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平成26年4月22日判決言渡同日判決原本交付裁判所書記官
本訴平成24年(ワ)第998号賃金等請求事件
反訴平成24年(ワ)第8930号貸金等請求事件
口頭弁論終結日平成26年2月20日
判決
本訴原告(反訴被告)P1
(以下「原告」という。)
同訴訟代理人弁護士溝呂木雄浩
同近藤弘
同工藤舞子
同訴訟復代理人弁護士飯塚亜矢子
本訴被告(反訴原告)株式会社
サクラエンタープライズ
(以下「被告」という。)
同訴訟代理人弁護士橋本吉文
同李武哲
同大塚陽介
同秋山理恵
同訴訟復代理人弁護士福岡隆行
同金佑樹
同神山優一
同二又朋之
主文
1原告の本訴請求をいずれも棄却する。
2(1)原告は,被告に対し,518万2000円及びこれに対する平成23
年9月23日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
(2)原告は,被告に対し,219万0122円及びうち37万7100円
に対する平成20年4月24日から,うち37万円に対する平成20年5月14
日から,うち25万1850円に対する平成20年8月2日から,うち3万64
50円に対する平成21年2月24日から,うち32万9250円に対する平成
21年3月26日から,うち5250円に対する平成21年7月1日から,うち
7万7222円に対する平成21年8月18日から,うち74万3000円に対
する平成22年6月22日から各支払済みまで,それぞれ年5%の割合による金
員を支払え。
3被告のその余の反訴請求を棄却する。
4訴訟費用は,本訴反訴を通じ,これを4分し,その1を被告の負担とし,
その余を原告の負担とする。
5この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1本訴請求
(1)被告は,原告に対し,500万円(平成21年12月から平成22年6月
まで各月20万円による合計140万円及び平成22年7月から平成23年2月
まで各月45万円による合計360万円)並びに平成21年12月分から平成2
3年1月分までの各月の金員に対する各月26日から平成23年2月21日まで
年6%の割合による各金員及び上記500万円に対する平成23年2月22日か
ら支払済みまで年14.6%の割合による各金員を支払え。
(2)被告は,原告に対し,2000万円及びこれに対する平成23年9月14
日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
2反訴請求
(1)原告は,被告に対し,658万2000円及びこれに対する平成23年9
月23日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
(2)原告は,被告に対し,219万5372円及び
うち37万7100円に対する平成20年4月24日から,
うち37万円に対する平成20年5月14日から,
うち25万1850円に対する平成20年8月2日から,
うち3万6450円に対する平成21年2月24日から,
うち32万9250円に対する平成21年3月26日から,
うち5250円に対する平成21年7月1日から,
うち7万7222円に対する平成21年8月18日から,
うち5250円に対する平成22年2月4日から,
うち74万3000円に対する平成22年6月22日から各支払済みまで,それ
ぞれ年5%の割合による金員を支払え。
(3)原告は,被告に対し,1300万円及びこれに対する平成23年9月23
日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1前提事実(証拠等の掲記のない事実は当事者間に争いがない。)
(1)当事者
原告は,後記(2)のとおり,かつて被告の従業員であった者である。
被告は,交通安全施設全般及び保安用品の企画・設計・製作・販売・施工,コ
ンピュータのネットワークを用いた情報処理サービス・ソフトウェアの開発・管
理・提供・運営及び保守業務等を目的とする株式会社である。
(2)雇用契約及びその解消
ア原告は,平成19年1月ころ,被告との間で,期間の定めのない雇用契
約を締結した。賃金の支払日は,遅くとも平成19年3月分以降,各月25日払
とされた(賃金の額については争いがある。)。
イ原告は,被告に在職中,未来技術開発室室長の地位にあったが,被告に
は,原告のほかに従業員はいなかった。
ウ原告は,平成23年2月21日に被告を退職した。
(3)特許等
ア原告は,被告に勤務する前に,以下の特許に係る発明をした。
(ア)特許第3342302号(以下,この特許に係る特許権を「甲4特許
権」という。)
出願番号特願平8-186674号
出願日平成8年6月26日
公開日平成9年3月18日
発明の名称立体像記録再生装置及びその方法
登録日平成14年8月23日
発明者原告
(イ)特許第3973724号(以下,この特許に係る特許権を「甲6特許
権」という。)
出願番号特願平9-62423号
出願日平成9年2月28日
公開日平成10年9月11日
発明の名称光学結像装置
登録日平成19年6月22日
発明者原告
イ原告は,被告に在職中,以下の(ア)及び(イ)の特許に係る発明をした。
(ア)特許第4865088号(以下,この特許を「甲14特許」,甲14
特許に係る特許権を「甲14特許権」,その請求項に係る発明を「甲14発明」
という。)
出願番号特願2010-509189号
出願日平成21年4月21日
国際公開日平成21年10月29日
優先日平成20年4月22日
発明の名称光学結像方法
登録日平成23年11月18日
発明者被告代表者,原告
【請求項1】
透明平板の内部に,該透明平板の一方側の面に垂直に多数かつ帯状の平面光反
射部を並べて形成した第1及び第2の光制御パネルを用い,該第1及び第2の光
制御パネルのそれぞれの一面側を,前記平面光反射部を直交させて向かい合わせ
た光学結像装置を用いる光学結像方法であって,
前記第1の光制御パネルの平面光反射部に物体からの光を入射させ,該平面光
反射部で反射した反射光を前記第2の光制御パネルの平面光反射部で再度反射さ
