弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を懲役四年六月に処する。
     原審における未決勾留日数中一七〇日を右刑に算入する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人北村行夫作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりで
あるから、これを引用する。
 一 控訴趣意中、法令適用の誤りの主張について
 論旨は要するに、被告人に対しては、本件について平成七年法律第九一号による
改正前の刑法四二条一項(以下、たんに刑法という。)の自首の成立が認められる
のに、原判決は自首減軽を行っていないのであるから、原判決には自首に関する法
令の解釈を誤った結果、法令適用の誤りを犯したものであって、この誤りが判決に
影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
 所論にかんがみ検討すると、原判決は(量刑の理由)の項で、「法律上の自首に
は該当しないものの、犯行後自ら派出所に出頭したりしていること」と判示し、本
件においては、被告人に対して刑法四二条一項の自首の成立を否定していることが
明らかである。そこで、同法上の自首の成否について検討する。
 まず、被告人の捜査段階での供述調書、司法警察員作成の一一〇番受理報告書、
緊急逮捕手続書等の関係証拠によれば、被告人は、本件犯行直後(犯行時間は、午
前六時三五分ころである。)に原判示犯行現場である「A」を出て、乗ってきた自
動車を発進させて間もなく我に返り、申し訳ないことをしたと思い、自首すべく犯
行現場と同じa町にあるa地区交番に赴き、午前六時四五分ころ、同所表出入口に
設置されたインターホンを押したこと、しかし、警察官が不在であったため、さら
に警察へ電話で通報しようと思い、同じ町内のa町文化センターに赴き、同所に設
置されていた公衆電話から一一〇番通報をして、「今人を刺したんですが、文化会
館前の公衆ボックスにいます。名前はBです。その前にaの派出所に行ったんです
が誰もいないので、文化会館前の電話ボノクスにきたのです。」と言って警察官に
自己の名前と自己の犯した犯罪行為を申告したこと、そして、右一一〇番通報が受
理された時間は、本件当日の午前六時五五分であったこと、一方、被告人の妻も、
犯行後間もなく警察に一一〇番通報をして「BがCを包丁で刺した」旨申告してい
るところ、右の受理時間は同日午前六時五三分であったこと、そのころ茨城県警察
本部通信指令室と石岡警察署からの無線指令を傍受した警ら中の同署警察官は、直
ちに本件現場へ急行したが、その途中、さらに右通信指令室から前記被告人の通報
内容の無線を傍受したため、午前七時五分ころ、被告人がいるという前記a町文化
センターへ赴いて、被告人に職務質問をしたところ、被告人が住所と氏名を答え、
また、犯行を認めたため、さらに任意同行を求め、同行先の右警察署において午前
八時五分に緊急逮捕するに至ったこと等の事実が認められる。
 以上の事実によれば、被告人が現実に自己の犯罪事実を警察官に申告した時点に
おいては、すでに被告人の妻からの一一〇番通報が茨城県警察本部通信指令室で受
理されており、すでに捜査機関に被告人の犯罪事実が発覚しているものといわざる
を得ないのであるから、右の時点を基準とする限り、被告人の右の通報をもって、
刑法上の自首と認める余地はないとも考えられ、原判決もこの点を根拠に自首の成
立を否定したものと推測される。
 しかし、自首に関する刑法四二条一項の規定は、第一義的には、犯人が捜査機関
に対して自主的、積極的に自己の犯罪事実を申告した場合には、刑の任意的減軽の
恩典を付与することによって、犯罪の捜査及び犯人の<要旨>処罰を容易にするとい
う政策的考慮から設けられたものであり、犯人の行為が自首に当たるかどうかは、
右規定の趣旨から実質的かつ全体的に、時間的にもある程度幅をもって解釈
されるべきであり、単なる時間的先後関係だけに拘泥することは同項の妥当な解釈
とはいい難い(なお、改正刑法草案四九条一項参照)。このような観点からみる
