弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中、本判決別紙第三(イ)記載の土地範囲に対応する部分を取り
消し、この部分の訴を却下する。
     その余の部分については、本件控訴を棄却する。
     訴訟費用は、第一、二審を通じて、控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人が昭和二三年一一月一五日発行北海
道ぬ第四六、三六七の二号令書を以て別紙目録第二記載の土地についてなした買収
処分の無効であることを確認する。訴訟費用は、第一・二審とも、被控訴人の負担
とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
 双方の事実上・法律上の主張、証拠方法の提出・援用、書証のための文書の成立
に関する陳述は、左に附加・訂正する以外は、原判決事実摘示のとおりであるか
ら、これを引用する。
 (控訴代理人の主張)
 一、 従来、買収処分無効の原因として
 (一) 対象の不特定な買収である。
 (二) 火薬庫保安用地として自創法適用なし。
 (三) 近く使用目的を変更する土地の買収である。
 との三点を主張して来たが、そのうち(一)(二)を維持し、(三)を撤回す
る。
 二、 昭和二二年八月一六日函館市農地委員会において、函館市字a町b番畑二
町七反二畝歩の買収計画を定めたのであるのに、昭和二三年一一月一五日作成さ
れ、昭和二四年一月二九日控訴人に交付された買収令書では、右土地中八反八畝歩
を除外して、b番のc畑一町九反一三歩となつていた。これは買収計画の変更であ
るから、農地委員会の議を経ることを要するのに、その手続はなされなかつた。な
お、右の買収計画樹立当時範囲が不特定であつたとの事実は、昭和三二年四月三〇
日に至つて、買収処分一部無効通知がなされた事実からも分る。範囲が明らかであ
れば、そのような誤認を生ずる余地がないからである。また、右無効通知に添付さ
れた図面(乙第五号証一・二)と乙第一・二号証を比較すると、b番のdとb番の
二の境界が著しく異なるので、買収除外地八反八歩にあたるb番のdは無効確認通
知分を加えて八反八歩以上あつた筈であるところ、右乙第五号証の一・二および被
控訴人の主張では、一旦買収除外となつた地域をも買収地域としてb番のeとして
取り扱つているのであつて、かかる売渡処分のなされたことも、買収範囲の不特定
だつたことを示すものである。
 三、 火薬類販売業者が火薬庫周辺に相当反別の空閑地を保有する理由は、火薬
取締法規が要求する相当保安距離を確保し、地内に住宅その他万一爆発の際に災害
を生ずる建造物を存せしめないようにすると同時に、地内にそのような建造物が存
在することを理由として取締官庁から火薬庫移転を命ぜられることのないよう、他
人の建造物の施設される可能性をあらかじめ排除するにあるのである。現に、本件
土地を保安要地としていた火薬庫は本件土地が買収され、使用目的が変更され、本
件土地上に他人の住宅等が建造されたため、昭和三〇年九月二三日被控訴人から移
転を強要されるに至つた。周辺土地の保有には右のような目的があるのであるか
ら、それを農地とし、造林地としていても、それは遊休地利用の一方法に過ぎず、
主目的でない。従つて、農地として自創法を適用するのは誤りである。
 四、 本件土地中、b番のcの中に四畝二〇歩、f番のgの中に二畝一九歩およ
び六畝二〇歩の肥培管理を行なわない採草地があり、またh番は全地域が採草地で
あつた。従つて、本件買収は採草地を農地として買収したものであつて、重大明白
な瑕疵があるから無効である。
 (被控訴代理人の答弁)
 函館市農地委員会は、昭和三二年八月一六日本件土地の買収計画樹立に際し、控
訴人に保有地を残すため控訴人および小作人の意見を聞いた上保有面積を除外して
買収することに可決したものであり、控訴人主張のように後日買収計画を変更した
事実はない。右の議決は除外箇所の特定および地積の決定を事務局に委任したので
