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裁判例


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         主           文
1 原告ら及び参加原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告ら及び参加原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 原告ら及び参加原告らの請求
 被告は,別紙事業目録1,2記載の各事業に関する費用を支出してはならない。
第2 事案の概要
 本件は,愛知県の住民である原告ら及び参加原告ら(以下「原告ら」と総称す
る。)が,愛知県の地方公営企業である愛知県企業庁(以下「企業庁」という。)
が実施している中部国際空港建設関連事業としての別紙事業目録1,2記載の各事
業(以下,その対象地を「空港島周辺部」,「対岸部」と,事業を「空港島周辺部
事業」,「対岸部事業」といい,両者を総称して「本件各事業」という。)が,採
算の見通しを欠き,かつ自然環境を破壊する不合理なものであり,地方公営企業の
経営原則を定めた地方公営企業法(以下「企業法」という。)3条などに違反した
違法なものであるから,これに要する費用の支出も違法な公金の支出に当たると主
張して,地方自治法242条の2第1項1号(平成14年法律第4号地方自治法等
の一部を改正する法律
による改正前のもの。以下,同様)に基づき,企業庁の管理者兼業務執行者である
被告に対して,上記費用支出(以下「本件支出」という。)の差止めを求めた住民
訴訟である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実等)
(1) 当事者について
ア 原告らは,いずれも愛知県内に住所を有する者である。
イ 被告は,企業法8条及び愛知県公営企業の設置等に関する条例4条に基づき,
愛知県が予定している本件各事業の実施主体である企業庁の管理者であるととも
に,その業務を執行する者である。
(2) 中部国際空港設置事業の手続について
ア 中部国際空港(以下「本件空港」という。)は,国際航空路線に必要な公共用
飛行場として,空港整備法上の「第一種空港」に位置づけられ(同法2条1項1
号),その設置予定場所は愛知県常滑市地先水面とされている(中部国際空港の設
置及び管理に関する法律(以下「設置法」という。)2条,同法施行令1条)。
その設置及び管理を行う者は,運輸大臣(平成10年法律第103号中央省庁等改
革基本法及びこれに基づく中央省庁改編前のもの。以下,同様)が,本件空港の設
置,管理等の事業を営むことを目的として設立された株式会社にして所定の要件を
備えているものを指定することとされている(設置法4条1項)。
イ 中部国際空港株式会社(以下「本件会社」という。)は,平成10年5月1
日,地方公共団体と民間の出資により,本件空港の設置,管理等の事業を営むこと
を目的として設立,登記された(乙1)。
運輸大臣は,同年5月29日,「滑走路の数等(長さ3500メートル,幅60メ
ートルのもの1本)」,「空港敷地の面積及び形状(面積470ヘクタールのおお
むね長方形)」,「航空保安施設の種類」,「工事完成の予定期限(平成17年開
港を目処にする。)」,「運用時間(時間制限を設けない。)」「その他必要な基
本事項」から成る本件空港の「基本計画」を定め,これを公示し(乙2),次い
で,同年7月3日,「中部国際空港等の設置及び管理を行う者」として,本件会社
を指定した(運輸省告示第342号。乙3)。指定後,国も本件会社の共同出資者
となり,その出資比率は,国約40パーセント,地方公共団体約10パーセント,
民間約50パーセントとなった(甲64)。
本件会社は,平成11年8月24日,運輸大臣に対して,飛行場設置許可申請を行
い,同大臣は,平成12年4月21日,これを許可した。
(3) 本件各事業の手続について
ア 別添の中部国際空港及び関連事業図で示すとおり,空港島周辺部事業は,本件
空港と一体となって空港島を構成する部分を埋立造成する事業であり,対岸部事業
は,空港島の対岸に当たる常滑市の伊勢湾沿いの海岸を埋立造成する事業(いわゆ
る「前島」の造成)であり,いずれも本件会社が実施する本件空港設置事業の関連
事業として,企業庁が行うものである。
イ 本件各事業の対象地及び本件空港予定地は,いずれも公有水面であり,かつそ
の一部は港湾区域であるため,企業庁及び本件会社は,平成11年8月24日,公
有水面埋立法(以下「埋立法」という。)2条及び港湾法58条2項に基づき,愛
知県知事及び常滑港港湾管理者愛知県代表者(愛知県知事)に対し,公有水面埋立
免許を出願し(甲15ないし17),平成12年6月23日,その免許を得た(乙
13,14)。
埋立てについて免許処分をするためには,埋立法4条の定める基準を満たすことを
要し,かつ同法施行令32条に基づき,主務大臣(建設大臣,運輸大臣)の認可を
要するところ,両主務大臣は,同日,下記のとおり,環境庁長官の意見を聴取した
上で,認可した(乙15ないし18)。
ウ 本件各事業は,国の環境影響評価実施要綱(昭和59年8月28日閣議決定。
乙5)第1の1が対象事業として定める埋立て及び干拓事業であって,規模が大き
く,その実施により環境に著しい影響を及ぼすおそれがあるものに該当するため,
下記のとおり,「運輸省所管の大規模事業に係る環境影響評価実施要領(乙6の1
及び2)」及び「建設省所管に係る環境影響評価実施要綱(乙7の1及び2)」に
基づき,環境影響評価手続が行われ,さらに,「愛知県環境影響評価要綱(乙
8)」に基づき,環境影響評価手続が行われた。
すなわち,愛知県知事は,本件各事業に係る環境アセスメントの調査,予測,評価
の手法をとりまとめた環境影響評価方法書を平成10年6月10日から同年7月1
0日まで縦覧に供した。その後,上記方法書及び環境影響評価準備書に対する住民
意見や知事意見を踏まえ,最終的に,本件会社及び愛知県の連名による「中部国際
空港建設事業及び空港島地域開発用地埋立造成事業に関する環境影響評価書(要約
書。乙9)」及び愛知県名による「空港対岸部埋立造成事業に関する環境影響評価
書(要約書。乙10)」の両環境評価書がとりまとめられ,平成11年6月1日か
ら同年7月1日まで縦覧に供された。
その後,建設大臣及び運輸大臣は,前記認可に先立ち,本件各事業の規模が大き
く,その実施により環境に及ぼす影響について特に配慮する必要があると認めて,
環境庁長官の意見を聴取したところ,環境庁長官は,平成12年6月23日付けを
もって,海域工事に伴う濁水の監視など多数項目について,環境保全上適切な措
置,対策を講ずる必要がある旨回答している(甲31,乙4)。
エ 被告は,本件各事業のための予算原案を作成し(企業法9条3号),愛知県知
事は,これに基づいて予算を調整して(同法24条2項),愛知県議会に提出すべ
きところ,平成12年度予算(乙11)については,同年3月24日,同議会にお
いて承認され,本件各事業に関する支出につき同議会の議決を得た。また,複数年
度にわたる債務負担行為についても,その事項,期間及び限度額について,同議会
の議決を得た。
被告は,平成13年度予算(乙12)についても,平成13年3月23日,同議会
の議決を得た。
(4) 収支計画の概要について
  企業庁は,平成13年3月14日,幡豆地区土砂採取事業中止後の本件格事業
の総事業費2640億円(概数。以下,同様。)の内訳を公表したが,その後,賃
貸方式の導入検討や土砂調達計画の具体化を受けて,同年10月,本件各事業の収
支計画の見直しを行った(甲61)。その概要は,下記のとおりである(以下「本
件収支計画」という。甲62,乙19)。
ア 基本方針
(ア) 事業期間
  平成10年度から平成24年度(収支計算期間は平成40年度まで)
(イ) 埋立面積
  230ヘクタール(空港島周辺部107ヘクタール,対岸部123ヘクター
ル)
(ウ) 造成スケジュール等
平成16年度末までに全体の埋立造成を完了するが,優先的に整備する区域につい
ては,平成14年度から順次,部分竣功していく。
埋立てに当たっては,しゅんせつ土,公共残土を活用し,環境に配慮しながら,コ
スト削減を図る。
道路,緑地,キャナル等の基盤整備は,土地処分計画に合わせて段階的な整備を行
う。
 (エ) 土地処分スケジュール
平成15年度から平成24年度(10年間)
なお,平成15年度から平成19年度までに,全体処分面積の3分の2相当の処分
を目指す。
(オ) 土地処分方式等
分譲を基本としつつ,区域を限定した賃貸方式を導入するが,分譲価格について
は,常滑市街地や周辺地域との均衡に配慮しながら,優位性のある価格を設定す
る。
賃貸方式導入区域は,全体処分面積のおおむね2割程度とする。借地方式について
は,事業用借地権を基本とし,おおむね土地価格の年2ないし3パーセントの利回
りで賃貸料を設定する。
イ 本件収支計画の内訳(ただし,今後の状況変化に対応して,適宜適切な
見直しを行う。)
(ア) 総収入額 2450億円
a 分譲収入 2160億円
(a) 分譲予定面積 157ヘクタール(空港島周辺部70ヘクタール,対岸部8
7ヘクタール)
(b) 平均分譲予定単価 1平方メートル当たり13万8000円(1坪当たり4
5万6000円)
b 賃貸収入 290億円(賃貸予定面積 36ヘクタール(空港島周
辺部,対岸部それぞれ18ヘクタール))
(イ) 総事業費 2430億円
a 漁業補償費 190億円
b 工事費 1560億円(護岸工事,埋立工事,道路・緑地・キャナル等の基盤
整備,上下水道・道路・鉄道等の工事負担金)
c 調査費 90億円
d 建設利息 330億円(起債の予定利率年1.4ないし2.5パーセント)
e 事務費 140億円(人件費,需用費,企業債取得諸費)
f 予備費 120億円
 (ウ) 差引利益 20億円
(5) 地方公営企業に対する法規制等について
ア 地方公営企業は,常に企業の経済性を発揮する(以下「経済性発揮原則」とい
う。)とともに,その本来の目的である公共の福祉を増進する(以下「公共の福祉
増進原則」という。)ように運営されなければならない(企業法3条)。なお,こ
こにいう企業の経済性とは,企業一般に通ずる経営原則としての合理性と能率性を
主として指す(地方公営企業法及び同法施行に関する命令の実施についての依命通
達第一の四(二))。
イ 地方公営企業の管理者は,原則として,その業務を執行し,当該業務の執行に
関し当該地方公共団体を代表する(同法8条)。また,管理者は,業務に関し管理
規程(企業管理規程)を制定することができる(同法10条)。
他方,地方公共団体の長は,住民の福祉に重大な影響がある地方公営企業の業務の
執行に関しその福祉を確保するため必要があるとき,又は当該管理者以外の地方公
共団体の機関の権限に属する事務の執行と当該地方公営企業の業務の執行との間の
調整を図るため必要があるときは,管理者に対し,当該地方公営企業の業務の執行
について必要な指示をすることができる(同法16条)。
なお,地方公営企業を経営する地方公共団体は,管理者の権限に属する事務を処理
させるため,条例で必要な組織を設けることとされている(同法14条)が,管理
者の権限に属する事務の執行を補助する職員(企業職員)は,管理者が任免する
(同法15条)。
ウ 地方公営企業の経理は,事業ごとに特別会計を設けて行うものとされ(同法1
7条),その経費は,原則として当該地方公営企業の経営に伴う収入をもって充て
なければならない(同法17条の2)。
地方公共団体は,地方公営企業の給付について料金を徴収することができるが,そ
の額は,公正妥当なもので,かつ能率的な経営の下における適正な原価を基礎と
し,地方公営企業の健全な運営を確保することができるものでなければならない
(同法21条1項,2項)。
(6) 住民監査請求及びその結果について
原告らを含む住民らは,平成12年9月8日,同月25日,同年10月6日,同月
10日,同月17日,同月23日,同月27日,同年11月27日,同月28日及
び同年12月18日の各日付をもって,愛知県監査委員に対し,本件各事業等に係
る事業費の支出の差止めを求める旨の住民監査請求をしたが,同委員は,同年11
月2日及び同年12月26日付けをもって,同監査請求を棄却(一部の請求人につ
いては却下)し(甲1,2,70,71),そのころ,原告らに通知した。
 2 本件における争点及びこれについての当事者の主張の要旨
原告らによる本件支出差止請求の可否(本件支出が企業庁ないし愛知県に対して回
復困難な損害を生ずるおそれがあるか,また,本件各事業の実施が,企業法3条に
反することによって,本件支出が違法となるか。)
(1) 本件支出による回復困難な損害を生ずるおそれの有無
(原告らの主張)
本件各事業の総事業費は2430億円であり,いまだ550億円が支出された段階
にとどまっているところ,被告は,破綻した需要予測に固執して,今後も1900
億円近い事業費を支出しようとしている。しかも,被告は,造成用地分譲が困難な
情勢にあることから,税制上の優遇措置,補助金,第三セクター方式による地域開
発構想等,愛知県の一般財源を投入することを企図しているが,その金額は予測す
ることができないし,かつて富裕県といわれた愛知県の財政も今や破綻の危機に瀕
しており,財政再建団体への転落が叫ばれている。企業法は,一般会計からの導入
を原則として禁止し(17条の2),地方公共団体は地方公営企業に対して長期の
貸付けなどができるにすぎない(18条の2)が,長期貸付けがなされた場合は,
上記のとおり,回収
の見込みはなく,本件各事業に投下された事業費は,回収困難となって愛知県の損
害となるから,本件支出は,地方自治法242条の2第1項1号の「当該行為によ
り普通地方公共団体に回復の困難な損害を生じるおそれがある場合」に該当する。
また,自然生態系の健全性が損なわれると取り返しがつかないから,本件各事業に
よる埋立てのように,生態系を崩すおそれのあることが予測できる場合,あるいは
その危惧が感じられる場合には,予防原則の見地から,回復の困難な損害を生ずる
おそれがあるとして,本件各事業を目的とした本件支出は差し止められるべきであ
る。
(被告の主張)
原告らは,愛知県財政の危機的状況や企業庁財政に与える影響から,本件各事業が
回復の困難な損害を与えることは明白であると主張するが,後記のとおり,本件各
事業は採算性を有するものであるし,そもそも,原告らの主張は,自分たちの都合
のよい社会状況の一側面のみを取り上げ,その上に成り立つ一方的な推測を基にし
たもので,愛知県に回復困難な損害が発生することの蓋然性について何らの立証も
なされていないから,差止請求の要件は満たされていない。
(2) 本件支出の違法性全般及びその主張立証責任
   (原告らの主張)
ア 原告らの主張する違法事由の正当性について
(ア) 財務会計法規上の違法について
被告は,原告らが本件各事業等の政策的当否を問題としている旨主張するが,原告
らが本件空港関連事業の合理性の欠如を問題としているのは,それが本件各事業の
