弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原審判決を取消す。
     被控訴人の請求を棄却する。
     訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。
         事実及び理由
 控訴代理人は、原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、
二審共被控訴人の負担とする。との旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判
決を求めた。
 当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、地代家賃統制令による本件
家屋の適正家賃金は昭和十九年三月より昭和二十二年八月までは毎月金三十五円、
昭和二十二年九月より昭和二十三年十月十日までは毎月金六十六円五十銭、昭和二
十三年十月十一日より昭和二十四年五月までは毎月金百六十六円二十五銭、昭和二
十四年六月より昭和二十五年七月までは毎月金二百六十六円、昭和二十五年八月よ
り昭和二十六年九月までは毎月金三百三十四円六十二銭、昭和二十六年十月より昭
和二十七年五月までは毎月金四百十四円四十四銭であるが控訴人が被控訴人に支払
つた家賃金はすでに昭和二十三年十月より昭和二十五年七月まで毎月金四百六十二
円合計金一万百六十四円、昭和二十五年八月より昭和二十六年八月まで毎月金九百
二十七円、合計金一万二千五十一円以上総計金二万二千二百十五円になり、該期間
に於て右統制額を金一万二千八百四十三円十二銭超過して支払つたこととなつて、
右超過支払金額は昭和二十六年九月より昭和二十七年五月までの右適正家賃金合計
金三千六百五十円十四銭を充して尚余りがあるので、被控訴人の本件延滞家賃金の
催告は失当である。仮に然らずとするも控訴人は被控訴人に対し右超過支払家賃金
の不当利得返還請求権を有するをもつて、本訴において、これと右昭和二十六年九
月より昭和二十七年五月までの延滞家賃金(但し右適正家賃金)とを対当額におい
て相殺する。よつて控訴人は被控訴人に対しその請求にかかる家賃金(但しその内
の右適正家賃金の範囲において)の延滞はないので被控訴人の本訴請求は失当であ
る。と述べ、被控訴代理人は控訴人の右地代家賃統制令に関する各主張は時機に遅
れて提出せられた防禦方法で訴訟の完結を遅廷せしむべきものとして却下すべきも
のである。仮に然らずとするも、本件適正家賃及び被控訴人が控訴人より受領せる
家賃金の数額が控訴人の主張する通りであることはこれを認むるも、右約定家賃金
は控訴人も納得の上定められたものであつてその統制額を超過する部分を延滞家賃
金に充当するがごとき意思は当事者双方ともになかりしものであり、且つその統制
違反については控訴人にもその責任の一半がありその超過支払分は不法原因給付と
してその返還請求権はなく、従つてこれを延滞家賃金に充当したり、延滞家賃金請
求権と相殺することはできない。
 仮に控訴人の主張を容れんか開は借地借家関係における社会生活を著しく不安定
にし、秩序維持を困難ならしめる結果を招来するのでいずれよりするも控訴人の主
張は失当である。と述べた外原判決事実摘示と同一であるのでここにこれを引用す
る。
 証拠として、控訴代理人は乙第一、第二号証を提出し、被控訴代理人は乙第一号
証の成立を認めた。
 よつて案ずるに被控訴人が昭和十九年三月二十五日その所有にかかる愛知県知多
郡a町大字b字cd番地のe地上の木造瓦葺二階建居宅二戸一棟の内南側一戸建坪
十三坪二階坪九坪二合八勺を控訴人に対し、家賃一ケ月金三十五円と定めて賃貸
し、その後右家賃は順次増額せられ昭和二十五年八月以降一ヶ月金九百二十七円と
なつたが、控訴人が昭和二十六年九月より昭和二十七年四月迄の右約定家賃金の支
払を延滞したので被控訴人が昭和二十七年四月二十九日附内容証明郵便で控訴人に
対し右延滞家賃金を同年五月五日迄に支払うよう催告したが控訴人においてその履
行をしなかつたので、被控訴人は更に同年六月十三日附内容証明郵便で控訴人に対
し同年五月分迄の右延滞家賃金を同年六月二十七日迄に支払うべくもし右期限迄に
その履行をしないときは右賃貸借契約を解除すべき旨の催告並に条件附契約解除の
意思表示をなし右郵便がいずれもその頃控訴人に到達したところ控訴人がその履行
をしなかつた事実は当事者間に争のないところである。而して地代家賃統制令は所
謂強行法規に属し当事者の任意の契約により地代家賃の統制を紊すことを許さざる
ものにしてその統制に準拠せる適正地代家賃を超える地代家賃の約定はその超過部
分については当然無効にしてその支払請求権のないことが明らかであるところ、控
訴人の本件賃借家屋の適正家賃金が昭和二十二年九月以降一ケ月金六十六円五十
銭、昭和二十三年十月十一日以降一ケ月金百六十六円二十五銭、昭和二十四年六月
以降一ケ月金二百六十六円、昭和二十五年八月以降一ケ月金三百三十四円六十二
銭、昭和二十六年十月より昭和二十七年五月迄一ケ月金四百十四円四十四銭なるこ
と、及び控訴人が被控訴人に対し昭和二十三年十月より昭和二十六年八月までに約
定家賃金合計金二万二千二百十五円の支払をなした事実は当事者間に争なく、右支
払済の約定家賃金が同期間における右適正家賃金より合計金一万二千八百四十三円