と、犯人がいまだ捜査機関に自己の犯罪事実が発覚する前に、自ら自己の犯罪事実
を申告して身柄の処分をゆだねる意図で捜査機関に出頭しておれば、捜査員不在等
の事由により犯人が右の申告をすることができず、その間に犯人の申告以外の理由
により、その犯人の犯罪事実が発覚したとしても、その接着する時間内に、犯人に
おいて自ら自己の犯罪事実を捜査機関に申告して身柄の処分をゆだねたと認められ
る関係にあれば、これらの事情を全体として考察し、「いまだ官に発覚せざる前」
に自首したものとして、刑法四二条一項の自首の成立を肯認することができるとい
うべきである。
 これを本件についてみると、前記認定のとおり、被告人は、本件犯行直後、自首
を決意し、そのまま警察官派出所に赴き、同所表出入口に設置されたインターホン
を押していること、その時間が犯行の約一〇分後であり、被告人の妻が一一〇番通
報をする約八分も前であって、同所に警察官が駐在しておれば、その時点で自己の
犯罪事実を申告して確実に自首が成立したであろうことは明白であること、また、
右派出所には、不在派出所用緊急通報装置が設置され、右インターホンにより、石
岡警察署通信室との通話が可能であり、右被告人が右のインターホンを押した時点
で、右の装置が作動して、右通信室の呼出し音が鳴り、同署警察官が応答したもの
の、被告人がそのことに気付かなかったため、被告人はやむなく同じ町内の文化セ
ンター前の電話ボックスまで移動し、そこから一一〇番通報して自己の氏名と犯罪
事実を申告したうえ、そのまま同所にとどまり、さらに駆け付けた警察官の質問に
対し自己の氏名、犯罪事実等を話して任意同行に素直に応じ、任意同行先の前記警
察署において緊急逮捕されるに至ったものであること等の事情が認められるのであ
って、これらを総合考慮すれば、被告人の右の行為は全体としてみて、「いまだ官
に発覚せざる前」に自首したものと評価することができるというべきである。なる
ほど、原判決が自首の成立を否定した理由と考えられる申告時間の時間的先後関係
を形式的にみれば、被告人が右文化センターの電話機から一一〇番通報した時点で
は、すでに被告人の妻からの一一〇番通報が警察に受理されているけれども、被告
人の右通報は妻の通報のわずか二分後であって、このようなわずかの時間的先後を
決定的な根拠として刑法上の自首を否定することは、前記のような事情に照らせば
余りにも形式的な解釈であって妥当であるとはいえない。また、右のような実質
的、全体的な考察から自首の成否を判断することに対しては、その基準が不明確に
なるとの批判もあり得るが、前記のとおりの立法趣旨に即して、具体的、実質的判
断を加えることは法解釈のありかたとしてはむしろ当然であって、なんら問題があ
るとは思われないばかりか、前記のとおり、捜査機関の所属する官署への出頭を基
準にして、その後の犯人の対応を併せ考慮して自首の成否を決するのであるから、
その基準が不明確に過ぎるなどとはいえないのであって、右の批判は当たらないと
いうべきである。
 以上のとおり、被告人には、本件について刑法四二条一項の自首が認められるの
で、これを認めなかった原判決は、自首に関する同条の解釈を誤った結果、法令適
用の誤りを犯したものというべきである。しかし、同法上の自首は、もともと刑の
裁量的減軽事由にすぎないものであるところ、原判決は、その(量刑の理由)の項
において、量刑上被告人に有利な情状として斟酌していることが明らかであり、殺
人罪の法定刑や本件の態様及び自首の経緯等にかんがみると、本件について自首減
軽を施すことが相当であったとまでは認められないから、右の誤りは、判決に影響
を及ぼすことが明らかであるとはいえない。論旨は理由がない。
 二 控訴趣意中、事実誤認の主張について
 論旨は要するに、原判決は、その(事実認定の補足説明)において、被告人が被
害者と妻に対して殺意を抱いたこと、そして、布団に本件包丁が絡まるという偶然
から、妻に対する殺害を中断したものである旨認定しているが、右包丁は布団に絡
まっておらず、被告人としては、さらに妻を殺害しようとすればできたのに、右包
