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平成15年(行ケ)第460号 特許取消決定取消請求事件
口頭弁論終結日 平成16年7月1日
判決
原       告    高岡商事株式会社
同訴訟代理人弁護士 大場常夫
同訴訟代理人弁理士 中澤健二
被       告    特許庁長官 小川洋
同指定代理人       田中秀夫
同川向和実
同立川功
同涌井幸一
主文
     1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
 事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
(1)特許庁が異議2002-71935号事件について平成15年8月28日
にした決定のうち,特許第3253562号の請求項1ないし4に係る部分を取り
消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
 2 被告
主文と同旨
第2 前提となる事実
1 特許庁における手続の経緯(甲1ないし3,5の1,5の9,弁論の全趣旨)
  (1) 原告は,平成9年5月20日,名称を「脂取り紙の製造法」とする発明に
ついて特許出願(特願平9-144495号)をした。特許庁は,同出願につき,
特許すべき旨の査定をし,平成13年11月22日,特許第3253562号とし
て設定登録をした(以下,この特許を「本件特許」という。)。
  (2) 本件特許については,平成14年8月5日付けで,Aから特許異議の申立
てがされ,同申立ては異議2002-71935号として特許庁に係属した。原告
は,平成15年7月15日,本件特許に係る明細書の「特許請求の範囲」及び「発
明の詳細な説明」について訂正の請求をした。特許庁は,上記事件について審理を
遂げ,同年8月28日,上記訂正を認めるとした上,「特許第3253562号の
請求項1ないし4に係る特許を取り消す。同請求項5に係る特許を維持する。」と
の決定(以下「本件決定」という。)をし,同年9月22日,その謄本は原告に送
達された。
2 前記訂正後の本件特許の請求項1ないし4に係る発明の要旨は,前記訂正後
の明細書(以下「本件明細書」という。)からみて,次のとおりのものである(甲
1ないし3。以下,請求項1ないし4に係る発明を各「本件発明1」ないし「本件
発明4」という。)。
【請求項1】原紙にカレンダー加工して原紙の繊維を潰した後,このカレンダ
ー加工紙と,このカレンダー加工紙より堅い補助用シート状物とを交互に重ね合わ
せ,これらカレンダー加工紙および補助用シート状物の所望枚数を一束として束面
から叩く脂取り紙の製造法。
【請求項2】原紙が所望の漉き模様を有する請求項1記載の脂取り紙の製造
法。
【請求項3】原紙の原料成分が,植物繊維,動物繊維から選択され,必要に応
じて無機質填料が添加される請求項1または2記載の脂取り紙の製造法。
【請求項4】原紙の原料を所望の漉き模様で漉き,乾燥させて原紙を形成する
請求項2または3記載の脂取り紙の製造法。
 3 本件決定が本件発明1ないし4の特許を取り消した理由の要旨は,次のとお
りである(甲1)。
(1) 本件発明1について
   ア 引用発明との一致点及び相違点の認定
 本件発明1と特開平5-344913号公報(甲5の2。以下「刊行物1」とい
う。)記載の発明(以下「引用発明1」という。)とを対比すると,両者は,「材
料紙と,この材料紙より堅い補助用シート状物とを交互に重ね合わせ,これら材料
紙および補助用シート状物の所望枚数とを一束として束面から叩く脂取り紙の製造
法である点」で一致し,「材料紙について,本件発明1においては,原紙にカレン
ダー加工して原紙の繊維を潰した「カレンダー加工紙」であるのに対し,引用発明
1においては「薄い和紙」であり,カレンダー加工が施されているかどうか不明で
ある点」(以下「相違点」という。)で相違する。
   イ 相違点についての検討
    (ア) 昭和48年3月31日株式会社紙業タイムズ社発行の松岡義直著
