弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
       事   実
 控訴代理人は、「原判決中、控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却す
る。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控
訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。
 当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり附加するほか、原判決事実摘示
のとおりであるから、ここにこれを引用する。
一 (控訴人の主張)
(一) 本件商標は、原判決添附別紙商標公報記載のとおり「TECHNOS」の
欧文字を横書きして成り、「テクノス」の称呼及び「技術」、「工芸」、「工学」
等の観念を生ずるものであるのに対し、控訴人標章は、原判決添附別紙目録記載の
とおり「TECHNOS」と「ROYAL MASTER」の各欧文字を二段に横
書きして成り、「ロイヤルマスターテクノス」の称呼を生じ、本件商標と控訴人標
章とは、外観、観念、称呼のいずれの点においても異なり、本件商標を附した時計
と控訴人標章を附した時計とは、実際取引の場において誤認混同を生ずるおそれは
ないから、本件商標と控訴人標章とは類似するものではない。
 控訴人標章が、その使用の態様として「TECHNOS」と、通常アルフアべツ
トの大文字七文字を横書きし、その下に「ROYAL MASTER」と縦横とも
ほぼ二分の一の細字で横書きに表示してあるのは、本件時計がテクノス社のロイヤ
ルマスター型であることを示すためではなく、装飾品としての本件腕時計の体裁を
良くするためである。
(二) かりに、控訴人標章が本件商標と同一ないし類似するものであるとして
も、本件腕時計の輸入行為はいわゆる真正商品の並行輸入に該当するから、控訴人
の右時計の販売行為は、被控訴人の本件商標権を侵害するものではない。
 被控訴人は、スイス国において「テクノス」の登録商標を有している訴外テクノ
ス・ウオツチ・カンパニー(テクノス社)の製造にかかる商品を、わが国において
独占的に販売するためテクノス社と日本における総代理店契約を締結して日本にお
けるテクノス社の商品の独占的販売権を獲得した後、わが国において、自己の名前
で本件商標の登録を得たうえ、訴外平和堂貿易株式会社に本件商標の使用を許諾
し、かつ、同訴外会社をしてテクノス社より腕時計のムーブメントを輸入し、これ
を組立て加工して完成させたものに、その商品の出所がテクノス社であることを表
示するため、本件商標を使用させていたのであるから、本件商標によつて識別され
る商品の出所はテクノス社であり、被控訴人がその品質を保証したものと考えるべ
きところ、控訴人の輸入販売にかかる本件腕時計は、韓国におけるテクノス社商品
の総代理店である訴外韓隆物産株式会社が、テクノス社から購入したテクノス社製
造にかかる機械本体に、文字盤、針、リユーズその他の部品を取付けて完成させた
うえ、その文字盤に適法に控訴人標章を附して香港に輸出したものを、控訴人が香
港において買受け輸入した真正商品であり、本件腕時計に附されている控訴人標章
によつて識別される本件腕時計の出所及びその品質保証はいずれもテクノス社のも
のであるとみるべきであつて、一般需要者がこれを誤認混同することはない。した
がつて、本件腕時計の輸入は、真正商品の並行輸入に該当する。
 被控訴人は、昭和四八年一月一〇日平和堂貿易株式会社の商号を平和堂株式会社
に変更したが、旧商号の平和堂貿易株式会社の名で、昭和四九年八月五日付大阪時
計新聞と同月一〇日付時計美術宝飾新聞の各広告欄に「テクノス時計のにせ物にご
注意」の見出しで広告文を掲載した際、その広告文の本文の中に「テクノス時計の
