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判決言渡平成19年2月27日
平成18年(行ケ)第10386号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成19年2月22日
判決
原告株式会社星野産商
訴訟代理人弁理士宇佐見忠男
被告特許庁長官
中嶋誠
指定代理人森口良子
同江塚政弘
同徳永英男
同内山進
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2005−5910号事件について平成18年7月4日にした
審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が後記特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを
不服として審判請求をしたが,特許庁から請求不成立の審決を受けたので,そ
の取消しを求めた事案である。
第3当事者の主張
1請求の原因
(1)特許庁における手続の経緯
原告は,平成12年4月18日,名称を「透磁性および放射線遮蔽性構造
体」とする発明について,特許出願をし(以下「本願」という。特願200
0−116769号。甲2),平成17年2月25日拒絶査定を受けた。そ
こで原告は,平成17年4月6日付けで不服の審判請求を行うと共に,同日
付けで明細書の記載を補正した(以下「本件補正」という。甲1)。
特許庁は,上記審判請求を不服2005−5910号事件として審理した
上,平成18年7月4日,本件補正を却下するとともに,「本件審判の請求
は,成り立たない」との審決を行い,その謄本は平成18年7月26日原告
に送達された。
(2)発明の内容
ア本件補正前
本件補正前の特許請求の範囲は,請求項1∼6から成り,その内容は次
のとおりである。
「【請求項1】電気炉酸化スラグ粒化物を含有することによって透磁性が
付与されていることを特徴とする透磁性および放射線遮蔽性構造体
【請求項2】該電気炉酸化スラグは透磁性,放射線遮蔽性を向上させる
ための成分が添加されかつ強制酸化処理が施されている請求項1に記載
の透磁性および放射線遮蔽性構造体
【請求項3】該電気炉酸化スラグ骨材が添加されているコンクリートか
らなる請求項1または2に記載の透磁性および放射線遮蔽性構造体
【請求項4】該電気炉酸化スラグ骨材が添加されている無機質板からな
る請求項1または2に記載の透磁性および放射線遮蔽性構造体
【請求項5】該電気炉酸化スラグ骨材を混合した樹脂材料および/また
は瀝青質がコンクリート表面に被覆されている請求項1または2に記載
の透磁性および放射線遮蔽性構造体
【請求項6】該電気炉酸化スラグ骨材を混合した樹脂材料および/また
は瀝青質が無機質板表面に被覆されている請求項1または2に記載の透
磁性および放射線遮蔽性構造体」
イ本件補正後
本件補正後の特許請求の範囲は,請求項1∼6から成り,その内容は次
のとおりである。
「【請求項1】セメント100重量部に対して電気炉酸化スラグ粒化物を
粗骨材および/または細骨材として300∼500重量部混合したコン
クリートからなることを特徴とする透磁性および放射線遮蔽性構造体。
【請求項2】木質補強材を混合したセメント硬化板からなり,該セメン
ト100重量部に対して電気炉酸化スラグ粒化物を骨材として400∼
500重量部添加した木質セメント板からなることを特徴とする透磁性
および放射線遮蔽性構造体。
【請求項3】樹脂材料および/または歴青質100重量部に対して電気
炉酸化スラグ粒化物を50∼550重量部添加したことを特徴とする透
磁性および放射線遮蔽性構造体
【請求項4】請求項3に記載の透磁性および放射線遮蔽性構造体をコン
クリート表面に被覆したことを透磁性および放射線遮蔽性構造体。
【請求項5】請求項3に記載の透磁性および放射線遮蔽性構造体を無機
質板表面に被覆したことを透磁性および放射線遮蔽性構造体。
【請求項6】該電気炉酸化スラグは透磁性,放射線遮蔽性を向上させる
ための成分が添加されてかつ強制酸化処理が施されている請求項1∼5
のいずれかに記載の透磁性および放射線遮蔽性構造体。」
(3)審決の内容
ア審決の内容は,別紙審決写しのとおりである。その理由の要点は,
①本件補正後の特許請求の範囲【請求項3】記載の発明は,本願の当
初明細書に記載されておらず,当初明細書の記載から自明なものでも
ないから,本件補正は当初明細書に記載された事項の範囲内でされた
ものではなく,特許法17条の2第3項に違反する,
②本件補正後の特許請求の範囲【請求項1】記載の発明(以下「本願
補正発明」という。)は,特開平10−15523号公報(公開日平
成10年1月20日。以下「引用例1」という。甲3)に記載された
発明(以下「引用発明」という。)に基づいて容易に発明することが
できたから,本件補正は特許法17条の2第5項で準用する126条
5項に違反する,
③本件補正前の特許請求の範囲【請求項1】記載の発明は,引用例1
に記載された発明に基づいて容易に発明することができたものである
から,特許法29条2項により特許を受けることができない,
というものである。
イなお,審決は,引用発明の内容,及び本願補正発明との一致点と相違点
を,次のとおり認定している。
〈引用発明の内容〉
電気炉酸化スラグに高比重元素および/または高比重元素化合物を添加
溶解し,冷却固化そして粒化し,セメントに添加して,コンクリート製品
に放射線シールド性,透磁性を付与する重量骨材。
〈一致点〉
コンクリートに透磁性および放射線遮蔽性を付与する発明である点
〈相違点1〉
