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平成14年(行ケ)第476号 特許取消決定取消請求事件(平成16年6月28
日口頭弁論終結)
          判           決
    原      告   住友電装株式会社
   訴訟代理人弁理士   大和田和美
 被      告   特許庁長官 小川洋
    指定代理人      渡部利行
    同          大野克人
同          小曳満昭
同          宮川久成
同          伊藤三男
          主           文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
 特許庁が異議2001-73290号事件について平成14年8月2日にし
た決定を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 原告は,名称を「グロメット」とする特許第3175647号発明(平成9
年7月4日出願,平成13年4月6日設定登録,以下,この特許を「本件特許」と
いう。)に係る特許権者である。
 その後,本件特許につき特許異議の申立てがされ,同申立ては,異議200
1-73290号事件として特許庁に係属したところ,原告は,平成14年5月7
日,本件特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載等の訂正(以下
「本件訂正」といい,本件訂正に係る明細書を,願書に添付した図面と併せて「訂
正明細書」という。)を請求した。
 特許庁は,同事件につき審理した結果,平成14年8月2日,「訂正を認め
る。特許第3175647号の請求項1,2に係る特許を取り消す。」との決定を
し,その謄本は,同月26日,原告に送達された。
2 訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1及び2に係る発明の要旨
【請求項1】線状体の外周に密着して保持する線状体保持部と,前記線状体が
貫通して配索される開口部に係止する係止部と,前記線状体保持部及び前記係止部
を傾斜面で連結する傾斜部と,を具備するグロメットにおいて,前記線状体保持部
(注,「線状保持部」とあるのは誤記と認める。以下,同じ。)を除く前記傾斜部
の外表面の全周にわたり,前記線状体保持部側から肉厚な段状に突出されて前記係
止部まで延設され,前記開口部に摺接する複数条の線状凸部を有し,該線状凸部を
本グロメットと同一の材質で本グロメットと一体的に形成したことを特徴とするグ
ロメット。
【請求項2】該線状凸部を前記線状体保持部を除く係止部側で,該線状凸部の
上面のみが前記開口部の縁端部に摺接するように形成したことを特徴とする請求項
1記載のグロメット。
(以下,上記請求項1及び2に係る発明をそれぞれ「本件発明1」,「本件発
明2」という。)
3 決定の理由
決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件訂正を認めた上,本件発明1
及び2は,実願昭62-163108号(実開平1-68625号)のマイクロフ
ィルム(審判甲1,本訴甲5,以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以
下「刊行物1発明」という。)及び実願昭60-148122号(実開昭62-5
7332号)のマイクロフィルム(審判甲2,本訴甲6,以下「刊行物2」とい
う。)記載の周知慣用技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたもの
と認められ,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであ
るから,本件発明1及び2に係る特許は,同法113条2号の規定に該当し,取り
消されるべきものであるとした。
第3 原告主張の決定取消事由
 決定は,本件発明1と刊行物1発明との相違点に関する判断を誤り(取消事
由1),本件発明2の容易想到性に関する判断を誤った(取消事由2)ものである
から,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件発明1に係る相違点の判断の誤り)
(1) 決定の認定,判断
 決定は,本件発明1と刊行物1発明との一致点として,「『線状体の外周
に密着して保持する線状体保持部と,前記線状体が貫通して配索される開口部に係
