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平成19年10月2日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成19年(ネ)第713号著作権に基づく差止請求権不存在確認請求控訴事件,同
第1369号附帯控訴事件(原審・大阪地方裁判所平成17年(ワ)第12138
号)
判決
控訴人・附帯被控訴人(1審原告)株式会社ファミリア
(以下「1審原告」という。)
同代表者代表取締役A
同訴訟代理人弁護士三山峻司
同井上周一
被控訴人・附帯控訴人(1審被告)コピーライツ・ジャパン株式会社
(以下「1審被告」という。)
同代表者代表取締役B
同訴訟代理人弁護士菅尋史
同青井裕美子
同訴訟復代理人弁護士中久保満昭
主文
1本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。
2当審訴訟費用は,控訴状貼用印紙の費用を1審原告の,附帯控訴状貼用印紙
の費用を1審被告の各負担とし,その余の費用を2分し,その1を1審原告の,
その余を1審被告の各負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨等
1本件控訴
(1)原判決中1審原告敗訴部分を取り消す。
(2)1審被告は,ベアトリクス・ポターが創作した著作物に原判決別紙被告
表示記載1ないし5の表示を使用してはならない。
(3)1審被告は,1審被告とベアトリクス・ポターの著作物の利用について
のライセンス契約をしたライセンシーに対して,ベアトリクス・ポターが創
作した著作物に原判決別紙被告表示記載1ないし5を使用させ,又はこれを
表示させた商品の販売,広告及びこれを表示させた役務の提供,広告をさせ
てはならない。
(4)1審被告は,1審原告に対し,200万円及びこれに対する平成17年
12月17日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金
員を支払え。
(5)訴訟費用は,第1,2審とも1審被告の負担とする。
(6)仮執行宣言
2本件附帯控訴
(1)原判決中1審被告敗訴部分を取り消す。
(2)1審原告の上記取消に係る部分の請求を却下する。
(3)訴訟費用は,第1,2審とも1審原告の負担とする。
第2事案の概要
1本件は,ベアトリクス・ポター(BeatrixPotter)が創作した絵本である
「THETALEOFPETERRABBIT」(邦題「ピーターラビットのおはなし」。以下
「本件絵本」という。)中の絵柄の原画(原著作物)についての著作権の日本
における管理業務(商品化許諾業務)を行っている1審被告に対し,同絵柄の
一部を使用したバスタオル及びフェイスタオル(原判決別紙原告製品目録記載
の製品,以下「原告製品」といい,これに使用されている絵柄を「本件絵柄」
という。)の販売を企画したと主張する1審原告が,①日本における本件絵柄
の原画の著作権が存続期間満了により消滅したことを理由に,1審被告が1審
原告に対し同著作権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求めるととも
に,②同著作権が消滅した後も1審被告が後記被告ライセンス商品についてい
わゆる表示など本件絵本中の絵柄の原画について未だ著作権が存続していC
るかのような原判決別紙被告表示記載1ないし5の表示(以下「被告表示」又
は「本件表示」と総称し,個別に指称するときは「被告表示1」などとい
う。)をライセンシーをして使用させ,需要者ないし取引者をして同絵柄の原
画の著作権が日本において未だ存続しているかのように誤認させる表示をして
いるところ,同表示は,被告ライセンス商品の品質又は内容及び後記被告商品
化許諾業務に係る役務の質又は内容を誤認させる不正競争行為(不正競争防止
法〔以下「不競法」という。〕2条1項13号)に該当すると主張して,同法
3条1項に基づき,同表示を自ら使用すること並びにライセンシーをして使用
させること及び同表示を使用し,又は使用させた商品の販売等や役務の提供等
の差止めと,③同法4条又は民法709条の不法行為に基づく損害賠償及びこ
れに対する訴状送達日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による
遅延損害金の支払をそれぞれ求めた事案である。
原審は,上記①の請求を認容し,その余の請求をいずれも棄却したため,1