本願補正発明は,電気炉酸化スラグ粒化物を粗骨材および/または細骨
材として混合したコンクリートからなる透磁性および放射線遮蔽性構造体
であるのに対し,引用発明は,電気炉酸化スラグに高比重元素および/ま
たは高比重元素化合物を添加溶解し,冷却固化そして粒化し,セメントに
添加して,コンクリート製品に放射線シールド性,透磁性を付与する重量
骨材である点。
〈相違点2〉
本願補正発明は,電気炉酸化スラグ粒化物を粗骨材および/または細骨
材として,セメント100重量部に対して300∼500重量部混合した
のに対して,引用発明は,その混合割合の限定がなされていない点。
(4)審決の取消事由
しかしながら,審決の認定判断には,次のとおり誤りがあるから,違法と
して取り消されるべきである。
ア取消事由1(補正後の【請求項3】は当初明細書に記載された事項の範
囲内でされたものではない旨の判断の誤り)
(ア)本件補正後の特許請求の範囲【請求項3】は,前記のとおり「樹脂
材料および/または歴青質100重量部に対して電気炉酸化スラグ粒化
物を50∼550重量部添加したことを特徴とする透磁性および放射線
遮蔽性構造体」というものである。
(イ)一方,本願の当初明細書(甲2)の段落【0011】には,「…コ
ンクリート躯体や外壁材,内壁材等の構造体の表面に電気炉酸化スラグ
骨材を混合した樹脂材料および/または瀝青質を被覆してもよい。」と
の記載があり,段落【0012】には,「コンクリート躯体や外壁材,
内壁材等の構造体の表面に電気炉酸化スラグ骨材を混合した樹脂材料お
よび/または瀝青質を被覆する方法としては,電気炉酸化スラグ骨材を
混合した樹脂材料および/または瀝青質をシートに成形して上記構造体
の表面に接着する方法,上記樹脂材料および/または瀝青質のエマルジ
ョンあるいは原液に電気炉酸化スラグ骨材を添加した塗料を塗布する方
法等が適用される。」との記載がある。
(ウ)そして,本件補正後の特許請求の範囲【請求項3】で「構造体」と
いっているのは「樹脂材料および/または暦青質100重量部に対して
電気炉酸化スラグ粒化物を50∼550重量部添加」した混合物である
ことは明確であり,この混合物は,本願の当初明細書の段落【0011
】,【0012】に,「電気炉酸化スラグ骨材を混合した樹脂材料およ
び/または瀝青質」として記載されている。
上記混合物は樹脂材料や瀝青質をマトリクスとしてその中に電気炉酸
化スラグ骨材が分散している構造を有しているので,本件補正後の特許
請求の範囲【請求項3】では,これを「構造体」と称しているのであ
る。
(エ)このように,本願の当初明細書に記載されている「シート」又は
「塗膜」は,構造体の表面に被覆されて構造体の一部を構成しているか
ら,これを「構造体」といっても何ら差し支えがない。本願の当初明細
書の段落【0008】には,「構造体」について,「…建築物の壁,
床,天井等の躯体,外壁材,内壁材等」と例示されているが,本願にい
う「構造体」はそれらに限定されるものではない。
(オ)したがって,本件補正後の特許請求の範囲【請求項3】の「構造
体」が,本願の当初明細書に記載されていないから本件補正後の特許請
求の範囲【請求項3】記載の発明は本願の当初明細書に記載されておら
ず,当初明細書の記載から自明なものでもないという審決の判断は,誤
りである。
イ取消事由2(補正後の【請求項1】発明は引用発明に基づいて容易に発
明することができた旨の判断の誤り)
(ア)補正後の【請求項1】発明である本願補正発明は,メモ用紙・カレ
ンダー・装飾具・ハーネス等を,ピンや粘着剤を使用することなく,壁
・天井・床などに固定することができ,併せて,天井・壁・床面の放射
線遮蔽,遮音及び制振効果を付与することができる,という作用効果を
奏するものである。
(イ)一方,引用発明の重量骨材は,「電気炉酸化スラグに高比重元素お
よび/または高比重元素化合物を添加溶解し,冷却固化そして粒化した
もの」である。これに対し,本願補正発明の電気炉酸化スラグ粒化物
は,引用発明の重量細骨材の原料として使用される電気炉酸化スラグそ
のものであり,高比重元素や高比重元素化合物が添加されている電気炉
酸化スラグである引用発明の重量細骨材とは組成的に異なる。
ところが,審決では,本願補正発明の電気炉酸化スラグ粒化物と,引
用発明の重量細骨材とを区別していない誤りがある。
(ウ)また,本願補正発明は,透磁性及び放射線遮蔽性構造体として実用
化するための混合割合が限定されており,この混合割合によって上記(
ア)の作用効果を奏するのである。この混合割合には,臨界的な意義が
ある。これに対し,この混合割合は,引用例1には全く記載されていな
い。
透磁性及び放射線遮蔽性構造体として実用化するためには,透磁性,
放射線遮蔽性,コンクリート製品としての成形性だけではなく,成形後
の収縮により成形物に割れが発生しないこと,成形物の重量が過大にな
らないこと,成形物の強度を確保すること等の種々の因子を考慮する必
要がある。特に,本願補正発明は,放射線遮蔽性がほとんどない一般の
骨材に代えて,電気炉酸化スラグ粒化物を単独使用して,高度な放射能
遮蔽性を与えるものであり,引用発明からは,電気炉酸化スラグ粒化物
を骨材として単独使用した場合の電気炉酸化スラグ粒化物の添加割合を
容易に想到することができない。
(エ)さらに,本願補正発明の電気炉酸化スラグ粒化物の添加量が優れた
効果を発揮することは,試験報告書(甲6,以下,同報告書記載の試験
を「甲6試験」という。)によって明らかである。
甲6試験は,電磁波遮蔽性の試験をしているものであるが,放射線は
電磁波に含まれるので,放射線遮蔽性の試験をしていることになる。
甲6試験では,電界シールド効果を測定しているが,電場(電界)の