あつて、買収計画の不特定を来すものではない。控訴人は、昭和三二年四月三〇日
附の一部無効通知につき云々しているが、これは、誤つて道路の部分をも買収して
いたから、その部分について無効宣言をして瑕疵を除去したに過ぎず、買収範囲特
定の問題とは関係がない。
 (補助参加人らの主張)
 被控訴人補助参加人らは、それぞれ別紙第二のとおり、国から売渡を受け、ある
いは売渡を受けた者から更に買い受けて、いずれも所有の意思を以て平穏公然善意
無過失に当該土地を占有し来つたものであり、また前主の自主占有を承継したもの
であるから、国から売渡通知書が交付された昭和二四年四月上旬から一〇年を経過
した昭和三四年四月上旬を以て、それぞれ現在所有の土地につき取得時効が完成し
たものである。よつて、本訴において、右時効を援用する。
 (被控訴人の予備的申立とその理由)
 本件買収処分がかりに無効であるとしても、本件の訴は却下されるべきである。
けだし、行政処分無効確認の訴は原告(本件では控訴人)が無効確認を求める法律
上の利益を有する場合に限り許さるべきものであるが、本件において買収土地の売
渡を受けた者らに取得時効が完成し、右の者らが補助参加人として本訴においてこ
れを援用した以上、その反射的効力として、控訴人は、買収処分の有効無効とは無
関係に本件係争地の所有権を喪失したこととなり、従つて、たとえ本訴において勝
訴したとしても既に所有権を保全しうべき地位にないのであるから、本訴を維持す
べき法律上の利益を喪失したものといわなければならない。
 よつて、予備的に訴却下を求める。
 (右に対する控訴人の答弁および主張)
 一、 補助参加人ら主張の事実関係中、買収土地売渡しの点は認めるが、売渡通
知および通知書交付の日時は争う。平穏公然善意無過失の占有をしたとの事実は否
認する。
 二、 控訴人は、昭和三〇年八月三一日附で本件訴状を札幌地方裁判所へ郵送
し、同年九月二日受理せられた。
 本件は買収無効確認の訴として控訴人の所有権の回復を求めるものであり、また
被控訴人は、買収無効の場合、本件買収処分および売渡処分を取り消す権限がある
ので、本訴はかかる権限ある者への訴提起でもある。
 かかる場合、無効確認訴訟の提起は、提起の時において売渡しを受けた者につい
ての取得時効を中断するとすべきである。
 三、 かりに時効が中断しないとしても、売渡しを受けた者は、本件土地が火薬
庫の保安要地であつて買収が違法であり従つて売渡しも違法であることを知つて買
い受けたものであるから、善意無過失で占有を開始したものではなく、従つて、取
得時効の完成には二〇年を要するから、まだ時効は完成していない。
 四、 (訴却下の主張に対し)本件買収処分の無効が確定すれば、国は買収によ
る所有権取得登記の嘱託の取消し、登記簿上の控訴人所有名義の回復等原状回復の
措置をとる義務を生じるのであるから、訴の利益なしとの主張は理由がない。
 (控訴人の立証および乙号証の認否)
 1 甲第一〇号ないし第一二号証、第一三号証の一ないし三、第一四号証の提出
 2 当審証人A(第一、二回)、同B、同Cの各証言の援用
 3 当審における検証(第一回)の結果および鑑定人Dの鑑定の結果の援用
 4 乙号証の成立は認める。
 (被控訴人の立証および甲号証の認否)
 1 乙第六号ないし第四一号証の提出
 2 当審証人E、同F、同G、同Hの各証言の援用
 3 当審における検証(第二回)の結果の援用
 4 甲号証の成立は認める。
 (原判決引用分の訂正追加)
 事実摘示の末尾に「裁判所は職権を以て昭和二二年八月一六日当時における火薬
庫の保安距離につき調査嘱託をした。」と追加する。
         理    由
 <要旨第一>一、 当審において被控訴人補助参加人らは、取得時効を援用した。
被控訴人のこれに基づく訴却下の申立は、単に予備的になされているに
過ぎないが、訴の利益の有無は、職権を以て調査すべき点であつて、申立を待たな
いから、先ず、これについて検討する。
 案ずるに、補助参加人のなしうる行為は、元来被参加人が訴訟においてなしうる
行為に限られるものであるところ、本件における取得時効の援用は、時効によつて
