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平成26年4月24日判決言渡
平成25年(ネ)第10086号債務不存在確認請求本訴,損害賠償請求反訴請
求控訴事件(原審・東京地裁平成19年(ワ)第2525号事件(原審本訴),平成
19年(ワ)第6312号事件(原審反訴))
口頭弁論終結日平成26年2月25日
判決
アップルジャパン株式会社(旧商号アップルコンピュータ株式会社)訴訟承継人
組織変更前の商号有限会社アップルジャパンホールディングス
控訴人兼被控訴人(原審本訴原告兼反訴被告)
AppleJapan合同会社
(以下「控訴人」という。)
訴訟代理人弁護士長沢幸男
同長沢美智子
同矢倉千栄
同永井秀人
同金子晋輔
被控訴人兼控訴人(原審本訴被告兼反訴原告)
株式会社齋藤繁建築研究所
(以下「被控訴人」という。)
訴訟代理人弁護士上山浩
同小川直樹
同井上拓
訴訟代理人弁理士佐川慎悟
同小林基子
主文
1控訴人及び被控訴人の控訴に基づき原判決主文第2,3項を次の
とおり変更する。
(1)控訴人は,被控訴人に対し,3億3664万1921円及び
内1億1163万8369円に対する平成19年9月29日か
ら,内1億1185万6491円に対する平成20年9月27日
から,内8912万4927円に対する平成21年9月26日か
ら,内880万8704円に対する平成22年9月25日から,
内745万7557円に対する平成23年9月24日から,内7
75万5873円に対する平成25年3月30日から,各支払済
みまでそれぞれ年5分の割合による金員を支払え。
(2)被控訴人のその余の請求を棄却する。
2訴訟費用は,第1審,第2審を通じてこれを60分し,その1を
控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。
3この判決の第1項(1)のうち,被控訴人の当審での勝訴部分は,仮
に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1控訴人の控訴の趣旨
(1)原判決中,主文第1項を除く控訴人敗訴部分を取り消す。
(2)被控訴人の反訴請求を棄却する。
(3)訴訟費用は第1審,第2審とも被控訴人の負担とする。
2被控訴人の控訴の趣旨
(1)原判決中,被控訴人敗訴部分を取り消す。
(2)控訴人は,被控訴人に対し,96億6335万8080円及びこれに対する
平成19年3月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3)訴訟費用は第1審,第2審とも控訴人の負担とする。
(4)仮執行宣言
第2事案の概要
1原審で用いられた略語は,当審でもそのまま用いる。原判決を引用する部分
では,「原告」を「控訴人」に,「被告」を「被控訴人」に改める。
2原審の本訴は,控訴人が,発明の名称を「接触操作型入力装置およびその電
子部品」とする特許権(本件特許権)を有する被控訴人に対し,控訴人の控訴人製
品1及び2の輸入及び販売が本件特許権を侵害しないと主張して,本件特許権の侵
害を理由とする損害賠償請求権の不存在確認を求める事案である。
また,原審の反訴は,被控訴人が,控訴人に対し,控訴人による控訴人各製品の
輸入販売が本件特許権を侵害すると主張して,不法行為による損害賠償請求権に基
づき,損害金627億4800万円のうち100億円及びこれに対する不法行為の
後の日である反訴状送達の日の翌日(平成19年3月14日)から支払済みまで民
法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原判決は,本訴については確認の利益を欠くとしてこれを却下し,反訴について
は,3億3664万1920円及びこれに対する平成19年3月14日から支払済
みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度でこれを認容し,その余の反訴
に係る請求を棄却した。
控訴人は,原判決が反訴の一部を認容したことを不服として(本訴を却下した判
決に対する不服申立てはしていない。),被控訴人は,原判決が反訴の一部を棄却し
たことを不服として,それぞれ控訴を提起した。
3前提事実及び争点は,次のとおり改める他は,原判決の「第2事案の概要」
の「2前提事実」及び「第3争点」(原判決2頁7行目から6頁16行目まで)
に記載のとおりであるからこれを引用する。
(1)原判決2頁22行目の「本件訂正を認める旨の審決(以下「本件訂正審決」
という。)をした。」を「本件訂正を認める旨の審決(以下「本件訂正審決」という。)
をし,本件訂正審決は後に確定した。」に改める。
(2)原判決6頁15行目末尾に,改行の上,次のとおり挿入する。
「(11)本件各発明は,当業者が甲135に記載された発明に基づいて容易に発
明をすることができたか否か(争点2-11)
(12)本件各発明は,当業者が甲136に記載された発明に基づいて容易に発明
をすることができたか否か(争点2-12)
(13)請求項2及び3に係る各発明は,いわゆるサポート要件(特許法36条6
項1号)を充足しないか否か(争点2-13)」
第3争点に関する当事者の主張
以下のとおり付加・訂正する他は,原判決の「第4争点に関する当事者の主張」
(原判決6頁17行目から79頁19行目まで)を引用する。
1原判決62頁11行目の「本件特許発明」を「本件各発明」と改める。
2原判決77頁23行目末尾に,改行の上,次のとおり挿入する。
「(11)本件各発明は当業者が甲135に記載された発明に基づいて容易に発明
をすることができたか否か(争点2-11)について
(控訴人)
甲135は,多モードマニピュレータに関する1996年(平成8年)8月6日
付公開特許公報(米国特許公報第5543592号)である。
甲135には,①角度位置や距離を検出する回転エンコーダと接続された,リン
グ状のタッチセンサーを上面に有する回転ディスクと,②このディスクに沿って均
等に配置された4つの機械式のプッシュスイッチと真下に配置された機械的なスイ
ッチとを有する入力装置が記載されている。
本件各発明と甲135記載の発明(以下「甲135発明」という。)との相違点は,
本件発明1が「指先でなぞるように操作されるための所定の幅を有する連続したリ
ング状に予め特定された軌跡上に連続してタッチ位置検出センサーが配置され,前
記軌跡に沿って移動する接触点を一次元座標上の位置データとして検出するタッチ
位置検知手段」(構成要件A)を備えるのに対して,甲135発明では,リング状の
タッチセンサーを上部に備えた回転ディスク8と回転エンコーダを組み合わせた機
構を採用している点のみである。
一次元のリング状のタッチセンサーで,ユーザーの指の位置や移動距離を検出す
る構成とすることは,甲5,甲35,甲36,甲53,甲129ないし134に現
れるとおり,当業者にとって技術常識であった。さらに,回転ディスクを一次元の