強さと磁場(磁界)の強さとはマックスウェル方程式に示されるように
密接な関連があり,電界には必ずそれと直交する磁界が存在するから,
電界と磁界とはいわば表裏一体の関係にある。したがって,電界シール
ド効果の測定は,透磁性の測定である。
そして,本願補正発明の対象である電気炉酸化スラグは,フェライト
(FeO・FeO)を多量に(74.27wt%)含んでおり,磁性電波(電磁波)23
吸収体に属するものである。磁性電波吸収体は,内部に無数の微小磁石
が存在し,外部から電磁波(放射線)すなわち外部磁界が作用すると,
内部の微小磁石はその外部磁界の方向に向きを変え,熱を発生して電磁
波を吸収する。透磁率は,磁束密度を磁場で割ったものであるから,透
磁性(透磁率)が大きな材料ほど磁気誘導されやすく,電磁波(放射
線)吸収性も大きいことになる。
(オ)また,本願補正発明は,種々の分野において実用化されている。本
願補正発明は,放射線が構造体から反射されないようにするために,電
磁波を反射せずに吸収する磁性吸収材料である電気炉酸化スラグ粒化物
を選択し,基本的に電気炉酸化スラグ粒化物を単独使用している。その
結果,併用する鉄板の厚さを減らして曲げ加工,溶接等を容易にし,重
量を軽減して作業性を改良し,かつ材料費を軽減することを可能にし
た。電気炉酸化スラグはフェライトに比べて格段に安価である。
以上のようなことからみても,本願補正発明の卓越した効果は理解さ
れるものである。
(カ)したがって,審決の「本願補正発明は引用発明に基づいて容易に発
明することができたものである」旨の判断は,誤りである。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3被告の反論
(1)取消事由1に対し
ア本願の当初明細書(甲2)には,「樹脂材料および/または瀝青質10
0重量部に対して電気炉酸化スラグ粒化物を50∼550重量部添加し
た」混合物について,段落【0012】に,「コンクリート躯体や外壁
材,内壁材等の構造体の表面に電気炉酸化スラグ骨材を混合した樹脂材料
および/または瀝青質を被覆する方法としては,電気炉酸化スラグ骨材を
混合した樹脂材料および/または瀝青質をシートに成形して上記構造体の
表面に接着する方法,上記樹脂材料および/または瀝青質のエマルジョン
あるいは原液に電気炉酸化スラグ骨材を添加した塗料を塗布する方法等が
適用される。この場合は該電気炉酸化スラグ骨材は,上記樹脂材料および
/または瀝青質100重量部に対して50∼550重量部添加される。上
記塗料を塗布する方法は電気炉酸化スラグ骨材を内填出来にくい合板,ハ
ードボード,MDF等にも適用出来る。」と記載されている。この記載に
よると,上記混合物として,「シート」に成形されたもの,又は塗膜が実
質的に記載されている。しかし,この記載から,上記混合物が「構造体」
を意味することは,当業者といえども読み取ることができない。
イ(ア)また,本願の当初明細書には,「構造体」の具体的内容について,
段落【0008】∼【0010】に,以下の記載がなされている。
「〔構造体〕
本発明の対象とする構造体とは,例えば建築物の壁,床,天井等の躯
体,外壁材,内壁材等である。該躯体はコンクリートからなり,この場
合電気炉酸化スラグ骨材としては上記粗骨材および/または細骨材が使
用され,該骨材は通常セメント100重量部に対して300∼500重
量部混合される。この場合川砂,ケイ砂,砕砂等の他の骨材を併用して
もよい。
外壁材としては主として木片,木粉,木質繊維等の木質補強材を混合
したセメント硬化板である木質セメント板が使用されるが,該木質セメ
ント板の原料に該電気炉酸化スラグ骨材を添加する。添加量は通常セメ
ント100重量部に対して400∼500重量部である。
更に内壁材としては主として石膏板,ケイ酸カルシウム板,合板,ハ
ードボード,中密度繊維板(MDF)等が使用されるが,該石膏板やケ
イ酸カルシウム板の場合には原料に該電気炉酸化スラグ骨材を添加す
る。添加量は通常石膏あるいはケイ酸カルシウム100重量部に対して
400∼500重量部である。」
(イ)上記(ア)の記載によると,本願の当初明細書には,「構造体」とし
て,①建築物の壁,床,天井等の躯体,②木質セメント板の外壁材,③
石膏板,ケイ酸カルシウム板,合板,ハードボード,中密度繊維板(M
DF)の内壁材が記載されている。
してみると,「樹脂材料および/または瀝青質100重量部に対して
電気炉酸化スラグ粒化物を50∼550重量部添加した」混合物自体
を,これらの①∼③の「構造体」として用いることは,本願の当初明細
書の記載からみて当業者といえども想定し得ないことは明らかである。
ウしたがって,「樹脂材料および/または瀝青質100重量部に対して電
気炉酸化スラグ粒化物を50∼550重量部添加したもの」自体で,「透
磁性および放射性遮蔽構造体」を形成することは,本願の当初明細書に記
載されていない。
エ以上のとおり,本件補正後の特許請求の範囲【請求項3】記載の発明
は,本願の当初明細書に記載されておらず,当初明細書の記載から自明な
ものでもないという審決の判断に誤りはない。
(2)取消事由2に対し
ア「引用発明の重量骨材は,本願補正発明の電気炉酸化スラグ粒化物とは
組成的に異なる」との主張に対し
(ア)本件補正後の特許請求の範囲の【請求項1】及び【請求項6】の記
載は,前記1(2)イのとおりである。この【請求項1】と【請求項6】
との引用関係からみて,【請求項6】に係る発明は,【請求項1】に係
る発明を限定した発明であること,逆の見方をすれば,【請求項1】に
係る発明は,【請求項6】に係る発明を包含する発明ということができ
る。
