弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

主文
1本件各訴えをいずれも却下する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1神奈川県公安委員会が原告に対し平成16年10月5日付けでした運転免
許証有効期間更新処分のうち,原告を一般運転者とする部分を取り消す。
2神奈川県公安委員会は,原告に対し,優良運転者である旨を記載した運転
免許証を交付せよ。
3神奈川県公安委員会が原告に対し平成17年3月2日付けでした,原告が
平成16年11月24日付けでした異議申立てを棄却する旨の決定を取り消
す。
第2事案の概要
1事案の骨子
原告は,平成16年10月5日付けで運転免許証(以下「免許証」とい
う。)の有効期間の更新(以下「免許証の更新」ないし「免許証更新処分」と
いう。)を受けたが,その際に所定の期間内に車両通行帯違反(道路交通法
(以下,特に記載のない限り平成16年法律第73号による改正前のものをい
う。以下「法」ともいう。)20条1項ただし書)の事実があるため一般運転
者(法92条の2第1項)に当たるとして,有効期間は5年であるが,優良運
転者である旨の記載(法93条1項5号)がない免許証を交付された(以下
「本件処分」という。)。
本件は,上記原告が,上記違反行為はなかったとして,被告に対し,本件処
分のうち原告を一般運転者とする部分の取消し及び神奈川県公安委員会が優良
運転者である旨の記載のある免許証を交付すべき旨を命ずることを求めるとと
もに,本件処分に対する異議申立てを棄却した決定(以下「本件決定」とい
う。)には,処分庁である神奈川県公安委員会ではなく神奈川県警察本部運転
免許本部が行った等の違法があるとして,本件決定の取消しを求めた事案であ
る。
本判決は,本件訴訟における本案前の争点(本件各訴えが適法であるかどう
か)についての当裁判所の判断を示すものである。
2基礎となる事実
(1)原告が受けた交通取締りの経緯等
ア原告は,平成16年4月24日午前9時43分ころ,自家用普通乗用自
動車(登録番号横浜XXX○YY-yy号。以下「原告車両」という。)
を運転し,川崎市α地先県道首都高速湾岸線上り車線39.0キロポスト
付近の第2通行帯を,横浜方面から東京方面に向かって走行中,進路変更
の合図を行って第3通行帯に進路変更し,7台程度の車両を追い抜いたと
ころ,交通の指導及び取締りを行っていた神奈川県警察高速道路交通警察
隊所属の警察官運転の交通取締用四輪自動車(以下「本件パトカー」とい
う。)に停止を求められたため,停止した。そして,原告は,本件パトカ
ーの後部座席において,本件パトカーに乗車していた神奈川県警察高速道
路交通警察隊所属の警察官から,法定の除外事由がないのに,3以上の車
両通行帯がある道路で最も右側の通行帯を約1100m通行した(道路交
通法20条1項ただし書。以下「本件違反行為」という。)として,反則
行為の告知を受けたため,交通反則切符に署名及び指印をし,交通反則告
知書・免許証保管証の交付を受けた(甲1号証,弁論の全趣旨)。
イ原告は,平成16年6月9日,同月15日付け交通反則通告書(納付す
べき金額6000円)の交付を受けたが,反則金の納付期限である同月2
5日までに反則金を納付しなかった(甲2号証,弁論の全趣旨)。
ウそこで,神奈川県警察高速道路交通警察隊は,本件違反行為について否
認事件として捜査を行った上で,神奈川県警察本部交通部交通指導課長に
関係書類を引き継ぎ,同課長は,平成16年12月2日,原告を道路交通
法違反の被疑者として横浜区検察庁に送致したが,横浜区検察庁は,同月
7日,原告を不起訴(起訴猶予)処分とした(弁論の全趣旨)。
(2)原告が受けた免許証更新処分の経緯等
ア神奈川県公安委員会は,法101条3項に基づき,原告の免許証の有効
期間満了日(原告の平成16年における誕生日である平成16年9月19
日)の2か月前の日の前日である平成16年7月18日までに,原告に対
し,「更新連絡書(お知らせ)」と題するはがき(以下「本件更新連絡
書」という。)を送付した(甲8号証,弁論の全趣旨)。
イ原告は,平成16年10月5日,神奈川県公安委員会に対し,運転免許
証更新・講習受講申請書を提出し(以下「本件申請」という。),適性検
査を受検し,これに合格した(乙1号証,弁論の全趣旨)。
また,原告は,同年11月12日,道路交通法108条の2第1項11
号が掲げる講習(以下「更新時講習」という。」)を受講した。
そして,神奈川県公安委員会は,同日,原告に対し,平成16年10月
5日付けの,有効期間を平成21年10月19日までとする免許証を交付
した(本件処分)が,当該免許証には原告が優良運転者である旨の記載は
されていなかった(甲3号証,弁論の全趣旨)。
ウ原告は,本件処分を不服として,平成16年11月24日付けで,神奈
川県公安委員会に対し,異議申立てをした(甲5号証)。
エ神奈川県公安委員会は,平成17年3月2日付けで,上記異議申立てを
棄却する旨の決定(以下「本件決定」という。)をした(甲7号証)。
オ原告は,平成17年5月24日,本件訴訟を提起した。
3争点
本件の本案前の争点は,以下の各点である。
①本件処分のうち原告を一般運転者とする部分の取消しを求める訴え(以下
「本件処分一部取消しの訴え」という。)が適法であるかどうか。
②本件義務付けの訴えが適法であるかどうか。
③原告は,本件決定の取消しを求める法律上の利益(狭義の訴えの利益)を
有するかどうか。
4争点に関する当事者の主張
(1)争点①(本件処分一部取消しの訴えの適否)について
【被告の主張】
原告は,以下述べるとおり,本件処分のうち原告を一般運転者とする部分
の取消しを求める法律上の利益(狭義の訴えの利益)を有しない。
ア免許証更新処分のうち,免許証の交付又は更新を受けた者の区分(法9
2条の2第1項表。以下「運転者区分」という。)の認定は,原告の権利