リング状のタッチセンサーに置き換えることも,やはり技術常識であった。とりわ
け,甲135発明における入力装置の回転ディスク8は,その上部にリング状のタ
ッチセンサーを備えている。当業者にとって,甲135発明の回転ディスク8,リ
ング状のタッチセンサー部26及び回転エンコーダを,タッチセンサー部26と同
じようにユーザーの指の位置や移動距離データを検出させる機能を持つ,一次元座
標上の位置データとして検出するリング状のタッチセンサーに代替することは,当
時の技術常識,両者の技術分野や装置の作用・機能の共通性からして,容易に想到
することができたものである。
(被控訴人)
控訴人の主張は,時機に後れた攻撃防御方法であるから,却下されるべきである。
甲135発明では,ディスク8の上面にタッチセンサー層が設けられているが,
これは二次元座標のタッチセンサーであり,タッチ位置を一次元座標上の位置デー
タとして検出するものではない。
また,甲135発明のタッチセンサーは,円盤状であって,リング状ではない。
したがって,甲135発明のタッチセンサーは,二次元座標上であらゆる方向に操
作され得る構成が示されているのであって,リング状の軌道に沿って操作して一次
元座標上の位置データを検知する構成は示されていない。甲135発明の多モード
マニピュレータには複数のスイッチがあるが,いずれも「タッチ位置検出手段が連
続して配置される軌跡に沿って」配置されていないため,本件各発明とは同構成に
おいて相違する。
甲135発明が回転ディスクと回転エンコーダを採用している理由は,操作の自
由度を高めるためである。本件各発明のように操作をリング状の軌跡上に制限する
という技術の置換は,かえって自由度を制限するものとなるから甲135発明の目
的に反し,阻害要因となる。また,甲135発明は表示画面上のカーソルを遠隔操
作するものであるから二次元タッチセンサーは必須であり,一次元タッチセンサー
に変更することはあり得ない。
(12)本件各発明は当業者が甲136に記載された発明に基づいて容易に発明を
することができたか否か(争点2-12)について
(控訴人)
甲136は,「回転操作型スイッチおよび多方向入力装置」に関する平成8年3月
8日付公開特許公報(特開平8-64079号公報)である。
甲136に記載の発明(以下「甲136発明」という。)は,下部に設けられた4
つの機械式プッシュスイッチで回転を検出する回転ダイヤルを開示している。ダイ
ヤルは中心に設けられ,4つの各プッシュスイッチは,ダイヤルの上面周縁部の押
下により,それぞれオン,オフされる。
甲136発明と本件各発明との相違点は,本件各発明が「指先でなぞるように操
作されるための所定の幅を有する連続したリング状に予め特定された軌跡上に連続
してタッチ位置検出センサーが配置され,前記軌跡に沿って移動する接触点を一次
元座標上の位置データとして検出するタッチ位置検知手段」(構成要件A)を備える
のに対し,甲136発明は,回転式のダイヤル機構と回転を検出するスイッチから
なるものであり,タッチセンサーが用いられていない点のみである。
甲5,甲35,甲36,甲53,甲129ないし134に現れるとおり,一次元
座標軸上の位置データを検出するリング状のタッチセンサーは公知の技術であり,
当業者にとって,回転ダイヤルをリング状のタッチセンサーに置き換えることも,
やはり技術常識であった。このような当時の技術常識,両者の技術分野や装置の作
用・機能の共通性からして,当業者にとって,押下することで4つのプッシュスイ
ッチをオン又はオフする機能を維持しつつ,操作体3を,上部周縁部に一次元の位
置データを検出するセンサーを備えた動かない操作体にすることは,容易に想到す
ることができるといえる。
(被控訴人)
控訴人の主張は,時機に後れた攻撃防御方法であるから,却下されるべきである。
のみならず,控訴人の主張は,以下のとおり失当である。
甲136発明の回転操作型スイッチは,操作体の回転操作と傾倒操作及びプッシ
ュ操作によって,それぞれ回転検出スイッチ(27,22)と傾倒検出スイッチ(2
9,21)及びタクトスイッチ(14,20)のオンオフを行うものであり,リン
グ状の一次元タッチセンサーに関する記載も示唆もない。
甲136発明には,「指先でなぞるように操作されるための所定の幅を有する連続
したリング状に予め特定された軌跡上に連続してタッチ位置検出センサーが配置さ
れ,前記軌跡に沿って移動する接触点を一次元座標上の位置データとして検出する
タッチ位置検知手段」(構成要件A)との記載がないから,「リング状の軌跡に沿っ
て」プッシュスイッチ手段の接点が配置されることもなく,「前記軌跡上における」
押下によりプッシュスイッチ手段の接点のオン又はオフが行われることもない。仮
に回転可能に支持された操作体3を,前記リング状の一次元タッチ位置検知手段に
代えて動かない操作体にすると,2つの回転検出スイッチだけでなく,4つの傾倒
検出スイッチまで操作できなくなり,甲136発明の目的を達成できないことにな
る。
したがって,本件各発明は甲136発明から容易に想到できるものではない。
(13)請求項2及び3に係る発明は,サポート要件(特許法36条6項1号)を
充足しないか否か(争点2-13)について
(控訴人)
本件特許の請求項2及び3に係る発明の「前記プッシュ手段が4つであること」
(構成要件G)は,本件明細書の発明の詳細な説明の欄に記載がなく,サポート要
件(特許法36条6項1号)を充足しない。
本件図面中の【図21】及び本件明細書の【0034】には,4つの接点を持つ
1つのプッシュスイッチしか示されていない。【図21】の84は,「接点」であり,
4つの「接点」は,「プッシュスイッチ」と同じではない。【図21】のキートップ
80の上方には,平行な下向きの4本の矢印が描かれており,キートップ80は傾
斜することなく均等かつ一様に下方に変位することが分かるから,4つの接点は4
つの別々のプッシュスイッチではなく,1つのプッシュスイッチに付けられた4つ
の接点であることは明らかである。【0034】には,4つの接点は「センサーの接
点84」として記載されている。一方,プッシュスイッチ手段は,「キー」であると
されているから,指先と同じくらいのサイズであり,接点の内の一つだけを起動さ
せることは困難である。
(被控訴人)
本件明細書には,4つの接点が同一で単一のオンオフ情報しか検知できないと限
定する記載はなく,そのような限定をすべき根拠もない。【図21】には,4個の「接
点84」を備えた「接触操作型入力装置」が記載されており,また,【0034】の
記載を考慮すれば,各接点84が接合し又は離れた状態を検知するためには,各接
点84がそれぞれ独立に接合し又は離れる構造を備える必要があり,このことから
すれば本件明細書には「4つのプッシュスイッチ手段」が記載されていると合理的
に理解される。」
3原判決78頁14行目末尾に,改行の上,次のとおり挿入する。