直接に権利を取得しまたは義務を免れる者である補助参加人らだけが援用権者なの
であつて、本件被控訴人ないしは国がその援用権を有しないことは明らかであるか
ら、本件における補助参加人らの取得時効の援用は、訴訟行為としてはその効力を
認める余地がないのではないかと疑われるのである。しかしながら、本件補助参加
人らが現に土地を占有中の者として取得時効を援用することは可能であり、これに
よつて控訴人は―かりに、買収無効の結果土地所有権を保持していたとしても―確
定的に所有権を喪失することとなる。そしてかかる所有権変動の結果は、訴訟当事
者たる本件被控訴人においてその主張をなしうるから、被控訴人補助参加人として
もまたその主張をなしうる道理である。すなわち本件補助参加人らのなした時効の
援用は、訴訟外における時効の援用とその結果生じた所有権の変動の結果を被参加
人のため、訴訟上の攻撃防禦方法として主張しているものと解することができる。
 そこで、進んで、訴の利益について考察するに、元来農地買収処分無効確認訴訟
は、無効な買収処分によつてもともと不変動である筈の原告の農地所有権が国に移
行し、あるいは更に売渡処分によつて第三者に移転した外観を呈し、原告の右所有
権享有に不安を生じている場合に、その買収処分の無効を明確にして右の不安を除
去するために認められたものであるから、もし原告において右農地の所有権を喪失
し、その所有権の享有に関する不安の除去が原告にとつて無意味となるならば、そ
の訴の利益もまた消滅するものと解するほかはない。本件においては、前示のよう
に、被控訴人補助参加人によりその時効取得による控訴人の所有権喪失が主張され
ているのであつて、もし、右時効取得の事実が認定されるならば、右の理由によ
り、本件訴の利益はこれを否定すべきものである。(もつとも、この点について
は、被控訴人補助参加人らにとつて取得時効が完成するのは、論理上、その占有す
る土地が「他人の所有する」土地である場合は、すなわち売渡処分およびその前提
である買収処分が無効の場合なのであるから、補助参加人らの取得時効の主張の成
否を見る以前に、買収処分の無効を確定すべきであり、もし、有効であれば、時効
の成否従つて訴の利益の有無の判断に立ち入るべきでないとの考え方もあるが、当
裁判所は、既に時効の援用がなされた以上は、買収処分の有効無効の判断以前に訴
の利益の有無を考察しうるとの見解を採るものである。それが時効制度の本質に合
致すると考えるからである。)控訴人は、無効を確定することにより国に原状回復
の処置をとる義務が生ずることを以て訴の利益を維持する事由と主張しているが、
右のように既に原告の土地所有権が他人の取得時効完成によつて失われている場
合、その原告にとつて、買収処分による所有権移転の登記が今更抹消されたとして
も無意味であるから、右の原状回復の措置は、喪失された原告の所有権の実質的な
回復をもたらすものでなければならないが、そのような義務が、無効確認判決の直
接の効力として被告たる処分庁を拘束するに至るとは解することができないから、
右主張は採用するに由ない。
 二、 よつて、取得時効の成否を見るに、本件買収にかかる五筆(原判決添付第
一目録参照)の土地がその後別紙第一のように分筆され、現に別紙第二のように補
助参加人が土地を所有していることは、控訴人の明らかには争わないところである
から、これを自白したものとみなす。そして買収にかかる本件土地(ただし、後段
に原判決を引用して認定した昭和三二年四月三〇目附買収処分取消の部分を除
く。)の現在の地番、地目および面積が別紙第三(イ)(ロ)のとおりであること
は、成立に争いない乙第一二ないし第四一号証を総合してこれを認めることができ
る。控訴人は、国から売渡を受けたものが別紙第二のとおりであることを争わない
が、売渡通知書交付の点については争つているので証拠を按ずるに、成立に争いな
い乙第七ないし第一一号証によつて、E、F、Gの三名に対する各売渡通知書が昭
和二四年三月三〇日に作成され、その売渡代金が同年五月ないし六月中に納入され
