弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
○ 事実
一 当事者双方の申立て
1 原告の求める裁判
「被告が原告に対して昭和三四年一〇月一四日にした免職処分を取り消す。訴訟費
用は被告の負担とする。」との判決
2 被告の求める裁判
主文同旨の判決
二 請求の原因
1 原告は、被告の任命により、昭和三一年一一月一日から東京都北区立A小学校
長として勤務していたものであるが、被告は昭和三四年一〇月一四日に原告に対し
同日付文書を交付して「地方公務員法二九条一項一号及び二号により、懲戒処分と
して免職する」旨の意思表示をした。
なお、原告は東京都人事委員会に対し右免職処分の取消を求めて同年一〇月二〇日
に審査の請求をしたが、同人事委員会は昭和三七年一〇月一二日にいたつて右免職
処分を承認するとの判定をし、右判定は同月二三日に原告に到達した。
2 しかし、右懲戒免職処分は違法な行政処分である。よつてその取消を求める。
三 被告の答弁並びに主張
1 請求原因1は認める。
2 被告は、地方公務員法四〇条の規定に基いて、東京都公立学校に勤務する教職
員の勤務成績の評定を実施するため、東京都立学校及び区立学校職員の勤務成績の
評定に関する規則(昭和三三年教育委員会規則九号同年四月二三日公布施行 改正
昭和三四年教育委員会規則二四号同年七月一日公布施行に係るもので、昭和三五年
教育委員会規則一九号による改正以前のもの。以下「本件勤務評定規則」とい
う。)を制定し、被告の教育長は本件勤務評定規則の定めるところにより勤務評定
の実施についての必要事項を定める権限を委任され(一三条)、右権限に基いて東
京都公立学校職員の勤務評定実施要領(昭和三四年七月一日教職発八六号教育長通
達)を定めた。
3 本件勤務評定規則の定めるところに従い、昭和三四年九月一日当時において、
原告は、区立A小学校の教諭、助教諭、事務主事ら教職員の勤務成績についていわ
ゆる評定者として(六条)、実施時期を同日とする定期評定をして(四条二項)、
その勤務評定書(七条)を同年九月一五日までに被告の教育長又は北区教育委員会
教育長に提出する(九条一項)ものとされていた。
4 原告は、右の勤務評定書を提出することはとうてい承服しがたいとして、勤務
評定書の右提出期限を徒過した。
5 被告は同年九月一六日に原告に対し職務上の命令をもつて右定期勤務評定書を
提出すべきことを指示したが、原告は右指示に従うことを拒否した。
6 被告は右指示のほかその前後三回にわたつて(同年九月一五日、二八日及び一
〇月二日)原告に対し勤務評定書を提出するよう職務上の命令を告げたが、そのつ
ど、原告は勤務評定書を提出する意思がない旨を表明して右職務命令に従わなかつ
た。
7 原告の右4、5及び6の各行為は地方公務員法三二条に違反し、同法二九条一
項一号及び二号に該当するが、右違反行為の態様、結果等の重大性にかんがみ、こ
れに対しては懲戒免職処分を相当とする。
以上のとおりであるから、本件懲戒免職処分について違法のかどは存しない。
四 処分の違法性について(原告の主張)
1 被告主張事実三・2から5までは認めるが、同6及び7は争う。
2 本件勤務評定規則の無効
民主教育の実践は、日本国憲法及び教育基本法に基くわが国教育の基本原理であ
り、この民主教育の実践のために現行法制上教育権の独立が保障され、教育行政権
が教育の内容(いわゆる内的事項)に支配介入することは許されない。このような
民主教育は、戦後の一時期においては、制度的にも確立保障され、教師の教育実践
を通じて発展していつた。すなわち、教師の自主性と教育の自由を保障するため、
教師の教育課程の自主編成権、教師の教科書その他の教材の採択権、教師の研修の
自由が戦後具体的に制度化された。又教育行政の地方分権化、教師の政治活動の自
由その他市民的権利の保障、教師の団結の保障はこれを支え強化する諸条件と考え
られた。国家権力、教育行政機関の側からみると、民主教育を保障するということ
は、第一に教育行政の国家統制・中央集権化を排除することであり、第二に教育行
政は、もつぱら教員が教育活動に専念できるよう人的物的施設の設備確立に努力す
べきことすなわち「教育の外的事項」にその作用は限定され、教育の内容すなわち
「教育の内的事項」には一切立入り・支配・介入してはならないということであ
る。これは、戦後文部省を含めて全ての教育関係者の一致して承認するところの見
解であつて、政府のいうところでは、教育基本法は「準憲法的立法」として尊重さ
れていた。
しかるに、昭和二三、四年以降特に朝鮮戦争の前後より政府の政策は急速に反動化
し、再び軍国主義復活の政策を急ぐにいたり、政府はその軍国主義復活政策にとつ
て重大な障害となつている民主教育を侵害し、その意のままにするために反動文教
政策を強行することを企画して、昭和三一年六月に制定された地方教育行政の組織
及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)を中心に教育行政の中央集権
化を図り、その後校長、教頭の管理職化を確立し、政府から現場に至る行政権力に
よる教育文化の系列を作り上げ、これとならんで教科書の統制、学習指導要領の改
悪、道徳教育の実施などの方法によつて教育の内容そのものを支配し、統制しよう
と意図してきた。このような反動文教政策の一環として、殊にその中心的な要とし
て、昭和三三年に勤務評定制度が登場した。いうまでもなく政府は勤務評定によつ
て教員を直接的に支配・統制し、もつて教育の支配・統制を図ろうとした。不当な
政治的意図に基くものであればこそ、勤務評定が強行されるに至つた経過はきわめ
て政治的である。勤評は、当初愛媛県において昭和三一年以降赤字財政克服のた
め、教員の昇給ストツプの手段として採用されたものであつたが、実施してみて、
教師を分断・支配するために有効であることを認識した政府・自民党は、昭和三二
年以降勤評の全国的強行実施を岸内閣の重要政策として押しすすめ、そのため文部
省指導のもと全国教育長協議会に試案を作成せしめるとともに、学校長に対する管
理職手当の支給の立法化等を急ぎ、勤評実施のために自民党幹部を地方に派遣する
などを決定した。勤評が政治的意図に基づき準備され、押し進められたものである
ことは明白である。そして、その内容には教育上は勿論、法律上、技術上きわめて
重大な問題が多い。
憲法、教育基本法に基いて実施される教育は、教師の自主的かつ創造的な仕事を通
じて実現されるものであり、きわめて個性的なものである。そして教育というもの
は本質的に内面的、綜合的なものであり、又教師の多年の努力の集積であるととも
に、多くの教師の協力によつてなしとげられるものである。ところが、勤評は一定
の画一的な基準を設定し、しかも教育の内容を綜合的にみずに、多くの項目に分断
して評定しようとするものであり、又長期にわたる多数の教師の協力という点を無
視するものであつて、以上の諸点は教育の本質に基本的に矛盾するものである。し
たがつて又個々の教師の短期間の行為について、しかも項目ごとに評定したり、あ
るいは「総評」と称して教師に段階をつけることは、全く教育の本質からすれば、
客観的・科学的には不可能であるといえる。それにも拘らず勤評を強行するなら
ば、客観的・科学的な評定の不可能なことから、いきおいその評定は主観的なもの
となり、教師は評定者の意を迎えざるをえず、教育の自主性、創造性は失われてし
まうし、教師の連帯性も各人に差をつける評定の前に崩れてしまう。このような状
況のもとでは、結局勤務評定は、教育内容を画一的に支配し、時の権力の意図する
教育を児童に押しつけ、民主教育を破壊することになる。
特に次の点は、アメリカなどの今日までの勤評研究の成果に反するもので、内容的
に問題点として強調される。すなわち、勤評が人事の資料にされるのであれば、す
くなくとも本人に示し反省を求めるのが当然であるのに、本人にすら示さないこと
になつている秘密性の保持。人事に使用される以上、その内容について本人に異議
申立権が与えられていることは勤評を行つている世界各国の常識ですらあるが、異