してみると,【請求項6】に,電気炉酸化スラグとして,透磁性,放
射線遮蔽性を向上させるための成分が添加されてかつ強制酸化処理が施
されている電気炉酸化スラグが記載されている以上,【請求項1】に係
る発明において,電気炉酸化スラグ粒化物を構成する電気炉酸化スラグ
には,【請求項6】に記載の「透磁性,放射線遮蔽性を向上させるため
の成分が添加されてかつ強制酸化処理が施されている電気炉酸化スラ
グ」が含まれる。
原告は,【請求項1】に係る発明(本願補正発明)における電気炉酸
化スラグを,電気炉酸化スラグ自体と限定解釈しているが,この主張
は,上記のとおり特許請求の範囲の記載に基づかない主張であるので,
誤りである。
(イ)また,「電気炉酸化スラグ粒化物」について,本件補正後の本願明
細書(甲1)には,透磁性,放射線遮蔽性を向上させるための成分が添
加されているものは記載されている(段落【0013】∼【0016】
の実施例)が,原告が主張する「電気炉酸化スラグ」自体からなる電気
炉酸化スラグ粒化物は記載されていない。
したがって,本願明細書の記載からも,【請求項1】に記載された
「電気炉酸化スラグ粒化物」は,電気炉酸化スラグ自体はもとより,電
気炉酸化スラグ自体を主成分とするものを包含する概念であることが裏
付けられる。
(ウ)そうすると,引用発明の重量骨材は,「電気炉酸化スラグに高比重
元素および/または高比重元素化合物を添加溶解し,冷却固化そして粒
化し,セメントに添加して,コンクリート製品に放射線シールド性,透
磁性を付与する重量骨材」であるから,引用発明の重量骨材と,本願補
正発明の「電気炉酸化スラグ粒化物」とは,異なるものではない。
「引用発明の重量骨材は,本願補正発明の電気炉酸化スラグ粒化物と
は組成的に異なる」との原告の主張は誤りである。
イ「本願補正発明は,透磁性及び放射線遮蔽性構造体として実用化するた
めの混合割合が限定されており,このような混合割合によって作用効果を
奏するのに対し,このような混合割合は,引用例1には全く記載されてい
ない」旨の主張に対し
引用発明の重量骨材は,「電気炉酸化スラグに高比重元素および/また
は高比重元素化合物を添加溶解し,冷却固化そして粒化し,セメントに添
加して,コンクリート製品に放射線シールド性,透磁性を付与する重量骨
材」である以上,引用発明の重量骨材をセメントに添加して,放射線シー
ルド性,透磁性に優れたコンクリート製品として実用化するためには,引
用例1に,セメントに上記重量骨材を添加する具体的な混合割合が記載さ
れていなくとも,以下に例示する観点を考慮して,適切な割合で両者を混
合すればよいことは明らかである。
(ア)放射線遮蔽の観点からは,上記コンクリート製品が施工される場所
における放射線の強度,重量骨材が添加されたコンクリート製品により
該放射線を減衰させる程度,コンクリート製品の厚さ等を考慮する。
(イ)コンクリート製品に透磁性を付与する観点からは,コンクリート製
品にマグネットでもってコンクリート製品に所望の物体を固定する際
の,所望の物体の重量等を考慮する。
(ウ)コンクリート製品の成形性の観点からは,重量骨材のセメントへの
添加量が,コンクリート製品として成形できない限界量を超えないこと
を考慮する。
ウ「本願補正発明の混合割合には,臨界的意義がある」旨の主張に対し
引用例1には,本願補正発明の効果である,放射線遮蔽,遮音,制振の
効果,及び透磁率の付与が記載されているので(段落【0010】等),
数値限定されていない引用発明に対して本願補正発明において数値限定し
たことで臨界的意義があるといえるためには,セメント100重量部に対
する電気炉酸化スラグ粒化物の混合割合が,その下限値である300重量
部と,またその上限値である500重量部の内と外で上記効果に関して量
的な顕著な差異があることが必要である。
しかし,上記「顕著な差異」を示すデータは示されていない。
エ甲6試験については,次の各点を指摘することができる。
甲6試験では,「スラグ粒化物の添加量が300∼500重量部の範囲
内の場合・電磁波遮蔽性について望ましい性能を有する。」とされてい
る(甲6の2頁下7行∼下6行)が,電磁波遮蔽性は,本願明細書に記載
された,本願補正発明の効果である,放射線遮蔽,遮音,制振効果とは,
別の新たな効果である。このような本願明細書に記載されていない新たな
本願補正発明の効果を主張することは許されない。
甲6試験では,電界シールド効果を測定したとされているが,電界シー
ルド効果は電界に関するものであり,透磁性は磁界に関するものであると
ころ,電界と磁界とは物理学上異なる概念である。
オしたがって,本願補正発明は引用発明に基づいて容易に発明することが
できたものである旨の審決の判断に誤りはない。
第4当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審
決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2取消事由1(補正後の【請求項3】は当初明細書に記載された事項の範囲内
でされたものではない旨の判断の誤り)について
(1)本願の当初明細書(甲2)には,「特許請求の範囲」として前記第3の
1(2)アの記載があるほか,「発明の詳細な説明」として次の記載がある。
ア発明の属する技術分野
「本発明は磁着性を有する透磁性および放射線遮蔽性構造体に関するもの
である。」(段落【0001】)
イ従来の技術
「従来,建築物の壁,床,天井等はコンクリートあるいは石膏板等の無機
質板からなり,壁,床,天井等にメモ用紙,カレンダー,カーペット等を
止める場合には,ピン,粘着剤や接着剤等を使用していた。
