弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1本件訴えをいずれも却下する。
2訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1請求の趣旨
被告が平成16年7月12日付で、訴外株式会社P1に対してした場外車券
発売施設設置許可処分(平成××.×.××第××号)を取り消す。
2請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第2事案の概要
本件は、被告が平成16年7月12日付で、訴外株式会社P1に対し、場外
車券発売施設設置許可処分(以下「本件処分」という)をしたのに対し、周。
辺住民等である原告ら(以下、原告らについては、その姓を用いて「原告P
2」などと表示する)が、その取消しを求める事案である。。
なお、本件に関しては、原告らの原告適格に関して当事者間に争いが生じた
ため、この点に絞った判断をするため、弁論を終結したものである。
1関係法令等
()自転車競技法(以下「法」という)1条1項は「自転車その他の機械の1。、
改良及び輸出の振興、機械工業の合理化並びに体育事業その他の公益の増進
を目的とする事業の振興に寄与するとともに、地方財政の健全化を図るた
め」同法により自転車競技を行うことができる旨を、同法11条は「競輪、
施行者は、その行なう競輪の収益をもつて、自転車その他の機械の改良及び
機械工業の合理化並びに社会福祉の増進、医療の普及、教育文化の発展、体
育の振興その他住民の福祉の増進を図るための施策を行なうのに必要な経費
の財源に充てるよう努めるものとする」旨を、同法12条は「日本自転車、
振興会は、競輪の公正かつ円滑な実施を図るとともに、自転車その他の機械
に関する事業及び体育事業その他の公益の増進を目的とする事業の振興に資
することを目的とする」旨をそれぞれ定めている。
()法4条1項は「車券の発売等の用に供する施設を競輪場外に設置しよう2、
とする者は、経済産業省令の定めるところにより、経済産業大臣の許可を受
けなければならない。当該許可を受けて設置された施設を移転しようとする
ときも、同様とする」と定めている。この許可が、本件で問題となってい。
る場外車券発売施設設置許可である。
そして、同条2項は「経済産業大臣は、前項の許可の申請があつたとき、
は、申請に係る施設の位置、構造及び設備が経済産業省令で定める基準に適
合する場合に限り、その許可をすることができる」と定めている。。
()法4条2項の規定を受けた法施行規則(以下「施行規則」という)153。
条1項は「経済産業省令で定める基準」を次のとおり定めている。、
1号学校その他の文教施設及び病院その他の医療施設から相当の距離を
有し、文教上又は保健衛生上著しい支障を来すおそれがないこと。
2号施設は、入場者数及び必要な設備に応じた適当な広さであること。
3号車券の発売等の公正かつ円滑な実施に必要な次の施設を有すること。
イ車券の発売等の用に供する建物及び設備
ロ入場者の用に供する施設及び設備
ハその他管理運営に必要な施設及び設備
ニ外部との遮断に必要な構造
4号施設の規模、構造及び設備並びにこれらの配置は、入場者の利便及
び車券の発売等の公正な運営のため適切なものであり、かつ、周辺環
境と調和したものであって、経済産業大臣が告示で定める基準に適合
するものであること。
()また、施行規則14条2項は、場外車券発売施設設置許可申請書には、次4
の図面を添付すべき旨を定めている。
1号場外車券発売施設付近の見取図(敷地の周辺から千メートル以内の
地域にある学校その他の文教施設及び病院その他の医療施設の位置並
びに名称を記載した一万分の一以上の縮尺による図面)
2号場外車券発売施設を中心とする交通の状況図
3号場外車券発売施設の配置図(千分の一以上の縮尺による図面)
2前提事実(当事者間に争いがない)。
()本件処分の対象となった場外車券発売施設(以下「本件施設」という)1。
は「α」という名称の施設で、β駅真上、γ駅から徒歩1分の位置にある、
「δ」という名称のビルの9階及び10階に設けられている。
本件施設のメンバーズガイドブック(乙12)によると、フロア面積は、
9階部分が1348.69㎡、10階部分が792.34㎡の合計2141.