議申立制度が欠除していること。観察内容に従い評定されるのであるが、主観的な
ものや、あるいは思想や人生観を対象とするなど極めて問題点の多い観察内容が示
されていること。そのほかにも、たとえば、人事院規則では「職務遂行の基準に照
らして評定する」とされているのに、教師には職階制が実施されておらず、したが
つてその職務が未確定のまま評定しようとしていること。また人事院規則にある
「試験的実施」を行わず、「多頭評価方式」を採用していないことなど、人事院規
則ですらその客観性、合理性を貫くために保障している諸条件が全く守られていな
いし、地教行法四六条の規定に違反し、地方教育委員会の勤評実施権をふみにじつ
て実施されている。
勤務評定は、以上のように憲法、教育基本法に基く民主教育を破壊するものであ
り、憲法、教育基本法の基本原理(ことに教育基本法一〇条)に反するものであつ
て、このような勤務評定の実施を定める本件勤務評定規則は憲法、教育基本法の原
理及び教育基本法一〇条の規定に違反し無効である。
3 職務命令の違法
本件勤務評定規則が違法無効のものである以上、これに基く職務命令が違法である
ことは明白である。
本件勤務評定規則には、校長が一般教職員に対する評定者であると規定され、また
学校教育法二八条三項によると、校長に校務の監督権をもつことが定められてい
る。しかし、このことは校長に勤務評定権限のあることを当然の如く導き出すもの
ではない。すなわち勤務評定は評定要素の観察内容ごとき段階的相対評価をするこ
とにより実質的に一定の執務基準を設定することになり、その実施は実質上教師の
教育活動を監視することになる。ところで「教育活動の執務基準は職員会議をはじ
め教員組織が評定すべきものであるから、校長が自らの判断だけで教育活動評定を
行うことは違法となる」のである。また教育活動は学校教育法二八条四項による
と、教諭は「児童の教育を掌る」と定めており、教師の専権とされるのであつて、
校長が監督権をもつといえども、それは教育の内容に対しては一般的な指導助言を
行いうることに止まるのである。したがつて具体的な教育活動そのものを監督する
ような評定をすることはできない。被告は、校長が教師の監督者であり、職務上の
上司であることを前提にして、校長に勤務評定を行うことを命ずるが、法制上かか
る根拠は全くないし、そのほかにおいても、校長には勤評を行わしめうる法律上の
根拠はなんら考えられない。したがつて、校長である原告には勤務評定を行う義務
はない。
まえにも述べたように、教員に対して勤務評定を行うことは、教育の本質上、事実
上不可能に等しいし、合理性、確実性も疑わしい。強いて行うとするならば、教育
の本質を否定して行うほかない。教育の本質に忠実であることが校長としての職務
の基本であるのに、上司の命令だからといつて、教育の本質を否定してまで評定す
ることを命じる本件職務命令に従えば、民主教育を破壊し、教師の権利を侵害す
る。
4 懲戒権の乱用
憲法、教育基本法上民主教育を守ることは教師にとつては使命である。教師がこの
使命を達成することなしには民主教育を守りえず、ひいては憲法的秩序を支えるこ
とができない。日本の教師は戦後一貫してこのためにたたかつてきた。そうであれ
ば、教師が前記のように民主教育を破壊する勤務評定に反対するのは当然である。
そして原告ら何人かの全国の校長も教師としての良心の命ずるところに従い、勤務
評定書の提出を拒否したのである。こうしたたたかいがあつたからこそ、今日勤評
の弊害を最少限度にくいとめているのである。
原告は、戦前からの教員生活を通じて、戦後民主教育の重要性を痛感し、被告の公
選制教育委員として教育行政の民主化に努力し、又公選制の廃止とともにA小学校
長に任命されていらいは校長の立場からすぐれた民主教育の実践を積み重ねてき
た。原告の教育観、校長観は民主教育の理念に基くものであり、なかでも校長と教
員は上下関係・命令関係でなく、協力関係であり、校長は教師のよき助言者である
とするものであつた。このような教育観、校長観のもとにある原告に励まされて、
同校の教師達は次第にめざめ向上し、原告と一致協力した同校の教師達は父母との
結びつきを深めつつすぐれた教育実践を展開していた。このような教育観と教育実
践の成果からみて、勤評は教育を否定し、破壊すると考えたのは当然であつた。そ
して原告は校長には法律上評定義務がないと考えた。しかしながら、校長としての
立場から現実の勤評を全面的に否定するのではなく、勤評の改善のために一貫して
努力してきた。すなわち、勤務評定規則制定前から、原告の属する北区校長会や東
京都公立小中学校長会は勤務評定の内容について多くの問題点があるとして修正意
見を提出していた。昭和三三年九月第一回の勤務評定提出に際して、原告は各教育
関係者識者の一致した意見であり、北区校長会の意見でもあつた「総評項目の削
除、勤務評定の秘密性の排除、救済手続を設けること」の諸点の改善を求める意見
書を被告に提出した。これに対して被告の教育長は今後修正に努力する旨原告に回
答した。そこで原告もこれを信頼し、第一回の定期勤務評定書を提出した。昭和三
四年度においてはあまりに勤務評定の内容に問題が多いため、被告は勤務評定規則
を小部分修正したが、原告の主張した問題点は全く改善されていなかつた。被告の
良識を過去一年にわたり期待していた原告の努力は全く無視されるに及び、原告と
しては世論を背景に改善を要求する以外に方法はなかつた。原告は昭和三四年九月
一四日被告を相手に勤務評定を行うべき義務が校長にないことの確認を求める訴え
を提起したが(当庁昭和三四年(行)第一一六号事件として係属中のところ、本件
懲戒処分により訴えの取下げをした。)、勤務評定を提出するか否かこの判決の結
果をまつという態度を声明書で明らかにして世論を喚起し、これを背景に被告が話
し合いを求めてくるのを待ち、最少限度の修正がとおれば譲歩して提出に応ずると
いうことであつた。声明書の発表、訴訟の提起等により世論は湧き起つたが、被告
は誠意ある態度をとらず、原告が昭和三四年度の定期評定書を提出しなかつたこと
を理由に本件懲戒処分をするに至つた。
以上の点からみて、原告の行為は教師としての良心と信念に基くしかも十分に慎重
な良識ある行為である。このような正当な動機に基いた行為を処分することは懲戒
の趣旨に反する。すくなくともこのような行為に対し最高の懲戒である免職処分を
もつて臨むことは懲戒権の乱用である。一般的にいつて、公務員の行動が法令に違
反した場合であつても、そのあらゆる場合が処分されるわけでなく、その行動が諸
般の事情(違法性の軽重、動機の当不当など)から判断して、懲戒に値すると評価
される場合にのみ処分されるのである。したがつて、仮に外形的には違法な行為が
あつても、本件のように、さらに上位の法規範の精神に忠実であろうとし、正当な
動機に基いた行為は処分することができないし、したとすれば懲戒権の乱用とな
る。まして、本件の場合は懲戒免職であるから、その乱用であることは益々明白で
ある。
五 処分の適法性について(被告の主張)
1 四の原告主張事実のうち、原告が被告の公選制教育委員となつたこと、原告が
昭和三三年九月第一回定期勤務評定書を提出したこと、及び原告が被告を相手とし
て勤務評定義務不存在確認訴訟を提起し、後にこれを取り下げたことは認めるが、
その余の原告主張事実は争う。
2 勤務評定ということばは、戦後公務員制度の改正が行われたとき初めて用いら
れた。戦後わが国の公務員制度の改革が検討されたとき、従来の官吏制度において
高等文官試験等の資格試験の制度はあつたが、勤務成績の評価の方法が不完全であ
るということから、公務員の人事制度は、勤務実績と本人の能力を中心として行わ
れなければならぬという能力実証主義(メリツト・システム)の原則のもとに、職
員の勤務成績を定期的に把握し、評価する勤務評定制度が設けられた。すなわち地
方公務員法一五条は「職員の任用は、この法律の定めるところにより、受験成績、
勤務成績その他の能力の実証に基いて行われなければならない。」と規定し、さら
に同法四〇条に「任命権者は、職務の執行について定期的に勤務成績の評定を行な
