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平成19年2月27日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成17年(ワ)第15529号損害賠償等請求事件
口頭弁論終結日平成18年12月19日
判決
東京都渋谷区<以下略>
原告甲
同訴訟代理人弁護士高木一嘉
同若林実
東京都東久留米市<以下略>
被告乙A
東京都文京区<以下略>
被告乙B
上記両名訴訟代理人弁護士
秋葉信幸
同高橋省
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告らは,原告に対し,連帯して金880万円及びこれに対する平成17年
5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告らは,原告に対し,日本疾患モデル学会には別紙謝罪広告(1)記載のと
おりの謝罪広告を,日本分子生物学会には別紙謝罪広告(2)記載のとおりの謝
罪広告を,日本病理学会には別紙謝罪広告(3)記載のとおりの謝罪広告を,順
天堂大学には別紙謝罪広告(4)記載のとおりの謝罪広告を,別紙謝罪広告掲載
方法一覧表記載の方法で,それぞれ1回ずつ掲載せよ。
第2事案の概要等
1事案の概要
本件は,順天堂大学医学部病理学第二講座の助教授である原告が,被告らが
原告に無断で,かつ自らのものとして原告の研究成果ないし発明内容を発表し
たことにより,研究成果の侵奪による精神的損害及び上記発明に係る特許を受
ける権利の侵害による財産的損害を被ったと主張して,損害賠償880万円
(慰謝料500万円,財産的損害300万円及び弁護士費用相当額80万円)
及びこれに対する不法行為の後である平成17年5月1日から支払済みまで民
法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払並びに謝罪広告の掲載を請求す
る事案である。
2争いのない事実等
(1)当事者
ア原告は,順天堂大学医学部病理学第二講座(以下「本件講座」とい
う。)の助教授である。
原告は,昭和50年3月,和歌山県立医科大学医学部を卒業し,同年4
月,京都大学大学院医学研究科に病理系専攻で入学して研究を始め,昭和
54年3月,医学博士号を取得して同研究科を修了した。原告は,昭和5
4年4月に同大学医学部付属病院病理検査部医員,同年11月に同大学医
学部病理学第二講座助手,昭和56年7月に本件講座の助手に順次なり,
昭和58年12月から昭和59年12月までは米国のメイヨクリニック免
疫遺伝学講座に留学し,昭和60年7月に本件講座の講師,平成2年3月
に現在の助教授に順次なって,病理学の研究を続けてきた。
原告は,京都大学医学部病理学第二講座の助手をしていたころから,マ
ウスを用いた免疫病の病因に関する研究を継続してきており,平成14年
4月からは兵庫医科大学医学部及び浜松医科大学医学部の各非常勤講師を
兼ねている。
原告は,昭和51年に日本病理学会及び日本免疫学会の会員になり,昭
和61年からは日本病理学会の評議員を,平成5年からは同学会の編集委
員をそれぞれ務め,平成13年からは日本免疫学会の評議員を務めている。
また,原告は,昭和62年から日本癌学会の,平成6年からは日本リウマ
チ学会の,平成12年からは米国免疫学会の各会員であり,平成12年な
いし13年は科学研究費委員会の専門委員であった。
原告は,昭和55年以来,藤原記念財団から研究奨励金を授与されたり,
難病医学研究財団から医学研究振興賞を受賞するなどしてきており,平成
14年度ないし17年度に文部科学省から科学研究費補助金の支給を受け
ている(甲2,4ないし7,弁論の全趣旨)。
イ被告乙A(以下「被告乙A」という。)は,本件講座の教授である。
同被告は,昭和54年に愛媛大学医学部を卒業し,同年に同学部第二病
理学教室の助手になり,昭和56年に財団法人癌研究会癌研究所病理部の
研修研究員になった。同被告は,昭和59年に同研究所の研究員になると
ともに米国のアインシュタイン医科大学肝臓研究センターに留学し,平成
元年からは米国のフォクスチェース癌センターに留学し,平成3年から平
成15年6月まで上記癌研究所実験病理部の部長を務めた。平成15年3
月ころ,本件講座の前任の丙A教授(以下「丙A前教授」という。)の後
任を決める教授選が行われ,原告と被告乙Aが候補者となったが,被告乙
Aが当選し,本件講座の教授に選任された。
同被告は,平成6年以来,信州大学加齢適応センター等の客員教授を,
平成7年以来,大阪市立大学医学部等の非常勤講師を,それぞれ兼ねてい
る(甲3,乙34)。
ウ被告乙B(以下「被告乙B」という。旧姓は乙b,英語では「D●●●
●●●Z●●●●」と表記する。)は,本件講座の助手である。
同被告は,中華人民共和国で出生し,昭和51年1月に同国の北京大学
医学部を卒業し,同年2月に中国医学科学院・中国協和医科大学北京協和
病院眼科学教室の助手に,昭和60年11月に同教室の講師になったが,
平成元年3月,我が国に留学して群馬県桐生市の臨床眼科研究所の研修医
に,その後の平成2年3月,順天堂大学医学部眼科学教室の研究生になっ
た。同被告は,平成4年4月には本件講座の協力研究員になり,平成6年
3月に順天堂大学医学部で医学博士号を取得し,同年6月から平成8年1
2月までは静岡市の医療法人杞葉会きゅう眼科医院の臨床研究員を兼ね,
平成9年1月に本件講座の助手になった。なお,同被告は,平成11年6
月に我が国に帰化した。
同被告は,現在,日本病理学会,日本分子生物学会,日本疾患モデル学
会,日本免疫学会,日中医学協会の各会員である(乙1)。
(2)各用語の意義等
アH−2遺伝子の意義等
H−2遺伝子は,マウスの第17染色体上の主要組織適合抗原遺伝子複
合体(MajorHistocompatibilityCompl
ex。「MHC遺伝子」ともいわれる。)であり,個体によってその型が
それぞれ異なり,型の違いによって免疫応答の強弱が生じるものであって,
自己免疫疾患と関係する。H−2遺伝子は複数の遺伝子で構成される遺伝
子群であるが,その型をアルファベット又はアルファベットと数字の組合
せで示すことができ,これを「H−2」などのように,「H−2」の右b
肩に小字で表記することがある。
実験に用いられる純系マウスでは,その系統ごとにH−2遺伝子型が定
まっている。H−2遺伝子はK,A,E,TNFa,D亜領域などの複数
の亜領域に分けることができるが,後記のとおり,さらにA亜領域はAa
及びAb亜領域に,E亜領域はEa及びEb亜領域にそれぞれ分けること
ができる。
他方,H−2遺伝子の構成遺伝子はクラスⅠ及びクラスⅡ等に分類する
ことができるが,K及びD亜領域の遺伝子はクラスⅠであり,A及びE亜
領域の遺伝子はクラスⅡである。クラスⅡの遺伝子に係る亜領域は,さら
にa亜領域及びb亜領域に分けることができ,したがって,E亜領域はE
a亜領域及びEb亜領域に,A亜領域はAa亜領域及びAb亜領域に,そ
れぞれ分けることができる。なお,E亜領域とD亜領域の間には,TNF
a亜領域がある。
亜領域の遺伝子型も,父親及び母親に由来する遺伝子型のアルファベッ
トで示すことができ,これをEaなどのように,亜領域の記号の右肩b/d
に小字で表記することがある。Ea亜領域の遺伝子型がb/bホモの場合
には,E亜領域の遺伝子が発現せず,E分子が形成されないという特徴が
ある。
イNZBマウス等の意義
(ア)コンジェニックマウス系は,導入したい遺伝子を有するマウスを既
存の近交系マウス(兄妹交配を繰り返すことによって,性染色体以外の
遺伝子の構成が均一になっている系のマウス)と交配させて得られるF
1マウス(マウスを1回交配した第1代雑種のマウス)に,この既存の
近交系マウスを繰り返し退交配(交配により雑種となった子を片親の系
の子と交配すること。「戻し交配」ともいわれる。)させ,上記導入し
たい遺伝子以外は近交系マウスの遺伝子で置換することによって作製さ
れる。H−2コンジェニックマウス系は,このような方法によって作製
された,H−2遺伝子の構成のみが異なり,他の遺伝子の構成において
は,系内の他のマウスとの間で均一なマウス系である。
他方で,H−2リコンビナントマウス系は,H−2コンジェニックマ
ウス系を作製する過程で生じた遺伝子組換えを,交配によって固定した
マウス系である(乙11,13)。
(イ)NZB(NewZealandBlack)マウス系,B10.
GDマウス系及びBXSBマウス系は,いずれも自己免疫疾患自然発症
モデルマウスの系の1つである(以下,「自然発症」を単に「発症」と
いうことがある。)。なお,自己免疫疾患とは,自己の免疫系が臓器や
細胞を攻撃する疾患であるが,全身性エリテマトーデス及び関節リウマ
チ(本判決においては,マウスにおけるヒトの全身性エリテマトーデス
に極めて類似した病態を「SLE」といい,マウスにおけるヒトの関節
リウマチに極めて類似した病態を「RA」という。)がその代表的なも
のである。全身性エリテマトーデスは,リンパ球,赤血球,血小板の細
胞膜表面の分子に対する自己抗体を産生することによってリンパ球等が
減少したり,細胞核中のDNAやクロマチンに対する自己抗体を産生し,
これに基づく免疫複合体が腎臓に沈着することによって高度の腎障害
(ループス腎炎)を発症したりする疾患である。関節リウマチは,自己
抗体の1つであるリウマチ因子の出現,変形を伴う関節炎の発症を特徴
とする疾患である。
このうち,NZBマウス系は,1959年にニュージーランドのオタ
ゴ大学で作製された,自己免疫疾患を発症する黒毛のマウス系である
(なお,本判決においては,NZBマウス系に属するマウスを「NZB
マウス」と呼ぶこととする。)。NZBマウスにおいては,赤血球に対
する自己抗体の産生が見られ,自己免疫性溶血性貧血を発症するのが特
徴である。
白毛のマウス系であるNZW(NewZealandWhit
e)マウス系(本判決においては,NZWマウス系に属するマウスを
「NZWマウス」と呼ぶこととする。)では,自己免疫疾患の発症が見
られないものの,NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マ
ウスでは,SLEの発症が見られ,この病態の発症の程度は,雌F1マ
ウスの方が雄F1マウスの方よりも高いという特徴がある。
B10.GDマウス系は,遅くとも1980年代に米国のチェーラ教
授らによって作製された。
BXSBマウス系は,1978年に米国のジャクソン研究所で作製さ
れた,雌よりも雄において高度のSLEを発症することを特徴とするマ
ウス系である。BXSBマウスをNZBマウス又はNZWマウスと交配
したF1マウスでは,親マウスよりも重篤なSLEを発症する(弁論の
全趣旨)。
(ウ)F1マウス等の表記(特定)においては,×印の前に母親(雌)の
系統を,×印の後に父親(雄)の系統を書いて当該マウスの由来する系
統を表記するのが通例であり,例えば「(BXSB×NZB)F1」と
は,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配して得られた第1代雑
種(F1)のことを指す。
また,当該マウスにつきその遺伝子型を表記する場合,注目する遺伝
子に係る母親(雌)由来の遺伝子型と父親(雄)由来の遺伝子型とを
「/」の前後に表記して(順不同),子の1組の染色体上の遺伝子型を
示すのが通例である。ここで,母親由来の遺伝子型と父親由来の遺伝子
型が同一である子の遺伝子型を「ホモ型」といい,相異する子の遺伝子
型を「ヘテロ型」という。本判決においては,ホモ型の場合に,簡略化
して,共通する遺伝子型のみを遺伝子型として表記することがある(例
えば,「b/b」のホモ型の場合,「b」と表記する。)。
(3)被告らの学会発表
ア被告乙B,被告乙A及び丙Bらは,平成16年11月11日,京都大学
で行われた第21回日本疾患モデル学会総会において,一般演題Ⅰ(口頭
発表)の部で「新規自然発症する関節リウマチモデル動物−(BXSB×
NZB)F1雄マウス−」と題する研究発表を行った(発表の分類記号は
「O−12」。以下「本件研究発表1」という。)。本件研究発表1は,
本件講座及びアトピー研究センターで構成される研究グループの発表とい
う形でされたが,発表者の氏名中に原告の氏名が含まれていなかった。
本件研究発表1では,実験に使用したマウスの系列とH−2亜領域の遺
伝子型等との関係を示す表,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配
したF1マウス()の8か月齢における肢関節の肉眼所見(BXSB×NZB)F1
及びX線像の写真,同F1マウスの関節の病理組織の写真等を用いて,次
の(ア)ないし(ウ)の事項が報告された(乙4の1)。
なお,本件研究発表1の内容は,同日ころに発行された学会抄録に掲載
されて会員一般に頒布された(甲12の1の1及び2,弁論の全趣旨)。
(ア)同研究グループは,自己免疫疾患におけるH−2(マウスMHC)
亜領域拘束性の研究中に,独自に樹立した,BXSB雌マウスとNZB
雄マウスとを交配したF1雄マウス()がRAを発症(BXSB×NZB)F1♂
することを見出した[乙4の1の1頁下段,3頁,4頁上段]。
(B(イ)BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1マウス(
)のH−2遺伝子型はb/d,H−2遺伝子中のK,Ab,XSB×NZB)F1
Aa,Eb,Ea及びD亜領域の遺伝子型はいずれもb/dであり(乙
4の1の2頁上段の表中の①のマウス。),BXSB雌マウスとNZB.
GDr雄マウスを交配したF1マウス()のH−2(BXSB×NZB.GDr)F1
遺伝子型はb/g2rヘテロ,H−2遺伝子中のK,Ab,Aa,Eb
及びEa亜領域の遺伝子型はいずれもb/dヘテロ,D亜領域の遺伝子
型はbホモであり(同表中の②のマウス。表中ではD亜領域の遺伝子型
が「b/b」とホモ型であるのを,簡略化して「b」と表記している。
以下,被告乙Bの研究発表の内容において同様である。),BXSB雌
(BXSB×NZB.GマウスとNZB.GD雄マウスを交配したF1マウス(
)のH−2遺伝子型はb/g2ヘテロ,H−2遺伝子中のK,Ab,D)F1
Aa及びEb亜領域の遺伝子型はいずれもb/dヘテロ,Ea及びD亜
領域の遺伝子型はいずれもbホモであるところ(同表中の③のマウス。
表中ではEa及びD亜領域の遺伝子型がそれぞれ「b/b」とホモ型で
あるのを,簡略化して「b」と表記している。),上記のとおりEa亜
領域の遺伝子型がb/dヘテロである,BXSB雌マウスとNZB雄マ
ウスを交配したF1雄マウス()及び(BXSB×NZB)F1(H-2:EaD)♂b/db/db/d
BXSB雌マウスとNZB.GDr雄マウスを交配したF1雄マウス
()において血中IgGリウマト(BXSB×NZB.GDr)F1(H-2:EaD)♂b/g2rb/db
イド因子価が高く(なお,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配
したF1雄マウス()は,BXSB雌マウスとNZB.(BXSB×NZB)F1♂
GD雄マウスとを交配したF1雄マウス()及びB(BXSB×NZB.GD)F1♂
(BXSB×XSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雌マウス(
)よりも,5か月齢以降において,有意にRAの発症率が高く,NZB)F1♀
また5か月齢の時点においてIgGリウマトイド因子価がいずれも高か
った。),重篤なRAを発症した一方,Ea亜領域の遺伝子型がb/d
ヘテロでない,BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配した
F1雄マウス()ではRAをほとんど発症せず,S(BXSB×NZB.GD)F1♂
LEを発症した。また,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配し
たF1雌マウス(,BXSB雌マウスとNZB.GD(BXSB×NZB)F1♀)
r雄マウスとを交配したF1雌マウス()及びB(BXSB×NZB.GDr)F1♀
XSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配したF1雄マウス
()では,RAの発症がほとんど認め(BXSB×NZB.GD)F1(H-2:EaD)♂b/g2bb
られない一方,SLEの発症が認められた。
したがって,RAの発症には親系のBXSB雌マウスとNZB雄マウ
ス由来のH−2遺伝子のEa亜領域b/dヘテロ接合体及び性差が強く
関与している[乙4の1の2頁上段,4頁下段]。
(ウ)RAの発症とSLEの発症とは逆相関の関係にある[乙4の1の5
頁]。
イ被告乙B,被告乙A及び丙Bらは,平成16年12月8日,神戸市内の
神戸ポートアイランドで行われた第27回日本分子生物学会年会において,
「(BXSB×NZB)F1マウス自己免疫疾患(RAおよびSLE)に
おけるMHC亜領域拘束性の解析」と題する研究発表を行った(発表の分
類記号は「1PA−476」。以下「本件研究発表2」という。)。本件
研究発表2は,本件講座及び順天堂大学のアトピー研究センターで構成さ
れる研究グループの発表という形でされたが,発表者の氏名中に原告の氏
名が含まれていなかった。
本件研究発表2では,本件研究発表1と同様に,実験に使用したマウス
の系列とH−2亜領域の遺伝子型等との関係を示す表等を用いて,同研究
グループが自己免疫疾患におけるH−2(マウスMHC)亜領域拘束性の
研究中に,独自に樹立した,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配
したF1雄マウス()がRAを発症することを見出した(BXSB×NZB)F1♂
ことを前提として,次の(ア)ないし(オ)の事項が報告された(乙4の2)。
なお,本件研究発表2の内容は,同日ころに発行された学会抄録に掲載
されて会員一般に頒布された(甲12の2の1及び2,弁論の全趣旨)。
(ア)BXSB(H−2)雌マウスとNZB(H−2)雄マウス及び同bd
グループが樹立したH−2コンジェニックNZB雄マウスを交配して,
H−2遺伝子のK,A及びEb亜領域の遺伝子型がいずれもb/dヘテ
ロで,Ea及びD亜領域の遺伝子型がそれぞれ異なるF1マウスを作製
し,自己免疫疾患の病態について臨床的及び病理組織学的な評価を比較
した。
すると,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雄マウ
ス()及びBXSB雌マウスとNZB.GDr雄マウ(BXSB×NZB)F1♂
スとを交配したF1雄マウス(は,5か月齢以降(BXSB×NZB.GDr)F1♂)
RAを発症し,8か月齢では約90パーセントの高率でRAを発症した。
(BBXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雄マウス(
)は,8か月齢において,肉眼所見で足関節の発赤,腫XSB×NZB)F1♂
脹,変形及び強直が認められ,足関節のレントゲン写真でRAに特有の
軟骨及び骨の破壊並びに関節変形が認められ,足指関節の病理組織のH
E染色像でも滑膜細胞の著しい増殖,パンヌス形成並びに軟骨及び骨の
破壊が認められたが,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配した
F1雌マウス()ではこれらの病的変化が認められな(BXSB×NZB)F1♀
かった[乙4の2の2頁,3頁上段,5,6頁,7頁上段]。
(イ)BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雌マウス
(),BXSB雌マウスとNZB.GDr雄マウスと(BXSB×NZB)F1♀
を交配したF1雌マウス(),BXSB雌マウス(BXSB×NZB.GDr)F1♀
(BXSB×NZB.GD)とNZB.GD雄マウスとを交配したF1雌マウス(
)及びBXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配したF1F1♀
雄マウス()は,いずれもほとんどRAを発症しな(BXSB×NZB.GD)F1♂
いが,蛋白尿の出現率が高い。
とりわけ,BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配したF
1雌マウス()の蛋白尿の出現率は有意に高い[乙(BXSB×NZB.GD)F1♀
4の2の5頁上段]。
(ウ)作製したマウスのプール血清についてELISA法で血中IgG自
己抗体価を測定するなどしたところ,BXSB雌マウスとNZB雄マウ
スとを交配したF1雄マウス()及びBXSB雌マウ(BXSB×NZB)F1♂
(BXSB×NZスとNZB.GDr雄マウスとを交配したF1雄マウス(
)は,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1B.GDr)F1♂
雌マウス(),BXSB雌マウスとNZB.GDr雄(BXSB×NZB)F1♀
マウスとを交配したF1雌マウス(),BXSB(BXSB×NZB.GDr)F1♀
(BXSB×雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配したF1雌マウス(
)及びBXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配NZB.GD)F1♀
したF1雄マウス()に比して血中IgGリウマト(BXSB×NZB.GD)F1♂
イド因子価が有意に高く,重篤なRAを発症し,他方抗DNA抗体価は
有意に低かった。反対に,BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスと
を交配したF1雌マウス()は,抗DNA抗体価が(BXSB×NZB.GD)F1♀
有意に高く,重篤なSLEを発症した。なお,BXSB雌マウスとNZ
B.GD雄マウスとを交配したF1雄マウス(),(BXSB×NZB.GD)F1♂
(BXSBXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雌マウス(
)及びBXSB雌マウスとNZB.GDr雄マウスとを交B×NZB)F1♀
配したF1雌マウス()では,軽度のSLEの発(BXSB×NZB.GDr)F1♀
症が認められたものの,RAをほとんど発症しなかった。[乙4の2の
7頁下段]。
(エ)上記(ア)及び(イ)から,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交
配したF1雄マウス()のRAの発症には,親系のB(BXSB×NZB)F1♂
XSB雌マウス及びNZB雄マウス由来のH−2遺伝子のEa亜領域b
/dヘテロ複合体並びに性差が強く関与していることが明らかである
[乙4の2の8頁]。
(オ)上記(ウ)から,RAと同様に自己免疫疾患であるSLEの発症は,
RAの発症と逆相関の関係にあることが明らかである[乙4の2の8
頁]。
ウ被告乙B,被告乙A及び丙Bらは,平成17年4月14日,横浜市内の
パシフィコ横浜で行われた第94回日本病理学会総会の「一般口演運動
器,骨,軟部2」の部において,「(BXSB×NZB)F1マウス自己
免疫疾患における性差および雄性ホルモン影響の解析」と題する研究発表
を行った(なお,プログラム(甲12の3の1,2)には,「(BXSB
×NZB)F1マウス自己免疫疾患におけるMHC亜領域拘束性および性
差の解析」という題名で収録されている。以下「本件研究発表3」といい,
本件研究発表1ないし3をまとめて,以下「本件各研究発表」という。)。
本件研究発表3は,本件講座の研究グループの発表という形でされたが,
発表者の氏名中に原告の氏名が含まれていなかった。なお,この部におい
ては,被告乙Aが座長を務めた。
本件研究発表3では,実験に使用したマウスの写真等を用いて,次の
(ア)及び(イ)の事項が報告された(乙4の3)。
なお,本件研究発表3の内容のうち次の(ア)の部分は,同日ころに発行
された学会抄録に掲載されて会員一般に頒布された(甲12の3の1及び
2,弁論の全趣旨)。
(ア)自己免疫疾患の研究中に,独自に樹立した,BXSB雌マウスとN
ZB雄マウスとを交配したF1マウス()において雄の(BXSB×NZB)F1
みがRAを発症することを見出した。すなわち,同F1マウスにおいて
は,雄マウスのH−2遺伝子のEa亜領域の遺伝子型がb/dヘテロで
あるところ,雌マウスに比して,4か月齢以降のRAの発症率が有意に
高く,5か月齢時点でのIgGリウマトイド因子価が有意に高い。一方,
同F1マウスの雌マウスもH−2遺伝子のEa亜領域の遺伝子型がb/
dヘテロであるが,RAを発症せず,5か月齢時点でのIgGリウマト
イド因子価も(BXSB×NZB)F1雄マウスのそれに比して有意に
低く,SLEを発症した[乙4の3の3,4頁]。
(イ)その後,この(BXSB×NZB)F1マウスの睾丸及び精巣ある
いは卵巣を摘出したり,卵巣摘出後にテストステロンを投与したりして,
RAの発症における性差及び性ホルモンの影響を解析した。
その結果,同F1マウスのうち,睾丸及び精巣を摘出していない雄マ
ウス及び卵巣を摘出した後テストステロンを投与した雌マウスではRA
の発症が認められたが,睾丸及び精巣を摘出した雄マウス及び卵巣を摘
出していない雌マウスではRAの発症が認められなかった(5頁上段)。
(ウ)前記(ア)及び(イ)から,RAの発症には,性差特にテストステロン
が強く関与しており,RAの発症とSLEの発症とは逆相関の関係にあ
ることが明らかである[乙4の3の5頁下段]。
(4)本件各研究発表の内容と対象となるマウスの包含関係
原告が自らの発明及び研究成果であると主張する6種類の実験用マウスと
本件各研究発表との関係は次のとおりである。
ア通常のBXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配したF1雄マ
ウス(。以下「本件マウス①」という。)のH−2(BXSB×NZB.GD)F1♂
遺伝子型はb/g2ヘテロであり,SLEを高率で発症するとともに,R
Aも低率ではあるが発症する。本件マウス①は本件各研究発表の内容に含
まれている(本件研究発表1及び2の表中の③のマウスのうちの雄マウス,
本件研究発表3のEa亜領域遺伝子型bホモ(b/b)の雄マウス)。
イ通常のBXSB雌マウスとNZB.GDr雄マウスを交配したF1雄マ
ウス(。以下「本件マウス②」という。)のH−2(BXSB×NZB.GDr)F1♂
遺伝子型はb/g2rヘテロであり,SLEの発症頻度は低いもののRA
を本件マウス①より高率で発症する。本件マウス②は本件各研究発表の内
容に含まれている(本件研究発表1及び2の表中の②のマウスのうちの雄
マウス,本件研究発表3のEa亜領域遺伝子型b/dヘテロの雄マウス)。
ウ通常のBXSB雌マウスと同遺伝子型がg2/dヘテロであるNZB.
GD雄マウス又は同遺伝子型がg2r/dヘテロであるNZB.GDr雄
(BXSB×NZB.GD(H-2))F1♂(BXマウスとを交配したF1雄マウス(及びg2/d
)のうちH−2遺伝子型がb/dヘテロであるSB×NZB.GDr(H-2))F1♂g2r/d
もの(以下「本件マウス③」という。)は,SLEの発症頻度が低いもの
の,RAを本件マウス①よりも高率で発症する。本件マウス③は本件研究
発表3の内容に含まれている(本件研究発表3のEa亜領域遺伝子型b/
dヘテロの雄マウス)。
エ通常のBXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配したF1雌マ
ウス(。以下「本件マウス④」という。)のH−2遺(BXSB×NZB.GD)F1♀
伝子型はb/g2ヘテロであり,SLEを早期かつ高度に発症する。本件
マウス④は本件研究発表2及び3の内容に含まれている(本件研究発表2
の表中の③のマウスのうちの雌マウス,本件研究発表3のEa亜領域遺伝
子型bホモ(b/b)の雌マウス)。
オ通常のBXSB雌マウスとNZB.GDr雄マウスとを交配したF1雌
マウス(。以下「本件マウス⑤」という。)のH−(BXSB×NZB.GDr)F1♀
2遺伝子型はb/g2rヘテロであり,本件マウス④よりも遅くSLEを
発症する。本件マウス⑤は本件各研究発表の内容に含まれている(本件研
究発表1及び2の表中の②のマウスのうちの雌マウス,本件研究発表3の
Ea亜領域遺伝子型b/dヘテロの雌マウス)。
カ通常のBXSB雌マウスとH−2遺伝子型がg2/dヘテロのNZB.
GD雄マウス又は同遺伝子型がg2r/dヘテロのNZB.GDr雄マウ
(BXSB×NZB.GD(H-2))F1♀(BXSB×スとを交配したF1雌マウス(及びg2/d
)のうちH−2遺伝子型がb/dヘテロであるものNZB.GDr(H-2))F1♀g2r/d
(以下「本件マウス⑥」という。本件マウス⑥のうち,父親のH−2遺伝
子型がg2/dヘテロであるものを「本件マウス⑥−1」といい,父親の
H−2遺伝子型がg2r/dであるものを「本件マウス⑥−2」という。
また,本件マウス①ないし⑥をまとめて,以下「本件各マウス」とい
う。)は,本件マウス⑤よりも遅くSLEを発症する。本件マウス⑥は本
件研究発表3の内容に含まれている(本件研究発表3のEa亜領域遺伝子
型b/dヘテロの雌マウス)。
3本件の争点
(1)原告が本件各マウスに係る研究成果等を得たか否か
(2)被告らによる研究発表が原告の研究成果を奪う不法行為となるか否か
(3)被告らによる研究発表が原告の特許を受ける権利を侵害する不法行為と
なるか否か
(4)損害の有無及び額
(5)謝罪広告の必要性
第3争点に関する当事者の主張
1争点(1)(原告が本件各マウスに係る研究成果等を得たか否か)について
〔原告の主張〕
以下のとおり,原告が本件各マウスに係る研究成果を得たものであり,被告
乙Bは同研究成果を得ていない。すなわち,同研究成果に係る知的創造活動を
行ったのは原告であって,同被告は研究に使用するコンジェニックマウスの飼
育及び維持に従事していたにすぎず,知的創造活動を行っていなかった。
(1)NZB.GDマウス系等の樹立
原告は,H−2遺伝子の型を入れ替えたNZBマウス及びNZWマウスの
コンジェニックマウス系を作製することにより,自己免疫疾患の発症モデル
マウスに見られる病態にH−2遺伝子型が大きく寄与していることを証明し,
かつその作用機序を解明することをライフワークとして定め,昭和54年か
ら,かかるコンジェニックマウス系,すなわちH−2遺伝子型がdホモのN
ZWコンジェニックマウス系,同遺伝子型がzホモのNZBコンジェニック
マウス系の作製を開始した。さらに,原告は,平成元年からH−2遺伝子型
がbホモのNZWコンジェニックマウス系の作製を開始した。
他方,原告は,平成元年に当時の国立遺伝学研究所の丙C氏からB10.
GDマウスを譲り受け,同年から,NZB雌マウスとB10.GD雄マウス
を交配して,NZB.GDマウス系を作製する作業を開始した。
原告は,その後,NZB.GDマウス系を樹立して,NZB.GDマウス
を使用して研究を行い,平成6年,その成果を論文発表した。
ところが,NZB.GDマウスの繁殖率が低かったため,平成6年,原告
は再度同様の方法でNZB.GDマウス系を作製し直す作業を開始した。
なお,原告は,後記(2)のとおり,従前からH−2遺伝子のA及びE亜領
域の遺伝子がSLEに与える影響を具体的な研究テーマとして研究活動を行
ってきたものであるが,E亜領域の遺伝子がSLEの病態に与える影響を明
らかにするためには,H−2遺伝子中の他の亜領域の遺伝子が同一で,Ea
亜領域の遺伝子のみが異なるコンジェニックマウスを作製することが必要で
あった。そこで,原告は,NZB.GDマウスの繁殖の目的及びかかるコン
ジェニックマウスを作製する目的で,NZB.GDマウスにNZBマウスを
交配させた。その結果,番号362番の雄マウスのH−2遺伝子に組換えが
生じ,Ea亜領域の遺伝子型がbからdに置き換わった。原告は,このマウ
スをNZB.GDrと命名し,以後これを使用して交配を行い,平成13年
にNZB.GDrマウス系を樹立した。
(2)従前の研究
ア原告は,もともと,NZBマウス系及びNZWマウス系のH−2コンジ
ェニックマウスを作製し,これらのマウス同士を交配して得られたF1マ
ウスの病態観察を行い,自己免疫疾患の病態に対するH−2遺伝子の型の
違いの影響を研究していた。
すなわち,原告は,NZWマウス系のH−2遺伝子型を本来のzホモか
らNZBマウス系由来のdホモに置換したNZWマウスのH−2コンジd
ェニックマウス系を樹立し,得られたコンジェニックマウスを使用して交
配し,の病態との病態(NZB×NZW(H-2)F1(H-2)(NZB×NZW(H-2)F1(H-2)ddzd/z
とを比較したところ,前者が後者よりもSLEの病態が軽度であることを
発見し,昭和58年,SLEの病態の増悪には,H−2遺伝子型がヘテロ
であるd/zヘテロであること(H−2ヘテロ接合性)が重要であるd/z
ことを論文発表した。なお,前者のマウスにおいても後者のマウスにおい
てもE分子が形成されており,両者の間で異ならないので,この実験から
はSLEの発症に対してE分子が果たす役割は判明しなかった。当時,S
LEの発症に対してE分子が果たす役割は世界的にも不明であり,この解
明が原告の次なる研究テーマになった。
イニシモトは,E分子が形成されず,自己免疫性の糖尿病を自然発症する
モデルマウスであるNODマウスに,E分子を形成する遺伝子を人工的に
導入する実験を行い,糖尿病の発症が抑制されることを発見して,昭和6
2年,この発見について論文発表した。
そこで,原告は,このニシモトの論文に触発され,SLEの発症にE分
子が関係しているのではないかと考え,前記(1)のとおり,E亜領域の遺
伝子が発現せずE分子を形成しないNZW(H−2),NZB.GDb
(H−2)及びNZW.GD(H−2)の各コンジェニックマウスのg2g2
作製を開始した。なお,従前からH−2遺伝子型がbホモのマウスがE亜
領域の遺伝子が発現しないものとして周知であったが,原告が留学先から
持ち帰ったH−2遺伝子型がg2ホモであるNZB.GDマウス等もE分
子を形成しないマウスである。
ウ他方,BXSBマウスが初めて作製された昭和53年当時から,BXS
BマウスをNZWマウスやNZBマウスと交配させると,得られるF1マ
ウスが親のBXSBマウスよりも重篤なSLEを発症することが知られて
いたが,その原因は不明であった。そこで,原告は,平成2年ころから,
NZWマウス系及びNZBマウス系に由来するSLE病態悪化の遺伝要因
の解析を行ってきた。
原告は,この解析の中で,平成2年ころ,自ら作製したH−2遺伝子型
がdホモのNZWコンジェニック雌マウス(NZW(H−2))とBXd
(NZW(H-2)×BXSB)F1(HSB雄マウスとを交配し,得られたF1マウス(d
)を病態観察し,通常のNZW雌マウスとBXSB雄マウスとを交配-2)d/b
して得られたF1マウス()の病態と比較したとこ(NZW×BXSB)F1(H-2)z/b
ろ,前者においてSLEの特徴であるループス腎炎及び血小板減少症の発
症の有無が後者よりも顕著に軽度で,SLEの病態増悪がH−2遺伝子型
がz/bヘテロであるか否かによって左右されること(H−2ヘテロz/b
接合性)を見出し,平成4年にこの研究成果を発表した(甲20の4)。
しかし,これらの2つのF1マウスは,E分子を同レベルで形成するので,
当時,SLEの病態に対してBXSBマウスのE亜領域の遺伝子がどのよ
うな役割を果たしているかは不明であった。
エそして,原告は,平成3年,自ら作製したH−2遺伝子型がzホモのN
ZBコンジェニック雌マウス(NZB(H−2))とBXSB雄マウスz
とを交配し,得られたF1マウスを病態観察し,平成5年,上記発見及び
この研究結果を株式会社技術情報協会発行の「〔疾患別〕モデル動物の作
製と新薬開発のための試験実験法」中の第Ⅰ章第6節[3]の論文「血小
板減少症」にまとめた。原告は,この論文の中で,H−2コンジェニック
マウスのNZW雌マウス及びNZB雌マウスとBXSB雄マウスとを交配
して,得られたF1マウスの病態解析を行う研究の方針を提示した。
オところで,BXSBマウスは,H−2遺伝子型がbホモでE亜領域の遺
伝子を発現せず,SLEを自然発症するマウス系であるが,メリノ(Me
rino)らは,前記アの原告の論文発表に触発されて,このH−2遺伝
子型をbホモからdホモに置換し,E亜領域の遺伝子を発現し,E分子を
形成するようにしたBXSB(H−2)コンジェニックマウスを作製し,d
その病態を観察したところ,H−2遺伝子型を置換する前のマウスよりも
SLEの病態が顕著に軽度であることを発見し,平成4年,この旨を論文
発表した。
その結果,BXSBマウスのSLEの発症にE分子の形成の有無が関係
している可能性があることが判明したものの,当時は,上記マウスのSL
Eの病態の違いが,A分子(A亜領域の遺伝子がコードして形成する。)
の型の違いによるものである可能性や,A分子の型の違いとE分子の形成
の有無の双方によるものである可能性が未だ存在しており,病態の違いの
原因は未だ不明なままであった。
カ原告は,A亜領域の遺伝子型を揃え,E分子の形成の有無によるSLE
の病態の違いを調べるべく,平成3年から,NZB雌マウスとNZW雄マ
ウスとを交配したF1マウス()とNZB.GD雌マウ(NZB×NZW)F1(A)d/z
スとNZW雄マウスとを交配したF1マウス()を(NZB.GD×NZW)F1(A)d/z
作製し,両者の病態を比較した(甲24,甲25の1及び2)。前者と後
者とでは,E分子の発現量(形成される量)において,後者が前者の半分
であるが,この実験の結果,遅くとも平成4年ころには,後者の病態の方
が前者の病態よりも重度であることが判明した。原告は,この研究成果を
論文発表(甲20の2)し,A亜領域の遺伝子型が同一のd/zヘテロの
場合でも,E分子が形成されるか否かによって型の違いによってSLEの
病態が異なり得ることを世界で初めて示した。
なお,原告は,平成4年の実験ノート(甲25の2の5頁)に,上記実
験に関連して,「E分子が自己抗体産生を抑制する機序の解析」という研
究立案を記している。
ところが,上記F1マウスのうち,前者はTNFa亜領域及びD亜領域
の遺伝子型がいずれもd/zヘテロであるのに対し,後者はこれらの遺伝
子型がいずれもb/zヘテロであったので,SLEの病態の違いがTNF
a亜領域又はD亜領域の遺伝子型の違いに基づく可能性があり,TNFa
亜領域及びD亜領域の遺伝子型を同一にして実験を行う必要があった。
キ原告は,平成7年から,H−2遺伝子がb型のNZW雌マウスとBXS
B雄マウスとを交配して,得られたF1マウスの病態観察を行っていたが,
実験実務は主として大学院生の丙D(以下「丙D」という。)に行わせて
いた(甲35,41)。
ク原告は,前記カのSLE病態の違いの原因の問題を解明する目的で,E
a亜領域とTNFa亜領域の遺伝子に組み替えが生じたコンジェニックマ
ウスを樹立すべく,NZB.GDマウスをNZBマウスで戻し交配する作
業を繰り返し,前記(1)のとおり,平成13年にNZB.GDrマウス系
の樹立に成功したが,このマウス系樹立の確認のための遺伝子解析作業を,
Ea及びDの両亜領域については被告乙Bに,TNFa亜領域については
技術員の丙E(以下「丙E」という。)に担当させた。
なお,原告は,事前に確率論的な考察を行ってNZB.GDrマウスの
出現の可能性を予測して上記の交配作業等を行わせており,またNZB.
GDrマウス系の樹立の有無を確認するためには,TNFa亜領域の遺伝
子型の解析が不可欠であったが,同被告はこの解析作業を担当していない。
なお,NZB.GDrマウス系樹立の目的は,これを使用して交配した
ときのF1マウスとNZB.GDマウスを使用して交配したときのF1マ
ウスとの間で,SLE病態に差異があるか否かを調べるためであり,かつ
当時SLE病態との関連が報告されているのはTNFa亜領域の遺伝子で
あったから,上記のとおり,NZB.GDrマウス系の樹立の有無を確認
するためにTNFa亜領域の遺伝子型の解析が不可欠であった。
また,同被告が行った遺伝子解析作業には,特殊な抗体を使用すること
が不可欠であるが,この抗体を産生する細胞は,原告がH−2遺伝子の研
究を通じて知り合った他の研究者との人的関係に基づいて入手し,同被告
にその利用を許したからに他ならないのであって,遺伝子型の解析につい
て原告の指示があったことを裏付けるものである。
ケこれらのように,原告は,H−2遺伝子がSLEの病態に与える影響と
いう壮大な研究テーマの下に,従前から研究を行ってきたもので,平成1
0年に一定の成果を結実させた原告の次の研究テーマがNZBマウス系の
H−2遺伝子型とSLEとの関係であった。BXSBマウスとNZB.G
Dマウス及びNZB.GDrマウスとの交配も,NZBマウス系由来のS
LE病態増悪遺伝要因を解析するためのものであって,本件各マウスに係
る研究成果も,原告の一連の研究活動の中で得られたものである。
(3)BXSB雌マウスを使用した最初の実験等
ア原告は,平成7年ころから,BXSBマウスの病態に対するE分子が果
たす役割の解析を目的として,BXSB雌マウスとNZW(H−2)雄b
マウスとを交配し,これによって得られたE分子が形成されないF1マウ
スの病態解析を行っていたが(原告がかかるF1マウスを作製し,丙Dと
実験補助員の丙Fにその病態解析を行わせた。),病態の増強は認められ
なかった。そのため,いったん研究を中断した。
イ原告は,平成9年以降,SLEの病態に及ぼすE分子による効果がA亜
領域の遺伝子型に影響されるか否かを解析するため,<A>NZB雌マウス
とH−2遺伝子型がdホモのNZW雄マウス(NZW(H−2)♂),d
<B>NZB雌マウスとNZW.GD雄マウス,<C>NZB.GD雌マウス
とNZW.GD雄マウス,<D>NZB雌マウスとH−2遺伝子型がbホモ
のNZW雄マウス(NZW(H−2)♂),<E>NZB.GD雌マウスb
とH−2遺伝子型がbホモのNZW雄マウスとをそれぞれ交配してF1マ
(NZB×ウスを作製し,作製されたF1雌マウスの病態を観察した(順に,
NZW(H-2))F1(H-2:AE)(NZB×NZW.GD)F1(H-2:AE)(NZB.GD×NZW.ddddd/g2dd/b
,,
GD)F1(H-2:AE)(NZB×NZW(H-2))F1(H-2:AE)(NZB.GD×NZW(H-g2dbbd/bd/bd/b
,,
)が,被告乙Bがその実験実務の多くを担当した。2))F1(H-2:AE)bg2/bd/bb
そして,従前はNZB及びNZWマウスとBXSBマウスとの交配F1
マウスの作製は,BXSBマウスを雄マウスにして行ってきたが,NZB.