審原告が本件控訴を,1審被告が本件附帯控訴をそれぞれ提起した。
2争いのない事実等,争点及び争点に関する当事者の主張は,以下のとおり当
審における補充主張を付加する他は,原判決「事実及び理由」第2・1ないし
3記載のとおりであるからこれを引用する。ただし,3頁20,21行目のか
っこ書部分を「(甲4,9)」と改め,なお,争点(2),(3)において「本件絵
柄」とあるのを「本件絵本中の絵柄」との趣旨とする。
本件の争点は,(1)著作権に基づく差止請求権不存在確認の訴えの利益の有
無,(2)被告表示を表示する1審被告の行為は不競法2条1項13号の不正競
争行為に当たるか,また1審被告の上記行為は民法709条の不法行為を構成
するか,(3)1審被告の不正競争行為ないし不法行為と1審原告の損害との因
果関係及び損害額である。
〔1審原告〕
(1)争点(1)-附帯控訴理由に対する反論
1審被告は外観上自己又はライセンシーの名の下に自らの判断又はFW社
の指示で本件絵柄の原画の著作権に基づく差止請求権を行使するおそれがな
いとはいえないなど,消極的確認の利益が認められる。
1審被告はベアトリクス・ポターが創作した原画の著作権につき,日本に
おいて著作権存続期間が満了したことを認めつつ,原画にわずかな付加変更
を加えた絵柄につき二次的著作物の成立を主張し,その成立範囲を明らかに
しないなどの対応からすると,原画とのわずかな相違を取り上げて二次的著
作物の侵害を主張し,実質は原画の著作権を行使することが十分に予想され
る。
(2)争点(2)-控訴理由
ア被告表示3ないし5のみならず,同1・2も誤認惹起表示にあたること
被告表示1・2は,著作権の存在を示すものとして広く一般に認識され
ているそのもの又はそれと酷似する表示を含むところ,取引の実情をC
踏まえるとのみでも十分な警告的作用を有するし,1審被告はかかるC
作用を期待して被告表示1・2を使用している。
被告表示1については,万国著作権条約上はのみでは著作権は保護C
されないが,通常の需要者はこれを知らず専門家に確認もしないから,百
貨店のようにトラブルを極力回避する取引先との実際の取引は阻害される。
は,著作権の代表的な支分権としての複製権(CopyRight)の頭文字にC
由来し,著作物の付近に表示された場合,単なる記号と認識されるのでな
く,特許表示(<P>)等と同様に知的財産権の存在を表す記号として機能
している。
被告表示2については,上記に加えて,被告表示3ないし5のようにF
W社の著作権表示と共になされているから,著作権の存在を誤認させる可
能性を更に高める。需要者においてコピーライツ社,コピーライツグルー
プの企業名は周知・著名でなく,複製権(コピーライツ)と同じ名称の会
社の表記としての頭文字「C」を「○」で囲んで著作物の近くに表記する
と需要者は著作権の存在を誤認する。
特許権に特許表示を附する努力義務があることと著作権の享有に登録が
不要であることの比較は,虚偽の著作権表示が許されるか否かに関係しな
い。著作権法121条は虚偽表示の一部について刑罰をもって規制してお
り,著作権のない原画に著作権が存続するように仮装することを積極的に
許容しているとは解されない。
イ被告表示が商品の内容に関する誤認惹起表示にあたること
原判決判示にかかる「商品の内容」に関する誤認惹起表示の意義(商品
に誤認を招くような表示をすることによりその表示を信じた需要者の需要
を不当に喚起するような表示)に従うとしても,政府を挙げての知的財産
保護の推進,消費者に対する啓蒙活動等により,消費者等においては正規
の許諾を受けた適法な商品かどうかも購入の選択基準となりえ,また,絵
柄等を利用した商品化許諾事業においては著作権表示を行うことによりそ
れが著作権として保護される著作物であることを示すと共に,その原画の
絵柄を許諾なく使用することが違法であるとの印象を与えるから,消費者
等が著作権表示がなされている絵柄の商品について購入を検討する場合,
未だ著作権が存続すると誤解し,かかる表示のない商品は違法な模倣品と
誤解して購入を控えることがありうるから,著作権の表示は需要を不当に
喚起するものといえる。
ウ二次的著作物との関係
1審原告が問題とする著作物は著作権存続期間が経過したベアトリクス
・ポターが創作した著作物である原画そのものであり,原画の複製物に被
告表示のような表示をすることが許容されるかを問題とすれば足りる。
1審被告が二次的著作物と主張するのは,いずれも単に原画を組み合わ