い、その評定の結果に応じた措置を講じなければならない。」と規定している。か
くして勤務評定は、職員が職務と責任を遂行した実績並びに執務に関連して見られ
た職員の性格、能力及び適性を評定し、公式に記録することであるが、勤務評定の
結果は、昇任・降任・配置換・表彰・指導・研修・免職処分等人事管理の全般の措
置を講する際の重要資料として予定されている。そして同法の規定は一般職に属す
るすべての地方公務員に適用され(四条一項)、一方区立学校教職員は一般職地方
公務員であるから(三条二項、教育公務員特例法三条)、地方公務員法四〇条の規
定は、これと異なる特別の法律の定めのなんら存在しない以上、区立学校教職員に
適用されることは当然である。のみならず、地教行法四六条によれば、県費負担教
職員の勤務成績の評定は都道府県教育委員会の計画の下に市町村教育委員会が行う
ものと定められており、右規定は評定者について特則を設けた以外は地方公務員法
四〇条に基き教職員に対し勤務評定を行うべきことを当然の前提としているから、
区立学校教職員に対し同条に基く勤務評定を行わないことを許容する根拠は存在し
ない。ただ東京都については、地方自治法二八一条二項一号但書、四項により区立
学校教職員の身分取扱事務が特別区の団体事務から除かれ、東京都の団体事務とさ
れているのであり、教職員の勤務評定事務は職員の身分取扱事務に含まれるので、
東京都の団体事務となるのであるから、被告がその権限によつて実施すべきであ
り、地教行法四六条は東京都の特別区に関する限り適用されるべきでない。
3 教育委員会は、学校の管理権限を有し(地教行法三三条一項)、学校職員の任
免その他人事行政に関する事務を管理し執行する権限を有する(同法三四条、二三
条三号)。また学校教育法二八条により、小学校の校長は校務を掌り、所属職員を
監督する職務権限を有するので、教育委員会の指揮監督に服してその補助機関とし
て校務について所属職員を指揮監督する立場にある。そして右にいう校務とは、学
校教育業務のほか、学校教職員の人事管理事務及び校舎等の物的施設についての対
物管理事務であつて、学校という営造物の目的達成上必要な諸般の事務を指すもの
と解すべきである。そこで校長の評定書作成事務は、学校の人的管理事務の一つで
あつて、教育委員会が行使する教職員に対する人事管理権の補助執行として行うも
のである。規則が校長を勤務評定の評定者と定めることは、校長の所属職員を監督
する地位に着目して、校長に所属職員に対する評定書を作成させることが適切であ
ると判断し、職務上の指揮監督権に基いて、校長をして補助執行させることである
から、教育委員会が勤務評定実施権を行使することであり、したがつて、校長は、
勤務評定書を作成する事務については、教育委員会と上命下服の関係に立ち、上級
機関である教育委員会により勤務評定書の作成提出について指揮監督を受けるもの
である。
4 本件勤務評定の内容は概略次のとおりである。
(一) 勤務評定の評定要素は、特性能力のほか職務の状況(学校経営他四項目に
分類してある。)を加え、各要素について観察内容を示すことにより教職員の実態
に即した評定を行いうるようにしたものであり、いいかえれば、勤務評定とは勤務
実績と執務に関連してみられた能力適性を評定することであるとの原則に基いて評
定要素を規定したものである。
(二) 勤務成績の分析的な評価として、職務の状況、特性能力、勤務の態度につ
いて記録するとともに、執務に関連してみられた適性特記事項を具体的に記述し、
これらに基く総合的な評価を勤務成績の総括として記録することとした。
(1) 職務の状況の評価に当つては、それぞれの教職員の職務内容の実態に則し
て評定要素を数項目に分け、たとえば、教諭についていえば、学級経営、学習指
導、生活指導、研究修養、校務の処理の五項目の評定要素を設け、右各要素の評価
にあたり、評定者ごとに評定要素の評価がまちまちに了解されたり、評価の基準が
違わぬよう、各要素毎に観察内容を示している。これは職務遂行の基準に照らして
必要だと考えられる事項を分析したものである。したがつて、これらは評価の観点
として用いられるとともに、平素の校長の指導や観察の指針としても利用しうるも
のである。
(2) 勤務の態度については、勤務全般について必要な事項を一覧しうるように
観察内容が定められ、特性能力の評価としては、それぞれの職員の職務上必要な資
質に応じて特性能力の程度を評価しうるように観察要素を定め、各観察要素毎に評
価の基準が各評定者によりまちまちにならぬように観察内容を定めた。その他適性
特記事項については、適材適所の資料を具体的に記述し、また勤務については特に
目立つた点とか指導注意事項等を参考的に記述させるものとした。
(3) 総評の評定欄には、職務の基準に照らして、分析的に評価した結果と他の
事項を総合したところに基いて、A・B・Cの三段階にて評定することとし、調整
欄は一集団中における他の教職員と比較した場合の位置づけを、A・B・Cに区分
して示すこととしている。
(三) 以上のとおり、本件勤務評定の内容は、評定結果の客観性、妥当性、信頼
性を高めるため十分職務の内容と責任を検討し、各評定要素毎に職務遂行の基準に
照らして必要と考えられる事項を分析して観察内容を構成し、評定者に多角的な観
察の窓口を示したものである。
原告は、教職員に対する勤務評定は教育の特質を無視し、教育を破壊するものであ
るとしているが、右に詳述したように、評定要素・観察内容を分析してもそのよう
な素因はどこにも見出すことはできない。
5 原告の主張するような教師の教育の自由は憲法上もその他の法制上も何ら存在
せず、既往において民主教育を破壊するような方向の政策がとられたこともなけれ
ば、今回の勤務評定によつて民主的教育の破壊が企てられた事実もない。
(一) 憲法が基本的人権として保障している学問の自由は、学問研究の自由とそ
の研究結果の発表の自由を含むものであるが、当然に教育の自由ないし教授の自由
を包含するものではない。教育基本法一〇条の規定から、教育行政は教育の外的事
項についてのみであり、教育は教師の専権に属すると、原告は解しているようであ
るが、右法条に定められた「諸条件」とは教育に必要なあらゆる条件を指すもので
あり、教職員の研修を行うこと、文部大臣が教育課程の基準を示すこと等も包含さ
れるのであり、右規定は最高度の教育効果をあげるよう要請した規定にすぎないの
であつて、教育は教師の専権に属することを肯定したものではない。
(二) 教師には教育課程の自主編成権、教科書その他の教材の採択権、教師の研
修の自由は存しないし、又学校運営の自主性を認める規定も存しない。即ち学校教
育法二八条四項に「教諭は児童の教育を掌る。」とあるは単に教諭の主たる職務を
定めたものにすぎないのであり、地教行法二三条五号により教育課程の管理執行権
は教育委員会に属するものであり、教科書その他の教材の取扱に関する管理執行権
は同法二三条六号により教育委員会にあるものとされ、教科書以外の教材の使用に
ついても同法三三条二項により最終的には教育委員会が決定権を有することは明ら
かであり、さらに教師の研修は、職務命令によつて命ぜられた場合又は上司から職
務専念義務免除を受け、教員が自ら行う場合に限られるから、原告のいう研修の自
由が教師には存しない。
(三) 旧教育委員会は、教育の振興を地方自治の本旨に則り、各地方公共団体の
熱意に期待し制定されたものであつたが、わが国の実情に沿わなかつたので、運営
において幾多の困難に遭遇し、制度的に批判の声が絶えなかつた。そのため地教行
法がこれに生れ替つたのである。その特質は、(イ)地方公共団体における教育行
政と一般行政との調和、(ロ)教育の政治的中立と教育行政の安定の確保、(ハ)
国・都道府県・市町村を一体とした教育行政制度の樹立を地方自治尊重のうちに図
つたことである。
(四) 従前の学習指導要領は、占領下の特殊事情のもとに作成されたもので、独
立後の日本が国際社会においてその地位を築いていく上に妥当といえなかつたのみ
ならず、一方最近の文化・科学・産業等の急速な発展に即応して国民生活の向上を