義務に影響を及ぼさないこと
(ア)都道府県公安委員会(以下「公安委員会」という。)の運転免許
(以下「免許」という。)の内容を構成するものとしては,免許の区分
(法84条2項)及び免許の種類(法84条3項ないし5項)があり,
これに加えて免許の附款として,条件(法91条)及び有効期間(法9
2条の2)があるが,優良運転者である旨の記載(法93条1項5号)
は免許証の余白にすることとされている(法施行規則(平成16年内閣
府令第74号による改正前のもの。以下同じ。)別記様式第14備考
4)ことなどからすれば,運転者区分は免許の内容ではない。
(イ)また,免許は免許証を交付して行うとされ(法92条1項),交付
された免許証には有効期間が定められている(法92条の2)ため,免
許証の更新を受けようとする者は,公安委員会に更新申請書を提出し
(法101条1項),公安委員会は,更新申請書の提出があったときは,
その者について,速やかに適性検査を行い(同条4項),当該適性検査
の結果等から判断して,当該免許証の更新を受けようとする者が自動車
等を運転することに支障がないと認めたときは,当該免許証の更新をし
なければならないとされている(同条5項)。
そして,法は「免許証の有効期間の更新を受けようとする者は」と規
定するのみで(法101条1項),「優良運転者免許証の交付を求めよ
うとする者は」などとは規定していないし,原則として優良運転者免許
証を交付する旨の規定も存在しない。なお,免許証の優良運転者である
旨の記載(法93条1項5号)は,法令違反の状況等に応じて自動的に
当該記載がされるかされないかが決まるのであって,個別の記載事項を
申請する権限が付与されているものではない。
上記のところからすると,免許証の更新は,免許の区分及び種類を従
前のとおり存続させ,かつ,有効期間を延長するだけの処分であり,免
許証の更新申請は,上記のような免許証の更新の申請に尽きるのであっ
て,特定の免許証の交付を求めるものではない。
(ウ)以上のとおり,公安委員会が行う免許証更新処分は,免許の区分,
種類,条件及び有効期間の各点のみにおいて,特定個人の権利義務に影
響を及ぼすにすぎないものであって,運転者区分の認定は,原告の権利
義務に影響を及ぼさない。
イ原告は,本件処分によって法律上の不利益を受けていないこと
原告は,以下述べるとおり,本件処分によって何ら法律上の不利益を受
けていない。
(ア)免許証の有効期間
更新後の免許証の有効期間は,免許証の更新を受けた者が「優良運転
者及び一般運転者」であるか「違反運転者等」であるかによって区分さ
れ,さらに「優良運転者及び一般運転者」の中で,更新日等における年
齢によって3種類に区分されている(法92条の2第1項)が,優良運
転者及び一般運転者の免許証の有効期間は,更新日等における年齢が7
0歳未満の者については,いずれも5年である。
本件において,原告は,本件処分時に70歳未満であったため,有効
期間が5年の免許証を交付されており,有効期間に関して法律上不利益
を受けていない。
(イ)免許証の更新手続
一般運転者と優良運転者とでは,免許証の更新手続において,①更新
時講習の手数料が,一般運転者は1050円であるのに対し,優良運転
者は700円である(神奈川県道路交通法関係手数料条例2条),②更
新時講習の時間が,一般運転者は60分であるのに対し,優良運転者は
30分である(法施行規則38条12項1号表),③更新申請書の提出
先が,一般運転者は住所地を管轄する公安委員会であるのに対し,優良
運転者は住所地を管轄する公安委員会以外の公安委員会にも提出可能で
ある(法101条の2の2第1項)という差異がある。
しかし,上記の差異によって本件で原告に生じた不利益については,
本件処分のうち原告を一般運転者とする部分が取り消されたとしても,
回復できるものではない。
(ウ)その他の法律上の効果
原告は,本件処分を受けたことを理由に将来にわたり不利益を受ける
ことはなく,今後違反行為等を行わなければ,次回の免許証の更新時に
は優良運転者としての更新手続を行うこととなる。
なお,優良運転者に対して交付される免許証には,優良運転者である
旨の記載がされる(法93条1項5号)のに対し,一般運転者に対して
交付される免許証にはこのような記載はされないから,これによって,
名誉,感情等を損なう可能性があるとしても,それは本件処分がもたら
す事実上の効果に過ぎないものであり,これをもって原告が免許証更新
処分の取消しの訴えによって回復すべき法律上の利益を有することの根
拠とすることはできない(最高裁判所昭和55年11月25日第三小法
廷判決・民集34巻6号781頁)。
ウ原告の申請どおりの処分が行われていること
(ア)上記ア(イ)のとおり,免許証の更新は,免許の区分及び種類を従前
のとおり存続させ,かつ,有効期間を延長するだけの処分であり,免許
証の更新申請は,上記のような免許証の更新の申請に尽きるのであるか
ら,本件申請に対し行われた本件処分に拒否処分が存在しないことは明
らかである。
(イ)また,仮に,免許証の更新申請の内容には,運転者区分に応じた免
許証の記載事項を含むと解するとしても,原告は本件申請において一般
運転者としての免許証の更新を求めていたといえるから,拒否処分が存
在しない。
すなわち,運転者区分は,更新申請者自身の年齢,継続して免許を受
けている期間,及び,過去5年内における法令違反の状況等の判断要素
にかかるものであるから,これらについては更新申請者自らその内容を
認識することが可能である。また,公安委員会は,免許を現に受けてい
る者に対し,更新期間その他免許証の更新の申請に係る事務の円滑な実
施を図るため必要な事項を記載した書面(以下「更新連絡書」とい
う。)を送付することになっており(法101条3項),神奈川県公安
委員会においては,更新時講習の種類,場所,受講日,時間及び手数料,
更新期間,更新手続の場所,受付日及び受付時間,手続に必要なもの等
を記載した書面を送付することとしているから,更新申請者が自分に適
