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平成22年3月17日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成21年(ワ)第870号不当利得返還請求事件
口頭弁論終結日平成22年2月4日
判決
主文
1被告は原告に対し,金194万3962円及び内金184万8233円に対す
る平成18年9月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は,これを9分し,その4を被告の,その余を原告の負担とする。
4この判決1項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は原告に対し,金435万3405円及び内金352万4853円に対
する平成18年9月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,いずれも貸金業者である株式会社A及びAを吸収合併した被告との
間で別紙1の計算書1記載のとおり,株式会社B及び被告との間で別紙1の計
算書2記載のとおり,借入れと返済を繰り返し,利息制限法の制限利息を上回
る金利を支払ってきた原告が,同制限利息を上回る金利の支払を元本充当する
と過払になっていると主張するとともに,被告はBの過払金返還債務を承継し
たと主張して,被告に対し,民法704条前段の不当利得返還請求権に基づき,
別紙1の計算書1及び計算書2記載の計算により,過払元金及び確定利息並び
に過払元金に対する最終取引日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合
による利息の支払を求めた事案である。
1争いのない事実等
以下の事実は,当事者間に争いがないか,弁論の全趣旨及び括弧内の証拠に
より認められる。
(1)被告は,平成15年1月1日にAを吸収合併した貸金業の登録業者であ
る。
(2)原告は,平成6年10月11日から平成18年9月11日までの間,貸
主A及び被告との間において,基本契約に基づき,利息制限法所定の利率
を上回る金利で,別紙1の計算書1記載の「年月日」欄記載の日に,「借
入金」欄及び「返済金」欄記載の借入れ及び返済を繰り返す金銭消費貸借
取引を行ってきた。
(3)被告とBは,平成14年3月29日,顧客に対するBの消費者ローン債
権(以下「本件消費者ローン債権」という。)等の資産を包括的に被告に
対し売却する旨の資産譲渡契約(以下「本件契約」という。)を締結し,
本件契約は同年5月2日実行された(乙1,2)。
(4)原告は,平成2年10月11日から平成14年4月11日まで貸主Bと
の間において,その後引き続いて平成14年5月13日から平成18年9
月11日まで貸主被告との間において,利息制限法所定の利率を上回る金
利で,別紙1の計算書2記載の「年月日」欄記載の日に,「借入金」欄及
び「返済金」欄記載の借入れ及び返済を繰り返す継続的金銭消費貸借取引
(消費者ローン契約)を行ってきた。
2争点
(1)被告はBの原告に対する過払金返還債務を承継したか
(原告の主張)
ア貸金業者と顧客との取引によって生じる貸金債権は,一般の債権と異な
り,貸金業法43条1項の要件が満たされれば貸金業者に貸金債権が認め
られるが,その適用がないため利息制限法による引直計算がされた時には
過払金が生じ,貸金業者がその返還義務を負うという性質のものであるか
ら,このような性質の債権はその債務と表裏一体の関係にあるというべき
である。
それにもかかわらず,Bは被告に対する資産譲渡に当たり,個別に取引
履歴に基づき過払となった債務だけを資産譲渡から除外する措置を取らず
に包括的に譲渡しているのであるから,Bと被告は本件契約において過払
金返還債務も含めた債権債務を移転したというべきである。
イ被告が過払金の発生を知りながら,顧客にその存在を知らせずに支払を
継続させながら,本件契約において過払金返還債務を除外することは,顧
客の権利を一方的に制限・剥奪しようとするものであって,信義則・公序
良俗に反するから,過払金返還債務を除外した条項は無効である。
また,債権譲渡名下の債権移管において,仮に過払金返還債務を承継し
ない旨の契約をしていたとしても,債権譲渡人の廃業や事業の縮小に当た
り大量的に債権譲渡がなされるような場合であり,債務者が債権譲渡人に
対して過払金返還を請求できなくなるような場合には,譲受人が債務承継
を争うことは信義則に反し許されないというべきである。
ウ被告は原告との取引について,本件契約の実行日の前後で何ら変わりな
く返済を受け続けているが,このように従来と何ら変わらずに取引が継続
しているにもかかわらず,譲渡時点までの過払金だけが切り離されて旧債
権者にのみ請求できるというような複雑な権利関係を発生させることは債