図るため義務教育を充実させる必要があつたので、これに応ずるため改訂されるに
いたつたものであるが、改訂にあたつては、昭和三一年以来教育課程審議会に諮問
し、四〇回に亘る慎重なる審議の結果をもとにして完成したものである。その内容
は、(イ)道徳教育の徹底、(ロ)基礎学力の充実、(ハ)科学技術教育の向上、
(ニ)地理歴史教育の改善充実、(ホ)情操の陶冶、(ヘ)特性に応ずる教育、
(ト)義務教育の一貫性、(チ)基本事項の学習に重点をおくこと、(リ)教育課
程の最低基準を示し、地域学校の実情に即した教育をすること等である。
6 勤務評定の秘密性について
(一) 地方公務員法四〇条にいう「勤務成績の評定」は「人事の公正な基礎の一
つとするために職員の執務について勤務成績を評定し、これを記録すること」をい
うものであつて、その結果に応じた公平な人事管理上の措置を講ずる目的をもつ
て、果して職員の性格・能力・適性が任命した目的に合致するものであるかどうか
を任命権者において自主的に調査評価するものであるから、その性質上任命権者の
人事行政に関する内部事項である。具体的にいえば、勤務評定は例えば、校長が所
属教職員に対し勤務成績等につきどういう評価をしているかとの任命権者の質問に
対し評定者としてその評定の結果を答えるために存在する制度であつて、評定者が
被評定者に対し評定の結果を表示するために作られたものではない。その当然の帰
結として評定者の被評定者に対する評定と被評定者の自己評定とが合致することは
必ずしも必要でない。かようなわけであるから、すくなくとも勤務評定制度におい
てこれを公開ないし表示することは制度上の要件でもないし、これと異なる勤務評
定の方法を採用することはその科学性欠如の理由ともなりえない。のみならず、わ
が国の現状からみれば、勤務評定制度に秘密性をとりいれないと、勤務評定実施に
より却て種々の支障と弊害を生ずるおそれがある。即ち一般的には現在までの日本
人の職場における心理的環境は評定者が被評定者に対し評定結果を示した場合にお
いても、何ら双方に感情的なしこりが残らないというような状態には達していな
い。評定者が自己の被評定者に対する評価についてありのままを表示したとして
も、双方の間において信頼感がそこなわれることのないような状態に達しないかぎ
り、勤務評定の結果を秘密にしておくことは人事管理のため必要であるといわねば
ならない。
(二) 勤務評定は評定者の被評定者に対する評価自体であつて、任命権者の人事
管理のための一資料にすぎず、又その結果が直ちにその人事取扱に機械的に結合す
るような関係にはないから、被評定者は評定をうけることによつて直ちに個別的に
も制度上の不利益な処分をうけることはありえない。したがつて勤務評定自体に異
議申立制度が設けられていないことは当然のことであり、制度上の欠陥とはいい難
い。そして評定者の勤務評定に対しては調整、再調整の制度が設けられており、人
事行政機関内部において十分慎重な取扱がなされるよう保障されている。もし勤務
評定の結果につき被評定者よりの異議申立制度を認めることになれば、いまだ具体
的不利益処分を受けるにいたらない被評定者が任命権者の人事行政に関する権限職
責に干渉することとなり、却つて妥当性を欠くことにもなる。もし、職員が勤務評
定の結果により具体的に不利益な処分を受けた場合には、当該職員は不利益処分取
消審査請求及び訴訟上の救済を受けることができるのであつて、救済手段としては
これで足りるものといわねばならないから、勤務評定自体に対する救済制度は必要
でない。
7 職務命令の受命者に対する拘束力について
(一) 本来、行政は一体としてその運用の統一と能率が期せられなければなら
ず、また責任の所在も明確にされなければならないものである。このことは、教育
公務員の職務上の上司に対する服従義務の関係においても例外でない。したがつて
職務命令は、行政機関ないし公務員関係の秩序を維持し、命令者の責任を明確にす
る見地からいつて、すべて一応適法の推定を受け、受命公務員を拘束する力を有
し、受命公務員はこれに服従する義務があり、職務命令の要件の欠缺が重大かつ明
白な場合にのみこれを拒否することができるにすぎない。しかして受命公務員が拒
否することができる重大かつ明白な瑕疵のある職務命令とは、命令権限ある上司の
発したものでないとか、命令事項が明白に受命公務員の職務権限内の事務に属しな
いとか、適法な手段形式で発せられていないとかなどのように、命令自体が形式的
要件を欠いたり、又は不能の事項を命じている職務命令のみをいうものであつて、
職務命令の内容が実質的な意味において違法である場合などはこれに含まれないか
ら。職務命令を受けた公務員はその内容が違法なりとの自己の見解に基いてこれを
拒否することはできないというべきである。換言すれば、行政機関の構成員である
公務員としては、上司の職務上の命令が形式上その所管事項にぞくし、正規の手続
を経て発せられたものである以上、当然これに従う義務があるのであつて、上司と
意見判断を異にするからといつて、これを拒むことは許されないとともに、これに
ついての行政責任はすべて上司が負うこととなる。したがつて職員は上司の職務上
の命令の内容を実質的に審査する権限を有せず、その内容が違法である故をもつて
これに対する服従義務を争うことができない。このことは、職務命令の内容が憲法
に適合するか否かが問題となる場合についても、なんら異なるものではない。すな
わち、行政内部においては、憲法上の判断もその最終権限を有する機関に帰一され
るものであつて、かりに違憲の職務命令であつても、受命者はこれに拘束されると
ともに、その反面受命者には違憲の行政を執行した責任を課することはできない。
しかして憲法九九条が「・・・・・・・・・国務大臣、国会議員、裁判官、その他
の公務員は、この憲法を尊重し、擁護する義務を負う。」と規定している場合の
「義務」とは、各自の職務権限との関連において認められるものであつて、「その
他の公務員」の中でも、国務大臣・裁判官等と同様に独立してその権限を行使する
立場にある者や、政策決定等に関与する上級の公務員は憲法を尊重擁護するについ
て自己の判断に従つて職務を執行しなければならないが、その他一般公務員として
は、上司の憲法上の意見判断に従うことこそ、却て行政の一体性と行政責任の明確
性を要求している憲法を尊重擁護する所以なのである。
(二) 本件勤務評定規則、同実施要領は、いずれも地方公務員法四〇条に基き実
施権を有する被告並びに被告の教育長が適法な手続により制定施行したものであ
り、本件職務命令も被告の権限に属するすべての事務を掌る教育長が規則により所
属職員の評定者と定められた原告に対して発したものであつて、その形式的要件に
は何らの瑕疵も認められない。また原告を除く全校長が本件勤務評定を実施してお
り、原告自身についてみても改正前の規則及び実施要領による第一回勤務評定はと
もかくこれを実施したのであるから、改正後の本件規則及び実施要領による勤務評
定の実施が事実上不能であるものではない。したがつて、原告に対する本件職務命
令はすべて適法の推定を受けるのであつて、しかもこれに拘束されない例外に該当
するものとはいえないから、原告としては自己の判断によつてこれを審査したり、
その服従を拒否することはできない。
8 懲戒免職の選択について
(一) 原告は小学校長であつて、学校運営の中心的人物であり、一般職員の監督
指導の任に当らねばならぬ重要な地位と職責を有する公務員であつて、その職責上
服務につき一般教職員よりも遥かに厳正であることが要求される。このような地位
にある原告が自己の信条や勤評規則に対する独自の見解を固執して勤務評定義務不
存在確認の行政訴訟を提起し、裁判所の判断があるまで勤務評定義務の履行を頑強
に拒否し、これにより現行規則による限りは今後においても勤務評定書の提出をし
ない旨の態度を示して、自らその義務に背き、上司の命令に服従しない場合におい
ては、その学校の秩序は到底これを維持することはできず、かかる校長はもはや教
育委員会の管理下にあつて校長の職務を忠実に遂行する意思がないものといわざる
をえない。原告を除き区立小中学校長はすべて昭和三四年九月一五日までに勤務評