用される運転者区分をあらかじめ確認することができるようになってい
る。さらに,更新申請者は,自らの運転者区分に応じて必要となる収入
印紙を購入し,更新申請書に貼付して提出し,適性検査を受け,運転者
区分に応じて受講すべき更新時講習の案内を受けた上で当該講習を受講
し,免許証の交付を受けているのであるから,更新申請者は,自らに適
用される運転者区分及び更新後の免許証の記載事項を認識した上で,更
新申請手続を行っているといえる。
本件においても,原告は,あらかじめ送付された本件更新連絡書によ
り,自らに適用される運転者区分及び交付されることになる免許証の記
載事項を認識した上で,平成16年10月5日,神奈川県都筑警察署の
免許証更新窓口に,一般運転者としての免許証更新に必要な手数料分の
収入証紙を貼付した申請書を提出し,一般運転者に対する更新時講習の
案内を受けた上で当該講習を受講し,本件処分を受けているのであるか
ら,原告自らが「一般運転者」の区分の適用を受けていることを認識し
た上で更新申請手続を行い,申請どおりの処分を受けたといえる。
【原告の主張】
ア免許証の更新の法的性質について
(ア)免許証の更新において優良運転者制度が導入された趣旨は,安全運
転の動機付けを行い,優良運転者に対して長期の有効期間や優良運転者
である旨の記載のある優良運転者免許証の交付等のメリットを与えるた
めである。そして,免許証の更新をしようとする者は,「優良運転者」,
「一般運転者」又は「違反運転者等」に区分され,この区分によって,
更新時講習の手数料及び時間,免許証の有効期間,免許証の記載事項等
が決まるのであるから,免許証の更新は,単に「免許証の更新の申請」
と「免許証の交付」という関係にとどまらないというべきである。特に,
免許を受けた者が優良運転者である場合にはその旨を免許証に記載する
こととされている(法93条1項5号)ことからすれば,優良運転者で
ある旨の記載は法律で定められた免許証の内容の一つであることは明ら
かである。
そして,免許証の更新申請書には申請者がいずれの運転者区分で申請
を行うかを記載する箇所のないことからすれば,実質的な手続としては,
免許証の更新を受けようとする者は,優良運転者に対する免許証の交付
を求め,公安委員会は,当該申請者の過去の違反経歴等によっては,当
該申請のうち,優良運転者とする部分を拒否あるいは却下し,一般運転
者あるいは違反運転者等と認定して,更新場所,更新時講習の受講日,
時間,手数料及び方法,免許証有効期間,免許証記載事項等を決定する
ものと考えることができる。
(イ)そもそも,法においては,優良運転者については,「更新日等まで
に継続して免許(仮免許を除く。)を受けている期間が5年以上である
者であって,自動車等の運転に関するこの法律及びこの法律に基づく命
令の規定並びにこの法律の規定に基づく処分並びに重大違反唆し等及び
道路外致死傷に係る法律の規定の遵守の状況が優良な者として政令で定
める基準に適合するもの」としか規定されておらず,運転者区分の基準
の制定については政令に委任されており(法92条の2第1項),また,
更新申請書の様式についても内閣府令に委任されている(法101条1
項)。したがって,行政としては,運転者区分の基準として,過去の違
反歴ないし事故歴以外の事情もその基準とし,また,免許証の更新申請
においては,優良運転者免許証を求めるかどうかを更新申請者の意思に
任せるという手続を採用することも可能であるが,実際には,公安委員
会自身が保有するデータである違反歴等のみに基づいて運転者区分を決
定できるような基準を政令で設定している。つまり,現行の免許証の更
新手続は,行政が優良運転者であるかどうかを自動的に判断できるよう
な基準を自ら設定して,更新作業を円滑かつ効率的に行えるようにした
ものにすぎないのであるから,それをもって,更新申請者の申請事項は
「免許証の更新」に尽き,運転者区分は更新申請の内容ではないとして,
優良運転者であると認めないことは何ら拒否処分でも却下処分でもない
などと解することは相当ではない。
(ウ)行政庁の教示に従って処分の取消しの訴えを提起した場合に,裁判
所が当該訴えを不適法として却下するのであれば,侵害された利益の回
復手段を国民に知らせることによって国民の権利を保護するという教示
制度の目的を達成できないから,裁判所が処分の取消しの訴えの適法性
を判断するに当たっては,行政庁が行っている教示の内容を十分尊重す
べきであるところ,山口県警察本部,千葉県警察本部及び埼玉県警察本
部は,一般運転者又は違反運転者等として免許証更新処分を受けた者全
員に対し,異議申立てや処分の取消訴訟ができる旨の教示を行っている。
(エ)優良運転者免許証を導入した平成5年5月12日法律第43号は内
閣提出法案であり,その趣旨や効果に関する立案者の答弁は立法上極め
て重要であるところ,同法に関して,警察庁交通局長は,「取締りの当
否について争った結果,運転者の方が正しいことが判明すれば,優良運
転者として扱う」旨の答弁を行っている。
イ本件処分によって原告の利益が侵害されていること
(ア)道路交通法上の不利益があること
免許証の更新申請者は,過去の違反歴等に基づいて「優良運転者」,
「一般運転者」及び「違反運転者等」のいずれかに分類され,この区分
に従って,更新場所,更新時講習の受講日,時間,手数料及び方法,免
許証有効期間,免許証記載事項等が決定されるが,一般運転者と区分さ
れた者は,優良運転者と比較して,①更新手続場所について,他の公安
委員会を経由した申請が認められず,②講習受講日について,更新手続
場所に警察署を選択した者は当日の受講を認められず,③更新時講習時
間については30分長い受講を義務付けられ,④更新時講習手数料につ
いては350円高い金額の納付を義務付けられ,⑤優良運転者である旨
の記載がある免許証を交付されないという義務や制約を伴う処分を受け
ることとなる。そして,少なくとも優良運転者である旨の記載がある免