「板紙の製造」(甲5の3。以下「刊行物2」という。)には,抄紙機には多くの
場合カレンダーが付帯していることが記載されている。また,平成4年1月30日
発行の「紙パルプ技術便覧第5版」(甲5の4。以下「刊行物3」という。)に
は,カレンダーは抄紙機の最後部に位置することが記載され,一連の製造工程の最
後には紙にカレンダー加工が施されることが示唆されている。
 そうすると,抄紙機にカレンダーが付帯することは従来周知であり,また和紙が
抄紙機により製造されることは一般的であることから,引用発明1の「薄い和紙」
として,抄紙機により製造され,カレンダー加工が施されている紙を用いること
は,当業者ならば容易に想到し得るものと認められる。また,カレンダー加工によ
り紙の繊維が潰されることは十分に想定されるものであり,カレンダー加工して
「原紙の繊維を潰した」との限定を加えることに格別の意味はない。
 よって,引用発明1の「薄い和紙」として,「原紙にカレンダー加工して原紙の
繊維を潰した」「カレンダー加工紙」を採用することは,周知技術に基づき当業者
ならば容易になし得るものと認められる。
(イ) 本件発明1の効果は引用発明1及び周知技術から当業者が予測し得
る範囲内のものである。
    (ウ) したがって,本件発明1は,引用発明1及び周知技術に基づいて当
業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明1の特許は,特許
法第29条2項に違反してされたものである。
(2) 本件発明2について
 本件発明2は,本件発明1に「原紙が所望の漉き模様を有する」構成を付加する
ものである。
 特開平9-121939号公報(甲5の5。以下「刊行物4」という。)には,
脂取り紙に漉き模様を形成することが記載されている。そうすると,本件発明1の
方法の原紙に所望の漉き模様を設けることは,刊行物4の記載に基づいて当業者が
必要に応じて適宜なし得る程度のことに過ぎない。
 よって,本件発明2は,引用発明1,刊行物4の記載及び周知技術に基づいて,
当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明2の特許は,特
許法第29条2項に違反してされたものである。
(3) 本件発明3について
 本件発明3は,本件発明1又は2に「原紙の原料成分が,植物繊維,動物繊維か
ら選択され,必要に応じて無機質填料が添加される」構成を付加するものである。
 和紙の原料成分が植物繊維であることは周知であり,また刊行物4には,脂取り
紙の材料として植物繊維パルプを使用し,さらにタルク,炭酸カルシウムなどの無
機填料を添加することが記載されている。そうすると,本件発明1又は2の方法の
原紙の原料成分を上記構成のとおりとすることは,刊行物4の記載に基づいて当業
者が必要に応じて適宜なし得る程度のことに過ぎない。
 よって,本件発明3も,引用発明1,刊行物4の記載及び周知技術に基づいて,
当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明3の特許は,特
許法第29条2項に違反してされたものである。
(4) 本件発明4について
 本件発明4は,本件発明2又は3に「原紙の原料を所望の漉き模様で漉き,乾燥
させて原紙を形成する」構成を付加するものである。
 原紙に所望の漉き模様を設けることは,上記(2)のとおり,刊行物4に記載されて
いる。また,抄紙工程において乾燥部を設けることは従来周知である。そうする
と,本件発明2又は3の方法の原紙の形成方法を上記構成のとおりとすることは,
刊行物4の記載及び周知技術に基づいて当業者が必要に応じて適宜なし得る程度の
ことに過ぎない。
 よって,本件発明4も,引用発明1,刊行物4の記載及び周知技術に基づいて,
当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明4の特許は,特
許法第29条2項に違反してされたものである。
第3 原告主張の取消事由
