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平成24年3月28日判決言渡し
平成22年(ワ)第2498号解約違約金条項使用差止請求事件(甲事件)
平成23年(ワ)第918号不当利得返還請求事件(乙事件)
口頭弁論終結日平成23年12月13日
判決
主文
1原告らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は甲事件及び乙事件を通じて原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告は,消費者との間でFOMAサービス契約を締結するに際し,別紙定期
契約に係る解約金条項など,下記の事項を内容とする意思表示を行ってはな
らない。

FOMAサービス契約における2年の定期契約を締結した消費者は,同契
約が自動更新される前に,契約の満了以外の事由により解除することを被告
に通知したとき又は被告がその定期契約を解除したときは,被告に対し,9
975円(消費税込み)以上の解約金を支払う。
2被告は,消費者との間でFOMAサービス契約を締結するに際し,別紙定期
契約に係る解約金条項など,下記の事項を内容とする意思表示を行ってはなら
ない。

FOMAサービス契約における2年の定期契約を締結した消費者は,FO
MAサービス契約が2年経過して自動更新された後,被告又は消費者が同定
期契約を解除したときは,被告に対し,解約金を支払う。
3被告は,原告A,原告B,原告C,原告D,原告E,原告F,原告G,原告
H及び原告Iに対し,それぞれ9975円及びこれに対する平成23年3月3
1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4被告は,原告J及び原告Kに対し,それぞれ1万9950円及びこれに対す
る平成23年3月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5訴訟費用は被告の負担とする。
6仮執行宣言
第2事案の概要
本件は,
(1)甲事件において,消費者契約法(以下「法」という。)13条に基づき内
閣総理大臣の認定を受けた適格消費者団体である原告法人が,被告が不特定多
数の消費者との間で携帯電話利用サービス契約を締結する際に現に使用してお
り今後も使用するおそれのある解約金に関する条項は法9条1号又は10条に
該当して無効であると主張して,法12条3項に基づき,当該条項の内容を含
む契約締結の意思表示の差止めを求め,
(2)乙事件において,被告との間で上記条項を内容に含む携帯電話利用サービ
ス契約を締結し,同条項に基づく違約金を被告に対して支払った乙事件原告ら
(以下「個人原告ら」という。)が,上記条項が無効であると主張して,不当
利得に基づき,それぞれ利得金9975円又は1万9950円の返還及びこれ
に対する乙事件訴状送達の日の翌日である平成23年3月31日から支払済み
まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める
事案である。
1争いのない事実等
(1)当事者
ア原告法人は,平成19年12月25日,法13条に基づき,内閣総理大
臣の認定を受けた適格消費者団体である。
イ被告は,電気通信事業等を目的とする株式会社である。
(2)被告と消費者との間の携帯電話利用サービス契約の内容
ア被告は,不特定かつ多数の消費者との間で,「FOMAサービス契約約
款」(甲3。以下「本件約款」という。)の内容を含む,携帯電話利用サ
ービス契約(以下「FOMAサービス契約」という。)を締結している。
イ被告は,FOMAサービス契約のうち,「ひとりでも割50」及び「フ
ァミ割MAX50」と称する各契約(以下,これらを併せて「本件契約」
という。)において,契約期間を2年間の定期契約とした上で,基本使用
料金を通常の契約の半額とし(本件約款料金表第1表第1-1-(2)-ア
-(イ)),この2年間の期間内(当該期間の末日の属する月の翌月を除く。)
に消費者が本件契約を解約する場合には,消費者の死亡後の一定期間内に
解約する場合や中途解約と同時に一般契約の身体障がい者割引を受けるこ
とになった場合等を除き,被告に対し,9975円(消費税込み)の解約
金を支払わなければならないと規定している(本件約款67条,同料金表
第1表第4-2-1。以下「本件当初解約金条項」という。)。
ウ本件契約は,契約締結から2年が経過すると自動的に更新され(本件約
款23条3項),以後,消費者は,本件契約を解約するに際して,更新時
期となる,2年に1度の1か月間に解約を申し出ない限り,上記イと同額
の解約金を被告に対し支払わなければならないとされている(本件約款2
3条1項。以下,「本件更新後解約金条項」といい,本件当初解約金条項
と本件更新後解約金条項を併せて「本件解約金条項」という)。
(3)個人原告らと被告との間の携帯電話利用サービス契約の締結及び解約
ア原告Aは,平成19年8月25日,被告との間で,本件契約を締結し,
同契約が平成21年9月1日に更新された後の平成22年8月28日に同
契約を解約し,同年9月30日,被告に対し,本件更新後解約金条項に基
づく解約金として9975円を支払った。
イ原告Bは,平成16年5月23日,被告との間で,本件契約を締結し,
平成22年7月31日に同契約を解約し,同年8月31日,被告に対し,
本件当初解約金条項に基づく解約金として9975円を支払った。
ウ原告Cは,平成19年11月15日,被告との間で,本件契約を締結し,
同契約が平成21年12月1日に更新された後の平成22年2月27日に
同契約を解約し,同年3月8日,被告に対し,本件更新後解約金条項に基
づく解約金として9975円を支払った。
エ原告Dは,平成19年10月31日,被告との間で,本件契約を締結し,
平成21年3月に同契約を解約し,同年4月30日,被告に対し,本件当
初解約金条項に基づく解約金として9975円を支払った。
オ原告Eは,平成19年12月31日,被告との間で,本件契約を締結し,
同契約が平成22年1月1日に更新された後の同年7月5日に同契約を解
約し,同月31日,被告に対し,本件更新後解約金条項に基づく解約金と
して9975円を支払った。
カ原告Fは,平成20年4月23日,被告との間で,本件契約を締結し,
同契約が平成22年5月1日に更新された後の同年6月6日に同契約を解
約し,同年7月23日,被告に対し,本件更新後解約金条項に基づく解約
金として9975円を支払った。
キ原告Gは,平成19年10月15日,被告との間で,本件契約を締結し,
同契約が平成21年11月1日に更新された後の平成22年春頃に同契約
を解約し,同年5月31日,被告に対し,本件更新後解約金条項に基づく
解約金として9975円を支払った。
ク原告Hは,平成21年12月,被告との間で,本件契約を締結し,平成
22年10月31日に同契約を解約し,同年12月10日,被告に対し,
本件当初解約金条項又は本件更新後解約金条項に基づく解約金として99
75円を支払った。
ケ原告Iは,平成20年4月12日,被告との間で,本件契約を締結し,
同契約が平成22年4月1日に更新された後の平成22年9月5日に同契
約を解約し,同年冬頃,被告に対し,本件更新後解約金条項に基づく解約
金として9975円を支払った。
コ原告Jは,平成19年12月29日,被告との間で,本件契約を2回線
について締結し,同契約がいずれも平成22年1月1日に更新された後の
平成22年5月30日に同契約をいずれも解約し,同年6月7日及び同月
30日,被告に対し,本件更新後解約金条項に基づく解約金として合計1
万9950円を支払った。
サ原告Kは,平成20年3月21日及び同月27日,被告との間で,本件
契約を2回線について締結し,同契約がいずれも平成22年4月1日に更
新された後の平成23年1月1日及び同月25日に同契約をいずれも解約
し,同年1月頃,被告に対し,本件更新後解約金条項に基づく解約金とし
て合計1万9950円を支払った。
(4)書面による事前の請求
原告法人は,被告に対し,平成22年3月1日,法41条所定の書面によ
り,消費者との間で,FOMAサービス契約を締結するに際し,本件解約金
条項を内容とする意思表示を行わないことを請求した(甲4,5)。
2争点
(1)本件解約金条項についての法による規制の可否
(被告の主張)
本件契約は,2年間の定期契約を選択した場合,月額基本使用料金の50
%の割引(なお,割引額の計算において,10円未満の端数が生じた場合に
は,その端数は四捨五入される。)が受けられる一方,2年間の契約期間満
了前に契約を解約するときは,本件解約金条項に基づき被告に対し9975
円を支払わなければならないというサービスである。したがって,被告は,
本件契約の料金につき,基本使用料金の50%割引等のサービスと2年間の
定期契約を中途解約した場合に支払うべき9975円を一体として料金を設
定している。
よって,本件解約金条項は,実質的には「本件契約に基づくサービスを受
けるためには,9975円を支払うものとする。ただし,2年間の定期契約
を満了した時は免除する。」という条項が設けられているのと同視でき,本
件解約金条項に基づく9975円は,基本使用料金の50%割引等のサービ
スを受けるための対価ということができる。このことは,中途解約時に支払
うべき料金について,損害賠償金や違約金であれば課税されないはずの消費
税が課税されていることからも明らかである。また,本件解約金条項は,文
言上も,「料金の支払いを要します。」と規定されており,対価としても十
分理解できる。
したがって,本件解約金条項は,実質的には被告の消費者に対するサービ
ス提供の対価の金額を設定したものであるから,契約自由の原則により,当
事者間の合意に基づき自由に決定できるものであって,法による規制の対象
外である。
(原告らの主張)
本件解約金条項は,その文言からみても,「解除した際に解約金を支払う」
旨の約定であって,解約時に支払う解約金についての規定として規定されて
おり,役務に対する対価として定められたものではない。
また,本件解約金条項を「本件契約の適用を受けるためには,9975円
を支払うものとする。ただし,2年間の定期契約を満了した時は免除する。」
と読み替えることが許されるとすれば,およそ全ての解約金条項,違約金条
項及び損害賠償予定条項が,「契約の対価として(解約金等の額)を支払う。
ただし,○○の場合には免除する。」との内容と読み替えられることにより
対価条項となって,法9条1号及び同10条が適用されないこととなり,法
の規制の潜脱を容易なものとしてしまう。
(2)本件当初解約金条項の法9条1号該当性
(原告らの主張)
本件当初解約金条項は,消費者が解除時に支払う違約金を課す解約金条項
の性質を有するところ,同条項に基づき消費者が支払義務を負う金額である
9975円は,次のとおり,消費者が本件契約を期間の中途で解約した場合
に,料金プラン及び中途解約までの期間に応じて算出される被告に生ずべき
「平均的な損害」の額を超えるものであって,無効である。
ア「平均的な損害」を算出すべき対象
被告の顧客数が膨大であるとしても,被告は,その膨大な顧客につき,
顧客ごとに料金プランを個別に管理し,契約月数も管理しているのであっ
て,個別の顧客ごとの平均的損害を算出することは極めて容易である。し
たがって,被告の顧客管理の実際の状況からすれば,顧客を総体として捉
えて「平均的な損害」を捉えるべき必要性は存在しない。
被告は,本件契約が,2年間の契約期間における解約を一律の区分とし