許証の交付を受けられないという不利益は取消訴訟によって回復できる
ことは明らかである
(イ)原告が行った申請どおりの処分は行われていないこと
原告は,本件更新連絡書に記載された内容に従って,一般運転者の講
習に必要な手数料を納付したまでであって,自らを一般運転者として処
分されることを欲してその手数料を納付したわけではない。
(ウ)担当者の教示と相違すること
原告は,本件更新連絡書を受け取った時点で,神奈川県公安委員会が
原告を一般運転者として免許証更新処分を行う予定であることを理解し
たが,原告としては優良運転者免許証の交付を求めたかったため,神奈
川県警察本部交通部運転免許本部免許課に電話で確認したところ,担当
者から,「処分を受けなければ異議申立てはできないので,まず一般運
転者として免許証の更新を行い,その後に異議申立てをするように。」
との回答を受けたので,本件申請を行ったのである。
以上のように,「まず一般運転者として処分を受け,その後優良運転
者免許証を求める異議申立てをしろ。」との教示をしておきながら,そ
れに従った原告に対して,「原告は一般運転者として申請を行い,それ
に対して神奈川県公安委員会は一般運転者に対する免許証を交付したの
であるから,何ら原告の利益を侵害しておらず,本件訴えは不適法であ
る。」旨主張するのは信義則の観点から許されるものではない。
また,行政事件訴訟法が回復可能な法律上の利益の有無を訴訟要件と
したのは,行政庁を濫訴から保護しようとする趣旨であると考えられる
から,本件のように,原告に対し異議申立てができる旨の教示を行い,
原告が行った異議申立てに対し事実審理をした上で棄却の決定を行った
行政庁を保護する必要性はないと考えられる。
(エ)その他の適切な係争方法がないこと
一般運転者ではなく優良運転者の更新に必要な収入印紙を更新申請書
に貼付して申請した場合,手数料額が過少であることを理由に,担当者
が申請を受理しないことは容易に推測でき,不受理となった場合に更新
申請書不受理処分について係争しても,免許証の更新申請が可能な期間
内に当該訴訟が終了することは想定し難いから,原告の免許証は失効す
る可能性が高い。また,反則行為通告処分,基礎点数の加点,違反事実
の記録等は,取消訴訟の対象にならないというのが判例である。
上記のところからすれば,原告の採った方法以外に,優良運転者免許
証を求める手段はなかったというべきである。そして,行政事件訴訟法
によれば免許証更新処分を受けなければ取消訴訟や義務付け訴訟を起こ
せないとされているのであるから,当該処分を受けた後は回復可能な法
律上の利益がないというのであれば,国民としては当該処分を回避する
手法がないということになってしまい,違法な行政処分による権利や利
益の侵害から国民を守るために制定された行政事件訴訟法の理念及び裁
判を受ける権利を定めた憲法32条に反することとなる。
ウ本件処分の効果が継続することにより訴えの利益が認められること
原告は,本件違反行為の記録が残ることによって,将来様々な不利益を
受ける可能性があるから,本件違反行為による効果が現在も継続している
といえる。そして,本件処分は,本件違反行為があったことを基礎として
おり,本件処分のうち原告を一般運転者とする部分を取り消す旨の判決が
されれば,その拘束力によって本件違反行為の認定の違法ないし無効も認
定されることになるから,上記不利益を受ける可能性がなくなる。
したがって,原告には本件処分のうち原告を一般運転者とする部分の取
消しを求める利益がある。
(2)争点②(本件義務付けの訴えの適否)について
【被告の主張】
ア救済の必要性に関する要件を欠くこと
行政事件訴訟法37条の3第1項2号は,同法3条6項2号の処分の義
務付けの訴えを提起する場合に,当該法令に基づく申請を却下し又は棄却
する旨の処分がされた場合において,当該処分が取り消されるべきもので
あり,又は無効若しくは不存在であることを要件の一つとしているが,上
記(1)【被告の主張】アのとおり,免許証の記載事項については,免許証
更新申請の対象ではなく,免許証更新申請が却下されるのは,適性検査の
結果,申請者が自動車等を運転することに支障があると認めた場合(法1
01条4項,5項),又は,申請者が法108条の2第1項11号に掲げ
る更新時講習を受講しなかったとして,免許証を更新しない場合(法10
1条の3第2項)だけであるところ,神奈川県公安委員会は,本件申請に
基づき,原告について適性検査を行い,原告が自動車等を運転することに
支障がないと認めて,原告の免許証を更新し,原告に免許証を交付(法施
行規則29条8項)している。
また,仮に,免許証更新申請の内容には,運転者区分に応じた更新後の
免許証の記載事項までも含むと解しても,上記(1)【被告の主張】ウのと
おり,原告は申請のとおり免許証の更新を受けているから,本件処分は本
件申請を「却下し又は棄却する旨の処分」には当たらない。
したがって,本件義務付けの訴えは,行政事件訴訟法37条の3第1項
2号の要件を欠く。
イ併合提起の要件を欠くこと
行政事件訴訟法37条の3第3項2号は,同法3条6項2号の処分の義
務付けの訴えを提起するときで,同法37条の3第1項2号の要件に該当
する場合には,法令に基づく申請を却下し又は棄却する旨の処分に係る取
消訴訟又は無効確認の訴えを併合提起しなければならない旨規定している。
本件についてこれをみると,原告は,本件義務付けの訴えに本件処分一
部取消訴訟を併合提起しているが,上記(1)【被告の主張】のとおり,上
記訴えは不適法であるから,本件義務付けの訴えに併合提起することがで
きない。
したがって,本件義務付けの訴えは,行政事件訴訟法37条の3第3項
2号所定の併合提起の要件を欠く。
【原告の主張】
ア救済の必要性の要件を満たすこと
上記(1)【原告の主張】のとおり,免許証の更新においては,実質的に
は,免許証を更新しようとする者は優良運転者に対する免許証の交付を求