GDマウスはもともと繁殖力が弱い上,NZB.GDマウス自身で交配を
重ねることによる系統維持が必要であることや,NZW.GDマウスと交
配してF1マウスを作製する実験が必要であることから,使用できるNZ
B.GD雌マウスの数に限りがあった。そこで,原告は,十分な数のNZ
B.GD雌マウスが確保できるまでの間,上記とは反対に,NZB.GD
マウスを雄マウスにし,BXSBマウスを雌マウスにして,交配を行うこ
とにしたが,ここで使用したNZB.GD雄マウスには,H−2遺伝子型
がg2ホモのものとg2/dヘテロのものの双方があった。このとおり,
原告は,さらに<F>BXSB雌マウスとNZB雄マウス,<G>BXSB雌
マウスとNZB.GD雄マウスとをそれぞれ交配してF1マウスを作製し
(順に,,),(BXSB×NZB)F1(H-2:AE)(BXSB×NZB.GD)F1(H-2:AE)b/db/db/db/g2b/db
そのうちF1雌マウスの病態を上記各F1雌マウスの病態と比較した。な
お,この実験においても,被告乙Bが実験実務の多くを担当した。
すると,上記のF1雌マウスのSLEの病態の程度は別表1「甲57
各マウス系と遺伝子型一覧表」のとおりであった。
その結果,原告は,A亜領域の遺伝子型がdホモの場合でも,E亜領域
の遺伝子が発現せずE分子が形成されない場合には高度のSLEを発症す
ること(<A>ないし<C>の比較による実験結果),E分子が形成されない
場合においては,A亜領域の遺伝子型がdホモのときよりもd/bヘテロ
のときの方がより高度のSLEを発症すること(極めて早期に蛋白尿を発
症した。<C>と<E>の比較による実験結果)及びA亜領域の遺伝子型がd
/bヘテロの場合,E分子が形成されることによりSLEの病態が高度に
抑制される(軽度になる)こと(<D>と<E>及び<F>と<G>の比較による
実験結果)を見出した。
原告は,平成13年9月26日ころ,平成14年度科学研究費研究計画
調書(甲57の3)に,これらの考察を上記<A>ないし<G>のF1マウス
のリストともに記載した。
もっとも,上記の実験結果によっても,SLEの病態の抑制の原因がE
分子の形成にあるのか,TNFa又はD亜領域の遺伝子型がdホモである
ことにあるのかは依然として不明であった。そこで,次に,NZB.GD
rマウス系を使用してF1マウスを作製し,病態観察を行う必要があった。
なお,原告は,上記研究計画調書及び平成14年3月に提出した科学研究
費研究成果報告書(甲17の2の14頁)に,かかる必要性について記載
した。
ウ原告は,平成13年,NZB.GDrマウス系の樹立に成功したことか
ら,同マウス系を使用して交配を行うことにし,実験実務を被告乙Bに行
わせた。この実験で作製されたF1マウスが科学研究費申請書(甲46の
2)5頁記載の①ないし⑩のマウスであり,病態観察の結果は別表2「甲
46,乙15各マウス系と遺伝子型一覧表」のとおりであった(ただし,
後記のとおり,上記別表には上記書証中のNZBマウス等の亜領域の遺伝
子型に係る記載から導かれるF1マウスのTNF亜領域の遺伝子型も記載
した。)。
ここで,同一覧表記載3及び4番のF1マウスは,いずれも,A亜領域
の遺伝子型がdホモ,TNF亜領域の遺伝子型がbホモ,D亜領域の遺伝
子型がbホモであるが,E亜領域の遺伝子型が,3番のF1マウスではb
ホモであるのに対して,4番のF1マウスではd/bヘテロと異なってお
り,E分子の発現量のみが異なっている。このとおり,NZB.GDrマ
ウス系が樹立され,同マウス系を利用することによって,TNFa及びD
亜領域の遺伝子の影響を排除してE亜領域の遺伝子型のみの影響を判断で
きるようになった。
この実験により,A亜領域の遺伝子型がdホモのF1マウスのSLEの
病態がE分子の発現量によって抑制されることが判明した。
他方,原告が同一覧表記載4,5及び7番のF1マウスを作製したのは,
前記(2)カのとおり,NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1
マウスのA亜領域の遺伝子型はd/zヘテロであるところ,E分子を形成
する場合でも高度のSLEを発症し,E分子の発現量を減少させると,S
LEの病態はさらに悪化したので,A亜領域の遺伝子型がヘテロである場
合にSLEの病態が増悪がみられるのは,同遺伝子型がd/zヘテロであ
るときに限られるのか,例えばd/bヘテロであるときでもかかる増悪が
みられるのではないかとの疑問,及び,A亜領域の遺伝子型がヘテロの場
合に,E分子が全く形成されないようにすると,SLEの病態はどの程度
増悪するのかの疑問を抱いたからである。
そして,この実験により,A亜領域の遺伝子型がd/bヘテロの場合に
も,これがd/zヘテロの場合と同様に,SLEの病態を増悪させること,
A亜領域の遺伝子型がd/bヘテロの場合にE分子が形成されないように
する(欠損)と,極めて早期から高度のSLEが発症すること,4番と7
番のF1マウスのSLEの病態の違いは,TNF又はD亜領域のd型の遺
伝子によるものである可能性があることがそれぞれ判明した。
その後,原告は,平成16年,同一覧表記載のF1マウスのうち,1な
いし4番につき,被告乙Bを第1著者とし,自らは最終著者(コレスポン
ディングオーサー)として,論文発表(甲20の3)を行った。
この論文発表は,原告の平成元年のNZB.GDマウス系作製開始以来
の研究テーマであるE亜領域の遺伝子とSLE発症との関係に関する研究
成果の1つに係るものであって,F1マウスのH−2遺伝子型がヘテロで
なくてもE分子が形成されなければ重篤なSLEを発症することを示した
ものである。
なお,科学研究費申請書(甲46の2)5頁のF1マウスの病態欄に
「?」が記載されているのは,同被告において該当するF1マウスの病態
を解析するよう,原告が同被告に指示したことを示すものである。
エ原告は,平成12年夏,被告乙Bが病気療養のため長期休暇中に,丙E
とともに前記イのF1マウスの病態解析を行っていたところ,それまで全
く予期していなかった手足の腫脹を伴う関節炎(RA)が,NZB.GD
雌マウスとH−2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニック雄マウスとを
交配したF1マウス数匹に発症していることを発見した。
原告は,同年8月,これらのF1マウスを自ら解剖し,上下肢のRAの
所見を得た。
RAを発症したF1マウスのH−2遺伝子型はb/g2ヘテロ及びb/
dヘテロであったので,原告は,H−2コンジェニックマウス系において
も,H−2遺伝子型がb/g2ヘテロ又はb/dヘテロであるもの(1組
のH−2遺伝子の一方に片親由来のb型の遺伝子を有するもの)について
は,本来SLEを発症するマウス系にRAの発症を誘導できるのではない
かと考えた。
さらに,原告は,SLEの発症の場合とは異なって,E分子がRAの発
症に何ら影響を与えない可能性についても思い至った。
原告は,その後2年間にわたって,H−2遺伝子がb型のNZW雌マウ
スとNZB.GD雄マウスとを交配させて多数の実験マウスを作製し,R
A発症の頻度を解析したが(解析の実務は,大学院生の丙G[以下「丙
G」という。]に,学位を取得させるために行わせた。甲62),RAの
発症率は1割未満程度にすぎず,RAモデルマウスとしては不適切であっ
た。この交配実験については同被告は何ら関与しておらず,その後に作成
された図(甲73の1)も,原告の指示に基づいて丙Gが作成したもので
ある。
(4)本件各マウスの発見等
ア平成13年末ころ,前記(1)のとおり,NZB.GDrマウス系が樹立
され,E分子の影響を解析することができるようになった。
BXSBマウスにおいて雄に強いSLEが発症するのは,雄の性染色体
であるY染色体上のYaa遺伝子の影響であることが周知となっているか
ら,Yaa遺伝子とH−2遺伝子型との相互作用を解析する場合には,B
XSB雄マウスとの交配を行ってF1マウスを作製するのが通常である。
しかし,原告らが樹立したNZB.GDマウス系及びNZB.GDrマウ
ス系は,繁殖力が弱く,NZB.GD雌マウス又はNZB.GDr雌マウ
スとBXSB雄マウスとを交配したのでは,得られるF1マウスが少なく
なることが予想された。
そこで,原告は,BXSBマウスのSLEの病態に対するE亜領域の遺
伝子の役割を,Yaa遺伝子との関係も考慮した上で明らかにすべく,被
告乙Bに対し,BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウス及びNZB.G
Dr雄マウスとを交配してF1マウスを作製するよう命じた。
BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウス及びNZB.GDr雄マウス
とを交配してF1マウスを作製し,病態観察を行った場合には,BXSB
雄マウスを使用して交配する場合と異なって,Yaa遺伝子の影響を受け
ない,H−2遺伝子型の影響を単独で解析できることになる。また,かか
る交配を行うことにより,昭和54年のマーフィーの論文発表(甲54の
1)当時には不明であった,E分子の役割を解明することができる。
なお,同被告が原告の命令に応じて作製したF1マウスの台帳(甲4
9)の表紙には,「(BXSB×NZB.GD/d)F1&(NZB.G
D/d×BXSB)F1と記載されており,この台帳自体にBXSB雌マ
ウスを使用した交配によるF1マウスとBXSB雄マウスを使用した交配
によるF1マウスの双方が記載されているが,上記表題及びその内容は,
同被告のマウスの作製が原告の指示に基づくことを示すものである。
イ原告は,前記(3)エで得たA亜領域の遺伝子型がb/dヘテロである場
合にRAを誘発する可能性について,BXSB雌マウスとNZB.GD雄
マウス等とを交配してF1マウスを作製する実験においても確認する必要
があると考えていた。
そこで,原告は,平成15年3月ころ,被告乙Bに対し,前記アのとお
りBXSB雌マウスとNZB.GD雄マウス及びNZB.GDr雄マウス
とを交配したF1マウスを病態観察するよう指示した。
ウ被告乙Bは,前記ア及びイのF1マウスの病態観察を行い,かかるF1
マウスの雄(本件マウス①ないし③)にRAが発症していることを発見し,
前記イの指示から約1時間後に原告にこの旨を報告した。
原告は,同年5月7日,RAを発症したマウスの家系図を作成し,H−
2遺伝子の型とSLE又はRAの発症の有無との関係の解析を行うととも
に,同被告に,マウスの血液中の抗DNA抗体価,抗クロマチン抗体価及
びリウマチ因子の測定を行わせた。
これらの研究の結果,原告は本件各マウスに係る研究成果を得た。
エ前記ウのとおり,F1雄マウスのみがRAを発症したが,ヒトにおいて
は女性にリウマチが多いので,原告は,かかるマウスのRAがヒトのリウ
マチのモデルになるものなのか,それともヒトのリウマチとは異なる関節
炎のモデルなのか,詳細に解析する必要があると考えた。また,原告は,
BXSB雄マウスを使用して交配を行うと,得られたF1雄マウスにはR
Aが発症しないが,その原因が何かを解明する必要があると考えた。
さらに,原告は,昭和54年のマーフィーの実験では,BXSB雌マウ
スを使用して交配が行われているが,同人の論文では得られたF1マウス
に関してRAの発症が報告されていないことから,国際的な観点から,市
販のBXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1マウスを作製し
てRAの発症の有無を確認する必要があると考え,被告乙Bに対し,かか
る市販のマウスを使用した交配を指示した。
しかし,同被告は,市販のマウスを使用した交配を行ったものの,原告
に実験結果を報告せず,研究資料及び材料を返却しなかった。
(5)原告の主張のまとめ
①NZWマウス及びNZBマウスのH−2コンジェニックマウスの作製,
とりわけNZB.GDマウス及びNZB.GDrマウスの作製,②NZW
マウス及びNZBマウスのコンジェニックマウスとBXSBマウスとの交配
及び交配によって作製されたF1マウスの病態解析は,いずれも原告が被告
乙Bが本件講座の助手として研究に参加する以前から継続して行ってきた一
連の研究の基盤となる研究成果である。また,③H−2遺伝子型がbホモ
のNZWマウスとNZB.GDマウスとを交配したF1マウスがRAを発症
することは,被告乙Bが病気休暇中に原告が得た発見(研究成果)である。
原告は,上記①ないし③の研究成果をもとに本件各マウスに係る研究成果
を得たものであるから,本件各マウスに係る研究成果はいずれも原告に帰属
し,同被告に帰属するものではない。
(6)被告らの主張について
ア被告乙Bにおいて自己免疫疾患に関する研究活動を行ってきたこと(後
記〔被告らの主張〕(1))について
被告乙Bは,原告から独立した研究者ではない。
原告は,被告乙Bが平成2年ころに順天堂大学眼科学教室に来て以来,
学位の取得に関する指導を含め,同被告に対する指導を行ってきた。丙A
前教授も,同被告に実験テーマ及び実験動物を与えたことはなく,原告を
責任者とする研究グループに同被告を実務担当者として参加させていたに
止まる。
同被告が本件講座の助手になって以降,被告乙Aが本件講座の教授とな
るまでの間の被告乙Bの研究業績は,いずれも丙A前教授及び原告の研究
業績に包含されるものであり,被告乙Bの日本免疫学会における研究発表
も丙A前教授及び原告の指導に基づくものであった。原告は,被告乙Bが
研究の実務の一部を負担しただけでも,同被告を研究論文の共著執筆者と
してきた。
被告乙Bの学位論文の内容も,原告が同被告の学位を取得させるために,
原告の立案に基づいて実験実務を行わせたものにすぎず,原告が論文の文
章作成を行った。
被告乙Bは本件各マウスに係る研究について知的創造活動を行っておら
ず,研究に使用するコンジェニックマウスの飼育及び維持に従事していた
(研究実務者)にすぎない。
ところが,被告乙Aが本件講座の教授に就任して以来,被告乙Bは,突
然,原告が本件各マウスに係る研究の指導者であることを認識しながら,
原告に無断で,本来部外者である被告乙Aを責任者として本件各研究発表
を行ったものである。
なお,被告乙Bは,原告の許可を受けて実験用マウスを購入するなど,
自ら原告を指導者と認めている。
イ本件各マウスに係る研究がいずれも被告乙Bが申請及び獲得した日本学
術振興会の科学研究費補助金(以下「科研費」という。)の研究に含まれ
ていること(後記〔被告らの主張〕(3))について
本件各マウスに係る研究成果は,本件講座の丙A前教授及び原告が研究
費を獲得し,必要な経費をまかなってきた結果,初めてなし得たものであ
る。被告乙Bは,研究代表者となって研究費を獲得してきたことはないし,
原告の承認を得て,原告が研究代表者として獲得してきた研究費を使用し
て,実験用マウスを購入してきた。
同被告が平成15年度及び平成16年度に受けた科研費に係る研究テー
マは,原告が平成12年度及び平成13年度に受けた研究費を使用して行
った研究の結果,未処理の課題として残ったものを同被告において引き継
いだものであり,この研究テーマに係る同被告の研究も,原告のアイデア
と指導に基づくものである。
なお,本件各マウスは,いずれも平成14年に誕生したものであって,
同被告が平成15年から平成16年にかけて文部科学省から授与された研
究費に基づいて作製されたものではない。
研究費を獲得していない研究者が,他人が獲得した研究費を使用して,
当該他人に無断で独自の研究を行うことは,文部科学省の研究費使用規定
に反する,本来あってはならない違法行為である。
ウ本件各マウスの作製に係る研究成果獲得の経緯(後記〔被告らの主張〕
(4)について)
(ア)家系図(甲8)記載の394番のNZBマウスによる交配F1マウ
スは平成14年7月に生まれたので,生後5か月でRAを発症するとす
れば,同年12月にはこのF1マウスはRAを発症しているはずである。
ところが,被告乙Bは,平成15年3月にこのF1マウスのRAの発症
を確認したとしている。同被告は原告から病態観察を指示された同月こ
ろまで,このF1マウスのRA発症に気付かなかったものである。この
事実は,同被告が本件各マウスに係る研究成果を得ていないことを示す
ものである。
なお,同被告は,RAの発症を最初に確認したのは平成15年1月で
あると,これを同年3月に確認した旨の従前の主張を変更するなどして
いるが,これはつじつま合わせのためであり,同被告の主張が虚偽であ
ることを示すものである。
(イ)BXSB雌マウスと市販のNZB雄マウスとの交配は,当該交配に
よって得られるF1マウスにRAの発症がないことを確認するため,原
告がした指示に基づくものであって,被告乙Bが独自に得た着想に基づ
くものではない。同被告は,平成15年5月7日,原告の上記指示に基
づき,原告の承認を受けて市販のNZB雄マウスを注文した。なお,米
国のマーフィー博士及びロス博士は,昭和54年(1979年)に既に
BXSBマウスとNZBマウスを交配してF1マウスを作製しているが,
このF1マウスにRAの発症が見られたとの報告はない。
上記マーフィー博士らによって,昭和54年に既に,BXSB雌マウ
スとNZB雄マウスとを交配した雄及び雌のF1マウス,NZB雌マウ
スとBXSB雄マウスとを交配した雄及び雌のF1マウスの病態解析に
ついて論文発表がされており,BXSBマウスのY染色体上のYaa遺
伝子がSLEを促進していることが報告されている。したがって,同被
告が発見する前にBXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1
マウスの作製,解析につき報告がなかったとの事実はない。
(ウ)原告は,NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウス
のSLEの発症に,NZB雌マウス由来のd型のH−2遺伝子とNZW
雄マウス由来のz型のH−2遺伝子により,同F1マウスのH−2遺伝
子型がd/zヘテロになること(d/zヘテロ接合体)が必要である旨
の命題を定立してはいない。原告の命題との抵触を避けるために被告乙
Bが別個の研究を行った事実はない。
また,NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウスのS
LE発症にH−2遺伝子がd/zヘテロ型になることが必要であること
と,E分子が形成されない(欠損する)場合に重篤なSLEを発症する
ことは矛盾するものではない。
なお,原告は,H−2遺伝子がd/zヘテロ型になることがSLE発
症に必要であることが,H−2遺伝子のクラスⅡ遺伝子であるA亜領域
の遺伝子に由来するものなのか,E亜領域の遺伝子に由来するものなの
かを解析する研究を行っていたが,NZB.GDマウス系を樹立するこ
とにより,A亜領域の遺伝子がd/zヘテロ型になることに由来し,E
分子はむしろSLEの病態を抑制する可能性があることを解明した。こ
の研究成果は,原告が平成6年に発表した論文において開示されている。
原告は,このほかにも,E分子がSLEの発症を抑制することを頻回
に発表している。
そして,原告は,同被告の論文発表を拒絶したことはないし,同被告
が真に研究責任者であるならば,原告の意向とは無関係に研究をしたり,
自由に論文発表したりできるはずであって,誰も同被告に対して論文発
表を止めるよう指示することができるわけがない。
(エ)原告が被告乙Bに対し,同被告が独自に研究を行い得る研究素材と
して82番及び84番のNZB.GDマウス等のマウスを与えた事実は
ない。
原告は,同被告に対し,マウスの作製及び維持を命じたにすぎない。
仮に同被告が自らの研究のために上記2匹のマウスからNZB.GD
マウスを繁殖させるのであれば,従来のマウス台帳とは別にマウス台帳
を作成するのが当然であるが,同被告は従前のマウス台帳の続きに記録
しており,これは同被告の独自の研究ではなかったことを示すものであ
る。
(オ)原告は,BXSBマウスを使用して解析を行うことを目的としてマ
ウスの交配を行っていたから,F1マウスのうち雄マウスを殺処分する
ことを指示した事実はない。
被告乙Bは,原告の指示がなかったにもかかわらず,乙第7号証34
頁に虚偽の指示を記載しているし,かかる記載をした時期につき極めて
作為的かつ不自然な主張をするなどしており,原告の上記指示に関する
同被告の主張等は虚偽である。
(カ)被告らは,335番ないし349番のマウスは被告乙Bが作製した
ものではないと認めているが,そもそもかかるマウスは原告自身が維持
管理を行い,台帳に記載し,H−2遺伝子型を決定したマウスであって,
このうち342番のマウスの子孫となった362番のマウスが,H−2
遺伝子領域内に遺伝子組換えが起こった重要なマウス(NZB.GDr
マウス)である。本件各マウスの親であるNZB.GDマウス及びNZ
B.GDrマウスは,被告乙Bが上記のとおり作製していない事実を認
めているマウスの子孫であって,原告が維持管理を行った上記マウスが
なければ,存在し得なかったものである。
(キ)平成11年に丙A前教授とともに順天堂大学に対してした研究費の
申請は,原告の研究に関するものであって,被告乙Bの研究に関するも
のではない。同申請に係る申請書は原告が作成し,その文書ファイルは
原告のパソコン内に保存されている。また,従前から,同被告のために
原告が研究費の申請を行っていた。
平成14年10月ころにされた科学研究費の申請についても同様であ
る。
(ク)本件講座における研究報告会は,原告ら研究指導者が被告乙Bら研
究実務者の担当している研究の進捗状況を把握するために定例として行
われていたものであって,同被告の研究発表も,原告が同被告を指導し
て行わせる予定の研究計画を本件講座の構成員全員に紹介し,かつ同被
告が研究内容を正しく理解しているか否かを確認するために,原告が同
被告に指示して行わせていたものである。
したがって,同被告が本件講座の研究報告会で研究発表を行ったから
といって,同被告が発表した研究成果を獲得したことを示すものではな
い。
なお,同被告が本件講座の研究報告会で本件各マウスに係る研究計画
を発表したとされる平成13年11月14日よりも前に,原告は同年9
月26日の研究費申請書(甲57の3)において,これらのマウスにつ
いて研究立案を記載していた。
(ケ)平成15年5月6日に本件講座の説明会で研究成果につき説明を行
ったのも,説明用のパワーポイントのスライドを作成したのも原告であ
って,被告乙Bではない。被告らが提出するスライド(乙46の1ない
し3)も,原告の指示に基づいて同被告が作成したものである。
なお,原告は,その後,上記の説明用スライドの一部を改変して資料
(甲30)を作成し,さらに改変部分を原状に復してスライドのファイ
ルを保存し直したので,スライドのファイルの作成日が平成15年5月
13日に変更された。
エ被告乙Bが研究成果を記録したオリジナルデータを保管していること
(後記〔被告らの主張〕(5))について
被告乙Bが本件各マウスに係る研究データを保持しているとしても,そ
れは同被告が原告の研究に参加し,原告の指示に基づいて研究実務を行っ
ていたことによる当然の結果であり,そのことによって本件各マウスに係
る研究成果が同被告に帰属することになるものではない。また,被告乙B
は,原告の長年にわたる指導に対して感謝の気持ちを述べたとともに,原
告の求めに応じて,自らが保管すべきでない研究資料を原告に返還してい
るのであって,これは本件各マウスに係る研究成果が同被告に帰属しない
ことを示すものである。
(7)発明者
前記(1)ないし(5)のとおり,原告が本件各マウスの作製に係る物の発明な
いし物を生産する方法を発明したものであり,被告乙Bはかかる発明をしな
かった。
〔被告らの主張〕
以下のとおり,被告乙Bは原告の研究とは独自に本件各マウスに係る研究成
果を得たものであり,原告は同研究成果を得ていない。
(1)被告乙Bにおいて自己免疫疾患に関する研究活動を行ってきたこと
被告乙Bは,平成4年以降は本件講座の協力研究員として,平成9年以降
は本件講座の助手として,独自の着想を基に自己免疫疾患に関する研究活動
を行ってきた研究者であり,既に多数の論文を発表してきた。自己免疫疾患
の研究の分野でも,第1執筆者となって研究論文を発表したことがある。
(2)原告から研究データの提供を受けたことがないこと
被告乙Bは,平成9年1月に本件講座の助手に就任した当時,当時の丙A
前教授から,「(NZB×NZW)F1マウス自己免疫疾患(SLE)にお
けるMHC(H−2)の役割の解明」との研究テーマを与えられ,また本件
講座から,NZB.GDマウスを研究の素材として供与されて,以後この研
究テーマに沿って研究を行ってきた。
なお,同被告は,学位論文作成の際,原告の助力を得たが,原告から実験
データの提供を受けたことはなかった。
同被告は,NZWマウス,NZBマウス及びNZBマウスとNZWマウス
とを交配したF1マウスの各コンジェニックマウスを作製するとともに,こ
れらのコンジェニックマウスとBXSBマウスとを交配してF1マウスを作
製し,自分の研究を行ってきた。
(3)本件各マウスがいずれも被告乙Bが申請及び獲得した科研費の研究に含
まれていること
被告乙Bは,平成14年秋,文部科学省に対し,「自己免疫抑制MHC領
域の同定と抑制性CD8T細胞の機能解析」との研究テーマで,同被告が研
究代表者となって科研費の申請を行い,文部科学省から,平成15年度に1
60万円の,平成16年度に150万円の予算をそれぞれ獲得したが,同研
究テーマに係る研究自体は,平成14年5月ころから既に開始していた。
この研究テーマは,SLE発症に対してH−2遺伝子中のE亜領域の遺伝
子が果たす関与について,種々の異なるH−2遺伝子型を有するマウスを作
製して確認することを目的とするものであったが,同被告が提出した平成1
5年度及び平成16年度の科研費申請書にも本件各マウスに当たるマウスに
ついて記載がされている。
他方,本件各マウスは,平成15年度の科研費報告書(甲19)において
も,原告が科学技術振興事業団との間でした契約に基づく特許願及び明細書
に係る丙H弁理士(以下「丙H弁理士」という。)の草稿(以下「丙H草
稿」という。甲11)においても,明確に記述されていない。
(4)本件各マウスの作製に係る研究成果獲得の経緯
アそもそも,本件講座においては,丙A前教授が教授に就任して以来,丙
A前教授が米国留学から帰国した時に持ち帰ってきた研究テーマである,
NZBマウスとNZWマウスとを交配したF1マウスのSLEの発症に対
する遺伝的素因等の解明が継続して追求されてきた。
原告自身も,NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウス
()を使用して研究を行い,同F1マウスのSLEの発症に(NZB×NZW)F1
は,NZB雌マウス由来のd型のH−2遺伝子とNZW雄マウス由来のz
型のH−2遺伝子により,同F1マウスのH−2遺伝子型がd/zヘテロ
(d/zヘテロ接合体)になることが必要である旨の命題を研究発表して
いた。
被告乙Bも,平成9年1月に本件講座の助手に就任した当時,丙A前教
授から,NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウスのSL
E発症におけるMHC遺伝子(H−2遺伝子)の役割の解明という広い範
囲の研究テーマを与えられ,同被告はこの研究テーマについて研究を開始
した。
その後,同被告は,平成10年ないし11年ころ,NZB雌マウスとN
ZW雄マウスとを交配した数種類のH−2コンジェニックF1マウスの実
験データを比較することにより,かかるF1マウスのH−2遺伝子型がd
/zヘテロでなくても,E亜領域の遺伝子が発現せず,E分子が形成され
なければ(欠損すれば)重篤なSLEを発症するという,原告の上記研究
発表の内容と矛盾する研究結果を見出した。
ところが,同被告は,原告ら本件講座の構成員から,過去の業績を覆す
報告を同一の研究室から出すことはできないなどと論文発表に対して反対
されたため,上記研究結果を論文発表することを断念した。
その後,同被告は,NZB系雌マウスとNZW系雄マウスとを交配した
コンジェニックF1マウスを使用して研究を続行する一方で,原告が定立
した命題との抵触を避けるべく,NewZealandマウス系以外の
マウスを片方の親に使用して実験を行い,E亜領域の遺伝子の発現がない
場合に重篤なSLEを発症することを証明できれば,論文発表ができるの
ではないかと考えた。
なお,当時,BXSB雄マウスは,雄の性染色体であるY染色体上のY
aa遺伝子(変異修飾遺伝子)の作用によって,早期に重篤なSLEを発
症するが,BXSB雌マウスが発症するSLEの程度は軽度であること,
他のマウス系の雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1マウスもS
LEなどの自己免疫疾患を発症することがいずれも報告されていたが,B
XSB雌マウスとNZB系雄マウスとを交配してF1マウスを作製するこ
とは報告されていなかった。そして,BXSB雌マウスは当時既に市販さ
れており,一度に大量に入手することが容易であった。
そこで,同被告は,平成11年8月上旬ころから,原告らとは別個独立
した観点から,NewZealandマウス系ではないBXSB雌マウ
ス(H−2遺伝子はb型である。)とNZB.GD雄マウス(H−2遺伝
子はd/g2型である。)とを交配したF1マウス(H−2遺伝子型がb
/g2ヘテロの雌マウス及び同遺伝子型がb/dヘテロの雌マウス)とを
使用して,実験及び解析を行い,SLE発症に対するMHC遺伝子(H−
2遺伝子),とりわけE分子の関与の研究を行ってきた。
なお,同被告は,平成11年度及び12年度に,丙A前教授とともに,
順天堂大学から,研究課題「クラスⅡE分子の自己免疫疾患抑制機構の解
析」について研究費の交付を受けたが(甲59),この研究課題における
同被告の研究分担課題は「コンジェニックマウスを利用した自己免疫疾患
に対するE分子の役割とその作用機構の解析研究」であった。
イそもそも,ヒトにおいては女性に自己免疫疾患が多くみられるため,本
件講座でも,伝統的に雄マウスは観察対象から除外され,原告も,BXS
B雄マウス及びBXSBマウスに関連する雄マウスを除いては,主として
雌マウスに注目して研究を行っており,平成14年12月ころにも,被告
乙Bに対し,雄マウスを全部処分するよう指示していた。
しかし,同被告は,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF
1マウスのSLE発症に性差が影響するか否かを判断するために,原告の
指示に反して,同一の系のマウスの雄も一定数残し,実験及び解析を行っ
ていた。
同被告は,この実験及び解析の結果,本件マウス①ないし③の発見に至
ったもので,雄マウスも対象とする点で,原告の研究とは,研究対象を異
にする。
ウ被告乙Bは,市販のBXSB雌マウスとNZB.GD(H−2)雄d/g2
マウスとを交配し,平成11年8月1日及び同月3日に,F1マウスを誕
生させ,その結果,H−2遺伝子型がb/g2ヘテロのF1雌マウス(本
件マウス④に当たる。)9匹及びH−2遺伝子型がb/dヘテロのF1雌
マウス(本件マウス⑥−1に当たる。)6匹を得た。同被告は,これらの
マウスに定期的に採血及び採尿を行った。
すると,同年11月,上記のH−2遺伝子型がb/g2ヘテロのF1雌
マウス(9匹)について,3か月齢でうち2匹に,5か月齢でうち7匹に
ループス腎炎の指標である蛋白尿がそれぞれ見られ,さらに6か月齢で,
うち8匹に蛋白尿が見られ,かつうち3匹が死亡した。しかし,上記のH
−2遺伝子型がb/dヘテロのF1雌マウスは,6か月齢の時点でも全く
蛋白尿が見られなかった。このとおり,同被告は,前者の雌マウスにおい
ては,当時までに報告されたSLEモデルマウスよりも早期に蛋白尿が出
現し,早期に死亡するが,後者の雌マウスにおいては,蛋白尿が発現しな
いことを発見した。
ところが,同被告は,平成12年2月ころに乳癌の診断を受け,その後
治療のために病気療養することとなり,実験を半年間中断せざるを得なか
った。しかし,同被告は,入院前に,原告に対し,それまで進行していた
マウスの定期的な採血及び採尿を続けてくれるよう依頼し,かつ上記のH
−2遺伝子型がb/g2ヘテロのF1雌マウスは早期に蛋白尿を発現する
ので注意するよう注意喚起を促して,病気療養に入った。同被告が原告に
対して上記依頼をした当時,原告はBXSB雌マウスとNZB.GD雄マ
ウスとを交配したF1マウス系の存在すら知らなかった。
エ被告乙Bは,平成12年9月ころ,病気療養を終えて本件講座に復帰し
たが,平成13年1月,実験のために繁殖を維持していたNZB.GD
(H−2)マウスのH−2遺伝子型を判定していたところ,偶然,個d/g2
体番号362番のマウスのH−2遺伝子に,E亜領域の遺伝子型がdホモ
(NZBマウス(H−2遺伝子型はdホモ。)のE亜領域の遺伝子型と同
一である。)となり,D亜領域の遺伝子型がb/dヘテロ(NZB.GD
(H−2)マウスのD亜領域の遺伝子型と同一である。)となる遺伝d/g2
子組換えが起きていることを発見した。
その後,同被告は,この遺伝子組換えマウスに自己の英語による氏名
「D●●●●●●Z●●●●」のイニシャルである「DZ」で始まる専
用の個体番号を付することとし,以後,同マウスとNZBマウスとを交配
し,その子孫を繁殖させるとともに,H−2遺伝子の型判定等を行って,
ホモ型のリコンビナントマウス系を樹立し,かつ樹立されたマウス系をN
ZB.GDrと名付けた。
オ被告乙Bは,平成14年5月ころ,平成15年度の科研費を受けた研究
として,性差による違いも含めて,SLE発症に対するE亜領域の遺伝子
の関与の有無を,H−2遺伝子型が異なる種々のマウス系を作製して観察
することにより確認すべく,BXSB雌マウスとNZB雄マウスを交配し
たほかに,BXSB雌マウスとNZB.GD(H−2)雄マウス,NZg2
B.GD(H−2)雄マウス,NZB.GDr(H−2)雄マウd/g2g2r
ス及びNZB.GDr(H−2)雄マウスとを交配して,H−2遺d/g2r
伝子型の異なるF1マウスを作製した。
同被告は,このようにして作製したF1マウスの雌マウスだけでなく雄
マウスについても,2か月齢以降から,1か月に1回採血を行い,また1
か月に2回採尿を行ったほか,これらの採血及び採尿の際に皮膚,リンパ
節及び関節等の状態を観察した。
同被告が病態解析を行った結果,次の(ア)ないし(カ)の順でSLEの重
篤度が小さくなること,並びにSLEの発症とEa亜領域の遺伝子型及び
性差との間には強い関連性があることを発見し,かつSLEとRAとの間
には逆相関の関係があることの示唆を得た。
(ア)BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウス(H−2遺伝子型がg2
ホモのものとd/g2ヘテロのものの双方がある。)とを交配したF1
(BXSB×NZ雌マウスのうちH−2遺伝子型がb/g2ヘテロのもの(
及び。本件マウスB.GD)F1(H-2)♀(BXSB×NZB.GD(H-2))F1(H-2)♀b/g2d/g2b/g2
④。)
(イ)BXSB雌マウスとNZB.GDr雄マウス(H−2遺伝子型がg
2rホモのものとd/g2rヘテロのものの双方がある。)とを交配し
(BたF1雌マウスのうちH−2遺伝子型がb/g2rヘテロのもの(
及び。XSB×NZB.GDr)F1(H-2)♀(BXSB×NZB.GDr(H-2))F1(H-2)♀b/g2rd/g2rb/g2r
本件マウス⑤。)
(ウ)BXSB雌マウスとNZB.GD(H−2)雄マウス又はNZd/g2
B.GDr(H−2)雄マウスとを交配した各F1雌マウスのうd/g2r
(BXSB×NZB.GD(H-2))F1ちH−2遺伝子型がb/dヘテロのもの(d/g2
又は。本件マウス⑥。)(H-2)♀(BXSB×NZB.GDr(H-2))F1(H-2)♀b/dd/g2rb/d
(エ)BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウス(H−2遺伝子型がg2
ホモのものとd/g2ヘテロのものの双方がある。)とを交配したF1
(BXSB×NZ雄マウスのうちH−2遺伝子型がb/g2ヘテロのもの(
及び。本件マウスB.GD)F1(H-2)♂(BXSB×NZB.GD(H-2))F1(H-2)♂b/g2d/g2b/g2
①。)
(オ)BXSB雌マウスとNZB.GDr雄マウス(H−2遺伝子型がg
2rホモのものとd/g2rヘテロのものの双方がある。)とを交配し
(BたF1雄マウスのうちH−2遺伝子型がb/g2rヘテロのもの(
及び。XSB×NZB.GDr)F1(H-2)♂(BXSB×NZB.GDr(H-2))F1(H-2)♂b/g2rd/g2rb/g2r
本件マウス②。)
(カ)BXSB雌マウスとNZB.GD(H−2)雄マウス又はNZd/g2
B.GDr(H−2)雄マウスとを交配した各F1雄マウスのうd/g2r
(BXSB×NZB.GD(H-2))F1ちH−2遺伝子型がb/dヘテロのもの(d/g2
又は。本件マウス③。)(H-2)♂(BXSB×NZB.GDr(H-2))F1(H-2)♂b/dd/g2rb/d
カ被告乙Bは,平成14年9月18日に本件講座内部の研究報告会で前記
オのマウスに係る研究結果の一部を発表し,同年10月ころ「自己免疫抑
制MHC領域の同定と抑制性CD8T細胞の機能解析」という研究課題で
科学研究費の交付申請を行い,平成15年度及び16年度に科学研究費の
交付を受けた。
キ被告乙Bは,平成15年1月ころ,前記オのとおり作製したF1マウス
のうち5か月齢の雄マウス数匹に関節の発赤,腫脹が見られることを発見
し,さらに同年2月ころ,作製したF1マウスのうち6か月齢の一部の雄
マウスに関節の強直,変形が見られることを発見し,同年3月ころに本件
講座の丙I等とマウスのRAの発症を確認した。さらに,同被告は,その
後,前記オのF1マウスにおいて,雄マウスのみがRAを発症することを
発見し,7か月齢での発症率を算出したところ,本件マウス③(前記オ
(カ))で約90パーセント,本件マウス②(前記オ(オ))のマウスで約8
0パーセント,本件マウス①(前記オ(エ))で約11パーセント,本件マ
ウス④ないし⑥(前記オ(ア)ないし(ウ))で0パーセントであった。
ク被告乙Bは,平成15年3月,前記オ(オ)及び(カ)のF1雄マウスの父
親である雄マウスがいずれもNZB.GDr(H−2)であり,こd/g2r
のH−2遺伝子型のうち片親由来の「d」型が市販されているNZBマウ
ス(H−2遺伝子型がdである。)に由来することに気が付いた。そこで,
同被告は,BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウス又はNZB.GDr
雄マウスを交配する代わりに,市販のBXSB雌マウス(H−2遺伝子型
はbホモである。)とNZB雄マウス(H−2遺伝子型はdホモであ
る。)とを交配してF1マウスを作製することによっても,H−2遺伝子
型がb/dヘテロのRA自然発症F1マウスを作製できると確信した。
同被告は,直ちに自己の確信を立証すべく,市販のBXSB雌マウスと
NZB雄マウスとを交配してF1マウスを作製し(同年4月15日誕生),
それからこのF1マウスの病態を観察していたところ,5か月齢でRAの
発症を確認できた。
ケ被告乙Bが,このF1マウス作製と相前後して,平成15年4月ころ,
原告に対し,本件マウス③(前記オ(カ))にRAの発症が見られることを
打ち明けたところ,原告は,雄マウスを殺処分していなかったのかと驚い
たが,RAを発症するモデル動物は少ないので,原告は本件マウス③の作
製に係る発明を特許化することに興味を示した。
さらにその後,同被告は,原告に対し,市販のBXSB雌マウスとNZ
B雄マウスとを交配することによってもH−2遺伝子型がb/dヘテロの
RA発症F1マウスを簡単に作製できるのではないかとの予想を示し,原
告との間で,この予想が正しい場合には,このF1マウスの作製に係る発
明を特許化しようと協議した。
本件講座では,平成15年5月6日午後,科学技術事業団特許出願担当
者の丙Jが同席して,RA発症F1モデルマウスの作製に係る発明の特許
化について説明会が行われた。原告はこの説明会で司会を行い,丙Jが特
許化についての説明を行った後で,同被告がRA発症(BXSB×NZ
B)F1系雄モデルマウスについて発表した。この説明会の際,原告が丙
Jに対して発明者及び特許出願申請者等について質問したところ,丙Jが
発見者本人が発明者になること,発見者本人の許可があれば上司などの関
係者もともに共同発明者となり得ることを回答したので,原告は,参集し
た一同の前で,同被告が発見者で,原告が責任者であり,原告及び同被告
が共同発明者として特許出願申請を行い,原告が申請書を作成する旨を宣
言した。この際,同被告は,原告が自己の上司であり,かつ自己の日本語
の表現能力が不十分であることにかんがみ,原告らに対し,特許出願申請
のためのデータの提供,原告を共同発明者として申請すること,原告にお
いて特許出願申請書を作成することを了承した。
そして,同被告は,同日,原告に対し,特許出願のための明細書草稿
(甲11)の図1及び図3に相当する図表を手渡した(ただし,後に原告
が同図1に矢印を書き込んだ。)。
同被告は,同月7日,原告の求めに応じ,特許出願申請書の作成に役立
てる目的で,原告に対し,既に作成していたマウス台帳の記録を基に,本
件マウス①ないし③(前記オ(エ)ないし(カ))の作製に至るマウスの遺伝
関係を説明したが,本件マウス④ないし⑥(前記オ(ア)ないし(ウ))の作
製に至るマウスの遺伝関係や,本件マウス①ないし⑥におけるSLE発症
の有無については説明しなかった。原告は,この説明の際,同被告の説明
に基づいて本件マウス①ないし③に至る家系図(甲8)を作成し,RAの
発症について記載した。したがって,同家系図は,原告が同被告の説明に
従って作成したものにすぎず,本件マウス①ないし⑥の作製に係る研究成
果ないし発明が原告に帰属することを示すものではない。
さらに,同被告は,同月下旬,原告に対し,特許出願の準備に資するた
め,血中リウマチ因子分析結果表(甲9),血清中抗DNA抗体価測定結
果の図(甲43),血清中抗クロマチン抗体価測定結果図(甲44),関
節リウマチの累積自然発症率及び蛋白尿の累積自然発症率に係る実験デー
タを提供した。
なお,原告は,その後,同被告に対し,自分1人のみが発明者となって
特許出願申請をする旨を告げたので,同被告は直ちに原告に抗議するとと
もに,順天堂大学医学部長に善処を求めるなどした。また,同被告は,丙
H草稿の内容が同被告の発明とは異なるものであったので,平成15年1
1月11日,原告に対し,申請書の内容を変更することなどを求めた。そ
の後,同大学の知的財産担当客員教授が,同被告の要求を容れて特許出願
申請をし直す件について調整を行ったが,原告は自主的に特許出願申請を
取り下げた。
(5)被告乙Bが研究成果を記録したオリジナルデータを保管していること
被告乙Bは,個体番号362番のマウス及びその子孫のマウスについて,
自らマウス台帳並びにH−2遺伝子型の判定日時及び使用された抗体などが
記入されたFACS台帳を作成したとともに,オリジナルデータを保存した
データメディアを保管している。
(6)原告の主張について
アNZB.GDrマウスの発見(前記〔原告の主張〕(1))について
NZB.GDrマウスは,被告乙BがEa及びD亜領域の遺伝子型を解
析する中で発見したものであって,NZB.GDrマウス系の樹立がEa
及びD亜領域の遺伝子型の解析に先行するものではない。NZB.GDr
マウスは遺伝子型の解析を行わなければ発見できない性質のものである。
仮に,原告が平成6年当時からNZB.GDrマウス系の樹立が不可欠
であると考えていたのであれば,当時の科学研究費の申請書に記載されて
いて当然であるが,当時の申請書にも,同年に発表された論文にも何らか
かる樹立について言及されていない。
また,被告乙BがNZB.GDrマウス系の樹立について発表したのは,
平成13年6月27日の本件講座の研究発表会においてであった。
さらに,1000匹に7匹の割合程度の確率で遺伝子組換えが起きるの
であれば,同被告が入院している間にも遺伝子組換えが起きている可能性
があるのであって,原告が自ら発見しようとせず,同被告が退院してから
おもむろに遺伝子判定を指示するというのは不自然である。
なお,NZB.GDrマウス系が樹立されているか否かは,TNFa亜
領域の遺伝子型解析を行わなくても,他の亜領域の遺伝子型を解析するこ
とで確認し得るものである。
イ平成9年ころ以降の原告の発見等(前記〔原告の主張〕(3)イ)につい

(ア)A亜領域の遺伝子型がdホモの場合でも,E分子が形成されない
(欠損する)場合には高度のSLEを発症すること,E分子が形成され
ない場合においては,A亜領域の遺伝子型がdホモのときよりもd/b
ヘテロのときの方がより高度のSLEを発症すること及びA亜領域の遺
伝子型がd/bヘテロの場合,E分子が形成されることによりSLEの
病態が高度に抑制される(軽度になる)ことを見出したのは被告乙Bで
あって原告ではない。同被告は,平成11年12月2日の第29回日本