止する係止部と,前記線状体保持部及び前記係止部を傾斜面で連結する傾斜部と,
を具備するグロメットにおいて,前記傾斜部の外表面の全周にわたり,前記線状体
保持部側から前記係止部まで延設され,前記開口部に摺接する複数条の線状凸部を
有し,該線状凸部を本グロメットと同一の材質で本グロメットと一体的に形成した
ことを特徴とするグロメット』である点」(審決謄本5頁下から第2段落)を,同
じく相違点として,「本件発明1の線状凸部は,『前記線状体保持部を除く前記傾
斜部の外表面の全周にわたり,前記線状体保持部側から肉厚な段状に突出されて前
記係止部まで延設』されているものであるのに対し,刊行物1に記載された発明
(注,刊行物1発明)のリブは,『上記傾斜壁面部より上記環状凹部の上記筒部側
の内側面端緑部に至るリブを複数個突設』・・・されているものである点」(同頁
最終段落~同6頁初行)をそれぞれ認定した上,上記相違点について,「刊行物1
の・・・記載は『筒部』と『傾斜壁面部』とを区別した上で,『上記傾斜壁面部よ
・・・』とリブの開始点を規定するのであるから,そのリブは『筒部を除く』もの
であり,すなわち『線状体保持部を除く前記傾斜部』の要件を満たすものである。
また,第1図の図示もそのことを表している」(同頁第2段落,以下「検討a」と
いう。),「刊行物1のグロメットのリブも傾斜壁面部の外周に複数個突設される
ものであり,その肉厚と形状は刊行物1・・・に記載された課題,作用効果を満た
すものであるが,それらの記載によれば刊行物1のグロメットおよびリブの肉厚と
形状は,本件発明1の課題(【0001】から【0007】),作用効果(【00
10】,【0030】から【0032】)を達成することができることが認めら
れ」る(同頁第3段落,以下「検討b-1」という。)とし,さらに,「多少の肉
厚と形状の相違が存在するとしても,そのような相違は当業者が設計上適宜変更し
うることである」(同,以下「検討b-2」という。),「特許権者(注,原告)
は,特許異議意見書において参考図(Ⅱ)を示し,『肉厚な段状に突出』の技術的
意味について縷々説明しているが,本件特許明細書(注,訂正明細書)に記載され
ていないことであるので採用することはできない」(同頁第4段落,以下「検討
c」という。)と判断した。
 以上のうち,一致点及び相違点の認定並びに相違点についての判断のうち
検討a及び同b-1については認めるが,同b-2及び同cは誤りであり,その結
果,決定は,上記相違点に関する判断を誤ったものである。
(2) 検討b-2の誤り
ア 本件発明1のグロメットは,複数条の線状凸部を形成することにより,
挿入抵抗の低減を図るとともに,当該線状凸部の線状体保持部側の端面を肉厚な段
状に突出させ,線状体保持部側の先端に段差を発生させることにより,グロメット
が車両パネル等の開口部から外れにくくなるという作用効果を有するものであり,
挿入抵抗の低減と保持力の増加という相反する課題を解決する発明である。このう
ち,保持力の増加の点については,別紙参考図(Ⅱ)の図(A)に示すとおり,本
件発明1のグロメットGを車両パネル開口部の縁端部(5)に装着した状態で,グ
ロメットの係止部方向からワイヤーハーネスが引っ張られた場合,線状体保持部
(1)の外周面が引っ張り方向へ移動しようとするのに対し,同図(B)に示すと
おり,線状凸部2の端面の段差(2a)が圧接した状態で引っ掛かり,線状体保持
部(1)の移動を阻止する。このように,本件発明1のグロメットにおいては,線
状凸部の線状体保持部側の先端を段状に突出させていることにより,ワイヤーハー
ネスが引っ張られても線状体保持部の過剰な移動を阻止し得るとともに,傾斜部自
体を変形しにくくしているため,係止部(4)は変形せず,車両パネルの開口部の
縁端部(5)との間に隙間が発生せず,シール性を確保することができ,したがっ
て,グロメットが開口部から外れることも完全に防止できるものである。
 これに対し,刊行物1発明のグロメットは,線状凸部を傾斜部の表面に
突設して挿入抵抗を低減し,開口部にグロメットを挿入係止しやすくしている点で
は,本件発明1と同様であるが,挿入係止後にワイヤーハーネスに引っ張り力が作
用した場合において開口部から外れにくくする形状,すなわち,「線状体保持部側
から肉厚な段状に突出されて」との構成を採用しておらず,本件発明1の有する,
上記開口部から外れにくくするという作用効果を有していない。刊行物1(甲5)
の第1図に明確に示されているとおり,刊行物1発明のグロメットにおいては,線
状凸部(リブ)の線状体保持部側の端部は,肉厚な段状に突出させずに,滑らかな