て定めているから,顧客の平均解約月に基づき平均的損害を算出すべきで
あると主張する。しかし,契約期間が1か月経過した時点で解約した者と
1年以上経過した後に解約した者とでは,被告に生じる「平均的な損害」
が異なるのは明らかであり,これらを一律の「区分」とすることはできな
い。
例えば,SSコースの場合,基本使用料金の額は,本件契約を締結しな
い場合が1か月当たり3780円であり,本件契約を締結した場合は18
90円である。そうすると,消費者が,このSSコースを1か月で解約し
た場合の被告の損害は,この差額の1か月分である1890円であるのに
もかかわらず,消費者が本件当初解約金条項に基づき,被告に対し,99
75円の支払義務を負うのは極めて消費者に不利益であり,平均的損害を
超える部分があることは明らかである。
イ表示価格を損害算出の基準とすることの不当性
被告が本件契約において提供する「割引サービス」なるものは,被告が,
他社との間で競争可能な価額として基本使用料金を半額にせざるを得なか
ったことにより基本使用料金を値下げしたものに過ぎず,実際には割引サ
ービスではない。このことは,被告が,モバイル・ナンバー・ポータビリ
ティ制度(以下「ポータビリティ制度」という。)の導入並びにKDDI
株式会社(以下「KDDI」という。)及びソフトバンクモバイル株式会
社(以下「ソフトバンク」という。)の価格攻勢といった,携帯電話利用
サービスを取り巻く諸事実を背景として,基本使用料金の実質価格の値下
げを行ってきた経緯から明らかである。
被告は,本件契約が割引サービスであると主張して,実質価格(本件契
約を締結した場合の基本使用料金の額)と表示価格(本件契約を締結しな
い場合の基本使用料金の額)の差が被告の被る損害であるかのように主張
している。しかし,被告が表示価格で顧客を獲得できたならば得られたで
あろう利益というものは実際には期待できないのであるから,表示価格と
実質価格の差額は被告の損害とはならない。このことは,被告が,会社の
会計処理における売上処理について表示価格が意味を持たないことや,対
外的な経営資料において料金体系を説明する際に実質価格のみを表示して
いることからも明らかである。
ウ被告の出捐する費用と「平均的な損害」との関係
被告が携帯電話利用サービスを提供することにどのようなコストがかか
るかという点と,本件当初解約金条項の合理性とは何ら関係がない。被告
が本件当初解約金条項に基づく解約金を徴収しない場合に被告の収支が赤
字になるというのであればともかく,被告は収益構造について何ら言及し
ていないから,そのように判断することはできない。
また,被告が設備投資等の先行費用等を支出した場合,その効用は,現
在の顧客が解約したとしても失われるものではなく,その後も再び新たな
顧客を獲得するために発揮されるのであるから,1人当たり何円というコ
ストの算出方法は正当なものではなく,被告の「損害」になり得るような
ものでもない。そもそも,現在の顧客が契約を解約したとしても,新たに
顧客を獲得すれば足りるのであり,その成否は被告が企業努力を行うか否
かによるのであって,新規顧客を獲得できないことによる料金収入の途絶
のリスクは被告が負うべきである。
なお,代理店等に対する解約手数料の支払については,被告の事務を行
う上での内部事情にすぎず,これを消費者に転嫁することはできない。
エ逸失利益を「平均的な損害」に含めるべきでないこと
消費者が,本件契約を将来に向かって解除したとしても,被告は,将来
にわたってサービス提供の義務を免れるのであるから,被告には損害が生
じない。
また,消費者が,消費者契約の解除に伴い,事業者から不当に損害賠償
や違約金の出損を強いられることのないように設けられたという法9条1
号の趣旨を踏まえれば,事業者の「平均的な損害」に逸失利益が含まれる
のは,当該消費者契約の目的が他の契約において代替又は転用される可能
性のない場合に限られる。被告は,本件契約について,顧客を限定せず,
人数を区切らずに新規締結の募集を随時行っており,被告の契約数は50
00万件以上にも及ぶのであり,一人が解約したとしても,被告は容易に
他の顧客との契約によって代替して利益を得ることが可能である。したが
って,本件契約に関しては,「平均的な損害」に含まれる逸失利益は存在
しない。
オ監督官庁による措置等との関係
(ア)監督官庁による業務改善命令について
被告は,監督官庁である総務省が被告に対して本件当初解約金条項に
関して業務改善命令を発したことがないと主張する。しかし,総務省が
被告に対し業務改善命令を発したことがないとの事実は本件当初解約金
条項が法9条1項により無効となるか否かとは無関係である。
(イ)監督官庁による指針等について
被告は,本件当初解約金条項は,「電気通信事業分野における競争の
促進に関する指針」(乙10。以下「本件指針」という。)及び「『電気
通信事業分野における競争の促進(原案)』に対する意見及びそれに対
する総務省の考え方」(乙11。以下「本件回答」という。)が許容す
る内容のものであるから,本件当初解約金条項が不当なものとなること
はないと主張する。
しかし,本件指針及び本件回答を前提としても,本件当初解約金条項
の不当性は明らかである。
a本件指針について
本件指針は,「事実上解約を制限する条項を設定すること」を,特
段の事情のない限り,「他の電気通信事業者との間に不当な競争を引
き起こすものであり,その他社会的経済的事情に照らして著しく不適
当であるため,利用者の利益を阻害するもの」と明示している。
そして,本件当初解約金条項が「事実上解約を制限する条項」であ
り「利用者の利益を阻害するもの」であることは明らかであり,99
75円という高額な解約金の設定自体,ポータビリティ制度の趣旨に
反し,消費者の解約を事実上制限するものである。また,被告提出の
資料(乙19)によれば,消費者の本件契約の平均解約期間は14か
月ということであるから,「最低利用期間」はどんなに長くとも,本
来,この期間と近接するものが限度となるはずであるが,本件当初解
約金条項はその2倍近い長期の契約期間を定めており,不当に長期の
拘束をするものとして,「移行禁止期間を設けるなど事実上解約を制
限する条項」に該当する。
b本件回答について
本件回答は,「最低契約期間を一律に長期にすること」を不当であ
ると明示している。報告書(乙19)によれば消費者の平均解約期間
は14か月ということであるから,「最低契約期間」はどんなに長く
とも本来この期間まででなければならない。しかし,本件当初解約金
条項はその2倍近い長期の契約期間を定めており,しかも契約期間に
ついて消費者に選択の余地はなく,一律かつ一方的に設定しており,
本件当初解約金条項が,「最低契約期間を一律に長期にする」ものと
して不当であることは明らかである。
(被告の主張)
本件当初解約金条項は,次のとおり,法9条1号には該当しない。
ア「平均的な損害」を算出すべき対象
本件当初解約金条項が法9条1号により無効となるか否かは,解約時期
や料金プランごとの個別の損害との比較ではなく,本件契約について中途
解約をした場合の「平均的な損害」との比較によるべきである。
法9条1号の定める「平均的な損害」とは,同一事業者が締結する多数
の同種契約事案について類型的に考察した場合に算定される平均的な損害
の額であって,具体的には,解除の事由,時期等により同一の区分に分類
される複数の同種の契約の解除に伴い,当該事業者に生じる損害の額の平
均値を意味するものである。
また,「当該条項において設定された解除の事由,時期等の区分に応じ」
とは,解除に伴う損害賠償額の予定等の区分の仕方が業種や契約の特性に
より異なるものであるところ,「平均的な損害」であるかどうかの判断は
当該条項で定められた区分ごとに判断するとの意味である。本件契約にお
いては,中途解約をした場合に支払うべき金額について,解約時期や料金
プランごとではなく,一律の金額を設定したのであるから,法9条1号に
より無効となるか否かの判断においても,解約時期や料金プランごとの個
別損害との比較ではなく,中途解約をした場合全体の「平均的な損害」と
の比較により判断すべきである。
イ原告らの主張する「実質価格」の不存在
本件契約を締結した場合の基本使用料金の金額が被告における実質価格
であるとすることはできない。
携帯電話利用サービスの優劣は,利用料金の高低のみで比較されるもの
ではなく,消費者は,通信エリア,通信品質,iモード等の機能,サービ
ス,アフターサービス及び携帯電話端末等を総合的に比較考量した上で,
電気通信事業者を選択している。
また,携帯電話の利用料金には,基本使用料金だけではなく,通信を利
用した場合の通話料金の課金レート(1分当たりの通話料金の金額等),
iモード等のパケット通信料並びに基本使用料に含まれる無料通信分の有
無及び金額並びに中途解約の場合に事業者に支払うべき金銭の有無及び金
額などの要素があり,事業者は,これらの要素を全て含めた上で料金設定
を行っているのであるから,このうち基本使用料金の額のみを取り出して
比較することには意味がない。ソフトバンク及びKDDIも,基本使用料
金が月額980円のプランを提供しているが,いずれも2年間の契約期間
の途中で解約しないことが条件であり,中途解約した場合には,9975
円の支払義務が発生するプランである。したがって,現在は,基本使用料
金の金額が月額980円で,2年間の途中で解約しないことを条件としな
い料金プランは存在しない。
ウ逸失利益を「平均的な損害」に含めるべきこと
法9条は,損害賠償額の予定または違約金の定めについて,「平均的な
損害」の額を超える部分を無効とすると規定しているが,「損害」につい
て,特に逸失利益を除くように限定するとは規定していない。また,仮に
法9条の「損害」に逸失利益を含まないとすると,事業者は,損害賠償の
額の予定についての条項がない場合には民法416条により消費者に対し
て逸失利益を損害賠償請求できるのに,損害賠償の額の予定についての条
項がある場合には,消費者に対して逸失利益を損害賠償請求できなくなる
という結果になってしまう。したがって,平均的な損害には,逸失利益も
含まれる。
なお,原告らは,契約の目的が代替ないし転用可能な場合には,平均的
な損害に逸失利益は含まれないと主張する。しかし,法には,契約の目的
が代替ないし転用可能な場合に逸失利益を除外するとの規定は存在しな
い。
また,被告は,中途解約により,中途解約時までに本件契約によって割
り引いた基本使用料及び家族への国内通話無料等その他の割引分,中途解
約がなかった場合の定期契約満了までの基本使用料及び通話通信料並びに
契約の締結及び解約のための費用等の損害を被る。これらのうち,中途解
約時までの割引分及び契約の締結及び解約のための費用については,特定
の顧客のために既に出捐しており,契約の目的が代替ないし転用可能とは
いえない。さらに,中途解約がなかった場合の定期契約満了までの基本使
用料・通話通信料についても,特定の顧客が解約すれば,1契約分の収入
が減少するのであり,他の1人の顧客が新たに契約したとしても,それは,
特定の顧客の解約とは因果関係がない独自の収入であり,解約された1契
約分の収入を補填するものではなく,やはり契約の目的が代替ないし転用
可能とはいえない。したがって,本件は,原告らの主張を前提としても,
逸失利益が平均的な損害に含まれる場合に該当する。
エ本件契約の中途解約により被告に生じる「平均的な損害」
被告は,2年間の定期契約が中途解約されることにより,中途解約時ま