免疫学会において,既にこれらと同趣旨の内容につき研究発表を行って
いる(甲47の2)。
(イ)別表1「甲57各マウス系と遺伝子型一覧表」記載の各F1マウ
スに係る研究成果(甲20の3)は,被告乙Bの研究成果である。
同一覧表記載の各F1マウスを作製したのは同被告であって,同被告
がそれぞれ,平成9年末に同一覧表記載1ないし5番の,平成11年8
月上旬に同一覧表記載6番及び7番のF1マウスの作製を完成させた。
平成11年8月にされたBXSB雌マウスを使用した交配は,同被告
の研究に基礎を置くものであり,同被告が入院中であったために,たま
たま原告が第1発見者になったにすぎないものである。
なお,このときにされた交配においては,BXSB雄マウスを使用し
た交配は行われておらず,BXSBマウスの雄及び雌を並行して使用し
たことも,原告からかかる並行使用を指示されたこともなかった。
同被告がBXSB雄マウスを使用して交配を行ったのは,平成14年
10月以降に,本件各マウスの対照群としてF1マウスを作製したとき
のことである。
(ウ)平成14年3月に提出した科学研究費研究成果報告書(甲17の
2)及び平成14年度科学研究費研究計画調書(甲57)に記載された
研究結果はすべて被告乙Bが得たものである。これらの書類は同被告が
同年2月5日に本件講座で行った研究発表に基づいて作成されたもので
あり,またこれらの書類で使用されている表及び図は同被告が原告に対
して提供したものである。したがって,これらの書類が存在するからと
いって,原告がNZB.GDrマウス系に係る研究結果を得たことを裏
付けるわけではない。
ウ別表2「甲46,乙15各マウス系と遺伝子型一覧表」記載の各F1
マウスの作製(前記〔原告の主張〕(3)ウ)について
甲第46号証の2の5頁の表中に記載された「?」は,同書類の作成当
時に解析途中であったF1マウスについて,作業が途中であることを示す
ために記載したものにすぎず,原告から該当するF1マウスを作製するよ
う指示を受けたことを示すものではない。
なお,平成16年に発表した論文(甲20の3)の草稿を起案したのは
被告乙Bであり,原告はこれに修正及び加筆を行ったのみである。
エBXSB雌マウスとの交配指示(前記〔原告の主張〕(4)ア)について
本件各マウスは,いずれもBXSB雄マウス由来のYaa遺伝子がない
F1マウスであるから,これらのF1マウスの作製がYaa遺伝子との関
連も考慮した上でされたという原告の指示に基づかないことは明らかであ
る。
また,被告乙BがBXSB雄マウスを使用して交配を行ったのは,BX
SB雌マウスを使用して交配を行ったときよりも相当以前のことである。
BXSB雄マウスと同雌マウスの双方を使用して交配を行うように原告か
ら同時期に指示されたからではない。
オ平成12年のRA発見及び同15年の指示等(前記〔原告の主張〕(4)
イ)について
平成12年にF1マウスのRAに気付きながら,何も思い浮かばなかっ
たところに,2年半も経ってから突然にBXSBマウスとNZB.GD又
はNZB.GDrマウスと交配するとRAを発症するのではないかと着想
するのは不自然である。しかも,RAが生じるのが,平成12年当時に発
症したとされる雌マウスではなく,雄マウスであると思い至るというのは,
極めて不自然である。
また,BXSBマウス系においては,性染色体(Y染色体)上の変異修
飾遺伝子Yaaが作用することによって雄マウスが高度のSLEを発症す
ることが知られており,雌マウスのSLEの病態は軽度である。そのため,
通常はBXSB雄マウスを交配に使用するのであって,一気にBXSB雌
マウスを使用して交配するという発想が出てくるはずがない。
カ市販のマウスの使用指示(前記〔原告の主張〕(4)エ)について
被告乙Bは原告から市販のマウスを使用して交配を行うよう指示された
事実はないし,市販のマウスを使用して交配を行ったのは,原告が指示し
たと主張する平成15年5月7日よりも前のことであり,同年4月15日
には市販のマウスによる交配に基づくF1マウスが誕生している。
キ科学研究費報告書(甲19)等について
(ア)原告が作成した科学研究費報告書(甲19)中には,A亜領域のd
/bヘテロ型の遺伝子(d/bヘテロ接合性classⅡA分子)が発
現することにより,F1マウスの病態がSLEからRAに変換する旨が
記載されているが(46頁),かかる変換の事実はない。また,同報告
書13頁には,「−H−2d/b型(NZB×NZW)F1はリウマチ
関節炎(RA)を発症」との記載があるが,この記載箇所の付近に掲載
されているマウスの写真は(NZB×NZW)F1(H−2)マウb/d
スのものではなく,被告乙Bが撮影した別のマウスの写真である。これ
らのことからも,原告が本件各マウスに係る研究を行っていないことを
示すものである。
(イ)パワーポイントのスライド(乙21の2)は,被告乙Bが作成し,
平成14年9月18日の本件講座の発表会で使用したものであって,こ
こで表現されている内容は同被告の研究内容である。同被告は,発表後,
原告の求めに応じて,科学研究費申請書の下書きの作成の便宜のため,
同スライド等の必要な資料を原告に手渡した。
ク被告乙Bが原告を指導者として認めていること(前記〔原告の主張〕
(6)ア)について
被告乙Bは,原告が組織上の実務責任者であったことから,原告からマ
ウス購入の際に許可印を受けたにすぎず,原告が指導者であることを認め
ていたので原告から許可印を受けていたわけではない。
また,同被告が原告の求めに応じてマウス台帳等を引き渡したのは,当
初は引き渡しを拒否したものの,学内の関係者から一つの講座内で紛争が
続くのは好ましくないとの助言を受け,早期解決の趣旨から行ったもので
あったにすぎない。
ケRAの発見時期に関する被告らの主張(前記〔原告の主張〕(6)ウ
(ア))について
被告乙Bは,平成15年1月ころにF1マウスの関節の発赤及び腫脹を
認め,次いで同年3月ころにRAを確認した旨を主張しているのであって,
同年3月ころにRA発症の発見をしたとは主張していない。そもそも,R
Aは,最初からいきなり重度の炎症が認められるわけではなく,関節の発
赤や腫脹といった初期病変から次第に進行していくものであって,いきな
りRAが確認できるというものではない。
なお,マウスのRAの発症には個体差があり,全てのマウスが同一の時
期(月齢)に一斉に発症するという性格のものではない。
(7)発明者
前記(1)ないし(5)のとおり,被告乙Bが本件各マウスの作製に係る物の発
明ないし物を生産する方法の発明をしたものであり,原告はかかる発明をし
なかった。
2争点(2)(被告らによる研究発表が原告の研究成果を奪う不法行為となるか
否か)について
〔原告の主張〕
(1)被告らが本件各マウスの作製に係る研究成果を,原告に無断でかつ原告
の氏名を発表者の氏名中に掲げることなく,学会発表した行為(本件各研究
発表)は,原告の長年にわたる研究成果を略奪し,原告が研究者としての栄
誉及び名声を享受できる機会を喪失させ,原告の研究者としての信用及び名
誉を傷付けるもので,原告に対する故意による不法行為である。
なお,原告は,その後の解析によって,H−2遺伝子型以外の遺伝的変異
がRA発症に必要不可欠であることを示す実験結果を得たので,この遺伝的
変異の本体を明らかにし,1979年に既にされたBXSB雌マウスとNZ
B雄マウスとを交配したF1雄マウスの病態に関する報告との相違点を理論
的に説明し得る解析結果が得られるまで,安易に研究報告することを差し控
えたいと考えていたが,被告らの研究発表によって,原告の研究者としての
真摯な姿勢まで台無しになった。
この不法行為による原告の被侵害利益は重大で,被告らの侵害行為の態様
も社会的相当性を著しく欠くものである。
このような研究成果の略奪行為は,前代未聞かつ空前絶後のことで,研究
者として絶対に行ってはならないことであって,違法性が高い。
とりわけ,被告乙Aは,様々な学会に所属し,指導的立場にあるべき者で
あるところ,人として,また研究者としてのモラルを著しく逸脱して,本件
講座の教授という地位を利用し,原告を本件講座から追い出して助教授のポ
ジションを確保すべく,独立した他の研究者である原告の人権を侵害する研
究成果の略奪行為を行ったものであり,これによって学会の正当性が問われ
るのみならず,我が国の科学研究の将来にも悪影響を及ぼすことになる,反
社会的行為と評価すべきものである。
(2)被告らの主張について
被告乙Aは,本件各研究発表の責任発表者(ラストオーサー)としてその
氏名を連ねているところ,責任発表者は当該研究の最高責任者であることを
意味する。学会発表は長く苦しい研究生活の唯一の代償となる業績発表の場
であるから,研究の最高責任者は,研究に従事した者の成果に対する寄与の
大小を正確かつ慎重に検討し,当該寄与の順に従って執筆者ないし発表者の
氏名の記載の順を決定すべきであり,かように決定するのが学会における健
全な慣行である。研究の最高責任者以外の者が,学会発表において責任発表
者としてその氏名を連ねる慣行は存しない。
同被告は,本件各マウスに係る研究の最高責任者ではなく,原告が最高責
任者であるから,同被告が責任発表者として学会発表においてその氏名を連
ねることは,研究成果及びこれに対する栄誉が同被告に帰属するかのような
誤認を惹起させる行為であって,学会の健全な慣行に反する許されない行為
であって,社会通念上違法である。
〔被告らの主張〕
前記1〔被告らの主張〕のとおり,原告が本件各マウスに係る研究成果を得
たものではない。被告らは本件各研究発表によって原告の研究成果を略奪した
こと等はなく,本件各研究発表は原告に対する不法行為ではない。
被告乙Aは被告乙Bが学会発表することに関し許可権限を有しているわけで
はなく,同被告がその自由な意思により,学会発表することを決定した。
被告乙Bのような研究者が年1回以上学会発表を行うのは通常の事柄であっ
て,かつ研究者に要求される事柄である。被告乙Aが本件講座の教授に就任し
た平成15年12月ころは,原告と被告乙Bとの間の特許出願申請の問題が原
告の申請取下げにより収束し,被告乙Bにおいて別の特許出願申請が行われて
おり,同被告は,順天堂大学の知的財産担当の客員教授から積極的に学会発表
するよう勧められていた。
被告乙Aが本件各研究発表において発表者の氏名中に自己の氏名を連ねてい
るのは,被告乙Bが本件講座の一員であり,被告乙Aが本件講座の責任者であ
るため,所属講座の責任者として慣例的にしたものにすぎないし,被告乙Aが
抄録のチェックや助言等を行ったことに対して被告乙Bが配慮したからにすぎ
ない。
なお,論文の最終発表者(ラストオーサー)をいかに位置づけるかについて
学会において定着した取扱いはなく,これが研究の最高責任者であるとか,研
究成果や栄誉の帰属者であるとする前提自体が誤りである。「生医学雑誌への
投稿のための統一規定」(甲56)は雑誌への論文の投稿に関するものにすぎ
ず,当然に学会発表に適用されるものではない。
3争点(3)(被告らによる研究発表が原告の特許を受ける権利を侵害する不法
行為となるか否か)について
〔原告の主張〕
(1)前記1〔原告の主張〕(7)のとおり,原告が本件各マウスの作製に係る物
の発明ないし物を生産する方法の発明をしたものであるところ,被告らが本
件各マウスの作製に係る研究成果を学会発表した行為(本件各研究発表)に
より,上記発明は新規性を欠くこととなり,特許を受ける権利を侵害された。
上記発明は,RAを高率で発症する,全く新規のモデルマウスの作製を可
能にするばかりでなく,早い月齢からSLEを高率で発症するモデルマウス
の作製を可能にし,かつ,H−2遺伝子型の異同によって,いずれも自己免
疫疾患に属するRAからSLEまで病態を変化させることができるモデルマ
ウスの作製を世界で初めて可能にするものであって,新規性及び進歩性をい
ずれも充足するものである。
なお,原告は,その後の解析によって,H−2遺伝子型以外の遺伝的変異
がRA発症に必要不可欠であることを示す実験結果を得たので,この遺伝的
変異の本体を明らかにできるまで,特許出願を一時停止しようと考えていた
が,被告らの研究発表によって,台無しになった。
被告らのかかる行為が違法性が高いのは,前記2〔原告の主張〕(1)と同
様である。
(2)原告が本件各マウスに係る発明につき特許出願を保留したのは,さらに
遺伝子解析を行って関節炎発症の機序を明確にしたいとの学問的興味からで
あったが,被告乙Aが原告に対して本件講座内でハラスメントを行ったこと,
被告乙Bが被告乙Aに同調して原告のコンジェニックマウスを原告に返還せ
ず,自らを出願人として同一発明につき特許出願したこと及び順天堂大学自
体が被告乙Bの特許出願に加担し,かつ原告の事態改善要求を無視したこと
により,被告乙Bらが学会発表を行ってから6か月以内に特許出願をするこ
とは事実上不可能となった。
被告らが,原告の研究成果を奪い,新規性喪失の例外の機会まで奪ってお
きながら,原告の特許を受ける権利を否定するのは,信義則に反し許されな
い。
〔被告らの主張〕
前記1〔被告らの主張〕(7)のとおり,被告乙Bが本件各マウスの作製に係
る物の発明ないし物を生産する方法の発明をしたものであり,原告はかかる発
明をしていない。
なお,本件各マウスは,疾患モデル動物としての価値が小さく,その作製に
係る発明は特許を受け得る発明に該当しない。すなわち,本件マウス①は,S
LE及びRAの発症率が低く,疾患モデル動物としては不適当である。本件マ
ウス②及び③は,父親のNZB.GDr(H−2)雄マウスの繁殖力がd/g2r
弱いためにその維持が困難であり,加えて市販のマウス同士を交配させてもR
A発症モデルマウスを作製できるので,疾患モデル動物としての価値が小さい。
本件マウス④は,父親のNZB.GD雄マウスの繁殖力が弱いためにその維持
が困難であり,疾患モデル動物としての価値が小さい。本件マウス⑤及び⑥も,
SLE発症の程度が小さく,RAを発症しないので,疾患モデル動物としての
価値が小さい。
また,前記2〔被告らの主張〕のとおり,被告乙Aは被告乙Bが学会発表す
ることに関し許可権限を有しているわけではなく,被告乙Bがその自由な意思
により,学会発表することを決定したものであって,被告乙Aが本件各研究発
表において発表者の氏名中に自己の氏名を連ねているのも,被告乙Bの所属講
座の責任者として慣例的にしたものにすぎない。
なお,仮に被告乙Bによる研究発表が原告の意に反する新規性の喪失に当た
るというのであれば,特許法30条の規定の適用を受けることにより,さらに
特許出願ができたはずであるが,原告は何らの手続をとらずに放置していたの
であって,特許を受けることができないのは原告の責めに基づくものである。
4争点(4)(損害の有無及び額)について
〔原告の主張〕
原告は被告らによる研究成果の略奪行為によって精神的損害を被ったが,こ
れを金銭に見積もるときは金500万円を下らない。
また,原告が被告らによる研究発表によって特許を受ける権利を侵害された
が,これによる損害を金銭に見積もるときは金300万円を下らない。
さらに,弁護士に本件訴訟の追行を委任せざるを得なかったところ,これに
要する費用は損害賠償請求額の1割相当額である金80万円を下らない。
〔被告らの主張〕
争う。
5争点(5)(謝罪広告の必要性)について
〔原告の主張〕
原告は,被告らの行為によって研究者としての信用及び名誉を低下させられ
た。原告の信用及び名誉を回復するためには,被告らによる別紙謝罪広告(1)
ないし(4)記載の謝罪広告の掲載が必要である。
〔被告らの主張〕
争う。
第4当裁判所の判断
1前提事実
前記第2の2(争いのない事実等)に証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,
次の事実が認められる。
(1)他の研究者らによる研究発表
ア米国のエドウィン・D・マーフィー及びジョン・B・ロスは,NZBマ
ウス系及びBXSBマウス系の各雄マウス及び同雌マウスを使用して各種
のF1マウスを作製してその自己免疫疾患の病態及び寿命を調査し,その
研究成果につき,1979年(昭和54年),ArthritisandRheumatis
mVol.22,No.11に,「AYCHROMOSOMEASSOCIATEDFACTORINSTRAINBX
SBPRODUCINGACCELERATEDAUTOIMMUNITYANDLYMPHOPROLIFERATION」
(自己免疫及びリンパ球増殖性病態を促進させるBXSBマウスのY染色
体連鎖因子)と題する論文発表を行い,BXSB雄マウス由来のY染色体
を受け継ぐ雄の交配マウスにおいて重篤な自己免疫疾患が生じることを明
らかにしたが,その中には次の内容の記載がある。
なお,抗赤血球自己抗体,抗核抗体及び胸腺細胞障害性自己抗体は,い
ずれもSLEに特徴的な自己免疫抗体であり,このうち抗赤血球自己抗体
が産生すると,同抗体が赤血球を傷害して溶血性貧血を起こし,血中のヘ
マトクリットが減少するとともに,傷害された赤血球の処理のために脾臓
が腫大する(甲54)。
(ア)NZB雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1雄マウス
()40匹の平均寿命は166日±6日であり,BX(NZB×BXSB)F1♂
(BXSB×NSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雄マウス(
)23匹の平均寿命545±37日より短い。NZB雌マウスZB)F1♂
とBXSB雄マウスとを交配したF1雌マウス()3(NZB×BXSB)F1♀
5匹の平均寿命325±21日と,BXSB雌マウスとNZB雄マウス
とを交配したF1雌マウス()33匹の平均寿命28(BXSB×NZB)F1♀
2±11日との間には有意な差がなく,また前2者の中間にある。
(イ)NZB雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1雄マウス
()でみられるリンパ節の腫大は,生後18週ないし(NZB×BXSB)F1♂
20週齢の時点で,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF
1雄マウス()のリンパ節腫大に比して13倍,BX(BXSB×NZB)F1♂
SB雄マウスのリンパ節腫大に比して6倍それぞれ高度であり,NZB
(NZB×BXS雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1雌マウス(
),BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雌マウB)F1♀
ス()及びBXSB雌マウスの各リンパ節腫大よりも(BXSB×NZB)F1♀
高度であった。
(ウ)NZB雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1雄マウス
()には,16週齢の時点で,BXSB雌マウスとN(NZB×BXSB)F1♂
ZB雄マウスとを交配したF1雄マウス()に比して,(BXSB×NZB)F1♂
高度の赤血球及びヘマトクリットの減少が見られた。23週齢での赤血
球破壊に伴うプロトポルフィリンの血中濃度は,前者で543±368
mg/100ml,後者で39±1mg/100mlであり,前者が後
者よりも高かった。また,前者の20週齢での脾臓の重量は20倍に増
加していた。
(エ)NZB雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1雄マウス
()においては,16週ないし20週齢で,16匹中(NZB×BXSB)F1♂
14匹に高力価の血中抗核抗体(200倍)が見られ,また16匹中1
5匹に胸腺細胞障害性自己抗体が見られた。他方,BXSB雌マウスと
NZB雄マウスとを交配したF1雄マウス()におい(BXSB×NZB)F1♂
ては,16週齢においても血中抗核抗体及び胸腺細胞障害性自己抗体の
産生はいずれも見られなかった。
イニシモトらは,自己免疫性の糖尿病を自然発症する,E亜領域の遺伝子
が発現しないNODマウス(非肥満糖尿病マウス)に,E亜領域の遺伝子
を発現する遺伝子を人工的に導入して同亜領域の遺伝子を発現させたとこ
ろ,糖尿病の発症が抑制されるのを発見し,1987年(昭和62年),
ネイチャー誌に「Preventionofautoimmuneinsulitisbyexpression
ofI-EmoleculesinNODmice」と題してこの研究成果を発表した(弁論
の全趣旨)。
ウメリノ(R.Merino)らは,本来はH−2遺伝子型がbホモであるBXS
BマウスのH−2遺伝子型をdホモに置換したコンジェニックマウス
()を作製したところ,SLEの病態が高度に抑制されることBXSB(H-2)d
を発見し,1992年(平成4年),E亜領域遺伝子の発現がSLEの病
態を抑制する可能性を論文発表した(弁論の全趣旨)。
(2)クラスⅡ亜領域の遺伝子とSLE
前記のとおり,マウスのH−2遺伝子のうちクラスⅡ遺伝子の亜領域であ
るA及びE亜領域はそれぞれa及びbの亜領域に分けられるが,A及びE亜
領域の遺伝子はそれぞれ対応する分子を抗原提示細胞の表面上に形成して抗
原提示を行う。
すなわち,A亜領域の遺伝子からは,マクロファージやB細胞といった抗
原提示細胞の表面に,同遺伝子に対応するA分子が形成され,このA分子に
抗原が結合(反応)することで抗原提示がされ,その結果として対応する抗
体が産生される。抗原提示細胞表面に形成されるA分子は,α鎖及びβ鎖か
ら成る2量体であるが,前者すなわちAα鎖の型はH−2遺伝子のAa亜領
域の遺伝子型の片方(母親由来の遺伝子と父親由来の遺伝子から成る1組の
遺伝子のうちの一方)に対応し,後者すなわちAβ鎖の型はH−2遺伝子の
Ab亜領域の遺伝子型の片方に対応する。したがって,Aa亜領域とAb亜
領域の遺伝子型が相違するときは,Aα鎖がd型でAβ鎖がz型といったよ
うな,異なる型の組合せのA分子が抗原提示細胞表面に形成される。また,
Aα鎖とAβ鎖は,対応する1組の対立遺伝子の片方からそれぞれ独立に形
成されるので,母親由来の遺伝子型と父親由来の遺伝子型が相異する場合に
は,4通りの組合せの型のA分子(例えば,Aαβ,Aαβ,Aαβdddzz
及びAαβ)がそれぞれ抗原提示細胞表面に形成される。dzz
E亜領域の遺伝子についても同様で,H−2遺伝子のEa亜領域の遺伝子
型の片方に対応した型のα鎖とEb亜領域の遺伝子型の片方に対応した型の
β鎖から成るE分子が抗原提示細胞の表面に形成される。ところで,b型の
Ea亜領域遺伝子によっては,Eα鎖が形成されないので,結果としてE分
子が抗原提示細胞表面に形成されない(E分子の欠損)。そうすると,例え
ば,Ea亜領域の遺伝子型がd/bヘテロの場合には,Ea亜領域の遺伝子
型がdホモの場合に比して2分の1のE分子が抗原提示細胞表面に形成され,
Ea亜領域の遺伝子型がbホモの場合にはE分子が抗原提示細胞表面に全く
形成されないことになる。このため,本件のようなH−2遺伝子及びその亜
領域の違いが問題となる場合においては,特にEa亜領域の遺伝子型が重要
であるので,Ea亜領域の遺伝子型でE亜領域の遺伝子型を代表させ,その
遺伝子型に従って,Eaであるのを「E」などと簡略化して表記することbb
がある。
これらのようにマクロファージ等の抗原提示細胞の表面に形成されて抗原
提示を行う機能を果たす分子を「クラスⅡ分子」というが,この分子の抗原
提示機能は対応する遺伝子に由来する型によって異なる(なお,以下,本判
決においては,抗原提示細胞表面へのA分子等の形成を「A分子等の発現」
ということがある。)。
他方,SLEにおいては,自己の生体中にそれぞれ存在するDNA及びR
NAを抗原として産生される抗核酸抗体(抗DNA抗体),ヒストンを抗原
として産生される抗ヒストン抗体,Sm等を抗原として産生される抗非ヒス
トン核蛋白抗体,T細胞等を抗原として産生されるリンパ球自己抗体,カル
ジオリピンを抗原として産生される抗リン脂質抗体,IgGを抗原として産
生されるリウマチ因子等の自己抗体が血中から検出されるところ,後記(3)
キの丙A前教授が「全身性エリテマトーデスの病理」と題する報告をした平
成4年当時では,クラスⅡ分子の一部がDNA等と親和性が高く,よく抗原
提示機能を果たすのではないかと考えられていた(甲51,弁論の全趣旨)。
(3)原告らによる従前の研究発表等
ア原告及び丙A前教授は,1983年(昭和58年),連名で(原告が第
1の論文執筆者,丙A前教授が最終執筆者とされている。),「THEJOU
RNALOFEXPERIMENTALMEDICINE」誌に,「ENHANCINGEFFECTOFH-2-LI
NKEDNZWGENE(S)ONTHEAUTOIMMUNETRAITSOF(NZB×NZW)F1MICE」と
題する論文を寄稿して,研究成果を発表した。
同論文の中では,次の内容が明らかにされている(甲20の1,甲2
1)。
(NZB×(ア)NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウス(
)に見られる自己抗体の産生及び腎炎の発症に父親のマウスのHNZW)F1
−2遺伝子型(z型)が関与しているか否かを解析する目的で,H−2
遺伝子型がdホモのコンジェニックマウス系であるマウス系NZW(H
−2)を樹立し,樹立されたマウス系の雄マウスをNZB雌マウスとd
交配してF1マウス()を作製し病態を比較し(NZB×NZW(H-2))F1(H-2)dd
た。
(イ)その結果,このF1マウス()は,NZB(NZB×NZW(H-2))F1(H-2)dd
(NZB×NZW)F1(H雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウス(
)に比して,血中の抗DNA抗体価及びgp70免疫複合体レベル-2)d/z
がそれぞれ低く,腎炎発症の程度が軽度で,死亡率が低かったが,両者
の間では胸腺細胞及び赤血球に対する自己抗体のレベル並びに血中のI
gG及びIgMのレベルには差異が見られなかった。
(ウ)NZWマウスのH−2遺伝子は,血中抗DNA抗体及びgp70免
疫複合体の産生の亢進に特異的に働き,腎炎の増悪に関与していると見
られる。
イ原告らは,平成元年ころから,B10.GDマウスとNZBマウスとを
交配させ,さらにNZBマウスを使用して退交配を行う作業を開始し,そ
の後平成2年ころにかけて,マウスの血中のIgG抗dsDNA抗体価の
測定等を行った(甲25の1)。
ウ原告らは,平成2年11月ころから平成6年4月ころ(なお,最後のF
1マウスが誕生したのは平成5年12月ころである。)にかけて,NZW
(NZW×BXS雌マウスとBXSB雄マウスとを交配してF1雄雌マウス(
)を作製し,同F1マウスの病態を解析する実験を行った。B)F1(H-2)♂♀z/b
その結果,上記F1マウスのうち雄マウスは,多くが3か月齢ないし4
か月齢程度で蛋白尿を発症し,ほとんどが概ね6か月齢未満で死亡したが
(なお,甲23の2記載の同F1雄マウスのうちの1ないし27番のF1
マウスで2か月齢ないし6か月齢程度であった。),同雌マウスは,蛋白
尿を発症したものでも5か月齢ないし14か月齢以降の発症であって,1
年以上生存したものが少なくなかった。
また,原告らは,平成2年11月ころから平成5年8月末ころ(なお,
最後のF1マウスが誕生したのは平成3年10月ころである。)にかけて,
H−2遺伝子型がdホモのNZWコンジェニック雌マウスとBXSB雄マ
ウスとを交配してF1雄雌マウス()を(NZW(H-2)×BXSB)F1(H-2)♂♀dd/b
作製し,同F1マウスの病態を解析する実験を行った。
その結果,上記F1マウスのうち雄マウスは,多くが4か月齢ないし9
か月齢程度で蛋白尿を発症し,ほとんどが8か月齢未満で死亡したが,同
雌マウスは,蛋白尿を発症したものでもほとんどが11か月齢以降の発症
であって(ただし,甲23の2記載の同F1雌マウスのうち,15番の雌
マウスは7か月齢程度で発症し,22番の雌マウスは例外的に2か月齢程
度で発症した。),多くのものが1年以上生存した(甲23の2)。
エ原告らは,平成3年10月ころから平成5年8月末ころ(なお,最後の
F1マウスが誕生したのは平成4年11月ころである。)にかけて,NZ
(NZB×BXB雌マウスとBXSB雄マウスとを交配してF1雄雌マウス(
)を作製し,同F1マウスの病態を解析する実験を行っSB)F1(H-2)♂♀d/b
た。
その結果,上記F1マウスのうち雄マウスは,ほとんどが4か月齢ない
し6か月齢程度で蛋白尿を発症し,9か月齢未満で死亡したが,同雌マウ
スは,蛋白尿を発症したものでも4か月齢ないし12か月齢程度の発症で
あり,1年以上生存するものもみられた。
また,原告らは,平成4年4月ころから同年10月ころ(なお,最後の
F1マウスが誕生したのは同年4月ころである。)にかけて,H−2遺伝
子型がzホモのNZBコンジェニック雌マウスとBXSB雄マウスとを交
配してF1雄マウス()を作製し,同F1(NZB(H-2)×BXSB)F1(H-2)♂zz/b
マウスの病態を解析する実験を行った。
その結果,上記F1マウスのうち雄マウスは,ほとんどが3か月齢ない
し6か月齢程度で蛋白尿を発症し,少なくとも8か月齢未満で死亡したが,
同雌マウスはほとんどが4か月齢ないし12か月齢で蛋白尿を発症し,な
かには1年程度生存するものもみられた(甲23の1)。
本件講座の丙Kは,平成4年7月31日,作製した各種F1マウスの血
中の血小板数のデータを比較し,グラフを作成した(甲23の2)。
オ原告らは,平成3年8月ころから平成4年8月ころ(なお,最後のF1
マウスが誕生したのは平成4年10月ころである。)にかけて,NZW雌
(NマウスとNZB.GD雄マウスとを交配し,得られたF1雌マウス(
。H−2遺伝子型はz/dヘテロ又はz/g2ヘテZW×NZB.GD(H-2))F1d/g2
ロである。)の病態の解析をD亜領域の遺伝子型(H−2遺伝子型がz/
dヘテロのときのz/d及びH−2遺伝子型がz/g2ヘテロのときのz
/b)に注目して行った(甲24)。
カ原告は,平成4年7月ころ以降,それまでに得られた各種F1マウスの
抗dsDNA抗体価,抗ssDNA抗体価,抗ヒストン抗体価及び蛋白尿
の発症率のデータを基に,グラフを作成して比較した。このグラフ中では,
(NZB×NZW)NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウス(
)及びNZB.GD雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1F1(H-2)d/z
マウス()について,後者のF1マウスが前者の(NZB.GD×NZW)F1(H-2)g2/z
F1マウスよりも,4か月齢,6か月齢及び8か月齢のすべてを通じて,
抗dsDNA抗体価及び抗ヒストン抗体価が有意に高く,かつ0か月齢か
ら12か月齢の全期間を通じて,蛋白尿発症率が有意に高いことが示され
ている。
また,原告は,同月10日ころ,各F1マウスのTNFαを測定するた
めに使用するリストのサンプルを作成し,このころ,「これから考えられ
るProject」と題するメモ(以下「原告平成4年メモ」という。)
を作成した。原告平成4年メモには,次の内容の記載が含まれている(甲
25の2)。
(ア)「NZB/WF1マウスから完全にE分子を消す方法」と題する部

「H−2とH−2との間でAαEβ間又はEβEα間にrecombinazb
tionを起こさせて,これをNZWマウスのbackgroundに入れる。これを
NZB.GDと交配してFを作る。」と記載されており,通常のNZ1
Wマウス(H−2遺伝子型はzホモである。)とH−2遺伝子型がbホ
モのNZWコンジェニックマウスとの間で,Aa亜領域とEb亜領域の
遺伝子の中間又はEb亜領域とEa亜領域の遺伝子の中間で遺伝子組換
えを生じさせ,組換えが生じた遺伝子をNZWマウスのバックグラウン
ドに入れ,この同遺伝子がバックグラウンドに入ったNZWマウスをN
ZB.GDマウスと交配してF1マウスを作製するアイデアが示されて
いる。
なお,上記のような遺伝子組換えを生じさせたマウスの例として,K,
Ab及びAa亜領域の遺伝子型がそれぞれuに,Eb,Ea,S及びD
亜領域の遺伝子型がそれぞれbになったマウスが示されている。
(イ)「E分子が自己抗体産生を抑制する機序の解析」と題する部分
E分子が胸腺レベルで作用し,T細胞の選択(selection)に関与し
ているかどうかを調べるため,末梢のT細胞Vレパートリーを調べる。β
また,E分子が末梢で作用し,サプレッサーT細胞を誘導しているか
どうかを調べるため,αI−EmAbをNZBマウスとNZWマウスを
交配した若いF1マウスに投与する。
キ丙A前教授は,平成4年,「全身性エリテマトーデスの病理」と題する
報告を行い,その内容が日本病理学会会誌81巻2号に掲載された。この
報告中には,次の(ア)ないし(オ)の内容があり,上記報告における質疑応
答中では,丙A前教授がした回答中には次の(カ)の回答があり,ニュージ
ーランド系コンジェニックマウスの作製の困難性に関して次の(キ)のとお
りの内容の質疑応答があった(甲51)。
(ア)「1.SLEの病理に関する問題点」及び「4.自己抗体の多様
性」
SLEの病態には,顔面の皮膚病変であるbutterflyrash等があり,
いずれも免疫複合体が関与している。組織学的には,表皮の基底細胞に
liquefactiondegenerationがみられ,基底膜に,蛍光抗体法で免疫複
合体の沈着を判定できる(lupusbandtest)。また,腎糸球体にwire
looplesionと呼ばれる特徴ある病変がみられるほか,血管病変として,
免疫複合体の沈着による血管壁の硝子様変性等がみられる。
なお,SLEでは,核酸及び核蛋白質等や,種々の血液細胞表面,燐
脂質及び糖脂質等に対する種々の自己免疫抗体が産生される。
(イ)「5.SLEのモデル」
NewZealandマウス系のうち,黒毛のNewZealandBlack(NZB)マ
ウス系及び白毛のNewZealandWhite(NZW)マウス系を実験に使用
した。このうち前者は1959年に報告された純系マウスで,自己免疫
性溶血性貧血を自然に発症し,後者は自己免疫疾患を発症しないが,N
ZB雌マウスとNZW雄マウスを交配したF1マウスに非常に重篤なS
LEが発症する。
このF1マウスでは,加齢とともに尻尾の一部に免疫複合体の沈着が
起こり,またlupusbandtestが陽性となり,そして,糸球体病変が高
度になるとwirelooplesionを形成し,免疫複合体の沈着が高度にみら
れ,大部分のマウスは腎不全で死亡する。同F1マウスの脾臓にonion
skinlesionは出ないが,高度の血管壁の硝子化が起こり,onionski
nlesionになる前に死亡してしまう可能性もある。同F1マウスでは,
dsDNAを含む核酸に対する抗体,histoneやSm等の核蛋白に対す
る抗体,リンパ球や赤血球等の細胞膜に対する抗体など,ヒトのSLE
で検出される自己免疫抗体の多くが産生され,IgGhypergammaglo
bulinemiaもみられる。
(ウ)「6.SLEはpolygene系の遺伝性疾患」及び「7.NZB病とN
ZB/WF1病の違い」
SLEは,純系マウスの数世代にわたって発症することからも明らか
なように,遺伝的に規定されている。
自己免疫性溶血性貧血を発症するNZBマウスと健常なNZWマウス
とを交配したF1マウスにSLEが発症すること,すなわち,子供に親
と違う病気が発症するということは,NZBマウスの遺伝子とNZWマ
ウスの遺伝子が子供に集積して,SLEが発症するということを示して
おり,かつ,SLEの発症を規定する遺伝子の数が1つではなく複数で
あること(polygene)を示している。
しかし,このpolygeneの実態は未だ解明されておらず,SLEの発症
機構が分からないままになっている。
そこで,我々は,まずSLEの発症に関わるpolygeneの1つ1つを分
離して,その遺伝子の働きを解析するべく,NZWマウス系でSLE素
因遺伝子の解析を行ってきた。
NZBマウスからは抗DNA抗体も検出されるが,その大部分はIg
Mクラスに属するもので,抗histone抗体及びhypergammaglobulinemia
に関しても同様である。
他方,NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウスでは,
検出される抗DNA抗体はIgGであり,IgGhypergammaglobuli
nemiaになる。同F1マウスのループス(lupus)腎炎の発症,skinlu
pusbandtestの陽性化は,このIgG自己免疫抗体の出現と同時期に
現れる。同F1マウスでは,概ね6か月齢ころから蛋白尿が出始め,そ
の後急速にその発症率が上昇し,通常蛋白尿発症後約2か月くらい後に
腎不全で死亡する。
(エ)「8.SLE遺伝子の数と連鎖」
我々は上記のようなマウスの遺伝子を分離すべく,まず,関与してい
る遺伝子の数を推定することとした。まず,NZB雌マウスとNZW雄
マウスを交配してF1マウスを作製し,これを両親系のマウス(NZB
マウス及びNZWマウス)で退交配し,これらの子孫にどのくらいの割
合でSLE病態が発症するかを調べたところ,IgG抗体の産生には,
4つ又は5つくらいの遺伝子が関与していることが推定され,かつその
うちの2つはNZBマウスの遺伝子中にあり,他の2つ又は3つは自己
免疫病態を発症しないNZWマウスの遺伝子中にあると推定された。そ
して,このNZBマウスにある2つの遺伝子は,IgM抗DNA抗体の
産生に関わっており,これにNZWマウスの遺伝子が加わることによっ
て,IgG抗DNA抗体の産生が誘発されると考えられた。
(オ)実験の内容及び結果
仮説を裏付けるため,我々は他の遺伝的背景は全く同じでありながら,
H−2遺伝子型のみが相違するF1マウスを作製した。すなわち,もと
もとH−2遺伝子型がdホモであるNZBマウスにNZWマウスのH−
2遺伝子(zホモ型)を導入したNZBコンジェニックマウス(NZB
(H−2))を作製し,他方でNZWマウスにNZBマウスのH−2z
遺伝子を導入したNZWコンジェニックマウス(NZW(H−2))d
を作製し,これらのコンジェニックマウスを交配してH−2遺伝子型が
zホモ及びdホモ等のF1マウスを作製した。
通常のNZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウスでは,
H−2遺伝子型がd/zヘテロであるところ,上記各コンジェニックマ
ウスを使用して交配したH−2遺伝子型がdホモ及びzホモのF1マウ
ス(,)では,腎疾(NZB×NZW(H-2))F1(H-2)(NZB(H-2)×NZW)F1(H-2)ddzz
患を発症せず,これらの各F1マウスで相違するH−2遺伝子のみがS
LEの発症に決定的な役割を果たしていることが判明した。10か月齢
におけるIgG抗DNA抗体価を検査した結果,H−2遺伝子型がd/
z又はz/dのヘテロである,通常のNZB雌マウスと通常のNZW雄
マウスとを交配したF1マウス()及びH−2遺伝(NZB×NZW)F1(H-2)d/z
子型がzホモのNZB雌マウスとH−2遺伝子型がdホモのNZW雄マ
ウスとを交配したF1マウス()では同(NZB(H-2)×NZW(H-2))F1(H-2)zdz/d
抗体価が高い一方,通常のNZB雌マウスとH−2遺伝子型がdホモの
(NZB×NZWNZWコンジェニック雄マウスとを交配したF1マウス(
)及びH−2遺伝子型がzホモのNZB雌マウスと通常の(H-2))F1(H-2)dd
NZW雄マウスとを交配したF1マウス()で(NZB(H-2)×NZW)F1(H-2)zz
は同抗体価が低く,H−2遺伝子型がヘテロのマウスにのみIgG抗D
NA抗体が産生されることが判明した。
classⅡ分子の各亜領域のα鎖とβ鎖はそれぞれ異なる遺伝子か
ら成っており,異なる親系のマウスを交配すると,それぞれ異なる親系
マウス由来のα鎖の遺伝子とβ鎖の遺伝子から生成されるclassⅡ
分子ができるところ,NZBマウスとNZWマウスとを交配すると,A

亜領域及びE亜領域に関して,4種類のclassⅡ分子(I−Aα
β,I−Aαβ,I−Eαβ及びI−Eαβ)を生じ得る。同zzddzzd
分子のうちの1つがDNA抗原を提示し,IgG抗DNA抗体の産生に
関与している可能性があるが,中でもI−Aαβが有力な候補である。dz
(カ)質疑応答中のBXSBマウスに関する部分
(BXSB×NBXSBマウスとNZWマウスとを交配したF1マウス(
)は非常に高度のSLEを発症するが,この発症に関与するH−ZW)F1
2遺伝子型はb/zヘテロであり,NZBマウスとNZWマウスとを交
配したF1マウス()のうちSLEを発症するもののH−(NZB×NZW)F1
2遺伝子型がd/zであるのとは異なっている。
前者のF1マウスの病態は,後者のF1マウスの病態と,抗カルデイ
オリピン抗体価が非常に高い点及び血小板減少症を伴う点で多少異なっ
ているところ,ヒトの各種自己免疫疾患におけるのとは異なるMHC複
合体(heterozygosity)が関与している可能性がある。
(キ)報告及び質疑応答中のマウスの育成に関する部分
丙A前教授は,ニュージーランドマウスのコンジェニックマウスの作
製に関し,「これらのマウスを生産するには大変な時間を要しまして,
約8年ぐらいかかったと思います。理論的には,2年半から3年で生産
できるのですが,NewZealandマウス系は大変なbadbreederでありまし
て,とくにNZBマウスは自分の子供を食べてしまうという癖もありま
すので時間がかかりました」と述べた(81頁)。
質問者である東海大学の丙Lは,「私にとって個人的にimpressiveで
あったことは,NZBマウスのような繁殖力が弱くて,扱いにくく,ま
た,transgeneをしても卵が弱いというようなマウスは,先ずマウスで
研究する人は一寸使わないのですが,それをよく維持し,しかもbackc
rossをしてcongenicマウス系を生産してこられた点で,先生達の御努力
に敬服したいと思います。」と感想を述べた(98頁)。
(4)その後の本件各マウス等の研究経緯
ア丙M,丙B,被告乙B,丙K,丙N,原告及び丙A前教授は,連名で
(上記順序で執筆者名が記載され,丙Mが第1の論文執筆者,丙A前教授
が最終執筆者とされている。),平成4年12月,「CLINICALIMMUNOLO
GYANDIMMUNOPATHOLOGY」誌のVol.65No.3に,「Heterozyg
osityoftheMajorHistocompatibilityComplexControlstheAutoim
muneDiseasein(NZW×BXSB)F1Mice」(MHCヘテロ接合性の(NZW
×BXSB)F1マウスの自己免疫疾患への影響)と題する論文発表を行
ったが,その中には,次の内容の記載がある(甲20の4,甲21)。
(ア)通常のNZW雌マウス(H−2遺伝子型はzヘテロ)と,通常のB
XSB雄マウス(H−2遺伝子型はbヘテロであり,SLEを発症す
る。)とを交配したF1マウス()では,もとも(NZW×BXSB)F1(H-2)z/b
とのBXSBマウスよりもSLE病態が増悪するが,この現象は,BX
SBマウスのY染色体にある自己免疫疾患促進遺伝子であるYaa遺伝
子が同F1マウスにあるか否かにかかわらず見られる。
(イ)NZWマウスのH−2遺伝子がSLEの増悪に関与しているか否か
を解析するべく,H−2遺伝子型を本来のzホモからdホモに置換した
NZW(H−2)コンジェニックマウスを作製し,このコンジェニッd
(Nクマウスの雌マウスとBXSB雄マウスとを交配してF1マウス(
)を作製し,通常のNZW雌マウスとBXSZW(H-2)×BXSB)F1(H-2)dd/b
B雄マウスとを交配したF1マウス(上記(ア)のF1マウス)との間で
病態を比較した。
後者のF1マウスでは,通常のBXSBマウスに比して,雄雌ともに
より蛋白尿発症率が高く,また血小板減少症もより重度であった。
他方,前者のF1マウスでは,通常のBXSBマウスに比して,SL
E病態の増悪は見られなかった。
(ウ)通常のNZW雌マウスと通常のBXSB雄マウスとを交配したF1
(NZW×(NZW×BXS雄マウスをNZW雌マウスで退交配した退マウス(
。H−2遺伝子型はz/bヘテロ。)の病態を解析したとこB)F1(H-2)z/b
ろ,その病態は,前記(イ)の,H−2遺伝子型をdホモに置換したNZ
Wコンジェニック雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1マウス
()の病態よりも高度であった。(NZW(H-2)×BXSB)F1(H-2)dd/b
(エ)通常のNZW雌マウスと通常のBXSB雄マウスとを交配したF1
マウス()が通常のBXSBマウスよりも高度の(NZW×BXSB)F1(H-2)z/b
SLE病態を発症する原因は,H−2遺伝子型がz/bヘテロであるこ
とに起因すると考えられる。従来から,NZB雌マウスとNZW雄マウ
スとを交配したF1マウスのSLE病態の発症に同F1マウスのH−2
遺伝子型がd/zヘテロ型(H−2ヘテロ接合性)が重要であるこd/z
とを明らかにしてきたが,上記実験結果は,異なったH−2遺伝子型の