隆起の始点となっており,この点で,本件発明1の上記構成とは逆の形状になって
いる。その結果,刊行物1発明のグロメットは,別紙参考図(Ⅰ)に示すとおり,
開口部にグロメットが装着された状態でワイヤーハーネスが係止部側に引っ張られ
ると,変形しやすく,シール性が劣るとともに,グロメットが開口部から外れるお
それがあるという問題を有する。
 以上のように,本件発明1の「線状体保持部側から肉厚な段状に突出さ
れて」との構成及びそれによってもたらされるグロメットが開口部から外れにくく
なるという作用効果は,刊行物1には何ら開示されていない。
 にもかかわらず,決定は,上記のとおり,本件発明1と刊行物1発明と
の相違点について,「多少の肉厚と形状の相違」であり,「当業者が設計上適宜変
更しうること」であると即断しているが,上記のとおり,両者の線状凸部の形状は
明確に異なるし,そこから導かれるグロメットの保持力の有無という作用効果の差
異は,グロメットの機能上,重要な差異であるから,決定の上記判断は誤りであ
る。
イ 被告は,本件発明1においては,線状凸部の線状体保持部側の「先端に
段差」があることは規定されていない旨主張する。しかしながら,訂正明細書(甲
7添付)の特許請求の範囲の請求項1には,「線状体保持部側から肉厚な段状に突
出されて・・・前記開口部に摺接する複数条の線状凸部を有し」と記載されている
のであるから,線状凸部の線状体保持部側の端部(先端)が肉厚な段状であること
は,この記載自体から明らかというべきである。しかも,訂正明細書の発明の詳細
な説明には,「なお,図1(a),(b)においては,線状凸部15aを傾斜部1
4に均等に配置した構成,すなわち,延設長さ,突出高さ,凸部断面形状が均一」
(段落【0014】)であると記載されているところ,線状凸部15aの突出高さ
及び断面形状が均一であれば,線状凸部の先端と傾斜面との間に段差が発生するこ
とは明らかであるし,このことは,図1自体にも示されているところである。
 さらに,被告は,線状体凸部の突出に係る位置,形状,厚さ等について
具体的な限定がされていないとも主張するが,上記請求項1は,「線状体保持部を
除く前記傾斜部の外表面の全周にわたり,前記線状体保持部側から肉厚な段状に突
出されて前記係止部まで延設され,前記開口部に摺接する複数条の線状凸部を有
し」と規定しているから,突出の「位置」は,線状体保持部側から突出されたもの
で,「形状」は,「線状体保持部側から前記係止部まで延設され」たものであるこ
とが規定されているし,「厚さ」については,「肉厚な段状に突出され」ることが
規定されている。なお,この厚さは,傾斜面と段差を生じる厚さであればグロメッ
トの保持力を高める作用効果があるため,数値等で限定する必要はない。
ウ 被告は,「線状体保持部側から肉厚な段状に突出されて」との構成が,
グロメットが外れにくくなるとの作用効果を有すると認めるべき根拠はない旨主張
する。しかしながら,当該構成を有する本件発明1のグロメットが,そうでないも
のに比して,車体パネル等に係止した状態におけるグロメットの保持力において格
段に優れていることは,奈良県工業技術センター所長作成の平成14年12月24
日付け報告書(甲14)のとおり明らかである。
(3) 検討cの誤り
ア 決定は,原告が審判段階で上記(2)と同旨の主張をしたのに対し,上記の
とおり,「本件特許明細書(注,訂正明細書)に記載されていないことであるので
採用することはできない」と判断した。
 しかしながら,線状凸部を肉厚な段状に突出することにより,車体パネ
ル等の開口部にグロメットを装着した状態で外れにくくするとの作用効果は,訂正
明細書(甲7添付)の発明の詳細な説明に明記された「挿入抵抗を低減して容易に
係止固定する」(段落【0007】)との課題に沿うものである上,訂正明細書に
接した当業者にとって,本件発明1の「線状体保持部側から肉厚な段状に突出され
て」との構成から容易に理解される,自明の作用効果というべきであるから,単
に,訂正明細書に記載されていないとの理由で,この点に関する原告の主張を採用
しなかった決定の誤りは明らかである(東京高裁平成11年7月15日判決〔平成
10年(行ケ)第65号〕,同庁昭和41年4月28日判決〔昭和40年(行ケ)
第27号〕,同庁昭和45年11月19日判決〔昭和43年(行ケ)第23号〕,
同庁平成元年3月9日判決〔昭和61年(行ケ)第8号〕,同庁平成8年9月5日
判決〔平成7年(行ケ)第107号〕各参照)。
イ 被告は,訂正明細書に記載された上記「係止固定」とは,挿入作業の終