め,公安委員会は,当該申請者の違反経歴等によっては,優良運転者とす
る申請部分を拒否ないし却下し,一般運転者ないし違反運転者等として免
許証の更新を行っていることと同じである。そして,原告は本件申請を行
ったところ,本件処分を受けたのであるから,行政事件訴訟法37条の3
第1項2号の当該法令に基づく申請を却下し又は棄却する旨の処分がされ
た場合に当たる。
イ併合提起の要件を満たすこと
上記(1)【原告の主張】のとおり,本件処分一部取消訴訟は適法である
から,行政事件訴訟法37条の3第3項2号所定の併合提起の要件を満た
す。
(3)争点③(本件決定の取消しを求める法律上の利益の有無)について
【被告の主張】
審査請求,異議申立てその他の不服申立て(以下単に「審査請求」とい
う。)を棄却した行政庁の裁決,決定その他の行為(以下単に「裁決」とい
う。)の取消しを求める法律上の利益は,審査請求を却下し若しくは棄却し
た裁決が判決により取り消されたときは,その裁決をした行政庁は,判決の
趣旨に従い,改めて審査請求に対する裁決をしなければならない(行政事件
訴訟法33条2項)という判決の拘束力により,審査請求を認容する裁決を
得ること,すなわち,原処分が取り消されることにあるのであって,このこ
とは,原処分について不服があるときは,原処分の取消訴訟を提起すること
を要し,かつ,それをもって足りることを明らかにした行政事件訴訟法10
条2項の趣旨からも明らかである。
また,最高裁判所昭和55年11月25日第三小法廷判決は,免許停止処
分(原処分)の取消しと,原処分を不服とする審査請求を棄却した裁決の取
消しを求めた事案において,法令の規定上原処分による不利益を受ける虞が
なくなったときは,行政事件訴訟法9条の規定の適用上,原処分及び裁決の
取消しによって回復すべき法律上の利益を有していないと判示し,被上告人
(第1審原告)の訴えを却下している。
上記のところからすると,原処分の取消しを求めるにつき法律上の利益が
存在しない場合には,裁決の取消しを求める法律上の利益も存在しないとい
うべきであるが,本件の場合,上記(1)【被告の主張】のとおり,原告には
本件処分のうち原告を一般運転者とする部分の取消しを求める法律上の利益
が存在しないから,本件決定の取消しを求める法律上の利益も存在しない。
【原告の主張】
ア本件決定の取消しを求める法律上の利益があること
裁決の取消しを求める法律上の利益は,違法な行政不服審査手続によっ
て受けた「正当な行政不服審査を受ける権利」の侵害を回復することにあ
るところ,原告の提起した本件決定取消しの訴えは,適法な手続に基づく
行政不服審査が行われていないことを請求の原因としており,適法な手続
に基づく行政不服審査が行われれば,その結果のいかんによらず,原告の
目的は達せられるのである。
したがって,原告には本件決定の取消しを求める法律上の利益がある。
イ取消判決の拘束力からみた適法性
行政事件訴訟法によれば,処分や裁決の取消判決は処分庁を拘束するが
(行政事件訴訟法33条1項),それ以外の判決については処分庁を拘束
しないと考えられる。
したがって,仮に本件処分一部取消訴訟は不適法として却下され,又は,
神奈川県公安委員会に違法な点はなかったとして棄却されたとしても,そ
のような判決に神奈川県公安委員会は拘束されないのであって,改めて行
政不服審査を行うことによって原告の求める結果が得られる可能性がある
ことを踏まえれば,本件決定の取消しを求める訴え(以下「本件決定取消
訴訟」という。)の適法性は,本件処分一部取消訴訟の適法性や成否とは
無関係であるから,本件決定取消訴訟は適法である。
ウ行政不服審査法上の審査範囲から見た適法性
行政事件訴訟法も行政不服審査法も,行政庁の行政行為についての不服
を訴える手段である。ただし,行政事件訴訟法では,自己の法律上の利益
に関係のある違法な処分についてのみ取消訴訟が認められるが,行政不服
審査法では,行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行
為がその審理の対象である。そして,行政不服審査法2条1項は,同法に
いう「処分」には,公権力の行使に当たる事実上の行為で,人の収容,物
の留置その他その内容が継続的性質を有するものが含まれる旨規定してい
る。
本件の場合,仮に優良運転者免許証や一般運転者免許証の交付に法律上
の効果がないとしても,少なくともそれらの交付行為は行政庁の事実上の
行為とみなすことができる。そして,その効果が免許証の有効期間の間継
続することから「継続的性質を有する」ことは明らかであり,本件処分は
行政不服審査法の対象となる。
以上のとおり,本件処分は行政不服審査法の審査対象となるから,本件
決定の手続の瑕疵や違法を理由とする本件決定取消訴訟は適法である。
第3当裁判所の判断
1争点①(本件処分一部取消訴訟の適否)について
(1)本件処分一部取消訴訟の趣旨について
前記第1の1記載のとおり,原告は本件処分のうち,原告を一般運転者と
する部分の取消しを求めている。
上記請求の趣旨は,免許証の更新に際して,原告は優良運転者とされ,そ
の旨の記載のある免許証の交付を受けるべきであったことを前提として,本
件処分では原告は一般運転者とされ,上記記載のない免許証が交付されたこ
とから,優良運転者として免許証が更新されることと,一般運転者として免
許証が更新されることとの間には法的効果に差異があり,本件処分は上記差
異に相当する部分につき原告の申請を拒絶したものとして,この拒絶部分の
取消しを求めるものと理解され,上記「原告を一般運転者とする部分を取り
消す。」とは,この趣旨をいうものと解される。
(2)原告及び被告の主張について
被告は,上記のように理解される本件処分一部取消訴訟について,前記第
2,4(1)【被告の主張】のとおり,原告には取消しを求める法律上の利益
(狭義の訴えの利益)が存しないから不適法であると主張し,これに対し原
告は,前記第2,4(1)【原告の主張】のとおり,上記取消しを求める法律