でに本件契約によって割引いた基本使用料及び家族への国内通話無料等そ
の他の割引分,中途解約がなかった場合の定期契約満了までの基本使用料
・通話通信料,契約の締結及び解約のための費用等の損害を被る。
そして,FOMAサービス契約の各料金プランの加入者数をもとに加重
平均して算出した平均月額基本使用料は4320円であり,本件契約の割
引率は50%であるから,本件契約によって割引いた基本使用料金の平均
値は2160円であり,中途解約した者の契約締結から中途解約時までの
平均経過月数は14か月であるから,2年間の定期契約が中途解約される
までに本件契約により割引いた基本使用料の累計額の平均は,2160円
×14か月=3万0240円である。
そうすると,9975円は,少なくとも中途解約時までに本件契約によ
って割引いた基本使用料の金額を下回る金額であり,9975円が「平均
的な損害」を超えるものでないことは明らかである。
オ監督官庁による是正措置等の不存在
本件解約金条項は,被告の電気通信事業についての監督官庁である総務
省及び公正取引委員会が定めた本件指針に反するものでもない。
本件指針は,「契約において,当該電気通信事業者との契約を解除し,
他の電気通信事業者に移行しようとする場合に,移行禁止期間を設けるな
ど事実上解約を制限する条項を設定すること」を電気通信事業法上問題と
なる行為としているが,「最低利用期間内に解約となる場合の違約金等に
ついてはこれに当たらない。」と明記している。
また,本件指針は,「社会的経済的事情に照らして,最低契約期間が不
当に長期の契約」や「消費者契約法に反するような,電気通信事業者に著
しく有利で利用者に不利な規定のある契約」を電気通信事業法上問題とな
る行為としている。しかし,被告が本件契約を導入してから3年以上が経
過し,また,KDDI及びソフトバンクも本件契約と同様のサービスを提
供しているが,監督官庁である総務省はいずれに対しても業務改善命令を
発したことがない。
(3)本件更新後解約金条項の法9条1号該当性
(原告らの主張)
ア本件更新後解約金条項については,争点(2)について主張した点と同様
の点が妥当し,法9条1号により無効となる。これに加えて,当初の契約
期間が経過した場合においては,消費者は既に一定期間にわたって契約に
拘束されたのであって,事業者が違約金を徴収することに合理性はないか
ら,本件更新後解約金条項は,支払義務を負うべき金額を問わず,一般的
に法9条1号に該当する。
2年が経過した後も解約金を支払わなければならないとすると,消費者
は半永久的に本件契約に拘束されることになる。これは,ポータビリティ
制度の趣旨を半永久的に毀損する「利用者の囲い込み」である。
被告は,定期契約は2年間の契約期間で終了し,その後新たな定期契約
が開始すると主張する。しかし,被告自身が「更新」と認めるように,2
年が経過した後も従前の契約関係が継続されるのであるから,被告の主張
は従前の契約関係を無視するものであって実態に反する。
被告が,更新月の前月及び更新月のいずれかに申し出れば解約金を負担
せずに本件契約を解約できるとしているのは,この時点で解約しても被告
の言う「損害」は生じないからであり,そうである以上,それ以後に解除
しても被告に「損害」は生じないはずであり,それにもかかわらず,更新
後に解約するに際しては再び解約金を支払わなければならないというのは
明らかに不当である。
イまた,仮に,本件当初解約金条項が,「平均的な損害」の填補として許
されるとしても,上記の理由により,本件更新後解約金条項は,支払義務
を負うべき金額を問わず,一般的に法9条1号に該当し無効である。
(被告の主張)
本件契約は,2年間の契約期間で終了した後に更新された場合には,新た
に2年間を契約期間とする定期契約が開始する。更新後の本件契約も,更新
前と同じく,2年間の途中で解約しないことを条件として基本使用料金等を
割り引くというサービスであり,平均的損害は,更新前の定期契約と更新後
の定期契約とで全く異ならない。
電気通信事業においては,設備投資も顧客の維持獲得のための費用も多く
の顧客が長い間契約を継続することを見込んで,先行して支出するものであ
るうえ,設備投資や顧客を維持するための費用は継続的に繰り返し支出する
必要があり,一定期間の経過によって全額回収し終わり,後は全て利益にな
るという性質のものではない。実際,被告は直近2年間での約1兆4240
億円の設備投資以前にも,継続的に毎年7000億~1兆円程度の設備投資
を行ってきているのである(乙9)。
また,顧客は,更新後も1か月間は,9975円の料金を支払うことなく,
本件契約を解除でき,また,更新後も9975円の料金を支払えば,解約す
ることもできるのであり,本件契約は,顧客を半永久的に拘束するものでは
ない。
なお,契約期間の満了時に,再度の申込みを要せずに自動更新としている
のは,更新を希望する者が多いと思われることに加え,顧客に更新手続の手
間をかけさせないためである。顧客が更新を希望しない場合には,自動更新
から1か月の間に手続を行えば,9975円を支払う義務が発生しない。
また,被告は,本件ガイドブック等にその旨を記載するとともに(乙2),
契約期間の満了する月の前後の合計3回にわたり,請求書に契約期間の満了
と自動更新についての説明を記載し,更新を希望しない場合には被告へ申し
出るように注意喚起するとともに,電話による不更新の申出も受け付けてい
る。
(4)法10条前段における「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない
規定」の解釈
(原告らの主張)
法1条の消費者保護の趣旨及び不当条項の効力が任意規定の有無により異
なるのは極めて不合理であることを考慮すれば,法10条は,当該不当条項
がなかった場合に比べて消費者利益が害されている場合に広く適用される,
いわゆる一般条項であるというべきであり,同条前段の「民法,商法その他
の法律の公の秩序に関しない規定」は,何らかの範囲に限定されるものでは
ない。
仮に,法10条前段の「民法,商法,その他の法律の公の秩序に関しない
規定」を制限的に考えるとしても,これを講学上の任意規定に限定すべきで
はない。仮に,講学上の任意規定に限定すると,多くの消費者契約が,典型
契約に属さないというだけで同条による保護を受けにくくなるが,このよう
な結果は,法の制定趣旨に照らして到底容認できない。
よって,同条前段の「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定」
は,判例や条理に基づく法準則,契約に関する一般法理をも含むものと解釈
すべきである。
(被告の主張)
法10条前段の「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定」は,
講学上の任意規定のみを指すものと解すべきである。
(5)本件解約金条項の法10条前段該当性
(原告らの主張)
FOMAサービス契約は,準委任契約又はこれに類似する非典型契約であ
るから,解約時に当然に違約金を支払うと定める本件解約金条項は,民法等
に比して,消費者の義務を加重するものである。
アFOMAサービス契約の法的性質及びこれに関する任意規定
(ア)準委任契約又はこれに類似する非典型契約
消費者の需要に応じた各種の複雑な通信サービスを提供する行為は,
法律行為以外の事務の委託と解されるので,FOMAサービス契約は,
準委任契約又はこれに類似する非典型契約である。
準委任契約の解約については,民法651条により解約の自由が原則
であり,相手方にとって不利な時期に解約した場合にのみ,相手方は同
条2項に基づき解約により生じた損害の賠償を請求することができるに
過ぎない。
(イ)(ア)以外の類型の契約
仮に,FOMAサービス契約が,準委任契約又はこれに類似する非典
型契約ではないとしても,ポータビリティ制度の存在を踏まえれば,F
OMAサービス契約のような携帯電話サービス利用契約においては,「利
用者は電気通信事業者の変更を妨げられない」という「公の秩序に関し
ない規定」が存在するというべきである。
ポータビリティ制度は,電話番号を変更することなく電気通信事業者
を変更できる制度であり,平成18年10月に導入された。消費者は,
ポータビリティ制度の下では,電気通信事業者各社を比較検討し,電話
番号の変更を気にすることなく電気通信事業者を変更できることとなっ
た。ポータビリティ制度の制度趣旨は,利用者の電気通信事業者の選択
の自由を確保すること及びこれを通じた自由な競争の促進にあると考え
られる。
消費者は,通常,電気通信事業者1社と契約している。したがって,
消費者が,電気通信事業者を自由に選択するためには,従前の電気通信
事業者を解約し,別の電気通信事業者と契約できることが条件となる。
したがって,ある電気通信事業者が利用者の解約を制限することは,解
約しようとする当該携帯電話の利用者の権利を侵害するばかりか,消費
者の利便性を競わせる競争政策を阻害し,多くの消費者の利益を害する。
よって,このようなポータビリティ制度の制度趣旨を踏まえれば,「利
用者は電気通信事業者の変更を妨げられない」との法理は,法10条前
段の「公の秩序に関しない規定」に該当する。
イ本件解約金条項が任意規定に比して消費者の義務を加重していること
FOMAサービス契約が準委任契約又はこれに類似する非典型契約であ
るとすれば,民法は準委任契約の解約時に当然に違約金を支払うとは規定
していないから,本件解約金条項は消費者の義務を加重するものといえる。
なお,被告は,民法651条が存在することを理由に,任意規定に比し
て消費者の義務を加重したものとはいえないと主張する。しかし,被告は
多数の消費者との間でFOMAサービス契約を締結しており,解約する者
がいることも当然予定されているのであるから,消費者が将来に向かって
FOMAサービス契約を解約することが被告に不利な時期の解除と当然に
はいうことはできない。また,民法上,委任の解除時に当然解約金を徴収
できるとはされていないのであるから,任意規定に比べても消費者の義務
を加重しているというべきである。
(被告の主張)
FOMAサービス契約には,比較の対象となる「公の秩序に関しない規定」
が存在しない。FOMAサービス契約が準委任契約であるとしても,本件解
約金条項は,民法に比して,消費者の義務を加重するものではない。
アFOMAサービス契約に関する「公の秩序に関しない規定」の不存在
FOMAサービス契約は,消費者が被告に事務を委託することを目的と
するものではなく,被告が2年間の定期契約期間中の電気通信役務の提供
を約する無名契約であり,準委任契約ではない。したがって,FOMAサ
ービス契約には,比較の対象となる「公の秩序に関しない規定」が存在し
ない。
イ本件解約金条項による権利制限又は義務加重の不存在
仮にFOMAサービス契約が準委任契約であるとしても,民法651条
は,「当事者の一方が相手方に不利な時期に委任の解除をしたときは,そ
の当事者の一方は,相手方の損害を賠償しなければならない」と規定して
おり,当事者の一方が相手方の不利な時期に委任を解除したときに,損害
賠償を請求することを認めている。また,本件解約金条項は,後記のとお
り,過大な損害を賠償させるものでもない。
したがって,本件解約金条項は,民法651条と比較しても,「消費者
の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する」ものではない。
(6)本件当初解約金条項の法10条後段該当性