「遅延損害金は,各事業年度期間中の4月1日から発生すると解すべきである。」
4原判決79頁16行目末尾に,改行の上,次のとおり挿入し,同17行目冒
頭の「(3)」を「(5)」と改める。
「(3)実施料相当額の算定方法としては,その他に,控訴人各製品の売上高に実
施料率と寄与度を乗じる方法も考えられる。この方法による場合の寄与度としては,
クリックホイールの平均購入価格を控訴人各製品の平均販売価格で除した割合を採
用するべきである。
(4)仮に不法行為が成立するとする場合には,遅延損害金は,各期の末日を起算
日とするべきである。」
第4当裁判所の判断
1当裁判所の判断は,次のとおり付加訂正する他は,原判決の「第5当裁判
所の判断」の「1」ないし「3」(原判決79頁21行目から150頁17行目まで)
に記載のとおりであるから,これを引用する。
2原判決104頁5行目から同13行目までを次のとおり改める。
「ウ相違点について
甲5発明は,「従来のジョグ機能を備えたスイッチにおいて複雑であった機械的構
造をできるだけ電気的構造及びソフトウェア処理することによって,薄型で低価格
のディジタルスイッチを実現する」ことを課題とするものである。そうすると,仮
に控訴人の主張するとおりタッチ位置を検出する機能とプッシュスイッチ機能を別
個の部品により構成することが公知の技術であったとしても,そのような技術を甲
5発明に適用すれば,結果として構造が複雑になり厚くなるのであるから,そのよ
うな技術を甲5発明に適用することには阻害要因があるというべきである。よって,
相違点2に係る構成が容易想到とはいえない。
したがって,本件各発明は,甲5発明及び技術常識に基づいて,当事者が容易に
発明をすることができたとはいえない。」
3原判決145頁13行目から同14行目までを,次のとおり置き換える。
「(11)本件各発明は当業者が甲135に記載された発明に基づいて容易に発明を
することができたか否か(争点2-11)について
ア時機に後れた攻撃防御方法
控訴人は,当審に至って甲135を提出し,甲135発明から本件各発明が容易
想到であった旨の主張をした。同主張及び証拠の提出について,原審において提出
できなかった事情を見出すことはできないから,これらの主張等は,少なくとも重
大な過失により時機に後れて提出された防御方法に該当すると認められる筋合いで
ある。しかし,同主張及び立証は,いずれも,訴訟の完結を遅延するまでもなく失
当であることが明らかであるから,却下をせずに判断することとした。
なお,控訴審に至って提出した甲136に基づく本件各発明が容易想到であった
旨の防御方法についても,却下をせずに判断することとした(争点2-12)。
イ甲135の記載及び甲135発明の技術内容
(ア)甲135の記載
甲135には次のとおりの記載がある(訳文による。図1は,本判決添付の別紙
のとおり。)。
「[57]要約
本発明を具体化したマニピュレータは,シャフトによって軸の周りに回転するよ
うに取り付けられるとともに,ホーム位置への弾性のある復帰運動を伴って回転の
中心を旋回することができるディスクと,前記ディスクの前記軸との関係で角度位
置を割り出す検出器と,前記回転の中心に対する前記ディスクの向きを検出するひ
ずみゲージと,前記シャフトの向きに関するデータを考慮した動作モードから,前
記ディスクの角度位置に関するデータを考慮した動作モードへの切り換えのための
可逆スイッチと,これらのデータの一方または他方を確定させるためのスイッチを
備える。本発明は,とりわけ画面上のカーソルの遠隔操作に当てはまる。」(第1頁
右欄)
「発明の背景
1.技術分野
本発明は,例えばプロセッサに組み合わされたディスプレイ上のカーソルのリモ
ートコントロール,駆動,または操作など,多数の用途に使用することができる複
数の動作モードを持つマニピュレータに関する。」(第4頁左欄)
「好適な実施形態の詳細
図1に示される例では,マニピュレータ1は,プロセッサ3と組み合わせた表示
装置である画面2上に表示されたカーソルCを,確実に操作できるようにしたもの
である。
このマニピュレータは,平行六面体形状のケース4を備えており,ケース4の上
面5に,管状の回転シャフト7を枢動および軸方向に摺動させることができる垂直
方向の中央軸受6が取り付けられている。
回転シャフト7は,その上端に,上面5に平行に広がる回転ディスク8を支持し
ている。
シャフトとディスクとの集合体7,8の軸方向の位置が,同軸に上面5とディス
ク8との間に配置された圧縮ばね9によって維持されている。
管状のシャフト7は,上面5とディスクとの間の実質的に中間に位置する薄肉部
10を備えている。この薄肉領域が,いわば枢支ピンと同様の弾性連接を形成し,
この弾性連接によって,ディスク8とシャフト7の上部とで形成される集合体を,
例えばディスク8の周辺に加えられる軸方向の圧力の作用のもとで,回転中心0を
中心にして枢動させることができる。
ディスク8は,管状のシャフト7の内部空間に連絡する同軸な中央空洞11をさ
らに備えており,この中央空洞11に,シャフト14と一体の同軸な押しボタン1
3がばね12による復帰運動を備えつつ伴摺動可能に取り付けられている。」(第5
頁左欄)
「さらに,前記ケース4は,以下を収容している。
・管状のシャフト7によって管状のシャフト7と同軸に支持されたエンコーダホイ
ール16に対向して配置された検出器15。
・管状のシャフト7の直下に配置され,ディスク8に圧力が加えられることによっ
てシャフト7がばね9の作用に逆らって下方へと所定の行程を超えて移動するとき
に,シャフト7によって操作されるマイクロスイッチ17。
・管状のシャフト7の下端から外へと突き出している棒14の端部の直下に配置さ
れ,押しボタン13に圧力が加えられたときに操作されるマイクロスイッチ18。」
(第5頁左欄~同頁右欄)
「ディスク8の上面を,ディスク8に近接または接触する指または手の存在また
は後者がかすったことも検出することができるタッチセンサー層21によって覆う
ことができる。」(第5頁右欄)
「操作者が,カーソルを現在の地点Aから地点Ⅹに向かって移動させようと望む
場合,最初にキーT1に圧力を加えることによって該当の動作モードを選択し,次
いで自身の指をディスク8上に置く。タッチセンサー層26が,指の存在を検出し,
プロセッサ3に対してカーソルCの中心を通過し,カーソルCに与えられた最後の
向きを示す軸Δ,を(破線で)表示するように伝える。
次いで,操作者がディスク8を枢動させると,この枢動の角度データが検出器1
5によってプロセッサ3へと送信されることで,前記軸が中心0を中心にして枢動
させられる。
当然ながら,操作者は,軸Aが到達すべき地点Ⅹを通過するまで,この枢動を続
けることができる。
次いで,操作者は,ディスク8へと圧力を加え,スイッチ17の切り換えを生じ
させる。スイッチ17がプロセッサ3へと信号を送信し,プロセッサ3が,到達す