定書を提出したにもかかわらず、ひとり原告のみがこれに応じなかつたばかりか、
被告の情理をつくした再三の説得勧告にも応ぜず、さらに提出につき特に期限をつ
けてその反省再考を求めた職務命令をも拒否し、遂にその初志を貫き通したのであ
る。
(二) 本件勤務評定規則に基く昭和三四年九月の定期評定は、昭和三三年四月に
施行された改正前の勤評規則による定期評定に次いで第二回目のものであるが、東
京都教職員組合は当初の勤評規則制定前より熾烈なる勤評反対斗争を展開し、右第
二回定期評定時を期して一斉早退斗争を計画するとともに、各校長に対して勤務評
定書提出拒否を要求し、あわせて一般の世論の喚起につとめていた。このような緊
迫した空気のもとにおいて、原告は昭和三四年九月一二日に突如として本年度は勤
務評定書を書かない旨を声明し、その趣旨を新聞・ラジオを通じて宣伝するととも
に、前記行政訴訟の提訴をするなどして、都教組の勤務評定反対斗争の花形として
の役割を遺憾なく果した。小学校長たる原告のかかる時期における右の如き行為は
世論の耳目を聳動し、社会に大きな反響を与えた。すなわち
(1) 特定の校長が所属教職員の勤務評定をなさず、評定書を提出しないこと
は、勤務評定を統一的に全都的規模において実施し、もつて人事管理の適正を期す
べき被告の総合的人事行政の実施に著しい支障をきたした。
(2) 勤務評定書提出期を直前に控えて、都教組の提出拒否要求に耐えつつ、自
己の校長としての職務を執行すべく評定書作成に努力している原告以外の他のすべ
ての校長に対し与えた心理的影響はきわめて深刻なものであつた。
(3) 一般教職員の指導者であり、学校管理の責任者たる校長が自ら規則及び職
務命令に従わずして右の如き違法行為に出たことは、単に一A小学校に止まらず、
都下全教職員に対して法規命令に服従しないことを勧奨し、目的のために手段を選
ばずとの態度を示唆し、行政法規を無視することを教えるばかりでなく、自ら秩序
を破壊し、教育行政を混乱に陥れた。
(三) 以上述べた如く、原告の右小学校長の立場に基く行為に加えて、社会全
般、数育行政秩序に及ぼす影響の重大性、他の校長に対する心理的効果等を考慮し
て、被告は懲戒処分の中で免職処分を選択したのであり、本件事案は決して原告か
らその校長の職のみをはずす程度をもつて看過して解決すれば足りる小さな問題で
はないのであつて、裁量権の範囲内をもつてなされた適切妥当な処分というべきで
ある。
五 証拠(省略)
○ 理由
一 懲戒処分の成立
原告が被告の任命により昭和三一年一一月一日から東京都北区立A小学校長として
勤務していたことは当事者間に争がなく、被告が任命権者として原告に対しその任
用、分限、懲戒その他の身分取扱に関する事項を行う権限を有することは後記認定
のとおりであるから、原告は当時地方公務員法の規定の適用を受ける一般職に属す
る地方公務員(同法三条、四条一項教育公務員特例法三条)であつたというべきで
ある。そして、被告が昭和三四年一〇月一四日に原告に対し同日付文書を交付して
「地方公務員法二九条一項一号及び二号により、懲戒処分として免職する。」旨の
意思表示をしたことは当事者間に争がないから、右懲戒免職処分は、行政庁の処分
として、成立したものといわなければならない。
二 懲戒事由の存在
1 被告が地方公務員法四〇条の規定に基いて東京都公立学校に勤務する教職員の
勤務成績の評定を実施するため東京都立学校及び区立学校職員の勤務成績の評定に
関する規則(昭和三三年教育委員会規則九号同年四月二三日公布施行 改正昭和三
四年教育委員会規則二四号同年七月一日公布施行に係るもので昭和三五年教育委員
会規則一九号による改正以前のもの。)すなわち本件勤務評定規則を制定したこ
と、被告の教育長が本件勤務評定規則の定めるところにより勤務評定の実施につい
ての必要事項を定める権限を委任され(一三条)、右権限に基いて東京都公立学校
職員の勤務評定実施要領(昭和三四年七月一日教職発八六号教育長通達)を定めた
こと、本件勤務評定規則の定めるところに従い、昭和三四年九月一日当時において
原告が区立A小学校の教諭、助教諭、事務主事ら教職員の勤務成績についていわゆ
る評定者として(六条)、実施時期を同日とする定期評定をして(四条二項)、そ
の勤務評定書(七条)を同年九月一五日までに被告の教育長又は北区教育委員会教
育長に提出する(九条一項)ものとされていたこと、原告が右の勤務評定書を提出
することは到底承服しがたいとして勤務評定書の右提出期限を徒過したこと、及び
被告が同年九月一六日に原告に対し職務上の命令をもつて右定期勤務評定書を提出
すべきことを指示したが、原告が右指示に従うことを拒否したことは当事者間に争
がない。
被告は、原告が本件勤務評定規則に従わず、かつ、被告の原告に対する職務上の命
令に従わなかつたことが地方公務員法三二条の規定に違背する非違行為であるとし
て、同法二九条一項一号及び二号に各該当する徴戒事由の存在を主張し、これに対
し、原告は、本件勤務評定規則及び職務命令が違法であるから、原告が本件勤務評
定規則及び職務命令に従わなかつたことは被告の主張する非違行為には該当しない
として争うので、右懲戒事由の存否について以下判断する。
2 まず、本件勤務評定規則の制度的意義について考察する。勤務成績の評定と
は、公正な人事行政の基礎資料の一つとするために、職員の執務について勤務成績
(勤務成績というが、職員が職務と責任を遂行した実績すなわち勤務実績のみなら
ず、執務に関連して見られた職員の性格、能力及び適性をも含む趣旨である。)を
評定し、これを記録することであるが、およそ人事に関する制度において人事管理
の責任者が職員について何らかの方法によつてその勤務評定を行うことは当然のこ
とであつて、人事管理の適正を期するために大量の職員の勤務成績、能力、適性等
を公正かつ適確に示す資料たらしめるところに勤務評定制度の意義と目的があるこ
とはいうまでもない。現在の公務員制度の下においては、職員の採用・任用は受験
成績、勤務成績その他の能力の実証に基いて行われなければならないし(地方公務
員法一五条、国家公務員法三三条)、勤務成績が良くない場合、その職に必要な適
格性を欠く場合には、降任し又は免職することができるし(地方公務員法二八条、
国家公務員法七八条)、あるいは勤務成績によつて昇給、研修の実施、配置換その
他適当と認める措置を講ずるなど、能力主義・実証主義によつて適正な人事管理を
図る建前であることに対応して、職員の執務について定期的に勤務成績の評定を行
うべきこと、及び評定の結果に応じた措置を講ずべきことを定めているが(地方公
務員法四〇条一項、国家公務員法七二条一項)、このことは、教育を通じて全体に
奉仕する教育公務員の場合においても、職務とその責任の特殊性に基いて勤務評定
の実施権者につき特例を設けたこと(教育公務員特例法一二条)を除いて、何ら例
外をなすものではなく、法律制度として勤務評定が定められ、これを基礎資料の一
つとして適正な人事管理の行われることが要請されていることにかわりはない。地
方公務員法四〇条に基いて制定された本件勤務評定規則は、いうまでもなく、東京
都立学校及び区立学校の教職員の勤務成績を統一的に評定し、その結果たる記録を
公正な人事行政の基礎資料に供する法律制度にほかならない。
3 つぎに本件勤務評定規則の制定の経過についてみるに、成立に争のない甲第六
号証、第二六号証、第三三号証、乙第一八号証の一、二、第一九号証の一、二、第
二六号証、証人Bの証言により真正に成立したと認める乙第一四号証、同証言並び
に弁論の全趣旨をあわせると、次のとおり認めることができる。
昭和二六年に地方公務員法が施行され、地方公務員たる教職員についても勤務評定
を実施すべきであつたが、当時は実施計画をたてるべき任命権者が、都道府県及び
五大市に分れ、一部には教育委員選挙によつて任命権を有する市町村もあり、昭和
二七年一一月には全国の市町村に教育委員会が設置され、これに任命権が付与され
るという状態にあつて、いまだ任命権者が都道府県に一本化されるにいたらず、制
度の変革による困難性があつた。そこで昭和三一年に地教行法制定による教育委員