せたものや背景のごく一部を修正したものにすぎず,原著作物と同一の範
囲内のものが多く,仮に二次的著作物として著作権が成立するとしても極
めて限られた範囲であり,それを殊更強調し,あたかも原画自体に著作権
が残存しているかのような表示を行うことは,二次的著作物が成立してい
るという一部の情報のみを強調した全体の質・内容についての誤認惹起表
示にあたる。特に被告表示3ないし5は,冒頭にベアトリクス・ポター
(BEATRIXPOTTER)と付し,被告ライセンス商品を同人が創作したものの
ように誤信させるものであり,原画の著作権の延長を図るものとして不当
である。
1審被告は米国においては日本より著作権が広く成立しうると主張する
が,派生著作物におけるオリジナリティの要件により著作物性が否定され
た事例が多数あるなど,日本よりも二次的著作物の成立範囲が狭くなるこ
とも十分あり得る。
エ万国著作権条約との関係
日本で製造販売された製品につき他国で著作権保護を受けるために著作
権表示を行う意味がある国は,著作権保護につき無方式主義を採用し,か
つ万国著作権条約のみに加盟している国だけであるところ,かかる国はカ
ンボジアとラオスであるが,カンボジアでは保護期間を50年とする著作
権法が制定され,本件絵本の原画(原著作物)の著作権保護期間は満了し
ている。ラオスでは,未だ著作権法が整備されていないが,わずか1国で
原画の著作権が将来保護される可能性があるにしても,1審被告が日本で
製造販売された製品をどの程度ラオスに輸出しているか明らかでないから,
この点は結論を左右しない。
オ営業上の利益を侵害するおそれがあること
不競法2条1項13号は,事業者保護よりも消費者保護の側面が強い規
定であるから,同法4条の「営業上の利益」を緩やかに解して請求権者を
広く認めるべきであり,誤認惹起表示を行う者と直接の競業関係にある事
業者だけでなく,潜在的に競業関係にある事業者についても営業上の利益
を認めるべきである。
1審原告は,本件絵本について商品化許諾業務を行う者ではないが,本
件絵柄を使用した原告製品の販売を計画しているところ,他者が本件絵本
の原画について著作権管理業務を行っているとの表示を付した製品が市場
で競合するなど密接な利害関係を有しており,現実に被告表示により原告
製品の販売に支障を来しているから,1審原告は,被告表示につき利害関
係を有しており,同表示により営業上の利益を侵害されるおそれがある。
1審原告は,被告表示により公正な条件下で営業活動を行う利益又は公
正な事業者が共有する競争上の地位を脅かされている。すなわち,1審被
告は,その役務を行うにあたり許諾を受ける者に対して被告表示をさせて
許諾料を徴収して経済的利益を上げており,その業務を全体として見た場
合,1審被告は許諾を受ける者の商品の製品販売についても密接に関わり
利害関係を有するから,1審原告が上記の利益を侵害されるおそれがある
か否かは,1審被告の商品化許諾業務のみを対象とするだけではなく,許
諾を受けた者が商品を製造販売することも踏まえて判断する必要がある。
1審被告は,著作権管理業務を行うにあたり,許諾を受けた者に対し,
被告表示の使用を強制する結果,本件絵本の原画について著作権が存続す
るとの誤解を需要者に生じさせており,1審原告が原告製品の販売を行え
なかったのは,販売先の百貨店担当者がこれを販売するには1審被告の許
諾が必要であると誤解したことによる。
カ民法709条の不法行為が成立すること
被告表示を本件絵本の原画の複製物に付した場合や二次的著作権がわず
かに認められるにすぎない二次的著作物に付した場合はいずれも虚偽の表
示となるところ,著作者でない者の実名等を著作者として表示した著作物
の複製物の頒布は処罰対象となるなど(著作権法121条),被告表示の
使用は違法性が高い。かかる虚偽の表示を本件絵本の原画の複製物に付し
た場合は,需要者に1審被告に無断でその絵柄を使用してはならないとの
印象を与えるから,著しく不公正な手段であり,一般不法行為としての違
法性が認められる。
(3)争点(3)-控訴理由
1審原告は本件絵柄を利用したタオルを販売してきた実績があり,平成1
1年の小売売上総額は年間20数億円であり,今後原告製品と同種製品であ
るタオルの販売により,年間約10億円の売上げが見込まれるところ,1審
原告は,被告表示により原告製品を販売することができなくなり損害を被っ
た。
〔1審被告〕
(1)争点(1)-附帯控訴理由
ア1審被告は本件絵柄の原画につき著作権を有していたことはないし,有