経済性の有無を検討する前提となるからである。また,原告らは,本件各事業の政
策的当否といった一般的な合理性ではなく,地方公営企業の管理者たる被告が負う
財務会計上の義務違反を問題としている。すなわち,企業法3条が定める経済性発
揮原則及び公共の福祉増進原則は,地方公営企業の管理者たる被告が,誠実執行義
務(地方自治法138条の2)の内容として,本件各事業の実施に当たって遵守す
べき財務会計法規上の義務であるところ,自ら策定した事業計画が上記原則に反す
る場合に,これを撤回・変更するなどの是正措置を採ることなく,同計画に基づい
て各種契約を締結し
,支出決定,支出命令,支出などの行為を行うことは,最終的には地方公共団体の
一般会計から補填されざるを得ない事態を招くから,企業法が地方公営企業の経理
につき特別会計を設けて行い(17条),かつ独立採算制を採用している(17条
の2)ことなどに照らすと,違法な財務会計行為となると解すべきである。しかる
ところ,本件各事業は,争点(3)及び(4)における原告ら主張のとおり,その事業計
画自体に採算性が全くなく,埋立予定海域周辺の環境に著しい悪影響を与える違法
なものであるから,地方公営企業の管理者たる被告が,上記義務に反して埋立造成
工事請負契約等を締結し,本件支出をすることは,財務会計法規上違法となる。
この点,被告は,企業法3条が具体的な財務会計行為の違法や差止請求を根拠づけ
る直接的な条文となり得ない旨主張するが,同条が裁判規範性を有することは明ら
かである。
(イ) 被告の裁量権について
被告は,地方公営企業の管理者が裁量権を有することを前提に,その行為について
は当・不当の問題が生ずるにすぎないと主張するところ,原告らも,被告が一定の
裁量権を有することまで否定するつもりはないが,地方公営企業においては,その
経営の不採算性が住民の不利益に直結する特殊性が存するから,経済性発揮原則
は,企業一般に求められるより一層厳格に求められ,管理者が有する経営裁量も相
当制約されると解すべきである。
(ウ) 本件支出の原因行為について
被告は,本件各事業に先行する公有水面埋立免許等の行政処分,行政手続が本件支
出の原因行為である旨主張するが,本件支出の原因行為は,企業庁が策定した本件
各事業の実施行為であり,上記各処分等は,本件各事業を実施するのに必要な手続
にすぎず,これらを原因として本件支出が行われるものではない。そして,前記の
とおり,本件各事業は,財務会計法規たる企業法3条が定める経済性発揮原則及び
公共の福祉増進原則に反する違法なものであるから,被告が,これを原因行為とし
て本件支出を行うことは,違法な財務会計行為となる。
なお,公金支出が契約の履行としてなされる場合に,その履行行為の差止めを請求
するためには,当該契約が無効であることを要するところ,本件各事業に基づく埋
立造成工事請負契約等は,企業法3条に反するから,私法上も無効というべきであ
る(地方自治法2条16項,17項)。
イ 主張立証責任の所在について
本件各事業は,2340億円の経費を投入する,巨大な都市開発事業であり,高度
の専門性を有する極めて特殊な事業である。この点,最高裁判所は,高度の技術性
や専門性のある行政処分の裁量の逸脱に関する司法判断のあり方について,「取消
訴訟においては,・・・被告行政庁がした右判断に不合理な点があることの主張,
立証責任は,本来,原告が負うべきものと解されるが,当該原子炉施設の安全審査
に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持していることなどの点を考慮すると,
被告行政庁の側において,まず,その依拠した前記の具体的審査基準並びに調査審
議及び判断の過程等,被告行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠,資
料に基づき主張,立証する必要があり,被告行政庁が右主張,立証を尽くさない場
合には,被告行政庁
がした右判断に不合理な点があることが事実上推認される」と判示する(最高裁判
所平成4年10月29日第一小法廷判決・民集46巻7号1174頁)ところ,こ
の理は,事業計画,造成土地に対する将来の需要予測,処分価格の妥当性等に関す
る資料及び判断の過程を被告がすべて秘匿する本件においても基本的に妥当するか
ら,被告が,その判断に不合理な点のないことを相当の根拠,資料に基づいて主張
立証する責任を負担すると解すべきである。
   (被告の主張)
ア 原告らが主張する違法事由が主張自体失当であることについて
(ア) 政策上の議論にとどまることについて
住民訴訟は,財務会計行為自体が財務会計法規上の義務に違反し,違法なものであ
るときに限り,提起できる特別な訴訟制度であるところ,原告らが違法事由として
掲げる本件各事業やその前提としての本件空港の設置事業の合理性欠如に関する主
張は,まさに政策論議そのものであって,当・不当の問題にとどまるというべきで
ある。すなわち,本件各事業の必要性や合理性それ自体を司法審査の対象とし,裁
判所に政策的当否自体の判断を求めることは,司法の構造や住民訴訟制度の上記趣
旨を明らかに逸脱するものであり,また,本件空港の設置事業そのものを問題とす
ることは,それが各種法令に基づく国家事業であり,事業主体が本件会社とされて
いることに照らすと,明らかに住民訴訟の目的に反するものである。また,埋立行
為そのものも,住民
訴訟の対象となる財務会計行為ではない。
この点,原告らが援用する企業法3条は,その内容があまりに一般的・抽象的にす
ぎ,個々の地方公営企業に対して具体的な規制を命ずるものではないから,裁判規
範性を有せず,財務会計行為の違法や,差止請求を根拠づける直接的な条文となり
得ない。
(イ) 被告の裁量権の範囲内にとどまることについて
また,地方公営企業の管理者による,公営事業の規模・事業費の程度等の計画や当
該事業の実現性,必要性等の決定・判断は,多分に政治的判断を要する問題である
から,管理者がこれらを経済性の観点から適正に検討した上で当該事業を決定,実
施した場合には,裁量権の逸脱又は濫用が認められない限り,違法の問題は生じな
いというべきである。したがって,仮に本件各事業によって自然環境に悪影響を与
えるとしても,そのこと自体は当・不当の問題にとどまり,直ちに財務会計法規上
違法とはならないし,このことのみをもって本件支出が違法であるとはいえない。
この点,原告らは,地方公営企業には一般企業よりも経済性発揮原則が厳格に求め
られるべきである旨主張するが,同企業が地方公共団体によって経営されるもので
ある以上,本来の目的である公共の福祉の増進という政策的配慮が必要であるか
ら,企業一般に通ずる経済性の原則としての合理性と能率性を有すれば足りるとい
うべきである。
(ウ) 先行行為の違法事由にとどまることについて
原告らは,本件空港の設置事業や本件各事業に係る各種行政処分や行政手続などの
いわゆる先行する原因行為の違法が本件差止請求の対象である本件支出に承継され
ることを前提として,違法事由を構成している。しかしながら,本件各事業は,本
件会社が愛知県常滑市地先の公有水面を埋め立てて行う本件空港の設置事業に並行
して,空港島周辺部及び対岸部の公有水面(一部は港湾法にいう港湾区域)を埋め
立て,商業・業務施設用地,流通施設用地等を確保することを目的とする事業であ
るところ,被告は,公有水面埋立免許によって,本件各事業を実施し,その費用を
負担すべき立場にあるから,本件支出の原因行為は,公有水面埋立免許と解され
る。そして,地方自治法242条の2第1項1号に基づいて当該執行機関に対し当
該行為の差止めを認め
るためには,先行する原因行為に違法事由が存しても,これを前提としてなされた
当該財務会計行為それ自体に財務会計法規上の義務違反が存する場合に限られると
いうべき(最高裁判所平成4年12月15日第三小法廷判決・民集46巻9号27
53頁)ところ,本件支出の原因行為たる公有水面埋立行為は,埋立法2条,港湾
法58条2項に基づき,諸官庁の免許・認可を受けて実施される非財務会計行為で
あり,埋立行為そのものの違法性は,上記免許・認可の取消訴訟や審査請求手続で
争われるべきものである。したがって,本件の公有水面埋立免許が著しく合理性を
欠き,そのため予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存する場合でな
い限り,本件支出が違法となることはない。
なお,被告は,先行する埋立造成工事請負契約等に基づいて本件支出を行うもので
あるから,その差止めを求めるためには,当該契約自体の無効を主張立証しなけれ
ばならない(最高裁判所昭和62年5月19日第三小法廷判決・民集41巻4号6
87頁参照)。
イ 主張立証責任の所在について
原告らは,被告が本件各事業や本件支出に不合理な点のないことを相当な資料に基
づいて主張立証する責任を有すると主張するが,抗告訴訟と異なり,住民訴訟にお
いては,住民が財務会計行為の違法について主張立証責任を負うものであるから,
原告らの主張は失当である。また,被告は,相当な資料に基づいて本件各事業に不
合理な点のないことを主張立証している。
(3) 本件各事業の採算性欠如の有無
   (原告らの主張)
本件空港の設置計画は,昭和57年12月に,地元自治体(愛知県,名古屋市)及
び経済界(名古屋商工会議所,中部経済連合会)等が新空港建設を運輸大臣に要望
したことから本格的に始まったが,この経緯から明らかなとおり,国が全国的な航
空ネットワークや航空需要等をにらんで開設を決定したものではなく,地元経済界
等が地域経済の発展を目指して構想を練り,主導してきた,いわば第三種空港的発
想によるプロジェクトである。そのため,本件空港は,第一種空港として本来は国
がその費用を負担すべきものである(空港整備法3条1項)にもかかわらず,運輸
大臣の指定を受けた特定の株式会社がその設置及び管理を行うものとされ(設置法
4条),その周辺部を企業庁の地域開発用地造成事業の対象とすることによって,
実質的な空港整備費
用の多くを地元自治体である愛知県が負担する構造となっている。したがって,そ
の事業が破綻する場合は,愛知県が財政的に大きな打撃を被ることは免れない。
しかるところ,本件各事業は,以下のとおり,過大な需要予測を前提とした採算性
の認められないものであって,これに基づき回収見込みのない費用を支出すること
は,経済性発揮原則に反し,地方公営企業の管理者の裁量を著しく逸脱,濫用する
ものであるから違法である。
ア本件収支計画の内容について
本件収支計画は,そもそも採算ぎりぎりのものとして立案されている。すなわち,
総事業費2430億円に対する利益はわずか20億円にすぎず,利益率は0.8パ
ーセントにすぎない上,その利益は,平成15年度から10年間に土地処分を完了
し,かつその3分の2が経済情勢が最も不透明さを増す5年以内に処分することが
前提となっており,分譲単価が下方修正されるなど前提が少しでも狂えば,直ちに
採算割れを来すものである。
また,分譲予定面積157ヘクタール中,36ヘクタールを賃貸予定とし,賃貸期
間終了後,賃貸不動産を平成40年までに現時点で算定されている更地状態での分
譲予定単価で分譲することとされている点は,現時点で分譲が困難であるから,予
測不能な将来に損失を先送りするものである。
イ 分譲予定価格について
企業庁の分譲予定単価(1平方メートル当たり平均13万8000円)は,財団法
人日本不動産研究所作成の「土地評価調査業務報告書」(以下「評価書」とい
う。)による平成13年1月1日現在の評価価格に,商業・業務用地について,平
成16年まで毎年5パーセントの地価下落を見込んで設定されているが,地価の下
落は,今や商業・業務地域や住居地域にとどまらず,工業地域にも及んでいるし,
今後一層加速するとみるのが常識的であるから,企業庁の分譲予定価格の設定は極
めて甘いものである。ちなみに,常滑市内の商業地の平均地価(1平方メートル当
たり)は,平成9年の19万7500円から,平成12年の17万0500円,平
成13年の16万2500円と,相当な下落を示している。
また,分譲予定価格は,平均的な公示価格を上回る水準にあるし,比準公示価格と
対比しても,商業・業務用地でほぼ同等,流通施設・製造業用地では2倍近い水準
となるに至っている。このように,公示価格以上の価格に設定した分譲予定価格
は,家庭裁判所の遺産分割事件等において路線価や固定資産税評価額を基準とする
扱いが一般化していることに照らしても,高額に過ぎ,非現実的なものであって,
不動産の処分可能性を何ら保証するものでない。
そもそも,企業庁は,本件各事業により,157ヘクタールもの土地分譲等が実施
されれば,これにより需給関係が緩和され,常滑市の地価水準が引き下げられるこ
とを無視している。
ウ 需要予測の不当性について
企業庁による分譲予定価格は,公有水面埋立免許願書(以下「願書」という。)に
おける需要予測が実現する前提で設定されている(評価書の,空港島商業施設への
来客数年間380万1500人,キャナルモール利用者数1日当たり1万3188
人,空港対岸部オフィス人口7450人,宿泊観光客1日当たり6690人,空港
対岸部全体貨物量年間293万4000トン等の記載は,願書の記載そのままであ
る。)が,同予測は,下記のとおり,夢物語に等しい過大で根拠のないものであ
り,これに基づく土地評価は無意味である。
そもそも,本件各事業は,都市の創造という極めて高度で専門的な事業であるとこ
ろ,企業庁にはこうした経験がなく,専門性を欠いている。企業庁がこれまでに行
ってきた臨海工業用地造成事業においては,進出企業の内諾を確認してから着手さ
れ,しかも分譲単価は1平方メートル当たり3万円,内陸部でも同4万円から6万
円程度であって割安感があったから,問題が生じなかったにすぎず,本件各事業を
実施するに当たり,参考となるものではない。
(ア) 本件空港の航空需要について
願書によれば,本件空港は,大都市圏における国内拠点空港として位置づけられる
とともに,国際ハブ空港として設置されることが予定されており,その必要性とし
て,今後,既存の名古屋空港の航空需要が増大し(平成8年の国際線旅客363万
人,国内線旅客580万人,国際線貨物8万トンの実績に対し,平成22年の予測
は,国際線旅客590万人,国内線旅客840万人,国際線貨物32万トン,平成
37年の予測は,国際線旅客830万人,国内線旅客1220万人,国際線貨物4
4万トンと試算されている(甲7参照)。),21世紀には名古屋空港の処理能力
が限界に達することが挙げられているが,その根拠自体が不明確であるばかりか,
こうした予測は過大なものである。すなわち,名古屋空港の国内線は,羽田,伊丹
の各空港に比べ,複
数の航空会社が参入するダブル,トリプル路線が少なく,1社のみが乗り入れるシ
ングル路線が多い点に特色があるところ,シングル路線は,旅客数,利用率とも低
い路線が少なくなく,需要調整規制が廃止されて撤退が容易となった現在,低需要
路線として休廃止される可能性があるし,ダブル路線についても,採算性が悪化し