べき地点Ⅹの方向の軸Δに沿ったカーソルCの移動を指令する。
ひずみゲージ19が使用される場合には,カーソルCの移動の速度を,ディスク
8に加えられる力に比例させることができる(ゲージ19によって検出される力の
各々の値を,所定の前進速度の値に対応させることができる)。
ひとたびカーソルCが必要な地点Ⅹに達すると,操作者は,押しボタン13を押
してスイッチ18の切り換えを生じさせることで,カーソルCの位置を確定させる
ことができる。この確定については,プロセッサ3によってカーソルCの座標を考
慮に入れ,画面上で地点Ⅹの位置を目立たせ,軸Δを消去することによって表わす
ことができる。」(第6頁左欄~同頁右欄)
(イ)甲135発明の内容
上記(ア)の記載によれば,甲135発明は,次のとおりのものであると認められる。
「タッチセンサー層26によって覆われた回転ディスク8と,
回転中心0の近傍に設けられた管状のシャフト7の直下に配置され,前記回転デ
ィスク8に圧力が加えられることによって前記管状のシャフト7がばね9の作用に
逆らって下方へと所定の行程を超えて移動するときに,前記管状のシャフト7によ
って操作されるマイクロスイッチ17とを有し,
前記マイクロスイッチ17は,前記回転ディスク8とは別個に配置され,
操作者が指を前記回転ディスク8上に置くと,前記タッチセンサー層26が指の
存在を検出し,前記指で前記回転ディスク8を枢動させると,エンコーダホイール
16と組み合わせた検出器15によってこの枢動の角度データがプロセッサ3へと
送信されることで,軸Δが枢動させられ,次いで,操作者が前記回転ディスク8へ
と圧力を加えることにより,前記マイクロスイッチ17の切り換えを生じさせ,軸
Δに沿ったカーソルCを移動させる
多モードマニピュレータ。」
ウ本件各発明と甲135発明との相違点に係る容易想到性の有無
(ア)対比
甲135発明の「角度データ」は,回転ディスク8を枢動させた角度データであ
あるから「一次元座標上のデータ」といえる。甲135発明の「タッチセンサー層
26によって覆われた回転ディスク8」は,「エンコーダホイール16」及び「検出
器15」と協働して,一次元座標上のデータ(角度データ)を検出するものである
から,甲135発明の「回転ディスク8」,「エンコーダホイール16」及び「検出
器15」と,本件各発明の「タッチ位置検知手段」とは,「一次元座標上のデータを
検出する一次元座標上データ検出手段」で共通する。甲135発明の「マイクロス
イッチ17」は,回転ディスク8に圧力が加えられると,管状のシャフト7によっ
て操作されるものであって,その動作上,接点を有していることは明らかであるか
ら,接点のオンまたはオフを行うプッシュスイッチ手段といえ,この接点のオンま
たはオフの状態は保持されているといえる。甲135発明の「多モードマニピュレ
ータ」は,指を接触させて操作し,カーソルCを移動させるための角度データをプ
ロセッサ3に送信するものであるから,「接触操作型入力装置」といえる。
(イ)一致点
以上によれば,本件各発明と甲135発明の一致点は,次のとおりである。
a一次元座標上のデータを検出する一次元座標上データ検出手段と,
b接点のオンまたはオフを行うプッシュスイッチ手段とを有し,
c前記プッシュスイッチ手段の接点が,一次元座標上データ検出手段とは別個
に配置されているとともに,前記接点のオンまたはオフの状態が,保持されており,
かつ,
d前記一次元座標上データ検出手段の押下により,前記プッシュスイッチ手段
の接点のオンまたはオフが行われる,
e接触操作型入力装置。
(ウ)相違点
また,本件各発明と甲135発明の相違点は次のとおりである。
①相違点1
一次元座標上データ検出手段について,
本件各発明は,「指先でなぞるように操作されるための所定の幅を有する連続した
リング状に予め特定された軌跡上に連続してタッチ位置検出センサーが配置され,
前記軌跡に沿って移動する接触点を一次元座標上の位置データとして検出する」(構
成要件A)のに対し,
甲135発明は,「回転ディスク8」,「エンコーダホイール16」及び「検出器1
5」で構成され,「回転ディスク8」の枢動の一次元座標上のデータ(角度データ)
を「エンコーダホイール16」及び「検出器15」で検出するものの,「回転ディス
ク8」の「タッチセンサー層26」は,指の存在を検出するのみであって,「指先で
なぞるように操作される」ものではなく,「所定の幅を有する連続したリング状に予
め特定された軌跡上に連続してタッチ位置検出センサーが配置され」るものでもな
く,「前記軌跡に沿って移動する接触点を一次元座標上の位置データとして検出する」
ものでもない点。
②相違点2
本件各発明は,「前記タッチ位置検知手段におけるタッチ位置検出センサーが連続
して配置される前記軌跡に沿って,前記プッシュスイッチ手段の接点が,前記連続
して配置されるタッチ位置検出センサーとは別個に配置されているとともに,前記
接点のオンまたはオフの状態が,前記タッチ位置検出センサーが検知しうる接触圧
力よりも大きな力で保持されて」(構成要件C)いるのに対し,
甲135発明は,「プッシュスイッチ手段(マイクロスイッチ17)の接点が,一
次元座標上データ検出手段(「回転ディスク8」,「エンコーダホイール16」及び「検
出器15」)とは別個に配置されているとともに,前記接点のオンまたはオフの状態
が,保持されて」いるものの,「プッシュスイッチ手段(マイクロスイッチ17)の
接点」が,「前記タッチ位置検知手段におけるタッチ位置検出センサーが連続して配
置される前記軌跡に沿って」,「タッチ位置検出センサーとは別個に配置されている」
ものではなく,「前記接点のオンまたはオフの状態が,前記タッチ位置検出センサー
が検知しうる接触圧力よりも大きな力で保持されて」いるものでもない点。
③相違点3
本件各発明は,「前記タッチ位置検知手段におけるタッチ位置検出センサーが連続
して配置される前記軌跡上における前記タッチ位置検出センサーに対する接触圧力
よりも大きな接触圧力での押下により,前記プッシュスイッチ手段の接点のオンま
たはオフが行われる」(構成要件D)のに対し,
甲135発明は,「前記一次元座標上データ検出手段(「回転ディスク8」,「エン
コーダホイール16」及び「検出器15」)の押下により,前記プッシュスイッチ手
段(マイクロスイッチ17)の接点のオンまたはオフが行われる」ものの,「タッチ
位置検出センサー」を有していないから,「前記タッチ位置検知手段におけるタッチ
位置検出センサーが連続して配置される前記軌跡上における前記タッチ位置検出セ
ンサーに対する接触圧力よりも大きな接触圧力での押下により,前記プッシュスイ
ッチ手段の接点のオンまたはオフが行われる」ものではない点。
④相違点4
本件各発明は,接触操作型入力装置を用いた「小型携帯装置」(構成要件F)であ
るのに対し,
甲135発明の「多モードマニピュレータ」は,接触操作型入力装置ではあるも