していると主張したこともないから,著作権に基づく差止請求権を行使す
るおそれがあるとは考えられない。1審原告は,著作権の発生原因,1審
被告の承継取得の有無,1審原告に対する差止請求権の発生原因を特定す
べきである。
一般に,知的財産権の独占的通常実施権者は,侵害者に対する差止請求
権を認められず,代理行使も許されないと解されるし,著作権侵害行為が
なされていない段階では,1審被告の債権(通常実施権)の保全の必要性
もなく代位行使の原因もないから,1審原告に確認の利益を認めるに足り
る法律的地位の不安・危険はない。
イ著作権に基づく差止請求権の要件は,①請求者が著作権者であること,
②被請求者が請求者の著作権を侵害し又は侵害するおそれがあることであ
るところ,1審原告は未だ商品企画の段階にとどまり侵害行為はないし,
外部的にその徴候もなく,1審原告の行為が1審被告の商標権を侵害する
ことが明らかであることからすれば,②を欠くことが明らかである。
1審原告は直営店を全国に40店舗有しており,かかる店舗で原告製品
を自由かつ容易に販売できるにもかかわらず未だこれを行っていないとこ
ろ,1審原告は,原告製品の企画を百貨店に持ち込んだところ著作権を理
由にこれを拒絶されたと主張するが,企画のみで未だ製造販売していない
から,本件訴訟を提起することを目的とした仮装である。
ウ1審原告が原告製品を製造販売した場合,FW社が有する登録商標や不
競法に基づく差止請求を選択することが客観的かつ容易に予測でき,存続
期間が満了した著作権を持ち出すことなど考えられないから,著作権に基
づく差止請求権行使の蓋然性はない。
(2)争点(2)-控訴理由に対する反論
ア特許権や商標権については法律上表示を附する努力義務が課されている
のに対し(特許法187条,商標法73条),著作権の享有にはいかなる
方式の履行も要しないとされ制度上大きな違いがあるし,輸入品に特許表
示等が付されていても需要者は海外に権利があると認識するだけで,日本
における知的財産権の存在まで認識するわけではないから,被告表示1は
著作権が存在するとの誤認を惹起するものではない。
FW社の著作権表示の横に被告表示2があっても,1審被告に著作権が
あると誤認する者はいない。コピーライツ社・コピーライツグループは多
数のライセンシーと契約を締結しており(乙34),ライセンシング業界
で有名であるし,被告表示2はそのロゴとして使用されていると認識され
るから,企業名が周知であるかに関わらず,同表示は著作権が存在すると
の誤認を惹起するものではない。
イ著作権の存在は,著作物ないし著作物を表示する商品の価値を高めるも
のではなく,著作権者の利益保護に資するにすぎない。消費者は常時流通
している商品であれば表示の有無に関わらず購入するのであって,表C
示のある商品の価値が高いと認識するものではない。
著作権が存在する商品に表示を附する義務が課されているものではC
ないから,表示が付された商品が存在するからこれが付されていない商C
品が違法であると認識されるものではない。
ウ新たに付与された創作部分を区別して著作権表示をすることは実際的で
なく,二次的著作物を含む著作物全体についての著作権表示が,原著作権
の存在を誤認させる表示になるとはいえない。
被告ライセンス商品は,本件絵本の原画の絵柄に若干の改変を加えたも
のが少なくないこと,原画の絵柄を使用する場合に商品の材質に合うよう
若干の改変(色合い,輪郭の線のタッチ,光沢,縦横比等の変化)が施さ
れるのが通常であり,原画と完全に同一の絵柄はないといえるなど,原著
作物の著作権存続期間が満了したからといって被告ライセンス商品の絵柄
の著作権が完全に否定されるわけではない。
米国では著作権に創作性の要件はないため,日本よりも著作権が広く成
立しうるなど,日本法で二次的著作物と認められないものでも,他国で著
作物性が認められる可能性はある。被告ライセンス商品が他国で出回りう
る状況下では,他国で二次的著作物として保護される可能性がある著作物
について,著作権者としての保護を受けるために表示を一律に行うこC
とは合理性がある。また,米国では,表示がなされていれば,著作権侵C
害に対する損害賠償額の算定にあたって,善意の侵害の抗弁(損害額の減
額)を認めないとされており,二次的著作物の有無を事前に正確に判定し
て表示を付すかを決めることは至難の技であるから,著作権者の救済C
が不十分とならないよう表示を付する積極的な動機がある。C
著作権の存続期間満了後でも著作者名を表示することは当然あり得るも