権者・債務者間の合理的な意思に反するから,被告は原告への過払金債務
を承継したというべきである。
(被告の主張)
アBと被告との間では,貸金債権を譲渡することのみが合意されており,
契約上の地位や過払金返還債務を承継することは合意されていない。
イ契約上の地位の譲渡が成立するためには,借主の承諾が必要であるが,
同譲渡につき,原告の承諾は存しない。
(2)被告は民法704条所定の悪意の受益者に該当するか
(原告の主張)
ア貸金業者たる被告は利息制限法超過利息を徴収していることについて悪
意であったから,被告は民法704条所定の悪意の受益者に該当する。
イ被告は貸金業法43条1項の要件を満たしておらず,同項の適用がある
との認識も有していなかった。また,支払の任意性が否定される解釈に変
更は生じておらず,被告に上記認識を有するに至ったことについてのやむ
を得ない特段の事情は存しない。
(被告の主張)
被告は,確定的な返済期間,返済金額等を記載していなかったので,17
条書面を交付したことにはならず,制限超過利息の支払を遅滞した場合の期
限の利益喪失条項が存していたので,任意性が否定されるため,貸金業法4
3条1項の適用はなかったが,同項の適用があるとの認識を有しており,リ
ボルビング式極度額契約において確定的な返済期間,返済金額等を記載する
ことが不可能であっても貸金業者は17条書面の交付義務を免れないとの解
釈(平成17年12月15日最高裁判決)を知っていた貸金業者は存在しな
いし,制限超過利息の支払を遅滞した場合の期限の利益喪失条項がある場合
に支払の任意性が否定されるに至ったのは,平成18年1月13日最高裁判
決において解釈に変更が生じたことが原因であるから,被告が上記認識を有
するに至ったことについてやむを得ない特段の事情があったといえ,被告は
悪意の受益者に該当しない。
第3争点に対する判断
1争点(1)(被告はBの原告に対する過払金返還債務を承継したか)について
(1)証拠(乙2)によれば,本件契約には,以下の内容の契約条項が存する
ことが認められる。
ア譲渡対象資産
Bは,本件消費者ローン債権や事務機器,店舗の賃借権等の消費者ロー
ン事業の資産に対する権利の全部を被告に売却する。
イ承継義務
被告は,譲渡対象資産に含まれる契約に基づき生じる義務のすべて(平
成14年5月2日後に発生し,かつ同日後に開始する期間に関するものに
限る。)を承継する。
ウ承継対象外義務
被告は,イに明記するものを除き,Bのいかなる義務又は債務(既知で
あるか未知であるかを問わない。)も承継しない。Bはこれを引き続き負
う。
上記を限定するものではないが,買主は下記に定める義務及び債務を承
継せず,Bはこれを引き続き負う。
本件消費者ローン債権の発生原因たる金銭消費貸借契約上のBの義務又
は債務(支払利息の返還請求権を含む。)
(2)そうすると,原告は本件契約において過払金返還債務も含めた債権債務
が被告に移転したと主張するが,上記(1)認定事実によれば,本件契約は,
原告が主張するように,Bと顧客との間における債権債務が包括的に被告に
移転される旨を定めているのではなく,当事者間で承継される債務の範囲を
明示し,顧客との契約に基づき平成14年5月2日後に発生し,かつ同日後
に開始する期間に関する債務のみ承継され,それ以外の債務は承継されない
旨を定めているのであるから,原告の上記主張事実を認めることはできず,
Bと原告との間の取引によって生じた過払金返還債務は被告に承継されてい
ないと認められ,乙第2号証(本件契約書)記載の契約条項に照らせば,甲
第3号証の1・2(Bに対する調査嘱託申立書及び回答書)でもって,上記
認定事実を覆すには足りない。
なお,原告は,貸金業者の顧客に対する貸金債権はその過払金返還債務と
表裏一体の関係にあるにもかかわらず,個別に過払となった債務だけを資産
譲渡から除外する措置を取らずに包括的に譲渡しているから,本件契約にお
いて過払金返還債務も含めた債権債務が被告に移転したと主張するが,個々
の顧客との関係においては,それぞれ本件契約時において貸金債権が残存し
ているか,過払金返還債務が発生しているかのいずれかであって,譲渡契約
当事者間で,貸金債権が残存している顧客分については当該貸金債権を譲受
人が承継し,過払金返還債務が発生している顧客分については当該過払金返
還債務を譲受人が承継しないと一般的に区分して契約することは可能であり,
個別に過払金返還債務が発生している顧客分を特定しなくても,契約で承継
しない債務を特定することはできるから,原告の上記主張を採用することは
できない。
(3)次に,原告は,本件契約のうち過払金返還債務を承継対象から除外した
条項は信義則・公序良俗に反して無効であるとか,譲受人が債務承継を争う
ことは信義則に反し許されないと主張する。
しかしながら,B・被告間でBの過払金返還債務を被告が承継する旨の契
約を締結していないかぎり,過払金返還債務を承継対象から除外した条項が