ており,減便,小型化などの措置が拡大している。また,国際線についても,各航
空会社間の激しい運賃競争と合理化競争等が開始されており,収益性の低い空港が
切り捨てられることが予想されるし,海外の航空会社に,名古屋空港を拠点空港と
する方針を見い出すことはできない。そうすると,将来的に名古屋空港の処理能力
が限界に達するほど需要が増加するとは考えられない。
(イ) 製造業用地の需要について
本件各事業は,空港島周辺部及び対岸部において製造業用地及び道路敷,緩衝緑地
(対岸部のみ)を開発・確保することを計画し,空港島周辺部における製造業用地
は,空港支援型工場・事業所及び空輸型製造業の要請に,対岸部における製造業用
地は,企業の将来的な需要に対応するものであるが,願書における需要予測は,極
めてずさんで過大なものとなっている。
a 対岸部
願書は,平成17年の愛知県製造業出荷額を46兆4042億円(知多地域はその
1割の4兆6404億円)と想定し,これに基づいて,製造業用地必要面積を18
ヘクタールと算出している。しかしながら,上記出荷額は,昭和60年と平成9年
の出荷額の比較によって算出されたものであるところ,平成2年以降は長期不況期
に入り,製造業の伸びも停滞しているし,我が国の経済構造に照らしても今後の急
成長は望めない状況にあるから,今後の出荷額を想定するためには,かかる状況を
踏まえる必要があるにもかかわらず,願書はこのような経済情勢の変化を考慮して
おらず,過大なものとなっている。
平成2年と平成9年の出荷額を基に,平成17年の愛知県製造業出荷額を想定すれ
ば,40兆7610億円(知多地域はその1割の4兆0761億円)となり,仮
に,同年の知多地域の敷地生産性(従業員30人以上)を本件各事業計画どおりの
1ヘクタール当たり13.4億円と仮定しても,知多地域の製造業用地総面積は3
042ヘクタールと算定され,現況面積2990ヘクタールを差し引けば,知多地
域の平成17年の増加製造業用地面積は52ヘクタールとなる。そして,願書のと
おり,臨海部立地実績を19パーセントと仮定すれば,平成17年の知多地域の臨
海部製造業増加面積は9.9ヘクタールとなり,上記知多地域臨海部の工業用地供
給計画38ヘクタールをはるかに下回る結果となるから,対岸部でも空港島周辺部
でも,新たな製造業用
地は不要である。
また,願書は,他方で,引合状況から需要予測を行い,13社の希望面積と工業立
地原単位を用いて算出した面積のうち,小さい方の面積を合計して,必要面積を1
4.3637ヘクタールと想定しているが,希望面積については,各社の希望面積
をそのまま需要面積として算定していることが問題であるし,原単位の数値の適正
さにも疑問がある。そして,引き合いについての資料が明示されていないため,願
書に記載された引合企業13社と,調査報告書(甲13)のアンケート回答事業所
22社がどのような関係にあるのか不明であり,業種や希望面積が合致するのかも
不明である。なお,願書は,結論として引合状況に基づく数値を採用しているが,
その理由も説明されていない。
b 空港島周辺部
願書においては,空港島周辺部における製造業用地は,空港支援型工場・事業所
(クリーニング工場,特殊車両整備工場)と空輸型製造業の需要に応ずるものとし
て計画されているところ,クリーニング工場については,機内サービスに係るおし
ぼり等旅客輸送に伴う空港活動から発生する品物のクリーニングを行うものである
として,年間離着陸回数(国際線2万8500回,国内線5万4800回)と原単
位のかけ算により必要面積を算出しているが,予測する年間離着陸回数自体が過大
であることは,前述のとおりであるし,原単位については,新東京国際空港(成田
空港)等の事例を採用しているが,その妥当性は不明である。また,特殊車両整備
工場についても,新東京国際空港における面積を参考にして必要面積を算出してい
るが,これを参考にす
ることの合理性等についての説明もない。
さらに,空輸型製造業については,引合状況に基いて必要面積を算定しているが,
各社の引合面積(希望面積)をそのまま需要面積として算定している点(しかも,
引合状況についての資料が明示されていない。),原単位の数値の適正さ(全国平
均値に基づいて「工業立地原単位」面積を算出していると推測されるが,空港島に
おける需要予測をするのであれば,原単位も地域性を反映した数値に基づくべきで
ある。)について問題があり,合理的な需要予測ではない。また,そもそも引合状
況についての資料が明示されておらず,その内容の信用性や妥当性が検証できず,
本当に引き合いがあるのかどうかすらも疑わしい。わずかな実数しかないものを過
大に評価して,虚構に基づく需要を想定している可能性が十分にある。
(ウ) 流通施設用地の需要について
願書においては,空港島周辺部において,航空貨物運送代理等を行うフォワーダー
等の用地開発を計画するとともに,対岸部においてトラックターミナル用地と倉庫
用地,道路敷を開発するとされているが,空港島周辺部及び対岸部において流通施
設用地を開発することについては,確実な需要予測を行う必要があるところ,流通
施設用地の需要予測は,以下のとおり,過大でずさんなものとなっている。
a 対岸部
対岸部における需要予測については,平成17年の知多地域発生集中貨物量(航空
貨物を含む。)を,中京都市圏物資流動調査(昭和51年,同61年,平成8年)
の結果から,直線回帰の方法により求めているが,このような算出方法は,昭和5
1年以降の景気変動や平成2年以降の長期不況が全く考慮されていない点で,不合
理であるし,貨物量の取扱割合を,東海市,半田市,常滑市がそれぞれ2,1,1
の割合と想定して,常滑市で取り扱う貨物量を算出していることも,全く合理性が
ない。
また,願書が,対岸部の製造業用地で取り扱う貨物量を引合状況に基づいて算出し
ている点についても,この引合状況の資料が信用し難いものであることは前述のと
おりである。そして,願書は,常滑市と対岸部の製造業用地で取り扱う貨物量の合
計293万4468トン(1年当たり)をもって対岸部の全体貨物量とし,これに
基づいてトラックターミナル中継貨物量及び倉庫中継貨物量を算出し,必要面積を
算定しているところ,対岸部の全体貨物量についての需要予測は,上記のとおり,
根拠のない過大なものであるから,それに基づく必要面積の算定も過大なものとな
っているし,トラックターミナル用地の必要面積を,3施設(藤前流通業務団地,
岐阜流通センター,小牧トラックターミナル)の事例を参考として想定することに
ついての合理性は一
切検証されていない。
b 空港島周辺部
願書は,空港島周辺部における需要予測につき,フォワーダーへのヒアリングによ
り,空港の航空貨物取扱量における総合物流サービスへの流動割合を25パーセン
トに設定し,平成17年における本件空港航空貨物取扱量(予測値)にこれを乗じ
て流通施設用地取扱貨物量を算出し,その上で,①生鮮航空貨物についてはヒアリ
ングに基づき,②非生鮮貨物については物流センサスにおける卸売業の値に基づい
て原単位を設定し,これらと取扱シェアとの加重平均により原単位を設定し,流通
施設用地必要面積を算定している。しかし,上記各ヒアリングの詳細は不明であ
り,内容の信用性や妥当性が検証できないから,合理的なものかどうか疑わしく,
原単位の設定も,その詳細が不明であるし,本件空港の航空貨物取扱量の予測が過
大であることは,前述
したとおりである。
この点,本件空港の国際航空貨物の将来予測とエアロ・ロジスティクスパーク(空
港立地型総合物流団地)構想に関して,国及び愛知県は,本件空港の国際線貨物を
平成37年(2025年)に43万トン,国内線貨物8万トンと,現在の名古屋空
港の貨物の4倍にも当たる数字を予測するが,この妥当性は,第三者が検証できな
い状態であるし,株式会社東海総合研究所が平成10年10月に愛知県に提出した
「空港島地域開発貨物流動予測調査」における,流通業者,大口航空貨物ユーザー
に対するアンケート等においても,必ずしも本件空港における貨物の取扱量につい
て好ましい回答が得られておらず,空港貨物が本件空港に集中するという保証はな
い。
(エ) ふ頭用地の需要について
願書では,空港島周辺部及び対岸部において,それぞれふ頭用地の開発を計画して
おり,その理由として,前者では四日市港等からの海上アクセス,海上航空貨物運
搬,遊覧船の需要があり,後者ではフェリー及び貨物船の利用,空港見学者の遊覧
船利用などの需要があるとされている。しかしながら,上記需要予測は,本件空港
の利用需要,空港島及び対岸部を含む常滑地域での貨物取扱量等に基づいて算出さ
れているところ,それらがずさんで過大な予測であることは,前述のとおりであ
る。
(オ) 商業施設用地の需要について
願書では,空港島周辺部において商業施設及び業務施設を集約した複合ビルの建設
を,対岸部において大規模商業施設とキャナルモールの建設をそれぞれ計画してい
る。これらは,旅客,送迎者,見学者,商用者,従業員らに対する物品販売,飲食
物提供,観光サービスの提供などの需要に対応するために必要であるとされてい
る。
しかしながら,空港島周辺部に加えて対岸部にも大規模商業施設を建設するために
は,確実な需要予測を行う必要があるところ,願書では,知多地域及び常滑市の将
来人口と知多地域の平成17年度の1人当たり目標売場面積,知多地域に占める常
滑市の人口割合から常滑市における新規必要売場面積を求め,これに駐車スペース
を加えて対岸部における大規模商業施設必要面積を算出しているが,空港利用者等
の来訪者数の予測に基づくのではなく,地域の売場面積から必要面積を割り出す手
法は,全く合理性を有せず,かつ常滑市の人口は減少傾向が続いているにもかかわ
らず,大幅な人口増を想定している点や,常滑市内の新規必要売場面積をすべて対
岸部に当てはめて計算している点で,非現実的といわざるを得ない。
また,キャナルモールについても,常滑市臨海部を中心とする半径60キロメート
ルの圏域(知多,尾張,三河,北勢,中勢の5ブロック),90キロメートル,1
20キロメートル圏の各圏域を想定し,他地域の類似施設を参考に各圏域からの観
光客対象人口を予測し,その5分の1を常滑臨海部への観光客数とし,それに対岸
部従業員数を加えてキャナルモールの利用者数を求め,そこから必要用地面積を割
り出している。しかしながら,上記算定方法においては,全国的な集客力を誇る千
葉のディズニーランドと長崎のハウステンボスを参考類似施設として,キャナルモ
ールを訪れる観光客数が予測されているが,これは,対岸部に建設されるキャナル
モールがディズニーランドやハウステンボスと同様の集客力を有することを前提と
することや,バブル
崩壊後,全国各地の類似施設が集客力の低下による経営難に苦しんでいるという公
知の事実に照らせば,全くもって無謀な計画というほかないし,また圏域内で5ブ
ロックへの観光客の選択率を単純に5分の1とし,知多ブロックへの観光客の半数
がキャナルモールを利用するとの推論も全く根拠がない。
(カ) オフィス用地の需要について
願書では,本件空港の開港に伴い,常滑市臨海部に人,物,情報が集中し,空港と
の近接性を活かした経済活動,産業活動の拠点が形成されることが予想されるとの
前提で,対岸部の埋立てによりオフィス用地を確保する必要があるとして,愛知県
のオフィス人口増加予測や企業に対するアンケート調査からその需要を予測してい
る。
しかしながら,昭和45年(1970年)から平成7年(1995年)までの5年
ごとのオフィス就業者数の推移から将来のオフィス人口を予測するのは,バブル経
済崩壊後の低成長時代にあっては過大な予測値というべきであるし,企業アンケー
ト調査の回答では,市場規模の拡大を前提とするとの留保が付されている点を無視
したり,「検討してみたい。」との回答を「進出を希望する企業」に含めたり,回
答実数が非常に少ないことを考慮しないなど,過大な見積もりがなされている。愛
知県内のオフィスについて既に供給過剰の状態にある中,都心から遠く離れた対岸
部におけるオフィス需要の見通しはより慎重に検討されるべきであるにもかかわら
ず,上記のように需要を水増ししてまで安易にオフィス用地の造成を行うことは,
全く経済的合理性を
欠くものといわざるを得ない。
(キ) 宿泊施設用地の需要について
願書では,空港島周辺部において365室のホテル,対岸部において798室の都
市型ホテルと84室の観光型ホテルの建設をそれぞれ予定している。しかしなが
ら,都市型ホテルについては,空港内事務所及び対岸部地域開発に対応する就業者
数からその需要を予測しているが,これは空港島周辺部や対岸部への企業立地を前
提としているところ,既述のとおり,オフィス等の企業立地予測は楽観的にすぎる
し,観光型ホテルの需要予測の前提となる対岸部を訪れる宿泊観光客数の予測も過
大なものである。
(ク)りんくうタウンとの類似性と空港インパクト論の破綻について
本件各事業は,本件空港の開港に伴って生じる膨大な人・物の流れによって発生す
る需要を受け止めることを最大の眼目として計画されたもので,願書では「空港イ
ンパクト」なる言葉が繰り返し強調され,本件各事業の大前提とされている。
しかしながら,これは,前記のとおり,本件空港の過大な航空需要予測の上に,さ
らに過大な「空港インパクト」を想定して,過大な利用者数・集客数,オフィス人
口,流通業務施設等の需要を予測して造成面積を算出するものであるし,そもそも
本件各事業は,バブル経済のさなかに具体化され,計画されたため,土地開発によ
って,土地に本来の価値以上の付加価値を作り出し,巨額の利益を得ようとするバ
ブル経済の特徴を有しているところ,同様に計画された,関西国際空港の対岸にお
ける「りんくうタウン」計画は,バブル経済の崩壊とともに開発の見通しの甘さが
露呈し,産業の集積,新都市の形成が進まず,平成6年には「まちづくりとまちび
らき手法の見直し」が,平成7年2月及び平成11年2月には収支計画の見直し
が,平成13年8月に
は事業計画の見直しがそれぞれなされ,全額起債で賄われたこの事業は,大阪府企
業局はもちろんのこと大阪府に対しても深刻な財政危機をもたらしている。この例
を見ても,「空港インパクト」なる波及効果が極めて限られたものであり,空港が
あれば自然と街ができ,膨大な需要が発生するという空港インパクト論が破綻して
いることは明らかである。
(被告の主張)
本件各事業は,以下のとおり,採算性,合理性を有し,被告に経済性発揮原則違反
はない。前記のとおり,地方公営企業は,地方公共団体によって経営されるもので
ある以上,公共の福祉の増進という見地から何らかの政策的配慮の下で運営される
必要があるから,被告が,このような性格に伴う政治的・政策的裁量権を有してい
ることは当然であり,本件各事業が,これを逸脱,濫用するものでないことは明ら
かである。
ア本件収支計画の内容について
本件収支計画のとおり,本件各事業の総収入額は,分譲収入約2160億円と賃貸
収入290億円の合計2450億円を見込んでおり,総事業費は2430億円であ
る。そして,不測の事態による工事費の増加,将来の金利上昇等に対応するため事
業費の約5パーセント相当の金員である120億円を予備費として計上しており,