03㎡、収容人員は445人であり、投票・払戻窓口全13窓(自動発払
機、在席投票機79台が設けられている。)
()原告ら2
ア原告P2
原告P2は、εにおいて40年以上にわたって産婦人科医院(以下「P
3医院」という)を開設し、産婦人科のほか内科、小児科等の科目の診。
療も行っている。なお、P3医院と、δとの位置関係は、別紙図面1(甲
4の1)記載のとおりである。
イ原告P4
原告P4は、δ×階にある「医療法人社団P5診療所」という名称の漢
方専門医院(以下「P5診療所」という)において、医療行為に従事し。
ていた(なお、P5診療所における原告の地位や、現在も原告が同診療所
において診療に従事しているのかどうかについては争いがある。この点は、
後に判断する。。)
ウ原告P6は、横浜市ζ(以下、町名のみで表示する町は、すべて横浜市
η所在である)に居住し、司法書士事務所を営んでいる。また、市立P。
7小学校(θ所在。δから直線距離で約250メートル。以下「P7小学
校」という)に通学する男児と、私立P8幼稚園(横浜市ι所在、δか。
ら直線距離で約500メートル。以下「P8幼稚園」という)に通園す。
る女児がいる。なお、同原告が居住する町や学校等とδとの位置関係は、
別紙図面2(甲4の2)記載のとおりである(他の原告らについても同
じ。。)
エ原告P9は、κ(訴状と訴訟委任状の住所の記載はλ)に居住し「P、
10」という名称のウナギ店を経営し、P11協同組合副理事長を務めて
いる。
オ原告P12は、λに居住し、μにおいて「P13薬局」という名称の薬
局を開設する薬剤師である。また、通学にγ駅を利用している小学3年生
の男児、中学1年生の女児がいる。
カ原告P14は、νに居住し、μにおいて「P15」という名称の飲食店
を経営している。また、P7小学校に通学する女児と、γ駅を利用して中
学校に通学する女児がいる。
キ原告P16はξ地区(γ駅を挟んで、δとは反対側の地区)に居住し、
P7小学校に通学する男児と、P17高等学校に通学する(通学にγ駅を
利用しているという趣旨であると考えられる)女児がいる。。
ク原告P18は、μに居住し、同所で「P19」という名称の炉端焼き店
を経営している。また、β駅を利用して高等学校に通学している女児がい
る。
ケ原告P20は、λに居住し、同所で「P21理容室」を経営している。
コ原告P22には、P23学園に通学する女児がいる(本訴提起時は、同
学園付属小学校に通学しており、δ近くのスクールバス発着所を利用して
いた。。)
サ原告P24は、μに居住し、同所で「P25」という名称の飲食店を経
営し、P11協同組合役員を務めるとともに、地域の少年野球クラブの代
表を務めている。
シ原告P26は、μに居住し、同所で「P27」という名称の飲食店を経
営するとともに、P28会(π地区の新しい街づくり運動を担うため、同
地区内の9町内会と2協同組合によって設立された会)の理事を務めてい
る。
ス原告P29は、μに居住し、同所で「P30」を経営するとともに、σ
町内会の役員を務めている。
セ原告P31は、τに居住し、同所で「P32」を経営するとともに、商
店会・P33会の会長を務めている。
ソ原告P34は、φに居住し、同所で「P35」という名称の飲食店を経
営するとともに、商店会・P36会の役員を務めている。
タ原告P37は、λに居住し、同所で「P38」という名称のお好み焼き
店を経営するとともに、P28会の理事を務めている。
チ原告P39は、φに居住し、同所で「P40」という名称の飲食店を、
経営するとともに、P11協同組合の役員を務めている。
ツ原告P41は、νで「P42」という名称の居酒屋を経営するとともに、
P11協同組合の役員を務めている。
テ原告P43は、εに居住し、同所で「P44」という名称の喫茶店を経
営している。また、市立P45中学校(ψに所在、δから直線距離で約7
00メートル。以下「P45中学校」という)に通学する男児がいる。。
ト原告P46は、μで「P47」という名称の飲食店を経営するとともに、
P28会の理事、P11協同組合副理事長を務めている。
ナ原告P48は、μに居住し、同所で「P49薬局」を経営するとともに、
商店会・P33会の会長を務めている。