のであり,ベアトリクス・ポター(BEATRIXPOTTER)の表示は禁止される
ものではない。は常に著作権者であるFW社を示す表示と共に使用されC
ている。
エ万国著作権条約上の要請から,原著作物(原画)の複製物そのものに付
すものであっても被告表示が禁圧されるものではない。
現状では,表示により万国著作権条約が想定する保護の実益のあるケC
ースがありえないとの1審原告の指摘は,現時点の状態をいうにすぎず,
今後条約加盟国の法改正によって保護の実益が生じる可能性が否定できな
いことからして失当である。
オ1審被告と競争関係に立つ商品化許諾業務を営む事業者でない1審原告
が,商品化許諾業務という役務の質・内容を誤認させる表示により,競争
上不当に劣位に立たされるなどの営業上の利益が害されることはない。
カ著作権法121条は,著作者名を偽り公衆を欺罔する行為を禁止し,著
作者名義者の人格的利益を保護するところ,被告表示は,1審被告を著作
権者として表示するものではないし,著作物の著作者以外の者を著作者名
として表示するものでもないから,本件と同条は関係がない。
(3)争点(3)-控訴理由に対する反論
前記(1)イ,ウの事情からすれば,被告表示により1審原告に損害は発生
しないし,因果関係もない。
第3当裁判所の判断
1争点(1)(著作権に基づく差止請求権不存在確認の訴えの利益の有無)につ
いて
当裁判所も1審原告の請求は理由があるものと判断する。その理由は原判決
「事実及び理由」第3・1記載のとおりであるからこれを引用する。
この点,1審被告は,以下のとおり主張するが,いずれも採用できない。
(1)1審被告は,1審被告が原告製品にある本件絵柄の原画(原著作物)に
つき著作権を有したことはないし,有していると主張したこともなく,独占
的通常実施権者は差止請求権を有さず,代理行使も許されないなど,1審被
告が著作権に基づく差止請求権を行使するおそれはないと主張する。
しかし,引用にかかる原判決の認定・説示のとおり(36頁16~20行
目,41頁22行目~42頁13行目,46頁10~12行目等),消極的
確認訴訟の場合,被告が権利の存在を何らかの形で主張していれば,特段の
事情のない限り,原告としてはその権利行使を受けないという法律的地位に
不安・危険が現存することになるというべきであり,これを除去するために
判決をもってその不存在の確認を求める利益を有するものということができ
るところ,1審被告が表示させている本件表示は,本件絵柄とそうでなC
い二次的著作物を何ら区別することなく,包括的に著作権を表示するものと
なっているなど,実際上の機能として本件絵柄の原画について未だ著作権が
存続しているとの印象を与えるおそれのあるものであり,1審被告はこれを
前提にその侵害に対しては断固たる法的措置を執ることを言明しているもの
であって,少なくとも外観上,1審被告が自己又はライセンシーの名の下に,
自らの判断で又はFW社の指示によって原告製品にある本件絵柄につき著作
権に基づく差止請求権を行使するおそれがないとはいえない。
(2)1審被告は,1審原告は未だ商品企画の段階にとどまるなど,1審原告
が1審被告の著作権を侵害し又は侵害するおそれがあるといえず,また,1
審原告は直営店で原告製品を販売しておらず,かかる企画は本件訴訟を提起
することを目的とした仮装であるなどと主張する。
しかし,引用にかかる原判決の認定・説示のとおり(42頁13~22行
目等),本件絵柄を使用した原告製品を取り扱うことを予定する百貨店等の
取引者が,原画の著作権存続期間が満了した本件絵柄とそうでない二次的著
作物の区別に疎いこともあり,1審被告からの著作権に基づく権利行使を受
けることを慮り,これを一因として原告製品の取扱を躊躇しているものであ
り,1審原告には,1審被告から著作権に基づく権利行使を受けることなく
原告製品を販売し得るという法律的地位に不安・危険が生じているというこ
とができ,このような不安・危険を除去するためには,1審原告が原告製品
にある本件絵柄につき著作権に基づく差止請求権を有しないことを確認する
旨の判決を得るのが有効適切であるということができるし,加えて,1審原
告は平成19年1月以降原告製品の一部の製造に着手しているものであり
(甲40~44,48),その企画が仮装であるといえない。
(3)1審被告は,1審原告が原告製品を製造販売した場合,FW社が有する
登録商標や不競法に基づく差止請求を選択することが客観的かつ容易に予測
でき,存続期間が満了した著作権を持ち出すことなど考えられないから,著