壁,床,天井等に放射能遮蔽性を付与するには,分厚いコンクリート壁
の表面に鋼板や鉛板を貼った構成が採用されていた。」(段落【0002
】)
ウ発明が解決しようとする課題
「しかしピンで止める場合には壁に穴が明き,粘着材を使用する場合には
粘着剤が壁に付着してしまうので壁が汚れ,いずれも壁の外観が悪くなる
と云う問題点があった。また壁等に放射線遮蔽性を付与するためにコンク
リート壁を分厚くし,更にその表面に鋼板や鉛板を貼る施工は手間がかゝ
り,施工費が高いという問題点があった。」(段落【0003】)
エ課題を解決するための手段
「本発明は上記従来の課題を解決するための手段として,電気炉酸化スラ
グ粒化物を含有することによって透磁性が付与されている透磁性でかつ放
射線遮蔽も可能な構造体を提供するものである。
上記透磁性および放射線遮蔽性構造体は,例えば該電気炉酸化スラグ骨
材が添加されているコンクリート,該電気炉酸化スラグ骨材が添加されて
いる無機質板,該電気炉酸化スラグ骨材を混合した樹脂材料および/また
は瀝青質が表面に被覆されているコンクリート,該電気炉酸化スラグ骨材
を混合した樹脂材料および/または瀝青質が表面に被覆されている無機質
板等である。」(段落【0004】)
オ作用
「本発明の構造体は電気炉酸化スラグ骨材を含むので透磁性があり,例え
ばメモ,カレンダー等を止着する場合にはマグネットで固定することが出
来る。また電気炉酸化スラグ骨材は大重量であるから構造体に放射線遮蔽
性を付与し,かつ制振,遮音性を与える。該電気炉酸化スラグ骨材は不安
定な遊離石灰,遊離マグネシア,あるいは鉱物を含まず,耐蝕性および耐
久性を有する。」(段落【0005】)
カ発明の実施の形態
「〔構造体〕
本発明の対象とする構造体とは,例えば建築物の壁,床,天井等の躯
体,外壁材,内壁材等である。該躯体はコンクリートからなり,この場合
電気炉酸化スラグ骨材としては上記粗骨材および/または細骨材が使用さ
れ,該骨材は通常セメント100重量部に対して300∼500重量部混
合される。この場合川砂,ケイ砂,砕砂等の他の骨材を併用してもよ
い。」(段落【0008】)
「外壁材としては主として木片,木粉,木質繊維等の木質補強材を混合し
たセメント硬化板である木質セメント板が使用されるが,該木質セメント
板の原料に該電気炉酸化スラグ骨材を添加する。添加量は通常セメント1
00重量部に対して400∼500重量部である。」(段落【0009
】)
「更に内壁材としては主として石膏板,ケイ酸カルシウム板,合板,ハー
ドボード,中密度繊維板(MDF)等が使用されるが,該石膏板やケイ酸
カルシウム板の場合には原料に該電気炉酸化スラグ骨材を添加する。添加
量は通常石膏あるいはケイ酸カルシウム100重量部に対して400∼5
00重量部である。」(段落【0010】)
「更に本発明ではコンクリート躯体や外壁材,内壁材等の構造体の表面に
電気炉酸化スラグ骨材を混合した樹脂材料および/または瀝青質を被覆し
てもよい。該樹脂材料としては,例えば熱可塑性樹脂,熱硬化性樹脂,ゴ
ム,エラストマー等が含まれる。…」(段落【0011】)
「コンクリート躯体や外壁材,内壁材等の構造体の表面に電気炉酸化スラ
グ骨材を混合した樹脂材料および/または瀝青質を被覆する方法として
は,電気炉酸化スラグ骨材を混合した樹脂材料および/または瀝青質をシ
ートに成形して上記構造体の表面に接着する方法,上記樹脂材料および/
または瀝青質のエマルジョンあるいは原液に電気炉酸化スラグ骨材を添加
した塗料を塗布する方法等が適用される。この場合は該電気炉酸化スラグ
骨材は,上記樹脂材料および/または瀝青質100重量部に対して50∼
550重量部添加される。上記塗料を塗布する方法は電気炉酸化スラグ骨
材を内填出来にくい合板,ハードボード,MDF等にも適用出来る。」
(段落【0012】)
(2)上記(1)の記載からすると,本願の当初明細書では,①「構造体」とし
て,a建築物の壁・床・天井等の躯体,b木質セメント板の外壁材,c
石膏板・ケイ酸カルシウム板・合板・ハードボード・中密度繊維板(MD
F)の内壁材が例示されていること,②「電気炉酸化スラグ骨材を混合した
樹脂材料および/または瀝青質」は,これらの「構造体」の表面に接着して
被覆するものとして記載され,また,「瀝青質のエマルジョンあるいは原液
に電気炉酸化スラグ骨材を添加した塗料」は,これらの「構造体」に塗布す
るものとして記載されていることが認められる。そうすると,本願の当初明
細書では,樹脂材料および/または瀝青質に電気炉酸化スラグ骨材を添加し
たものは,「構造体」としてではなく,「構造体」を被覆するもの又は塗布
するものとして記載されているということができる。本願の当初明細書に
は,「樹脂材料および/または瀝青質に電気炉酸化スラグ骨材を添加したも
の」を「構造体」として用いることは記載されていないというべきである。
したがって,本件補正後の特許請求の範囲【請求項3】に記載された「樹
脂材料および/または歴青質100重量部に対して電気炉酸化スラグ粒化物
を50∼550重量部添加したことを特徴とする透磁性および放射線遮蔽性
構造体」は,本願の当初明細書に記載されていないし,また,当初明細書に
記載から自明なものとも認められないから,本件補正は当初明細書に記載さ
れた事項の範囲内でされたものではなく,特許法17条の2第3項に違反す
る。その旨の審決の判断に誤りはない。
(3)以上のとおり,取消事由1は理由がない。
3取消事由2(補正後の【請求項1】発明は引用発明に基づいて容易に発明す
ることができた旨の判断の誤り)について
(1)本件補正後の明細書(甲1)には,「特許請求の範囲」として前記第3