ニ原告P50は、φに居住し、同所で「P51」という名称の茶・海苔、
販売所を経営するとともに、P52協同組合役員を務めている。
ヌ原告P53は、τで「P54」という名称のスナックを経営するととも
に、P11協同組合の役員を務めている。
第3争点と争点に関する当事者双方の主張
本件の争点は、原告らの原告適格の有無であり、これに関する当事者双方の
主張の概要は、次のとおりである(なお、本件処分の違法性の有無についても、
念のため、原告らの主張の概要を摘示しておく。。)
1原告らの原告適格の有無
()原告ら1
ア施行規則15条1項1号は、場外車券発売施設を設置するための要件の
1つとして「学校その他の文教施設及び病院その他の医療施設から相当、
の距離を有し、文教上又は保健衛生上著しい支障を来すおそれがないこ
と」を定め(以下、これを「位置基準」という、同規則14条2項1。。)
号は、場外車券発売施設設置許可申請書の添付書面として「場外車券発、
売施設付近の見取図(敷地の周辺から千メートル以内の地域にある学校そ
の他の文教施設及び病院その他の医療施設の位置並びに名称を記載した一
万分の一以上の縮尺による図面(以下「見取図」という)を掲げてい)」。
る。
上記の位置基準は、場外車券発売施設の存在が、文教施設及び医療施設
の開設者やその利用者に深刻な影響を与えるおそれがあることから、それ
らの者を保護する目的で定められた規定であると解することができる。ま
た、見取図の添付が要求されている趣旨は、施設の周辺から千メートル以
内の地域にある文教施設や医療施設は、類型的に場外車券発売施設によっ
て悪影響を受けることがあると考えられたところにあるものと解される。
これらの規定を併せれば、施行規則(したがって、法)は、設置許可処分
に係る場外車券発売施設から千メートル以内の地域にある文教施設及び医
療施設の開設者、並びにこれらの施設の利用者(以下、これらの者をまと
めて「周辺関係者」という)の個別的利益を保護する趣旨で、処分要件。
を定めているものであり、これらの者は、場外車券発売施設設置許可処分
の取消しを求める原告適格を有するものというべきである。
イ被告は、法の目的規定その他の規定は、専ら公益保護を目的としている
のに止まるとしか解することができないのであるから、場外車券発売施設
設置許可処分の処分要件も専ら公益保護のために定められたものであって、
周辺関係者の個別的な利益を保護したものであると解することはできない
と主張するが、この主張は、文教施設や医療施設の運営等に著しい支障が
生じた場合に侵害されることが予想される利益の性質を無視した見解であ
って、失当である。
また、被告は、施設の周辺から千メートル以内という地域は、極めて広
域であって、このような広域に存在する周辺関係者の個別的利益を保護す
ることが目的とされているとは到底解することはできないと主張する。し
かしながら、場外車券発売施設は、一日の最大来場予定者が5000人程
度見込まれるという規模の大きな施設なのであるから、その影響が広域に
及ぶことは当然に考えられるのであって、千メートル以内という地域が広
域にすぎるという被告の主張は失当である。
ウ本件施設が開設された後、π地区では、平日・休日を問わずギャンブル
目当ての客が集まり、ノミ屋がおおっぴらにノミ行為を行い、暴力団事務
所が移入してきて街に暴力団関係者あるいは暴力団関係者風の者が増え、
更に、これらの者を顧客とする風俗店が増えるなどの著しい環境悪化が生
じた。その影響は、本件施設の周辺にある文教施設に通学する児童等や、
周辺にある医療施設に通院する患者等にも及んでおり、例えば、本件施設
と同じビル内にあるP5診療所においては、本件施設の客が騒いでいると
して苦情を述べる患者や、客との接触に不安感や恐怖感を覚えたとして通
院を止める旨申し出た患者が続出しているのである。
エ以上を前提とすると、原告らには、次のとおりすべて原告適格が認めら
れるものである。
(ア)原告P2
原告P2は、本件施設から約150メートルという近接した場所で医
院(P3医院)を開設しているのであるから、本件施設によってその運
営に著しい支障を受ける医療施設の開設者として、原告適格が認められ
る。
(イ)原告P4
原告P4は、本件施設と同じビル(δ)に所在する医療施設であるP