了により係止部と開口部が係止固定されることを意味するにすぎない旨主張する
が,固定とは,挿入時の一時的な固定ではなく,持続された固定である。開口部に
係止固定された状態において,ワイヤーハーネスが引っ張られても,グロメットが
開口部から外れにくいようにすることは,グロメット本来の機能から当然に要請さ
れる課題であり,上記「係止固定」には,係止固定状態でグロメットを開口部から
外れにくくすることも当然に含まれる。
 また,被告は,上記作用効果が当業者にとって容易に認識し得る自明の
作用効果であると認めるべき理由はないとも主張するが,線状凸部の先端を肉厚に
突出させて傾斜部と段差を持たせた場合,ワイヤーハーネスが引っ張られた際,線
状凸部の先端の段差が線状体保持部の外周面に圧接して線状体保持部の移動を阻止
し,その結果,グロメットが開口部から外れにくくなるという作用効果が生じるこ
とは,当業者にとっては,本件発明1のグロメットの形状を観察すれば,容易に理
解されるものである。
 さらに,被告は,訂正明細書の図1(甲2)においては,線状凸部の突
出高さは,係止側から線状体保持部側に向かって徐々に低くなっていることが看取
されるし,同図4においては,線状凸部自体が係止側から傾斜部の中ほどまでしか
設けられていない旨主張するが,上記図1における線状凸部の突出高さが均一であ
ることは,訂正明細書の上記(2)イの段落【0014】の記載から明らかである。ま
た,同図4については,請求項1において,「線状体保持部を除く前記傾斜部の外
表面の全周にわたり」,「線状体保持部側から・・・前記係止部まで延設され」と
規定したことにより,同図に示される構成は,本件発明1から除外されている。す
なわち,前者の「線状体保持部を除く前記傾斜部の外表面の全周」とは,「線状体
保持部に近接する位置までの傾斜部の全外表面の全周」を意味するから,線状凸部
が線状体保持部の近接位置まで設けられていることを規定するものであり,また,
後者の「線状体保持部側から」についても,線状凸部が,傾斜部の線状体保持部に
近接した位置から突出されていることを意味するものと解するのが相当であるか
ら,同図に示される構成は,本件発明1の特許請求の範囲には含まれないものであ
る。
2 取消事由2(本件発明2の容易想到性の判断の誤り)
 決定は,「本件発明2の規定『該線状凸部を前記線状体保持部を除く係止部
側で,該線状凸部の上面のみが前記開口部の縁端部に摺動するように形成した』に
ついては,前示のイ,エのaでの検討(注,本件発明1に関する検討を指す。)が
あてはまるから,本件発明2は,刊行物1に記載された発明(注,刊行物1発明)
及び周知慣用技術(刊行物2)に基いて当業者が容易に発明をすることができたも
のと認められ」る(審決謄本6頁下から第3段落)と判断したが,上記1のとお
り,本件発明1に係る決定の判断が誤りである以上,本件発明2に関する上記判断
も誤りである。
第4 被告の反論
1 取消事由1(本件発明1に係る相違点の判断の誤り)について
(1) 原告は,本件発明1のグロメットは,複数条の線状凸部を形成することによ
り,挿入抵抗の低減を図るとともに,当該線状凸部の線状体保持部側の端面を肉厚
な段状に突出させ,線状体保持部側の先端に段差を発生させることにより,グロメ
ットが車両パネル等の開口部から外れにくくなるという作用効果を有する旨主張す
る。
 しかしながら,訂正明細書(甲7添付)の特許請求の範囲の請求項1にお
いては,「先端に段差」との記載はなく,発明の詳細な説明にも,「先端に段差」
を発生させることや,それによりグロメットが車体パネル等の開口部から外れにく
くなるとの効果が生じる旨の記載は全くない。したがって,原告の主張は,訂正明
細書の記載に基づかないものであって失当である。
 確かに,上記請求項1においては,「線状体保持部側から肉厚な段状に突
出されて」と規定されてはいるものの,その突出に係る位置,形状,厚さ等につい
ては具体的な限定がされていないのであるから,様々な態様のものを含み,原告主
張のような「先端に段差」があるものに限定されるべき理由はないし,また,「線
状体保持部側から肉厚な段状に突出されて」との構成が,原告主張のグロメットが
外れにくくなるとの作用効果を有すると認めるべき根拠はなく,その作用効果が当
業者にとって自明ないし容易に認識し得るものであると認めるべき根拠もない。
(2) 原告は,線状凸部を肉厚な段状に突出することにより,車体パネル等の開口
部にグロメットを装着した状態で外れにくくするとの作用効果は,訂正明細書(甲