ヘテロ接合性が上記F1マウスの病態の増悪に関与していることを示し
ている。
イ原告は,平成5年8月28日ころ,株式会社技術情報協会発行「〔疾患
別〕モデル動物の作製と新薬開発のための試験・実験法」において,
「[3]血小板減少症」と題する論文を発表したが,同論文中には,次の
内容の記載がある(甲38)。
(ア)NZW雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1雄マウス
()がBXSB雄マウスよりも早期かつ高度の血小板(NZW×BXSB)F1♂
減少を示し,また,本来BXSB雌マウスは血小板減少を示さないのに,
(NZW×NZW雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1雌マウス(
)において6か月齢ころから血小板減少を示す。上記F1雄BXSB)F1♀
マウスにおける血小板減少症の増悪は,それのみでは血小板減少を示さ
ないNZWマウス由来の遺伝子が,BXSBマウス由来の遺伝子の作用
を増強するからであると考えられ,他方,上記F1雌マウスにおける血
小板減少症の発症に対しては,BXSBマウス又はNZWマウス由来の
Yaa遺伝子以外の背景遺伝子の相互作用が重要な役割を果たしている
ものと考えられる。そして,この背景遺伝子の1つにH−2遺伝子があ
る。
(イ)NZWマウスのH−2遺伝子を本来のzホモ型からdホモ型に置換
したNZWコンジェニック雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF
1マウス()の病態と,NZW雌マウスと(NZW(H-2)×BXSB)F1(H-2)dd/b
BXSB雄マウスとを交配したF1マウス()の(NZW×BXSB)F1(H-2)z/b
病態を比較したところ,前者のF1雄マウスは,後者のF1雄マウスと
は異なって,BXSB雄マウスよりも血小板減少の程度が軽度で,かつ
同減少の出現時期が遅く,3.5か月齢でも同減少を示さなかった。
(ウ)通常のNZB雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1マウス
()の病態と,通常のNZW雌マウスとBXSB(NZB×BXSB)F1(H-2)d/b
雄マウスとを交配したF1マウス()の病態を比(NZW×BXSB)F1(H-2)z/b
較したところ,前者のF1マウスでは雄雌ともに強い血小板減少症を示
し,とりわけ前者のF1雄マウスは後者のF1雄マウスよりも早期に
(2か月齢くらいから)血小板減少症を示す。NZBマウスは血小板減
少症を示さないから,上記の前者のF1マウスにおいては,NZBマウ
ス由来の遺伝子がBXSBマウス由来の血小板減少症に関与する遺伝子
の作用を増強する作用を有していると考えられる。
H−2遺伝子型をdホモに置換したNZW雄マウスとBXSB雌マウ
スとを交配したF1マウスでは血小板減少症が軽度であることにかんが
みると,血小板減少症を発症する遺伝子の作用を増強する作用を有する
NZBマウス由来の遺伝子はdホモ型のH−2遺伝子以外の背景遺伝子
であると考えられる。実際に,H−2遺伝子型をzホモ型(NZWマウ
ス由来)に置換したNZBコンジェニック雌マウスと通常のBXSB雄
マウスとを交配したF1マウス()の血小板(NZB(H-2)×BXSB)F1(H-2)zz/b
減少症の程度は,通常のNZB雌マウスとBXSB雄マウスとを交配し
たF1マウス()の血小板減少の程度とほぼ同じ(NZB×BXSB)F1(H-2)d/b
である。
(エ)上記のとおり,BXSBマウスの血小板減少症の程度は,H−2遺
伝子型又はそれ以外の背景遺伝子により強く影響を受ける。
これらの遺伝子の作用の解明は重要な課題である。
(オ)通常のNZW雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1雄マウ
ス()は,血小板減少症を示すほか,小血管に(NZW×BXSB)F1(H-2)♂z/b
血栓形成を伴う心筋梗塞を高率で発症する。血小板減少症を示す個体で
は,抗カルジオリピン抗体等の抗リン脂質抗体が高頻度でみられ,しば
しば血栓症を続発することから,上記血小板減少症が抗リン脂質抗体に
より誘発される血栓形成によって生じる可能性が指摘されている。上記
F1雄マウスでは,血中に高力価の抗カルジオリピン抗体の出現がみら
れる。
一方,上記F1マウスの血小板の表面にはIgGが付着しており,血
小板結合性自己抗体の産生がみられるので,上記F1マウスにみられる
血小板減少症が抗血小板抗体の出現による自己免疫的な機序によって生
じる可能性もある。
通常のNZB雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1雄マウス
()と通常のNZW雌マウスとBXSB雄マウ(NZB×BXSB)F1(H-2)♂d/b
スとを交配したF1雄マウス()との間では,(NZW×BXSB)F1(H-2)♂z/b
血中抗カルジオリピン抗体価は,2か月齢の時点では,両者において差
異がなく,3.5か月齢の時点では後者における価が前者における価よ
りも高く,他方,血小板結合性自己抗体価は,2か月齢の時点で,既に
前者における価が後者における価よりも有意に高かった。前者のF1マ
ウスにおいては,明らかな血栓形成は見られないので,同F1マウスに
おける血小板減少は,血栓形成による二次的な現象ではなく,抗血小板
自己抗体の出現による自己免疫的な機序による可能性が高い。
ウ原告,被告乙B,丙O,丙P及び丙A前教授は,連名で(上記の順序で
執筆者名が記載され,原告が第1の論文執筆者,丙A前教授が最終執筆者
とされている。),平成6年,「Immunogenetics」誌に,「TheE-linke
dsubregionofthemajorhistocompatibilitycomplexdown-regulate
sautoimmunityinNZBxNZWF1mice.」(MHC内のE亜領域によるN
ZB×NZWF1マウスの自己免疫疾患の抑制)と題する論文を発表し
たが,その要旨は次のとおりであった(甲20の2,甲21)。
(ア)通常のNZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウスの
自己免疫疾患の発症には,NZB雌マウス由来の遺伝子型がdのH−2
遺伝子とNZW雄マウス由来の遺伝子型がzのH−2遺伝子の双方がと
もに存在すること(H−2ヘテロ接合性)が必要であり,かかる発d/z
症はH−2遺伝子中のクラスⅡ分子(遺伝子)の影響によるものと考え
られる。
(イ)クラスⅡ分子(遺伝子)のうちA亜領域の遺伝子とE亜領域の遺伝
子のいずれが重要であるかを解析するため,H−2遺伝子型がg2ホモ
のNZB.GDコンジェニックマウス系を樹立し,これを解析した。
(ウ)通常のNZBマウスにおいては,Ea亜領域の遺伝子型はdホモで,
E亜領域の遺伝子が発現しE分子を産生するのに対し,NZB.GDマ
ウスにおいてはEa亜領域の遺伝子型はbホモで,転写活性を欠損する
異常遺伝子であるために,E亜領域の遺伝子が発現せずE分子が産生さ
れない。
通常のNZBマウスにおいてもNZB.GDマウスにおいてもA亜領
域の遺伝子型はdホモであり,両者の雌マウスをNZW雄マウスとそれ
ぞれ交配させて得られるF1マウスにおいては,A亜領域の遺伝子(遺
伝子型はいずれもd/zヘテロ)がいずれも発現するが,E亜領域の発
(NZB.現量(E分子の産生量)は,後者の雌マウスによるF1マウス(
GD×NZW)F1(NZB×N)においては前者の雌マウスによるF1マウス(
)における2分の1である。ZW)F1
両F1マウスの血中の抗DNA抗体価を比較したところ,後者のF1
マウスにおける価の方が前者のF1マウスにおける価よりも有意に高く,
また後者のF1マウスの方が前者のF1マウスよりも腎炎発症による蛋
白尿の出現頻度が高かった。
したがって,E亜領域の発現(E分子の産生)により,自己免疫疾患
が抑制される可能性がある。
エ原告及び丙Dは,平成7年9月ころないし平成8年12月ころ(最後の
F1マウスが誕生したのは平成7年10月ころ),H−2遺伝子型を本来
のzホモからbホモに置換したNZWコンジェニック雌マウスとBXSB
雄マウスとを交配してF1雄雌マウス()(NZW(H-2)×BXSB)F1(H-2)♂♀bb
を作製し,他方で通常のNZW雌マウスとBXSB雄マウスとを交配して
F1雄雌マウス()を作製し,各F1マウスの(NZW×BXSB)F1(H-2)♂♀z/b
蛋白尿の発症の有無等を検査した(甲41)。
オ被告乙B,原告,丙B,丙Q及び丙A前教授は,連名で,平成9年12
月に京都市で行われた第27回日本免疫学会総会・学術集会において,
「自己免疫疾患におけるE分子の役割」と題する研究発表を行ったが(そ
の後刊行された論文集では,上記の順序で発表者が記載され,同被告が第
1の発表者,丙A前教授が最終発表者とされている。),その内容は概ね
次のとおりであった(甲47の1)。
(NZB×(ア)NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウス(
)のSLEの発症にはMHCのヘテロ接合性が必須であるところ,NZW)F1
被告乙Bらの研究グループはヘテロ接合性のMHCのマウスがSLEを
発症する原因がクラスⅡ分子のうちAαβ分子によるものである可能dz
性を示してきたが,他の解析においては,上記原因がEαβに由来すdz
るものである可能性を示唆する報告もされている。
そこで,被告乙Bらの研究グループは,上記F1マウスのSLE発症
に対するE分子の役割を解析すべく,通常のNZBマウスにB10.G
Dマウス由来のH−2遺伝子(g2ホモ型)を導入したNZB.GDコ
ンジェニックマウス系(NZB.GD(H−2))を樹立し,その雌g2
(NZB.GD×NZW)F1(H-マウスをNZW雄マウスと交配してF1マウス(
)を作製し,同F1マウスの病態を経時的に観察して上記F1マウ2)g2/z
ス()の病態と比較した。(NZB×NZW)F1
(イ)実験の結果,NZB.GD雌マウスとNZW雄マウスとを交配した
F1マウス()では,血中IgG抗DNA抗体(NZB.GD×NZW)F1(H-2)g2/z
価及び抗ヒストン抗体価が通常のNZB雌マウスとNZW雄マウスとを
交配したF1マウス()のそれらに比して有意に高(NZB×NZW)F1(H-2)d/z
値であり,前者のF1マウスの蛋白尿の発症時期及び発症率は後者のF
1マウスのそれよりも早期かつ高値であった。
(ウ)ところで,d型のH−2遺伝子では,Ab,Aa,Eb及びEaの
亜領域の遺伝子型がいずれもdであるので,通常のNZB雌マウスとN
ZW雄マウスとを交配したF1マウス()では,α(NZB×NZW)F1(H-2)d/z
β,αβ,αβ及びαβの4種類の各A分子及びE分子が形成dddzzdzz
される。他方,g2型のH−2遺伝子では,Ab,Aa及びEbの亜領
域の遺伝子型はいずれもdであるが,Ea亜領域の遺伝子型はbである
ため,Eα分子が形成されず,NZB.GD雌マウスとNZW雄マウス
とを交配したF1マウス()では,A分子につ(NZB.GD×NZW)F1(H-2)g2/z
いては上記4種類がすべて形成されるが,E分子については,αβ及zd
びαβの2種類のみが形成され,αβ及びαβの2種類は形成さzzdddz
れない。
そうすると,前記(イ)の実験結果から,E分子のうち,SLE病態が
後者のF1マウスより軽度である前者のF1マウスが形成するEαβd
分子は,むしろSLE病態を抑制する作用を有する可能性がある。z
カ兵庫医科大学の丙R,原告,丙S,丙D,丙T,丙B,被告乙B,丙P
及び丙A前教授は,連名で(上記の順序で執筆者が記載され,第1の執筆
者は丙R,最終執筆者は丙A前教授とされている。),平成10年,「E
uropeanJournalofImmunology」誌に「Multigeniccontroloflupus-
associatedantiphospholipidsyndromeinamodelof(NZW×BXSB)F1
mice」((NZW×BXSB)F1マウスに見られる抗リン脂質抗体症候
群の遺伝支配)と題する論文発表を行ったが,そのうち要約部分の内容は,
概ね次のとおりであった(甲20の5,甲21)。
(ア)SLEの関連疾患として,抗カルジオリピン抗体の産生,血小板減
少症,血栓症及び習慣性流産を特徴とする抗リン脂質抗体症候群が知ら
れているが,BXSBマウス由来のYaa遺伝子を有するNZW雌マウ
スとBXSB雄マウスの交配によるF1雄マウス()(NZW×BXSB)F1♂
は,SLE合併抗リン脂質抗体症候群のモデル動物である。
(イ)前記(ア)のF1雄マウスをNZW雌マウスと退交配して作製した雄
マウス()を使用して抗カルジオリピン抗体(NZW×(NZW×BXSB))F1♂
及び抗血小板自己抗体の産生,血小板減少症並びに心筋梗塞の各病態に
関わるBXSBマウス由来の遺伝子の作用の解析を行ったところ,各病
態がそれぞれ主として2つずつの遺伝子によって制御されていることが
明らかになった。
すなわち,抗カルジオリピン抗体の産生は,第4染色体及び第17染
色体上の遺伝子が相加的に作用することによって制御され,抗血小板自
己抗体の産生及び血小板減少症は,第8染色体及び第17染色体上の遺
伝子が相加的に作用することによって制御され,また心筋梗塞は第7染
色体及び第14染色体上の遺伝子が相加的に作用することによって制御
されることが明らかになった。
上記の遺伝子のうち第17染色体上の遺伝子は,H−2遺伝子の近傍
に存在する。
(ウ)抗リン脂質抗体症候群は,複数の遺伝子の相互作用によって発症す
る疾患であることが示された。
前記(ア)のF1雄マウス()の病態発症は,前記(NZW×BXSB)F1♂
(イ)の複数の遺伝子の相互作用に加え,BXSB雄マウス由来のYaa
遺伝子及びNZW雌マウス由来の他の遺伝子の作業が関与している可能
性がある。
キ丙D,丙R,丙S,丙U及び原告は,連名で(上記の順序で執筆者が記
載され,第1の執筆者は丙D,最終執筆者は原告とされている。),平成
10年,「順天堂医学」誌に「ループス腎炎感受性遺伝子群の解析−SL
Eモデル(NZW×BXSB)F1マウスにおける性差−」と題する論文
発表を行ったが,その内容は,概ね次のとおりであった(甲20の6)。
(ア)全身性エリテマトーデスの病態は多彩で,抗核酸自己抗体等,検出
される自己抗体の種類も多様である。しかし,すべての全身性エリテマ
トーデス患者にこれらの抗体が検出されるわけではなく,患者によって
検出される抗体の種類が異なり,全身性エリテマトーデスの病態の1つ
であるループス腎炎をとってみても,患者による個体差及び組織像の違
いがあり,同一患者においても時期により病態が異なっている。
全身性エリテマトーデスは複数の遺伝子が関与する多遺伝子疾患であ
ることが明らかにされているので,その病態の多様性は全身性エリテマ
トーデスの発症に関与する遺伝的背景の違いによって生じる現象である
と考えられる(153頁)。
(イ)SLE自然発症モデルマウス系の1つであるBXSBマウス系は,
C57BL/6雌マウスとSB/Le雄マウスとを交配することで生ま
れたリコンビナントマウス系であるが,その雄マウスにおいては,高免
疫グロブリン血症や,抗DNA抗体,抗血小板抗体及び抗リン脂質抗体
などの各種自己抗体の産生が見られ,生後3ないし4か月齢という早期
にループス腎炎による蛋白尿が出現する。
通常,ヒトでは全身性エリテマトーデスの発症は女性に高率で見られ
るが,BXSBマウスでは雄マウスのY染色体上の遺伝子変異によって
雄に重篤なSLEが発症する特徴がある。
この遺伝子はYaa(Y-chromosome-linkedautoimmuneaccelerati
on)と呼ばれる遺伝子で,SLEの増悪作用を示す。
しかし,BXSBマウスのYaa遺伝子を正常のマウス系に導入して
もSLEの発症は見られないので,BXSB雄マウスのSLE発症には
Yaa遺伝子に加えて,他の背景疾患感受性遺伝子が関与していること
が明らかである(153頁)。
(N(ウ)NZW雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1マウス(
)では,BXSBマウスに比較して自己抗体価の上昇が顕ZW×BXSB)F1
著で,発症するループス腎炎がより重篤であるが,このSLE病態の増
悪はYaa遺伝子を受け継ぐF1雄マウスにおいて特に高度である。同
F1雄マウスにおけるSLE病態の増悪は,NZW雌マウス由来の遺伝
子がBXSB雄マウス由来のSLE素因遺伝子の作用を増強するためで
あると考えられる(153頁)。
(エ)マイクロサテライトDNA多型を利用した遺伝子マッピング法や新
たに開発されたコンピュータープログラムを用い,BXSBマウスに存
在する増殖性ループス腎炎発症に関与する遺伝子の座位(位置)の決定,
遺伝子相互作用様式,候補遺伝子の検索及び他のモデルマウス系で検索
された既知の感受性遺伝子群との比較を試みた。
具体的には,上記(ウ)の交配マウス,その雄マウスをさらにNZW雌
マウスと退交配したマウスを作製し,蛋白尿の測定及びマイクロサテラ
イトDNA多型の解析等を行った。
その結果,前者の交配雄マウスは,BXSB雄マウスより早期にかつ
高率で蛋白尿を発症し,前者の交配雌マウスは,BXSB雄マウスより
も遅れてかつ低率で蛋白尿を発症したが,後者の退交配雄マウスの蛋白
尿発症率は,前者の交配雄マウスの蛋白尿発症率とNZW雄雌マウスの
蛋白尿発症率の概ね中間であった。なお,NZW雄雌マウス及びBXS
B雌マウスは蛋白尿を発症しなかった。この実験結果により,BXSB
マウスには,Yaa遺伝子が存在するほか,NZW雌マウス由来の遺伝
子と相互作用する,ループス腎炎感受性遺伝子が存在することが示唆さ
れた。
また,BXSBマウス由来のYaa遺伝子を有する上記退交配雄雌マ
ウスのマイクロサテライトDNA多型を解析した結果から,ループス腎
炎感受性遺伝子が,同雄マウスにおいては第7及び第14染色体上に,
同雌マウスにおいては第7及び第17染色体上(H−2遺伝子の近傍)
に存在することが示された。
さらに,遺伝子相互作用様式を解析した結果から,上記退交配雄マウ
スにおいては,BXSB雄マウス由来の2つの腎炎素因遺伝子がそれぞ
れ単独でも作用するが,加算効果を有すること,上記退交配雌マウスに
おいては,主としてBXSB雄マウス由来の第17染色体上の遺伝子
(H−2遺伝子と連鎖する。)が蛋白尿の発症を規定し,第7染色体上
の遺伝子の型がNZWマウス同士を交配した場合に生じる遺伝子型と一
致する場合に,SLE病態がより早期に現れることが示された(154
ないし161頁)。
(オ)考察
前記(ア)ないし(エ)の実験結果から,NZW雌マウスとBXSB雄マ
ウスとを交配したF1マウスのうち,BXSB雄マウス由来のYaa遺
伝子を承継し,同遺伝子がその発症に関与するF1雄マウスのループス
腎炎と,BXSB雄マウス由来のYaa遺伝子を承継しないF1雌マウ
スのループス腎炎とでは,異なる遺伝支配を受けていることが明らかに
なった。すなわち,F1雌マウスにおいては,第17染色体上のH−2
遺伝子と連鎖する遺伝子がループス腎炎の発症をほぼ規定し,同連鎖遺
伝子の作用は第7染色体上のセントロメア側の遺伝子の変更効果によっ
て増強される。他方,F1雄マウスにおいては,H−2遺伝子と連鎖す
る遺伝子の効果が弱く,同連鎖遺伝子と相加効果を示す,他の2つの独
立して作用する遺伝子との共同効果によって重篤なループス腎炎が発症
する。
Yaa遺伝子を正常な他のマウス系に導入してもSLEを発症しない
ので,Yaa遺伝子は,SLE感受性遺伝子の効果を修飾する変更遺伝
子としての性格を有しているものと考えられる。
NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウスにおいて,
H−2遺伝子型がd/zヘテロであることがSLE発症の重要な素因で
あることが既に明らかにされているが,H−2遺伝子型がヘテロである
ことがSLE発症に関係することは,NZW雌マウスとBXSB雄マウ
スとを交配したF1マウスにおいて,H−2遺伝子型が本来のz/bヘ
テロであるものとd/bヘテロであるものの比較をした実験結果によっ
ても明らかである。H−2遺伝子型がヘテロである場合には,親系マウ
スにはない特異なクラスⅡ分子が形成されるので,これが自己抗原と高
親和的である結果,自己反応性T細胞の活性化が誘発されることが上記
の原因であると考えられる。
Yaa遺伝子は,上記F1雄マウスにおいては,F1雌マウスの場合
にはみられない相加効果を示すが,これは同遺伝子が他の遺伝子に対し
て高度のepistatic効果を示すことを示唆するものであり,Yaa遺伝
子には今なお未知の遺伝子効果があることが示唆される。
ク被告乙Bは,遅くとも平成11年2月ころ,自らが作製したF1マウス
に係る過去の実験データを比較して,NZB雌マウスとNZW雄マウスと
の交配F1マウス()は,H−2遺伝子型がd/zヘテロで(NZB×NZW)F1
なくても,E分子が発現しなければ(欠損すれば)重篤なSLEを発症す
るとの実験結果に至り,本件講座内部の研究発表会で発表した。しかし,
原告らから,上記F1マウスのSLE発症にはH−2遺伝子型がd/zヘ
テロであることが必要であるという前記(3)ア,(4)ア及びウ等の論文の結
論とは異なるので外部に発表できないという理由で論文発表を反対された
ため,論文発表を断念した。
そこで,同被告は,NewZealandマウス系以外のマウス系の
マウスを使用して,H−2遺伝子型がd/zヘテロでなくても,E分子が
発現しなければ(欠損すれば)重篤なSLEを発症することを証明できれ
ば,原告らの過去の論文の結論と抵触せず,論文発表ができるのではない
かと考え,以後はBXSB雌マウスも使用して実験を行うことにした(乙
35(3頁))。
ケ被告乙Bは,平成11年3月26日ころ,順天堂大学のアトピー疾患研
究センター宛の,研究課題名を「クラスⅡE分子の自己免疫疾患抑制機構
の解析」とする,平成11年度及び同12年度の研究プロジェクトに係る
研究経費の交付の申請書の草稿を作成した。原告は,上記草稿に修正等を
行って申請書を完成させ,本件講座では,同申請書を基に研究経費交付申
請が行われた。
同申請書においては,研究代表者が丙A前教授とされており,研究組織
は被告乙Bのみで構成され,同被告の研究分担課題は「コンジェニックマ
ウスを利用した自己免疫疾患に対するE分子の役割とその作用機構の解
析」とされている。また,同申請書の「研究の目的」欄の最後に,「主な
実験は乙bが行い,丙Aが研究を総括する。」と記載されており,同研究
プロジェクトでは,主要な実験を同被告が行い,最後に丙A前教授が研究
結果を総括することが予定されていた。
そして,同申請書の「研究目的」欄には,「研究の背景」として,①N
ZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウスが発症する重篤な
SLEは,H−2遺伝子型が特定のd/zヘテロである場合であり,これ
はMHCのAαβクラスⅡ分子の作用によることが示唆されていること,dz
②上記F1マウスのうちE分子の発現量が大きいH−2コンジェニックマ
ウスではSLEの病態が抑制されるので,E分子はむしろSLEの病態を
抑制する方向に働いていることが示唆されること,③最近新たなH−2コ
ンジェニックマウス系を樹立することにより,上記F1マウスのうちA亜
領域の遺伝子型がdホモであるものでも,E分子の発現を全く欠く場合に
は重篤なSLEが発症することを発見したことが述べられ,E分子の役割
の解析が,自己免疫疾患のみならず,アレルギー性疾患,アトピー性疾患
においても重要であることが述べられている。
さらに,同「研究目的」欄では,研究プロジェクトの特徴として,樹立
したコンジェニックマウス系を使用して,A亜領域の遺伝子型が同一で,
E分子の発現の有無が異なるF1マウスを作製し,そのSLE病態を比較
検討することにより,E分子がSLE病態に果たす役割を解析することな
どが述べられており,同研究プロジェクトで作製する予定のF1マウスと
して,通常のNZB雌マウスとH−2遺伝子型をdホモに置換したNZW
(NZB×NZW(H-2))F1コンジェニック雄マウスとを交配したF1マウス(d
),NZB.GD雄マウスとNZW.GD雌マウスとを(H-2:AbAaEbEa)ddddd
交配したF1マウス(),通常のNZB(NZB.GD×NZW.GD)F1(H-2:AbAa)g2dd
雌マウスとH−2遺伝子型をbホモに置換したNZWコンジェニック雄マ
dbd/bd/bd/b
ウスとを交配したF1マウス((NZB(H-2)×NZW(H-2))F1(H-2:AbAa
)及びNZB.GD雌マウスとH−2遺伝子型をbホモに置換しEbEa)d/bd/b
(NZB.GD×NたNZWコンジェニック雄マウスとを交配したF1マウス(
)が掲げられている(甲59の1ないし3,乙ZW(H-2))F1(H-2:AbAa)bg2/bd/bd/b
35(3頁))。
コ被告乙Bは,平成11年8月ころ,BXSB雌マウスとH−2遺伝子型
がg2/dヘテロのNZB.GD雄マウスとをそれぞれ交配し,得られた
各F1雌マウス(いずれも同年8月1日又は(BXSB×NZB.GD(H-2))F1♀。g2/d
3日に誕生した。)の蛋白尿の発現時期の解析を行った。これは,A亜領
域の遺伝子型が同一だがE分子が全く形成されないか(Ea亜領域の遺伝
子型がbホモ),半分量(Ea亜領域の遺伝子型がb/dヘテロ)形成さ
れるF1マウスを作製して,各F1マウスの病態を比較し,E分子の役割
を解析する目的に基づくものであった。
同被告は,平成11年11月ないし平成12年2月までの間に,本件マ
ウス④(。書証中ではF1マウスのH(BXSB×NZB.GD(H-2))F1(H-2)♀g2/db/g2
−2遺伝子型を「b/GD」と表記している。甲48の2,4,5,7,
9,10,12及び15番のマウス)に,ループス腎炎に起因するものと
みられる蛋白尿発症を確認した。
(BXSB×また,平成12年6月ないし9月の間に,本件マウス⑥−1(
。甲48の1,3,8及び13番のマウス)に,NZB.GD(H-2))F1(H-2)♀g2/db/d
同様の蛋白尿発症が確認された。
そして,同被告は,解析結果から,上記F1雌マウスのうち,本件マウ
ス④(H−2遺伝子型はb/g2ヘテロ)の方が本件マウス⑥−1(H−
2遺伝子型はb/dヘテロ)よりも,早期(3か月齢ころから)かつ重篤
な蛋白尿を発現することを発見した。
その後,原告は,上記研究成果に係るノート(表)を基にF1マウスの
月齢と蛋白尿発症率の相関を示すグラフを作成し,同ノートに貼付した
(甲48,弁論の全趣旨)。
サ本件講座の構成員らは,平成7年11月ころ以降,NZB雌マウスとN
ZW雄マウスとを交配したF1マウスや,同F1マウスの雌マウスをさら
にNZW雄マウスと交配する等して,NZWマウス及びNZBマウスを中
心に交配を行ってマウスを作製し,尿の解析や脾臓の重量測定等を行って
きた。
原告は,平成11年11月ころ,NZBコンジェニック雌マウスとNZ
Wコンジェニック雄マウスとを交配してF1マウスを作製したところ,そ
の後,H−2遺伝子型がg2/bヘテロ(書証中では「gd/b」と表記
されている。)のF1雌マウス(4727番。同月12日生まれ。)に,
上下肢の関節炎の発症が見られ(程度は++),かつこのマウスは脾臓が
腫大しており,平成12年8月1日に8.5か月齢で死亡した。しかし,
原告が同年12月ころにNZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配して作
製した,H−2遺伝子型がd/zヘテロのF1雌マウス(4728番ない
し4730番)では,脾臓の腫大は見られなかった(甲26)。
なお,上記の関節炎の発症が見られた時点では,被告乙Bは病気療養の
ため欠勤中であった(弁論の全趣旨)。
シ被告乙B,丙I,丙B,原告及び丙A前教授は,連名で,平成11年1
2月,京都市内で行われた第29回日本免疫学会総会学術集会で,「全身
性エリテマトーデスにおけるE分子の病態修飾効果」と題する研究発表を
行ったが(その後刊行された論文集では,同被告が第1の発表者,丙A前
教授が最終発表者とされている。),その内容は概ね次のとおりであった。
なお,この研究発表の「考察」欄の最後には,E分子の抑制効果がどのよ
うな機序でもたらされているかにつき個体レベル及び細胞レベルで解析中
である旨が記載されている(甲47の2)。
(ア)被告乙Bらの研究グループは,A領域の遺伝子型が同一でありなが
らE亜領域の遺伝子型が異なるH−2コンジェニックマウス系を樹立し,
E分子がSLEの病態に及ぼす影響につき解析を行った。
(イ)具体的には,通常のNZBマウス,NZB.GDマウス,H−2遺
伝子型がdホモのNZWマウス,NZW.GDマウス及びH−2遺伝子
型がbホモのNZWマウスを適宜使用し,各種NZB雌マウスと各種N
ZW雄マウスとの交配によるF1マウスを作製し,SLE病態を比較し
た。
その結果,A亜領域の遺伝子型がdホモであっても,d/bヘテロで
あっても,E分子の発現量に相関してSLE病態の抑制がみられた。
E分子を発現していないF1マウスでは,A亜領域の遺伝子型がdホ
モであっても重篤なSLEが発症したが,A亜領域の遺伝子型がd/b
ヘテロの場合には,より早期に重篤なSLEを発症した。
(ウ)マウスのSLEはA分子のヘテロ接合性に拘束される(あるいは,
A亜領域の遺伝子がヘテロ型である場合に特に重篤なSLEを発症す
る。)一方で,E分子の関与によりSLE病態が抑制される。
ス原告は,平成12年初めころ,日本学術振興会から,研究課題「クラス
Ⅱ内E領域に規定される自己免疫疾患抑制の機構」につき,平成12年度
分として180万円及び同13年度分として150万円の科学研究費補助
金(基盤研究(C)(2))の交付内定を受け,その後,同会から上記補
助金を受けた(甲17の1,2)。
セ原告,丙T,丙S及び丙A前教授は,連名で(上記の順序で執筆者名が
記載され,第1の執筆者は原告,最終執筆者は丙A前教授とされてい
る。),平成12年,「InternationalReviewofImmunology」誌に,
「GeneticAspectsofInherentB-cellAbnormalitiesAssociatedwit
hSLEandB-cellMalignancy:LessonsfromNewZealandMouseModel
s」(ニュージーランドマウス系を用いたSLE及びB細胞腫瘍における
B細胞異常に関わる遺伝的要因の解析)と題する論文発表を行ったが,こ
の論文中では,①NZB.GD雌マウスとNZW雄マウスを交配したF1
マウス(),②NZB雌マウスとNZW雄マウス(NZB.GD×NZW)F1(H-2)g2/z
とを交配したF1マウス(),③NZB雌マウスとN(NZB×NZW)F1(H-2)d/z
ZW.PL雄マウスとを交配したF1マウス(),(NZB×NZW.PL)F1(H-2)d/u
④NZB雌マウスとH−2遺伝子型がdホモのNZWコンジェニック雄マ
ウスとを交配したF1マウス()及び⑤H−2遺(NZB×NZW(H-2))F1(H-2)dd
伝子型がzホモのNZBコンジェニック雌マウスとNZW雄マウスとを交
配したF1マウス()につき蛋白尿発症率及び血(NZB(H-2)×NZW)F1(H-2)zz
中IgG抗DNA抗体価の比較がされるなどしているが,BXSBマウス
との交配マウスについては言及がなかった(甲20の7,甲21)。
ソ原告,被告乙B,丙V,丙B,丙E,丙I,丙P及び丙A前教授は,連
名で,平成12年11月,仙台市内で開かれた第30回日本免疫学会総会
学術集会で,「I−E分子によるSLE抑制機構の解析」と題する研究発
表を行ったが(その後刊行された論文集では,上記の順序で発表者名が記
載されており,原告が第1の発表者,丙A前教授が最終発表者とされてい
る。),その内容は概ね次のとおりであった。なお,この研究発表の「結
論」欄の最後には,SLE抑制に関わるT細胞レパトア解析及びE分子
(I−E分子)による抗原提示能への影響に関して検討中である旨が記載
されている(甲47の3)。
(ア)原告らの研究グループは,A分子の遺伝子型が同一で,E分子が形
成されるマウスと形成されないマウスを作製し,E分子がSLEの発症
を抑制する機構の解析を行った。
具体的には,<A>H−2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニック雌
(NZW(H-2)×NZB.GD)F1(HマウスとNZB.GD雄マウスとを交配し(b
),また<B>通常のBXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとを-2)b/g2
交配して(),それぞれE分子が形成されな(BXSB×NZB.GD)F1(H-2)b/g2
い(欠損する)F1マウスを作製し,これらのF1マウスと,それぞれ
E分子を形成する,<C>H−2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニッ
(NZW(H-2)×Nク雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1マウス(b
),<D>通常のBXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交ZB)F1(H-2)b/d
配したF1マウス()との間で病態を比較した。(BXSB×NZB)F1(H-2)b/d
(イ)そうすると,前記(ア)の各F1マウスのうち,E分子を形成しない
F1マウスにおいて極めて重篤なSLEの発症がみられた。
また,前記(ア)の<C>のF1マウスのT細胞2×10個を,若齢で7
SLE発症前の同<A>のF1マウスに2週間間隔で静脈注射したところ,
SLEの発症が高度に抑制された。
(ウ)E分子によるSLEの抑制は,T細胞が担っている可能性がある。
タ本件講座の構成員らは,平成6年7月ころ,NZB雌マウスとB10.
GD雄マウスを交配してF1マウスを得,以降平成15年9月ころにかけ
て,NZBマウスを使用して退交配(戻し交配)する作業を行い,多数の
交配マウスを誕生させて,NZB.GDマウス系を樹立した。また,同構
成員らは,平成6年9月ころから平成15年9月ころにかけて,NZW雌
マウスとB10.GD雄マウスとを交配したF1マウスにNZWマウスを
使用した戻し交配を行い,同様に多数の交配マウスを誕生させて,NZW.
GDマウス系を樹立した。
なお,上記のうちNZB.GDマウス系の樹立は,平成元年ころにも行
われていたのを再度試みたもので,2度目の樹立であった。
これらの作業で誕生したマウスのうち,NZB雌マウスとH−2遺伝子
型がg2/dヘテロのNZB雄マウス(NZB(H−2)♂)との交g2/d
配によって平成12年12月10日に誕生した362番の交配雄マウスは,
そのH−2遺伝子のK亜領域の遺伝子型がdホモ,A亜領域の遺伝子型が
dホモ,E亜領域の遺伝子型がdホモ,D亜領域の遺伝子型がb/dヘテ
ロであった。そして,この雄マウスとNZB雌マウスとの交配によって,
平成13年5月6日に誕生した交配マウスのうち,394及び395番の
雄マウス並びに同397ないし399番及び402ないし404番の雌マ
ウスは,そのH−2遺伝子のD亜領域の遺伝子型がbホモ,E亜領域の遺
伝子型がdホモであった(甲36,弁論の全趣旨)。
チ被告乙B及び当時本件講座の構成員であった丙Gは,H−2遺伝子型が
bホモのNZWコンジェニック雌マウス(NZW(H−2)♀。甲62b
の最上段左側の白丸で図示された雌マウス。)とH−2遺伝子型がg2/
dヘテロのNZB雄マウス(NZB(H−2)♂。甲62の最上段右g2/d
側の白い四角で図示された雄マウス。)とを交配してF1マウスを作製し
たところ,作製されたF1マウスのうちH−2遺伝子型がb/dヘテロの
雌マウス(。甲62の第2段の右端か(NZW(H-2)×NZB(H-2))F1(H-2)♀bg2/db/d
ら2番目の赤丸で図示された雌マウス。)にRAの発症が見られた。
同被告及び丙Gは,このRA発症F1雌マウスと通常のNZB雄マウス
(甲62の第2段の右端の白い四角で図示された雄マウス)とを交配して,
(NZW平成13年1月ころ,H−2遺伝子型がdホモのF1雄マウス((
。甲62の第3段の右端から3番目(H-2)×NZB(H-2))×NZB)F1(H-2)♂bg2/dd
の白い四角で図示された雄マウスであり,乙33の31番のマウスである。
なお,甲62では,この雄マウスの世代をBC−1と表記している。以下
「BC−1雄マウス」という。)を作製した。
他方,同被告らは,通常のNZB雌マウス(甲62の第3段の左端の雌
マウス)とH−2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニック雄マウス(甲
62の第3段の左端から2番目の雄マウス)とを交配してH−2遺伝子型
がd/bヘテロのF1雌マウス(。甲62の(NZB×NZW(H-2))F1(H-2)♀bd/b
第4段の右端の雌マウス。)を作製した。
同被告らは,さらに,同年4月ころ,このF1雌マウスとBC−1雄マ
((NZB×NZW(Hウスとを交配して,合計66匹の雄雌マウスを作製した(
。甲62の最下段のマウスであ-2))×((NZW(H-2)×NZB(H-2))×NZB))F1bbg2/d
り,乙33の32番以降のマウスである。なお,乙33の32番のマウス
の父親欄には,「」とあるが,これは(NZB×NZWH-2)×NZB31d/db
「(」の誤りである。)。作製され(NZW(H-2)×NZB(H-2))×NZB)F1(H-2)bg2/dd
たF1マウスのうち,H−2遺伝子型がdホモの雄マウスは合計12匹
(甲62の最下段左端の雄マウス。ただし,甲62中には「10匹」と記
載されている。乙33の33ないし40,43,50,52及び54
番。),d/bヘテロの雄マウスは合計10匹(甲62の最下段左端から
2番目の雄マウス。乙33の32,41,42,44ないし49及び51
番。),dホモの雌マウスは合計12匹(甲62の左端から3番目の雌マ
ウス。乙33の52,54,56ないし58,60ないし65及び67
番。),d/bヘテロの雌マウスは合計4匹(甲62の左端から4番目の
雌マウス及び右端の雌マウス。乙33の53,55,59及び66番。)
であり,最後者の雌マウスのうち66番のマウス(甲62の右端の雌マウ
ス。系統図中にいう「BC−2」世代。)がRAを発症した(乙33。)。
平成14年4月30日ころ,丙Gから提供を受けた上記各交配マウスに
関するデータをもとに,マウスの系統図が作成され,RAの発症率を母集
団の別によって5パーセント又は7パーセントと算出された(甲62,7
3の1,2)。
上記実験結果に関しては,スライド(甲62,73の2)が作成され,
原告に提出された(弁論の全趣旨)。
ツ被告乙Bは,平成13年1月11日,NZW.GDマウスの遺伝子解析
を行った際,対照として選択したマウス台帳(甲36)のNZW.GDマ
ウスの部に記載の537番のNZW.GD雌マウスの遺伝子型を解析中に,
同マウスの抗E分子抗体反応が陽性で,本来のNZW.GDマウスの陰性
反応とは異なることを発見し,E亜領域の遺伝子が組換えを起こした(リ
コンビナント)可能性に気が付いた。そこで,同被告は,上記マウス台帳
の537番のメモ欄に「E++u/dord/uD?」と記入u
し,遺伝子組換えの可能性について書き留めた。
次いで,同被告は,遺伝子組換えの可能性があると考えて,まず上記5
37番のNZW.GD雌マウスの兄弟姉妹の遺伝子型を解析し,その後H
−2遺伝子型がd型のNZWコンジェニックマウスやNZW.PLマウス
についても遺伝子解析を行ったほか,さらにNZB.GDマウスについて
も遺伝子解析を行うことにした。
同被告は,同月12日,NZB.GDマウスをNZBマウスで退交配し
たマウスの遺伝子型の解析を行った。
すなわち,同被告は,まず,当時本件講座内で利用可能であった,E分
子の解析のための抗E抗体(ISCR。北里大学の丙W教授から提供を受
けた細胞から産生された。),D分子解析のための抗D抗体(28−8bb
−65;Mab114−1及びH141−30;Mab114−2。東京
大学の丙X教授から提供を受けた細胞から産生された。)及びD分子解d
析のための抗Dd抗体(T19−191;Mab117。同様に,東京大
学の丙X教授から提供を受けた細胞から産生された。)にそれぞれ蛍光色
素を結合させ,各マウスの末梢血細胞と反応させた後に,測定器FACS
を用いて検体の解析を行った。
この解析の結果,マウス台帳(甲36)のNZB.GDの部に記載のN
ZB退交配マウスのうち,350番の雄マウス(平成12年9月15日生
まれ)及び361番の雌マウス(平成12年9月12日生まれ)のE分子,
Db分子及びDd分子の発現量はいずれも半分量(+/−)であって,H
−2遺伝子型はd/g2ヘテロと判定された。362番の雄マウス(平成
12年12月10日生まれ)のE分子の発現量は充分量(+/+),Db
分子及びDd分子の発現量はいずれも半分量(+/−)であり,Ea亜領
域の遺伝子が変化したことが示され,そのH−2遺伝子型はd/g2rヘ
テロと判定されて,これが最初に得られたNZB.GDr雄マウスとなっ
た。363番の雄マウス(平成12年12月10日生まれ)のE分子の発
現量はいずれも充分量(+/+),Db分子の発現はなし(−/−),D
d分子の発現量は充分量(+/+)であり,H−2遺伝子型はdホモと判
定された。
同被告は,同月13日,この遺伝子解析の結果を踏まえ,上記マウス台
帳の362番の欄のH−2遺伝子型を記す欄に「EDE++」と記db/d
入して,同マウスのE亜領域の遺伝子型が組換えによりdホモになってい
るがD亜領域の遺伝子型はNZB.GDマウス由来のb/dヘテロのまま
であり,E分子の発現量が充分量(++)であることを明らかにするとと
もに,メモ欄にはK,A及びE亜領域の遺伝子型がそれぞれdホモ,D亜
領域の遺伝子型がb/dヘテロである旨を記入して,362番のマウスが,
NZB.GDマウス由来のE亜領域の遺伝子型がbからdに置換された,
遺伝子組換えマウスであることを明らかにした(甲36,乙16,36な
いし42,弁論の全趣旨)。
なお,他方で,原告は,遅くとも平成14年10月ころ,丙Eに命じて,
E亜領域の遺伝子に組換えが生じたと見られるNZB.GDマウスにつき,
TNFa亜領域の遺伝子の型判定を実施させ,遅くとも平成15年1月2
8日ころには,E亜領域の遺伝子に組換えが生じていることを確定させた
(甲74の1,2,甲75)。
テ被告乙Bは,平成13年6月27日,「背景と研究目的」と題するメモ
を作成したが,その内容は次のとおりであった(乙26の1,2)。
(ア)SLEはマウスMHCの特定の遺伝子型に強く拘束され,NZB雌
マウスとNZW雄マウスを交配したF1マウスが発症する重篤なSLE
はH−2遺伝子型がd/zヘテロであることが拘束因子となっている。
かかる関係は,MHCのうちのAαβ分子によるものである可能性がdz
ある。
(イ)E亜領域の遺伝子を置換した非肥満性糖尿病マウス(NOD)や同
様の置換を行ったBXSBマウスを作製して解析することにより,E分
子が自己免疫疾患の病態を抑制する可能性があることが報告されている。
しかし,導入されたE分子が過剰に発現したり,過剰に発現したE分子
がA分子に結合することで,A分子による抗原提示を障害する等の非生
理的現象が生ずるので,E分子が自己免疫疾患に与える影響は必ずしも
明らかではない。
(ウ)そこで,各種のH−2遺伝子コンジェニックマウス及びリコンビナ
ントNewZealandマウスを使用して解析を行った。
(エ)「H-2--congenicNewZealandマウスにおけるH−2haplotypeの
比較」と題する表では,NZBマウス,NZB.GDマウス,NZB.
GDrマウス(表中では「NZB.GDre」と表記されている。),
NZWマウス,NZW.GDマウス,H−2遺伝子型がbホモのNZW
コンジェニックマウス,H−2遺伝子型がdホモのNZWコンジェニッ
クマウスのそれぞれのH−2遺伝子型,Aa,Ab,Ea,Eb及びT
NF各亜領域の遺伝子型等が示されている。
同表の下部には,H−2遺伝子型がdホモのNZWコンジェニックマ
ウスでは,Eα分子(Eα鎖)及びEβ分子(Eβ鎖)がともに形成dd
されること,NZB.GDマウス及びNZW.GDマウスではいずれも
Ea亜領域の遺伝子がbホモであるためにEα分子(Eα鎖)が形成さ
れないこと,H−2遺伝子型がbホモのNZBコンジェニックマウスで
は,Ea及びEb各亜領域がいずれもbホモであるためにEα分子(E
α鎖)及びEβ分子(Eβ鎖)が形成されないことが示されている。
さらに,「表−1NewZealandcongenicマウスにおけるH−2ha
plotypeの比較」と題する表では,別表3「乙26の2各マウス系と
遺伝子型一覧表」記載のとおり,各マウス系とそのH−2遺伝子型及び
各亜領域の遺伝子型が示されている(ただし,リコンビナントNZB.