収支見通しは,予備費の考慮なしで20億円の,予備費を含めると140億円の黒
字であり,今後の変動要素を考慮しても,十分に採算性を有する。
工事費についても,公共残土を多く利用し,基盤整備についてもコストのかからな
い方法を採用してコスト削減を図った結果,平成13年3月14日に産業労働委員
会で発表した数字よりも210億円にも及ぶ工事費が圧縮されている。そして,今
後も状況の変化に応じて適宜収支計画の見直しを図っていく予定である。
イ 分譲予定価格について
分譲予定価格は,隣接する常滑市街地を含む開発地近隣の公示価格と比較しても割
安であるし,本件各事業によって造成される土地は,①第一種空港である本件空港
に隣接すること,②道路,鉄道,海上などの交通アクセスの結節点であること,③
景観的に配慮された町作り計画を持つこと,④中部圏初の大規模複合都市開発事業
であり,希少性を有すること,などの付加価値を有しているから,分譲は十分可能
である。加えて,企業庁は,従来の方式とは異なり,「早期のまちづくり」を図る
観点から,分譲を基本としながらも,処分面積の約2割について,定期借地方式で
ある事業用借地権を基本とした賃貸方式を導入し,企業側の初期投資額の軽減,進
出意欲の促進を図っており,今後も,専門家による検証を加えながら,企業誘致の
ために土地処分条件
などを示す「土地処分ガイドライン」の中で企業誘致の促進に向けた様々な誘致戦
略を具体化する予定である。
この点,原告らは,評価書が願書の来客数等の数値を使用していることが非現実的
なものであるとして,それに基づき想定された本件収支計画も妥当でないと主張す
るが,評価書では,単に願書の数値のみでなく,土地評価の標準的方法である取引
価格比較法と収益還元法を総合考慮して分譲予定価格が算定されているし,本件収
支計画では,安全性を勘案して,さらに安めの価格が設定されているから,妥当性
を有するものである。
また,原告らは,地価下落傾向を考慮すれば,平成13年1月の公示価格と均衡し
ていることをもって,処分時点における適正な価格の根拠とすることはできないと
主張するが,本件各事業は,「歩きたくなるまちづくり」,「風土になじむまちづ
くり」,「眺めを楽しむまちづくり」,「未来がみえるまちづくり」というデザイ
ンコンセプトに沿って,既存の常滑市街地とは一線を画す都市拠点の整備を目指す
ものであって,上記のとおり,分譲予定地の付加価値が極めて高いことを考慮する
と,現時点で分譲予定価格が地価公示価格と均衡していることは,相当に優位性を
有する価格設定であるといえるし,そもそも将来の不動産価格の動向のような不確
実な事柄は,司法判断の対象外とされるべきである。
次に,原告らは,企業庁が分譲予定価格を公示地価と均衡した価格に設定している
ことに対し,高額に過ぎ,非現実的なものであって,不動産の処分可能性を何ら保
証するものでないと主張して,家庭裁判所の遺産分割事件等において路線価や固定
資産税評価額を基準とする扱いが一般化している例を挙げるが,公示価格は,地価
公示法の定めるところに従い,国土交通省令で定める都市計画区域内の標準地につ
いて,毎年1回,国土交通省令で定めるところにより,不動産鑑定士等の鑑定評価
を求め,その結果を審査し,必要な調整を行って,一定の基準日における当該標準
地の単位面積当たりの正常な価格を判定したものであり(地価公示法2条1項),
正常な価格とは,土地について自由な取引が行われた場合に通常成立する価格とい
うとされている(同
法2条2項)ことや,地価公示制度の目的(同法1条1項),取引を行う者の責務
(同条の2)に照らせば,企業庁が分譲予定価格の設定を公示地価と均衡した価格
に設定したことは合理的である。家庭裁判所の上記実務は,時価算定のための鑑定
に費用と時間がかかることや,公示価格が標準地にしか存しないことから,便法と
して路線価等を使用しているにすぎず,実務上,審判段階の資料としての路線価の
価値は低いものとされ,公示価格が実際の時価に近いとされているから,企業庁の
価格設定は極めて合理的である。
さらに,原告らは,分譲により需給関係が緩和され,常滑市の地価水準が引き下げ
られることを被告が無視している旨主張するが,本件各事業による埋立造成地は,
本件空港に近接する機体整備工場や航空貨物取扱施設等の用地の新規需要,人口の
増大や経済成長に伴う新規需要を満たすものであり,とりわけ前者の需要は既存の
土地による代替はあり得ないのであるから,分譲によって,直ちに需給関係が緩和
される性質のものではない。
ウ 需要予測について
願書による需要予測が,夢物語に等しい過大で根拠のないものであり,これに基づ
く土地評価は無意味であるとの原告らの主張は争う。原告らは,現在の社会情勢や
企業意識の変化が永続することを前提に,願書による需要予測を批判し,企業庁が
予定する土地分譲が将来にわたって困難であるかのように主張するが,これは,単
に現在の一般的社会情勢の一側面を一方的に取り上げ,具体的な根拠を示すことな
く,将来の仮定を前提とした仮定の議論を繰り返すものにすぎないし,企業庁は,
社会経済情勢や企業意識の変化に応じて適切な取組を行い,常に本件各事業の採算
性向上を図っている(企業の初期投資額の軽減,最大10年間の長期分納制度,土
地リース制度等)から,原告らの主張は当たらない。
また,原告らは,本件各事業が都市の創造という極めて高度に専門的な事業である
ところ,企業庁にはこうした経験がなく,専門性が欠けている旨主張するが,本件
各事業はあくまで埋立造成事業であり,「まちづくり」を行う主体は都市計画を策
定する常滑市及び実際に分譲地に進出した事業者である(愛知県公営企業の設置等
に関する条例1条)し,企業庁は,埋立造成について,昭和34年度の事業開始以
来,衣浦港及び三河港臨海工業用地造成等,全国トップレベルの埋立造成実績を有
し,ノウハウも十分持ち合わせている。また,企業庁は,用地を提供する立場か
ら,常滑市と協力してまちづくりの誘導策を講じているが,これについては,専門
機関への委託や学識経験者の意見を踏まえ,シンクタンク等にも調査を依頼しなが
ら進めており,原告ら
の主張は妥当でない。
なお,原告らは,りんくうタウンの状況を例に引いて,本件各事業が失敗する可能
性が高い旨主張するが,りんくうタウンと本件各事業とは,その構想された時期,
費用規模等が全く異なるし,企業庁は,りんくうタウンの状況も参考にして,当初
より賃貸方式や10年間の長期分納方式を導入するなどの方策を講じており,原告
らの主張は認められない。
(4) 本件各事業による環境破壊の有無
(原告らの主張)
本件各事業は,以下のとおり,埋立予定海域周辺の環境に著しい悪影響を与えるも
のであり,こうした行為は,環境保全が人類の生存の基盤であり,これを維持すべ
きことを宣言した環境基本法3条,地方公共団体の責務を定めた同法7条及び環境
影響評価の推進をうたった20条,埋立てが環境保全について十分配慮されたもの
でなければならないことを定めた埋立法4条1項2号の趣旨に照らすと,企業法3
条により地方公営企業が遵守すべき公共の福祉増進原則に違反し,違法というべき
である。
ア 空港島予定地の環境における重要性について
空港島予定地のある伊勢湾は,湾中央部が最も深いすり鉢状になっている閉鎖性内
湾(入口が狭く奥が広い湾)であり,湾奥にいわゆる木曽三川等比較的大きな河川
が流入しているため,ここから運ばれる土砂が堆積した遠浅で砂泥質の干潟(水深
5メートルを超えない海域),浅場(水深5メートルから10メートルまでの海
域)が海岸線に沿って広がっている。そして,伊勢湾に流入した多量の河川水が,
海水と混合しながら河口付近に広がり,地球の自転の影響を受けて西方向に流れる
結果,常滑沖は,極めて潮通しがよく,底質環境は良好な状態を保っている。
空港島予定地は,別添の中部国際空港及び関連事業図のとおり,対岸とわずか1.
2キロメートルの近距離に位置し,同予定地付近の海域は,ほぼ水深5ないし10
メートル以浅の干潟・浅場が広がっているが,干潟・浅場には,以下のような機能
が存し,常滑市沖は,年々悪化する伊勢湾の環境全体に対して重要な機能を果たし
ている。
(ア) 干潟・浅場は,水深が浅いので海面からの酸素の供給量が多く,海底
 まで太陽光が差し込むため,砂に付着した単細胞のケイソウからアマモなどの海
草が生え,しかも陸から栄養塩や有機物が流れ込むことから,種々の生物が多様に
生息することができる(生物多様性創出機能)。また,身を隠す植物や砂があるこ
とから,魚介類の産卵場や,稚魚の成長のためのすみかともなる(魚介類保育機
能)。
(イ) 干潟に生息するアサリなどの二枚貝は,赤潮の元となる植物プランクトンを
多量に消費し,アマモやアオサは,赤潮の原因となる窒素やリンの栄養塩を多量に
吸収し,砂泥の中にすむ特殊なバクテリアは,窒素の栄養塩を窒素ガスに変えるな
どの働きをしている(水質浄化機能)。
(ウ) 漁業資源の点から見ても,常滑市沖周辺のアマモ場は,伊勢湾全体の33パ
ーセントを占め,また,対岸部の前浜干潟や周辺の浅場を加えた水域は,魚類,甲
殻類,貝類その他の底生生物などの生育の場となり,優良な漁場となっている。
イ 本件各事業による環境悪化について
本件各事業による埋立てが実施されると,その海域周辺の干潟・浅場面積が縮小
し,生息する生物,ひいては漁業生産性が確実に減少する。そればかりでなく,海
岸線,海底の地形の変化は,伊勢湾東岸部の海流をせき止め,滞留部分を形成する
可能性があり,場合によっては,空港島と対岸部が漂砂の堆積によってつながって
しまうトンボロ現象の発生も心配される。
また,閉鎖性内湾である伊勢湾は,富栄養化が進み,夏場は海底付近が酸欠状態と
なるところ,干潟・浅場では,その水質浄化機能によって,酸欠状態にならない
が,干潟・浅場が埋め立てられれば,酸欠となる範囲は増加する。
さらに,空港島予定海域は,木曽三川からの流入により南向きの流れが生じるた
め,浮泥(巻き上がりやすい有機物に富んだ泥で堆積するとヘドロになる。)等は
南向きの流れに沿って洗い流され,これに,潮汐による上げ潮,下げ潮や北西の季
節風,台風による巻き上げが加わることで,底質が良好な状態に保たれているとこ
ろ,空港島の建設によって,南向きの流れも上げ潮,下げ潮も遮断される部分が生
じる。この場合,空港島の南側の流れが弱くなって,水道の方に回り込む流れが生
じるため,巻き上げが弱くなり,空港島の南側から水道に及ぶ海域に浮泥が溜まり
やすくなり,これにより,海底の有機物,バクテリアが増加し,酸素消費量が増
え,海底への酸素供給量が少なくなり,底層にすむことができる生物の種類と量が
減少する。
常滑市沖は,今まで良好な環境を維持してきたところ,上記のような事態に至る
と,伊勢湾全体の水質や魚類の生産に与える影響は大きく,これを経済的効果の面
から見ると,800億円程度の経済的損失となることが予想される(三河湾の一色
干潟を例として算定)。
現に,環境庁も,平成12年6月23日,埋立法47条2項に基づき,常滑市沖の
海域が伊勢湾の中でも良好な水質,底地環境が維持され,最良の漁場になっている
ところ,本件各事業による埋立ては大規模なものであるから特に慎重な対応を図る
べきであるとした上で,企業庁に対し,埋立てについては,用地需要を確認すると
ともに,伊勢湾における環境保全の推進に配慮して,用途,工事等について必要に
応じて見直しを行い,適切に対応すべき旨の意見を述べている。
これに対し,本件会社及び愛知県は,自然環境への影響を回避,減少させるための
方策として,①空港島,対岸部の海域幅の確保,②空港島の形状の曲線化,③空港
島の隅角部の曲線化,④空港島の護岸壁面での岩礁域生態系の創出,などの措置を
講ずることを約しているが,これらによっても,南向きの海流,上げ潮,下げ潮,
波などを遮断する効果は同様であって,浮泥等が滞留し,底層にすめる生物の種類
及び量が減少することに変わりはないし,岩礁の生態系を創出しても砂質の生態系
の代償とすることはできず,埋立予定地の生態系の健全性は図られない。
また,被告は,空港島の建設によって消滅する干潟・浅場の面積は,伊勢湾全体の
水深10メートル以下の浅海部分の約1.5パーセントにすぎないと主張するが,
これは埋立てによる周辺への影響を考慮していない主張である。埋立てによって浮
泥等が溜まりやすくなって底質が悪化する部分があること(上記面積の約2.5
倍),底質が砂質のため水深が10メートルでも貧酸素を免れる空港島建設予定海
域以外の海域では,水深5メートルを超えると貧酸素となることなどを考慮する
と,埋立てによる影響は上記浅海部分の7.5パーセントに及ぶとみるべきであ
る。加えて,空港島建設予定海域に依存度の高い魚介類(サヨリ,アサリ,ハマグ
リ,カレイ,タイ,メバル,アナゴ,スズキ,ハゼ,ウナギ,アユ,エイ,クルマ
エビ,ガザミ(ワタリガニ
),赤貝,トリガイ,カレイ,アナゴ,コチ,イカ,タコ,シャコ,エビ,カニ
等)は,幼生の一時期あるいは生涯にわたり,主として上記海域及び白子,松阪,
伊勢の浅海域に分布し,しかも,空港島建設予定海域の面積は他の3海域の2倍で
あるから,結局,埋立てによる影響は13倍に達し,軽微な影響とは到底いえな
い。
(被告の主張)
原告らは,本件各事業による開発が,著しい環境破壊を引き起こす旨主張するが,
以下のとおり,全く根拠のない憶測であって,失当である。そもそも,原告らの援
用する環境基本法3条等は,具体的な財務会計行為の違法を基礎づけ,差止請求の
直接の根拠となる財務会計法規ではない。
ア 本件各事業の計画における環境への配慮について
本件各事業の計画においては,①海域環境に対する配慮(空港島と対岸部との最小
海域幅を1.1キロメートル確保する,潮流に対してできるだけ抵抗の少ない形状に
する等),②水性生物に対する配慮(捨石式傾斜護岸や人口海浜を築造する等)な
ど,各種の環境保全措置を講ずることとされ,その結果,環境影響調査において
も,本件各事業の実施による大気質を始め,水質,底質,地形・地質,動植物等へ
の影響は,各種の環境保全対策実施により回避,低減されており,また,地域の環
境保全の基準又は目標の達成状況にほとんど変化を来すことはなく,伊勢湾及びそ
の周辺地域の環境に及ぼす影響も小さいとの総合評価を得ている。
イ 本件各事業の環境に対する影響について
原告らは,上記環境保全措置によっても,空港島建設によって局所的に負荷が増大
するとともに,海流や波が弱まるなどの影響を受ける海域が広範囲に現れるため,
浮泥の滞溜などの水・底質の悪化や,トンボロ現象によるアマモ場や砂質浅海域生
態系の減少の危険性は解消されない旨主張するが,本件会社及び愛知県は,平成1
2年6月,「中部国際空港建設事業及び空港島地域開発用地埋立造成事業及び空港
対岸部埋立造成事業に係る工事中の環境監視計画」を策定し,これに基づき,同年
7月の準備工事の着工以来,空港島及び対岸部の周辺海域で水質,底質,海洋生物
などの環境監視を行い,専門分野の学識者による検討委員会による検討,評価を経
た上,環境監視結果年報を公表している。これによれば,平成12年度では,工事
による影響は認めら
れず,平成13年度でも,空港島と対岸部間の水道部の陸域に近い監視地点におけ