5診療所の理事であり、その開設者に当たるから、原告P2と同様に原
告適格が認められる。
なお、被告は、原告P4がP5診療所の履歴事項全部証明書(乙1
4)に理事として記載されていないことを問題としているが、それは、
同証明書には理事長の記載しかされていないからであって、原告P4が
理事に就任していることは疑いのない事実である(甲6、7。)
(ウ)医療施設に通院する可能性のある原告ら
原告P2、同P4を除くその余の原告らは、いずれも本件施設周辺に
居住し、あるいは本件施設周辺で商売をしている者であって、これまで
本件施設周辺の医療施設を利用してきたし、今後も、必要があればそれ
らの医療施設を利用する者であるから、医療施設を利用するに当たり著
しい支障を受けるおそれがある者として、原告適格が認められる。
(エ)子供を文教施設に通学させている原告ら
以下の原告らは、次のとおり、本件施設周辺の文教施設等に子供を通
学させている。
P8幼稚園原告P6
P7小学校原告P6、同P14、同P16
P45中学校原告P43
P23学園原告P22
また、原告P12、同P14、同P16には通学にγ駅を利用してい
る子供がおり、原告P18には通学にβ駅を利用している子供がいる。
これらの文教施設や駅は、本件施設周辺に存在し、本件施設の存在に
よって通学等に支障が生じているのであるから、上記原告らは、文教施
設を利用するに当たり、著しい支障を受けるおそれがある者として、原
告適格が認められる。
()被告2
ア施行規則は、あくまでも法の委任の範囲内で定めをするものなのである
から、場外車券発売施設設置許可処分の処分要件が、周辺関係者らの個別
的利益を保護する趣旨で定められたものであるかどうかは、まず法の定め
に基づいて判断されるべきものである。
この観点から考えてみると、法1条1項は「自転車その他の機械の改、
良及び輸出の振興、機械工業の合理化並びに体育事業その他の公益の増進
を目的とする事業の振興に寄与するとともに、地方財政の健全化を図るた
め」同法により自転車競技を行うことができる旨を、同法11条は「競、
輪施行者は、その行なう競輪の収益をもつて、自転車その他の機械の改良
及び機械工業の合理化並びに社会福祉の増進、医療の普及、教育文化の発
展、体育の振興その他住民の福祉の増進を図るための施策を行なうのに必
要な経費の財源に充てるよう努めるものとする」旨を、同法12条は、
「日本自転車振興会は、競輪の公正かつ円滑な実施を図るとともに、自転
車その他の機械に関する事業及び体育事業その他の公益の増進を目的とす
る事業の振興に資することを目的とする」旨をそれぞれ定めており、これ
らが法の目的を定めた規定であると考えられるところ、これらの定めは、
専ら公益の実現を目的としているものであって、これを周辺関係者等の個
別的利益の保護を目的としたものであると解することは到底困難である。
また、法4条2項は、場外車券発売施設の設置について「経済産業大、
臣は、前項の許可の申請があつたときは、申請に係る施設の位置、構造及
び設備が経済産業省令で定める基準に適合する場合に限り、その許可をす
ることができる」と定めているのみであるが、法3条4項は、競輪の用。
、、に供する競走場の設置又は移転の許可申請については「経済産業大臣は
第1項の許可の申請があつたときは、申請に係る競走場の位置、構造及び
設備が経済産業省令で定める公安上及び競輪の運営上の基準に適合する場
合に限り、その許可をすることができる」と定め、これを受けた施行規。
則10条1号が、場外車券発売施設の場合と同様の位置基準を設け、また、
同規則8条2項1号が、見取図の添付を要求している。このことからする
と、位置基準や、見取図は「公安上及び競輪の運営上」の観点から設け、
られ、あるいは添付が要求されているものであって、このことは場外車券
発売施設の場合も異なるところはないものというべきである。そして、
「公安上及び競輪の運営上」という要件は、専ら公益保護を目的とするも
のであることが明らかであって、これを周辺関係者等の個別的利益を保護
するものと解することはできない。
以上の諸点を考慮すると、場外車券発売施設設置許可処分の処分要件は、
専ら公益保護の観点から定められるべきものであるというのが法の趣旨で
