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裁判例


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平成14年4月16日宣告
平成12年(わ)第1554号,同第1680号住居侵入,強盗殺人,強
盗強姦未遂,死体遺棄,死体損壊被告事件
   判決
   主文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中420日をその刑に算入する。
   理由
(犯罪事実)
第1 被告人は,A(当時70歳)を強姦した上殺害し,金品を強取しよ
うと企て,平成12年7月9日午前2時30分ころ,福岡市東区ab
丁目c番d号の同女方に無施錠の北側裏口片開き戸から侵入し,同女
方1階において,同女に対し,顔面を右手拳で殴打し,その場に押し
倒して馬乗りになり,頸部を片手で強く絞め付けるなどの暴行を加
え,その反抗を抑圧して,強いて同女を姦淫しようとしたが,同女が
脱糞しているのを認めて,陰茎が勃起しなかったため,その目的を遂
げなかった。そこで被告人は,殺意をもって,同女の頸部を両手で強
く絞め付け,そのころ同所において,同女を窒息死させて殺害した
上,同女の所有又は管理に係る現金約50万円及び現金約5000円
在中の財布1個を強取した。
第2 被告人は,前記第1の犯行を隠ぺいするため,平成12年7月9日
午前4時30分ころ,前記Aの死体を前記A方から福岡市東区大字e
字fg番hのB神社まで運んだ上,同神社境内に投棄してその上から
落葉等を被せるなどし,もって死体を遺棄した。
第3 被告人は,平成12年9月9日ころ,前記第2のとおり遺棄した前
記Aの遺骨を前記B神社から福岡県糟屋郡i町jk丁目所在の国有林
付近路上まで運び,同所において,その頭蓋骨をハンマーで叩き割る
などした上,C鉄道株式会社D線軌道敷内及び上記国有林内に投げ捨
てるなどし,もって,遺骨を損壊して遺棄した。
(証拠)〈省略〉
(補足説明)
1 争点等
(1) 第1の事実について,被告人は,公判廷において,「最初は強姦の
みを目的としていたが,強姦が未遂に終わった時点で,顔を見られた
と思って殺害を決意して殺害後,強姦目的を隠蔽するための物取りの
犯行にみせかけようとする工作の途中,50万円を発見して盗ん
だ。」,「当初から殺害や盗みをする意思があったわけではない。」
旨供述し,弁護人も,強盗殺人及び強盗強姦ではなく,殺人,窃盗,
強姦未遂であるに過ぎない旨主張する。
(2) これに対して,被告人は,捜査段階では,第1の事実を全面的に認
める内容の自白をしていたのであり,本件において,被告人の自白以
外に犯意を認定することができる証拠は存しない。
(3) そうすると,本件の争点は,被告人の捜査段階の自白の信用性にあ
る。
2 被告人の捜査段階の供述の信用性
まず,被告人の捜査段階の供述については,以下の事情を指摘でき
る。
 (1) 供述状況について
ア 被告人は,平成12年11月17日,殺人及び死体遺棄の被疑事
実により逮捕された。その後,被告人は,平成12年12月7日,
第1及び第2同旨の公訴事実で起訴されるまでの間,ほぼ連日取調
べを受け,本件犯行に至る経緯,犯行動機,犯行状況等につき,順
次供述調書が作成された。
イ そのうち,強盗殺人及び強盗強姦の故意の有無に関する供述録取
状況は,以下のとおりである。
(ア) すなわち,逮捕後2日目の平成12年11月19日付の被告
人の警察官調書(乙4)には,「Aさんを殺すことは,7月9日
午前0時30分か1時ころに飲みに行っていたスナックEを出た
後に計画を立てています。」との供述記載とともに,「まず,A
さんをレイプして殺すことの計画を立てました。」,そして,被
害者方から金品を盗み出した旨の記載はないものの,「Aさんを
レイプして殺した後は当然,家の中を探して現金を盗んでいくこ
とも考えました。」との記載がある。
(イ) その後,平成12年11月22日付の被告人の警察官調書