上の利益(狭義の訴えの利益)があると主張している。
しかし,本件処分一部取消訴訟における請求の趣旨を上記(1)のように理
解した場合,まず問題となるのは,免許証の更新処分における当該運転者を
優良運転者ないし一般運転者とする部分というのが,果たして行政処分とい
えるのか,どうかということであって,この点は,原告が本件処分一部取消
訴訟を維持・追行する法律上の利益を有するかどうかといういわゆる狭義の
訴えの利益の問題に先立って検討される必要がある(そして,原告及び被告
の主張も,上記両問題に関する主張が混在しているきらいがあるが,その具
体的な内容をみると,実質的には上記処分性の問題を論じていると理解でき
る部分が少なくない。)。
したがって,争点①については,いわゆる狭義の訴えの利益の問題に先立
って,本件処分のうち原告を一般運転者とする部分が,その行為の客観的な
性質・内容からして,行政事件訴訟法が規定する取消訴訟の対象となる資格
を有するかどうか,すなわち,行政事件訴訟法3条2項が規定する「行政庁
の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たるかどうか(処分性を有す
るかどうか)という点から検討する。
(3)処分性の有無について
ア処分性の意義
行政事件訴訟法3条2項は「「処分の取消しの訴え」とは,行政庁の処
分その他公権力の行使に当たる行為・・・の取消しを求める訴訟をい
う。」と規定しているところ,ここでいう「行政庁の処分その他公権力の
行使に当たる行為」とは,公権力の主体である国又は公共団体が行う行為
のうち,その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確
定することが法律上認められているものをいうと解される(最高裁判所昭
和39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁)。
イ本件処分のうち原告を一般運転者とする部分が処分性を有するかどうか。
(ア)免許証の更新に関する法の定め
a自動車等を運転しようとする者は,免許を受けなければならず(法
84条1項),免許は免許証を交付して行うとされている(法92条
1項)が,免許証には有効期間が定められている(法92条の2)た
め,免許証を持つ者で自動車等の運転を継続しようとする者は免許証
の更新(法101条)を受けなければならない。
b免許証の更新を受けようとする者は,公安委員会に更新申請書を提
出し(法101条1項,101条の2の2第1項),適性検査(法1
01条4項,101条の2第2項,101条の2の2第2項,5項)
及び更新時講習(法101条の3,108条の2第1項11号)を受
け,公安委員会は,適性検査の結果から判断して当該免許証の更新を
受けようとする者が自動車等を運転することに支障がないと認めたと
きは,その者が更新時講習を受けていないときを除いて(法101条
の3第2項),免許証の更新をしなければならない(法101条5項,
101条の2第3項)。
c公安委員会は,免許証の更新をするに当たっては,免許証の有効期
間を定め(法92条の2),必要に応じて条件の付与ないし変更を行
い(法91条),必要な記載事項を記載した免許証を交付する(法9
3条,法施行規則29条8項)。
(イ)運転者区分に関する法の定め
a平成5年5月12日法律第43号による道路交通法の改正(以下
「平成5年改正」という。)
(a)平成5年改正前は,免許証の有効期間は最長で3年とされてい
た(平成5年改正前の道路交通法92条の2)が,平成5年改正に
おいて,一定期間無違反を継続した優良な運転者について,免許証
の有効期間を更新時に5年延長するというメリットを与えることに
より,その実績を評価,賞揚するとともに,免許保有者を優良な運
転を行う方向に誘導し,もって交通事故防止の推進を図ることを目
的として,免許証の更新日等までに継続して免許(仮免許を除
く。)を受けている期間が5年以上である者であって,自動車等の
運転に関し道路交通法等の遵守の状況が優良な者として政令で定め
る基準に適合するものを「優良運転者」とした上で,優良運転者に
係る免許証の有効期間は,その者の更新日等における年齢に応じて,
更新前の免許証の有効期間が満了した日等の後のその者の3回目な
いし5回目の誕生日が経過するまでの期間とされた(平成13年法
律第51号による改正前の道路交通法92条の2第1項)。
(b)また,優良運転者にその自覚を促すとともに,他の運転者が優
良運転者となることを目指して安全運転を心掛けるようにするため,
免許を受けた者が優良運転者である場合には,その旨が免許証に記
載されることとなった(法93条1項5号)。
b平成13年6月20日法律第51号による道路交通法の改正(以下
「平成13年改正」という。)
(a)平成13年改正により,免許証の有効期間は,更新制度の交通
事故防止機能を損なわない範囲内で更新を受ける国民の負担をでき
るだけ軽減するという基本的な考え方に立って,初心者や一定以上
の違反経歴者を除き原則として5年とされることとなった。すなわ
ち,更新日等までに継続して免許(仮免許を除く。)を受けている
期間が5年以上である者であって,自動車等の運転に関する道路交
通法等の遵守の状況が優良な者として政令で定める基準に適合する
ものを「優良運転者」(法92条の2第1項表備考一,2),更新
日等までに継続して免許(仮免許を除く。)を受けている期間が5
年以上である者であって,自動車等の運転に関する道路交通法等の
遵守の状況が不良な者として政令で定める基準に該当するもの又は
上記期間が5年未満である者を「違反運転者等」(道路交通法92
条の2第1項表備考一,4),優良運転者又は違反運転者等以外の
者を「一般運転者」(道路交通法92条の2第1項表備考一,3)
とした上で,「優良運転者及び一般運転者」に係る免許証の有効期
間は,その者の更新日等における年齢に応じて,更新前の免許証の