あることは明らかというべきである。
イ原告らは、施行規則において定められた位置基準が周辺関係者等の個別
的利益を保護する趣旨であると主張するが、上記のような法の趣旨からす
れば、このような解釈は、法の趣旨を逸脱するものであるといわざるを得
ない。
のみならず、施行規則の解釈そのものとしても、周辺関係者等の個別的
利益を保護する趣旨を読みとることは困難であるというべきである。まず、
位置基準は「学校その他の文教施設及び病院その他の医療施設から相当、
の距離を有し、文教上又は保健衛生上著しい支障を来すおそれがないこ
と」というものであるが「文教上又は保健衛生上著しい支障を来すおそ。、
れがないこと」という文言は、公益的観点に着目した規制を行う趣旨のも
のと解すべきであって、これを周辺関係者等の個別的利益を保護する趣旨
の規定であると見るのは無理な解釈であるといわざるを得ない。また、見
取図には、施設から千メートル以内の地域にある学校その他の文教施設及
び病院その他の医療施設の位置並びに名称を記載することが要求されてい
るのであるが、この施設から千メートル以内という地域は極めて広域なも
のであって、その地域に所在する文教施設や医療施設がすべて施設の影響
を受けるとは到底考えられないところであり、このことも、文教施設や医
療施設の個別的利益が考慮されているわけではないことを裏付けるもので
ある。
したがって、施行規則の解釈としても、周辺関係者等の個別的利益が保
護されていると解することはできない。
ウ仮に、場外車券発売施設によって文教上又は保健衛生上著しい支障を受
けるおそれがある文教施設や医療施設の開設者の個別的利益が保護されて
おり、これらの者には原告適格が認められるという解釈が成り立つとして
も、本件各原告には、原告適格は認められない。
まず、原告P2及び同P4以外の原告は、文教施設や医療施設の開設者
ではないのであるから、上記の観点から原告適格を認めることはできない。
また、原告P2が開設しているP3医院と本件施設の位置関係は、別紙
図面1記載のとおりであって、両者は距離的にも離れている(約230メ
ートル離れている)上、両者の間にはビル等が立ち並んでおり、これによ
って本件施設からの影響は遮断され得るものである。更に、本件施設の客
が原告P2の医院の周辺でたむろすることは考えられないし、近隣の駅か
ら本件施設への動線から考えても、本件施設の客がP3医院周辺を通行す
ることは考えられない。したがって、P3医院の運営が、本件施設によっ
て著しい支障を受けることはおよそ考え難いところであるから、原告P2
について原告適格を認めることはできない。
最後に、原告P4については、P5診療所の理事として同診療所の運営
に関与していたのかどうか自体に疑問が存する上(乙14、現在におい)
ては、同診療所の運営から離脱したことがうかがわれる(乙15。した)
がって、いずれにせよ、原告P4について、P5診療所の運営者として原
告適格を認めることはできない。
2本件処分の違法性に関する原告の主張の概要
()既に述べたとおり、本件施設は、周辺の文教施設や医療施設の運営に著し1
い支障を生じさせているから、施行規則15条1項1号に違反する。したが
って、本件処分は、同号の要件を欠き、違法である。
()競輪事業は、全国的にみても売上高や収益が激減し、施行団体数も大幅に2
減少する傾向にある。本件施設の管理者であるP55組合についてみても、
平成10年4月の同組合設立以来、毎年度赤字の連続で、平成14年末の累
積赤字は36億7800万円に達している。それにもかかわらず、同組合が
競輪事業から撤退しないのは、競輪場の施設所有者である訴外P56株式会
社が、施設賃貸料収入を失って倒産するという結果を防止するためにすぎな
い。このように、1私企業を存続させるために行われる競輪事業に、法1条
所定の公益性がないことは明らかであり、そのような事業の一環として行わ
れた本件施設の設置も公益性を有するものではない。したがって、本件処分
は、この点においても違法である。
第4争点に対する判断
1原告適格についての当裁判所の基本的な考え方
本件において、被告は、場外車券発売施設設置許可処分の処分要件は、周辺
関係者等の個別的利益を保護する趣旨のものであると解することはできないか