丁を布団上に投げ捨てたものであるから、原判決の右の認定は誤っており、この誤
りが判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
 そこで検討すると、原判決は、なるほど、その右補足説明において、「その後、
被告人は、文化包丁を引き抜こうとしたが被害者の持っていた掛布団に絡まってし
まったことから手を放し(た)。」旨認定しているのであるが、右の点は、犯罪の
成否とは直接の関係がない事実であるから、所論は、事実誤認の主張とは認められ
ないのであるが、なお、量刑の基礎となる事実の誤認を主張する趣意とも解される
ので、ここで、この点について検討を加えると、原判決の右の認定は関係証拠に照
らして正当であり、所論のような誤りは存しないというべきである。すなわち、被
告人は、捜査段階で「被害者を刺したあと、文化包丁を引き抜こうとしたが、包丁
が布団の中に入って絡まったようで、なかなか抜けなかった。簡単に包丁が抜けて
いたら、勢いで女房まで殺していたかもしれない」旨供述し、原審公判廷において
も同旨の供述をしているところであって、これらの供述は、被害者が刺される際に
自己の身体に当てていた布団の痕跡や包丁に残された綿等の状況とも符合するので
あり、被告人のこれらの供述の信用性に疑問を抱かせるような事情は存しない(所
論は、本件包丁が犯行現場の段ボール上から発見された点等を被告人の供述が信用
できない事情として指摘するが、犯行後現場に臨場した救急隊員らにおいて布団か
ら右の包丁を抜いて段ボール上に置いたことも充分に考えられるのであり、この点
が右の布団に絡んで抜けなかったとの被告人の供述と矛盾するものでないことは明
らかであり、その余の点も被告人の右供述の信用性に影響を及ぼすものとは認めら
れない。)。のみならず、被告人の右供述は、仮に右の包丁が布団に絡まらず、こ
れを手にしたままであったら、勢いで妻までも殺害してしまったかもしれないと述
べているだけであって、事前に妻に対する殺意を抱いていたとまで供述しているわ
けではなく、原判決も、その判文からみて、妻に対する殺意までも認定しているわ
けではないのであるから、原判決に所論のような誤認はない。論旨は理由がない。
 三 控訴趣意中、量刑不当の主張について
 論旨は要するに、原判決の量刑が被告人に対する刑の執行を猶予しなかった点
で、重過ぎて不当である、というのである。
 所論にかんがみ、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果
をも併せて検討すると、本件は、原判示のとおり、被告人が妻と被害者の不倫の現
場を押さえたことから、憤激の余り、現場付近にあった文化包丁で被害者の左側胸
部を突き刺して、胸部大動脈切断により失血死させたという事案であるところ、犯
行の動機をみると、妻と被害者との不倫を疑っていた被告人において、二人が肉体
関係を持っていた現場に踏み込み、そのあられもない姿態をみて、激昂した末の犯
行であり、その動機には後記のとおり同情すべき余地があるとはいえ、被告人のこ
のような行為はもとより正当化されるものではなく、しかも、被告人は、被害者が
妻との浮気相手であると疑っており、被告人も面識のある被害者に対して、事前に
妻との交際をやめるように求めるなど問題解決の方法がまったくなかったわけでは
ないのに、このような方途をとることなく、一人思い悩んだあげく、浮気の現場を
押さえることだけに意を用い、いきなり殺害に及んだというもので、被告人の行為
は短絡的過ぎるとの非難は免れない。また、犯行態様は、立ち上がった被害者の身
体の前面めがけて、確定的殺意を持って所携の文化包丁で力一杯突き刺すという極
めて残忍かつ悪質なものであり、その結果、殺害された被害者の無念はいうにおよ
ばず、残された遺族の悲嘆にも察するに余りあるものがあるというべきであり、被
告人は、被害者の遺族に対する慰謝の措置を講じておらず、遺族も被告人に対して
は法による厳格な処罰を望んでいる。以上のような事情に徴すれば、被告人の刑責
には重いものがあるといわなければならない。
 しかし、他方、被告人には以下に述べるような有利な事情も数多く認められる。