作権に基づく差止請求権行使の蓋然性はないと主張する。
しかし,引用にかかる原判決の認定・説示のとおり(43頁2~8行目
等),本件表示の存在やウェブサイト等での1審被告の広告により取引C
者が1審被告から著作権に基づく権利行使を受けることを懸念することは十
分あり得ることであり,1審被告の商標権や不競法に基づく権利行使を受け
ることがあり得ることは,著作権に基づく差止請求権を有しないことの確認
を求める利益が存在することを否定するものではない。
2争点(2)(被告表示を表示する1審被告の行為は不競法2条1項13号の不
正競争行為に当たるか,また1審被告の上記行為は民法709条の不法行為を
構成するか)について
当裁判所も1審原告の請求は理由がないものと判断する。その理由は原判決
「事実及び理由」第3・2記載のとおりであるからこれを引用する。ただ,5
3頁5行目「1(4)」を「1(4),(5)」と改め,なお,「本件絵柄」とあるの
を「本件絵本中の絵柄」との趣旨とする。
この点,1審原告は,以下のとおり主張するが,いずれも採用できない。
(1)1審原告は,被告表示1・2は,著作権の存在を示すものとして広く一
般に認識されているそのもの又はそれと酷似する表示を含むところ,取C
引の実情を踏まえるとのみでも十分な警告的作用を有するし,1審被告C
はかかる作用を期待して被告表示1,2を使用するものであり,被告表示1
については,万国著作権条約上はのみでは著作権は保護されないが,通C
常の需要者はこれを知らず専門家に確認もしないから,百貨店のようにトラ
ブルを極力回避する取引先との実際の取引は阻害されるなどと主張し,甲1
7ないし19,55号証がこれに沿うかのごときである。
しかし,引用にかかる原判決の認定・説示のとおり(40頁15~21行
目,41頁9~14行目等),の記号は,自国の法令に基づき一定の方式C
の履践を著作権の保護の条件とする万国著作権条約の締約国において,著作
権の保護を受けるための方式として要求されるものを満たしたと認めるため
の要件として,著作者その他の著作権者の許諾を得て発行された当該著作物
のすべての複製物がその最初の発行の時から著作権者の名及び最初の発行の
年とともに,これを表示することを要求されたものであって(同条約3条1
項),表示(の記号,著作者名,最初の発行年の記載)には,当該著作CC
物につき当該著作者を著作権者とする著作権が存続している旨を積極的に表
明するとの側面も有するものであり,その著作物を無断で使用する場合には
著作権侵害になることを需要者又は取引者に対し警告するという機能を有す
ることは否定できないが,他方,単なるの記号のみには法的にかかる機C
能はないものであり,上記証拠をもっても取引の実際上もかかる機能がある
とまで認めるに足りず,他にこれを認めるに足りる的確な証拠はなく,被告
表示1が本件絵本の原画について日本においては著作権存続期間が満了して
いるのに未だこれが存続しているかのように誤認させるような表示とまでは
いえない。
また,1審原告は,被告表示2については,上記に加えて,FW社の著作
権表示と共になされているから,著作権の存在を誤認させる可能性を更に高
めるものであり,需要者においてコピーライツグループの企業名は周知・著
名でなく,複製権と同じ名称の会社の表記としての頭文字「C」を「○」で
囲んで複製物の近くに表記すると需要者は原画の著作権の存在を誤認すると
も主張する。
しかし,引用にかかる原判決の認定・説示のとおり(50頁20行目~5
1頁1行目等),の記号のみではかかる表示といえないものであり,需要C
者の通常の判断能力を前提として観察すれば,被告表示2はコピーライツグ
ループのロゴとして使用されていると認識されるといえ,これをもってFW
社ないし1審被告もその構成員となっているコピーライツグループが本件絵
本の原画(原著作物)の著作権を有していることを表示しているものとは外
観上も解することができないから,被告表示2が本件絵本の原画について日
本においては著作権存続期間が満了しているのに未だこれが存続しているか
のように誤認させるような表示とまではいえない。
(2)1審原告は,「商品の内容」に関する誤認惹起表示の意義を,「商品に
誤認を招くような表示をすることによりその表示を信じた需要者の需要を不
当に喚起するような表示」と解するにしても,消費者等においては正規の許
諾を受けた適法な商品かどうかも購入の選択基準となりえ,また,絵柄等を