ら、原告らには本件処分の取消しを求める原告適格がないと主張するので、ま
ず、この点について検討する。
()本件において、原告らに本件処分の取消しを求める原告適格が認められる1
かどうかは、原告らに法律上保護された利益があるといえるかどうかによっ
て判断されるべきである。そして、この点の判断は、最終的には、本件処分
を定めた行政法規の解釈によることになるが、その解釈に当たっては、行政
事件訴訟法9条2項所定の諸要素を考慮すべきであるし、これらを考慮する
に当たっては、いわゆるP57事件最高裁判決(最高裁判所大法廷平成17
年12月7日判決、民集59巻10号2645頁)の判断内容を参考にすべ
きものである。
()そこで、本件許可処分の根拠法規である法の規定をみると、場外車券発売2
施設を設置しようとする者は、経済産業省令の定めるところにより、経済産
業大臣の許可(本件許可処分)を受けなければならないと定める(4条1項
前段)とともに、経済産業大臣は、この許可の申請があったときは、申請に
係る施設の位置、構造及び設備が経済産業省令で定める基準に適合する場合
に限り、その許可をすることができると定め(同条2項、これを受けた施)
行規則15条1項は、許可基準の1つとして、位置基準、すなわち「学校、
その他の文教施設及び病院その他の医療施設から相当の距離を有し、文教上
又は保健衛生上著しい支障を来すおそれがないこと(同項1号)を挙げてい
る。
この位置基準は、施行規則において初めて具体的に定められたものではあ
るが、場外車券発売施設の性質上、それが周辺の文教施設や医療施設の運営
等に影響を及ぼす可能性があることは容易に推測でき、そうであるからこそ、
競技法4条2項において、申請に係る「施設の位置」が経済産業省令で定め
る基準に適合することが要求されているものと解されることや、いわゆる公
営ギャンブルの車券等の場外発売施設に関しては、いずれも位置基準が定め
られており(競馬の場合につき競馬法施行規則59条「場外設備の位置、、
構造及び設備の基準、モーターボート競争の場合につきモーターボート競」
争法施行規則8条3項「場外発売場の位置、構造及び設備の規準、オート、」
レースの場合につき小型自動車競走法施行規則12条1項、公営ギャンブ)
ルに係る車券等の場外発売施設を設置するためには、位置基準を満たさなけ
ればならないことは、一般通念化しているのであって、法の規定もそれを反
映したものであると解されることなどからすれば、場外車券発売施設が位置
基準を満たすべきこと、すなわち、当該施設が「学校その他の文教施設及、
び病院その他の医療施設から相当の距離を有し、文教上又は保健衛生上著し
い支障を来すおそれがないこと」は、施行規則において独自に定められた要
件ではなく、法そのものが予定する要件であると解すべきである。
そして、場外車券発売施設が、位置基準に違反して設置された場合には、
文教施設や医療施設に対し、文教上又は保健衛生上著しい支障を来すおそれ
が生じることになるが、このような不利益を受ける施設は自ずと限定される
ものである(なお、施行規則14条2項は、本件許可処分の申請書には、場
外車券発売施設の敷地の周辺から千メートル以内の地域にある学校その他の
文教施設及び病院その他の医療施設の位置並びに名称を記載した一万分の一
以上の縮尺による図面等の図面(見取図)を添付しなければならない旨を定
めているが、位置基準の内容と照らし合わせてみると、この規定は、あくま
でも、位置基準の適合性を判断する資料として図面の添付を要求しているの
にとどまるのであって、千メートル以内の地域にある文教施設や医療施設に
著しい支障が生じるものとしているわけではないと解すべきである。したが
って、千メートル以内の地域にある文教施設や医療施設はすべて著しい支障
を受けるおそれがあるものと認められているとする原告らの主張も、その地
域が余りに広域であるから、地域内の文教施設や医療施設に係る個別的利益
が考慮されているとは考えられないとする被告の主張も、採用することはで
きないところである。。)
しかも、想定される「著しい支障」の内容には、少なくとも医療施設の場
合、場外車券発売施設やその周辺において生じる騒音、静穏を欠く雰囲気そ
の他の事情によって、医療施設における医療行為の実施が著しく妨げられる
