弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 (上告趣意に対する判断)
 検察官の上告趣意第一点は、違憲をいうが、原判決が憲法一四条一項を解釈適用
していると認めることはできないから、所論は前提を欠き、刑訴法四〇五条の上告
理由にあたらない。同第二点のうち、当裁判所昭和二六年(れ)第五四四号同年九
月一四日第二小法廷判決・刑集五巻一〇号一九三三頁、同二八年(あ)第三二一号
同二九年六月二二日第三小法廷判決・刑事裁判集九六号三九七頁、同三三年(あ)
第二四三七号同三四年三月二七日第二小法廷判決・刑事裁判集一二九号四五五頁に
ついての判例違反をいう点は、右各判決は憲法一四条一項の解釈適用に関するもの
であるところ、原判決が憲法一四条一項の解釈適用をしているものでないことは前
記のとおりであるから、判例違反を論ずる余地がなく、また、当裁判所昭和二四年
(れ)第一八一九号同年一二月一〇日第二小法廷判決・刑集三巻一二号一九三三頁
及び引用の各高等裁判所判決(ただし、東京高等裁判所昭和四七年(う)第二三二
一号同五二年八月一日判決を除く。右判決は、原判決宣告後のものであるから、刑
訴法四〇五条三号の判例ということはできない。)は、いずれも判文の全趣旨に照
らすと、所論のように訴追裁量の逸脱ないし濫用の有無はすべて公訴提起の効力に
影響を及ぼさない旨を判示していると解することはできないから、所論は前提を欠
き、適法な上告理由にあたらない。同第三点は、憲法違反をいう点を含めて、その
実質はすべて事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたら
ない。
 (職権による判断)
 所論にかんがみ、刑訴法四一一条を適用すべきかどうかについて判断する。
 一 検察官は、現行法制の下では、公訴の提起をするかしないかについて広範な
裁量権を認められているのであつて、公訴の提起が検察官の裁量権の逸脱によるも
のであつたからといつて直ちに無効となるものでないことは明らかである。たしか
に、右裁量権の行使については種々の考慮事項が刑訴法に列挙されていること(刑
訴法二四八条)、検察官は公益の代表者として公訴権を行使すべきものとされてい
ること(検察庁法四条)、さらに、刑訴法上の権限は公共の福祉の維持と個人の基
本的人権の保障とを全うしつつ誠実にこれを行使すべく濫用にわたつてはならない
ものとされていること(刑訴法一条、刑訴規則一条二項)などを総合して考えると、
検察官の裁量権の逸脱が公訴の提起を無効ならしめる場合のありうることを否定す
ることはできないが、それはたとえば公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような
極限的な場合に限られるものというべきである。
 二 いま本件についてみるのに、原判決の認定によれば、本件犯罪事実の違法性
及び有責性の評価については被告人に有利に参酌されるべき幾多の事情が存在する
ことが認められるが、犯行そのものの態様はかならずしも軽微なものとはいえない
のであつて、当然に検察官の本件公訴提起を不当とすることはできない。本件公訴
提起の相当性について疑いをさしはさましめるのは、むしろ、水俣病公害を惹起し
たとされるA株式会社の側と被告人を含む患者側との相互のあいだに発生した種々
の違法行為につき、警察・検察当局による捜査権ないし公訴権の発動の状況に不公
平があつたとされる点にあるであろう。原判決も、また、この点を重視しているも
のと考えられる。しかし、すくなくとも公訴権の発動については、犯罪の軽重のみ
ならず、犯人の一身上の事情、犯罪の情状及び犯罪後の情況等をも考慮しなければ
ならないことは刑訴法二四八条の規定の示すとおりであつて、起訴又は不起訴処分
の当不当は、犯罪事実の外面だけによつては断定することができないのである。こ
のような見地からするとき、審判の対象とされていない他の被疑事件についての公
訴権の発動の当否を軽々に論定することは許されないのであり、他の被疑事件につ
いての公訴権の発動の状況との対比などを理由にして本件公訴提起が著しく不当で
あつたとする原審の認定判断は、ただちに肯認することができない。まして、本件
の事態が公訴提起の無効を結果するような極限的な場合にあたるものとは、原審の
認定及び記録に照らしても、とうてい考えられないのである。したがつて、本件公
訴を棄却すべきものとした原審の判断は失当であつて「その違法が判決に影響を及
ぼすことは明らかである。
 三 しかしながら、本件については第一審が罰金五万円、一年間刑の執行猶予の
判決を言い渡し、これに対して検察官からの控訴の申立はなく、被告人からの控訴
に基づき原判決が公訴を棄却したものであるところ、記録に現われた本件のきわめ
て特異な背景事情に加えて、犯行から今日まですでに長期間が経過し、その間、被
告人を含む患者らとA株式会社との間に水俣病被害の補償について全面的な協定が
成立して双方の間の紛争は終了し、本件の被害者らにおいても今なお処罰を求める
意思を有しているとは思われないこと、また、被告人が右公害によつて父親を失い
自らも健康を損なう結果を被つていることなどをかれこれ考え合わせると、原判決