1 本件発明1についての相違点に関する判断の誤り
 本件決定は,本件発明1について相違点に関する判断を誤ったものであり,この
誤りが本件決定の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
(1) カレンダー加工と「叩く」加工の技術的意味
 本件決定は,本件発明1におけるカレンダー加工と「叩く」加工の技術的
意味を正しく理解したものではない。
 本件発明1において,原紙にカレンダー加工を施して原紙の繊維を潰したカレン
ダー加工紙とすることの意義は,脂取り紙としては過剰な平滑性,過剰な高密度
性,過剰な光沢,過剰に堅い肌触り(以下,平滑性,高密度性,光沢,堅い肌触り
を総称して「平滑性等」という。)をとりあえず実現することにある。そして,こ
のようにカレンダー加工された原紙を,補助用シート状物と交互に重ね合わせて所
望枚数の束とした上で束面から叩くことにより,カレンダー加工紙の過剰な平滑性
等を「戻し」,適度の平滑性等を実現するものである。
 このように,本件発明1は,原紙にカレンダー加工を施すことにより得られた平
滑性等をさらに増進するのではなく,逆に,「叩く」加工によって原紙を元の状態
にある程度戻して適度な平滑性等を実現するという,いわば逆転の発想によるもの
である。そして,両工程がこのような関係にある以上,これを逆の順序としたので
は同様の作用効果は得られない。
 しかるに,本件決定は,この点を看過し,本件発明1におけるカレンダー加工と
「叩く」加工がいずれも平滑性等の増進のためのものであると理解している。そし
て,カレンダー加工による平滑性等の増進は周知技術であり,「叩く」加工による
それは引用発明1のとおり公知技術であって,この両工程を結合することは当業者
にとって容易に想到し得るものであり,その効果も当業者が予測し得る範囲のもの
であると判断して,本件発明1の進歩性を否定している。かかる本件決定の判断
は,本件発明1における両工程の技術的意味を正解しておらず,誤りである。
(2) カレンダー加工の周知性について
 本件決定は,原紙にカレンダー加工を施すことは周知技術であるとし,そ
の例として刊行物2及び同3を援用している。
 しかしながら,これらの例は,板紙抄紙機には多くの場合カレンダー加工がその
最終工程として配置されることを示すに過ぎない。本件発明1の方法に用いられる
原紙は,薄く軽量で人の皮膚にフィットするような和紙であり,このような和紙等
の薄紙抄紙機にカレンダーが付帯していることは,刊行物2及び3の記載が示唆す
るところではない。
 また,仮に,あらゆる種類の紙にカレンダー加工を施すことが周知であると認め
られるとしても,一般的にはカレンダー加工は紙の仕上加工処理として施されるも
のである。これに対し,本件発明1におけるカレンダー加工は,「叩く」加工の前
工程として行われるものであり,カレンダー加工をこのように前工程として用いる
構成は,上記刊行物の記載が示唆するところではない。
 よって,本件決定の判断は,本件発明1におけるカレンダー加工の周知性に関す
る判断を誤ったものである。
2 本件発明2ないし4に関する判断の誤り
 本件発明2ないし4は,いずれも本件発明1の構成を必須要件とする本件発
明1の従属発明であるから,本件発明1についての本件決定の判断が誤ったもので
ある以上,本件発明2ないし4についての本件決定の判断にも誤りがある。
3 したがって,本件決定のうち本件発明1ないし4に係る部分は違法なものと
して取り消されるべきである。
第4 被告の反論
1 本件発明1の相違点に関する本件決定の判断に誤りはない。
(1) 原告主張の取消事由1(1)について
 原告は,本件発明1の構成は,カレンダー加工によって得られる「過剰な」平滑
性等を「叩く」加工によって「適度な」平滑性等に「戻す」ものであると主張する
が,かかる主張は,次のとおり,本件明細書に記載された事項の範囲内のものでは
ないし,発明の本質を恣意的に曲げて主張するものであって失当である。
ア 本件明細書には,カレンダー加工及び「叩く」加工のいずれも,原紙の