という事態が含まれることが予想されるところ、人の生命や健康を守るとい
う医療行為の性質上、そのような事態は、医療行為を行う診療施設にとって
も重大な利益侵害をもたらすものというべきである。そうすると、少なくと
も、医療行為の実施に重大な支障が生ずることを防止するという利益は、そ
の性質上、一般公益に解消されるようなものではなく、医療施設を開設運営
する者の個別的利益として保護されるべきものであるし、法が位置基準を定
めたことにも、そのような個別的利益保護の趣旨が含まれているものと解す
べきである(なお、風俗営業許可に関するものであるが、最高裁判所第三小
法廷平成6年9月27日判決、集民173号111頁参照。)
そして、原告適格という要件の性質に照らし、原告適格を根拠づける要件
としての著しい支障が生ずるおそれがあるかどうかの判断は、施設との距離
や位置関係等に基づき、ある程度類型的に判断すれば足りるものというべき
である。
()被告は、法の目的規定やその他の関連規定には、周辺施設の開設者等の個3
別的利益保護を趣旨とするように受け取れる規定は全くなく、むしろ、目的
規定(1条等)は専ら公益的観点のみを問題にしていることや、自転車競技場
の設置許可要件を定める法3条4項は、申請に係る競走場の位置、構造及び
設備が経済産業省令で定める「公安上及び競輪の運営上の基準」に適合する
ことという専ら公益的観点を問題とした許可要件を置き、これを受けた施行
規則10条1号が、場外車券発売施設の場合と同様の位置基準を定めている
ことなどからすれば、法の各規定は、あくまでも公益的観点から定められた
ものであり、下位法規である施行規則において定められた位置基準も公益保
護を目的とするものと解すべきであって、個別的利益保護を目的とするもの
ではないという趣旨の主張をするが、場外車券発売施設の設置許可に関して
位置基準が定められた趣旨や、同様の施設の設置許可基準を定める関連法令
の存在を併せれば、位置基準は、法そのものが予定したものであり、しかも、
その中には個別的利益保護の趣旨も含まれると解することができることは既
に説示したとおりなのであるから、上記主張は失当である(付言するに、法
3条4項の「公安上及び競輪の運営上の基準」との文言は、主として公益を
念頭に置いたものであることは否定できないものの、競走場が周辺施設等の
重大な利益を侵害しているようでは、競技の運営の基盤そのものが成り立た
なくなるおそれがあることを考えれば、上記の文言と、周辺施設等の個別的
利益を保護することとが矛盾するものであるとは解されない。むしろ、競走
場の設置許可をするに当たっては、あらかじめ都道府県知事の意見を聞かな
ければならないところ(法3条2項、都道府県知事は、意見を述べるに当)
たり、公聴会を開いて利害関係人の意見を聴かなければならないものとされ
ており(同条3項、この利害関係人には、周辺施設の開設者等が含まれ得)
ることからすれば、競技法は、公聴会での意見聴取を通じて、利害関係人で
あるところの周辺施設の開設者等の意見を聴き、その個別的利益を反映させ
ようとしているものと解釈することも可能なのであるから、このような規定
の存在からしても、上記の規定が、専ら公益的観点のみを考慮したものであ
ると決めつけることはできないものというべきである。。)
2原告らの原告適格の有無
次に、1において検討した結果を踏まえ、原告らの原告適格の有無を検討す
る。
()医療施設に通院する可能性があると主張する原告らについて1
原告P2、同P4を除くその余の原告らは、本件施設周辺の医療施設に通
院したことがあり、今後も通院する可能性があると主張するが、位置基準は、
あくまでも医療施設の開設者の個別的利益を保護しているのに止まり、これ
らの施設に通院している者の個別的利益まで保護しているものと解すること
は困難である。したがって、医療施設に通院する可能性があるという観点か
ら原告適格を肯定することは困難であるというほかはない。
()文教施設に子供を通学させている原告ら等について2
原告P6、同P14、同P16、同P43、同P22は、本件施設周辺の
文教施設(P8幼稚園、P7小学校、P45中学校、P23学園)に通学し