(乙7)には,「レイプしてやろうか。」,「それだけでは報復
したことにならない(中略),やっぱり殺すしかない,と考える
ようになった」との記載がある。ついで,平成12年11月23
日付の被告人の警察官調書(乙8)では,「Aさんを殺し,計画
通りに,Aさん方寝室の入って右側にある整理タンスの一番上の
向かって右側にある引出しから,無地の新しい茶色封筒に入った
1万円札ばかり50枚,現金50万円を見つけて盗んでいます
が,そのとき同じ引出し内にあった赤色に近いピンク色の二つ折
り財布も一緒に持ち帰っております。」と金品を盗んだことを認
める内容の供述記載があり,同日付の警察官調書(乙9)には,
「Aさんを殺す前にレイプしてやること,レイプして殺した後に
Aさん方から現金を盗むことも考えていた」に続けて「Aさん
は,一人暮らしであり,どこにいくらの現金があったか誰も知ら
ず,自分さえ黙っていれば絶対にバレることはない,何と言われ
てもシラを切り通そうと考えていたことから50万円の現金を盗
んだことは,言わなかったのです。」と,被告人が被害者方から
何も盗んでいないと話していた理由を説明する内容の供述記載が
ある(なお,被告人は,公判廷でも,上記事実を隠していたとこ
ろ,くしゃみが止まらなくなり,上記事実を供述するとくしゃみ
が止まったなどと,自発的に供述したことを認めている。)。
(ウ) そして,領置に関する報告書(甲76)及び実況見分調書
(甲41)によれば,捜査機関は,平成12年11月25日,被
告人が財布を遺棄したと申し立てた場所を捜索した結果,赤色革
製で,Aと明記した丸形プレートの付いた財布を発見しているこ
とが認められる。
(エ) 以上を受けて,平成12年11月27日付の被告人の警察官
調書(乙12)では,被告人に対する被疑罪名が強盗殺人及び強
盗強姦未遂並びに死体遺棄と変更されており,同調書中には,
「この容疑については,既に11月23日の取調べの際に刑事さ
んから説明を受けており,当然私自身,死刑,無期懲役等の厳し
い刑を言い渡される可能性もあることを理解した上で,同日以降
事実を話してきたものです。」との供述記載がある。
(オ) 平成12年11月27日以降,被告人の供述調書(乙13な
いし33)が連日のごとく作成されているが,これらは全て,強
盗殺人及び強盗強姦の故意があったことを自白し,あるいはそれ
を前提とした内容となっており,本件犯行状況及び犯行後の罪証
隠滅状況について,「平成12年7月9日午前2時30分ころ,
被害者方に侵入したが,侵入者の気配に気付いた同女に発見され
たため,同女に飛びかかり,顔面を殴打した上,同女を寝室手前
6畳和室に押し倒し,同女に馬乗りとなって首を絞めた。失神し
た同女を姦淫しようとしたが,陰茎が勃起しなかったため,姦淫
の目的を遂げることができず,再度同女の首を絞めて殺害した。
その後,罪証隠滅工作を図り,被害者の遺体を寝室に運び,ベッ
ドに寝せようとしたが,同遺体を寝室床に落としたため,その
際,床の絨毯に同女の便が付着した。被害者の遺体を寝室奥の6
畳間に運んで浴衣を着せ,寝室手前和室の畳に付着した血痕や
便,寝室床絨毯の便等を拭きとるなどした後,寝室奥のタンス,
寝室出入口横の整理タンス等3か所を物色して,現金50万円在
中の封筒及び5000円在中の財布を取った。その後,被害者方
をサンダルを履いたまま歩き回った後,同女の遺体を寝室横のド
アより運び出した。」旨の供述がほぼ一貫して録取されている
(なお,被害者殺害後の罪証隠滅工作の意図が変遷していること
については,後述する。)。
ウ 以上によれば,被告人は,遅くとも逮捕後の2日目から強盗殺人
及び強盗強姦の故意を自白していたこと,そして,その後,捜査段
階では一貫してその自白を維持していたことが認められる。
  とりわけ,強盗の故意については,被告人は,被害者方から金品
を盗んだことが捜査機関に明らかとなるに先だって自白していたも
ので,その供述が開始された時期や内容からして,捜査官の押し付
けや不当な誘導があったとは考えにくい。