有効期間が満了した日等の後のその者の3回目ないし5回目の誕生
日が経過するまでの期間とされた(法92条の2第1項)。
(b)住所地以外の公安委員会を経由して更新の申請を行うことを可
能として国民の利便向上を図るとともに,優良運転者に対する優遇
策を講じることによって免許保有者を優良な運転を行う方向に誘導
することを目的として,免許証の更新を受ける日において優良運転
者に該当する者(道路交通法101条3項の規定により当該更新を
受ける日において優良運転者に該当することとなる旨を記載した書
面の送付を受けた者に限る。)であれば,当該免許証の有効期間が
満了する日の直前のその者の誕生日までに免許証の更新を申請する
場合には,同条1項の規定による更新申請書の提出及びその後の手
続を,その者の住所地を管轄する公安委員会以外の公安委員会を経
由して行うことができる(法101条の2の2,101条の3第1
項)こととされた。
また,公安委員会は,免許を現に受けている者に対し,その者が
更新を受ける日において優良運転者(一定の者を除く。)に該当す
ることとなる場合にはその旨等を記載した書面を送付するものとさ
れた(法101条3項)。
(c)公安委員会は,免許証の更新を受けようとする者に対し,優良
運転者,一般運転者又は違反運転者等の区分に応じた講習を行うこ
ととされ(法108条の2第1項11号),優良運転者に対する講
習は,一般運転者及び違反運転者等に対する講習と比べて,講習事
項及び講習方法が簡略化され,講習時間は短縮されることとなった
(法施行規則第38条12項1号)。
(ウ)検討
a上記(ア)cのとおり,公安委員会は,免許証更新処分をするに当た
っては,免許証の有効期間を定めるところ(法92条の2),上記
(イ)b(a)のとおり,免許証の有効期間は,免許証の更新を受けよう
とする者の運転者区分と更新日等における年齢によって決せられるか
ら,公安委員会は,免許証更新処分を行うに当たっては,申請者が運
転者区分のうちいずれの区分に当たるのかを認定ないし確認しなけれ
ばならないこととなる。
しかし,上記のような運転者区分の認定ないし確認行為は,適切な
有効期間を決定するための手続の一つとして行われるものにすぎず,
当該認定ないし確認行為それ自体によって直接免許ないし免許証の内
容に差異が生じるものではないから,運転者区分の認定ないし確認行
為自体をもって申請者の権利義務に影響を及ぼすものとはいえない。
bなお,上記(ア)cのとおり,免許証更新処分は,必要な記載事項を
記載した免許証を交付して行われ(法93条,法施行規則29条8
項),上記(イ)a(b)のとおり,免許を受けた者が優良運転者である
場合には,その旨が免許証に記載される(法93条1項5号)が,こ
れは,上記(イ)a(b)のとおり,優良運転者にその自覚を促すととも
に,他の運転者が優良運転者となることを目指して安全運転を心掛け
るようにするため事実上記載するだけのものであって,当該記載の有
無によって免許の内容が異なるわけではない。
この点について,原告は免許の内容が異なるわけではないとしても,
そのような記載のある免許証の交付を受けられること自体が一つの利
益であるとの趣旨の主張をしている。しかし,優良運転者である旨が
記載された免許証と,その旨が記載されていない一般運転者としての
免許証とが,免許証としての内容(法的効力)に差異がない以上は,
そのような記載のある免許証の交付を受けられる利益というのも所詮
は事実上の問題にすぎないというほかはないのであって,交付される
免許証の記載に上記のような差異が生じるからといって,運転者区分
の認定ないし確認行為が申請者の権利義務に影響を与えるものという
ことはできない。
cまた,運転者区分の違いによる,上記(イ)b(b)のような,免許証
の更新の申請手続における取扱いの差異や,上記(イ)b(c)のような,
免許証の更新を受けるために必要な講習の受講に関する差異は,法令
上定められた免許証の更新を受けるための手続における差異であって,
公安委員会が行う免許証更新処分の効果として上記のような差異が生
じるものではない。
(エ)上記のところからすると,免許証更新処分は,免許証の更新を受け
ようとする者が,公安委員会に対し,自己の免許証の有効期間を客観的
かつ適切な期間まで更新することを求めて申請を行い,これに対し,公
安委員会が,免許証の有効期間を更新することの可否及び適切な有効期
間を決定する処分であって,有効期間を決定するための手続の一つとし
て行われる運転者区分の認定ないし確認行為は,それ自体が独立して,
直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認め
られているものとはいえないし,免許証更新処分の内容を構成するもの
ともいえない。
したがって,免許証更新処分における運転者区分の認定ないし確認行
為は,上記アにみた「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」
には当たらないと解されるのであり,本件処分のうち原告を一般運転者
とする部分が原告の申請を一部拒絶した処分であると認めることはでき
ない。
なお,以上のように解するときは,原告が指摘するように反則行為の
存否を争う現実的な手段がないという場合も生じ得るが,そのような場
合というのはもともとの刑事手続において責任が問われなかった場合で
あり,また,原告が前記第2の4(1)【原告の主張】イ(エ)で論じてい
るように,行政手続においてあえて争おうと思えば,優良運転者に該当
することを前提とした免許証の更新申請をして,その不受理処分なり却
下処分を争うという方法もないわけではないことからすれば,この点は
上記の判断を左右し得るまでの事情とは認められない。
また,免許証の更新に際して,優良運転者とされなかった者に対し異
議の申立て及び訴訟の提起が可能である旨の教示をしている公安委員会
の存すること(甲11ないし13号証)や,神奈川県公安委員会が原告