無効となっても,それだけでは当然に被告はBの過払金返還債務を承継する
ことはないから,条項無効の主張は主張自体失当である。
また,被告は,Bの過払金返還債務を本件契約によって被告が承継したと
の原告の主張を否認しているにすぎないのであるから,債務承継を争うこと
が信義則違反になるとの原告の主張は,信義則によってBの過払金返還債務
が被告に承継されることになるとの主張,すなわち信義則によって債務承継
の権利変動が生じるとの主張にほかならないところ,民法1条2項は「権利
の行使及び義務の履行」について信義則が適用されると定めているのであっ
て,権利変動自体に信義則が適用されることはなく(最高裁昭和37年9月
28日第2小法廷判決・裁民62巻619頁参照),ましてや信義則によっ
て権利変動が生じることはあり得ないのであるから,原告の上記主張を採用
することはできない。
なお,付言するに,Bに対する過払金返還債権はもともとBの一般財産を
その責任財産としており,Bは,その消費者ローン事業の資産を譲渡した代
わりにその対価を得ているのであるから,被告がその過払金返還債務を承継
しなかったとしても,信義に反するとはいえない。そして,上記資産譲渡が
過払金返還債権者を害するというのであれば債権者取消権を行使することが
予定されているのである。また,原告のように貸金業法43条1項が適用さ
れないため過払金返還債務が発生している顧客について,同項が適用される
ことを前提として残存貸金債権が存在するとして譲渡され,譲受人が顧客か
ら支払を受けた場合,当該支払は過払金として返還され原状に復するのであ
るから,それ以上に,譲渡人に対する過払金まで,その返還債務を承継して
いない譲受人から支払わさせなければ信義に反するとはいえない。
(4)また,原告は,譲渡時点までの過払金だけが切り離されて旧債権者にの
み請求できるというような複雑な権利関係を発生させることは債権者・債務
者間の合理的な意思に反するから,被告は原告への過払金債務を承継したと
いうべきであると主張する。
ところで,原告の上記主張は原告・被告間の契約関係についての合理的解
釈として主張しているものと解されるが,本件契約は,前記認定のとおり,
明確に過払金返還債務を承継しないと定めているのであるから,本件契約実
行日(平成14年5月2日)後に締結された原告・被告間の契約の合理的解
釈においても,被告はBの原告に対する過払金返還債務を承継するものでは
ないと解するべきであって,原告の上記主張を採用することはできない。
(5)よって,被告はBの原告に対する過払金返還債務を承継したとは認めら
れない。
2争点(2)(被告は民法704条所定の悪意の受益者に該当するか)について
貸金業者が利息制限法所定の制限利率を超過する部分を利息の債務の弁済と
して受領したが,その受領につき貸金業法43条1項の適用が認められない場
合には,当該貸金業者は,同項の適用があるとの認識を有しており,かつ,そ
のような認識を有するに至ったことについてやむを得ない特段の事情があると
きでない限り,法律上の原因がないことを知りながら過払金を取得した者,す
なわち民法704条の「悪意の受益者」であると推定される(最高裁平成19
年7月13日第二小法廷判決・民集61巻5号1980頁参照)ところ,被告
が利息制限法所定の制限利率を超過する部分を利息の債務の弁済として受領し
たが,その受領につき17条書面の交付及び任意性を欠き貸金業法43条1項
の適用が認められないことは当事者間に争いがない。
また,被告が本訴において,領収証兼ご利用明細票のサンプル(乙5及び6
の各1・2)を提出するのみで,原告に対し18条書面を交付したことを具体
的に立証していないことに鑑みれば,18条書面の交付についても貸金業法4
3条1項所定の要件は具備していないものと推認される。
そして,被告が貸金業法43条1項の適用があるとの認識を有するに至った
ことについてのやむを得ない特段の事情については,18条書面に関する主張
・立証はないし,17条書面に関する主張についてはこれを認めるに足りる証
拠がない。
よって,被告は,民法704条所定の悪意の受益者に該当すると推定される。
3結論
以上を前提に原告の過払金額及び確定利息を計算すると,別紙2の計算書1
及び計算書2のとおりとなる。
よって,原告の本訴請求は,主文1項の限度で理由があるからこれを認容し,
その余は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事
訴訟法64条本文,61条を,仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ
適用して,主文のとおり判決する。
大分地方裁判所民事第2部
裁判官一志泰滋

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