同と同じ立場
に立ち,更に,その実践においても解同と一体となって活動してきており,県同教
が解同の解放運動の方針を教育の分野で実践するための運動団体となっているとい
わざるをえないことからすると,県同教への研修派遣に係る公金支出の無駄遣いで
あるだけでなく,有害であって,その違法性の程度は著しい旨主張する。
 同和問題が憲法の保障する基本的人権の侵害に係る深刻かつ重大な問題であっ
て,その解決が図られなければならないことはいうまでもない。
 ところで,平成8年の地対協総括部会報告書では,同和問題は国及び地方公共団
体並びに関係者の努力によって解決に向かっているものの,教育,就労及び産業等
の面でなお残された問題があり,この解決のためには,一般対策として対応すると
いう基本姿勢に立つべきであるとしているが,一方,なお残された同和問題の解決
のために,より徹底した対策を取るべきであって部落解放基本法を制定すべきであ
るという見解もある。このように問題解決のための政策が対立している場合,司法
がその当否を判断できるものではなく,又すべきものでもない。
 また,原告らは,県同教が部落解放基本法制定だけでなく,部落解放や同和教育
の方針においても解同と同じ立場に立ち,更に,その実践においても解同と一体と
なって活動していて問題である旨主張するが,民間団体である県同教の行動方針
は,本来同団体が決定すべき問題であって,基本法制定,部落解放及び同和教育等
の方針が解同と同一であるからといって,そのことから当然に本件研修が違法とな
るものではない。
 もっとも,本件派遣は,後述のとおり,被告らの主張する教特法第20条第3項
及び長期研修規則による長期研修に当たる派遣とはいえず,教育公務員としての給
与を受けながら県同教でその運営を担う,すなわち県同教に勤務していたと同様の
実態がある。そうすると,派遣された教諭が,「部落解放基本法制定要求国民運動
福岡県実行委員会」の事務局の事務を担当し,基本法制定中央委員会に出張旅費を
もらって出張することは,教育公務員に課されている政治運動の制限に違反して違
法であり,また,同実行委員会の副会長に県同教の会長が就任することは妥当でな
い。もっとも,派遣された教諭の実行委員会事務局における仕事及びfの上記実行
委員会への出張は,いずれも本件違法公金が問題となっている平成11年3月17
日以前の支出である。
 ところで,当裁判所は,県同教への教諭の派遣が教特法第20条第3項の定める
研修の範囲を超えていると判断するものであるが,それは,研修名目の本件派遣が
実際は県同教の運営を担っている実態があるからである。なぜならば,研修とは,
教育公務員がその職責を遂行するために務める研究と修養を意味するものである
(教特法第19条)ところ,本件派遣では,これまで研修を終了したと同時に定年
で退職した教諭が存在するだけでなく,これでは研修を終了しても,学校教育にお
いてその成果が活かされることにはならない。次に,平成8年度ないし平成11年
度,平成13年度及び平成14年度の派遣教諭の研修報告書の研究主題並びにfの
平成元年度から平成11年度までの研修計画書及び報告書の内容からしても,研究
主題が変わっているのに研修を継続している教諭も少なくなく,研修の成果が派遣
された教諭の職責にそのまま活かされることにはなっていない。さらに,県同教に
常駐している者は,研修中の教諭を除くと県同教が雇用した1又は2名(平成13
年度が3名)の職員だけであって,県同教を実質的に運営しているのは派遣された
教諭というしかない。そして,派遣教諭が県同教の実施する各種会議の開催に従事
し,研究実践の計画作成等に携わるとともに,県同教の加盟団体への出張を派遣教
諭が頻繁に行っていること,更に,平成13年度までは派遣教諭が会長,副会長及
び事務局長等の役員となり,県同教を代表して県同教に加盟していない団体等への
会合にも参加している実情がある。これらの事情からすると,平成13年度以前は
もとより,平成14年度においても派遣教諭が県同教の職務を行い,県同教を運営
していると認めざるをえず,教特法第20条第3項が規定する研修の趣旨を逸脱し
ている。
 被告らは,国及び福岡県の同和教育に関する指針で,教職員の同和教育に関わる
研修を組織的・計画的に行うとともに,同和教育研究団体の育成及び指導者の育成