(原告らの主張)
FOMAサービス契約においては,消費者が本件契約の締結の有無を選択
することができるものとされているが,消費者が本件契約の締結を「選んだ」
ことにより本件解約金条項が有効になるわけではなく,本件当初解約金条項
自体の不当性を問題としなければならない。もっとも,そもそも消費者は本
件契約の締結を自由に「選んだ」わけではなく,後記アのとおり,被告によ
ってそのように不当に誘導されたに過ぎない。
そして,消費者は,本件解約金条項の存在により,2年間という長期間に
わたって拘束されるか,9975円という高額の金銭を被告に支払わなけれ
ばならないという状態に置かれるのであって,このような本件解約金条項は,
通常のサービスを受けるに過ぎない消費者に対して解約を制限する規定であ
り,消費者に何ら利益はなく,消費者だけに義務を課すものであって,信義
則に反して「消費者の利益を一方的に害するもの」に該当する。
ア消費者の実質的な選択の不存在
(ア)消費者の契約締結時の基準となる実質価格
消費者が比較しているのは,ソフトバンクやKDDIの提供する実質
価格と被告の実質価格である。被告は,消費者が,被告の表示価格と実
質価格を比較して2年拘束のある割引後の実質価格を選択したと主張す
る。しかし,実質価格に比して高額な表示価格をわざわざ選択する消費
者などいるはずがない。
(イ)消費者の契約締結時の解約金への無関心
「これからこの電気通信事業者と契約しよう」としている消費者は,
通常,当該契約を解約することは考えておらず,解約時にどのような義
務が生じるかについての意識は基本的に希薄である。
イ本件契約を締結する際の交渉力等の差異
携帯電話サービス利用契約においては,被告のように巨大な資金力,情
報力及び人的物的設備を備えた巨大資本である事業者と一個人に過ぎない
消費者とでは,情報の質及び量において雲泥の差がある。消費者は,本件
契約を締結する際,本件解約金条項がどのような根拠及び計算で設定され
たかについては契約時に知ることはできない。
また,本件解約金条項の内容について,消費者と被告との間での交渉の
余地は全くない。
被告は,被告が顧客向けに作成した「ご利用ガイドブック」(乙2。以
下「本件ガイドブック」という。)等においても,料金体系の中で本件契
約を締結した場合の金額を最も目立つ形で表示しており,上記のような情
報力及び交渉力の甚大な格差を背景に,消費者に対し,本件契約の締結を
実質的に押しつけている。
ウ本件解約金条項に基づく解約金の支払義務の不当性
(ア)消費者が事業者変更を企図する時期との関係
消費者が,被告との間のFOMAサービス契約を解除し,他社との間
で携帯電話利用サービス契約を新たに締結したいと思うのは,本件契約
の更新時とは限らない。このため,消費者は,その解約時にほとんど解
約金の支払義務を負うこととなっている。
(イ)解約金の金額の設定の不当性
被告が解約金の金額を一律9975円と設定したのは,解約時に徴収
する金額が一律となるために被告の事務が簡便になるというメリットの
ために過ぎない。9975円に設定したのは,5桁の金額とすると消費
者の心理的抵抗が大きいことから,1万円未満の額を選択したにすぎず,
消費者のために当該金額を設定したのではない。
被告は,解約金の額を一律に9975円と設定したことは,簡易で分
かりやすいと主張する。しかし,消費者は,被告との間でFOMAサー
ビス契約を締結する際,将来的に被告との間のFOMAサービス契約を
解除して他社との間で携帯電話利用サービス契約を締結することを意図
していないのであるから,消費者が意図していない点について分かりや
すいかどうかは本件解約金条項の不当性とは関係ない。
また,被告は,料金プランの変更を制限しないために中途解約時に支
払うべき料金を一律の金額として設定しているとも主張するが,これら
は全く別個の問題である。被告が料金プランの変更を制限しないのは他
社との競争上消費者の支持が得られないからにすぎず,中途解約時に解
約金を支払うべき根拠とはなり得ない。
(被告の主張)
本件解約金条項に基づき消費者が支払義務を負う9975円は,「不当に
高額に過ぎる」とはいえず,信義則に反して消費者の利益を一方的に害する
ものということはできない。
ア本件契約により消費者が受ける利益の存在
本件契約は,2年間の契約期間の途中で解約しないことを条件に約束す
れば,基本使用料の50%を割引く等の割引サービスを受けられるのであ
り,契約期間の途中で解約するつもりのない顧客には不利益はない。
仮に,契約期間の途中で解約する可能性のある顧客でも,9975円を
支払ったとしても,一定期間基本使用料の50%を割引く等の割引サービ
スを受けた方が得となる場合もある。
これに加え,新規の顧客については,本件契約の締結を選択すれば,携
帯電話端末の代金について数千~数万円の割引を受けられる(乙16)。
したがって,多くの顧客が自らにとってメリットのある本件契約の締結
を選択するのは当然であり,被告が強制しているからではない。
(ア)顧客における選択権の存在
本件契約の締結については,顧客に選択権が与えられており,被告は,
顧客に対し,本件契約を選択することを何ら強制していない。現に,平
成21年度末の時点でも,本件契約を締結している約3400万人のユ
ーザーが存在する一方,本件契約に加入しない者が約540万人存在し
ている。
被告とFOMAサービス契約を締結する者は,①2年間の途中で解約
するつもりがないので,基本使用料金の50%を割引く等の割引サービ
スを受けるために本件契約を締結する,②2年間の途中で解約し997
5円を支払う可能性があっても,解約までの期間に基本使用料の50%
を割引く等のメリットを享受する方が得であると判断して本件契約を締
結する,③2年間の途中で解約し9975円を支払うのを避けるために
本件契約を締結しない等の多様な選択肢の中から,自分に適したものを
選択しているのである。
したがって,仮に,ほとんどの消費者が本件契約に加入したとしても,
それは,本件契約に魅力を感じた者の自由な選択の結果である。
(イ)消費者の本件解約金条項の内容への関心の存在
一般的な顧客は料金に関心を持っており,また,基本使用料の50%
割引等のサービスが割引サービスとして紹介されている以上,その適用
条件について関心もあるのが一般的であり,原告らは,携帯電話利用サ
ービス契約を締結しようとしている者は,中途解約時に支払うべき料金
には関心がなく,本件契約を選択せざるを得ない状況に置かれているな
どと主張するが,非現実的な想定に基づくものである。
イ被告と消費者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差の不存在
被告は,被告との間で本件契約を締結しようとする者に対し,2年間の
定期契約期間中に契約を解約するときは,9975円の料金の支払義務が
発生することについて説明を尽くしており,被告と消費者との間に,情報
の質及び量並びに交渉力について,看過し得ないほどの格差が存するとみ
ることはできない。
また,本件ガイドブック(乙2)及び携帯電話カタログ(乙15)には,
本件契約を締結しない場合の基本使用料金が料金体系の基本であること及
び本件契約の締結が自由な選択に委ねられていることが明瞭に記載されて
いる。
ウ本件解約金条項による事業者変更の阻害の不存在
原告らは,ポータビリティ制度の下では,一定の期間にわたり顧客を拘
束すること自体に問題があると主張する。しかし,ポータビリティ制度は,
顧客が電気通信事業者を変更する際に電話番号を変更せずに変更後の電気
通信事業者のサービスを受けることができるという制度に過ぎず,電気通
信事業者の変更を,あたかも電気通信事業者内のサービスの変更のように
何らの負担なく可能とすることを義務づけるような定めはない。
そもそも,顧客は,2年以内に電気通信事業者を変更したければ,本件
契約を締結しないこともできる。また,本件契約を締結した場合でも,被
告に対し9975円を支払えば本件契約を解約することができるのであ
り,電気通信事業者の変更は何ら禁止されていない。
エ本件解約金条項に基づき支払う金額の妥当性
(ア)解約金の金額を一律としたことの妥当性
被告は,法3条1項が事業者に対し契約の内容について消費者にとっ
て明確かつ平易なものになるように配慮することを求めていることや,
簡易でわかりやすい制度設計に努めるようにとの社会的要請があること
に鑑み,解約時期や料金プランごとに顧客が支払うべき料金を設定する
のではなく,一律に9975円という金額を設定した。例えば,被告は,
複数の料金プランを用意し,本件契約の契約期間中においても料金プラ
ンを随時変更することを可能としているが,料金プランごとに中途解約
した場合の料金の額を設定すると,契約期間の中途における料金プラン
の変更を制限せざるを得なくなる。
また,中途解約時に支払うべき料金を解約時期や料金プランにかかわ
らず一律として分かりやすくすることは,顧客による本件契約の自由な
選択にも資するものでもある。
(イ)解約金の金額それ自体の妥当性
争点(2)についての主張のとおり,本件契約によって割引いた基本使
用料の平均値は2160円となることからすれば,9975円という金
額は,決して過大なものではない。
そして,9975円という金額は,同業他社の同種の定期契約を中途
解約する場合の料金の水準と異なるものではない。例えば,KDDIの
定期契約である「誰でも割」及びソフトバンクモバイルの定期契約であ
る「ホワイトプラン」における中途解約時に支払うべき金額はいずれも
9975円である(乙5,6)。
(ウ)被告の出捐する費用の存在
被告は,携帯電話利用サービス契約の提供のため,次のとおりの費
用の出捐が必要であり,本件当初解約金条項に基づく解約金の金額も,
これらを前提としたものである。
a設備投資のための費用等
日本全国の約5610万人(平成21年度末時点)の顧客にサービス
を提供するにあたっては,全国津々浦々に基地局を設置し,アンテナ,
交換機,サーバー及びその他の電気通信設備並びに基地局を繋ぐ伝送
路等に多額の投資を行い,多額の費用を支出している。例えば,被告
は,オフィスや地下,山岳地帯などの通話が困難な地区を含め,全国
をカバーするために,約10万1100(平成21年度末時点)もの
基地局を設置している(乙9)。また,サービスを安全かつ安定して
提供するため,通信設備等を二重化するなどの様々な対策を講じてい
る。このように,携帯電話利用サービス契約に基づくサービスを提供
するにあたっては,多額の設備投資が必要であり,これらの設備投資
は,携帯電話利用サービスを提供して料金を回収するよりも先行して
支出することが必要である。
また,これらの設備は,最初の投資で支出が終了するわけではなく,
技術の進展に伴う設備の全面更改に伴う投資を繰り返す必要もある。
例えば,W-CDMA方式を用いた被告の第3世代携帯電話サービス
であるFOMAネットワークの構築に要した設備投資の平成21年度
までの総額は,約4兆5570億円と多額の投資となっている(乙9)。
被告の直近2年間(平成20年度及び21年度)における設備投資の
総額は,約1兆4240億円と,日本でも有数の規模である(乙9)。
この金額を,顧客1人当たりに換算すると2年間で2万6110円(税
別)となり,これを料金収入から回収したうえ,利益を得なければな
らない。
さらに,上記設備投資に加え,全国の通信及び設備の状況を24時
間365日監視し,災害等への迅速な対応を行うための費用や,基地
局と交換機をつなぐために他社から通信網を賃借する費用など,設備