のの,その適用対象として,「小型携帯装置」に用いられるのか不明である点。
⑤相違点5
本件発明2は,「前記プッシュスイッチ手段が4つである」(構成要件G)のに対
し,
甲135発明は,「プッシュスイッチ手段」(マイクロスイッチ17)が「1つ」
である点。
エ甲135発明との相違点に係る容易想到性の判断
当裁判所は,本件各発明は,甲135発明及び出願前の公知技術に基づいて,当
業者であれば容易に想到し得るとはいえないと判断する。その理由は,以下のとお
りである。
(ア)出願前の公知技術について
①甲35(特開平6-111695号公報)
甲35には,従来のジョグダイヤル状スイッチは,操作パネル部1に設けられた
回転部材3とロータリエンコーダ5によって構成されていたが(【0003】),可動
部分である回転部材3を必要としていることから,部品点数が増加し,操作パネル
部1の薄型化を図る上でも妨げであったため(【0012】),操作パネル部1の操作
面に,指でなぞる複数のセンサ部31を菊花状に配置して構成されるタッチ式のス
イッチ部30を設けることによって,回転方向や回転量を検出するVTR等の操作
を行うジョグダイヤル状スイッチが記載されている。
また,甲35には,各センサー部31の表面にガイド溝やガイド突起を設けるこ
とも記載されているから(【0020】~【0021】,【図5】,【図6】),「所定の
幅を有する連続したリング状に予め特定された軌跡上に連続してタッチ位置検出セ
ンサーが配置されている」といえる。
そして,甲35のジョグダイヤル状スイッチは,VTRやCDプレーヤ等のコマ
送りやボリュームのアップ/ダウン等を行うものであり(【0002】),センサー部
31を指でなぞることにより検出される回転方向や回転量は,「一次元座標上の位置
データ」といえる。
②甲133(実開平5-36623号公報)
甲133には,従来,ハンドル(ジョグシャトル)を設けた遠隔操作装置があっ
たが(【0004】),ハンドルを設けた場合,遠隔操作装置が大型化するばかりでな
く,部品点数も増加し,部品の消耗も激しく遠隔操作装置の寿命が短くなるという
課題があったため(【0005】),タッチスイッチSW1~SW12を円周状に配置
し(【0027】,【図8】),このタッチスイッチを円周状になぞることにより(【0
006】),ジョグ機能を実現するビデオコントローラが記載されている。
また,甲133【図8】のタッチスイッチSW1~SW12を円周状に配置した
態様は,「所定の幅を有する連続したリング状に予め特定された軌跡上に連続してタ
ッチ位置検出センサーが配置されている」といえる。
そして,甲133のビデオコントローラは,再生画像のこま送りやこま戻しを行
うものであり(【0001】~【0004】),タッチスイッチSW1~SW12をな
ぞることにより検出される回転方向や回転量は,「一次元座標上の位置データ」とい
える。
③甲132(特開平9-185444号公報)
甲132には,回転板3の円周方向に沿って,複数の開閉接点を配列し,回転板
3上に設けられたハンドル4を操作体(指)で操作することにより回転板3を回転
させ,前記複数の開閉接点は,操作体(指)の位置に応じて択一的に閉動作するこ
とにより,入力可能な文字や記号等の情報群が周方向に沿って表記された文字盤7
の文字や記号を選択する入力装置が記載されており(【0010】,【0012】,【0
014】,【図1】,【図2】),また,別の実施例として,回転板3とハンドル4に代
えて,リング状の静電パッド3’を用い,指が円軌道上を移動するように案内され
ることにより,開閉接点を択一的に閉動作すること(【0027】,【図5】)も記載
されている。
また,甲132【図5】の静電パッド3’の態様は,「所定の幅を有する連続した
リング状に予め特定された軌跡上に連続してタッチ位置検出センサーが配置されて
いる」といえる。
そして,甲132の入力装置において,文字盤7は,文字や記号等の情報群が回
転板3や静電パッド3’と同一周方向に連続的に配置し(【図2】),回転板3を回転
させたり,静電パッド3’上で指を回転させたりすることにより,文字や記号が選
択されるから,検出される回転量は,「一次元座標上の位置データ」といえる。
④前記①ないし③のとおり,「一次元座標上の位置データ」を検出するために,
回転体を回転させる代わりに,所定の幅を有する連続したリング状に予め特定され
た軌跡上に連続して「タッチ位置検出センサー」を配置し,「タッチ位置検出センサ
ー」を指でなぞる構成を採用することは,本件特許出願時,公知の技術であったと
認められる。
(イ)甲135発明との各相違点に係る容易想到性の検討
①相違点2について
まず,相違点2のうち,本件各発明の「・・・前記軌跡に沿って,前記プッシュ
スイッチ手段の接点が,・・・配置されている・・・」に係る部分について検討する。
本件各発明において,「指先でなぞるように操作されるための所定の幅を有する連
続したリング状に予め特定された軌跡」については,「リング状」との語からしても,
回転中心の近傍の領域は除外されている。
これに対し,前記イのとおり,甲135発明の「プッシュスイッチ手段(マイク
ロスイッチ17)」は,「回転中心0の近傍に設けられた管状のシャフト7の直下に
配置され,前記回転ディスク8に圧力が加えられることによって前記管状のシャフ
ト7がばね9の作用に逆らって下方へと所定の行程を超えて移動するときに,前記
管状のシャフト7によって操作される」ものであるから,甲135発明の「プッシ
ュスイッチ手段(マイクロスイッチ17)」は,管状のシャフト7の直下で回転中心
0の近傍に位置する。
そうすると,甲135発明の「回転ディスク8」に代えて,前記(ア)において認定
した「タッチ位置検知手段」の「タッチ位置検出センサー」を配置したとしても,
甲135発明の回転中心0の近傍に設けられた「管状のシャフト7」の直下に配置
される「プッシュスイッチ手段(マイクロスイッチ17)の接点」は,軌跡に沿っ
て配置されているということにはならない。
したがって,甲135発明について,前記(ア)において認定した公知の技術を適用
したとしても,相違点2に係る構成に至ることはない。
のみならず,甲135発明において「プッシュスイッチ手段(マイクロスイッチ
17)」を管状のシャフト7の直下で回転中心0の近傍の位置に配置することは,回
転ディスク8に圧力が加えられた際に管状のシャフト7が下方へと所定の行程を超
えて移動することによって回転ディスク8に加えられた圧力によりマイクロスイッ
チ17に切り替えを生じさせるための必須の構成である。そうすると,甲135発
明においてマイクロスイッチ17を,管状のシャフト7の直下で回転中心0の近傍
以外の位置である「軌跡」に沿って配置することには,阻害要因があるものでもあ
る。
②相違点3について
前記①のとおり,「プッシュスイッチ手段(マイクロスイッチ17)の接点」は,