る航路しゅんせつ工事に伴うと思われる濁りを除き,工事による影響は認められな
かった。また,底質について,空港島南部,水道部及び知多半島海岸近くの各監視
地点で採取した土砂中に占めるシルト及び粘土分の割合は,10パーセントを超え
たが,一時的な変化であって,その他の監視地点では変化が認められなかったこと
から,工事による影響とは認められなかった。海生生物の状況についても,平成1
2年度,平成13年度を通じて大きな変化はなく,海水の流れについても,空港島
南部で冬期の上層流速が工事前より若干小さい傾向があったものの,原告らがトン
ボロ現象が生じると主張する水道部での海水の流速,流向は,着工前の状況とほぼ
同様であった。
以上によれば,原告らの主張は,全く根拠がないというべきである。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件支出による回復困難な損害を生ずるおそれの有無)
原告らの本訴請求は,地方自治法242条の2第1項1号に基づく差止請求である
ところ,被告は,訴訟要件たる同号所定の「回復困難な損害を生ずるおそれ」(最
高裁判所平成12年12月19日第三小法廷判決・民集54巻9号2748頁参
照)の存在が認められないと主張するので,これについて判断する。
前記前提事実(4)記載のとおり,本件収支計画によれば,本件各事業の総事業費は2
430億円とされているところ,その主要部分である工事費(1560億円)につ
いてみても,空港島周辺部及び対岸部の埋立造成工事の完了予定時期が平成16年
度末とされていることを考慮すると,現時点では,いまだ相当額の支出が留保され
ている状態であると認められる(現に,原告らは,いまだ総事業費の一部である5
50億円が支出されているにすぎないと主張しているところ,被告から具体的な反
論はない。)。しかるところ,かかる金額は,企業庁ないし愛知県の財政規模に照
らしても,到底軽視し得る金額であるとはいえず,愛知県が,埋立造成工事の完成
に伴い相当面積の造成土地を取得し,これを分譲ないし賃貸することによって相当
額の収入を得る見込
みがあることを考慮しても,その支出は,なお愛知県に回復困難な損害を与え得る
というべきである。
そして,この事業費は,本件各事業の進展に伴って順次支出されていくことが確実
であるから,上記の損害を生ずるおそれが客観的,具体的に存在すると認めるのが
相当であって,被告の上記主張を採用することはできない。
2 争点(2)(本件支出の違法性全般及びその主張立証責任)について
(1) 一般に,住民訴訟における差止請求の対象たる行為(地方自治法242条の2
第1項1号所定の当該行為)が複数にわたる場合,その特定は,これらの行為が全
体として他の財務会計上の行為と区別して認識可能であること,これらの行為が行
われることが相当な確実さをもって予測できること,これらの行為が行われると,
地方公共団体に回復困難な損害が生ずるかについて判断できること,以上の要請を
満たす限り,個々の行為を他の行為と区別して特定できるよう個別,具体的に摘示
することなく,これらの行為を包括的に特定することも許されるというべきである
(最高裁判所平成5年9月7日第三小法廷判決・民集47巻7号4755頁参
照)。本件において,原告らは,差止請求の対象を本件「各事業に関する費用の支
出」と包括的に特定して
いるところ,このように特定の事業の完成に向けて行われる一連の費用(公金)の
支出の差止めを求める場合,当該事業自体が特定されれば,差止請求の対象となる
公金支出の範囲を識別することができ,また,その違法性の有無,実行の確実性,
上記損害発生の有無等についての判断も可能というべきであるから,全体として特
定に欠けるところはないと解される。しかして,本件各事業は,場所,面積等の内
容に照らし,社会的な事実として他の事業と区別して認識することが十分に可能で
あって,差止請求の対象を画するに足りる程度に特定されているというべきである
から,原告による上記包括的な特定は,全体として特定に欠けることはないという
べきである(別紙事業目録1,2参照)。
この点に関して,被告は,原告らが本件空港の設置事業あるいは埋立行為そのもの
を問題としているとの理解の上に,本件差止請求は,住民訴訟の趣旨,目的に反す
る旨主張するが,本件の差止請求の対象は,上記のとおり,公金の支出たる本件支
出であり,これが住民訴訟の対象となり得る財務会計行為に該当することに疑いを
容れる余地はない(地方自治法242条1項)。
(2) 次に,被告は,本件支出の原因行為が公有水面埋立免許(付与)等の処分であ
るとの理解を前提として,この処分を抗告訴訟で争うことはともかく,そうでなけ
れば同処分に著しい瑕疵が存しない限り,本件支出が違法となることはない旨主張
する。しかしながら,埋立免許自体は,免許を受けた者に対して公有水面の埋立て
をする資格,権利(埋立権)を授与するものにすぎず(埋立法16条,17条参
照),これに期限等の条件が付されていたとしても,条件を満たさない場合に当該
免許が失効するだけで(同法34条1項),埋立行為自体を免許を受けた者に義務
づけるものではない上,埋立免許処分そのものに関して公金が支出されることは,
およそ想定し難いから,本件支出の直接の原因行為は,原告ら主張のとおり,本件
各事業と解するのが相
当である。
ところで,先行する原因行為の違法を理由として,当該執行機関が行おうとする財
務会計行為の差止めの請求ができるのは,当該原因行為を前提としてなされた当該
財務会計行為それ自体に財務会計法規上の義務に違反する違法が存するときに限ら
れると解される(前掲最高裁判所平成4年12月15日第三小法廷判決)が,公金
の支出は,当該支出負担行為が法令等に反しないことが確認された後でなければで
きない(地方自治法232条の4第2項)から,仮に,原告ら主張のように,本件
各事業が法令に反するものであるならば,それを目的とした埋立工事請負契約,土
地造成工事請負契約,土砂運搬請負契約等の諸契約や,工事の監督等のために派遣
される職員らに対する出張命令,手当支給決定等の支出負担行為が違法ないし無効
となることがあり得
ないわけではなく,したがって本件支出も違法と評価されることがあり得るから,
公有水面埋立免許処分が抗告訴訟によって争われない以上,それ自体に重大な瑕疵
がない限り,本件支出が違法となることはない旨の被告の主張は採用できない。
(3) また,被告は,原告らが違法事由として掲げる本件各事業等の合理性欠如に関
する主張は,政策論議そのものであって,住民訴訟の趣旨を明らかに逸脱するし,
原告らが援用する企業法3条は財務会計法規としての性格を有しない旨主張する。
なるほど,本件空港の設置事業やこれに関連する本件各事業の実施が,高度の政策
的,行政的観点からの検討を要するものであることは,その性質上,容易に推測す
ることができ,また,前者については,設置法等の法令上の根拠を有していること
は前記前提事実(2)記載のとおりである。しかしながら,およそ行政上の行為は,多
かれ少なかれ,何らかの政策的,行政的配慮の下で決定,実施されるのが通常であ
り,このような性質を有するからといって,当該行為が地方自治法242条1項所
定の財務会計行為に該当するにもかかわらず,住民訴訟の対象になり得ないと解す
るのは相当でない。また,本件各事業は,本件空港の設置事業と密接に関連するこ
とは否定できないが,事業そのものは,その内容及び実施主体において別個のもの
といわざるを得ない
から,本件空港の設置事業が住民訴訟の対象とならないからといって,本件各事業
の違法性を主張することが許されないとはいえない。
そして,企業法3条は,前記前提事実(5)記載のとおり,地方公営企業が,常に経済
性を発揮し,公共の福祉を増進するように運営されなければならない旨定めている
ところ,その内容は,企業法及び同法施行に関する命令の実施についての依命通達
を参酌しても,なお一般的,抽象的なものとの評価を免れず,財務会計行為の担当
者が履践すべき行為義務,注意義務の内容が具体的,一義的に明確であるとはいい
難い。しかしながら,その内容が一般的,抽象的でありながら,裁判規範たり得る
ことは,規範的要件あるいは一般条項と呼ばれる法規が存在することに照らしても
明らかであるから,企業法3条が抽象的,規範的評価を含む概念から成っているか
らといって,直ちに裁判規範としての性格を否定すべきではなく,かえって,企業
法が,地方公営企業
に関する法令等が同法3条に規定する基本原則に合致するものでなければならない
こと(5条),管理者は,地方公共団体の長が任命し(7条の2第1項),長は管
理者に対して必要な指示をすることができること(16条),財務についても,特
別会計(17条),独立採算制(17条の2第2項),計理の方法(20条),料
金(21条),予算(24条),繰越し(26条),出納(27条),監査(27
条の2),決算(30条),計理状況の報告(31条),剰余金(32条),欠損
処理(32条の2),資産の取得,管理及び処分(33条)などについて具体的な
規制を行っていることなど,全体として同法3条の経済性発揮原則が目的とする地
方公営企業の健全な財務運営の確保を企図していると考えられることに照らすと,
地方公営企業の財務
運営を危殆に瀕せしめることが明らかであるなど,同法の趣旨を没却するような事
態を招く場合は,当該行為は,同法3条や誠実管理執行義務を定めた地方自治法1
38条の2に違反するものとして,違法と評価されることがあると解すべきであ
り,さらにそれが法律行為の形式で行われ,法律上の効果を否定しなければその趣
旨を維持できない場合には,無効となることもあり得ると解するのが相当である。
かかる意味において,企業法3条が財務会計法規たり得ないとの被告の主張は採用
できない。
もっとも,財務会計法規は,地方公共団体の健全な財務運営を確保することを直接
の目的とするものであり,これと関連性を有しない利益の実現をも目的とするもの
ではないから,問題とされた財務会計行為により,かかる利益が損なわれるからと
いって,直ちに財務会計法規としての企業法3条に違反するものとはいえない。本
件において,原告らは,本件支出による環境悪化を違法事由として主張するとこ
ろ,なるほど,原告ら指摘の環境法3条,7条,20条,埋立法4条1項2号など
の規定は,環境保全の重要性とその責務等を明らかにしたものと考えられるが,そ
うであるからといって,環境保全自体は財務会計法規によって直接護られるべき利
益とはいえないから,これが侵害されるからといって,直ちに企業法3条に違反す
るものとはいえない。
しかしながら,環境悪化の程度が甚だしく,重大な結果を招くことが十分に予想さ
れる場合には,そのような事態の実現に向けられた経済的出捐は,行政目的の存在
を考慮しても,当該地方公営企業にとっておよそ無意味な行為であり,その健全な
財務運営に悪影響を及ぼす財務会計行為と評価し得るから,かかる特段の事情があ
る場合に限り,上記経済的出捐は,同法3条の趣旨に反し,違法,無効となること
もあり得ると解するのが相当である。
  そして,地方公営企業における財務運営,経営判断は,政策的,専門的見地か
ら多角的,総合的に勘案してなされることを要するものであり,その意味におい
て,当該地方公営企業は当然一定の裁量権を有するものであるから,企業法3条の
趣旨に反するとして当該行為が違法,無効となり得るのは,地方公営企業が下した
判断が,当該行為の性質,その当時の状況等に照らし,上記裁量権の逸脱ないし濫
用と評価される場合に限られるというべきである。
(4) なお,原告らは,被告が,事業計画,造成土地に対する将来の需要予測,処分
価格の妥当性等についての判断に不合理な点のないことを相当な根拠,資料に基づ
いて主張立証すべきである旨主張し,原子炉設置許可処分の取消しが争われた前掲
最高裁判所平成4年10月29日第一小法廷判決を援用する。
一般に,抗告訴訟においては,問題とされた処分が受益的処分でない限り,被告と
された行政庁において,その適法性について主張立証すべきものであるが,当該処
分が裁量処分としての性質を有する場合には,被告行政庁がこれを逸脱し,濫用し
たことについて,原告が主張立証責任を負うと解するのが相当である。しかるとこ
ろ,上記裁判例は,原子炉施設の安全性に関する審査が,多方面にわたる極めて高
度な最新の科学的,専門技術的知見に基づく総合的判断を必要とするところ,「核
原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」の規定に照らすと,被告行
政庁がした判断に不合理な点があることの主張立証責任は,本来,原告が負担すべ
きものであるが,その安全審査に関する資料を被告行政庁がすべて保持しているこ
となどにかんがみる
と,被告行政庁がその判断に不合理な点のないことを相当の根拠,資料に基づいて
主張,立証する必要があり,これを尽くさない場合には,その判断に不合理な点の
あることが事実上推認されると判断したものであり,被告行政庁が(専門技術的)
裁量を有する場合の本来の主張立証責任の所在を明らかにしつつ,これに関する資
料を被告行政庁が独占的に保持しているなどの特殊性にかんがみて,事実上の推定
という方法を用ることによって,例外的に原告の立証の負担を軽減したものと考え
られる。
住民訴訟においては,それが地方公共団体の財政の健全化という観点から特別に認
められた訴訟制度であることにかんがみると,原告たる住民側に当該財務会計行為
の違法を基礎づける事実の主張立証責任が存するというべきであり,特に,問題と
なっている行為が裁量処分としての性質を有する場合には,これを逸脱ないし濫用
してなされたことについても主張立証すべき責任を有するというべきである。ま
た,本件においては,上記の裁判例の事案と異なり,本件各事業の計画が具体化さ
れる過程,すなわち,各種調査に基づくデータの収集,その検討,これを前提とす
る判断形成の各過程について記した報告書や資料集が相当程度公表され,あるいは
公文書公開条例による公開の対象とされているから,事実上の推認の基礎を欠くと
いわざるを得ない。
よって,原告らの上記主張は採用できない。
以下においては,これらの見地に立って,検討を加えることとする。
3 争点(3)(本件各事業の採算性の欠如の有無)について
(1) 本件各事業の計画策定過程について
証拠(甲3ないし7,9,10,12ないし17,22,39ないし44,72,
75ないし77,81の2,85の2,86の1及び2,87,88,125)に
よれば,以下の事実が認められる。
ア 財団法人中部空港調査会(以下「調査会」という。)は,中部地方の大学に在
籍する学者らを専門委員として,愛知,三重,岐阜の3県及び名古屋市並びに地元
経済界等が中心となって昭和60年12月に設立され,本件空港に関する種々の調
査・研究を行い,昭和63年12月には,その対象地区を4か所に絞って公表し
た。これを受けて,上記自治体等は,平成元年3月,首長懇談会を開催して,伊勢
湾東部海上の常滑市沖を候補地とすることで合意した。
調査会は,平成2年5月,「中部新国際空港基本構想(甲3)」を公表して,既存