会制度の大改正があつて、教職員の任命権は市町村教育委員会の内申に基いて都道
府県教育委員会が行使することとなるに及んで、ようやく教職員に対し勤務評定を
実施する体制ができあがるとともに、同年二月に愛媛県教育委員会が教職員の昇給
昇格につき勤務成績の評定結果を参考にするとの態度を決めたのを嚆矢として、か
ねて検討してきた勤務評定の実施の機運が胎動し、昭和三二年五月に都道府県教育
長協議会総会においてこの問題に関する提案があり、同総会がこの提案を採択して
第三部会に研究を付託し、引き続き同年一〇月にも討議が行われ、教育長協議会は
自主的に協議会独自の実施試案を至急作成することを決定し、これと時を同じうし
て全国都道府県教育委員会委員長協議会もできるだけ速かに勤務評定が実施できる
よう研究することを申し合わせた。教育長協議会の第三部会はこれらの要請に基き
鋭意研究を重ねたあげく一案をえてこれを幹事会にはかり、その承認をえて同年一
二月に協議会試案を確定したが、この試案の作成にあたつては、国・地方公共団
体・会社等の職員についてすでに実施されているものはもとより、諸外国における
事例をも検討し、さらに教職員の職務と責任の特殊性についても十分考慮して慎重
を期した。この試案に則つて昭和三三年四月二三日に被告の教育委員会規則九号に
よる勤務評定制度が施行され、同年第一回の定期勤務評定が実施されたが、この勤
務評定規則については、さらに検討改善を加えるべき点があつて、昭和三四年三月
には勤務評定研究特別委員一同(C、D、Eら九名)から、同年六月には勤務評定
制度研究委員会(委員長F)からそれぞれ制度改善のための要望ないし答申が出さ
れたので、被告はこれらの改善意見をも十分考慮し、さらに前年度に実施した勤務
評定の経験を生かして、右勤務評定規則による評定方法についてその改善をはか
り、同年七月一日から施行されるにいたつたのが本件勤務評定規則である。
4 また、本件勤務評定規則に基く勤務評定の方法等についてみるに、前記甲第三
三号証、乙第二六号証によると、次のとおり認めることができる。
職務と責任の度により、八種の職種群、すなわち、校長・園長の群、教務主事・教
頭・定時制主事・通信教育主事の群、教授・助教授・教諭・講師・助教諭の群、養
護教諭・養護助教諭・看護婦の群、寮母の群、事務長の群、事務主事・事務補佐
員・事務主事補・事務助手の群、実習助手・技師補・技術助手の群に分けてそれぞ
れの評定内容を定めていること。勤務実績については、職務の状況と勤務の状況の
二点から観察し、評定するが、職務の状況の評定要素及び観察内容は各職種群ごと
にそれぞれの職務内容の実態に対応して評定要素を数項目に分け、たとえば、教諭
についていえば、学級経営・学習指導・生活指導・研究修養・校務の処理の五項目
の評定要素を設け、勤務の状況は勤務の態度と出勤の状況についてそれぞれ評定と
記入をし、右評定要素の評価にあたつては、評定者ごとに評価がまちまちに了解さ
れたり、評価の基準がちがつたりしないように、職務遂行の基準に照らして必要と
考えられる事項を分析して観察内容を各評定要素ごとに示し、勤務の態度について
は、勤務全般について必要な事項を一覧しうるように観察内容が定められ、したが
つて、これらの観察内容はいずれも評価の観点として用いられるとともに、平素の
監督者の指導や観察の指針としても利用しうるものとし、かつ、職務の状況と勤務
の状況は、特性・能力その他に比較して、客観的評価が可能と考えられ、しかもこ
れが職員の勤務実績の中心をなすものであるから、この評定結果を総合して勤務成
績の総括として記録することとしたこと。執務を通じて見られた職員の性格・能
力・適性については、特性・能力と適性についてそれぞれの職員の職務上必要な資
質に応じて、特性・能力の程度を評価しうるように観察要素を定め、たとえば、教
諭についていえば、教育愛・指導力・責任感・公正・協調性・品位・健康の七項目
の観察要素を示し、その評価にあたつては、評価の基準が各評定者によりまちまち
にならぬように観察内容を定め、適性は、評価の結果を示すためのものではなく、
適材を適所に配置するための資料として具体的に記述するものとし、特記事項につ
いては、勤務について特に目立つた注目すべき点、指導注意の措置をとつた事項そ
の他性格等で参考になることを具体的に記述することとしたこと。評定段階につい
ては、職務の状況、勤務の態度及び勤務成績の総括をいずれもA・B・Cの三段階
とし、評定の基準は、職務に要求されている水準に照らして平均の位置にあるもの
をBとし、Bより上位にあるものをA、Bより下位にあるものをCとするが、Aの
うち特にすぐれているもの、またはCのうち特に劣つているもののみについては、
記事欄にその旨を記入し、総評については、勤務成績の総括を基にし、特性・能
力・適性及び特記事項を参考にして評定することとしたこと。評定に当つて、特定
の評定者の専恣を防ぐために、評定者のほかに、評定の調整を行う者(すなわち調
整者であるが。)による評定の手続を認め、調整者は、評定者の行つた勤務評定に
ついて調査し、過誤又は不均衡があると認める場合において、これを調整するもの
とされていること等である。
かように認められる。右認定の勤務評定の方法等に前記3の規則制定の経過をあわ
せると、本件勤務評定規則は、国家公務員についての勤務評定の具備すべき条件・
基準にも合致し(人事院規則一〇-二(勤務評定の根本基準)二条参照)、かつ、
前記1に掲げる制度の意義・目的に副うものといわなければならない。
5 そこで、原告の主張する本件勤務評定規則及び職務命令の違法性について吟味
する。
(一) 本件勤務評定規則は地教行法四六条の規定に違反し、都の特別区である北
区の教育委員会がもつている勤務評定実施権をもふみにじるものであると原告は主
張する。
地教行法四六条の規定は、たしかに、県費負担教職員(市町村立学校職員給与負担
法一条及び二条に規定する教職員で、市町村立学校の教職員は殆んどがこれに属す
る。)の勤務成績の評定は、地方公務員法四〇条一項の規定にかかわらず、都道府
県教育委員会の計画の下に、市町村教育委員会が行うものとされているし、同法二
条において教育委員会が置かれる市町村の市には特別区を含むものとしているか
ら、都の特別区の教育委員会の所管に属する区立学校の教職員の勤務成績の評定に
ついては、一見被告ではなく、当該区の教育委員会が実施権者であるかのようにみ
えないでもない。しかし、県費負担教職員については、都道府県教育委員会を任命
権者としながら(三七条一項)、その服務の監督は市町村教育委員会が行うものと
して(四三条一項)、人事管理上の責任を分担していることに対応して、その勤務
成績の評定についても、任命権者たる都道府県教育委員会は評定の計画すなわち勤
務成績の評定の時期、方法、基準等を統一的に定めるにとどめ、この計画の下にそ
の服務を監督する市町村教育委員会が評定を実施するのを適当としたから、地教行
法四六条の特例が規定されたと解すべきである。ところが、都の特別区において
は、小学校、中学校及び幼稚園を設置し、及び管理し、並びにこれらに関する教育
事務を行うが、これらの学校の教職員の任用その他の身分取扱に関する事務は、教
育課程及び教科書その他の教材の取扱に関する事務とともに除かれ、特別区が処理
しないで、すべて都がこれを処理するものとされている(地方自治法二八一条二項
一号、四項)。そして、身分取扱とは、たとえば、地方自治法一七二条四項におい
て「職員に関する任用、職階制、給与、勤務時間その他の勤務条件、分限及び懲
戒、服務、研修及び勤務成績の評定、福祉及び利益の保護その他身分取扱に関して
は」と用いているように、職員の任免、分限、懲戒、服務その他身分上一般に関す
る取扱を総称するものと解されるから、区立学校の教職員の勤務成績の評定は、身
分取扱に関する事務の一つとして、都の団体事務に属し、これまた身分取扱に含ま
れる服務の監督とともに、都の教育委員会すなわち被告の権限に属するものという
べきである(地方自治法一八〇条の八、地教行法二三条三号参照)。地教行法五九