また,被告人が金品を盗んだことが発覚した経緯についても,捜
査機関は当初その事実を把握していなかったのに,被告人が被害者
方から現金50万円とともに,財布を盗み出して遺棄したことを自
ら進んで供述し,その後,この自白に基づいて捜査を行った結果,
被告人の申立てどおりに同財布が発見されて,その客観的な裏付け
を得たという経過をたどっている。かかる経過は,いわゆる秘密の
暴露にあたり,被告人の自白の真実性を強く裏付けるものである。
加えて,前記イ(エ)の供述記載によれば,被告人は,強盗殺人等
の犯罪が成立することにより,無期懲役又は死刑という重大な処罰
を受ける可能性があることを捜査官から説明を受けていたとうかが
われる。
エ もっとも,被告人の自白は,被害者殺害後の罪証隠滅行動に関す
る供述部分に一部変遷が見られる。
すなわち,被告人は,当初,被害者を殺害後,泥棒の仕業と見せ
かけるために,同女のベッドの横に付着した糞を拭きとり,和室の
畳上に流れ出た血を拭くなどの罪証隠滅工作をした旨供述(警察官
〔乙12,13〕)していたのに,後には,同女殺害後,行方不明
事件に見せかけるために,死体を運び出そうとして,そのために,
同女の糞や血痕を拭きとるなど罪証隠滅工作をした旨供述(警察官
調書〔乙20〕及び検察官調書〔乙29〕)しており,いかなる意
図で罪証隠滅工作を行ったかの点で食い違いが生じている。
この点,罪証隠滅工作の動機に関しては,被告人の警察官調書
(乙12,13)は,これを矛盾なく説明しており,格別不自然な
点も見受けられないのに対し,被告人の検察官調書(乙29)で
は,被告人が,行方不明事件を装うための工作をした後,被害者の
家を歩き回ってわざと足跡を付けた旨供述記載があり,かかる行動
に及んだ動機については,「私は,土足のまま,Aさんの家の中を
歩き回っていましたから,足跡がそこら中に,たくさんついている
だろうと思いましたが,それをいちいち拭いているような暇はあり
ませんでした。それぐらいなら,この際,足跡をたくさん残してお
こうと思いました。」などと供述しており,不合理な内容となって
いる。さらに,同検察官調書には,「あなたは,どうして,Aさん
に着物を着せたのか。」と追及されたのに対し,被告人が,「特に
理由はありません。着物が目に付いたので,咄嗟に,Aさんに着せ
ようと思いつきました。」との答えをした旨の供述記載があるな
ど,検察官が疑問に思う点を問答形式で録取された不合理と見られ
る部分が多く見受けられ,これらは,実際にも不合理な供述となっ
ている。
この点,かかる変遷が生じた理由については,被告人の警察官調
書(乙20)及び検察官調書(乙29)には,その説明がなく不明
である。
しかしながら,上記変遷は,もっぱら第1の犯行後における罪証
隠滅工作に関するもので,被告人の強盗殺人や強盗強姦の故意の有
無の点との関係が乏しい上,その変遷の程度も,被告人の罪証隠滅
工作の外形的な事実経過については一貫しており,その意図が食い
違っているにすぎないこと,そして,強盗殺人及び強盗強姦の故意
の存在については一貫して認めていたことに照らせば,前記変遷
が,被告人の故意及び犯行状況に関する捜査段階の供述の信用性を
障害するに足りるものとは解されないところである。
(2) 客観的証拠との整合性
また,被告人の捜査段階の自白は,証拠から認められる客観的な事
実関係とも符合している。
すなわち,被告人の犯行状況や罪証隠滅工作等についての供述は,
前記イ(オ)のとおりであるところ,同供述は,被害者方の血痕や足跡
痕等の付着状況,同女のもらした糞や歯根部から脱落したと見られる
歯牙の発見された状況(実況見分調書〔甲2〕)と符合しているほ
か,同女の浴衣が第2の死体遺棄現場付近で発見されていること(遺
留品発見報告書〔甲64〕)とも矛盾はなく,事実関係と整合してい
ると認められる。
 (3) 供述内容の合理性
   さらに,その供述内容を検討するに,
(ア) 被告人は,被害者に対し,長年一方的な思慕の情を抱き続けて