のした異議申立てを不適法なものとしていないこと(甲7号証)も認め
られるが,免許証更新処分における運転者区分の認定ないし確認行為が
行政処分に該当しないことは既に検討したとおりであって,これらの点
も上記判断を左右し得るものとは解されない。
(4)小括
以上のとおり,免許証更新処分における運転者区分の認定ないし確認行為
は取消訴訟の対象とならず,本件処分のうち原告を一般運転者とする部分が
原告の申請を一部拒絶した処分ということもできないから,本件処分一部取
消訴訟は不適法である。
2争点②(本件義務付けの訴えの適否)について
(1)本件において,原告は,神奈川県公安委員会に対し優良運転者である旨
を記載した免許証を原告に交付すべき旨を命ずることを求めているが,当該
訴えは,神奈川県公安委員会に対し原告を一般運転者ではなく優良運転者と
して免許証更新処分を行うべき旨を命ずることを求めるものであって,義務
付けの訴え(行政事件訴訟法3条6項2号)に該当すると解される。そして,
義務付けの訴えの対象となる「処分」とは,「行政庁の処分その他公権力の
行使に当たる行為」をいう(行政事件訴訟法3条6項柱書,同条2項)とこ
ろ,上記「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とは,上記1
(3)アのとおり,公権力の主体である国又は公共団体が行う行為のうち,そ
の行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが
法律上認められているものをいうと解される。
(2)しかし,上記1(3)イのとおり,免許証更新処分における運転者区分の認
定ないし確認行為は,直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定する
ことが法律上認められているものとはいえないから,上記(1)にみた「行政
庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」には当たらない。
したがって,公安委員会が免許証の更新を受ける者を一般運転者ではなく
優良運転者として免許証更新処分を行うことは義務付けの訴えの対象となら
ないから,本件義務付けの訴えは不適法である。
3争点③(本件決定の取消しを求める法律上の利益の有無)について
(1)裁決の取消しを求める法律上の利益(狭義の訴えの利益)について
ア審査請求は,原処分が違法又は不当であるとしてその取消しを求めるも
のであるから,裁決の取消しを求める訴えの目的も,究極的には原処分の
取消しを求めることにあると解される。そうすると,原処分が審査請求の
対象とならず,その取消しを求めることができない場合には,裁決の取消
しを求める法律上の利益がないと解するのが相当である。
イこれに対し,原告は,裁決の取消しを求める法律上の利益は,違法な行
政不服審査手続によって受けた「正当な行政不服審査を受ける権利」の侵
害を回復することにあるから,本件決定取消しの訴えは法律上の利益があ
る旨主張する。
しかし,原処分が審査請求の対象とならない以上,瑕疵ある裁決を取り
消して,改めて瑕疵のない裁決を受けることに法律上の利益を認めること
はできないというべきであるから,原告の主張は採用できない。
(2)本件処分のうち原告を一般運転者とする部分が審査請求の対象となるか
どうかについて
ア行政不服審査法において,行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行
為に対して不服申立てをすることができるとされている(行政不服審査法
1条)のは,これらの行為が国民の権利義務に直接関係し,その違法又は
不当な行為によって国民の法律上の利益に影響を与えることがあるという
理由に基づくものであるから,行政庁の行為であっても,性質上上記のよ
うな法的効果を有しない行為は,審査請求の対象となり得ないと解するの
が相当である(最高裁判所昭和43年4月18日第一小法廷判決・民集2
2巻4号936頁)。
本件についてこれをみると,上記1(3)イのとおり,免許証更新処分に
おける運転者区分の認定ないし確認行為は,直接国民の権利義務を形成し
又はその範囲を確定することが法律上認められているものとはいえないか
ら,本件処分のうち原告を一般運転者とする部分は審査請求の対象とはな
らないものといわざるを得ない。
イこれに対し,原告は,少なくとも優良運転者免許証や一般運転者免許証
の交付行為は,行政庁の事実上の行為とみなすことができ,かつ,その効
果が免許証の有効期間の間継続することから,「公権力の行使に当たる事
実上の行為」で「その内容が継続的性質を有するもの」(行政不服審査法
2条1項)に当たることとなり,本件処分は審査請求の対象となる旨主張
する。
しかし,行政不服審査法2条1項の「公権力の行使に当たる事実上の行
為」とは,意思表示による行政庁の処分に類似する法的効果を招来する権
力的な事実上の行為をいうと解するのが相当である(前掲最高裁判所判決
参照)ところ,上記1(3)イのとおり,優良運転者免許証である旨が記載
された免許証の交付行為がこれに当たらないことは明らかである。
したがって,原告の主張は理由がない。
(3)小括
以上のとおり,本件処分のうち原告を一般運転者とする部分は審査請求の
対象とならず,その取消しを求めることはできない。したがって,原告には,
本件決定の取消しを求める法律上の利益がないから,本件決定取消訴訟は不
適法である。
第4結論
以上のとおりであって,原告の本件各訴えは,いずれも不適法であるから却
下することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法6
1条を適用して,主文のとおり判決する。
横浜地方裁判所第1民事部
裁判長裁判官河村吉晃
裁判官植村京子
裁判官諸岡慎介

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