の保守,維持及び運用のための費用も別途必要となる。
b顧客獲得のための費用等
企業活動においては,多数の顧客を獲得し事業の規模を拡大するこ
とで,コストを引き下げることができ,より多くの利益を得ることが
できる。したがって,あらゆるビジネスにおいて,新規の顧客獲得に
多くの経営資源を振り向けるということが行われている。特に,被告
のような電気通信事業においては,上記のとおり多額の設備投資を先
行させる必要があるため,設備投資に見合った多くの顧客を獲得する
必要性はより大きい。そこで,被告は,販売代理店が新規契約を獲得
した際,販売代理店に対し,手数料等を支払っている。また,顧客が
被告の提供する電気通信サービスを利用するために必要となる携帯電
話端末をより安く購入することができるように,携帯電話端末の割引
施策も実施している。
さらに,既存の顧客についても,携帯電話端末を買い替えると,当
分の間,被告の電気通信サービスを利用する可能性が高いことや,新
サービスを利用することにより収入が増加する可能性が高いことか
ら,その効果に期待して,販売代理店に対し手数料等を支払うととも
に,顧客がより安く携帯電話端末を購入することができるように携帯
電話端末の割引施策も実施している。本件契約を導入した平成19年
9月~平成21年度末の実績では,携帯電話端末の買替えが平均で約
28か月目に発生しており,顧客を維持するための費用も繰り返し支
出する必要がある。
被告が顧客を維持及び獲得するために先行的に支出するこれらの費
用の総額は,直近2年間(平成20年度及び21年度)で約6110億
円であり,顧客1人当たりでは2年間で1万1200円(税別)とな
り,これを料金収入から回収したうえ,利益を得なければならない。
上記費用の他に,顧客にアフターサービス等を提供するための拠点
として,ドコモショップ及び電話受付センター等を維持・運営するた
めの費用や月々の料金を顧客に請求し回収するための費用なども別途
必要となる。
オ本件契約の契約期間の妥当性
そもそも,本件契約の契約期間を何年とするかは,被告の裁量であり,
法の下においても,適法か違法かという問題を生じるものではない。仮に,
料金プランが合理的なものでなければ,顧客が減少することになるが,そ
れでも適法か違法かが問題となることはない。
被告は,顧客の支持を得つつ,十分な収益を上げるために,顧客の要望
や予測可能性,他社との競争環境,コストや会社収支への影響等を総合的
に勘案し,経営判断の結果として,本件契約の契約期間を2年と設定して
いるものであり,被告が考慮した主な事情は次のとおりである。
(ア)契約の一定期間にわたる継続の必要性
被告は,多くの顧客が,長い間にわたって携帯電話利用サービス契約
を継続することを見込んで,先行して上記エ(ウ)のような支出を行って
おり,被告がこれらの費用を回収し,本件契約の料金水準で利益をあげ
るためには,顧客が少なくとも一定期間は契約を継続し,基本使用料及
び通信料等を支払うことが必要である。
(イ)契約期間を1年とした料金プランの存在
被告においては,本件契約の設定以前から,顧客の選択により,契約
期間が1年であり,継続利用期間に応じて基本使用料金が10~25%
割引となる「(新)いちねん割引」が存在していた。被告は,市場調査
の結果を踏まえ,契約期間は長くとも,割引率のさらに大きい料金プラ
ンのニーズが高いと判断し,本件契約においては,契約期間を2年とし,
継続利用期間に関係なく基本使用料金50%割引等のサービスを提供す
ることとした。
(ウ)2年間の契約期間についての支持の見込み
顧客の平均端末利用期間は,被告が本件契約を設定した当時には2年
程度であり,平均継続利用期間も7年弱であったことから,被告は,2
年間という契約期間が顧客にとって十分に将来の予測が可能である期間
であると考え,KDDIにも,2年間を契約期間とする料金プランがあ
り,住居の賃貸借契約等の他の取引類型においても,2年間という契約
期間がみられることから,2年間という契約期間は顧客が抵抗感なく受
け入れられる期間であるとも考えた。
(7)本件更新後解約金条項の法10条後段該当性
(原告らの主張)
ア本件更新後解約金条項についても,争点(6)についての主張と同様の点
が妥当するから,本件更新後解約金条項は法10条後段に該当する。これ
に加えて,本件更新後解約金条項については,一定期間が経過した後に違
約金を課すという内容であり,一定期間の契約を条件として割り引くとい
う長期間契約による割引の考え方と矛盾するものであって,支払義務を負
うべき金額を問わず,法10条後段に一般的に該当し,無効である。
被告は,2年経過後の契約も新たな契約として一から開始すると主張す
るが,従前から契約が継続しているという事実を無視するものであり不当
である。2年の経過ごとに新規契約と同様の手続きを行っているというの
であればそのように主張する余地もあろうが,実際には自動的に契約が継
続し,被告自身も「更新」と述べているように,従前の契約を自動的かつ
完全に引き継いでいる。
イまた,仮に,本件解約金条項のうち,本件当初解約金条項の部分が法1
0条後段には該当しないとしても,本件更新後解約金条項については,上
記の理由により,支払義務を負うべき金額を問わず,法10条後段に一般
的に該当し,無効である。
(被告の主張)
本件契約は,2年間の契約期間が終了して更新された場合は新たな2年間
の定期契約が開始するものであり,更新後も2年間の契約期間の途中で解約
しないことを条件に基本使用料金等を割り引くことを内容としており,更新
後も無条件に基本使用料金等を割り引くものではない。
被告がこのような割引サービス等を提供できるのは,本件契約を締結した
者の8割以上が中途解約せず,中途解約した場合には被告に対し9975円
の料金を支払うために,設備投資及び顧客の維持獲得のための費用を回収し,
利益を上げることができるからである。この点は,顧客が本件契約を更新し
た後も事情は変わらないのであり,何ら不当なものではない。
(8)原告Hについての本件契約の更新
(原告Hの主張)
原告Hが平成21年12月に被告との間で締結した本件契約は,その後,
更新され,原告Hは,平成22年12月10日,本件更新後解約金条項に基
づき,被告に対し9975円を支払った。
(被告の主張)
原告Hと被告との間の本件契約は更新されていない。
第3争点に対する判断
1争点(1)(本件解約金条項についての法による規制の可否)について
(1)被告は,本件解約金条項は,実質的には被告の消費者に対するサービス
提供の対価の金額を設定したものであるから,契約自由の原則により,当事
者間の合意に基づき自由に決定できるものであって,法による規制の対象外
であると主張し,原告らはこれを否定している。
法9条及び10条は,事業者と消費者との間に情報の質及び量並びに交渉
力の格差が存在することを踏まえ,消費者の利益を不当に侵害する条項を無
効とすることを規定したものである。このうち,法9条1号については,文
言上,消費者契約の解除に伴う損害賠償の予定又は違約金を定める条項を対
象としており,契約の目的である物又は役務等の対価についての合意を対象
としていないことは明らかである。
そして,契約の目的である物又は役務等の対価それ自体に関する合意につ
いては,事業者と消費者との間に上記のような格差が存在することを踏まえ
ても,当該合意に関して錯誤,詐欺又は強迫が介在していた場合であるとか,
事業者の側に独占又は寡占の状態が生じているために消費者の側に選択の余
地が存在しない場合であるとかといった例外的な事態を除き,原則として市
場における需要と供給を踏まえた当事者間の自由な合意に基づくものである
ということができる。これらの例外のうち,前者の類型については個別の事
例に応じて意思表示の瑕疵等の規定で対応すべきであるし,後者の類型につ
いては,これを公序良俗に反する暴利行為として民法90条により無効とす
ることができるような場合を除けば,裁判所が個別の条項につき法10条に
基づき信義則の見地から有効性を判断して消費者を保護することが妥当すべ
き領域であるということはできない。したがって,契約の目的である物又は
役務の対価についての合意は,法10条により無効となることもないと解さ
れる。
以上のとおり,契約の目的である物又は役務の対価についての合意が法9
条又は同法10条により無効となることはないところ,ある条項が契約の目
的である物又は役務の対価について定めたものに該当するか否かについて
は,その条項の文言を踏まえつつ,その内容を実質的に判断すべきである。
(2)本件解約金条項が契約の目的である物又は役務の対価について定めたも
のに該当するか否かについて検討するに,争いのない事実等及び証拠(甲3)
によれば,本件解約金条項について規定する本件約款67条は,「定期契約
に係る解約金の支払義務」との表題が付されており,「定期契約者は,その
定期契約を契約の満了以外の事由により解除することを当社に通知したとき
又は当社がその定期契約を解除したとき」に,本件約款の「料金表第1表第
4(定期契約に係る解約金)に規定する料金の支払いを要します。」と規定
されていることが認められ,これによれば,本件解約金条項は,消費者が本
件契約の契約期間内に解約した場合に被告に対し一定額の金員を支払うべき
義務があることを規定したものであると認められ,契約上の対価についての
合意ではないことは明らかである。
(3)被告は,本件解約金条項は,消費者が本件契約に基づくサービスの対価
として,契約期間内に解除しないことを解除条件として一定額の支払義務を
負うことを規定した条項と読み替えることができると主張する。
しかし,上記のような本件解約金条項の文言に照らせば,消費者が,本件
解約金条項に基づく支払義務をFOMAサービス契約又は本件契約の目的で
ある役務等の対価であると認識して本件契約の締結に至ったとは認められな
い。
(4)したがって,本件解約金条項は,実質的な内容としても,契約上の対価
についての合意ということはできず,契約期間内の中途解約時の損害賠償の
予定又は違約金についての条項であると認められるから,法9条1号及び1
0条を基準とする審査が及ぶというべきであるから,争点(1)に関する被告
の主張には理由がなく,原告らの主張に理由がある。
2争点(2)(本件当初解約金条項の法9条1号該当性)について
(1)原告らは,本件当初解約金条項に基づき消費者が支払義務を負う金額で
ある9975円は,消費者が本件契約を期間の中途で解約した場合に,被告
に生ずべき「平均的な損害」の額を超えるものであって無効であると主張し
ているのに対し,被告は,本件当初解約金条項は法9条1号には該当しない
と主張している。
(2)「平均的な損害」を算出すべき対象について
ア法9条1号における「平均的な損害」の算出は,当該消費者契約の当事
者たる個々の事業者に生じる損害の額について,契約の類型ごとに行うも
のと解すべきである。
原告らは,本件契約を締結し,これを契約期間の中途で解約する顧客に
は,基本使用料金及び通信料等の組み合わせから成る料金プランが異なる
顧客が存在するほか,中途解約の時期の異なる顧客が存在するから,これ
らを総体的に捉えて「平均的な損害」を算出すべきではないと主張するの
で,この点につき検討する。
イ消費者契約における「平均的な損害」を超える損害賠償の予定又は違約
金を定める条項を無効とした法9条1号の趣旨は,特定の事業者が消費者
との間で締結する消費者契約の数及びその解除の件数が多数にわたること