日本総代理店としての平和堂貿易」、広告主の氏名の中に「テクノス日本総代理店
平和堂貿易株式会社」と記載して被控訴人がテクノス社の日本総代理店である旨を
表示していたのであるから、被控訴人がテクノス社の日本における総代理店である
ことは明白である。
 また、前記大阪時計新聞の記事中には、「テクノス、ウオルサムの日本総代理
店、平和堂貿易(株)」と記載されている。
 仮に、右広告の広告文、広告主並びに前記大阪時計新聞の記事中の平和堂貿易株
式会社が、被控訴人でなく、被控訴人から本件商標の使用を許諾された訴外平和堂
貿易株式会社であつたとしても、同訴外会社は、被控訴人の子会社で、被控訴人の
代表取締役【A】が代表取締役として、その業務を主宰している等、被控訴人と同
訴外会社とは経済的、法律的に特殊な関係にあるため、被控訴人と同訴外会社は同
一人視されるので、わが国の一般需要者は、被控訴人がテクノス社の日本における
総代理店と考えるため、前記新聞の表示は、被控訴人がテクノス社の日本における
総代理店である旨を表示したことと同一視し得るのである。
 なお、被控訴人は、テクノス社の日本における総代理店であるだけでなく、同社
発行済株式総数の三五パーセントの株式を所有している大株主でもある。
二 (被控訴人の主張)
(一) 控訴人は、本件商標は単に「テクノス」なる称呼と、TECHNOSなる
外観と、「技術」、「工芸」、「工学」等の観念を生じるのに対し、控訴人標章は
「ロイヤルマスターテクノス」なる称呼と、TECHNOS ROYAL MAS
TERなる外観と観念を生じるので、実際の取引の場において誤認混同を生じるお
それはなく、両者は非類似であると主張している。
 しかし、控訴人標章の使用の態様をみると、原判決添附の目録から明らかなよう
に、「TECHNOS」と通常のアルフアべツトの書体で横書きし、その下に「R
OYAL MASTER」と併記してあるのであつて、前者が七文字、後者が一一
字であるのにかかわらず、全長が同じに記載してあるところから、前者のテクノス
の部分が大きく記載されている。
 時計における右のような表示の仕方は、テクノスのロイヤルマスター型という意
味で、ロイヤルマスターの部分はいわゆる等級商標であり、テクノスの部分が独立
した商標である。腕時計にはいろいろな種類があり、性能や外見も異なるので、商
品として区別する必要がある。これは、たとえば「セイコー」や「シテイズン」に
ついても同じであつて、単に「セイコーを下さい」といつても、商品は特定しな
い。
 そこで、「セイコー」の何々型という意味で、いわゆる等級商標として、二次的
な商標が附記される。「テクノス」についても同様である。
 そして、仮に控訴人の主張するように、控訴人が「TECHNOS ROYAL
 MASTER」を一個の商標として使用しているとしても、右に述べたように、
テクノスの部分を分離して二段に表示していること、テクノスの部分が大きく表示
されていること、テクノスとロイヤルマスターとは観念的にも称呼的にも関連がな
く、むしろ長文であるから分離して称され易いことを考慮すると、「TECHNO
S」なる観念称呼が生じることは明らかである。したがつて、控訴人標章は、本件
商標と類似するものであり、むしろ同一に近いといえるのである。
(二) 控訴人が輸入した本件腕時計は、いわゆる真正商品ではない。
 本件商標は、被控訴人がスイスにおけるテクノス社とは全く無関係に取得したも
のであり、スイスのテクノス社から譲受けたものでも、その承諾を得て取得したも
のでもないし、また、被控訴人とスイスのテクノス社とは、資本関係も人事関係も
全くない。
 日本における商標権者が、それと同じ標章の附された外国商品(同じ類の商品)
の輸入、販売を差止める権利あるいは損害賠償請求権を有することは当然であつ
て、このことは対象商品が日本製の場合と全く同様である。
 ただその場合に、当該商品の標章が外国における当該標章(商標)の権利者によ
つて適法に附され、かつ、右権利者と日本における商標権者とが同一人とみなされ