に努める必要があるとされており,県教委は本件派遣をその必要性に基づき教特
法,長期研修規則及び研修実施要項に則った適正な手続で実施した研修であって,
本件派遣に違法性はない旨主張する。確かに,国及び福岡県の指針では,被告らが
主張するように教職員の研修並びに同和教育団体の育成,学校教育及び社会教育に
おける指導者の育成の必要性が謳われているが,教職員の研修と同和教育団体の育
成及び社会教育における指導者の育成は本来別のものであって,それぞれの目標は
そのために予定された法的手段で実現すべきであるところ,法の趣旨を逸脱して,
本件派遣を同和教育団体の育成や社会教育における指導者の育成のために利用する
ことを教特法第20条等の研修の範囲内と認めることはできない。
3 甲及び乙事件被告並びに丙事件におけるa及びbの責任(故意又は過失)
 地方公共団体の長は教育委員会の所掌に係る事項について予算執行に関する事務
を管理し及び執行する(地教行法第24条)が,教育委員会が学校職員の任命及び
服務監督に関する権限を有し,本件派遣を命じたのも県教委であることは,前記認
定のとおりである。このような地方公共団体の長と教育委員会との権限の配分関係
にかんがみると,教育委員会が行った教特法第20条に定める事務については,地
方公共団体の長は,同処分が著しく合理性を欠き,そのためこれに予算執行の適正
確保の見地から看過し得ない瑕疵の存する場合でない限り,同処分を尊重しその内
容に応じた財務会計上の措置を採るべき義務があり,これを拒むことは許されない
と解するのが相当である。ただし,普通地方公共団体の長等によって委任され,若
しくは専決を任された職員が当該委任若しくは専決に係る財務会計上の行為を処理
した場合においては,普通地方公共団体の長等は,同職員が財務会計上の違法行為
をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し,故意又は過失により同職員が
財務会計上の違法行為を阻止しなかったときに限り,自らも財務会計上の違法行為
を行ったものとして,普通地方公共団体に対し,同違法行為により当該地方公共団
体が被った損害につき賠償責任を負うものと解するのが相当である。
 本件派遣は,研修名目で教諭が派遣されているものの,その実質は県同教の運営
を行っているものであって,教特法第20条の研修の趣旨を逸脱したものであるこ
とは前記認定のとおりである。教育公務員については,研修が教諭の義務として課
されているものの,研修名目で他の団体の運営を行うことは許されず,この瑕疵
は,仮にその派遣に研修的側面があったとしても,法秩序を逸脱したものであるだ
けでなく,教育公務員に課されている義務に反するものとして,著しく合理性を欠
き,予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存在する場合に当たるとい
わなければならない。そして,その瑕疵の程度及び内容と給与支払との関係からす
ると,研修命令の違法性は,公金支出の違法性に影響するものであるといわなけれ
ばならない。
 本件研修が法の趣旨を逸脱して運用されていることは前記のとおりであって,知
事である甲及び乙事件被告並びに丙事件におけるaは,そのために支出されている
給与の支払を阻止すべき指揮監督上の義務があり,故意又は過失で給与の支出行為
を阻止すべき措置を怠ったときは,甲及び乙事件被告並びに丙事件におけるaの責
任が問われることなる。
 甲及び乙事件被告並びに丙事件におけるaが福岡県知事に就任したのは平成7年
4月からであり,一方,本件派遣は昭和36年から開始されており,しかも研修を
命じたのは任命権を有する県教委であって知事ではないことからすると,違法性の
指摘があったからといって直ちに知事の責任が発生するものではなく,調査・検
討・改善の措置に必要不可欠な期間を徒過したにもかかわらず,その改善措置がと
られなかった時から甲及び乙事件被告並びに丙事件におけるaの責任が発生すると
解すべきである。
 そこでまず,甲及び乙事件被告並びに丙事件におけるaの故意又は過失について
検討するに,証拠(甲12ないし21,26,30ないし53)によれば,県同教
への教諭の派遣については,甲及び乙事件被告並びに丙事件におけるaが知事に就