せ,前記物体の像を該光学結像装置の反対側に結像させることを特徴とする光学
結像方法。
【請求項2】
請求項1記載の光学結像方法において,前記平面光反射部は一定のピッチで設
けられていることを特徴とする光学結像方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の光学結像方法において,前記平面光反射部は,両面反射
板からなることを特徴とする光学結像方法。
【請求項4】
請求項3記載の光学結像方法において,前記物体からの光は,前記第1及び第
2の光制御パネルのいずれか一方又は双方の対向する前記両面反射板を奇数回反
射して,前記物体の像を結像することを特徴とする光学結像方法。
(イ)特許第5085631号(以下,この特許を「甲11特許」,甲11
特許に係る特許権を「甲11特許権」,その請求項に係る発明を「甲11発明」
という。)
出願番号特願2009-242789号
出願日平成21年10月21日
公開日平成23年5月6日
発明の名称光学結像装置及びそれを用いた光学結像方法
登録日平成24年9月14日
発明者原告,被告代表者
【請求項1】
物体からの光を,第1の反射面で反射し,更に該第1の反射面と対となって段
違いに配置され,平面視して該第1の反射面と交差配置された第2の反射面で反
射させて通過させる光反射素子を多数有する平板状の光制御パネルを備え,該光
制御パネルを中心として,前記物体と面対称の位置に該物体の実像を結像する光
学結像装置であって,
前記光制御パネルを平面視して,該光制御パネル内に配置された前記光反射素
子の前記第1の反射面と前記第2の反射面との交差角度を二等分する二等分線は,
前記光制御パネル上の一点で交わることを特徴とする光学結像装置。
【請求項2】
請求項1記載の光学結像装置において,前記二等分線が交わる前記一点を中心
に前記光反射素子が配置されない平板状の遮光部が形成され,前記物体は,前記
一点を通過し前記遮光部に垂直な垂線を中心軸とし断面を前記遮光部とする筒体
内で該遮光部の一方側に配置されることを特徴とする光学結像装置。
【請求項3】
物体からの光を,第1の反射面で反射し,更に該第1の反射面と対となって段
違いに配置され,平面視して該第1の反射面と交差配置された第2の反射面で反
射させて通過させる光反射素子を多数有する平板状の光制御パネルを備え,該光
制御パネルを中心として,前記物体と面対称の位置に該物体の実像を結像する光
学結像装置であって,
前記光制御パネルは,含まれる前記第1の反射面と前記第2の反射面がそれぞ
れ平行となって分割された複数の分割光制御パネルを有し,平面視した前記各分
割光制御パネルの中心線は,前記光制御パネル上の一点で交わり,しかも,平面
視して前記中心線上にある前記光反射素子の前記第1の反射面と前記第2の反射
面との交差角度を二等分する二等分線は,前記中心線に一致することを特徴とす
る光学結像装置。
【請求項4】
請求項3記載の光学結像装置において,前記分割光制御パネルに含まれる前記
第1,第2の反射面は,それぞれ第1,第2の分割透明平板の内部に,該第1,
第2の分割透明平板の一方側の面に垂直に多数かつ帯状に一定のピッチで並べて
形成され,多数の前記光反射素子は,該第1及び第2の分割透明平板のそれぞれ
の一面側を,前記第1,第2の反射面を交差させて向かい合わせに配置すること
により形成されることを特徴とする光学結像装置。
【請求項5】
請求項3又は4記載の光学結像装置において,前記各分割光制御パネルの中心
線が交わる前記一点を中心に前記光反射素子が配置されない平板状の遮光部が形
成され,前記物体は,前記一点を通過し前記遮光部に垂直な垂線を中心軸とし断
面を前記遮光部とする筒体内で該遮光部の一方側に配置されることを特徴とする
光学結像装置。
【請求項6】
物体からの光を,第1の反射面で反射し,更に該第1の反射面と対となって段
違いに配置され,平面視して該第1の反射面と交差配置された第2の反射面で反
射させて通過させる光反射素子を多数有する平板状の光制御パネルを用い,該光
制御パネルを中心として,前記物体と面対称の位置に該物体の実像を結像する光
学結像方法であって,
前記光制御パネルを平面視して,該光制御パネルに含まれる前記光反射素子の
前記第1の反射面と前記第2の反射面との交差角度を二等分する二等分線を,前
記光制御パネル上の一点で交わらせて,前記光反射素子を通過する光の中で,前
記第1の反射面及び前記第2の反射面でそれぞれ1回ずつ反射して前記光反射素
子を通過する光を増加させることを特徴とする光学結像方法。
【請求項7】
請求項6記載の光学結像方法において,前記二等分線が交わる前記一点を中心
に前記光反射素子が配置されない平板状の遮光部を形成し,前記物体を,前記一
点を通過し前記遮光部に垂直な垂線を中心軸とし断面を前記遮光部とする筒体内
で該遮光部の一方側に配置することを特徴とする光学結像方法。
【請求項8】
物体からの光を,第1の反射面で反射し,更に該第1の反射面と対となって段
違いに配置され,平面視して該第1の反射面と交差配置された第2の反射面で反
射させて通過させる光反射素子を多数有する平板状の光制御パネルを用い,該光
制御パネルを中心として,前記物体と面対称の位置に該物体の実像を結像する光
学結像方法であって,
前記光制御パネルを,含まれる前記第1の反射面と前記第2の反射面がそれぞ
れ平行となる複数の分割光制御パネルに分割し,平面視した前記各分割光制御パ
ネルの中心線を,前記光制御パネル上の一点で交わらせ,しかも,平面視して前
記中心線上にある前記光反射素子の前記第1の反射面と前記第2の反射面との交
差角度を二等分する二等分線を,前記中心線に一致させて,前記各分割光制御パ
ネル内で,前記第1の反射面及び前記第2の反射面でそれぞれ1回ずつ反射させ
て光を通過させる前記光反射素子に対して,該第1の反射面又は該第2の反射面
で1回反射して光を通過させる該光反射素子の割合を減少させることを特徴とす
る光学結像方法。
【請求項9】
請求項8記載の光学結像方法において,前記各分割光制御パネルの中心線が交
わる前記一点を中心に前記光反射素子が配置されない平板状の遮光部を形成し,
前記物体を,前記一点を通過し前記遮光部に垂直な垂線を中心軸とし断面を前記