利用した商品化許諾事業においては著作権表示を行うことによりそれが著作
権として保護される著作物であることを示すと共に,その絵柄を許諾なく使
用することが違法であるとの印象を与えるから,消費者等が著作権表示がな
されている絵柄の商品について購入を検討する場合,未だ著作権が存続する
と誤解し,かかる表示のない商品は違法な模倣品と誤解して購入を控えるこ
とがありうるから,著作権の表示は需要を不当に喚起するものといえると主
張する。
しかし,1審原告は,1審被告に対して,ベアトリクス・ポターが創作し
た著作物に被告表示を使用してはならないこと,及び1審被告のライセンシ
ーに対してベアトリクス・ポターが創作した著作物に被告表示を使用させ,
又はこれを表示させた商品の販売,広告をさせてはならないことを請求する
ところ,請求にかかる「ベアトリクス・ポターが創作した著作物(の複製
物)」に「これ(被告表示)を表示させた商品」は極めて多岐にわたること
が窺われる(〔枝番含む〕甲9,11~15,31,32,44,50~5
4,56~58,乙12~29,32~57)ところ,1審原告は,被告表
示が使用されるなどしている商品を具体的に特定して主張,立証していない。
そして,「商品」の「品質」・「内容」を「誤認させる」表示をしたか否
かは,当該具体的商品の具体的内容を前提に具体的に品質,内容を検討した
上で決せられる事柄であり,そのような具体的検討もなく,被告表示が一般
的,抽象的に「商品」の「品質」・「内容」を誤認させるとすることはでき
ない。
しかるところ,1審原告は,一般的,抽象的に主張,立証するのみであり,
引用にかかる原判決の認定・説示のように(53頁17行目~54頁6行
目),例示的に,例えばタオルという商品であれば,消費者等の需要者は,
タオルの素材となる繊維の種類,配合割合,肌触り,仕上がり具合等を当該
商品の典型的選択基準とすると考えられるところ,タオルの種類,性格等に
よっては当該タオルの絵柄そのものが選択基準となる場合もあり,当該タオ
ルの種類,性格の如何により,当該絵柄が著作権の保護を受ける著作物であ
るか否かが選択基準となることも生じ,要は具体的個々の商品につき個々に
結論が異なる可能性があるということとなる。
そうすると,個々の商品につきその成否を判別するに足りる証拠が十分で
ないというほかなく,個々に具体的商品を特定して主張,立証していない以
上,1審原告の主張はこれを認めるに十分でないというべきである。
(3)1審原告は,1審被告が二次的著作物と主張するのは,原著作物と同一
の範囲内のものが多く,仮に二次的著作物としての著作権が成立するとして
も極めて限られた範囲であり,それを殊更強調し,あたかも原画自体に著作
権が残存しているかのような表示を行うことは,二次的著作物が成立してい
るという一部の情報のみを強調した全体の質・内容についての誤認惹起表示
にあたるなどと主張する。
しかし,引用にかかる原判決の認定・説示(55頁26行目~58頁4行
目)に加えて,万国著作権条約上,二次的著作物について,原著作物と新た
に付与された創作部分を区別して著作権表示をすることを求める条項は設け
られておらず,同条約上,二次的著作物を含む著作物全体についての著作権
表示が問題とされるものとは直ちに解されないこと,個々の具体的な著作物
について二次的著作権が成立する範囲は,日本法下においても他国の著作権
法下においても必ずしも一義的に明確なものではないこと等からすると,被
告ライセンス商品等に本件表示を付することが虚偽の表示にあたると直C
ちには認められない。
のみならず,1審原告は,被告表示につき,個々の具体的表示例を特定し
て主張,立証しておらず,本件絵本の原画の絵柄に併せて他の絵柄が使用さ
れている例の有無,併用された絵柄の内容如何により,結論が個々異なるこ
ととなるのに,抽象的,概括的に主張,立証しているにすぎず,これを認め
るに十分でないというほかない。
(4)1審原告は,万国著作権条約に加盟し,方式主義を採用する国はカンボ
ジアとラオスだけであるところ,カンボジアでは保護期間を50年とする著
作権法が制定されて本件絵本の原画の保護期間は満了しており,ラオスでは
未だ著作権法が整備されていないが,わずか1国で原画の著作権が保護され
る可能性があるにしても,1審被告が日本で製造販売された製品をどの程度
ラオスに輸出しているか明らかでないと主張し,甲22,23,60,61
号証によればカンボジアにつき上記のとおり認められる。
しかし,引用にかかる原判決の認定・説示のとおり(58頁5行目~59