を前提として,事業者が消費者に対して請求することが可能な損害賠償の
額の総和を,これらの多数の消費者契約において実際に生ずる損害額の総
和と一致させ,これ以上の請求を許さないことにあると解すべきである。
このような法9条1号の趣旨からすれば,事業者は,個別の事案におい
て,ある消費者の解除により事業者に実際に生じた損害が,契約の類型ご
とに算出した「平均的な損害」を上回る場合であっても,「平均的な損害」
を超える額を当該消費者に対して請求することは許されないのであり,そ
の反面,ある消費者の解除により事業者に実際に生じた損害が,「平均的
な損害」を下回る場合であっても,当該消費者は,事業者に対し「平均的
な損害」の額の支払を甘受しなければならないということになる。
したがって,法は,事業者に対し,上記のような「平均的な損害」につ
いての規制のあり方を考慮した上で,自らが多数の消費者との間で締結す
る消費者契約における損害賠償の予定又は違約金についての条項を定める
ことを要求しているということができる。
ウそうすると,法9条1号の「平均的な損害」の算出にあたって基礎とす
る消費者の類型は,原則として当該事案において事業者が損害賠償の予定
又は違約金についての条項を定めた類型を基礎とすべきであり,解除の時
期を1日単位に区切ってそれぞれの日数ごとに事業者に生じる金額を算定
するというような当該事業者が行っていない細分化を行うことは妥当でな
い。
上記のように,消費者につき,事業者の定めた類型を前提として総体的
に捉える判断手法を採用した場合,例えば,解除の時期等の差異により事
業者に生じる損害の額が著しく異なるような消費者契約において,事業者
が解除の時期等を問わず一律に高額な損害賠償の予定又は違約金を定めて
いる場合であっても,「平均的な損害」の算出においては,解除の時期を
問うことなく,消費者を総体として捉えることになる。しかし,その場合
であっても,「平均的な損害」の計算を,解除の時期ごとの具体的な解除
件数や発生する損害等を踏まえて適切に行い,この結果算出される額が当
該条項の定める金額を下回るものであれば,当該条項は全体として無効と
判断すべきことになるから,問題は生じないと考えられる。
エ本件においては,上記争いのない事実等及び証拠(甲3)によれば,本
件当初解約金条項は,顧客との間で本件契約を締結するに当たり,顧客の
具体的な特性,料金プラン及び解約の時期等を一切問わず,一律に契約期
間末日の9975円の解約金の支払義務を課していることが認められる。
したがって,「平均的な損害」の算定については,本件契約を締結した
顧客を一体のものとみて判断すべきである。
(3)本件契約の中途解約に伴う「平均的な損害」について
ア(1)を前提として,消費者が本件契約を契約期間の中途で解約する場合
の「平均的な損害」について検討する。
イ被告は,消費者が本件契約を契約期間の中途で解約する場合に生じる損
害として,①基本使用料金及びその他の割引分の契約期間開始時から中途
解約時までの累積額,②基本使用料金及び通話通信料等の中途解約時から
契約期間満了時までの累積額並びに③契約の締結及び解約のために生じた
費用があると主張し,①~③のうち,①の中の「基本使用料金の割引分の
契約期間開始時から中途解約時までの累積額」及び②の中の「基本使用料
金の中途解約時から契約期間満了時までの累積額」について,具体的な算
定の基礎となる証拠を提出している。
そこで,これらの損害を「平均的な損害」の算定の基礎とすることがで
きるかについて検討する。
(ア)基本使用料金の割引分の契約期間開始時から中途解約時までの累積
額について
aこの損害は,消費者が被告から現に本件契約に基づく役務の提供を
受けた期間に対応するものである。
b上記争いのない事実等のとおり,消費者は,本来であれば毎月の基
本使用料金として各料金プランごとに定まっている一定の金額(以下,
これを料金プランの差を問わず「標準基本使用料金」という。)を被
告に対して支払うべきところ,本件契約の締結に伴い,2年間の契約
期間内に中途解約しないことを条件として,契約期間の全期間にわた
って基本使用料金の50%の値引きを受けており(以下,これを料金
プランの差を問わず「割引後基本使用料金」という。),被告は,消
費者が2年間の契約期間中に被告に対して継続した支払を行うことに
より一定の期間に安定した収入を得られるのであれば,当該契約期間
中は基本使用料金について割引を行っても採算に見合うと判断した上
で,本件契約を締結した場合の割引率を50%と設定したものと考え
られる。
cそうすると,消費者が本件契約を契約期間内で中途解約した場合に
は,被告は,当該消費者に対し,現に標準基本使用料金の金額に相当
する役務を提供したにもかかわらず,その対価としては割引後基本使
用料金の支払しか受けていないこととなり,しかも,被告が継続して
安定した収入を得られるという前提も存在しなくなったのであるか
ら,この期間の標準基本使用料金と割引後基本使用料金との差額につ
いては,被告に生じた損害ということができる。
dこの点に関し,原告らは,被告が携帯電話利用サービスについて他
の電気通信事業者との間で競争可能な「実質価格」は割引後基本使用
料金であって,標準基本使用料金は単なる「表示価格」に過ぎないか
ら,そもそも標準基本使用料金と割引後基本使用料金との差額を損害
と捉えるべきではないと主張する。
しかし,消費者が被告に対して標準基本使用料金を支払うべき場合
と割引後基本使用料金を支払うべき場合とで何ら条件の差異が存在し
ないとか,条件の差異があっても標準基本使用料金を支払う場合の条
件が一方的に不利益なものであるためにそのような条件の下でのFO
MAサービス契約の締結を選択する者がおよそ存在しないような場合
とかであればともかく(このような場合には,あえて高額な標準基本
使用料金を支払う消費者がいることは考えられないから,標準基本使
用料金が実質的な対価として機能していないことは明らかである。),
本件においては,被告は一定期間にわたって契約関係を継続するとい
う条件を受け入れる顧客に限って,標準基本使用料金よりも安い割引
後基本使用料金を提示し,このような条件を受け入れない顧客に対し
ては標準基本使用料金を提示しているのであって,標準基本使用料金
を支払うべき顧客は,何ら特別な負担なく随時にFOMAサービス契
約を解約できるという,顧客にとって有利な条件を享受することがで
きるのであるから,本件契約を締結せずに標準基本使用料金を支払っ
てFOMAサービス契約を締結する者がおよそ存在しないとは考えら
れず,標準基本使用料金が実質的な対価として機能していないなどと
いうことはできない。この点は,現実には顧客の大多数が本件契約を
締結して被告に対し割引後基本使用料金を支払っているという事実が
存在するとしても,そのことによって左右されるものではない。
また,携帯電話利用サービス契約の要素は基本使用料金の金額のみ
ではなく,携帯電話端末,通信の質及び通信可能な地域等の多様な要
素が存在すると考えられるから,仮に,被告以外の電気通信事業者が,
基本使用料金の額を被告における割引後基本使用料金と同程度とした
上で,何ら特別な負担なく随時に解約できるという条件の下で携帯電
話利用サービス契約を提供していたとしても,携帯電話利用サービス
契約を締結しようとする者が,携帯電話利用サービス契約における基
本使用料金の金額以外の要素(なお,被告におけるこれらの要素が被
告以外の電気通信事業者の提供する携帯電話利用サービス契約におけ
るこれらの要素よりも劣ったものであることなどを認めるに足りる証
拠はない。)についても考慮した上で,他の電気通信事業者よりも高
額な基本使用料金を支払うことを受容して携帯電話利用サービス契約
を締結することを選択する可能性は十分に存在するのであり,そうで
あれば,仮にこのような状況が存在していたとしても,やはり標準基
本使用料金が実質的な対価として機能していないということはできな
い。
したがって,被告においては,標準基本使用料金が実質的な対価と
して機能しているというべきであって,これと割引後基本使用料金と
の差額を損害とみることができるから,この点に関する原告らの主張
には理由がない。
eなお,本件において,原告らは,本件当初解約金条項が,消費者の
解除を制限していることそれ自体が不当であるとの主張をしている
が,ある条項が法9条1号に該当するか否かは,当該条項が損害賠償
の予定又は違約金の支払義務を課すことができることを前提として,
その金額が「平均的な損害」を上回るか否かという見地から判断すべ
きである。
fこのほか,原告らは,被告が設備投資等の先行費用等を支出したと
しても,その効用は他の顧客との関係で発揮されるのであるから,1
人当たり何円というコストの算出方法は正当なものではなく,そもそ
も被告に「損害」は発生しないと主張する。
しかし,上記のとおり,被告と個々の消費者との関係において,標
準基本使用料金と割引後基本使用料金との差額を損害とみることがで
きるから,原告らの上記主張は採用できない。
gよって,基本使用料金の割引分の契約期間開始時から中途解約時ま
での累積額については,「平均的な損害」の算定の基礎となると解す
べきである。
(イ)基本使用料金の中途解約時から契約期間満了時までの累積額につい

aこの損害は,消費者が被告から本件契約に基づく役務の提供を受け
ていない期間についてのものではあるが,被告が本件契約に基づいて
得べかりし利益に該当するものである。
これらは,事業者にとってのいわゆる履行利益であり,仮に,本件
当初解約金条項及び法9条1号がいずれも存在しない場合には,被告
は,民法416条1項に基づき,個別の消費者に対して「通常生ずべ
き損害」として,その賠償を請求することができるものと考えられる。
bところで,法は,「消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに
交渉力の格差にかんがみ,……消費者の利益を不当に害することとな
る条項の全部又は一部を無効とする……ことにより,消費者の利益の
擁護を図り,もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄
与すること」(法1条)を目的とするものである。このような消費者
の保護を目的とする法律としては,法の制定よりも前から,特定商取
引に関する法律(平成12年法律第120号による改正前は訪問販売
法)及び割賦販売法が存在するところ,特定商取引に関する法律10
条1項4号は訪問販売における契約につき,同法25条1項4号は電
話勧誘販売における契約につき,同法49条4項3号及び同条6項3
号は特定継続的役務提供等契約につき,同法58条の3第1項4号は
業務提供誘引販売契約につき,割賦販売法6条1項3号及び同項4号
は割賦販売に係る契約につき,それぞれ,各種業者と消費者との間に
損害賠償の予定又は違約金についての合意がある場合であっても,契
約の目的となっている物の引渡し又は役務の提供等が履行される前に
解除があった場合には,各種業者は,消費者に対し,契約の締結及び
履行のために通常要する費用の額を超える額の金銭の支払を請求でき
ないと規定している。これらの規定は,各種業者と消費者が契約を締
結する際においては,各種業者の主導のもとで勧誘及び交渉が行われ
るため,消費者が契約の内容について十分に熟慮することなく契約の
締結に至ることが少なくないことから,契約解除に伴う損害賠償の額
を原状回復のための賠償に限定することにより,消費者が履行の継続
を望まない契約から離脱することを容易にするため,民法416条1