遮光部とする筒体内で該遮光部の一方側に配置することを特徴とする光学結像方
法。
(ウ)甲11発明及び甲14発明は,いずれも被告の業務範囲に属し,かつ,
その従業者等の職務に属する行為により発明に至った職務発明(特許法35条)
に当たり,その特許を受ける権利は,各発明後間もなく,被告に譲渡された。
ウ被告代表者は,原告の在職中,以下の特許出願をしたが,いずれも出願
から3年以内に審査請求をしなかったため,上記特許出願は取下げたものとみな
された(特許法48条の3第4項)。
(ア)特願2007-217379号(以下,その請求項に係る発明を「甲
8発明」という。)
出願日平成19年8月23日
公開日平成21年3月12日
発明の名称再帰反射素子及び再帰反射装置並びにそれを用いた再帰
反射体
発明者被告代表者
(イ)特願2007-217384号(以下,その請求項に係る発明を「甲
9発明」という。)
出願日平成19年8月23日
公開日平成21年3月12日
発明の名称光制御素子及び光制御パネル並びにそれを用いた光制御装

発明者被告代表者
(4)貸金
ア被告は,原告に対し,以下のとおり,金銭を貸し付けた。
平成20年1月30日35万円
2月18日74万7000円
3月10日57万4000円
4月15日30万円
12月17日73万4000円
平成21年6月22日73万4000円
12月29日ころ74万3000円
平成22年12月27日100万円
(これ以外の貸付金〔後記第3の4【被告の主張】〕の存否については,争いが
ある。)
イ被告は,平成23年9月8日,原告に対し,上記アの貸付金及び後記第
3の4【被告の主張】記載の貸付金につき,相当期間(民法591条)である2
週間以内に支払うよう催告した。
(5)立替払金について
被告は,原告が負った債務を以下のとおり立て替えて支払った。
平成20年4月23日特許料37万7100円
5月13日特許料37万円
8月1日特許料25万1850円
平成21年2月23日特許料3万6450円
3月25日特許料32万9250円
6月30日個人確定申告費用5250円
8月17日特許料7万7222円
平成22年6月21日原告長男の学費74万3000円
(これ以外の立替金〔後記第3の5【被告の主張】〕の存否については,争いが
ある。)
(6)(4)及び(5)以外の被告から原告に対する金銭の交付経過
被告は,平成19年1月から平成23年2月までの間,上記(4)及び(5)の金
銭以外に,以下のとおり金銭を交付したが,このうち各月15万円は,上記(2)
アの雇用契約に基づく賃金である(その余の金銭の性質については争いがあ
る。)。
平成19年1月から平成21年11月各月65万円
平成21年12月から平成22年6月各月45万円
平成22年7月から平成23年2月各月20万円
(7)●●●●●●●●●●●●●●●
ア●●●●●●
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イ本件譲渡契約に基づく義務の履行
被告は,A社に対し,本件譲渡契約締結後間もなく,本件譲渡契約に
基づき,甲11特許権及び甲14特許権に係る特許権移転登録手続をした。
一方,A社は,被告に対し,そのころ,本件譲渡契約に基づく対価と
して5000万円を支払った。
ウ原告のA社での勤務
原告は,本件譲渡契約が締結された後間もないころから現在に至るまで,A
社に勤務している。
2請求
(1)原告の本訴請求
原告は,①被告との雇用契約において,賃金を毎月65万円と合意したとし
て,被告に対し,未払賃金合計500万円(平成21年12月から平成22年6
月まで各月20万円の未払賃金140万円及び平成22年7月から平成23年2
月まで各月45万円の未払賃金360万円)並びに平成21年12月分から平成
23年1月分までの各月の未払賃金に対する各支払期限の翌日である各月26日
から平成23年2月21日まで商事法定利率である年6%の割合による遅延損害
金及び平成21年12月から平成23年2月分までの各未払賃金に対する退職日
の翌日である同月22日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律6条
1項の定める年14.6%の割合による遅延損害金の支払を求めると共に,②職
務発明である甲11発明及び甲14発明に係る特許を受ける権利を被告に承継し
たことに基づく相当の対価(特許法35条3項)もしくは利益分配合意に基づく
分配金として2000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成23
年9月14日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払
を求めている。
(2)被告の反訴請求
被告は,①前記1(4)及び後記第3の4【被告の主張】記載の金銭消費貸借
契約に基づき,原告に対し,貸付元本合計658万2000円及びこれに対する
催告で定めた相当期間である2週間経過日の翌日である平成23年9月23日か
ら支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求め,②前
記1(5)及び後記第3の5【被告の主張】記載の準委任契約に基づく費用償還請
求として,立替払金219万5372円及び各立替払金についてその立替払日の
翌日から各支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求め
ると共に,③主位的に職務発明対価に係る仮払金を精算する旨の合意に基づき,
予備的に不当利得に基づき,仮払金として支払った1450万円の一部である1
300万円及びこれに対する催告時に定めた相当期間が経過した翌日である平成
23年9月23日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の
返還を求めている。
3争点
(1)本訴請求関係
ア原告の賃金額(争点1-1)
イ職務発明の相当対価額及びその支払の有無(争点1-2)
ウ利益分配合意の有無(争点1-3)
(2)反訴請求関係
ア金銭貸付けの有無(争点2-1)
イ金銭立替及び委託の有無(争点2-2)
ウ仮払金精算義務の有無(争点2-3)