いたところ,事件当日早朝,同女から犬の糞のことで叱責され,同
女から裏切られたような心境となり,当日夜,スナックで飲酒する
うち,同女を強姦して殺害することを決心したというものであっ
て,殺意の発生過程を十分合理的に説明している。
(イ) そして,関係証拠によれば,被告人は,事件翌日の給料日に約
25万円の給料を受給する予定ではあったものの,金融会社等から
の借金のほか,滞納中の保険料やスナックの飲み代,車検費用等の
支払いなど,同月中に合計30万円余り出費が予定されていたにも
関わらず十分な支払原資を有していなかったことが認められるとこ
ろ(そして,被告人は本件犯行後に上記各支出をなしていることが
認められる。),かかる客観的事情は被告人が強盗を企てる動機を
裏付けるとともに,強盗目的であった旨の被告人供述を十分に合理
的に説明するものである。
(ウ) また,被告人は,捜査,公判を通じ,本件犯行当時,覆面等顔
を隠す道具を何ら携行していなかったとする。しかし,被告人と被
害者とは近所であり,顔見知りでもあったのであるから,被告人が
覆面等の手立てを講じないで強姦に及べば,被告人が犯人であるこ
とはたちどころに露見したはずである。それにもかかわらず,被告
人が覆面等の道具を用意しなかったということは,被害者から被告
人が犯人であることが判明するはずがないと考えていたこと,つま
り当初から同女の殺害を前提としていたとする点で十分合理的であ
る。
(エ) 加えて,被告人は,「Aさんは,長い間郵便局に務めていまし
たし,退職金ももらっていたはずですし,仕事を辞めた後は,年金
で悠々自適に暮らしていると知っていました。しかも,Aさんは身
なりも地味ですし,お金を使って贅沢をしている様子は,全くあり
ませんでした。ですから,私は相当お金を貯め込んでいると思いま
した。」などと,強盗を計画した理由,経緯について,相当具体的
に供述している。この供述は,被告人が被害者方付近を徘徊し,の
ぞき行為をするなどして,同女の生活状況を知悉していたと供述し
ていることとも符合している。
(4) そして,被告人は,公判廷において,強盗殺人及び強盗強姦の故意
の点を,捜査段階で自白したのは,取調官から一方的に供述を押し付
けられたためである旨弁解するが,前記のとおり,被告人の捜査段階
の自白は,逮捕後2日目の早期の段階から起訴されるまで一貫してな
されていたものである上,その供述記載には,捜査機関が当初把握し
ていなかったのに,被告人が自ら供述したことによって発覚し,その
後の捜査で客観的な裏付けを得た,いわゆる秘密の暴露にあたる事実
が含まれていることなどによれば,捜査段階の供述は,被告人が自発
的に供述したものであることがうかがわれる。
また,前記のとおり,被告人の捜査官に対する供述には,罪証隠滅
工作の意図について変遷が存在するが,被告人がその供述内容を変遷
させている部分でさえ,被告人が供述するとおり録取されているの
に,被告人が当初より一貫して自白している強盗殺人及び強盗強姦の
故意に関する供述部分についてのみ,押し付けによって録取されたと
は考え難い。
さらに,被告人は公判廷において,犯行直前の自動車内での出来事
についての捜査官に対する供述状況に関して曖昧な供述に終始し(被
告人公判供述839項以降),また,「(取調時に検察官に対し
て),殺したのは顔を見られたかもしれんからと言った。検察官は聞
いてくれたと思う。」としながら「調書を読み聞かされた際には言っ
たことと違うところはなかったと思う。」旨(同876項以降)の前
後矛盾する供述をなしているところでもある。
以上によれば,被告人の捜査段階の供述は,捜査官に一方的に押し
付けられて供述したものではないと認められ,被告人の上記弁解は,
捜査段階での供述状況とそぐわず採用できないというほかない。
(5) 弁護人の主張の検討
弁護人は,被告人が凶器を携行していなかったのは,当初から殺害
の意図があったのであれば被害者殺害のための凶器を用意していたは
ずであって,不自然である旨主張する。
しかし,被告人は,平成12年11月23日付の警察官調書(乙