ている子供がおり、また、原告P12、同P14、同P16には通学にγ駅
を利用している子供がおり、原告P18には通学にβ駅を利用している子供
がいるから原告適格があると主張する。
しかしながら、文教施設の開設者に関しては、被侵害法益の性質にかんが
み、医療施設と同様の観点から、その個別的利益が保護されていると断定で
きるかどうかに疑問がある。のみならず、仮に位置基準に基づいて個別的利
益が保護されていると解される者がいるとしても、それは、文教施設の開設
者に止まるのであって、その利用者(通学者等)の個別的利益まで保護され
ていると解することは困難である。そうすると、上記原告らは、いずれも文
教施設の開設者ではない上、自ら文教施設に通学しているわけでもなく、通
学している児童の保護者としての利害関係を有するのにすぎないのであるか
ら、原告適格を肯定することは困難であるというほかはない。
()原告P2について3
原告P2は、医療施設であるP3医院の開設者であるから、本件施設によ
ってP3医院の運営に著しい支障が生じるおそれがあると認められるならば、
原告適格が肯定されることになる。
そこで検討するに、証拠(甲4の1、2、乙10ないし13)によれば、
P3医院と本件施設とは、直線距離でも200メートル以上離れている上、
両者の間にはビル等が立ち並んでいることが認められ、本件施設周辺に客が
集まり、たむろしたり、騒がしい状況を生じさせる等のことがあるとしても、
それらの影響が、直接P3医院に及ぶ関係にはないものと考えられる。また、
両者の位置関係等からすると、本件施設の客がわざわざP3医院周辺に赴き、
たむろするなどということは考え難いし、P3医院は、本件施設の客が利用
すると予想されるγ駅、β駅、ω駅から本件施設までの動線からはずれてお
り、行き帰りの客がP3医院付近を頻繁に通行することも考え難い。
このように考えていくと、本件施設との距離や位置関係等からの類型的判
断という観点に限っても、本件施設によってP3医院の運営に重大な支障が
生じるおそれがあるとは考え難いものといわざるを得ないから(なお、原告
らは、いわゆるノミ屋や暴力団関係者が集まることによって周辺環境が悪化
しているとも主張しているが、これは、本件施設から直接生じた影響ではな
く、本件施設とは別個に規制すべき問題である上、そのような事態が、P3
医院に及ぼす影響の内容・程度を認めるに足りる証拠も存在しないから、結
局、この点を理由に原告P3の原告適格を肯定することもできないところで
ある、結局、原告P2についても原告適格を肯定することは困難であると。)
いわざるを得ない。
()原告P4について4
原告P4とP5診療所との関わりについてみると、証拠(甲6,7)によ
れば、原告P4が少なくとも平成18年6月当時は、P5診療所の理事の地
位にあったことは認められる。しかしながら、原告P4が、P5診療所の運
営について、具体的にどのような関与をしていたのかを認めるに足りる証拠
は存在しないから、同原告が、P5診療所の開設者と同視できるような地位
にあったといえるのかどうかは疑問であるといわざるを得ない上、同原告は、
平成16年1月にアロマセラピーを行う店を開店して店長に就任し、18年
6月にアロマセラピーに専念するためP5診療所の理事を退職したとする証
拠も存在し(乙15、本件口頭弁論終結時点(平成19年3月1日)にお)
いては、P5診療所の開設者と同視できるような立場にはないことは明らか
である。
そうすると、原告P4についても、原告適格を肯定することはできないと
いうほかはない。
第5結論
以上の次第で、原告らは、いずれも本件処分の取消しを求める原告適格を有
しないから、原告らの本件訴えは、いずれも不適法であるというほかはない。
よって、本件訴えをいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき、行政
事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、65条を適用して、主文のとおり判決す
る。
東京地方裁判所民事第3部
鶴岡稔彦裁判長裁判官
中山雅之裁判官
進藤壮一郎裁判官

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