第3争点に関する当事者の主張
1争点1-1(原告の賃金額)について
【原告の主張】
原告は,平成19年1月ころ,被告との間で雇用契約を締結するに当たり,賃
金を月額65万円とする旨合意した。だからこそ,被告は,原告に対し,平成1
9年1月から平成21年6月までの間,毎月65万円を支払ってきたものである。
被告は,原告の賃金は月15万円であった旨主張するが,原告は平成19年1
月当時52歳であり,特許を複数有する発明家で,新たな発明による特許取得を
目指して被告に就職した者であることからして,そのような低額での合意はあり
得ない。また,破産手続において,給与を月15万円と申告したのは,被告の経
理処理に従って発行された給与明細書を提出すれば足りると考えていた上,被告
の経理処理と齟齬する申告により被告に迷惑をかけては申し訳ないとの気持ちが
あったからである。
それにもかかわらず,被告は,平成21年12月以降,前提事実(6)のとおり,
原告の賃金を平成21年12月から平成22年6月までは月45万円,平成22
年7月から平成23年2月までは月20万円へと一方的に減額した。
したがって,被告は,原告に対し,これら減額分の賃金を支払うべき義務を負
う。
【被告の主張】
原告と被告との間で合意された賃金の額は,給与明細書及び源泉徴収票に表れ
ているとおり月15万円である。被告は,原告に対し,前提事実(6)のとおりの
金銭を支払ってきたが,賃金としての支払は月15万円であり,残りは,甲11
発明及び甲14発明に係る職務発明対価仮払金(後記2【被告の主張】),原告
が保有する特許権の使用料(平成20年10月から平成21年6月までの合計4
50万円)又は貸金(後記3【被告の主張】)として交付したものである。この
ことは,原告自身,平成19年11月以降の破産手続において,給与を月額15
万円と申告していることからも裏付けられる。
したがって,被告において,原告に対する賃金の未払はない。
2争点1-2(職務発明の相当対価額及びその支払の有無,利益分配合意の
有無)について
【原告の主張】
(1)被告の利益
被告は,原告の職務発明である甲11発明及び甲14発明の実施及び甲11特
許権及び甲14特許権の譲渡により,以下の利益を上げた。
ア第6回大分県ビジネスプラングランプリ優秀賞受賞に伴う補助金400
万円
イ平成19年2月から平成23年7月までの間,試作品開発等により64
58万4520円の収入を得ているが,その粗利益は約3300万円である。
この点につき,費用として控除できるのは,研究・開発に不可欠であった費用
に限定される。
ウ本件譲渡契約の対価5000万円
(2)職務発明の相当対価額
原告は,被告との雇用契約締結に当たり,被告代表者との間で,将来的に事業
化に成功したら,その利益を2人で分配しようと約束していた。原告が被告の単
なる従業員でなく,実質的経営者ともいうべき地位にあった。本件譲渡契約が締
結に至ったのは原告の功績である。以上から,被告の支払うべき職務発明の相当
対価額は前記(1)で述べた被告の利益額合計8700万円のうち2000万円を
下らない。
(3)既払額
原告が被告から前提事実(6)のとおり受領していた金銭はいずれも賃金であり,
職務発明の対価として受領したものは含まれていない。
【被告の主張】
(1)被告の利益
ア第6回大分県ビジネスプラングランプリ優秀賞受賞に伴う補助金400
万円を受領したことは認める。しかし,同補助金は,甲11発明及び甲14発明
の実施品ではなく,文字通りビジネスプランに対するもので,原材料費,機械設
置費等事業化に必要な経費を助成するにすぎないから,職務発明の相当対価額算
定の基礎とすべき利益には当たらない。
イ平成19年2月から平成23年7月までの間,甲11発明及び甲14発
明を実施した試作品開発等により6458万4520円の収入を得たのは事実だ
が,その開発過程では同額を上回る費用が生じており,利益を得る状況にはな
かった。また,「試験又は研究のためにする特許発明の実施」(特許法69条1
項)に該当し,特許権の効力が及ぶものではないことからも,被告による独占的
利益は存在しない。
ウ本件譲渡契約は,甲11発明及び甲14発明に係る特許を受ける権利だ
けでなく,発明の実施に必要な設備や取引関係をも承継した上で,被告は競業避
止義務を負い,原告も被告からA社に転職するという内容で,実質的に
は事業譲渡というべきものであった。そのため,甲11発明及び甲14発明に係
る特許を受ける権利の価値が譲渡対価5000万円の中で占める割合は相当に低
かったと考えられる。
(2)職務発明の相当対価額
原告が被告から受領すべき職務発明の相当対価額は,諸事情を考慮すれば,1
50万円を超えるものではない。
(3)既払額
被告から原告に対して支払われた前提事実(6)の金銭のうち,平成19年1月
から平成20年9月までの各月50万円,平成21年7月から平成22年6月ま
での各月30万円及び平成22年7月から平成23年2月までの各月5万円の合
計1450万円は,職務発明対価の仮払金である。
したがって,職務発明の相当対価額は既に支払済みといえる。
3争点1-3(利益分配合意の有無)について
【原告の主張】
原告は,被告との雇用契約締結に当たり,被告代表者との間で,将来的に事業
化に成功したら,その利益を2人で分配しようと約束をした。具体的な分配比率
の定めはないが,分配前の利益は「所有権以外の財産」(民法264条)と言い
得るので,原告と被告代表者の分配比率は1:1である。
そのため,前記2【原告の主張】記載の被告の利益からして,被告は,原告に
対し,利益分配金として2000万円を支払うべきである。
【被告の主張】
否認ないし争う。
4争点2-1(金銭貸付けの有無)について
【被告の主張】
被告は,原告に対し,前提事実(4)の貸付けのほか,次のとおり貸し付けた。
(1)平成21年7月23日及び同年8月25日にそれぞれ20万円(合計40
万円)を貸し付けた。
(2)被告が原告に対して交付した前提事実(6)の金銭のうち,平成21年7月
から同年11月までに交付した各月65万円のうちの各月20万円の部分(合計
100万円)は,いずれも貸付けとして交付した。
【原告の主張】