9)で,「私自身の頭の中で,Aさん1人くらいは,素手で首を絞め
て殺せる自信がありましたので,殺すために何か凶器や道具を使うつ
もりは,ありませんでした。」,「頭などを叩いたりするための凶器
を持ち歩いているところを見つかった場合,言い訳できませんし,A
さん殺しを成功させた後,その凶器をAさん方に置き忘れた場合,そ
の凶器から足がついて,私の犯行であることがバレると思うと,それ
も使わない方が良いだろうと考えたのです。」などと供述していると
ころ,同供述は,被告人と被害者の間の年齢,体格差等を考えれば,
十分合理的と考えられる。
また,弁護人は,被告人が,被害者方には,他にも多額の現金があ
ったにもかかわらず,その居宅の寝室等の一部のみの物色行為しかし
ていないことに照らすと,強盗を当初から企てていたとの供述は不自
然である旨主張する。
しかし,被告人は,平成12年11月27日付の警察官調書(乙1
2)において,「50万円の現金と5~6千円入りの財布,小銭でパ
ンパンのがま口が2個あったので,もうこれで全部と思い,その他は
良く見ていません。」,「Aさん方にある現金はこの50万円くらい
と思っていたので,他の所を物色するより早くAさん方を出た方が良
いと思ったのです。」と供述しており,その供述内容を不自然という
ことはできない。
(6) 以上によれば,被告人の捜査段階の供述は,その供述内容や供述経
過等に照らして,十分な信用性を有していることが認められる。
3 被告人の公判供述の信用性
 上記の捜査段階の供述に対して,被告人は,公判廷において,強盗殺
人及び強盗強姦の故意を否認する供述をしているので,以下検討する。
(1) まず,被告人の公判供述の要旨は,「平成12年7月8日夜,スナ
ックで飲酒中に,被害者に朝怒られたことを思い出し,レイプして仕
返しをしてやろうと考え,翌日午前零時30分ころ店を出た。被害者
を殺そうとは思っていなかった。その後,駐車場で酔いを醒ました
後,被害者の家に入ったが,予め準備していたハンガー以外には道具
は持って行かなかった。被害者方侵入後,寝室に向かう途中,同女と
顔を合わせてしまい,騒がれたらまずいと思って,その口を塞いで殴
りつけた上,押し倒して馬乗りとなり,首を絞めて失神した同女を強
姦しようとしたが,陰茎が勃起せずに姦淫できなかった。そこで,被
害者に顔を見られたと思って首を改めて絞めて殺害した。その後,被
害者の遺体をベッドに寝かせたが,自分の指紋があちこち残っていた
ら自分の罪がばれると思い,物取りの犯行に見せかけるため,寝室横
の整理タンス等を2,3箇所開け,整理タンスの引き出しに,50万
円入りの封筒と財布があるのを発見し,その段階で持っていこうと思
って持ち出した。整理タンスの引き出しは,少し開けておいた。さら
に,物取りの犯行と見せるため,家中に足跡を付けるために歩き回っ
たが,怖くなって,被害者の遺体をベッドから下ろして着物を着せて
外に出した。」というものである。
(2) 以上の公判供述については,以下の事情が指摘できる。
ア 被告人は,第1回公判において,「全て事実は間違いない。」と
供述して事実関係を認めており,その後の被告人質問でも,「被害
者方に2,30万円のお金があるとは思っていた。」,「被害者方
に侵入する際に,いくらかでもお金をとってやろうという気持ちは
なかったと言ったらうそになると思うので,少しくらいはあったと
思います。」,「被害者から顔を見られたら殺すつもりでした。」
などと,強盗殺人及び強盗強姦の故意があったことを一部自認する
供述をしており,かかる被告人の供述状況によれば,公判供述自体
が矛盾していることが明らかである。
イ そして,被告人は,公判廷では,「被害者をベッドに寝かせたと
きには,このままにして帰ろうかなと思ったんですけど,自分の指
紋があちこちに残っておったらいかんと思って,物取りの犯行と見
せかけるためにやりました。」,「整理タンスを物色した後,同タ
ンスの引き出しを少し開けておきました。全部閉めたら物取りの犯