7添付)の発明の詳細な説明に明記された「挿入抵抗を低減して容易に係止固定す
る」(段落【0007】)との課題に沿うものである旨主張する。しかしながら,
そこでいう「係止固定」とは,挿入作業の終了により係止部と開口部が係止固定さ
れることを意味するにすぎず,いったん挿入係止した後,ワイヤーハーネスに引っ
張り力が作用しても,開口部から外れにくくするとの課題を説明しているものでは
ない。
 また,原告は,上記作用効果は,本件発明1の構成から,当業者が容易に
理解する自明の作用効果である旨主張する。しかしながら,訂正明細書には当該作
用効果に関する記載がなく,本件発明1の構成が原告主張の作用効果を有するもの
に限定されないことは,上記(1)のとおりである上,当該作用効果が当業者にとって
容易に認識し得る自明の作用効果であると認めるべき理由もない。訂正明細書の図
1には,線状凸部15aの先端に段差が図示されているようにも見えるが,訂正明
細書には,そのことについて何らの説明もなく,この図1だけを根拠に,原告主張
の上記作用効果が当業者にとって容易に理解し得るものであるとすることはできな
い。逆に,訂正明細書の上記図1においては,線状凸部の突出高さは,係止側から
線状体保持部側に向かって徐々に低くなっていることが看取されるし,同図4にお
いては,線状凸部自体が係止側から傾斜部の中ほどまでしか設けられていないので
あるから,これらの図によっても,原告主張の作用効果を認めることはできない。
2 取消事由2(本件発明2の容易想到性の判断の誤り)について
 上記1のとおり,本件発明1に係る決定の判断に誤りはないから,本件発明
2の容易想到性に関する判断にも誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1に係る相違点の判断の誤り)について
(1) 決定は,本件発明1と刊行物1発明との一致点として,「『線状体の外周に
密着して保持する線状体保持部と,前記線状体が貫通して配索される開口部に係止
する係止部と,前記線状体保持部及び前記係止部を傾斜面で連結する傾斜部と,を
具備するグロメットにおいて,前記傾斜部の外表面の全周にわたり,前記線状体保
持部側から前記係止部まで延設され,前記開口部に摺接する複数条の線状凸部を有
し,該線状凸部を本グロメットと同一の材質で本グロメットと一体的に形成したこ
とを特徴とするグロメット』である点」(審決謄本5頁下から第2段落)を,同じ
く相違点として,「本件発明1の線状凸部は,『前記線状体保持部を除く前記傾斜
部の外表面の全周にわたり,前記線状体保持部側から肉厚な段状に突出されて前記
係止部まで延設』されているものであるのに対し,刊行物1に記載された発明
(注,刊行物1発明)のリブは,『上記傾斜壁面部より上記環状凹部の上記筒部側
の内側面端緑部に至るリブを複数個突設』・・・されているものである点」(同頁
最終段落~同6頁初行)をそれぞれ認定した上,上記相違点について,「刊行物1
の・・・記載は『筒部』と『傾斜壁面部』とを区別した上で,『上記傾斜壁面部よ
り・・・』とリブの開始点を規定するのであるから,そのリブは『筒部を除く』も
のであり,すなわち『線状体保持部を除く前記傾斜部』の要件を満たすものであ
る。また,第1図の図示もそのことを表している」(同頁第2段落,検討a),
「刊行物1のグロメットのリブも傾斜壁面部の外周に複数個突設されるものであ
り,その肉厚と形状は刊行物1・・・に記載された課題,作用効果を満たすもので
あるが,それらの記載によれば刊行物1のグロメットおよびリブの肉厚と形状は,
本件発明1の課題(【0001】から【0007】),作用効果(【0010】,
【0030】から【0032】)を達成することができることが認められ」る(同
頁第3段落,検討b-1)とし,さらに,「多少の肉厚と形状の相違が存在すると
しても,そのような相違は当業者が設計上適宜変更しうることである」(同,検討
b-2),「特許権者(注,原告)は,特許異議意見書において参考図(Ⅱ)を示
し,『肉厚な段状に突出』の技術的意味について縷々説明しているが,本件特許明
細書(注,訂正明細書)に記載されていないことであるので採用することはできな
い」(同頁第4段落,検討c)と判断した。
 これに対し,原告は,本件発明1のグロメットは,複数条の線状凸部を形
成することにより,挿入抵抗の低減を図るとともに,当該線状凸部の線状体保持部
側の端面を肉厚な段状に突出させ,線状体保持部側の先端に段差を発生させること
により,グロメットが車両パネル等の開口部から外れにくくなるという作用効果