平成21年7月23日及び同年8月25日の貸付けについては否認ないし不知。
また,前提事実(6)の金銭は,全て賃金として支払われたものであるから,平
成21年7月から同年11月までに交付された各月65万円のうちの各月20万
円の部分が貸付けであったということはない。
5争点2-2(金銭立替及び委託の有無)について
【被告の主張】
被告は,前提事実(5)の立替金のほか,平成22年2月3日,原告の確定申告
に要する費用5250円を立替払いした。これらの立替払は,いずれも経済的余
裕がなかった原告からの委託を受けて行ったものである。
【原告の主張】
平成22年2月3日の立替払については否認ないし不知。また,委託の主張に
ついては,委託の内容が不明である。
6争点2-3(仮払金精算義務の有無)について
【被告の主張】
前記2【被告の主張】記載のとおり,被告は,平成19年1月から平成23年
2月までの間に,職務発明対価の仮払金として合計1450万円を支払った(な
お,平成20年10月から平成21年6月までの各月50万円は,原告が個人で
有する特許権の使用料であった。)が,職務発明の相当対価額は150万円を超
えるものではない。
そのため,原告は,被告に対し,主位的に仮払金の精算合意に基づき,予備的
に不当利得に基づき,仮払金の精算として少なくとも1300万円(仮払金14
50万円から職務発明の相当対価額が超えることのない150万円を控除した額)
の返還義務を負う。
【原告の主張】
仮払金精算合意の存在は否認する。
また,前記2【原告の主張】欄記載のとおり,被告が原告に対して支払うべき
職務発明対価相当額は2000万円を下らない上,被告が仮払金として支払った
とする金銭は全て賃金として支払われたものであるから,仮払金の精算として返
還すべき金銭はないし,また,法律上の原因を欠いた利得でもない。
第4当裁判所の判断
1事実経過
前提事実,証拠(甲1~21,25,乙1,2,5~9,30,31,37,
39~41,44〔以上,枝番を含む。〕,原告,被告代表者)及び弁論の全趣
旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)雇用契約締結に至る経緯
原告は,昭和30年生まれの男性であるが,工業大学を卒業し,企業の技術開
発部門での勤務を経た後,平成13年11月,自ら会社を設立してLRP
(,立体映像空中投影パネル)の研究開発等の事
業を行うに至り,その過程で得た発明につき特許出願を行ってきた。しかし,原
告は,LRPの研究開発には多額の費用を要することもあって,平成16年11
月以降,資金繰りに窮するようになり,平成18年12月には負債総額が1億4
300万円にも昇った。そこで原告は,自社によるLRPの研究開発を断念する
と共に,LRPに関心を持ち,その研究開発に必要な経済的負担が可能な企業に
就職することで,LRPの研究開発とその関連特許の取得を継続していくことと
した。こうして,原告は,平成19年1月ころ,被告との間で雇用契約を締結し
た。
(2)原告の業務内容及び金銭支払の経過等
原告は,被告において未来技術開発室室長の地位に就いたが,代表取締役であ
る被告代表者を除き,被告の従業員は原告のみで,LRP開発の技術的側面は,
専ら原告が担った。原告は,当初,原告の発明によって被告が利益を上げた場合
に,被告からその利益に応じた金銭が支払われることを担保するため,特許出願
人を原告単独とした上,被告に専用実施権を設定する考えであったが,被告に拒
まれたため,その計画は断念した。こうして,原告の被告在職中に発明されたL
RP関連の職務発明である甲11発明及び甲14発明につき,その特許を受ける
権利は,各発明後間もなく,被告に譲渡された。
原告は,被告へ就職するに際し,各月65万円が支給されることを希望してい
た。平成19年1月から平成21年11月までは各月65万円が支給されたが,
平成21年12月から平成22年6月までの支給額は各月45万円,平成22年
7月から被告を退職する平成23年2月までの支給額は各月20万円であった。
ただ,これらの期間を通じ,被告から原告に交付された給与支給明細書及び源泉
徴収票では,原告の給与は月15万円(年180万円)とされていた。この点,
原告は,被告に就職後間もないころ,被告から各月支給額のうち月15万円を超
える部分は仮払金として支払う旨の説明を受けてこれを了承したほか,平成20
年10月から平成21年6月までの支給額のうち各月50万円は,原告が個人で
有する特許権の使用料として支払う旨の説明を受けてこれを了承し,その旨の確
定申告も行った。また,原告は,平成19年11月,自身の破産及び免責申立事
件において,東京地方裁判所に対し,自身の給与を月額15万円と申告した。
(3)本件譲渡契約及び原告の退職等
被告は,平成22年11月ころ,LRP事業が行き詰まりを見せたため,関連
する特許権等も含めてLRP事業を譲渡するほかないとの考えに至った。こうし
て,被告は,平成23年2月24日,原告による事業譲渡先の探索,交渉等が功
を奏したこともあり,A社との間で本件譲渡契約を締結し,その後間も
なくして,譲渡対価5000万円を受領した。
本件譲渡契約は,甲11発明及び甲14発明などに係る特許を受ける権利のみ
を譲渡するものではなく,被告が有する取引関係,ノウハウ,備品なども含め,
LRPの事業全てを譲渡するものであり,契約書上も上記5000万円はこれら
全ての譲渡への対価である旨明記された。そして,A社がLRPの開発
を継続し,これを事業として行っていくためには,原告の有する技術,ノウハウ
等が不可欠であったため,本件譲渡契約では,原告が被告からA社へ移
籍することも前提とされていた。
原告は,本件譲渡契約直前の平成23年2月21日に被告を退職し,その後間
もないころから現在に至るまで,技術者としてA社に勤務している。
2争点1-1(原告の賃金額)について
原告は,被告との雇用契約締結に当たっては,賃金を月65万円とする旨合意
したとし,平成19年1月以降,被告から各月65万円の給付があったのはその
ためである旨主張する。
しかし,前記1(2)のとおり,被告から原告に交付された給与支払明細書及び
源泉徴収票において,原告の給与は月15万円(年180万円)と記載されてい