の1(2)イの記載があるほか,「発明の詳細な説明」として次の記載があ
る。
ア発明の属する技術分野,従来の技術,発明が解決しようとする課題
前記2(1)ア∼ウと同じ(段落【0001】∼【0003】)。
イ課題を解決するための手段
「本発明は上記従来の課題を解決するための手段として,セメント100
重量部に対して電気炉酸化スラグ粒化物を粗骨材および/または細骨材と
して300∼500重量部混合したコンクリートからなることを特徴とす
る透磁性および放射線遮蔽性構造体,また木質補強材を混合したセメント
硬化板からなり,該セメント100重量部に対して電気炉酸化スラグ粒化
物を骨材として400∼500重量部添加した木質セメント板からなるこ
とを特徴とする透磁性および放射線遮蔽性構造体,また更に樹脂材料およ
び/または歴青質100重量部に対して電気炉酸化スラグ粒化物を50∼
550重量部添加したことを特徴とする透磁性および放射線遮蔽性構造体
を提供するものである。
更に上記樹脂材料および/または歴青質100重量部に対して電気炉酸
化スラグ粒化物を50∼550重量部添加した透磁性および放射線遮蔽性
構造体をコンクリート表面または無機質板表面に被覆した透磁性および放
射線遮蔽性構造体を提供するものである。
該電気炉酸化スラグは透磁性,放射線遮蔽性を向上させるための成分が
添加されてかつ強制酸化処理が施されていることが望ましい。」(段落【
0004】)
ウ作用
「本発明の構造体は電気炉酸化スラグ骨材を所定量含むので透磁性があ
り,例えばメモ,カレンダー等を止着する場合にはマグネットで固定する
ことが出来る。また電気炉酸化スラグ骨材は大重量であるから構造体に放
射線遮蔽性を付与し,かつ制振,遮音性を与える。該電気炉酸化スラグ骨
材は不安定な遊離石灰,遊離マグネシア,あるいは鉱物を含まず,耐蝕性
および耐久性を有する。」(段落【0005】)
エ発明の実施の形態
「本発明を以下に詳細に説明する。
〔電気炉酸化スラグ骨材〕
本発明の電気炉酸化スラグ(1)骨材を製造するには図1に示すように電
気炉酸化スラグ(1)を電気溶解炉(2)に投入し,電極(3)に通電して該ス
ラグ(1)を溶解し,酸素および/または空気を吹込んで該溶解物を冷却固
化粉砕する。この場合は該溶解物を鋼板製の皿型容器内に通常20mm厚に
注入し,水をスプレーして急冷した後クラッシャーで粉砕すれば粗骨材及
び細骨材が製造される。
上記電気炉酸化スラグ(1)を電気溶解炉(2)で溶解する場合に,所望な
れば鉄,Ba,Si,望ましくは鉄スクラップ,BaO屑,SiO系の煉2
瓦屑,廃砂等の透磁性,放射線遮蔽性を向上させるための成分を添加し
て,空気または酸素を吹き込み強制酸化処理を施すことによって透磁性を
高めてもよい。」(段落【0006】)
「また該溶解物から細骨材を製造するには,通常該溶解物を高速回転する
羽根付きドラムに注入し,該溶解物を該羽根付きドラムによって破砕粒状
化し,粒状化した該溶融物を水ミスト雰囲気中で急冷処理する方法が採ら
れる。該羽根付きドラムは複数個配置して複数段の破砕粒状化を行なって
もよい。
このようにして得られる細骨材は通常5mm以下の粒径を有し,粒径2.
5mm以下のものは略球状であり,表面に微細な凹凸を有する優れた形状の
もので粒度分布はJIS−A5005コンクリート用砕砂の規格範囲にあ
る。」(段落【0007】)
〔構造体〕についての記載は,前記2(1)エと同じ(段落【0008】
∼【0012】)
「〔実施例1〕(細骨材の製造)
4.5トンの電気炉酸化スラグ(1)を図1に示す電気溶解炉(2)に投入
し,更に鉄スクラップとして1.5トンの銑ダライを加えてランス管(4)
から酸素を吹精しつつ加熱溶解し,得られた溶解物(1A)を図2に示すよう
に取鍋(5)からシューター(6)に移し,該シューター(6)から高速回転す
る羽根付きドラム(7,8)に注入する。該溶解物(1A)は該羽根付きドラム
(7,8)によって細破砕されて粒状化し,該溶解物(1A)の粒化物(1B)は急冷
チャンバー(9)内にスプレー装置(10)からスプレーされる水ミストによっ
て急冷される。そしてこのようにして得られた細骨材(11)は備蓄容器(12)
内に備蓄される。該細骨材(11)は略球状であり平均粒径が1.2mmであ
る。該細骨材の主要な鉱物組成はウスタイトおよびマグネタイトであり,
不安定な鉱物が含まず,耐久性がありかつ耐蝕性もある。…」(段落【0
013】)
「〔実施例2〕
図4に示すように鉄筋(21A)で補強した建築物のコンクリート壁(21)に
は,実施例1の細骨材がセメント100重量部に対して500重量部添加
されている。このようなコンクリート壁(21)にはメモ用紙(22)をマグネッ
ト(23)で止めることが出来,更に該コンクリート壁(21)は,放射線遮蔽,
遮音および制振効果も有する。」(段落【0017】)
オ発明の効果
「本発明ではメモ用紙,カレンダー,装飾具,ハーネス等がピンや粘着剤
を使用することなく壁,天井,床等に固定することが出来る。また,あわ
せて天井,壁,床面の放射線遮蔽,遮音および制振効果も付与出来る。」
(段落【0020】)
(2)一方,引用例1(甲3)には,「特許請求の範囲」として,「【請求項
1】電気炉酸化スラグに高比重元素および/または高比重元素化合物を添加
溶解し,冷却固化そして粒化したことを特徴とする重量骨材」との記載があ
るほか,「発明の詳細な説明」として,次の記載がある。
ア発明の属する技術分野
「本発明はセメント,プラスチック,ゴム等に添加される重量細骨材や重
量粗骨材等に使用される重量骨材に関するものである。」(段落【000
1】)
イ従来の技術
「従来,細骨材として川砂,ケイ砂,砕砂等の天然資源が用いられて来た