(以下「グロメットの保持力増大の作用効果」ということがある。)を有するなど
として,決定の相違点に関する判断中,検討b-2及び同cの判断は誤りである旨
主張するので,以下,検討する。
(2) 本件発明1の要旨は,上記第2の2のとおり,「線状体の外周に密着して保
持する線状体保持部と,前記線状体が貫通して配索される開口部に係止する係止部
と,前記線状体保持部及び前記係止部を傾斜面で連結する傾斜部と,を具備するグ
ロメットにおいて,前記線状体保持部を除く前記傾斜部の外表面の全周にわたり,
前記線状体保持部側から肉厚な段状に突出されて前記係止部まで延設され,前記開
口部に摺接する複数条の線状凸部を有し,該線状凸部を本グロメットと同一の材質
で本グロメットと一体的に形成したことを特徴とするグロメット」である。
 訂正明細書(甲7添付)には,発明の詳細な説明として,「本発明の目的
は,車両パネルの開口部への挿入係止作業に際し,挿入抵抗を低減して容易に係止
固定することができるとともに,成形金型の加工コストおよび加工時間を低減する
ことができるグロメットを提供することにある」(段落【0007】),「上記の
目的を達成するために,請求項1記載の発明は,線状体の外周に密着して保持する
線状体保持部と,前記線状体が貫通して配索される開口部に係止する係止部と,前
記線状体保持部及び前記係止部を傾斜面で連結する傾斜部と,を具備するグロメッ
トにおいて,前記線状体保持部を除く前記傾斜部の外表面の全周にわたり,前記線
状体保持部側から肉厚な段状に突出されて前記係止部まで延設され,前記開口部に
摺接する複数条の線状凸部を有し,該線状凸部を本グロメットと同一の材質で本グ
ロメットと一体的に形成したことを特徴としている」(課題を解決するための手
段,段落【0008】),「このような構成のグロメットによれば,傾斜部を構成
する傾斜面の全周にわたり,グロメットの挿入方向に延設された線状凸部を設ける
ことにより,グロメットを所定の開口部に挿入,係止する作業の際に,線状凸部の
上面のみが開口部の縁端部に摺接するため,グロメットと開口部との接触面積を小
さくして,挿入抵抗を低減することができ,挿入係止作業時の引き込み力を削減し
て,ワイヤーハーネスの装着作業性を向上させることができる。また,傾斜部に延
設された線状凸部は,機械加工法を用いて成形金型の傾斜部に,切削加工を施す
か,あるいは,あらかじめ尾根状部分を形成するように加工することにより,極め
て容易かつ短時間で所望の線状凸部を有するグロメットを形成することができるた
め,金型の加工方法及び加工時間を複雑,長期化することなく,金型加工コストを
抑制することができる。また線状凸部を線状体保持部を除く係止部側のみに形成す
れば,グロメットの挿入抵抗をより一層低減することができる」(段落【001
0】~【0011】),「なお,図1(a),(b)においては,線状凸部15a
を傾斜部14に均等に配置した構成,すなわち,延設長さ,突出高さ,凸部断面形
状が均一で,図1(a)に示されるように,線状凸部15aは長さ方向両端の線状
体保持部側端面および係止部側端面は傾斜部14の外表面から厚肉な段状に突出し
ているとともに,ワイヤーハーネス保持部11から均一な角度で均一な放射形状で
形成された構成であるが,本発明はこの構成に限定されるものではないことはいう
までもない」(段落【0014】),「以上説明したように,本発明に係るグロメ
ットによれば,傾斜部を構成する傾斜面の全周にわたり,グロメットの挿入方向に
延設された線状凸部を設けることにより,グロメットを所定の開口部に挿入,係止
する作業の際に,線状凸部の上面のみが開口部の縁端部に摺接するため,グロメッ
トと開口部との接触面積を小さくして,挿入抵抗を低減することができ,挿入係止
作業時の引き込み力を削減して,ワイヤーハーネスの装着作業性を向上させること
ができる。また,線状凸部をグロメットと同一の材質でグロメットと一体的に形成
したので,傾斜部に延設された線状凸部は,機械加工法を用いて成形金型の傾斜部
に,切削加工を施すか,あるいは,あらかじめ尾根状部分を形成するように加工す
ることにより,極めて容易かつ短時間で所望の線状凸部を有するグロメットを形成
することができるため,金型の加工方法及び加工時間を複雑,長期化することな
く,金型加工コストを抑制することができる。また,線状凸部を,線状体保持部を
除く係止部側のみに形成したので,グロメットの挿入抵抗をより一層低減すること
ができる」(発明の効果,段落【0031】~【0032】)との記載がある。し
かしながら,これらの記載においては,本件発明1の目的ないし作用効果として,