軌跡に沿って配置されているとはいえないから,甲135発明において,相違点3
に係る構成を採用することも,当業者において容易に想到し得るとはいえない。
③相違点5について
前記イのとおり,甲135発明の「プッシュスイッチ手段(マイクロスイッチ1
7)」は,「管状のシャフト7」によって操作されるものである。
ここで,「プッシュスイッチ手段(マイクロスイッチ17)」は,「管状のシャフト
7」によって操作されるものであるから,管状のシャフト7の底面に対向させて1
つ備えていればよく,複数備える必要性はなく,これを複数備える構成は,いずれ
の証拠にも記載も示唆もされていない。
(ウ)そうすると,甲135発明において,相違点5に係る構成を採用することは,
当業者であれば容易に想到し得るとはいえない。
(12)本件各発明は当業者が甲136に記載された発明に基づいて容易に発明す
ることができたか否か(争点2-12)について
ア甲136の記載及び甲136発明の内容
(ア)甲136の記載
甲136には次のとおりの記載がある(図1,図2は,本判決添付の別紙のとお
り。)。
「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は,操作体を回転操作することにより接点を切換え
る回転操作型スイッチ,および操作体を回転または傾倒操作することにより種々の
接点を切換える多方向入力装置に関する。」
「【0004】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら,前述した従来の多方向入力装置
では,駆動体の回転によって動作されるスイッチ素子としてホリゾンタルタイプの
タクトスイッチを用いているため,スイッチがオンした後のオーバーストロークが
得られず,操作体を回転操作するオペレータにとっては操作感触が悪いという問題
があった。このような問題は多方向入力装置に限らず,操作体を回転操作すること
によってタクトスイッチを動作する回転操作型スイッチ全般について発生する。」
「【0006】本発明は,このような従来技術の実情に鑑みてなされたもので,そ
の第1の目的は,操作感触の良好な回転操作型スイッチを提供することにあり,そ
の第2の目的は,部品点数や組立工数を削減でき,薄型化に好適な多方向入力装置
を提供することにある。」
「【0009】
【作用】駆動体を正逆いずれかの方向へ回転操作すると,弾性基板に設けられた
突出部(第1の突出部)の側面が駆動体により押圧され,該突出部は押圧側を支点
として反対側に傾倒するため,突出部の内底面に設けられた可動接点が絶縁基板上
に設けられた固定接点に接触し,回転検出用のスイッチがオン状態となる。ここで,
可動接点は突出部の中心に対して偏心した位置に設けられているため,突出部の少
ない傾倒量でも固定接点に接触し,可動接点が固定接点に接触した後も,突出部が
弾性変形してオーバーストロークを得られる。また,上述した駆動体への回転操作
力を解除すると,突出部は自身の弾性力により傾倒前の姿勢へ戻るため,可動接点
が固定接点から離間し,当初のスイッチオフの状態に復帰する。
【0010】一方,駆動体を任意方向に傾倒すると,傾倒方向に位置する第2の
突出部の天面が駆動体により押圧され,該第2の突出部は座屈変形するため,第2
の突出部の内底面に設けられた可動接点が絶縁基板上に設けられた固定接点に接触
し,傾倒検出用のスイッチがオン状態となる。また,上述した駆動体への傾倒押圧
力を解除すると,第2の突出部は自身の弾性力により座屈前の姿勢へ戻るため,可
動接点が固定接点から離間し,当初のスイッチオフの状態に復帰する。」
「【0018】次に,このように構成された多方向入力装置の動作について説明す
る。図1は非操作状態を示し,この場合,駆動体2の押圧部14とタクトスイッチ
20のステムとの間にはクリアランスが形成され,該タクトスイッチ20はオフ状
態である。また,第1の突出部26の可動接点27と絶縁基板4上の固定接点22,
および第2の突出部25の可動接点29と絶縁基板4上の固定接点21はいずれも
離間しており,回転検出スイッチと傾倒検出スイッチは共にオフ状態である。なお,
第2の突出部25の環状部28の下面は絶縁基板4の表面から若干量離間しており,
その間隔は前述した押圧部14とタクトスイッチ20のステムとの間のクリアラン
スとほぼ同じに設定されている。
【0019】図1に示す非操作状態から,オペレータが操作体3を正逆いずれか
の方向,例えば図3の時計回り方向に回転すると,操作体3に一体化された駆動体
2は支点0を通る軸線を中心に同方向に回転する。この場合,合成樹脂材からなる
駆動体2とシリコンゴム等からなる弾性基板5との摩擦係数の違いにより,滑性リ
ング6は弾性基板5に対して回転せず,駆動体2の各腕部15の下面が滑性リング
6の上面を回転摺動する。このようにして駆動体2が回転すると,捩じりばね17
はその一端がピン9に圧接することにより蓄勢され,また,駆動体2の両押圧部1
6の一方がこれに対向する弾性基板5の第1の突出部26を押圧するため,図6の
2点鎖線で示すように,該第1の突出部26の薄肉部26aは押圧側を支点として
斜めに座屈変形し,その時に生起するクリック感触が駆動体2と操作体3を介して
オペレータに伝達される。このように第1の突出部26が傾倒すると,該第1の突
出部26の底面に設けた可動接点27がこれに対向する固定接点22に接触して一
方の回転検出スイッチがオンとなるが,前述したように,可動接点27は第1の突
出部26の中心に対して押圧側から離れる方向に偏倚しているため,第1の突出部
26の少ない傾倒量でも固定接点21に接触し,可動接点27が固定接点21に接
触した後も,第1の突出部26が弾性変形してオーバーストロークを得られる。
【0020】そして,操作体3に対する上記回転操作力を除去すると,駆動体2
は捩じりばね17の蓄勢力により図3の状態に回転復帰し,第1の突出部26も自
身の弾性によって図6の実線で示す位置に自動復帰するため,可動接点27が固定
接点22から離間して回転検出スイッチは元のオフ状態に戻る。なお,上記とは逆
に,オペレータが操作体3を図3反時計回り方向に回転すると,捩じりばね17は
その他端がピン10に圧接することにより蓄勢され,弾性基板5のもう1つの第1
の突出部26が駆動体2の他の押圧部26によって押圧されるため,他方の回転検
出スイッチがオンとなる。
【0021】また,図1に示す非操作状態から,オペレータが操作体3の任意の
周辺部,例えば操作体3の左上端部を押圧すると,操作体3と駆動体2は支点0を
中心として同図の2点鎖線で示す方向に傾倒し,駆動体2の各腕部15のうち図1
の左側に位置する腕部15が,滑性リング6を介してその下方に位置する第2の突
出部25を押圧する。この時,弾性基板5の第1の突出部26は滑性リング6の切
欠き6a内に位置しているため,滑性リング6が傾倒しても第1の突出部26には