行と分からんから。」などと,物色した理由について供述してい
る。しかし,指紋が残っていることと,物取りの犯行と見せ掛ける
工作をするということの関係が理解し難い上,実況見分調書(甲
2)によれば,事件後,同整理タンスの引き出しは完全に閉じられ
た状態であることに照らすと,被告人の公判供述は,客観的証拠と
の間で明らかな齟齬を生じている。
ウ また,前記のとおり,被告人は,公判廷でも,被害者方侵入の
際,覆面等顔を隠す道具を何ら携行していなかった旨供述するが,
同女の殺害を前提としていなかったのであれば,同女から被告人が
犯人であることが判明し,逮捕される可能性があったことについ
て,本件犯行前にどのように考えていたのか,納得のできる合理的
な説明はなされていない。
(3) 以上のとおり,被告人の公判供述は,自己矛盾や,客観的な事実経
過との齟齬など不合理な点が多く存在するのであって,これを到底信
用することができない。
4 結論
以上によれば,被告人の捜査段階の供述は,これを十分に信用するこ
とができるところ,同供述によれば,被告人が第1の犯行に際し強盗殺
人及び強盗強姦の故意を有していたことを優に認定することができる。
(法令の適用)
罰 条
 第1
   住居侵入の点   刑法130条前段
   強盗殺人の点   刑法240条後段
   強盗強姦未遂の点 刑法243条,241条前段 
 第2         刑法190条
 第3         包括して刑法190条
科刑上一罪の処理
 第1         強盗殺人と強盗強姦未遂は,1個の行為が2個
の罪名に触れる場合であり,住居侵入と強盗殺
人及び強盗強姦未遂との間にはそれぞれ手段結
果の関係があるので,同法54条1項前段,後
段,10条により結局以上を1罪として最も重
い強盗殺人罪の刑で処断
刑種の選択
 第1         無期懲役刑を選択
併合罪の処理      第1につき無期懲役刑を選択したので,刑法4
5条前段,46条2項本文により他の刑を科さ
ない
未決勾留日数の算入   刑法21条
訴訟費用の不負担    刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
第1 犯行に至る経緯
 1 被告人は,20代のころから,近所の郵便局に勤務していた被害者
に対し好意を持ち続け,本件の数年前から同女方付近を徘徊し,のぞ
き行為等を繰り返すとともに,同女を強姦したいとの密かな願望を抱
くようになっていたが,実行できないでいた。
   被告人は,平成12年7月8日早朝,飼い犬の散歩中,被害者方付
近で同女と顔を合わせ,同女から,飼い犬の糞のことで注意された
上,飼い犬以外の犬の糞の始末までも被告人に要求されたのみなら
ず,飼い犬の散歩中に同女方の前を通行しないように厳しい口調で言
われた。そのため被告人は,被害者から嫌われ,自分を拒絶されたと
考え,それまでの長年にわたる思慕の情が冷めるとともに,逆に同女
に対する激しい憎しみを覚えるに至った。
   被告人は,被害者への腹立たしい気持ちが収まらないまま,当日の
仕事を終え,同日午後8時30分過ぎころから,行きつけのスナック
に出掛け,同所で飲酒するうち,同女に対する憎悪の気持ちを募ら
せ,かねてからの願望のとおり同女を強姦した上,殺害して報復しよ
うと考えるとともに,当時,金融会社からの借金等による支払いがあ
ったことから,同女の殺害後,同女が自宅に保管している金員をも強
取しようと考えた。
   被告人は,翌9日午前零時30分すぎに同スナックを出て,付近駐
車場で車を停めて,被害者方の裏口差込錠を針金製のハンガーを使っ
て開けて同女方に侵入し,睡眠中の同女の頸動脈を押さえて失神さ
せ,同女を全裸にして綬等で縛り上げた上で強姦した後,同女を絞殺
し,同女が手元に置いているであろう5,60万円位の現金を探し出
して奪い,同女に衣服を着せてベッドに寝かせて強姦が発覚しないよ
うにするとともに,わざとタンスの引出を開けて物色の跡を残し,泥
棒の仕業と見せかける犯行隠滅工作をしようなどという計画を思い描