GDマウスのH−2遺伝子型の符号が未確定であったので,「?」とな
っているが,上記一覧表ではそれぞれ適当な符号を記した。)。
ト原告は,遅くとも平成13年10月27日ころまでに,平成14年度及
び同15年度の研究経費申請のための平成14年度基盤研究研究計画調書
を作成したが,同調書の中では,「研究代表者」として被告乙Bの氏名が
あり,「研究課題」として「クラスⅡ内E領域に連鎖した自己免疫疾患抑
制遺伝子の同定とその作用機構の解明」が掲げられているほか,研究分担
の内容として,同被告が「MHC(H−2)亜領域リコンビナントマウス
系の樹立,免疫担当細胞の形質および病態の解析」を,原告が「病態抑制
機構の解析,研究の総括」を分担することが示されている。
そして,同調書の「研究計画・方法」欄には,得られる研究経費を使用
して行う予定の研究の計画の内容が記載されているが,その中で,当時ま
での研究によって解析された各コンジェニックマウス系F1マウスのH−
2遺伝子型,K亜領域等の遺伝子型,E分子の発現及びSLEの病態の程
度が,別表1「甲57各マウス系と遺伝子型一覧表」記載のとおりであ
ることが明らかにされており,また同表記載の結果から,次の(ア)のとお
りの考察がされ,次の(イ)のとおりの実験を計画していることが明らかに
されている(甲57の1ないし3)。
(ア)別表1「甲57各マウス系と遺伝子型一覧表」記載1ないし3番
の各F1マウス相互の病態の比較から,Aa及びAb亜領域の遺伝子型
がいずれもdホモである場合でも,Ea亜領域の遺伝子型又はD亜領域
の遺伝子型にbがあると(dホモではなく,b/dヘテロやbホモであ
ると),SLE病態が増悪する(2及び3番のF1マウス)。同表の3
番のF1マウスと5番のF1マウスの病態の比較から,Ea又はD亜領
域の遺伝子型がbホモの場合,Aa亜領域及びAb亜領域の遺伝子型が
d/bヘテロのものの方(5番のF1マウス)がdホモのもの(3番の
F1マウス)よりもSLE病態が極めて重篤である。同表の4番と5番,
6番と7番のF1マウスの相互の病態の比較から,Aa及びAb亜領域
の遺伝子型がd/bヘテロの場合には,Ea又はD亜領域の遺伝子型に
dがあると(bホモではなく,b/dヘテロやdホモであると),SL
E病態が抑制される。
そこで,SLEの病態の抑制には,E分子が関与しているか,d型の
D亜領域が関与している可能性があるが,そのいずれであるかを解析す
る必要がある。
(イ)<A>既に予備実験でCD8T細胞の移入によるSLE病態の抑制+
効果が確認されているが,この実験結果を再確認するべく,別表1「甲
57各マウス系と遺伝子型一覧表」記載の1ないし3番,4番及び5
番並びに6番及び7番の3つの組合せで,SLEが抑制されているF1
マウスのCD8T細胞を高度のSLEを発症しているF1マウスに移+
入して,SLE病態への影響を解析する。
<B>SLE病態を抑制するT細胞の存在を確認した後,その発現又は
維持機構を,骨髄移植を利用したinvivo(生体実験)の系で解析し,
他方invitro(試験管実験)の抗体産生系を用いてSLE抑制機構を細
胞・分子レベルで解析する。
<C>H−2遺伝子のAb,Aa,Eb,Ea及びD各亜領域内で遺伝
子組換え(リコンビネーション)が起きたH−2リコンビナントNew
Zealandマウス系を樹立し,SLE病態の抑制がどの亜領域の
遺伝子に支配されているのかを解析する。
なお,同調書の「研究計画・方法」欄末尾では,「現在,既にEaと
D亜領域間にrecombinationが起こったマウス系を得ており,recombina
tionは比較的高率に起こる現象であると考えられる。」と記載されてお
り,当時既にEa亜領域とD亜領域の遺伝子の中間で遺伝子組換えの生
じたリコンビナントマウスを得ていたことが示されている。
ナ被告乙Bは,平成13年11月12日,それまでの解析結果を基に,
「NewZealandcongenicマウスにおけるH−2haplotypeの比較」と題す
る,各コンジェニックマウス等のH−2遺伝子型並びにK,Ab,Aa,
Eb,Ea,TNF,D及びL亜領域の遺伝子型を示した一覧表を作成し
た(別表4「乙20の2各マウス系と遺伝子型一覧表」)。同一覧表記
載29番のマウスは,本件マウス②(雄)及び⑤(雌)であり,同一覧表
記載30番のマウスは,本件マウス①(雄)及び④(雌)である(乙20
の1,2)。
ニ(ア)被告乙Bは,平成13年12月ころ以降,H−2遺伝子型がg2/
dヘテロ(NZB.GDマウスの交配マウス)及びg2r/dヘテロ
(NZB.GDrマウスの交配マウス。証拠(甲49,乙7)中では亜
領域の遺伝子型に着目して「DE/d」と表記されている。)のNZbd
B雄マウスを使用し,平成14年10月ころからはH−2遺伝子型がg
2ホモのNZB雄マウス(NZB.GD雄マウス)も使用し(乙7の1
67番以降),また平成15年1月ころからはH−2遺伝子型がg2r
ホモのNZB雄マウス(NZB.GDr雄マウス)も使用して,平成1
5年3月ころまで,通常のBXSB雌マウスと交配を行って少なくとも
合計約270匹のF1雄雌マウスを作製した。
同被告がそのSLEの病態を観察したところ,F1雄マウスについて
は,H−2遺伝子型がb/dヘテロ,b/g2rヘテロ及びb/g2ヘ
テロのいずれのものにも関節の強直等が見られ,RAを発症する個体が
確認されたほか,生後3か月齢程度の極めて早期から蛋白尿を発症する
個体があり,F1雌マウスの病態とは対照的であった。本件各マウスは
上記のとおりに作製されたF1マウスにすべて含まれている(甲49,
55,乙7)。
(イ)他方で,被告乙Bは,平成14年11月ころから同15年4月ころ
まで,H−2遺伝子型がg2r/dヘテロのNZB雌マウス(NZB.
GDr雌マウス)と通常のBXSB雄マウスとを交配して,少なくとも
合計30匹のF1雄雌マウスを作製し,その後,上記F1雄雌マウスの
病態の観察を行った(甲49,55,乙7)。
(ウ)被告乙Bは,交配して得た各F1マウスにつき,病態観察のほか,
1か月に1回の割合で採血を,1か月に2回の割合で採尿を行い,実験
データを採取した(甲49,乙7,35(7頁))。
(エ)被告乙Bは,飼育スペースが手狭になったため,平成14年12月
ころ,原告に対し,余分な飼育スペースを割り当てて欲しい旨申し出た
が,原告は被告乙Bに対し,雄マウスを処分するよう命じたので,同被
告は,雄マウスの一部を処分した(乙35(7頁))。
なお,同被告は,原告の求めに応じて上記マウス台帳のコピーを手渡
した後,本件訴訟が提起された後に,同台帳の蛋白尿の検査結果を記し
たページのうち,68番のマウスに係るメモ欄に,「021210甲
先生指示”♂全部処分”No.69以下の雄は処分する予定」と書き
込んだが,これは同被告が平成14年12月ころに原告から雄マウスの
処分を指示されたことを忘れないようにするためであった(甲49,乙
7,17)。
(オ)被告乙Bは,平成15年1月ころ,上記(ア)のF1マウスのうちの
5か月齢のF1雄マウスの一部に,関節の発赤及び腫れがあることに気
が付き,さらに同年2月ころ,このF1雄マウス(6か月齢)の関節に
強直が見られることを発見した。
そして,同被告は,同年3月ころ,本件講座の他の構成員とともに,
上記F1雄マウスがRAを発症していることを目で見て確認した(乙3
5(7,8頁))。
(カ)その後,被告乙Bは,SLE病態の観察に加えてRAの発症の有無
も確認するようにしたところ,複数の雄マウスがRAを発症するのを確
認した。
同被告は,上記マウス台帳に各F1マウスの遺伝子型に応じてマーカ
ーを引くなどして,実験結果を分析した。同被告は,前記(ア)のF1マ
ウスに関して,7か月齢における,H−2遺伝子型がb/dヘテロのF
1雄マウス(本件マウス③)のRA発症率は約90パーセント,同遺伝
子型がb/g2rヘテロのF1雄マウス(本件マウス②)のRA発症率
は約80パーセント,同遺伝子型がb/g2ヘテロのF1雄マウス(本
件マウス①)のRA発症率は約11パーセントであり,F1雌マウスは
RAを発症しないことを発見した。
さらにその後,同被告は,解析を継続し,多数のF1マウスの実験結
果から,前記(ア)のF1マウスに関して,SLE病態が,H−2遺伝子
型がb/g2ヘテロのF1雌マウス(本件マウス④),同遺伝子型がb
/g2rヘテロのF1雌マウス(本件マウス⑤),同遺伝子型がb/d
ヘテロのF1雌マウス(本件マウス⑥),同遺伝子型がb/g2ヘテロ
のF1雄マウス(本件マウス①),同遺伝子型がb/g2rヘテロのF
1雄マウス(本件マウス②),同遺伝子型がb/dヘテロのF1雄マウ
ス(本件マウス③)の順でより軽度になることを発見し,SLE及びR
Aの発症にはEa亜領域の遺伝子型及び性差が強く関係していることを
発見し,かつSLEの発症とRAの発症とは逆相関(一方が発症すると
他方が発症しない)の関係があることの示唆を得た(甲49,乙7,3
5(8頁))。
(キ)他方で,被告乙Bは,平成15年3月ころ,前記(ア)のとおり作製
されたF1マウスのうち,RAを発症するH−2遺伝子型がb/dヘテ
ロ(本件マウス③)及びb/g2rヘテロ(本件マウス②)のF1雄マ
ウスの父親が同一のNZB(H−2)雄マウスであること,このd/g2r
父親マウスのH−2遺伝子のうちd型の遺伝子は市販のNZBマウス由
来のものであることに気が付いた。
そこで,同被告は市販の通常のBXSB雌マウスと市販の通常のNZ
B雄マウスとを交配しても簡便にRAを発症するF1マウスを作製でき
るのではないかと考え,同年4月ころから同年12月ころまで,通常の
BXSB雌マウスと市販の通常のNZB雄マウスとを交配して,少なく
とも合計66匹のF1雄雌マウスを作製し,その病態を観察したところ,
早くとも同年9月ころ,F1雄マウスが5か月齢でRAを発症すること
を確認した。なお,マウス台帳(乙7)のうち同F1マウスの系統を示
す表の最後には,「以下♀子不要」と,平成15年12月の交配以後は,
かかる交配によるF1雌マウスの作製が不要になった旨が記載されてい
る(甲49,55,乙7,35(8頁))。
(ク)なお,被告乙Bが本件マウス⑤の蛋白尿発症を確認したのは,平成
14年5月1日が最初であって(平成13年12月25日に生まれた,
甲49及び乙7の「BXSB×NZB.GD/d」の部の6番の雌マウ
ス。父親はマウス台帳(甲36)のNZB.GDマウスに係る部分に記
載されている501番のNZB雄マウス(H−2遺伝子型はd/g2r
ヘテロ)。以下,同台帳のNZB.GDマウスに係る部分に記載された
番号に従って,当該NZBマウスを「甲36−501番雄マウス」など
という。),次いで平成15年1月20日(平成14年9月5日に生ま
れた,上記「BXSB×NZB.GD/d」の部の47番の雌マウス。
父親は甲36−592番又は595番雄マウス(H−2遺伝子型はいず
れもd/g2rヘテロ。)。)から平成15年5月17日(平成14年
9月20日に生まれた,上記「BXSB×NZB.GD/d」の部の9
1番の雌マウス等)までの間,多数の同マウスの蛋白尿発症を確認して
いる。
被告乙Bが本件マウス⑥−2の蛋白尿発症を確認したのは,平成15
年2月10日が最初であって(平成14年9月5日に生まれた,甲49
及び乙7の「BXSB×NZB.GD/d」の部の46番の雌マウス。
父親は甲36−592番又は595番雄マウス(H−2遺伝子型はいず
れもd/g2rヘテロ)。),次いで平成15年2月26日(平成14
年7月22日に生まれた,上記「BXSB×NZB.GD/d」の部の
33番の雌マウス(父親はH−2遺伝子型がd/g2rヘテロの甲36
−394番雄マウス。)及び平成14年9月5日に生まれた,上記「B
XSB×NZB.GD/d」の部の45番の雌マウス。父親は甲36−
592番又は595番雄マウス。)以降,多数の同F1マウスの蛋白尿
発症を確認している。
被告乙Bが本件マウス①の蛋白尿発症を確認したのは,平成15年2
月26日が最初であって(平成14年11月2日に生まれた,甲49及
び乙7の「BXSB×NZB.GD/d」の部の191番の雄マウス。
父親は甲36−718番雄マウス(H−2遺伝子型はg2ホモ)。ただ
し,その後蛋白尿はいったん解消し,平成15年4月30日に再び発症
した。),次いで平成15年4月30日に3匹のマウスの蛋白尿発症を
確認している(上記191番の雄マウス並びに平成14年11月2日に
生まれた,上記「BXSB×NZB.GD/d」の部の189番及び1
92番の雄マウス。父親は共通の上記甲36−718番雄マウス。ただ
し,上記189番及び192番の雄マウスの蛋白尿はその後に解消し
た。)。
被告乙Bが本件マウス②の蛋白尿発症を確認したのは,平成15年3
月11日が最初であって(平成14年9月5日に生まれた,甲49及び
乙7の「BXSB×NZB.GD/d」の部の57番及び68番の雄マ
ウス。上記57番の雄マウスの父親は甲36−592番又は595番雄
マウス(H−2遺伝子型はいずれもd/g2rヘテロ)で,その後この
雄マウスの蛋白尿は解消した。上記68番の雄マウスの父親は甲36−
595番雄マウスであった。),次いで平成15年3月25日(平成1
4年7月22日に生まれた,上記「BXSB×NZB.GD/d」の部
の35番の雄マウス。父親は甲36−394番雄マウス(H−2遺伝子
型はd/g2rヘテロ)。)及び平成15年4月30日(平成14年7
月22日に生まれた,父親が上記甲36−394番雄マウスである,上
記「BXSB×NZB.GD/d」の部の34番の雄マウスと,平成1
4年9月5日に生まれた,父親が甲36−592番又は595番雄マウ
ス(H−2遺伝子型はd/g2rヘテロ)である,上記「BXSB×N
ZB.GD/d」の部の55番の雄マウス。)に本件マウス②の蛋白尿
発症を確認し,その後も多数の本件マウス②の蛋白尿発症を確認してい
る。
被告乙Bが本件マウス③の蛋白尿発症を確認したのは,平成15年2
月26日が最初であって(平成14年9月5日に生まれた,甲49及び
乙7の「BXSB×NZB.GD/d」の部の66番の雄マウス。父親
は甲36−595番雄マウス(H−2遺伝子型はd/g2rヘテロ)。
ただし,その後に蛋白尿はいったん解消し,平成15年4月11日に再
び発症した。),次いで平成15年3月11日(平成14年9月5日に
生まれた,上記「BXSB×NZB.GD/d」の部の59番の雄マウ
ス。父親は甲36−592番又は595番雄マウス(H−2遺伝子型は
いずれもd/g2rヘテロ)。ただし,その後に蛋白尿は解消した。),
平成15年4月30日(平成14年7月22日に生まれた,上記「BX
SB×NZB.GD/d」の部の36番の雄マウス。父親は甲36−3
94番雄マウス(H−2遺伝子型はd/g2rヘテロ。ただし,その後
に蛋白尿は解消した。)及び平成15年6月2日(平成14年9月5日
に生まれた,上記「BXSB×NZB.GD/d」の部の56番の雄マ
ウス。父親は甲36−592番又は595番雄マウス。)に本件マウス
③の蛋白尿発症を確認している(甲49,乙7)。
ヌ原告は,平成14年3月,日本学術振興会から受けた平成12年度及び
同13年度の科学研究費補助金に係る研究につき,「クラスⅡ内E領域に
規定される自己免疫疾患抑制の機構」と題する研究成果報告書を作成して,
同会に提出したが,この報告書の中では,研究代表者として原告の氏名が,
研究分担者として被告乙Bの氏名が掲げられている。この報告書の内容は,
概ね次のとおりであった(甲17の2)。
(ア)研究の背景と目的
原告らの研究グループは,これまで,NZB雌マウスとNZW雄マウ
スとを交配させてF1マウス系を作製することにより,SLEの発症が
MHCの特定の遺伝子型に強く拘束されること,具体的には,同F1マ
ウスが重篤なSLEを発症するには,そのH−2遺伝子の型が,母親で
あるNZBマウス由来のd型と,父親であるNZWマウス由来のz型と
によりd/zヘテロとなること(d/zヘテロ接合性)が必要であるこ
とを見出した。その後,同研究グループが,さらに自己反応性T細胞ク
ローンを樹立して,研究を継続したところ,このd/zヘテロ接合性の
必要性が,SLE発症F1マウスのA亜領域のヘテロ接合性に由来する
可能性を見出し,他方で,マウスのクラスⅡ分子のうちE分子の存在が
SLE病態を抑制する可能性を示す研究結果を得た。この研究は,SL
E病態抑制に対するE分子の形成の寄与の有無及びその作用機序の解明
を目的とするもので,SLE治療に新しい知見を与え得るものである。
(イ)方法と結果
a原告らの研究グループは,NZB.GD,NZW.GD,NZW.
H−2及びNZW.H−2の各マウス系を既に樹立し,1500匹db
の交配マウスの中から見出したマウスを用いてNZB.GDr及びN
ZB.GDrrの各マウス系を樹立しつつある。ここで,それぞれ,
NZB.GDマウス系はB10.GDマウス系由来のH−2遺伝子
(g2型)をNZBマウスに導入したH−2コンジェニックマウス系,
NZW.GDマウス系は上記B10.GDマウス系由来のH−2遺伝
子をNZWマウスに導入したH−2コンジェニックマウス系,NZW.
H−2マウス系はNZBマウス系由来のH−2遺伝子(d型)をNd
ZWマウスに導入したH−2コンジェニックマウス系,NZW.H−
2マウス系はC57BL/6マウス系由来のH−2遺伝子(b型)b
をNZWマウスに導入したH−2コンジェニックマウス系である。ま
た,NZB.GDrマウス系はNZB.GD雌マウスとNZB雄マウ
スとを交配したマウスから生じた,Ea亜領域とTNF亜領域の遺伝
子の中間で組換え(recombination)が起きたH−2リコンビナント
・コンジェニックマウス系であり,NZB.GDrrマウス系は,さ
らにEb亜領域とEa亜領域の遺伝子の中間でも組換え(doublere
combination)が起きたH−2リコンビナント・コンジェニックマウ
ス系である。
Ea亜領域の遺伝子型がbホモの場合にはEα鎖が形成されず,E
分子が発現しないので,Ea亜領域の遺伝子型がbホモとなる,H−
2遺伝子型がg2ホモのNZB.GD及びNZW.GDマウス,H−
2遺伝子型がg2rrホモのNZB.GDrrマウス並びにH−2遺
伝子型がbホモのNZW.H−2マウスでは,E分子が発現しない。b
b原告らの研究グループは,K,Ab,Aa及びEb亜領域の遺伝子
型がdホモ及びd/bヘテロのもののそれぞれにつき,Ea亜領域の
遺伝子型が異なることによりE分子の発現量が異なる組合せとなるよ
う,別表5「甲17の2各マウス系と遺伝子型一覧表」記載の9な
いし13番のF1マウスを作製し,その病態,蛋白尿累積発現率及び
血中のIgG抗DNA抗体価を比較した。
すると,E分子の発現量に相関して,SLEの病態が抑制されるこ
とが示された。すなわち,Ea亜領域の遺伝子型がbホモであるため
E分子を発現しないもの,同遺伝子型がd/bヘテロであるためE分
子の発現量が半分であるもの,同遺伝子型がdホモであるためE分子
を充分量発現するものの順で,SLEの病態が重度であった。また,
Ea亜領域の遺伝子型がbホモでE分子を発現しないF1マウスにお
いては,Aa及びAb各亜領域の遺伝子型がdホモのものよりもd/
bヘテロのものの方がSLEの病態が極めて重篤であった。A分子が
ヘテロ接合性であるとSLE病態が促進され,E分子が発現するとS
LE発症が抑制されることが示唆された。
しかし,TNF,D及びL各亜領域の遺伝子型はF1マウスごとに
異なるので,SLE病態の違いがE分子の発現量に規定されるものと
までは断定できなかった。
そこで,原告らの研究グループは,TNF,D及びL各亜領域の遺
伝子型を同一にし,Ea亜領域の遺伝子型のみが異なる複数のF1マ
ウスを作製し,実験を行っている。
c前記F1マウスのうち最も病態が軽度の別表5「甲17の2各マ
(NZB×NZW(H-2))F1ウス系と遺伝子型一覧表」記載9番のマウス(d
)からT細胞を得,その後にD8T細胞(H-2:KAbAaEbEaTNFDL)ddddddddd+
等を分離し,E分子を半分量発現する,NZB.GD雌マウスとNZ
(NZB.GD×NZWW(H−2)雄マウスとの交配によるF1マウス(d
)に静脈注射したところ,D8T細胞を移入した場(H-2))F1(H-2)dg2/d+
合に長期にわたって血中IgG抗DNA抗体価の抑制及び蛋白尿発症
の遅延が見られ,一定量のCD8T細胞が存在することで長期にわ+
たって自己抗体産生が抑制されることが明らかになった。
(ウ)考察
前記(イ)の研究によって明らかになったのは,次のaのとおりであり,
今後の課題は次のbのとおりである。今後,この課題を解決するため,
H−2リコンビナント・コンジェニックマウス系の樹立等を進める予定
である。
a明らかになった事項
(a)Ea亜領域の遺伝子型がdホモの場合(E分子が充分量発現す
る場合)にはSLE病態が抑制される。
(b)Ea亜領域の遺伝子型がbホモの場合(E分子が発現しない場
合)には,Aa及びAb各亜領域の遺伝子型がd/bヘテロのもの
の方が,dホモのものよりも重篤なSLEの病態を示す。
(c)CD8T細胞集団の中には,SLE病態を抑制する細胞群が+
含まれている。
b今後の課題
(a)SLEの病態の抑制がE分子の発現そのものに由来するのか不
明である。
(b)Aa及びAb各亜領域の遺伝子型がヘテロであることによって
SLE病態が増悪する機序の解明
(c)CD8T細胞のSLE病態抑制の機序+
ネ被告乙Bは,平成14年9月18日,本件講座内部の研究発表会で,パ
ワーポイントのスライドを使用し,「全身性エリテマトーデスにおけるM
HC遺伝子多型の影響」と題する研究発表を行ったが,その内容は概ね次
のとおりであった(乙21の1,2)。
(ア)背景と研究目的
SLEはMHCの特定の遺伝子型と強い拘束性(結び付き)を有し,
(NZB×NZNZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウス(
)の重篤なSLE発症についてはH−2遺伝子型がd/zヘテロでW)F1
あること(d/zヘテロ接合性)が拘束因子となっている。この拘束性
に関連して,AαAβ分子によってSLE病態が増悪することが示唆dz
され,他方E分子によってSLE病態が抑制される可能性が示されてい
る。
ところで,H−2コンジェニックNZB雌マウス及びH−2コンジェ
ニックNZW雄マウスを用いて交配を行った実験結果から,E分子のみ
ならずD分子もSLE病態と相関することが強く示唆された。
そこで,E分子がSLE病態に及ぼす影響を,NZB雌マウス及びN
ZW雄マウスの各種H−2コンジェニックマウス及びH−2リコンビナ
ントマウスを用いて交配し,またBXSB雌マウスとNZB雄マウスを
交配して,それぞれF1マウスを作製することにより,比較検討して解
析を行った。
(イ)自己免疫疾患に対するE分子の影響
各種遺伝子型のNZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配してF1マ
ウスを作製したところ,A亜領域の遺伝子型がdホモのF1マウスでは,
Ea亜領域の遺伝子型がbホモ(E分子が発現しない)のもの,d/b
ヘテロのもの,dホモのものの順に,蛋白尿の発症がより早期かつ高率
で,かつIgG抗dsDNA抗体価が高く,またA亜領域の遺伝子型が
d/bヘテロのF1マウスでは,Ea亜領域の遺伝子型がbホモのもの,
d/bヘテロのものの順に,蛋白尿の発症がより早期かつ高度で,かつ
IgG抗dsDNA抗体価が高かった。
(ウ)まとめ
実験結果から,次のaないしcが示された。現在,マウスのSLE病
態の抑制がE分子それ自体によって生じているのか,E亜領域に連鎖し
たD亜領域を含む他の亜領域の遺伝子が関与して生じているのかを,E
亜領域とD亜領域の遺伝子の中間で組換えを起こしたリコンビナントN
ZBマウス系を樹立し,BXSB雌マウスとNZB雄マウスによる交配
F1マウス(),BXSB雌マウスとNZB.GD雄マ(BXSB×NZB)F1
ウスによる交配雄マウスをさらにBXSB雌マウスと交配したF1マウ
ス(),BXSB雌マウスとNZB.GD(BXSB×(BXSB×NZB.GD))F1
r雄マウスによる交配マウスをさらにBXSB雌マウスと交配したF1
マウス()の3種類のF1マウスにつき退(BXSB×(BXSB×NZB.GDr))F1
交配マウスを作製して解析中である。
aSLEはA分子のヘテロ接合性に拘束される(Ab及びAa亜領域
の遺伝子型がいずれもヘテロ型である場合に重篤なSLEが発症す
る。)一方で,E分子の関与により抑制される。
(NZB×bNZB雌マウスとNZW雄マウスによる交配F1マウス(
)でも,BXSB雌マウスとNZB雄マウスによる交配F1マNZW)F1
ウス()でも,クラスⅡのEa亜領域,TNF亜領域(BXSB×NZB)F1
及びクラスⅠのD亜領域の遺伝子型がいずれもbホモであるときに,
血中の自己抗体がより高値になり,蛋白尿がより早期に発症し,かつ
発症率がより高くなる。
(NZB×cNZB雌マウスとNZW雄マウスによる交配F1マウス(
)では,クラスⅡのEa亜領域の遺伝子型がdホモのときに自NZW)F1
己抗体の産生量が抑制される。他方,BXSB雌マウスとNZB雄マ
ウスによる交配F1マウス()では,H−2遺伝子型(BXSB×NZB)F1
がd/bヘテロのときに血中の抗DNA抗体の産生量及び蛋白尿発症
率が抑制される。
(エ)今後の実験予定
a前記(ウ)の退交配マウスの作製を行った上で,マイクロサテライト
法(Microsatellite)による自己免疫疾患の責任遺伝子を同定する。
b試験管実験(invitro)で,サイトカインの産生量等を測定し,抑
制性T細胞の機構を解析する。
cCMFDA及びGFPをラベル下CD8T細胞及びCD4T細胞++
の移入実験を行い(予備実験が進行中である。),抑制性T細胞の機
構を解析する。
ノ原告は,遅くとも平成14年10月29日ころ,平成15年度及び同1
6年度の研究経費の申請のため,研究代表者を被告乙Bとする研究計画調
書の草稿を作成して,順天堂大学の秘書丙Y宛てに電子メールに添付して
送信した。
その後に完成された研究計画調書には,研究課題として「自己免疫抑制
MHC領域の同定と抑制性CD8T細胞の機能解析」との課題が,研究組
織として被告乙B及び本件講座の助手である丙Iのみの氏名がそれぞれ記
載され,かつ同被告が分担する役割として「MHC(H−2)亜領域リコ
ンビナントマウス系の樹立と自己免疫疾患に及ぼす影響の解析,CD8T
細胞導入実験」と,丙Iが分担する役割とし「CD8T細胞の病態抑制機
構のinvitro解析」とそれぞれ記載されている。
また,上記草稿のうち,研究の目的の欄等の各記載内容は完成された調
書の該当欄の内容とほぼ同一であり,その内容は概ね次のとおりである
(甲46の1,2,乙15。なお,これらの証拠中には別表2「甲46,
乙15各マウス系と遺伝子型一覧表」記載の各F1マウスのTNF亜領
域の遺伝子型が明らかにされていないが,同証拠中のNZBマウス等の亜
領域の遺伝子型に係る記載から容易に導かれるので,別表2には上記各F
1マウスのTNF亜領域の遺伝子型も記載した。)。
(ア)研究の目的
自己免疫疾患はMHCの特定の遺伝子型に強く拘束されるが,その機
構は明らかではない。自己抗体の産生が原因であるSLEにおいては,
自己抗原提示の観点から,クラスⅡがMHCの拘束性を規定している可
能性が最も高い。
これまで,MHCであるH−2遺伝子のクラスⅡのA亜領域とE亜領
域の中間で遺伝子組換えを起こしたH−2遺伝子をNewZeala
ndマウス系に導入したH−2コンジェニックマウス系を樹立してSL
E病態を解析してきたところ,Ea亜領域以後(下流)の亜領域の遺伝
子型がbホモのマウスではSLEを発症するが,これがdホモのマウス
ではSLE病態が高度に抑制されることを見出した。この知見から,E
分子の存在がSLE抑制に関与する可能性,E亜領域より下流のTNF
亜領域又はクラスⅠのD亜領域の遺伝子がSLE抑制に関与する可能性
が考えられる。他方,T細胞移入実験の結果から,CD8T細胞がS+
LE病態を抑制する作用を有することを見出した。
SLE病態抑制性CD8T細胞の機能発現にクラスⅠであるD亜領+
域等の亜領域の遺伝子が関与している可能性や,E分子の発現が特定の
CD4T細胞を活性化し,二次的にSLE病態抑制性CD8T細胞の++
機能維持に関与している可能性がある。
そこで,E亜領域とD亜領域の中間で遺伝子組換えを生じたH−2リ
コンビナント・コンジェニックマウス系を樹立して,SLE病態の抑制
に作用しているMHCの領域を同定し,かつCD8T細胞の発現及び+
SLE病態抑制の機構を分子レベルで解明する研究をする必要がある。
(イ)研究の特色,独創性と予想される結果と意義
H−2コンジェニックNewZealandマウス系を使用したS
LE発症に関するMHCの役割の解析の研究から,MHC遺伝子にはS
LE病態の増悪と抑制という相反する影響を示す亜領域が存在すること
が示された。本研究は従来の研究結果に基づくもので,この点に特色と
独創性がある。
(ウ)従来の研究成果,成果と準備状況
被告乙Bは,SLE自然発症系マウスである,NZB雌マウスとNZ
W雄マウスによる交配F1マウスを使用してMHCの役割を解析すべく,
NZB.GD,H−2遺伝子型がdホモのNZWコンジェニックマウス,
NZW.GD及びNZW.PLの各H−2コンジェニックマウス系を樹
立して病態を観察し,①E分子がSLE病態を抑制する可能性,②クラ
スⅡ遺伝子のA亜領域の遺伝子型がdホモであってもE分子が発現しな
いときは重篤なSLEを発症すること,③NZB雌マウスとH−2遺伝
子型がdホモのNZWコンジェニック雄マウスによる交配F1マウス
()のCD8T細胞をNZB.GD雌マウスとH−(NZB×NZW(H-2))F1d+
2遺伝子型がdホモのNZWコンジェニック雄マウスによる交配F1マ
ウス()に移入すると,前者のF1マウスと同程(NZB.GD×NZW(H-2))F1d
度にSLE病態が抑制されること等を見出した。
現在,MHC遺伝子のE,TNF及びD亜領域の遺伝子の中間で遺伝
子組換えを生じたH−2リコンビナント・コンジェニックNewZe
alandマウス系の樹立を行っており,既にTNF及びD亜領域の遺
伝子の中間で遺伝子組換えを生じたNZB.GDrマウス系を樹立した。
同マウス系を利用することで,どの亜領域の遺伝子がSLE病態抑制に
関与するのかを解明する。
既に明らかになっている各交配F1マウスのSLEの重症度は別表2
「甲46,乙15各マウス系と遺伝子型一覧表」記載のとおりである
が,同一覧表記載1ないし3番,5番と6番,8番と9番のF1マウス
のSLE病態を比較したところ,A亜領域の遺伝子型がdホモであるか
d/bヘテロであるかにかかわらず,Ea又はD亜領域にd型の遺伝子
が存在すると,SLE病態が抑制された。反対に,Ea又はD亜領域に
b型の遺伝子があると,SLE病態は増悪した。
SLE病態抑制効果がd型のEa分子の存在によるものか,D亜領域
の遺伝子又は同亜領域に連鎖した他の亜領域のd型の遺伝子によるもの
かを,NZB.GDrマウスを用いた同一覧表記載4番,7番及び10
番のF1マウスを作製して解析するが,この研究は主に同被告が行う。
今後,CD8T細胞の移入によるSLE病態抑制効果を再確認する+
等して,d型のEa又はD亜領域の遺伝子の病態抑制機構を明らかにす
るが,生体実験(invivo)の解析は同被告が,試験管実験(invitro)
の解析は丙Iがそれぞれ行う。
ハ被告乙B,丙G,丙B,丙I,丙E,丙Z,丙P及び原告は,連名で
(上記の順序で発表者が記載されており,同被告が第1の発表者,原告が
最終発表者とされている。),平成14年12月,第32回日本免疫学会
総会学術集会において,「MHC亜領域による全身性エリテマトーデス拘
束性の解析」という標題で,研究結果を発表したが,その内容は概ね次の
とおりであった(甲47の4)。
(ア)自己免疫疾患の発症はMHC遺伝子の特定の遺伝子型に強く拘束さ
れるが,非肥満型糖尿病(NOD)マウスやBXSBマウスを用いた解
析から,H−2遺伝子のうちクラスⅡのA亜領域の遺伝子は病態を増悪
させるが,E亜領域の遺伝子は病態を抑制する可能性が示されている。
MHCリコンビナントNODマウスを用いた解析から,MHC遺伝子
のクラスⅠのK及びD亜領域にもSLE病態を規定する遺伝子が存在す
ることが明らかになった。
そこで,SLEに対するE及びD亜領域の遺伝子による拘束性を明ら
かにするため,H−2リコンビナントNewZealandマウス系
を樹立し,各亜領域の遺伝子による拘束性を解析した。
(イ)Ea亜領域とD亜領域の中間で遺伝子組換えを生じたNZB.GD
rマウスを用い,H−2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニックマウ
スとによる交配F1マウスを作製して,他の交配マウスとSLEの病態
を比較した。
そうすると,NZB.GDマウスとH−2遺伝子型がbホモのNZW
コンジェニックマウスによる交配F1マウス,上記のNZB.GDrマ
ウスとH−2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニックマウス,NZB
マウスとH−2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニックマウスによる
交配F1マウスの順で病態が高度であった。
(ウ)MHC遺伝子の亜領域の遺伝子のうち,b型のEa亜領域遺伝子
(Eα鎖が形成されず,E分子を発現しない。)は高度の,b型のD亜
領域遺伝子は軽度のSLE増悪効果をそれぞれ示す。
ヒ被告乙Bは,平成15年4月ころ,原告に対し,BXSB雌マウスとN
ZBコンジェニック雄マウスの交配によるH−2遺伝子型がb/dヘテロ
のF1雄マウス(本件マウス③)がRAを発症する事実を報告し,加えて
市販の通常のBXSB雌マウスと市販の通常のNZB雄マウスとによる交
配F1雄マウスもRAを発症する可能性があることを説明した。
原告は,この際,上記F1雄マウスの発明を特許出願する件につき興味
を示した。原告は,その後,関係部局に連絡し,平成15年5月上旬ころ,
同被告に対し,「5/6(火)午後リウマチマウスの特許に関して話を
聞きに特許の係の人が来ます。打ち合わせしましょう。」とのメモを渡し,
上記発明の特許出願につき事前に打合せをしようと提案した(乙22,3
5(8頁))。
フ平成15年5月6日,本件講座では科学技術事業団の担当者丙Jが同席
し,医局員全員が出席して特許出願についての説明会が行われたが,被告
乙Bは,この際,パワーポイントのスライドを使用して(乙46の1,
2),自らが見出した本件マウス③等のRA発症マウスの説明を行った。
原告は,この説明会の際,本件講座の医局員の前で,「私と乙b先生が
一緒に特許を申請します。」とか,「私が特許申請書を作成します。」な
どと発言した。
そして,原告と被告乙Bとの間では,同被告の日本語の表現能力が十分
でなかったことから,同被告が提供したデータをもとに,原告が特許申請
書を作成することになった(乙35(8,9頁))。
ヘ(ア)被告乙Bは,平成15年5月7日,原告の求めに応じ,特許申請書
作成の便宜のため,BXSB雌マウスとNZBコンジェニック雄マウス
との交配による本件マウス③等のRA発症マウスについて説明を行った。
具体的には,同被告は,リウマチマウスのマウス台帳(甲49,乙
7)に基づき,RA発症F1雄マウスの作製方法,遺伝関係及びRA発
症の程度を詳しく説明し,他方,原告はこの説明を聞きながら,別紙本
件各マウス系統樹記載のとおり,マウスの系統樹(乙19。以下「本件
系統樹」という。)を作成した(甲8,乙18(3頁),19,35
(9頁))。
本件系統樹においては,雌マウスが○で,雄マウスが□でそれぞれ表
記され,RAを発症したものについてはこれらの塗りつぶし(●又は■
等)で表記されており,その内容のうち主要な部分は,概ね次のとおり
である(甲8,49,乙7,18(4ないし9頁))。
aグループⅠ
甲36−394番雄マウス(H−2遺伝子型はd/g2rヘテロ)
と市販の通常のBXSB雌マウスとを交配したところ,平成14年7
月22日及び同月28日に誕生したF1雄マウス6匹(本件マウス②
及び③。7匹誕生したが,うち1匹は死亡した。)のいずれにもRA
の発症が見られたが,F1雌マウス(本件マウス⑤及び⑥)にはRA
の発症は見られなかった(甲8の上から概ね4段目左側)。このF1
雄マウスは,リウマチマウスのマウス台帳(甲49,乙7)の「BX
SB×NZBGD/d」の部分の34番及び36ないし40番のF
1雄マウス(以下,同台帳の「BXSB×NZBGD/d」の部分
に記載された番号に従って,「甲49−34番雄マウス」などとい
う。)である。
RAを発症した6匹のF1雄マウスのうち3匹(甲49−34,3
7及び38番雄マウス)のマウスのH−2遺伝子型はb/g2rヘテ
ロであり(本件マウス②。),(BXSB×NZB.GDr(H-2))F1(H-2)♂d/g2rb/g2r
他の3匹(甲49−36,39,40番雄マウス)のH−2遺伝子型
(BXSB×NZB.GDr(H-2))はb/dヘテロであった(本件マウス③。d/g2r
)。F1(H-2)♂b/d
bグループⅡ等
市販の通常のBXSB雌マウスと甲36−592及び595番雄マ
ウス(H−2遺伝子型はいずれもd/g2r。)とを交配したところ,
平成14年9月5日に誕生した合計15匹のF1雄マウス(本件マウ
ス②及び③。16匹誕生したが1匹(甲49−58番雄マウス)は死
亡した。)のすべてがRAを発症したが,このF1雄マウスのうち一
部(甲49−53,56,59,60,62及び65ないし67番雄
マウス。合計8匹。)のマウスのH−2遺伝子型がb/dヘテロであ
り(本件マウス③。),残りのマ(BXSB×NZB.GDr(H-2))F1(H-2)♂d/g2rb/d
ウス(甲49−54,55,57,61,63,64及び68番雄マ
ウス。合計7匹。)のH−2遺伝子型がb/g2rヘテロであった
(本件マウス②。)。しかし,(BXSB×NZB.GDr(H-2))F1(H-2)♂d/g2rb/g2r
この交配によって同日に一緒に誕生した雌マウス(H−2遺伝子型が
b/dヘテロの雌マウス()すな(BXSB×NZB.GDr(H-2))F1(H-2)♀d/g2rb/d
わち本件マウス⑥−2及び同遺伝子型がb/g2rヘテロの雌マウス
()すなわち本件マウス⑤。な(BXSB×NZB.GDr(H-2))F1(H-2)♀d/g2rb/g2r
お,本件系統樹では合計「10匹」と記載されているが,甲49−4
4番ないし52番雌マウスのことであるから,合計「9匹」が正し
い。)はいずれもRAを発症しなかった(以上につき,本件系統樹の
最下段左側)。
なお,甲36−592及び595番雄マウスは市販の通常のNZB
雌マウスと甲36−550番雄マウスとを交配して得られたマウス
()であるところ,上記甲36−(NZB×NZB.GDr(H-2))F1(H-2)♂d/g2rd/g2r
595番雄マウスのほか,その兄妹マウスのうちH−2遺伝子型がd
/g2rヘテロの雄マウス(甲36−591番雄マウス)にも左肢の
腫れ及び指の潰瘍の発症が見られた(本件系統樹の上から概ね7段
目)。本件系統樹中では,甲36NZB雄マウス(591番及び59
5番)を示す2つの□の中に×印を記入して,RA発症の可能性が示
唆されているが,この×印を記入するに際し,原告は被告乙Bに対し,
「とりあえず血管炎と記入しよう。」などと述べた。
cグループⅢ
市販の通常のBXSB雌マウスと甲36−718番雄マウス(H−
2遺伝子型はg2ホモ,すなわちNZB.GDマウス。)とを交配し
たところ,平成14年10月20日ないし同年11月2日に誕生した
合計9匹(合計10匹誕生したが,うち1匹は死亡した。)のF1雄
マウス(本件マウス①。甲49−169ないし173,189及び1
91ないし193番雄マウス。)のうち1匹(甲49−170番雄マ
ウス。)にRAの発症が見られた(なお,(BXSB×NZB.GD)F1(H-2)♂b/g2
この交配においては,F1雄雌マウスとも,H−2遺伝子型はいずれ
もb/g2ヘテロである。)。しかし,上記期間内に上記交配によっ
て誕生したF1雌マウス(本件マウス④。甲49−167,168及
び174ないし188番雌マウス。本件系統樹中には「18匹」とあ
るが,合計17匹の誤りであると認められる。)にはいずれもRAの
発症が見られなかった(以上につき,本件系統樹の右端最下段)。
dグループⅣ等
H−2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニック雌マウスと甲36
−550番雄マウス(H−2遺伝子型はd/g2rヘテロ。甲36−
394番雄マウス(H−2遺伝子型はd/g2rヘテロ。)と甲36
−448,449又は452番雌マウス(H−2遺伝子型はいずれも
dホモ。)とによる交配マウスである。)とを交配したところ,誕生
した合計8匹のF1雌マウスのうちの1匹(H−2遺伝子型はb/d
ヘテロ。)にRAの発症が見(NZW(H-2)×NZB.GDr(H-2)F1(H-2)♀bd/g2rb/d
られた(本件系統樹の上から概ね6段目中央)。
なお,市販の通常のNZB雌マウスと甲36−550番雄マウスと
を交配したところ,F1雌マウスのうちの1匹(H−2遺伝子型はd
d/
/g2rヘテロ。甲36−707番雌マウス。(NZB×NZB.GDr(H-2
)にRAの発症が見られた(本件系統樹の上から概ね6g2rd/g2r
)F1(H-2)♀
段目ないし7段目の左端。なお,本件系統樹中の該当箇所には遺伝子
型として「gd/r」とあるが,「d/r」ないし「d/g2r」の
誤りであると認められる。)。
また,H−2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニック雌マウスと
甲36−394番雄マウス(H−2遺伝子型はd/g2rヘテロ。)
とを交配したところ,誕生した10匹のF1雌マウスのうちH−2遺
bd/g2
伝子型がb/g2rヘテロである1匹((NZW(H-2)×NZB.GDr(H-2
)にRAの発症が見られた(本件系統樹の上から概ね4rb/g2r
)F1(H-2)♀
段目の右端)。
さらに,甲36−417及び557番雌マウス(H−2遺伝子型は,
前者がd/g2rヘテロ,後者がdホモ。)とH−2遺伝子型がbホ
モのNZWコンジェニック雄マウスとを交配したところ,誕生した3
匹のF1雌マウスのうちH−2遺伝子型がg2r/bヘテロである1
匹(。母親は上記417番の(NZB.GDr(H-2)×NZW(H-2)F1(H-2)♀d/g2rbg2r/b
雌マウスである。)にRAの発症が見られた(本件系統樹の上から概
ね5段目中央)。
eその他
前記c(グループⅢ)の交配に使用した甲36−718番雄マウス
(NZB.GDマウス)は,甲36−435番雌マウスと甲36−3
50番雄マウス(H−2遺伝子型はいずれもg2/dヘテロ。)の子
孫であって,前記a及びd(グループⅠ及びⅣ)の交配に使用した甲
36−394及び550番雄マウス(H−2遺伝子型はいずれもg2
r/dヘテロ。)及び甲36−417及び557番雌マウス(H−2
遺伝子型は,前者がd/g2rヘテロ,後者がdホモ。)と共通の祖
先を有し(なお,上記550番のマウスは同394番の子である。),
また,前記bの交配に使用した甲36−595番雄マウス(H−2遺
伝子型はd/g2r)は上記550番雄マウスの子であるから,やは
り共通の祖先を有する。
したがって,前記aないしdの交配に使用したマウスは,いずれも
共通の祖先を有する。
(イ)被告乙Bは,その後,本件系統樹を書いたメモのコピーを取り,同
コピーの上に上記原本と同様に黄色蛍光ペン及び赤色鉛筆で強調を付し
た後,同原本を原告に返還した(乙18(9頁),19)。
(ウ)原告は,その後,前記(イ)のメモの下部に,父親マウスと母親マウ
スの組合せをまとめたメモや,各種NZBマウスの遺伝子型を示した一
覧表等を加え,考察を行った(甲8,乙19)。
ホ被告乙Bは,平成15年5月28日,本件講座内部の研究発表会で,パ
ワーポイントのスライドを使用し,「自己免疫疾患におけるMHC遺伝子
多型の影響」と題する研究発表を行ったが,その内容は概ね次のとおりで
あった(乙25の1,2)。
(ア)目的
自己免疫疾患の発症は,MHC遺伝子の特定の遺伝子型に強く拘束さ
れる。マウスのMHC遺伝子であるH−2遺伝子のクラスⅡA亜領域の
遺伝子はSLE病態の増悪に働くが,クラスⅡE亜領域の遺伝子はSL
E病態の抑制に働く可能性が示唆されている。H−2リコンビナントN
ODマウスを用いた解析から,H−2クラスⅠD亜領域にもSLE病態
を規定する遺伝子が存在する可能性が示されている。
そこで,SLE及び他の自己免疫疾患の病態に対するE及びD亜領域
の影響を明らかにすべく,H−2リコンビナントNewZealan
dマウス系を樹立し,これらの亜領域のSLE拘束性につき解析を行っ
た。
(イ)各マウス系の遺伝子型等
被告乙Bらが樹立した各H−2コンジェニックマウス及びH−2リコ
ンビナントマウスのH−2遺伝子型,K,Ab,Aa,Eb,Ea,T
NF及びD亜領域の遺伝子型並びにF1マウスのE分子の発現の有無は
別表6「乙25の2各マウス系と遺伝子型一覧表」記載のとおりであ
った(ただし,証拠のスライド中の2つの表をまとめた。)。同一覧表
記載4ないし6番のF1マウス間で血中IgGクラス自己抗体価を比較
したところ,3か月齢及び5か月齢では,5番のF1雄マウスの血中I
gGクラスリウマトイド因子が顕著に高かった一方,6番のF1雄雌マ
ウスではこの価が低かった。また,血中IgG抗クロマチン抗体価につ
いては,全期間を通じて6番のF1雌マウスの価が顕著に高く,血中I
gG抗dsDNA抗体価については,3か月齢ないし5か月齢において,
6番のF1雌マウスの価が顕著に高かった。
さらに,これらのF1マウスにつき蛋白尿の発症率を比較したところ,
6番のF1雌マウス,5番のF1雌マウス,4番のF1雌マウスの順で
より早期かつより高率で蛋白尿を発症し,特に6番のF1雌マウスの発
症率は7か月齢でほぼ100パーセントであった。しかし,5番及び6
番のF1雄マウスは,5か月齢程度になって初めて蛋白尿を発症しその
発症率も10パーセント程度にすぎず,4番のF1雄マウスに至っては
蛋白尿を発症しなかった。
また,これらのF1マウスにつきRAの発症率を比較したところ,4
番及び5番のF1雄マウスは5か月齢以降に比較的高率でRAを発症し
たが,6番のF1雄マウスは7か月齢以降に10パーセント程度がRA
を発症したにとどまり,F1雌マウスのRA発症は見られなかった。
(ウ)まとめ
前記(イ)のとおり,3種類のF1マウスの解析結果から,K及びA亜
領域の遺伝子型がいずれもb/dヘテロであるF1マウスにつき,次の
とおりの解析結果が得られた。現在,各亜領域の遺伝子の病態抑制機構