専ら,挿入抵抗の低減(並びに成形金型の加工コスト及び加工時間の低減)の点に
ついてのみ説明されており,原告主張に係るグロメットの保持力増大の点に関して
は何らの記載も認められない。
(3) 原告は,本件発明1のグロメットは,複数条の線状凸部を形成することによ
り,挿入抵抗の低減を図るとともに,当該線状凸部の線状体保持部側の端面を肉厚
な段状に突出させ,線状体保持部側の先端に段差を発生させることにより,グロメ
ットの保持力増大の作用効果を有するものであり,このような作用効果は,訂正明
細書(甲7添付)の発明の詳細な説明に明記された「挿入抵抗を低減して容易に係
止固定する」(段落【0007】)との課題に沿うものである上,訂正明細書に接
した当業者にとって,本件発明1の「線状体保持部側から肉厚な段状に突出され
て」との構成から容易に理解される,自明の作用効果というべきであると主張し,
さらに,グロメットの保持力増大の作用効果に関する説明として,別紙参考図
(Ⅱ)を援用して,同図の図(A)に示すとおり,本件発明1のグロメットGを車
両パネル開口部の縁端部(5)に装着した状態で,グロメットの係止部方向からワ
イヤーハーネスが引っ張られた場合,線状体保持部(1)の外周面が引っ張り方向
へ移動しようとするのに対し,同図(B)に示すとおり,線状凸部2の端面の段差
(2a)が圧接した状態で引っ掛かり,線状体保持部(1)の移動を阻止する旨主
張する。
 このような原告の主張自体から明らかなとおり,原告主張に係るグロメッ
トの保持力増大の作用効果を生じるためには,少なくとも,グロメットの傾斜部に
設けられた線状凸部が,①線状体保持部側の端面(先端)において段差を有するも
のであること及び②ワイヤーハーネスが引っ張られた場合,線状凸部の端面の段差
が線状体保持部に圧接した状態で引っ掛かる位置関係にあること,以上二つの構成
が不可欠であるということができるが,訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1に
おいては,上記のとおり,「前記線状体保持部側から肉厚な段状に突出されて前記
係止部まで延設され,前記開口部に摺接する複数条の線状凸部」を有すると規定さ
れているものの,当該線状凸部が,上記①及び②の構成を有するものであることは
記載されていない。他方,上記(2)のとおり,訂正明細書の発明の詳細な説明では,
本件発明1の目的ないし作用効果として,専ら,挿入抵抗の低減(並びに成形金型
の加工コスト及び加工時間の低減)の点についてのみ説明されているところ,挿入
抵抗の低減という作用効果を発揮するための構成としては,線状凸部は,単に,
「肉厚な段状に突出」したものであれば足り,上記①及び②のような限定された構
成を採る必要はないから,特許請求の範囲には,発明の詳細な説明に記載した発明
を記載しなければならないこと(特許法36条6項1号)に照らし,仮に,発明の
詳細な説明を参酌するとしても,上記請求項1の規定内容を,上記①及び②のよう
に限定して理解すべき理由はない。加えて,本件発明1の第2実施例として示され
た図4(甲2)においては,線状凸部が傾斜部の半分程度しかなく,上記②の構成
を備えていないことをも考慮すれば,上記請求項1の規定内容を,上記①及び②の
ように限定して解釈することができないことは明らかというべきである。
 これに対し,原告は,上記請求項1の記載自体から,線状凸部の線状体保
持部側の端部(先端)が肉厚な段状であることは明らかである旨主張する。しかし
ながら,上記請求項1の記載からは,線状凸部が,全体として,「肉厚な段状に突
出」したものであることが規定されているとはいえるものの,文言上,その突出に
係る位置,形状,厚さ等については具体的な限定がされていないのであるから,線
状凸部の線状体保持部側の端部(先端)において,必ず段差が形成されているもの
に限定する趣旨であるとまではいうことができず,また,そうである以上,原告主
張に係るグロメットの保持力増大の作用効果が,原告主張のように,訂正明細書に
接した当業者にとって,本件発明1の「線状体保持部側から肉厚な段状に突出され
て」との構成から容易に理解される,自明の作用効果であるということもできな
い。したがって,原告の上記主張は採用することができない。
 また,原告は,訂正明細書の段落【0014】の「図1(a),(b)に
おいては,線状凸部15aを傾斜部14に均等に配置した構成,すなわち,延設長
さ,突出高さ,凸部断面形状が均一」であるとの記載及び図1(甲2)を援用する
が,上記記載及び図1は,飽くまで,本件発明1の第1実施例についての説明にす