ていることが認められるから、他に反証のない限り、同年四月中には通知書の交付
によつて売渡の事実が通知されたものと推認することができる。従つて、売渡を受
けた右三人とも小作人として当時既に売渡土地を占有していたのが、右通知以後自
主占有となつたわけであり、一般に国から売渡を受ける者は所有権の取得を信じる
に付き過失ありといえないし、更に民法第一八六条によつて平穏公然善意と推定さ
れるのであるから、右自主占有の開始は平穏公然善意無過失であつたと見ることが
でき、別紙第二のように右土地の一部が現在の所有者に売り渡される際にも、この
自主占有が承継されたと推定することができるから、結局、中断理由のない限り、
前記交付の日時からおそくとも一〇年を経過した昭和三四年四月末日以後には、別
紙第二の各所有者はそれぞれその土地について取得時効を採用しうるといわねばな
らない。
 三、 これにつき、控訴人は、本件訴訟の提起が中断理由となると主張してい
る。しかしながら、訴訟の提起を知ることは、せいぜい占有を悪意ならしめるに止
まるから、既に占有開始の際に善意であることにつき過失なしと見るべきこと前示
のとおりである以上中断事由とはなりえないし、また、処分取消の権限ある者への
訴提起という点も、売渡を受けた者が全然訴訟に関与していなかつた以上、単に処
分庁に対して訴を提起したことが、売渡を受けた者およびその承継人について成立
する取得時効に対する関係で、中断事由としての「裁判上ノ請求」と同視しうるも
のとなるとはいえない。更に、控訴人は、二〇年の取得時効なるべきことを云々す
るが、それは占有の初めに善意無過失でなかつたことを前提とするものであるか
ら、前示認定に反し、採用しえない。
 四、 結局中断事由は認められないから、前示の理路に従い、補助参加人らの取
得時効は有効に成立しているわけであり、従つて、その時効援用により、その限り
において本件訴はその利益を喪失したものといわなければならない。しかし本件土
地中補助参加人が現在所有占有している部分は、別紙第一ないし第三を対照して明
らかなように、別紙第三(イ)の各土地のみであつて、そのほかに、別紙第一に明
らかなようにEから譲渡されて日本国有鉄道の所有に帰した別紙第三(ロ)の四筆
の土地があり、これについては右のような時効援用はなされていないのであるから
(日本国有鉄道についても時効は完成していると見られるから、その援用があつた
とすれば、あえて補助参加せずとも被控訴人においてその事実を主張しうるが、本
件においては、肝心の時効援用のなされた形跡がない。)、本件の訴はこの部分に
つきなお利益がある。よつて以下その請求の当否を判断することとする。
 五、 原判決理由第一項判示の争いない事実関係および認定にかかる基礎的事実
関係については、当裁判所も全く同様に判断するので、これを引用する。
 六、 控訴人主張の無効原因の第一すなわち買収範囲不特定との点については、
次に附加するほかは、原判決理由第二項の判示と同様であるから、これを引用す
る。
 当審提出にかかる証拠を以てしても、右の結論を左右する余地はない。
 (買収計画の変更があつたとの主張につき)
 右に原判決理由を引用した認定事実のように、函館市農地委員会は、b番の土地
二町七反二畝二一歩につき当初は全部を買収する予定であつたが、その後控訴人の
申出により在市地主の保有土地として八反八歩を右の土地から除外することにし、
この除外部分を同番のd、その余の一町九反二畝一三歩を同番のcとして、同番の
cを買収することに買収計画を樹立したが、別に分筆その他その範囲を特定する方
法を講じなかつたものであつて、一旦二町七反二畝二一歩の全部を買収することを
議決して後、その買収計画が変更せられて右のようになつたのではない。従つて、
この控訴人主張は理由がない。
 (買収処分無効通知を根拠とする主張につき)
 成立に争いない乙第五号証の一、二によれば、被控訴人が本件において一部買収
(売渡)処分の無効通知をしたのは、買収(売渡)の対象となつた範囲中に火薬庫