の解析が細胞及び分子のレベルで進行中である。
aEa亜領域の遺伝子型がbホモでE分子の発現を欠くF1雌マウス
は,重篤な(高度の)SLEを発症する。
bEa亜領域の遺伝子型がb/dヘテロのF1雌マウスの場合,TN
F及びD亜領域の遺伝子型がb/dヘテロのものは,TNF及びD亜
領域の遺伝子型がbホモのものよりもSLE病態を抑制する。
cEa亜領域の遺伝子型がb/dヘテロのF1雄マウスは,いずれも,
血中IgGクラス抗dsDNA及び抗クロマチン抗体価が低く,リウ
マトイド因子が高く,重篤なRAを発症する。
(エ)今後の実験予定
aさらに前記(イ)の3種類のF1マウスを作製し,自己免疫疾患のp
henotype(表現型)を比較する。
b前記aのF1マウスを交配して第2代雑種マウス(F2マウス)を
作製し,遺伝学的研究により遺伝的要因を解析する。
c試験管実験(invitro)で,脾臓,リンパ節及び胸腺の樹状細胞の
分画及び機能,T細胞及びナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)の
サイトカイン産生量等を測定し,抑制性T細胞の機構を解析する。
d現在,蛍光色素CMFDA及びGFPをラベルしたCD8T細胞+
及びCD4T細胞の移入予備実験を進行中であるが,試験管試験で+
抑制性T細胞の機構を解析する。
(オ)その他
NZB.GD雌マウス,NZB.GDr雌マウス及びNZB雌マウス
とH−2遺伝子型がbホモのNZW雄マウスをそれぞれ交配してF1マ
ウスを作製してその病態を解析した結果である,各F1マウスの月齢ご
との血中IgG抗DNA抗体価,血中IgG抗クロマチン抗体価,血中
抗ヒストン抗体価及び蛋白尿発症率のグラフが示されている。
また,前記(イ)及び(ウ)と同様の実験結果につき,E分子が自己免疫
疾患に対して果たす役割という観点から分析を加えたグラフが示されて
いる。
マ本件講座では,実験用マウス及びその餌等の購入につき,使用者が所定
の帳簿に品名,必要な個数及び単価等を記入し,原告が同帳簿の許可印欄
に署名又は押印して決裁するやり方をとっていたが,平成14年12月な
いし同15年6月3日の間で,BXSB雌マウスを発注したのは次の
(ア)及び(イ)のみで,その余はNZBマウス等の他の実験用マウスの発注
が中心であった。この期間においては,BXSBマウスについては,原告
もその雄マウスを発注していたのみで,雌マウスは全く発注していなかっ
た(甲40)。
(ア)年月日平成15年4月3日
発注者被告乙B
個数10匹(なお,「<⑤」との記載が併記され
ている。)
プロジェクトNo.「共用」
(イ)年月日平成15年4月16日
発注者本件講座の他の構成員(「▲」と記載)
個数10匹
プロジェクトNo.「7」
(5)発明完成前後のその他の事情
ア被告乙Aは,平成15年に本件講座の教授に選任された後,すぐには着
任しなかったところ,原告らは,平成15年7月ころ,本件講座の教授室
から教授用の机を室外に撤去し,原告の机とパソコン及び書籍等を同室に
持ち込み,かつ教授秘書を同室から退去させた。
この撤去等の事実は,その後,被告乙Aにも報告され,順天堂大学の事
務局は原告に対し,教授室の原状回復を要求した。
その後,原告は,被告乙Aに対し,電子メールで,教授室の原状回復に
は応じるが,7月第3週まで待って欲しい旨を申し出た。
これに対し,被告乙Aは,同月7日,原告に対し,電子メールで,原告
が本件講座の助教授を辞任し,本件講座の助教授及び助手のポストのうち
少なくとも3名分のポストを癌研究所の出身者のために空け,本件講座の
有給の構成員の少なくとも半分が丙A前教授時代の免疫関係の研究から被
告乙Aの腫瘍関係の研究にシフトすることを暗に求め,これらが実現する
目途がつくまでは本件講座に着任するつもりがないことを示唆するととも
に,少なくとも同月16日までに教授室の原状回復を完了させるよう要求
した。
原告は,上記撤去行為から2週間余り,教授室から退去しなかったが,
その後に教授室の原状回復を行った(甲58,乙28)。
イ原告は,平成15年6月17日,「関節リウマチ疾患モデルマウス」と
の名称の発明に係る特許を受ける権利を,科学技術振興事業団の有用特許
取得制度(大学等で開発された有用な研究成果を,同事業団が大学等に代
わって特許化を図る制度)に基づいて同事業団に譲渡した(甲10)。
ウ同事業団の依頼を受けた丙H弁理士は,平成15年10月ころ,原告の
説明を受けて,丙H草稿を作成した(甲11,乙3の3,弁論の全趣旨)。
丙H草稿では,発明者の欄に原告,被告乙Bの順でその氏名及び住所が
記載されており,要約書部分には,「解決手段」として「NZB系マウス
をB10.GD系マウスと8回退交配することにより樹立した,NZB系
マウスの主要組織適合遺伝子複合体であるH−2型をH−2型に入れdg2
替えたコンジェニックNZB.GD(H−2)系マウスを,さらにNZg2
B系マウスに戻し交配する退交配の操作を20代以上繰り返すことにより
得られる,関節リウマチを散発的に発症するNZB/rha系マウスの雄
と,BXSB系マウスの雌とを交配して,関節リウマチを自然発症するF
1マウスの雄を作製する。」との記載がある。
また,丙H草稿の「特許請求の範囲」の部分には,以下の記載がある。
「【請求項1】NZB系マウスをB10.GD系マウスと8回退交配す
ることにより樹立した,NZB系マウスの主要組織適合遺伝子複合体であ
るH−2型をH−2型に入れ替えたコンジェニックNZB.GD(Hdg2
−2)系マウスを,さらにNZB系マウスに戻し交配する退交配の操作g2
を20代以上繰り返すことを特徴とする関節リウマチを散発的に発症する
NZB/rha系マウスの樹立方法。
【請求項2】主要組織適合遺伝子複合体であるH−2型以外の遺伝子背
景がNZB系マウスであり,H−2型のみがB10.GD系マウス由来で
あることを特徴とする関節リウマチを散発的に発症するNZB/rha系
マウス。
【請求項3】NZB系マウスをB10.GD系マウスと8回退交配する
ことにより樹立した,NZB系マウスの主要組織適合遺伝子複合体である
H−2型をH−2型に入れ替えたコンジェニックNZB.GD(H−dg2
2)系マウスを,さらにNZB系マウスに戻し交配する退交配の操作をg2
20代以上繰り返すことにより得られる,関節リウマチを散発的に発症す
るNZB/rha系マウスの雄と,BXSB系マウスの雌とを交配するこ
とを特徴とする関節リウマチを自然発症するF1マウスの雄の作製方法。
【請求項4】主要組織適合遺伝子複合体であるH−2型以外の遺伝子背
景がNZB系マウスであり,H−2型のみがB10.GD系マウス由来で
ある関節リウマチを散発的に発症するNZB/rha系マウスの雄と,B
XSB系マウスの雌とを交配して作製されたF1マウスの雄からなること
を特徴とする関節リウマチ自然発症モデルマウス。
【請求項5】請求項4記載の関節リウマチ自然発症モデルマウスに,被
検物質を投与し,関節リウマチの程度を評価することを特徴とする関節リ
ウマチの予防・治療薬のスクリーニング方法。
【請求項6】請求項4記載の関節リウマチ自然発症モデルマウスに,関
節リウマチが自然発症する前に被検物質を投与し,関節リウマチ発症の程
度を評価することを特徴とする関節リウマチの予防薬のスクリーニング方
法。
【請求項7】請求項4記載の関節リウマチ自然発症モデルマウスに,関
節リウマチが自然発症した後に被検物質を投与し,関節リウマチの改善の
程度を評価することを特徴とする関節リウマチの予防薬のスクリーニング
方法。」
また,丙H草稿の明細書の中には,次のとおりの内容の記載がある(甲
11,乙3の1ないし3)。
(ア)背景技術
「ヒト関節リウマチは単一遺伝子ではなく,多遺伝子疾患,つまりい
くつかの素因遺伝子の総合作用の上に発症する疾患であり,これまで,
ヒトと同様の多遺伝子の関与で関節リウマチを自然発症し,しかも一定
の病態を示す関節リウマチ疾患モデルマウスは知られていなかった。」
8頁,【0008】)
(イ)発明が解決しようとする課題
「近年多くの人が罹患している関節リウマチ治療の開発のため,ヒト
の関節リウマチ疾患と同じように自然発症し,関節リウマチの免疫病理
学的特徴を備えたモデル動物が必要とされている。すなわち,本発明の
課題は,ヒトの関節リウマチ疾患と酷似した病態を自然発症する関節リ
ウマチ疾患モデルマウスを提供することにある。」(9頁,【001
0】)
(ウ)課題を解決するための手段
a「本発明者は,従来より全身性エリテマトーデス(SLE)素因遺
伝子解析等の自己免疫の研究を行っており,かかる自己免疫の研究に
おいて,従来,モデル動物としてニュージーランドブラックマウス
(中略)や,NZBとニュージーランドホワイトマウス(中略)とを
交配した第1代雑種(NZB×NZW)F1マウス等を使用してきた。
上記NZBマウスは,赤血球に対する自己抗体を産生し,自己免疫性
溶血性貧血を起こし,この貧血に加えて,全身性自己免疫疾患である
SLEの代表的病態である免疫複合体沈着性の腎炎(ループス腎炎)
を晩年に発症するが,その症状は弱く,1年経っても30%程度のマ
ウスにしか蛋白尿の出現が認められない。一方,それ自身では病態を
生じないNZWマウスと交配した(NZB×NZW)F1マウスでは,
上記ループス腎炎の発症率は1年でほぼ100%ときわめて高くなり,
平均生存率が9ヶ月であった。この事実から,NZBマウスとNZW
マウス双方に由来する遺伝要因の加算効果が,重篤なSLE発症に必
須ということが解った。」(9,10頁,【0011】),
b「その遺伝要因の1つに,主要組織適合遺伝子複合体(MHC:m
ajorhistocopatibilitycomplex,ヒトではHLA:humanleukocy
teantigenともいう。マウスではH−2という)の遺伝子型が,NZ
Bマウス由来のH−2がd型とNZWマウス由来のH−2がz型であ
り,F1マウスではd/zのヘテロ型になっていることが必要である
ことを,1983年に本発明者は世界に先駆けて証明している。すな
わち,NZBマウスあるいはNZWマウスのH−2領域のみを互いに
入れ替えたマウス系である,NZB.H−2マウスあるいはNZW.z
H−2マウス系を樹立して,本来のNZBマウスやNZWマウスとd
の交配で,H−2がd/dホモ型あるいはz/zホモ型の(NZB×
NZW)F1マウスを作ると,このF1マウスではSLE病態(ルー
プス腎炎)が高度に抑制されることを明らかにした。」(10頁,
【0012】),
c「本発明者は,SLE素因遺伝子解析等の自己免疫の研究により,
免疫機能分子の遺伝子多型がSLE病態の強弱を左右することを見い
出し,さらに研究を進める過程で,NZBマウスとB10.GDマウ
スとを交配して,(NZB×B10.GD)F1(H−2)マウd/g2
スを作り,これをさらにNZBマウスに戻し交配して,1:1の割合
で生まれるH−2とH−2のマウスを得た。この中から,Hd/dd/g2
−2のマウスを選び,さらにNZBマウスと交配し,(中略)。d/g2
この退交配の操作を8回繰り返し,最後にH−2のマウス同士をd/g2
兄妹交配して,H−2型以外の遺伝子背景はNZBでありながら,H
−2型のみがB10.GD由来であるNZB.GD(H−2)マウg2
ス系を樹立した。その後,樹立したNZB.GD(H−2)マウスg2
をさらにNZBマウスに戻し交配する退交配の操作を20代以上繰り
返したところ,その中に,関節リウマチが発症するマウスが散発的に
発生することを見い出した。そして,この関節リウマチが発症する雄
マウスと,SLEモデルであるBXSB雌マウスとを交配したF1雄
マウスを作製したところ,このF1雄マウスが5ヶ月齢頃から関節リ
ウマチを発症し始め,約8ヶ月齢でほぼ100%発症することをたま
たま見い出し,本発明を完成するに至った。」(11頁,【001
4】)
d「本発明は,NZB系マウスをB10.GD系マウスと8回退交配
することにより樹立した,NZB系マウスの主要組織適合遺伝子複合
体であるH−2型をH−2型に入れ替えたコンジェニックNZB.dg2
GD(H−2)系マウスを,さらにNZB系マウスに戻し交配するg2
退交配の操作を20代以上繰り返すことを特徴とする関節リウマチを
散発的に発症するNZB/rha系マウスの樹立方法(請求項1)や,
主要組織適合遺伝子複合体であるH−2型以外の遺伝子背景がNZB
系マウスであり,H−2型のみがB10.GD系マウス由来であるこ
とを特徴とする関節リウマチを散発的に発症するNZB/rha系マ
ウス(請求項2)に関する。」(11,12頁,【0015】),
「また本発明は,NZB系マウスをB10.GD系マウスと8回退
交配することにより樹立した,NZB系マウスの主要組織適合遺伝子
複合体であるH−2型をH−2型に入れ替えたコンジェニックNdg2
ZB.GD(H−2)系マウスを,さらにNZB系マウスに戻し交g2
配する退交配の操作を20代以上繰り返すことにより得られる,関節
リウマチを散発的に発症するNZB/rha系マウスの雄と,BXS
B系マウスの雌とを交配することを特徴とする関節リウマチを自然発
症するF1マウスの雄の作製方法(請求項3)や,主要組織適合遺伝
子複合体であるH−2型以外の遺伝子背景がNZB系マウスであり,
H−2型のみがB10.GD系マウス由来である関節リウマチを散発
的に発症するNZB/rha系マウスの雄と,BXSB系マウスの雌
とを交配して作製されたF1マウスの雄からなることを特徴とする関
節リウマチ自然発症モデルマウス(請求項4)に関する。」(12頁,
【0016】),
「さらに本発明は,請求項4記載の関節リウマチ自然発症モデルマ
ウスに,被検物質を投与し,関節リウマチの程度を評価することを特
徴とする関節リウマチの予防・治療薬のスクリーニング方法(請求項
5)や,請求項4記載の関節リウマチ自然発症モデルマウスに,関節
リウマチが自然発症する前に被検物質を投与し,関節リウマチ発症の
程度を評価することを特徴とする関節リウマチの予防薬のスクリーニ
ング方法(請求項6)や,請求項4記載の関節リウマチ自然発症モデ
ルマウスに,関節リウマチが自然発症した後に被検物質を投与し,関
節リウマチの改善の程度を評価することを特徴とする関節リウマチの
予防薬のスクリーニング方法(請求項7)に関する。」(12頁,
【0017】)
(エ)実施例1[NZB/rhaマウスの作製](【0024】)
「NZBの主要組織適合遺伝子複合体であるH−2型をH−2型dg2
に入れ替えた,H−2型以外の遺伝子背景はNZBでありながら,H−
2型のみがB10.GD由来であるNZB.GD(H−2)マウス系g2
を樹立し,さらにこのNZB.GD(H−2)マウス系から,関節リg2
ウマチを散発的に発症するNZB/rha系マウスの樹立した。」(1
5頁),
「樹立したNZB.GD(H−2)をさらにNZBに戻し交配するg2
操作を20代以上繰り返したところ,その中に,関節リウマチが発症す
るものが散発的(約10%)に生まれ,このマウス系をNZB/rha
と名付けた。」(16頁)
(オ)実施例2[(BXSB×NZB/rha)F1雄マウスの作製]
「BXSB雌マウス(中略)と実施例1で得られたNZB/rha雄
マウスを交配して,(BXSB×NZB/rha)F1雄マウスを作製
した。この(BXSB×NZB/rha)F1雄マウスは,5ヶ月齢頃
から関節リウマチを発症し始め,約8ヶ月齢でほぼ100%発症するこ
とを偶然に見い出した。そこで,上記の(BXSB×NZB/rha)
F1雄マウスの他に,(BXSB×NZB/rha)F1雌マウスや,
NZB/rha雌マウスとBXSB雄マウスを交配した(NZB/rh
a×BXSB)F1マウスを作製するとともに,BXSBマウスについ
ても関節リウマチやSLEなどが発症するか調べた。」(16頁)
なお,この後に,「できれば空所を補充してください。」と丙H弁理
士のコメントがあり,後半部分の比較例部分を補充するよう求められて
いる。
(カ)実施例3
「[関節炎の発症](BXSB×NZB/rha)F1雌雄マウス,
(NZB/rha×BXSB)F1雌雄マウス,及びBXSB雌雄マウ
スについて,関節炎が発症するかどうか目視により調べた。結果を図1,
図2及び表1に示す。図1には,(BXSB×NZB/rha)F1マ
ウスの雄(♂)及び同雌(♀)の8ヶ月齢までの関節炎の発症率(%)
及びその病状の写真が示されている。図1で示すとおり,本発明の(B
XSB×NZB/rha)F1雄マウスでは,5ヶ月齢過ぎた頃から関
節リウマチを罹っているマウスが出現し,8ヶ月齢では100%のマウ
スが発症し,5.5ヶ月齢で後足の小指関節に関節炎が見られ,7ヶ月
齢では(通常両側性だが)片側の後足に関節炎の症状が現れており,8
ヶ月齢で骨,軟骨破壊により後足の変形を伴う慢性関節炎を呈している
ことがわかる。他方,(BXSB×NZB/rha)F1雌マウスでは
約8ヶ月齢で関節炎は認められなかった(5%未満)。図2には(中
略)染色による関節の組織像として,正常対照の前趾関節の組織像
(左)と,(BXSB×NZB/rha)F1雄マウス(8ヶ月齢)に
おける肉芽組織による骨,軟骨の破壊を伴う関節炎の組織像(右)が示
されている。なお,表1に示されているように,(NZB/rha×B
XSB)F1雌雄マウス及びBXSB雌雄マウスには,関節炎は認めら
れなかった。」(17頁)
(キ)実施例4
「[血清中のリウマチファクター濃度](BXSB×NZB/rh
a)F1雌雄マウス,(NZB/rha×BXSB)F1雌雄マウス,
及びBXSB雌雄マウスについて,血清中のリウマチファクター濃度を
調べた。血清中のリウマチファクター濃度の測定は(中略)記載の方法
に準じて行った。図3に,(BXSB×NZB)F1マウスの雄及び同
雌の3ヶ月齢,5ヶ月齢,7ヶ月齢それぞれの血清中のリウマチファク
ター(IgGのFc部分に対する自己抗体)の濃度を示す。図3より,
月齢を経るにつれて,雌マウスに比べて本発明の雄マウスに血清中リウ
マチファクター濃度が高くなることがわかる。」(17,18頁)
(ク)実施例5
「[蛋白尿の発症](BXSB×NZB/rha)F1雌雄マウス,
(NZB/rha×BXSB)F1雌雄マウス,及びBXSB雌雄マウ
スについて,蛋白尿の発症を調べた。尿中の蛋白量は(中略)記載の方
法に準じて測定し,1日あたり(中略)のmg以上蛋白が排出されたと
き蛋白尿と判定した。結果を図4及び図5に示す。図4より,(BXS
B×NZB)F1雄マウスでは5ヶ月齢からわずかに出現する(5%未
満)だけであり,(BXSB×NZB)F1雌マウスでは4ヶ月齢から
発症し始め,8ヶ月齢では約40%の発症率が認められ,(NZB×B
XSB)F1雄マウスでは2ヶ月齢から蛋白尿症に罹っているマウスが
出現し,8ヶ月齢では100%のマウスが発症し,(NZB×BXS
B)F1雌マウスでは4ヶ月齢から発症し始め,9ヶ月齢で約30%発
症することがわかる。このように,本発明の(BXSB×NZB)F1
雄マウスは,蛋白尿症をほとんど発症しない。また,図5に示すように,
本発明のNZB/rha雄マウスとの交配に用いるBXSB雌マウスで
は,蛋白尿症が5ヶ月齢からわずかに出現し,10ヶ月齢でも,5%未
満のマウスが発症するに過ぎないが,BXSB雄マウスでは,2ヶ月齢
から蛋白尿症に罹っているマウスが出現し,8ヶ月齢では,約90%の
マウスが発症していることがわかる。」(18頁)
なお,この後に,丙H弁理士の,蛋白尿発症の認定基準について教示
するよう求めるコメントとともに,「『本発明の(BXSB×NZB)
F1雄マウスは,蛋白尿症をほとんど発症しない』のですが,このこと
は本発明とのかかわりで,どのようなことを意味するのでしょうか。」
とのコメントがあり,上記F1雄マウスが蛋白尿を発症しないことの意
義が問われている。
(ケ)実施例6
「[Yaa遺伝子,ループス腎炎,関節リウマチ]表1に,(BXS
B×NZB/rha)F1雌雄マウス,(NZB/rha×BXSB)
F1雌雄マウス,及びBXSB雌雄マウスについて,Y染色体上に位置
する突然変異遺伝子であるYaa(Y−chromosome-linkedautoimmun
eacceleration)遺伝子の有無,ループス腎炎及び関節リウマチの発症
の程度を示す。Yaa遺伝子の有無は,(中略)記載の方法に準じて調
べた。ループス腎炎の発症の程度は,実施例5の蛋白尿の発症率から,
また関節リウマチの発症の程度は,実施例3の関節炎の発症率からまと
めた。この表1より,本発明の(BXSB×NZB/rha)F1雄マ
ウスは,Yaa遺伝子を有さず,ループス腎炎を発症しない点で,母親
マウス系のBXSB雌マウス(BXSB♀)と一致するが,関節リウマ
チを発症する点で大きく異なることがわかる。」(19頁)
なお,この後に,「『本発明の(BXSB×NZB)F1雄マウスは,
Yaa遺伝子を有しない』のですが,このことは本発明とのかかわりで,
どのようなことを意味するのでしょうか。」との丙H弁理士のコメント
があり,上記F1雄マウスがYaa遺伝子を有しないことの意義が問わ
れている。
(コ)明細書の末尾には,次のとおりの表及び図が添付されている。
a表1
BXSB雄雌マウス,NZB雌マウスとBXSB雄マウスによる交
配F1雄雌マウス及びBXSB雌マウスとNZB雄マウスによる交配
F1雄雌マウスの各H−2遺伝子型,Yaa遺伝子の有無,ループス
腎炎の発症の有無及び程度並びにRAの発症の有無及び程度が示され
ている。
b図1
BXSB雌マウスとある種のNZB雄マウス(明細書中ではNZB
/rha雄マウスとしている。)による交配F1雄雌マウスのRA発
症率を示すグラフである。
なお,RAを発症したと見られる,マウスの変形した足指の写真が
説明のための写真として添付されており,写真中のマウスはBXSB
雌マウスとNZB/rha雄マウスによる交配F1雄マウスと説明さ
れている。
c図2
RAを発症したマウスの関節組織を切り取り,染色して撮影した写
真である。明細書中ではBXSB雌マウスとNZB/rha雄マウス
による交配F1雄マウスのものと説明されている。
d図3
3,5及び7か月齢の雄及び雌のマウスの血清中リウマチファクタ
ー濃度を示したグラフである。明細書中では,BXSB雌マウスとN
ZB/rha雄マウスによる交配F1雄雌マウスのものであると説明
されている。
e図4
2ないし10か月齢における,ある種のNZB雌マウスとBXSB
雄マウスの交配F1雄雌マウス及びBXSB雌マウスと同NZB雄マ
ウスとの交配F1雄雌マウスの蛋白尿発症率を示したグラフである。
明細書中では,上記のNZBマウスはNZB/rhaマウスであると
説明されている。
エ被告乙Bは,平成15年11月11日,原告に対し,丙H草稿の内容に
関して,「甲先生が書いた『特許願』に対して異議」と題する書面を送り
(作成日付は同月10日である。),丙H草稿の発明者の記載順序を同被
告,原告の順で記載することを求めるとともに,概ね次のとおり抗議した。
なお,同被告は,同一の書面を,順天堂大学の知的財産担当客員教授であ
る丁A(以下「丁A教授」という。)にも手渡した(乙2,35(10
頁),弁論の全趣旨)。
(ア)世界で最初にBXSB雌マウスとNZB雄マウスを交配して新種類
のF1マウスを樹立し,そのF1雄マウスにRAが発症することを発見
したのは被告乙Bであり,実験の構想,マウス作製の実施,観察及び実
験はすべて同被告が行った。原告の指示は雄マウスを全部処分するとい
うものにすぎず,同被告は,何らかの病態が生じる可能性があると考え,
原告の指示に反して一部の雄マウスを処分せずに観察を続行し,発明に
至った。
なお,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとの交配F1マウスのうち
雄マウスは,4か月齢からRAを発症し,8か月齢までにその95%が
重篤なRAを発症するが,同F1雌マウスはRAを発症しない。
同被告は,NZBマウス系とはH−2遺伝子型が異なるNZB.GD
雄マウスとBXSB雌マウスの交配も行ったが,その交配F1雄マウス
はほとんど(10パーセント未満しか)RAを発症せず,他方同F1雌
マウスはRAを発症しないがより重篤なSLEを発症した。したがって,
RAの発症にはH−2遺伝子型との間に密接な関係がある。
(イ)丙H草稿のうち要約書の「解決手段」の欄の記載を,BXSB雌マ
ウスとNZB雄マウスを交配し,新種類の雑種1代(F1)を作製し,
このF1雄マウスがRAを発症するという内容に改めるべきである。
(ウ)丙H草稿の明細書のうちの,【0011】ないし【0013】の記
載は発明と直接関係がなく,【0014】ないし【0016】及び【0
018】ないし【0022】で記載された方法では,発明の内容である
RAのモデルマウスを作製することができず,事実と異なるから,いず
れも不適切である。同明細書のうちの,実施例1,5及び6の記載は発
明と無関係で,明細書中に記載する必要がなく,実施例2,3及び4の
記載の内容は不十分で,修正及び補足する必要がある。また,添付され
た図4及び5は発明と無関係で明細書に加える必要はないし,表1,図
1ないし3の内容は不十分で,修正及び補足する必要がある。
オ原告は,平成15年11月ころ,被告乙Bに対し,市販の通常のBXS
B雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1マウスにつき,本件講座内
部の定例の研究発表会で発表するよう指示したところ,同被告は,同月1
3日,原告に対し,メモを渡して,研究発表を拒否した(甲53,弁論の
全趣旨)。
カ被告乙B,丙B,丙G,丁B,丙Z,丙I,丙P,丙A前教授及び原告
は,連名で(その後刊行された論文集では,上記の順序で発表者が記載さ
れ,同被告が第1の発表者,原告が最終発表者とされている。),平成1
5年12月,福岡市内で行われた第33回日本免疫学会総会学術集会で,
「全身性エリテマトーデスにおけるMHC亜領域の拘束性の解析」と題す
る研究発表を行ったが,その内容は,概ね次のとおりであった(甲47の
5,弁論の全趣旨)。
(ア)SLEはMHC遺伝子の特定の遺伝子型に強く拘束されるが,被告
乙Bらの研究グループは,既に,NZB雌マウスとNZW雄マウスによ
る交配F1コンジェニックマウスを樹立することにより,A亜領域の遺
伝子はSLE病態増悪の方向に,E亜領域の遺伝子はSLE病態抑制の
方向に作用することを見出している。さらにH−2リコンビナントマウ
スを樹立することにより,E及びD亜領域の遺伝子のSLE病態への拘
束性を解析した。
(イ)<A>通常のNZB雌マウスとH−2遺伝子型がdホモのNZWコン
(NZB(H-2:KAbAaEbEaDジェニック雄マウスによる交配F1マウス(dddddd
),<B>通常のNddddddddddddddd
)×NZW(H-2:KAbAaEbEaD))F1(H-2:KAbAaEbEaD)
(NZB(HZB雌マウスとNZB.GD雄マウスによる交配F1マウス(
-2:KAbAaEbEaD)×(NZB.GD(H-2:KAbAaEbEaD))F1(H-2:KAbAadddddddg2ddddbbd/g2dd
),<C>NZB.GD雌マウスとNZW.GD雄マウスによddd/bd/b
EbEaD)
g2ddddbbg2d
る交配F1マウス((NZB.GD(H-2:KAbAaEbEaD)×(NZW.GD(H-2:K
),<D>NZB.GDr雌マウAbAaEbEaD))F1(H-2:KAbAaEbEaD)dddbbg2ddddbb
(NZB.GDr(H-2:KAスとNZB.GD雄マウスによる交配F1マウス(g2rd
bAaEbEaD)×(NZB.GD(H-2:KAbAaEbEaD))F1(H-2:KAbAaEbEaddddbg2ddddbbg2r/g2dddd
)をそれぞれ作製し,その病態を比較したところ,上記の<C>>>d/bb
D)
<D>><B>>><A>の順(なお,「>」の数が大きいほど程度の差が大
きい。)でSLE病態が重篤であった。
抗CD3抗体を刺激した各マウスの脾臓細胞培養上清のサイトカイン
を測定したところ,上記の<A>のF1マウスではIFNγ及びIL−4
の双方が高く,<B>及び<D>のF1マウスではIFNγが高いがIL−
4が低く,<C>のF1マウスではIFNγが低いがIL−4が高かった。
(ウ)前記(イ)の<C>のF1マウスのSLE病態は,他の3つのF1マウ
スのSLE病態より極めて高度(重篤)であるので,各F1マウスの病
態比較から,いずれも遺伝子型がbホモのEa及びD亜領域にSLEの
原因となる亜領域があると考えられる。
Ea亜領域の遺伝子型がbホモの場合にはE分子が発現しないが,こ
の場合高度のSLE病態増悪効果が見られ,またD亜領域の遺伝子型が
bホモの場合にも軽度のSLE病態増悪効果が見られる。サイトカイン
の測定結果から,E分子が発現するとサイトカインの産生量が左右され
る可能性が示唆された。
キ丁A教授は,被告乙Bの抗議を受けて原告との間で調整を行っていたが,
平成15年12月ころ,調整の結果,原告は以後の特許出願に発明者とし
て加わらないことになった(乙35(10頁))。
原告は,平成16年3月26日,上記発明の作用機構についてさらに解
析をする必要があると考えて,同事業団に対し,特許出願手続の依頼を取
り下げたい旨通知した。同事業団は,当時未だ上記発明について特許出願
をしていなかったが,同年4月13日ころ,上記発明に係る特許出願手続
を取り止めることを決め,このころ,原告との間で,上記特許を受ける権
利の譲渡契約を合意解除した(甲29の1,2,弁論の全趣旨)。
丁A教授は,被告乙Bに対し,同被告を単独発明者として順天堂大学と
浜松市の日本エスエルシー株式会社(以下「日本SLC」という。)とが
共同出願することを提案し,同被告はこれに同意した(乙35(10
頁))。そして,学校法人順天堂及び日本SLCは,平成16年4月23
日,被告乙Bを単独の発明者とし,発明の名称を「関節リウマチを自然発
症する疾患モデルマウスおよびこのマウスを使用した関節リウマチの予防
・治療薬のスクリーニング方法」とする発明につき,共同で特許出願をし
た。
この出願に係る特許請求の範囲は,特許公開公報掲載当時,以下のとお
りであった。
「【請求項1】関節リウマチを自然発症するという形質を有し,かつそ
の形質が親系BXSB雌マウスとNZB雄マウスのH−2ヘテロ接合体を
持つ雑種一代(F1)のBXB−khs雄マウスに由来することを特徴と
する,関節リウマチを自然発症する疾患モデルマウス。
【請求項2】前記雑種一代(F1)のBXB−khs雄マウスが,ヒト
の関節リウマチと酷似した病態を自然発症することを特徴とする,請求項
1記載の関節リウマチを自然発症する疾患モデルマウス。
【請求項3】関節リウマチは血中リウマトイド因子など自己抗体の産生
を伴う多発性・末梢性・対称性・慢性関節炎を自然発症し,滑膜増殖,炎
症性細胞の浸潤,パンヌスの形成,軟骨・骨組織の融合と破壊,関節の変
形や強直などからなる症状のうちの1つ以上を呈する,請求項1又は請求
項2記載の関節リウマチを自然発症する疾患モデルマウス。
【請求項4】BXSB雌マウスとNZB雄マウス由来のH−2ヘテロ接
合体であることを特徴とする,請求項1又は請求項2記載の関節リウマチ
を自然発症する疾患モデルマウス。
【請求項5】関節リウマチを自然発症するに関してBXSB雌マウスと
NZB雄マウス由来のH−2ヘテロ接合体を持つ,雑種一代(F1)のB
XB−khs雄マウスであることを特徴とする関節リウマチを自然発症す
る疾患モデルマウスに,関節リウマチが自然発症前あるいは発症後,被検
物質を投与し,関節リウマチの程度を評価することを特徴とする関節リウ
マチの予防・治療薬のスクリーニング方法。
【請求項6】前記雑種一代(F1)のBXB−khs雄マウスがヒトの
関節リウマチと酷似した病態を自然発症することを特徴とする請求項5記
載の関節リウマチの予防・治療薬のスクリーニング方法。」
なお,上記特許出願に係る明細書の発明の詳細な説明欄には,「200
3年,順天堂大学医学部疾患モデルクリーン施設において,BXSB雌マ
ウスとNZB.H−2コンジェニク雄マウス(BXSBとNZBマウスは
もともと日本エスエルシー株式会社(中略)より購入)を交配した雑種一
代(BXSB×NZB)F1雄マウスの内,H−2b/d型は5ヶ月∼7
ヶ月程度で関節リウマチを自然発症し,8ヶ月頃91%を発症したことを
見出した。一方,H−2の違うH−2b/g2型は殆ど発症しなかった
(中略)。従って,この雑種一代(F1)マウスが関節リウマチを自然発
症する原因は親系BXSB雌マウスとNZB雄マウス由来のH−2ヘテロ
接合体b/dであるという遺伝的素因にあると考えられた。この雑種一代
(F1)マウスをBXB−khsと命名し,(以下略)」(【003
(BXSB×N8】)と,被告乙BがBXB−khsと命名したF1マウス(
)について説明がされている(甲50)。ZB)F1(H-2)b/d
ク丁A教授は,平成16年5月17日,日本SLCの丁C部長らと出願後
の事業活動につき協議を行い,同日,被告乙Bに対し,電子メールで,上
記協議を行った旨を連絡したほか,特許出願が完了したので,学会等に研
究成果を発表するよう促し,かつ今後の学会発表予定を開示するよう求め
た(乙23)。
ケ被告乙Bは,平成16年7月ころ,原告に対し,同年11月に予定され
ている日本免疫学会に本件マウス①等についての研究成果を論文発表する
こと(後の本件研究発表1)を相談したが,原告は被告乙Aと一緒に名前
を載せるのは嫌だと発言し,論文に共同発表者の1人として被告乙Aの氏
名と原告の氏名が並んで記載されることを拒否した。そこで,被告乙Bは,
上記論文の最終発表者(ラストオーサー)となることを被告乙Aに依頼し
たところ,被告乙Aはこれを了承した(乙34,35(11頁))。
コ被告乙B,丁D,丙Q,丙G,丁E,丁F,丙Z,丁G,丙X,丙P,
丙A前教授及び原告は,連名(上記の順序で執筆者名が記載され,同被告
が第1の論文執筆者,原告が最終執筆者とされている。)で,平成16年
9月,米国の「ProceedingsoftheNationalAcademyofSciences」
(PNAS)2004年9月21日号に,「Dissectionoftheroleof
MHCclassⅡAandEgenesinautoimmunesusceptibilityinmurin
elupusmodelswithintragenicrecombination」(MHC遺伝子領域内
の遺伝子型を組み換えたマウス系の樹立による,MHCクラスⅡA及びE
遺伝子のループス腎炎感受性への影響の解析)と題する論文を発表したが,
査読前の完成済みの原稿を査読者が原告から受領したのは,同年7月初め
のことであった。
同論文の内容は,概ね次のとおりである(甲20の3)。
(ア)冒頭部分
H−2コンジェニックマウスを作製して遺伝的解析を行ったところ,
NZB雌マウスとNZW雄マウスによる交配F1マウスの重篤なSLE
病態は,H−2遺伝子型がd/zヘテロであることに強く拘束され,H
−2遺伝子型がdホモまたはzホモである場合にはSLEを発症しない
ことが判明した。このことから,クラスⅡA分子のうちAαβ分子がdz
病的な高親和性IgG抗核抗体の産生に関与していると考えられる。
他方,主として遺伝子導入マウスを用いて得られた実験結果から,ク
ラスⅡE分子はSLE病態を抑制する可能性が示唆されている。すなわ
ち,BXSBマウスのH−2遺伝子型はbホモでA分子を発現するが,
E分子を発現せず,SLEを発症するところ,BXSBマウスにdホモ
型のEa亜領域遺伝子を導入してE分子を発現させると,SLE病態が
完全に抑制される。同様の病態抑制は,E分子の発現を欠く非肥満型糖
尿病マウス(NODマウス)でも見られる。
したがって,A分子及びE分子は,それぞれSLE感受性及び抑制性
の遺伝要因として作用していると考えられる。
(イ)材料と方法
実験は,各種マウスを交配し,Eb亜領域より上流において遺伝子型
が同じdホモであるが,Ea亜領域以下の遺伝子型が相異するF1マウ
スを作製して行ったが(13839頁表1,訳文4頁表1),このF1
マウスの内訳は,<A>NZB雌マウスとH−2遺伝子型がdホモのNZ
(NZB×NZW(H-2))F1Wコンジェニック雄マウスとの交配F1マウス(d
),<B>NZB雌マウスとNZW.GD雄マ(H-2:KAbAaEbEaTNFaD)dddddddd
(NZB×NZW.GD)F1(H-2:KAbAaEbEaTNFウスとの交配F1マウス(d/g2ddddd/b
),<C>NZB.GDr雌マウスとNZW.GD雄マウスとの交aD)d/bd/b
配F1マウス(),(NZB.GDr×NZW.GD)F1(H-2:KAbAaEbEaTNFaD)g2r/g2ddddd/bbb
<D>NZB.GD雌マウスとNZW.GD雄マウスとの交配F1マウス
()であった。(NZB.GD×NZW.GD)F1(H-2:KAbAaEbEaTNFaD)g2ddddbbb
上記の各F1マウスにつき,抗原抗体反応を利用したA,E及びD亜
領域の遺伝子型の判定,マイクロサテライトDNA多型解析を利用した
TNFa亜領域遺伝子型の判定,蛋白尿測定,抗DNA抗体価及び抗ク
ロマチン抗体価の測定,T細胞の活性化及びT細胞抗原受容体Vβレパ
ートリーの解析,クロマチン特異的T細胞抗原受容体遺伝子の脾臓細胞
への導入実験,樹状細胞の分離及び機能解析等を行った。
(ウ)結果
前記(イ)の各F1マウスはAa及びAb亜領域の遺伝子型がいずれも
dホモである点が共通するところ,蛋白尿の発症率は,H−2遺伝子型
がd/zヘテロのF1マウス(NZB雌マウスとNZW雄マウスとによ
る交配F1マウス等)に比して,前記(イ)の<A>のF1マウス(H−2
遺伝子型及びEa亜領域の遺伝子型はいずれもdホモである。)で高度
に低下し,同<D>のF1マウス(H−2遺伝子型はg2ホモ,Ea亜領
域の遺伝子型はbホモでE分子を発現しない。)では早期かつ高率であ
ったが,同<B>(H−2遺伝子型はd/g2ヘテロ,Ea亜領域の遺伝
子はd/bヘテロでE分子を半分量発現する。)及び同<C>(H−2遺
伝子型はg2r/g2ヘテロ,Ea亜領域の遺伝子はd/bヘテロでE
分子を半分量発現する。)は両者の中間であった。したがって,Aa及
びAb亜領域の遺伝子型がdホモのF1マウスのループス腎炎の発症率
がE分子の発現の程度によって抑制されることが強く示唆される。また,
各F1マウスの各月齢における生存率は蛋白尿発症率と相関し,かつE
分子を発現しない同<D>のF1マウスは血中のIgG抗DNA抗体価及
び抗クロマチン抗体価がいずれも高かったが,E分子を発現する同<A
>のF1マウスは両者の価がいずれも低かった。
他方で,NZB雌マウスとNZW雄マウスによる交配F1マウス
()の脾臓T細胞にク(NZB×NZW)F1(H-2:KAbAaEbEaTNFaD)d/zd/zd/zd/zd/zd/zd/zd/z
ロマチン特異的T細胞抗原受容体Vα及びVβ遺伝子導入したものを用
い,前記(イ)の各F1マウスから得たCD11c陽性樹状細胞と共培養
する等して実験したところ,前記(イ)の<A>,<B>及び<D>のF1マウ
スの樹状細胞はいずれも同程度のクロマチン提示能を示し,E分子の発
現の有無がクロマチン提示能に影響を与えないことが判明した。
(エ)討論
研究の結果,A分子は自己免疫疾患の発症に促進的に作用するが,E
分子は抑制的に作用することが明らかになった。
これは,遺伝子型が混合型のA分子,すなわちAαβ又はAαβdzz
のいずれかが自己反応性T細胞の活性化の拘束要因として機能していd
る可能性があるとした過去の報告と合致する。
そして,最後に,E分子によるSLE病態抑制作用の機序につき,正
確には不明であると断りつつ,存在する各種の仮説につき検討を加えて
いる。
サ原告,丁D,丙Z,丁G,丙X,丙P及び丙A前教授は,連名で(上記
の順序で発表者名が掲載されており,原告が第1の発表者,丙A前教授が
最終発表者とされている。),平成16年12月,札幌市内で行われた日
本免疫学会総会学術集会で,「MHCクラスⅡAおよびE分子による自己
免疫応答の制御」と題する研究発表を行ったが,その内容は,各種のNZ
B雌マウスとNZW雄マウスとを交配して,A亜領域の遺伝子型が同一の
dホモでE分子の発現量が異なるF1マウスを作製した実験の結果から,
A分子は自己抗原提示を介してSLE病態を増悪させるが,E分子は胸腺
での選択を介してSLE病態を抑制することが明らかになったというもの
であった。上記のとおり,被告乙Bは発表者として名を連ねていなかった
(乙24)。
シ(ア)原告は,平成17年1月28日,被告乙Bに対し,書面をもって以
下のとおり通知し,研究成果のすべてを開示するよう求め,かつ研究資
料等を引き渡すよう要求した。
a原告と被告乙Bが一緒に行ってきた研究はすべて原告が代表者とし
て給付を受けた研究費で行ってきたもので,原告がすべての研究資料
等を管理すべき責任を負担しており,同被告らの原告の研究費を使用
し,原告のアイデアに従って研究を行ってきた研究者は,すべての研
究成果を代表者たる原告に開示すべき義務がある。
b近時,文部科学省から研究費の使用に係る規則を厳守するよう指導
されているから,原告の指導を離れた被告乙Bは,従前原告と共同で
行ってきた研究で得られたすべての実験動物,資料,サンプル及び解
析データを早急に返還すべきであり,返還しない場合には同被告が原
告の研究費を隠匿した廉で重大な問題に発生する可能性がある。
c被告乙Bが第1の発表者となって日本分子生物学会で発表した研究
成果は,原告の指導に基づき,原告の研究費を使用して得た研究成果
を含むもので,原告の許可を得ずにかつ原告の氏名を記載せず被告乙
Aの氏名を最終発表者として記載したことは,研究者のモラルに反す
る許されないことである。
(イ)しかし,被告乙Bは原告の要求を拒否し,マウス台帳等の引渡しを
拒んだ。
ところが,同被告は,同年3月ころ,順天堂大学の関係者から,同一
の講座内で争いが続くのは好ましくないとの意見を受けたので,同月1
4日,原告に対し,引渡証を添付して,マウス台帳及び研究資料を交付
したが,本件各マウスに関係するマウス台帳等はコピーのみを交付して
原本は交付しなかった。なお,この引渡証には,「長い間,いろいろ大
変お世話に,ありがとうございました。先生からご指摘いただいており
ます未返還データまとめてみました。以下のマウス台帳および研究DA
TAと考えます。ご確認下さり,ご要望の資料が不足しているようでし
たらご指示くだされば所在を確認し,ご提出するよういたします。」と
の,お礼を兼ねた頭書きで始まっていた(甲15,16,乙35(13
頁))。
ス原告は,平成17年4月28日ころ,被告乙Aに対し,郵便で,被告乙
Aが原告に対して様々なハラスメントを行っており,原告の研究成果を略
奪した等との主張について通知した。しかし,被告乙Aは,同年5月27
日ころ,原告に対し,内容証明郵便で回答書を送付し,RAを発症する,
(BXSB×NBXSB雌マウスとNZB雄マウスによる交配F1雄マウス(
)は,被告乙Bが独自に開発したもので原告の研究成果に属ZB)F1(H-2)b/d
するものではないし,被告乙Aによるハラスメントはなく,原告の主張に
は根拠がない等と反論した(甲14,弁論の全趣旨)。
(6)順天堂大学の知的財産に係る定め等
ア学校法人順天堂の知的財産取扱規程(乙43)
順天堂大学を擁する学校法人順天堂は,平成16年4月1日,知的財産
取扱規程(規第平15−9号)を定めたが,同規程中には,次のとおりの
内容の条項がある。なお,同規程においては,上記学校法人を「本法人」
と称している(1条)。
(ア)3条1項(権利の帰属)
「本法人は,職務発明等に係る知的財産権を承継し所有するものとす
る。ただし,本法人がその知的財産権を承継しないと決定したときは,
この限りでない。」
(イ)4条1項(届出)
「教職員等は,職務発明等に該当する可能性のある発明等を行ったと
きは,発明・考案届出書(中略)によって,すみやかに所属長を経由し
て学長に届け出なければならない。」
(ウ)5条(知的財産審議委員会による審議)
a1項
「知的財産審議委員会は,前条の規定による届出があった発明等に
ついて,第11条第1項第1号,第2号(中略)の規定に定める各事
項を審議し,審議の結果を,学長に答申する。」
b2項
「学長は答申に基づき決定を行い,当該発明者及び所属長に通知す
る。」
(エ)6条1項(譲渡書の提出)
「前条の規定により知的財産権を本法人が承継する旨の決定が通知さ
れた発明者は,権利譲渡書(中略)を学長を経由して理事長に提出しな
ければならない。」
(オ)11条1項(審議事項)
「知的財産審議委員会は,次の各号に掲げる事項を審議する。
(1)第4条第1項の規定による届出があった発明等について,職務発
明等に該当するか否かの認定に関する事項
(2)職務発明等の技術的評価,特許出願の可否,知的財産権の承継の
可否及び報奨割合の決定に関する事項
(3)ないし(7)(略)」
(カ)附則
「この規程は,平成16年4月1日から施行する。」
イ生医学雑誌への投稿基準
InternationalCommitteeofMedicalJournalEditors(国際医学雑誌
編集者委員会)は,昭和54年以来,「UniformRequirementsforManu
scriptsSubmittedtoBiomedicalJournals」(生医学雑誌への投稿のた
めの統一規定)を定めてきており(バンクーバースタイル),現在500
以上の生物医学雑誌が同規定に従って論文の掲載等を行うに至っているが,
平成9年に改訂された第5版には,次の規定がある(ただし,訳文による
要約である。)。
なお,上記委員会は,上記規定とは別に勧告を行っており,論文の著者
として不適切な者として,①データの収集に関与しただけの人,②原稿の
閲読や助言をしただけの人,③臨床試験に参加しただけの人及び④所属機
関の長というだけで,実際的な寄与のない人を挙げている(甲56の2,
甲56の3の1)。
(ア)著者資格(6頁)
「著者として指定されたすべての著者には,著者資格が付与されます。
各々の著者は,その内容に対して公的な責任を負うところの研究におい
て,十分な関与をなしている必要があります。
著者資格の証明は,以下の実質的貢献にのみ基づいていなければなり
ません。1)研究の構想及び計画,もしくは,データの解析及び解釈に
対する貢献,及び,2)論文の起草もしくは原稿における重要な知的内
容に対する批判的改訂に対する貢献,更に,3)掲載されるべき決定稿
の最終的承認に関する関与。なお,上記1,2及び3の条件のすべてが
同時に満たされている必要があります。単なる研究資金の調達,あるい
はデータの収集における参画は,正当な著者資格としては認められませ
ん。研究グループの統括監督は,著者資格として十分ではありません。
論文(記事)のいかなる部分であれ,その主要な結論に対する批判に対