の名古屋空港では,中部における将来の予測航空需要(国際線旅客数は,平成17
年で710万人から880万人,平成37年で1300万人ないし1700万人,
同貨物量は,平成17年で55万トンから65万トン,平成37年で110万トン
から150万トン,国内線旅客数は,平成17年で580万人ないし600万人,
平成37年で710万人ないし740万人,同貨物量は,平成17年度で15万ト
ンないし16万トン,平成37年で18万トンないし20万トン)に対応できない
ことなどを理由として,本件空港の早期実現が期待されることを訴えた。その後,
調査会は,平成3年6月,「中部新国際空港の全体像(甲4)」を公表して,本件
空港の規模,位置,
範囲,事業化の方向などの検討課題について提言し,さらに,その専門委員会は,
平成6年11月,「事業化に関する調査状況について(甲5)」を公表して,空港
整備内容,採算性と費用負担の問題等について,中間的な検討結果を明らかにし
た。
本件空港は,平成3年11月に閣議決定された,同年度から平成7年度における
「第6次空港整備計画五箇年計画」において,地域の創意工夫を反映しつつ,関係
者が連繋して総合的な調査を進めるものと位置づけられ,次いで,平成7年8月に
おける「第7次空港整備五箇年計画の基本的考え方(中間とりまとめ)」におい
て,新東京国際空港及び関西国際空港に続く国際ハブ空港に位置づけられ,総合的
な調査検討を進め,早期に結論を得た上,関係者が連携してその事業の推進を図る
ものとされた。これを受けて,運輸省(第五港湾建設局),愛知県及び調査会の三
者は,平成8年6月,「中部新国際空港の規模等に関する調査(~平成7年度)に
ついて(甲6)」を発表し,今後の検討の基礎資料とすべき従前の調査結果を整
理,公表した。
その後,本件空港が,平成8年12月13日閣議決定(平成9年12月12日改
定)された「第7次空港整備五箇年計画(現七箇年計画)」(以下「第7次計画」
という。)において,中部圏における新たな拠点空港の構想について,定期航空路
線の一元化を前提に,関係者が連携して,総合的な調査検討を進め早期に結論を得
た上,その事業の推進を図ると位置づけられたことから,中部新国際空港推進調整
会議(平成7年12月26日に新たに関係自治体,運輸省や建設省の関係部局,関
係経済団体等の長をもって組織された。以下「推進会議」という。)は,平成9年
3月,「中部圏における新たな拠点空港に関する計画案(中間まとめ)(甲4
0)」,「アクセス整備方策案(甲41)」及び「空港島連絡施設について(甲4
2)」を,次いで,平成1
0年3月,「中部国際空港の計画案(最終まとめ)(甲7)」をそれぞれ公表し
た。これらは,平成8年度の実績(旅客数は,国際線363万人,国内線580万
人,航空貨物量は,国際線8万トン,国内線5万トン,離着陸回数は10万500
0回で,10年前と比べて約1.5倍の増加)を基に,平成12年度の旅客数を国
際線430万人,国内線670万人の合計1100万人,航空貨物量を国際線23
万トン,国内線4万トンの合計27万トン,離着陸回数を11万1000回に,平
成17年度は,同様に,500万人と710万人の合計1210万人,27万トン
と5万トンの合計32万トン,12万1000回に,それ以降も5年ごとに平均約
1割の増加を予測するなどして本件空港の必要性を再説した上で,滑走路,空域・
飛行経路,空港施設に
関する最終計画を明らかにしている。
また,第7次計画を受けて,平成9年3月,愛知県等の関係自治体3県1市は,本
件空港を前提とした「地域整備構想案(甲39)」を,上記関係自治体と関係経済
団体は,「空港事業推進に係る地域の取り組みについて(甲43)」を,愛知県
は,「空港近接部(空港島及び対岸部)における地域開発構想案(甲44)」をそ
れぞれ公表し,本件空港の設置事業や本件各事業を推進する方向を打ち出した。
イ 愛知県企画部航空対策局は,平成7年と平成8年に,株式会社東海総合研究所
に対し,臨空都市圏整備構想調査を委託し,平成8年3月と平成9年3月にそれぞ
れ報告書(甲13,14)の提出を受けた。
前者では,企業(大企業,外資系企業,東海企業及び知多企業の合計1万2534
社)に対する本件空港隣接部への進出意欲を問うアンケート調査結果が記載されて
おり,これによれば,回答企業数805社,回収率15.4パーセントのうち,進
出を希望する社(2.8パーセント)と進出を検討したい社(13.2パーセン
ト)は合計で16パーセント,進出の可能性は別として興味がある社(27.4パ
ーセント)を加えると43.4パーセントであるのに対し,現在の業務内容では進
出不可能な社(19.6パーセント),まったく進出する意思がない社(22.4
パーセント)を加えると42パーセントとなっている。
後者では,アンケート調査に基づいて,対岸部の土地需要(ただし,平成37年ま
で)を,オフィス用地12ヘクタール,工業用地29ヘクタール,研究所31ヘク
タールと想定している。
ウ また,企業庁は,平成9年5月30日,株式会社三菱総合研究所に対し,中部
新国際空港対岸部事業化基本調査を,平成10年6月5日,中部国際空港近接部
(空港島周辺部及び対岸部)事業化実施調査を委託し(甲12,85の2),前者
については平成10年3月,後者については平成11年3月にそれぞれ報告書(甲
9,10)の提出を受けた。
前者(対岸部)の報告書は,名古屋圏における地価の下落率は低下していること,
企業に対するアンケート調査などによれば,空港近接部に対する運輸・通信業,サ
ービス業,卸売・小売業等を営む国内企業の関心は高いものの,海外企業の関心は
低いことなどを指摘し,事業化の検討に当たっては,アクセス網(道路及び鉄道・
海上交通)の整備,周辺地域の整備を踏まえた上で,①地球的交流により高い付加
価値創出を実現するまちを目指す,②楽しみや癒しを重視したライフスタイルの創
出を目指す,③真の地域貢献たる開発を目指す,④中部圏初の大規模複合都市開発
として独創的な取り組みに挑戦する,⑤まちづくり主体を明確にし責任ある取り組
みを行うとの5つの開発コンセプトの下に,「地球人楽市」の標語に合致した3つ
のゾーン(アミュー
ズメントゾーン,ブレインゾーン及びパブリックゾーンから成るセンターゾーン,
ホスピタリティゾーン,マリーナタウン,ベイサイドガーデン及び港湾関連用地か
ら成るウオーターフロントゾーン,オフィスゾーン,ロジスティクスゾーン,パブ
リックゾーン及びベイサイドゾーンから成るウィングゾーン)分割方式による整備
を提案し,具体的な施設や配置案について提示している。そして,この事業の収支
を改善するためには,総事業費の圧縮と収入の拡大が必要であり,後者のために
は,分譲土地面積の拡大と借地方式の併用が望ましいこと,土地処分を促進するた
めには,税制等における各種補助・優遇措置の実施,柔軟かつ多様な処分方式,各
種メディアを活用した情報発信,海外企業を視野においた企業誘致などが検討課題
とされるべきである旨
述べている。
後者(近接部)の報告書も,上記の5つの都市開発コンセプトと「地球人楽市」の
標語の下に,各ゾーン(対岸部につき,中核ゾーン,親水ゾーン及び市街地隣接ゾ
ーン,空港島周辺部につき,空港隣接ゾーン)ごとに開発計画及び施設を具体的に
提案し,そこで予定されているオフィス,ホテル及び商業施設の各事業について,
初期投資に対する利回りからみた負担可能地価概算,DCF法に基づく収益還元法
による地価概算,事業収支シミュレーションの3つの方法により,事業採算性を検
討し,これらを前提に,近接部全体の開発事業を単一のデベロッパーが実施する場
合は,埋立コストの削減,資金計画の工夫(借入額の減少による金利負担の低
減),収入源の確保(土地分譲・賃貸に加え,管理委託料,収益事業実施),土地
価格の上昇(まちの成熟
による付加価値の増大),税制面等での優遇措置,事業費支払の工夫などの検討が
必要であると述べている。
エ 企業庁は,平成13年7月3日,株式会社帝国データバンク(名古屋支店)に
対し,対岸部地域開発用地に関するアンケート調査を委託し(甲81の2),平成
14年2月,その報告書(甲88)の提出を受けたが,これによれば,回答企業7
07社(回収率70.7パーセント)のうち,大いに関心があるとする社4.1パ
ーセントと関心がある社12.6パーセントを合わせて16.7パーセントである
のに対し,あまり関心がない社10.6パーセント,関心がない社72.3パーセ
ントであったが,進出の意向については,ぜひ進出したい社8.3パーセント,条
件が合えば進出したい社20.2パーセント,今後検討したい社24.9パーセン
トであるのに対し,その意向がない社は29.5パーセントであった。
また,企業庁は,平成13年9月27日,株式会社三菱総合研究所に対し,中部国
際空港近接部地域開発事業推進調査を委託し(甲86の1,2),平成14年1月
にその中間報告(甲72)の,同年3月,その結果(甲125)及びその概要(甲
87)の各提出を受けている。これによれば,まちづくりについては,「次世代の
産業技術やライフスタイルが創造・発信されるエアフロント・シティ 中部臨空都
市」の標語の下,「①次世代産業技術のグローバルゲート・シティ,②国際性のあ
るにぎわいを備えた新たな生活を提案するライフスタイル創造都市,③次世代を担
う国際人を育む都市」のコンセプトによって推進すること,土地処分については,
土地を取り巻く環境が厳しいことから,①長期的視点に立った処分,②公共による
積極的牽引,③多様
な処分方式,④事業初期における賃貸方式の重視,⑤多様な事業者選定方式等の導
入,⑥各種優遇施策の導入などが提案されている。
なお,対岸部において実際にまちづくりを担当する常滑市の商工会議所は,平成1
4年1月,商業・業務施設用地の中核となる施設として,テーマパークやアウトレ
ットモールの誘致を検討してきたが,現実性などの点で困難との結論に達し,カジ
ノを中心としてホテル,レストラン,ショッピング施設を併せ持つ総合商業エリア
の構想を発表している(甲75ないし77)。
(2) 本件各事業の計画の前提予測について
証拠(甲15,17)によれば,以下の事実が認められる。
ア 本件各事業のための願書(対岸部につき甲15,空港島周辺部につき甲17)
では,対岸部の必要埋立規模は,ふ頭用地3.9ヘクタール,流通施設用地18.
4ヘクタール,商業・業務施設用地45.9ヘクタール,製造業用地16ヘクター
ル,交通施設用地26.4ヘクタール,緑地16.7ヘクタールの合計127.3
ヘクタールとされており,空港島周辺部のそれは,ふ頭用地5.2ヘクタール,流
通施設用地33.2パーセント,商業・業務施設用地6.3ヘクタール,製造業用
地14.7ヘクタール,輸送用機械器具製造業用地31ヘクタール,交通施設用地
8.1ヘクタール,緑地19.8ヘクタールの合計118.3ヘクタールとされて
いる。
イ 願書には,上記の埋立規模の算定の前提として,次のような記載がある。
(ア) ふ頭用地について
空港島周辺部では,四日市港,津松阪港,鳥羽港からの海上アクセスに必要な18
0GT級双胴型高速船,三重県からの航空貨物発生予想量(平成17年度)3万6
100トンに,本件空港を利用する割合75.5パーセントを乗じた2万7300
トンに対応できる2000DWT級海上航空貨物運搬船,年間130万人(1便当
たり208人)の乗船客に対応できる160GT級遊覧船,200GT級官公庁船
を前提とし,対岸部では,現在,伊勢湾で航行している2000GT級フェリー,
常滑市内の企業からの港湾取扱貨物量5万3827トンと対岸部製造業用地立地企
業からのそれ1万4145トンに対応できる2000DWT級貨物船,維持管理船
等,年間130万人(1便当たり208人)の乗船客に対応できる160GT級遊
覧船などを前提に,
必要なふ頭用地を算定している。
(イ) 流通施設用地について
空港島周辺部については,推進会議による平成17年度における航空貨物予測量
(国際線27万トンと国内線5万トンの合計32万トン)の25パーセントを流通
施設用地取扱貨物量と想定し,これに単位面積(1平方メートル)当たりの取扱貨
物量を0.31トンとして流通施設用地必要面積26万0320平方メートルを算
出し,これに所要の道路敷5万3916平方メートル,緑地1万2497平方メー
トル,胸壁敷75平方メートル,護岸敷5580平方メートルを加えたものを必要
な流通施設用地としている。
他方,対岸部については,平成17年の知多地域における貨物量(航空貨物を含
む。)を,第3回中京都市圏物資流動調査(昭和51年は1日当たり20万010
8トン,昭和61年は同18万0362トン,平成8年は同33万1787トン)
の結果から,同36万2514トンと予測した上,平成8年から平成17年にかけ
ての増加量同3万0727トンの4分の1を常滑市で取り扱うものと想定して算出
した年間280万3565トンと,対岸部製造業用地から発生することが予測され
る年間13万0903トンの合計293万4468トンに対応できるトラックター
ミナル用地を6万1500平方メートル,倉庫用地を8万5938平方メートルと
算出し,これに所要の道路敷3万6676平方メートルを加えたものを必要な流通
施設用地としている。
(ウ) 商業施設用地について
空港島周辺部については,推進会議における旅客予測数等を基に,本件空港の利用
者(旅客,送迎者,見学者及び商用者)数を平成17年度は1042万人,平成2
7年度は1260万人と想定した上,これに長時間滞在者割合と立寄率を乗じて商
業施設来店者数(平成17年度は376万5000人)を予測し,これにその他の
来店者予測数3万6500人を加えた380万人余を商業施設年間来店者数とし
た。その上で,これに対応できる商業施設必要面積を関西国際空港の計画にならっ
て1万3310平方メートルと算出し,行政サービス施設用地400平方メート
ル,空港サービス施設用地1万5400平方メートルを加えて必要面積としてい
る。
他方,対岸部については,平成17年度における知多地域の人口を61万人(常滑
市のそれは6万6000人。なお,平成14年は約5万人)と予測した上,人口1
人当たりの売場面積1.24平方メートル(平成9年度は0.98平方メートル)
を乗じ,さらにこれに知多地域の人口に占める常滑市の人口の割合等を乗じて常滑
市内の新規必要売場面積を2万1717平方メートル,延床面積4万7777平方
メートルと算出し,これに必要な屋内駐車場面積4万3440平方メートルを加え
て,その3分の1(3階建てを想定)である3万0406平方メートルに屋外駐車
場面積2万1720平方メートルを加えた5万2126平方メートルをもって大規
模商業施設必要面積とした。
さらに,キャナルモール予定地については,平成17年度の距離帯別の圏域人口を
予測した上,日帰り観光参加回数を1人当たり年間3.24回,宿泊観光のそれを
1.51回と想定し,これに千葉県と長崎県の大規模集客施設における距離帯別減
衰率の中間値を乗じて年間観光客数を日帰り3817万人,宿泊1779万人と
し,これに活動目的別参加率(日帰り20.4パーセント,宿泊37.6パーセン
ト)を乗じ,さらに知多,尾張,三河,北勢,中勢の5地域のうち知多地域の選択