項の規定する債務不履行に基づく損害賠償を制限したものと解するこ
とができる。
c以上の特定商取引に関する法律及び割賦販売法の各規定に対し,法
9条1号は,事業者が契約の目的を履行した後の解除に伴う損害と,
事業者が契約の目的を履行する前の解除に伴う損害とを何ら区分して
いない。しかし,法9条1号は,損害賠償の予定又は違約金の金額の
基準として,「(事業者に)通常生ずべき損害」ではなく,「当該条項
において設定された解除の事由,時期等の区分に応じ,当該消費者契
約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害」の文言を用いて
いる。このような文言に照らせば,法9条1号は,事業者に対し,民
法416条1項によれば請求し得る損害であっても,その全てについ
ての請求を許容するものではないということができる。
そして,上記bで述べたような事情は,消費者契約一般において妥
当すると考えられることからすると,法9条1号は,事業者に対し,
消費者契約の目的を履行する前に消費者契約が解除された場合におい
ては,その消費者契約を当該消費者との間で締結したことによって他
の消費者との間で消費者契約を締結する機会を失ったような場合等を
除き,消費者に対して,契約の目的を履行していたならば得られたで
あろう金額を損害賠償として請求することを許さず,契約の締結及び
履行のために必要な額を損害賠償として請求することのみを許すとし
た上で,「平均的な損害」の算定においてもこの考え方を基礎とする
こととしたものと解することができる。
d争いのない事実等によれば,被告が本件契約に基づき消費者に対し
て負う義務の中核は,消費者に携帯電話の利用を可能とする役務であ
る。そして,このような役務の提供は,ある消費者との間で本件契約
を締結した場合であっても,他の消費者に対して同時に行うことが可
能であるから,被告においては,ある消費者との間で本件契約を締結
した場合に,他の消費者との間で本件契約を締結する機会を喪失する
ということは考えられない。
そうすると,基本使用料金の中途解約時から契約期間満了時までの
累積額を損害賠償として請求することは,中途解約が本件契約の目的
についての履行よりも前になされたものであるにもかかわらず,その
履行がなされていれば得られたであろう金額を損害賠償として請求す
ることに該当し,上記cのとおり,法9条1号に照らせば,基本使用
料金の中途解約時から契約期間満了時までの累積額については,「平
均的な損害」の算定の基礎とすることができないというべきである。
(ウ)よって,本件においては,基本使用料金の割引分の契約期間開始時
から中途解約時までの累積額についてのみ,「平均的な損害」の算定の
基礎とすることができるものというべきである。
ウそこで,基本使用料金の割引分の契約期間開始時から中途解約時までの
累積額を基準として,消費者が本件契約を契約期間の中途で解約する場合
の「平均的な損害」について検討すべきところ,証拠(乙19)によれば,
次の各事実が認められる。
(ア)被告と本件契約を締結した契約者につき,各料金プランごとの平成
21年4月から平成22年3月までの月ごとの稼働契約者数(前月末契
約者数と当月末契約者数を単純平均したもの)を単純平均し,それぞれ
に各料金プランごとの割引額(標準基本使用料金と割引後基本使用料金
との差額)(税込)を乗じて加重平均した金額は,2160円となる。
(イ)被告と本件契約を締結した契約者のうち,平成21年8月1日から
平成22年2月28日までの間に本件契約(更新前のものに限る。)を
解約した者について,本件契約に基づく役務の提供が開始された月から
の経過月数ごとの解約者数に,それぞれの経過月数を乗じて加重平均し
た月数は,14か月となる。
エそうすると,本件契約の更新前の中途解約による「平均的な損害」は,
上記ウ(ア)の2160円に(イ)の14か月を乗じた3万0240円である
と認められ,本件当初解約金条項に基づく支払義務の金額である9975
円はこれを下回るものであるから,本件当初解約金条項が法9条1号に該
当するということはできない。
(4)よって,争点(2)に関する原告らの主張には理由がなく,被告の主張には
理由がある。
3争点(3)(本件更新後解約金条項の法9条1号該当性)について
(1)原告らは,本件契約が更新された後は,中途解約時に被告に損害が生じ
ることはないから,中途解約に伴う解約金の支払義務を課すことは,金額を
問わず法9条1号に該当し,9975円の支払義務を課している本件更新後
解約金条項も当然に同号に該当すると主張するに対し,被告は,平均的損害
は,更新前と更新後とで全く異ならないと主張している。
(2)そこで,この点について判断すると,「平均的な損害」の算定につき本
件契約を締結しその後更新のあった者を一体として判断すべき点及び消費者
が本件契約を中途解約した場合,基本使用料金の割引分の契約期間開始時か
ら中途解約時までの累積額は,当該中途解約に伴って被告に生じる損害と捉
えることができる点は,本件契約の当初の契約期間が終了し,次の契約期間
が開始した場合においても何ら変わるところはない。
(3)原告らは,本件更新後解約金条項が消費者の解除を制限していることそ
れ自体が不当であると主張するが,この点については,法9条1号への該当
性に関する判断で検討する必要はない。
(4)なお,被告の提出する証拠(乙19)からは,上記2(3)ウ(イ)のとおり,
本件契約を更新する前の中途解約時の平均経過月数が14か月であることは
認められるものの,本件契約を更新した後の中途解約時の平均経過月数は明
らかではない。
しかし,証拠(甲19)によれば,被告が本件契約に基づくサービスの提
供を開始したのは平成19年9月であることが認められるから,最も契約期
間が長い者でも平成21年9月から初めて更新後の契約期間が開始すること
となり,被告が上記証拠(乙19)の作成の基礎とした平成21年度におい
ては,年度末の平成22年度3月の時点においても,最も契約期間が長い者
でも更新後7か月が経過しているに過ぎない。また,本件の口頭弁論終結時
の前月である平成23年11月の時点でも,同時点で既に更新があった者は
平成19年9月から平成21年11月までに本件契約を締結した者であるの
に対し,更新後の契約期間が24か月に達しているのは平成19年9月から
同年12月にかけて当初の本件契約を締結した者に限られるから,この時点
では,更新後の本件契約に基づく役務の提供が開始された月からの経過月数
ごとの解約者数に,それぞれの経過月数を乗じて加重平均した月数を算定で
きないこともやむを得ないものというべきである。
そして,本件契約を締結した者の中途解約についての傾向が,更新がある
前と更新があった後とで極端に異なることを認めるに足りる証拠はないか
ら,本件契約につき更新があった後の解約についても,その更新から解約ま
での経過月数の平均は14か月とみるのが相当である。
(5)以上の検討を踏まえれば,更新後においても基本使用料金の割引額(標
準基本使用料金と割引後基本使用料金との差額)の平均額には何ら差がない
と考えられるから,本件契約の更新後の中途解約による「平均的な損害」も,
上記2(3)ウ(ア)の2160円に2(3)ウ(イ)の14か月を乗じた3万024
0円であると認められ,原告らの主張するように更新後の中途解約に際して
解約金を徴収することがその金額に関わらず法9条1号に該当するとはいえ
ないし,本件更新後解約金条項に基づく支払義務の金額である9975円は
上記の3万0240円を下回るものであるから,本件更新後解約金条項が法
9条1号に該当するということはできない。
(6)よって,争点(2)に関する原告らの主張には理由がなく,被告の主張に理
由がある。
4争点(4)(法10条前段における「民法,商法その他の法律の公の秩序に関
しない規定」の解釈)について
法10条前段における,民法等の「法律の公の秩序に関しない規定」は,明
文の規定のほか,一般的な法理等をも含むと解すべきであるから,争点(4)に
関する原告らの主張は理由があり,被告の主張は理由がない。
5争点(5)(本件解約金条項の法10条前段該当性)について
(1)原告らは,FOMAサービス契約は,準委任契約又はこれに類似する非
典型契約であるから,解約時に当然に違約金を支払うと定める本件解約金条
項は,民法等に比して,消費者の義務を加重するものであると主張している
のに対し,被告は,FOMAサービス契約には,比較の対象となる「公の秩
序に関しない規定」が存在せず,FOMAサービス契約が準委任契約である
としても,本件解約金条項は,民法に比して,消費者の義務を加重するもの
ではないと主張している。
(2)争いのない事実等及び証拠(甲3)によれば,FOMAサービス契約は,
被告が顧客に対して携帯電話端末を利用した通話及び通信等の利用を可能と
する役務を一定の期間にわたって継続して提供し,顧客がその対価を被告に
対して支払うことを中核的な内容とするものであると認められる。このよう
な契約は,民法が典型契約として規定する委任契約又は準委任契約にそのま
ま該当するということはいえず,一種の無名契約と認めるのが相当である。
(3)もっとも,民法は,委任契約及び準委任契約(民法651条1項)のほ
か,雇用契約(同627条1項)及び請負契約(同641条)においても,
役務の提供を受ける者がいつでも契約を一方的に解除することができると規
定しており,このような規定の背景には,役務の提供を受ける者が,もはや
役務の提供を受けることが不要となったにもかかわらず,受領を強いられる
のは妥当ではなく,役務の提供を受ける者に対して一方的な解約権を付与す
ることによって,役務の提供を受ける者をこのような事態から解放し,それ
によって経済的な不効率を回避するとの基本的な考え方が存在するものとい
うことができる。
そうだとすれば,このような考え方は,民法上の典型契約に限らず,役務
提供型の契約に一般的に存在する法理であり,法10条前段の「公の秩序に
関しない規定」に該当するというべきである。
(4)そして,本件解約金条項は,消費者に対し,契約期間の末日の属する月
の翌月を除く月に本件契約を解約する際に,常に一定の金額の支払義務を課
しているものであり,民法651条2項は相手方に不利な時期に委任の解除
をしたときに限って損害賠償義務を課しているものに過ぎないことをも踏ま
えれば,上記(2)にいう「公の秩序に関しない規定」に比較して消費者の権
利を制限し,消費者の義務を加重しているというべきである。
(5)よって,争点(5)に関する原告らの主張には理由があり,被告の主張には
理由がない。
6争点(6)(本件当初解約金条項の法10条後段該当性)について
(1)原告らは,本件当初解約金条項は,消費者に対して解約を制限する規定
であり,消費者に何ら利益はなく,消費者だけに義務を課すものであって,
信義則に反して「消費者の利益を一方的に害するもの」に該当すると主張す
るのに対し,被告は,本件当初解約金条項は,信義則に反して消費者の利益
を一方的に害するものということはできないと主張している。
(2)消費者契約における特定の条項が,法10条後段に該当して無効となる
か否かについては,法の趣旨及び目的に照らし,当該条項の性質,契約が成
立するに至った経緯,消費者と事業者との間に存在する情報の質及び量並び
に交渉力の格差その他諸般の事情を総合考量して判断すべきである。
(3)争点(2)についての判断のとおり,消費者は,本件契約を締結することに
より,本来であれば標準基本使用料金を被告に対して支払うべきところ,2