るような場合には、商標の有する出所表示機能、品質保証機能が実質的に害される
ことはなく、また、該日本の商標権者の財産的利益も実質的には害されていないと
いうことから、かような場合には日本における商標権者が当該外国商品の輸入、販
売の差止を求めることは権利の濫用になるというのが、いわゆる「並行輸入論」の
理論であるといえよう。
 日本における商標権者が外国における商標の権利者と別個独立の業者である場合
には、仮に当該商標の附された外国商品の輸入代理店という地位にあつたにせよ、
それだけで同一人性ありとすることは許されない。
かような場合には、輸入代理店というだけではなく、専ら当該商品の日本への輸
入・販売のために、外国における当該商標の権利者から、日本商標権の譲渡を受け
たとか、実施権の設定を受けたとかいつた、いわば商標上の従属関係があつて、は
じめて同一人性ありとされるに過ぎない。
 被控訴人は、前述のように、「テクノス」なる日本商標権をスイスのテクノス社
と全く無関係に取得したものである。決して「テクノス」なるスイス時計の日本に
おける販売のために、テクノス社から譲受けたものではない。したがつて、被控訴
人としては、本来テクノスなる商標をスイスのテクノス社からの輸入時計に附する
だけではなく、自ら製造しあるいは他から仕入れた時計にこれを附することも自由
である。
 控訴人の主張は、単純に独占的販売業者ないし総代理店関係があれば並行輸入に
なるとしている点でも誤りである。
 代理店というといかにも外国の権利者に従属して、その商品を販売させてもら
い、また、外国商標権者の利益のために働いているかに思われがちであるが、現在
においては、外国商品は日本におけるデイーラーすなわち代理店の信用と販売力に
むしろ依存していることが多く、本件もまた同様である。すなわち、本件商標の登
録が出願された当時、テクノス社は、スイスの時計のブランドの一つではあつた
が、わが国ではもちろん世界的にも著名ではなかつた。そして、その時計は、わが
国にも若干輸入されていたが、被控訴人が吸収合併した株式会社平和堂時計店がテ
クノスの商標権を取得した後において、同社が一手に輸入をするようになり、同社
すなわち被控訴人が力を入れて宣伝し、独自の品質管理とデザインの開発によつ
て、次第にわが国で著名になり、被控訴人は現在に至るまで、テクノスの時計(正
確には、その大部分はムーブメント)を一手に輸入している。しかしながら、被控
訴人とテクノス社との間には文書化した総代理店契約というものはない。したがつ
て、代理店とはいつても、その代理店関係は、通常のものとは著しくそのおもむき
を異にしており、むしろ被控訴人がわが国で有するテクノスという登録商標に基づ
いて製造(組立)販売する時計について、そのムーブメントをスイスの同名のテク
ノス社に発注しているという関係にあるのである。また、最近のクオーツ(水晶発
振式)腕時計のムーブメントについては、テクノス社ではなく、別のスイスのメー
カーに発注して製造させ、これにテクノスの商標を附して販売しているのである。
 更にいえば、スイスにおける時計工業は、わが国のそれと多分に異なり、家内工
業的な小企業が多く、そこで組立てられた部品あるいはムーブメントがテクノス社
を通せばテクノスとして販売される。したがつて、厳密な意味でのテクノス社の製
品というものがあるわけではない。そのような関係もあつて、被控訴人は、独自に
社員をスイスに派遣し、独自に検査を行なつて、自己の規格に合致したものを買付
けているのである。
 右のとおりであつて、被控訴人の販売しているテクノスブランドの時計は、被控
訴人独自の商品である。これに対して、控訴人の輸入販売した時計は、粗悪品であ
り、テクノス社自身、テクノスの商標を附すことを認めていなかつたものであつ
て、これと、被控訴人のそれとは品質的に全く異なつている。
 以上のごとき本件の背景に存する事実関係からすれば、被控訴人は、テクノスな