何ら押圧力は作用しない。このようにして第2の突出部25が腕部15によって押
圧されると,該第2の突出部25は,まず外側薄肉部25aが変形して環状部28
が絶縁基板4に当接した後,図7に示すように内側薄肉部25bが座屈変形し,そ
の時に生起するクリック感触が駆動体2と操作体3を介してオペレータに伝達され
る。そして,第2の突出部25が座屈すると,該第2の突出部25の底面に設けた
可動接点29がこれに対向する固定接点21に接触して任意の傾倒検出スイッチが
オンとなるが,前述したように,この可動接点29は弾性基板5の外側に向かうに
従って絶縁基板4から離れるように傾斜しているため,可動接点29は固定接点2
1に対して平行な状態で接触する。
【0022】そして,操作体3に対する上記傾倒操作力を除去すると,第2の突
出部25の自身の弾性により傾いていた駆動体2と滑性リング6が図1に示す位置
まで上昇し,可動接点29が固定接点21から離間して傾倒検出スイッチは元のオ
フ状態に戻る。なお,オペレータが操作体3の他の周辺部を押圧して傾倒した場合,
その傾倒方向に位置する1つもしくは2つの第2の突出部25が上記と同様にして
動作し,他の傾倒検出スイッチがオンとなる。」
「【0028】
【発明の効果】以上説明したように,本発明の回転操作型スイッチによれば,ホ
リゾンタルタイプのタクトスイッチを用いることなく,弾性基板に設けられた突出
部を駆動体によって傾倒することによって,オーバーストローク付きの接点切換え
機構を実現できるため,操作感触を高めることができる。
【0029】また,本発明の多方向入力装置によれば,絶縁基板上に載置された
弾性基板に回転検出スイッチと傾倒検出スイッチの各可動接点を設けることができ
るため,部品点数や組立工数を削減できると共に,薄型化を図ることができる。」
(イ)甲136発明の内容
上記(ア)によれば,甲136発明の内容は,次のとおりと認められる。
「正逆いずれかの方向に回転する操作体3と,
弾性基板5に配置され,前記操作体3に一体化された駆動体2の腕部15により
押圧される第2の突出部25と,当該第2の突出部25の底面に設けた4つの可動
接点29と,これに対向する絶縁基板4に配置された4つの固定接点21とを有し,
前記操作体3を正逆いずれかの方向に回転させると,前記駆動体2に配置された
押圧部16によって,前記弾性基板5に設けられた第1の突出部26が押圧される
ことにより,該第1の突出部26の底面に設けた可動接点27が,これに対向する
前記絶縁基板4に配置された固定接点22と接触し,
前記操作体3の任意の周辺部を押圧すると,前記第2の突出部25の底面に設け
た前記可動接点29が,これに対向する前記絶縁基板4に配置された前記固定接点
21と接触する,
多方向入力装置。」
イ本件各発明と甲136発明との相違点に係る容易想到性の有無
(ア)対比
甲136発明の「操作体3」は,押圧操作されるものであり,本件各発明の「タ
ッチ位置検知手段」も,指の接触圧力により押下されるものであるから,両者は,
「押下体」で共通する。
甲136発明の「可動接点29」及び「固定接点21」は,操作体3の任意の周
辺部の押圧により接触するものであるから,両者は合わせて,「接点のオンまたはオ
フを行うプッシュスイッチ手段」といえ,両者のオンまたはオフの状態は保持され
ているといえる。
甲136発明の「多方向入力装置」は,「接触操作型入力装置」といえる。
(イ)一致点
以上によれば,本件各発明(gについては,本件発明2について)と甲136発
明の一致点は,次のとおりである。
a押下体と,
b接点のオンまたはオフを行うプッシュスイッチ手段とを有し,
c前記プッシュスイッチ手段の接点が,前記押下体とは別個に配置されている
とともに,前記接点のオンまたはオフの状態が,保持されており,かつ,
d前記押下体の押下により,前記プッシュスイッチ手段の接点のオンまたはオ
フが行われる,
e接触操作型入力装置。
g前記プッシュスイッチ手段が4つである
(ウ)相違点
また,本件各発明と甲136発明の相違点は次のとおりである。
①相違点1
押下体について,
本件各発明は,「指先でなぞるように操作されるための所定の幅を有する連続した
リング状に予め特定された軌跡上に連続してタッチ位置検出センサーが配置され,
前記軌跡に沿って移動する接触点を一次元座標上の位置データとして検出する」(構
成要件A)のに対し,
甲136発明は,「指先でなぞるように操作されるための所定の幅を有する連続し
たリング状に予め特定された軌跡上に連続してタッチ位置検出センサーが配置され」
るものではなく,「前記軌跡に沿って移動する接触点を一次元座標上の位置データと
して検出する」ものでもない点。
②相違点2
本件各発明は,「前記タッチ位置検知手段におけるタッチ位置検出センサーが連続
して配置される前記軌跡に沿って,前記プッシュスイッチ手段の接点が,前記連続
して配置されるタッチ位置検出センサーとは別個に配置されているとともに,前記
接点のオンまたはオフの状態が,前記タッチ位置検出センサーが検知しうる接触圧
力よりも大きな力で保持されて」(構成要件C)いるのに対し,
甲136発明は,「プッシュスイッチ手段の接点(可動接点29,固定接点21)」
が,「押下体(操作体3)」とは別個に配置されているとともに,前記接点のオンま
たはオフの状態が,保持されているものの,「タッチ位置検出センサー」を有してい
ないから,「プッシュスイッチ手段の接点(可動接点29,固定接点21)」が,「前
記タッチ位置検知手段におけるタッチ位置検出センサーが連続して配置される前記
軌跡に沿って」,「前記連続して配置されるタッチ位置検出センサーとは別個に配置
されている」ものではなく,「前記接点のオンまたはオフの状態が,前記タッチ位置
検出センサーが検知しうる接触圧力よりも大きな力で保持されて」いるものでもな
い点。
③相違点3
本件各発明は,「前記タッチ位置検知手段におけるタッチ位置検出センサーが連続
して配置される前記軌跡上における前記タッチ位置検出センサーに対する接触圧力
よりも大きな接触圧力での押下により,前記プッシュスイッチ手段の接点のオンま
たはオフが行われる」(構成要件D)のに対し,
甲136発明は,「前記押下体(操作体3)」の押下により,「前記プッシュスイッ
チ手段の接点(可動接点29,固定接点21)」のオンまたはオフが行われるものの,
「前記タッチ位置検知手段におけるタッチ位置検出センサーが連続して配置される
前記軌跡上における前記タッチ位置検出センサーに対する接触圧力よりも大きな接
触圧力での押下により,前記プッシュスイッチ手段の接点のオンまたはオフが行わ
れる」ものではない点。
④相違点4
本件各発明は,接触操作型入力装置を用いた「小型携帯装置」(構成要件F)であ
るのに対し,
甲136発明の「多方向入力装置」は,接触操作型入力装置ではあるものの,そ
の適用対象として,「小型携帯装置」に用いられるのか不明である点。
ウ甲136発明との相違点に係る容易想到性の判断