任する以前の昭和61年9月定例県議会で取り上げられてはいるが,甲及び乙事件
被告並びに丙事件におけるaが知事就任後は平成11年の6月定例県議会と同年1
2月定例県議会からであって,これらはいずれも県同教への本件派遭問題を直接取
り上げ,派遣期間の長期化・派遣手続への疑問を指摘し,特に12月定例県議会で
は派遣された教諭が各地同研に勤務している実態があると指摘し,その是正を求め
る内容となっていること,更に,全解連福岡県連は,同和問題に関して毎年のよう
にその解決を求める要請書を福岡県知事と県教委に対して提出してきたところ,甲
及び乙事件被告並びに丙事件におけるaが福岡県知事に就任した後も,毎年福岡県
知事と県教委の双方を相手に「部落問題の早期解決をもとめる要求書」,「同和問
題の早期解決をもとめる要求書」,「同和行政の終結と一般行政への移行で同和問
題の早期解決をもとめる要請書」及び「特別扱いの同和行政と「同和」教育の終結
で同和問題の早期解決をもとめる2000年度の予算編成のための協議にかかわる
要請書」を提出したが,県同教への教諭の派遣の廃止を要請しているのは平成7年
と平成8年の県教委宛要求項目だけであって,知事部局宛要求項目には同様の要求
項目の記載はなかったことが認められる。
 以上認定の事実によれば,甲及び乙事件被告並びに丙事件におけるaは知事とし
て出席した県議会において,平成11年の6月及び同年12月定例県議会の質疑を
通じて,県同教へ派遣されている教諭の派遣期間が長期に及んでいること及び派遣
された教諭が各地同研に勤務している実態があると指摘されているのであって,県
同教に研修として派遣された教諭の研修実態の異常を知り得る機会があったものと
いわなければならない。もっとも,その実態把握のための調査及びその違法性の検
討並びに改善のために必要とする最小限の期間等を考慮すると,甲及び乙事件被告
並びに丙事件におけるaは遅くても平成12年4月までには本件研修にかかる違法
性阻止の措置を講ずべきであったものと認めざるをえず,それ以前に違法性阻止の
措置を講ずべきであるとの点については,甲及び乙事件被告並びに丙事件における
aに故意又は過失があったと認めることはできない。
 また,bは,委員長として県教委を構成しており,違法な給与支出を行ったもの
として,その責任は免れない。被告らは,bが県教委の委員長であって合議制の会
議を主宰し,委員会を代表するだけであって,委員長として予算執行権はない旨主
張するところ,県教委が教諭の派遣を行い,給与を支出する権限を有することは争
いのない事実であって,委員長として単独で予算執行権がないからといって,県教
委の決定に参画しているbに責任がないとすることはできない。
第4 結論
 以上によれば,原告らの被告らに対する請求のうち,平成11年3月17日から
平成12年3月16日までに派遣教諭に支払われた合計金1億1363万1426
円とこれに対する訴状送達の日の翌日である平成12年6月11から支払済みまで
年5分の割合による遅延損害金を被告は福岡県に対して支払えとの請求(甲事件)
は理由がないので棄却し,平成12年8月から平成13年7月までに派遣教諭に支
払われた合計金1億0005万5128円とこれに対する訴状送達の日の翌日であ
ることが記録上明らかな平成13年11月3日から支払済みまで年5分の割合によ
る遅延損害金を被告aは福岡県に対して支払えとの請求(乙事件),丙事件被告で
ある福岡県知事は,a及びbに対し,福岡県に対する損害賠償として連帯して金8
704万0595円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明ら
かな平成14年12月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよ
う請求せよとの請求(丙事件)は理由があるのでいずれも認容し,行政事件訴訟法
第7条,民事訴訟法第64条,第65条,第61条に従い,主文のとおり判決す
る。
福岡地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官 横山秀憲
裁判官 野村朗
裁判官 中川卓久

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