る内国商標権者として、同名の外国商標権とは独立して固有の権利を有しているの
であつて、仮に、被控訴人とテクノス社との関係を代理店関係と捉えることができ
るとしても、代理店であるという一事をもつて、被控訴人の有するこの固有の商標
権の権利を制限することはできないのである。
三 証拠(省略)
       理   由
 当裁判所も、被控訴人の控訴人に対する請求を、原判決主文第一項の範囲内で認
容し、その余は棄却すべきものと判断するが、その理由は、左のとおり附加、訂正
するほか、原判決の理由と同一であるから、ここにこれを引用する。
一 原判決書一二枚目表一〇行目から一四枚目表一行目までを次のとおり訂正す
る。
 控訴人は、控訴人の本件腕時計の輸入行為はいわゆる真正商品の並行輸入に該当
するから、控訴人が控訴人標章の附されている右腕時計を販売しても本件商標権を
侵害するものではないとの主張をし、テクノス社はスイス国において控訴人標章に
つき商標権を有し、韓隆物産は韓国におけるテクノス社の総代理店であるととも
に、控訴人標章の韓国における商標権者でもあるところ、韓隆物産はテクノス社が
製造した本件腕時計の機械本体に、文字盤、針、リユーズその他の部品を取付け、
文字盤に控訴人標章を適法に附したうえ、これを香港に輸出し、控訴人は香港にお
いて、これを買受けたものであるから、本件腕時計は真正商品である旨主張する。
 しかしながら、テクノス社が韓隆物産に対し、自己が製造した腕時計の機械本体
に部品を取付け、これに控訴人標章ないしは本件商標を附して他に販売することを
許諾したことを認めるに足る証拠はなく(当審における控訴会社代表者本人尋問の
結果により真正に成立したものであることを認め得る乙第三号証の二には、本件腕
時計はテクノス社が製造し、韓隆物産はこれを同社から買受けた旨の記載がある
が、右記載は後記甲第四、第五号証の記載に照し措信できない。)、かえつて、原
審証人【B】の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第四、第五号証に
よれば、本件腕時計の機械本体はテクノス社が製造したものではなく、同社の子会
社であるパントー・エス・アー(PANTO S.A.)が韓国市場向け及び再輸
出用に製造したものであつて、同社又はテクノス社はこの腕時計に「テクノス」の
商標を附することを韓隆物産に対し許諾してはいなかつたことが認められる。
 右のとおりであるから、控訴人の、本件腕時計の輸入行為はいわゆる真正商品の
並行輸入に該当するから、本件腕時計を販売することは本件商標権を侵害するもの
ではないとの主張は、その前提を欠き、失当である。
二 控訴人は、本件商標からは「テクノス」の称呼及び「技術」、「工芸」、「工
学」等の観念を生ずるものであるのに対し、控訴人標章からは「ロイヤルマスター
テクノス」の称呼を生じ、本件商標と控訴人標章とは外観、観念、称呼のいずれの
点においても異なり、本件商標を附した時計と控訴人標章を附した時計とは、実際
取引の場において誤認混同を生ずるおそれはないから、本件商標と控訴人標章は類
似しない旨主張する。
 しかし、控訴人標章は、原判決(一〇枚目裏七行目から末行まで)が摘示すると
おりの構成から成るものであり、この構成に、簡易迅速を旨とする取引の実情を併
せ考えると、控訴人標章の要部は「TECHNOS」の部分にあるものというべ
く、そこからは、本件商標と同一の称呼及び観念を生ずること、原判決のいうとお
りである。そうすると、他の点の判断をするまでもなく、本件商標と控訴人標章は
類似しないとする控訴人の主張は理由がない。
 以上のとおりであつて、控訴人の控訴は理由がないから、これを棄却し、控訴費
用は、民事訴訟法第八九条、第九五条にのつとり、控訴人の負担とすることとし
て、主文のとおり判決する。
(裁判官 荒木秀一 高林克巳 舟橋定之)

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