た上,平成20年10月から平成21年6月までの,月15万円を超える合計4
50万円について,確定申告をしていた。
そうすると,原告が,被告から月15万円を超える部分は給与としてではなく,
仮払金としての支払である旨の説明を受けてこれを了承し,それを前提とした申
告を,破産手続や確定申告手続で行っていたと認めるのが相当である。これらの
事実関係は,原告の上記主張と矛盾するといわざるを得ない。
そもそも,原告が被告へ就職する目的は,従来から行っていたLRPの研究開
発を継続し,これに関する特許を取得していくことだったのであるから,原告が
被告での職務に関係して受領する金銭は,雇用契約締結当時から,賃金だけでな
く,職務発明対価(特許法35条3項)も想定されていたといえる。また,原告
は,被告に就職した当初,特許出願人を自身とし,被告に専用実施権を設定する
ことで,被告の獲得した利益からの給付を担保する計画であったが,この点も,
原告が被告から受領する金銭として,労働の直接の代償である賃金だけでなく,
自身のした発明への対価を重視していたことを裏付けている。
しかも,原告は,仮払金として給付を受けた金銭について,LRP事業が成功
して被告が多額の利益を得た際に,その利益に応じて原告に支払われる金銭と相
殺して精算する性質のものと理解していた(原告本人18頁)というのであるか
ら,原告自身,賃金というより職務発明対価の一部として扱っていたと解するこ
とができる。また,原告は,各月15万円を超える金銭部分について,LRPの
事業の業績によって金額が増減することを受け入れていたものともいえるが,こ
のことも当該金銭の性質が,固定額として合意された賃金ではなく,原告の職務
発明により被告が受けるべき利益との連動性(特許法35条5項参照)が強い職
務発明の対価であったことを示唆するものといえる。
以上からすれば,平成19年1月から平成23年2月にかけて,被告から原告
に対して各月給付されていた金銭(前提事実(6))のうち各月15万円を超える
部分について,これを賃金であったと認めることはできない。
他に原告と被告との間で原告の賃金を月65万円とする合意があったと認める
に足りる証拠はなく,未払賃金に係る原告の主張は採用できない。
3争点1-2(職務発明の相当対価額及びその支払の有無)について
原告は,職務発明である甲11発明及び甲14発明に係る特許を受ける権利を
被告に承継させたことに伴う相当の対価(特許法35条3項)は2000万円を
下らないにもかかわらず,被告からはかかる対価の支払を一切受けていない旨主
張するのに対し,被告は,同相当対価は150万円を超えるものではない上,同
対価の仮払金として既に1450万円を支払ったとして争っている。
(1)職務発明対価の既払額
被告は,平成19年1月から平成23年2月にかけて,原告に対して各月給付
した金銭(前提事実(6))のうち各月15万円を超える部分の金銭の性質を以下
のとおり,主張している。
平成19年1月から平成20年9月の各月50万円職務発明対価仮払金
平成20年10月から平成21年6月の各月50万円特許権使用料
平成21年7月から同年11月の各月50万円
うち各月30万円は職務発明対価仮払金
うち各月20万円は貸金
平成21年12月から平成22年6月の各月30万円職務発明対価仮払金
平成22年7月から平成23年2月の各月5万円職務発明対価仮払金
このうち,被告が職務発明対価仮払金である旨主張する合計1450万円は,
前記2で論じたとおり,職務発明の対価であったと認められる(被告が後日の精
算を前提としていた旨主張する点については,後記7で述べる。)。
(2)職務発明の相当対価額
原告の職務発明である甲11発明及び甲14発明の相当対価額については,原
告及び被告間の契約,勤務規則などでの定め(特許法35条4項)があった旨の
主張立証はないため,同相当対価額は,それら発明により使用者である被告が受
けるべき利益の額(使用者利益)から,その発明に関連して使用者である被告の
負担,貢献の程度に応じた額を控除した上,同発明に関連する従業者たる原告の
処遇その他の事情を考慮して定めるべきである(特許法35条5項)。
ア使用者利益
使用者が職務発明に係る特許を受ける権利等を譲り受けなくとも無償の法定通
常実施権を有することからすれば,職務発明の相当対価額を定めるに当たって考
慮すべき使用者利益は,使用者が職務発明の実施によって得た利益の全てではな
く,法定通常実施権の価値を超える特許の独占権に基づく利益(独占の利益)に
限定されると解される。
(ア)大分県からの補助金
原告は,被告がLRPによって,平成21年に第6回大分県ビジネスプラング
ランプリで優秀賞を受賞し,大分県から補助金400万円の交付を受けた旨主張
するが,大分県は,被告によるLRPの事業計画が優秀であるとし,その事業展
開への補助金として400万円を交付したにすぎず(甲16~18),上記補助
金が職務発明の相当対価額を定めるに際して考慮すべき独占の利益に当たらない
ことは明らかである。
(イ)試作品の開発
証拠(乙38の1~16)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,平成19年6
月から平成23年7月にかけて,甲11発明及び甲14発明の実施品である試作
品を販売し,合計6458万4520円の売上げを得たこと(本件譲渡契約後の
受領が一部含まれるが,本件譲渡契約2条3項但書及び7条1項但書によれば,
本件譲渡契約締結前に締結された契約に基づく売上げと推認される。),この期
間中,被告は甲11発明及び甲14発明の実施を他社に許諾していないことが認
められる。
このように職務発明を自社のみが実施する場合の独占の利益は,具体的には,
現実の売上げのうち独占的実施に基づく超過売上げ(第三者に実施許諾された場
合に使用者が得られたであろう仮想の売上高と,現実に使用者が得た売上高との
差額に相当する。)を求め,これに仮装実施料率を乗じることで算定すべきと解
される(被告は,上記試作品について,「試験又は研究のためにする特許発明の
実施(特許法69条1項)」であり,特許権の効力が及ばないため,相当対価を
定めるに際し,その売上げを一切考慮すべきでない旨主張するが,同条の趣旨に