敷地および火薬庫に通ずる道路が包含されていることが判明したためであることが
認められる。控訴人は、この処置から範囲が不特定であつたことを推論するのであ
るが、採用しえない。範囲を特定するにつき過失があり、従つて誤つた特定をなし
たということと、特定自体がなされなかつたこととは別であるからである。また、
控訴人は、乙第五号証の一、二の添付図面と乙第一、二号証の比較から立論すると
ころがあるが、論旨明確を欠くのみならず、その所論は、結局登記簿上八反八歩の
面積あるb番のdの土地が実測ではそれ以上の面積を有することを前提とするもの
と解されるところ、当審鑑定の結果によれば、逆に、七反九畝七歩の実測面積を有
するに過ぎないことが認められるから、結局、その所論は前提を缺くものとして理
由なきに帰する。
 七、 次ぎに、控訴人は、無効原因の第二として、火薬庫の保安用地に関する自
創法不適用を主張している。そして、火薬類販売業者の火薬庫周辺土地所有の目的
について、当審において新たに主張するところがある。
 <要旨第二>火薬類取締法以下一連の法規は、火薬類の製造・販売・貯蔵等につき
厳重な制限規定を置いており、原審調査嘱託の結果によれば、本件農地
買収当時には、その頃施行されていた旧銃砲火薬取締法施行規則第三三条が、火薬
庫を設置する場合には、火薬庫の外壁から宅地その他内務大臣の指定する箇所まで
最小限五十間以上の保安距離を置くべき旨を規定していたことが明らかである。し
かしながら、同法条は、右の保安距離がなければ火薬庫の設置を許可しないという
に止まり、火薬類販売業者に対し保安用地すなわち右保安距離限界内の土地の所有
まで義務付けているわけではないし、また、右業者以外の者が右土地を使用するこ
とまで制限しているわけではないと解すべきであるのみならず、保安用地を農地と
して買収し、小作人に売り渡したからといつて、法定の保安距離が失われるもので
もない。従つて、火薬庫の保安用地であるとの一事で、当然に自創法による農地買
収の対象外となるとすることはできない。
 もつとも、先に原判決を引用して認定したとおり、控訴人は、現実には、保安用
地として本件土地を所有していたのであつた。右のように法規上所有を義務付けら
れていないのに、これを所有していた意義は、もし他人の所有地となれば地上建物
の建築によつて後発的に保安距離が維持しえなくなることを予防するにあつたこと
は、見易い道理である。証拠を按ずるに、成立に争いない甲第五号証、同第一一号
証、同第一二号証、同第一三号証の一ないし三、同第一四号証ならびに原審および
当審(第一回)証人A、当審証人B、同Cの証言によると、終戦後農地買収の実施
されるにあたり、昭和二一年五月頃に、北海道内の火薬爆薬商組合の代表者と道農
地課の農地買収担当官、道警察部保安課の火薬庫監督取締担当官とが集つて、火薬
庫敷地・保安要地の買収について協議し、警察部と業者側は保安用地確保の方針を
打ち出し、農地課としてもその趣旨を了解したが、各地の農地委員会に通達を出す
には至らなかつたこと、しかし本件控訴人が室蘭市祝津および札幌市琴似にそれぞ
れ所有する火薬庫の周辺の保安要地については、一旦買収計画が樹立されたが、保
安要地なることを理由としての控訴人の異議申立を容れ、各農地委員会において買
収除外の決定がなされ、結局控訴会社の全国九ケ所の支店火薬庫中、その保安要地
を耕地としていたため買収せられるに至つたのは本件土地のみであつたこと、道内
の控訴会社以外の火薬業者の火薬庫の保安要地についても同様の買収除外の事例が
あつたこと、しかるに、本件土地は買収され売り渡され、しかも売渡を受けた者に
おいて前示(二節、別紙第二参照)のように転売し、更に地目も宅地に変更され
て、市営・道営のアパート、国鉄や専売公社の職員住宅が近隣に建築されたため、
本件火薬庫は火薬類取締法施行規則第二三条の規定による一級火薬庫としての保安
距離四四〇米を保持できぬ結果となつて、昭和三〇年九月二三日道知事から控訴会
社に対し、火薬庫の早急の移転および移転完了時までの火薬貯蔵量の減少(二〇ト
ンから三トンに)が指令されるに至り、これに対し、昭和三一年四月三〇日通産省