すなわち、まず、本件犯行の原因をみると、前記のとおり、被告人と面識もあり、
夫があることを知りながら被告人の妻と肉体関係を持ち続けていた被害者にその原
因があるのであって、被告人がその現場を目の当たりにして激昂したこと自体はま
ことに無理からぬところであり、被害者の落度には重大なものがあるといわざるを
得ない。被告人は、内向的でおとなしく、口下手であるため、妻の不倫を疑い、こ
の点を妻に質したことがあったものの、これを否定されてこれ以上の追及ができ
ず、また、被害者とは面識があるものの、同人は自己より弁が立ち、体力的にも自
分が劣ると考えていたのであるから、被害者に妻との不倫の真偽を問い質しても、
これを一蹴されると考えていたのも無理からぬところがあり、被告人の性格や当時
の状況等からみて、被告人が事前に解決のための話合いを持たなかった点を量刑に
当たって過大に評価することは妥当ではない。また、被告人は、本件当時、妻との
婚姻関係を継続してゆきたいとの思いを抱いていて、被告人において本件犯行の時
点で夫婦関係が破綻しているとは考えておらず、何とか妻の不倫を止めさせたいと
思っていたものであって、被告人が犯行現場に赴いたのも、妻の不倫相手である被
害者に報復を加えるためではなく、問題の解決のためには、不倫の現場を押さえる
ほかに取り得る手段はないと考えたからであり、ただ、現場の状況から被害者と妻
が奥の部屋で肉体関係を持っていると確信した被告人が憤激した末、厨房にあった
包丁を手にして犯行現場に赴き、被害者と妻が肉体関係を持っていた現場を目の当
たりにしてとっさに殺意を抱いて殺害するに至ったものであって、本件は激情に駆
られての偶発的な犯行であり、計画性は認められないのである。原判決は、その
(量刑の理由)において、「被害者と平和的解決の道を求めることも十分可能だっ
たのであって、そうした努力をすることなく、いきなり本件犯行に及んだ被告人の
行動(には)、責められるべき面はなお大きいものといわざるを得ない」と判示し
ているのであるが、被告人は当初から被害者を殺害すべく、犯行現場に赴いたもの
ではなく、前説示のような経緯からとっさに殺害するに至ったものであって、右の
ような経緯、動機からみて、原判決の右の説示は、被告人に酷に過ぎるとの批判は
免れない。そして、被告人は、本件犯行後間もなく我に返って自己の犯行を悔い、
自首を決意して交番に赴き、さらに一一〇番通報して自己の犯行を申告して警察官
に身柄の処分をゆだねるなどして自首していること、捜査段階及び原審公判廷を通
じて事実関係を素直に認め、自己の行為を真蟄に反省していると認められること、
被告人には前科がなく、仕事も二三年余り勤続してきたものであり、その私生活の
面においても夫として、父親として真面目な生活を送ってきたものであること、本
件により、長らく勤めた勤務先を懲戒解雇になったこと等の事情も認められる。そ
して、以上のような事情を総合考慮すれば、本件が被告人に対する刑の執行猶予を
考慮すべき余地はないといわなければならないものの、被告人を懲役六年に処した
原判決の量刑は、その刑期の点で重過ぎるというべきである。論旨は理由がある。
 よって、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条た
だし書により当裁判所において更に判決する。
 原判決が認定した罪となるべき事実に、平成七年法律第九一号(刑法の一部を改
正する法律)附則二条一項本文により同法による改正前の刑法一九九条を適用して
所定刑中有期懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で、被告人を懲役四年六月に
処し、右改正前の刑法二一条を適用して、原審における未決勾留日数中一七〇日を
右刑に算入し、当審における訴訟費用については、刑訴法一八一条一項ただし書を
適用して被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 小泉祐康 裁判官 松尾昭一 裁判官 西田眞基)

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