当裁判所は,本件各発明は,甲136発明及び出願前の公知技術に基づいて,当
業者であれば容易に想到し得るとはいえないと判断する。その理由は,以下のとお
りである。
(ア)出願前の公知技術について
前記(11)エのとおり,「一次元座標上の位置データ」を検出するために,回転体を
回転させる代わりに,所定の幅を有する連続したリング状に予め特定された軌跡上
に連続して「タッチ位置検出センサー」を配置し,「タッチ位置検出センサー」を指
でなぞる構成を採用することは,本件特許出願時,公知であったと認められる。
(イ)甲136発明との各相違点に係る容易想到性の検討
①相違点1について
甲136発明は,「従来の多方向入力装置では,駆動体の回転によって動作される
スイッチ素子としてホリゾンタルタイプのタクトスイッチを用いているため,スイ
ッチがオンした後のオーバーストロークが得られず,操作体を回転操作するオペレ
ータにとっては操作感触が悪い」(【0004】)という課題があったため,その課題
を解決し,「操作感触の良好な回転操作型スイッチを提供すること」(【0006】)
を目的とするものである。
そうすると,甲136発明の「操作体3」について,前記課題や目的とは関連の
ない相違点1に係る構成を採用しようとする必要性は何ら存在しない。
甲136発明は,「操作体3」,「駆動体2」及び「第1の突出部26」を備え,「操
作体3」を回転させることにより,一体化された「駆動体2」も回転し,「第1の突
出部26」が押圧されるから,「操作体3」が回転することを前提とするものである。
これに対し,前記公知技術は,「タッチ位置検出センサー」を用いるものであって,
回転体を回転させないものである。
そうすると,甲136発明に,「タッチ位置検出センサー」を用いる前記公知技術
を適用すると,「操作体3」を回転させないことになり,甲136発明の課題や目的
に反することになるから,前記公知技術を適用することには阻害要因があるといえ
る。
したがって,甲136発明において,相違点1に係る構成を採用することは,当
業者において容易に想到し得るとはいえない。
②相違点2及び相違点3について
前記①のとおり,甲136発明において,「タッチ位置検出センサー」を採用する
ことは阻害要因があるといえるから,相違点2及び相違点3に係る構成を採用する
ことも,当業者において容易に想到し得るとはいえない。
エ小括
したがって,本件各発明は,甲136発明及び公知技術に基づいて,当業者であ
れば容易に想到し得るものであるとはいえないから,この点に関する控訴人の主張
は採用の限りではない。
(13)請求項2及び3に係る発明は,サポート要件(特許法36条6項1号)を
充足しないか否か(争点2-13)について
控訴人は,「前記プッシュ手段が4つである」(構成要件G)ことは,本件明細書
の発明の詳細な説明の欄に記載がなく,サポート要件(特許法36条6項1号)を
充足しないと主張する。
しかし,本件明細書の【0034】には,「キートップ80をプッシュしたときに
センサーの接点84が接合したり・・・もしくは逆に離れるようにするものであっ
ても良い。」との記載があること,本件図面中の【図21】(a)に4つの下向き矢印
に加えて,キートップ80に4つの白抜き矢印が記載されていることを考慮すると,
4つの接点84は,それぞれ別個に作動するものと考えられる。したがって,「プッ
シュ手段が4つである」ことは本件明細書の発明の詳細な説明の欄に記載されてい
ると認められ,この点に関する控訴人の主張も採用の限りではない。
(14)そうすると,本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものと認
めることはできない。」
4原判決145頁16行目から同20行目までを次のとおり改める。
「(1)証拠(甲95,98,127,128,計算鑑定の結果)及び弁論の全趣
旨によれば,平成18年10月1日から平成25年3月30日までのうちの各始期
から各終期までの間の控訴人各製品の日本国内における売上高(消費税抜き)及び
消費税込みの売上高は,本判決添付の別表の該当欄記載のとおりであると認められ
る。」
5原判決147頁21行目から同24行目までを次のとおり改める。
「ウ平成19年9月から発売が開始されたiPodtouchではクリック
ホイールが採用されず,タッチパネルが採用されている(乙26)。タッチパネルは
プッシュスイッチを有するものではなく,また,タッチパネルによる操作方法は,
タッチパネル向けに最適化されており,コンテンツをCoverFlowで表示
するには,iPodtouchを横に回転させ,アルバムカバーをブラウズする
には,左右にドラッグするか,フリックし,任意のトラックを再生するには,再生
したいトラックをタップする等というものであって,クリックホイールによる操作
とは大幅に異なる(甲138)。そうすると,タッチパネルとクリックホイールとで
は,小型携帯装置の入力手段であるという程度の共通性しか見出せず,両者が代替
手段の範疇にあるとは認められない。」
6原判決150頁15行目から17行目までを,次のとおり改める。
「(4)そうすると,被控訴人が受けた損害の額は,次の計算式のとおり,3億3
664万1921円(円未満四捨五入)となる。
(計算式)●(省略)●円×●(省略)●%
=3億3664万1921円
(5)平成18年10月1日から平成25年3月30日までのうちの各始期から
各終期までの間の控訴人各製品の日本国内における売上高(消費税抜き)及び消費
税込みの売上高は,本判決添付の別表の該当欄記載のとおりであると認められると
ころ,各期間のうちのいつそれぞれの売上があったかを認定するに足りる的確な証
拠はないから,遅延損害金については,各期間の終期から発生するとするのが相当
である。」
7以上によれば,反訴に係る被控訴人の請求は,3億3664万1921円及
び内1億1163万8369円に対する平成19年9月29日から,内1億118
5万6491円に対する平成20年9月27日から,内8912万4927円に対
する平成21年9月26日から,内880万8704円に対する平成22年9月2
5日から,内745万7557円に対する平成23年9月24日から,内775万
5873円に対する平成25年3月30日から,各支払済みまでそれぞれ年5分の
割合による金員の支払を求める限度で理由があるから,この限度で認容するべきと
ころ,これと異なる原判決は変更するべきであるから,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官
飯村敏明
裁判官
小田真治
裁判官八木貴美子は差し支えのため署名押印することができない。
裁判長裁判官
飯村敏明
(別紙)
甲135の図1
甲136の図1
甲136の図2
(別表)
省略

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