率0.2,日集中率0.005を乗じて1日当たりの観光客数を1万4475人と
した上,その半数をキャナルモールの利用者数とし,これに対岸部地域の従業者数
1万1900人の半数を加えた1万3188人をもって施設利用者予測数とした。
そして,これに対応す
る用地面積を5万3735平方メートルと算出している。
(エ) オフィス用地について
愛知県におけるオフィス人口増加数を22万1823人(平成7年度123万98
98人,平成17年度146万1721人)と予測し,これに意向調査に現われた
本社,支社,営業所の新設・移転の可能性がある企業の割合29.4パーセント,
本件空港近接部への進出を希望ないし検討する意向を示した企業の割合16パーセ
ント,対岸部での進出を希望する企業の割合71.4パーセントをそれぞれ乗じ
て,対岸部でのオフィス人口を7450人と算定し,これに1人当たりの有効床面
積15平方メートルを乗じ,事務所有効率70パーセントを除し,さらに容積率3
00パーセントで除した5万3214平方メートルをもって対岸部における必要オ
フィス面積としている。
(オ) 宿泊施設用地について
空港島周辺部については,推進会議による平成17年度の予測旅客数1216万7
000人(国際線504万9000人,国内線711万8000人)を前提とし
て,関西国際空港の平成8年度の実績を基に,必要なホテル室数を365室と算出
し,これに1室当たりの床面積30平方メートルを乗じ,宿泊部分の有効率28パ
ーセントで除して宿泊施設必要面積3万9107平方メートルを算出している。
対岸部については,空港内事務所及び対岸部地域開発に対応する就業者数を平成1
7年度で3万4500人とした上で,名古屋市の値を基に就業者1000人当たり
の必要ベッド数34.7床を乗じ,これにシングルとダブルの割合を1対1として
必要客室数798室を算出し,これに1室当たりの床面積30平方メートルを乗
じ,前記有効率28パーセントで除して必要床面積8万5500平方メートルを算
出し,これに伴う駐車場160台分,4800平方メートルを加えた上,容積率3
00パーセントで除して,都市型ホテル必要面積を3万0100平方メートルと算
定している。さらに,前記(ウ)記載と同様の手法で求めた1日当たりの宿泊観光客
予測数6690人にビラコート利用率2.9パーセントを乗じた194人をもって
観光型ホテル利用者数
とし,余裕を持たせてベッド数200床を,ツイン(2床)8,ビラ(4床)2の
割合で案分し,これに1室当たりの床面積46平方メートル(ツイン),89平方
メートル(ビラ)を乗じ,有効率45パーセントで除した上,延べ床面積に対する
敷地面積割合2.3を乗じた2万3267平方メートルをもって,観光型ホテル必
要面積とした。
(カ) 製造業用地について
空港島周辺部については,推進会議による予測離着陸回数(平成17年度で,国際
線旅客機2万8500回,国内線旅客機5万4800回を前提に,クリーニング工
場必要面積5050平方メートルを算出し,さらに新東京国際空港を参考にして特
殊車両整備工場必要面積を1万2000平方メートルと算出している。また,空輸
型製造業を営む企業のうち,引き合いのあった8社の引合面積にほぼ匹敵する9万
5500平方メートルを同製造業の必要面積としている。
他方,対岸部については,平成17年度の愛知県製造業出荷額を46兆4042億
円,知多地域はその1割の4兆6404億円と想定した上で算出した必要面積18
ヘクタールと,引き合いのあった企業13社の希望面積を基に算出した採用面積1
4万3637平方メートルを比較し,小さい後者をもって製造業用地必要面積とし
ている。
(3) 本件各事業の事業計画の概要について
前記前提事実(4)及び証拠(甲61,62,乙19,24,25,27,28,証人
A)を総合すれば,以下の事実が認められる。
ア 企業庁は,平成12年10月ころ,財団法人日本不動産研究所(名古屋支所)
に対し,本件各事業の推進と早期実現に資することを目的として,空港島周辺部と
対岸部について,商業・業務施設用地,製造業用地,流通施設用地の区分ごとに,
平成13年1月1日時点における土地の推定価格及び推定賃料(製造業用地を除
く。)を査定することなどを委託し,同年1月末ころ,評価書(乙24)の提出を
受けた。
その調査方法は,①価格形成要因の分析(願書に記載された推定値を基にした開発
事業の把握,近隣地域分析,対象地分析),②取引事例比較法の適用(周辺地域に
おける取引事例からの比準価格の査定,願書に記載された推定来客数に見合う駅前
の公示価格やりんくうタウン分譲価格等からの検証),③収益還元法による収益価
格の査定(賃貸事例比較法に基づく標準地の比準賃料,これを基にした総収益と総
費用の査定,純収益を基に還元利回り(4.5又は5パーセント)で還元した収益
価格の査定,その検証),④推定土地価格帯の査定(商業・業務施設用地について
は収益価格の最小値と比準価格の最大値を,製造業用地及び流通施設用地について
は比準価格の最小値と最大値をそれぞれ採用),⑤推定賃料の査定(推定土地価格
帯に期待利回り(4
パーセント)を乗じて査定)の各作業を行うというものであった。
調査の結果,標準地(対岸部及び空港島周辺部のそれぞれ3か所)の推定土地単価
(1平方メートル当たり)は,①対岸部の商業・業務施設用地が20万5000円
ないし26万2000円,②同製造業用地が9万7200円ないし10万6000
円,③同流通施設用地が14万6000円ないし15万9000円,④空港島周辺
部の商業・業務施設用地が23万9000円ないし31万6000円,⑤同製造業
用地が12万4000円ないし13万5000円,⑥同流通施設用地が18万60
00円ないし20万3000円と査定された。また,推定賃料(1平方メートル当
たりの月額賃料)は,⑦対岸部の商業・業務施設用地が680円ないし880円,
⑧同流通施設用地が480円ないし530円,⑨空港島周辺部の商業・業務施設用
地が800円ないし
1050円,同流通施設用地が620円ないし680円と査定された。
イ 企業庁は,平成11年8月,埋立免許出願の際に,総事業費2400億円の金
額を発表し,次いで平成13年3月14日,幡豆地区土砂採取事業中止を受けて総
事業費2640億円を公表したが,りんくうタウンの事例も参考にしたその後の見
直し作業の結果,同年10月,本件収支計画(乙19)を公表した。
その骨子は,①事業期間は平成10年度から平成24年度(収支計算期間は平成4
0年度まで),②埋立面積は空港島107ヘクタールと対岸部123ヘクタールの
合計230ヘクタール,③造成スケジュールについては,平成14年度から順次,
部分竣功していき,平成16年度までに完了する,道路,緑地,キャナル等の基盤
は,土地処分計画に合わせて段階的な整備を行う,④土地処分スケジュールについ
ては,平成15年度から平成24年度までの10年間とし,平成19年度までに,
全体面積の3分の2相当の処分を目指す,⑤土地処分方式等については,分譲を基
本としつつ,区域を限定(おおむね2割)した賃貸方式を導入することとし,賃貸
料は,分譲予定価格の7割相当を土地価格とした上,公租公課を含めた実質的な利
回りが分譲予定価格
の年利2ないし3パーセントとなるよう設定する,というものであり,これらは,
今後も状況変化に対応して,専門機関による検証を加えながら,適宜,計画の見直
しを行うものとされている。
そして,本件各事業による収入の基礎となるべき分譲予定単価(1平方メートル当
たり)については,前記の査定価格を基に,その後の地価下落を先取りした形で修
正した(商業・業務施設用地については,年5パーセントの下落率を3年分)上,
さらに標準地との比較を行って,各地域,ゾーンごとに想定した結果,商業・業務
施設用地では平均17万2000円,流通施設用地では同13万5000円,製造
業用地では同11万1000円,交通施設用地では造成原価にそれぞれ設定され,
その総平均は13万8000円とされている。これらの結果,本件各事業の総収入
額は,分譲収入(空港島周辺部70ヘクタール,対岸部87ヘクタール)2160
億円,賃貸収入(空港島周辺部18ヘクタール,対岸部18ヘクタール,期間は1
0年間から30年間
)290億円の合計2450億円と見積もられている。なお,実際の分譲価格は,
土地鑑定評価を実施した上で,造成原価を勘案しながら区画ごとに設定されること
になっており,当初の分譲価格は,上記予定価格からさらに若干下げることが計画
されている。
他方,事業費については,①漁業補償費190億円,②工事費1560億円,③調
査費90億円,④建設利息330億円(建設費充当起債1710億円,そのうち2
90億円を2回借り換えるものとする,前者の予定利率は年1.4ないし1.6パ
ーセント,後者のそれは年2.5パーセントにして,償還期間は7ないし10
年),⑤事務費140億円,⑥予備費120億円(上記各費用の合計額の5パーセ
ント相当額)の合計2430億円と見積もられ,総収入額との差額は20億円とな
っている。
ウ なお,企業庁は,平成14年2月1日,新たな長期分納制度と土地リース制度
を導入することを公表したが,これは,分納期間が4年から10年に,初回納入額
が30パーセント以上から10パーセント以上に,分納利率が年2パーセントから
年1.4パーセントに,分納条件がそれぞれ緩和されるなど,その所有する土地の
処分を促進するための優遇措置を定めるものである。
(4) 総合的検討
以上を前提として,本件各事業が,企業法3条に反するものか否かについて判断す
る。
ア 前記認定事実によれば,本件空港の設置は,我が国におけるいわゆるバブル経
済のころに発案され,これが崩壊した後であってもなお右肩上がりの経済状況が継
続していた時代の数値を基にした利用予測を行い,これに対応できることを前提に
具体化されたものであり,その過程では,地元(関係自治体及び関係経済団体)の
意向が強く反映されていたと評することができる。
すなわち,推進会議が平成10年3月に公表した「中部国際空港の計画案(最終ま
とめ)」中の利用予測は,平成8年の実績を基に,5年ごとに約1割の拡大を示し
ているところ,我が国の経済の減速に伴って,その達成が困難な情勢になりつつあ
ることは否定できず(例えば,上記計画案では,平成12年度の航空貨物利用予測
は,国内線と国際線を合わせて27万トンとされているが,証拠(甲19)によれ
ば,平成11年度の名古屋空港における航空貨物の利用実績は15万8000トン
にすぎないことが認められ,その予測が大きく外れたことは確実である。),これ
に,低迷を続ける今日の経済情勢,なかんずく土地神話の崩壊,関西国際空港の運
営・管理に当たる関西国際空港株式会社の財政的苦境,一部を除いた各地のテーマ
パーク等の集客力の
低下などの公知の経済事象を考慮すると,今後の経済情勢の展開について,いかに
楽観的な見通しを持つとしても,上記の各予測が実現する可能性は低いと考えざる
を得ない(ちなみに,証拠(甲24ないし26)によれば,総務省は,平成13年
5月,空港整備事業における需要予測について精度の向上が必要であることを指摘
している事実が認められる。)。このような事情に照らすと,在日外国航空会社協
議会(FAAJ)が,平成12年10月,日本の空港における着陸料や施設利用料
等の民間航空経費が,諸外国のそれと比較して著しく高いことを指摘し,その引下
げを求める声明書(甲50)の中で,既存の名古屋空港の滑走路の使用率は,飽和
点からほど遠く,本件空港は主に中部地域の威信のための施設として案出されたと
述べているのは,必
ずしも一面的な見方といい切れないものがある。
そして,本件空港が開港された後の利用状況についても,それが楽観視できるもの
でないことは,例えば,株式会社東海総合研究所が,平成10年9月,流通業者等
19社を対象に行ったアンケート調査において,本件空港の新たな利用を考えてい
ないとする社が9社で,利用に積極的な社が7社であったこと(甲100),ま
た,中部地方物流研究会が,平成12年10月,中部地方(東海4県,北陸3県の
7県)に本社あるいは航空貨物取扱拠点を置く企業263社(回答146社)を対
象にして行ったアンケート調査(甲101)において,本件空港が開港された場
合,航空貨物輸送のためにその利用を検討するとするものが41社であったのに対
し,消極的な社が85社あったことなどの事実に照らしても明らかというべきであ
り,そうだとすると,こ
のような各予測の影響を直接受けると考えられる本件空港の維持・管理業務を担当
する本件会社の財務運営が厳しいものになることが予想されないではない。
イ しかしながら,本件各事業そのものについて検討すると,前記認定事実から明
らかなとおり,願書に記載された本件空港の旅客・貨物の利用予測や,対岸部及び
空港島への来客予測,需要予測は,直接には埋立必要面積を算出するためのもので
あり,分譲予定価格の設定のためのものではないこと(もちろん,必要な面積を超
えて土地が供給されれば,価格形成に影響を与えることは否定できないが,価格形
成には,その他の諸要因も影響し得るから,例えば実際の需要が予測需要の2分の
1であれば,その割合がそのまま実際に形成される分譲価格に連動するという関係
までは肯定できない。),評価書には,土地の推定価格及び推定賃料の査定に当た
り,願書に記載された上記利用予測,需要予測を前提とした部分があるが,その評
価手法全体を通じて
検討すれば,これらを直接の資料として上記推定価格等が査定されたわけではな
く,取引事例比準法や収益還元法による試算の前提や正当性の検証の資料として用
いられたにすぎないことが明らかであるから,上記査定に間接的な影響を与えるに
とどまっていること,企業庁は,本件収支計画においては,上記査定価格を前提と
しつつも,さらにこれに相当の地価下落率を見込み,あるいは割引価格を前提とし
た賃料を設定し,その上で,当初の分譲に際しては,分譲戦略上,さらに低減した
価格を設定し,価格の優位性を維持するなどの工夫を検討していること,以上の事
実によれば,分譲予定価格の形成に与える利用予測,需要予測の落ち込みによる影
響は,かなり薄まっていると考えられ,裏返せば,二重,三重の安全策が講じられ
ていることにより,上
記予測値の過大見積もりの収入金額に対する影響は,かなりの程度吸収されること
が期待できるというべきである。
ウ この点につき,原告らは,需要予測が狂えば,分譲がなされないまま起債の返
還が困難となり,借入利息の増大を招くと主張し,りんくうタウン事業の例を指摘
するところ,なるほど,証拠(甲46,92,103,123,124の1及び
2,127,128,証人B,同C)によれば,同事業は,昭和62年3月に工事
着手され,平成2年4月に商業・業務用地の分譲が開始されたが,ほどなくして分
譲状況が悪化し,10年後の平成12年3月の段階に至っても,高い契約率に達し
ている用地は,公共施設用地(100パーセント)のほかに,流通製造加工用地
(91.6パーセント)と住宅関連用地(87パーセント)にすぎず,比較的大き
な面積を占める商業業務用地(17.2パーセント),空港関連産業用地(34.