繊維を潰し又は砕くことによって平滑性等を向上させる効果を有することが記載さ
れているだけであって,カレンダー加工紙の過剰な平滑性等を「叩く」工程によっ
て適度な平滑性等に戻すという技術思想は一切記載されておらず,また,その記載
からかかる技術思想を導き出せるものでもない。また,本件明細書の記載からは,
本件発明1においてカレンダー加工を施したことによる特有の効果は不明であり,
また,カレンダー加工と「叩く」加工の効果上の関連性も不明であって,そうであ
る以上,箔打ち紙と同様の脂分の吸収性,光沢及び肌触りを有するという本件発明
1の効果は,単に繊維を潰すことによる効果であり,カレンダー加工と「叩く」加
工の相加的効果に過ぎないと解さざるを得ない。
イ 本件特許の出願当初の明細書(甲5の9。以下「当初明細書」とい
う。)では,カレンダー加工は必須の工程とはされておらず,その意義について
も,「叩く」工程に先立って単に原紙の平滑性を向上させておくということ以上の
記載はない。そうすると,原告が本件訴訟において主張する,カレンダー加工によ
り得られた過剰な平滑性等を「叩く」加工により「戻し」,最高級の脂取り紙と同
様の平滑性等を実現するという技術思想は,当初明細書には一切記載のなかったも
のである。
(2) 原告主張の取消事由1(2)について
 原告は,和紙等の薄紙抄紙機にカレンダー加工を施すことは周知技術でないと主
張する。しかし,薄紙抄紙機においても,カレンダー加工工程が付帯することは常
套手段に過ぎない(乙1ないし4)。したがって,引用発明1の「薄い和紙」とし
て,抄紙機により製造されカレンダー加工が施された紙を用いることによって,本
件発明1の同様の構成を想到することは当業者にとって容易であったものであり,
これと同旨の本件決定の認定判断に誤りはない。
 また,原告は,従来周知であったカレンダー加工は仕上げ加工の工程として施さ
れるものであるが,本件発明1においてカレンダー加工をする工程は,仕上げ加工
の工程ではなく,「叩く」工程の前処理の工程であると主張する。しかし,本件明
細書の記載では,本件発明1におけるカレンダー加工を行ったことによる特有の効
果は不明であり,カレンダー加工と「叩く」加工の効果上の関連性も不明であるた
め,カレンダー工程を「前工程」として位置付けるための説明が十分ではなく,
「叩く」加工の前にカレンダー加工の工程が置かれているのは,単に,「叩く」加
工を始めるに当たって,原紙としてカレンダー加工が施されているものが用意され
ているということを意味するに過ぎないと解するほかない。そして,当初明細書を
参酌すれば,本件発明1の効果は「叩く」加工によってもたらされるものであり,
必ずしも原紙としてカレンダー加工を施しているものが必要とされているとはいえ
ないものである。したがって,原告の上記主張は,本件明細書の記載に基づかない
ものであって,失当である。
2 本件発明2ないし4について
 原告主張の取消事由は,本件発明1についての本件決定の判断が誤りであるある
ことを理由にするものであるところ,上記1のとおり,本件発明1についての本件
決定の判断には誤りがないのであるから,原告の主張は理由がない。
第5 当裁判所の判断
1本件発明1の取消事由について
 原告は,本件発明1に関する取消事由として,本件決定は相違点に関する判
断を誤ったものであると主張するので,以下検討する。
(1) カレンダー加工と「叩く」加工の技術的意味に関する認定判断の誤りの主
張について
ア 原告は,本件発明1におけるカレンダー加工と「叩く」加工の技術的意
味はそれぞれ次のとおりであると主張する。
(ア) カレンダー加工(前工程)
 脂取り紙としては過剰な平滑性等をとりあえず得ること
(イ) 「叩く」加工(後工程)
 カレンダー加工によって得られた過剰な平滑性等を「戻し」,適度な平滑性等を
実現すること
イ しかしながら,以下に述べるとおり,原告の上記主張は,本件明細書
(甲2,3)に記載された事項の範囲内のものではない。
(ア) 本件明細書には,カレンダー加工と「叩く」加工について,次のと