条一項の規定(昭和三九年法律一九六号により改正されたもの)は、右のような権
限の帰属関係を特に明らかにしたものである。そうすると、区立学校の教職員の勤
務成績の評定については、地方公務員法四〇条一項の原則に則つて、任命権者たる
被告が実施権を有するから、県費負担教職員の勤務成績の評定について特例を設け
た地教行法四六条の規定は都の特別区については適用されないものと解すべきであ
る。すなわち、区立学校の教職員の勤務評定については、被告が地方公務員法四〇
条の規定にいう任命権者たる実施権者として本件勤務評定規則を制定したのであつ
て、もとより適法といわなければならない。原告の右主張は理由がない。
(二) 被告が都の特別区の教育委員会の所管に属する区立学校の教職員について
任命権者として勤務成績の評定を行う権限を有することは右に認定したとおりであ
るが、右の勤務評定を行うということは、必ずしも被告自身が個々の教職員の勤務
実績並びに性格、能力及び適性を評価しなければならないことを意味するものでは
なく、本件勤務評定規則による勤務評定制度を全体として実施することにほかなら
ない。まえにみたとおり、本件勤務評定規則においては、区立学校の教職員につい
ては、校長がいわゆる評定者として所定事項の記入により評定した勤務評定書を提
出するものとしているが、これとて、校長は、被告が実施権者として行うべき勤務
評定についてその事務の一部を補助的に執行しているにすぎないのであつて、地方
公務員法四〇条にいうような勤務成績の評定を行う責任者となるわけではない。と
ころで、校長は、校務を掌り、所属職員を監督する職務権限を与えられているが
(小学校については学校教育法二八条三項)、この職務権限から当然に右の勤務評
定に関する事務の補助的執行の職責を負わされるわけではない。しかし、校長は、
その職務権限に照らして、つねに所属職員に接し、その勤務状況を観察して勤務の
実態の把握に努めるべき地位にあるから、本件勤務評定規則に基くまでもなく、み
ずから所属職員の勤務実績並びに性格、能力及び適性を評定し、これを記録するこ
とは、校長の職務権限の範囲内の事務処理というべきであるし、また、校長をも含
めて区立学校の教職員の任免、分限、懲戒、服務その他の身分取扱については、当
該区の教育委員会ではなく、都の教育委員会すなわち被告がその事務を処理する建
前であることはさきに認定したとおりであるから、被告は、右の所掌事務につい
て、職務上の指揮監督権者として、区立学校の校長に対し、本件勤務評定規則に定
めるような評定者たるべきことを指示してその所属職員の勤務成績の評定に関する
事務を分担させることもできるというべきである。まさに、本件勤務評定規則は、
被告と区立学校長らとの間における右のような職務関係を明らかに規定したもので
あつて、形式的には都の機関である被告の制定した行政規則であるが、実質的には
いわゆる職務命令にほかならないといわなければならない。そうすると、原告は、
本件勤務評定規則の定めるところに従い、北区立A小学校の教職員の勤務成績の評
定者として、昭和三四年九月一日を実施時期とする定期勤務評定書を同年九月一五
日までに被告の教育長又は北区教育委員会教育長に提出すべき職務上の義務があつ
たものであり、また、被告は、同年九月一六日に原告に対し、職務上の命令をもつ
て、あらためて右定期評定書提出の指示を与えたものであるといわなければならな
い。
原告は、原告が校長として所属職員の勤務成績を評定した勤務評定書を提出すべき
職務上の義務がないから、被告の原告に対する本件職務命令はその根拠を欠き違法
であると主張するけれども、これもまた、右に述べたところにより、すでに理由の
ないことが明らかである。
(三) 原告は、本件勤務評定規則は、評定の結果について秘密性を保持し、異議
の申立てを認めないこととしているから、違法であると主張する。
原告の右主張事実(違法性の判断部分を除く。)は被告の認めて争わないところで
ある。しかし、まえにふれたように、勤務評定は、人事の公正な基礎の一つとする
ために、職員の執務について勤務成績を評定し、これを記録することであるから、
その性質上、任命権者の人事行政に関する内部事項に属するし、評定の結果は人事
管理上の一資料たるにとどまり、ただちに人事取扱に機械的に結合するわけではな
いから、勤務評定自体が個別的かつ具体的な不利益取扱となることはありえない。
本件勤務評定規則にみられるように、評定の結果について秘密性を保持し、異議の
申立てを認めないものとする建前もまた制度として当然に許容されるというべきで
ある。もし、勤務評定に基いて、職員が具体的に不利益処分を受けた場合には、職
員はその処分について審査請求及び訴提起により処分の取消変更を求めることがで
きるのであるから、救済手段としてはこれをもつて足りるというべきである。原告
の右主張も採用するに足りない。
(四) 本件勤務評定規則においては、いわゆる評定者のほかに、評定者の行つた
勤務評定について調査し、過誤又は不均衡があると認められる場合において、これ
を調整するものとして、いわゆる調整者が定められ、たとえば、区立学校の校長が
評定者である場合には、その区の教育委員会の教育長が調整者に指定されるものと
することが前記乙第二六号証により認められるが、右評定者及び調整者による評価
手続は、国家公務員の勤務評定について具備すべき条件の一つとされる「二以上の
者による評価を含む等特定の者の専断を防ぐ手続(昭和四〇年法律六九号による改
正前の国家公務員法七二条二項、昭和四〇年六月一一日改正前の人事院規則一〇-
二(勤務評定)二条三項二号)」に対応するものであつて、特定の評定者の専恣を
防ぐための措置たりうるものといわなければならない。原告は、原告のいう「多頭
評価方式」なるものを採用していないことが本件勤務評定規則の瑕疵であるように
主張するけれども、右に述べたとおりであるから、原告の主張は理由がない。
また、右人事院規則二条二項の規定において「勤務評定は、試験的な実施その他の
調査を行つて、評定の結果に識別力、信頼性及び妥当性があり、かつ、容易に実施
できるものであることを確かめたものでなければならない。」ものとされている
が、昭和三四年七月に本件勤務評定規則が施行されるに至るまでの勤務評定制度の
前駆的・試行的経過(前記3認定)に徴して、本件勤務評定規則は人事院規則の右
規定の趣旨にも副いうるものといわなければならない。原告は、原告のいう「試験
的実施」が行われていないことが本件勤務評定規則の瑕疵であるように主張するけ
れども、右に述べたとおりであるから、原告の主張は理由がない。
そのほか、原告は、本件勤務評定規則について、右人事院規則二条一項の「職務遂
行の基準に照らして評定」するものとする条件を充していないこと、及び評定の方
法について評定の要素ごとに示された観察内容にきわめて問題点の多いものがある
ことを瑕疵として指摘するけれども、これもまた理由のないものであることは、本
件勤務評定規則に基く勤務評定の方法等についてまえに認定したところ(前記4)
により明らかであるといわなければならない。
(五) 原告は、本件勤務評定規則は、いわゆる反動文教政策の中心的な要として
登場し、不当な政治的意図に基いて、教育内容を画一的に支配し、統制して、憲
法・教育基本法に基く民主教育を破壊するものであつて、憲法・教育基本法の原理
(ことに教育基本法一〇条の規定)に違反し、無効であると主張する。しかし、証
人G、H、I、J、K及びLの各証言並びに原告の本人尋問の結果はいずれも原告
の右主張に同調するものであるが、これらの証拠資料によつてはまだ原告の右主張
事実を認めるにいたらないし、ほかにこれを肯認するに足りる的確な証拠はみあた
らない。原告の右主張は理由がない。
かえつて、本件勤務評定規則に基いて実施される勤務評定は、東京都立学校及び区
立学校教職員の勤務実績並びに執務に関連して見られた性格、能力及び適性を評定
し、これを記録することにすぎないし、評定の結果たる記録は人事管理上の資料の
一つであるにとどまるものであるから、地方公務員法二四条、四六条、五二条等に
規定する職員の勤務条件たるものにも至らないというべきである。したがつて、本