頁16行目),ラオスにおいて本件絵本を含むベアトリクス・ポターの著作
物の著作権に基づく権利行使が必要となる事態が現実に生じるかどうかはと
もかく,万国著作権条約が,方式主義を採用する締約国で著作権の保護を受
けるためには全ての複製物について著作権表示を要すると規定している以上,
著作権の保護期間が満了した国のみにおける著作権表示の禁圧は,同条約の
趣旨に合致しないといわざるを得ず,この観点からしても,著作権表示又は
その一部を含む被告表示3ないし5を表示する行為をもって,商品の品質・
内容を誤認させる不正競争行為に該当すると解することはできない。
(5)1審原告は,1審原告は本件絵本について商品化許諾業務を行う者では
ないが,本件絵柄を使用した原告製品の販売を計画しているところ,他者が
本件絵本の原画について著作権管理業務を行っているとの表示を付した製品
が市場で競合することに密接な利害関係を有しており,現実に被告表示によ
り原告製品の販売に支障を来しているから,被告表示につき利害関係を有し
ており,同表示により営業上の利益を侵害されるおそれがあるなどと主張す
る。
しかしながら,1審原告は,子供用被服,文房具,日用品雑貨品等の商品
の製造販売を業とするところ,上記商品と競合する商品の製造販売について
は格別,それ以外の商品の製造販売,役務の提供については,被告表示の有
無は1審原告の営業に影響を及ぼさないというべきところ,1審原告は,具
体的に商品,役務を特定して主張,立証せずに,営業上の利益が侵害される
か否かを概括的に主張,立証しているのみであるから,これを認めるに十分
でないというほかない。
また,1審原告は,1審被告と競争関係に立つ商品化許諾業務を営む事業
者ではなく,商品化許諾業務という役務の質・内容を誤認させる表示により,
本件における需要者である被告商品化許諾業務における日本のライセンシー
を奪われるという関係に立たないことが明らかであり,一方,被告ライセン
ス商品に被告表示3ないし5を付することが,その商品の品質・内容を誤認
させる表示に当たらないことは前記(2)のとおりであり,さらに,1審被告
がライセンスした対象業務が役務の提供を業とするものであれば,上記のと
おり,そもそも1審原告の営業と競合しないのであるから,いずれにしても,
1審被告が被告ライセンス商品や広告等に被告表示3ないし5を付する行為
により,1審原告の営業上の利益を侵害するおそれがあるとは認められない。
(6)1審原告は,被告表示を本件絵本の原画に付した場合や二次的著作権が
わずかに認められるにすぎない二次的著作物に付した場合はいずれも虚偽の
表示となるところ,著作者でない者の実名等を著作者として表示した著作物
の複製物の頒布は処罰対象となるなど(著作権法121条),被告表示の使
用は違法性が高く,かかる虚偽の表示を本件絵本の原画の複製物に付した場
合は,需要者に1審被告に無断でその絵柄を使用してはならないとの印象を
与えるから,不法行為としての違法性が認められると主張する。
しかし,引用にかかる原判決の認定・説示のとおり(62頁25行目~6
4頁14行目),1審被告が被告表示を使用することが1審原告に対する不
法行為責任を生じさせるほどの違法性を有するものではないというべきであ
る。また,1審被告が被告表示を付する行為が直ちに著作権法121条に該
当するか明らかでないし,仮に一部該当する場合があるとしても,以上の検
討に照らせば,かかる行為をもって1審原告に対する不法行為を構成すると
までは直ちにいえない。
3以上のとおり,1審被告との間で1審被告が1審原告に対し本件絵柄の原画
の著作権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求める1審原告の請求は
理由があるが,その余の請求はその余の点について判断するまでもなく理由が
ない。
その他,原審及び当審における当事者提出の各準備書面記載の主張に照らし,
原審及び当審で提出,援用された全証拠を改めて精査しても,以上の認定,判
断を覆すほどのものはない。
よって,本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却することとし,主文のとおり
判決する。
(当審口頭弁論終結日平成19年7月31日)
大阪高等裁判所第8民事部
裁判長裁判官若林諒
裁判官小野洋一
裁判官菊地浩明

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