おりの記載がある。
a「所望の漉き模様を有する原紙に水分を与えながらカレンダーロール
に通すことにより,繊維を潰すとともに,密度および平滑度を高める。」【001
4】
b「次に,上記カレンダー加工紙と,このカレンダー加工紙より堅い補
助用シート状物とを例えば,20cm以上の正方形,若しくは長方形に形成して交互
に重ね合わせ,これらカレンダー加工紙および補助用シート状物の所望枚数,例え
ば,500枚~1000枚程度を一束として箔打ち機により束面から万遍なくカレ
ンダー加工紙の繊維が砕けるほど叩く。このとき,熱が発生するため,冷ましなが
ら叩く作業を繰り返して行う。カレンダー加工紙の間にこれより堅い補助用シート
状物を挟んでいるので,カレンダー加工紙の繊維を砕くようにすることにより適度
の柔軟性を得ることができるとともに,堅い補助用シート状物との摩擦により磨く
ようにして光沢(艶)を得ることができる。この工程を加えることにより,箔打ち
紙と同様の脂の吸収性,光沢,肌触りを有する紙質を作り上げることができる。」
【0015】
c「上記本発明の製造法によれば,原紙にカレンダー加工を施して繊維
を潰すとともに,密度および平滑度を高めた後,このカレンダー加工紙と,このカ
レンダー加工紙より堅い補助用シート状物とを交互に重ねて叩くので,カレンダー
加工紙の繊維を砕くようにすることにより適度の柔軟性,平滑性を兼ね備えること
ができるとともに,堅い補助用シート状物との摩擦によって磨くようにすることが
でき,箔打ち紙と同様の脂分の吸収性,光沢,肌触り等を得ることができる。」
【0011】
(イ) 上記記載によると,本件発明において,カレンダー加工と「叩く」
加工にはそれぞれ次の効果があるとされている。
① カレンダー加工
 繊維を潰すとともに,密度および平滑度を高める。
②「叩く」加工
ⅰ 繊維を砕くようにすることにより適度の柔軟性,平滑性を得る。
ⅱ 補助用シート状物との摩擦により磨くようにして光沢(艶)を得
る。
(ウ) 原告は,取消事由の主張において,上記ア(ア)のとおり,本件発明
1のカレンダー加工は過剰な平滑性,過剰な高密度性,過剰な光沢,硬過ぎる肌触
りを得るためのものであると主張しているが,上記(イ)のとおり,本件明細書に
は,カレンダー加工が奏する効果としては単に繊維の潰れ,密度及び平滑度の向上
が記載されているのみであって,同加工により「過剰な」平滑性,「過剰な」高密
度性,「過剰な」光沢及び「硬過ぎる」肌触りが得られるとの記載は一切なく,ま
たこのことを示唆する記載もない。
 また,原告は,上記ア(イ)のとおり,「叩く」加工はカレンダー加工によって得
られた「過剰な」平滑性等を「戻す」ものであると述べているが,本件明細書に
は,単に繊維を砕くことにより適度の柔軟性,平滑性を得ることが記載されている
のみであって,「過剰な」平滑性等を「叩く」加工によって「戻す」という記載は
一切なく,また,このことを示唆する記載もない。
 したがって,原告の上記主張は,本件明細書の記載に基づいたものではない。
(エ) 原告の主張は,本件明細書の上記(ア)引用部分の記載について,カ
レンダー加工で繊維を「潰す」ことによって紙の平滑性等を増進して「過剰な」平
滑性等を得た上,「叩く」加工で繊維を「砕く」ことによって平滑性を低減してそ
の過剰な部分を解消して「適度な」平滑性等を得る,という趣旨に解釈することを
前提とするものと考えられる。
 しかしながら,まず,本件明細書の記載では,カレンダー加工の効果は繊維を
「潰す」こと,「叩く」加工の効果は繊維を「砕く」こと,という明確な区別はな
されていない。このことは,本件明細書の「カレンダー加工紙と,このカレンダー
加工紙よりも堅い補助用シート状物とを交互に重ねて叩くので,カレンダー加工紙
の繊維を砕くようにするとともに,繊維の目を比較的簡単に,かつ確実に潰して」
【0011】という記載から明らかである。また,繊維を「砕く」ことによって紙
の平滑性等が低減されることを示唆する記載はなく,かえって,本件明細書には,