件勤務評定規則自体がただちに職員の権利・利益を侵害する筋合のものでないこと
はいうまでもない。そして、本件勤務評定制度の意義・目的、実施の経過、勤務評
定の内容・方法等につきすでに認定したところによれば、本件勤務評定規則は、教
育における民主主義の原理に背馳するものでもなければ、教育行政の任務の本質及
びその限界を侵すものでもないといわなければならない。
6 本件勤務評定について、原告が評定者として勤務評定書を提出しなければなら
ない職務上の義務を負うものであり、被告が原告に対し指揮監督権に基いて職務上
の命令をすることができるものであること、並びに本件定期評定書の提出につい
て、原告が故意にその提出期限昭和三四年九月一五日を徒過したのみならず、被告
の原告に対する同年九月一六日付職務命令にもかかわらず、原告がこれに従うこと
を拒否したことは、すでに認定したとおりであるから、原告はその職務執行の義務
を果さず、かつ、被告の原告に対する職務命令に服従すべき義務を怠つたものとい
うのほかはなく、右の各義務違背行為は、とりもなおさず、一般職に属する地方公
務員の義務について「職員は、その職務を遂行するに当つて、法令、条例、地方公
共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い、且つ、上司の職務上の
命令に忠実に従わなければならない。」と定めた地方公務員法三二条の規定に違反
する非違行為であり、原告は、右非違行為により、同法二九条一項一号及び二号に
規定する懲戒事由に各該当するにいたつたというべきである。
被告の主張する懲戒事由は、右に認定したとおり、存在するといわなければならな
い。
7 なお、被告は、懲戒事由として、右のほか、被告が原告に対し同年九月一五
日、二八日及び一〇月二日の三回にわたつて職務命令をもつて勤務評定書の提出を
求めたが、いずれも原告が応じなかつたことをあげて主張するけれども、これを肯
認するに足りる証拠はみあたらない。もつとも、原告所属のA小学校を所管する北
区教育委員会の教育長Mが原告に対し同年九月一五日及び二八日の二度にわたつて
勤務評定書の提出を要請したことが成立に争のない乙第七号証及び第一〇号証によ
り認められるが、北区教育委員会ないしM教育長は原告に対し勤務評定書の提出を
命じうる職務上の上司でないことは前記5(二)により明らかであるというべきで
あるし、また右提出要請が被告の原告に対する職務命令の執行として行われたもの
であることを認めるに足りる証拠はさらにない。被告の右主張は理由がない。
三 免職処分の相当性
原告の右非違行為の経緯についてみるに、成立に争のない乙第四号証の一、第五号
証、第六号証の一から三まで、第七号証、第八号証、第九号証の一、二、第一〇号
証、第一一号証の一、二、証人Bの証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨
を総合すると、次のとおり認めることができる。
被告が実施権者として行う教職員の勤務評定について、東京都教職員組合は、はや
くからこれに反対し、特に第二回目の本件勤務評定規則に基く昭和三四年九月定期
評定を期して勤務評定書提出阻止を呼号し、評定者たる各校長に対しては勤務評定
書の記入及び提出の拒否を要求してしきりに交渉を求め、その行動を監視するとと
もに、他方教職員の一斉早退を計画して世論の喚起に努めるなど、組織をあげて精
力的に反対斗争を展開した。そこで各校長は組合の執拗なる阻止戦術に苛なまされ
ながら、これを凌いで勤務評定書の記入及び提出を果さなければならない容易なら
ぬ事態を迎え、その職責遂行に遺漏なきを期することが要望されていたさなかにお
いて、当面の校長の一人でありながら、原告は、昭和三四年九月一二日に突如声明
書を発表して「本件勤務評定制度については、校長に勤務評定義務が存するものと
していること、人事管理の資料とするだけの信頼性・安定性がないこと、秘密性を
保持して異議申立ての救済方法を認めないことなど、法律上、教育上の疑問が大き
いから、原告は勤務評定書を書かない。」旨及び「校長に勤務評定義務が存するか
否かについては裁判で確定したい」意向を宣言し(その事後的報告は北区教育委員
会教育長Mあてに寄せたが。)、続いて同月一四日に当庁に対し本件勤務評定規則
に基き勤務評定書を提出する職務上の義務が原告に存しないことの確認を求める趣
旨の訴訟を提起し、この提訴によつて、いままでの対等の立場で話し合えない被告
と原告の上命下従関係を揚棄し、いよいよ被告と対等に法廷で相争うだけであると
自負のほどを誇示した。折しも現職校長たる原告の右のような出方はたちまちテレ
ビ、ラジオ、新聞等を通じて世間の耳目を聳動させたのみならず、教育界に時なら
ぬ波紋を投げつけたが、一に原告の望むところは、右のようにして世論を喚起し、
これを背景にして被告を交渉の場に就かせ、本件勤務評定制度そのままの実施をつ
いに断念させることにあつた。そのために、原告の抵抗はさらにめざましいものが
あつた。すなわち、同月一五日に北区教育委員会のM教育長に呼ばれて勤務評定書
の提出を要請された際、その要請には応じられない態度を明示した。また被告が原
告に対し同月一六日付本件職務命令を告げる文書中において「法律上、教育上疑義
があるからといつて、本件勤務評定規則に従わず、上司の職務命令に違反するよう
な行為は、地方公務員法三二条の規定に照らして許されない。また勤務評定義務不
存在確認訴訟を提起したからといつて、本件勤務評定規則に従つて勤務評定書を提
出しなければならない校長の職務上の義務はいささかも変るものではない。」旨の
説示までして職務上の服従義務に照らし、その自重を求めたにもかかわらず、これ
に対し「地方公務員法、規則等違法な法律命令に従がう義務はない。勤務評定書提
出義務の存否については裁判で最終的に結末をつけることが一番あとくされがなく
ていい。」旨の同月一八日付返書を添えて、右職務命令文書を被告に返却する挙に
出たのみならず、同返書中において「職務命令を出したり、処分でおどかしたので
は本当の解決にならない。」とまで揚言し、昂然と本件職務命令を拒否する態度を
顕わに示した。さらにM教育長が同月二八日に重ねて原告に対し「現職校長である
以上、勤務評定書を提出すべきである。」旨を告げ、その熟慮を求めて提出を促し
たが、これに対しても、裁判で「黒白のつくまで」提出しない旨をくりかえしただ
けであつた。
かように認められ、右認定をうごかすような証拠はない。そして、本件勤務評定規
則及び職務命令は、すでにみたとおり、適法かつ有効なものであるが、原告が自己
の判断によつてこれを違法であると認めたとしても、それが客観的に違法であるこ
とが明瞭でない場合である(このことは、理由二において述べたところにより明ら
かである。)以上、原告はこれに拘束されるものといわなければならない。すなわ
ち、原告が右のような自己の判断や提訴に依拠して本件勤務評定規則及び職務命令
に従わないことは許されない。原告は、まさに、自己の責任と危険において、本件
勤務評定規則及び職務命令に拘束されないと判断し、その職務上の義務違背に及ん
だというのほかはない。
もとより、地方公務員法二九条の規定による懲戒を行うかどうか、懲戒処分として
いかなる種類・程度の処分をするかは、いずれも、懲戒権者の裁量に委ねられてい
るが、本件懲戒免職処分については、原告の非違が右認定どおりの経緯のものであ
るから、懲戒権者である被告がその裁量を誤つたとみるべき余地はないといわなけ
ればならない。懲戒権を乱用した無効の免職処分であるとの原告の主張は理由がな
い。
四 結論
以上に述べた理由により、本件懲戒免職処分は、行政処分として、適法かつ有効に
成立したといわなければならない。よつて、原告の本訴請求は理由がないから、こ
れを失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のと
おり判決する。
(裁判官 中川幹郎 仙田富士夫 吉川正昭)

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