しては,最低でも著者の1人が責任を負わなければなりません。」
「著者資格の順序は,共著者らの合議において決定して下さい。何故
なら,順序は異なる方法で指定されるため,その意味は著者によって述
べられない限り正確には推理出来ないからです。」
(イ)謝辞(9頁)
「論文中の適切な個所(タイトル・ページの脚注や,あるいは本文に
対する補遺,その詳細は該当雑誌の規定を参照)に,1∼2センテンス
程度の記述で以下のことを明らかにして下さい。1)学部の教授の立場
での総括的な漠然とした支援のように,著者資格は認められないが,謝
意を表す必要のある貢献。2)専門的助力に対する謝辞。3)援助の性
質を明記すべき経済的及び物質的な援助に対する謝辞。そして,4)利
害の衝突が持ち上がる可能性のある関係(中略)。
論文に対して知的な貢献をなしてはいるが,著者資格が正当とは認め
られない人々に対しては,彼らの役割や貢献内容を記述し,氏名を挙げ
ることが出来ます。例えば,『学術的助言』,『研究立案の批判的再吟
味』,『データ収集』もしくは『臨床試験への参加』のような場合です。
このような人々に対しては,名前を挙げることへの承諾が得られている
必要があります。読者がそのデータ及び結論を彼らが是認しているもの
と考えることがあるため,名前を挙げて謝意を表した人々から書面で承
諾を得ることは,著者の責任となります。
専門的助力には,他の貢献に対するものとは段落を変えて,別途謝意
を表して下さい。」
(ウ)重複若しくは二重投稿(3,4頁)
「重複もしくは二重投稿とは,既に発表されたものと実質的にオーバ
ーラップする論文の掲載のことです。
一次情報源としての定期刊行物の読者にとっては,著者と編集者の選
択により再掲載された論文であることが明瞭に述べられていない限り,
自分達の読んでいるものがオリジナルであると信じるより他ありません。
この論拠の基礎にあるのは,国際的な著作権法,道徳律,及び資源の有
効利用です。
大多数の雑誌は,活字媒体,電子媒体の別に係わらず,出版された論
文中において既にその大部分が報告されているものや,他所において掲
載を目的として投稿中であったり,受理されている他の論文の内容を含
むような研究論文を受け取ることを望んではいません。ただし,この方
針は,その雑誌が他誌において不採用となった論文,あるいは,専門領
域での会合において同僚に対して行われた抄録やポスター掲示のような
予備的報告の発表に引き続く完全な報告などを考慮することをあらかじ
め排除するものではありません。更にまた,学術的会議の席上で既に口
演発表されているが完全な形態ではまだ掲載されていない論文,あるい
は,議事録もしくは類似の形式での掲載を目的として現在考慮中の論文
を雑誌が考慮することを妨げるものでもありません。予定された会議の
新聞報道は,通常この規則に違反すると見なされることはありませんが,
このような報道は追加データや図表のコピーによって詳述されたもので
あってはなりません。
論文を投稿する際には,同一もしくは非常に類似した研究の,重複も
しくは二重投稿と見なされるような以前の研究報告やすべての投稿に関
して,著者は常に編集者に完全な申告を行わなければなりません。著者
は,その研究に含まれるテーマに関して,以前の報告に既に掲載されて
いる場合には,その旨を編集者に警告しておくべきです。このような研
究についてはいかなるものでも,新規の論文において言及し,更に参考
文献として引用しておいて下さい。編集者がその問題をどう扱うかを決
定するのに役立つように,これらの資料のコピーを投稿論文に含めてお
いて下さい。
上記の告知なしに重複もしくは二重投稿が試みられたり,そうした事
態が起こった場合,著者は編集者がとるべき行動を予期すべきです。少
なくとも,投稿原稿の即時不採用を覚悟して下さい。万一編集者が違反
に気付かずに,論文が掲載されてしまった場合には,重複もしくは二重
投稿の告示文が,著者の釈明や承諾の有無に係わらず,十中八九掲載さ
れることになります。
既に受理されていても,まだ掲載されていない論文中に記述されてい
る科学的情報についての予備的なリリース発表(通常,公共メディア
に対して行われる)は,多くの雑誌の方針に違反します。わずかなケ
ースにおいて,編集者との申し合わせによってのみ,データの予備的な
リリース発表が認められます(例えば,公衆衛生上の緊急性が存在す
るような場合です)。」
ウ産業技術総合研究所の研究者行動規範
独立行政法人産業技術総合研究所(産総研)は,所属する研究者がよる
べき倫理規範たる研究者行動規範を定めているが,平成18年8月時点で
定められている同規範中には次のとおりの規定が置かれている(甲64の
1ないし5)。
(ア)研究者倫理について(甲64の4)
「研究者倫理、特に高潔性・誠実性からの逸脱として研究者コミュニ
ティー内部のみならず広く社会からの信頼を失うものに、研究ミスコン
ダクトがあります。狭義には、データの捏造(Fabrication)、偽造
(Falsification)、剽窃(ひょうせつ)(Plagiarism)を言います
(これらは併せてFFPと呼ばれます)。データの剽窃は『他の研究者
の発表結果や、未発表データあるいはアイディアを適切な手続きを踏ま
ず、かつ、引用もせずに記述すること』です。」,
「広義の『研究ミスコンダクト』は、FFPに加え、例えば論文執筆
における不適切な引用や、実質的な貢献のない人を論文の著者に加える
ことなども含まれると考えられています。」
(イ)論文発表のあり方(甲64の5)
aオーサーシップのあり方
「研究の着想・計画、実施、結果の解釈に関して実際に貢献し、論
文の原稿執筆や重要な知的内容の批判的な改定を行う等、原稿執筆へ
の本質的な寄与を行い、最終原稿を承認する人がオーサーシップを持
つ著者であると考えられています。名誉著者として、実際に貢献をし
ていない人の名前を入れるのは広義の研究ミスコンダクトと考えられ
ており、避けるべきことです。著者、謝辞の記載法は、研究組織、研
究分野、学術誌にそれぞれ固有の慣例や独自のルールがありますので
留意することが必要です。著者・謝辞の取り扱いについては、研究を
まとめる段階でよく議論し当事者間で納得を得ることが必要です。」
b適切な引用
「他の研究者の発表結果や、未発表データあるいはアイディアを適
切なプロセスを踏まず、かつ引用もせずに記述することは、暗黙に自
分のオリジナルであるかのように剽窃することになり、研究ミスコン
ダクトに該当します。研究者は自らの行った研究のオリジナリティー
を主張するばかりでなく、他の研究者のオリジナリティーも尊重しな
ければなりません。人は他人から聞いたり、議論の中で出てきた事柄
や新しいアイディアを、時間の経過と共に自らのアイディアであった
かのように誤認してしまうこともあります。アイディアは印刷物にな
っていないことも多く、証拠となるものが無い場合もあり得ますので、
その由来を客観的に確認し、必要に応じて適切に引用するように十分
注意するべきです。コンピュータープログラム、特許、遺伝子組換え
体、合成試薬等の利用についても同様にオリジナリティーを尊重した
厳格な運用を行なわなければなりません。」
c研究成果と資金の関係
「複数の関連するテーマを行っている場合、それぞれの研究資金と
その資金によって得られた研究成果を整理しておくことが重要で
す。」
(ウ)特許出願の検討(甲64の5)
「研究計画の立案時、実験の過程、実験結果の検討やとりまとめ、学
会発表での議論のとき等、何れの段階においても、ある課題を認識し解
決策を着想したとき(分野により実験データで着想を証明したとき)が
発明の発生時になります。日本をはじめ多くの国の特許制度は、最先の
出願人にのみ特許権が与えられるので(先願主義)、発明の発生から一
日でも早く出願を行うことが望まれます。」
「誰が真の発明者となるかは、実際に何らかの創造的貢献をした者を
発明者とするべきであり、着想に貢献しているかどうかを判断して決め
るべきです。単なる管理者、単なる補助者、単なる委託者は発明者とは
なりません。産総研での研究により生まれた発明は職務発明とされてい
ます。産総研との雇用契約が無い場合には、外部人材受け入れの各制度
によりその扱いが定められています。」
2本件マウス④に係る特許を受ける権利等の侵害について
(1)事案に鑑み,まず,争点(3)のうち,被告らが研究発表した行為が本件マ
ウス④に係る原告の特許を受ける権利を侵害する不法行為となるか否かにつ
いて検討する。
前記1(4)ソのとおり,原告及び被告乙Bらは,平成12年11月に一般
の学者等が参加する学会で行った研究発表(甲47の3)で,通常のBXS
(BXSB×NZB雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配したF1マウス(
)が極めて重篤なSLEを発症することを明らかにした。本B.GD)F1(H-2)b/g2
件マウス④は,上記F1マウス(前記1(4)ソ(ア)○)のうちの雌マウスでB
ある。上記研究発表では,F1マウスの性別が明らかにされていないが,前
記1(4)コのとおり,当時被告乙Bが作製したのは雌マウスであり,かつ重
篤なSLEを発症するのは雌マウスであるから,上記研究発表で開示された
のは,上記F1マウスのうち雌マウスについてのみであるというべきである。
そうすると,平成12年11月の時点で,本件マウス④に係る発明は,S
LE発症モデルマウスの発明として,我が国において既に公然知られたとい
うべきである。
そして,組み合わせるべきマウスが特定されれば,モデルマウスの作製に
携わる当業者であれば誰でも所要の交配マウスを作製することが明らかであ
るから,当業者には上記程度の開示でも十分であるというべきである。
前記第2の2(3)のとおり,被告らの本件各研究発表がされたのは平成1
6年11月11日以降のことであるが,同日は前記平成12年11月の研究
発表から約4年も経過しており,発明の新規性の喪失の例外に係る特許法3
0条の適用がないことは明らかである。そうすると,少なくとも平成16年
11月11日前に既に,本件マウス④に係るSLE発症モデルマウスの発明
は,物の発明としても,同マウスを生産する方法の発明としても,公然知ら
れた発明になっていたというべきである。したがって,仮に原告が本件マウ
ス④に係るSLE発症モデルマウスの発明をしたとしても,既に本件各研究
発表の前に上記発明につき特許を受けることはできず(特許法29条1項1
号),特許を受ける権利は消滅していたものというべきであり,この権利の
侵害を理由とする不法行為は成立しない。
結局,原告の特許を受ける権利の侵害を理由とする不法行為に基づく請求
のうち,本件マウス④に係る発明についての特許を受ける権利の侵害を理由
とする部分は,その余の点につき判断するまでもなく理由がない。
(2)前記(1)のとおり,原告は自ら本件マウス④がSLEを発症することを研
究発表したものであるところ,前記1(6)イ(ウ)のとおり,同一の内容につ
き重複して論文を投稿することが禁じられていることからすると,仮に原告
が本件マウス④のSLE発症に係る研究成果を最初に得た者であるとしても,
前記平成12年11月の研究発表に加えて,さらにこれと同一内容の研究発
表を原告に保障すべき法的な利益はないというべきである。
したがって,本件マウス④のSLE発症に係る研究成果に関しては,その
余の点につき判断するまでもなく,研究成果を奪った不法行為を理由とする
原告の請求は理由がない。
なお,以下においては,念のため,本件マウス④についても判断すること
とする。
3争点(1)(原告が本件各マウスに係る研究成果等を得たか否か)について
(1)判断基準
最初に研究成果を得た者が他の者の行為によって最初に研究発表等をする
機会を奪われ,又は新規に発明をした者が他の者の行為によって特許を受け
る権利を侵害されたか否かを判断するためには,最初に当該研究成果又は特
許を受ける権利を得た者が誰であるかを確定する必要がある。
ア特許を受ける権利の帰属について
特許を受ける権利は,発明した者に与えられるところ,「発明」とは
「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」をいうから
(特許法2条1項),真の発明者(共同発明者)といえるためには,当該
発明における技術的思想の創作行為に現実に加担したことが必要である。
したがって,①発明者に対して一般的管理をしたにすぎない者(単なる
管理者),例えば,具体的着想を示さずに,単に通常の研究テーマを与え
たり,発明の過程において単に一般的な指導を与えたり,課題の解決のた
めの抽象的助言を与えたにすぎない者,②発明者の指示に従い,補助し
たにすぎない者(単なる補助者),例えば,単にデータをまとめたり,文
書を作成したり,実験を行ったにすぎない者,③発明者による発明の完
成を援助したにすぎない者(単なる後援者),例えば,発明者に資金を提
供したり,設備利用の便宜を与えたにすぎない者等は,技術的思想の創作
行為に現実に加担したとはいえないから,真の発明者(共同発明者)とい
うことはできない。そして,真の発明者に当たるか否かは,当該発明の特
徴(要旨)を把握した上で,それとの関係で当該行為者の具体的行為が技
術的思想の創作行為に貢献したかどうかという観点から判断すべきもので
ある。
イ研究成果の帰属について
また,研究成果は科学的ないし学術的な創作行為の結果であって,創作
行為に関するものである点において発明と共通するものである。
そして,学会における研究発表や論文投稿等の研究成果の発表行為は,
研究者がした研究の成果を外部に公表する行為であって,論文の作成自体
も科学的ないし学術的な創作行為である。
ところで,前記1(6)イ認定のとおり,多数の生物医学雑誌が支持する
「生医学雑誌への投稿のための統一規定」においても,論文の著者として
掲げることが適切な者は,①研究の構想及び計画並びに実験データの解
析及び解釈に貢献し,かつ,②論文の起草又は原稿の重要な部分につき
批判的改訂に対する貢献をし,かつ,③決定稿の最終的承認に対して関
与した者である旨が規定されている一方,④単なる研究資金を調達した
にすぎない者,⑤実験データの収集のみに関わったにすぎない者又は⑥
研究グループを統括監督したにすぎない者は,論文の著者として掲げる
ことが適切ではない旨が規定されており,また当該論文に対して知的貢献
を果たしているが著者として掲げることが適切ではない者については,論
文中で謝辞を述べることができる旨が規定され,かかる者の例として,⑦
学部の教授の立場での総括的な漠然とした支援をした者,⑧専門的助
力をした者及び⑨経済的又は物質的援助をした者等が挙げられている。
そして,前記1(6)ウ認定のとおり,我が国の著名な研究機関である産
総研が定めた研究者行動規範においても,研究の着想,計画,実施又は結
果の解釈に関して実際に貢献し,論文の原稿執筆への本質的な寄与を果た
し,最終原稿を承認する者を論文の著者として掲げることが適切で,実際
に貢献していない者を著者に加えることは避けるべきである旨が規定され
ている。
このとおり,上記統一規定も,研究者行動規範も,論文発表が知的活動
ないし創作行為である点に着目して基準を定めているものと評価すること
ができ,当該研究の知的創作行為に具体的に関与した者であって,論文作
成に実際に貢献した者に当たるか否かを論文著者として適切な者か否かの
判断基準としているものということができる。
本件の研究の性格及び科学の分野における有力な判断基準にかんがみる
と,最初に研究成果を得た者に当たるか否かについても,概ね前記アの発
明者か否かの判断基準と同趣旨の基準によって決定すべきである。また,
学会での研究発表における発表者ないし論文における著者として,その氏
名を挙げるべき者は,少なくとも,上記基準によって最初に研究成果を得
た者に当たる者のほか,論文作成行為のうち知的創作行為に実際に貢献し
た者に限られるというべきである。そして,上記に当たらない者について
は,その者の氏名が発表者ないし著者として挙げられていなかったとして
も,保護すべき法的利益を侵害されたとはいえないというべきである。
ウ本件各マウスに係る研究成果ないし発明の特徴
(ア)原告が主張する,本件各マウスに係る研究成果ないし発明は,いず
れも自己免疫疾患モデルマウスに係るものであって,市販されている通
常のBXSBマウスを母親にして行う交配によって作製されるマウスに
係るものである。
また,自己免疫疾患モデルマウスについては,ニュージーランドマウ
スやその各コンジェニックマウス等が今日までに樹立(開発)されてき
ており,各マウスが示す自己免疫疾患の病態はそれぞれ異なる。
そして,前記1(1)ア及び(4)キ認定のとおり,少なくとも平成10年
より相当程度以前には,BXSBマウスの雄が示す自己免疫疾患の原因
となる遺伝子の1つは性染色体たるY染色体上のYaa遺伝子であると
特定されており,したがって,従前は子マウスが自己免疫疾患を示すこ
とが事前に予想されるBXSB雄マウスを用いて交配実験を行うことが
多かったものである。
そうすると,本件各マウスに係る研究成果ないし発明の特徴は,BX
SB雌マウスを用い,Eb亜領域より上流の亜領域の遺伝子の型が共通
で,Ea亜領域より下流の亜領域の遺伝子の型が異なる各種NZBコン
ジェニック雄マウスを父親マウスに用いて交配し,F1雄マウスではR
Aを発症するものがあるが同雌マウスではSLEのみを発症し,各遺伝
子型によって病態の程度が異なるという点にあるものである。
(イ)なお,前記1(4)キ認定のとおり,SLE及びRA等の自己免疫疾
患は,複数の遺伝子の相互作用によって発現する複雑な疾患であり,前
記1(3)キ認定のとおり,丙A前教授も,平成4年当時,SLEの発症
に係る遺伝子の作用が不明である旨言及していること,現にYaa遺伝
子が,H−2遺伝子が存在する第17染色体とは別の性染色体に存在す
る遺伝子であることにかんがみると(なお,前記1(4)キ認定のとおり,
第7染色体等にもSLEの発症に関係する遺伝子の存在が示唆されてい
る。),従前に交配によって作製されるF1マウスの病態が明らかにな
っていない,新規の組合せで交配を行う場合,同F1マウスの自己免疫
疾患の病態を予測することは必ずしも容易ではなく,実際に交配実験を
行ってみないと解明できない点が多いというべきである。
エ本件各マウスに係る研究成果ないし発明の帰属主体の判断
前記1(4)認定の各事実によれば,被告乙Bは自らが関与した研究につ
いては,各種マウスの作製,観察及び検査等の相当部分を自ら行ってきて
おり,TNFa亜領域の判定のための検査等を本件講座の他の構成員が担
当したのは,同被告が病気療養中であるなどの例外的な場合であったにす
ぎないことが認められる。
そうすると,上記実験実務を直接行っていない原告において,本件各マ
ウスに係る科学的ないし学術的な創作行為に現実に加担して最初に研究成
果を得たり,技術的思想の創作行為に現実に加担して真の発明者であると
いうためには,後記(2)の各日より前に,被告乙Bに対して,科学的,学
術的ないし技術的に明確な目的の下に,前記ウ(ア)の特徴的な部分に関連
する具体的な着想を提供したり,あるいは少なくとも,同特徴的部分と関
連する,親となるべきマウスの種類を具体的に特定して交配方針や所要の
実験を指示する等の行為を行ったことが必要である。
そして,前記ウ(イ)のとおり,新規な組合せの交配の結果作製されるF
1マウスの自己免疫疾患の病態の予測は必ずしも容易でないから,上記着
想の提供や交配方針の指示は,相当程度具体的である必要がある。
このように,本件においては,原告において,少なくとも,本件各マウ
スの作製,すなわち,親となるべきマウスの選択及び交配の結果生まれる
F1マウスのSLE又はRAの病態について,科学的,学術的ないし技術
的に明確な目的の下に,具体的な着想を提供したり,親となるべきマウス
の種類を具体的に特定して,交配方針や所要の実験を指示したことを立証
すべきものである。
(2)本件各マウスに係る研究成果ないし発明の完成時期等
ア前記1(4)コ認定のとおり,本件マウス④については,平成11年8月
ころまでに得られ,同年11月ないし平成12年2月までの間にSLEの
一症状たる蛋白尿の発症が確認されているから,平成12年2月までには,
同マウスにつきSLE発症の有無及び程度に係る研究成果が得られ,同時
に,SLE発症モデルマウスとしての発明が完成していたことが認められ
る。
イ前記1(4)コ認定のとおり,本件マウス⑥−1については,平成11年
8月ころまでに得られ,平成12年6月ないし9月の間に蛋白尿の発症が
確認されているから,平成12年6月ころには,本件マウス⑥−1に係る
SLE発症の有無及び程度に係る研究成果が得られ,同時にSLE発症モ
デルマウスとしての発明が完成していたことが認められる。
ウ前記1(4)ニ(ク)認定のとおり,被告乙Bは,本件マウス⑤につき,平
成14年9月5日までに複数匹誕生させ,平成14年5月1日に最初の蛋
白尿発症を確認し(平成13年12月25日に誕生したマウス),次いで
平成15年1月20日以降に多数の同マウスの蛋白尿発症を確認している
から,平成15年1月20日ころには,本件マウス⑤に係るSLE発症の
有無及び程度に係る研究成果が得られ,同時にSLE発症モデルマウスと
しての発明が完成していたことが認められる。
エ前記1(4)ニ(ク)認定のとおり,被告乙Bは,本件マウス⑥−2につき,
平成14年9月5日までに複数匹誕生させ,平成15年2月10日に最初
の蛋白尿発症を確認し,同月26日以降に多数の同マウスの蛋白尿発症を
確認しているから,平成15年2月26日ころには,本件マウス⑥−2に
係るSLE発症の有無及び程度に係る研究成果が得られ,同時にSLE発
症モデルマウスとしての発明が完成していたことが認められる。
オ前記1(4)ニ(ク)認定のとおり,被告乙Bは,本件マウス②につき,平
成14年9月5日までに複数匹誕生させ,平成15年3月11日に最初の
蛋白尿発症を確認し,同年3月25日以降に多数の同F1マウスの蛋白尿
発症を確認しているから,平成15年3月25日ころには,本件マウス②
に係るSLE発症の有無及び程度に係る研究成果が得られ,同時にSLE
発症モデルマウスとしての発明が完成していたことが認められる。
カ前記1(4)ニ(ク)認定のとおり,被告乙Bは,本件マウス①につき,平
成14年11月2日までに複数匹誕生させ,平成15年2月26日に最初
の蛋白尿発症を確認し,同年4月30日にも同F1マウスの蛋白尿発症を
確認しているから,同年4月30日ころには,本件マウス①に係るSLE
発症の有無及び程度に係る研究成果が得られ,同時にSLE発症モデルマ
ウスとしての発明が完成していたことが認められる。
キ前記1(4)ニ(ク)認定のとおり,被告乙Bは,本件マウス③につき,平
成14年9月5日までに複数匹誕生させ,平成15年2月26日に最初の
蛋白尿発症を確認し,同年3月11日及び4月30日に同F1マウスの蛋
白尿発症を確認しているから,平成15年4月30日ころには,本件マウ
ス③に係るSLE発症の有無及び程度に係る研究成果が得られ,同時にS
LE発症モデルマウスとしての発明が完成していたことが認められる。
クさらに,前記1(4)ヘ(ア)認定のとおり,被告乙Bは,平成15年5月
7日,原告に対し,本件マウス①ないし③のRA発症について説明してい
るから,遅くとも上記説明の日である平成15年5月7日までには,本件
マウス①ないし③に係るRA発症の有無及び程度に係る研究成果が得られ,
同時にRA発症モデルマウスとしての発明がいずれも完成していたことが
認められる。
(3)本件マウス④及び⑥−1について
ア原告が研究成果を得たか否か
(ア)本件全証拠によっても,本件マウス④及び⑥−1が得られた平成1
1年8月ころより以前に,原告が,被告乙Bに対し,本件マウス④及び
⑥−1の作製について,科学的,学術的ないし技術的に明確な目的の下
に,具体的な着想を提供した事実又は親となるべきマウスの種類を具体
的に特定して交配方針や所要の実験を指示した事実を認めるに足りない。
(イ)前記1(3)及び(4)アないしケ認定のとおり,被告乙BがBXSB雌
マウスとNZB.GD雄マウスとの交配実験(前記1(4)コ)を行う前
において,丙A前教授や原告らが行ってきたのは,同被告が本件講座の
協力研究員となった平成4年以前はもちろん,それ以後平成11年8月
までの間においても,主としてNZBマウス,NZWマウスやこれらの
コンジェニックマウスによる交配であった。そして,BXSBマウスを
使用した交配も,雄性が発現するのに必要な性染色体が承継され,した
がってYaa遺伝子を承継することが明らかな,その雄マウスを使用し
た交配にとどまっていたものであり,前記1(4)コの被告乙Bによる交
配実験以前に,BXSB雌マウスも使用した交配実験を行って,積極的
にBXSBマウスのYaa遺伝子以外の遺伝子の機能を解析しようと試
みた事情を見出すことは困難である。そして,上記の交配の実施状況は,
平成11年8月ころから本件マウス④に係る研究成果等の研究発表(前
記1(4)ソ)が行われた平成12年11月当時においても異なるもので
はない。
前記1(4)ア認定のとおり,平成4年12月の丙Mらによる論文発表
においては,被告乙Bも執筆者の1人となっているところ,同(ア)で,
通常のNZW雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1マウスにお
いてもともとのBXSBマウスよりもSLE病態が増悪する現象が,Y
aa遺伝子の有無にかかわらない,すなわち同F1マウスがY染色体
(性染色体)を有する雄のみならずY染色体を有しない雌においても見
られる旨の記載がされている。この記載からは,Yaa遺伝子以外のS
LE病態増悪因子がNZW雌マウスの遺伝子にあるのか,BXSB雄マ
ウスのYaa遺伝子以外の遺伝子にあるのか全く不明であり,上記論文
発表中の他の記載からは,BXSB雄マウスのYaa遺伝子以外の遺伝
子に着目されているのかは全く不明である。そして,上記研究成果に引
き続いて,被告乙B以外の本件講座の研究員が,BXSBマウスの遺伝
子のうちYaa遺伝子以外の遺伝子に着目して解析を続行したことを認
めるに足りる証拠はないから,被告乙B以外の本件講座の研究員におい
て,BXSBマウスのYaa遺伝子以外の遺伝子の作用に着目した研究
がされていたと見るのは困難である。
(ウ)上記平成11年8月より前にされたBXSB雌マウスを使用した交
配として,前記1(1)ア認定のマーフィーらの論文発表がある。しかし,
この発表においては,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配した
F1マウスは,雄雌逆の組合せであるNZB雌マウスとBXSB雄マウ
スとを交配したF1マウスと比較して血中抗核抗体及び胸腺細胞障害性
自己抗体の産生がみられないと報告され,NZB雌マウスとBXSB雄
マウスの交配マウスに対する比較の対象として取り上げられたに止まっ
ており,かつ同F1雌マウスについては特段SLEの発症について報告
がないものであって,BXSB雌マウスを使用した交配を行う契機とは
なり難いものである。
また,前記1(3)キ(カ)認定のとおり,丙A前教授は,平成4年,自
らの学会報告における質疑応答中で,BXSB雌マウスとNZW雄マウ
スとの交配F1マウス(。なお,K,Ab,Aa,(BXSB×NZW)F1(H-2)b/z
Eb及びEa亜領域の遺伝子型はいずれもb/uヘテロ,TNFa及び
D亜領域の遺伝子型はいずれもb/zヘテロである。)に関して回答を
行っている。しかし,このF1マウスと本件各マウスとは,H−2遺伝
子型及びその亜領域の遺伝子型が全く異なる上,父親由来の遺伝子(H
−2遺伝子以外のものを含むことは当然である。)はNZWマウスとN
ZBマウスとで全く異なるから,交配の結果誕生するF1マウスの自己
免疫疾患の病態が異なることが予想されるもので,各種NZBコンジェ
ニック雄マウスと交配した本件各マウスとは大きく異なる。
さらに,前記1(4)カ及びキ認定のとおり,丙R及び原告らが行った
論文発表には,BXSB雄マウスとの退交配マウスに関し,SLEの一
病態であるループス腎炎の発症にBXSB雄マウス由来の第17染色体
(性染色体ではない。)上の遺伝子が関与していることが示された旨の
記載部分がある。しかし,論文の文面上,BXSB雄マウスを用いた交
配により何らかの発見ができる可能性を第一に示しているもので,その
論文自体にあるとおり,自己免疫疾患が複数の遺伝子の相互作用によっ
て発現する複雑な疾患であることにかんがみると,さらに種々検討しな
ければ,BXSB雌マウスと各種NZBコンジェニック雄マウスとを交
配したF1マウスを作製することにより得られる結果を予測できないこ
とは明らかである。
そうすると,上記のマーフィーらの論文発表中の記載,丙A前教授の
回答や丙Rらの論文中の記載をもって,平成11年8月以前に本件各マ
ウスの作製につき着想の契機があったとは必ずしもいい難い。
前記1(4)サないしセの各論文等にも上記各マウスの交配について窺
わせるような記載は皆無であり,その後平成12年11月の研究発表
(前記1(4)ソ)前までにおいても同様である。
これらのほかに,平成11年8月以前に原告が本件各マウスの作製に
ついての着想の契機があったことを認めるに足りる証拠はないし,少な
くとも本件マウス④又は⑥−1の作製につき,原告が被告乙Bに対して
具体的な着想の提供ないし交配方法の具体的な指示等を行ったことを認
めるに足りる証拠はない。
(エ)なお,前記(2)のとおり,本件マウス⑥−1に係る研究成果の獲得
ないし発明の完成がされたのは,平成12年6月ころであり,同年夏こ
ろに被告乙Bは病気療養のため本件講座には不在であったものであるが,
前記1(4)コ認定のとおり,蛋白尿測定表(甲48)のH−2遺伝子型
がb/dヘテロのF1雌マウス(1,3,6,8及び13番)が誕生し
たのは前年である平成11年8月1日ないし3日のことであり,同被告
が蛋白尿の発現時期の解析を行ったものである。このF1雌マウスの交
配に関して,原告の具体的な着想の提供ないし交配方法の具体的な指示
等があった事実を認めるに足りる証拠はない。むしろ同被告が計画して
実施した交配の結果,誕生した上記F1雌マウスを,同被告が観察し,
同被告が病気療養中の間,同被告の依頼に基づいて,原告を始めとする
本件講座の構成員らが同被告に代わって,病態観察等を行った結果,本
件マウス⑥−1に係る研究成果ないし発明の完成に至ったものというこ
とができる。そうすると,前記1(4)ソ認定に係る研究発表も,原告が
第1発表者となっているものの,同被告が得た研究成果を,復帰直後の
同被告に代わり,原告が第1発表者,同被告が第2発表者として発表し
たものであるというべきである。
(オ)そうすると,原告は本件マウス④及び⑥−1について科学的ないし
学術的な思想の創作行為に現実に加担したとはいえないから,上記各マ
ウスについての研究成果を最初に得たとはいえない。同様に,原告は,
上記各マウスの作製に係る技術的思想の創作行為に現実に加担したとも
いえないから,上記各マウスの作製に係る発明の真の発明者にも当たら
ない。
原告が本件マウス④及び⑥−1に係る科学的ないし学術的な思想又は
技術的思想の創作行為に関して行っていたのは,本件講座の管理者とし
て,あるいは構成員を一般に指導して研究者としての成長を促す教育者
として,一般的又は包括的な管理行為にとどまっていたのであり,それ
を超えて,具体的な指示を下し,上記創作行為に現実に加担したものと
みるべき事情は存しない。
イ被告乙Bの発明者性
他方,被告乙Bは,NZB.GD雌マウス,NZB雌マウス及びNZW
雄マウスを使用してA亜領域の遺伝子型が同一(d/uヘテロ)でE分子
が半分量形成(発現)されるF1マウス(Ea亜領域の遺伝子型がb/u
ヘテロ)と充分量形成されるF1マウス(Ea亜領域の遺伝子型がd/u
ヘテロ)を作製した実験結果からEa亜領域の遺伝子型がd/uヘテロの
場合にSLE病態が抑制される可能性を発表し(前記1(4)オ),原告の
過去の論文の結論との抵触を回避すべく,NewZealandマウス
系以外のマウスを使用して,作製されたF1マウスのH−2遺伝子型がd
/zヘテロでなくてもE分子を形成しないマウスで重篤なSLEの発症が
みられることを確認すべく,BXSB雌マウス(H−2遺伝子型がbホモ
であって,作製されるF1マウスのH−2遺伝子型はd/zヘテロにはな
らない。)を使用した交配を試みることに思い至り(前記1(4)ク),N
ZB雌マウスやNZB.GD雌マウス等を使用して,A亜領域の遺伝子型
が同一(dホモ又はd/bヘテロの2つのグループ)でE分子を全く形成
しないか,半分量又は充分量形成するF1マウスを作製することを目的と
する研究経費交付申請を行った後(前記1(4)ケ),A亜領域の遺伝子型
が同一だがE分子が全く形成されないか(Ea亜領域の遺伝子型がbホ
モ),半分量(Ea亜領域の遺伝子型がb/dヘテロ)形成されるF1マ
ウスを作製するべく,BXSB雌マウスとH−2遺伝子型がg2/dホモ
のNZB.GD雄マウスを交配して各F1マウスを作製したものであって,
同被告は,E分子のSLE病態抑制効果の発見及び確認の過程で,自らの
着想に基づき,自ら前記1(4)コの実験を行ったものである。
そして,この実験の結果,E分子を全く形成しないF1マウス(Ea亜
領域の遺伝子型がbホモ)の方がE分子を半分量形成するF1マウス(E
a亜領域の遺伝子型がb/dヘテロ)よりもSLE病態がより早期発症か
つ重篤であることを発見したものであるから(前記1(4)コ),同被告が
本件マウス④及び⑥−1のSLE病態につき最初に研究成果を得,かつこ
れらのマウスにつきSLE発症モデルマウスとしての発明を行ったという
べきである。
なお,同被告は,そのころ,E分子の発現量に相関してF1マウスのS
LE病態が抑制されること及びE分子が形成されないF1マウスにおいて
はA亜領域の遺伝子型がd/bヘテロのものの方がdホモのものよりもS
LE病態が重篤であることを第1発表者として発表した(前記1(4)シ)。
また,前記1(4)ソ認定のとおり,第2発表者としてではあるものの
(もっとも,前記のとおり,実際には,同被告が得た研究成果を,原告が
第1発表者,同被告が第2発表者として発表したものであるというべきで
ある。),上記の本件マウス④に係る知見のほかに,本件各マウスとは別
種の組合せの交配によるマウスについてではあるが,E分子を半分量形成
するF1マウス(Ea亜領域の遺伝子型はb(NZW(H-2)×NZB)F1(H-2)。bb/d
(NZW(H/dヘテロ。)のT細胞をE分子を全く形成しないF1マウス(
Ea亜領域の遺伝子型はbホモ。)に静脈注射す-2)×NZB.GD)F1(H-2)。bb/g2
るとSLE発症が抑制されたこと等も発表するに至っており(前記1(4)
ソ(イ),(ウ)),さらにE分子のSLE病態抑制効果につき解明を進めて
いる。
ウ原告の主張について
(ア)他方,原告は,NZB.GD雌マウスの数に限りがあったので,N
ZB.GD雌マウスとBXSB雄マウスとの交配をするだけでなく,反
対の組合せ,すなわち,BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとの
交配を行うことにし,被告乙Bに対してその旨の指示をした旨主張する
(前記第3の1〔原告の主張〕(3)イ)。
しかし,BXSB雄マウスではなくBXSB雌マウスを使用して交配
すると,当時既にSLE病態への関与が明らかになっている,性染色体
上のYaa遺伝子が承継されないから,実験方針の転換を動機付ける格
別の着想が必要と解されるところ,上記の理由は実験方針の転換の動機
付けとして不十分であるし,不自然であることを否定できない。したが
って,原告の上記主張を採用することはできない。
また,原告は,H−2遺伝子がSLE病態に与える影響という壮大な
研究テーマの下に,従前から研究を行い,平成10年に一定の成果を結
実させた原告の次の研究テーマがNZBマウス系のH−2遺伝子型とS
LEとの関係であり,BXSBマウスとNZB.GDマウス等との交配
も,原告の一連の研究活動の中で行われた旨等を主張する(前記第3の
1〔原告の主張〕(2)ケ)。
しかし,前記のとおり,BXSBマウスを母親に指定して交配を行う
本件各マウスの作製実験は,原告の従前の研究とはSLE病態とH−2
遺伝子の関係の解明という点では一致するものの,交配するマウスの選
択の点において相当程度異質なものであることは否定できないし,原告
の側にBXSB雌マウスを使用して交配を行おうと試みる契機を見出す
ことも困難であるから,本件各マウスの作製実験が原告の一連の研究活
動の中に含まれているとは一概にいうことができず,原告の上記主張を
採用することはできない。
なお,前記(2)のとおり,SLE等の自己免疫疾患は,複数の遺伝子
の相互作用によって発現する複雑な疾患であり,現にYaa遺伝子が,
H−2遺伝子が存在する第17染色体にない遺伝子であることにかんが
みると,H−2遺伝子以外の遺伝子がSLEの発症に関係する可能性が
あることは否定できないから,単にH−2遺伝子とSLE病態との関係
の解明とか,H−2遺伝子中のEa亜領域の遺伝子とSLE病態との関
係の解明といった点のみから,BXSB雌マウスを使用する交配の着想
に至るとすることは困難である。
(イ)原告は,原告がNZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1
マウスがSLEを発症するためには,同F1マウスのH−2遺伝子型が
d/zヘテロになることが必要であるとの命題を定立したことはなく,
被告乙Bがこの命題との抵触を回避すべく別個の研究を行ったことはな
い旨を主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(6)ウ(ウ))。
しかしながら,原告及び丙A前教授は,昭和58年の論文発表(前記
1(3)ア)以降,作製されるF1マウスのH−2遺伝子型がd/zヘテ
ロとなるものが生じるよう,あるいはH−2遺伝子型がd/zヘテロと
なる組合せのF1マウスと比較できるよう,各種の組合せを採用して繰
り返し交配実験を行っており(前記1(3)ウないしカ及び(4)サ等),か
つ丙A前教授の報告(前記1(3)キ)においても,その後の原告が発表
者又は執筆者の1人となった研究発表等(前記1(4)ウ,オ,ヌ,ネ,
(5)サ)においても繰り返しNZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配
したF1マウスがSLEを発症するためには,同F1マウスのH−2遺
伝子型がd/zヘテロになることが必要である旨を強調してきており,
かつ原告自身が説明して丙H弁理士が作成した明細書中にすら「主要組
織適合遺伝子複合体(中略)の遺伝子型が,NZBマウス由来のH−2
がd型とNZWマウス由来のH−2がz型であり,F1マウスではd/
zヘテロ型になっていることが必要であることを,1983年に本発明
者は世界に先駆けて証明している。」と明言しているところであるから
(前記1(5)ウ(ウ)b),原告において,上記命題を定立していたとい
うべきである。そして,前記1(4)クのとおり,被告乙Bは,原告の上
記命題との抵触を回避するため,従前のマウスの組合せとは全く異なっ
た組合せである,BXSB雌マウスを用いた交配を試みようと考えたの
であり,また,同被告の定立した仮説ないし命題は,NZBマウスとN
ZWマウスとの組合せによる交配において,作製されたF1マウスのH
−2遺伝子型がd/zヘテロではなくても,E分子の発現がなければ重
篤なSLEを発症するというものであったから,原告の上記命題と両立
しないことは明らかである。したがって,原告の上記主張を採用するこ
とはできない。
(ウ)なお,原告は,平成11年に丙A前教授とともに順天堂大学(アト
ピー疾患研究センター)に対してした研究費の申請は,原告の研究に関
するものであって被告乙Bの研究に関するものではない旨を主張する
(前記第3の1〔原告の主張〕(6)ウ(キ))。
しかし,生医学雑誌の著者資格として,「単なる研究資金の調達(中
略)は,正当な著者資格としては認められません。」とあることから明
らかなように(前記1(6)イ(ア)),そもそも研究費の調達と研究成果
ないし発明に対する特許を受ける権利の帰属は関連しないのであって,
誰の名義で研究費を受けているかによって研究成果ないし特許を受ける
権利が帰属する者を決することができるわけではない。のみならず,前
記1(4)ケ認定のとおり,上記研究費の申請の前後にされた他の研究費
の申請とは異なり,研究分担者欄に原告の氏名が全く記載されておらず,
かつ他の研究費申請が日本学術振興会等に対してされているのとは若干
様相を異にしている。また,同被告は日本語の使用が不自由であること
にかんがみると,原告が申請書類の作成を行ったり,申請手続を一部代
行したり,あるいは申請書類ないしその文書ファイルが手元にあるから
といって,申請された研究費に係る研究が原告の研究に属することにな
るわけでもない。そうすると,上記研究費が原告の研究に関するものと
いうことはできず,前記1(4)ケ認定のとおり,同被告が計画した研究
に関するものであったというべきである。
エ小括
以上のとおり,原告は,本件マウス④及び⑥−1についての研究成果を
最初に得たとはいえないし,同マウスの作製に係る発明の真の発明者とも
いうことができない。
(4)本件マウス⑤及び⑥−2について
ア原告が研究成果を得たか否か
(ア)本件全証拠によっても,複数匹の本件マウス⑤が得られた平成14
年9月5日以前はもとより,研究成果ないし発明が完成した平成15年
1月20日ころより以前に,原告が,被告乙Bに対し,本件マウス⑤の
作製について,科学的,学術的ないし技術的に明確な目的の下に,具体
的な着想を提供した事実又は親となるべきマウスの種類を具体的に特定
して交配方針や所要の実験を指示した事実は認められない。
同様に,複数匹の本件マウス⑥−2が得られた平成14年9月5日以
前はもとより,研究成果ないし発明が完成した平成15年2月26日こ
ろより以前に,原告が,同被告に対し,科学的,学術的ないし技術的に
明確な目的の下に,具体的な着想を提供した事実又は親となるべきマウ
スの種類を具体的に特定して所要の実験を指示した事実は認められない。
(イ)前記(3)アのとおり,平成11年8月ころまでの間に原告や丙A前
教授が行っていた交配は主としてNZBマウス,NZWマウスやこれら
のコンジェニックマウスによる交配であって,BXSBマウスを使用し
た交配もその雄マウスを使用した交配にとどまっていたものであり,前
記1(4)マ認定のとおり,本件講座においては相当年月が経過した平成
14年末ころに至ってもBXSB雌マウスの発注が極めて低水準であっ
たことからすると,その後もかかる状況には変化がないことが窺われる。
そして,平成11年8月以後同15年1月20日ころまでの間におい
て,原告が積極的にBXSB雌マウスを母親とする交配につき検討し,
同被告に対し,本件マウス⑤の交配実験につき,科学的,学術的ないし
技術的に明確な目的の下に,具体的な着想の提供ないし交配方法の具体
的な指示等を行ったことを認めるに足りる証拠はない。本件マウス⑥−
2の交配実験に関しても,同様に,平成11年8月以後同15年2月2
6日ころまでの間において,原告が積極的にBXSB雌マウスを母親と
する交配につき検討し,同被告に対し,本件マウス⑥−2の交配実験に
つき,科学的,学術的ないし技術的に明確な目的の下に,具体的な着想
の提供ないし交配方法の具体的な指示等を行ったことを認めるに足りる
証拠はない。
他方,NZB.GDマウスとNZB.GDrマウスとは関連して樹立
されたマウス系のマウスであって,両者の遺伝子型の違いは遺伝子組換
えが生じた一部の亜領域の遺伝子にあるのみであるから,前者とBXS
B雌マウスとの交配を試みた後であれば,後者とBXSB雌マウスとの
交配を試みることは,極めて自然にされた研究の進展であるといい得る。
イ被告乙Bの発明者性
被告乙Bは,前記(3)のとおり,E分子のSLE病態抑制効果の発見及
び確認の過程を通じて順次メカニズムの解明を進め,主としてE亜領域の
遺伝子型に着目してNZB.GDrマウスをも使用した以後の実験を計画
したりした(前記1(4)テ)。
そして,遅くとも平成13年10月27日ころにされた前記1(4)トの
研究経費申請においては,研究代表者として被告乙Bの氏名があること,
その研究課題が同被告らがアトピー疾患研究センターから得た研究経費を
もとに行った研究によって得た前記(3)イの知見を深化させてSLEの発
症機構をさらに解明しようとする意図に基づいて設定されたものであるこ
とからすると,上記研究経費申請は同被告の研究に関するものであると認
められる。
前記1(4)ナ認定のとおり,その翌月である平成13年11月12日に
同被告が作成した表(別表4)は,それまでに行った交配をも含めて総括
するとともに今後実施すべき交配の構想を示したものであると認められる
が,同表29番で本件マウス⑤(ただし,性別が区別して記載されていな
いので,同一の交配から作製される本件マウス②も含まれている。)が今
後実施すべき交配の1つとして挙げられている。そうすると,遅くとも同
日の時点で,同被告がSLE病態を解析するための交配実験として,本件
マウス⑤を作製する交配実験を構想していたことが認められる。もっとも,
後記ウのとおり,NZB.GDrマウスは繁殖が困難で,当時においては
H−2遺伝子型がg2rホモのNZB.GDrマウスの数は限られていた
から,本件マウス⑤及び⑥−2の交配実験においては,H−2遺伝子型が
g2r/dヘテロのマウスをも使用することが予定されていたと推認する
ことができる。
被告乙Bは,このように,F1マウスの交配の組合せを総括して本件各
マウスが含まれる交配の計画を練るなどした(前記1(4)ナ)後,前記1
(4)ニのとおりの交配実験を行い,本件マウス⑤及び⑥−2のSLE発症
を確認したものである。
被告乙Bは,E分子のSLE抑制効果の発見及び確認並びにそのさらな
るメカニズムの解明という一連の過程で,本件マウス⑤及び⑥−2のSL
E発症に係る研究成果を獲得し,上記各マウスのSLE発症モデルマウス
としての発明を完成させたというべきである。
よって,同被告が本件マウス⑤及び⑥−2に係る研究成果を獲得し,か
つ上記発明を完成させた者であるというべきである。
ウ原告の主張について
他方,原告は,NZB.GDr雌マウスの数に限りがあったので,NZ
B.GDr雌マウスとBXSB雄マウスとの交配をするだけでなく,反対
の組合せ,すなわち,BXSB雌マウスとNZB.GDr雄マウスとの交
配を行うことにし,かつBXSBマウスのSLE病態に対するE亜領域の
遺伝子の役割を,Yaa遺伝子との関係も考慮した上で明らかにすべく,
遅くとも平成13年末ころ,被告乙Bに対してBXSB雌マウスとNZB.