照らし,採用できない。)。
まず甲14特許の登録日は平成23年11月18日(補償金請求が可能となる
特許出願の出願公開は平成21年10月29日),甲11特許の登録日は平成2
4年9月14日(特許出願の出願公開は平成23年5月6日)であり,被告によ
る自己実施は,いずれもこれら発明の特許登録前のことであり,出願公開前の実
施も含まれている。しかし,いずれの発明も,出願公開前に公知となったり,公
然実施されたりしたことを認めるに足りる証拠はない上,同様の作用効果を有す
る代替技術の存在も証拠上認められないことを考慮すれば,独占的実施に由来す
る超過売上げは,売上げ全体の50%と認めるのが相当である。
一方,被告は,LRPの開発費用として合計8148万5519円を負担した
ため,試作品によって得た利益は一切ない旨主張するが,その費用には,被告代
表者の役員報酬や本社賃料など,使用者利益の算定に当たって控除することが明
らかに不相当なものが高額に含まれており(乙45),その主張を採用すること
はできない。そして,原告は被告の粗利益率を約50%と主張している(訴状)
が,上記売上げ6458万4520円から被告の主張立証(乙45)する材料費
等3241万9059円を控除した場合の利益率も約50%であること,甲11
発明及び甲14発明と同様の作用効果を有する代替技術の存在が証拠上認められ
ないこと,甲11発明及び甲14発明の内容自体からうかがわれる潜在的な需要
も考慮すれば,仮装実施料率は10%と認めるのが相当である。
以上より,甲11発明及び甲14発明の実施品である試作品の売上げによる被
告の使用者利益は,以下のとおり,322万9226円である。
〔計算式〕64,584,520×0.5×0.1=3,229,226
(ウ)譲渡代金
原告は,被告が本件譲渡契約の対価として受領した5000万円は,甲11発
明及び甲14発明に係る特許を受ける権利の譲渡代金であるため,使用者利益に
当たる旨主張する。
この点,本件譲渡契約では,甲11発明及び甲14発明だけでなく,甲8発明
及び甲9発明に係る特許を受ける権利も譲渡対象とされている。甲8発明及び甲
9発明に係る特許出願に際しては,被告代表者を発明者とし,被告代表者個人が
出願しているが,仮に,両発明の実質的な発明者が原告であったとしても,両発
明に係る特許出願は,既に審査請求をされないままみなし取下げとなっていた上,
他に本件譲渡契約の対象となる発明の具体的な主張立証はないから,特許を受け
る権利に関する限り,実質的に譲渡の対象となっていたのは,甲11発明及び甲
14発明に係る権利であったといえる。
一方,本件譲渡契約は,これら特許を受ける権利のみを譲渡の対象とするもの
ではなく,被告が有する取引関係,ノウハウ,備品なども含め,LRPの事業全
てを譲渡するものであり(詳細は前提事実記載のとおり),被告はそれらへの対
価として5000万円を受領したものである。しかも,本件譲渡契約では,LR
P開発の技術面を専ら担い,その技術,ノウハウ等を有する原告が被告からA
社へ移籍することが前提とされていた。このような事情に照らせば,本件譲渡
契約において,甲11発明及び甲14発明に係る特許を受ける権利が重要な位置
付けにあったことを考慮しても,5000万円の全額をこれらの特許を受ける権
利の譲渡への対価と見ることはできない。
さらに,甲11発明及び甲14発明に係る特許を受ける権利への対価部分に着
目しても,そこには独占への対価のみでなく,実施権取得への対価が含まれてい
るため,独占の利益といえる部分はさらに限定される。
これらの事情を考慮すれば,本件譲渡契約に基づく対価として被告が受領した
5000万円のうち,甲11発明及び甲14発明の相当対価算定の前提となる使
用者利益といえるのは,せいぜい2000万円と認めるのが相当である。
イ使用者の負担,貢献
甲11発明及び甲14発明に関連して使用者である被告の行う負担,貢献を考
える。
原告は,被告に就職する前から,LRPの研究開発を長年行っており,甲11
発明及び甲14発明も従来の研究開発の延長上に位置付けられること(甲4,6,
11,14),被告には被告代表者のほか,原告以外の従業員は存在せず,LR
Pの研究開発は専ら原告が担っていたことが認められる。
しかし,原告が自認するとおり,LRPの研究開発には多額の資金を必要とし,
原告の自社事業が資金繰りに窮したのも,その研究開発継続のために被告への就
職を要したのも,そのためである(甲25,原告)。原告は,自社事業として研
究開発を行っていたときに比べれば,被告で使用した研究開発費用は低額であっ
たとも供述するが,被告の資金負担なくしては研究開発を継続できない状況に
あったことは否定できない。被告がLRP事業の譲渡を余儀なくされたのも,研
究開発に伴う何千万円単位の経済的負担(乙45,原告,弁論の全趣旨)に耐え
られなくなったためとうかがわれる。このような事情に照らせば,その研究開発
過程において発明された甲11発明及び甲14発明に関連する被告の負担,貢献
は決して小さいものであったとはいえず,原告の貢献度に係る上記事情を考慮し
てもなお,被告の使用者貢献度は90%と認めるのが相当である。
ウ職務発明の相当対価額
前記ア及びイによれば,使用者利益から使用者貢献度を控除した額は,以下の
とおり,232万2922円にとどまる。
〔計算式〕(3,229,226+20,000,000)×(1-0.9)=2,322,922(1円未満切捨て)
エ職務発明の相当対価額と既払額との対比
以上によると,原告の賃金が,甲11発明及び甲14発明がされた前後を通じ
て月15万円にとどまっていたことなどの「従業者等の処遇その他の事情」(特
許法35条5項)を考慮しても,特許法35条5項に基づいて算定される職務発
明の相当対価額が,前記(1)の職務発明対価の既払額1450万円を上回ること
はないというべきである(なお,甲11発明及び甲14発明のいずれも,原告の
みならず,被告代表者も発明者とされているが,これら発明への被告代表者個人
の関わりについて具体的な主張立証はないため,共同発明者の貢献度を理由とす
る減額は行わずに計算した。)。
したがって,被告が職務発明の相当対価の支払義務を履行していないとする原