ぎず,同段落に,「本発明はこの構成に限定されるものではないことはいうまでも
ない」とあるとおり,仮に,その記載等を参酌しても,本件発明1の線状凸部が,
すべて「延設長さ,突出高さ,凸部断面形状が均一」であることを要するとまでは
解することができないから,採用の限りではない。
 さらに,原告は,上記請求項1において,「線状体保持部を除く前記傾斜
部の外表面の全周にわたり」,「線状体保持部側から・・・前記係止部まで延設さ
れ」と規定したことにより,訂正明細書の図4(甲2)の構成は本件発明1から除
外されているとも主張する。しかしながら,訂正明細書においても,本件発明1の
第2実施例として,上記図4が引用されている(段落【0024】~【002
5】)ところ,上記請求項1の「線状体保持部を除く前記傾斜部の外表面の全周に
わたり」との限定については,設定登録時の特許請求の範囲の記載(甲2)におい
て,単に,「前記傾斜部の外表面の全周にわたり」と規定されていた(ここでいう
「傾斜部の外表面の全周」とは,線状凸部が,傾斜部の円周方向に満遍なく設けら
れるものであることを規定する趣旨であったことは明らかである。)ものにつき,
その後,本件訂正により「線状体保持部を除く」との限定を付加したものであるこ
とからすれば,原告主張のように,「線状体保持部に近接する位置までの傾斜部の
全外表面の全周」を意味するものとは解されず,単に,線状凸部が,傾斜部の円周
方向に満遍なく設けられるものであることを規定するとともに,線状凸部が線状体
保持部には設けられないことを確認的に規定したものと解するほかはない(さもな
ければ,当該要件を付加した本件訂正が新規事項の追加に当たることにもなろ
う。)。また,上記請求項1の「線状体保持部側から・・・前記係止部まで延設さ
れ」の「線状体保持部側から」については,「側」という語を含むことから,必ず
しも,原告主張のように,線状凸部が「傾斜部の線状体保持部に近接した位置か
ら」突出されていることを意味するものであることが,文言上,一義的に明確であ
るとはいえず,むしろ,上記図4及び訂正明細書の上記段落【0024】~【00
25】の記載を参酌して,当該第2実施例をも含むように,「線状体保持部方向か
ら」程度の広い意味に理解するのが相当というべきである。したがって,原告の上
記主張は採用の限りではない。
(4) 以上によれば,原告の主張は,その主張に係る構成自体が,特許請求の範囲
の記載に基づかないものであって,採用することができない。さらに,原告は,決
定が,グロメットの保持力増大の作用効果に関する原告の主張を採用しなかったこ
とは違法であるとして,るる主張しているが,そもそも,当該作用効果自体が,特
許請求の範囲に記載された構成に基づくものとは認められず,また,当該構成から
自明な事項であるともいえないことは上記判示のとおりであるから,これを顧慮し
なかった決定の判断に誤りはない。
 したがって,その余の点につき検討するまでもなく,原告の取消事由1の
主張は理由がない。
2 取消事由2(本件発明2の容易想到性の判断の誤り)について
 決定は,「本件発明2の規定『該線状凸部を前記線状体保持部を除く係止部
側で,該線状凸部の上面のみが前記開口部の縁端部に摺接するように形成した』に
ついては,前示のイ,エのaでの検討(注,本件発明1に関する検討を指す。)が
あてはまるから,本件発明2は,刊行物1に記載された発明(注,刊行物1発明)
及び周知慣用技術(刊行物2)に基いて当業者が容易に発明をすることができたも
のと認められ」る(審決謄本6頁下から第3段落)と判断したところ,原告は,本
件発明1に係る決定の判断が誤りである以上,本件発明2に関する上記判断も誤り
である旨主張する。
 しかしながら,本件発明1に係る決定の判断に誤りがないことは,上記1の
とおりであるから,原告の取消事由2の主張も理由がない。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に決定を取り
消すべき瑕疵は見当たらない。
 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
     東京高等裁判所知的財産第2部
           裁判長裁判官    篠  原  勝  美
      裁判官    古  城  春  実
      裁判官    早  田  尚  貴
(別紙)
参考図(Ⅰ)参考図(Ⅱ)

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