を破棄して第一審判決の執行猶予付きの罰金刑を復活させなければ著しく正義に反
することになるとは考えられず、いまだ刑訴法四一一条を適用すべきものとは認め
られない。
 よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により主文のとおり決定する。
 この決定は、裁判官藤崎萬里、同本山亨の反対意見があるほか、裁判官全員一致
の意見によるものである。
 裁判官藤崎萬里の反対意見は、次のとおりである。
 本件においては公訴権の濫用というが如きことはなく、したがつて本件公訴を棄
却すべきものとした原判断は失当であるとすることについては、私ももとより異論
はない。私が多数意見と見解を異にするのは、それからさきの論点についてである。
すなわち、多数意見は、右のような原判断の違法が判決に影響を及ぼすことは明ら
かであるとしながら、諸般の事情を考慮すると、原判決を破棄しなければ著しく正
義に反するとまでは認められないから、本件は刑訴法四一一条を適用すべき場合に
はあたらないとして、上告棄却の結論に到達しているが、私はこの結論に賛同する
ことができない。
 およそ公訴の提起そのものを訴追裁量の誤りを理由に無効と評価して公訴を棄却
することは、軽々に行われるべきことではないから、公訴を棄却すべき理由がない
のにこれを棄却するという誤りの重大であることは、いうをまたない。このような
原判決の違法は、それだけで当然に、原判決を破棄しなければ著しく正義に反する
とすべき十分な理由たりうるものと考える。
 本件の場合は、水俣病公害という非常に深刻な背景事情があるわけであるが、第
一審がこれを十分に考慮に入れたことは、執行猶予つきの罰金刑という特異な科刑
をしたことにも明らかにうかがわれる。本件公訴を有効とする以上は、この程度の
名目的な刑であつてもこれを科して被告人の責任を明らかにするのが正義の要求す
るところであると思う。本件公訴を棄却すべきものとした原判断は誤つていると宣
明しても―それはそれとして重要な意味があることを否定するものではないが―、
結局において上告を棄却して原判決を維持することは、すなわち公訴棄却の原判決
を確定させることにほかならない。こうして被告人を訴訟手続から解放することは、
本件のような場合における暴力の行使を容認するものなるやに誤解されるおそれな
しとせず、私のとうてい賛同することのできないところである。
 以上の次第で、私は原判決を破棄すべきものと考える。
 裁判官本山亨の反対意見は、次のとおりである。
 原判決は、いわゆる公訴権濫用の法理を肯定し、検察官のした公訴の提起が訴追
裁量を著しく逸脱したものである場合には、裁判所は公訴の提起を無効としてこれ
を棄却することができるとしたうえ、本件公訴の提起はこのような場合に該当する
ものとして、公訴を棄却する旨の判決を言い渡している。しかしながら、公訴の提
起にあたつての検察官の訴追裁量の当否を、裁判所が審査し、その結果いかんによ
つて公訴を棄却するということを予定した刑訴法規は存在しないばかりでなく、刑
事事件について公訴を提起するか否かは国の刑事政策の統一的な実現に重要な影響
を及ぼすものとして、刑事訴追の権限を検察官一体の原則の下にある個々の検察官
の専権に属せしめている刑事司法の基本構造などを考えると、公訴の提起は、それ
が手続法規に従つて適法、適式にされた以上、つねに有効であつて、裁判所は、訴
訟条件が具備している限り、実体的裁判をすべきであり、これを回避してはならな
いものと解すべきである。多数意見は、公訴権濫用の法理を、そのいわゆる極限的
な場合に限つてこれを肯定すべきであるとするが、私には、極限的な場合とは一体
いかなる事態をさすのか必ずしも明らかでないと思われるし、また、そのような概
念を設定してまでこの法理を認めるべき必要性があるのか、理解しがたいのである。
もちろん、私としても、検察官がその裁量権の行使を誤つて客観的に著しく不当な
公訴の提起をすることのありうることを否定するものではない。しかし、そのよう
な事態は、公訴の取消の制度(刑訴法二五七条)の活用によつて、検察官自身をし
て是正させるのが現行法の建前であるし、将来の方向としては、宣告猶予制度など
を創設する立法的解決にまつべきものであろうと考える。
 原判決は、現行法上認められていない公訴権濫用の法理を肯定して、不法に本件
公訴を棄却する誤りを犯したものであるから、その誤りは判決に影響を及ぼし、こ
れを破棄しなければ著しく正義に反するものであり、刑訴法四一一条一号により原
判決を破棄すべきものである。
  昭和五五年一二月一七日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    藤   崎   萬   里
            裁判官    団   藤   重   光
            裁判官    本   山       亨
            裁判官    中   村   治   朗
            裁判官    谷   口   正   孝

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