「箔打ち紙はその繊維が砕けるほど叩かれることにより,柔軟性,平滑性,光沢が
与えられる」【0002】との記載があり,この記載は,「叩く」加工によって繊
維を「砕く」ことが平滑性等を増進する効果を有することを示唆するものというべ
きである。
 さらに,「適度な」という表現は「過剰でない」ことを意味するという理解も,
本件明細書の記載から導き出せるものではない。本件明細書には,過剰な平滑性等
は脂取り紙として望ましくないことを示す何らの記載もないし,かえって,本件明
細書には,「箔打ち紙はこれら柔軟性,平滑性により脂の吸収性に優れている」
【0002】,「原紙のみを束ねた状態で箔打ち機により叩いた脂取り紙」【00
04】は「柔軟性,平滑性を得ることができないため,脂の吸収性が劣り,しか
も,肌触りも劣り,箔打ち紙に比べて品質において数段劣る」【0005】という
記載があり,これらの記載は,平滑性等を高めることにより脂取り紙として好適な
ものが得られることを示したものであると解されるから,「適度な」という表現
は,カレンダー加工によって得られた平滑性等をさらに増進させて得られる最適な
平滑性等という意味に解する方が自然である。
 したがって,本件明細書の上記(ア)引用部分の記載について,原告が前提とする
ような解釈を採用することはできない。
ウ また,原告の主張は,以下のとおり,本件特許の出願の経過に照らして
も採用できないものである。
(ア) 原告の上記取消事由における主張は,カレンダー加工は紙の平滑性
等を増進するものであり,他方,「叩く」加工は平滑性等を低減させるものであ
り,両工程をこの順序で行うことによって特有の効果を得るというのが本件発明1
の技術思想である,というものである。しかしながら,このような技術思想は,当
初明細書(甲5の9)の記載からは一切看取されないものである。
 かえって,当初明細書には,カレンダー加工を本件発明1の必須の構成要件とす
る記載はなく,「原紙については,カレンダー加工により平滑度を高めておくのが
好ましい」【0010】という記載があるほか,【発明の効果】として,「本発明
の製造法によれば,原紙と,この原紙より堅い補助用シート状物とを交互に重ねて
叩くので,原紙の繊維の目を比較的簡単に,かつ確実に潰して柔軟性,平滑性を得
ることができる」【0020】という記載があるにとどまる。すなわち,当初明細
書においては,「叩く」加工は平滑性等を増進させるものであり,しかもその加工
のみでも(カレンダー加工を前工程として経ることなくして)本件発明1の効果を
得ることができる旨が記載されていたということができる。
(イ) そうすると,「叩く」加工の効果について,原告の取消事由におけ
る主張のごとく紙の平滑性等を低減させるものであると解することは,当初明細書
に記載のなかったものであり,出願経過において行われた補正(「叩く」加工に供
する材料紙をカレンダー加工に限定したもの。甲5の8)によって本件発明の本質
を変えることはできない筋合いであるから,本件特許出願の経過に照らしても,原
告主張の上記技術思想が本件明細書に記載されていないことは明らかというべきで
ある。
エ 上記イ及びウに述べたとおり,本件発明1におけるカレンダー加工と
「叩く」加工の技術的意味は,いずれも原紙の繊維を潰すか又は砕くことによって
紙の平滑性等を増進することにあり,本件発明1の奏する効果もこの2つの工程の
効果の相加的なものに過ぎないと解される。したがって,本件決定が,両工程を結
合することは当業者にとって容易に想到し得るものであり,その効果も当業者が予
測し得る範囲のものであると認定判断したことには,何ら誤りはない。
(2) カレンダー加工の周知性に関する判断の誤りの主張について
 原告は,本件決定が刊行物2及び3を援用した上,原紙にカレンダー加工を施す
ことは周知技術である旨認定判断したことは誤りであると主張するので,以下検討
する。
ア 原告は,刊行物2(甲5の3)及び同3(甲5の4)は,板紙抄紙機に
は多くの場合カレンダー加工がその最終工程として配置されることを示すに過ぎ