十二銭超過し、右超過額が昭和二十六年九月より昭和二十七年五月迄の右適正家賃
金合計金三千六百五十円十四銭を充して尚余りあることは計数上明らかであると共
に、右地代家賃統制令に違反せる支払超過額は被控訴人においてこれを自己の利益
に帰せ<要旨第一>しむべき法律上の原因なく所謂不当に利得したものであることは
明らかであり、又かかる地代家賃統制令に違</要旨第一>反してなされたる家賃の
約定は、例えば統制物資の統制価額に違反してなされる所謂闇取引におけるが如く
売主の側のみならず買主の側にも亦更に統制価額に違反してこれを他に転売し利を
図らんがため売主に対し統制価額を超えて代金の支払をするという不法の原因の存
する場合とはその趣を異にし、一般に終戦以来の急迫せる住居の払底事情に基く家
主側の一方的圧迫に借家人がやむなく屈服してなされることは顕著なる事実に属
し、本件がその例外をなすような事情(例えば借家人がその借家を公序良俗に反す
る営業をなして不法の利益を図る用に供するため適正額を超過せる家賃金を支払う
が如き)は一件記録に徴するもこれを認むべき証拠もなく、従つてかかる統制額を
超過せる家賃金の給付の不法の原因は専ら受益者たる家主即ち被控訴人側にのみ存
し、その主張するように借家人たる控訴人の側にはないものと認められるので控訴
人は被控訴人に対し右超過支払家賃金金一万二千八百四十三円十二銭につき不当利
得返還請求権を有することも亦明らかであるけれども、右超過支払額が当然に右昭
和二十六年九月より昭和二十七年五月までの右適正家賃金に充当せられるものとは
解し難く、又その頃当事者間にかかる充当のなされた事実を認むべき証拠もないの
で、被控訴人は控訴人に対し右期間における右適正家賃金合計金三千六百五十円十
四銭の支払請求権を有するものといわなければならない。しかるに被控訴人は控訴
人に対し前記認定の如く右適正家賃金たる昭和二十六年九月分の金三百三十四円六
十二銭、同年十月より昭和二十七年五月までの毎月金四百十四円四十四銭を遥に超
過し被控訴人において請求すべからざる金額を含む毎月金九百二十七円の割合によ
る同期間の約定家賃金の支払を二回にわたり<要旨第二>(但し最初のときは最終の
月の分を除く)催告していることが明らかであり、かかる適正家賃金の二倍を超
する約定家賃金の支払の催告は極めて過大なる催告というべくしかも
この催告に対して控訴人において右適正家賃金のみの提供をなしたりとせんも、被
控訴人においてその受領を拒絶したるべき事情は前記認定の様に適正家賃の側面に
立つて見れば被控訴人の催告期間中の延滞家賃に数倍する過払金を受け居り之れが
返還をなすべき義務あり乍ら更らに約定の家賃金を請求して居る事実に徴しこれを
推測するに難くないので右各催告はいずれも無効なるものといわなければならな
い。よつて控訴人が右各催告に応ぜざることを条件として本件家屋の賃貸借契約を
解除し控訴人に対し右家屋の明渡を求めることはできない。又前記認定の控訴人の
被控訴人に対する支払超過金金一万二千八百四十三円十二銭の不当利得返還請求権
は期限の定のない債権であつて、その発生の都度弁済期が到来し又弁論の全趣旨に
よれば被控訴人の控訴人に対する前記昭和二十六年九月より昭和十七年五月までの
右適正家賃金の請求権の弁済期は毎月前払なりし事実が認められ、従つて右両債権
は右昭和二十七年五月一日すべて相殺適状にあり、控訴人が昭和二十九年三月二十
九日午前十時の当審における本件最終の口頭弁論の期日において被控訴人に対し前
記昭和二十六年九月より昭和二十七年五月までの延滞適正家賃金金三千六百五十円
十四銭と右支払超過金金一万二千八百四十三円十二銭とを対当額において相殺する
旨の意思表示をなしたことは一件記録上明らかで控訴人の右相殺の意思表示によつ
て控訴人はその対当額たる金三千六百五十円十四銭につき被控訴人に対する右延滞
適正家賃金の債務を免れ尚被控訴人の前記各催告による右適正家賃金を超過せる部
分の前記約定家賃金の請求は前記説示により失当なることが明らかである。
 尚地代家賃統制令に関する右各判断が被控訴人主張のように若干社会生活に波紋
を投ずる虞のあることは否定できなかろうが、右に反する判断の方が更に甚しく住
居事情を不安にし社会を混乱に陥らしむべきものと認められるのでこの点に関する
被控訴人の所説は理由がなく又控訴人の地代家賃統制令に関する各主張は原審にお
いてはなされず昭和二十七年九月五日本件控訴提起の後昭和二十八年六月三日午前
十時及び昭和二十九年三月二十九日午前十時(最終)の各口頭弁論の期日において
始めてなされたもので時機に遅れて提出せられたる防禦方法たるの譏を免れないけ
れどもその為に本件訴訟の完結を遅延せしむべきものとは認められないで右各主張
を却下すべきものとする被控訴人の主張も理由がないので敍上の如く判断した。
 よつて被控訴人の本件請求はすべて失当としてこれを棄却すべくこれと同旨に出
ずることなく被控訴人の請求を全部認容した原判決は不当として取消を免れず、民
事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条によつて主文のように判決す
る。
 (裁判長裁判官 北野孝一 裁判官 伊藤淳一 裁判官 小沢三朗)

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