年間の契約期間内に中途解約しないことを条件として,割引後基本使用料金
のみの支払で被告から役務の提供を受けることができるのであって,消費者
が上記の条件に違反した場合に,本件当初解約金条項に基づき一定の金額を
支払うことは,その金額が合理的な範囲にとどまっている限り,およそ法律
上の原因が何ら存在しないとか,およそ経済的合理性が何ら存在しないとか
いうことはできない。原告らは,消費者に実質的な選択が存在しないと主張
するが,争点(2)についての判断のとおり,標準基本使用料金がFOMAサ
ービス契約の目的となる役務の提供についての実質的な価格として機能して
いるとみることができる以上,この主張はその前提を欠くというべきである。
そして,争点(2)についての判断のとおり,消費者が本件当初解約金条項
に基づき被告に対して支払うべき9975円という金額は,消費者が当初の
契約期間中に本件契約を中途解約した場合に被告に生じる「平均的な損害」
を超えるものではないから,合理的な範囲にとどまっているというべきであ
る。
また,本件当初解約金条項の存在により,消費者が被告に9975円を支
払わなければ本件契約を解約できないことについても,消費者が上記のとお
り契約期間において基本使用料金についての割引を受けていることは,役務
提供型契約における一般法理に基づく解約権につき制限を受けることに見合
った対価ということができる。
(4)さらに,消費者は,本件契約の締結から2年が経過した時点で,本件当
初解約金条項に基づく解約金を支払うことなく本件契約を解除することがで
きるのであり,証拠(乙19)によれば,被告と本件契約を締結した契約者
の中途解約時点までの平均経過月数は14か月となるというのであるから,
上記のとおり消費者がそもそも解約権の制限に見合った対価を受けているこ
とをも踏まえれば,この制限の生じる期間が不当に長いなどということはで
きない。
よって,本件当初解約金条項が消費者の解約権を制限していることが消費
者にとって一方的に不利益なものであるということはできない。
(5)これに加えて,争いのない事実等及び証拠(甲37,乙2,3,15)
によれば,本件契約を構成する「ひとりでも割50」及び「ファミ割MAX
50」の各契約の名称にはいずれも「割引」を示す「割」という文字が含ま
れていること,被告が顧客向けに作成した携帯電話カタログ(乙15)には,
本件契約の内容に関する説明として,「ファミ割MAX50」に係る部分に
ついては「割引適用前の基本使用料から50%OFFとなります。」,「2
年単位で同一回線を継続利用いただくことが条件となり」及び「更新後を含む
契約期間中に『ファミ割MAX50』の廃止,ご契約回線の解約または利用
休止の場合は,継続利用期間にかかわらず,9,975円の解約金がかかり
ます。」との各記載があり,「ひとりでも割50」に係る部分においてもこ
れと同様の記載があること,被告が顧客向けに被告の提供する携帯電話利用
サービスの料金に関する説明資料として作成した本件ガイドブック(乙2)
には,本件契約の内容に関する説明として,「ファミ割MAX50」に係る
部分については「お客さまに2年間のご利用をお約束いただいた場合,基本
使用料が50%OFFになる割引サービスです。」,「2年単位で同一回線を
継続利用いただくことが条件となり」,「契約期間中に割引サービスの廃止,
ご契約回線の解約または利用休止の場合は,継続利用期間にかかわらず,9,
975円(税抜9,500円)の解約金がかかります。」,「ファミ割MAX
50は,2年間同一回線の継続利用をお約束いただくことを条件に,基本使
用料金を割引します。」,「ファミ割MAX50契約満了月の翌月以外でファ
ミ割MAX50の廃止,ご契約回線の解約または利用休止の場合は,継続利
用期間にかかわらず9,975円(税抜9,500円)の解約金が必要とな
ります」,「解約金9,975円(税抜9,500円)がかかる場合があり
ます。」及び「2年間の契約期間中に割引サービスの廃止,ご契約回線の解
約または利用休止等があった場合に解約金がかかります(契約満了月の翌月
を除く)。サービス変更時の解約金にもご注意ください。」との各記載があ
り,「ひとりでも割50」に係る部分においてもこれと同様の記載があるこ
と並びに消費者が被告との間で本件契約を締結する際にFOMAサービス契
約それ自体の契約書とは別個に作成する「ファミ割MAX50/ひとりでも
割50申込書」と題する書面(乙3)には,「契約期間(ご利用約束期間)」,
「『ファミ割MAX50』『ひとりでも割50』は,2年間同一回線の継続
利用をお約束いただくことを条件に,基本使用料の割引を行うサービスで
す。」,「『ファミ割MAX50』『ひとりでも割50』契約満了月の翌月以外
での割引サービスの廃止,ご契約回線の解約または利用休止の場合は,継続
利用期間にかかわらず9,500円(税込9,975円)の解約金が必要と
なります。」及び「解約金9,500円(税込9,975円)」との各記
載が存在することがそれぞれ認められる。
そうすると,被告は,消費者に対し,本件当初解約金条項についてその性
質を明確に説明しており,被告と消費者との間には,このような説明を踏ま
えた上で,本件当初解約金条項に基づく明確な合意が成立しているというべ
きである。
(6)以上のとおりの各事実を踏まえれば,消費者は本件当初解約金条項に基
づき解約権の制限を受けるものの,そのことに見合った対価を受けており,
制限の内容についても何ら不合理なものではなく,しかも,被告と消費者と
の間には,本件当初解約金条項に関して存在する情報の質及び量並びに交渉
力の格差が存在するということはできないといえるから,本件当初解約金条
項は,法10条後段には該当しないと解するのが相当である。
(7)よって,争点(6)に関する原告らの主張には理由がなく,被告の主張に理
由がある。
7争点(7)(本件更新後解約金条項の法10条後段該当性)について
(1)原告らは,本件契約が更新された後は,中途解約時に被告に損害が生じ
ることはないから,中途解約に伴う解約金の支払義務を課すことは,金額を
問わず法10条後段に該当し,9975円の支払義務を課している本件更新
後解約金条項も当然に同号に該当すると主張するのに対し,被告は,これを
否定している。
(2)しかし,消費者は,本件契約を更新後も継続することにより,本来であ
れば標準基本使用料金を被告に対して支払うべきところ,2年間の契約期間
内に中途解約しないことを条件として,割引後基本使用料金のみの支払で被
告から役務の提供を受けることができるのであり,争点(3)についての判断
のとおり,消費者が中途解約時に本件更新後解約金条項に基づき支払義務を
負う9975円という金額は,消費者が更新後の契約期間中に本件契約を中
途解約した場合に被告に生じる「平均的な損害」を超えるものではないから,
合理的な金額ということができる。
(3)さらに,消費者は,本件契約の更新から2年が経過した時点で,本件更
新後解約金条項に基づく解約金を支払うことなく本件契約を解除することが
できるのであり,争点(3)について述べたとおり,本件契約につき更新があ
った後の解約についても更新から解約までの経過月数の平均は14か月とみ
るのが相当であることや,更新後の契約期間が本件契約を最初に締結した際
の契約期間と同一であることからすると,この制限の生じる期間が不当に長
いなどということはできない。
よって,本件更新後解約金条項が消費者の解約権を制限していることが消
費者にとって一方的に不利益なものであるということはできない。
(4)これに加えて,争いのない事実等及び証拠(甲37,乙2,3,8の1
~3,15)によれば,携帯電話カタログ(乙15)には,本件契約の内容
に関する説明として,「ファミ割MAX50」に係る部分については「2年
単位で同一回線を継続利用いただくことが条件となり,廃止のお申出がない
場合,自動更新となります。」及び「更新後を含む契約期間中に『ファミ割
MAX50』の廃止,ご契約回線の解約または利用休止の場合は,継続利用
期間にかかわらず,9975円の解約金がかかります。」との各記載があり,
「ひとりでも割50」に係る部分においてもこれと同様の記載があること,
本件ガイドブック(乙2)には,本件契約の内容に関する説明として,「フ
ァミ割MAX50」に係る部分については「2年単位で同一回線を継続利用
いただくことが条件となり,廃止のお申出がない場合,自動更新となります。」
及び「ファミ割MAX50は廃止のお申出がない場合,更に2年間を契約期
間として,自動更新となります。」との各記載があり,「ひとりでも割50」
に係る部分においてもこれと同様の記載があること,「ファミ割MAX50
/ひとりでも割50申込書」と題する書面(乙3)には,「(以後2年ごと
に自動更新)」との記載が存在すること並びに被告は被告との間で本件契約
を締結した顧客に対し,契約期間の満了する月の前後に送付する請求書にお
いて,顧客からの申出がない限り本件契約が更新されることを通知している
ことがそれぞれ認められる。
そうすると,被告は,消費者に対し,本件更新後解約金条項についてその
性質を明確に説明しており,被告と消費者との間には,このような説明を踏
まえた上で,本件更新後解約金条項に基づく明確な合意が成立している上に,
被告は,消費者に対し,本件契約を締結した後も,消費者が本件更新後解約
金条項に基づき被告に対して負う義務の存在について適切に注意を促してい
るというべきである。
(5)以上のとおりの各事実を踏まえれば,消費者は,本件契約が更新された
後に解約金の支払義務を負うとされることによって解約権の制限を受けるも
のの,そのことに見合った対価を受けており,制限の内容も不合理なもので
はないから,本件契約が更新された後における解約金の支払義務を定める条
項が,金額を問わず一般的に法10条後段に該当するとはいえない。
さらに,本件更新後解約金条項における9975円という金額は合理的な
ものであり,被告と消費者との間には,本件更新後解約金条項に関して存在
する情報の質及び量並びに交渉力の格差が存在するということはできないと
いえるから,本件更新後解約金条項もまた,法10条後段には該当しないと
解するのが相当である。
(6)よって,争点(7)に関する原告らの主張には理由がなく,被告の主張に理
由がある。
8以上のとおりであるから,本件解約金条項はいずれも法9条1号にも法10
条にも該当しないものであって有効である。
そうすると,個人原告らの不当利得返還請求はいずれもその前提を欠くもの
であって理由がないことは明らかであるから,争点(8)について判断する必要は
ない。
第4結論
よって,原告らの請求は,いずれも理由ないから,これを棄却することとし,
主文のとおり判決する。
京都地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官吉川愼一
裁判官吉岡真一
裁判官髙嶋諒
別紙定期契約に係る解約金条項
FOMAサービス契約約款第67条
「定期契約者は,その定期契約を契約の満了以外の事由により解除することを
当社に通知したとき又は当社がその定期契約を解除したときは,料金表第1表
第4(定期契約に係る解約金)に規定する料金の支払いを要します。」
FOMAサービス契約約款料金表第1表第4-2-1中「2年定期契約に係るも
の」
「解約金の額次の税抜額(かっこ内は税込額)9500円(9975円)」

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