ず,抄紙機には一般的にカレンダーが付帯することを示すものではないし,本件発
明1の原紙として用いられる和紙の薄紙を生産する抄紙機についてまでカレンダー
が付帯することを示すものでもない,と主張する。
 しかしながら,まず,乙5によれば,和紙の製造方法としては,「現在では化学
パルプを用い,機械ずき法によるものが多い」(51頁)とされ,この「機械ずき
和紙」とは「抄紙機ですいた和紙」を意味する(38頁)のであるから,工業生産
される和紙の薄紙は,一般的に,抄紙機によって生産されていることが明らかであ
る。そして,乙1ないし4によれば,和紙等の薄紙の製造においても,カレンダー
加工を施す公知例が複数あることが認められる。これらの証拠から,薄手の和紙で
あっても,これにカレンダー加工を施すことは周知の技術であると認められる。
イ また,原告は,本件発明1における原紙に対してカレンダー加工する工
程は,原紙の仕上げ加工の工程ではなく,堅い補助用シート状物と重ね合わせて束
面から叩く工程の前処理の工程であるから,仮に薄手の和紙にカレンダー加工が施
されることが周知であるとしてもそれは仕上げ工程においてであり,カレンダー加
工を前工程として用いる構成は,刊行物1ないし3の記載が示唆するところではな
いと主張する。
 しかしながら,前記(1)のとおり,本件明細書の記載によれば,本件発明1におけ
るカレンダー加工は,「叩く」加工と同様に繊維を潰し又は砕くことによって紙の
平滑性等を高めるという効果以上の特有の効果を有するとはいえず,また,カレン
ダー加工と「叩く」加工のいずれも,原紙の繊維を潰すなどして紙の平滑性等を増
進するという技術的意味しかなく,両工程の間に原告が主張するような「過剰な」
平滑性等を「叩く」加工により「戻す」というような関係があるとはいえないか
ら,本件発明1において「カレンダー加工」の工程は,カレンダー加工を施した原
紙を準備する工程として位置づけられるものであり,それ以上の意味を有するもの
ではないと解される。
ウ ところで,引用発明1の材料紙である「薄手の和紙」については,刊行
物1に特定の紙に限定される旨の記載がないないところをみると,一般に市販され
ているものを用いることを予定していると解するほかない。そして,上記アに認定
のとおり,一般に市販されている和紙については上記のような「機械すき」による
カレンダー加工をされた和紙が含まれているのであって,引用発明1が叩打による
押圧により和紙の組織に一層の柔軟性,高密度性を付与する過程を含むものである
ことをも考慮すれば,引用発明1において,繊維を潰す処理がされた「カレンダー
加工紙」を採用することは,当業者であれば容易になし得ることと考えられるし,
また,カレンダー加工を施した材料紙を他から購入して調達するか,自ら材料紙に
カレンダー加工を施して準備するかは,当業者において適宜選択し得る事項である
というべきである。
(3) 以上のとおりであるから,本件発明1の引用発明1との相違点(カレンダ
ー加工紙を材料紙として用いること)は当業者が容易になし得るものであり,また
その作用効果も当業者の予測し得る範囲のものであるとして,本件発明1の進歩性
を否定した本件決定の判断に何ら誤りはない。
 2 本件発明2ないし4について
 上記1のとおり,本件発明1には進歩性がないとした本件決定の認定判断に
誤りはないから,その誤りがあることを前提とする原告の本件発明2ないし4に関
する取消事由の主張は,その前提を欠き,理由がない。
 3 以上の次第で,原告が取消事由として主張するところは,いずれも理由がな
く,本件決定には他にこれを取り消すべき瑕疵はない。
 よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のと
おり判決する。
  東京高等裁判所知的財産第1部
    裁判長裁判官     青  栁     馨
         裁判官清  水     節
         裁判官  上  田  卓  哉

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