6パーセント),工場団
地(39.5パーセント)の契約率については,低率にとどまっていること,その
ため,大阪府企業局は,適宜,収支計画を見直してきたが,平成13年8月,積極
的な企業誘致,優遇措置,分譲価格の再設定などによる産業集積・都市創生策と,
事業規模の縮減等による事業計画の抜本的見直し案を公表し,収支見通し(赤字2
789億円)の改善を図ることを宣言したが,それでも最終的な収支見通しは19
41億円の赤字が予想されていること,以上の事実が認められる。
しかしながら,りんくうタウン事業は,もともと造成面積が本件各事業の約1.4
倍(318.4ヘクタール)にすぎないのに,経費である総事業費が約2.6倍
(6430億円)に達するという採算性の劣る事業であり,現に,商業・業務施設
用地の分譲単価(1平方メートル当たり)は,平成2年4月時点が131万円,平
成7年2月が88万円,平成13年8月時点が36万円であり,11年余の間に3
分の1以下に低下しているものの,それでも本件収支計画のそれと比較して2倍以
上であること,契約済みの平均売却価格は,商業・業務施設用地が85万3000
円,流通製造加工用地が26万7000円,空港関連産業用地が28万9000
円,工業団地用地が19万3000円であり,本件収支計画のそれと比較して,商
業・業務施設用地では約
5倍,流通施設用地では約2倍,製造業用地でも2.6ないし1.7倍の金額とな
っていること,以上の事実が認められ(乙29),これによれば,その分譲価格
は,見直し後においてすら,本件各事業の分譲予定価格と比較して割高であると考
えられるから,りんくうタウン事業が破綻必至であるからといって,本件各事業も
同様の運命をたどることが確実であるとはいえず,むしろ,企業庁は,この失敗例
を考慮した上で,事業展開を検討していることは前記認定のとおりである。
そして,本件各事業における土地処分は,平成15年度から10年間というスパン
で行うことを予定しており,分譲が進ちょくしない場合には,この期間に原因を分
析して,所要の対策を講ずることが可能であること(前記認定のとおり,企業庁
は,状況変化に対応して,適宜,本件収支計画の見直しを行うことを予定してい
る。),また,本件収支計画には,予備費と剰余金合計140億円が織り込まれて
いること,公共施設用地に対する国の補助も考えられること(証人A)などを考慮
すると,分譲計画が大幅に狂うといった事態が生じない限り,本件収支計画は,基
本的に維持することが期待できないものではないというべきである。
エ 以上の検討結果によれば,本件各事業が明らかに採算性を有せず,企業庁の財
務運営を危殆に瀕せしめることが明らかであるとまでは認め難い上,採算性を有す
る事業であるとした被告の判断が,その裁量権を逸脱し又はこれを濫用するものと
はいえないから,同事業が企業法3条の趣旨に反する違法なものであると認めるこ
とはできない。
4 争点(4)(本件各事業による環境破壊の有無)について
(1) 前記判断のとおり,財務会計法規としての企業法3条は,地方公営企業の健全
な財務運営の確保を直接の目的としていると考えられるから,環境保全それ自体が
公共の福祉の内容を成すことを前提に,これを悪化させる行為を財務会計法規違反
とすることはできないが,その程度が甚だしく,重大な結果を招くことが十分に予
想される場合は,これに向けられた経済的出捐は,およそ無意味なものであり,こ
れを放置すれば地方公営企業の健全な財務運営に悪影響を与え得るから,このよう
な行為は,同法3条の趣旨に反するものとして,違法,無効と評価され得る場合が
存すると解するのが相当である。
(2) そこで判断するに,原告らは,①空港島予定地付近は,閉鎖性内湾である伊勢
湾にとって重要な干潟,浅場が広がった海域であり,②この海域は,埋立てによっ
て浮泥が溜まりやすい地形上の特性を有し,有機物の増加,酸素供給量の減少とい
う環境悪化を招きやすく,その経済的損失は800億円にも達するなどと主張する
ところ,証拠(甲23,27,28,35,36,52,93,111ないし11
4,117,証人D)によれば,以下の事実が認められる。
ア 伊勢湾は,入口が狭く奥行きが広い形状であり,海岸線に沿って水深5メート
ル以下の干潟,浅場が存在し,その先が急斜面になって水深10ないし20メート
ルまで落ち込み,中央部は水深20ないし30メートル程度の比較的平坦な深場を
構成し,奥側に木曽三川が流れ込むという典型的な閉鎖型内湾を形成している。ま
た,その奥まった部分に名古屋市等の都市部が展開しており,そこから大量の窒
素,リンなどの有機物が流入するので,富栄養化しやすい。そのため,海水面近く
に赤潮が発生しやすく,その場合には,海底面付近に酸欠状態の層が形成されやす
い。そして,空港島建設予定地付近の海域は,河川の流れと地球の自転の影響で,
年間を通じて時計回り方向に南への循環流を生じ,いわゆる潮通しが良好である
が,空港島と対岸部との
近接性(最短1.1キロメートル)を考慮すると,埋立後は浮泥や有機物がたまり
やすく,将来は両者がつながるトンボロ現象の発生も考えられる。
イ 空港島の予定地付近の海域は,知多半島の西岸に展開する干潟が緩斜面によっ
て次第に深くなって,水深5ないし10メートルに達するまでの浅場であるとこ
ろ,このような干潟ないし浅場は,海面からの酸素供給量が多く,太陽光も届くこ
とから,特にアマモ等の海草類や魚貝類などの海生動物の環境に適し,多くの個体
が生息している。干潟,浅場は,トラフグ属稚仔,マアナゴ,メバル,コウイカ,
ヨシエビ,アサリ,ガザミ,マダイ,クルマエビなどにとって不可欠であり,その
漁業生産機能は,三河湾有数のアサリ場である一色干潟(面積1000ヘクタール
余)では,アサリ,ノリ,クルマエビ等合わせて年間50億円(投下資本370億
円に匹敵)に達している。
ウ また,干潟等においては,これらの動植物,とりわけアサリやバカガイ等の二
枚貝が赤潮や栄養塩を摂取することによる水質の浄化がもたらされており,空港島
予定地の干潟等においても,相当な規模の下水道処理場と比肩できる水質浄化機能
が期待でき,これを経済的効果として金額に換算することも可能である(上記一色
干潟の同機能は,10万人規模の処理場,金額にして878億円の効果として評価
できる。)。
以上の事実が認められ,これによれば,海域そのものが消滅する空港島建設予定地
においては,そこを生育場とし,環境のために有用な役割を果たしている海生動植
物が存在し得なくなるなど,好ましからざる環境への影響が生ずるといえる。
(3) もっとも,一色干潟は,上記のとおり,三河湾でも有数のアサリ場であるのに
対して,空港島建設予定地付近の海域がこれと比肩する程度に海生動植物の個体数
を有するものであることについては必ずしも明確でない(証人D自身,狭義の干潟
は干潮時に海面上に露出する場所と定義されており,また,空港島予定地付近の海
域におけるオオアサリやミルガイの生息は,自ら確認したものではなく,元漁民か
ら聞いた話にすぎないことを自認している。)から,同海域における水質浄化機能
の喪失等の規模を確定することはできない。
そして,証拠(甲8,18,23,35,36,38,乙9,10,30,31,
32の1ないし23,34ないし37)によれば,以下の事実が認められる。
ア 社団法人日本水産資源保護協会による「水産用水基準(1995年版)」(甲
23)には,水生生物保護のための環境の水質基準として,①閉鎖性内湾の沿岸域
の有機物値(COD)は,1リットル当たり2ミリグラム以下であること,②海域
の全窒素濃度(T-N)は,1リットル当たり1ミリグラム以下,同全リン濃度
(T-P)は,1リットル当たり0.09ミリグラム以下であること,③海域の溶
存酸素は,1リットル当たり6ミリグラム以上(ただし,内湾の夏季底層において
は,1リットル当たり4.3ミリグラム以上)であること,④海域のPH値は,
7.8から8.4の間であること,⑤海域における人為的懸濁物質値(SS)は,
1リットル当たり2ミリグラム以下であること,⑥海域の底質については,乾泥1
グラム当たりのCODは
20ミリグラム以下,硫化物は0.2ミリグラム以下,ノルマルヘキサン抽出物は
0.1パーセント以下であること,以上のように定められている。
イ 愛知,岐阜,三重の3県と調査会が行った空港島の埋立造成等の漁業に対する
影響の予測調査(平成9年8月結果公表。甲35,36)によれば,①夏季の水質
については,空港島西側の湾奥部に栄養塩が運ばれ,窒素,リンとも上昇するのに
対し,空港島周辺では逆に減少し,その増減は,現況濃度の20パーセント程度で
あること,底層の溶存酸素は,空港島南部でわずかに減少するが,対岸部では増加
すると予想されること,②冬季の水質については,三重県側ではわずかに栄養塩が
増加し,空港島南部の知多半島沿岸では逆に減少すること,以上のように予測され
た。
ウ 他方,空港島及び対岸部の埋立造成事業に関する環境影響評価(平成11年6
月公表。乙9,10)のうち,前者の水質,底質,海生動植物,生態系の分野につ
いては,新日本気象海洋株式会社(名古屋支店)等が,後者の埋立造成による環境
影響評価は,日本工営株式会社(名古屋支店)がそれぞれ担当したものであるが,
これらによれば,①夏季の水質については,COD,T-N及びT-Pの各等濃度
線は空港島西側から伊勢湾西側にかけて湾口側に移動し,この海域でやや濃度が増
加するが,知多半島側では各濃度線が湾奥側へ移動し,この海域では濃度がやや減
少すること,冬季の水質についても同様の傾向となるが,その変化の程度は夏季に
比べて小さいこと,②開始から完成までの5年間にわたる工事に伴って発生する濁
りが,拡散及び沈降
することにより,海底に土砂が堆積するが,その厚みは,最大でも0.5センチ程
度であり,空港島直近に限られること,③工事に伴って発生する濁りが著しい場
合,魚貝類の生残率や呼吸機能に障害を与えたり,逃避行動を起こさせることが予
想されるが,その範囲は,護岸から1キロメートル以内にとどまること,以上のよ
うに予測された。
エ 前記のような空港島等の埋立造成事業による環境への影響を低減するため,①
基本構想の段階で,空港島と対岸部との最小海域幅を約1.1キロメートル確保
し,空港島の形状に曲線を取り入れ,対岸部との海域幅を広くし,隅角部を曲線に
するなどして,南下流をできるだけ妨げないように計画し,②水生生物の環境保全
のため,空港島東側の形状の曲率をさらに大きくして対岸部との海域を広くし,捨
石式傾斜堤護岸及び岩礁性藻場の創出等を行うこと,③工事自体も,護岸等の概成
後に埋立工事を実施し,埋立工事の最大工事量を分散し,汚濁負荷量の小さい材料
の使用を増加するなどの対策を講ずることなどが決められた。
オ ところで,空港島については,護岸工事が平成12年8月に開始され,これが
概成した平成13年3月からは埋立工事も平行して行われている。また,対岸部に
ついては,護岸工事が平成12年10月に開始され,これが概成した平成13年9
月からは埋立工事も平行して行われている。しかるところ,平成12年9月から平
成14年5月までの間において,愛知県と本件会社によって実施された環境影響監
視調査(月報は乙32の1ないし23,年報は乙34ないし37)によれば,①空
港島と対岸部間の海水の平均流速には,ほとんど変化が見られないこと(乙3
1),②採取した土砂に含まれるシルト(0.005ないし0.075ミリメート
ルの成分)の割合は,平成12年8月時点では,空港島南部,水道部が2パーセン
トであったところ,これ
らの数値は平成12年11月から平成13年11月にかけて上昇したが,平成14
年2月には,減少傾向を示したこと(乙30),③水質は,一部を除き,いずれの
監視点においても,COD,T-N,T-Pの各項目にわたり,環境基準が達成さ
れていなかったが,広域的な愛知県の公共用水域でも同様であり,監視結果は,ほ
ぼ公共用水域の調査結果の範囲内であり,一部を除いて,工事着工前後で大きな変
化は見られなかったこと,底質,海生生物でもほぼ同様であり,工事による影響は
認められなかったこと,以上のような調査結果が示されており,平成13年3月に
公表された工事中の海域環境影響検討調査報告(甲8)では,着工後の水質,底質
の監視結果は,着工前の調査データ及び予測結果と比較してもほとんど変化は見ら
れず,海域環境への
影響はほとんどないと考えられると総括されている。
(4) 上記認定事実によれば,空港島の埋立造成によって生ずる同周辺海域に対する
悪影響は,伊勢湾全体を視野に入れれば著しいものではないと予想されていたとこ
ろ,実際にも,その建設工事が進ちょく中の前記期間において,甚だしい悪化を示
すデータが得られたとはいえず,したがって,空港島の建設による重大な環境破壊
の発生が現実味を帯びているとまでは認め難い(シルトの割合の上昇により,現実
に海生生物の生存が厳しくなったことを示す証拠はない。)。そうすると,空港島
や対岸部の埋立造成事業によって,一定程度の環境の悪化が生じることは認められ
るものの,その程度が甚だしく,放置すれば重大な結果を招くことが十分に予想で
きるとまでは認めることはできない。
  また,上記のとおり,企業庁が環境に対する影響の検討に用いた資料には,予
想される環境悪化がさほどでないことを示すものが少なくないこと,本件各事業
は,空港島そのものの埋立造成事業を内容とするものではなく,空港島の一部であ
る空港島周辺部と対岸部の埋立造成事業であって,上記の環境悪化のうち,そのま
た一部の原因となるにすぎないことを考慮すると,本件各事業による環境への影響
は,所要の環境保全対策を講ずることで実行可能な範囲内で回避,低減が可能なも
のであり,地域の環境保全の基準又は目標の達成状況にほとんど変化を来すことは
なく,伊勢湾及びその周辺地域の環境に及ぼす影響は小さいなどとした被告の判断
(乙9,10参照)が,その裁量権を逸脱し又はこれを濫用するものであるとはい
えない。
よって,本件各事業が企業法3条に反する違法なものであると認めることはできな
い。
5 以上の次第で,原告らの本訴請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費
用の負担につき,行訴法7条,民訴法61条,65条1項本文を適用して,主文の
とおり判決する。
     名古屋地方裁判所民事第9部
  裁判長裁判官    加   藤   幸   雄
  裁判官舟   橋   恭   子
  裁判官小   嶋   宏   幸
(別紙)
          事   業   目   録
1 空港島地域開発用地埋立造成事業(空港島周辺部事業)
 (1) 事業目的
   中部国際空港の支援・補完と空港利用者に対する利便機能の提供
 (2) 所在地
   常滑市沖(中部国際空港に隣接)
 (3) 開発計画面積
   約107ヘクタール(空港開港時)
 (4) 土地利用計画
   土地利用計画の内訳
│  用  途  名│   主 張 施 設│面積│
│││(㌶)│
│流通施設用地│航空貨物関連流通施設等│32.5│
│ふ頭用地│岸壁,旅客ターミナル施設│ 4.5│
││等││
│商業・業務施設用地│商業(物販・飲食)施設,│ 5.7│
││宿泊施設等││
│製造業用地│関連車両整備工場等│14.3│
│輸送用機械器具製造業用地│航空機製造業等│22.8│
│交通施設用地│道路,鉄道│ 8.1│
│緑地│シンボル緑地等│18.7│
│計│約107│
2 空港対岸部(前島)地域開発用地埋立造成事業(対岸部事業)
 (1) 事業目的
中部国際空港の建設・運用に伴うアクセス用地や空港のインパクトを地域に波及さ
せる都市拠点の整備
 (2) 所在地
   常滑市地先公有水面
 (3) 開発計画面積
約123ヘクタール(空港開港時)
(4) 土地利用計画
土地利用計画の内訳
│  用 途 名│   主  要  施  設│面積│
│││(㌶)│
│ふ頭用地│岸壁,旅客ターミナル施設等│ 3.8│
│流通施設用地│トラックターミナル,倉庫等│18.2│
│商業・業務施設用地│商業施設,オフィス,宿泊施設,官│44.7│
││公庁施設,緑地等││
│製造業用地│食料品製造業,一般機械器具製造業│15.8│
││等││
│緑地│緩衝緑地,修景緑地,レクリエーシ│14.4│
││ョン緑地等││
│交通施設用地│道路,鉄道│26.2│
│計│約123│

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◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
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