告の主張は採用できない。
4争点1-3(利益分配合意の有無)について
原告は,被告との雇用契約締結に当たり,被告代表者との間で,将来的に被告
のLRP事業が成功した場合,その利益を2人で分配しようと約束をした旨主張
するが,自身の供述,陳述書(甲25)を除いてこれを裏付ける証拠はない。
そもそも,原告は,被告との間で雇用関係があったにとどまり,だからこそ,
賃金や職務発明対価などの支払を受けていたものである。これらの支払とは別に,
原告が,被告の利益に対して直接その分配を請求できる法的地位にあったとは到
底いえない。仮に,原告の供述,陳述書(甲25)を前提にしても,原告が被告
代表者と交わした会話というのは,LRP事業が軌道に乗り,事業全体として利
益を上げるに至った場合を想定してのことであるが,実際には被告のLRP事業
は行き詰まり,本件譲渡契約及びこれに基づく対価の受領も,その救済策として
行われたのであるから,利益が分配されるべきとして想定していた状況と異なる
ことは明らかである。
したがって,原告の主張は採用できない。
5争点2-1(金銭貸付けの有無)について
(1)被告は,原告に対し,平成21年7月23日及び同年8月25日にそれぞ
れ20万円を貸し付けた旨主張するが,証拠(乙12の9,乙12の10)から
は,被告が平成21年7月23日に預金から100万円を引き出したこと,同年
8月25日に預金から60万円を引き出したことが認められるにとどまり,各日
に被告から原告に20万円の金銭が交付されたことやその返還合意が交わされた
ことを示す証拠は被告作成の貸付金等管理データ(乙36)や仕訳帳(乙42の
1・2)のみで,これら事実を認めるに足りる証拠とはいえず,その主張は採用
できない。
(2)被告は,前提事実(6)のとおり,原告に対して平成21年7月から同年1
1年月まで交付した各月65万円のうち,各月20万円,合計100万円は金銭
貸付けであった旨主張するが,上記各金銭について,原告との間で返還合意をし
たことを認めるに足りる証拠はなく,その主張は採用できない。
(3)したがって,被告の貸金返還請求は,争いのない前提事実(4)の範囲に限
り,理由がある。
6争点2-2(金銭立替及び委託の有無)について
(1)被告は,前提事実(5)のとおり,原告が負担する債務合計219万012
2円を立て替えて支払ったが,証拠(乙15~30,32)及び弁論の全趣旨に
よれば,これらはいずれも原告の委託に基づくものであったと認められる。
(2)被告は,前提事実(5)のほか,平成22年2月3日にも,原告の確定申告
費用として5250円を立て替えて支払った旨主張するが,その証拠としては公
認会計士事務所から原告宛の請求書(乙31),被告作成の貸付金等管理データ
(乙36)や仕訳帳(乙43)があるにとどまり,被告がこれを立替払いしたこ
とを認めるに足りる証拠とはいえず,その主張は採用できない。
(3)したがって,被告の準委任契約に基づく立替払金の返還請求は,上記(1)
の限度で理由がある。
7争点2-3(仮払金精算義務の有無)について
(1)被告は,原告に対して支払った職務発明対価の仮払金合計1450万円が,
職務発明の相当対価額を上回っているため,仮払金の精算合意に基づき,その差
額分が返還されるべきである旨主張する。この点,前記3で論じたところによれ
ば,特許法35条5項に基づいて算定される職務発明の相当対価額は,上記既払
額である1450万円を上回るものではない。
しかし,前記1のとおり,被告は,原告に対し,各月15万円を超える部分は
仮払金として支払う旨説明し,原告もこれを了承したことが認められるが,仮払
金は,会計上最終的な勘定科目や金額が確定しない支払があった場合,それらが
確定するまで一時的に使用する勘定科目であるというにとどまり,仮払金名目と
する旨の説明と了承があったからといって,被告の主張するような精算の合意が
あったことを直ちに意味するものではない。
他にそのような精算合意の存在を認めるに足りる証拠はない上,原告の賃金が
各月15万円にとどまっていたことも考慮すれば,原告と被告の間で,LRP事
業が大きな利益を上げ,職務発明の相当対価額が仮払金としての既払額を上回る
場合に既払の仮払金を精算処理することが想定されていたかはともかく,その逆
の場合に差額分を返還する旨の合意が成立していたとはいえない。
(2)また,被告は,上記差額分が不当利得に当たるとも主張するが,前記2及
び3で論じたとおり,仮払金として扱われた上記1450万円は,被告から原告
に対して職務発明対価として支払われたものであるから,法律上の原因を欠くも
のではない(もとより,使用者が従業者に対し,特許法35条5項によって算定
される額を上回る職務発明対価を支払うことが可能なのは当然であり,それが不
当利得とされるべき理由はない。)。
なお,これまで論じてきたところによれば,原告は被告の一従業員ではあるが,
被告には他に従業員はおらず,原告の担う開発と発明が被告のLRP事業の中核
を成すという特別な立場から,その処遇について,固定的な賃金を月15万円に
とどめる一方,LRP事業の業績との連動性が強い職務発明対価としての支払部
分を大きくしたと理解することが可能であり(原告が自身を実質的な共同経営者
であったと主張するのは,この限りにおいて理解可能である。),そのような本
件における「従業者等の処遇」(特許法35条5項)の特殊性を考慮すれば,1
450万円という職務発明対価の既払額が不相当に高額なものとはいえない。
(3)以上より,仮払金精算に係る被告の主張はいずれも採用できない。
第5結論
以上の次第で,原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し,被告
の反訴請求は主文掲記の限度で理由があるからこれを認容し,その余の反訴請求
はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第26民事部
裁判長裁判官山田陽三
裁判官松川充康及び裁判官西田昌吾は,いずれも転補のため署名押印すること
ができない。
裁判長裁判官山田陽三

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