いた。その後,被告人は,同日午前2時過ぎころ,自宅に戻って車を
停め,徒歩で被害者方に向かい,第1の犯行に及んだ。
 2 第1の犯行後,被告人は,自分の指紋が被害者方に残っていること
に気付き,このまま同女の遺体を残しておくといずれ自分の犯行であ
ることが発覚してしまうと思うようになり,当初の計画を変更し,同
女の遺体を運び出して遺棄することにより,行方不明事件に偽装して
自己の犯跡を隠滅しようと考えた。そこで,被告人は,被害者の遺体
を自車後部座席に運び込んだ上,遺体遺棄の場所を探して車を走ら
せ,判示神社境内に同女の遺体を遺棄することとして,第2の犯行に
及んだ。
 3 さらに,被告人は,第2の犯行後,警察の事情聴取を受けるなどし
たため,念には念を入れて被害者殺害の証拠をなくさなければならな
いと考え,同年9月上旬ころ,前記神社境内より,白骨化した同女の
遺体の一部を持ち出し,所携の片口ハンマーで同遺骨を割るなどした
上,付近の線路等に向け,バラバラに捨てるなどして,第3の犯行に
及んだ。
第2 特に考慮した事情
 第1を見るに,被告人が犯行に及んだ経緯は前記のとおりであり,被
害者には格別の落ち度はないにもかかわらず,同女に対する一方的な憎
悪の気持ちを募らせるなどして,判示犯行に及んだものであって,短絡
的かつ自己中心的な犯行動機に酌量の余地は全くない。
また,その犯行態様は,殺害方法等を事前に考えて犯行に及んだとい
う点で一定の計画性が認められる上,被告人は,70歳と老齢の被害者
の顔面をその歯牙が脱落するほど強く殴りつけて引き倒し,馬乗りとな
って首を絞めるなど容赦ない暴行を加えて失神させ,同女の着ていたネ
グリジェを破り裂いて強姦しようとしたが,同女の脱糞に気付いて姦淫
の意欲が萎えると,今度は,意識を取り戻した同女を苦しめて報復する
ため,その首を徐々に絞め上げ,苦悶のうなり声をあげて手足をばたつ
かせる同女を意に介することなく殺害したのみならず,金品をも物色し
て強取したものであって,卑劣,冷酷かつ残虐で,極めて悪質な犯行で
ある。
被告人の犯行により,被害者が受けた恐怖感,肉体的精神的苦痛,理
不尽にも突然このような形で殺害された無念は察するに余りあるものが
ある上,何より貴重な生命が失われたものであるから,犯行結果は誠に
重大である。
 次いで,第2及び第3を見るに,被告人は,第1の犯行を隠蔽する目
的で,各犯行に及んだもので,自己中心的な犯行動機に酌量の余地はな
い。その犯行態様も,被告人は,被害者を殺害後間もなくその遺体を遺
棄し,さらに,その後も白骨化した同女の遺体を運び出して,同女の頭
蓋骨等をハンマーで割った上,何度も列車が通れば粉々に壊れてしまう
ことを期待しながら,同遺骨を鉄道敷地内に投棄したもので,自己保身
もはなはだしく,死者に対する悼みはさらさら感じられない。
 そして,残された遺族らは,被告人に対する極めて厳しい処罰感情を
抱いているが,上記犯行状況に照らして考えると,それも当然のことと
理解される。
 また,被告人は,公判廷において,捜査段階の自白を覆し,不自然,
不合理な弁解に終始しており,かかる被告人の供述態度からは,真摯な
反省,悔悟の情を認めることはできない。
 そうすると,第1の強姦の点については未遂に終わっていること,被
告人にはこれまでさしたる前科がないこと,被告人の母親が被害者の遺
族のもとに謝罪に赴くとともに,被害弁償等の趣旨で150万円を渡し
ていること,被告人が被害者の遺族に対し一応の謝罪の言を述べている
ことなど,被告人のために酌むべき事情も存在することを考慮してもな
お,被告人を主文掲記の無期懲役に処するのが相当であると判断した。
(求刑 無期懲役)
平成14年4月16日
福岡地方裁判所第3刑事部
裁判長裁判官 陶  山  博  生
   裁判官 向  野     剛
 
            裁判官  岡  崎  忠  之        

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