が,上記天然資源の確保が次第に困難となり,それに代えて電気炉酸化ス
ラグ粒化物を細骨材として使用することが検討されている。上記電気炉酸
化スラグ粒化物は不安定な遊離石灰,遊離マグネシア,あるいは鉱物を含
まず,耐久性および耐蝕性を有し,また重量が大であるから製品に制振遮
音性を与える。」(段落【0002】)
ウ発明が解決しようとする課題
「最近,制振性,遮音性,放射線シールド性,透磁性等を有するコンクリ
ート製品,プラスチック製品,ゴム製品,粘土製品等が脚光を浴びてお
り,更に大重量高比重の骨材に対するニーズが高まっている。」(段落【
0003】)
エ課題を解決するための手段
「本発明は上記課題を解決するための手段として,電気炉酸化スラグに高
比重元素およびまたは高比重元素化合物を添加溶解し,冷却化そして粒化
した重量骨材を提供するものである。」(段落【0004】)
「本発明において使用する高比重元素とは比重が7以上の元素であり,こ
のような元素としては,Fe,Co,Cu,Zn,Pb等が例示され,該
高比重元素の化合物としては上記元素の酸化物,水酸化物,塩化物等が例
示される。望ましい高比重元素またはその化合物としては鉄,銅,鉄スク
ラップ,鉄酸化物,鉛ドロス等がある。」(段落【0005】)
「本発明の重量骨材を製造するには,図1に示すように電気炉酸化スラグ
(1)と高比重元素および/または高比重元素化合物を電気溶解炉(2)に投
入し,電極(3)に通電して該スラグ(1)と高比重元素および/または高比
重元素化合物を溶解し,所望なれば酸素および/または空気を吹込んで該
溶解物を冷却固化粉砕する。この場合該溶解物を鋼板製の皿型容器内に通
常80mm厚に注入し,水冷後クラッシャーで粉砕すれば重量粗骨材が製造
される。」(段落【0006】)
「また該溶解物から重量細骨材を製造するには,通常該溶解物を高速回転
する羽根付きドラムに注入し,該溶解物を該羽根付きドラムによって破砕
粒状化し,粒状化した該溶融物を水ミスト雰囲気中で急冷処理する方法が
採られる。該羽根付きドラムは複数個配置して複数段の破砕粒状化を行な
ってもよい。このようにして得られる重量細骨材は通常5mm以下の粒径を
有し,粒径2.5mm以下のものは略球状であり,表面に微細な凹凸を有す
る優れた形状のもので粒度分布はJIS−A5005コンクリート用砕砂
の規格範囲にある。」(段落【0007】)
オ発明の実施の形態
「〔実施例〕4.5トンの電気炉酸化スラグ(1)を図1に示す電気溶解炉
(2)に投入し,更に鉄スクラップとして1.5トンの銑ダライを加えてラ
ンス管(4)から酸素を吹精しつつ加熱溶解し,得られた溶解物(1A)を図2
に示すように取鍋(5)からシューター(6)に移し,該シューター(6)から
高速回転する羽根付きドラム(7,8)に注入する。該溶解物(1A)は該羽根付
きドラム(7,8)によって細破砕されて粒状化し,該溶解物(1A)の粒化物
(1B)は急冷チャンバー(9)内にスプレー装置(10)からスプレーされる水ミ
ストによって急冷される。そしてこのようにして得られた重量細骨材(11)
は備蓄容器(12)内に備蓄される。該重量細骨材(11)は略球状であり平均粒
径が1.2mmである。該重量細骨材の主要な鉱物組成はウスタイトおよび
マグネタイトであり,不安定な鉱物が含まれないから耐久性がありかつ耐
蝕性もある。…」(段落【0008】)
カ発明の効果
「本発明の重量骨材は高比重を有し,かつ耐久性,耐蝕性,耐磨耗性があ
るから,コンクリート製品,ゴム製品,プラスチック製品,粘土製品等に
大重量を付し,かつ制振性,遮音性,放射線シールド性,透磁性等を付与
するために使用されて極めて有用である。」(段落【0010】)
(3)原告は,本願補正発明の電気炉酸化スラグ粒化物は,引用発明の重量細
骨材の原料として使用される電気炉酸化スラグそのものであり,高比重元素
や高比重元素化合物が添加されている電気炉酸化スラグである引用発明の重
量細骨材とは組成的に異なる,と主張する。
上記(1)の記載によると,本件補正後の「特許請求の範囲」(甲1)の【
請求項6】には,「該電気炉酸化スラグは透磁性,放射線遮蔽性を向上させ
るための成分が添加されてかつ強制酸化処理が施されている請求項1∼5の
いずれかに記載の透磁性および放射線遮蔽性構造体。」と記載され,また,
「発明の詳細な説明」においても,電気炉酸化スラグに透磁性,放射線遮蔽
性を向上させるための成分を添加することが記載され(段落【0004
】),それらの成分について,「鉄,Ba,Si,望ましくは鉄スクラッ
プ,BaO屑,SiO系の煉瓦屑,廃砂等」との例示がされている(段落2
【0006】)。したがって,本願補正発明(本件補正後の「特許請求の範
囲」【請求項1】)の「電気炉酸化スラグ」には,透磁性,放射線遮蔽性を
向上させるための成分を添加したものが含まれるというべきである。
これに対し,上記(2)の記載によると,引用発明においては,電気炉酸化
スラグに高比重元素や高比重元素化合物が添加されているが,それらについ
て,「本発明において使用する高比重元素とは比重が7以上の元素であり,
このような元素としては,Fe,Co,Cu,Zn,Pb等が例示され,該
高比重元素の化合物としては上記元素の酸化物,水酸化物,塩化物等が例示
される。望ましい高比重元素またはその化合物としては鉄,銅,鉄スクラッ
プ,鉄酸化物,鉛ドロス等がある。」と記載されており(甲3の段落【00
05】),添加成分として「鉄」が本願補正発明と共通している。また,引
用発明の効果として「放射線シールド性」が挙げられている(段落【001
0】)ところ,比重が高いものを入れれば,密度が増すから,放射線シール