軽工業局長から道知事に対し「火薬庫周辺における保安物件の建設について」と題
する要望書が送られたが、事態の改善を見なかつたものであることが認められる。
これは、先に触れたような、控訴人が特に本件土地を所有していた意義を完全に没
却せしめる事実であつて、このことは、遡つて、本件のような火薬業者によつて所
有せられている火薬庫保安要地を農地買収の対象地としたことが不当であつたこと
を示すものということができる。
 けれども、前記のように、火薬類取締法規自体はその所有を義務付けているわけ
ではないこと、右のような火薬庫の移転を必要とする事態を招くに至つたのは、直
接には農地売渡処分後の農地使用目的変更許可の処分が、上来考察し来つた点にお
いて要求される自制を缺いたためであつたことを考えると、その前提となつた買収
処分自体は、不当であつたとは言えても、違法であつたとは言えないと見るのを相
当とする。従つて、控訴人が火薬庫移転に至つた場合、右の使用目的変更許可の処
分の違法を主張して、よつて生じた損害の賠償を求めるのは格別、本件土地の買収
処分を前記理由により違法無効とする控訴人の主張は、これを採用することができ
ない。
 八、 控訴人は、更に、無効原因の第三として、農地として買収せられた土地中
に採草地が含まれていたことを指摘している。そして、成立に争いない乙第三号証
の一ないし五、原審および当審証人E、同A、当審証人Gの各証言および当審にお
ける検証(第一回)の結果および当審における鑑定人Dの鑑定の結果を総合する
と、買収当時に遡つての該当地番および範囲を明確に特定はし難いが、少なくとも
買収土地の一部が自創法二条にいわゆる「採草の目的に供される土地」であつて農
地ではなかつたことは、これを認めることができる。しかし、採草地を農地と誤認
したことは、買収処分を取り消しうべき瑕疵たるに止まると解すべきものであつ
て、重大明白な瑕疵ではないから、本件買収処分は、右の理由を以て無効となるも
のではない。
 九、 以上を総合し、別紙第三(イ)の各土地範囲に対応する部分については本
件訴を却下し、同(ロ)の各土地範囲に対応する部分については本件請求を棄却す
べきものである。よつて右(イ)の土地に対応する部分については、原判決を取り
消し、訴を却下し、右(ロ)の土地に対応する部分については控訴を棄却すること
とし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九六条、第八九条に従つて、主文の
とおり判決する。
 (裁判長裁判官 伊藤淳吉 裁判官 和田邦康 裁判官 倉田卓次)
「次の別紙は掲記省略
第一 分筆経過および現在の所有者一覧
第二 補助参加人らの所有土地」
第三 本件土地の現在地番一覧
 函館市字a町
 (イ)b番のc  畑一町一反四畝二九歩
 i  宅地五〇坪四合
 j  宅地三〇坪
 e  畑一反二畝二一歩
 k  宅地三〇坪
 l  宅地五〇坪
 m  畑一反二二歩
f番のg  田三反八畝一四歩
n番のo  宅地一二八一坪五合三勺
 p  宅地四四七坪六合九勺
 q  宅地九五〇坪四合四勺
 r  宅地六七七坪六合五勺
 s  宅地八七一坪六合
 t  宅地三四二四坪八合七勺  のうち、旧u番の範囲に相当する五反三畝〇
〇歩
 v  宅地一七坪七合三勺
 w  宅地一八坪四合五勺
 x  宅地二五坪五合八勺
 y  宅地一坪六合六勺
 z  宅地二七坪五合三勺
 q  宅地九五〇坪四合四勺
 r  宅地六七七坪六合五勺
 t  宅地三四二四坪八合七勺  のうち、旧h番のa1の範囲に相当する○反
八畝二五歩
 w  宅地一八坪四合五勺
 z  宅地二七坪五合三勺
 h番のb1  畑一反五畝〇三歩
 c1  畑五畝一九歩
 d1番のe1  畑一畝〇一歩
(ロ)b番のf1  畑三反三畝一一歩
 f番のg1  田一畝一六歩
 h番のh1  畑二反一畝〇一歩
 d1番のi1  畑五畝二三歩

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