GDr雄マウスとの交配を指示した旨等を主張する(前記第3の1〔原告
の主張〕(4)ア)。
前記1(3)キ(キ)認定のとおり,丙A前教授等がニュージーランドマウ
スのコンジェニックマウスの増殖・維持に非常な困難が伴う旨の発言をし
ていることにかんがみると,NZB.GDrの増殖自体が容易ではないこ
とが容易に推認できるところである。
しかしながら,BXSB雄マウスではなくBXSB雌マウスを使用して
交配すると,当時既にSLE病態への関与が明らかになっている,性染色
体上のYaa遺伝子が承継されないから,実験方針の転換を動機付ける格
別の着想が必要と解されるところ,NZB.GDr雌マウスの数に限りが
あるということや,BXSB雄マウスとNZB.GDr雌マウスとを交配
したF1マウスの比較例とするということだけでは,実験方針の転換の動
機付けとして不十分であるし,不自然であることを否定できない。また,
従前は未解明であったE分子がSLE発症に果たす役割の解析の必要とい
うのみでは,余りに漠然としており,原告が指示をしたと主張する平成1
3年ころ以前に,既に被告乙BによってBXSB雌マウスとNZBコンジ
ェニック雄マウスとを交配することによりSLEの病態を観察する研究が
進められ(前記1(4)コ及びソ),E分子の果たす役割につき既に本件講
座から多数の研究発表がされていることにかんがみると,かような漠然と
した理由の下に同被告に対する指示がされたのかは極めて疑わしい。
したがって,原告の上記主張を採用することはできず,また,本件マウ
ス⑤及び⑥−2が原告の一連の研究活動の中にあるといえないことは,前
記(3)ウ(ア)と同様である。
なお,被告乙Bが作成したマウス台帳にもともとBXSB雄マウスとN
ZB.GD雌マウスないしNZB.GDr雌マウスとの交配実験の結果も
合わせて収録され,かつ表紙の題にかかる組合せの交配についても記載さ
れていたとしても,これらのことの一事をもって原告の具体的な着想の提
供ないし交配実験の方針について,科学的,学術的ないし技術的に明確な
目的の下に,具体的な指示があったとは到底いうことができず,上記結論
を左右するものではない。
エNZB.GDrマウス系の樹立者について
(ア)ところで,本件において争点となっているのは,NZB.GDrマ
ウスを使用した交配に係る研究成果を最初に得たか否か,同交配に係る
発明をしたか否かであって,NZB.GDrマウスは,上記研究成果等
の獲得に必要不可欠な実験材料たる位置を占めるにすぎないものである
が,原告の主張が,その樹立ないしこれに係る発明が原告に帰属し,そ
の結果,上記研究成果ないし発明の一部を構成するとの趣旨のものと解
する余地があるので,以下,念のため,NZB.GDrマウス系の樹立
を行った者ないし同樹立に係る発明を行った者は誰かを検討する。
(イ)前記1(4)ツのとおり,NZB.GDrマウスは,被告乙Bが他の
マウス系であるNZW.GDマウスの遺伝子を解析中に,同マウスの遺
伝子組換えを偶然発見したことから,他のコンジェニックマウス系にも
遺伝子組換えが生じている可能性に思い至り,遅くとも平成13年1月
13日にそのH−2遺伝子型g2r/dヘテロの雄マウスを確認したこ
とに基づいて偶然に樹立されたものである。
(ウ)この点,原告は,予め確率的な考察を行い,リコンビナント・コン
ジェニックマウスの出現の可能性を予測してNZB.GDマウスの退交
配作業を行わせた旨を主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(2)ク)。
なるほど,本件講座の構成員丙Zの陳述書(甲70)中には,「NZ
B.GDrを作成する際,NZB.GDをNZBにバッククロス(退交
配)していますが,これはH−2E分子α鎖よりテロメア側でのリコ
ンビネーションを予測しての実験であることは自明のことで,組み換え
体をどう同定するかという実験がデザインされていることを考えれば,
NZB.GDrが作成され得ることを予測しているのは言わずもがなの
ことです。」と,原告の上記主張に沿う部分がある。
しかしながら,原告が目指すべき遺伝子組換え後の遺伝子の内容につ
き具体的な目標を設定した事実を認めるに足りる証拠はないし,被告乙
Bらに対して特定の遺伝子組換えの予測を表明した事実を認めるに足り
る証拠もない。前記1(4)ツのとおり,原告が丙Eに対しTNFa亜領
域の遺伝子の判定を指示したのは,最初にNZB.GDrマウス(ただ
し,そのH−2遺伝子型はg2r/dヘテロである。)が発見された平
成13年1月13日から約1年3か月も経過した早くとも平成14年1
0月のことであって,この時点では既に多数のNZB.GDrマウスが
誕生しており,同マウス系の樹立がほぼ完成していた時期のことである
から,この時期の遺伝子型判定をもってリコンビナント・コンジェニッ
クマウスの発見のための作業とみることは困難である一方,平成13年
の早い時期に原告が丙E等に対してTNFa亜領域の遺伝子型の判定等
を指示した事実を認めるに足りる証拠はない。むしろ,同被告が多数の
交配マウスに総花的に行っている,抗原抗体反応を用いた各亜領域の遺
伝子型判定によっても,前記1(4)ツのとおり,Ea亜領域の遺伝子組
換えの発生を発見し得るのであって,丙Eが原告に指示されて行ったT
NFa亜領域の遺伝子型判定は,遺伝子組換えの発生を念押しとして確
定したものと評価することができる。そうすると,上記丙Zの陳述書の
記載部分は,同人の推測を述べたにすぎないものであって,措信し難い。
また,丙A前教授の陳述書(甲52)中にも,原告の上記主張に沿っ
た部分があるが(7頁),やはり抽象的な言及に止まるものであって,
措信し難い。
科学研究費補助金研究成果報告書(甲17の2)では,SLE病態抑
制がE分子の発現そのものに由来しているのか否かを解析する必要があ
るので,H−2リコンビナント・コンジェニックマウス系の樹立を進め
ている旨が記載されており,上記原告の主張に沿うものである(なお,
前記第3の1〔原告の主張〕(3)イの主張にも沿う。)。しかし,同報
告書が作成され,提出されたのは平成14年3月のことであって,マウ
ス台帳(甲36)によれば,この時点では既に相当数のNZB.GDr
マウスが誕生していることが認められるから,仮に上記記載部分が原告
の主観を表明したものであるとしても,上記報告書中の記載をもって原
告が事前にNZB.GDrマウス系の樹立を予測していたということは
できない。むしろ,かかる記載部分は,NZB.GDrマウス系に属す
るマウスを多数誕生させて,同マウス系の樹立作業を完了させつつある
ことを暗に示すものにすぎないというべきである。そして,この結論は,
研究計画調書(遅くとも平成13年10月27日ころに作成。前記1
(4)ト。甲57の1ないし3)中の記載部分についても同様である。
また,前記1(3)カのとおり,原告平成4年メモ(甲25の2)では,
F1マウスのEa亜領域の遺伝子型がbホモになる組合せができるよう,
Ea亜領域の前で遺伝子組換えを起こすアイデアが示されているが,同
メモで開示されているのは,NZWコンジェニックマウスにおける遺伝
子組換えであって,NZB.GDマウスにおける遺伝子組換えとは基礎
となるマウス系の種類がNZWマウス系(H−2遺伝子型はz型)かN
ZBマウス系(H−2遺伝子型はd型)かの点で大きく異なる。
そうすると,原告が平成4年メモに上記構想を書き留めておいたこと
があったからといって,NZB.GDrマウスの樹立を事前に予測した
り,その遺伝子型を特定して目標を立て,それに従った交配の方針を具
体的に指示したとはいえないから,NZB.GDrマウスの研究ないし
発明の着想としては不十分な,抽象的なアイデアにとどまるというべき
である。
結局,原告が平成13年1月以前にNZB.GDマウスの遺伝子組換
えを予測した事実を認めるに足りる証拠はないし,仮にかかる予測の事
実があったとしても,同被告らに対し,Ea亜領域とTNFa亜領域と
の間で遺伝子が組み換わったリコンビナント・コンジェニックマウスが
出現するよう注意を促す等の行為をした事実を認めるに足りる証拠はな
い。
なお,原告が最初に遺伝子組換えが生じたマウス(362番)の先祖
となるマウスを作製ないし維持管理していたからといって(前記第3の
1〔原告の主張〕(6)ウ(カ)),原告がNZB.GDrマウスに係る研
究成果を最初に得たと評価されたり,発明に対する創作的関与をしたと
評価されることになるものではない。原告が他の研究者との交際を通じ
て入手した特殊な細胞ないし抗体を用いて同被告が実験を行ったとして
も,あるいは原告が長期間にわたって精力を傾けた特殊なコンジェニッ
ク・マウス等を同被告が利用して実験を行ったとしても,そのことのみ
では,上記と同様に,原告が研究成果の獲得等に対して積極的な評価を
受けるものではない。
(エ)そうすると,原告がNZB.GDrマウスを樹立したとも,同マウ
スの作製に係る発明につき技術的思想の創作行為に現実に加担したとも
いうことができない。
他方,前記(イ)のとおり,被告乙BがNZB.GDrマウスを樹立し,
かつ同マウスの作製に係る発明につき技術的思想の創作行為に現実に加
担したというべきである。
したがって,仮にNZB.GDrマウスの樹立ないしこれに係る発明
が本件マウス⑤及び⑥−2に係る研究成果ないし発明の一部を構成する
と解する余地があるとしても,原告が科学的ないし学術的な思想の創作
行為に現実に加担したとはいえないから,その研究成果を最初に得たと
いうことはできないし,また,技術的思想の創作行為に現実に関与した
ということはできず,その真の発明者に当たるとはいえない。
オ小括
結局,原告は本件マウス⑤及び⑥−2についてはもちろん,NZB.G
Drマウス系の作製ないし樹立についても,科学的ないし学術的思想の創
作行為に現実に加担したとはいうことができないし,技術的思想の創作行
為に現実に加担したともいうことができない。したがって,原告は上記各
マウスについての研究成果を最初に得たとはいえないし,同マウスの作製
に係る発明の真の発明者にも当たらない。
原告が上記各マウスに係る科学的ないし学術的な思想又は技術的思想の
創作行為に関して行っていたのは,本件講座の管理者として,あるいは構
成員を一般に指導して研究者としての成長を促す教育者として,一般的又
は包括的な管理行為にとどまっていたのであり,それを超えて,具体的な
指示を下し,上記創作行為に現実に加担したものとみるべき事情は存しな
い。
以上のとおり,原告は,本件マウス⑤及び⑥−2についての研究成果を
最初に得たとはいえないし,同マウスの作製に係る発明の真の発明者とも
いうことができない。
(5)本件マウス①ないし③について
ア原告が研究成果を得たか否か
本件全証拠によっても,複数匹の本件マウス①ないし③が得られた日よ
り以前はもとより,同各マウスに係る研究成果ないし発明のうち最も遅く
完成した同各マウスのRA発症の有無及び程度に係る研究成果ないしRA
発症モデルマウスとしての発明の完成時である平成15年5月7日より以
前に,原告が,被告乙Bに対し,本件マウス①ないし③の作製について,
科学的,学術的ないし技術的に明確な目的の下に,具体的な着想を提供し
た事実又は親となるべきマウスの種類を具体的に特定して交配方針や所要
の実験を指示した事実は認められない。
前記(3)アのとおり,平成11年8月ころまでの間に原告や丙A前教授
が行っていた交配は主としてNZBマウス,NZWマウスやこれらのコン
ジェニックマウスによる交配であって,BXSBマウスを使用した交配も
その雄マウスを使用した交配にとどまっていたものであり,前記1(4)マ
認定のとおり,本件講座においては相当年月が経過した平成14年末ころ
に至ってもBXSB雌マウスの発注が極めて低水準であったことからする
と,その後もかかる状況には変化がないことが窺われる。
そして,平成11年8月以後同15年5月7日までの間において,原告
が積極的にBXSB雌マウスを母親とする交配につき検討し,同被告に対
し,本件マウス①ないし③の交配実験につき,科学的,学術的ないし技術
的に明確な目的の下に,具体的な着想の提供ないし交配方法の具体的な指
示等を行ったことを認めるに足りる証拠はない。
原告が上記各マウスに係る科学的ないし学術的な思想又は技術的思想の
創作行為に関して行っていたのは,本件講座の管理者として,あるいは構
成員を一般に指導して研究者としての成長を促す教育者として,一般的又
は包括的な管理行為にとどまっていたのであり,それを超えて,具体的な
指示を下し,上記創作行為に現実に加担したものとみるべき事情は,後記
のとおり存しない。
イ被告乙Bの発明者性
他方,被告乙Bは,前記1(4)チ及びテないしナ認定のとおり順次検討
を進めて考察を深め,同ニのとおり,同被告は,本件各マウスの組合せで
多数の交配F1マウスを作製した結果,いずれも雄マウスである本件マウ
ス①ないし③がRA及びSLEを発症することを発見し,かつその間に前
記1(4)ニ(カ)認定のとおりの法則性があることを発見したものである。
そうすると,同被告が本件マウス①ないし③に係る科学的ないし学術的
な思想の創作行為及び技術的思想の創作行為を現実に行ったもので,同各
マウスについての研究成果を最初に得,かつ同各マウスの作製に係る発明
についての真の発明者であるというべきである。
なお,前記1(4)ニ(キ)認定のとおり,同被告は市販の通常のBXSB
雌マウスと市販の通常のNZB雄マウスを交配したF1雄マウスのRA発
症についても,自らの着想に基づいて交配及び病態観察等を行っているか
ら,上記組合せによる交配のマウスについて科学的ないし学術的な思想の
創作行為及び技術的思想の創作行為を現実に行ったもので,同マウスにつ
いての研究成果を最初に得,かつ同マウスの作製に係る発明についての真
の発明者であるというべきである。
ウ原告の主張について
原告は,被告乙Bが病気療養中の平成12年8月に観察したH−2遺伝
子型がbホモ型のNZWコンジェニック雌マウスとNZB.GD雄マウス
とを交配したF1マウスにRA発症が偶然に観察されたことから,BXS
B雌マウスとNZB.GD雄マウスないしNZB.GDr雄マウスとを交
配したF1マウスにもRAが生じるのではないかと着想して,平成15年
3月ないし4月ころ,同被告にRA発症の確認を指示した旨主張する(前
記第3の1〔原告の主張〕(3)エ,(4)イ,ウ)。
確かに,前記1(4)サ認定の4727番のF1雌マウスが原告の主張す
る,NZB.GD雌マウスとH−2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニ
ック雄マウスとの交配雌マウスであるとすると,甲第26号証のうちの上
記F1雌マウスに係る記載部分は原告の主張に沿うものである。そして,
このF1雌マウスのEa亜領域の遺伝子型は,g2型H−2遺伝子由来の
b型及びb型H−2遺伝子由来のb型からなるbホモであるから,E分子
が形成されず,またAa及びAb亜領域の遺伝子型はいずれもb/dヘテ
ロである一方,BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配したF
1マウスでも,Ea亜領域の遺伝子型がbホモになってE分子が形成され
ず,Aa及びAb亜領域の遺伝子型はいずれもb/dヘテロとなるから,
Aa,Ab及びEa亜領域の遺伝子型において両F1マウスはよく符合す
る。
なお,前記1(4)ソの論文(甲47の3)に記載されているとおり,上
記4727番のマウスがH−2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニック
雌マウスとNZB.GD雄マウスとの交配F1マウス(上記とは雌雄逆の
組合せ)であったとしても,同様によく符合する。
また,丙Eの陳述書(甲33)中には,原告の上記主張に沿った部分が
ある(2頁)。
しかしながら,前記1(4)タ認定のとおり,本件講座では少なくとも平
成6年7月ころから2度目のNZB.GDマウスの作製を開始し,遅くと
も上記4727番のマウスが作製された平成11年11月当時にはNZB.
GDマウス系は完全に樹立されて,実験のために専ら維持される段階に至
っていたものと推認できるところ,前記1(4)コ認定のとおり,これは被
告乙BがBXSB雌マウスを使用した交配実験でE分子が発現しないこと
によって重篤なSLEが発症するとの実験結果を得たのとほぼ同時期であ
り,かつ前記1(4)ソ認定のとおり,その後しばらく経った平成12年1
1月に,同旨の研究発表を行ったものである。しかも,前記1(4)チ認定
のとおり,原告は類似の交配に関してスライド(甲73の1,2)の提出
を受ける等,RA発症に相当強い関心を寄せていたものである。そうする
と,原告としては,遅くとも平成12年末ころには,E分子が発現せず,
Aa及びAb亜領域の遺伝子型がb/dヘテロとなる組合せを検討し,B
XSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配してF1マウスを作製し,
RAの発症の可能性を探るのが当然と考えられるところ,原告の上記主張
に従うと,上記4727番のマウスがRAを発症した時点から起算して2
年半強,平成12年末から起算しても2年強も経ってから突然にRAの有
無の点検を指示していることになるのであって,極めて不自然である。
しかも,上記4727番のマウスはNZB.GDマウスとNZWコンジ
ェニックマウスとを交配したF1マウスであって,本件マウス①ないし③
がBXSBマウスとNZB.GDマウスないしNZB.GDrマウスとい
ったNZB系コンジェニックマウスとを交配しているのとは,使用してい
るマウスの種類ないし系統が相当異なるものである。また,上記4727
番のマウスは雌マウスであったところ,本件マウス①ないし③はすべて雄
マウスであって,性別が異なる。さらに,上記スライドによると,RAの
発症率は5又は7パーセント程度と極めて低く,かつ同スライド中のマウ
スの系統樹からRA発症に関し一定の規則性を見出すことは極めて困難で
ある。そうすると,遺伝的には前記のとおりの考察が可能であるとしても,
上記4727番のRA発症から何らの契機となる出来事もないのに,突然
平成15年3月ないし4月ころに,本件マウス①ないし③等のRA発症の
可能性に思い至るというのは,極めて不自然といわざるを得ない。
しかも,上記丙Eの陳述書中には,原告が同被告に対し,「乙bさん
(乙B助手)に維持してもらっているコンジェニックマウスの中で四肢に
リウマチ様の症状が起こっているマウスはいないかどうか確認して」との
指示を出した旨が記載されているが,同被告は管理スペースが足りなくな
るほど多数のマウスを管理しているし,本件マウス①ないし③は,NZB.
GDマウスやNZB.GDrマウスなどと異なって単純に交配を繰り返し
て維持しているものではなく,交配実験の結果生じた1代限りのマウスで
あるから,仮にかかる指示をした事実があったとしても,漠然としていて,
本件マウス①ないし③を含む特定のマウスを指して指示しているかは疑問
である。
加えて,前記1(4)ニ(エ)のとおり,平成14年12月,原告は同被告
に対し,交配雄マウスを処分するよう指示しており,BXSB雌マウスを
用いた交配について関心があったとはいい難い。
以上によれば,上記丙Eの陳述書の該当部分は信用できず,原告の上記
主張のうち少なくとも平成15年3月ないし4月ころのRA点検指示に係
る部分を採用することはできないというべきである。
なお,前記1(4)ニ(エ)のとおり,同被告はマウス台帳(甲49,乙
7)の64番のマウスの欄に後から書込みをしていることを自認している
が,同被告が原告の特許願作成について原告に交付した書面(乙2)中に
も,原告が雄マウスを全部処分するよう指示した旨が記載されているから,
上記書込みの事実は,原告の殺処分の指示の事実に係る上記結論を左右す
るものではない。
エ小括
以上のとおり,原告は,本件マウス①ないし③についての研究成果を最
初に得たとはいえないし,同マウスの作製に係る発明の真の発明者ともい
うことができない。
(6)その余の原告の主張について
ア原告は,被告乙Bが原告から独立して活動する研究者ではなく,実務担
当者にすぎないなどと主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(6)ア)。
しかし,前記第2の2(1)ウのとおり,同被告は各種学会の会員となっ
ており,前記第4の1(4)のとおり,自ら研究計画を立案し,同計画に従
って数々の研究を進め,多数の論文を発表する等しているから,原告が助
教授で同被告が助手であるからといって,実験用マウスの飼育実務等を機
械的に行う実務担当者にとどまるものではなく,原告と独立して活動する
研究者ということができる。実験用マウス等の購入に原告の許可印ないし
承認印の押なつが必要であるとしても,それは原告が物品を最終的に管理
してきたからにすぎないものと推認でき,研究成果等の帰属とは無関係で
ある。
イ原告は,被告乙Bは原告らが獲得した研究費を使用し,原告のアイデア
と指導に基づいて研究を行ったもので,自ら研究成果を得たわけではない
旨を主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(6)イ)。
そもそも研究成果ないし発明に係る特許を受ける権利の帰属と研究費の
調達とは無関係であるが,前記第4の1(4)のとおり,同被告も自らの研
究に関して研究費を受けており,必ずしも原告のアイデアと指導の下での
み機械的に実験を行ったわけではないから,原告の上記主張は失当である。
ウ原告は,被告乙Bに対し,独自に研究を行い得る研究素材として実験用
マウスを与えたことはないなどと主張する(前記第3の1〔原告の主張〕
(6)ウ(エ))。
しかし,仮に実験用マウスの所有権が原告にあるとしても,それを使用
して得られた研究成果の帰属の問題は全く別であって,その使用目的が原
告の指示に反するからといって研究成果等が原告に帰属することになるわ
けではなく,原告の上記主張は失当である。なお,マウス台帳の作成は,
事務の効率や担当者の管理方法等の観点から様々に異なり得るものであっ
て,同被告が従前のマウス台帳の続きに記録をつけていたとしても,その
ことのみによって記録された研究成果等が原告等に帰属することになるわ
けではない。
エ原告は,平成15年5月6日の本件講座で行われた説明会で発表したの
は原告であり,説明用のスライドを作成したのも原告である旨などを主張
する(前記第3の1〔原告の主張〕(6)ウ(ケ))。
しかしながら,前記1(4)フのとおり,上記説明会で研究成果を発表し
たのは被告乙Bであると認められ,原告がこの発表を行ったと認めるに足
りる証拠はない。
また,原告が作成したと主張する説明用のパワーポイントのスライドの
ファイル「RA-story」は変更日のみならず作成日も平成15年5月13日
となっており,かつ原告のパソコン内の「関節症」フォルダには,他に上
記説明会のために作成された説明用のパワーポイントのファイルが見当た
らないから(甲78の1),同月6日以前に作成されたファイルを単純に
上書きしたとはいい難いし,ファイルの名前を変更して保存し直したとも
いい難い。原告が上記スライドとして提出する甲第78号証の3は,相当
詳細な内容のものであるところ,そのうちスライド15には,NZB雌マ
ウスとBXSB雄マウスとを交配したF1雄雌マウス及びBXSB雌マウ
スとNZB雄マウスとを交配したF1雄雌マウスの各月齢における蛋白尿
の発症率のグラフが,スライド16には上記各F1マウスの各月齢におけ
るRAの発症率のグラフがそれぞれ記載されている。同被告が市販のBX
SB雌マウスとNZB雄マウスとを交配してF1マウスを誕生させたのは
上記説明会の日からわずか1か月弱前の同年4月15日以後のことである
から(乙7),上記各グラフ中で記載されているBXSB雌マウスを使用
した交配はH−2遺伝子型がg2/dヘテロのNZB.GD雄マウス又は
H−2遺伝子型がg2r/dヘテロのNZB.GDr雄マウスとによるも
のであると推認される。上記説明会の時点では,原告は同被告からこれら
のマウスによる交配マウスが記載されたマウス台帳(甲49,乙7)の開
示を受けていないし,マウスの系統樹につき詳細な説明を受けているわけ
でもないのに,SLE及びRAを発症したマウスの数まで把握しないと作
成できないグラフを原告が上記説明会の前に作成したとするのは不自然で
ある。
以上にかんがみると,甲第78号証の2は上記説明会以前に作成された
ものとはいえず,かえって,上記説明会及び同被告の原告に対する説明
(上記説明会の翌日である同月7日)の後に作成されたものと推認され,
原告の上記主張は採用できない。
オ原告は,被告乙Bが実験のオリジナルデータを保管していることが,同
データに係る研究成果等が同被告に帰属することを裏付けるものではなく,
原告の求めに応じて資料等を返還したことは,研究成果等が同被告に帰属
しないことを示すものである旨を主張する(前記第3の1〔原告の主張〕
(6)エ)。
しかし,オリジナルデータを誰が,どのように保管しているかは,事情
にすぎないし,同被告が資料やデータ等を原告に引渡したからといって,
研究成果等が原告に帰属することになるわけでもない。前記1(5)シのと
おり,同被告は,順天堂大学の関係者の勧めに従って,紛争を穏便に解決
するため,資料等を引渡したにすぎないものであった。
カそして,これらのほかに,前記(3)ないし(5)の結論を左右するに足りる
原告の主張又は立証は存しない。
原告が縷々主張する事情は,前記(1)の真の発明者に当たらない者のう
ち,具体的着想を示さずに単に通常の研究テーマを与えたり,一般的ない
し抽象的な指導又は助言を与えた,発明者に対して一般的管理をしたにす
ぎない単なる管理者か,資金の調達や施設設備及び実験用マウス等の物品
の利用の便宜を図った単なる後援者に当たることをいうにすぎないものと
評価できるものである。
(7)まとめ
以上のとおり,原告は,本件各マウスについての科学的ないし学術的思想
の創作行為に現実に加担したとはいえないから,研究成果を最初に得たとい
うことはできず,また,本件各マウスに係るRA発症モデルマウスないしS
LE発症モデルマウスとしての発明に係る技術的思想の創作行為に現実に加
担したということもできないから,同発明の真の発明者にも当たらない。
4争点(2)(被告らによる研究発表が原告の研究成果を奪う不法行為となるか
否か)について
(1)前記3(7)のとおり,原告が,本件各マウスについての研究成果を最初に
得たということができないから,被告らによる本件各研究発表が原告の研究
成果を奪ったとはいえない。
前記3(1)のとおり,学会での研究発表における発表者ないし論文におけ
る著者として,その氏名を挙げるべき者は,少なくとも,前記基準によって
最初に研究成果を得た者に当たる者のほか,論文作成行為のうち知的創作行
為に実際に貢献した者に限られるというべきである。
被告乙Aの陳述書(乙34)及び被告乙Bの陳述書(乙35)によれば,
本件各研究発表に係る各原稿に関しては,被告乙Bが専ら作成し,被告乙A
において点検を行い,日本語の使用が不自由な被告乙Bのために文章の修正
を行ったことが認められ,原告は上記各原稿の作成及び修正について関与し
ていないことが認められる。
そうすると,原告は上記各原稿の作成行為のうち知的創作行為に全く関与
していないから,学会での研究発表における発表者ないし論文における著者
として,その氏名を挙げられるべき者に当たらないといわざるを得ない。
(2)原告は,本件各研究発表に対する関係では,前記1(6)イの勧告にいう,
「所属機関の長というだけで,実際的な寄与のない人」,同イの統一規定に
いう,「単なる研究資金の調達」をした者や「研究グループの統括監督」を
した者,「学部の教授の立場での総括的な漠然とした支援のように,(中
略)謝意を表す必要のある貢献」,「専門的助力」ないし「援助の性質を明
記すべき経済的及び物質的な援助」をした者というべきであり,論文の著者
としてその氏名を挙げることが不適切な者ないし論文中の謝辞に止めること
が適当な者というべきである。
結局,被告らが本件各研究発表をした行為は,原告の研究成果を奪う不法
行為であるとはいえないし,原告の法的な利益を侵害する不法行為であると
もいうことができない。
(3)もっとも,被告乙Aの陳述書(乙34)によれば,同被告の専門は病理
学及び腫瘍学であって,マウスのMHCに係る研究に関しては専門外である
ことが推認できるから,同被告が被告乙Bの原稿を点検した行為が,概ね形
式的な点に止まっていたことは明らかである。
したがって,被告乙Aもまた,上記各研究発表に関し,前記1(6)イの勧
告にいう,「所属機関の長というだけで,実際的な寄与のない人」,同イの
統一規定にいう,「学部の教授の立場での総括的な漠然とした支援のように,
(中略)謝意を表す必要のある貢献」をした者というべきであり,論文の著
者としてその氏名を挙げることが不適切な者ないし論文中の謝辞に止めるこ
とが適当な者である。また,被告乙Aの氏名を発表者の1人として本件各研
究発表において掲げることは,同ウの研究者行動規範にいう「名誉著者とし
て,実際に貢献をしていない人の名前を入れる」ことに当たり,同規範にい
う「広義の研究ミスコンダクト」に当たるというべきである。
そうすると,被告乙Bから要請を受けたにもかかわらず,原告が被告乙A
とともに発表者として氏名を記載することを拒絶し,その後被告乙Bが被告
乙Aに氏名を記載することを要請した事実があったとしても,本件各研究発
表において,発表者として原告の氏名を挙げず,他方被告乙Aの氏名を挙げ
たことは,研究発表の在り方として,本来適切ではなかったといわざるを得
ない。
しかしながら,前記のとおり,被告らの本件研究発表によって,原告の権
利ないし保護されるべき法的利益が害されているわけではないから,上記の
不適切な研究発表の在り方によって前記結論が左右されるわけではない。
(4)結局,その余の点について判断するまでもなく,研究成果の侵奪に基づ
く不法行為を理由とする原告の請求は理由がない。
5争点(3)(被告らによる研究発表が原告の特許を受ける権利を侵害する不法
行為となるか否か)について
前記2のとおり,本件マウス④に係る発明については,本件各研究発表以前
に既に特許を受けることができなくなっていたものであり,特許を受ける権利
は消滅したものである。
また,前記3のとおり,原告は本件各マウスに係る発明の真の発明者に当た
らないから,原告は同各発明について特許を受ける権利を有していない。
そうすると,その余の点について判断するまでもなく,特許を受ける権利の
侵害に基づく不法行為を理由とする原告の請求は理由がない。
6結論
以上の次第で,原告の請求はいずれも理由がないから,棄却することとして,
主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第47部
高部眞規子裁判長裁判官
中島基至裁判官
田邉実裁判官
(別紙)
謝罪広告(1)
順天堂大学病理学第二講座助教授
甲先生
日本疾患モデル学会会員各位殿
順天堂大学病理学第二講座教授
氏名乙A
順天堂大学病理学第二講座助手
氏名乙B

2004年11月に開かれた日本疾患モデル学会の第1日目(同月11日)にお
いて,私乙Aは,一般演題ⅠのO−12の主任(責任発表者)として,私乙B助手
をして,関節リウマチを自然発症するNewモデル動物−(BXSB×NZB)F
1雄マウスという演題で研究発表を行わせましたが,これは順天堂大学医学部病理
第二講座助教授である甲先生の長年の研究成果を同助教授に無断で発表したもので
あり,同助教授の名誉を著しく傷つけてしまいました。これは研究者として行なっ
てはならないことであることは申すまでもなく,私たちはこれを深く反省し,甲助
教授に謝罪すると同時に,今後二度と同様のことを行わないことを誓約します。
以上
(別紙)
謝罪広告(2)
順天堂大学病理学第二講座助教授
甲先生
日本分子生物学会会員各位殿
順天堂大学病理学第二講座教授
氏名乙A
順天堂大学病理学第二講座助手
氏名乙B
2004年12月に開かれた第27回日本分子生物学会年会の第1日目(同月8
日)において,私乙Aは一般演題1PA−476の主任(責任発表者)として,私
乙B助手をして,(BXSB×NZB)F1マウス自己免疫疾患(RAおよびSL
E)におけるMHC亜領域拘束性の解析という演題で研究発表を行なわせましたが,
これは順天堂大学医学部病理第二講座助教授である甲先生の長年の研究成果を同助
教授に無断で発表したものであり,同助教授の名誉を著しく傷つけてしまいました。
これは研究者として行なってはならないことであることは申すまでもなく,私乙A
及び私乙Bはこれを深く反省し,甲助教授に謝罪すると同時に,今後二度と同様の
ことを行わないことを誓約します。
以上
(別紙)
謝罪広告(3)
順天堂大学病理学第二講座助教授
甲先生
日本病理学会会員各位殿
順天堂大学病理学第二講座教授
氏名乙A
順天堂大学病理学第二講座助手
氏名乙B

2005年4月に開かれた日本病理学会において,私乙Aは,1−F−17の一
般口演の主任(責任発表者)として,また一般口演運動器,骨,軟部2の座長と
して,私乙B助手をして,(BXSB×NZB)F1マウス自己免疫疾患における
MHC亜領域拘束性および性差の解析という演題で研究発表を行わせましたが,こ
れは順天堂大学医学部病理第二講座助教授である甲先生の長年の研究成果を同助教
授に無断で発表したものであり,同助教授の名誉を著しく傷つけてしまいました。
これは研究者として行なってはならないことであることは申すまでもなく,私乙A
及び私乙Bはこれを深く反省し,甲助教授に謝罪すると同時に,今後二度と同様の
ことを行わないことを誓約します。
以上
(別紙)
謝罪広告(4)
順天堂大学病理学第二講座助教授
甲先生
順天堂大学医学部教職員各位殿
順天堂大学病理学第二講座教授
氏名乙A
順天堂大学病理学第二講座助手
氏名乙B

1私乙Aは,平成16年11月に開かれた日本疾患モデル学会の第1日目(同月
11日)において,一般演題ⅠのO−12の主任(責任発表者)として,私乙B
助手をして,関節リウマチを自然発症するNewモデル動物−(BXSB×NZ
B)F1雄マウスという演題で研究発表を行わせました。
2私乙Aは,平成16年12月に開かれた第27回日本分子生物学会年会の第1
日目(同月8日)において,一般演題1PA−476の主任(責任発表者)とし
て私乙B助手をして,(BXSB×NZB)F1マウス自己免疫疾患(RAおよ
びSLE)におけるMHC亜領域拘束性の解析という演題で研究発表を行なわせ
ました。
3私乙Aは,平成17年4月に開かれた日本病理学会において,1−F−17の
一般口演の主任(責任発表者)として,また一般口演運動器,骨,軟部2の座
長として,私乙B助手をして,(BXSB×NZB)F1マウス自己免疫疾患に
おけるMHC亜領域拘束性および性差の解析という演題で研究発表を行わせまし
た。
以上3つの学会発表は,いずれも順天堂大学医学部病理第二講座助教授である甲
先生の長年の研究成果を同助教授に無断で発表したものであり,同助教授の名誉を
著しく傷つけてしまいました。これは研究者として行なってはならないことである
ことは申すまでもなく,私乙A及び私乙Bはこれを深く反省し,ここに甲助教授に
謝罪すると同時に,今後二度と同様のことを行わないことを誓約します。
以上

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