ド性も向上すると考えられる。
そうすると,本願補正発明と引用発明は,共に,「電気炉酸化スラグ」に
放射線遮蔽性(放射線シールド性)を向上させるための成分を添加したもの
を含むから,組成の点で異なるということはできず,原告の上記主張は採用
することができない。
(4)原告は,本願補正発明では,透磁性及び放射線遮蔽性構造体として実用
化するための混合割合が限定されており,この混合割合によって作用効果を
奏するのであり,この混合割合には,臨界的な意義がある,と主張する。
本願補正発明は,透磁性及び放射線遮蔽性構造体の発明であるから,電気
炉酸化スラグ粒化物の骨材をセメントに混入するのは,透磁性及び放射線遮
蔽性を付与するためであると解されるところ,その数量について,「セメン
ト100重量部に対して電気炉酸化スラグ粒化物を粗骨材および/または細
骨材として300∼500重量部混合した」との数値限定がされている。
上記(2)の記載によると,引用発明においても,透磁性及び放射線遮蔽性
(放射線シールド性)を付与することが,効果として挙げられている(甲3
の段落【0010】)から,電気炉酸化スラグ粒化物の骨材をセメントに混
入して,透磁性及び放射線遮蔽性を付与することは,本願の出願前に知られ
ていたものと認められる。そして,セメントに対して骨材の量が大きすぎる
と,コンクリート製品として成形することができず,逆に骨材の量が少なす
ぎると,透磁性及び放射線遮蔽性が十分でないことになるから,電気炉酸化
スラグ粒化物の骨材をセメントに混入するに際して,適量の骨材を混合する
ことは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する
者)が当然に行うことができる事項であると考えられる。
ところで,本願補正発明の混合割合に臨界的な意義があるというために
は,数値の前後で顕著な差異があることが必要である。
しかし,本件補正後の明細書(甲1)には,そのような顕著な差異がある
ことを示す記載はない。
甲6(試験報告書)には,ポルトランドセメント100重量部に対し,ス
ラグ粒化物(比重4.3)を,550,500,300,250の各重量部
添加し,更に水55重量部を添加し混練して混練物を得た上,該混練物を型
枠に流し込み,常温で28日間放置して硬化させ,厚さ40mmの板状試料
を作成し,その表面から,1∼1000MHzの周波数の電磁波を照射し,
裏面から透過した電磁波の減衰量を測定する試験結果が記載されている(甲
6試験1,2頁)。証拠(甲7)によると,放射線は電磁波に含まれ,波長
が0.01μm以下のものであることが認められるところ,甲6試験におい
ては,上記のとおり,放射線とは波長が大きく異なる周波数1∼1000M
Hz(波長約300m∼30㎝程度)の電波で試験がされているから,放射
線の遮蔽性を測定したものということができない。また,甲6の2頁[表1
]には,スラグ粒化物の添加量が500重量部,300重量部について,密
度の測定値が3.21,2.89と記載されており,2頁の「備考」には,
「放射線遮蔽性のために必要とされる望ましい密度…の値は2.5以上であ
る。」(下4行∼下3行)と記載されている。しかし,放射線遮蔽性に必要
とされる望ましい密度の値が2.5以上であることを裏付ける証拠はなく,
同表の密度の結果によっても,本願補正発明の添加量である300重量部∼
500重量部において,特に放射線遮蔽性について顕著な効果を生じるとは
認められない。さらに,電磁波遮蔽性についても,どの程度の減衰量をもっ
て望ましい電磁波遮蔽性能とするのか明らかでない上,550重量部の試料
においても500重量部の試料とほぼ同様の電磁波減衰量を示しており,2
50重量部の試料と300重量部の試料の間においても格別顕著な差異が生
じているとは認められない。したがって,甲6試験によっても,300重量
部及び500重量部という本願補正発明の数値に臨界的な意義があると認め
ることはできない。
なお,原告は,磁性及び放射線遮蔽性構造体として実用化するためには,
透磁性,放射線遮蔽性,コンクリート製品としての成形性だけではなく,成
形後の収縮により成形物に割れが発生しないこと,成形物の重量が過大にな
らないこと,成形物の強度を確保すること等の種々の因子を考慮する必要が
あると主張するが,これらについても,当業者が製品を作るに際して当然に
考慮すべき事項であるということができる上,これらの事項について本願補
正発明の混合割合に格別の技術的意義があるとも認められない。
したがって,本願補正発明の数値限定に臨界的な意義があると認めること
はできず,この数値限定は,当業者が適宜行うことができる範囲内の事項で
あるというべきである。
以上のとおり,本願補正発明の数値限定を理由として本願補正発明の進歩
性を認めることはできず,その旨の審決の判断に誤りはない。
(5)よって,審決の「本願補正発明は引用発明に基づいて容易に発明するこ
とができたものである」旨の判断に誤りはなく,取消事由2は理由がない。
なお,原告は,本願補正発明は,種々の分野において実用化されており,
実用化に優れた発明である旨の主張をするが,そのことは,本願補正発明は
引用発明に基づいて容易に発明することができた旨の判断を左右するもので
はない。
4結論
以上によれば,原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし
て,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官森義之
裁判官田中孝一

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